私は最初にザイルワークを教わった時、
「山に一か八かはない。迷うようならザイルを出せ。」
と教わった。
私は山ではスピードは非常に大事な要素だと思う。だから、本番の山では臆病すぎるくらい軽量化して行く。重さは、完全にスピードに対してネガティブ要因だからだ。
どれくらい軽量化するかというと、夏山はシュラフを持たないで、シュラフカバーとウエアだけで済ますくらいだ。これは先輩を見習ったもので、70代の女性の小柄な先輩が、まだ3月なのにマットを銀マットにしていた。小柄だと、重さを受け入れられないから寒さを我慢しないといけないのだと思った。
■ ジョウゴ沢大滝
スピードを重視する結果、私はどちらかというと、出さないで済ませられるところは出さないタイプだ。
それで一度師匠から非難されたことがある。今冬のジョウゴ沢だ。核心部の大滝で、ザイルを出さなかったことだ。
出さなかった理由はいくつかあった。
その1) 登攀に不安がなかった
その2) すでに取り付いており、ザイルはトップのザックの中で、今から出すと核心部でザイルを結ぶ羽目になり、速やかに抜けるより、むしろ危険が大きかった
その3) トップはすでに抜けており、後続は私より登攀力のある(だろう)年下の男性だった
しかし、この判断はパーティで共有されたものでなかった。ただザイルを持っているトップが深い考えなく行ってしまい、それを私が問題と捉えなかったのだった。ただ問題が起らなかったから。
私のミスであり、褒められることではない。私が登れても、後続が登れないことはありうる。だから、その時、事故が起らなかったのは、肯定的な要因が重なったためでしかない。
その意味で、核心部の突破に対して、判断そのものが欠如していたことは、パーティ全体にとっては、マイナス要因だった。
ザイルが要らなかったのは結果論でしかなく、本来は出してしかるべき個所だったからだ。
■ ビレイ期待なし
しかし、3人で行ったが私はジョウゴ沢ではビレイを誰に対しても期待していなかった。
自分がフリーソロできる自信があるから行った。
出すべきなのに出さなかった滝 その1 ジョウゴ沢 |
万が一の伝令としての期待はあったけれど、それ以上は期待していなかった。
通常の自分の力が10で、12の力をつけて、10の山に行くとすれば、わたしにはジョウゴ沢は10か9の山だと感じられたから、行ったのだった。決して12ではない。
他の山行でも、私は自分がオールリードできない山に誘うことはない。三つ峠や十二ヶ岳の岩場なども、自分が全リードする気持ちでいるからで、リードで落ちると思うところには、信頼できるビレイヤーと一緒でないと行かない。
ルートならさらに用心深く、初心者を連れて行った伝丈沢は5とか6の力で行ける場所だ。
■ 怒っていた先輩
冬山合宿の三ノ沢では、数メートルだが、落ちたら濡れて、山行は終わりになる沢のへつりで、きわどいところが一か所あった。
そこはザイルを出そうと先行者がしてくれたが、私がさっと超えてしまったので、先輩は、嫌そうな顔をしていた。
たしかに、チャンスを取って、落ちてしまってからだと遅い。そこは死にそうにはなかったが、濡れてしまうと冬なので、山行はその場で中止になる箇所だった。
それ以外にも、徒渉で靴を濡らさず、行けるところがなく、えいやっ!と渡ったら、先輩はそれも「こいつめ~」という顔をしていた。すいません。
でも、これらのようなザイルほどではなく、お助け紐とか、一瞬の底上げ程度で渡れそうなところは、出している時間がもったいないと感じてしまう。
だから、私はリスクテイカーな方だ。
■ アイゼンで切り抜けた岩稜
残雪期真砂尾根では、私はザイルイラナイなーと思ったところで、長身で体格の良い30代の後続は懸垂して降りていた。
例の、冬の沢で怖い顔をした先輩は、平気平気~と行ってしまったので、私もそれにならって、必要とは全然感じずに通過し、二人で後続を待った。10分以上あっただろう。
そこはもはや雪稜ではなく、岩稜になっていて、アイゼンを付けたまま岩稜帯を渡った。一か所切れていたが、一瞬だったので、すごい用心で大丈夫だった。
■ 飛び石はダメ
ところが、同じ一瞬のことでも、徒渉はそうはいかない。
私は体格が小さいので、同じ10kgのザックでも、50kg無い体重にとっての10kgと体重65kgにとっての10kgは意味が違ってきてしまい、飛び石でぴょんぴょんと行くのは、私はチャンスは取らない。
飛び石の距離も同じで、背が低いので、ちょっとでも遠いと非常に不安になる。
これは、カサメリ沢のクライミングの帰りに、クライミングギアとロープが入ったザックを背負って、何でもない単なるトラバースでザックに体を捕られて墜ちた経験があるからで、その時の滑落は、自分でもびっくりするほど、意外な滑落だった。
2回転半して8mほど下で止ったが、ヘルメットをかぶっていなくて頭をしこたまぶつけて、もう少しで死んだかもしれない滑落だった。
この滑落で私が学んだのは、意外に私の体はザックに持って行かれやすいということだった。
だから、大股の徒渉は空荷で、足も届く自信があるときしかしない。
あるとき、ベテランがマラ岩へわたるのに長靴を持ってきていて、配慮を感じた。背が低い女性には徒渉は核心になることがあるのだ。
■ 自信
歩荷力については、女性は誰でも男性より弱いので、足を引っ張らないように、と思い、朝から歩荷訓練をしたりしていた。春山合宿の前にも歩荷散歩している。
朝の1時間くらいの散策だが、12kgから徐々に重さをあげて行き、20kgくらいまでなら、なんとか歩けると感じていた。
私のテント泊の装備は軽く、1泊二日の装備は8kgくらいしかない。だから、これまでソロテント泊でも12kgくらいまでしか担いでいなかった。
12kgという重さはどんな重さなのだろうか?まだ山ガール扱いされていた頃、温泉で会ったおばちゃん登山者が「私には12kgが限界」と言っていて、その人はとても山歴がありそうだったので、私はすごく重い重さなのだと思ったが、12kgは担いでみると最初から何の負担にもならない重さだった。
後立の単独縦走をしたときはトレーニングはなかった。15kg担いで4泊5日を歩いたが、一番大変だったのは、初日で、あとはザックが重いとも思わずにルンルン気分で歩けてしまった。
そういうわけで15kg担げれば十分だと自分では思っていたのだが、クライミングでロープが入るようになると、15kg+3kgの、18kg位までは上げないとダメだと感じるようになり、実際18kgくらいまでは、スピードが多少落ちても、コースタイム内で許容範囲になりそうで、自信をつけていた。
一度夏の北岳で、自分が快適に担げる範囲を超えると思える重さ(おそらく20kgくらい?)を担いで登ったら、普段2時間弱しかかからない白峰御池小屋までの道に3時間かかった。
もっともこの時間はパートナーが不必要な休憩をたくさん入れたので、私には必要のない休憩も入っていたが、それを考慮しても、2時間40分だと思った。つまり遅くなった。
そういう色々の経験で、私は勝手に自信をつけており、このカサメリ沢での滑落があったときは、まさか、それくらいの重さで自分の体がザックの重さに負けるとは思ってもみなかったのだった。
■ 観察
その後、太刀岡山左岩稜に行ったのだが、登攀力抜群の、30代でガイドもしている男性クライマーが、ザックを軽量化して挑んでいて、ビックリした。
壁が被っているとはいえ、彼にとってはたったの5.9のクラックで、彼の登攀グレードからしたら、そう難しいグレードには思えない。
それなのに、全員がザックを軽量化し、セカンドで、もっとも登攀力が低い私はザック免除、なおかつラストが全員分の食料と水を背負って登った。そんなに難しいのか…と青くなった。
5.9と言えば、まったく岩初心者の私でも身近に感じられないグレードではない。
初心者は岩は、5.7くらいからのスタートで、私が初めてリードしたのも5.7。5.8はリードは大変だが、できるかもしれないかも…と可能性を感じさせるくらいのグレード。去年、5.8をリードしようとして、先輩に制止された。つまり過信の対象になるくらいのグレードだ。私はまだ5.8では墜ちる可能性がある人だ。
Ⅳ級がメインのクラシックルートでも、5.9は時折出てくるので、5.9が登れることは、初心者クライマーの目指す、最初の目標としては良いグレードだ。
ちなみに2年目の今でも私はまだ、5.9の初見リードはできない。三つ峠の草溝直上ルートは私には難しい。
しかし、そのときのリードクライマーは、フリーでは、5.12くらいはオンサイトしている人だったので、そういう登攀力のある人でも、かぶったクラックは、用心して、ザックの重さを取り除くのだ・・・ということが発見だった。
一体これはどういう意味だろうか?
体幹の力が女性よりうんと強い男性だって、かぶったところではザックの重さは、多少であっても負担なのだ、と言う意味だ。
ザックがあると、登攀は大変になる。
こういうのは全部観察して分かったことで、誰も言葉に出してこういうものだよ、と言ったりしない。
■ 総合的判断
ザイルを出すか出さないか、は、総合的な判断だと思う。
私が濡れを甘受して渡ったところをリーダーがしかめっ面したのは、それが冬で濡れが致命的になるからで、夏だったら、「はいどうぞ」だったかもしれない。
墜ちたとき、大事に至る場所があれば、基本的には、チャンスを取る(一か八か)ではなくて、ザイルを出す、を基本にしなくてはいけない。
それは
・第一に初心者は、どこが墜ちたら大事に至る箇所か、分かっていない
し
・第二に初心者は自分がどこから落ちる可能性がある人なのか分かっていない
からだ。
ただ墜ちて死ねる場所でも、そこが一歩またぐだけだったり、心理的なものであれば、お助け紐で済んでしまうことが多い。
■ コンパスの差
背が高い人に取っては楽な一歩でも、当然コンパスが短い人に取っては、巨大な壁になることがあり、一歩が出ないときは、差し出されたアックスを補助に握るだけでその一歩が出せたりする。その場合、ザイルを出すのは大げさすぎる。
アックスを握るのは、エイドだ。もしそのエイドがなく、単独であれば、その一歩のために、少し迂回して5分余計にかかっただろう。
でも、エイドなしのフリークライミングにこだわって、5分を余計に掛けるより、目の前に登り切った人がいるのだから、一瞬のエイドを受け入れたほうが総合的なメリットが大きい。
■ 高巻き
では、滝の高巻きはどうだろうか?
滝の高巻きは正直高巻くほうが危ないことが多い。ちょっと考えれば、誰でも分かることだが、川っていうのは、山を削って、土砂を下流に運び出しているのだ。
ということは、川=沢の両岸というものは、今削り取られている真っ最中の土砂ってわけだ。ガレと同じことだ。土壌が緩い。
草が生えているから、大丈夫だと思って乗ったら、平たい岩の上に堆積した落ち葉が土壌に変化しつつある所に生えている草で、土壌はその岩の上の10cm分くらいしかなく、その半径50cmくらいの土壌が一気に全部滑ったことがあった。
ちなみに私の沢経験は、まだ10くらいだ。
おまけに、高巻きの場合は、トラバースで確保が確保にならない場合が多い。
だから沢では滝は直登した方が、よっぽど安全な場合が多い。
特にロープを出す場合がそうで、ロープクライミングは上向きに登るのは安全だが、横向きはあまり安全ではない。
ある意味、滝は、水であれだけ叩かれていても、崩れていないという、頑丈さを実証された岩、と言うことができる。
なので水流の中の方が良い足場があったりするのは、本当だ。
ただし、これも水流の強さとの兼ね合いによる。下が釜だと取り付きも出来ないし、水流で体重の軽い人は押し返されてしまう。
だから、安全に高巻く技術は大事だ。
■ 良く落ちる
初心者は良く落ちます・・・と師匠が言う。
初心者と言う言葉を使われるのを、人は嫌うが、沢に10本登るまでは、やっぱり初心者だと思う。
岩も、ロープをまたいで墜落したり、逆クリップしたり、ゼットクリップしたり、という一通りの失敗を全部経験して、自分で何をしたら、危険で何をしたら危険でないかが、良く分かっているようになるまでは、やっぱり初心者だと思う。
ほとんどの人は、自分が初心者でないかどうかをグレードで計っているので、それだと危険回避については一切学んでいない人も、5.12が登れれば初心者ではなくなってしまう。
登攀力は、新しい環境では当てにならない自信だ。
どんなに登れる人も、沢の岩みたいにツルツルのところでは、今まで培った経験による、”ここまで大丈夫”というラインを塗り替えないといけない。
岩に慣れていても、沢に慣れていなかったら、どこまで大丈夫か、分からないのだから、やはり初心者にはザイルが必要と書いてある所ではザイルは出さないといけない。
ザイルを出さなくても大事に至らなさそうな小さなところでは、落ちたほうが、自分の限界がどこら辺にあるのか分かってよい。
墜ちても死なないところ、墜ちても大事に至らないところでは、チャレンジして、墜ちた方が限界についての理解が深まるのだ。
一方、連れて行く側からすると、初心者は登攀力がないためではなく、どこまでで落ちて、どこまで落ちないかが分からないために良く落ちるので、ザイルを出す手間を惜しがっていてはいけない。
■ ヘリが来るかどうか?
本間沢F9 トイ |
沢にはヘリは来れない。毎日ヘリがどこかで飛んでいる夏のアルプスで落ちるほうが、誰も来ない沢で落ちるより、ヘリに救助される可能性は高い。
一回の失敗が取り返しのつかないことになりそうかどうか?ということもザイルの有無の総合的な判断のポイントになるのではないだろうか?
≪写真≫
出すべきだったのに出さなかったジョウゴ沢大滝
同じく、出すべきだったのに出さなかった本間沢F9
F9は目視で15m位と思ったのだが、後で本で確かめると25mとあって驚いた。
私のロープは、8.5㎜ ×30m でした・・・(^^;)
ギリですね~懸垂下降はできないですね~
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