Social underminingという言葉をご存知でしょうか?
日本だったら、例えば、「女の子に教育はイラナイ」などという考えが代表例です。今では信じられませんね(笑)。現代では、信じられないような考え方ですが、こうした考えが一般的だった時代もあったらしいですね。
同じことですが、ある人が持っている目的、目標等を「アナタにはできない」などと過小評価することが、ソーシャルアンダーマイニングです。
都会より、多様性が少なく、物事の考え方に柔軟性が少ない地方都市では、ソーシャルアンダーマイニングの被害に遭いやすいです。
ので、地方都市暮らしの人は、自分の可能性を周囲の人のネガティブな見方…あなたにはできない…によって、閉ざされないように、充分、注意してください。
そういう意味で、成長意欲が高い人には、地方都市は向かないかもですね。
■ 遭難
最近、応援のメールをいただき、ブログは再開を予定しています。ありがとうございました☆
気持ちを変えたのは、遭難のことがあったからです…
以前ほど頻繁にはあげられないと思いますが、遭難の時期は、特に私が考えているようなことをきっかけに、自分の山を振り返ることを必要としている人が、たくさんいるような気がします。
多くの岳人は独学です。私も含め…。
山の導き手から、運よく導きを得られている人には、その教えを多くの人と共有する義務、責務のようなものがあるような気がしています。
私が個人的に山の師匠を得ているのは、私が情熱家だからです。私自身もどうして、こうも山について熱心に考えてしまうのか、わかりませんが、その通りだと思います。
師匠とは、遭難については色々と話をします。例えば…
ーーーー師匠の返事ーーーーーー 登山者への注意喚起についてーーー
いつもながらパワフルだね。朝から!
〇〇氏(遭難が起きた小屋の主)うるさいのにね。(意味:遭難が起きて残念だ)
〇ちゃん(私)今のうるさい程度で良いです。言って更に自己認識するのですから!私も若い頃はうるさかったみたいですから!
でも本当の危険性感じたら、今でも注意してる時もある。重症では無く、死ぬ時に注意してる。
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どうも年を取ると、あんまりリスクリスクとうるさく言わなくなるみたいですね(笑)。
例えば、自分には体力的に無理があるルート設定だと考えたら、易しいルート設定に直してもらうよう依頼することもできます。
あるギリギリボーイズのクライマーに、「生死が係るようなルートに行くときって怖くないですか?」って聞いたら、「でも、ダメだと思ったら引き返せばいいだけだから」って言っていました。要するに、そういう理性的判断力があるってことです。彼らは一か八かってわけではないのです。
冗談で、「生命保険の掛け金は高くしておかなくちゃですね」と言ったら、「でも、一般登山の人たちの方が危ないことをしているかもしれない」とも言っていました。たとえば、雪山が初めてなのに、厳冬期の富士山へ行く人などもいます。先鋭的なアルパインクライマーよりも、よっぽど死へ一直線だということは、よく分かります。
■ 悪用しないで!
このブログをきちんと時系列で読んでくれている人は、的外れさを分かってくれていると思いますが、私が行けたらから、このルートは楽勝だろう、というような悪用のされ方をされてしまうことが実際ありました(汗)。
それでは、山の良さを広めているつもりで、危険な(無謀な)登山者を増やしてしまいます。なので、記録の多くを削除しました。
ソーシャルアンダーマイニングの逆バージョンです。たとえば阿弥陀北稜。40代女性の私程度の人がソロで行けるなら、20代の俺なら楽勝で行ける、と考えられたら、困ります…
私は年間3分の1は、山に行っています。なので、慣れが違います。
私のいた山岳会では、同じ厳冬期の阿弥陀北稜で凍傷者を3人も出しましたし、学習院大学の例を出さずとも北稜で遭難して死んでいる人も一杯います。女性が単独で行けるようなところだから、俺も、みたいな比較は、あんまり有効でないのが山の世界。
もちろん、体力面だけを見たら、多くの人は、私より体力が上と思いますが、体力だけではだめなんですよ、山は。天候の知識も必要ですし、敗退の技は確実に必要ですし、心も試されます。
■ 経験
経験がない…という批判についてですが、最初は誰だって経験がありません。経験を積むために行くのが山。すでに山行日数400日をとうに超えました。岩場で過ごした日数は100日をとうに超えました。昨年度は年間山行数128日です。
Should you never be the victim of other people's
bitterness, jealousy, lies, and insecurities...
don't be mad.
Remember things could be worse. you could be them
ですので、経験がないと言って、陰口をたたくのは、もうそろそろ辞めてもらいたいと思っています。
そもそも、山の良さは競争が必要ないところにあります。一人一人が自分の好きなマイペースで、自分の心の山と向き合えることが山の良さ。それが一番楽しいです。
そういう山を登っていれば、下山で道迷いなどのありえないですし、スキル不足なのに行く、などもなくなるでしょう。万年金魚の糞登山なんかもなくなり、一番の遭難対策になります。
大学山岳部のようなイケイケの山をしなくてもいいってのが、大人の強み。
そんなことはしなくても、山は十分登山者に心の満足を与えてくれるもの、と思います。
ホント、ゆっくり成長しないと、大人のアルパインは行くべきところ、すぐなくなっちゃいます。
(ピオレドール賞を取りに行く人は別で、もちろん特急コースを行ってもらいたいですが。)
山に倦んでしまわないためにも、焦らず、プロセスを端折らず、山の順番を守って、マイペースで自分の山を積み上げていくことが大事だと思います。
ホント、あーっと言う間に”上り”が来ちゃいますから…。
行けるところは行きつくしちゃって、退屈そうな顔をしている先輩は、どこの山岳会にもたくさんいます。
最後になりましたが、応援のメールをくださった皆さん、本当にありがとうございました☆
期待に応えられる内容が書けるよう、これからも師匠としっかり脇を締めて登ります。経験していないことは、私も責任ある発言ができないと感じています。
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