Monday, June 25, 2018

ルートは山からの賜りもの

心・技・体・知・経ということで、山ヤとしての完成度が高いのは、やはり40-50代ではないかと思う。

私はまだ5.11は到達していないし、アルパインのルートで、どこでもこなせる支点制作力が身についていないし、一日15ピッチはたぶんできるが、20ピッチは疲れそう。40P?無理、無理。

もちろん、山は楽しむものなので、楽しんでいたらいいのだが、楽しいということは、成長も、経済ペース。つまり、無理をしていない。ゆっくりということなので、例えば、60代で山を始めた人が、ロープが出る山で山ヤとしての完成をみることは、おそらくないだろう。技術がついて登れるようになる前に、肉体的に登れなくなっていく。

もちろん、ロープが出る山をしなくても、ただ単に、足腰を鍛える山歩きをしていれば、いいし、それはそれで、満たされた良き活動。

ただ、山の難易度で見たときに、上向きではないということだ。もちろん、上向きだけが良い価値観ではない。

ということを考えると、楽しく登って、経済ペースで成長し、そしてそれで、うまいこと体力の絶頂期に、山の技術、経験、知識、が身についている時期というものがある。

それに、行きたい!という心が加わる。結婚してしまうと闘争心はなくなるので、例えばアイスの6級なんて、挑みたい気持ちが無くなるだろう…登る前に子供の顔がよぎったりして。トップロープ?それでは、牙を抜かれたみたいな気がするだろう…

というわけで、大事なことは、タイミング。そして、そのタイミングが来たときに、掴むこと。

現代は山の世界は貧困化しているので、多くの場合、環境が揃わない。私は2年ほど前、ちょうど黄連谷が良い時期だったが、メンバー不足。錫杖も同じ。大山北壁も同じ。だから、山というのは、特にルートの場合は、天からの賜りもの。

ありがたく頂戴するのが大事だ。

Tuesday, June 19, 2018

やる気のある岳人vs面倒みられたい岳人

指導者クラスの人がいるとき、やる気のある岳人だったら、自分のパートナー候補者を連れて2個一で、指導者の前に立つ。

そうしないと、自立してルートに行けないからだ。

二人セットで連れて行ってもらったら、次は、自分たちだけで行って自家薬きょう中のものとする。そうしないと、いつまでたっても連れて行ってもらう、から、脱却できない。

一方、依存的な人は、一人で指導者につこうとする。のは、親の愛情独り占めと同じで、同レベルの相手を、競合相手と見なすから。面倒を見られたい、という思いが表れているわけだ。

私は、山岳会に入るとしたら、自分のパートナーを連れて入る、というのが正しい路線と思います。基本は自立した山を続けながら、自分の力が及ばない山の時に、助っ人で先輩に入ってもらう。

そんな山をするためにあるのが山岳会の役割と思います。