Saturday, December 30, 2017

飛躍がある山

■ 飛躍のある山について

パーティにベテランがいても、飛躍がある山を提案される時があります。

山というのは、そのパーティの一番弱い人が登れるところしか登れません。なので、飛躍がある山が提案されるということには、ほかの意味があります。

それは???

後輩が不安になり、リスク回避、リスクマネジメントについて、必死に勉強し始める、ということです。

山でパーティを組むときは、いつでも、

 責任の希薄化、

に気を付けていないといけません。

2名なら、相手が落ちたら自分がレスキューしないと行けないため、その技術があるか?ということには強い自覚が必要になります。一方、例えば5名なら、誰かがいるから…自分はついていくだけでいいや、と勉強しなくなります。ルート研究や事前のリスク管理についての勉強も、リーダー任せに。

したがって、大パーティで登ってきた人は、あまり本人には知識やスキルが残っていない、それらは他の人にフォローされてきているという可能性があります。

その場合、リーダーは、ガツン!と飛躍のあるルート提案をして、不安を利用して、後輩に自覚をうながそうとするかもしれません。

その場合、山は予定調和的転進になります。なっていいのです。

勉強して、リスクを数え、その山に登れる自分になるには、何が足りないのか?何が分かり、何ができるようになれば、リスクに備えたことになるのか?そうした要素を抽出できるようになることが、今回の課題だったのですから。

雪崩がある山に行こうというのなら、

 ・雪崩事故に遭わないための講習
 ・ビーコン
 ・積雪期のレスキュー
 ・地形についての知識
 ・弱層テスト
 ・雪洞掘り
 ・いざというとき、メンバーを担げるくらいの体力
 ・その山域に特徴的な天候の注意点

程度の知識は、メンバー各人…リーダーだけでなく…に必要です。

もし、その自覚が山行メンバーの各自に起きなかったら、リーダーはさぞかし、がっかりしていることでしょう…

Wednesday, December 27, 2017

心・技・体・知・経のバランス

■ なぜ登山を頑張っているのか?

私は、山梨に行く前は登山は老人の趣味だと思っていました。大阪の阪急電車に乗っている登山ウエアの人たちがほぼ、高齢者だからです。

山梨に来てすることがなくなり、仕事に傾けていたエネルギーを山に傾けた結果、ほぼ独学でしたが、アルパインをするまでになりました。

■ 指導者

私は、なぜか指導者には恵まれました。
三上ガイド、山塾〇本講師をはじめ、私の山岳総合センターでのリーダー講習での講師は八ヶ岳遭対協の〇橋さん・〇上さん、最初の師匠のS木は浮雲の会長、〇田さんは登攀クラブ蒼氷、菊池さんの講習にもクライマー仲間に誘ってもらい、その後、故・吉田和正さんにクラックを教わり、今の師匠のA木さんは、大阪労山登山学校の中級クラスの元校長先生、ドライを始めようとしたら、仲間はワールドカップ出場者たちで目の前がクラクラ…、九州に行ったら、一緒に山の会を立ち上げよう!と言ってくれる仲間がいました。本当にとてもありがたいことです。

でも、私自身は別にすごいクライマーでも、なんでもありません、念のため。

私はこのように伝統と繋がる人たちから、指導を得れていますが、それは何のためなのか?
なぜ、このような素晴らしい指導者と登らせていただけるのかな?といつも考えます。

それで、このブログに、教わったことや考えたことを書いているわけですが、私のブログは、悪用され、トレーニングを受けずに山に行ってしまう人が出てくる危険が出たため、一時停止し、ヤマレコの記録は全部、削除しました。

■ トレーニングや座学は万人に必要です

読図のトレーニングなしで、読図が必要な山に行ったりすれば、当然、道迷いになります。

ロープワークを学ばないで、一か八かで、バリエーションに行くのも無謀です。

今の時代は、アルパインクライミングという本来の登山に対して、正しい指導を得ることがすごく難しい時代です。

もっとも理解するのが難しいのは、
 
  山には順番がある、

ということを理解することです。
  
 リスクを中心に考える考え方、

というのも、理解されていないです。

■ 並外れた体力 vs 桁ハズレの体力 vs 一般的体力

一般に日本の山は規模が小さいので、若い男性のなかで、”並外れた”体力がある人にとっては、日本の山で体力不足が課題になるようなことはないと思われます。もちろん、わざと死に足を突っ込むような登山はしない場合です。

昔の山ヤさんたちは、体力的にゆとりがありすぎるため、山を面白く感じるために、わざわざ前日酔っぱらって、体力的困難度を上げてから山に行っていたくらいです。小さいのでそれくらいしないと山が面白くならない、というわけです。シュラフ持たないで行く、など、困難度を上げないと、やりがいがないくらい、日本の山はすぐ山頂、というわけです。

人生で一番体力がある20代前半で初級、中崎尾根は正しい選択と思います。中崎尾根は特に難しいところがない、というのが定説です。もちろん、この場合の特に難しいところがない、というのは、雪崩の危険やリスクを事前に地形を見て理解できる程度の知識があれば、という意味です。まったく雪崩ってなんなの?なんで起きるの?レベルの人や、沢=雪崩と発送できないレベルのことではありません。

もちろん、ピオレドール賞を受賞しているような方々は、”桁はずれ”の体力がある方たちです。超人、です。真似してはいけません。

ちなみに私はごく普通の平均的体力の人ですから、トレーニングなしには、どんなバリエーションもありえません。

ちょっとした知り合いが、まったくゼロの一般市民の女性を山ヤに仕立てようとしている姿を目撃しましたが、オールセカンドで、荷物も全部代わりに背負ってやって、3年、アルパインルートに連れて行きまくっていました。つまり、一般的体力の人は、それくらいは下積みが必要ということです。

ちなみに私は、ちょうど下積みが終わったくらいで、初級ルートならリードが可能な段階です。

一般的体力の人、とくに体力が衰えた高齢者には、正月に中崎尾根にというのは、取りにくいリスクです。北アの悪天候は、1週間ほど缶詰めになる可能性が捨てきれません。しかし、並外れた体力がある年齢層の人は、そうそう変なことが起きない限り大丈夫と思われます。あるいは桁ハズレの体力の人にとっては楽勝すぎて、楽しくないかもしれません。

大山や八ヶ岳、あるいは錫杖など…は、アプローチも短く、登攀も長くなく、手ごろ、というのが私のような一般的体力のクライマーにも適している理由です。

逆に言えば、そのような短いところでは、並外れた体力がある男性には楽しくないかもしれません。

冬季のルートや登攀ルートが自分に適したレベルかどうか?というのは、非常に理解が難しく、たいていは山の先輩が、この人は今こんな段階の山があっているなぁと、伝統的に判断してくれていたものです。

しかし、そうした伝統が壊れた結果、自己判断せざるを得ないですから、易しすぎるところに行ったり、逆に難しすぎるところに、ほかの人が行っているから、という理由で行ったり、と混乱が見られ、それが遭難の遠因になっています。

これまで体力の話をしてきましたが、体力だけでは、もちろん、山では全くダメです。間違った判断をしてしまうからです。
むしろ、もっとも危険と言えるのは、体力一点豪華主義です。丹沢程度の雪山しか知らないのに、豪雪の遠見尾根に行くのは危険です。
そういう場合は、リスクの判断が、体力だけしか考慮していないことが多いのです。体力一点豪華主義というのは、山では、むしろ体力がない人よりも危険であることが多いです。

大事なことは、体力以外も、

 心・技・体・知・経のバランス

を取りながら成長していくということです。

Monday, December 18, 2017

戦略的マネジメント vs オペレーショナル・マネジメント

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「戦略的マネジメント」とは、「今後の方向性に関して進むべき道を決めること」です。
・意思決定に力点
・意思決定の質(ディシジョン・クオリティ)の向上が鍵
「オペレーショナル・マネジメント」とは、「決められた、あるいはすでに決めた道をうまく走り続けること」です。
・結果に力点
・アクションに伴う素早い軌道修正が鍵
ーーーーーーーーーーーーーーーhttp://manmodelmarketing.com/blog/354.html より引用
つまり、登山においては、
・晴れたら行くという山=戦略的マネジメント 
  天気図とにらめっこして、好機を狙う
・遠征 = オペレーショナルマネジメント
 悪天候でも行く。悪天候という脅威に合わせて行動する
というわけですね。 2014年はGWの奥穂の遭難が相次ぎ、そのうちは、非常に高度な山ヤさんが、だれもが知る間違い尾根で、ルートミスするという山でした…
私はこういう山は、過信があるから駄目だと思っていたのです…違いました。オペレーショナルマネジメントのミスでした。
ですから、山の世界では永遠にこの手の遭難が無くなることはないでしょう。(し、それはレスキューの人も知っていて、この手の遭難には寛容でやっちゃったなー でも山で死ねてよかったのかも?くらいな感じではないかと想像します…今どきの、無知無謀の登山者や奥穂程度でザイテンを降りれなくて上から人が降ってきて骨折、みたいな遭難とは違うと思いますが…)
というわけで…山ヤの成長プロセスは、すべからくオペレーショナルマネジメント、なのでしょう。
そういう山って、いくらかの年齢か、体力で割り切って終わりにしなくてもいいのかなぁ…

Thursday, December 14, 2017

クイズ: この登山者は何が危ないのでしょう?


写真を撮られた方に許可をもらって掲載しています。

■ クイズ!! この登山者は何があぶないのでしょう?

トレースを辿る山しかしないとこのような登山者になってしまいます。

雪をやる人は、地形を見て、自分で地物があると感じられるところを歩くのが大事です。

聴け、雪の歌

■ 人の都合に山を合わせるのではなく、山の声を聴くのが、山という活動です

私は、山をやっていて、傲慢さについて指摘されることが多々ありました。

しかし、全くその指摘に納得できませんでした。

というのは、その指摘… あなたは無謀だ…だけにとどまらず、ピッケルを売ってくれないとか、冬靴も変なのをつかまされるとか…は、私が女性であることによる見くびり、を起源にしていた、と客観的に見て思うからです。

無知無謀のそしり、は、数多く受けてきました。もし、

 年間25日しか山に入らない登山歴10年の中高年おじさん

が、私に俺の言うことを聞け、と言うならば、私はそれを無視します。

当然でしょう。私は私の命を自分で守る義務があります。

そして、そのようなことが多い…人の命を自分のエゴのために危険にさらしてもいいと考えている人が多い、のが昨今の山岳会の事情です。

私の年間山行日数は、アルパインクライミングをスタートして年間100日を超え、去年は128日です。すでに累積山行数では500山を越えています。雪だけでも、120日超えています。

この場合、傲慢なのは、おじさんと私のどちらなのでしょうか?

それは、遭難者統計に表れている、と思います。

■ 信じる道を歩め

それらは無視し、自分の信じる道を歩んできました。

山をやっていれば、だれだって不安になります。それは、

自分の無知を自覚するから

です。それは良いことです!その気持ちを利用して、勉強し、自分の経験値としましょう!

中崎尾根の何がどう危ないのか? わからなければ、それは、チャレンジにすら、なりません… 

ですから、ある山に挑む資格試験があるとすれば、最初の試験は、

 リスクを数えられること

です。次の試験が

 リスクに備えられること

です。

そもそもリスクを数えられていなければ、行っても何の経験知にもなりません。夫の仙丈ケ岳のように、です。そもそも、わかっていないことが分かっていない、と分かっている人に指摘される状態です。

しかし、すべての人が、最初は分かっていないのです。ですから、わかっていないことが分かるようになったら、前進です。そこからスタートです。

雪の山は、すべての斜面が雪崩の危険があります。厳冬期北アは、天候の読みが核心で、読み間違って、暴風雪となると、一週間缶詰め、のリスクがあります。まぁ、アプローチが短い中崎尾根ですから、逃げ道が絶たれることは確率的に少ないし、正月ならば、特に警察署や他のパーティの存在もあり、十分リスクをマスクしていると思いますが、私自身は、自分自身のリスク管理として、1週間雪中ビバークできる自信がないと、厳冬期北アはやめておこうかなぁ、と思います。理由は、パーティの他のメンバーに同調しないといけないだろうからです。

パーティを組んだ場合、一番弱いメンバーに合わせるのが山の掟です。大体、私はその弱いメンバーにあたることでしょう。(ちなみに66歳だった最初の師匠より私は雪では強かったですが)

今の時代は、自分が行きたい利己心のほうが、メンバーの命の重さより勝る人が多いので、そうでないと確信できない限り、北アのようなところではパーティを組みません。

ちなみにもし山岳会に入会すれば、塩見にも行けたかもしれないのですが、私より雪経験が浅いと思われるパーティに、リーダーではなくメンバーとして参加するのは、私自身に降りかかるリスクが大きいと思いました…ごめんなさい。

でも、新参者、入会して間もない人は、会の中で発言権がない、もしくは低いのが当然なのです。その場合、相手の知識が自分より上ならいいですが、そうでないと…。

■ 謙虚であるのは、人に対してではなく、山に対して

謙虚であるのは大事なことです。

しかし、Aさんが、俺を尊敬しないからお前は傲慢だ、と言ってきたら、あなたはどう思いますか?

そのAさんこそが謙虚でない第一の人だと思うのではないでしょうか? 人は他者からの敬意を喜びます。もちろん、失礼な人は論外ですが、根拠もなく、リスペクトしろ、というのは、そう要求する人のほうが傲慢なのです。

根拠のないリスペクトを求める人のほうが傲慢です。

山では、人間は一律平等です。66歳だからと言って(あるいは20代で経験が浅いからと言って)、気温がー25度から、-5度に易しくなってくれるわけではありません。風もです。雪崩もです。

初心者が来たから、今日は雪崩れないでおこう!なんて、山は考えない。

ただあるがままです。ですから、対峙するのは、山、です。山を観察し、どのような条件の時に、その特定の山がどんな様子であるか?それを知っていることが大事です。

つまり、山との対話というのは、槍ヶ岳なら槍の歌を、八ヶ岳なら八つの歌を、富士山なら富士山の歌を聴けるようになる、ということです。

山はそれぞれ違い、リスクは固有なのです。北アは一座しか行かないで終わり、という登り方をしてきたら、一生、北アの歌は聞こえるようになりません。

私は、雪の歌を聴ける登山者になりたいと思い、八ヶ岳からデビューしました。ホームは八ヶ岳です。途中八の個性を知るために、豪雪の谷川に行ったり、上高地に行ったり、飯山に行ったりとレベルに合わせて、別の土地に雪の歌を聞きに行きました。分かったことは、八つだって、やり方次第では雪洞泊もできるってことです。

でも、八ヶ岳では八の歌を。それは、冷たい氷の世界の歌でした…だから、アイスクライミングしていたんですね♪

師匠の言葉ーーーーーーーーーーーーーー
パーティを組んだら一番弱いメンバーに合わすのは当たり前の事、天候判断で即中止して来ました。

無知無謀と言われた事は数え切れない。

それはその方にとっては無知無謀であるのであって、傾向と対策出来るならそうではなくなる。

悪天候時の行動を可能にする経験値は、どこで経験するのか?

それは自己の行動でしかない。

傾向と対策、その責任の有無でしかない。

こんな思いでやってきました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

初めての自立した山行で怖いのは当たり前! 何歳であっても、男性であっても女性であっても、雪の歌を聴ける人が山ヤです。

勇気をもって、雪の歌を聴きに行ってください☆


Wednesday, December 13, 2017

雪崩勉強中

引き続き、日本の雪崩より

日本での雪崩災害の原因3タイプ

A 雪崩の知識が欠如しているための遭難
B 海外の雪崩知識を日本向けに咀嚼できていないための遭難
C 義理人情が先立つ遭難

・Aの内容
多少でも雪崩の知識があれば、十分回避できるはずと考えられるような条件のところで遭難する。

・Bの内容
日本では雪の降り方、積もり方、変わり方がヨーロッパと異なる。

・日本の冬=北西の季節風によって支配されている=西高東低の冬型
・日本の冬は比較的規則的なリズムを持っている
季節風は3~6日続くと衰え、2-3日経過すると強くなる 大体9日周期
・この周期は短い時は、6日、長い時は12日
・南岸低気圧=表日本で多量の降雪
・日本海を通るとき=南風、真冬でも気温が上昇、暖かい天気

1)日本の冬山で、どういう気象状況の時に遭難が多いか?

 裏日本=大雪、どか雪、冬型の気圧配置 遭難の2/3を占める
     雪が落ち着く前に行動してしまい、表層雪崩が起こる
 表日本=南岸低気圧の時

表日本の大雪と、南岸低気圧を避けるだけで、日本の雪崩遭難は3分の1に圧縮できる。

2)スイスのダボスと日本ではどう違うか?

スイスより、日本の豪雪地帯の降雪量は、6~8倍多い。スイスダボスの降雪量は月70ミリメートル、気温ー6度。日本の冬の季節風による1連続の降雪量は、30~100ミリメートル。圧倒的に日本の雪は多い。

雪の結晶のでき方も違う。

3)3時間25cmの降雪と30時間50cmの降雪ではどちらが危険か?

積雪深:総量が同じであれば、ゆっくり降るほど、積雪深が少なくなる

4)降雪量も降雪時間も同じなのに、深さが違う?

結晶の種類が違う場合。結晶が大きいほど、かさばる。あられは小粒なほど、積雪深が深くなる。

5)傾斜が増すほど、積雪深が深くなる
6)風下ほど深くなる

7)雪の変わり方
気温0度を超えると明らかに減り重い雪に変わる。

8)濡れしまり雪 弱層になりやすい


■ 当方の雪崩れ勉強関連記事

雪崩れ講習会のススメ
雪崩れ事故を防ぐための講習会 Day1
机上講習 感想
雪崩地形について
春山
座学
ディープスラブ雪崩


Tuesday, December 12, 2017

登山者が知っておくべき、歴史的雪崩災害&遭難

1)日本最古にして最大の雪崩れ 

天保5年4月 富士山八合目 3つの村が吹き飛ぶ雪崩だが、村民は避難しており、無事。落差3000m、全長20kmに及ぶ雪崩

2)尾神岳の雪崩
http://www.geocities.jp/kounit/mingu/daimotizori/ogamitakenadareziko.html

雪崩地形を無意識に通過して雪崩遭遇した事例。

3)三俣の雪崩 (まへのひら)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E4%BF%A3%E3%81%AE%E5%A4%A7%E9%9B%AA%E5%B4%A9

平凡な山容をしていたのに雪崩れた事例。死者158名。新雪表層雪崩をダイナマイトで誘発してしまった事例。

4)北陸線列車雪崩直撃事故
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E9%99%B8%E7%B7%9A%E5%88%97%E8%BB%8A%E9%9B%AA%E5%B4%A9%E7%9B%B4%E6%92%83%E4%BA%8B%E6%95%85

高さ45m、幅12mの全層雪崩。国鉄始まって以来の雪崩参事。

5)劔沢の雪崩 昭和5年1月上旬 登山者6名
http://guide-column.hatenablog.com/entry/5
小屋にさえいれば安全だと考えていたが、小屋ごと雪崩に飛ばされた事例。
雪下212cmに雪崩で埋まる。手記、発見される。雪崩幅450m。小屋が吹き飛んだ雪崩。

6)浅間山の雪崩 ネットに見つからず 昭和9年1月。
女性2名を含む。長さ200m 幅70m。捜索述べ1122名。6名の探索。経験のある山で、吹雪を避けて(尾根を避けて)、雪崩にあった(谷に入ってしまった)事例。

7)志合谷泡雪崩事故
https://ameblo.jp/shingwochi2011/entry-11189089051.html
飯塲が1棟吹き飛ばされる雪崩

8)ペテガリの雪崩 昭和14年1月 北大山岳部
https://aach.ees.hokudai.ac.jp/xc/modules/Center/Review/buho/no7.html
一流大学山岳部の10年余の冬山登山の経験も、雪崩を予知できなかった事例。新雪表層雪崩。

9)富士山の雪崩 昭和29年11月下旬 大沢谷9合目 

走路4000mの大きな表層雪崩。低気圧の通過に伴う風成雪と風の変化による表層雪崩。粉雪30cmの積雪。丈夫では腰ラッセル。風成雪による乾雪表層雪崩。

10)富士山の雪崩 昭和35年11月 日本雪氷学会 23巻3号参照

”富士山の新雪雪崩はすべて、太平洋岸を低気圧が通過した時に起こっている”。(南岸低気圧)

11)戸隠神社の雪崩れ 昭和37年 大型の乾雪表層雪崩
http://weekly-nagano.main.jp/2011/04/0627.html

12)南本内の雪崩
豪雪地帯の雪崩 大型の新雪表層雪崩

暴風雪の時の雪庇下から発生する乾雪表層雪崩は、たいていは予想以上の大きさに災害を発生させる。

13)札内川の雪崩 北大山岳部 3月 日高山脈
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AD%E5%86%85%E5%B7%9D%E5%8D%81%E3%81%AE%E6%B2%A2%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%B1%B1%E5%B2%B3%E9%83%A8%E9%81%AD%E9%9B%A3%E4%BA%8B%E4%BB%B6

https://yukinoshingun.com/past-sounan-satsunai/
https://yukinoshingun.com/satsunai-jyunosawa/

突然、雪洞を雪崩が襲った事例。延長3km 120万立方の巨大な雪崩。デブリに埋め込まれたダケカンバの樹齢が110年であったことから、稀有の大雪崩。面発生、乾雪表層雪崩。

■ まとめ(感想)

雪山経験がない初心者時代というのは、雪崩が起こりうるという、リスク認知さえない。

危険なことをやっていて、危険をわかっていないという意味で、いわゆる初心者の登山者と同じ状態だ。

登山者が知っておくべきと思われる、歴史的雪崩遭難事例に、青を入れた。

剣沢の雪崩では、小屋にいれば安全と考えた登山者が小屋ごと飛ばされて遭難死している。小屋にいれば安全というのは、幻想だと分かる。北穂の岳沢小屋が、雪崩で飛ばされたのは、記憶に新しい出来事だ。

浅間山などは、地元ではハイキング程度の雪山の認識だが、それでも雪の量が多いので、沢筋は厳禁である。冬は尾根。尾根は吹雪が…と思って沢筋の雪崩地形に入ってしまった事例。

雪崩事故の歴史から、北大山岳部が著しく雪崩遭難について、雪崩学について経験量が豊富だろうということが分かる。

ということは、その逆も真なり。

地理的条件にある山岳会なり、山岳部は経験不足…による認識不足…があるだろうということも予測の範囲内だ。

次の二つの富士山の雪崩は、どうも、雪訓時期のようである。現代では、富士山の雪訓は、12月第2週に予定することが多い。雪がないことが多いからだが…。たとえ、11月のようにシーズン初めであっても、南岸低気圧が来たら行かないことだ。

これは八ヶ岳でも同じ気候域に入るので同じである。八ヶ岳で冬山をやって初めに覚える言葉は、”南岸低気圧”、だ(笑)。

最後の北大の記録は、多くの資料がネット上に出ており、涙なしには読めない。

■ 大山

大山は、下部にスキー場があるので、雪を確認できる。私たちは、八ヶ岳時代も、ライブカメラで積雪状態を確認してから行っていました。

師匠の弁
ーーーーーーー
因みに雪崩予測として大山国際スキー場の

1)積雪量 何㎝か?
2)登攀日前、2,3日の積雪量

スキー場の積雪量150㎝以上、登攀前の積雪量が、2,3日で100㎝は、危険で登りません。当時50㎝以上も登りません。
ーーーーーーーーー

私なんて、2週間データとっていますから、初心者だと、それくらいビビりが入っているってことで、ベテランになると、2~3日ということで(笑)、それだけ経験があると、事前の勉強時間は、節約にできるということですかね?

経験がない我々は自衛して、ちゃんと2週間分、勉強しましょう。


Monday, December 11, 2017

強い冬型の時に各地の山域では…


■ 寒い日

今日は、寒い日だった。昼頃一瞬日が照ったが、やっぱり寒かったなぁ。

今日の15時の天気図。

■ 5本以上で、悪天候

天気図では等圧線の本数を見る。私は、日本列島にかかる等圧線が5本以上で悪天候、と教わったので、今日のような日は、悪い日と認識している。

■ 東京ー名古屋の幅

幅も重要で、狭いほど風が強い。東京ー名古屋程度の幅しかないと、風は強い。

■ 各山域の比較

同じ天候で、どう各地が違うのか?ざっと把握するとしよう。

1)北ア 槍、
2)南ア 北岳
3)関西 大峰
4)中国 大山

を比較する。(一般に、関東人は、北ア、南ア、谷川、くらいの候補は、持って代替え案転進先を持って山に行くだろうが…)

北アは広いが、一応、槍を代表としておくと、日本海側の気候に入る。南アは内陸性気候で、冬型でも晴れることがある。

関西大峰(内陸)、中国の大山(日本海側)も同じような関係になると思う。

前提: 日本海の低気圧が発達しながら、北海道付近へ進み、強い冬型の気圧配置

1)槍
11日(月):となり、飛騨側の山岳の稜線では風が非常に強まって荒れ模様の天気に。夕方以降は風がさらに強まって暴風雪となる。飛騨側の山岳を中心にまとまった降雪となる見込み。

2)北岳
11日(月):朝には一旦雪は落ち着き、日中は上部にかかる雲が取れる時間もあるが、は強い。午後になると主脈では風が非常に強まっていき、夜は再びふぶく見込み。気温も日中は急速に低下していく。

3)大峰
11日(月):稜線がに覆われて、雪が降る時間も。稜線では西風が強く、荒れ模様の天気となり、午後は非常に強まる見込み。高度約1,500m付近で-9℃以下の寒気に次第に覆われるため、低体温症や凍傷に要警戒。

4)大山
11日(月):上部では西寄りの風が強く、午後は非常に強まっていく。雪が降ったり止んだりの荒れ模様の天気となり、高度約1,500m付近に-9℃以下の寒気も入るため、低体温症や凍傷に要警戒。

《まとめ》
どこも、荒れ模様ではあるが

日本海側= 雪が振り続ける
内陸や太平洋側= 霧だったり、雪でも降ったり、やんだり

と、程度が著しく違う

■ 寒さは、どの程度違うか?

お昼の12時の気温

1)槍 -16 ℃
2)南ア -7 ℃
3)大峰 -4 ℃
4)大山 -11 ℃

当然だが、北アの寒さが、特に突出しているのが分かる。

東京などの都市部では、寒さを感じづらい生活様式になっているので、実際の山の寒さが予想以上だった、ということは十分に考えられる。

大山、寒い!日本海の寒風が直接吹き付ける山ってことですね。

■ 北ア内での比較

北アでも、取りつきやすい(アプローチが近い)後立山連邦と奥地の槍穂では、山脈一つまたいでいるので、当然異なると思われる。

1)槍 
11日(月):雪となり、飛騨側の山岳の稜線では風が非常に強まって荒れ模様の天気に。夕方以降は風がさらに強まって暴風雪となる。飛騨側の山岳を中心にまとまった降雪となる見込み。

2)五龍
11日(月):稜線では風が非常に強まり、風雪の荒れ模様の天気に。夕方以降は風がさらに強まって暴風雪となる見込み。深夜までの24時間に立山劔連峰で60cm前後、白馬岳など後立山連峰で70cm前後と大雪となる恐れ。 

つまり、
槍 まとまった降雪
五龍 70cm

後立では、もっと振っているってことですね~!

気温
1)槍 -16 ℃
2)五龍 -13 ℃

ちょっとあったかいと言えるか?どうか?な僅差。顕著な差は積雪量です。

ちなみにこの寒気は明日まで続くそうです。後立では、70cm×2Dayの積雪。

■ 2週間分のお天気を観ましょう

雪崩を予測するには、2週間分程度の積雪の記録が必要だと教わったので、雪崩の危険が行く山に行くなら、

・寒気と暖気の交代
・いつ大雪が降ったか?

は、山行予定日の2週間程度前から、一応気にしておいたほうが良いと思います。

ちなみに、遭難があった日の天気図。似てますね~!


■追記

遭難がありました。
ーーーーーーー
10日午後11時ごろ、豊後大野署に「福岡県小郡市の無職男性(24)が祖母山に出掛けたまま、行方が分からなくなっている」と福岡県警から連絡があった。同署は遭難した可能性もあるとみて、11日午前8時から山中を捜索している。
 同署によると、家族が10日夕方、同県警に届け出た。男性は9日昼ごろ、家族に「祖母山に行く」と告げ、その後、携帯電話で連絡がつかなくなったという。
 同署員は11日午前0時半ごろ、豊後大野市緒方町尾平鉱山の祖母山登山口駐車場で男性の乗用車を見つけた。家族は男性の帰宅予定日や登山装備を把握していないという。
 同署と竹田署、豊後大野、竹田の両市消防本部の計21人に加え、県警ヘリと熊本県防災ヘリが捜している。
ーーーーーーーー 

午後2時ごろ、遺体で発見されたそうです。


Sunday, December 10, 2017

強点・弱点

■ 弱点から強い点へ

横山厚男さんの本には 段階を経た山登りという項がある。

《段階を経た山登り》
第一段階: 山の発見
第二段階: その山の調査と偵察
第三段階: その山のうち、もっともやさしいルートからの初登頂= 弱点
第四段階: バリエーションルートからの登頂         = 強点

これをエベレストに当てはめると

第一段階 1853年、ピーク15が世界の最高峰であると判明
第二段階 1921年、偵察
第三段階 1953年、初登  = 弱点 
第四段階 1962年、南西稜からの登頂。66年、南壁からの登頂=強点

となるわけだが、現代は

 すべての山で、強点で争われている時代

である。つまり、いくら初登でも、それは、大初冬時代の落穂拾いに過ぎない。

未踏峰の初登よりも、まだ第二登がいないような山の第二登のほうが、よほど困難であることを、たいがいの山ヤは知っている。

そりゃそうだ。名もない〇〇岩の3級、4級の岩登りよりも、ボルダーの2段のほうがよっぽど難しいだろうと誰でも分かる。

でも、山になると、みんな分からなくなるみたいで、初登!と言って喜んでいる(笑)。

困難度というのと、初めて登った栄誉、というのは、困難に対する質が違うのだ。

こういう風に言うと、”初めて登ること”、を ”困難ではない”と言って、見下しているかのようだが、そうではない。初めて登ることについては、未知という別の種類の困難が待ち受けている。やったことがない、そこを登った人がいない、ということで、

 できるのか、できないのか、わからない 

という恐怖がある。だから、山ヤはみんな、行ったことがないところへ行く、道なき道を歩くことを覚える、ということは、当然マスターしないといけない。

ハッキリしているのは、現代の登山という世界における、最高の冒険、というのは、バリエーションルート、つまり強点の先にあるもの、ということだ。

だから、第一線の山をしよう!という人は、早々に、

 人の後をついていく山、一般ルートの山、

を卒業し、次の段階としては

 既成バリエーションルートを登るだけの山

を卒業していかなくてはならない。『チャレンジアルパイン』に乗っている山を片っ端から登っていくような山というのは、トップロープでクライミング練習しているようなものであり、

 未知のバリエーションルート

こそが、本番の山、本当の冒険の山、ということだ。

未知のバリエーションルートというのは、現代では大体、岩登り技術が必要で、弱点を突くような、一時代前の登り方だと、5級Aゼロだったらしいのが、現代の第一線の登山だと、5.12から先の世界になる。

そういう世界に足を踏み入れよう、とする人は、基本的に、フリークライミングで、登攀力の底上げをしないといけない。

5.9が登れる登攀力というのは、山ヤの最低ラインというか、5.9までなら、特に、クライミングムーブ(正体と側体)の習得がなくても、登れる。特に背が高ければ、ホールドが遠いなどということがないため、大体の人は登れてしまう。

しかし、5.10Aから先というのは、質的に、また別のものが必要で、ムーブの習得を要求されることが多い。もちろん、これは肉体的資質にも、よりけりで、背が高かったり、腕力で解決できたり、特別に指が強いとか、色々な事情で、習得なしで登れてしまうかもしれない。が、一般的には、10代からあとが努力の証だ。

ある人が、どの程度のグレードまで、フリークライミングのトレーニングなしで登れるか?というのは、その人の肉体的な資質による。

小さくて腕力が少ない女性だと、低いグレードでも、ムーブによる解決が必要になるが、それは、大きくて腕力がある男性だと、5.10Aくらいまでは、何のトレーニングもなくても登れることが多い。

だから、私は、152cmしかなく、外岩では5.10bが登れるくらいだが、その努力の量は、おそらく、一般的な身長と腕力の男性が5.11登るまでに費やす量と同じくらいのはずだ。

一般に、トレーニングをすれば、5.11までは誰でも…つまり、背の低い人でも、女性でも…登れる、とされているため、そこまでは行きたいなと思って努力しているところだ。

話は戻るが、

 バリエーションルート=強点 

である。同じAという山において、

 一般ルート 弱点
  ↓
 バリエーションルート 強点
  ↓ 
 もっと難しいバリエーションルート もっと強点

となっている。たとえば、甲斐駒を例にとると

 北沢峠ルート もっとも弱い点
 ↓
 黒戸尾根 弱点
 ↓
 黄連谷右俣 強点
 ↓
 黄連谷左俣 より強い点
 ↓
 途中にいろいろ…
 ↓
 スーパー赤蜘蛛 もっと強い点、登攀ルート
 ↓
 スーパー赤蜘蛛のフリーソロ 記録レベルのすごさ

というようなことになる。一般の登山者は黒戸尾根くらいまでしか知らない。

もちろん、冬季か、無雪期か、ということもあり、無雪期よりも冬季が当然、難しい。黄連谷は、沢のぼりで登ることもあれば、アイスクライミングで登ることもあるが、どちらにしても、バリエーションルートで、登攀ルートということではない。

■ 登攀ルートの質

登攀ルートにも、質的に違いがあり、

 登山靴で開かれたルートはより易しく、
 クライミングシューズで開かれたルートはより難しい。

というわけで、ルートの性質を知る、という知識がないと、現代のアルパインクライミングの困難度というのは正しく評価はできない。

同じ岩場でも、例えば、インスボンには、

フリールート
アルパインルート
スポーツルート

があり、同じ5.9でもフリーの5.9より、アルパインの5.9のほうが質的に易しい。のは、困難の中に、悪さというものが加味されているからだ。さらにいえば、スポーツルートの5.9のほうがもっと難しい。悪さというものが加味されていない5.9ということは、落ちても安全で死なないということだから、安全性が担保されている分、技術的に難しくなっている。

というわけで、スポーツルートで鍛えて、その力を、より”悪さ”が加味されたアルパインルートに持って行くと、意外に簡単で驚くことが多い。”あれ?簡単だな”と思うことが多いが、おそらく、”でも、ここじゃ落ちれないなー”と思うだろう。

■ アイスクライミングについて

アイスクライミングは、基本的に遊びの範疇で、オーソドックスな冬山、冬壁という世界から、ちょっと異質の世界だ。

氷に特化した技術ということだ。

アイスクライミングは、冬山経験がなくても登れる、というのは、現代のアイスがゲレンデに特化されてしまい、いわゆるフリークライミングのショートみたいになっているからだ。ショートというのはマルチピッチでない、山頂を目指さない、ということ。

なので、アイスを頑張るというのは、アルパインクライミングのオーソドックスからは少々離れるということになるし、コンペに参加するということも、よりアルパインではなく、スポーツクライミングの様相が強くなる。現に、コンペでは、リードはしないでトップロープのみ。

特殊な遊びの部類だ。

しかし、一方で、現代は中山尾根でもダブルアックスで登る時代なので、アイスを遊びとしてやったことがある、という程度のことは、あっても邪魔にならない経験だとは思うが…。雪壁を登る程度なら、別にアイスの技術などいらない。

アイスはギアで登れ、と言われるほど、ギアに依存するクライミングのスタイルでもあり、お金がかかるクライミングでも知られる。

またアイスでは決して落ちられない。アイスの事故の多くは、技術習得が未熟なのに、リードして墜落したというもの。それは、アイスのリードをする際のリードラインの読み…弱点を読んで登る、氷の質を見極める…ということの経験値が、十分でなかった場合が多いわけだが、それはそれだけ多くの回数、氷に触れていなかったためである。回数というのは要するに経験ということと読み替えてよい。

何度も氷に触れていれば、こういう氷はやばい、と、自然に分かるものだ。だから、アイスということの安全性を考えるなら、シーズン中、毎日とまではいかなくても、毎週レベルで通える、ということが、安全性においては、まず第一の条件とすら言えるかもしれない。

氷も雪と同じで、経日変化し、一日の早い時間と遅い時間によっても、壊れやすさは違うし、シーズンの最初と最後でも違うし、暖かい日と冷えた日でも違うし、…と、頻繁に山に入って氷に触れている回数=経験、がモノをいう。

そういう環境の強みを生かせる、というのでなければ、年に1回、2回のアイスクライミングでは、リードできるまでに、10年くらいかかっても不思議ではない。

なにしろ、私は、アイスクライミング初年度、アイスは9回登っている。年に一回登る人の9年分だ。ちなみにアイスは4年目だが、年に1,2回しかアイスをしない一般クライマーより経験値が高く、合計では4年で60回くらい登っている。これは、年に2回アイスをする人の、30年分の経験値だ。

アイスのギアは一通りそろえるだけで、10万円以上はかかる。毎週使うなら元も取れようが、年に一回のギアにそれほどかけるのでは…。

そんな効率の悪い活動をするよりも、通える山で、もっとも困難なルート…誰も登っていない困難さのルートを登るための努力をする、というほうが、よほど生産的だ。

と私自身は思う…。私自身は、大のつく、アイスクライミング好きだが…

というわけで、今はフリーか、氷がなくても登れる、ドライをやろうかなぁと思っている。

■ まとめ

大事なことは、弱点=トレーニング、強点=本番、ということ。

トレーニングでは経験値をたくさん養えるということが大事だ。回数通える、ホームグランドがある、ということ。


Friday, December 8, 2017

読了・『登山読本』横山厚男

横山厚男さんは、私の尊敬する山ヤのお一人。

『岳人備忘録』に出ている方だ。(つまり、ちゃんとした岳人)

 でも、〇〇峰初登、とかそういう経歴を連ねているわけではなく、アルパインの自己顕示欲の世界から一歩退いた経歴は、ヒマラヤやパタゴニアなどの、一歩間違えば、死ぬようなアルパインクライミングばかりが、登山価値じゃない、と考えさせてくれる。

素晴らしい先例だと思う。

そのため、一つの山ヤとしての在り方の提示だなぁといつも思う。

そういう山ヤさんからは、山に対する思想を学びたいと思う。


■ 段階を経た山登り

この本に、段階を経た山登りという項がある。

第一が、山の発見
第二が、その山の調査と偵察。
第三が、その山のうち、もっともやさしいルートからの初登頂。
第四が、バリエーションルートからの登頂。

これをエベレストに当てはめると

第一段階 1853年、ピーク15が世界の最高峰であると判明
第二段階 1921年、偵察
第三段階 1924年、もっとも易しいルートからの試みが始まり、1953年初登頂
第四段階 1962年、南西稜からの登頂。66年、南壁からの登頂。

解説に谷川を例にとれば、とあげてありますが、最初から、一ノ倉沢など、まったく無謀極まりない、と書いてあります。

でも、山岳会は、普通にいきなり連れて行くと思いますけど…(笑)。

私は、谷川に関しては、”馬蹄形をやってから…”と言われましたが。

普通の日本の山においては、沢や雪は、バリエーションルートに数えるべきだそうです。

■ 例: 西黒尾根を登ったら、もう一の倉沢を登れるか?

Noです。沢登りや岩登りは、普通の一般道をたどるのとまた違った技術を必要とします、とあります。

それには
・他の地域でよいから、易しい岩場や沢で、よいリーダーについて技術を基礎から学んでいく

例:丹沢の沢を一通り終わってから、谷川岳の沢に進んだ

■ 雪のある山

雪の山も同様で、

・これまで雪のない季節に登ったことがある山を選ぶ
・中級山岳以下の山を冬山の第一歩に選ぶ

が大事です。

例:奥秩父なら雲取山

どの山域にも必ず入門に良い山というのがあるはずで、そういうモノから手を付けていく

■ 山の公式

面白い公式が提案されています。

  山(コース) × 季節(天候)÷  登山者の能力 = 1以下または1以上

答えが、1以上か、1以下か?

この公式で、

 1以上であれば、困難な山登り、
 1以下であれば、安全圏内の山登り。

いつも安全ばかりでは、冒険がなくて面白くない、というのはその通りです。

しかも、困難な局面に立ち会ったほうが、力が伸びます。

私は、読図に関しては、あんまり要らないと思っていましたが、谷川方面の山で、6人でラッセルしたトレースが40分後の下山には消えてなくなっているのを見て、”これはまじめに勉強しないとマズイ!”と、認識を新たにしました。それまで八ヶ岳でしか雪をしていなかったため、自分のトレースをたどって、いつでも帰れると思っていたのです…。

このヒヤリハットがなかったら、3年もかけて読図をマスターしようとは思わなかったでしょう…。

■ 背伸びの山

私は背伸びの山が必要ないとは思いません…

例えば、私はアイスは、師匠に連れられてですが、いきなり、初年度に広河原沢左俣でルートデビューしています。しかも、1ピッチだけですが、リードしセカンドの確保も経験しています…これは、もちろん、師匠が自分は楽々登れるところを、やってみてごらん、とやらせてくれた感じです。

が、この経験が強烈で、自分でもトップで登れるようになりたい!ということで、その後の、”小滝20本ノックで登る会”みたいな、ゲレンデをいっぱい登りこんで、絶対落ちない技術を身に着ける、という情熱の源泉となりました。

ですから、背伸びの山でも、”そこから何を得てくるか?”ということがはっきりしていたら、いいと思うのです。

雪の山だって、GWの北八つで溶けかけた雪の山を6本爪のアイゼンで歩いただけで、その秋に西穂独評で雪の山に登っていますから、これが間を飛ばした山でない、と誰が言えるでしょう(笑)???

きっと、”丹沢くらい、終わってから行ってくれよな~”、と、ベテランが当時の私たちを見たら、思うかもしれません。

ちなみに私は丹沢は全く興味がなかったので、丹沢大好き人間の師匠を得るまでは、丹沢の雪山は一回も経験したことがありませんでした。

■ 雪のステップアップ時に考えていたこと

雪は、自分たちで考えて、その後はこのように進みました。

1.鷲ヶ峰(ヒュッテがあり、木道を歩くだけの場所。ただし寒さはー25度)
2.北横岳 (ロープウェーがあり45分でメルヘン。-25度)
3.天狗岳 (小屋があり、小屋まで2時間。小屋からピストン1時間。-25度)
    これを4~5回
 この間、同じ山域で縦走し、距離を長くする

4.権現岳 (標高差1500mで大きい) 何度もチャレンジ

  と繰り返してから、

5.連れられて行く ツルネ東稜~川俣尾根 (バリエーションデビュー)

としました。これは、初の本格的な山です。一方、自分で行く山は、

6.鳳凰三山(長い)& 金峰山(小屋がない、大きい)
7.赤岳 (アイゼンワーク、小さいが難しい)& 谷川岳で講習(豪雪、雪崩知識) 

として、体力と技術をアップしました。リスクもより大きくしていっています。

8.連れられていく 広河原沢左俣&阿弥陀中央稜

9.ジョーゴ沢から硫黄 (自前でバリエーションに行き、成果を確認する)
 
10.アイスクライミングゲレンデ  何回も何回も行く

11.峰ノ松目沢(アイスルート、初リード)
   甲斐駒黒戸尾根(単独)
   大同心稜から横岳縦走 (体力)

12.阿弥陀北稜 (バリエーション、単独) 
   より困難なアイスクライミングへ

という具合に勧めました。1月~3月までの厳冬期の山です。

1シーズン目 雪山10回
2シーズン目 13回
3シーズン目 16回
4シーズン目 26回
5シーズン目 17回 春山1回
6シーズン目 14回
7シーズン目 35回(ほぼアイス)


■ 情熱育成期 1シーズン目 量的には雪山10回

1.鷲ヶ峰は、カメラマンがわんさか来るような美しい雪の山ですが、ただの丘です。スノーシューでハイキングに出るような場所ですが、寒いので、かなり寒冷に対する学習になります。安全圏も近いというか車で横づけですし…それで、雪の美しさを知るために行っていました。

■ 経験育成期 1~3月まで毎週通う 

2.北横~天狗岳 時代とというのは、完全に雪慣れのためです。装備もそろえている途中だし、スノーシューがいい時、つぼ足がいい時、アイゼンがいるとき、の使い分けもわかっていないので、周囲の登山者を見て、学習しつつ登りました。このやり方だと間違っている人を見て、正解だと思う可能性もあるので、効率は悪いです。北横岳では、スノーシューのほうが登りづらいです(笑)。

■ 体力育成期 1~3月毎週通う 

4.権現は、標高差が1500mもあり、体力をあげていく段階です。小屋もないので、山慣れしている人しかこないし、何度も通ってやっと登れました。

■ 情熱育成期  

5.ツルネ東稜~川俣尾根は、ロープも出るし、読図も必要という、本格的な山ですが、避難小屋泊なので、少し下駄を履いています。このころは、まだ夏用シュラフしかないのに、-20度近い山に寝泊まりするというので、結構ビビりながら参加し、大丈夫だったという経験値を蓄積する山でした。チャレンジの山です。

連れて行ってもらう山行ですが、この経験で、さらにステップアップしたいかどうかの石固めになります。懲りる人は懲りる。

■ 知識育成期  晴耕雨読で、ほぼフルタイムで勉強

この経験で、アイゼン歩行、雪上訓練、雪崩関連知識、多雪の山に対する慣れ、わかんがいるようなラッセルの山に対する慣れ、どのくらいの体力が必要か?など、知る必要がある事柄が出そろったので、その後は、より困難な山に対する知識を武装しなくてはならないということに納得し、登山学校や山岳会を模索し、講習会に出て、知識武装を始めました。

雪崩の講習会や、雪上訓練です。技術や知識は、それに特化して、集中して覚えるほうが良いと思います。

このころホワイトアウトしたら、どうするか?とか、雪崩に遭わないためには?とか、まさかのための保険になるような知識を蓄積しました。

かなり読書もしたと思います。

一方、体力を落とさないために、危険は少ないが、体力の必要なロングルートを冬季には歩いていました。

また、わかんが必要な山も、この時期デビューしました。わかんは、わかんの技術がいります。ちょうどいいことに地元で、自衛隊が出動するほどの、大雪で楽しくラッセルできた(笑)。

■ スキル習得期 毎週ゲレンデ通い

そのあとは、登攀技術を磨く段階でした。ので、一度ルート経験した後は、前述のとおり、登攀技術を得るためにゲレンデに足蹴しく通いました。足蹴しく…というのは、1シーズン30回みたいな感じです。

初級のルートは済ませて、楽しく登り、登攀のグレードを、4級から5、6級へと上げて行きました。もう、最も困難なグレード6級も登れます。

■ 次は???

次は? 次は大きくしていく。

その次は、より困難にしていく。

…というのが来るはずですが、まだ取り組んでいません。(取り組む段階に進むか不明)

というのは、アイスは一通り終わって、今フリークライミングに差し戻し請求?って感じだからです。

アイスで冬山でリスクをとる山登りをする以前に、フリーの基礎力とか、あとは、もう少し体力増強が必要そうというわけです。

で、今いるところ、はそういう段階です。

なので、もう冬山はひと段落はしている感じではありますが…。

大体、同じことを、沢バージョン、岩バージョン、でやっています。

多分、山ヤさんだったら、だれでも同じような思考回路で、自分の成長戦略を組み立てていると思うのですが…。

大事なことは、

 心、技、体、知、経 と何を目標にしているのか意識的であること、

ではないかと思います。

金石沢F2

ミクロトワンソン


Tuesday, December 5, 2017

雪の山で死なないために、何をしなくてはならないか?

■ 雪の山

雪の山で、生死を分ける要素は何だろうか?

それは、登ろうとする、”特定の山”に対するの知識だ。

山はそれぞれ個性があり、リスクも違う。ただ難易度順に並べればいいわけではない。

”山の知識”とは、危険を避けるにはどうすればよいのか?という知識。

これを得るには、山を畏れ、山のことをよく知ろう、という意識することだ。

雪の山に登るんだから、当然だが、天候が荒れれば、ハイキングの山だって死んでしまう山になる。

易しい雪の山から難しい雪の山まで、雪の山では、天候に対する真摯な研究心が、生死を分ける。

例えば、予報で、風速何メートルと出ていたら、登り、何メートルなら登らないのか? ということはあらかじめパーティで一定の合意ラインを作ってシミュレーション登山をしておく。

予報は予報に過ぎない。だから、当然、正確でない。判断は、どの地点?時点?で、見極めるのか?

そうしたことは、各山で違う。装備でも違うだろうし、体力でも違う。しかし、ここで合意ができないと、パーティは、意見割れで空中分解する危険がある。

私は私自身が、

・11時 (午後から崩れる予報だから & 翌日強い寒気だから)
・森林限界手前

と決定し、他の本格的山をやる人も同意見だった、判断ポイントに、同行者たちから合意を得られなかったことがある。この人は私より経験値が少なかったが、私の判断に不満そうだった。もっと行けると思っていたと思う。

私は八ヶ岳だったら、風速19mでも警戒する。平時の気温がー17度で、”あったかいな~”と思うくらいの山だから、風速19mだと、-36度ということになる。十分、重度の凍傷の可能性がある。 

ただ風速22mの予報の日でも、厳冬期の甲斐駒に登った。…のは、予報は予報であって、地形などの影響もあるから、風の強さは、現場の判断も必要と思うからだ。感じるということ。その日は、大丈夫だと判断した。 

一般的には、森林限界あたりでの判断になるだろうし、独立峰的な風の強い山だったら、大丈夫と判断した後であっても、突風に対する警戒は必要だろう。飛ばされるのだけは、防ぎようがないリスクだからだ。

雪の山でのNo1リスクは風です。雪の山というのは、そういうことを学びに行く。

こちらは当方の、風の研究。数字に落とし込むことが大事だと思うが、数字に縛られてもいけない。

https://stps2snwmt.blogspot.jp/2015/02/blog-post_74.html

■ 同じ日に死ぬ人と死なない人がいる

同じ天候でも、判断を誤れば、死んでしまう。

おと年の阿弥陀北稜の遭難事件で、大学生の男女2名が亡くなった時、私と夫も隣の山にいたんだが、当然のように普通に楽しく帰ってきた。

https://stps2snwmt.blogspot.jp/2015/02/blog-post_8.html

https://stps2snwmt.blogspot.jp/2015/02/blog-post_11.html

人間だったら当然だが、若いほうが体力がある。

ので、体力だけが、生死を分ける要因ではない。

稚拙な判断が、死の淵に人を追いやるのである。

なので、若い人、体力がある人には、特に、判断力を磨いてほしいと思う。

が、判断力を磨くというのは、ライフロング…、一生かけて勉強していくプロセスで、登山歴が数年だと、判断の根拠となる十分な経験量が溜まっていない。

その経験値を貯めている間に、死んでしまう人が、非常に多い。

雪は雪自体も勉強が必要だ。夏の雪渓の雪と、里山の雪は違うし、丹沢の雪と八ヶ岳の雪も違う。谷川方面の雪も違う。降雪してすぐと最中雪も違う。そういうことに雪国の人は慣れてわかっているが、そうでない人は、雪に様々な状態があること自体を知らない。

■ 雪の山に行くのに必要な技術は何だろうか?

雪の山に行くのに、必要な技術は何だろうか?

・天候判断
・読図
・雪自体の知識
・生活技術
・キックステップ
・ラッセル技術
・ピッケル
・雪崩知識
・アバランチレスキュー

天候に対する判断力は、経験年数…それも、山と近しくして、毎週おなじ山域に、毎年通っているくらいの知識…読み…が必要だ。

読図は当然だ。学習院大学は、ルートで遭難したのではなく、ルートを終わっての下りで遭難し、何度も、読図のミスを重ねて、滑落、ついに体力尽きている。

読図には、周辺のエスケープルートの知識…万が一の避難路の知識も含まれる。

学習院大学の遭難は、山を知っている人からすると、おかしいなと首をかしげる行動が多かった。間違って、阿弥陀南稜におりてしまったのなら、そのまま立場山を下れば、安全圏に行ったはずだった。なんで登り返したのか? あるいは、元気な人間が遭難の救助依頼をすぐに取り付けなかった。八ヶ岳の寒さがどのようにシビアか?を知っていれば、2晩のビバークだと、もう一刻を争う、と分かるはずだ。寒さがどれくらい厳しいか?くらい、普通のテント泊していても分かる。のに、救助依頼が遅すぎた。 

…などなど、無知が根底にあるのではないか?という判断ミスが目立った。死者2名。

読図は、もちろん、登りでも必要だ。

ラッセルのスピードは、雪の状態による。だから、1時間で標高何メートル稼いだか、よく数えておかないと、行動が決定できない。大体、15時くらいになったら、読図でテン場適地を見極めつつ、進まないと、テントが張れない。もし、行動が著しく雪に妨げられていたら、登頂は合理的な選択ではなくなる場合もあるし、そうであれば、下り始めなくてはいけない。すべての判断に、読図上での、自分たちの位置が、今どこか?ということが入る。

一度、中アで、自衛隊と30代男子とラッセルして、1時間に標高80mくらいしか進まないで敗退したことがある。ラッセルマシーンと行って標高80mしか稼げないんじゃ、5時間かけても、400mしか登れない。標高差800を一日で登る計画は、無理だということだ。

生活技術は、基本的にスピードと凍傷予防。凍傷は、本人のウッカリミスということだ。私の知っている事例では、八ヶ岳程度の山でも、大学山岳部であっても凍傷になり、シート搬送されていた。足だ。足は靴が履けなくなるので、小さい凍傷でも意外に大ごとだ。

私の会は、登るべきでない強風の日に阿弥陀北稜に登り、凍傷者3名を出したが、下りで防風性の高いグローブに取り換えなかったことが原因だ。つまり、ちょっと怠惰だったということ。登りは当然、登っているから暖かいが、下りは当然、あまり動かないので、冷える。

ちなみに一度凍傷になると、そこが癖になり、再度同じところが凍傷になりやすくなる。また半年ほど、クライミングもできなくなる。

繰り返すが、山は難易度で、その人の実力が図れるものではない。

山では、そのルートごとに特徴があり、それを味わうことで、その尾根の登り方がマスターできる、ということなのだ。

だから、違う山域に登れば、またそれはそれで、別の勉強が必要だ。

ちなみに私は、八ツから北アへステップアップするのは、かなり慎重だ。というのは、天候の読みが全く違うからだ。

天候は、近所同士で同じ太平洋気候に入る、南アと八ツでも違うくらい、センシティブだ。山塊の端っこの山と真ん中あたりの山でも違う。例えば、北岳と甲斐駒は違う。権現と蓼科山も全然違う。北アだと槍と上高地と後立でも違う。谷川と八ツでは、もう全く別世界くらいに違う。

雪崩に対する警戒も、山域毎に違う。八つでも前日に降雪が40cmあれば、登らない。やばいんじゃないかと話をしていたら、実際、私たちがアイスクライミングしているときに、阿弥陀南稜で、ガイドパーティが、ガイド自身を除く、顧客2名の死者を出した。これは、私たちは沢筋には入らない判断をした日で、摩利支天沢を辞めて、普通に小滝に行った。小滝の隣りの大滝でも、雪崩の実績がある。

雪崩は、雪崩地形をよく知っておく必要がある。基本的にどこでも雪崩れる。阿弥陀北稜で墜落して、沢を降りた有名登山家がいるが、山を知らない行動だと思った。厳冬期に雪が多い時に沢筋を下るなど、自殺行為だ。低山の雪山ハイキング程度の山でも、尾根と沢筋では、かなり積雪量が違う。沢筋は雪が深い。当然だが。

当然だが、そういう理由で雪の山は、尾根が基本だ。夏道がトラバースでついていても、歩いてはいけない。私は後立でバイトしたいたが、毎年、夏道を冬に歩いて、トラバースして雪崩遭難する登山者がいる。知っていて当然のことを知らない。トレースをたどるような山をしているから、そうなるのだ。白岳は直登です。冬季に最も安全なのは、たいがいの場合、直登です。夏道は使ってはいけない。

キックステップは、本当に、分からない人は、一生分からないかもしれない。クライミングのスラブ登りと一緒です。完全に一本足になる。そうしないと不安定になる。

ラッセル技術もいりますが、これはベテランからコツを習うほうが早いです。泳ぐ人もいる。雪国育ちの人は強い。

ピッケルも使い慣れかな。ないと不安になります。

弱層テストは絶対必要。 弱層が何かという知識も必要。傾斜何度が一番雪崩が多いかなど、ちょっと勉強するだけで危険というのは、ある程度、理解できるものだと思う。

アバランチレスキューですが、誤解が多いビーコン。ビーコンがあっても、別に安全度は増さない。ビーコンの出番は、雪崩に埋まった後だからだ。なので、雪崩に遭わないことが一番重要。

私の師匠は、6回雪崩に埋まったそうで、ものすごく雪崩を避けようとします。そりゃ7回目は、さすがに死ぬかもね、と思いますよね。運が悪ければ、1回目でも死にます。死ぬような目に遭っている最中に、必要なのがビーコンです。5分以内に探す。30分以内で掘り起こして、脳に酸素を渡さないと、深刻な障害が残る。何人も埋まってしまったら…、もう全員はレスキューできないかもしれない。プローブは、2.5mなんてのを持っていても、役に立たない。ちゃんと長いのがいる。

けれど、なんと言っても雪崩に遭わない知識を持つのが大事。

去年は、指がない方とも登りましたけど、指がないと、生活は大変そうです。

■ ほんの少しの無知が重大結果

山っていうのは、ほんの些細な無知…知ろうとしなかったことや、勉強不足が致命的結果につながるという、残酷な面がある…

ちょっと…というのは、山なのに、コットンの下着を着てきてしまったとか、靴がないから、運動靴や長靴で来てしまったとか…

クライマーで有名な人は、たいがい若い時に、そういうヒヤリハットを経験して、反省して、口うるさいおじさんに育っている。

だから、失敗は悪いことではない。無知なまま、山に出かけてもいい。

だけど、その時に致命的になってしまうか?しまわないか?は、運ではない。どちらかというと、傲慢さ、強気さ、というようなものだ。

これじゃ死んじゃう!と思ったら、とっとと逃げ帰らなくてはならない…が、体力にゆとりがあったり、頑張ることを美学にしてしまうと、とっとと逃げ帰れなくなる。

名誉欲も関係する。看板を背負っていたりしても、そのことがのしかかる。

だから、最終的に、何もかもかなぐり捨てて、

 命が大事!

と思っていないと、初めの一歩=死、になってしまう。

本来、山には順序がある、と言われる。 

一般に、夏山の雪渓歩きから、丹沢などの低山で雪に慣れ、八ヶ岳の小屋が近い雪山で強烈な寒気に慣れ、生活技術を磨くため、小屋のない南アや中アへステップアップ、谷川で濡れた重い雪とラッセルをし、北アで本番と徐々にステップアップしていく。

昨今は、里山程度から、いきなり北アの人も多い。その間のステップを教えられていないのは、時代の流れなので、仕方がない。

だから、結局、身を守るのは、命が大事!とちゃんと考えられる心持ち、かもしれない。

ちなみに、私の会にいた人で、厳冬期北岳経験者がいましたが、その人は、地形図が何かも知らず、靴は革靴ゴローで非厳冬期仕様で装備不足、ピッケル・アイゼンは形式だけ、わかんは履いたことがない、という方でした。

会で行くと、連帯できるメリットもありますが、天候判断、地形判断、など、すべての判断をリーダーにお任せしてしまうリスクがあります。そうなると、20年以上も、山をやっていても、

 体力以外の何も身についていない、

ということになってしまう事例でした。