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Tuesday, September 8, 2020

槍と明神ではどちらが安全か?

私は、(困難)vs(安全)が天秤に掛けられる時、常に(困難)を乗り越えて(安全)を取る選択肢を取ることにしています。

それで槍は登ったことがありません。登りに行こうとしても、おそらく、アルパインの最初の師匠、鈴木さんから止めに入られたでしょう…彼はジャンも私には行かないように、とアドバイスしたからです。
槍は、長い渋滞で知られています…そして、毎年だれかが亡くなっています。亡くなったこと自体がさらに槍のステータスを高める結果になっていますが、その理由が上から人が落とした落石とかです…。
困難なチャレンジに挑んで亡くなった人が多いというわけではない…。上から人が落ちてきたときに自分が落ちてしまうのは、自己コントロール可能な要素とは言えない。つまり、一か八か要素が増えているだけで、事故率があがっているだけです。

■ ロープは安全のため

ロープが出る山をする、ロープを使う、習得する、というのは、安全性を増す、という意味です。

槍ヶ岳だって、ロープにつながっていれば、落ちても死なずに済むのです。
■ 誤解に基づく安全と危険

ですので、槍や剣などを志向される方…南アルプス深南部などではなく…が、ロープを習得されない、というのは、思い込みがどこかにある可能性があります。あるいは試してみる前にあきらめてしまったという可能性もあります。

かつては、先鋭的な山岳会の、さらに先鋭的な人たちだけのものであった(ように見受けられただけだと思いますが…)ロープが出る山、は、当然ですが、ロープが出ない山の延長線上にあり、それは、習得に時間がかかり、頭も使い、慣れも必要と、努力を要するのは事実ですが、危険は増さず、むしろ安全が増えるために行うことです。

私は槍には登ったことがありませんが、明神はあります。それはこのような事情です。

Monday, March 9, 2020

追悼:杉野保さんの文章から。 支点構築の方針 まとめ

以下、追悼のため、ポイントを整理します。赤字当方。

■ まとめ
昔のクライマーの方針
1)ルートを整備するということがあまり好きでない
2)初登者のこだわりとか主張とかが感じられる
3)終了点はなくてもいい
4)終了点は登るためには必要ない
影響を受けた岩場
1)ヨセミテ
2)ジョシュア・ツリー
↓
当時の考え方の結果
ルートは、自分の事しか考えず、どうしても最低限の物資で作られている
 《現在の考え方》

現状認識
1)時代は流れている
2)上から開拓されたルートなら、ボルトは新しくて頑丈なのに越したことはない
3)つまりグラウンド・アップで打たれた訳でもないのに、その貧弱なボルトを使い続ける理由はない
4)レッジ・トゥ・レッジのクライミングの発想どころか意味も薄られてしまった
5)終了点のないルートはルートでない
6)講習会で使っているエリア
7)グチャグチャな汚いスリングの終了点が美しくない 
8)ステッククリップOK
9)現代のルート整備は、”整備”ではなく、”岩場美化”であり、”岩場再生”。

影響を受けた岩場
・鳳来
・城山南壁

↓
現在の考え方の結果
カモフラージュされたボルトときれいな終了点

■ 文章から抜き出したあるべき姿

1)シーサイドや二子、鳳来のように、ある程度フリークライミングのことが分かっている人が行く岩場なら何の問題にもならないようなことが、幕岩ではおこっている。

→ 上級者の岩場と入門者の岩場は分けるべき

2)対物ビレイ全盛の、リングボルト1本で対物ビレイしていた輩に注意した藤原雅一氏が、「アルパインやったこともない人にそんなこと言われたくないね。」と罵られたというのは有名な話

→ 九州でも支点ビレイをするクライマーが時代遅れとは気が付いていない。危険だと指摘されても、言うことを聞かない人は昔の山岳会の自慢話をする。

3)

生と死の分岐点博覧会状態

→ ノーモアスリング活動

4)終了点のビナは持って行かれてしまうんですね、これが。ひどかったのは幕岩の「蟻さんルート」周辺の終了点

→ 終了点のビナを持って行かない →残置ビナ文化を辞め、結び替え習得させる

5)やはり気になるのが、終了点リング直がけトップロープ軍団

→ ぬんちゃく2本で終了点を作る

■ 方針のまとめ

1.終了点=チェーンタイプ
2.ルーフは要注意
深刻なロープドラッグやリップとの擦れなどを起こす場合、初登者と話し合いの末、終了点の位置を変更する
3.変更がない場合「このルートは最後はたちこんで終了とする」といったように情報を伝える
  
4.プロテクション用  最低10mm以上のステンレス もしくは、ケミカル
5.ロングフォールの危険=OK (※グランドフォールの危険ではない)

6.位置変更
 1.あきらかな設置場所のミス
 2.最初からドローやスリングが、かかっていることが前提
 3.あきらかに「とりあえず」の位置決め
 4.不自然なクリップムーヴ

7.ボルトや終了点は「適度に」カモフラージュする。

以上、まとめ終わり。



-----引用‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

大体において、私の場合は、前からルートを整備するということがあまり好きでなかった。

なぜかというと、初登され、発表されて、作品としてルートが公になったものには、初登者のこだわりとか主張とかが感じられるまま、ボルトがさびようが、終了点がなかろうがそのままの状態にしておき、そのルートにトライしたいのだけれどもボルトに不安があると感じた人が初めて、初登者に了解を取った上で打ち替えなどすればいいのではないかと思っていた。
 今となっては、理解できない人の方が多いとは思うのだけど、私は終了点はなくてもいいとすら思っていた時代もあった。(ここでいう終了点とはボルトアンカーなどの岩に残置した支点のこと)終了点は登るためには必要ないからだ。 うわっ何いってるんだこいつ、という声が聞こえてきそうなのでもう書くのやめようか、いや、でももう少し書こう。
 私がクライミングの影響を受けたのは、どうしてもヨセミテで、そして実はジョシュア・ツリーなのでもある。ジョシュアにはルート中、登るために必要な本当に最低限の残置物しかなかった。ナチュラルならその岩には何もなかった。終了点もない。岩の頂上には木もない。大体ナチュプロで終了点を作り、フォローしてもらうか、ロワーダウンで回収したりするのだが、ではその終了点はどうするかというとその岩塔の他のやさしいルートを再度登って回収し、そのルートをクライムダウンするのである。とまあ恐ろしく面倒くさいことをしていたわけだが、でもこれが妙に気持ちいいのだ。今登ったこの岩には人が登った痕跡が全く残らない。
 だから、私のルートは、自分の事しか考えず、どうしても最低限の物資で作られている場合が多い。

 そんな私が、幕岩と城ヶ崎の整備をしようなどといいだしたものだから、D助はそれは驚いていたようだ。
 私が整備をする気になったのには訳がある。
 まず第一に時代は流れているということだ。スーパーイムジンの最後のボルトはどうしてもうち変える気になれないが、上から開拓されたルートなら、ボルトは新しくて頑丈なのに越したことはない。つまりグラウンド・アップで打たれた訳でもないのにその貧弱なボルトを使い続ける理由はないということ。それにレッジ・トゥ・レッジのクライミングの発想どころか意味も薄られてしまった今、終了点のないルートはルートでないといっても過言ではなくなってしまった。
 二つ目として、鳳来での美化活動に少しだけだが関わって、ルート整備(美化)の意味と必要性をあのような方向からも再認識し、カモフラージュされたボルトときれいな終了点を見て妙にスッキリした気分になったこと。そしてやはりJFAの他メンバーによってほとんどケミカルに打ち変えられた城山南壁を見て、それまで感じていたボルトの違和感を感じなくなったこともある。岩場再生という言葉がぴったりだった。
 第三に、自分が講習会で使っているエリアでもあるわけだし、私のような職業の人はすすんでやらなければいけないことだと今更ながら思ったこと。講習会をしながらいつも思っていたこのグチャグチャな汚いスリングの終了点早く何とかしなきゃの思いは、今は岩場のノーモア・スリング運動につながっている。
 そして最後に自分も変わった。スティッククリップも投げ縄ならOK。こうやって人は時代に流されていくものなのですね。
 ジョンバーカーは今でもジョシュアの終了点を抜いて歩いているのだろうか。(わけないか)
 さ、というわけで何日かD助と幕岩、城ヶ崎の整備をおこなってきた。しかしこれはまだ始まったばかり。城ヶ崎などほとんど手つかずのままであるが、気になったことをいくつか書いてみたい。
 シーサイドや二子、鳳来のように、ある程度フリークライミングのことが分かっている人が行く岩場なら何の問題にもならないようなことが、幕岩ではおこっている。
 対物ビレイ全盛の、リングボルト1本で対物ビレイしていた輩に注意した藤原雅一氏が、「アルパインやったこともない人にそんなこと言われたくないね。」と罵られたというのは有名な話だが、そんな時にくらべればここやJ山での、生と死の分岐点博覧会状態は激減したものの、それでもやっぱり終了点のビナは持って行かれてしまうんですね、これが。ひどかったのは幕岩の「蟻さんルート」周辺の終了点だ。
 整備1日目に終了点をチェーンタイプに交換し、カラビナ2枚をとりあえず残置。その3日後再び訪れるとその間は平日だったにもかかわらずきれいさっぱりカラビナはなくなっていた。まあ予想はしていたけどこんなに早く無くなるとはなと思いつつ、今度は終了点の一部であることを強調すべく結束バンドできちきちに固定し、ヤマタケ作製の注意点を記したカード(写真)をチェーンにつけた。今度は大丈夫だろうと新しいロックビナを残置。しかし、その一週間後そのロックビナもあっと言う間になくなってしまったいたのである。このときのD助の落ち込みようといったら無かった。私もこの日は整備する気が失せた。結束バンドから強引に抜き取ったあとを見ると間違って回収したとかは考えられない。あきらかに取ろうとして盗っている。だったらいっそのことFIXEのチェーンごと持っていけばいいのにと思うがそこまではやらないようだ。(やらないか普通)
 このビナや、終了点はみなさんの会費で買ったものだ。それが、当然会員ではないであろう誰かによって持ち去られるというのはまったくもってやるせない気持ちになる。
 それから、やはり気になるのが、終了点リング直がけトップロープ軍団だ。これは、カードを付けなかったJ山ではかなりの人がやっていた。まあ、そうすればいつでも回収できるし気持ちはわかるけど、リングは減るし、他ルートと共有の場合とかロワーダウンできないわけだからやめましょうね。でも、これ読んでる人はすでにそんなこと百も承知なんだよね、読んで欲しい人ほど読まないんだよな、FFみたいなこういう雑誌って・・。
 終了点のセットは難しいことは何もない。それぞれのハンガーにヌンチャクを1本ずつかけてロープを通すだけでいいのだ。よくわからないのが支点を自分で作っておきながらも、リングにも通しちゃってる人。リングや残置ビナは最後に回収するとき以外は空けておいて下さい。
 さあ、というわけでルート整備もまだ始まったばかり。最近整備したルートは別紙の通りだが、まだまだほんの一部。これから城ヶ崎や小川山、そして鳳来と手をひろげていかなければならない。この辺で支点整備の方針をあきらかにしておく必要があるだろう。

ただし、これは私が勝手に考えたもので、JFAの総意ではないので念のため。

1.終了点について
 スリングなど貧弱なものの場合はチェーンタイプにうち変える。
問題は場所だが、基本的にオリジナルの位置を尊重する。
 しかし、ルーフなどでイグジットムーヴがあきらかにそのルートの一要素であり、
そのために終了点を高くしたことによって、深刻なロープドラッグやリップとの擦れなどを起こす場合(以前の「鳳来/クライミングショウ」など)は、初登者と話し合いの末、終了点の位置を変更する。

 そのために、そのルートのオリジナリティが失われてしまう場合は、新規トポや、各メディアなどを通じて「このルートは最後はたちこんで終了とする」といったように情報を伝えることで対処していく。
  
2.プロテクション用のボルトについて
・アンカー
 10mm以上のステンレスで、錆や変形の発生がなく確実に打たれているものならそのまま使用することも考えられるが、それ以外は打ち替え。ハンガーは変形や腐食したものはもちろんだが、形状自体が危険なもの(不必要に大きい、バリがあるなど)も交換したい。
 しかし、比較的やわらかい岩質や、城ヶ崎など腐食の激しいエリアのものは、ケミカルに打ち直す。
・数
 よっぽど理不尽な理由でランナウトを強要するものでなければ、例えロングフォールの危険があろうとも、初登者の意向を尊重し打ち足しは行わない。
(逆に数が不必要に多い場合は、撤去することはありえる)

・場所 
 やはり、場所は基本的にオリジナルの位置を尊重する。ケミカルの場合はできるかぎりオリジナルのボルトを撤去し、その穴を利用して設置する。

同じ場所に打てない場合は、最低でも20cmは離す必要があるので、多少の位置の変更は
 初登者に了承してもらう。また、ロープの流れや岩質の問題上、オリジナルの位置から大きく離れてしまう場合も同様。

 しかし、オリジナルの位置が次の場合は積極的に位置を変更する。

1.あきらかな設置場所のミス
2.最初からドローやスリングが、かかっていることが前提になっている位置決め
3.あきらかに「とりあえず」の位置決めで、それが習慣的に使われてきた場合
4.本来のルートとは無関係な、不自然なクリップムーヴを強いられる場合

以上に該当しないのであれば、そのルートの本質と初登者の意向を尊重し、例えロングフォールの可能性があろうとも大幅な場所の変更は行わない。

初登者が、位置の変更を依頼してきた場合はその限りではないが。

・ボルトや終了点のカモフラージュ

 全ての人工的支点は、一般観光客やハイカーに目立たないよう、
岩と同色にペイントすることなどにより、「適度に」カモフラージュする。

(「適度に」というのは、目の前にあってもわからない位見事にカモフラージュ
されるのも、それはそれで問題だから)


ーーーーーーーーーー以上引用終わり



■ 考察

印象に残っているのは、やはり、レッジToレッジを基本としなくなったクライミングスタイルのことです。終了点でローワーダウンすることが前提だと、ルーフでロープドラッグが起こってしまい、下からビレイするスタイルだとロープがこすれて危険です。その場合、リードフォローで上で確保したほうが安全です。

去年はしばらくアルパインのオールドクライマーと登っていましたが、オールドクライマーはルート整備をしてくれたとしても、登り方のスタイルが現代のクライマーのスタイルでは、登らないので、ルーフの後に終了点を作ると、ロープがこすれてアブナイ、という発想自体が持てないのだと思います。



Sunday, May 26, 2019

私がこのブログで訴えたいこと

最近、読者の方からコメントをいただき、ありがたいことだなぁとしみじみと実感しています。

このブログでは山の知識…初心者山ヤとして、私が発見し、生身で体当たりして得た知見を共有したいと思っています。

富士山で下山報告せず降りたという若者は、ネットでバッシングされ、それがかわいそう、行き過ぎだ、という批判があるそうです。

■ 不寛容な社会は生きづらい

私が、常日頃、思っていることは、不寛容な社会は生きづらいということです。

人は誰でも過ちを犯しますから、過ちを犯すこと自体を否定されてしまうと生きていくのが難しくなり、それは100人人間がいたら、100人に共通です。

私事で恐縮ですが、面接に行ったら、会場が見つけられず、5分前に電話で、遅れますと連絡。その後、3分程度遅れて到着したら、「面接に遅れてくるなんて何様か?そのような人と仕事をするのかいかがなものか」と言う先方。こりゃ、この会社で働いたら、さぞかし私は不幸になるなーと思って、求職依頼を取り下げました(笑)。10分後には踵を返して、帰宅の途に就きました(笑)。やですよ、そんなゆとりのない会社。

時間感覚に厳しいのは、日本人の美徳ですが、自分に適用しても他人に適用するのは、ほどほどにしておきましょう。30分遅れる話なら、違うと思いますが、3分で怒っているのは、心のゆとりなさすぎです。

■ 情報が歪んで伝えられている?

しかし、情報源の読売新聞と言えば、老舗です。

その辺の素人が書いた記事ではなく、本職の記者が、裏取りをして書いた記事である、というのが、このロゴマークの意味です。

もし、その記事がミスリードをしているようであれば、そのロゴマークへの信頼は失墜ですね?

ですので、大手の報道の信頼度は、無名の報道機関の信頼度よりも、高いと思いますが。

しかし、このネット時代、広告収入に頼る大手メディアの報道は信頼が低下していますので、小規模メディアであるから、ダメということではないです。

とはいえ、このニュースで、大手が広告収入のために事実を歪曲する必要があるとは考えにくいケースですね。

■ 社会人の常識レベルの低下は、やはり依然、うかがわれる

”何度も県警から連絡したけれど、本人が電話に出なかった”、とあり、やはり一般常識では、捜索しているかもしれない可能性を考えて、少なくとも22時より以前には、なんとしても、他人に携帯を借りたとしても、連絡を第一にするのが社会人の平均的な常識ではないでしょうか?

ご自身に照らし合わせたらどうですか?

18歳に選挙権が下げられそうになっていますが、若者であったとしても、それくらいの判断力は、大人としては、あってほしい判断力でしょう。

■ バッシング

ネットでバッシングの嵐だそうですが、そうなんですか? 私はそういうバッシングをあまり目にしないのですが… 

発信側に立っている人より、受信側に立っている人が多いのですかね? そういう場を知らないので、何ともコメントしがたいですが。

一般に、容易にバッシングの対象になる、ということが、ネット社会のマイナス面ということなのでしょう。

そのような対象、標的にされないような仕組みが世の中に必要だということですね。

個人攻撃と、社会的問題を切り分ける、ということです。

■ 取り上げるべきか、否かの判断

山の世界では、取り上げられるべきことが取り上げられず、そうでないことが取り上げられがち、ということがあります。

例えば、山のリスクは取り上げられず、山の楽しさ、ばかりが強調されています。

物事の両面を見せないと、片側だけの情報で行くとえらい目に遭いますが、この時期の富士山に丸腰で登ってしまうというのは、まさにその典型に見えることが、このニュースのツボ、ですね。

無知な人に見える、という点と、どうも、本当に無知だったようだ、というのは、真実味がある洞察です。

■ 社会的インパクト

バッシングを受けた若者はかわいそうですが…、仮に

”レスキュー依頼して、無事下山したことを言わないで帰ってもいい”、

ということになれば、その後の山の世界にとって、ゆゆしき事態であることは自明であると思います。

それでは、こうした失敗を防ぎたいというニュースの意図につながって行かない。

ニュースの意図は、若者をバッシングすることではなく、このような無知な行為をほかの方に、再度繰り返してもらわないためにあります。

■ 検索エンジンの偏り

ネット社会特有の問題として、Google独り勝ち問題があります。

ネットに出ている情報のうち、検索エンジンにヒットした上位4~5件の情報しか広まらないという、いびつな情報伝達の形式になってしまっているということです。

それほどまでにGoogleの独り勝ちになってしまったのでしょう…

余談ですが、私は、こちらの検索エンジンを使っています。

https://www.ecosia.org/

45回の検索で、1本の木を植えることができるそうで、山やにぴったりな検索エンジンではないかな?と思っています。

今からは、検索エンジンを多様化していくのも必要なことなのかもしれませんね。

■ まとめ

・バッシングされた若者よ、お気の毒です
・無知を憎んで、人を憎まず、が正しい姿勢でしょう
・バッシングした方は自らも完ぺきな人間とは程遠いことを顧みましょう(笑)。
・若者は反省しましょう バッシングと反省は別です
・レスキューの方ご愁傷さまでした
・ニュース記事を書く方、信頼度高目でお願いします

■ 知識

富士山は、この時期、当然ですが雪山です。アイゼンとピッケルを使いこなせない方は登る時期ではありません。

しかし、行って楽しい時期でもなく、高所登山をやる人が、順応目的(具体的には昼寝)で行くような時期です。

当方の富士山の記録はこちらです。 2014年5月31日に登っています。登り6時間下り2.5時間の山でした。
https://stps2snwmt.blogspot.com/2014/05/blog-post_31.html




Sunday, April 14, 2019

ヨセミテのクライミング解説

エルキャップフリーソロのオノルド君とドーンウォールのフリーでのトミー・コードウェル・・・どちらも凄いですが、そのすごさが分かりにくいのが現代の事情です。

そのすごさを一般の人にも分かるように解説している解説が出ましたので、お知らせします。

http://cliff.world.coocan.jp/topics/topics.htm?fbclid=IwAR28F0l3qKZ_tPqaV75l215tPGOBPK0bXPDB83uo16hT-4ApVV8LlUDqJoY

Friday, February 1, 2019

真砂尾根の思い出

■人気

この一か月ほど、真砂尾根の記事が人気で、一日に80PVくらいの閲覧数を稼いでいるようだ。

真砂尾根…渋いルートで良きルートだった。

ここを大学山岳部の雪稜経験が少ない人たちにお勧めするのは、良い事なのか悪い事なのか分からない…ので詳細に解説しておこうと思う。

このルートの位置づけとしては、難易度としては、ルートグレード1級の本チャンルート以前、という感じの場所だ。

危険度としてはロープが出る、ということでジャンダルム以上。したがって、一般登山者クラスはお呼びではない。

また体力度としては、雪稜で2泊3日の行程は長く、当時同行者だった先輩(50代)がよれたために、参考は短縮になったため、体力度としては高く設定してあると思う。

しかし、私(40代女性で体力は平均)の体力では、まだまだゆとりがあったため、そうやみくもな体力が必要なわけではない。

また要所要所で、人工的に人に会う施設(例:駅、山小屋)があるため、比較的安全地帯との接触があり、危急時の保険が多いと言える。

したがって、きちんとした雪稜…スタンディングアックスビレーや雪洞泊、滑落停止技術が必要な山・・・・をまだやったことがないアルピニスト候補者のような人が、ほぼ確実に落ちないだろうと見込める易しい難易度の場所を長時間かけて歩いて、雪稜慣れする、というようなことに向いている。

一般に、初心者のトップは、誰でも支点の選び方が下手であり、墜落に耐えることができる支点を作ってくれるかというと、そうではない。なので、後続に落ちてもらっては困る。

後続が落ちることは考えにくいような簡単な場所をスタート地点として、経験値を積んでいく必要がある。

私が真砂尾根に行った当時、Mさんは、私より入会年度が早かったが、クライミングにはしり込みしており、まったくやらないため、5.9の人工壁でも私が彼の代わりにトップロープを張ってやらないといけない状態だった。

ちなみにMさんは、30代前半で180cm近い大男の若者である。が、登攀は見るからに下手くそであった…。

しかも、雪稜のことも、山のことも分かっておらず、雪割れがあり、そこの通過が容易に回避できるときに、ジャンプ!と後続に強要する程度の分かっていなさ、リスク認知程度の低さ、だった。

その彼が、この山行ではトップを登り、案の定、彼においついたら、スタンディングアックスビレー中に両手を放してスマホをいじっている最中であり、これが、本気モードの山だったら、「こら!」とか、げんこつ、では済まない大失態であろう・・・が、そこはさすが先輩で、彼の甘ちゃん下限はよくわかっていらしたので、大失態を大失態とならない程度の山が選んであるのである。つまり、そこは、歩いて到着できる難易度…私としても、あきれてものが言えないわ!という程度で済ませた。

あとで彼については別の山の記録で、読者にコメントを貰った…山のセンスがない人、という評価だった…。

才能がない人は、要するに山のリスクがよくわからない人、見えない人、ということだ。たぶん、下界でもリスクは管理しておらず、人任せなのだろう…親がお金を出して店を持たせてやっているという人だったが‥‥山もずっと才能がないものかもしれないと思う…。自己責任という感性が育っていないのだと思われた。

こういうところで才能が見え隠れして、才能がない山やだなーと烙印を押されているとは、彼も気がつかなかったかもしれないが、そのこと自体が才能のなさを物語ってしまうかもしれない…というような性格の尾根だ。

■ 山は弱い者に合わせるもの

一般に、山岳部、山岳会というものは、基本的に、パーティの中で一番弱い者に合わせる、という不文律がある。

この山行では、春山合宿2度目の私のほうが、3度目の彼よりも先輩に位置づけられており、彼を一人前にしてやるために、フォローをしてやらないといけないという意味だった。

他の先輩らはみんな、当然ながら彼よりも登れ、ヨセミテ経験者すらいるわけで…。通常は入会年度が少ない人のために、山の計画を作るのであるが… 結局、2年目ですでに私の名前が彼の名前より前にあるので、私は先輩側として、彼の面倒を見てやる側に入らないといけないということだった…

じゃあ、いつ私自身が、自然物を使った支点構築を勉強する私自身のための機会を与えられるのだろうか?というと、この会にいれば、一生Mさんが”一番弱い者”扱いと決まっているということなので、私にはトップを先輩の確実なビレイで歩かせてもらえる機会はめぐってこないという意味だと理解。

この会にいては、人の成長を後押しするばかりで自分の成長をないがしろにしないといけないのだということが理解できた…。という非常に悲しい理解を伴った山だった。

山の世界では、人は優しい。というか遠慮しており、分かっていない人に、君は分かっていないよ、とは言わない…。教えてあげたほうが結果的に親切だと思うのだが。

前回の春合宿も、彼のリードで登らさせられたが、トップを行かせるのであれば、それにふさわしい知識や責任感を彼に植え付けてからにしてほしいと思った…。が、ルートは簡単だったので、そこで目くじらを立てるのは大人げない、という程度だった。鎌尾根は。

30代の男性と言えば、社会ではれっきとした大人であるが、50代の先輩たちに交じれば、坊やという位置づけになってしまう… そんないい加減なトップが作った支点であるので、セカンドで登るにしても絶対に落ちれない…。まぁ、雪稜ですから、いい加減なアイゼン歩行くらいしか落ちる要素はない。が、それにしても、責任感のないトップの確保で登るということは、確保意味なしって意味なので、むしろ、フォローで登っている側のほうが責任重大になってくる。

この話を持ち出したのは、それくらい、真砂尾根という尾根が歩き主体で易しい、ということを理解してもらうためです。ピッチグレードはないですが、あえてつけるとすればⅢ級からⅣ級マイナスくらいでしょう。デシマルで言えば、昔のではなく、現代の5.2程度です。

まったく信頼度ゼロのMさんのビレイで事が済むような雪稜という意味です。当然、後続も落ちることは全く考えられないような、易しさであるのです。

途中Mさんと先輩の一人が、懸垂を一回出していたが、そこは私と別の先輩はノーザイルで普通にクライムダウンで降りてきたところだった。

なので、ロープは念のため、だ。

■ 黒部横断

黒部横断は、日本らしいアルパインが味わえる渋いルートと思うが、

http://yukiyama.co.jp/mountain/2016/03/kurobe-oudan-ito-gyouji-sato-yusuke-miyagi-kimihiro.php

大谷原→赤岩尾根 →鹿島槍→牛首尾根→十字峡→トサカ尾根末端壁(ゴールデンピラー/11P 380m Ⅵ)→黒部別山北尾根→真砂尾根→別山尾根→剱岳→早月尾根から下山

という行動の一部分を味わうことができます。

大谷原→赤岩尾根→鹿島槍 は一般ルートです。前年度の春山合宿が鹿島槍鎌尾根でしたので、黒部横断のルートのうち、鹿島槍登頂の部分を切り取って、一番易しい難易度の部分をつまみ食いする、というルートでした。

■ 『鹿島槍研究』

昨今、アルパインのルートをする人は少ないようですが、それには、ルートの調べ方を知らない、ということもあるかと思います。

ネット全盛時代、ネットで手に入る情報だけで済ませようという人たちが多いことは残念なことですが、基本的に山の難易度や困難度などは、主観であるため、その主観の把握で間違ったことになると、大きく当てが外れることになります。

それを修正するには、多くの記述や文献を読むに限ります。一つ一つは主観の集まりであっても、それが3つ4つ、あるいは10と集まると、大体のラインというのは見えてくるものだからです。

私のお勧めは、『鹿島槍研究』を読むことです。この本は、多少議論の余地がある本だそうですが、登山体系に加え、地域研究の本を読むことで、その山の中での複数のルートの困難度が困難度順に並べてありますから、一つでもそれを知ることで、自分の中の基準とマッチさせていくことができます。

ちなみに、春山では、一般ルートの赤岩尾根のほうが、バリエーションルートの鎌尾根よりも困難と思われます。

■ 体力度

また体力度は、標高差と時間を計測することで、自分なりの数値データを持つことが可能ですので、標高差何メートルを1時間で歩けるのか?は比較的体力の目安になります。

このルートでは、一時間に標高差300mが17~8kg背負って、8時間程度、歩けない体力の人は、お呼びではないと思われます。要するに冬山最低ライン。

がちなみに、私はこの山は楽勝でした。

標高差300を1時間で歩くのは、ごく一般的なコースタイムですし、17~18kgはかなり冬山としては軽いでしょう。ロープを持った先輩は、20kgくらい行っていた可能性がありますが、その本人が最初によれて計画短縮になったような(笑)? 昨今のロープは軽くダブル60mで行くのが正しいと思われます。まぁ練習でピッチを短く切って支点工作の時間が増えても良いというならば、軽量化で40mでもありと思います。体力度を下げたい場合ですが。

このルートをご検討されている方のご参考になれば幸いです。

Monday, January 21, 2019

一般市民の山と超一流の山

私は一般市民クライマーなのですが、それでも、ロープが出る山をしないで、登攀=危ない=死、という「誤解に基づいた想念」に取り付かれている人からすると、”命知らず”と揶揄される山をしています… その変な誤解に基づき、”すごい”と言われ、”?”となることが多いです。

私がしているような山は、すごい範疇には入らず、誰でもトレーニングを受け、きちんと順序を追って習得する意思があれば、習得可能です。

アレックス・オノルド君のエルキャップ、フリーソロが最近、記録に出て、今、本を読んでいるので、ちょうどいい題材なので、解説に使おうかなと思います。

これは、37ピッチ、1000m、一部5.12を含むルートです。アレックス君は、これを3時間57分で登ったそうです。約4時間。

アディダスのチーム(おそらくアディダスにスポンサーされている意味と想像。スポンサーされるくらいだから一般クライマーよりは、角一つ突き出た集団でしょう)は、同じところを5日かかったそうです。しかも落ちながら。もちろん、フリーソロよりは、ロープを付けたほうが、誰だって時間がかかるのは当然なのですが。

日本のルートで言うと、例えば屋久島フリーウェイというルートがありますが、これは、12ピッチ、400mのルートです。これにかかる時間は、ガイドブックによると、6時間と言われています。

ガイドブックは短めに書いてあることが多いですが、それについての考慮を除外し、難しさの差の考慮を除外し、単純に約3倍とすれば、エルキャップ1000mは、18時間で登れる計算です。この計算が合っているかどうかは、アディダスチームが5日もかかったことからすると、かなり不信ですが。

一般市民クライマー18時間 → 世界記録 4時間

ざっくりとした計算でも、このかけ離れ具合が分かる(笑)。

もう、壁を走ってんのか?!ってくらいすごいスピードであることが分かります。

一方、私がやっているような山…初級の(つまりルートグレード1級の)登攀ですが、そういう山だと、3~4ピッチです。これだと2~3時間です。半日な感じです。一般の人に楽しめてゆとりがあり、日暮れにならずに帰れる。帰りにショートで遊んで帰ろうか?というくらいです。

ちょっとチャレンジで、5~7ピッチ。早起きして夕暮れ前に降りようね~という山です。サバを読んで(計算が面倒なので)一日10P登れると想定しても、37P登るには?約4日…(笑)。だいぶ、アディダスチームに親近感がわいてきました…(笑)。

ということで、想像力を働かせないと、すごい!というときのすごい!の中身が、理解できないよ、ということです。

きちんと理解するには、数値で比較する、という実際の作業が必要と思います。これはグレードなどを考慮していないザクっとした計算です。

1グレード上がるのに年を取った人がステップアップするには1年くらいかかります。若ければ、3分の1くらいのスピードになるかもしれませんが、それでもその程度のスピードです。

登るということだけでなく、スピードは安全につながると言われますが、山で行われる登攀は本当にその通りです。ヘッデン下山は失敗です。

こういう風に数値による把握をざっくりで良いので行わないと、ただ”すごい、すごい”の言葉だけが先行して、具体性を伴わないで、なんとなく”すごいのだろう”が独り歩きしてしまいます… 逆にすごくない人をすごい人評価してしまったりする元凶にもなると思います。

山の世界、特にマスメディアで報道される世界では、本当にはすごくない人のすごい人評価が独り歩きしています。ほかの世界でも同じだと思いますが、それに騙されるのは初心というもので、門外漢だけに許されるでしょう。

まさか登山を趣味としているアマチュアまでが、騙されるようでは、民度の低下も著しいということです。


Friday, December 28, 2018

ある開拓者の述懐

ーーーーーーーーーーーー
岩壁の中に一本のルートを刻み込む。

それはクライマーの夢であるとともに、クライマーとしてのセンスが問われる行為でもある。

私はルート開拓について、空白の部分をただ埋めるだけでは十分とは言えない気がする。

登るのならば、ルートのもつ必然性を感じさせるものであってほしい。岩壁に新しいラインを付け加えようとする場合、それは壁の核心部に引かれなければならない。

また理想とすれば、ボルトの連打を避け、少なくとも、フリークライムが大部分を占めるルートなのが望まれる。

私はフリー至上主義者ではないから、必要を感じたときにはボルト連打も辞さない。ただし、単調なアブミの架け替えが続くのみならば、現代のレベルに達したルートとの評価はできないだろう。
ーーーーーーーー 『屋久島の白い壁』より引用

センスや感性というものは、非常に共通の理解やスタンダード、つまり基準と言うものを設けることが難しく、しかし、それは依然としてあるものだ、と思う。

私自身がボディサイズの面から、その基準に合わない、という点はとても残念だが、それは特別に小柄という特殊事情によるだろう。

そういう例外はあるにせよ、ある種のライン、この程度というのがあるのは事実だと思う。

それを文字列に起こして表現するのは非常に難しいにせよ。

そのレベルに山ヤは達しているべきだと思うが、どうだろうか。


Wednesday, December 26, 2018

山の価値とは何だろうか?

やはり、色々なことを考えると、山の価値、というのは、その山での体験の質にあるのではないか?と思う。

どんなに美しい山であっても、無謀な計画の山では、ひどい山。大した山ではなくても、体験の質が高い山が価値がある。

では、体験の質を決める要素は何か?ということになるだろう。

柏瀬さんはインタレストグレードと言うことを考えたそうだ。

私は、体験の質は、山行の発端からスタートすると思う。良き山というのは、基本的に、相手への思いやりでスタートするものだという気がする。

逆に無謀な山の計画というのは、俺の実力を見せてやる、というような傲慢さからスタートしているように思う。あるいは、怠惰が付加されるときもある。

山への畏敬の念が足りない場合、ギア不足や技術不足で臨むことになり、良き山とならない可能性が濃厚だと思う。

結局のところ、山は山でしかなく、あまり意味は持たない。その不動の対象に、意味をもたらすのは、

人

ということは言えると思う。メスナーも映画『ナンガパルバット』でそう言っていた。その意味で、山がどういうものであったか?

意味の付与

は人が行うものであるから、その人にとってどういう意味がある山であるのか?ということが、やはり大事なことであるだろうと思う。

意味を紡いでいく

というのが、登山と言う活動の本質ではないのだろうか?

その”意味”の中身が、かつては、挑戦、という意味付けになることもあれば、無邪気な楽しさの追及、と言う人もいるだろうし、”興味関心の追及”と言う人もいるだろう。

かつては

・地図上の空白を埋める
・困難度を上げる

という2点にのみ意味が集約されていた。そのため、結局のところ、競争が起きることになった。国と国。会と会。競争は発展を産んだ。

しかし、価値が多様化すれば、競争は生まれない。競争が人間を発展に駆り立てるとすれば、発展がないことは、競争の不在を示し、競争の不在は、価値の多様化を示す。

結局のところ、我々は良い時代にいるのではないだろうか?

競争は人間にとって甘美なゲームだ。しかし、競争がなくても、足るを知る、ことで、人間は幸福な山を続けていけるのではないだろうか?

そのカギは、観察、オブザベーション、にあるのではないだろうか?

 

Tuesday, December 25, 2018

通称パンツ


■ 通称パンツ

これは、カラビナとドッグボーンをつなぐときに、固定するパーツ。通称、パンツです。

PASは、安全環付きカラビナと接続するときに、これがないと使いづらいのです。

このパーツを買うだけに、山道具屋さんに行くわけにもいかないし… これで一個130円くらいだったと思います。これが1個とかでは、ネット通販は買いにくい。

私がお店の人だったら、PASと安環ビナはセット販売にして、このパンツはサービスでつける、という販売方法を取るでしょう…。どうせ必要ってわかっているんだから。

(山道具、売れない売れないって嘆きはよく聞きますけど、販売努力しているかっていうと、まだ努力の余地はいっぱいあるような?)

このパンツ、自分のを先日、後輩にあげました… ちゃんとアドバイス通り、PASを買って来てくれたから…。

私も、初心者の時、先輩にカラビナがぶらぶらしないように止めておいた方がいいってアドバイスをもらって、このパンツを探すのにだいぶ苦労したんですよね…

その先輩のPASは一つ型が古くて、最後のスリングがすこし輪が長く、タイオフが可能で、ちょっと羨ましかったんでした…。

最近は、ダイナミックロープでのランヤード(セルフビレイのスリングの正式名称)も出ているようです。

後輩へつなぐ愛のシンボル… が、このパンツ。

いくつのマルチといくつの懸垂で、この小さなギアが活躍していくのでしょうか…

Thursday, November 15, 2018

進まない整備

■新しい仕組み

日本のアクセスファンドの仕組みでは、岩場は整備が進まず、うまく行っているとは言えないようだ。

台湾の岩場では、AAAサーティフィケイトのクライミングインストラクターが整備や見回り、リボルトも含めやっており、ビールを飲めばリボルト基金になる、コーヒーを飲めばリボルト基金になる、ということで、とてもうまく行っている仕組みと思われた。ささやかなお金だから進んで出すし、端数が出た小銭も重いの嫌だから入れちゃう。イラナイモノを出すのだから、あまり負担にもならない。

ラオスでは、ゲストハウスを運営してその営利資金から岩場の整備費用が出たということだろう。地域の観光資源にもなっており、地域にお金を落としているので、地域貢献企業ともいえる。たくさんの外国人を集めている。台湾と同じことで、旅行中でイラナイモノはみんなが置いていくので、置いて行ってもらったもので、ほかの訪問者が成り立つという仕組みらしい。2度目に行ったら、余暇に読む本が増えていたり、ゲームが置いてあったりした。ヨガマット、私のは置いてきた。

ので、日本の岩場でも新しい仕組みを考えたほうがいいのではないだろうか?

庵はたぶん、ある意味日本の先行事例だろうと思う。

Tuesday, November 13, 2018

リードについて

■最初に習ったこと

1)リードしたくない人にリードさせてはいけない

2)リードクライマーは、悪いビレイでは登れなくなることがある


3)ビレイヤーは装備の一部

4)ビレイヤーのセルフビレイはパーティ全体の最後の砦

ビレイは重要です。ビレイ技術は、クライミング技術(ムーブや逆クリップしてはいけないなど)とは、別個の技術で、ほとんど語られていませんが、

今落ちたらどうなるか?

という想像力があれば誰でもすぐ分かる。(それが昨今、教育の質の低下で分からない人もいるようなので、かみ砕いた説明をした方が安全です)

アルパインでは落ちることは死を意味します。

ので、墜落を前提としてボルトが打たれているスポーツクライミングをしない限り、墜落を止める経験は積めないので、昔からやっているアルパインの人で年配のクライマーは落ちたクライマーを止めた経験がゼロの人もいます。そういう人のビレイは、かなり危ない。だらりん&後ろに後退しすぎています。

ので、リードするときは、相手(ビレイヤー)を見極めてリードしないといけません。

クライミンググレードが高いからといってビレイがいいかと言うと、そういう関係にはなく、ダラリンの人も多いです。握れば止まる、というのも嘘です。止まっても下のテラスに激突すれば、グランドと同じです。

自分の命を守るのは、落ちたらどうなるか?という想像力と、Trust But Checkの力。

Monday, May 14, 2018

これから山をスタートする人へ2

■ これから山をスタートする人へ

急がず、目の前の課題を丁寧にこなしていく(例:山に慣れる、歩き方をマスターする、長い距離を歩けるようになる、ザックを少しづつ重くしていく、テント泊に慣れる…などなど)という方法論で、各自のペースで成長していくことをお勧めします。

最初から、山岳会へ入ったり、ガイド登山を行うことは、お勧めできません。せっかくの、味わい深い山の世界を味わいそこなうと思います。

私の登山&クライミングですが、

1)一般登山 3年 
  ・歩くだけ 
  ・ハイキングの山からスタートして徐々に山を大きくしていく(一番大きな山を済ませる)

↓
2)リーダー講習 1年 
  ・山を困難にしていくには、どのような技術が必要かを知る

↓
3)山岳会   1年半  
  ・実践
↓
4)海外登攀

という流れで、自立への道へ進みました。

登山でたどるべき成長の方法論は、登山史がそのまま提示してくれています。1)山を徐々に大きくしていく、2)すべて済んだら、困難にしていく です。今は登山史の中で、2)の後ろの方にいます。

■ 具体例

歩きは、3時間のハイキングの山からスタート、しました。
登攀は、5.9がオンサイトできるまで2年半、です。

今の人は急ぎすぎなのかもしれません。おそらく、周囲の人が、槍に行った、穂高に行ったと語るので、うらやましくなってしまうのでしょう。

ただ、急いでいなくても、山の世界の全体像を知るまでには、そう時間がかかるものでもないのかもしれません。

もちろん、私自身もまだ全体像が分かっているほど、全体を知っているわけでは、おそらくないでしょう… 

とはいえ、登山を始めた人の多くが、1)の段階で、「もう山は分かった」と終わってしまうのよりも、数歩レベルで先へ行っているのは真実です。

せっかく山をスタートしたのに、山の何も分かった、とは言えない1の段階で終わってしまう人が多いことは残念です。

1)の場合は、一般に、”富士山で初め、北鎌尾根を登って終わり”、だそうです。

それは、周囲に自慢できる、すごい山、を目指すから、です。自己顕示欲の山、ということですね。

残念ながら、北鎌尾根は、3)の地点からみると、まったくすごくありません…。まだ初歩の初歩です。それを分かる状態になるだけでも、視野が、文字通り一段広くなるでしょう。

2)へ進むと、山の楽しい面だけではなく、厳しい面、困難な面が出てきます。そこからが本当の山です。

山という大自然の中では、どのようなスキルや力が必要なのか?について、おおよそ理解できるまで、だいぶかかります。ロープワークやレスキュー、ビレイなどの防御の技術が中心になり、短く見積もって2年程度です。

3)実践のだん階へ進むには、仲間が必要です。その時点で、山岳会を検討するのが良いと思います。しばらく自分で歩いたことがある人でないと、山岳会でも何もしてあげることができません。

■ 山に対する理解

具体的で的を得た、山に対する理解、登山行為に対する理解がないと、登山の成果に対して、間違った評価をしてしまいます。例えば、高い山に登れるほうがすごいですか?違いますね。

そして、間違った評価をしてもそれに気が付かないで終わってしまいます。

現代社会では同様の現象が、別の分野のあちこちに出ているので、仕方がないかもしれません。

が、”登山道を山小屋を数珠つなぎにして歩くだけの山”を登山だ!と思ってしまうような、底の浅い理解のまま、それが登山だ!と信じてしまうのは、もったいないことです。

そのような登山では、登山ごっこ、補助輪付きの登山、ということが分かったにすぎません。


Thursday, May 3, 2018

アルパインで落ちるなの本当のところ

■ 「アルパインでは落ちるな」

結局、「アルパインでは落ちるな」、と言われるが、「アルパインでは落ちるな」という言葉では、どのような状況でなのか?が、あいまい。

アルパインらしいルートとして、前穂北尾根を例にとる。

前穂北尾根で落ちると、どうなるか?涸沢の谷底まで、すってんころりん1000mくらい落ちれてしまう。ロープがあれば、それが10mなどで済む。

が、岩場は凸凹していて落ちたら、必ずどこか体を打つ。骨折くらいで済めばいいほう。

しかし、凸凹しているからこそ、登攀できないような人はあまりいない。一般ルートで岩稜が歩けない人があまりいないのと同じだ。

アルパインではダブルで行くことが多いのは、ルートが屈曲しているためだが、テンションがかかったロープは、実質ゴム紐と同じであるため、その状態で圧迫、つまり岩角にあたっているなど・・・が加わると、当然だが、非常に切れやすい。

また支点がハーケンなど脆弱であるため、ロープの伸びで衝撃を吸収しないと、支点崩壊を招いてしまう危険のほうが大きい。

なので、伸び率の大きさは甘受しないといけない。

フリーのマルチでも落ちることがあるが、支点が整備されていて、こちらは墜落はフリーの墜落の範疇と思う。

Tuesday, May 1, 2018

適切なプロテクション間隔を考察する

■アイスでリード

やっぱり、確保理論を実感として理解するには、アイスでリードするのが一番いいのではないでしょうか?

なぜなら、自分でプロテクションを設置するから。

まずは立てるところに1本目を入れます。2mと仮定します。

次は?

2m以下なのは当然でしょう。

何しろ、2m+2m=4mでは、40cmのロープストレッチが加わるため、グランドします。

2m登ったら、そこで落ちれば、20cm伸びる。最終支点がある2mの地点から、1m登って、3mだと、30cm伸びる。

2m-(1m+30cm)であれば、70cmのところで止まるでしょう。

ので、とりあえず、1m上の3mで入れることにするとしたとします。

次は?

もう2m先でも大丈夫ですね。

3mロープが出ているので、2m先にプロテクションを入れると、ロープ全長は5m。50cmのロープストレッチ。

3m-(2m+50cm)であれば、50cmで止まるでしょう。

次は?

あとはどんどん、プロテクション間隔は離して行けます。理由は、下のロープのほうが、最終クリップから出ている長さよりうんと長いから。

もう5mロープが出ているので、5mより間隔が狭ければOK。 例えば、3mとしましょう。

5mすでに出ているので、3m足すと8m。ロープストレッチは80cm。

5m-(3m+80cm)= 120cm 120cmで止まるでしょう。

登れば登るほど安全♪ ってわけです。

もちろん、テラスが出てきたら、オールリセットですが…。

まとめると、
1ピン目 2m  1m出ているときに落ちると、70cmで止まる
2ピン目 1m  2m出ているときに落ちると、50cmで止まる
3ピン目 2m  3m出ているときに落ちると、120cmで止まる
4ピン目 3m 

先日みたグランドフォールは、ロープが3mほど出ている状態で最終ピンから3mほど出た状態でクライマーは墜落しました。

すると、3m-3mでグランドしないか?とおもいきや、6m分のロープストレッチがあるので、60cmの伸びがあり、クライマーはグランドフォールしました。

同じことがカムでも学べるとは思いますが、カムはセットが繊細で、カムが外れる事故が多いので、初心者は、かっこつけるより先に50cm置きに取らないといけないです。

Thursday, April 12, 2018

リード登りvsフォロー登り

■アルパイン登りvsフリー登り  

アルパインでの、リードはザイルを伸ばしていく…という活動で、実際、登っていると、とても時間がかかります。

それは落ちると、死や怪我に関わるから。

特にアルパインではそうで、ビレイがあっても決して落ちてはいけないと教わります。(のため、落ちない程度のところしか、逆に言えば行けません)


フリーの場合は、上手になるためには墜落も含め、できないことをできるようになる、という活動をしないといけない。

頻繁に墜落します。つまり、落ちます。

これは、なかなか切り替えが難しい活動です。

■ セカンドはさっさと登る

一方、アルパインでもフリーでも、マルチではセカンドはさっさと登る、です。

リードは危険が大きいから、時間をかけても許されますが、セカンドだったら、とにかく早く登ってきてくれないと。

セカンドなのに、フリーにこだわって登る必要はないです。

(でも、へたにエイドするより、フリーで登るほうが、どんな場合も素早く登れます。フリーにこだわるというのは、ロープに頼らない、という意味です)

■ トップロープが長いクライマー

トップロープばかりの期間が長いと、リスク管理がおろそかなクライミングが身に付きます。

というのはロープに守られて、今、おちたらどうなるか?という思考をしなくなるから。

つまり、クライミングが大胆だ、ということです。

■ リードは繊細な登り

リード登りは、逆に言えば、大胆ではないクライミング、になります。

つまり、実力が10の力だと仮定しましょう。

トップロープなら12の力が出せても、リードだと8の力しか出せません。

”落ちるリスク”が高いからです。

■ リード経験の積み上げ

なので、大事なことは、低いグレードを登っている時代から

 リスク管理 & 登攀の実力 & スピード

の3つの力をバランスよく育てていくこと。

5.8と登攀が易しくても、落ちたらマズイ場所にある課題は多いです。

■ 実例

私が、兜岩でリードした5.8は、翌年は、1ピン目のボルトが増えていました。

つまり、リスク管理力も、5.8しか登れない頃は、クライミング自体が初心者のため、比較的低い、ということ。

誰かが落ちたのでしょう。

■ セカンド専門クライマーの欠陥

セカンド専門クライマーの欠陥は、

リスク管理不在、

ということです。

これは、肝心の、扇のかなめ、のところが欠けていることになり、自立したクライミングには、それだけ成長しても、結びつきません。

一方、登攀力が低くても、リスク管理とセットで成長していけば、小さな山でも、少しづつ、積み上げて登ることができます。

実際、山というのは、リスク管理が楽しみの一部とでもいえるもの、なので、セカンドだけ、というのは、楽しみの一面しか知らない、というのとも、同じ意味になります。

自分のエゴのために、後輩にセカンドしかさせないクライマーもいるほどだからです。

大事なことは、

リスク管理、登攀力、スピード、

全部をバランスよく育てていくことで、特定の課題の特定のムーブが、たったの1度だけこなせたら、5.12登れました、というのでは…。

クライミングは、課題により、損と得があるので、自分に合った、どこかの一課題だけでそれを実現しようとしている人は、けっこう多く、そして、それはあまり難しいことではないように、思います。特に若い間に、パワーだけで解決する、というのはありがちです。

■ 安定性

しかし、クライミングでむしろ大事なのは、安定性、です。

安定性とは、悪い時も良い時も登れるグレードという意味です。

安定していないと、リードで取りつくときに、やはりリスクが大きくなるためです。

リードで取りつくときの安定性、というのは、疲れていても、一本目でも、ということです。


Monday, April 2, 2018

私の提案したい山


■ リスク中心主義



私は山のスタンプラリーや、自己顕示欲の山は嫌いです。また、特にリスクが何か?を自分で考えない山、リスク補填を自分でやらないことが前提のガイド登山は嫌いです。


登山とは、”山は危険なところである”という前提から入ります。

これが、下界との最も大きな差です。下界の前提は、”安全である”、です。


ですから、登山では、危険が何か?ということさえ、押さえていれば、ほぼ99%、大丈夫です。何を中心に考えるか?リスクです。

■ リスクをマスクした後、どうするか?

しかし、リスクを中心に考えて、リスクを避け、リスクがない部分では、距離や高度差、体力的な難易度、あるいは登攀的な難易度を上げる、というやり方では、早晩、彩りに欠けることになります。

守り:リスク中心に考える
攻め:どんどんと課題を困難化する

そこで、多くの人は、山での美食に傾きます。日本の山はサイズ的に小さいので、アルパインで鍛えた、多くの山男さんに担ぎ上げられない美食はないです(笑)。黄連谷にカニを担ぎ上げていらっしゃいます(笑)。

美食に走らない人は、美女に走る? 中高年登山では、昔歩いたルート自慢が盛んです。往年の美女が寄ってきてくれるようです。第二の青春を謳歌するのも悪くはないと思います。(と言っても、四尾根程度を自慢されたってねー。ガッシャブルム2峰とかなら、なびかないでもないが)。しかし、山のすごさで競うのは、やはり自己顕示欲の山です。






■ 楽しさを自分自身で定義し、創造する楽しみがあるのが山です






さて、美食にも美女にも走らないとすれば?何に走ればいいのか?


山は自己満足。


山の価値は、自分の満足の深さで測るという意味です。藪山に心が燃える人もいれば、岩場の陰にひっそりと咲く花を追いかけることに喜びを見出す人もいます。たのしさというのは、千差万別。

ただ、やっぱり、一つのピークを登っておしまい、という山は、平板だと思います。その山の何を知ったことにもならない。






■ 例えば 乾徳山






例えば、山梨の山で、乾徳山というのがありますが…これは、縦走もできれば、奥秩父の前座で破線ルートでもあり、プチアルパインの入門ルートである旗立岩中央岩稜もあり、ボルダーもできれば、実はトレランでも有名です。


 


ふもとには有名な恵林寺があり、座禅を組んでの瞑想ができ、日本庭園を散策できますし、ワイナリーなら、山梨の良心と言われている幾山が近いです。






春、夏、秋、冬、すべて通うことができます。まぁ、あまり冬に行く人はいないですが、春は、たらのめと蕨が、取り放題。山菜取りの山としても使えます。かつては牧場、ということです。






という具合に






文化的・民俗的軸

登山の体系的軸

時間軸

用途軸






と多面的に山を味わうというのが大事なことだと思います。私自身の山はそういう山です。






スタンプラリーにしてしまうと、達成感だけが山のご褒美になってしまい、それでは、山という活動の中で、多くの”充実感”を得ることができないのではないか?と思います。





Sunday, March 25, 2018

山という意思決定システム

■ カルチャーショックだった洋上研修

中学のころ、洋上研修に行きました。そこで分かったこと。

海の上で、どう行動すればよいか?は、海のコンディションとお天気と星が決めるということ。

何時に起きるべきか、いつ食事をするべきか、どう食器を洗うべきか?どう進行すべきか?

すべて、自然の掟通りで、迷うことはない。

そのことに感動しました。

私は、”命令に従うのが嫌”なのではなく、”理不尽な命令に従うのが嫌”だったのです。

■ 山に従い、人に従うのではない

同じことが山にも言えます。

山では、山の合理性があり、それに従えば、誰しも、ほぼ同じ意見になります。尾根を読めば、進路が分かります。天気を読んで、進行すべきか、すべきでないか分かります。

合理的なロープワークというものも、あります。

2級程度のところでは、コンテなど意味ないな。ロープを出すならスタカットで出しましょう。

例えば、今日遭難のニュースを聞いた、積雪期の八ヶ岳阿弥陀岳でのことです。御小屋尾根に中央稜から転進で来ていた、登山者に会ったのです…彼は伝統がある会の出身でした。

その日は、翌日がマイナス35度の寒気が入る日で、前線通過は12時頃。午後から下り坂。この予報を聞いただけで、山が「今日は11時まで登りで、あとは下ってね」と言っているなーと分かります。

彼に「今日はどういう予定ですか」と聞かれ、「11時まで頑張ってあとは降ります」と答えると、そうですよね、という答え。

一方、私が連れていた初心者の人たちは、なんで11時で引き返すべきなのか、わからないので、不満だらけでした… こういう人たちは、登山前から遭難予備軍です。

山が語ることを聞く、というのは、そういうことです。

私は、長年のリーダーがした判断と異なる判断をすることは、ほとんどありませんでした。

しかし、山の言うことではなく、

俺の言うことを聞け、

という人とは、まったく意見が合わないことが多かったです。

そういう人は山を見ていない。

みんなに、俺を見てほしい人なんだろうな。

Thursday, January 4, 2018

安全かどうかは、その人による

■ 体力一点豪華主義

若い人は誰でも、おじさん登山者に、「体力すごいですね~!」と言ってあげます。それは、若い人が礼儀正しく、おじさん登山者が言ってほしそうにしているからです。言わないと、もっとややこしいことになるのは、目に見えているし…。

本当にすごい人には誰も「すごいですね~」と言わず、もっと具体的で根拠を特化したほめ方をします。

■ 防衛体力

体力には、2種類あります。通常の体力と防衛体力。

通常の体力は、有酸素運動や筋トレでだいぶ人により変わり、そこらのへなちゃこ20代より、強つよの60代がいることも、また真実です。

これは、20代が弱いだけなのかもしれません。よくわからない。やる気の問題かもしれません。

が、防衛体力っていうのは、「年齢は嘘つけないね」ってやつです。

■ 個別事象

例えば、視力が衰えれば、夕暮れでは、こけやすくなるから、早めの下山が必要です。若い時は、少々のヘッデン下山は楽しみのうちかもしれませんが、視力が衰えると楽しみではなくなります。

コケて怪我でもすると、レスキューになり、それだけならまだしも、低体温症でピンチに陥ったり、長期の怪我の要因となったら、山に行けなくなったりと、リスクがリスクを呼ぶ循環に。

物忘れが多くなる=ロープはどっち引きだっけ?というのは、若い時より注意が要りますし、俺の手袋どこ?!さっき、ぽっけに入れてたよ、なんてのも増えます。

そういう意味で、いろいろと注意していくことが増えますが、全く覚えていない人よりマシで、新人さんは、「セルフ取りました」と言って、セルフを解除したりします。全く分かっていない人の危なさはないです。

また、経験値が高いということは、自己管理力が上がるので、たとえ末端の血管が弱くなっても、手首にカイロ張るという知恵があり、それを怠ることがないので、それがない若い人より、むしろ安全な人もいます。

というようなことを、事細かく解説するのは、めんどくさいので、一般的に、山やは

「安全かどうかは、その人による」

という言い方をして、結果

うーん、分かったような、分からないような?

と山を知らない人には感じさせてしまいます。

要するに必要なのは、

自分自身をよく知り、
山をよく知り、
予想される個別の事象を一つ一つ、つぶしていく…

ということです。

■ ついていくのが使命っておかしい

山域概念図が頭に入っておらず、右も左もわからないでバリエーションへという人は、ものすごく中高年に多いです。それは、たぶん、

リーダーについていくもの、という固定観念

と

山に行く前に、どういう知識がないと危ないことになるか?という山行シミュレーション

が、不足しているからなのではないか?と思います。

風が強かったら、どうするか?
雪が降っていたら、どうするか?
トレースがなかったら、どうするか?

いちいち個別に事象を予想して(仮説思考)、そのリスクに備え、

(リスクいっぱいで行けない)を(リスクはあるけど行ける)にひっくり返していく、

というのがゲームの本質だと思うのですが、違うのかな?

Saturday, December 30, 2017

飛躍がある山

■ 飛躍のある山について

パーティにベテランがいても、飛躍がある山を提案される時があります。

山というのは、そのパーティの一番弱い人が登れるところしか登れません。なので、飛躍がある山が提案されるということには、ほかの意味があります。

それは???

後輩が不安になり、リスク回避、リスクマネジメントについて、必死に勉強し始める、ということです。

山でパーティを組むときは、いつでも、

 責任の希薄化、

に気を付けていないといけません。

2名なら、相手が落ちたら自分がレスキューしないと行けないため、その技術があるか?ということには強い自覚が必要になります。一方、例えば5名なら、誰かがいるから…自分はついていくだけでいいや、と勉強しなくなります。ルート研究や事前のリスク管理についての勉強も、リーダー任せに。

したがって、大パーティで登ってきた人は、あまり本人には知識やスキルが残っていない、それらは他の人にフォローされてきているという可能性があります。

その場合、リーダーは、ガツン!と飛躍のあるルート提案をして、不安を利用して、後輩に自覚をうながそうとするかもしれません。

その場合、山は予定調和的転進になります。なっていいのです。

勉強して、リスクを数え、その山に登れる自分になるには、何が足りないのか?何が分かり、何ができるようになれば、リスクに備えたことになるのか?そうした要素を抽出できるようになることが、今回の課題だったのですから。

雪崩がある山に行こうというのなら、

 ・雪崩事故に遭わないための講習
 ・ビーコン
 ・積雪期のレスキュー
 ・地形についての知識
 ・弱層テスト
 ・雪洞掘り
 ・いざというとき、メンバーを担げるくらいの体力
 ・その山域に特徴的な天候の注意点

程度の知識は、メンバー各人…リーダーだけでなく…に必要です。

もし、その自覚が山行メンバーの各自に起きなかったら、リーダーはさぞかし、がっかりしていることでしょう…

Wednesday, December 27, 2017

心・技・体・知・経のバランス

■ なぜ登山を頑張っているのか?

私は、山梨に行く前は登山は老人の趣味だと思っていました。大阪の阪急電車に乗っている登山ウエアの人たちがほぼ、高齢者だからです。

山梨に来てすることがなくなり、仕事に傾けていたエネルギーを山に傾けた結果、ほぼ独学でしたが、アルパインをするまでになりました。

■ 指導者

私は、なぜか指導者には恵まれました。
三上ガイド、山塾〇本講師をはじめ、私の山岳総合センターでのリーダー講習での講師は八ヶ岳遭対協の〇橋さん・〇上さん、最初の師匠のS木は浮雲の会長、〇田さんは登攀クラブ蒼氷、菊池さんの講習にもクライマー仲間に誘ってもらい、その後、故・吉田和正さんにクラックを教わり、今の師匠のA木さんは、大阪労山登山学校の中級クラスの元校長先生、ドライを始めようとしたら、仲間はワールドカップ出場者たちで目の前がクラクラ…、九州に行ったら、一緒に山の会を立ち上げよう!と言ってくれる仲間がいました。本当にとてもありがたいことです。

でも、私自身は別にすごいクライマーでも、なんでもありません、念のため。

私はこのように伝統と繋がる人たちから、指導を得れていますが、それは何のためなのか?
なぜ、このような素晴らしい指導者と登らせていただけるのかな?といつも考えます。

それで、このブログに、教わったことや考えたことを書いているわけですが、私のブログは、悪用され、トレーニングを受けずに山に行ってしまう人が出てくる危険が出たため、一時停止し、ヤマレコの記録は全部、削除しました。

■ トレーニングや座学は万人に必要です

読図のトレーニングなしで、読図が必要な山に行ったりすれば、当然、道迷いになります。

ロープワークを学ばないで、一か八かで、バリエーションに行くのも無謀です。

今の時代は、アルパインクライミングという本来の登山に対して、正しい指導を得ることがすごく難しい時代です。

もっとも理解するのが難しいのは、
 
  山には順番がある、

ということを理解することです。
  
 リスクを中心に考える考え方、

というのも、理解されていないです。

■ 並外れた体力 vs 桁ハズレの体力 vs 一般的体力

一般に日本の山は規模が小さいので、若い男性のなかで、”並外れた”体力がある人にとっては、日本の山で体力不足が課題になるようなことはないと思われます。もちろん、わざと死に足を突っ込むような登山はしない場合です。

昔の山ヤさんたちは、体力的にゆとりがありすぎるため、山を面白く感じるために、わざわざ前日酔っぱらって、体力的困難度を上げてから山に行っていたくらいです。小さいのでそれくらいしないと山が面白くならない、というわけです。シュラフ持たないで行く、など、困難度を上げないと、やりがいがないくらい、日本の山はすぐ山頂、というわけです。

人生で一番体力がある20代前半で初級、中崎尾根は正しい選択と思います。中崎尾根は特に難しいところがない、というのが定説です。もちろん、この場合の特に難しいところがない、というのは、雪崩の危険やリスクを事前に地形を見て理解できる程度の知識があれば、という意味です。まったく雪崩ってなんなの?なんで起きるの?レベルの人や、沢=雪崩と発送できないレベルのことではありません。

もちろん、ピオレドール賞を受賞しているような方々は、”桁はずれ”の体力がある方たちです。超人、です。真似してはいけません。

ちなみに私はごく普通の平均的体力の人ですから、トレーニングなしには、どんなバリエーションもありえません。

ちょっとした知り合いが、まったくゼロの一般市民の女性を山ヤに仕立てようとしている姿を目撃しましたが、オールセカンドで、荷物も全部代わりに背負ってやって、3年、アルパインルートに連れて行きまくっていました。つまり、一般的体力の人は、それくらいは下積みが必要ということです。

ちなみに私は、ちょうど下積みが終わったくらいで、初級ルートならリードが可能な段階です。

一般的体力の人、とくに体力が衰えた高齢者には、正月に中崎尾根にというのは、取りにくいリスクです。北アの悪天候は、1週間ほど缶詰めになる可能性が捨てきれません。しかし、並外れた体力がある年齢層の人は、そうそう変なことが起きない限り大丈夫と思われます。あるいは桁ハズレの体力の人にとっては楽勝すぎて、楽しくないかもしれません。

大山や八ヶ岳、あるいは錫杖など…は、アプローチも短く、登攀も長くなく、手ごろ、というのが私のような一般的体力のクライマーにも適している理由です。

逆に言えば、そのような短いところでは、並外れた体力がある男性には楽しくないかもしれません。

冬季のルートや登攀ルートが自分に適したレベルかどうか?というのは、非常に理解が難しく、たいていは山の先輩が、この人は今こんな段階の山があっているなぁと、伝統的に判断してくれていたものです。

しかし、そうした伝統が壊れた結果、自己判断せざるを得ないですから、易しすぎるところに行ったり、逆に難しすぎるところに、ほかの人が行っているから、という理由で行ったり、と混乱が見られ、それが遭難の遠因になっています。

これまで体力の話をしてきましたが、体力だけでは、もちろん、山では全くダメです。間違った判断をしてしまうからです。
むしろ、もっとも危険と言えるのは、体力一点豪華主義です。丹沢程度の雪山しか知らないのに、豪雪の遠見尾根に行くのは危険です。
そういう場合は、リスクの判断が、体力だけしか考慮していないことが多いのです。体力一点豪華主義というのは、山では、むしろ体力がない人よりも危険であることが多いです。

大事なことは、体力以外も、

 心・技・体・知・経のバランス

を取りながら成長していくということです。