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Saturday, July 6, 2019

日本にもヴィアフェラータを


■ メインロープとPASの違い


まぁ、ずっとテンションしているから、理解してしまえば、別に何も問題がないのですが、

理解していない人が理解するまでの間に事故になってしまうことが多いのがクライミングの世界の常…

伸びないスリングに落ちてはいけないということがワカラナイ…のは初心者の常です。

それが分かるにはどうしたらいいのだろうか?と考えていて、思いついたのが、ヴィアフェラータ。

ヴィアフェラータのセルフビレイは、必ずダイナミックロープでできており、2本カウテールが出ていて、冗長化されているからです。

つまり、日本にもヴィアフェラータがあれば、クライマーは、メインロープのセルフの重要性が分かるのではないか?と。




それに、初級の岩登りを一人で練習することもできるので、すごくいい考えのような?!




私はゲレンデでいきなりⅣ級登れましたけど…三つ峠の一般ルート、こないだ会に来てくれた新人のI永さんが、見晴らし岩の5.6で登れなくなっていたところを見ると、彼をいきなり三つ峠連れて行くとダメだと思いました。


50代の新人さんです…  最近の新人さんは、18歳ではなく、20代ですらなく、若くて30代、ボルダリングジム経由の人なら歩きが課題、山経由で来た人はクライミングが課題。

どちらも乗り越えるには本人の意志が…結構強固に必要です…(汗)。

先輩としては、

・歩きから入った人に、「ボルダリングジム通ってください」と言いづらい(汗)。

・ボルダリングから入った人に、「山を歩いて脚力鍛えてください」と言いづらい(汗)。

という問題があります。


どっちも一気に解消でき、セルフを出すレベルの傾斜がどのようなモノか?も理解できる。


ヴィアフェラータが普及すれば、ジャンに無謀に挑む人が減るのでは?


ザイテンでコケる人とか? 重太郎新道で渋滞とか?


提唱

http://www.unipro-net.com/smc/via%20ferrata.html



御在所にあるらしい!

http://kansai-yamanobori.com/via-ferrata/


アルテリアの技術サイト

https://www.alteria.co.jp/sport/%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%81%A7%E3%81%AE%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E6%8A%80%E8%A1%93/

Tuesday, June 25, 2019

フリークライマーの進歩の段階

ギュリッヒの著作からの引用です。『フリークライミング上達法』よりP17~


1)トップロープで取りつく(初級者)

この際、いつかリードで取りつくことを目標にする。未修得のムーブが洗練され、体に記憶される。これを繰り返してリードに至る。このスタイルは必ずしも理想的なものではない。

2)いきなりリードで取りつく(上級者)

ムーブの暗記に頼らないで登る。当然墜落をすることがある。核心部では何回か落ちることがある。その場合、最終支点から、ムーブを練習し、下へ降りて、再度次のトライを行う。 (ヨーヨー作戦)

徐々に少ないヨーヨーの回数で登れるようになることが進歩の目安。

3)墜落しないで安全にゆとりを残して登攀。フラッシュができる。(エキスパート)

■ 発達段階の断絶を作らない

大事なことは、発達段階の断絶を作らないこと。(ある5.13は登れるが、ある5.8は登れないというような事態を作らないこと)

■ ハングドッグはエイド

”ロープ、ピトン、ナッツのような人口手段を前進のために、あるいは休憩のためにも使えば、それは人工登攀になる。” P21

中間支点にぶら下がってレストすると(ハングドッグ)、フリーで登ったことにならない。

■ 懸垂下降はエイド

初級者は、

1)懸垂下降してルートの道筋、ホールドの質と条件を確認しておく
2)難しい部分はトップロープで習得
3)リード中にハングドッグする
4)たびたび墜落する
5)墜落した地点から再度登る

ヨーヨースタイル(最難のスタイル)
1)リードで登る
2)墜落したら、再度のノーハンドレストに戻り、そこから登りなおす

”ひとつのグレードをマスターすることが努力目標である” P23

■ グレードはコミュニケーションの手段

花崗岩のルートと石灰岩のルートのグレードを比較する手段はない(P24)。

■ コントロールされた墜落

どこでも落ちていいというものではないア(P41)

悪い支点や支点がない時に、上に向かって逃げるのは、危険に向かって逃げることになる(P41)

上半身をまっすぐ保つように努める(P41)

長い距離を墜落する可能性があるルート(ランナウト)では、たとえ人からの失笑を買おうとも、ヘルメットの着用を憚ってはならない。

自ら意識した、墜落が許されるのは、100%岩に激突する危険がなく、十分な良い中間支点があるときだけ(P41)

できれば墜落している時間より、登っている時間がながいルートを選ぶべき(P42)

アルプスでは、コントロールされた墜落を適用できるケースはほとんどない(P42)

勇気あるクライマーとは、無分別に数多く墜落する者のことではなく、自分や仲間を危険にさらさないよう、墜落すべき時と場所をわきまえている者のことである。

■ クライミング能力

1)技術 つまりムーブ

2)体力(筋力と柔軟性)

3)戦術 心理

4)個人的条件 (年齢、身長、エイプレシオ、モチベーション、不安、意志)

5)環境 岩の構造、確保条件、天候などの外的要件

■ あるグレードの初級者の訓練

・初級段階では60~70%を体力訓練ではなく技術訓練に割くべきである(P49)。
・課題は、すべての客観的なマイナス要因(確保条件の悪さ、高度感)を取り除いたうえで、できる限り多様なムーブを蓄積させること = ボルダリングとトップロープ(P50)

■ 魅力

自然によって与えられた運動課題を自分の力で解決することがクライミングの最大の魅力
(P50)

目標は、力を使わない運動フォームを完全にマスターすること
また極めて厳しい条件(確保条件の悪さ、脆い岩など)で最大の成果を達成すること





オンサイトの美学

■ 美学と現実 建て前と本音

オンサイトが一番いいスタイルと言うのは、クライマーだったら誰でも知っていると思う。

しかし、その哲学を主張する人の意見に感化されて、そのまま取り入れることが可能な人と不可能な人がいると思う。

ので、真に受けないようにしないといけない。

1)環境 落ちれるビレイヤーかどうか?
2)体格 165cm標準体格に合わせてピンが打たれている
3)標準体力 ガバがガバでなかったりとか、一般的に想定されている基準値から自分が離れている場合は要注意 例:握力17kg

エイプレシオも関係があるそうだし、指のパワーと言うのは体格のばらつきよりもより小さいみたいなので、指パワーvs体格では体格が大きなクライマーは不利だ。

というので、クライミングのスタイルで何を大事にするかは各人の哲学で、各自が勝手にやればいいという話だが、それをほかの人に適用する…押し付ける場合は、用心が必要だ。

押し付けには自分の主張も含まれる。オンサイト、ヨーヨースタイル、レッドポイント、ピンクポイント、マスターリード、ぬんがけリード、などなど、自分が一番楽しいスタイルで登っていればいいと思う。

押し付けられた人にとっては、ものすごく危険になることがある。

例として

1ピン目を掛けれるなら、どんなルートでもリードで取りついても良い

ということを言われたので、そのようにしていたら、1ピン目で落ちてキャッチしてもらえず、そのままグランドし、流血して背負われて救急車に乗り、7針縫うことになった。1ピン目掛けたあとのフォールだから、責任はビレイヤーにあるが、誰の責任かと問うても不毛だ。

事故があると、損をするのは、クライマー界全体であり、岩場が禁止になることもある。

ので、一番大事なことは事故を起こさないことだ。

ので、過度に自分の哲学を披露するのは、押し付けとすれすれになることが多いので、やめましょう。

昔の強つよクライマーももはやリードしていません。力量が下がると、分かるようになるようですが、力量が下がる前は分からないものです。相手の体躯、パワー、知識と経験、とすべて相手の立場に立ってモノが見れるわけでないので、基本的に相手は、その人ができるベストの行為をしているとみて間違いなしです。

つまりトップロープだから頑張っていないという指摘は当たっていません。誰がより頑張っているか、競争にならないようにしないと。

リードする力量がない人がリードで落ちて、ビレイ力量がない人がビレイヤーでキャッチできなかった場合、変にこだわらずに、トップロープにしていればよかった…、と言うことになります。

もちろん、トップロープで、ノーテンで登ったことをオンサイトと称してしまうような基本的な間違いは教えてあげたらいいのですが、トップロープしかしない人がそれで楽しいのであれば、それでいいのではないかと思います。

見ていて、もっと良いスタイルで登れるので、もったいないなとは思いますが。

それとこれは別でしょう。リードへ進むには、ビレイヤーと言う環境が要ります。ちゃんとしたビレイヤーは天からの賜りものです。


Monday, June 17, 2019

命知らず賛美と同調圧力の結婚

■ クライミングの分類

現代では、クライミングは、

・外にあるボルダーという岩を登るボルダリング
・その模倣である、インドアジムの壁を登るインドアボルダリング

・ロープを命綱にして、できるだけロープに頼らず登るフリークライミング
・ロープを全身の手段にして登るエイドクライミング

・何十回も落ちながらトライして、やっと登れるスタイルの高難度フリークライミング

・落ちないで自然物だったら、なんでも使い、落ちること=死、を意味するアルパインクライミング

・人口のプラチックホールドを用い、落ちることを前提にしたスポーツクライミング

と様々なクライミングのスタイルがあります。

■ 命知らず賛美

その中でも、日本に独特のカルチャーとして問題なのが、

 命知らずを賛美する傾向

です。これは、アルパインクライミングと言うクライミングの歴史上の経緯でそうなっています。簡単に言えば、時代遅れの考え、ということです。

当然ですが、難易度が高くなると落ちる確率は高くなってきます。現代は、難易度的に落ちないで登る、というのはありえないレベルまで、一般の人のクライミングも高度化しています。 

■ 落ちないところしか登らないだと成長できない

100%落ちないという登り方だと、登れるところが限定されてくる、という訳です。

おそらく100%落ちないという登り方で、登れるところと言うのは、業界の平均で5.7~5.9みたいです。幅があるのは、グレーディングと言ってグレードを与える行為が安定しておらず、主観にゆだねられているためです。

例えば、5.10以降は、難易度が高くなり、落ちる可能性が非常に高くなるため、落ちること=死、を意味するルートでは、それ以上にトライする人は非常に少ないです。言葉としては、高難度マルチ、と言われています。

その希少性がどれくらいか?というと、5.12が含まれるスーパー赤蜘蛛をフリーソロで登った佐藤祐介さんは、”世界的なクライマー”です。クライミング界のアカデミー賞と言われるピオレドール賞を受賞しているくらいです。

一方で、市井のクライマーでも、落ちても死なないことが前提であれば、5.12などは、現代のクライミングレベルでは、「もはや中級者に過ぎない」と言われる登攀力でしかありません。普通ということです。クライミングジムで数年修行を積めば、若い男子はすぐに到達できるレベルです。

落ちても死なないという保険あり、で登るのと、落ちたら確実に死にますね、という保険なしで登るのとがどれくらい違うか、ということです。

■ ランナウト

用語として、ランナウト、というクライミング用語がありますが、ランナウトというのは、命綱が命綱として機能しない、と言う意味です。

ランナウトしていると、たとえロープがあっても、落ちれば、地面にたたきつけられてしまいます。

■ ピアプレッシャー

この命知らずの伝統は、イギリス→アメリカ→日本へ、と伝えられた伝統ですが、日本では、日本人独特の、

 同調圧力

によって、問題化しています。

 命知らず行為をしなければ、クライマーじゃない!と言って排他する、

ということです。つまり、

 仲間外れにしたり、
 軽蔑したりする、

ということです。

これは、一般的には、”幼稚だ”、と言う言葉で表現されているようです。

私は、これが、人格的な境界線を尊重しない日本の文化の中で、

 死者が絶えない理由

ではないかと思います。しかし、ほかの分野では、越権行為をされても死にませんが、クライミングでは死んでしまいます。

■ 幼稚なクライミングとは、どのようなクライミングか?

ギリギリで5.9しか登る能力がない人というのは、5.9でも落ちるかもしれないという意味です。

なので、5.9でランナウトが当然である課題(アルパインクライミングではよくあります)に登れば、時間の問題で、いつか死にます。

古参のクライマーが教えてくれたところによると、大学山岳部で死者が絶えない理由は、5.9しか登れないときに、ランナウトが当然のルートで、5.9にチャレンジさせてきたから、だそうです。

つまり、最初からロシアンルーレット状態で、死ぬこと確実な活動だったそうです。

しかるに、現在、古老である、どの方に聞いても、

 生き残ったのは運

だったとおっしゃいます(汗)。一般にランナウトしたルートと言うのは、山岳地帯の中で多く発生しています。

■ 怖いことを怖いというと否定される日本

日本では、

 個性

ということが尊ばれていません。

  恐怖心と言うのは、本能によります。

個々人の能力、握力、体力、リーチ、体の強さ、など総合的に、自然に察知するのが人間の能力によるようです。

怖がり、というのは、クライミングにおいては、身を守るもの、危険を察知させるもの、なのです。

しかし、同調圧力で、怖いと言うことができない羽目に陥らされ、登らされる羽目になる、ということが日本ではよく起こります。

同調圧力で死んでしまったら、まぁ、犬死ですね。

■ プライドで後に引けなくなる

それと近いものが、プライドです。神風特攻隊は、自ら志願して特攻隊になったということになっていますが…本当にそうだったと思っている人はいませんね?

同じことが、現代日本でも起こります。

とくに男性。プライドをくすぐることで、相手が後に引けないようにしてしまう、ということです。

そんな、ちっぽけなプライドは早めに捨ててしまいましょう。

■ アメリカと日本

私は、命知らずを賛美する文化はアメリカにもあると思いますが、何が違うのか?というと同調圧力であると思います。

アメリカ人は個人主義が徹底しているため、他者に同じ価値観を要求しません。

日本人は全く違います。同じ価値観でなければ仲間ではないという扱いです。

そうなると、死んだ仲間がいくら、幼稚なクライミングの結果、ただの犬死をしただけだとしても、それを賛美せざるを得ません。

生死を掛けたい人は掛ければいいし、掛けたくない人は掛けなくてもいい、

そこの線引きがきちんとできていないために、日本でのクライミングが危険なものに陥ってしまっているのは、基本的に

社会的リスク

であり、クライミングそのもののリスク、ではないと思います。

Tuesday, March 19, 2019

連れて行ってあげたいの連鎖

■ 愛で紡ぐ山

最近、いつも思っていることがあります。それは、連れて行ってあげたい、という気持ちが連鎖していくのが、本来あるべき山の成長のプロセスで欠かせないものではないのかな、ということです。

新人さんが来たとします。すると新人さんは一生懸命でしょう。そして、新人としてきたからには、行きたいところ、があってのことでしょう。

それにつれて行ってあげられるかどうか?

それは、そもそも、その新人さんの実力次第であると思います。まぁ、実力がきちんとあったとしましょう。

そうすると、先輩たちは来てくれたんだから連れて行ってあげたい!とたいていの場合は思うでしょう。

実力未満だったら、実力がついたら、ぜひ連れて行ってあげたいと思って実力がつくようなルートを提案してくれるでしょう…

というので、結局、連れて行ってあげたい!ということがいつになるか、その早い、遅い、はあったとしても、ぜひ連れて行ってあげたい、山の世界を見せてあげたいという気持ちは、あるでしょう。

決して、それは、”どれどれ、お手並み拝見”みたいな気持ちではないと思います。さらに言えば、”ふーん、あっそう”みたいな気持ちでもないと思います。

最初に、”俺は登れるぜ!どうだ~”みたいな新人さんもいます。もちろんやる気がある、向上心がある、というのは大事なことですが、あまり登れますアピールが強いのも。

そうなると、連れて行けるところどころか、”連れて行っても、落ちられるかもしれない”と心配になって連れて行けないかもしれません。イケイケというのは抽象的な言葉ですが、実力を過信している人だと、どうしても、事故のリスクが増えます。

そうなると、今度は、レスキューしてあげなくてはいけなくなります。

というので、心配に…

やはり、山というのは、憧れ、それに向けて努力して、そして、どきどきしながらチャレンジして、チャレンジしたらあっけなく登れた、というのが、あるべきプロセスのように思います。

予想がゆとりがあるほうに外れるほうが安全です。したがって計画は弱気に。

しかし、弱気すぎてもいつまでも成長できないので、先輩は、そこを埋める存在として、その人に行けるだろうけれど、本人が行けないと思っているようなところを案内するはずです。

私は初めての本チャンの前穂北尾根は、もう、とんでもない九死に一生みたいなところに行くんだと思っていました…行ってみたら登攀はあっけなく簡単でした…あれ?みたいな。

でも、色々なことが分かって、それまで怖かった山が怖くなくなったのです。

なので、それは、やはり、先輩が、連れて行って見せてくれた登山の地平線の進化でした。

「連れて行ってあげたい」それが先輩から後輩に連綿と受け継がれていくのが、登山って気がします。

そうやって人類は歩けるところの地平線をじりじりと広げてきたのかなぁって…そういうタペストリーの中にいる、ということは、とても光栄なことだなぁと最近、とても感謝しています。





Tuesday, February 26, 2019

900mのハイボルダー エルキャップフリーソロ

■ フリーソロとインドアボルダリング

”フリーソロ”と言うと、山の世界では、ほとんど”命知らず”と同義語になっています。

”命知らず”なだけではなく、”非常識”などもセット販売。

でも、実はみんな、フリーソロ、いつもやってる…(笑)。

それは、ボルダリングです。インドアジムでボルダリングしている方、呼び方が違うだけで、それはフリーソロと同じですよ(笑)

フリーソロとは、

・ロープをつけない
・ハーネスをつけない

クライミングのことです。

インドアボルダリングは、基本的にフリーソロです。ただし下にマットがあり、インドアなので、高さは高くてもせいぜい5mです。

■ 外岩ボルダリング

インドアボルダリングのクライマーが、外で同じことをすれば、それはだいぶ大きな進化です。

外岩ボルダリングとインドアボルダリングの違いは?

クラッシュパッドに着地 vs 30cm厚の分厚いマットに着地
ホールドを自分で見出す vs プラスチックで色分けされたホールド
高さは色々       vs 高さはジムで設定
アプローチも歩く    vs アプローチなんのこと?
マントリングあり    vs 終了点でジャンプオフ、もしくはクライムダウン

基本的に外に岩でもっとも面食らうのは、ホールドでしょう。自分で見出す、ということが必要です。一般に、ルートファインディング、という言葉で言われています。ボルダーは、とても短い数手のルートファインディングが必要です。

が、誰か仲間と行けば、たぶん、先に登った人が教えてくれるので、問題なしです。というかルートファインディング力はつかないということです(笑)

落ちる場合は、クラッシュパットの上に、上手に着地しないと、アブナイです。クラッシュパッドの厚みは15cmくらいですから、あまり高いと衝撃が強いですし、スキマに落ちて捻挫はよく聞きます。

この現象を見て、ロープクライマーは、やっぱりボルダーのほうがアブナイ、などと思ったりします。

■ ハイボルダー

この外岩ボルダーのカテゴリーの中に、ひときわ大きな岩、ハイボルダーがあります。

ハイボルダーというカテゴリーは正真正銘、”命知らずな方向け”とされています。

日本では、室井登喜男さんなど、マットを使わないで登っています。

それでも、20m超えるハイボルダーがあるのかなぁと思いますがどうなのでしょうか?

■ ビッグウォールのハイボルダー化=エルキャップフリーソロ

さて、アレックス君が登ったエルキャピタンは、約900mの壁です。

私が去年、師匠と登りに行ったインスボンは、250mの壁です。約4倍。

インスボンでも落ちたのは、1、2回です。しかし、ロープをつけていなければ、一度でも落ちれば死ですから、私は2度死んだことになりますね(笑)

■ 偉業を理解する

最近、小さい岩場で10本ノックをしました。登攀のトータル距離は100mくらいです。

私はへとへと。まぁ距離を登る登攀が久しぶりだったということもありますが。半日で100mです。

一日だと200m。私はクライマーの中では女性で体力がないほうに入りますので、例えば、体育会系の鍛えた男性とだと体力差は歴然です。

仮にそういう強い人が、一般女性の倍強いと仮定して、400m、8時間。 

ちなみに世界を震撼させたアレックス君は、900mを登るのに3時間切っています。

アレックス君の偉業を語るとき、落ちれば死、落ちなけば偉業ということで、オールオアナッシング的な面、フリーソロという極端なスタイルの賛美だけが主体で、具体的なすごさが伝えられていません…が、このような比較で分かってもらえるのではないでしょうか?

あいまいに、すごいすごいというだけで、すごさの具体的内容を伝えられないマスコミがちょっとイケテイナイなぁと私などは思います。

■ ボルダリングはフリーソロ

ちなみにフリーソロがすごいと言われますが、インドアのクライミングジムで行うプラスチックホールドを登って遊ぶボルダリングジムは、フリーソロです。

だから、一般人のみんなもいつもフリーソロしている(笑)。

しかし、ジムの壁の高さは、大体5m程度です。5mでも、高所恐怖症の人は高いと言って怖がります。

これを900mでやってしまったというのがアレックス君の偉業です。

ジムの壁を3時間ぶっ通しで落ちずに登る…易しい課題から難しい課題へ。

これをやり続けていけば、エルキャップフリーソロが見えてくるのかもしれません。

若いクライマーの皆さんは頑張ってください。

ちなみにアレックス君は、ベジタリアン、です。

Thursday, November 15, 2018

トップロープからリードへの移行

■TR->リード

”トップロープで登れたから登れるはず”というのは違うかもしれない。

トップロープで登れたら、ハイ次はリード、

とすると、リードに必要な”余力”が備わっていないかもしれない。

例えば、私が初めてリードした西湖の岩場のような”ハーケンでランニングを取っている5.8”を5.8がギリギリグレードの人に勧められるか?というと、勧められない。

少なくとも、私は後輩に勧めはしないだろう。落ちた場合に、ハーケンでは…(汗)。

足で登れる垂壁に、まだ手で登っている人でも、完登できるからリードでどうぞ、と言えるか?と言うと、中間支点が、その人にとって遠くない課題を選ぶべきだと思う。

というのは、私自身がそのような状態の時に、リードを強要されて、たぐり落ちしたことがあるから。たぐり落ちはもっとも危険。人工壁ですら危険だ。しかし、やってはいけないと分かっていても、クリッピングが遠ければ、バランスが悪化し、そうなってしまう。

またクリッピング体制を作る練習も必要で、トップロープであっても、リードを意識した登りをしていない状態から、いきなりリードへ進むのはいかがなものか?と思う。

リードを意識した登りを身に着けるのには、疑似リードが最適で、疑似リードをすっ飛ばしてリードしても、リードとトップロープがどう違うのか…
・ボルトを目指して登りルートから離れないという点や、
・クリップ体制を作ってからクリップすること、
・スタティックな動き
などの意識づけができないのではないか?と思う。

■ 万年セカンド

私の最初の師匠の鈴木さんは、どんなに易しくてもリードすることが大事、という価値観の人で、それは、万年セカンドを自分の会で作ってしまった反省から出た信念だったと思う。

いかに万年セカンドを作らないか?というのは難しい。

が、早すぎるリードで怖がらせることがマイナスに働くことは確実だ。

私も新人さんに、楽しくリードする経験を積んで、クライミングの楽しみを発見して欲しい。

そこへの移行は…? 言葉で言って聞かせるべきだろうと思う。

■ 事例

事例として自分を考えてみる。

私がリードへ進むのに、背中を押す後押しが必要だったこともあった…例えば三つ峠の一般ルートの隣あたりのやつ…登れないと思っていたら、登れた。岩田さんと登っていたころだ。初めてのクラックオンサイト。アイス5級のリード。

それらを勧めてくれた人の脳裏には、おそらく、私が思考しているようなことがあったはずで、私のリードを成功へ導くために、色々な計算があったはずだ。

それが非言語で言語化されていないのが、もっとも大きな弊害なのかもしれない。

それは、

1)そろそろリードできる能力が身についたという判断
2)適したルート
の2点に凝縮されるのだが、中身は

1)リードできる能力
・ムーブにゆとりがある
・たぐり落ちが発生しないゆとりがある
・足がきちんと使えている
・クリッピング動作が正しい
・バランスで登れている
・終了点でどうしたらよいか分からなくならない
・やってはならないことを分かっている(足をロープの下にいれると落ちたとき頭が下になるなど)
・1ピン目、2ピン目までは決して落ちてはいけないと分かっている
・トラバースでは降られる

2)適したルート
・支点が強固である
・支点がその人にとって遠くない
・終了点が強固である
・その人にとって難しすぎない
・フェイス、オーバーハング、スラブ、クラック、などのクライミングの要素的な部分で、その人の課題に適している(初心者はスラブから)

他にもあるかもしれない。

人工壁でのリードは、こうした要素一つ一つを、意識に落とし込むるためのものだ。人工壁では、トップロープができたら、すぐにリードに進んでよい。が、それは、こうした要素のうち、どれが意識づいていないか?を洗い出すためだ。そのために恐怖心が使える。

怖いということは何かが身についていないということだと思う。

■ 試行錯誤して学ぶ 

こうしたことを私は失敗を通じて学ぶ学び方をしていると思う…。

人工壁に通っていた時代には、だいぶ怖い目にあった。
二つの山岳会に入っていたが、人工壁時代を共にした会Aでは、危険な目に合わせて、それで辞めていく人はふるい落とす派、のようで、今考えても、よく初心者同士のあぶなっかしい落ちれないビレイで、バシバシ落ちていたよなーと思う。私はどっかぶり苦手で最初のころは最初のハングで頻繁に落ちていたからだ。ビレイしてくれていた人も初心者で、リードしたら終了点でどうしたらよいか分からなくなっていた。

一方の会Bは、暖かく見守る派で、私が絶対登れるからと自信満々の5.5ですら、先輩がちょんちょんとチョークをつけてくれた(笑)。信用されていない。この会では、私以外の新人は3年たっても5.10Aは難しいようだった。TRオンリーしかさせてくれない会だった。たぶん、怪我をさせたくないと思うとそうなるのだろう。つまり、先輩は誰も私のビレイヤーを買って出てはくれない。ので、こんなところに居たら一生リードできないと思って、やる気がある人は、ほかにビレイヤーを探し始めてしまう。結局、他会の人と組まざるを得なくなる。他会の人とは日常的にクライミングを共有できないので、結局、危険を排除しきれなくなる。

どっちも両極端で、危険を排除しきれていない。大事なことは、どちらにも陥らず、安定的な成長をすることだ。

(リードという行為に対して初心者時代)は、(ビレイスキルが確実な人…往々にして先輩)にビレイしてもらうべきだ。

ビレイが初心のビレイヤーと組むときは、ビレイがあやふやなので、クライマーは限界グレードには挑戦すべきではない。

それでもって、落ちても安心な高さに来たら落ちてみることも考えに入れる。落ちないクライマーとばかり登ると、ビレイヤーはキャッチ経験を積めないからだ。

■ 紙からSNSへ

以上のようなことは、私が思うには、昨今の人は、かみ砕いて教えないと、多分、分からないのではないか?と思う。

分からないヤツは来なくていい、という排他的な態度ではなくて、たぶん、どこかに書いたものがある、読みたい人は読めるというのが大事なのだろうと。

というのは、昔の人に話を聞くと、みんなたくさん山書や雑誌を読んでいたらしいからだ。読んで自然に理解したのだろう。

しかし、現代では、だれも紙の本を読まない。読むのは、SNSかブログ。情報の伝播の仕方が違ってきているのに、山の世界では、それに追いついていないだけなのかもしれない。

■ 関連記事

リードへ進ませる要件

頑強な男性でも1ピン目でたぐり落ちしている事例

Wednesday, October 31, 2018

マウンテニアリング後進国

各国と言っても、ラオス、韓国、台湾しか知りませんが、ラオスでは主に欧米とヨーロッパの、台湾では主にアジアのクライマーと交流して分かったこと。

日本はクライミング後進国であり、技術的には、かなり情報弱者の立場にあり、そして、肝試しクライミングから、スポーツクライミング普及への過渡期にあるということです。

日本のクライマーが情報弱者の立場にいるのは、おそらく、世界の人と交流せず(交流が特権階級者だけが通訳つけてやる高額のコミュニケーション、特別なことになっているようです…世界では普通に若い人同士が、今日どう?みたいなノリで交流しているのに…。100年前のウエストン時代とスマホで登山くらいな格差感あり)、その理由は、単に恥ずかしがりだから、くらいな話っぽいです。

例えば、台湾の若い人は普通に英語通じるらしいですよ。

韓国で登った時は、日本人パーティで登ったため、全く外人フレンドできず。あ、できたか、ゲストハウスで会った、アイスのコンペクライマー!たまたま、泊まったゲストハウスが同じだったんだった。

海外で交流が発生しないのは、日本国内でも同じようなことが起きうると思いますが、自分のグループだけで固まるからです。たぶん。来ないでオーラ出しているのでは?グループの圧力を醸し出している韓国勢や日本勢は結構見た気がします。

フレンドリー路線の人は、日本の岩場でも感じが違いますが、海外では、そっちの人のほうが普通なので、そうでない内輪で固まる感じ(エクスクルーシブ型。古い山岳会に多く、自分のとこだけで登ります、お山の大将型リーダー引率、みたいな感じ)は、ちょっと違和感あります。例えば、岩場の場所取り合戦みたいなことも、日本の岩場では見ました。

マウンテニアリングは、日本では高齢化と人口減少で、過疎の村みたいな感じになってしまっている。特に登山が本格化した、マウンテニアリングの世界で、マウンテニアリング教育をする人、できる人、もしくは、本質を理解している人が極端に減ってしまっている。

クライミングは、マウンテニアリングから分化し、一般登山(ハイキングに劣化中)とマウンテニアリング(アルパインクライミング、雪、沢、岩、氷)に二極化し、その中でも岩だけがクライミングとして独立して、特殊分野になっているのですが、中でも、フリークライミングやスポーツクライミング、ボルダリングが、進化を遂げている最中なのに対し、マウンテニアリングは劣化の一途で、ボルトは朽ちるに任され、新ルート開拓などの光の部分は、失われて久しくなってしまっているようです。かろうじて、沢登りでは光がありますが、それも海外での遡行です。国内での遡行では登りつくされ感あり。

5.9しか登れない登攀スキルでも、新ルート開拓はできるそうですが、そうした行為に冒険的楽しみを見出すという価値観が喪失されて、だいぶたっているのではないでしょうか… 何十年レベルの。

という事情で、日本の登山者のスキルが貧弱化。スキルの貧弱化が、日本の山をまるで町中にいるような状況に変化させ、山に町を出現させ、山小屋が総旅館化しそうな勢いで、豪華化しています。

そこへ、大名登山を好む中高年がちょうどよく大量に定年退職期を迎え、お客として押し寄せて、山を町化する推進力となっているようです。

お客が増えることは喜ばしいことですし、登山者が増えることも喜ばしいことですが、このような状況が結果としては、山の知識&スキルが高い人口増(つまり登山大国化)へは、つながらず、単純に遭難者数増加につながっています。

自然を愛して、ありのままの自然をそのままに保護したいと思う人よりも、健脚自慢から派生した、とどめを知らない無謀登山自慢に流れて行ってしまっています。遭難経験ですら、武勇伝化してしまいます。

…という山の世界の概況観察結果でした。

Tuesday, September 4, 2018

オールラウンドで育ちなさい

オールラウンドで育ちなさい

というのは、二人の師匠が共通して言ったことでした。つまり、山という場所は、人を区別してくれないということです。岩場は苦手だと言っても、山をしていれば岩は出てきます。

山にはいろいろな要素があり、尾根は登っていれば、当然ながら森林限界を越え、岩という要素が出てくるし、冬になれば雪が降る。凍る。雪も、氷もしておかなくては、ということです。

尾根があれば、谷があるのが当然で、谷を知らないと、ということになれば、沢登り技術が必要。読図力がないと、日本では水場が得られないですし、開拓クライマーは地形図で毛虫を探して岩場を見つけているのではと思います。ボルダラーに徹しますと言っても、最適なボルダーって、ボルダーのもともとの意味が河原に落ちている巨岩って意味なので、沢登りの最中に見つかること多し。氷瀑も同じで沢登りは一種の偵察山行です。読図は、登山の基礎力。

読図に加え、フリークライミングは、登山の基礎力なので、避けて通ると、全人的な登山者としての成長を否定したことになってしまいます。

が、何も5.13まで登る必要はなく、一般的にはクラシックルートを制するには、全国的5級A1がフリーで越えれたらOKでしょう…(ただし、ワイド、スラブ、フェイス、クラックとすべてのタイプの登攀で)

その辺の兼ね合いが、どれくらいからロープを出すかという知識などと同じで、兼ね合いなので、推し量るのが難しいところ。その落としどころを知っているというのが、山やの完成のひとつかもしれません。

読図、フリークライミング基礎、に加え、ロープワークが完璧なら…これはビッグウォールをやると自然と身につくのですが…

一方で、登山史に名を遺すタイプの山をされる方は、

最低限5.12の登攀力&最低限40kgの歩荷力

を目指してください。それくらいは担げないと、フォローでもつらいそうなので。

Monday, June 25, 2018

ルートは山からの賜りもの

心・技・体・知・経ということで、山ヤとしての完成度が高いのは、やはり40-50代ではないかと思う。

私はまだ5.11は到達していないし、アルパインのルートで、どこでもこなせる支点制作力が身についていないし、一日15ピッチはたぶんできるが、20ピッチは疲れそう。40P?無理、無理。

もちろん、山は楽しむものなので、楽しんでいたらいいのだが、楽しいということは、成長も、経済ペース。つまり、無理をしていない。ゆっくりということなので、例えば、60代で山を始めた人が、ロープが出る山で山ヤとしての完成をみることは、おそらくないだろう。技術がついて登れるようになる前に、肉体的に登れなくなっていく。

もちろん、ロープが出る山をしなくても、ただ単に、足腰を鍛える山歩きをしていれば、いいし、それはそれで、満たされた良き活動。

ただ、山の難易度で見たときに、上向きではないということだ。もちろん、上向きだけが良い価値観ではない。

ということを考えると、楽しく登って、経済ペースで成長し、そしてそれで、うまいこと体力の絶頂期に、山の技術、経験、知識、が身についている時期というものがある。

それに、行きたい!という心が加わる。結婚してしまうと闘争心はなくなるので、例えばアイスの6級なんて、挑みたい気持ちが無くなるだろう…登る前に子供の顔がよぎったりして。トップロープ?それでは、牙を抜かれたみたいな気がするだろう…

というわけで、大事なことは、タイミング。そして、そのタイミングが来たときに、掴むこと。

現代は山の世界は貧困化しているので、多くの場合、環境が揃わない。私は2年ほど前、ちょうど黄連谷が良い時期だったが、メンバー不足。錫杖も同じ。大山北壁も同じ。だから、山というのは、特にルートの場合は、天からの賜りもの。

ありがたく頂戴するのが大事だ。