Tuesday, March 26, 2019

日本の本チャンは世界でもっとも危ないかもしれないこと

■ 日本の易しいルート=死の危険があるルート

というのは、漠然と知っていましたが、私は、いよいよより正確に緻密に理解しつつあります。

  日本国内の易しい登攀=死の危険がある、危ない登攀だということ。

この理解を助けるのに、そもそも論をしなくてはならないので少しお付き合いください。

   そもそも、登山の本質は、なにか?

それは、

   困難と危険がトレードオフの関係

にあることです。(ここを理解したい方は、『The Games climbers play』をひも解いてください。)

どういうことか?というと、登山というゲームにおいては

 ・易しくなれば、危険になり、
 ・安全になれば、難しくなる、

ということです。

つまり、難しさを受け入れられなければ、要するに危険になる、ということです。逆に言えば、危険を受け入れられなければ、難しくなるということです。

そして、最も危険なのが、”日本の易しいルート”、です。

例えば、ピッチグレードでⅣ級、つまりデシマルで言うと、”5.1~5.9以然”(つまりナインアンダー)のルートは、登攀の易しさを補うために、ランナウトを平気で受け入れています。そうすると、落ちる=死となります。

ちなみに、昔は5.8がリード出来たら、すごい!と言われたそうです(汗)。それは、5.9以上はすべてⅤ級に入り、Ⅴ級を登るということは、結局のところ、当時の当世の最高難度を含むことになるため。

 Ⅳ級がリードで確実になるよう指導を受ける=リーダー候補生、

です。

■ クライミングの楽しさとは?

一方、誰だって登っていて、ホールドがハズれたら、嫌です。そのために落ちたとしても、自分のミスではないからです。なのに落ちれば、大怪我や死のリスクがあります。

  楽しいルートとはどんなルートか?

岩の面がきれいで、岩が固くしっかりしており、てっぺんまで見通せ、最後まで登り切ってヤッホー!と言いたくなるような、きれいな岩。

間違っても、じめじめ、ぬるぬるの苔が生えたところ、なんて登りたくありませんね(笑)。

これは好き好きですが、とは言いにくい話で、まぁ10人いれば9人は

 快適に登れるほうが楽しい

です。まぁ、これは分かりやすくするために極端な事例としましたが、要するに、楽しさには、

 岩登りしやすさ

という要素があるのです。そして、残念ながら、日本の自然条件は、岩登りしやすさ、という面からみると、反対方向に向かっています(笑)。脆い、コケが生える、アブナイ、ということです。

■ この二つの事情を組み合わせると

Ⅳ級で、岩も美しくなく、脆い&悪くて、その上にさらにランナウト(ロープが命綱として機能しない状態)があると、いっくら登るのが、大好きなクライマーであっても、

 何が楽しいの?

となってしまいます。それが日本のナインアンダーのルート事情…です(汗)。

「落ちないからロープ要らない」というのとは、全く話が別なのです。それではエルキャップはフリーソロされたので、全部、残置を抜きましょうという話になってしまいます。

■ ナインアンダーに当たる、易しいルート=本チャン、であることが多いが…

では、ナインアンダーのルートは?と見渡すと、日本では本チャンルートがそれにあたります。

ところが、日本の本チャンルートでは、40年前に打たれたハーケンが古くなり、もう支点としての役割を終えています。

「日本の本チャンルートは、大変危ない状態です」と”2002年”のロクスノに書いてあり、その時点から数えても、すでに17年の経過…さぞかし危なさは増えているでしょう…。本チャンどころかエイドルートも危ないから、いきなりヨセミテのビッグウォールで勉強しろ、と書いている有名クライマーすらいます。

ナインアンダーと言えば、フリークライミングの世界では、まだクライマーとカウントされないくらいのスキルレベルです。つまり、そのような段階の人は、まだまだ初心者。
初心者=落ちる可能性がある。

そんな人が、ボロい支点のところに、行けば?

まだ落ちる可能性がある人が行き本当に落ちてしまったら、それは即、死と結びつくことになってしまいます…。となれば、落ちる可能性がない人しか行けない。

ということで、日本では新人を安全に育てることができる場がないということに帰結しています。

■ 初心者の生命線は海外です

実はこのことは、数年前に私は予見していました・・・。というのは、日本でこの段階をクリアしたクライマーは、ほぼ全員が海外の登攀の経験者、だったからです。

それで安全に5.9(=5c)がたくさん登りだめできる場所として、ラオスに行ったのです。ラオスでは、ナインアンダーと言えども、ランナウトはしていません。課題数も豊富で、毎日5本登っても、10日いてもまだ登れます。

おそらくクライマーの能力開発には、恐怖心を取り除いた状態で、たくさんクライミングする必要があります。

現代の場合、それはジムになっていますね。ただジムクライミングだと岩ではないので、ルートファインディング能力はつきません。つくのはフィジカルだけです。

つまり、日本にいて、ルートファインディングもできるクライマーに成長するのは、状況的に大変、難しい事だということです。

■ 自己破滅的世界への耽美

また昔の日本のクライマーはランナウトに関して、憧れにも似た憧憬をもっているようです。落ちてはならないと思うと、自分でも思っても見なかった力が出る。のは、誰でもその通りです。

しかし、一般的にランナウトというのは、

  やむを得ず、するもの。

やむを得ないで、そうせざるを得ないからランナウトしている、危険である、というのは、致し方なし、となり、”受け入れざるを得ないリスク”となりますが、アプローチ0分、電動ドリルを持ち込むことの困難がほとんどない場所、でのランナウトというのは、現代では

 ただの整備上の怠惰

と結論できます。誰でも犬死はしたくないわけで、そのような怠惰な岩場に行きたいという人が減ったとしても、道理でしかありません。

安全とは怠惰との闘いで、ちょっとした面倒を省くことが危険に直結するというのは、山やの多くが知るところです。

■ 死が必死さを後押しする

昔のクライマーの中には、ランナウト(死)に憧れにも似た憧憬を持っている人たちもいます。その人たちが青春をささげた時代の背景を考えると、そうした憧れを自分の主義主張として、返上できないのも致し方ないと思えます。

そのルートが初登されたとき、ボルトは手打ちで、しかも、高額でもあったのでしょう。したがって易しい登攀で落ちないと思われるところで、ボルトを使うことは浪費に感じられたはずです。そのような事情で、ランナウト(=死の恐怖)に耐えながら登ったおかげで、現在そのルートがある、という訳です。

その精神の在り方に、美学を見出したとしても、それはあながち登山の歴史的観点から逸脱したことには思えません。なにしろ、人間が必死になって登山の地平線を切り開いてきた…というのは、最近のクライミング、ヨセミテのエルキャップフリーソロやドーンウォールなどの開拓にも通じることです。

■ 誰がババを引いているか?

こうしてみてくると、一番のババを引いているのは?

 現代のまだ駆け出しのクライマーで、落ちて死んでいく人たち…。

すでに私の周りに3名、九死に一生を得た人1名がいます。

ロープを出すべきか?出さざるべきか?ということは、ルートが簡単かどうか?によらず、落ちたらどうなるか?によります。落ちたときに危険があるなら、必ずロープを出すべきです。それしないのは、サボタージュです。

しかし、せっかくロープを出したとしても、上記のような事情で、日本では社会的&歴史的経緯の観点で、ランナウトが許容されており、ランナウトしてしまえば、まったくロープの意味を成しませんから、ロープはあっても形だけ(=フリーソロと同じ)ということになります。

したがって、いかに登攀が易しくても、ランナウトしていれば、登るべきではない、もしくは、フリーソロ並みに磨きこんでから、ということが、常識的なクライマーから見ると、当然の帰結です。

■ デッドロック状態

という事情で、日本ではナインアンダーに相当するⅣ級のルートは登られなくなって、ん十年のようです。

このような事情は、私のように言葉にして表現しなくても、なんとなく誰でも分かるものだからです。

結果、面白くもない(=簡単)なところに死の危険を冒しながら行くなんて、よほどのモノ好き、みたいな位置づけになってしまいます。

物好き=アルパインクライマーって帰結…(汗)。

このような膠着状態が、おそらく何十年も続いており、何らかの解決案が提案されているわけでもなく、ルートは往年のクライマーが老いるに任せ、整備が放置され、取り替えるべき支点は朽ちるに任されています。

まぁ、個人ではどうしようもないと思うので、しかたないわな~。


という結論が、大方の人たちの帰結になりました。

■ 自己効力感

このようなデッドロック状態の何が良くないか?というと、クライマーだけでなく、クライミング界全体の、自己効力感にマイナスだということです。

日本社会で一時蔓延した、仕方がない、という言葉に表れる無力感ですね。

クライミングの大きな魅力は、おそらく自己効力感です。


・自分の力でなんとかできる、
・状況打開できる、

という実感がクライミングにはあります。たとえ困難があったとしても、その困難を乗り越える力が自分にある、と感じれることは、ものすごく強い自信になります。

それが失われていいるということです。

私のラオスを考えても、旅のプロセスで様々な困難に直面したものの、すべて私の社会的な能力、語学、経験、そういうもので打開でき、それは楽しく海外登攀が貫徹できたのでした。能力をフルに生かすと人間はとても楽しいのです。

■ もう落ちないけどさー

さて、私自身は?というと、2度のラオスや韓国の登攀が功を奏して、今では初心者ルートで落ちることは無くなりました。まぁ、もうⅣ級では落ちないでしょうね。

したがって、Ⅳ級なら行けます。

しかし、そのような危険な状態にあるⅣ級に行くべきか?というと?さてどうなのでしょう?

行ける能力がある、ということと、行きたいという欲求があることと、行くべきという義務があることとは、それぞれ全く違います。

危険で易しいルートに関しては、能力があっても欲求がない…というのが、大方のクライマーの帰結であるようで、その帰結に私も来てしまったようです。

あーあ、せっかく登れるようになったのに、ご褒美なし?

というわけで、これまで5年間の努力はなんだったのか?


ご褒美がないじゃないか!という帰結になってしまったわけです(笑)。

まぁ、それでもご褒美を求めて楽しいクライミング遠征に行くんですけれども…

Saturday, March 23, 2019

クライミングが出てくる映画への突っ込み

Wednesday, March 20, 2019

初登ルートの保存と確保理論踏襲の両立

■初登ルートに色を付けたらどうでしょうか

ふと思ったのですが、昔の人は電動ドリルがない時代に初登したのですから、Ⅲ級やⅣ級ランナウトは、ギアの配分等、色々な面で受け入れざるを得ないリスクであったのではと思います。

そして、ボルト間隔は、「そのリスクを受け入れてまでも登ったんだよ」ということを示す貴重な証拠。

ということで、”初登のボルト間隔を後世に残したい!”というのは、

”苦労を理解されたい”&”受け入れたリスクの大きさを理解されたい”

という切実な願い、であると思います。 

ランナウトしたスラブのルートは、ボルトを打ってしまえば、ただのとっても楽しいルート、になってしまいます。つまり、挑戦がないってことです。

それは、それで、山の両面性という重要な側面を教えそこなうかもしれません。

とはいえ、現代の感覚では、アプローチ0分の岩場でボルト節約なんて、基本的に怠惰と言われても仕方ありません。

しかし、かける必要自体が希薄なところで命がけになるというのは、知性に欠けますし、無駄な死を誘発します。

ので、後世にとって命の危険があるのは良くない。

というか後世の人たちにとっては受け入れがたいリスクでしょう。

背景が昔とは違うからです。

■第三の解はないのか?

そこで、第三の解はないかなと思ったんですが、初登のボルトの位置に赤ペンキしたら、どうでしょうか?

そうすれば、初登の時は、こんな遠くにしか打てなかったんだ~昔の人はすごいなーと登った人は思うでしょう。

イラナイという人は、自己判断で、安全のためのボルトは飛ばせばいいですし!

山は自己責任と言われますが、もし自己責任であるのなら、「困難」というよりは単に「危険」というようなところには行かない、というのが、普通の人の理性的な判断になるでしょう。

■ 外国人を連れてはこれないルート

やっぱり、今のままでは、日本の岩場は世界にお披露目するには、恥ずかしい…かもしれません。

今度、訪ねてくるアメリカ人の女性は、台湾の岩場では5.12まで登っていましたが、15mもランナウトした5.6には、絶対に連れて行けないと思いました…。はるばる遠くから日本に遊びに来てくれたのに、そんなところに連れて行ったら、怒っちゃうと思います。

こんなところ登れってか?って感じですもん… 遠回しに、”さあ、落ちて死んでもいいよ~”って、言われている気分になっちゃうと思います。 

それか、挑戦状たたきつける、みたいな感じ?

というので、やはり ”おもてなし”という精神とは真っ向反対になってしまいます…

しかも、実際、15mランナウトのトラバースで落ちた人いるみたいですし…。

岩場が誰もが登りたくなるような真っ白の花崗岩とか魅力にあふれた場所であるなら、自然と有名になって、ランナウトさえも魅力というか、あばたもえくぼ、みたいな感じ、つまりヨセミテみたいになるかもですが…。

そこまでの魅力がない岩場だと、やはりその立場は練習場、ゲレンデということになると思います。

そういう場合でなくても、やはり、初登者への敬意を求めるならば、その要求とやはり同程度には、後ろに続く人たちの命への配慮も必要かもしれません。

相手と自分を同じくらい大事にする、ということです。

車で横付けできるようなところでは、穂高や滝谷とは違うのですから、ある種、練習場としての役割と割り切りが必要だと言えるでしょう…


Tuesday, March 19, 2019

連れて行ってあげたいの連鎖

■ 愛で紡ぐ山

最近、いつも思っていることがあります。それは、連れて行ってあげたい、という気持ちが連鎖していくのが、本来あるべき山の成長のプロセスで欠かせないものではないのかな、ということです。

新人さんが来たとします。すると新人さんは一生懸命でしょう。そして、新人としてきたからには、行きたいところ、があってのことでしょう。

それにつれて行ってあげられるかどうか?

それは、そもそも、その新人さんの実力次第であると思います。まぁ、実力がきちんとあったとしましょう。

そうすると、先輩たちは来てくれたんだから連れて行ってあげたい!とたいていの場合は思うでしょう。

実力未満だったら、実力がついたら、ぜひ連れて行ってあげたいと思って実力がつくようなルートを提案してくれるでしょう…

というので、結局、連れて行ってあげたい!ということがいつになるか、その早い、遅い、はあったとしても、ぜひ連れて行ってあげたい、山の世界を見せてあげたいという気持ちは、あるでしょう。

決して、それは、”どれどれ、お手並み拝見”みたいな気持ちではないと思います。さらに言えば、”ふーん、あっそう”みたいな気持ちでもないと思います。

最初に、”俺は登れるぜ!どうだ~”みたいな新人さんもいます。もちろんやる気がある、向上心がある、というのは大事なことですが、あまり登れますアピールが強いのも。

そうなると、連れて行けるところどころか、”連れて行っても、落ちられるかもしれない”と心配になって連れて行けないかもしれません。イケイケというのは抽象的な言葉ですが、実力を過信している人だと、どうしても、事故のリスクが増えます。

そうなると、今度は、レスキューしてあげなくてはいけなくなります。

というので、心配に…

やはり、山というのは、憧れ、それに向けて努力して、そして、どきどきしながらチャレンジして、チャレンジしたらあっけなく登れた、というのが、あるべきプロセスのように思います。

予想がゆとりがあるほうに外れるほうが安全です。したがって計画は弱気に。

しかし、弱気すぎてもいつまでも成長できないので、先輩は、そこを埋める存在として、その人に行けるだろうけれど、本人が行けないと思っているようなところを案内するはずです。

私は初めての本チャンの前穂北尾根は、もう、とんでもない九死に一生みたいなところに行くんだと思っていました…行ってみたら登攀はあっけなく簡単でした…あれ?みたいな。

でも、色々なことが分かって、それまで怖かった山が怖くなくなったのです。

なので、それは、やはり、先輩が、連れて行って見せてくれた登山の地平線の進化でした。

「連れて行ってあげたい」それが先輩から後輩に連綿と受け継がれていくのが、登山って気がします。

そうやって人類は歩けるところの地平線をじりじりと広げてきたのかなぁって…そういうタペストリーの中にいる、ということは、とても光栄なことだなぁと最近、とても感謝しています。





Tuesday, March 12, 2019

自分さえよければほかの人はどうでもいいという態度がはびこっている世界


ーーーー引用ーーーー
ノー残置も大切なことかと思いますが、夏でも冬でも、初心者と一緒に練習的な気分で取りつけるルートがだんだんと少なくなっているように感じられる昨今です。

このようなルートで先人たちに連れられて、エイドを登る技術を身につけたり、フリーにはない、エイドの楽しさを感じたりしたことがあったように思いました。

それらを今、伝承したいと思ったときに、良いルートがありません。

昔はエイドで登られていたルートなら、フリーで登れても、残置を撤去してエイドできなくしてしまうことがないようにしてほしい。

とくにそのルートの残置にさんざんお世話になっていながら、上手くなったら、すべて残んち撤去して、まだ取り付いたことのない者が取りつけなくなるようにしてしまうのは、「強者の論理」だと思います。

ーーーーーー

まさしくその通りで、このためにアルパインクライマーが増えず、山から徐々にステップアップしてきた人が、そのままフリークライマーになってしまう結末になり、結果山からは遠くなり、ただのゲレンデクライマーに落ち着いてしまうことになるのだと思われます…。

それもこれも、自分さえよければ、ほかの人のことはどうでもいい、という強者の論理のためだったとは。

Tuesday, March 5, 2019

クライミングテクノロジーの Easy Move





このブログでもお勧めしていたCTのロープクランプの上級モデルですね。機構が少し複雑ですが、固定する機構が増えています。荷重しなくてもロックされたままにできる。解除がより難しいとも言えますが…。

Saturday, March 2, 2019

花の山は岩の山

■ 花と岩

昨日は、とある奥地へ、フクジュソウを見に出かけた。仰烏帽子山と兎群石山だ。

花の山は、岩の山であることが多い。それは、アツモリソウの保護活動をしていたころ、三つ峠で覚えた。

劔で落石で亡くなった新井さんはれっきとしたクライマーだった。高山植物の図鑑を出すカメラマンへ転向した人だった。逆に言えば、高山植物カメラマンはクライマーでいる必要がある。

高山植物…珍しい植物…というのは、基本的に競争に弱い。競争に弱い植物は厳しい環境に耐えるほうを選ぶ。結果、他の植物が嫌う貧栄養の地…岩っぽい山ということになる。

■日本における秘境

今回は、フクジュソウの仰烏帽子山(のけえぼしやま)を選んだ。九州でも秘境の五木は自然が多く残されているのではないか?

西へ西へと文明を進めたアメリカと異なり、日本の場合、未開の地というのは、海から遠い内陸部、という意味だ。

手つかずの自然を求めれば、内陸部へ行かなくてはならない。交通の便が悪い、ということが一つの条件ですらあるようだ。

それは、多くの場合、落人伝説の地と重なることが多い。400年前に追っ手を逃れて逃げ延びた人たちがたどり着いた土地は、今日、自然を求める人が落ち着く先と似ているのだ。過疎とか限界集落という言葉はネガティブな言葉だが、実は、そのおかげで自然が残ることが多い。

ということで、平家の落人伝説が残る秘境の五木とスプリングエフェメラルを合わせてみた。

■ 読図と岩場偵察

花を見る山というのは、昨今、一般の人たちのためにほとんど歩かずに行けるように整備されていることが多い。本格的な山をする人にとっては歩き足りない、物足りないことになる。

行くのに交通費がだいぶかかるのに、歩くのがほんのちょっとでは元が取れた気がしない。そのあたりの感覚は、一般の人の正反対で、歩かないで済む山など、価値がない、というくらいなのだ。

そこで読図を組み合わせることにした。読図力というのは、なかなか得難い能力だ。一言で言えば、不確定要因を含みながら進む能力、ということになる。万が一というときに命を助けるのが読図能力…道なき道を行き、文明へたどり着く能力…だ。

読図力をすり合わせするには、比較的小さい山…本番ではない練習に適した山…が必要でだ。花の山は林道が整備されている。失敗に対する保険付き。やりやすい。ちょうどよい機会だということで、読図を組み合わせることにした。人の知らない尾根にフクジュソウが咲いているかもしれないという下心もあったかもしれない。

椎葉谷口から馬蹄形にP1206、P1186のピークへ南下し、登山口に円を描くように戻るという方法を考えた。

また、五木の岩場で、まだら岩、天狗岩、という2か所の岩場の偵察も組み合わせることにした。山が小さくて、物足りないことが分かっていたからだ。

■ メンバー

メンバーは読図なので2名より多いほうが好ましく、3~4名が良い。一般ルートではだれも通らないので助けが呼べないという事態は考えにくいが、読図ルートで事故となると誰かが偶然通りがかるということは考えにくく、リスクに対する備えが2名では不十分だ。

かといって大所帯は小回りが利かない。正しい意見が聞き届けられず、収拾がつかなくなることが多い。例えば、オーソドックスではない独自のおかしな主張をする人…たとえば、眼前に見えている尾根を読まずに、GPSの軌跡をたどろうとする人…など、おかしなことを始める人がいたとしても、メンバーの数が多いと上手く行かない。「それは変よ」と指摘する、まっとうな”善玉菌”に対して、意見する能力がない”日和見菌”的な人が増えてしまい、”悪玉菌”を抑えきれなくなるのだ。これはどうも日本独特の文化的リスクらしい。

そこで、植物学に詳しいS氏をメンバーに同行依頼することにした。Y氏を含め、3名で出かけた。山としては小粒だったので、疲れるとすれば、ほぼ運転だと思われた。

■ 当日

運転時間から逆算して、朝は6時出発とし、5:45にS氏を近所のコンビニでピックアップ。Y氏の自宅へ向かう。そこからは高速道路で、ほぼ難しいことは何もない。

途中、高速道路のPA情報を得るために、カーナビを設定したが、全く役立たずだったのが、可笑しかった。役立たずどころか、ナビに従うと害があるくらいなのだ。早くグーグル地図をナビに表示できるようにしなくては。

高速を降りてすぐのコンビニで食料を調達するのをしなかったら、現地では周辺にコンビニがなかった。が、朝9時到着では、普通のお店はどこも開いていないのではないか?と思われた。

■ ヤマメ

結局のところ、この日からヤマメ漁が解禁だったらしく、五木の道の駅では駐車場が混んでいて驚いた。春だ。ちょうどよく、手作りのおにぎりとお惣菜のお弁当が、たったの300円で売っていた。コンビニなどよりうんと良い。うれしくなった。

もうおとどしになるが、魔法のように魚を釣り上げる青ちゃんが、釣りの腕前を披露してくれたことを思い出した。ヤマメ漁に連れてきたら喜ぶかなぁ。

同行者は「釣ったら食べなきゃならんからなぁ」とか本末転倒なつぶやきをしていた。

食べるために釣るので、食べなければ釣らないというのが釣り師の生業と思っていたが、あとで、この地域の解説を読むと、”キャッチアンドリリース区間”と書いてあり、同行者のように釣るという行為自体を求める人が多いということが分かった。

食べないのに釣るのは残酷なように思われる。スポーツフィッシングということなのだろう。それは昨今のスポーツクライミングにも通じる、現代的な価値観の変遷のようだ。

さて、道の駅で登山口情報を聞くと、椎葉口は使えないそうだった。

結局、この情報のために第一登山口から稜線へ出て、稜線から仰烏帽子岳、兎群石山山頂を踏み、帰りに仏石に立ち寄るプランになった。

帰って考えてみれば、兎群石山から、一つ尾根を読図して、仏石に降りることを考えればよかったのだが…。累積標高差が増えるが、まぁ、このメンバーだったら問題はなかっただろう。小粒でも読図が入るほうが楽しい山ができる。

臨機応変に山を充実させる、ということには、一つの課題が残ったということだ。

■ 崩落痕を歩く第一登山道

朝、登山口につくと先客は2台だった。第一登山口からの登山道は、”登山道”という整備を前提とする道としては、かなりひどいもの、で、ほとんど沢の崩落痕を歩くのがスタートだった。

基本的に沢というのは、山の下水道、であることを改めて確認した。雨水が山を削る、という造山活動の現場ということだ。

しかし、そのような土地を好んでフクジュソウは咲くようで、この道は素晴らしい花の道だった。

しかし、道が悪く、落石を起こさず歩く配慮とぬかるみを滑らず歩く配慮のために、道へ注意力が向き、後ろからS氏が声をかけてくれなければ、フクジュソウの大群落も気づかぬまま通り過ぎることになりそうだった。

S氏は、花や自然にとても詳しく、1時間の道のりも3時間かけて歩ける人だ。そのため、この読図山行では、時間がかかる可能性を配慮して、距離自体が短くなるようにしたほどだ。

見上げると苔むした古い崩落の斜面一体に、フクジュソウがあちらこちらに咲いていた。あそこにも、ここにも、ということで、宝探しから、一気に楽園を見ることになった。一度、脳がフクジュソウを見つけるようになると、どんどん見つかるのだ。

懸案の道の悪さも、沢の二又を超えたあたりからは解消した。平坦で楽な道のりに変化し、のんびりとフクジュソウを眺めながら歩く、機嫌のいい小川沿いの小道となった。

稜線に上がるあたりで11時だったので、そこで一服することになった。スタートが9:30だったので、1時間半で稜線だ。少し食べたり飲んだりもする。

尾根に上がると、ピークを巻くように平坦なトラバース道続く。石灰岩が突き出た大地に植えられた檜の樹林帯の中だ。ここは、ぬかるんでおり、滑るのが怖かった。

しかし、尾根沿いも歩けそう。からっとした、広葉樹の木立のなかの日向の道は、針葉樹林の薄暗い中よりも快適そうだった。尾根を歩きたい!と思ったが、時間的なものもあるので、今回は遠慮した。尾根を選んだハイカーもいたようだった。

トラバースなので、あまりアップダウンもなく、12時前に仰烏帽子山山頂に到着。ここは、非常に登山客が多かった。休憩するには適しているとは思えなかったので、7分先の兎群石山山頂へランチ休憩とすることとする。

行くと、鹿の食害に生き残ったと思われる、あけびが樹林化をスタートしたばかりの、石灰岩がウサギサイズ?に飛び出た山頂で、今回行かない判断になった読図で使いたい尾根がきれいなカヤトの歩きやすい尾根であることが目視できた。サイズは小粒で、丹沢サイズだった。

■ 尾根のサイズ

サイズ感というのは重要で読図山行で、尾根やピークを見慣れていないと、ちょっとのつもりが1時間かかったり、見積もりが外れることが多くなる。

これは、慣れの問題で、慣れを維持するというのも、山やの”精神的な活性度”の問題で、山と接している時間が少ないとすぐに不活性化してしまうものだ。ここ2年ほどはかなり不活性化していると思われ、今回はどうかな?と思いながらの山だった。あまり感性が鈍っていないことを確認できてよかった。

さて、あたたかな日差しの山頂でのんびりした後は、往路を仏石方面へ向かう。よく考えたら、読図で近道すればよかった。この時は発想として思いつかず、往路を素直に戻ってしまった。

電子的に地形図が取得できるようになり、印刷された地図を買わなくなったが、このような時に備えて、大きな紙の2万5千の地形図は持っているべきだった。地図は用意していたが、必要なエリアのみだったため、プランの再検討が必要な時に役立つことがなかった。これは反省点だ。

■ 登山客

さて、順調に下り、分岐で13:13.仏石に到着すると、ものすごくたくさんの人々であふれていた。どこかのツアーのようだった。フクジュソウが目当ての人たちは、ほとんど第二登山道から登るらしい。

私たちパーティが現れると、途端におばちゃんたちはツアー客独特の自意識過剰へ陥り、わざとこちらへ聞こえるように自己弁護的な言葉を投げかけあっていた。

自己弁護しなくてはならないような山しかできないのが気の毒ではあるが、どこかで独立して行動できる人種と、独立して行動はできない人種が分かれる。どんなにおばちゃんたちがこちら側に来ようとしても来ることは絶対にない。

それは、前の山岳会で、”金魚の糞でついて行くこと”が山だと勘違いしてしまった、山おばちゃん登山者を、そうでないまともな登山者に”教育”しようとして挫折した経験から学習した。

私は、読図山行の伝達講習からスタートして、厳冬期の金峰山までおばちゃんの高齢の後輩を指導したのだ…それでも、彼女は東西南北すら理解することなかった。意識を持つことができなかったのだ。一番の大きな問題は依存心だと思っていたが、それだけではないと思う。

ある種、思考のシステムが全く違い、どんなに互いを理解しあおうとしたところで、絶対に平行線のまま、かみ合わない。それは明らか過ぎるくらいに分かる。同じ場にいたとしても、山のスタイルが違うだけでなく、思想そのものも全く異なるのだ。

■ 仏岩

仏岩はぐるりを回ってみたら、南面は堅牢でガバが多く見出せそうな、90度あるかないかの適度な傾斜の岩で、開拓したら登るのによさそうだった。ぐるりと周回して岩場を偵察する。隣の岩はさらによさそうで、楽しいクライミングができそうな適度なサイズ感の岩場だった。しかし、ここはフクジュソウのために岩場に名前がついているほどだから、開拓可能性は低いだろうと同行者Y氏と話しあった。

さて見るべきものは見終わったので、あとは下るだけとなる。行きに使った崩落激しい沢沿いの道を落石を起こさぬよう、用心しながら下った。

途中で湧水が沸いている最初の地点で、おいしい水を味わった。夏場の山で、水が切れて、のどがカラカラに乾いた話などを互いにしあう… 

一般登山者が山歩きをスタートするころ、山やにとっての尾根歩きの山は終了する…のは、夏の尾根歩きは暑くてやってられないからだ。暑いだけならまだしも、水場が枯れてしまい、水は得難くなり下からの担ぎ上げとなり重いだけだし、脱水は健康にも良くない。夏の尾根は暑すぎて花という見どころもほぼないことが多く、労多くして得るものが少ないというのが大抵の山やの勘定だ。

すると、カネのない者は沢に傾倒することになる。本来、夏は涼を求めて、標高か水をもとめる時期なのだ。カネのある者は標高が高い山へも行けるが、これはカネだけでなく休みの有無も関係してきてしまう。近所のゲレンデでは、岩はフリクションが悪く、快適な登攀も望めないことが多い。となると沢だろう。

もちろん、標高が高い岩場は、夏場こそ登り時なのだが、これは本チャンと言われて夏山の気象にも影響されるし、結構命がけなので、そうそう本チャンで山に入りっぱなしということは考えにくい。となると、夏山は登山客だけの山となり、割り切って小屋でバイトしたり、ガイドをやったりして稼ぐ時期とする山やも多い。山や稼業は季節労働者なのである。

現代生活では、季節に合わせて生活を変える、ということは忘れ去られているというか、季節を克服する、ということに都会では焦点が当てられているように思うが、山やの発想は、その季節でしかできないことをする、季節のメリットを捕まえる、ということで、そこが都会生活者と違うことだ。

暑いなら、暑さをネガティブにとらえるのではなく、水遊びのチャンス!と捉えるわけだ。寒いなら、アイスのチャンス。雪が降ったらラッセルのチャンス。気候が良い春秋は行楽のチャンス。人間主体ではなく、自然主体の思想がある。

夏は何をして遊ぼうか?というのが、当然我々の会話になったが…楽しい沢ということを、九州で、と考えると祝子川が思い当たる、となり、では皆で行こう!ということになった。
山やの基本的な思想が合う者同士だと、結局のところ発想は同じで、暑くて死にそうな夏の日に、骨まで凍えそうな冷たい沢の水の中へドボンとする清涼感に今から憧れている(笑)。

■ 荒廃した登山道

とはいえ、目の前の荒れた涸れた沢はラクを起こさないようという配慮に気が抜けない…

こんなところ、年配のおじちゃん、おばちゃんが通っても大丈夫なのだろうか?というとおそらくNoだろう…

とはいえ、この道を選ぶ登山者はほとんどいないようだった。多くの一般のハイカーは、第二登山口のようだ。

仮にS氏が第二登山口を見たいというが、車が大きかったため、すれ違いの労を惜しんでいかないことになった。運転があまり上手でなく申し訳ない。

■ 天狗岩偵察

偵察で、天狗岩へ出かける。途中で道迷い1か所。田舎の道路はほとんどが一本道で判断が必要なポイントが少ないわりに、一回のミスで走らなくてはならなくなる距離が長い。

天狗岩は、巨大な洞窟が特徴的な、大きな石灰岩の壁で、同行者によると2ピッチはありそうだ、とのことだった。80~100mくらいか。 しかし、下から取り付くにも、案内者が欲しいような感じだった。どこかに古いルートはあるらしいが。あまり登攀の可能性は感じられない。

私は早急にドライが練習できる場所を発見したいのだが…。

あとは来た道を温泉めがけて戻る。五木の道の駅付近の温泉で汗を流したが、これは塩素入りの風呂で長居は無用の湯だった。

Y氏は湯上りに一杯ビールを。運転がない人の特権で私もノンアルコールビアで一杯やった。

帰りは渋滞も高速を降りての一瞬で済み、運転3時間で到着。3時間の道のりは、そう秘境とも言えない。

今回は不案内な土地での山で、冒険度は足りないが、最初の出だしの一歩として、あまり冒険度を向上させなくても構わないだろうと思えた。一日の行動を共にするという行為が重要だったからだ。

 五木村の道の駅は車中泊が可能だそうだ。
 時候柄、おひなさまが飾ってあった。
県立ということで管轄は県のようだ

盗掘を警告する看板が最低でも5つはあった。

よほど盗掘者が多いのだろうか?

山梨では盗掘は罰金だが、長野では山から何かを持ち出すことは生活の一部であり、罰金はないそうだった。山で暮らす人=貧しいという構図だったのかもしれない。もともと、非貨幣経済を実現するのが山だったわけだった。

 荒れた第一登山口
 苔の中に咲く。
 キンポウゲ科で、日が当たると開花する。

https://48986288.at.webry.info/200903/article_1.html

がくをみないと、ミチノクフクジュウソウとフクジュソウを同定できない。
 このように群落になっているが、これでも最盛期は過ぎていたようだ。
 石灰岩で登りやすそうな岩が仏岩付近にある。
天狗岩。これは大岩壁であった。登攀は2ピッチ。
















■ 役立つサイト

椎葉谷側から、周回コース
登山口情報

その他のフクジュソウの山
岩宇土山 来年はこっちですね!

■ 2000円で泊まれる宿
http://www.geocities.jp/itsuki_mura/oyado/index.html