■良いガイドさんとは?
知人と沢に行った。聞くと、ガイドさんに連れて行ってもらったそうだ。けれど、そのガイドさんの対応が、聞いてびっくりする。
本当にお仕着せ、お任せで、俺の言うとおりにしろ、という登山なのだ。
登山者に夢を与えたり、目標を与えたり、間違って理解していることを指摘したり・・・ということがないのだ。
私が知っているガイドの三上さんは、そんなお仕着せツアーはしない。
例えば、初回、顔合わせで、三つ峠ハイキングに行った。最後の尾根は現場変更で地図読み。その時の私たち夫婦は、地図もコンパスも高度計も持って行くけど、出番がない登山者だったから、新鮮だった。
八ヶ岳の天狗岳、ピッケルを教わりに行った。前の日宴会で二日酔いの参加者が厳冬期の八ヶ岳の山行に来てしまい、三上ガイドは、四苦八苦だったので、すでにその山に登頂経験が3度ある私たち夫婦が、実質的には、他の参加者を小屋まで先導した。ガイドさんは、その歩けない人を励ましながら、歩いてきた。
小屋に着いたときは、メンバーはすっかり食事が終わっていた。登頂準備バッチリ(笑)。
その当時、ピッケルの使い方だけでなく、ホワイトアウトナビゲーションも教わった。雪洞の代わりになる雪の穴も掘ってもらった。
「ピンチの時は、こうするんだよ」
という意味だった。
私たち夫婦は、三上ガイド以外のガイドを知らなかったので、それが当然だと思っていた。
ガイドさんを山を教えてもらう先生以外として見たことがない。
が、本当に優れた良い人に当たったらしい・・・
その後も、三上ガイドと行く場合は、
「〇〇をしたい」とリクエストして、それが実現できるような、山行を提案してもらう。
例えば、ずっと前に阿弥陀南陵を考えたときがあった。それは、数ピッチのマルチピッチを安全に学習したいという理由だった。
しかし、地面が凍結する状態だったり、アプローチが遠いという条件だったり、高所だったりで、色々と条件を検討した結果、別の山になった。
初心者にとって一番難しいのは、今どの山に行くべきか?ということだ。
今のスキルで、どこなら行けるのか?
だから、どの山に行くべきか?を指南してもらうために、ガイドさんという山のベテランは存在するのだと思う。
登山者が自立できるように、ちゃんと鍛えてくれるガイドさんが良いガイドさんだ。
■ 先輩だって行きたいところがある
なぜ、山岳会の先輩ではだめなのか?
それは無償だからだ。山岳会の先輩と言っても、人間。自分がツマラナイと思うことに食指は動かないのは、責められない。まして、ボランティアなのだから。
何もかも指示をしないとダメな”本当の初心者”人だと、連れて行く側もアップアップとなる。
連れて行く側にも負担が大きいのだ。それはつれて行く側になると分かる。人一人の安全に責任を持つには、すごい超人的な目配りや神通力が必要なのだ。
今の私のスキルレベルだと、沢は歩くだけのところしか、連れて行けない。自分と同じくらいのスキルや理解度の相手なら、互いに安全になるように気を配りあえるので、一緒に岩に行ける。
となると、連れ行ってもらわなくては、どこにも行けない段階の人は、最初は有償であっても、自分のわがままを聞いてもらえる人に連れて行ってもらうのが良い。
誰にでもそういう段階はあるからだ。
■ ポイントは、役割を担えるかどうか?
仲間になるということは、役割を担える、ということだ。
役割を担えない、役割が分からない、という段階は誰にでもある。
”初心者は何が分からないのか分からない” とよく言われる。
何が分からないのか、自分で良く分かっているようになれば、自分で成長して行ける。
でも、そうなる前の、よちよち状態の時の手助けは、誰にだって必要な手助けなのだから、誰かから手助けを得ないと仕方がない。
役割を担えないとき、それは 言葉は悪いが ”お荷物” になっているという意味だ。
山の人が、”〇〇さんには世話になった”と言う時に、意味するのは、お荷物状態だったけど連れて行ってもらった、と言う意味だ。
逆に貢献しているつもりで足を引っ張っている人もいるし、そういう困ったチャンにならないようにすることも大事だ。
例えばお酒を飲んで二日酔いで山行に参加するなんていうのは、足を引っ張っている。宴会の翌日登頂も同じこと。
■ 講習会を有意義にするには
その時、頼るべきは、今の時代は山岳会ではなく、講習会だし、講習会を120%有意義にするには、それ以前に、自分でいくつか山行に行けることが重要だ。
自力山行は最初から自分でやっても良い。が、一回目は不安があっても、それは恥ずかしいことではない。
一回目が、できるようになるための、何が分かっていないのか、どういう方向に成長したらいいのか?そういうことを上手に指南してくれる、良きガイド、良き指導者に恵まれる、ということが大事だと思った昨日だった。
私は、師匠にも、先輩にも、指導者にも、恵まれ、とても感謝している。
良きガイドとは、その登山者の足りない点を指摘してくれる人だ。
■おススメガイドリスト
※ 個人として知っているだけの方を含むため、ガイド登山の参加経験はない人も含まれます。
中高年登山 ストローハット
ハイキング全般 清里ネイチャーガイド
藪山&地図読み 三上ガイド
アイス体験 鈴木昇己ガイド・保科雅則ガイド
沢 豊野則夫ガイド
八ヶ岳 高橋ガイド・竹内ガイド・村上ガイド
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Friday, October 30, 2015
Sunday, October 11, 2015
アンドレ求む?
せっかくの連休なのに、今日は甲府は雨。、明日はまたクライミングで楽しみ。
クライミングできることについては、とても感謝している・・・。早く、パートナーの期待に応えられるよう、登れるようになりたい。
私は、正直、運動神経は良くない。
才能の差が歴然とするクライミング・・・であるが、それは5.12とか5.13の話のことで、5.11までは、誰でも登れるようになる、と言われている。
なので、そのあたりまでは、実は運動神経は関係ないらしい・・・ という訳で、言い訳できない。
先日、本当に久しぶりにジムに行ってリード壁を登ったら、5.9をやったあと、同じトップロープで登れるのは、5.10bしかなく、やってみたら、あっけなく登れた。
あんまり、よく分かっていないのだが、とりあえず遅々としてはいるが、前進はしているらしいので、あまり欲をかかず頑張ろうと思う。
運転は一般に目安が40時間の教習と言われている・・・で、クライミングは何時間くらい教習すれば、どのレベルに行けるのかワカラナイが、前にアイスの時も3日連続して登ったら、見違えるように動きが良くなったので、たぶん、ほとんどが慣れによるものなのだろうと思う。
間が空くと慣れが発生しないのだと思う。これはヨガも同じで、10分を毎日やってくれた方が、日をを開けて2時間やるより良い。英語も同じ。
大体、数学のドリルなども、単調なことから嫌いだった。だからと言って応用問題が弱いわけではなく、単純に応用問題のほうが考える分、面白くて好きだったのだが、フリーとアルパインには、数学のドリルと応用問題のような関係を感じる。
■ アンドレ募集中?
さて、だんな様に、ビレイヤーをお願いしているのだが・・・、現在難航中。この選択肢は難しそうだ。
しかし、わたしには、ビレイヤーの不注意で落とされても、関係が終了しない、頼れるビレイヤーが必要だ。
つまり、アンドレ募集中(笑)。理想のビレイヤーは、オスカルとアンドレの間柄だ。
今までアンドレ役をやってくれると言うよりも、私の方がアンドレ役をやってあげないと行けない相手だった。私が甘えるより、甘えられる側になるわけなのだった。
こちらが病気でも、体調が悪くても、自分が登りたい方が勝つ人が多くて参った。一度は病気でクライミングを断っているのに、一人で山行しないと行けなかったからと言って文句を言われているし、一度は、喘息なのに山を歩きませんかって・・・喘息なんだけど・・・と思って困ってしまった。
病欠は病欠で、病気の時は山には行けない。
■ ひょっとして、夫に向いている?!&夫婦の絆危機?!
でも、クライミングは、実は夫には大きな自信を与える活動のような気がする・・・
夫はひょろりとしていて、いわゆる、もやし体型です。ちょっと男らしい活動には、ちょっと気おくれを感じているタイプだ・・・
クライマーがどう、クライミングにハマったか?を読んだりしていると、運動音痴のオレが?!みたいな記述が結構多い・・・
それに、夫には、
・ダイビング
・家のリフォーム
・雪山
・海外での車の運転
など最初嫌々というか、最初から、”できませーん”と万歳しているようなことを、ハッキリ言って無理強いした過去があるが、やってみると簡単で、夫のほうは・・というと、あとで会社で自慢話のネタにしているような気がしないでもない。
夫は、「なんで登りたいの?」
なんて言うのだが、夫本人だって、「なんでパソコンが好きなの?」と聞かれて答えられはしないだろう・・・
山登りも夫と登っていた頃は、基本的に彼は今より強かったし、なんだかんだ言って、写真などで彼の方も楽しんでいたようだ。
沢はキライだと言うが、沢が何か?たぶん、分かっていないだろうと思われるし、クライミングが嫌いだ、と言っても、それも同じで、単純にたぶん、ただ分かっていないだろうと思われる。
今のところ、彼は強い抵抗を示しているが・・・彼は私がほっておくと、どんどんオタク化していく。
我が家でこれ以上、夫婦が別々の過ごし方をして、乖離してしまうと、何のために一緒にいるのか・・・分からなくなってしまうかもしれない。
そう言う意味でも、きずなが必要なビレイヤーを夫に勤めてもらうのは、意味がある気がする。
クライミングできることについては、とても感謝している・・・。早く、パートナーの期待に応えられるよう、登れるようになりたい。
私は、正直、運動神経は良くない。
才能の差が歴然とするクライミング・・・であるが、それは5.12とか5.13の話のことで、5.11までは、誰でも登れるようになる、と言われている。
なので、そのあたりまでは、実は運動神経は関係ないらしい・・・ という訳で、言い訳できない。
先日、本当に久しぶりにジムに行ってリード壁を登ったら、5.9をやったあと、同じトップロープで登れるのは、5.10bしかなく、やってみたら、あっけなく登れた。
あんまり、よく分かっていないのだが、とりあえず遅々としてはいるが、前進はしているらしいので、あまり欲をかかず頑張ろうと思う。
運転は一般に目安が40時間の教習と言われている・・・で、クライミングは何時間くらい教習すれば、どのレベルに行けるのかワカラナイが、前にアイスの時も3日連続して登ったら、見違えるように動きが良くなったので、たぶん、ほとんどが慣れによるものなのだろうと思う。
間が空くと慣れが発生しないのだと思う。これはヨガも同じで、10分を毎日やってくれた方が、日をを開けて2時間やるより良い。英語も同じ。
大体、数学のドリルなども、単調なことから嫌いだった。だからと言って応用問題が弱いわけではなく、単純に応用問題のほうが考える分、面白くて好きだったのだが、フリーとアルパインには、数学のドリルと応用問題のような関係を感じる。
■ アンドレ募集中?
さて、だんな様に、ビレイヤーをお願いしているのだが・・・、現在難航中。この選択肢は難しそうだ。
しかし、わたしには、ビレイヤーの不注意で落とされても、関係が終了しない、頼れるビレイヤーが必要だ。
つまり、アンドレ募集中(笑)。理想のビレイヤーは、オスカルとアンドレの間柄だ。
今までアンドレ役をやってくれると言うよりも、私の方がアンドレ役をやってあげないと行けない相手だった。私が甘えるより、甘えられる側になるわけなのだった。
こちらが病気でも、体調が悪くても、自分が登りたい方が勝つ人が多くて参った。一度は病気でクライミングを断っているのに、一人で山行しないと行けなかったからと言って文句を言われているし、一度は、喘息なのに山を歩きませんかって・・・喘息なんだけど・・・と思って困ってしまった。
病欠は病欠で、病気の時は山には行けない。
■ ひょっとして、夫に向いている?!&夫婦の絆危機?!
でも、クライミングは、実は夫には大きな自信を与える活動のような気がする・・・
夫はひょろりとしていて、いわゆる、もやし体型です。ちょっと男らしい活動には、ちょっと気おくれを感じているタイプだ・・・
クライマーがどう、クライミングにハマったか?を読んだりしていると、運動音痴のオレが?!みたいな記述が結構多い・・・
それに、夫には、
・ダイビング
・家のリフォーム
・雪山
・海外での車の運転
など最初嫌々というか、最初から、”できませーん”と万歳しているようなことを、ハッキリ言って無理強いした過去があるが、やってみると簡単で、夫のほうは・・というと、あとで会社で自慢話のネタにしているような気がしないでもない。
夫は、「なんで登りたいの?」
なんて言うのだが、夫本人だって、「なんでパソコンが好きなの?」と聞かれて答えられはしないだろう・・・
山登りも夫と登っていた頃は、基本的に彼は今より強かったし、なんだかんだ言って、写真などで彼の方も楽しんでいたようだ。
沢はキライだと言うが、沢が何か?たぶん、分かっていないだろうと思われるし、クライミングが嫌いだ、と言っても、それも同じで、単純にたぶん、ただ分かっていないだろうと思われる。
今のところ、彼は強い抵抗を示しているが・・・彼は私がほっておくと、どんどんオタク化していく。
我が家でこれ以上、夫婦が別々の過ごし方をして、乖離してしまうと、何のために一緒にいるのか・・・分からなくなってしまうかもしれない。
そう言う意味でも、きずなが必要なビレイヤーを夫に勤めてもらうのは、意味がある気がする。
Thursday, November 6, 2014
実力者は食通?な青年小屋
■ 山の知り合い
先日は、御神楽尾根から権現に行くついでに、青年小屋に一泊してきました。
権現や編笠、西岳は、山梨から近いので泊まりに行く山ではなかったので、泊まったことがなかったのです。
北岳のレインジャーをしている時、山頂で会った女性がいました。すごい健脚さんだったので、なんとなく、ご一緒に山を歩いたら、楽しそうだな~と思っていました。
私が一緒に歩きたくなる人は大体、山を一人で歩いている単独女性です。
たまたま、青年小屋に縁がある人だったので、きっと興味があるに違いないわと、御神楽尾根にお誘いしたのです。これはピッタシかんかんでした!
おかげで、青年小屋には、知人の紹介という感じで泊まらせていただきました♪ プチコネ(笑)?
■ 遠い居酒屋
青年小屋は、”遠い居酒屋”が有名です。
でも、私はお酒を飲むために山に登っているんじゃないので、そこはあんまりポイントにならないな~と思っていました(笑)
でも、今回は、お酒をちょっと(だいぶ?)優遇してもらいました。
いや~、だいぶ飲んだかもしれない・・・。オーナーさんがどんどんコップについで来るので、最低4杯は日本酒を飲みました。

こたつでお隣の女性がルミエールワインを一本飲みきれないと言うので、半分頂き、ビールは一本自分で買いました。
今、計算して、思いましたが、結構飲んでませんか? いや~超久しぶりに飲みましたョ。
■ グルメな小屋
青年小屋は、お食事がおいしい小屋でした!
縄文名水(青森)、田酒(青森)、わしが国(宮城)のお酒みたいです。
TVでも紹介されたのだそうです。シュウマイとアジフライが名物だそうです。今回はアジフライは出ていませんでした。
青年小屋と検索すると、なんと小屋のHPはないのに、食べログが出てくるんです(笑)
ココ。
山小屋って、グルメを味わいに行くところだったっけ?
■ 酒だけでなくコーヒーもおいしいノダ
≪気に行ったポイント≫
・コーヒーが本格派
・日本酒が純米しか置いていない
・食事が加工食品・冷凍食品の解凍ものではなく、手作り
・音楽がクラシック音楽
・水場が近い
です。
私は、コーヒーはいつも豆をスペシャルティで買っています。甲府の寺崎コーヒーさんとか、有名どころの堀口コーヒー。スタバのも豆を買えばおいしいです。
お酒も純米しか飲まない。
(こないだ涸沢にも純米酒を一瓶担いで行きました。依田酒店でしか買えない青こうというお酒です。先輩たちがあまり飲まなくて残念でした。)
編笠ブレンドは、中村コーヒーさんで買った豆を2種、ブレンドしているのだそうです。
いや~コーヒーがおいしい小屋っていいです。だってテント泊だと持って行けないもん、豆。
■ 食べログチェック
他の小屋も食べログにあるのか?と不審に思ったので調べました(^^)。 こんなにあった・・・
八ヶ岳山荘
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200405/20015337/
硫黄岳山荘
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200403/20018298/
オーレン小屋
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200403/20018038/
赤岳展望荘
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200403/20017429/
行者小屋
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200403/20017167/
本沢温泉
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200403/20009611/
高見石小屋
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200403/20018435/
黒百合ヒュッテ
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200403/20011462/
根石岳山荘
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200403/20018436/
夏沢鉱泉
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200403/20013546/
シラビソ小屋
http://tabelog.com/nagano/A2003/A200303/20016370/
麦草ヒュッテ
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200403/20011461/
みんな載ってた・・・ いや~山小屋が近所のレストランみたいになったら困りますね!
今まで行った小屋でお食事がおいしかったのは、高見石小屋です。 オーレン小屋は桜鍋で知られています。後は、赤岳展望荘はビュッフェで知られています。
他の小屋は食事で頑張っているのは、知りませんでした・・・。小屋では出されるものは何でもありがたくいただくことにしています。(が、手抜きの小屋は冷凍食品の解凍だというのも知っています・・・だいぶ違うよなぁ。)
■ 登るのを忘れた!編笠山
実は今回も、編笠山に登るのを忘れてしまいました! リベンジに行かねば!
権現には、7回も登っています。うち冬季が5回です。隣の西岳は地味な山なのに、4回も登っています。
なのに、権現小屋も青年小屋も知りませんでした(笑)
山梨からだと権現は、日帰りの山なので、泊まりで登るという発想がなかったんですね~。
青年小屋は縦走路からも離れているので、縦走でも通らない。
となると、青年小屋はどういう位置づけになるのか? 権現までのアタック基地、という位置づけでしょうか。
黒百合ヒュッテなど、完璧に天狗岳までのアタック基地の位置づけです。本沢温泉も硫黄岳までのアタック基地だし、赤岳鉱泉もそうです。
権現はそういう視点で見ると、八ヶ岳の山の中ではダントツに難しい山に入るかもしれません。
青年小屋の冬季小屋は、小屋そのものよりよっぽどしっかりしていて泊まりやすそうだったので、是非、利用してみたいと思いました。水場も近いし。
別れを惜しむ人たち・・・
みんなとっても仲良しな感じ!
■名物オーナー竹内敬一さん
山小屋って今は市営になったり、会社組織だったり、個人経営だったり、色々あります。
個人経営の山小屋は、小屋番とオーナーは同一人物です。
でも権現は、”小屋番”を季節バイトが務め、オーナーさんは自ら歩荷しているみたいです。一番つらい歩荷をオーナーが担当しているのがエライな~ホンモノだな~と思いました。
竹内さんは、国際山岳ガイドなのだそうです。ガイドって、普通の人は知りませんが色々ランクがあるのです。
その一番上が国際山岳ガイド。イモトを案内することができる人は、少ないってことです。
大まかに言って
自然ガイド → 登山ガイド → 山岳ガイド → 国際山岳ガイド
です。ガイドステージⅠとⅡがあります。 冬山は登山ガイドは連れていけない。本チャンは連れて行けないですね。
一般登山者も同じような成長プロセスをたどると考えたらいいかもしれません。
最初は、自然について学び、次に一般縦走をステップアップして、登山ガイドレベルの山は自分で行けるようになり、次に、冬山やクライミングを学んで、本チャンにステップアップし、最後に、ご褒美で海外登山する。
海外登山、それもネパールの山々に非常に近い小屋である、というのが今回の発見でした。
海外登山好きの人は、青年小屋からネパールへの扉を開いてみたらいいのかもしれません。
≪青年小屋のキーワード≫
・遠い居酒屋
・純米酒
・うまいコーヒー
・シュウマイ
・アジフライ
・ネパール
・エベレスト
・国際山岳ガイド
先日は、御神楽尾根から権現に行くついでに、青年小屋に一泊してきました。
権現や編笠、西岳は、山梨から近いので泊まりに行く山ではなかったので、泊まったことがなかったのです。
北岳のレインジャーをしている時、山頂で会った女性がいました。すごい健脚さんだったので、なんとなく、ご一緒に山を歩いたら、楽しそうだな~と思っていました。
私が一緒に歩きたくなる人は大体、山を一人で歩いている単独女性です。
たまたま、青年小屋に縁がある人だったので、きっと興味があるに違いないわと、御神楽尾根にお誘いしたのです。これはピッタシかんかんでした!
おかげで、青年小屋には、知人の紹介という感じで泊まらせていただきました♪ プチコネ(笑)?
■ 遠い居酒屋
![]() |
| もう店じまい(笑)? |
でも、私はお酒を飲むために山に登っているんじゃないので、そこはあんまりポイントにならないな~と思っていました(笑)
でも、今回は、お酒をちょっと(だいぶ?)優遇してもらいました。
いや~、だいぶ飲んだかもしれない・・・。オーナーさんがどんどんコップについで来るので、最低4杯は日本酒を飲みました。

こたつでお隣の女性がルミエールワインを一本飲みきれないと言うので、半分頂き、ビールは一本自分で買いました。今、計算して、思いましたが、結構飲んでませんか? いや~超久しぶりに飲みましたョ。
![]() |
| オーナー自ら配膳 |
青年小屋は、お食事がおいしい小屋でした!
![]() |
| 夕食 |
![]() |
| ワインはルミエール! 日本酒はこの3種 |
縄文名水(青森)、田酒(青森)、わしが国(宮城)のお酒みたいです。
![]() |
| リザーブしてある?お酒 |
青年小屋と検索すると、なんと小屋のHPはないのに、食べログが出てくるんです(笑)
![]() |
| 朝食に焼売が出ます。 |
ココ。
山小屋って、グルメを味わいに行くところだったっけ?
■ 酒だけでなくコーヒーもおいしいノダ
≪気に行ったポイント≫
・コーヒーが本格派
・日本酒が純米しか置いていない
・食事が加工食品・冷凍食品の解凍ものではなく、手作り
・音楽がクラシック音楽
・水場が近い
です。
■ コーヒーもグルメ!
![]() |
| 軽食のメニューなど・・・ |
私は、コーヒーはいつも豆をスペシャルティで買っています。甲府の寺崎コーヒーさんとか、有名どころの堀口コーヒー。スタバのも豆を買えばおいしいです。
お酒も純米しか飲まない。
(こないだ涸沢にも純米酒を一瓶担いで行きました。依田酒店でしか買えない青こうというお酒です。先輩たちがあまり飲まなくて残念でした。)
編笠ブレンドは、中村コーヒーさんで買った豆を2種、ブレンドしているのだそうです。
いや~コーヒーがおいしい小屋っていいです。だってテント泊だと持って行けないもん、豆。
■ 食べログチェック
他の小屋も食べログにあるのか?と不審に思ったので調べました(^^)。 こんなにあった・・・
八ヶ岳山荘
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200405/20015337/
硫黄岳山荘
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200403/20018298/
オーレン小屋
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200403/20018038/
赤岳展望荘
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200403/20017429/
行者小屋
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200403/20017167/
本沢温泉
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200403/20009611/
高見石小屋
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200403/20018435/
黒百合ヒュッテ
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200403/20011462/
根石岳山荘
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200403/20018436/
夏沢鉱泉
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200403/20013546/
シラビソ小屋
http://tabelog.com/nagano/A2003/A200303/20016370/
麦草ヒュッテ
http://tabelog.com/nagano/A2004/A200403/20011461/
みんな載ってた・・・ いや~山小屋が近所のレストランみたいになったら困りますね!
今まで行った小屋でお食事がおいしかったのは、高見石小屋です。 オーレン小屋は桜鍋で知られています。後は、赤岳展望荘はビュッフェで知られています。
他の小屋は食事で頑張っているのは、知りませんでした・・・。小屋では出されるものは何でもありがたくいただくことにしています。(が、手抜きの小屋は冷凍食品の解凍だというのも知っています・・・だいぶ違うよなぁ。)
■ 登るのを忘れた!編笠山
実は今回も、編笠山に登るのを忘れてしまいました! リベンジに行かねば!権現には、7回も登っています。うち冬季が5回です。隣の西岳は地味な山なのに、4回も登っています。
なのに、権現小屋も青年小屋も知りませんでした(笑)
山梨からだと権現は、日帰りの山なので、泊まりで登るという発想がなかったんですね~。
青年小屋は縦走路からも離れているので、縦走でも通らない。
となると、青年小屋はどういう位置づけになるのか? 権現までのアタック基地、という位置づけでしょうか。
黒百合ヒュッテなど、完璧に天狗岳までのアタック基地の位置づけです。本沢温泉も硫黄岳までのアタック基地だし、赤岳鉱泉もそうです。
権現はそういう視点で見ると、八ヶ岳の山の中ではダントツに難しい山に入るかもしれません。![]() |
| 背負子が凍っていた |
別れを惜しむ人たち・・・
みんなとっても仲良しな感じ!
■名物オーナー竹内敬一さん山小屋って今は市営になったり、会社組織だったり、個人経営だったり、色々あります。
個人経営の山小屋は、小屋番とオーナーは同一人物です。
でも権現は、”小屋番”を季節バイトが務め、オーナーさんは自ら歩荷しているみたいです。一番つらい歩荷をオーナーが担当しているのがエライな~ホンモノだな~と思いました。
竹内さんは、国際山岳ガイドなのだそうです。ガイドって、普通の人は知りませんが色々ランクがあるのです。
その一番上が国際山岳ガイド。イモトを案内することができる人は、少ないってことです。
大まかに言って
自然ガイド → 登山ガイド → 山岳ガイド → 国際山岳ガイド
です。ガイドステージⅠとⅡがあります。 冬山は登山ガイドは連れていけない。本チャンは連れて行けないですね。
一般登山者も同じような成長プロセスをたどると考えたらいいかもしれません。
最初は、自然について学び、次に一般縦走をステップアップして、登山ガイドレベルの山は自分で行けるようになり、次に、冬山やクライミングを学んで、本チャンにステップアップし、最後に、ご褒美で海外登山する。
海外登山、それもネパールの山々に非常に近い小屋である、というのが今回の発見でした。
海外登山好きの人は、青年小屋からネパールへの扉を開いてみたらいいのかもしれません。
≪青年小屋のキーワード≫
・遠い居酒屋
・純米酒
・うまいコーヒー
・シュウマイ
・アジフライ
・ネパール
・エベレスト
・国際山岳ガイド
Tuesday, September 23, 2014
長谷部さんから電話
■ ”イエ電”
珍しく家の電話がなると、長谷部さんからだった。
携帯が普及し、たいていは、個人の携帯番号の方に電話を掛けてくる人ばかりなので、”家電”なる言葉まで出現したくらいで、固定電話で、電話を掛けてくる人は珍しい。で、我が家の場合、家電は、大抵は年老いた義理の父が使うもの。 なので、ドキッとする。訃報とか、そういう、大きな用事が多いからだ。
でも、出てみたら、「今日、立ち寄ってくれたのに来客中でごめんね」って内容だった。
私は双葉のスマートインターを利用するときは、大抵、山の帰りに、長谷部さんのところに立ち寄ることにしている。パンだけパッパッと買って、お店の人に「よろしくって言っといてください」と、5分で帰ることもあるし、20分も30分も、山の報告をする時もある。時には、知人や友人を連れていく。連れて行かれた方は「?」となるみたいだけど、そういう時はコーヒーを出してくれたりする。私は長谷部さんを慕って、店に通っている。
最近の若い人は、こういう感覚は分からないみたいだ。仲良しの年長の友達、ってことなんだけど…。
■ 年代を超えた年上の友人
私は、父を知らない。両親は私がまだ幼いころに離別した。母親は、子供たち3人が父を慕うのを嫌った。まぁ、分からないでもない。女手一つで、3人もの子供を抱えたら、そりゃ誰が考えたって、生活は大変だ。その元凶は、ぱっと見には、稼がない夫、飲んだくれの夫、浮気性の夫に見える。(でも、真実はどうなんだろうか?と子供のころから思っていた。)
片親の子供に限らず、すべての子供にとって、母親の機嫌というものは、子供自身の幸福に、絶対的な支配力を持っている。だから、どんな小さな子供でも、母親の機嫌を損なわないよう、細心の注意を払って生きている。ある子は母親の機嫌が悪いのは、良い子でなかったせいだ、と思うし、ある子は、可愛くないといけない、と思う。ある子は母のために戦おうとする。発現の仕方は違うが、どの子も母親の愛情の獲得を巡って、しのぎを削っているという点では同じ土俵の上だ。
我が家の場合、数年に一回くらいの頻度で、ごくたまに父親に会う機会があったりしても、母の手前、何ともバツが悪い。一度なんてクリスマスのプレゼントを受け取っただけで、泣き出してしまったのだ。ただもらうだけでもダメか…。
父親側にしても、何年も会っていなくて、クリスマスなのにプレゼントなしで会うわけにもいかないだろうし。持って行かなくても負け、持って行っても負けの戦だ。子供側にすると、くれたら、もらわなくてはならないし。そういうわけで、父親にとっても子供たちにとっても、面白くない。
そういう事情で、私たち子供3人にとって、親の離婚というのは、離婚したこと、そのものではなく、それをめぐる母親の心理劇に、否応なしに参加させられるのが非常に面倒な、いうなれば、迷惑なことがらだった。
■ 独習の仲間
こういう事情があったので、私は、とりあえず、”なついても、めんどうなことがなく、無難な学校の先生”に、よくなついていた。
先生たちは、えこひいきはいけない、と思っていると思う。けど、やっぱり、えこひいきしてもらったような気がする。本を借りたり、先生の家に他の子と遊びに行ったりしたし、高校進学は、小学校で世話になった恩師の母校、という理由で選んだ学校だった。
特に理科の先生には、なついていた。理科の先生は担任がない。私は小学校で、中学受験をしなくてはならなかったのだが(母の意向で)、もちろん塾などに行くことは考えられないので、結局、小遣いを貯め、参考書を買ってきて、コツコツ問題を解くしかない。
受験している人は知っていると思うが、お受験レベルの勉強なんて、学習進度が1年先くらいの話に過ぎない。つまり6年生なら、中学1年生の知識レベルがあれば、誰でもすぐ解ける。ただ、そんなことは、当然、子供は知らないので、知識を授けられていないと、四苦八苦する羽目になる。一度なんて、三角関数が必要な課題を公式ナシで解こうとして、百科事典の数学のところを血眼になって読んだ。
ちょっと話がズレたが、塾に行かないという選択肢のおかげで、私は学校の担任の先生のところに、分からない問題を聞きに行く。すると、先生は色々と忙しいので、「理科の先生が数学が得意だから行っておいで」と言われることになる。それで理科室に行くと、先生は問題を見てくれるが、先生も考えないと分からないと言う。それで、先生が問題を考えてくれている間、しばらく遊んでいていいことになる。そこで理科の実験の道具の余ったので、色々と遊ばせてもらっていた。
そうしていると、それを見つけた他の子が参加する。最後は、ビーカーにアルコールランプで紅茶を沸かし、ぶどう糖を入れて、みんなで一杯(笑)。
みんなで、というのは、なぜか一緒に数学の問題を解いてくれる友達が、いつのまにかいたからだ。けいちゃん。公文式の数学をやっていて、常に数学での成績トップの男の子だ。ちょっと、ふっくらしている太めの子だ。それで多少いじめにあっている。いつも、私はとりあえず、けいちゃんに数学の分からない問題は、聞きに行く。プライドに掛けて、解いてくれるからだ。けいちゃんも分からないと、先生に聞きに行く。わたしとけいちゃんの同盟は、そういう同盟だった。算数仲間ってところだ。
■ 教えてもらう資質
中学になると、もう少し高度化し、先生たちから、本を貸してもらえることになった。
中学では、私には、すごく頭のいい親友ができた。サー君。学年で常にトップ。運動も5とすごい。
数学の先生なんて、先生が教えずに、私と彼に授業中に、課題を解かせる具合だった。私とサー君が、異なるタイプの解法で答えを出す。それに先生がコメントする。先生は手抜きなんだけど、実は、素晴らしい授業だったんじゃないかって気がする。
高校では、得意を伸ばそうと、論文に力を入れていたので、女性の英語の先生の家に遊びに行っていた。私が総合大学の一分野としての英語科ではなく、語学専門の大学の英語科に進学したのは、そのためだ。
というわけで、私は主に学習を通じて、年長の先輩に教えを乞うて、成長してきた。
いわゆる学習塾や家庭教師、予備校の類に行ったことがない、という意味で独学と言っているが、なにもかも、自力で成長したというのは傲慢だ。
だが、一方で、自ら勉強したいという気持ちが見えない人に、助力したい、という人もいない。
私は自分の参考書は、おこづかいを貯めて買っていたし、ラジオ英会話を何年も続けて聞き続けた。
珍しく家の電話がなると、長谷部さんからだった。
携帯が普及し、たいていは、個人の携帯番号の方に電話を掛けてくる人ばかりなので、”家電”なる言葉まで出現したくらいで、固定電話で、電話を掛けてくる人は珍しい。で、我が家の場合、家電は、大抵は年老いた義理の父が使うもの。 なので、ドキッとする。訃報とか、そういう、大きな用事が多いからだ。
でも、出てみたら、「今日、立ち寄ってくれたのに来客中でごめんね」って内容だった。
私は双葉のスマートインターを利用するときは、大抵、山の帰りに、長谷部さんのところに立ち寄ることにしている。パンだけパッパッと買って、お店の人に「よろしくって言っといてください」と、5分で帰ることもあるし、20分も30分も、山の報告をする時もある。時には、知人や友人を連れていく。連れて行かれた方は「?」となるみたいだけど、そういう時はコーヒーを出してくれたりする。私は長谷部さんを慕って、店に通っている。
最近の若い人は、こういう感覚は分からないみたいだ。仲良しの年長の友達、ってことなんだけど…。
■ 年代を超えた年上の友人
私は、父を知らない。両親は私がまだ幼いころに離別した。母親は、子供たち3人が父を慕うのを嫌った。まぁ、分からないでもない。女手一つで、3人もの子供を抱えたら、そりゃ誰が考えたって、生活は大変だ。その元凶は、ぱっと見には、稼がない夫、飲んだくれの夫、浮気性の夫に見える。(でも、真実はどうなんだろうか?と子供のころから思っていた。)
片親の子供に限らず、すべての子供にとって、母親の機嫌というものは、子供自身の幸福に、絶対的な支配力を持っている。だから、どんな小さな子供でも、母親の機嫌を損なわないよう、細心の注意を払って生きている。ある子は母親の機嫌が悪いのは、良い子でなかったせいだ、と思うし、ある子は、可愛くないといけない、と思う。ある子は母のために戦おうとする。発現の仕方は違うが、どの子も母親の愛情の獲得を巡って、しのぎを削っているという点では同じ土俵の上だ。
我が家の場合、数年に一回くらいの頻度で、ごくたまに父親に会う機会があったりしても、母の手前、何ともバツが悪い。一度なんてクリスマスのプレゼントを受け取っただけで、泣き出してしまったのだ。ただもらうだけでもダメか…。
父親側にしても、何年も会っていなくて、クリスマスなのにプレゼントなしで会うわけにもいかないだろうし。持って行かなくても負け、持って行っても負けの戦だ。子供側にすると、くれたら、もらわなくてはならないし。そういうわけで、父親にとっても子供たちにとっても、面白くない。
そういう事情で、私たち子供3人にとって、親の離婚というのは、離婚したこと、そのものではなく、それをめぐる母親の心理劇に、否応なしに参加させられるのが非常に面倒な、いうなれば、迷惑なことがらだった。
■ 独習の仲間
こういう事情があったので、私は、とりあえず、”なついても、めんどうなことがなく、無難な学校の先生”に、よくなついていた。
先生たちは、えこひいきはいけない、と思っていると思う。けど、やっぱり、えこひいきしてもらったような気がする。本を借りたり、先生の家に他の子と遊びに行ったりしたし、高校進学は、小学校で世話になった恩師の母校、という理由で選んだ学校だった。
特に理科の先生には、なついていた。理科の先生は担任がない。私は小学校で、中学受験をしなくてはならなかったのだが(母の意向で)、もちろん塾などに行くことは考えられないので、結局、小遣いを貯め、参考書を買ってきて、コツコツ問題を解くしかない。
受験している人は知っていると思うが、お受験レベルの勉強なんて、学習進度が1年先くらいの話に過ぎない。つまり6年生なら、中学1年生の知識レベルがあれば、誰でもすぐ解ける。ただ、そんなことは、当然、子供は知らないので、知識を授けられていないと、四苦八苦する羽目になる。一度なんて、三角関数が必要な課題を公式ナシで解こうとして、百科事典の数学のところを血眼になって読んだ。
ちょっと話がズレたが、塾に行かないという選択肢のおかげで、私は学校の担任の先生のところに、分からない問題を聞きに行く。すると、先生は色々と忙しいので、「理科の先生が数学が得意だから行っておいで」と言われることになる。それで理科室に行くと、先生は問題を見てくれるが、先生も考えないと分からないと言う。それで、先生が問題を考えてくれている間、しばらく遊んでいていいことになる。そこで理科の実験の道具の余ったので、色々と遊ばせてもらっていた。
そうしていると、それを見つけた他の子が参加する。最後は、ビーカーにアルコールランプで紅茶を沸かし、ぶどう糖を入れて、みんなで一杯(笑)。
みんなで、というのは、なぜか一緒に数学の問題を解いてくれる友達が、いつのまにかいたからだ。けいちゃん。公文式の数学をやっていて、常に数学での成績トップの男の子だ。ちょっと、ふっくらしている太めの子だ。それで多少いじめにあっている。いつも、私はとりあえず、けいちゃんに数学の分からない問題は、聞きに行く。プライドに掛けて、解いてくれるからだ。けいちゃんも分からないと、先生に聞きに行く。わたしとけいちゃんの同盟は、そういう同盟だった。算数仲間ってところだ。
■ 教えてもらう資質
中学になると、もう少し高度化し、先生たちから、本を貸してもらえることになった。
中学では、私には、すごく頭のいい親友ができた。サー君。学年で常にトップ。運動も5とすごい。
数学の先生なんて、先生が教えずに、私と彼に授業中に、課題を解かせる具合だった。私とサー君が、異なるタイプの解法で答えを出す。それに先生がコメントする。先生は手抜きなんだけど、実は、素晴らしい授業だったんじゃないかって気がする。
高校では、得意を伸ばそうと、論文に力を入れていたので、女性の英語の先生の家に遊びに行っていた。私が総合大学の一分野としての英語科ではなく、語学専門の大学の英語科に進学したのは、そのためだ。
というわけで、私は主に学習を通じて、年長の先輩に教えを乞うて、成長してきた。
いわゆる学習塾や家庭教師、予備校の類に行ったことがない、という意味で独学と言っているが、なにもかも、自力で成長したというのは傲慢だ。
だが、一方で、自ら勉強したいという気持ちが見えない人に、助力したい、という人もいない。
私は自分の参考書は、おこづかいを貯めて買っていたし、ラジオ英会話を何年も続けて聞き続けた。
聞きに行く、質問を用意すると言うのは教わる側でやるべきことだ。
教わる人は、少なくとも何が分からないのか分からないといけないのだ。でないと、教えようがないじゃないか。
■ ドイツ料理 ルーヴェ
長谷部さんと出会ったのは、たまたま私がおいしいランチを食べに、ドイツレストランルーヴェに行ったからだった。化学調味料や保存料の添加物がないソーセージの、おいしいランチセット。
その時、そのレストランの建築物が、あまりに素敵で、ハイカラとかモダンとか形容できそうな、お金も、手間も、十分かけた良いものだと分かったので、建築物の話を色々したのだった。
ルーヴェは、ドイツ人の建築家に頼んでできた建物で、とっても愛らしく、『白雪姫と七人の小人』の小人たちが住んでいそうだ。メルヘンと童話が似合う。ずいぶん、前に立てたようで、すっかり使い込まれてはいるが、しっかりした作りと素材の良さがにじみ出ている。
私は、その頃は、よく北八ヶ岳に通っていたので、北八つの帰りに、またパンを買いに寄る。ここのパンは、酵母から起こしたパンで、とってもおいしい。
「また行ってきたの?!」
「ハイ♪」
というわけで、北八つが好きなら、良い本を貸してあげよう、ということで、『北八つ彷徨』を貸してくださった。
それが事の発端だ。それ以後、ご自身が30年以上前に寄稿された、ツルネ東稜の古い記事だとか、色々な本を貸してくださり、それは次々と私自身の山行になって、結実して行った。
それで、借りた本の返却もあるし、報告することは、これはもう、ほとんど義務だと思って、色々報告に行く。
そういう好循環がつながって、今まで来ている。
■ 大衆化が進行する登山の世界
つい最近は、鳳凰三山の帰りに先輩を連れて行ったら、先輩たちが、古い山雑誌のアルプを見て、喜んでくれて、うれしかった。今、ルーヴェでは、アルプが読める。
アルプは古い山の雑誌で、いまどきアルプなんて知っている人はあんまりいない。歴史を知ろうという人にしか、アルプは目に入らない。が、一時代を築いたといえる雑誌だ。
雑誌と言えば、最近、『岳人』がほとんど廃刊に追い込まれているような事態になって悲しい…。モンベルに買収されて、モンベルの機関紙みたいになってしまったら、一体誰が買うのだろうか?
最近、本屋に立ち寄ってみたら、山と言うか、アウトドア系の雑誌は花盛りだった。そんな中で、硬派の『岳人』が後退しているということは、登山界の世の中の流れをよく表している。
雑誌はよくも悪くも、トレンドを表現している。では、雑誌を見れば、現在のトレンドが分かる、ということも言えるわけだ。
では、今の登山界のトレンドとは、一体どういうことになっているのだろうか?独断と偏見でまとめてみた。
リンクは雑誌のバックナンバーにつながっているので、検証に使ってほしい。
ピークス → 入門の山とソロテント泊縦走 ギアに凝る以外の発展性は乏しく、もうネタ切れ予兆あり。
ワンダーフォーゲル → ガチ化進行中。なわりに低い想定顧客層の実力。
ビーパル → 憧れ系アウトドア。アウトドアズメン、であって山男ではなく、テント泊ではなくキャンプ。擬似アウトドアズメンから、リアルアウトドアズメンへの脱皮を期待したい。
山と渓谷 → 大衆化の劣化
ランドネ → 山ガール御用達本陳腐化進行中。ブームはすでに去っているので…。落穂ひろい。
山の雑誌は、こうしてみると、わざわざ購入する価値がある情報が掲載されているようなものがない。どの雑誌も、北アの一般ルートに、ちょこちょこ他の山域の代表的なルートを付け足したくらいで、お終いだ。つまり進化が入門者止まりだ。
登山は、さらなる大衆化が進行中だ。というのは、登山人口を増やしている主力は、もはや登山雑誌ではないと思われる。
ごく普通の、「ポパイ」だの、「ターザン」、「クロワッサン」、「大人のOFF」といった、登山と関係ない雑誌が、山登りの特集を出していたりする・・・つまり、社会は全体的に自然回帰へと、流れてはいる。
が、その回帰しようとしている、自然への自然観は、まだ幼稚で、別荘地で自然破壊しながら、自然っていいね、って言っているようなレベルに過ぎないってわけだ。
さらに言えば、広告で製作費をねん出している、雑誌の宿命として、モノ中心主義=消費中心主義、から、抜け出せない。
たとえば、山に持って行く、My箸の使い勝手比較とか・・・。箸なんて、割箸がベストなんである。よほどの暇人でない限り、箸の吟味に使う時間は、次の山行のために地図をにらみつける時間に使うべきなんである。
そして、何を買うか?という消費を中心とした生活スタイル自体が、今の時代、もう時代遅れ感満点なんである。
今はもう、何も買わないで過ごすには、どうしたらいいか?な時代なのだ。
ただ、こうして概観してみると、高山のバリエーションに行くようなガチな人が見て、価値がある、と感じるような雑誌は、市場から、姿を消してしまった・・・。
おっと、全然違う話題になってしまったが、長谷部さんから電話があったって話でした☆
■ ドイツ料理 ルーヴェ
長谷部さんと出会ったのは、たまたま私がおいしいランチを食べに、ドイツレストランルーヴェに行ったからだった。化学調味料や保存料の添加物がないソーセージの、おいしいランチセット。
その時、そのレストランの建築物が、あまりに素敵で、ハイカラとかモダンとか形容できそうな、お金も、手間も、十分かけた良いものだと分かったので、建築物の話を色々したのだった。
ルーヴェは、ドイツ人の建築家に頼んでできた建物で、とっても愛らしく、『白雪姫と七人の小人』の小人たちが住んでいそうだ。メルヘンと童話が似合う。ずいぶん、前に立てたようで、すっかり使い込まれてはいるが、しっかりした作りと素材の良さがにじみ出ている。
私は、その頃は、よく北八ヶ岳に通っていたので、北八つの帰りに、またパンを買いに寄る。ここのパンは、酵母から起こしたパンで、とってもおいしい。
「ハイ♪」
というわけで、北八つが好きなら、良い本を貸してあげよう、ということで、『北八つ彷徨』を貸してくださった。
それが事の発端だ。それ以後、ご自身が30年以上前に寄稿された、ツルネ東稜の古い記事だとか、色々な本を貸してくださり、それは次々と私自身の山行になって、結実して行った。
それで、借りた本の返却もあるし、報告することは、これはもう、ほとんど義務だと思って、色々報告に行く。
そういう好循環がつながって、今まで来ている。
■ 大衆化が進行する登山の世界
つい最近は、鳳凰三山の帰りに先輩を連れて行ったら、先輩たちが、古い山雑誌のアルプを見て、喜んでくれて、うれしかった。今、ルーヴェでは、アルプが読める。
アルプは古い山の雑誌で、いまどきアルプなんて知っている人はあんまりいない。歴史を知ろうという人にしか、アルプは目に入らない。が、一時代を築いたといえる雑誌だ。
雑誌と言えば、最近、『岳人』がほとんど廃刊に追い込まれているような事態になって悲しい…。モンベルに買収されて、モンベルの機関紙みたいになってしまったら、一体誰が買うのだろうか?
最近、本屋に立ち寄ってみたら、山と言うか、アウトドア系の雑誌は花盛りだった。そんな中で、硬派の『岳人』が後退しているということは、登山界の世の中の流れをよく表している。
雑誌はよくも悪くも、トレンドを表現している。では、雑誌を見れば、現在のトレンドが分かる、ということも言えるわけだ。
では、今の登山界のトレンドとは、一体どういうことになっているのだろうか?独断と偏見でまとめてみた。
リンクは雑誌のバックナンバーにつながっているので、検証に使ってほしい。
ピークス → 入門の山とソロテント泊縦走 ギアに凝る以外の発展性は乏しく、もうネタ切れ予兆あり。
ワンダーフォーゲル → ガチ化進行中。なわりに低い想定顧客層の実力。
ビーパル → 憧れ系アウトドア。アウトドアズメン、であって山男ではなく、テント泊ではなくキャンプ。擬似アウトドアズメンから、リアルアウトドアズメンへの脱皮を期待したい。
山と渓谷 → 大衆化の劣化
ランドネ → 山ガール御用達本陳腐化進行中。ブームはすでに去っているので…。落穂ひろい。
山の雑誌は、こうしてみると、わざわざ購入する価値がある情報が掲載されているようなものがない。どの雑誌も、北アの一般ルートに、ちょこちょこ他の山域の代表的なルートを付け足したくらいで、お終いだ。つまり進化が入門者止まりだ。
登山は、さらなる大衆化が進行中だ。というのは、登山人口を増やしている主力は、もはや登山雑誌ではないと思われる。
ごく普通の、「ポパイ」だの、「ターザン」、「クロワッサン」、「大人のOFF」といった、登山と関係ない雑誌が、山登りの特集を出していたりする・・・つまり、社会は全体的に自然回帰へと、流れてはいる。
が、その回帰しようとしている、自然への自然観は、まだ幼稚で、別荘地で自然破壊しながら、自然っていいね、って言っているようなレベルに過ぎないってわけだ。
さらに言えば、広告で製作費をねん出している、雑誌の宿命として、モノ中心主義=消費中心主義、から、抜け出せない。
たとえば、山に持って行く、My箸の使い勝手比較とか・・・。箸なんて、割箸がベストなんである。よほどの暇人でない限り、箸の吟味に使う時間は、次の山行のために地図をにらみつける時間に使うべきなんである。
そして、何を買うか?という消費を中心とした生活スタイル自体が、今の時代、もう時代遅れ感満点なんである。
今はもう、何も買わないで過ごすには、どうしたらいいか?な時代なのだ。
ただ、こうして概観してみると、高山のバリエーションに行くようなガチな人が見て、価値がある、と感じるような雑誌は、市場から、姿を消してしまった・・・。
おっと、全然違う話題になってしまったが、長谷部さんから電話があったって話でした☆
Monday, September 8, 2014
新井和也さんの日めくりカレンダー
■新井和也さんの日めくりカレンダー
2012年にお世話になっていた三つ峠ネットワークから、新井和也さんの日めくりカレンダーのお知らせが届きました。
新井さん、去年亡くなってしまったんですよね・・・長次郎の頭で。落石でした。
私は新井さんとは数回、会でお会いして、下山を送ってもらったりしたことがある程度でしたが、亡くなったことがショックで、小屋を一時下山して、追悼登山に出掛けたくらいです・・・。
私は登山という世界が良く分かっていなくて、でも、人に連れて行ってもらう登山は、する気がまったくないという確固とした気持ちはハッキリしており、となると、選択肢は、山岳会は最初からダメだし、ガイド登山はありえないし、講習会しかない!と思っていました。(無邪気だったなー)
その頃は、まだ気を引き締めて、講習会(大町の山岳総合センターの一年コース)を1年我慢して、出さえすれば、技術とか呼ばれているものが何なのか分かり、そして、身に付き、あとは、夫と二人で、雪の赤岳に登っても、誰からも文句を言われなくなる!って思っていたんです。赤岳に行きたかったのは、そもそも夫ですが、彼を確保してあげたかったんです・・・。
今ではそんな無邪気な幻想は捨てましたが・・・。
でも、当時私は、新井さんをイメージしていました。そして亡くなったのがとてもショックでした。まるで、今から私が足を踏み込もうとしている世界は、新井さんを死に追いやったように私を死においやるかもしれない、と自覚したからです・・・。
私は怖くなりました。新井さんに起りうることは私にだって起こりうるからです。実際、バットレスだって、ルンゼを上がっているアプローチなんて、落石の巣です。
そういうわけで、新井さんの死は私の心に大きな衝撃でした・・・ショックでボーとしていて、先輩が心配して、会いに来てくれたくらいです。
新井さんは会の中心的メンバーで、おばちゃんたちからも人気があり、著書も出始め、これからブレークするか!と思われる矢先の出来事でした。
何しろ、山の世界では、クライマーと高山植物の世界の懸け橋になれる人ってすごく少ないのです・・・でも、花って岩っぽい山に多いんですよ。
それに環境問題についての感覚が若い者同士一致していたのです。
私は団塊2世ですが、1世の人たちのイケイケの世界観にはイマイチ共感できません。たとえば、以前大阪のフィットネスクラブで、シャワーを浴びていたのですが、シャワー出しっぱなしなんです。
で、「会費を払っているんだから使わないと損損!」とか言ってるんです・・・必要以上に使っていたら、何が損なのでしょう?
それより、一か月間出張で一回もジムに行く時間が取れなかったワタシは会費返してほしいですよ。一か月休会だと、再入会するほうが損になる料金システム、改めて欲しかったです。(つまり世代間の富の再配分はこんな具合にして行われているんだなぁ。)
でも、新井さんは、そんなオバチャン世代のゴキゲンも損なわず、かといって環境問題には断固とした、厳しい意見を雑誌等に寄せ、本当に頼りになる方でした。
世の中は惜しい人を亡くしました。
このカレンダーは三つ峠山荘で入手可能なそうです。低山もやっと良い季節になってきました。
ぜひ三つ峠マルチピッチクライミングの折には、山荘でカレンダーお求めください。
Wednesday, April 9, 2014
山のパートナー探し
■ しばらくは安泰です♪
私は雪の山に行きたくなり、一人や夫とふたりだけの山行では、行けないラッセルありの山にも、行きたくなってきた・・・というので、仲間を求めることになりました。1年掛けて模索。
で、めでたく山岳会に入会しました☆ これで、環境は整い、しばらくは安泰です♪
しばらくは、というのは、私はクライミング力&パワーが課題で、そして、クライミング力がつくには、結構、時間がかかる。最低、半年はかかるそうなので、ということは、最低限のクライミング力がつくまでは当分パートナーの心配はいらない(笑)。
やるべきことは筋トレです(笑)そして、経験を増やすために、ゲレンデでのクライミングに行くことです。
■ 自立と協調性
山というのは、一人で行って行ける山に行っている間は、協調性とか、協力すること、助け合うことの重要性はあまりわからない。
しかし、一方で、一人で行っている間に、自立するということを覚えなくては、一生山では使い物にならない。”お荷物人材”にしかなれない。
・自立
・協調性
の2点がポイントです。が、問題は、この2点は相反する性質にあるということです。
自立している人がなぜ自立しているか?というと自由を好むからです。
協調性がある人がなぜ協調性があるか?というと、自らの自立する能力不足の代償として協調性を発揮しているからです。
というわけで、山で必要な自立と協調性を見分けるポイントは
・不自由を安全の代償として受け入れる妥協
・自立できないから、つるんでいるのではないこと
です。すべてのメンバーが自立してなおかつ、互いの安全を担保し合うと理解している時、チームは最大に機能します。
逆に依存で成り立つとき、100%の力は発揮できない。足の引っ張り合いになります。
これは学校のクラスでも、会社でも、国でも同じですね。
■ 誰もが成長過程
しかし、自立にはプロセスが必要であり、誰もが成長過程を経て、いうなれば、誰かに教えてもらって、自立を獲得します。
子供が大人になるのと同じです。誰も子供がお荷物とは言わない。誰もが子供時代を過ごすからです。
さらに、お荷物かどうか?は相対的なものでもあり、実力を超える山に行くと、誰でもお荷物になります。
なので、行く山をよく吟味して、自分がお荷物でない山に一緒に行く、あるいは自分がお荷物にならないように準備していく、ということが大切です。
■ 依存と怠惰
人間は弱い。人間的な弱さは許されることです。 でも、それを間違う人もいる。
たとえば、誰でも読める地図。
地図を見ないで山に来る人の何がダメかというと、地図を見るという行為が、基本的に誰でも出来ることだからです。
誰でもできることをやってこなかったら、ただの怠惰です。でも、怠惰は人間の弱さ、誰にもある性質なので許されます。
許されないのは…地図を見ない自分を当然視することです。
ある山行のあと、「私には長かった」と企画した人に向けて、発言するということは、「あなたの選んだルートは私には長いのでもっと短くしてくれ」という意味です。
それは、行くか行かないかを選ぶのは自己責任ではないと考えているということになります。
あるルートを歩けるか歩けないかは自分で考えて自分で判断することです。
「私には長い」発言は、自分に合わせて相手がルートを選ぶべきだ、と言っているのと、結局は突き詰めれば同じになり、これは権利意識が背景にあるという意味になります。
歩けない方に合わせるのが当然だという権利意識ですね。それはダメです。
山行に参加するかしないか?は個人の選択責任です。
自分に合わせて相手がルートを選ぶべきだ、というのはガイドと客の関係です。ガイドはパーティの一番下端に合わせて歩きます。自分が一番弱くて、それでも弱い人に合わせて歩いてもらいたい、と思う人はガイド山行に参加しないといけません。
自分が一番弱いとき、苦しいのは当然。参加すると決めたのは自分だから仕方ない。「あーあ、この人のおかげで遅いよ」と思われるのは当然。
それが嫌なら参加しなければいいのであって、そう思われるのを受け入れるべきです。行くと決めたら頑張る。頑張っていることが見えれば、普通の人は、嫌がりません。頑張らないのが権利になったら行けない。
それは登山道が十分整備されていないと文句をいう登山者に通じます。嫌なら来なければいいだけなのです。
■ 山に自尊心
山の仲間探しは難しい。たった一人の気に合う人を見つけるのは大変。
それは山登りする人みんなの思いらしく、そういう点を語っているウェブサイトなどを読むと、ふむふむと、つい読みふけってしまいます。
良きパートナーを得たいというときに相手の何を見るか?
それは人それぞれだと思いますが、私は、山にプライドと虚栄心を持ち込んでいない人が好きです。
というか、日常生活でも、自尊心に問題がない人が好きです(笑)
自尊心に問題があると、腫れものに触るように扱わねばならず、めんどくさいからです…。
自己顕示欲でいっぱいの人は、褒めてあげないといけないので大変です・・・。
■ 気の合う女性の傾向
大体の傾向として
・仕事を持っている、
・一人暮らし、または既婚
・化粧が薄い、もしくはない
・太っていない
・ブランド志向ではない
・ナチュラル
・タバコは吸わない
・海外経験者が多い
という傾向があります(笑)。
山でお化粧が濃く、香水の匂いをさせ、ダイヤのネックレスを身に着け、ゴールドの指輪をしてブランド志向で肉食、山頂でVサインでポーズを決めていたら…もしかして人種が違うかも…?と思ったりします・・・(笑) 山でなかったら問題ないですけど。
私もパタゴニアやノースをよく着ているし、ウエアが豪華なのは、ちょっと許します(笑)私の師匠はウエアがトレパンだったりし、時々豪華なギアをからかわれたりします。まぁ人間、どこかに弱みがないと。私は良いものは好きです。結局は安くつくし。でも、ブランドロゴに余計な代金を払いたくない。
ブランド志向って今の若い人には少ないんではないですかね?
お金を持っているかいないかにプライドを寄せるのは古さを感じさせます。何しろ今は、”持たない生き方”のほうが合理的な時代なので、おモノ持ちは不自由の証にしかなりません。
■ 気の合う男性の傾向
・プロフェッショナルである
・仕事で有能
・太っていない
・鷹揚
・オタク気味
・エース型
男性でも女性でも、どちらかというと個人で活動し、つるまない人が傾向として気が合います。個人でやる仕事を持っている人、たとえばプログラマーや士業、研究職などの専門職、などの人が、傾向としては気が合う率が高いようです。どっちかというと一匹狼型ですね。
エース型、というか、実力が染み出して、結果人が付いていくタイプですね。あまり社会的には器用なタイプではないかもしれない。
組織人の方が私は合いやすいです。私が組織人だからかな? 一般に会社勤め経験がある人の方が、話が分かりやすいです。自営業の人は損得勘定で計りすぎだと感じます。組織づとめだと、損得勘定が個人間で清算されることは少ないからかな?
体型については、男性は太っていても社会的に損が少ないので太りやすいですが、年齢などを考慮しないとすると、でっぷり太ってしまうのは、健康に留意していない、節制ができていない、という一つの表れかもしれません。男性は基本的に不摂生だと太るので。
節制が出来ている人は仕事もよくでき、仕事ができるかどうかは、男性には大問題と思います。
ただあまりキンキンに痩せていると、筋肉が男性性の象徴になっているので、筋肉がないことに引け目を感じているかもしれません。そういう人は筋肉以外で男性らしさを発揮していることが多い。
それはそれでいいのではないかと。そういう人がこれまで恋人になることが多かったです。私は筋肉隆々としたタイプに魅かれるほうではないみたいで…(笑)
メタボが言われ始めてだいぶ経ちますが、少し前の世代の人はメタボを社会的成功の象徴と見ていた節があり、その価値観とは相容れないモノを感じます。私はバブルを知らないからかな?
大勢でガンガン飲んで…という飲み会は退散決定です。私はどちらかというと、バーでしっとり一人ウイスキーを傾けるタイプです。
■ ザイルパートナー候補
クライミングを始めると、気の合うクライミングメイトと、ザイルパートナーが必要になります。クライミングメイトくらいなら、誰でもなれますよね。
ザイルパートナーというのは、たぶん、あ・うんの呼吸などが必要で、その意味で普通のクライミングメイトより、位が高い(笑)
・私が相手のパートナー試験に合格するか?
・相手が私のパートナー試験に合格するか?
が重要です(笑)
気が合うためには、なぜ山が好きなのか?という、その点が重要だったりしないかと思います。
■ 行き過ぎた人間中心主義を反省するため
登山をなぜ好きなのか?と考えたときに、やはり、どうしてもそこにある自然と言うものを考えずにはいられません。
私がなぜ山に魅かれるか?というと、「行き過ぎた人間中心主義の文明がもつおごりに対する反省」を山の自然に触れることで取り戻すからです。
山は厳しい。人間は小さい。
自然があって、初めて人間が存在できる。 その逆ではない。
このサイトには、いたく共感しました。ピオレドール賞をもらったクライマーがなぜ山に登るのかを語っています。
Why WE Climb
文明というものが、奢ってしまった、自然を超越できると思ってしまった、そのおごりを実感する…そのために山に行くのかな…
一方で、人一人が歩いて制覇できる山…人の足はまだまだ捨てたものじゃないな、とも思います。
だから、自然をやみくもに怖がり、ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てて、自然を破壊し、今そこにある普通の自然から人間を守る必要はない。
が、それ以上に、自然には人間は、そして文明は決して勝てはしない、とも思います。
大地震、悪天候、雪崩、津波、吹雪・・・一旦荒れ狂った自然には、人間は太刀打ちできない。
人間がすごい以上に、自然がすごい。
南沢大滝に行っても、あの巨大な滝を作ってしまうー33度の寒気はすごいと思います。
一方であの30mはあろうかという落差をリードできる人間もすごいなとは思うのですが…それでもやっぱり-33度の方がすごいな。
そういう風に思うので、山頂でピースサインをして写真を撮る、ということにはどうしてもなりません。
私には山頂は単純なる通過点でしかなく、山の機嫌が変わらぬうちに降りなきゃな~という感じ。
もちろん写真は撮りますが、記録用です。下山口に降りてからが達成感の時間です。
山に登っている間は常に山の機嫌をうかがっています。ので、人間の機嫌の方は後回しです。
■ チャットの山
おばちゃんたちの山に私が合わないのは、おばちゃんたちの山は人間の機嫌優先だからなんじゃないかと。
私は高山植物などを見るのも好きなのです。
貧栄養の地に健気に咲く花を見ると、人間もそうあらねばならないと、思ったりします。
貧栄養(つまり人間に例えるなら環境が悪くても)立派に花を咲かせない(つまり生き生きと生きる)言い訳にはならないなと(笑)
おばちゃんたちは、花は見ていないで、お互いのチャットに忙しいんですよね。あと「可愛い~」と叫ぶ。
ちょっと違う。
私の考えでは、花は可愛いから存在価値があるのではなく、その環境に適応して、なおかつ美しく咲くことに自然の驚異や威厳を感じる。
置かれた場所に咲きなさい、という言葉は誰の言葉か忘れましたが、人の行為を戒める言葉ですよね。
■ 男のロマン
一方、生と死の際を行くことを追求する男のロマンの山もたぶん違うようです。
男性は、子供のころから、生と死の間際を探求するのが大好きです。それはもう男性の本能に入っているんだと思います。
小さい男の子たちの、「お前、階段10段跳べる?」と構造的には変わりがありません。ランナウトするほうがかっこいいっていうのはそういう風土があるんでしょうね。
でも、それは私の場合は、10代の屈強な男性にお任せしたいエリアです。
気持ちはなんとなくわかるんですけどね。ひたすらスゴイなと思いますが、私は違う人種だな(笑)
私は弟がいたので、弟はあそこを縫ったり、ここを貼ったりと、怪我ばかりしていて、そんな弟を見るような気持ちになります。
■ 合目的
そうなると、一体、私の山はどんな山なのか?表現するのがとっても難しくなります…
私は山の成否を、目的とどれだけ整合性があるか?で後で判断しています。
・親睦山行
・チャレンジ山行
・クライミング山行
・トレーニング山行
・教育的山行
・癒し山行
全部、山行に求める成果が違います。
親睦の時は、親睦が目的なので体力的ハードルは低く。
チャレンジ山行の時は徹底的に軽量化して、コンディションも整えて。
トレーニング山行なら、ザックは技と重く。
トップロープのクライミングなら、ちょっと難しいラインに行って無理をする。
教育的山行なら良く学べること。
癒し山行なら、山頂で昼寝。
実際の山行目的は、もっと難しく、たとえば、こないだの三つ峠は、初心者の女性二人が将来ザイルパートナーになるにあたって、各人の課題を明らかにする、という目的がありました。
それにとても合目的だった山行だったので、とても充実感がありました。
なので、山行の成否は、まずは山選びから、です。
やはり、登山を志す人なら、今クライミングをしていても、そのクライミングは将来的にルートに出る為ではないでしょうか。
その人がどこまで行けるかは別として…結局は、ハイキングの山にその人自身の山を見出すにしても、そうだと自身の内なる声で分かるまでは、上を目指し、パートナーや山仲間と切磋琢磨する、のが、あるべき登山ライフという気がします。
そういう中では、山行のタイプは色々。
でも、山はハイキングの人にやさしく、チャレンジの人に厳しく、と変わるわけでない。
基本的に山が山であり、厳しい自然であることは変わらないので、基本的な山のオキテには、全員がすべからく基本を学びましょう、ということだと思います。
私は雪の山に行きたくなり、一人や夫とふたりだけの山行では、行けないラッセルありの山にも、行きたくなってきた・・・というので、仲間を求めることになりました。1年掛けて模索。
で、めでたく山岳会に入会しました☆ これで、環境は整い、しばらくは安泰です♪
しばらくは、というのは、私はクライミング力&パワーが課題で、そして、クライミング力がつくには、結構、時間がかかる。最低、半年はかかるそうなので、ということは、最低限のクライミング力がつくまでは当分パートナーの心配はいらない(笑)。
やるべきことは筋トレです(笑)そして、経験を増やすために、ゲレンデでのクライミングに行くことです。
■ 自立と協調性
山というのは、一人で行って行ける山に行っている間は、協調性とか、協力すること、助け合うことの重要性はあまりわからない。
しかし、一方で、一人で行っている間に、自立するということを覚えなくては、一生山では使い物にならない。”お荷物人材”にしかなれない。
・自立
・協調性
の2点がポイントです。が、問題は、この2点は相反する性質にあるということです。
自立している人がなぜ自立しているか?というと自由を好むからです。
協調性がある人がなぜ協調性があるか?というと、自らの自立する能力不足の代償として協調性を発揮しているからです。
というわけで、山で必要な自立と協調性を見分けるポイントは
・不自由を安全の代償として受け入れる妥協
・自立できないから、つるんでいるのではないこと
です。すべてのメンバーが自立してなおかつ、互いの安全を担保し合うと理解している時、チームは最大に機能します。
逆に依存で成り立つとき、100%の力は発揮できない。足の引っ張り合いになります。
これは学校のクラスでも、会社でも、国でも同じですね。
■ 誰もが成長過程
しかし、自立にはプロセスが必要であり、誰もが成長過程を経て、いうなれば、誰かに教えてもらって、自立を獲得します。
子供が大人になるのと同じです。誰も子供がお荷物とは言わない。誰もが子供時代を過ごすからです。
さらに、お荷物かどうか?は相対的なものでもあり、実力を超える山に行くと、誰でもお荷物になります。
なので、行く山をよく吟味して、自分がお荷物でない山に一緒に行く、あるいは自分がお荷物にならないように準備していく、ということが大切です。
■ 依存と怠惰
人間は弱い。人間的な弱さは許されることです。 でも、それを間違う人もいる。
たとえば、誰でも読める地図。
地図を見ないで山に来る人の何がダメかというと、地図を見るという行為が、基本的に誰でも出来ることだからです。
誰でもできることをやってこなかったら、ただの怠惰です。でも、怠惰は人間の弱さ、誰にもある性質なので許されます。
許されないのは…地図を見ない自分を当然視することです。
ある山行のあと、「私には長かった」と企画した人に向けて、発言するということは、「あなたの選んだルートは私には長いのでもっと短くしてくれ」という意味です。
それは、行くか行かないかを選ぶのは自己責任ではないと考えているということになります。
あるルートを歩けるか歩けないかは自分で考えて自分で判断することです。
「私には長い」発言は、自分に合わせて相手がルートを選ぶべきだ、と言っているのと、結局は突き詰めれば同じになり、これは権利意識が背景にあるという意味になります。
歩けない方に合わせるのが当然だという権利意識ですね。それはダメです。
山行に参加するかしないか?は個人の選択責任です。
自分に合わせて相手がルートを選ぶべきだ、というのはガイドと客の関係です。ガイドはパーティの一番下端に合わせて歩きます。自分が一番弱くて、それでも弱い人に合わせて歩いてもらいたい、と思う人はガイド山行に参加しないといけません。
自分が一番弱いとき、苦しいのは当然。参加すると決めたのは自分だから仕方ない。「あーあ、この人のおかげで遅いよ」と思われるのは当然。
それが嫌なら参加しなければいいのであって、そう思われるのを受け入れるべきです。行くと決めたら頑張る。頑張っていることが見えれば、普通の人は、嫌がりません。頑張らないのが権利になったら行けない。
それは登山道が十分整備されていないと文句をいう登山者に通じます。嫌なら来なければいいだけなのです。
■ 山に自尊心
山の仲間探しは難しい。たった一人の気に合う人を見つけるのは大変。
それは山登りする人みんなの思いらしく、そういう点を語っているウェブサイトなどを読むと、ふむふむと、つい読みふけってしまいます。
良きパートナーを得たいというときに相手の何を見るか?
それは人それぞれだと思いますが、私は、山にプライドと虚栄心を持ち込んでいない人が好きです。
というか、日常生活でも、自尊心に問題がない人が好きです(笑)
自尊心に問題があると、腫れものに触るように扱わねばならず、めんどくさいからです…。
自己顕示欲でいっぱいの人は、褒めてあげないといけないので大変です・・・。
■ 気の合う女性の傾向
大体の傾向として
・仕事を持っている、
・一人暮らし、または既婚
・化粧が薄い、もしくはない
・太っていない
・ブランド志向ではない
・ナチュラル
・タバコは吸わない
・海外経験者が多い
という傾向があります(笑)。
山でお化粧が濃く、香水の匂いをさせ、ダイヤのネックレスを身に着け、ゴールドの指輪をしてブランド志向で肉食、山頂でVサインでポーズを決めていたら…もしかして人種が違うかも…?と思ったりします・・・(笑) 山でなかったら問題ないですけど。
私もパタゴニアやノースをよく着ているし、ウエアが豪華なのは、ちょっと許します(笑)私の師匠はウエアがトレパンだったりし、時々豪華なギアをからかわれたりします。まぁ人間、どこかに弱みがないと。私は良いものは好きです。結局は安くつくし。でも、ブランドロゴに余計な代金を払いたくない。
ブランド志向って今の若い人には少ないんではないですかね?
お金を持っているかいないかにプライドを寄せるのは古さを感じさせます。何しろ今は、”持たない生き方”のほうが合理的な時代なので、おモノ持ちは不自由の証にしかなりません。
■ 気の合う男性の傾向
・プロフェッショナルである
・仕事で有能
・太っていない
・鷹揚
・オタク気味
・エース型
男性でも女性でも、どちらかというと個人で活動し、つるまない人が傾向として気が合います。個人でやる仕事を持っている人、たとえばプログラマーや士業、研究職などの専門職、などの人が、傾向としては気が合う率が高いようです。どっちかというと一匹狼型ですね。
エース型、というか、実力が染み出して、結果人が付いていくタイプですね。あまり社会的には器用なタイプではないかもしれない。
組織人の方が私は合いやすいです。私が組織人だからかな? 一般に会社勤め経験がある人の方が、話が分かりやすいです。自営業の人は損得勘定で計りすぎだと感じます。組織づとめだと、損得勘定が個人間で清算されることは少ないからかな?
体型については、男性は太っていても社会的に損が少ないので太りやすいですが、年齢などを考慮しないとすると、でっぷり太ってしまうのは、健康に留意していない、節制ができていない、という一つの表れかもしれません。男性は基本的に不摂生だと太るので。
節制が出来ている人は仕事もよくでき、仕事ができるかどうかは、男性には大問題と思います。
ただあまりキンキンに痩せていると、筋肉が男性性の象徴になっているので、筋肉がないことに引け目を感じているかもしれません。そういう人は筋肉以外で男性らしさを発揮していることが多い。
それはそれでいいのではないかと。そういう人がこれまで恋人になることが多かったです。私は筋肉隆々としたタイプに魅かれるほうではないみたいで…(笑)
メタボが言われ始めてだいぶ経ちますが、少し前の世代の人はメタボを社会的成功の象徴と見ていた節があり、その価値観とは相容れないモノを感じます。私はバブルを知らないからかな?
大勢でガンガン飲んで…という飲み会は退散決定です。私はどちらかというと、バーでしっとり一人ウイスキーを傾けるタイプです。
■ ザイルパートナー候補
クライミングを始めると、気の合うクライミングメイトと、ザイルパートナーが必要になります。クライミングメイトくらいなら、誰でもなれますよね。
ザイルパートナーというのは、たぶん、あ・うんの呼吸などが必要で、その意味で普通のクライミングメイトより、位が高い(笑)
・私が相手のパートナー試験に合格するか?
・相手が私のパートナー試験に合格するか?
が重要です(笑)
気が合うためには、なぜ山が好きなのか?という、その点が重要だったりしないかと思います。
■ 行き過ぎた人間中心主義を反省するため
登山をなぜ好きなのか?と考えたときに、やはり、どうしてもそこにある自然と言うものを考えずにはいられません。
私がなぜ山に魅かれるか?というと、「行き過ぎた人間中心主義の文明がもつおごりに対する反省」を山の自然に触れることで取り戻すからです。
山は厳しい。人間は小さい。
自然があって、初めて人間が存在できる。 その逆ではない。
このサイトには、いたく共感しました。ピオレドール賞をもらったクライマーがなぜ山に登るのかを語っています。
Why WE Climb
文明というものが、奢ってしまった、自然を超越できると思ってしまった、そのおごりを実感する…そのために山に行くのかな…
一方で、人一人が歩いて制覇できる山…人の足はまだまだ捨てたものじゃないな、とも思います。
だから、自然をやみくもに怖がり、ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てて、自然を破壊し、今そこにある普通の自然から人間を守る必要はない。
が、それ以上に、自然には人間は、そして文明は決して勝てはしない、とも思います。
大地震、悪天候、雪崩、津波、吹雪・・・一旦荒れ狂った自然には、人間は太刀打ちできない。
人間がすごい以上に、自然がすごい。
南沢大滝に行っても、あの巨大な滝を作ってしまうー33度の寒気はすごいと思います。
一方であの30mはあろうかという落差をリードできる人間もすごいなとは思うのですが…それでもやっぱり-33度の方がすごいな。
そういう風に思うので、山頂でピースサインをして写真を撮る、ということにはどうしてもなりません。
私には山頂は単純なる通過点でしかなく、山の機嫌が変わらぬうちに降りなきゃな~という感じ。
もちろん写真は撮りますが、記録用です。下山口に降りてからが達成感の時間です。
山に登っている間は常に山の機嫌をうかがっています。ので、人間の機嫌の方は後回しです。
■ チャットの山
おばちゃんたちの山に私が合わないのは、おばちゃんたちの山は人間の機嫌優先だからなんじゃないかと。
私は高山植物などを見るのも好きなのです。
貧栄養の地に健気に咲く花を見ると、人間もそうあらねばならないと、思ったりします。
貧栄養(つまり人間に例えるなら環境が悪くても)立派に花を咲かせない(つまり生き生きと生きる)言い訳にはならないなと(笑)
おばちゃんたちは、花は見ていないで、お互いのチャットに忙しいんですよね。あと「可愛い~」と叫ぶ。
ちょっと違う。
私の考えでは、花は可愛いから存在価値があるのではなく、その環境に適応して、なおかつ美しく咲くことに自然の驚異や威厳を感じる。
置かれた場所に咲きなさい、という言葉は誰の言葉か忘れましたが、人の行為を戒める言葉ですよね。
■ 男のロマン
一方、生と死の際を行くことを追求する男のロマンの山もたぶん違うようです。
男性は、子供のころから、生と死の間際を探求するのが大好きです。それはもう男性の本能に入っているんだと思います。
小さい男の子たちの、「お前、階段10段跳べる?」と構造的には変わりがありません。ランナウトするほうがかっこいいっていうのはそういう風土があるんでしょうね。
でも、それは私の場合は、10代の屈強な男性にお任せしたいエリアです。
気持ちはなんとなくわかるんですけどね。ひたすらスゴイなと思いますが、私は違う人種だな(笑)
私は弟がいたので、弟はあそこを縫ったり、ここを貼ったりと、怪我ばかりしていて、そんな弟を見るような気持ちになります。
■ 合目的
そうなると、一体、私の山はどんな山なのか?表現するのがとっても難しくなります…
私は山の成否を、目的とどれだけ整合性があるか?で後で判断しています。
・親睦山行
・チャレンジ山行
・クライミング山行
・トレーニング山行
・教育的山行
・癒し山行
全部、山行に求める成果が違います。
親睦の時は、親睦が目的なので体力的ハードルは低く。
チャレンジ山行の時は徹底的に軽量化して、コンディションも整えて。
トレーニング山行なら、ザックは技と重く。
トップロープのクライミングなら、ちょっと難しいラインに行って無理をする。
教育的山行なら良く学べること。
癒し山行なら、山頂で昼寝。
実際の山行目的は、もっと難しく、たとえば、こないだの三つ峠は、初心者の女性二人が将来ザイルパートナーになるにあたって、各人の課題を明らかにする、という目的がありました。
それにとても合目的だった山行だったので、とても充実感がありました。
なので、山行の成否は、まずは山選びから、です。
やはり、登山を志す人なら、今クライミングをしていても、そのクライミングは将来的にルートに出る為ではないでしょうか。
その人がどこまで行けるかは別として…結局は、ハイキングの山にその人自身の山を見出すにしても、そうだと自身の内なる声で分かるまでは、上を目指し、パートナーや山仲間と切磋琢磨する、のが、あるべき登山ライフという気がします。
そういう中では、山行のタイプは色々。
でも、山はハイキングの人にやさしく、チャレンジの人に厳しく、と変わるわけでない。
基本的に山が山であり、厳しい自然であることは変わらないので、基本的な山のオキテには、全員がすべからく基本を学びましょう、ということだと思います。
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| 今日の裏山 |
Wednesday, January 22, 2014
初・丹沢
今日は初の丹沢に行ってきました☆ 今回のヤマレコ。
昨日、甲府はぱらつくくらいの雨でした。 ので、一瞬 「冬の雨は…」と山行中止の提案がよぎったものの、「待てよ、場所は丹沢。これは樹氷の大チャンスでは?」と思い返し、悪天候のことはちょっと棚上げしておくことに。
今朝起きてみると甲府は良く冷えた朝でしたが、フロントガラスに着く氷はさほどでもなく、特に寒い朝とは感じられず、中央道を東京方面に向かって走らせると、大月上野原あたりから、期待通りの樹氷でした。朝日が昇ってくる光に、山々がホントに美しいこと!
私は初めて行く場所だったので、ゆとりを見て2時間前に家を出ました。到着したふれあいの館から見た景色はまさに幻想的!でした。
私が雪の山が好きなのは、下界のすべての、下世話なもの・・・ケバケバしい看板、和とも洋風ともつかない、ちぐはぐな現代の建物、それに空を脈絡なく切るみっともない電線・・・
そんな”見目に麗しくないモノ”を白い雪が覆い隠すからですね。
丹沢は湖があるのが、とても良い、と思いました。 右のは鬼ヶ岩の頭から出ている尾根に出る白馬の雪形。
ジョージア・オキーフは人の住まない僻地に住んで絵を搔き続けた女流画家ですが、以前はそうした生活にあこがれていました。
自給自足生活に関して憧れ、ホーソーンにあこがれ、時々は山のふもとの土地の地価を調べたり・・・
しかし、自然に対して知識が増え、経験が増えるにつれ、そうした願いは抱かなくなりました。その、願いの非現実味がよく分かるようになったから。
しかし、都会人がそうした気持ちを抱く理由はよく分かります。そして自然による癒しが必要な訳も、私も通ってきた道です。
■ 丹沢は普段着の山
しかし、今日はやっぱり丹沢という人の息吹が濃い山域に行って、この日本の大地にとって、人という種は増えすぎてしまったんだなぁ・・・としみじみ思いました。
丹沢は、甲府郊外より商店が多く、道路わきに見える家々はびっしり寄せて建ててあり、こんなに人が密集しているんだなぁ・・・と思います。
甲府だって、土地の人は「廃れている」と言いますが、たとえば、メルボルン郊外から見たら驚くほど、商店が凝縮しており、開発の余地がもうない、と、アングロサクソンなら考えるだろうと、いうほどの都会度です。
200年前のローラ・インガルスの時代のアメリカでさえも、メインの森は、狩猟圧が高くて、もはや父さんは一家を養うだけの獲物が得られず、大きな森を跡にし、西部を目指します。
日本では目指す西部はないので、押し出された人口は、山間部へ向かうわけですが・・・それが八ヶ岳などよりもすっかり定着した場所が丹沢と言う感じでした。人の生活が感じられるアプローチ。
そしてそうした場所にあって、山は、やはり自然ではあっても、里山というよりは人の息吹が濃く、悪く言えば手あかにまみれた感じ、よく言えば、温かみのある感じがしました。
山として見たとき、丹沢は、人里に近い、ご近所の普段着の山です。
このあたりに住む人のような人たちは現代版山の民、なのかもしれません。
現代人はどうしてこうも自然と切り離されてしまったのかぁ・・・そんなことを考えました。人が技術を進化させるのは、アリがアリ塚を作ったり、蜂がハチの巣を作ったりするのと同じことで、人にとっての自然であると思うのですが・・・そこに込められた精神が、自然と対立する思想を持ったのは一体どうしてなのだろうか?
そして、さらに悲しいことに現代版の山の民は、自分の住むフィールドをすっかり忘れてしまい、まるで自宅の使い勝手を忘れてしまった家人みたいな状況です。それはもともとは自然の平野であった土地に立つ都会に住む人だって同じことです。自然とはどのようなモノだったのかをすっかり忘れてしまった。
そうした状況が支配的な中で、自然に遊ぶのは、自宅の間取りを、確認するようなことだなぁ・・・と思ったのでした。
尾根の歩き方、大きな木や特徴的な樹木を目印にすること、空を見上げること、遠くのピークを現在地の同定に使うこと、沢を確認すること、雪の道を転ばず歩くこと・・・
そんなことは本当は自分の家をよく知っているかの如くの事柄のはずだったのに・・・
今となっては、防備して出かけ、学んで知識を得、という事柄になってしまいました。 人間の進化する性というものは、ほんとうに悲しい性ですね。
本質的に自然から、乖離してくようにできているのです…だから、人は意識的に自然に寄り添わなければ、自然とはどのようなものだったのか忘れてしまう・・・そんなことを考えた山でした。

快適なる尾根を降ります。
昨日、甲府はぱらつくくらいの雨でした。 ので、一瞬 「冬の雨は…」と山行中止の提案がよぎったものの、「待てよ、場所は丹沢。これは樹氷の大チャンスでは?」と思い返し、悪天候のことはちょっと棚上げしておくことに。
今朝起きてみると甲府は良く冷えた朝でしたが、フロントガラスに着く氷はさほどでもなく、特に寒い朝とは感じられず、中央道を東京方面に向かって走らせると、大月上野原あたりから、期待通りの樹氷でした。朝日が昇ってくる光に、山々がホントに美しいこと!
私は初めて行く場所だったので、ゆとりを見て2時間前に家を出ました。到着したふれあいの館から見た景色はまさに幻想的!でした。
私が雪の山が好きなのは、下界のすべての、下世話なもの・・・ケバケバしい看板、和とも洋風ともつかない、ちぐはぐな現代の建物、それに空を脈絡なく切るみっともない電線・・・
そんな”見目に麗しくないモノ”を白い雪が覆い隠すからですね。
丹沢は湖があるのが、とても良い、と思いました。 右のは鬼ヶ岩の頭から出ている尾根に出る白馬の雪形。
ジョージア・オキーフは人の住まない僻地に住んで絵を搔き続けた女流画家ですが、以前はそうした生活にあこがれていました。
自給自足生活に関して憧れ、ホーソーンにあこがれ、時々は山のふもとの土地の地価を調べたり・・・
しかし、自然に対して知識が増え、経験が増えるにつれ、そうした願いは抱かなくなりました。その、願いの非現実味がよく分かるようになったから。
しかし、都会人がそうした気持ちを抱く理由はよく分かります。そして自然による癒しが必要な訳も、私も通ってきた道です。
■ 丹沢は普段着の山
しかし、今日はやっぱり丹沢という人の息吹が濃い山域に行って、この日本の大地にとって、人という種は増えすぎてしまったんだなぁ・・・としみじみ思いました。
丹沢は、甲府郊外より商店が多く、道路わきに見える家々はびっしり寄せて建ててあり、こんなに人が密集しているんだなぁ・・・と思います。
甲府だって、土地の人は「廃れている」と言いますが、たとえば、メルボルン郊外から見たら驚くほど、商店が凝縮しており、開発の余地がもうない、と、アングロサクソンなら考えるだろうと、いうほどの都会度です。
200年前のローラ・インガルスの時代のアメリカでさえも、メインの森は、狩猟圧が高くて、もはや父さんは一家を養うだけの獲物が得られず、大きな森を跡にし、西部を目指します。
日本では目指す西部はないので、押し出された人口は、山間部へ向かうわけですが・・・それが八ヶ岳などよりもすっかり定着した場所が丹沢と言う感じでした。人の生活が感じられるアプローチ。
そしてそうした場所にあって、山は、やはり自然ではあっても、里山というよりは人の息吹が濃く、悪く言えば手あかにまみれた感じ、よく言えば、温かみのある感じがしました。
山として見たとき、丹沢は、人里に近い、ご近所の普段着の山です。
このあたりに住む人のような人たちは現代版山の民、なのかもしれません。
現代人はどうしてこうも自然と切り離されてしまったのかぁ・・・そんなことを考えました。人が技術を進化させるのは、アリがアリ塚を作ったり、蜂がハチの巣を作ったりするのと同じことで、人にとっての自然であると思うのですが・・・そこに込められた精神が、自然と対立する思想を持ったのは一体どうしてなのだろうか?
そして、さらに悲しいことに現代版の山の民は、自分の住むフィールドをすっかり忘れてしまい、まるで自宅の使い勝手を忘れてしまった家人みたいな状況です。それはもともとは自然の平野であった土地に立つ都会に住む人だって同じことです。自然とはどのようなモノだったのかをすっかり忘れてしまった。
そうした状況が支配的な中で、自然に遊ぶのは、自宅の間取りを、確認するようなことだなぁ・・・と思ったのでした。
尾根の歩き方、大きな木や特徴的な樹木を目印にすること、空を見上げること、遠くのピークを現在地の同定に使うこと、沢を確認すること、雪の道を転ばず歩くこと・・・
そんなことは本当は自分の家をよく知っているかの如くの事柄のはずだったのに・・・
今となっては、防備して出かけ、学んで知識を得、という事柄になってしまいました。 人間の進化する性というものは、ほんとうに悲しい性ですね。
本質的に自然から、乖離してくようにできているのです…だから、人は意識的に自然に寄り添わなければ、自然とはどのようなものだったのか忘れてしまう・・・そんなことを考えた山でした。
快適なる尾根を降ります。
Friday, December 20, 2013
登山をいかに学ぶか?その③
■ MECEでない
読者の方から、
1)優れたガイドにつく
2)講習会に出る
3)山岳会に入る
4)独学
はMECEでないという指摘をいただきました。
1)優れたガイドにつく
2)講習会に出る
3)山岳会に入る
4)独学
の他に
5)優れた師匠につく
6)同じ目的を持った仲間と切磋琢磨する
ややこしいのは、山岳会です。
2)+5)+6)=山岳会
のような位置づけに少なくとも歴史的にはあったはずです。(私は知りません、想像するだけ)
つまり講習会もやってくれて、優れた師匠もおり、仲間と切磋琢磨することができた。
しかし、山岳会は衰退が叫ばれ始めて久しいものです。
衰退とは裏腹に登山人口は増えている、というまさに文字どおり歴然とした事実があるわけです。
■ 無料から有料化の流れ
じゃどうなってしまったのか?というと、山岳会が担っていた役割というのは、単純に考えると外注、アウトソースされた訳ですね。
それがおそらく
・一般ルート → ツアー登山
・バリエーションルート → ガイド登山
であり、両方とも、それまでのサービスが、無料→有料 へ移行した、ということですから、
基本的に社会が豊かになったことを示すものかもしれません。
■ 機能細分化
アウトソースされた、という意味では山岳会が担っていた機能が分解された、という意味です。
・講習会
・良き先輩
・良き仲間
・安全の傘
・伝統
これらが分解された中身になるでしょうか・・・(他にありましたらぜひご指摘ください)
■ どこが時代遅れなのか?
問題は、「なぜ時代は、山岳会という組織にNoと言ったのか?」です。
まぁ平たく言うと、山岳会は時代遅れになったわけですが…考えられるのは組織のフレームワークの問題です。
つまり中身はニーズがあるのに、それを包んでいる枠組みが古く時代に合わなくなった、ということですね。新しいぶどう酒に古い革袋は合わなかった訳です。
・トップダウン型
・集合&団体行動を基本とする行動形式
・体育会系指導
などがパッと思いつく当たりでしょうか…(他にありましたら、ぜひ追加してください)
まぁ要するに、それまでは多少のネガティブな面があっても我慢していたことを、我慢しなくなったがために山岳会が担っていた機能が有料化されて、ツアーやガイドとなった、ということですから、ツアー登山やガイド登山が提供しているサービスの内容を考えると、何が求められているのか分かりそうです。
≪ツアー登山&ガイド登山が提供しているサービス≫
・集合場所に来るだけで最後まで面倒をみてくれる
・山行報告など書かなくて良い
・指導はされない
・登らせてくれる
まぁ要するに利便性ですね。メンバーシップは同じように求められていますが、発揮しない人が多いです。
基本的な「山に行きたい!」というニーズ自体は根強く存在し続けている…
そこのところは確実ですね。
■ HOW
したがって、問題の核心は”What”ではなく、”HOW”にあります。
何をするかではなく、いかにするか? が時代により変遷した…
そこでより時代にマッチしたHOW、やり方を模索するべし、となるわけですが…
・非トップダウン型のフラットな組織
・少数を基本の行動単位とする行動形式
・非体育会系的指導 (文化的な要素の強い山行)
・簡便な参加方式
・山行参加以外の付帯作業、業務の軽減、もしくはゼロ化
をするのが、時代に受け入れやすくなります。
しかし… そうすると…
・例会なしのその場限りの登山集団
・リーダー不在のグループ登山
・体力&技術力なしの登山集団
・企画力なしの登山者
・自覚力なしの登山者
を作ってしまうわけで、誰が見ても分かりますが…遭難まっしぐら! ですね!!!
今年は遭難件数が過去最大だそうですが、これは去年もそのまえの年も聞いたようなセリフですので、結末はすでに歴史的事実の裏付けが得られつつあるわけです…
結局、こうした否定的要素を取り除いた、新たな組織形態が求められているわけです。
その解はまだ誰も出していない…というところでしょうか。
■ 緩い会
私が思うには、時代は大変進化して、地理的な制約が非常に小さくなりました。
私は20年前に当たる学生のころからメールで海外とやり取りしていますし、当時1分300円くらいだった国際電話は今では無料でスカイプチャットです。私は国際会議はネットでやっていました。
けれども、登山は山に登るので、地理的な制約が非常に大きい活動ともいえますよね。
さらになぜか登山をする人たちの間ではインターネットは敵とみなされる傾向があります…そればかりか拡大解釈されテクノロジー全般は敵という見方をする人も多いです…
が、GPSで現在地が分かれば、万が一の時も安心だし、今やメール以外で連絡手段なんて(たとえばFAXとか…)アリエナイ…不便すぎます。
また強いリーダーがいるリーダーシップの強い会も、独裁制から民主制の流れは否めないようです。
(独裁制のガイドツアーも知っています)
というわけで、昔から山をやっている人たちには否定されることの多い、緩い会が、いまのところ、妥協ではあってももっとも現実に即した形態になるのではないか?という結論になってしまいます。
■ ビジョン
これで形態は、妥協案とはいえ、固まりました。
次は中身となりますが… 問題は 同じ目的を持った、と言う部分です。
目的意識が不明確だと、誰でも参加することになってしまい、それでは崩壊まっしくぐら、です。
これはしかし、定義が難しい…価値観の問題だからです。
流行の言葉で言うと、ビジョン、とか、 組織だったらクレド―とか、ですね。うまくいっている組織には
かならずクレド―やビジョンがあります。
という訳で、同じ山行で同じ山に行っても いかに行くか?はそのビジョンやクレド―で決まるわけです。
同じ目的を持った人たちでないと山はツマラナイ…これは誰もが経験する真実ですね。
昔はこれが、伝統や地域的な結束だったのではないでしょうか?嫌な奴でも、気が合わなくても、地域的に同じ場所にいるから仲間として登る。 伝統はそれとなく、ビジョンを示して、会の大まかな方向性を決める。
しかし、今はそれが機能しなくなり、明確なメッセージ性がなければ人は集わなくなりました。
■ 子弟制度 個vs個
ここまで、山岳会という形に落とし込むことに、こだわってみてきましたが、実は山の世界は子弟制度も長く伝統にあります。
私が知っているガイドさんはある有名なガイドさんのお弟子さんです。山梨のジムは一人のクライマーから派生したお弟子さんがやっているジムがほとんどです。
なので、強力な個人のカリスマ性がある人が、弟子をとる、という形もある。
山岳会が提供していた子弟制度だとギブ&テイクが(集団)対(個)となりますが、師匠とであれば(個)vs(個)となります。
A) 山岳会(集団) vs 会員(個)
B) 師匠(個) vs 弟子(個)
つまり B)のほうが痛みが大きく、リスクが高いと思います。 私個人はB)タイプの人です。友達は少なく深くを好みますから、関係も狭く深くを好みます。
■ 切磋琢磨する仲間
私は 今、仲間と切磋琢磨する、という選択肢を見つけたいという感じです。ところが、山岳会のところと同じで、同じビジョンの人はなかなかいません。
最近、私は一緒に行く山仲間の、
・体力
・スキルレベル
・山経験度
は重要ではないと思っています。
体力が私より上で、スキルが私より上で、山経験がさらに豊富、であっても、私自身が一緒に行きたくない人もいるからです。 体力やスキルがない人と山に行くには山を選べばいいだけだし。
となれば、行きたい人というのはどういう人でしょうか?
■ 行きたい人を発見するために行きたくない人を考える
価値観と言うのはその逆を考えれば明らかになりますから、その逆を考えてみます・・・
・山にゴミを捨てる人
・連れて行ってもらうのが当然だと思っている人(権利意識が強い人)
・弱った仲間をおいても山頂に行きたい人(わがままな人)
・人間的に心が弱い人
・ギブ&テイクではなく、一方通行な人
・愚痴が多い人
・山自慢をする人
・山に一か八かのスリルを求める人
・すぐくじける人
・準備を周到にしない人
・お酒に飲まれる人
・山そのものに興味がない人
・人の話を聞かない人
・ミーハーな人
・時間にルーズな人
人間ですから、多少の怠惰や羽目を外すということは大目に見あってフォローし合うのが、よき仲間と思いますが、ちょっと大丈夫かなと思うのは、
登りたい気持ちばかりが強くて、リスクに無頓着な人
です。 リスクに無頓着と言うか、リスク自体に気が付いていない人も多いような気がします。
それは、たぶん、勉強しないからですね。勉強しないのはやっぱり山自体に興味がないから。
山のことは山に入れば学べるとはいえ、人間は一人だけでは観察眼に限界がありますから、やはり感性だけでなく知識で感性を補充するのも必要かもしれません。
ガイドさんでも山を勉強しない人はたくさんいるようで用心、と思っています。
しかし、ここまで考えても、一緒に行くべき人を発見するのは、大変ですねぇ・・・・
読者の方から、
1)優れたガイドにつく
2)講習会に出る
3)山岳会に入る
4)独学
はMECEでないという指摘をいただきました。
1)優れたガイドにつく
2)講習会に出る
3)山岳会に入る
4)独学
の他に
5)優れた師匠につく
6)同じ目的を持った仲間と切磋琢磨する
ややこしいのは、山岳会です。
2)+5)+6)=山岳会
のような位置づけに少なくとも歴史的にはあったはずです。(私は知りません、想像するだけ)
つまり講習会もやってくれて、優れた師匠もおり、仲間と切磋琢磨することができた。
しかし、山岳会は衰退が叫ばれ始めて久しいものです。
衰退とは裏腹に登山人口は増えている、というまさに文字どおり歴然とした事実があるわけです。
■ 無料から有料化の流れ
じゃどうなってしまったのか?というと、山岳会が担っていた役割というのは、単純に考えると外注、アウトソースされた訳ですね。
それがおそらく
・一般ルート → ツアー登山
・バリエーションルート → ガイド登山
であり、両方とも、それまでのサービスが、無料→有料 へ移行した、ということですから、
基本的に社会が豊かになったことを示すものかもしれません。
■ 機能細分化
アウトソースされた、という意味では山岳会が担っていた機能が分解された、という意味です。
・講習会
・良き先輩
・良き仲間
・安全の傘
・伝統
これらが分解された中身になるでしょうか・・・(他にありましたらぜひご指摘ください)
■ どこが時代遅れなのか?
問題は、「なぜ時代は、山岳会という組織にNoと言ったのか?」です。
まぁ平たく言うと、山岳会は時代遅れになったわけですが…考えられるのは組織のフレームワークの問題です。
つまり中身はニーズがあるのに、それを包んでいる枠組みが古く時代に合わなくなった、ということですね。新しいぶどう酒に古い革袋は合わなかった訳です。
・トップダウン型
・集合&団体行動を基本とする行動形式
・体育会系指導
などがパッと思いつく当たりでしょうか…(他にありましたら、ぜひ追加してください)
まぁ要するに、それまでは多少のネガティブな面があっても我慢していたことを、我慢しなくなったがために山岳会が担っていた機能が有料化されて、ツアーやガイドとなった、ということですから、ツアー登山やガイド登山が提供しているサービスの内容を考えると、何が求められているのか分かりそうです。
≪ツアー登山&ガイド登山が提供しているサービス≫
・集合場所に来るだけで最後まで面倒をみてくれる
・山行報告など書かなくて良い
・指導はされない
・登らせてくれる
まぁ要するに利便性ですね。メンバーシップは同じように求められていますが、発揮しない人が多いです。
基本的な「山に行きたい!」というニーズ自体は根強く存在し続けている…
そこのところは確実ですね。
■ HOW
したがって、問題の核心は”What”ではなく、”HOW”にあります。
何をするかではなく、いかにするか? が時代により変遷した…
そこでより時代にマッチしたHOW、やり方を模索するべし、となるわけですが…
・非トップダウン型のフラットな組織
・少数を基本の行動単位とする行動形式
・非体育会系的指導 (文化的な要素の強い山行)
・簡便な参加方式
・山行参加以外の付帯作業、業務の軽減、もしくはゼロ化
をするのが、時代に受け入れやすくなります。
しかし… そうすると…
・例会なしのその場限りの登山集団
・リーダー不在のグループ登山
・体力&技術力なしの登山集団
・企画力なしの登山者
・自覚力なしの登山者
を作ってしまうわけで、誰が見ても分かりますが…遭難まっしぐら! ですね!!!
今年は遭難件数が過去最大だそうですが、これは去年もそのまえの年も聞いたようなセリフですので、結末はすでに歴史的事実の裏付けが得られつつあるわけです…
結局、こうした否定的要素を取り除いた、新たな組織形態が求められているわけです。
その解はまだ誰も出していない…というところでしょうか。
■ 緩い会
私が思うには、時代は大変進化して、地理的な制約が非常に小さくなりました。
私は20年前に当たる学生のころからメールで海外とやり取りしていますし、当時1分300円くらいだった国際電話は今では無料でスカイプチャットです。私は国際会議はネットでやっていました。
けれども、登山は山に登るので、地理的な制約が非常に大きい活動ともいえますよね。
さらになぜか登山をする人たちの間ではインターネットは敵とみなされる傾向があります…そればかりか拡大解釈されテクノロジー全般は敵という見方をする人も多いです…
が、GPSで現在地が分かれば、万が一の時も安心だし、今やメール以外で連絡手段なんて(たとえばFAXとか…)アリエナイ…不便すぎます。
また強いリーダーがいるリーダーシップの強い会も、独裁制から民主制の流れは否めないようです。
(独裁制のガイドツアーも知っています)
というわけで、昔から山をやっている人たちには否定されることの多い、緩い会が、いまのところ、妥協ではあってももっとも現実に即した形態になるのではないか?という結論になってしまいます。
■ ビジョン
これで形態は、妥協案とはいえ、固まりました。
次は中身となりますが… 問題は 同じ目的を持った、と言う部分です。
目的意識が不明確だと、誰でも参加することになってしまい、それでは崩壊まっしくぐら、です。
これはしかし、定義が難しい…価値観の問題だからです。
流行の言葉で言うと、ビジョン、とか、 組織だったらクレド―とか、ですね。うまくいっている組織には
かならずクレド―やビジョンがあります。
という訳で、同じ山行で同じ山に行っても いかに行くか?はそのビジョンやクレド―で決まるわけです。
同じ目的を持った人たちでないと山はツマラナイ…これは誰もが経験する真実ですね。
昔はこれが、伝統や地域的な結束だったのではないでしょうか?嫌な奴でも、気が合わなくても、地域的に同じ場所にいるから仲間として登る。 伝統はそれとなく、ビジョンを示して、会の大まかな方向性を決める。
しかし、今はそれが機能しなくなり、明確なメッセージ性がなければ人は集わなくなりました。
■ 子弟制度 個vs個
ここまで、山岳会という形に落とし込むことに、こだわってみてきましたが、実は山の世界は子弟制度も長く伝統にあります。
私が知っているガイドさんはある有名なガイドさんのお弟子さんです。山梨のジムは一人のクライマーから派生したお弟子さんがやっているジムがほとんどです。
なので、強力な個人のカリスマ性がある人が、弟子をとる、という形もある。
山岳会が提供していた子弟制度だとギブ&テイクが(集団)対(個)となりますが、師匠とであれば(個)vs(個)となります。
A) 山岳会(集団) vs 会員(個)
B) 師匠(個) vs 弟子(個)
つまり B)のほうが痛みが大きく、リスクが高いと思います。 私個人はB)タイプの人です。友達は少なく深くを好みますから、関係も狭く深くを好みます。
■ 切磋琢磨する仲間
私は 今、仲間と切磋琢磨する、という選択肢を見つけたいという感じです。ところが、山岳会のところと同じで、同じビジョンの人はなかなかいません。
最近、私は一緒に行く山仲間の、
・体力
・スキルレベル
・山経験度
は重要ではないと思っています。
体力が私より上で、スキルが私より上で、山経験がさらに豊富、であっても、私自身が一緒に行きたくない人もいるからです。 体力やスキルがない人と山に行くには山を選べばいいだけだし。
となれば、行きたい人というのはどういう人でしょうか?
■ 行きたい人を発見するために行きたくない人を考える
価値観と言うのはその逆を考えれば明らかになりますから、その逆を考えてみます・・・
・山にゴミを捨てる人
・連れて行ってもらうのが当然だと思っている人(権利意識が強い人)
・弱った仲間をおいても山頂に行きたい人(わがままな人)
・人間的に心が弱い人
・ギブ&テイクではなく、一方通行な人
・愚痴が多い人
・山自慢をする人
・山に一か八かのスリルを求める人
・すぐくじける人
・準備を周到にしない人
・お酒に飲まれる人
・山そのものに興味がない人
・人の話を聞かない人
・ミーハーな人
・時間にルーズな人
人間ですから、多少の怠惰や羽目を外すということは大目に見あってフォローし合うのが、よき仲間と思いますが、ちょっと大丈夫かなと思うのは、
登りたい気持ちばかりが強くて、リスクに無頓着な人
です。 リスクに無頓着と言うか、リスク自体に気が付いていない人も多いような気がします。
それは、たぶん、勉強しないからですね。勉強しないのはやっぱり山自体に興味がないから。
山のことは山に入れば学べるとはいえ、人間は一人だけでは観察眼に限界がありますから、やはり感性だけでなく知識で感性を補充するのも必要かもしれません。
ガイドさんでも山を勉強しない人はたくさんいるようで用心、と思っています。
しかし、ここまで考えても、一緒に行くべき人を発見するのは、大変ですねぇ・・・・
Monday, December 16, 2013
不幸な出会い、すれ違いの出会い、幸福な出会い
登山を趣味にしていると“出会い”というものが、一種独特な、その人の山ライフを決定するような、重要な要因となる…。
■ 山岳総合センターとの不幸な出会い
思えば、山岳総合センターのリーダー講習とは、最初から不幸な出会いでした。
なぜなら、私は、当時、ほぼ東京にある山岳会への参加を秒待ちにしていて、センターでの講習会は偶然ネットで見かけ、目標到達点が八ヶ岳の全山縦走だったためにふと、気持ちが動いて、応募したものでした。
ここは、山行履歴を出させたりするので、誰でも入れる、という訳ではない。参加OKの連絡が来た時は、ちょっと”合格”の通知をもらったようで、うれしいような気がしたのでした。良い子病の悪い発病事例かもしれません。
山岳会は、いつでもだれでも入れるけれど、センターの研修は一生に一回しか出ることができない、と思い、リーダー講習へ。
この時、私の頭にあったのはネットで見た(町内の山)国立登山研究所での講習です。体力的にしごかれ、厳しいけれど、リスクにしっかり備えさせてくれることができる。そんな講習が頭にありました。
■ 女性用大型ザック・・・
初回、装備の説明があり、装備表が渡されました。そこには次回までに、「70ℓ以上のザック」を購入するように、とありました。
私は、当時、雪山はテント泊は初めてやったくらいで、個人で行く限り、装備はそう多くなく、70ℓもの大型ザックのニーズについて、理解ができませんでした。そこで講習中は、周囲に聞きまくっていました。何しろ37リットルのバリアントで、テント泊も特に困っていなかったのです。
・共同装備と言うのは、どれくらいの負担があるのか?
・身長180cmの男性も、150cmの私も同じ70リットルというのは、おかしくないか?
・女性用の大型ザックでおススメは何か?
しかし、お風呂にゆく貸切バスの中では、大型ザックを持っていないことをクラスメートに、散々笑われただけで、結局、3つの疑問に対する答えは得られなかったのでした。
実は昨日、アラスカのデナリ登山から帰ってきた女性登山家に同じ質問をしたところ、彼女は、通常の冬山バリエーションは55ℓのバリアントだそうです。女性であれば、体格が小さいのでサイズは60ℓあれば十分だそうです。海外登山で、さらに持ち物が増え、それで間に合わないときは、背面長などのフィット感はあきらめて、痛くても重くても、背負うしかないのだそうです。
今思えば、山岳総合センターでは、たぶん、女性の登山者が本格的な登山を始めようと言う場合に、戸惑いがちな問題点について、的確に回答できる知識と経験がある人がいなかったのです。
■ ザック事件
このザックの件は、後日さらに不幸な出会いを生むことになります。
ザックを購入しようと、大阪や東京の山道具屋で、色々探しましたが、女性用の大型ザックと言うのは、そもそも70Lなんて市場に出回っておらず、さらにSサイズはないし、高額なため、どれも選べず(当然です、ニーズが絞られていないのですから)、結局、バリアントで、初回は参加することにしました。一回目の雪上研修は、小さい手持ちのザックで良いか?とセンターの先生に聞くと、良いよ、という答えだったので。
そこで、37リットルのバリアントで臨んだわけですが…これがまた、共同装備の分担の時に、散々バカにされました(汗)。
それは、ザックが小さい=重量を担ぐ気がない=パーティに貢献する気がない という図式だからです。
なので、皆にゴマメ扱いされるのは、それは致し方ない、のです。
が、結局のところ、4人の装備重量は、20kg、19kg、18kg、17kgでした。
女性の私が17kgで、男性の残り三人が、それぞれ1kgづつ増えて、20~18kgというのは、肉体がもつ筋肉量と比較して別に自慢になるような負担の増加ではないと思います。私は女性の中でも、小さいほうです。
装備分担はテントやロープ(2本)、スノーバー各自1、などです。後はほとんどガチャ類です。
私のバリアントに入れると、当然、外付けしないとヘルメットなどは入らないわけですが、「オレは外付けキライ」とは講師の弁。(それは、もっともです)
私はチームに貢献する気がないと思われるのがとても嫌だったので、山岳総合センターで講習が終わり、後は夕食と飲み会だけとなったタイミングで、受付に「ザックを購入してくるので、夕食のお弁当はどなたか食べてくださって結構です。飲み会時に戻ります」と言づけて、近所の安曇野のモンベルまでザックを購入に出かけたのでした。ちょうど運悪く、廻りに言づける人がだれもいなかったのです。
その時、買ったのがモンベルのアルパインパック60のSです。すぐ使うからと、背中のボーンも合わせてもらい、タグも取って、ザックをつかんで、とんぼ返りでした。
帰ってみると、総合センターでは、私は「時の人」になっていました(汗) 飲み会の真っ最中でしたが、私がいなくなったのが上手く、受付から先生たちに伝わっておらず、先方は、びっくりしてしまったみたいです。リーダー格の先生に叱られるわ、で大変。(の割には、みんなお酒を飲んで盛り上がっていましたけど・・・)
この時は、翌日テント泊一泊の講習の講師を務めてくれる先生との初の出会いになるわけですが、このザック事件が引き出したのは不幸な出会い、でした。
「こういうことをする奴は、山でも同じような勝手な行動をする」と講師が言ったのです。
私は、今でもザックを買いに出かけたことを”勝手な行動”とも、”無責任な行動”とも思っていません。拘束される時間は終わっていましたし、夕食の時間をザック購入に充てると言うくらいの、自分の行動に対する自由は、大人にはあって当然だ、と思いますし。
この発言は、今から山に一緒に入りましょう、というチームビルディングを目的にしている、飲み会で発せられた言葉だったので、むしろ、この講師の資質を疑いました。なにしろ、受講生は世間を知らない高校生ではなく、一通り、社会を知っている社会人ですから・・・
私は「そういう風に考えられるのならば、明日の参加は取りやめます。山に入る前から信頼がおけないと考えている人間と山に入るのはおかしなことです。明日は自宅に帰ります」と伝えました。
この講師は、大急ぎで前言を撤回しましたが、すでに時遅しで、私のその講師に対する信頼は基本的に、この人、大丈夫?という疑問マークつきになっていました。スイマセン。
飲み会では、私のおニューの60Lザックを背負ってみたり、とみんな大はしゃぎでフォローしてくれましたが、60のザックは大柄な男性の背中では、とっても小さく見えました・・・(汗)。
翌日、ザックに詰め直してみると60Lのザックに詰め直しても、そんなに変わるわけではなく、バリアントは拡張性の高いザックなのだ、ということが確認できたくらいでした。
そこで個人装備で持って行こうとしていた嗜好品(ウイスキー)を減らしたくらいです。
≪豆知識≫
・ザックには用途があります。アルパイン向け、バックパッキング向け、クライミング向け、ウルトラライトなど。
・バリアントは雪山をやりたい人に良いザックです。
≪関連記事≫
講習会に行ってきました http://stps2snwmt.blogspot.jp/2013/04/blog-post_29.html
針ノ木雪渓雪上訓練の反省 http://stps2snwmt.blogspot.jp/2013/04/blog-post_30.html
■ 罰ゲーム ラッセル
翌日、さらに講習会とは不幸な出会いが続きます… 快晴の扇沢は、素晴らしい山日和でした。

スキーヤーがむしろ多いような、登山客に交じって出発する私たちは、厳冬期と同じ完全雪山防備。ヘルメットも、かぶり、ハーネスやスノーバーも持ち、一体どこのヒマラヤの山にアタックするのか?というような重装備です。
私は、この時はまだ無邪気に、「すごいなー、みんな~。みんなに迷惑を掛けないように、私も遅れず、ついていかなくっちゃ」と自分が足をひっぱることを心配していたのでした。何しろ、私は、まだ雪山3年目、夏山は1年しか知らない山新参者ですから。ザックだって、大型のは持っていなかったくらいなんですから。
何班かに分かれて出発しますが、テント泊予定地の大沢小屋までは1時間半の、谷間をゆく、平坦な道のりです。そこで、また事件があったのでした。
というのは、同じ班になった人たちの足が遅かったのです…。
ザック重量は前述の通りです。私は弱い人の定位置でセカンドで、講師と歩いていくと、なぜか二人だけになってしまうのでした。みんな、前日お酒を飲みすぎたのでしょうか。
私は振り返りつつ歩くことに…結局、講師からトレースを外して歩くように指示されました。トレースを外して歩く、と言うことは、ようするに、ラッセルしろということです。
今思えば、講師からしてみれば、余裕がありそうだから、ラッセルの仕方も見てあげよう、という単純な好意だったと思うのですが、昨日のザック事件があった身からすると、不必要な場所でのラッセルは、単純に罰に感じられました。大体、ラッセルって登山の中では力仕事で、みんなができればしたくない、と思うことなので…。
■ ずらりツールと体力・スキル不足
私は、いまだに岩講習も受けたことがないです。
なので、当然4月当時は、エイトノットもムンターもクローブヒッチも、つい最近、初めて習ったところでした。当然、クライミングシステムや確保理論についても、何も知りませんでした。今年の4月です。
懸垂下降は、カラビナで一回だけしたことがあるだけ。確保器は、装備の指定にあるから持ってはいるけれど、使ったことがない状態でした。
講習は、そんな私を含む4人で、雪上で懸垂下降、フィックスロープの通過、などです。
クラスメートの男性たちは、ずらりと登攀具をたすき掛けにして、戦地に出向く勇者のようないでたち…。
私は最小限の指定されたスリングとカラビナしか持っていないのとは大違い、でした。ずらりと、胸の前にぶら下がるヌンチャク、重そう。みんな、この講習以前に山岳総合センターの講習に通っている、とのことでした。
クラスメートの足をひっぱらないか、心配です…ところが、また事件が。講師がアンザイレンのためにエイトノットを結ばせようとすると、私以外の3人は、エイトノットができなかったのです…。
これには、講師だけでなく、私も面食らいました。というのは、前回の講習で習ったので、それくらいは確実にしよう、と私は家で復習して来たからです。それにズラリ登攀具をぶら下げた姿とは、あまりに実質が違いすぎました。
ここでまた講師、爆弾発言。 「オレ、ヤダ。こんなやつらに教えるの。ロープワーク出来ないんだもん」
私もそう思うのは当然だとは思いましたが、思うのと、発言して良いのは別で、発言してはいけないシーンではなかったか、と思います。
講習は一気にムードが下がり、結局、ほとんど休んでいる時間の方が長いような講習内容になってしまいました。
■ 重さの訳
夜のテント泊は、さらに問題でした… というのは、クラスメートから出てきた装備が、厳冬期用の6cm厚のスリーピングマットや、分厚いシュラフだったからです。
つまり、装備の重さはコレ…?
時はGW…雪上で寒いとはいえ、厳冬期用の装備がいる時期ではなく、軽量化が可能です。
6人用テントに5人で寝るのに狭いから、自分だけ縦に寝る、と言い出す人までいて、講師が「これで狭いって、言われちゃあなぁ」というほど…
私がクラスメートたちに持っていた一種の尊敬、「私がいちばん経験も体力もなく、足を引っ張るんじゃないか」という気持ちは、連日の経験でガラガラと音を立てて、崩れて行っていました。講師への尊敬の気持ちも一連の発言で、持ちづらくなっていました。
そして、クラスメートが好意で持ち出してくれたのは…、ガラスのワインボトルに入ったワインでした。それは、私が前日の飲み会に提供しよう、と持ちこんだもので、山で使う予定ではなかったので、コルク栓でガラス瓶。実は、テント泊用には、山崎のウイスキー白州を持っていたのですが、足を引っ張らないように、軽量化で早く歩ける方が重要だと思って、装備から外したのでした。
■ 山岳会へのいざない
このテント泊の夜は、講師の先生たちが講習生のテントをそれぞれ回って、先生たちの山岳会の様子を、楽しく話して聞かせてくれるのでしたが、それはやはり、今思えば、講習会だけでは、体験ができるだけで何も学べない、ということを、皆がわかっているから、ということだと思います。
立場を逆にすれば、山岳会への勧誘合戦ともとれるような感じでした。おそらく、班分けも講習生の居住地に近い会に属す講師が、選ばれていたのだと思います。
けれども、話に聞く山岳会はどこも高齢化で、若い人に求められている役割は、高齢の山初心者の入会者をハイキングの山に安全に連れて行く、ということのようにも感じさせられました。
■ アイゼン歩行
翌日、雪の斜面で、アイゼン歩行の練習、滑落停止の練習でした。
が、この時も講師は、あえてゆっくり歩いてくれたと思うのですが、後ろに遅れず、付けるのは、私だけでした。ザックは降ろして歩いているので、そもそも、これは年齢や単純に体力が問題だったのかもしれません。
山では強いほうが、当然エライです…。
が、ちなみに私は、親しくしている山の先輩(ガイド)からは、「40代女性の平均的な強さ」と言われていて、私が特別に他の人より強いことはありません。
私のこれまでの人生を振り返っても、体育が5なんてことはなかったわけで、体力自慢ができるような人では、私はありません。
結局、私たちの班は、この時、「歩き方」に講習の的を絞りました。私は今でも、この絞り方は、とても的を得ていて、的確な指導だったと思います。
何しろ、雪山では滑ってから止める技術なんかより、そもそも、転ばない技術の方が重要です。
この時、講師に、上手にできている歩行と、そうでない歩行を指示してもらったので、私は、キックステップについてはできているものと、できていないものを選り分けることができます。できていない人は、見たら分かります。足を出すタイミングが早すぎるのです。
そういう感じで、この講習会では、私は得るものと失うもの、がありました。
≪得たもの≫
・キックステップなどの雪上歩行スキル
・軽量化への確信
・モンベルアルパインパック60S
≪失ったもの≫
・ガチャ類への憧れ
・男性の強さへの信頼
ただキックステップについて教えてくれた講師には今でも本当に感謝しています。
■ 「知らないから教わろうと思って、きてるんです」
このようにして私の山岳総合センターリーダー講習は始まりました。このすれ違い…
おそらく、主催者側からの都合からすると、ホントに班分け、というのは難しいものなのだろうと思います。
そして、講師の方も、別にいじめようという訳ではなく、リーダー講習を受け持つわけですから、講習生に対する期待もあったでしょう。実際、経歴などをみると遭対協などで隊長を務められている方でもありますし、立派な山ヤさんです。
お互いの期待が掛け違っていた、というだけなのではないでしょうか…
一方で、私は全くの未経験者という割には、勉強熱心な登山者なので、知識と、知識でなんとかフォローできる部分では、登山歴の割に、あまり後れを取っているわけではありません。
が、経験が必要なロープワークなどに習熟を求められても、困ります…機会がないと、できないことは、やはりできません。
受講者それぞれは、何ができて何ができない状態なのか?キックオフの飲み会よりも、講習会では、そういう土台のところの情報をすり合わせした方が良いような気がします。
一般に登山者は、未組織である限り、ロープワークが出来る人は、まずいません。例え、ジムでクライミングをやっていて、グレードが高くても、エイトノットでアンザイレンする以外の必要がありません。
クローブヒッチも、ムンターもリーダーとして山行をひっぱり、弱い人を安全に通過させるために、フィックスロープを張ったり、懸垂のために支点を作ったり、弱い人をローワーダウンさせたりしない限り、必要がないからです。
一般登山者と山やとの隔たりは、まずはそこにあります。
けれども、逆に言えば、そういうことがすでにできる人は、講習会に参加する必要はないわけなんですよね。
「知らないから教わろうと思ってきてるんです」というわけで・・・
■ すれ違いの出会い
昨日、私は富士山の講習会では、初心者マークではありませんでした。
今更、最初のステップに戻る、というのも、まどろっこしい…というわけで、素晴らしい、山の先輩たちがいる、この山の会とは、擦れ違いの出会いになってしまいました。4月に入るべきでした。
それは、要するにリーダー講習で、初心者マークだったからです(笑) リーダーのための講習なのに(笑)
誰しもに初心者マークの時期があるのは当然であり、それをどういった環境で迎えるか?で、その人の登山姿勢や登山ライフは、決まってくるのかも知れません。
昨日は、ピッケルを持つのも、初心者の人がいましたが、縦走用ではなくて、バリエーション用にシャフトが曲がったピッケルを持ってきており、それがずらりと登攀具をぶら下げていたけれど、一番たくさんの荷物を担いでくれたけれど、歩くのが遅く、スリーピングマットが二重だったクラスメートと同じピッケルだったので、擬似登山者のように見えてしまいました・・・。人の先入観とは恐ろしいものです。そのピッケルは今市場で人気なのだそうです。でもシャフトの曲がったピッケルは滑落停止には、むきません。
昨日、講習を受けた山岳会は誰にでも門戸を開いており、講習会は何度でも参加できます。
つまり、入会基準が低く設定してある=誰でも入れる=下積み期間が長く設定してあります。
山田哲哉さんの本にありましたが、山登りは「歩けなくっちゃ話になんないんだよ」だからですね。
体格が大きくて、体力があることが明瞭な人は、デカい態度をとります。でも、その態度で、その人の山理解度が、イマヒトツだと言うことが分かります。
なぜなら、実をいうと、歩けるだけでもダメで、判断力が要るからです。体力だけでは遭難死してしまいます。山は賢くないと歩けないのです。
さらに、実は判断力だけでもダメで、判断力を研ぎ澄ますために、豊富な経験が要ります。だから、豊富な経験を積むには、安全の傘が必要で、山岳会に属して、経験を積むわけですね。というわけで、年を取って、体力が下がり、若い人ほど歩けなくても、判断が的確なリーダーは、非常に価値があるわけです。
体力がある若い人がラッセル頑張ってチームに貢献するのは、判断力がない代わりです。
さらにいうと、登山者として成功するためには、経験がただ長いだけでもダメで、人格が要ります。山は助け合いだからですね。リーダーって基本的に、一方的に損をしている立場です。なので、誰も苦労をわかってくれないのが、結構、普通だったりします・・・気の毒ですが、そこまで来て、やっとスゴイ山やってわけなんですよね。
■ 幸福な出会い
私は、その「まずはあるけなくっちゃね!」の初心者としての時期を特急モードで過ごしてしまったようで、去年の今ごろとの知識差には、自分でも驚いてしまいます・・・先輩としみじみ、成長を感じていました(笑)。
なぜなら、私はホントに、何もかも初めてだったからです。この山の先輩との出会いは、本当にありがたい出会いでした。私の山はこの先輩が作ってくれた、きっかけで広がったともいえます。
ロープワークを始めたとき、先輩は古いHMS式の環つきビナをくれました。大事にしています。
■ 今の課題
今は、私がしたいなと持っているのは、ごくごく易しいルートでのマルチピッチです。支点を作るためには、色々な自然条件の中で、経験してみないといけないので…。
・・・というわけで、12月、一年を総括する時期の今、今年の出会いは、色々であったなぁと振り返っています。
山を学ぶと言うことは、ある程度は運命の流れに身を任せる、そんな心づもりも必要かもしれません。
■ 山岳総合センターとの不幸な出会い
思えば、山岳総合センターのリーダー講習とは、最初から不幸な出会いでした。
なぜなら、私は、当時、ほぼ東京にある山岳会への参加を秒待ちにしていて、センターでの講習会は偶然ネットで見かけ、目標到達点が八ヶ岳の全山縦走だったためにふと、気持ちが動いて、応募したものでした。
ここは、山行履歴を出させたりするので、誰でも入れる、という訳ではない。参加OKの連絡が来た時は、ちょっと”合格”の通知をもらったようで、うれしいような気がしたのでした。良い子病の悪い発病事例かもしれません。
山岳会は、いつでもだれでも入れるけれど、センターの研修は一生に一回しか出ることができない、と思い、リーダー講習へ。
この時、私の頭にあったのはネットで見た(町内の山)国立登山研究所での講習です。体力的にしごかれ、厳しいけれど、リスクにしっかり備えさせてくれることができる。そんな講習が頭にありました。
■ 女性用大型ザック・・・
初回、装備の説明があり、装備表が渡されました。そこには次回までに、「70ℓ以上のザック」を購入するように、とありました。
私は、当時、雪山はテント泊は初めてやったくらいで、個人で行く限り、装備はそう多くなく、70ℓもの大型ザックのニーズについて、理解ができませんでした。そこで講習中は、周囲に聞きまくっていました。何しろ37リットルのバリアントで、テント泊も特に困っていなかったのです。
・共同装備と言うのは、どれくらいの負担があるのか?
・身長180cmの男性も、150cmの私も同じ70リットルというのは、おかしくないか?
・女性用の大型ザックでおススメは何か?
しかし、お風呂にゆく貸切バスの中では、大型ザックを持っていないことをクラスメートに、散々笑われただけで、結局、3つの疑問に対する答えは得られなかったのでした。
実は昨日、アラスカのデナリ登山から帰ってきた女性登山家に同じ質問をしたところ、彼女は、通常の冬山バリエーションは55ℓのバリアントだそうです。女性であれば、体格が小さいのでサイズは60ℓあれば十分だそうです。海外登山で、さらに持ち物が増え、それで間に合わないときは、背面長などのフィット感はあきらめて、痛くても重くても、背負うしかないのだそうです。
今思えば、山岳総合センターでは、たぶん、女性の登山者が本格的な登山を始めようと言う場合に、戸惑いがちな問題点について、的確に回答できる知識と経験がある人がいなかったのです。
■ ザック事件
このザックの件は、後日さらに不幸な出会いを生むことになります。
ザックを購入しようと、大阪や東京の山道具屋で、色々探しましたが、女性用の大型ザックと言うのは、そもそも70Lなんて市場に出回っておらず、さらにSサイズはないし、高額なため、どれも選べず(当然です、ニーズが絞られていないのですから)、結局、バリアントで、初回は参加することにしました。一回目の雪上研修は、小さい手持ちのザックで良いか?とセンターの先生に聞くと、良いよ、という答えだったので。
そこで、37リットルのバリアントで臨んだわけですが…これがまた、共同装備の分担の時に、散々バカにされました(汗)。
それは、ザックが小さい=重量を担ぐ気がない=パーティに貢献する気がない という図式だからです。
なので、皆にゴマメ扱いされるのは、それは致し方ない、のです。
が、結局のところ、4人の装備重量は、20kg、19kg、18kg、17kgでした。
女性の私が17kgで、男性の残り三人が、それぞれ1kgづつ増えて、20~18kgというのは、肉体がもつ筋肉量と比較して別に自慢になるような負担の増加ではないと思います。私は女性の中でも、小さいほうです。
装備分担はテントやロープ(2本)、スノーバー各自1、などです。後はほとんどガチャ類です。
私のバリアントに入れると、当然、外付けしないとヘルメットなどは入らないわけですが、「オレは外付けキライ」とは講師の弁。(それは、もっともです)
私はチームに貢献する気がないと思われるのがとても嫌だったので、山岳総合センターで講習が終わり、後は夕食と飲み会だけとなったタイミングで、受付に「ザックを購入してくるので、夕食のお弁当はどなたか食べてくださって結構です。飲み会時に戻ります」と言づけて、近所の安曇野のモンベルまでザックを購入に出かけたのでした。ちょうど運悪く、廻りに言づける人がだれもいなかったのです。
その時、買ったのがモンベルのアルパインパック60のSです。すぐ使うからと、背中のボーンも合わせてもらい、タグも取って、ザックをつかんで、とんぼ返りでした。
帰ってみると、総合センターでは、私は「時の人」になっていました(汗) 飲み会の真っ最中でしたが、私がいなくなったのが上手く、受付から先生たちに伝わっておらず、先方は、びっくりしてしまったみたいです。リーダー格の先生に叱られるわ、で大変。(の割には、みんなお酒を飲んで盛り上がっていましたけど・・・)
この時は、翌日テント泊一泊の講習の講師を務めてくれる先生との初の出会いになるわけですが、このザック事件が引き出したのは不幸な出会い、でした。
「こういうことをする奴は、山でも同じような勝手な行動をする」と講師が言ったのです。
私は、今でもザックを買いに出かけたことを”勝手な行動”とも、”無責任な行動”とも思っていません。拘束される時間は終わっていましたし、夕食の時間をザック購入に充てると言うくらいの、自分の行動に対する自由は、大人にはあって当然だ、と思いますし。
この発言は、今から山に一緒に入りましょう、というチームビルディングを目的にしている、飲み会で発せられた言葉だったので、むしろ、この講師の資質を疑いました。なにしろ、受講生は世間を知らない高校生ではなく、一通り、社会を知っている社会人ですから・・・
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| 4月の扇沢 来年は一周しましょう |
この講師は、大急ぎで前言を撤回しましたが、すでに時遅しで、私のその講師に対する信頼は基本的に、この人、大丈夫?という疑問マークつきになっていました。スイマセン。
飲み会では、私のおニューの60Lザックを背負ってみたり、とみんな大はしゃぎでフォローしてくれましたが、60のザックは大柄な男性の背中では、とっても小さく見えました・・・(汗)。
翌日、ザックに詰め直してみると60Lのザックに詰め直しても、そんなに変わるわけではなく、バリアントは拡張性の高いザックなのだ、ということが確認できたくらいでした。
そこで個人装備で持って行こうとしていた嗜好品(ウイスキー)を減らしたくらいです。
≪豆知識≫
・ザックには用途があります。アルパイン向け、バックパッキング向け、クライミング向け、ウルトラライトなど。
・バリアントは雪山をやりたい人に良いザックです。
≪関連記事≫
講習会に行ってきました http://stps2snwmt.blogspot.jp/2013/04/blog-post_29.html
針ノ木雪渓雪上訓練の反省 http://stps2snwmt.blogspot.jp/2013/04/blog-post_30.html
■ 罰ゲーム ラッセル
翌日、さらに講習会とは不幸な出会いが続きます… 快晴の扇沢は、素晴らしい山日和でした。

スキーヤーがむしろ多いような、登山客に交じって出発する私たちは、厳冬期と同じ完全雪山防備。ヘルメットも、かぶり、ハーネスやスノーバーも持ち、一体どこのヒマラヤの山にアタックするのか?というような重装備です。
私は、この時はまだ無邪気に、「すごいなー、みんな~。みんなに迷惑を掛けないように、私も遅れず、ついていかなくっちゃ」と自分が足をひっぱることを心配していたのでした。何しろ、私は、まだ雪山3年目、夏山は1年しか知らない山新参者ですから。ザックだって、大型のは持っていなかったくらいなんですから。
何班かに分かれて出発しますが、テント泊予定地の大沢小屋までは1時間半の、谷間をゆく、平坦な道のりです。そこで、また事件があったのでした。
というのは、同じ班になった人たちの足が遅かったのです…。
ザック重量は前述の通りです。私は弱い人の定位置でセカンドで、講師と歩いていくと、なぜか二人だけになってしまうのでした。みんな、前日お酒を飲みすぎたのでしょうか。
私は振り返りつつ歩くことに…結局、講師からトレースを外して歩くように指示されました。トレースを外して歩く、と言うことは、ようするに、ラッセルしろということです。
今思えば、講師からしてみれば、余裕がありそうだから、ラッセルの仕方も見てあげよう、という単純な好意だったと思うのですが、昨日のザック事件があった身からすると、不必要な場所でのラッセルは、単純に罰に感じられました。大体、ラッセルって登山の中では力仕事で、みんなができればしたくない、と思うことなので…。
■ ずらりツールと体力・スキル不足
私は、いまだに岩講習も受けたことがないです。
なので、当然4月当時は、エイトノットもムンターもクローブヒッチも、つい最近、初めて習ったところでした。当然、クライミングシステムや確保理論についても、何も知りませんでした。今年の4月です。
懸垂下降は、カラビナで一回だけしたことがあるだけ。確保器は、装備の指定にあるから持ってはいるけれど、使ったことがない状態でした。
講習は、そんな私を含む4人で、雪上で懸垂下降、フィックスロープの通過、などです。
クラスメートの男性たちは、ずらりと登攀具をたすき掛けにして、戦地に出向く勇者のようないでたち…。
私は最小限の指定されたスリングとカラビナしか持っていないのとは大違い、でした。ずらりと、胸の前にぶら下がるヌンチャク、重そう。みんな、この講習以前に山岳総合センターの講習に通っている、とのことでした。
クラスメートの足をひっぱらないか、心配です…ところが、また事件が。講師がアンザイレンのためにエイトノットを結ばせようとすると、私以外の3人は、エイトノットができなかったのです…。
これには、講師だけでなく、私も面食らいました。というのは、前回の講習で習ったので、それくらいは確実にしよう、と私は家で復習して来たからです。それにズラリ登攀具をぶら下げた姿とは、あまりに実質が違いすぎました。
ここでまた講師、爆弾発言。 「オレ、ヤダ。こんなやつらに教えるの。ロープワーク出来ないんだもん」
私もそう思うのは当然だとは思いましたが、思うのと、発言して良いのは別で、発言してはいけないシーンではなかったか、と思います。
講習は一気にムードが下がり、結局、ほとんど休んでいる時間の方が長いような講習内容になってしまいました。
■ 重さの訳
夜のテント泊は、さらに問題でした… というのは、クラスメートから出てきた装備が、厳冬期用の6cm厚のスリーピングマットや、分厚いシュラフだったからです。
つまり、装備の重さはコレ…?
時はGW…雪上で寒いとはいえ、厳冬期用の装備がいる時期ではなく、軽量化が可能です。
6人用テントに5人で寝るのに狭いから、自分だけ縦に寝る、と言い出す人までいて、講師が「これで狭いって、言われちゃあなぁ」というほど…
私がクラスメートたちに持っていた一種の尊敬、「私がいちばん経験も体力もなく、足を引っ張るんじゃないか」という気持ちは、連日の経験でガラガラと音を立てて、崩れて行っていました。講師への尊敬の気持ちも一連の発言で、持ちづらくなっていました。
そして、クラスメートが好意で持ち出してくれたのは…、ガラスのワインボトルに入ったワインでした。それは、私が前日の飲み会に提供しよう、と持ちこんだもので、山で使う予定ではなかったので、コルク栓でガラス瓶。実は、テント泊用には、山崎のウイスキー白州を持っていたのですが、足を引っ張らないように、軽量化で早く歩ける方が重要だと思って、装備から外したのでした。
■ 山岳会へのいざない
このテント泊の夜は、講師の先生たちが講習生のテントをそれぞれ回って、先生たちの山岳会の様子を、楽しく話して聞かせてくれるのでしたが、それはやはり、今思えば、講習会だけでは、体験ができるだけで何も学べない、ということを、皆がわかっているから、ということだと思います。
立場を逆にすれば、山岳会への勧誘合戦ともとれるような感じでした。おそらく、班分けも講習生の居住地に近い会に属す講師が、選ばれていたのだと思います。
けれども、話に聞く山岳会はどこも高齢化で、若い人に求められている役割は、高齢の山初心者の入会者をハイキングの山に安全に連れて行く、ということのようにも感じさせられました。
■ アイゼン歩行
翌日、雪の斜面で、アイゼン歩行の練習、滑落停止の練習でした。
が、この時も講師は、あえてゆっくり歩いてくれたと思うのですが、後ろに遅れず、付けるのは、私だけでした。ザックは降ろして歩いているので、そもそも、これは年齢や単純に体力が問題だったのかもしれません。
山では強いほうが、当然エライです…。
が、ちなみに私は、親しくしている山の先輩(ガイド)からは、「40代女性の平均的な強さ」と言われていて、私が特別に他の人より強いことはありません。
私のこれまでの人生を振り返っても、体育が5なんてことはなかったわけで、体力自慢ができるような人では、私はありません。
結局、私たちの班は、この時、「歩き方」に講習の的を絞りました。私は今でも、この絞り方は、とても的を得ていて、的確な指導だったと思います。
何しろ、雪山では滑ってから止める技術なんかより、そもそも、転ばない技術の方が重要です。
この時、講師に、上手にできている歩行と、そうでない歩行を指示してもらったので、私は、キックステップについてはできているものと、できていないものを選り分けることができます。できていない人は、見たら分かります。足を出すタイミングが早すぎるのです。
そういう感じで、この講習会では、私は得るものと失うもの、がありました。
≪得たもの≫
・キックステップなどの雪上歩行スキル
・軽量化への確信
・モンベルアルパインパック60S
≪失ったもの≫
・ガチャ類への憧れ
・男性の強さへの信頼
ただキックステップについて教えてくれた講師には今でも本当に感謝しています。
■ 「知らないから教わろうと思って、きてるんです」
このようにして私の山岳総合センターリーダー講習は始まりました。このすれ違い…
おそらく、主催者側からの都合からすると、ホントに班分け、というのは難しいものなのだろうと思います。
そして、講師の方も、別にいじめようという訳ではなく、リーダー講習を受け持つわけですから、講習生に対する期待もあったでしょう。実際、経歴などをみると遭対協などで隊長を務められている方でもありますし、立派な山ヤさんです。
お互いの期待が掛け違っていた、というだけなのではないでしょうか…
一方で、私は全くの未経験者という割には、勉強熱心な登山者なので、知識と、知識でなんとかフォローできる部分では、登山歴の割に、あまり後れを取っているわけではありません。
が、経験が必要なロープワークなどに習熟を求められても、困ります…機会がないと、できないことは、やはりできません。
受講者それぞれは、何ができて何ができない状態なのか?キックオフの飲み会よりも、講習会では、そういう土台のところの情報をすり合わせした方が良いような気がします。
一般に登山者は、未組織である限り、ロープワークが出来る人は、まずいません。例え、ジムでクライミングをやっていて、グレードが高くても、エイトノットでアンザイレンする以外の必要がありません。
クローブヒッチも、ムンターもリーダーとして山行をひっぱり、弱い人を安全に通過させるために、フィックスロープを張ったり、懸垂のために支点を作ったり、弱い人をローワーダウンさせたりしない限り、必要がないからです。
一般登山者と山やとの隔たりは、まずはそこにあります。
けれども、逆に言えば、そういうことがすでにできる人は、講習会に参加する必要はないわけなんですよね。
「知らないから教わろうと思ってきてるんです」というわけで・・・
■ すれ違いの出会い
今更、最初のステップに戻る、というのも、まどろっこしい…というわけで、素晴らしい、山の先輩たちがいる、この山の会とは、擦れ違いの出会いになってしまいました。4月に入るべきでした。
それは、要するにリーダー講習で、初心者マークだったからです(笑) リーダーのための講習なのに(笑)
誰しもに初心者マークの時期があるのは当然であり、それをどういった環境で迎えるか?で、その人の登山姿勢や登山ライフは、決まってくるのかも知れません。
昨日は、ピッケルを持つのも、初心者の人がいましたが、縦走用ではなくて、バリエーション用にシャフトが曲がったピッケルを持ってきており、それがずらりと登攀具をぶら下げていたけれど、一番たくさんの荷物を担いでくれたけれど、歩くのが遅く、スリーピングマットが二重だったクラスメートと同じピッケルだったので、擬似登山者のように見えてしまいました・・・。人の先入観とは恐ろしいものです。そのピッケルは今市場で人気なのだそうです。でもシャフトの曲がったピッケルは滑落停止には、むきません。
| 自分たちで登っている頃・・・石づきにプロテクターがついたまま(笑) |
つまり、入会基準が低く設定してある=誰でも入れる=下積み期間が長く設定してあります。
山田哲哉さんの本にありましたが、山登りは「歩けなくっちゃ話になんないんだよ」だからですね。
体格が大きくて、体力があることが明瞭な人は、デカい態度をとります。でも、その態度で、その人の山理解度が、イマヒトツだと言うことが分かります。
なぜなら、実をいうと、歩けるだけでもダメで、判断力が要るからです。体力だけでは遭難死してしまいます。山は賢くないと歩けないのです。
さらに、実は判断力だけでもダメで、判断力を研ぎ澄ますために、豊富な経験が要ります。だから、豊富な経験を積むには、安全の傘が必要で、山岳会に属して、経験を積むわけですね。というわけで、年を取って、体力が下がり、若い人ほど歩けなくても、判断が的確なリーダーは、非常に価値があるわけです。
体力がある若い人がラッセル頑張ってチームに貢献するのは、判断力がない代わりです。
さらにいうと、登山者として成功するためには、経験がただ長いだけでもダメで、人格が要ります。山は助け合いだからですね。リーダーって基本的に、一方的に損をしている立場です。なので、誰も苦労をわかってくれないのが、結構、普通だったりします・・・気の毒ですが、そこまで来て、やっとスゴイ山やってわけなんですよね。
■ 幸福な出会い
私は、その「まずはあるけなくっちゃね!」の初心者としての時期を特急モードで過ごしてしまったようで、去年の今ごろとの知識差には、自分でも驚いてしまいます・・・先輩としみじみ、成長を感じていました(笑)。
なぜなら、私はホントに、何もかも初めてだったからです。この山の先輩との出会いは、本当にありがたい出会いでした。私の山はこの先輩が作ってくれた、きっかけで広がったともいえます。
■ 今の課題
今は、私がしたいなと持っているのは、ごくごく易しいルートでのマルチピッチです。支点を作るためには、色々な自然条件の中で、経験してみないといけないので…。
・・・というわけで、12月、一年を総括する時期の今、今年の出会いは、色々であったなぁと振り返っています。
山を学ぶと言うことは、ある程度は運命の流れに身を任せる、そんな心づもりも必要かもしれません。
Wednesday, December 4, 2013
初めて読んだ山の本 『北八つ彷徨』
■ 図書館は山書豊富です
今日は朝から県立図書館に来ています。山口輝久さんの『北八つ彷徨』を読むため。
年上の山の友人が、明日、阿弥陀中央稜に連れて行ってくれることになっていますが、『北八つ彷徨』の中の『岩小屋の記』を読んできて欲しいと言うので、読みに行ったのですが、昨日に限って貸し出し中だったと話すと「岩小屋の記、読んで欲しかったです」という返事。
こういわれたら読まないわけにはいかない、と図書館です(笑)。県立は都合の良いことに『八ヶ岳研究』も隣に置いています。
■ 新しい登山の愉しみを見つけたい
新しい登山価値とはなんだろうか?と最近、特に考えます。
従来型のアルピニズムがすでに末期症状を呈していることは、登山4年目の門外漢にも感じられるほど濃厚な空気感ですし、かといって中高年が活路を見出した山のスタンプラリーゲームの百名山行脚にはまったく魅力は感じません。なにより、財布が持ちません(笑)。
登山という”総合芸術”から、スポーツという面だけを取り出したフリークライミングにもまったく魅力を感じません…。何しろ、私は女性で雄叫びあげて岩に飛びつくのが、かっこいい!とはどうしても思えないのです。
登山の映画などで出てくる登山の価値観は、どれも“命知らず”を賛美するもので、現実離れしており、そんなものをリアルにやろうものなら、私みたいなひ弱な女ではなく、屈強な若者であっても命が何個あっても足りません。
大体なんで映画では、アイスアックスを持てば、からなず空中ジャンプして氷壁に着地なんでしょうか(笑)?
槍穂に登った中高年の山自慢と同じくらい、煮ても焼いても食えないものはありません。
標高1700mに過ぎずアイゼンの必要のない茅ヶ岳の山頂で、「俺にはアイゼンがある!」と、ことさら”アイゼン”を声だかに叫ぶ御仁や(どこで使うん?)、五竜岳の山頂で「穂高でぇ~」と穂高穂高とウルサイ山ガールや「鶏冠でぇ」とウルサイ山おばさん(もう、五竜が気にいらないなら、そっちに行ったら?)、ダダの残雪の溶け残りが多少沢に残っているだけの場所で「雪渓があぶないから~」と触れて回るアンちゃん(そうじゃなくて丸太橋が壊れたんですよ)など、出会う度にウンザリさせられます。
そういう人に会いたくないからもう一般ルートの山には行きたくないくらいです。
”山の凄さ”を競うことほど、ガキ大将がけしかける「お前階段10段跳べる?」に近いものはありません。子供じみている。
基本的に登山者の山自慢の大部分は、”山の名前の響きの威嚇力”(=ネームバリュー)と”周囲の無知”につけこんだ、庶民的な誤解に基づくものです。
■ 魅力がない
一方、ホントにすごい登攀は今では専門的知識がないと理解できないものになってしまいました。
そうした先鋭的な登攀者の世界は、当然ながら一般登山者にとっては全く知覚の外でありますし、かといって一般登山者の知覚の範疇に入る山の世界には、今の日本ではどっちを向いても魅力的なものがありません。
下界がそのまま山上に移動したような、そんな環境で、どうやって自然と対話しろっていうんだ?って感じです。
それでも、日本で暮らす日本人にとって、日本の自然は、心のふるさとであることは疑いようもない真実です。
日本で自然がありのままに残された場所は、土地の8割が森林という国にあっては、山の中以外にありようがありません。
しかるに、日本で暮らす喜びの純粋なものは、やっぱり山の中にあるんではないか?と思うので、生まれ育った土地を愛するということはすなわち、その地を、つまり自然を、よく知るということなのかなと思います。
特に海外で水が乏しい生活をすると水の豊かな国に生活できるありがたみを強く感じます。
■ 自然に対する身の処し方
大昔に大勢の若者が憧れたように真摯にアルピニズムの情熱を傾けようとも、あるいは老後の、お金のかからない楽しみとしての山歩きを始めようとも、あるいは、オシャレして向かう山でも、向かうところは一続きで同じ山。
私はハイキングしかしないから遭難しないというわけにはいきません。
そこで行う行為の目的が違っても、舞台となる場所の、特徴、性質、そういったものは同じです。
たとえば、八ヶ岳の嶮しい山、権現岳の麓は天女山という、たおやかな女性的な名前の山があります。
天女山までならだれでも歩けるハイキングコース。
権現まで登る人はアルパインコース。
ですが、山域は同じなので、権現で嵐になれば当然天女山でも天候は荒れ、八ヶ岳おろしと言われる烈風が身体を吹き飛ばさんとする勢いです。
だから、自然の脅威から身を守る術において、ハイキングコースの人は知らなくて良くて、アルパインコースなら、知らねばならないということがあるはずはない。
知るべき内容は同じで、結局のところ、違いは困難度と体力度ということになります。
環境という意味の厳しさでは同じです。むろん森林限界以上の稜線上か森林限界以下の樹林帯の中かという違いはあっても、無防備で良いというほどの環境差にもならないし、もちろん丸腰で行く言い訳にもならない。
というわけで、”自然に対する身の処し方”という意味で、基本的な登山技術というものは、ハイキングであれ、登攀者であれ、すべての登山者に共通に必要な知識のはずです。
それが私が山における技術を求めた理由でした。
自分自身を守る術を知らずに、丸腰で山に入るのはアブナイなと思ったからです。
■ 人との出会い
山では特別に人との出会いが、その人の山の色を決定するものかもしれません。
私が人との出会いに想いをはせるわけは、この『北八つ彷徨』が、私が初めて読んだ山の本だからです。
スマートICがある双葉にプラテーロと言う天然酵母のパン屋さんがあります。ドイツ料理とフレンチのレストランが併設されています。たまたま出かけ、山の帰りだと言うと、このレストランの古老のオーナーからこの本を貸し出されたのでした。
北八ヶ岳が私はこのころ気に入っていたからです。山の帰りにパンを買いによるから、しょっちゅう行っているのがバレバレ(笑)「また行ってきたの?!」「はい!」「北八つが好きなら、いい本を持っているよ。この本を持って行きなさい」
そして、この古老のオーナーからは「私が書いたんだよ」と古い岳人の記事をオーナー自身が寄稿したものなどを借り、そこには、これもまた偶然を演じた記事がありました。それは古いツルネ東稜の紹介記事で、この年私たち夫婦は登ることになります。
ですから、私が古い山の本をよく読むのは、ひとつには、もともと私がブックワームであることもありますが、人との出会いも強く影響しています。
長谷部オーナーとの出会いの後、私たちはガイドさんに教えを乞うたのですが(だって普通の登山者にはガイドさん以外誰に教えを乞えというのでしょう?) その時、「どこに行きたいの?」と聞かれ、「川俣尾根」と返事をしたら貸してくれたのが 『八ヶ岳研究』です。独評登高会。 だから、これも出会いが引きつけた本です。
■ にゅうから川俣尾根へ
私と夫は北八ヶ岳のスノーシューハイクがすっかり気に入ったのですが、にゅうや中山展望台から硫黄岳や天狗岳が見えます。見えると行ってみたくなるのはもう、これは人の情というものです(笑)。
天狗岳は3回も登りました。すっかり満足していましたが、3度目で小屋で出会った男性が、若いガイドさんでした。「ストックでは杖にはなっても滑落を止めることはできない」と指摘されました。ごもっとも。
まぁ「丸腰だよ」とやんわり指摘されたわけですね。さわやかな青年、と思っていたら、同年だったことも反省を促しました(汗)。
そこで、山の教えを乞うことに相成ったわけですが…それが韮崎在住の三上ガイドでした。
三上さんとは以前に山道具屋で開催されたロープワークの講習会でも一度面識はあり、その時も不思議にご縁があるのではないかしら?と感じた覚えがあります。
しかしこの一瞬の出会いから、山行に参加することは思いもよらず(ガイド登山には興味がないので)、1年後の再会という感じでした。先方はもちろん、覚えていなかったと思います。
だだ、「ピッケルを購入したので使い方を教えてください」と言うと、「ピッケルより読図でしょ」という答えで(笑)、差し戻し審判をされているような恰好で、地図読みから出直しでした。
と言っても、あんまり地図読み教えてくれなかったんですけど… 三上さんの教え方は、それとなく、気づかせる、というような教え方なので、教えられているという実感に乏しく、感受性が鋭くない人には三上さんの指摘の的確さはたぶん分からないと思います。
たとえばの事例ですが…私は慎重な性格なので、山技術を教えてもらうにしてもいきなり雪山なんて行きませんから、最初に資質を見るために三つ峠の山行に日帰りで参加しました。なにしろ、何かあれば、命を預けるんですから、ちゃんとしたガイドでないと困ります。
この時、三上さんは途中のルートを変更して、無名の尾根を降りたんですが、これは私たちの山行の幅を広げさせるためですね。道なき道を歩くという発想には全くなかったからです。(ちなみに夫は元ボーイスカウトなのでオリエンテーリング大得意で、大会でいきなり2位とかなので、私より的確に山を見ていたと思います) このように今その登山者に不足している登山技術を的確に把握するのが上手なガイドさんです。
で、ピッケルの使い方を教わろうとしたわけですが…ピッケルって知らなかったけど、山男の命みたいな道具なんです。山男曰く、マスターオブクライムだそうです(汗)
恐れ多くもそんな大それた道具を気軽に手にして「ストックにするには短いし、この先っぽを突き刺して歩くほど、急な所、行かないし…」と、私たち山素人にとっては、微妙に使いづらい道具だなぁという感想でしかありませんでした。
アイゼンなんてものも、同時期に使用しはじめますが、アイゼン歩行って難しいって言われても、どこが?くらいの感想でしかありませんでした。
技術的には、このような、稚拙な、認識の無い状態であったわけです。当時の私たちは…
それでも…私たちは自分たちだけの力で、天候判断し、ルートの情報を集め、気温の低さや風の強さなどの環境の過酷さに備え、地図を用意し、そこに赤線でルートを書き込み、谷と尾根に線を引き、素人なら素人なりに、「安全だ、大丈夫だ」と思われるときにしか出かけていないので、山の神様はそのような勉強熱心な登山者に牙をむくことはないようです。
むしろ私たちを驚かせたのは、そのような”楽しい判断”をガイド任せにして、まったく登山の判断スキルの無い参加者がほとんどだと言う事でした。
私たちは天気図なんて何枚も見てましたから。雪がなさそうだとみると、予定山行日を変更させたくらいです(笑)。
私たち夫婦はその後三上ガイドの案内で川俣尾根を歩くことができました。これはとてもバランスのとれた過不足ない良い山行で、素晴らしい好天に恵まれ、お山の神様がもろ手を挙げて微笑んでいるように思われたのでした。
■ 私たちの求める山
三上ガイドは面白い山ヤです。川俣尾根に行きたいと言ったらツルネ東稜へ、八幡尾根を歩きたいと言ったら、金峰山黒平ルートへ、ロープワークの確認をしたいと言ったら、黒富士東尾根に連れて行ってくれ、こちらのリクエストを山行に仕立てるのが得意なガイドです。
でも、普通に「初心者なんで北横岳」とかいうのは苦手なようです。なので、三上ガイドに依頼したい人は今の自分の率直な登山者像と将来自分がどんな山をしたいのか伝えておくと、そのための山を組み立ててくれるかもしれません。
この出会いは私の山のカラーをある種方向づけたようで、私は難しい山にどんどん手を出していく、そうした技術追求型の山には興味がありません。
どんどん高い山に行く、という高度追求型の山にも興味がないようです。
ただ自然度が高いところに行きたいと思うと、岩稜という岩の要素がどうしてもでてきてしまうので、多少の岩登りは甘受しなければならないようだということで、クライミングジムには少し通いました。
成果は夏山の縦走が楽だったこと、それと先月はクライミング強化月間で一か月通い、初めて壁でリードできたことでした。
スキルを高める活動には、なかなか興味が持てません…でも山登りするなら、それは義務だと思います。
何しろ、山では女だというだけで足手まといですから。努力してもできないことはありますが、努力できることをなんとかしておくのは、もうマナーとでも言うべきものでしょう。
でもまぁこれ(クライミング)は当人の資質もあるかもしれません。永遠のトムボーイ(お転婆娘)を心地よく感じる女性は少なからずいますから。
私はお転婆ではありませんでした。ただ、弟がいたのでよく喧嘩はしてましたけど。
では、私たちが求める山はどういう山なのか? それはまだ模索中です。よく分かりません。
ただ私たち夫婦は山頂を買うガイド登山には興味がなく、実際、誘われても断って行かないくらいです。
私にとってはガイド登山はなんというか背中を押す感じのものです。
やはり経験の不足により、リスク判断が保守的なので、行けない場所がたくさんあるのです。そうした経験不足による、保守的判断で行かないようなところに、「行ってもいいよ、大丈夫だよ」というようなものが、私たちのガイド登山です。
私たち夫婦が求める山の方向は、低くても自分で登った山であり、多少間違っていても自分でリスク判断した山であり、それは結果として身の丈の山にならざるを得ません。
実際のところ、今年一年講習会などに出て身に着けようとしていることは、雪山2年目で連れて行ってもらったツルネ東稜にどうやって自分たちだけで行けるようになるか?ということと全く同じです。
そういうわけで、初心者コースの高見石に登って、仰ぎ見た天狗岳に登るのに2年、そして、その天狗岳で仰ぎ見た赤岳に登るのに3年ってわけです(笑)
■ のぼれちゃった、そこはかとない自慢
そういう登山をしているので、事前にあこがれを温めることもなく、ただ何となく、晴れているから、八ヶ岳にでも登ろうか、と出かけて、他の登山者の後をついて歩き、登って行った先が赤岳だった、という登山者に、私たちが拍手を送ることができなくても仕方ありません。
以前、どこを歩いているかも知らず前の人について行ったら、鋸岳だったという、おばさん登山者に辟易した覚えがあります。 そこはかとない、のぼれちゃった自慢です(汗)。
でも、そんな登山、何が面白いの・・・?
たとえば、屈強な若い男性であれば、赤岳~横岳~硫黄岳の八ヶ岳縦走路の核心部も雪の状態が良ければ(他の登山者が歩いた跡であれば)、別に特段の困難もなく、歩けてしまうのが普通です。
たぶん確率で言えば私だって歩けます。実際、八ヶ岳では80%のケースはそういう状況であり、悲しき哉、それが八ヶ岳が人気がある理由でもあります。
それは結局、道のコンディションによっては、ロープを出すコースだという知識がないまま、リスクが何か?を全く知らぬまま、歩いてしまえるのが山だからです。
そこで人は増長し、自分には雪山のリスク判断能力がないのだと気づかないまま、山に向かわせてしまいます。そうした機嫌のいい時の山に騙されないようにしないといけません。
そうした、無知と無知ゆえの増長を増長と気づかぬまま進んでしまう人間の姿は、下界で放射性廃棄物の処理方法の確立しないまま、次々に建設される原発と同じメンタリティを感じさせます。
事故が起こってから初めて気が付く。
長く山男時代を過ごした、多くのガイド諸氏は無知による失敗の痛手をこうむり、苦い経験を通じて生き残り、生き残った人だけが、備えと用心の大事さを覚え、保守的な判断をするようになります。
生き残りというのは、大げさではない言葉です。山で死んだ友達を持たないガイドはいない。
(その事実を知っていたがために、私自身今年知人を一人山で失い、私のような稚拙な初歩的な登山者にも山で死んだ知人が出来てしまったこと・・・に戦慄を覚えました。私とてラッキーの生き残りかもしれないのです。というかこれから入ろうとする道はラッキー以外の生き残り策がない世界もしれないのです。)
けれども、私が思うには、そうした死を伴う試行錯誤ではなくても、先人の失敗から学び、最初から保守性的な判断の重要性や、備えることの大事さを学んで、小さな山から、下から山を積み上げていく山スタイルがあってもいいんじゃないかと…。
象徴的に言うならば、向こう見ずと命知らずを競う男性的な登山ではなく、確実な判断力とその判断の的確性を競う女性的な登山です。
■ 想像が当たった時にうれしい
登山は3回楽しいものです。
一回目は企画するときが楽しいです。2度目はもちろん、山行自体が楽しいです。3度目は今度は山行記録を書いて反省している時が楽しいです。
3度目は1回目で想像していたことがどれくらい的中したか、私は自分自身をそんな視点で評価しています。
成功裡に終わり、予想が当たっていたら満足です。一回目の企画の段階で、どれだけ熱心に細部まで企画したか?が、山行が予想どうりに進むか進まないかの分かれ目なので、企画の充実度が、山行そのもの充実度を決めるともいえます。(とはいえ、未知の要素があまりにない山はタノシクナイですが)
そういう意味で、山の企画を温める時間もなく、山から帰ったら帰ったで、山を振り返る時間もないような登山は一体何が楽しいんだろう?と思うのですが・・・。
山に憑かれたように次から次に行く人は何が楽しいのかしら?と思います。
もちろん、私と夫が北八つに通ったように、同じ山域に行けば、企画は1回で山行は3回も4回も出来るのですが、それは一種の地域研究のような感じで、通ったことのないルートを通って同じピークを踏む、というようなケースです。
■ 赤岳西面の山域
今回は実はそのケースに当たり、赤岳さんが私を呼んでいるかもしれません(笑)
先日赤岳に登頂したところなのに、また明日、阿弥陀中央稜です(中尾根でもいいです…笑)、そして土曜日は知人と南沢の滝めぐりです。
このエリアは実は冬季は避けていました。というのは人がとっても多く、うんざりさせられるからです。
(2月の赤岳近辺は大都会です… その分初心者には安全安心です)
例の『岩小屋の記』ですが…山口輝久さんの書いたところでは、
・八手の藤吉
・マムシ仙人
・中尾根に岩場
とあります。中身は読んでいただくとして、岩小屋というのは、泊まり場として魅力的ですね。私はまだ泊まったことがありません。
11月に予定していた別の山の岩小屋探検山行は、体調が悪くて流れてしまいました。
実は『八ヶ岳研究』の方にも”中山の岩小屋”として同じ記載がありました。これは山口さんの記載ではありませんでしたが。
明日、岩小屋確認できるでしょうか・・・ 今回のスパイスは岩小屋かもしれません(笑)
今日は朝から県立図書館に来ています。山口輝久さんの『北八つ彷徨』を読むため。
年上の山の友人が、明日、阿弥陀中央稜に連れて行ってくれることになっていますが、『北八つ彷徨』の中の『岩小屋の記』を読んできて欲しいと言うので、読みに行ったのですが、昨日に限って貸し出し中だったと話すと「岩小屋の記、読んで欲しかったです」という返事。
こういわれたら読まないわけにはいかない、と図書館です(笑)。県立は都合の良いことに『八ヶ岳研究』も隣に置いています。
■ 新しい登山の愉しみを見つけたい
新しい登山価値とはなんだろうか?と最近、特に考えます。
従来型のアルピニズムがすでに末期症状を呈していることは、登山4年目の門外漢にも感じられるほど濃厚な空気感ですし、かといって中高年が活路を見出した山のスタンプラリーゲームの百名山行脚にはまったく魅力は感じません。なにより、財布が持ちません(笑)。
登山という”総合芸術”から、スポーツという面だけを取り出したフリークライミングにもまったく魅力を感じません…。何しろ、私は女性で雄叫びあげて岩に飛びつくのが、かっこいい!とはどうしても思えないのです。
登山の映画などで出てくる登山の価値観は、どれも“命知らず”を賛美するもので、現実離れしており、そんなものをリアルにやろうものなら、私みたいなひ弱な女ではなく、屈強な若者であっても命が何個あっても足りません。
大体なんで映画では、アイスアックスを持てば、からなず空中ジャンプして氷壁に着地なんでしょうか(笑)?
槍穂に登った中高年の山自慢と同じくらい、煮ても焼いても食えないものはありません。
標高1700mに過ぎずアイゼンの必要のない茅ヶ岳の山頂で、「俺にはアイゼンがある!」と、ことさら”アイゼン”を声だかに叫ぶ御仁や(どこで使うん?)、五竜岳の山頂で「穂高でぇ~」と穂高穂高とウルサイ山ガールや「鶏冠でぇ」とウルサイ山おばさん(もう、五竜が気にいらないなら、そっちに行ったら?)、ダダの残雪の溶け残りが多少沢に残っているだけの場所で「雪渓があぶないから~」と触れて回るアンちゃん(そうじゃなくて丸太橋が壊れたんですよ)など、出会う度にウンザリさせられます。
そういう人に会いたくないからもう一般ルートの山には行きたくないくらいです。
基本的に登山者の山自慢の大部分は、”山の名前の響きの威嚇力”(=ネームバリュー)と”周囲の無知”につけこんだ、庶民的な誤解に基づくものです。
■ 魅力がない
一方、ホントにすごい登攀は今では専門的知識がないと理解できないものになってしまいました。
そうした先鋭的な登攀者の世界は、当然ながら一般登山者にとっては全く知覚の外でありますし、かといって一般登山者の知覚の範疇に入る山の世界には、今の日本ではどっちを向いても魅力的なものがありません。
下界がそのまま山上に移動したような、そんな環境で、どうやって自然と対話しろっていうんだ?って感じです。
それでも、日本で暮らす日本人にとって、日本の自然は、心のふるさとであることは疑いようもない真実です。
日本で自然がありのままに残された場所は、土地の8割が森林という国にあっては、山の中以外にありようがありません。
しかるに、日本で暮らす喜びの純粋なものは、やっぱり山の中にあるんではないか?と思うので、生まれ育った土地を愛するということはすなわち、その地を、つまり自然を、よく知るということなのかなと思います。
特に海外で水が乏しい生活をすると水の豊かな国に生活できるありがたみを強く感じます。
■ 自然に対する身の処し方
大昔に大勢の若者が憧れたように真摯にアルピニズムの情熱を傾けようとも、あるいは老後の、お金のかからない楽しみとしての山歩きを始めようとも、あるいは、オシャレして向かう山でも、向かうところは一続きで同じ山。
私はハイキングしかしないから遭難しないというわけにはいきません。
そこで行う行為の目的が違っても、舞台となる場所の、特徴、性質、そういったものは同じです。
たとえば、八ヶ岳の嶮しい山、権現岳の麓は天女山という、たおやかな女性的な名前の山があります。
天女山までならだれでも歩けるハイキングコース。
権現まで登る人はアルパインコース。
ですが、山域は同じなので、権現で嵐になれば当然天女山でも天候は荒れ、八ヶ岳おろしと言われる烈風が身体を吹き飛ばさんとする勢いです。
だから、自然の脅威から身を守る術において、ハイキングコースの人は知らなくて良くて、アルパインコースなら、知らねばならないということがあるはずはない。
知るべき内容は同じで、結局のところ、違いは困難度と体力度ということになります。
環境という意味の厳しさでは同じです。むろん森林限界以上の稜線上か森林限界以下の樹林帯の中かという違いはあっても、無防備で良いというほどの環境差にもならないし、もちろん丸腰で行く言い訳にもならない。
というわけで、”自然に対する身の処し方”という意味で、基本的な登山技術というものは、ハイキングであれ、登攀者であれ、すべての登山者に共通に必要な知識のはずです。
それが私が山における技術を求めた理由でした。
自分自身を守る術を知らずに、丸腰で山に入るのはアブナイなと思ったからです。
■ 人との出会い
山では特別に人との出会いが、その人の山の色を決定するものかもしれません。
私が人との出会いに想いをはせるわけは、この『北八つ彷徨』が、私が初めて読んだ山の本だからです。
スマートICがある双葉にプラテーロと言う天然酵母のパン屋さんがあります。ドイツ料理とフレンチのレストランが併設されています。たまたま出かけ、山の帰りだと言うと、このレストランの古老のオーナーからこの本を貸し出されたのでした。
北八ヶ岳が私はこのころ気に入っていたからです。山の帰りにパンを買いによるから、しょっちゅう行っているのがバレバレ(笑)「また行ってきたの?!」「はい!」「北八つが好きなら、いい本を持っているよ。この本を持って行きなさい」
そして、この古老のオーナーからは「私が書いたんだよ」と古い岳人の記事をオーナー自身が寄稿したものなどを借り、そこには、これもまた偶然を演じた記事がありました。それは古いツルネ東稜の紹介記事で、この年私たち夫婦は登ることになります。
ですから、私が古い山の本をよく読むのは、ひとつには、もともと私がブックワームであることもありますが、人との出会いも強く影響しています。
長谷部オーナーとの出会いの後、私たちはガイドさんに教えを乞うたのですが(だって普通の登山者にはガイドさん以外誰に教えを乞えというのでしょう?) その時、「どこに行きたいの?」と聞かれ、「川俣尾根」と返事をしたら貸してくれたのが 『八ヶ岳研究』です。独評登高会。 だから、これも出会いが引きつけた本です。
■ にゅうから川俣尾根へ
私と夫は北八ヶ岳のスノーシューハイクがすっかり気に入ったのですが、にゅうや中山展望台から硫黄岳や天狗岳が見えます。見えると行ってみたくなるのはもう、これは人の情というものです(笑)。
天狗岳は3回も登りました。すっかり満足していましたが、3度目で小屋で出会った男性が、若いガイドさんでした。「ストックでは杖にはなっても滑落を止めることはできない」と指摘されました。ごもっとも。
まぁ「丸腰だよ」とやんわり指摘されたわけですね。さわやかな青年、と思っていたら、同年だったことも反省を促しました(汗)。
そこで、山の教えを乞うことに相成ったわけですが…それが韮崎在住の三上ガイドでした。
三上さんとは以前に山道具屋で開催されたロープワークの講習会でも一度面識はあり、その時も不思議にご縁があるのではないかしら?と感じた覚えがあります。
しかしこの一瞬の出会いから、山行に参加することは思いもよらず(ガイド登山には興味がないので)、1年後の再会という感じでした。先方はもちろん、覚えていなかったと思います。
だだ、「ピッケルを購入したので使い方を教えてください」と言うと、「ピッケルより読図でしょ」という答えで(笑)、差し戻し審判をされているような恰好で、地図読みから出直しでした。
と言っても、あんまり地図読み教えてくれなかったんですけど… 三上さんの教え方は、それとなく、気づかせる、というような教え方なので、教えられているという実感に乏しく、感受性が鋭くない人には三上さんの指摘の的確さはたぶん分からないと思います。
たとえばの事例ですが…私は慎重な性格なので、山技術を教えてもらうにしてもいきなり雪山なんて行きませんから、最初に資質を見るために三つ峠の山行に日帰りで参加しました。なにしろ、何かあれば、命を預けるんですから、ちゃんとしたガイドでないと困ります。
この時、三上さんは途中のルートを変更して、無名の尾根を降りたんですが、これは私たちの山行の幅を広げさせるためですね。道なき道を歩くという発想には全くなかったからです。(ちなみに夫は元ボーイスカウトなのでオリエンテーリング大得意で、大会でいきなり2位とかなので、私より的確に山を見ていたと思います) このように今その登山者に不足している登山技術を的確に把握するのが上手なガイドさんです。
で、ピッケルの使い方を教わろうとしたわけですが…ピッケルって知らなかったけど、山男の命みたいな道具なんです。山男曰く、マスターオブクライムだそうです(汗)
恐れ多くもそんな大それた道具を気軽に手にして「ストックにするには短いし、この先っぽを突き刺して歩くほど、急な所、行かないし…」と、私たち山素人にとっては、微妙に使いづらい道具だなぁという感想でしかありませんでした。
アイゼンなんてものも、同時期に使用しはじめますが、アイゼン歩行って難しいって言われても、どこが?くらいの感想でしかありませんでした。
技術的には、このような、稚拙な、認識の無い状態であったわけです。当時の私たちは…
それでも…私たちは自分たちだけの力で、天候判断し、ルートの情報を集め、気温の低さや風の強さなどの環境の過酷さに備え、地図を用意し、そこに赤線でルートを書き込み、谷と尾根に線を引き、素人なら素人なりに、「安全だ、大丈夫だ」と思われるときにしか出かけていないので、山の神様はそのような勉強熱心な登山者に牙をむくことはないようです。
むしろ私たちを驚かせたのは、そのような”楽しい判断”をガイド任せにして、まったく登山の判断スキルの無い参加者がほとんどだと言う事でした。
私たちは天気図なんて何枚も見てましたから。雪がなさそうだとみると、予定山行日を変更させたくらいです(笑)。
私たち夫婦はその後三上ガイドの案内で川俣尾根を歩くことができました。これはとてもバランスのとれた過不足ない良い山行で、素晴らしい好天に恵まれ、お山の神様がもろ手を挙げて微笑んでいるように思われたのでした。
■ 私たちの求める山
三上ガイドは面白い山ヤです。川俣尾根に行きたいと言ったらツルネ東稜へ、八幡尾根を歩きたいと言ったら、金峰山黒平ルートへ、ロープワークの確認をしたいと言ったら、黒富士東尾根に連れて行ってくれ、こちらのリクエストを山行に仕立てるのが得意なガイドです。
でも、普通に「初心者なんで北横岳」とかいうのは苦手なようです。なので、三上ガイドに依頼したい人は今の自分の率直な登山者像と将来自分がどんな山をしたいのか伝えておくと、そのための山を組み立ててくれるかもしれません。
この出会いは私の山のカラーをある種方向づけたようで、私は難しい山にどんどん手を出していく、そうした技術追求型の山には興味がありません。
どんどん高い山に行く、という高度追求型の山にも興味がないようです。
ただ自然度が高いところに行きたいと思うと、岩稜という岩の要素がどうしてもでてきてしまうので、多少の岩登りは甘受しなければならないようだということで、クライミングジムには少し通いました。
成果は夏山の縦走が楽だったこと、それと先月はクライミング強化月間で一か月通い、初めて壁でリードできたことでした。
スキルを高める活動には、なかなか興味が持てません…でも山登りするなら、それは義務だと思います。
何しろ、山では女だというだけで足手まといですから。努力してもできないことはありますが、努力できることをなんとかしておくのは、もうマナーとでも言うべきものでしょう。
でもまぁこれ(クライミング)は当人の資質もあるかもしれません。永遠のトムボーイ(お転婆娘)を心地よく感じる女性は少なからずいますから。
私はお転婆ではありませんでした。ただ、弟がいたのでよく喧嘩はしてましたけど。
では、私たちが求める山はどういう山なのか? それはまだ模索中です。よく分かりません。
ただ私たち夫婦は山頂を買うガイド登山には興味がなく、実際、誘われても断って行かないくらいです。
私にとってはガイド登山はなんというか背中を押す感じのものです。
やはり経験の不足により、リスク判断が保守的なので、行けない場所がたくさんあるのです。そうした経験不足による、保守的判断で行かないようなところに、「行ってもいいよ、大丈夫だよ」というようなものが、私たちのガイド登山です。
私たち夫婦が求める山の方向は、低くても自分で登った山であり、多少間違っていても自分でリスク判断した山であり、それは結果として身の丈の山にならざるを得ません。
実際のところ、今年一年講習会などに出て身に着けようとしていることは、雪山2年目で連れて行ってもらったツルネ東稜にどうやって自分たちだけで行けるようになるか?ということと全く同じです。
そういうわけで、初心者コースの高見石に登って、仰ぎ見た天狗岳に登るのに2年、そして、その天狗岳で仰ぎ見た赤岳に登るのに3年ってわけです(笑)
■ のぼれちゃった、そこはかとない自慢
そういう登山をしているので、事前にあこがれを温めることもなく、ただ何となく、晴れているから、八ヶ岳にでも登ろうか、と出かけて、他の登山者の後をついて歩き、登って行った先が赤岳だった、という登山者に、私たちが拍手を送ることができなくても仕方ありません。
以前、どこを歩いているかも知らず前の人について行ったら、鋸岳だったという、おばさん登山者に辟易した覚えがあります。 そこはかとない、のぼれちゃった自慢です(汗)。
でも、そんな登山、何が面白いの・・・?
たとえば、屈強な若い男性であれば、赤岳~横岳~硫黄岳の八ヶ岳縦走路の核心部も雪の状態が良ければ(他の登山者が歩いた跡であれば)、別に特段の困難もなく、歩けてしまうのが普通です。
たぶん確率で言えば私だって歩けます。実際、八ヶ岳では80%のケースはそういう状況であり、悲しき哉、それが八ヶ岳が人気がある理由でもあります。
それは結局、道のコンディションによっては、ロープを出すコースだという知識がないまま、リスクが何か?を全く知らぬまま、歩いてしまえるのが山だからです。
そこで人は増長し、自分には雪山のリスク判断能力がないのだと気づかないまま、山に向かわせてしまいます。そうした機嫌のいい時の山に騙されないようにしないといけません。
そうした、無知と無知ゆえの増長を増長と気づかぬまま進んでしまう人間の姿は、下界で放射性廃棄物の処理方法の確立しないまま、次々に建設される原発と同じメンタリティを感じさせます。
事故が起こってから初めて気が付く。
長く山男時代を過ごした、多くのガイド諸氏は無知による失敗の痛手をこうむり、苦い経験を通じて生き残り、生き残った人だけが、備えと用心の大事さを覚え、保守的な判断をするようになります。
生き残りというのは、大げさではない言葉です。山で死んだ友達を持たないガイドはいない。
(その事実を知っていたがために、私自身今年知人を一人山で失い、私のような稚拙な初歩的な登山者にも山で死んだ知人が出来てしまったこと・・・に戦慄を覚えました。私とてラッキーの生き残りかもしれないのです。というかこれから入ろうとする道はラッキー以外の生き残り策がない世界もしれないのです。)
けれども、私が思うには、そうした死を伴う試行錯誤ではなくても、先人の失敗から学び、最初から保守性的な判断の重要性や、備えることの大事さを学んで、小さな山から、下から山を積み上げていく山スタイルがあってもいいんじゃないかと…。
象徴的に言うならば、向こう見ずと命知らずを競う男性的な登山ではなく、確実な判断力とその判断の的確性を競う女性的な登山です。
■ 想像が当たった時にうれしい
登山は3回楽しいものです。
一回目は企画するときが楽しいです。2度目はもちろん、山行自体が楽しいです。3度目は今度は山行記録を書いて反省している時が楽しいです。
3度目は1回目で想像していたことがどれくらい的中したか、私は自分自身をそんな視点で評価しています。
成功裡に終わり、予想が当たっていたら満足です。一回目の企画の段階で、どれだけ熱心に細部まで企画したか?が、山行が予想どうりに進むか進まないかの分かれ目なので、企画の充実度が、山行そのもの充実度を決めるともいえます。(とはいえ、未知の要素があまりにない山はタノシクナイですが)
そういう意味で、山の企画を温める時間もなく、山から帰ったら帰ったで、山を振り返る時間もないような登山は一体何が楽しいんだろう?と思うのですが・・・。
山に憑かれたように次から次に行く人は何が楽しいのかしら?と思います。
もちろん、私と夫が北八つに通ったように、同じ山域に行けば、企画は1回で山行は3回も4回も出来るのですが、それは一種の地域研究のような感じで、通ったことのないルートを通って同じピークを踏む、というようなケースです。
■ 赤岳西面の山域
今回は実はそのケースに当たり、赤岳さんが私を呼んでいるかもしれません(笑)
先日赤岳に登頂したところなのに、また明日、阿弥陀中央稜です(中尾根でもいいです…笑)、そして土曜日は知人と南沢の滝めぐりです。このエリアは実は冬季は避けていました。というのは人がとっても多く、うんざりさせられるからです。
(2月の赤岳近辺は大都会です… その分初心者には安全安心です)
例の『岩小屋の記』ですが…山口輝久さんの書いたところでは、
・八手の藤吉
・マムシ仙人
・中尾根に岩場
とあります。中身は読んでいただくとして、岩小屋というのは、泊まり場として魅力的ですね。私はまだ泊まったことがありません。
11月に予定していた別の山の岩小屋探検山行は、体調が悪くて流れてしまいました。
実は『八ヶ岳研究』の方にも”中山の岩小屋”として同じ記載がありました。これは山口さんの記載ではありませんでしたが。
明日、岩小屋確認できるでしょうか・・・ 今回のスパイスは岩小屋かもしれません(笑)
Monday, November 25, 2013
山との対話、始めませんか?
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| 枡形山から金峰山 |
登山道のない岩尾根を歩きました☆
■ 地図読み?
登山道のない、道なき道をゆく山行は、巷では”地図読み山行”と呼ばれています。
一方で、中高年の道迷い遭難の根拠に”地図読みができないからだ”はよくあげられます。
私はこれらは、前者は誤解を生ませ、後者は誤解に基づくのではないかと思います。
道迷いの原因は「歩いている道自体を見ていないから」です。つまり「関心が道にはないから」です。さらに言えば、それは「関心が山にない」ということです。 山が好きと言いつつも、その行動が示しているところは、山への無関心です。では一体何に関心があるのでしょう(笑)?そこは突き詰める価値がある問いのようです。関心が山にない=道にないのですから、道に迷うのは簡単です。何しろ、道があっても道を見ていないですから(笑)
一方、道なき道を歩くには、地図は読みません。読むのは地形です。つまり、読むのは「山そのもの」です。
細かな地形は、地図には表現されていません。ですから、現地で見て判断しなければなりません。
梅田で、あるいは新宿で街を闊歩するとき、わざわざ目的地に遠回りになるようなルートを取る人はいませんし、混んでいる改札前で人の流れにわざとぶつかる人もいません(たまに意固地になって人を避けないオジサンもいます) 雨の日は地下を通るのが合理的選択肢ですし、大抵の人は地下鉄のどの辺で降りれば改札口に近いかまで計算して地下鉄に乗っていると思います。
それと同じように、山を歩くにも、合理的なラインというものがあります。
それは地図を見ればおおよそ理解できます。つまり、地図は目で見て判断できない、より先の地形を想像するのに使うのです。
が、細かなところは地図には表現されていないので、現地で地形を見て判断しないといけません。
人は自然の中で暮らさなくなってから久しく、自然の中をもっとも少ないリスクで合理的に歩くには何を見たら良いのか?おそらく一般の人には分からなくなってしまいました。私もその一人です。
■ 地図からわかる地形的に明瞭な場所
地図を見て、出来ることは、ここを歩こう、と言う予定を立てるところまでです。基本的には、歩く場所は、
地形的な特徴が明瞭な場所
です。 なぜなら、自分が今どこにいるのか?現在地が明瞭であることがもっとも重要だからです。
地形的に明瞭な場所といえば、もっとも代表的なのは、ピークです。 ピークは周囲360度からもっとも高く、地形としてはこれ以上明瞭な場所はありません。
余りにも地形として明瞭だから人はピークに立ちたい、山に行きたいと思うのでしょう。
ピークが連続すれば、それは稜線になります。 ピークから派生している襞の高い場所は尾根です。ピークからは尾根と谷が襞を作って派生していますから、谷はもちろん尾根と対になります。低いところが谷です。谷が付きあげるところはコルになっています。
山は極論してしまえば、尾根と谷で成り立っています。
地図には他にもいろいろな情報、滝や池、人工物も表現されていますが、基本は谷と尾根を見ます。
つまり地形を把握することがもっとも重要なスキルです。
■ 山との対話
つまり、山を歩くとは地形を見る、ということ。
岩登りでは岩の弱点を突いて岩を登るラインを見出します。となれば、道なき道を歩くのは、いうなれば、山の弱点を見出す、ということですね。
そこが山との対話です。
山は懐を開いて登らせてくれる、ものです。 天候もそうだし、歩く力についてもそうです。その山を歩く力が付いていなければ、山は人を跳ね返します。
いかつい顔をした高い頂も近づいてみれば、優しい人柄だった、ということはよくありませんか?
そうすると、遠くから見るとあんなに険峻で怖いのに、行ってみたら、意外に易しく歩けた、とうれしくなりませんか?
いうなれば、地図を見るのは、お山にここ登らせてくれますか?と事前に聞くようなものです。
行ってみて、いいえ、という返事がくるかもしれません。たとえば、地図に表れていない急峻なルンゼがあったりしてです。
そうしたら、またそこが登れる技術を身に着けて帰ってくればいいだけです。力が付けばお山は「おいで」と再度言ってくれるでしょう。
それが山が懐を開いてくれる、山が登らせてくれる、という意味です。
山との対話、それが私を夢中にさせ、面白いドラマのように登山にハマらせるのです。
Monday, September 2, 2013
山で考えたこと
さてと…山行記録も書き終わりました。
ひと夏の経験をまとめておきたいところなのですが…どう書くかな…。
縦走が素晴らしかったので、その経験の印象が一か月の山暮らしの経験を色あせたものにしてしまうのですが…それに小屋の暮らしは小屋ごとに違うようなので、局所的体験が他の方の参考になるとも思えず…
山小屋での暮らしは、行った小屋が働きやすいことで定評のある小屋だったので、そんなに下界と変わらなかったのです。食事もよく、お酒もたしなめ、お風呂も入れ、洗濯もできました。
山小屋で朝が早いのは当然ですし、拘束時間が長いのも当然。 想定内&慣れの問題でしかありませんし、そもそも私は普段も早起きなので…、
山のボトルネック、節水にしても、メルボルン暮らしを経験した身にとっては、潤沢かもしれないくらいの水の使用でした。
結局、小屋暮らしが楽しいかどうか?は、その小屋のカルチャーが自分とマッチするかどうか?ではないかと思います。
私には、お酒が飲めることより、コーヒーが飲めることのほうが重要なポイントなので(笑)、コーヒーが飲めないことが、一番つらかったです(笑)
また日ごろが野菜中心の食生活をしているので、食生活が冷凍食品中心になる=肉中心、ということになると、結局、現代の食糧事情を象徴しているような感じです。小屋の食事の産地をまとめると、きっと世界中と言うことになるのではないでしょうか…。日ごろ地産地消を推進中なのでそれもつらいんですよね。
山小屋で、もっとも大変なのは、水の確保とゴミの問題です。トイレも広義のゴミ問題に入りますよね。
要するに町にはあって当然のインフラストラクチャーがない。
水は稜線の小屋であれば天水以外をとなると沢からくみ上げるしかありませんし、そうなると燃料が
必要です。ゴミにしても小屋で出たゴミは、燃やすか、下ろすかしかありません。
結局、補給される軽油次第なわけで、ヘリでの補給に依存します。ヘリだってガソリンで飛んでいるのでしょうから・・・
突き詰めると石油依存の生活形態なわけですね。
人間一人あたりの石油依存度は集住の度合で決まりますから、ポツンと稜線に建つ小屋は結局、都会生活者よりも、石油依存度が高いかもしれません。
ということは、地球に対する負荷という意味では、もしかして普通に町に暮らすより、高負荷な生活かもしれません。
この程度で小屋生活の色々はやめておきたいと思います。こちらに大変面白いサイトがありましたのでご参考に。
http://climbing.x0.com/special/yamagoya2004/yamagoya_index.htm
■ 団体ツアー登山について
私が個人的に驚いたというか軽いカルチャーショックだったのは、団体ツアーです。
団体ツアーのお客さんたちは、一般登山客とはまったく客の質が違うと感じました。
最初の頃はそれでかなりのカルチャーショックを受け、鬱になったくらいです。
なぜ鬱になったのか?
たとえば、自分が大事にしている宝物があるとしますよね?
それを誰かがぞんざいに扱ったら、どう感じます?
それは傷つくでしょう… 私のショックはそれと同じようなショックでした。
私はお山に対して特に畏怖とも言えるような敬意を感じ、畏敬の念を感じながら山に登っているタイプなのです。 昔の人が修験していたのと根底では似ているかもしれません。
だから、お山がぞんざいに扱われていることに、悲しく、腹が立ったのです。
酔っぱらったり、高山病になっても降りなかったり・・・ 問題を起こす人は大体団体ツアーの人でした。
ただ、縦走で出会った小屋番さんの話によると、団体ツアーに参加するお客さんは、初心者だから参加するのであって、山を知らないのは当然なのだから、そうしたお客さんに対して、その人たちを率いるガイドが、もっと統率力をはっきすべきなのでは?ということでした。
確かに山に敬意を払っていないのではなく、単純に無知なのかもしれない・・・。
無知というのは・・・
・山では水道で水が供給されるわけでないことに気が付いていない (小屋でも蛇口から水がでますしね・・・)
・山ではゴミは燃やすか降ろすかしないといけないことに気が付いていない
などです。
たとえば、お茶を自分のサーモスから飲めば、洗わなくて済みますが、湯呑を使えば洗い物が増えます。
飲み水さえ不足するほど、水が足りなくなったとき、飲み水にできる水で湯呑を洗いたいと、誰が思うでしょうか?
極端な例ではなく、小屋の厨房では洗い物をいかに減らすか?は、かなり重要な問題です。水の無駄だからです。水がないともちろん、お客さんに食事はだせません。
だから、お茶を飲むときは、小屋の湯呑を使わないで済むなら、その方が良いに決まっていますよね。
でも、そんなことをちゃんと教育しているガイドさんなんていたかな・・・いなかったような?
ガイドさんの力量で、烏合の衆もちゃんとしたパーティになる。
そういう意味で私がもっともよいリーダーだなと思っているのは、地元の山道具屋さん、ストローハットの高さんです。
もう70歳近くになりますが、8人以上のガイドをすることはないし、擦れ違いで避けるときは山側に避けろとか落石を起こすなとか、大変口やかましいですし、何しろ、自分でいつも命令してくれます(笑)
山行を統率する力は抜群ではないかと思います。
これが普通のガイドさんだと、自分がリーダーであるという意識より、率いてるメンバーはお客さんだという意識が強いので、お客扱いです。
私が思うには、ご自身がすごい山ヤであるのと、ガイドとして統率力が優れているのは、全く別のことではないかと思います。
お金を取っているお客さんだと思うと、言うべきことも言えなくなる、という面もあるのかもしれません。
なにしろ、お客にはリピーターになってほしいですからね。サービス業であって教育業でない、という認識もあるかもしれません。
私が気が付いたこと・・・は、スゴイ山ヤさんは山の常識を教えてはくれません。たぶん自分がすごい山ヤだから、初心者が何を分からないか、そこのところは分からないんではないかと…
何しろすごい山ヤになればなるほど、自分が行く山では、山小屋を使いません。
となると、”非常識登山者”と揶揄されるツアーの登山客が山小屋でどうして非常識扱いされるか?なんて、知るはずがありません。
それに山ヤの価値観と言うのは、山を歩けるヤツかどうか?みたいなところで決まっているんですよね…
今回、私は本格的な山ヤさんがほぼ全行程で同行してくれたのですが、それは私がたまたま重いザックを背負って縦走する、という山ヤのクラシックな価値観にマッチする山をやっていたからではないか、と思います。
私は、山が好きですから、登山の伝統的な価値観には敬意を感じますが、山を”征服”してきた感性はどうしても好きになれません。 山と競争してどうすんの?どうやったって山には勝てないのに。
山を”征服”してきた感性は、安全と危険に対する感性を鈍らせます。 そのことに無自覚な山ヤさんは多い。
平たくいうと、すごい山ヤになればなるほど、危険を危険と認知しなくなる傾向があります…それは自分の登攀スキルがすごいので、危険も危険ではなくなるからです。ただし、あくまでその人にとって。
それは正しく、たとえば、不帰ノ嶮は、ボルジムなどでスキルを磨いた私にとっては、もはや、それほど危険な場所ではないですが、そうした努力をしていない夫にとっては危険な場所のままです。
ただこの論理を、適用してはいけないところまで適用してしまう過ちを犯すのが・・・人間というものです・・・
たとえば、今回、五竜山荘を雷雨予報の雨天の中出発した単独の中高年の女性がいました。結局、後から知りましたが、その女性は山慣れており、その日のうちに爺が岳まで行ってしまえるほどの健脚者だそうでした。それを教えてくれた人の口調では、だから当然その人が出かけて行ったことに非はない、という感じでした。
けれども、健脚者だからといって、その人の上に雷が落ちないと、どうして言えるでしょう?
良く考えてみれば誰でも分かること・・・が分からなくなるのが山の恐ろしさ、と言えそうです。
■ ある日のかみ合わない会話
お客さん:「すいませ~ん、お茶ください」
小屋:「はーい。お茶は500ミリリットル100円です」
お客さん: ただ待っている…
小屋: 「…(汗)あの~ 何か入れるもの持っていませんか?」
お客さん: 「入れ物・・・ 入れ物って?」
小屋: 「サーモスもってませんか?」
お客さん: 「サーモス?」
小屋: 「(あ、サーモスって言わない世代の人かな?) テルモスは?」
お客さん: 「もっていません」
小屋:「・・・。 じゃあ、ペットボトルでもいいですよ~」
お客さん: 「・・・。持っていないんですけど」
小屋: 「え~?!何も入れ物もっていないんですか?」
お客さん: 「はい」
そこで湯呑に入れて出すと・・・
お客さん: 「すいませんが、他の5人の分もお願いします」
・・・結局レストランで出てくる無料の水と間違っているわけですね~ トホホ・・・
これはあんまり珍しいケースではありません。で、なおかつ、お金払っているからいい、って思っているわけです。
でもそーゆー問題ではなく・・・小屋はできるだけ水などのライフラインには高い額をつけたくないから、正直無理をして安くしている価格だと思います。かかるコストを考えたら、リットル100円では出せないでしょう。
ただ・・・山小屋でバイトして分かったのですが、水筒も持たないで、標準コースタイム6時間の尾根を歩いてくるのは、問題なく歩けるからなんですよね。だって山小屋になんでも売ってるし。
小屋でペットボトルの飲料を買えば少々高いけれど良い。小屋も収入になる。
双方の利益が合致していますし・・・。
2時間歩けば小屋がある、と言うケースに水筒を持って行かなくても安全にはあんまり問題ないでしょう。
それが4時間になり、6時間になり、8時間になり…の結果が、山の観光地化、つまり俗化だと思うんです。
つまり、エスカレートする。
水筒を持たないと同様に、レインウエアもヘッドライトも持たないでも、となってくる。
問題がなかったら、危険は存在しない。 そう考えてしまうのが人間のようです。
歩けるから、歩いちゃう。歩けちゃうように、商売が成立する。 卵がないところに鶏は生まれず、にわとりがいないところに卵はない。
それが夏の山… そういうところが、人間の愚かさを象徴するようで悲しくなっちゃったんですよね。
人間の暴走(エスカレート)は止められない…。
火力発電が便利だったから、もっと電力が欲しい。そうだ、原発にしよう。原発も安全とは限らないと事故で分かったのに、やっぱり便利だから、つかってしまう。喉元過ぎれば熱さ忘れる。
人間は行き過ぎる動物です。
そのことをしみじみ実感した夏の経験でした・・・ 行きすぎないと懲りない動物、とも言えるかもしれません。
そうした中で私が出した結論は・・・
夏山は”山”ではなくて”観光地”。
&
「さわらぬ神にたたりなし(関係ない世界にいよう…)」
ってものです。
団体ツアーに参加するのは、参加するほか山にいく手段のない人たちなのですから、そうした人が来ない山域に行けるだけの山力をつけるのが山を愛する人の正しい成長の方向なのではないかと思います。
■ 団体ツアー
団体ツアーのお客さんは、基本的に中高年でした。中高年と言っても中年はほぼおらず、子育てを終えたおばちゃんや、定年退職後のおじさんがメインのようでした。
現実的に考えて、そういう年齢の人たちで、若いころに山をやらなかった人たちにとって、受け皿になるのはツアー以外ありませんよね。
なにしろ、個人で出かけたら団体ツアーで出かけるよりむしろ危険ではないかと思います。
地図読みとかってありえる雰囲気ではありませんし、私がどこにも道迷いの箇所を感じなかった一般道、キレット小屋~五竜岳の区間で、迷った人がいると別の登山者から教えられたこともありました。
白岳でiPhoneをいじっていると、登山道があるにもかかわらず、直登して高山植物帯に入っているおじさんが、一人ならず、2度も会いました。
私がいたのは休憩の短時間ですから、結構な頻度で、登山道がワカラナイ人が単純に高いところ目指して歩いているのではないか?と想像するのは難くありませんよね。
以前、地図読みツアーに参加した経験からも、下界であっても、地図が読めないような人が参加していたので、その経験を考慮しても、そういう人はやっぱりツアーに参加するほうが安全だと思いますし、自分で自分にはツアーが必要だ、と考えられる人は、それだけでも自覚があるということで、ない人よりはうんと安全ですよね。
団体ツアーに参加して、恋が芽生えたり、仲間ができたりして、2度目の青春、って感じもありますし、
たとえば、お酒に溺れたり、怪しい宗教にハマったりなどと、人生を台無しにしてしまう悪習慣にハマるよりは、うんと健康的ではないでしょうか?
私がそんな人の子どもだったら、ツアーに参加してもらいたいと思うと思いますし、面倒を見てくれる人には感謝感謝だと思います。
今は団体ツアーはどこでも嫌がられているので、みんなマナーには気を使っています。
挨拶は当然、道を譲るのは当然。
でも…問題をはき違えているのが見受けられました。
追い越させてくれるのはいいけれど、そこは危険な個所なのです。下を見て、墜ちたらマズイ場所か
どうかを見てから、追い越しを決めてもらいたいな。
追い越せる場所かどうか?というの”判断”は、立派な登山判断で、豊富な登山経験が要ります。
でも、その重要な判断をガイドさんが放棄していることが多い。
というか、追い越せる場所に判断力が必要だ、という発想が、ガイドさん自身にないんでしょうね。
自分の登攀力がすごい人は、別にどんな場所でも危険なく、追い越しも擦れ違いも出来てしまうからです。
自分にとってたやすいことって、他の人にとってもたやすいと勘違いしがち。
なのは…私自身の反省も含めです…(山ではありませんよ…私には文章書きはたやすいです)
だから、山小屋のおやじさんが言うように 団体ツアーの是非はそれを率いるガイドさん次第、というのは本当にそうだな、と思ったのです。
■ 個人テント泊の増加のこと
団体ツアーは客層からも時間が自由になる世代が多いためか、夏山最盛期を少しずらして、7月の後半や8月初旬が多く、その時期、小屋はとても混んでいました。連日、夕食3回戦、4回戦です。
ところが、最盛期のお盆に入ったら、意外なことに小屋は空き始め…、今夏に限らずですが、お盆しか休みが取れない現役世代は、テント泊に流れているようです。
お盆はテント泊の宿泊者の方が、小屋泊の人より多かったくらいなのです。テントを張る場所がなくなって大変なくらいでした。
年配世代は体力がなくお金があり、現役世代はお金がなく体力がある。
年配の世代 ⇒ 小屋泊
現役世代 ⇒ テント泊
それはいつの時代も変わらないみたいですが、変わったのは現役世代のテント泊が団体ではなく、個人志向になったことみたいです。
4人パーティで来て、テント4張り…などなのだそうです(笑)
でも、正直なところ、なんか分かりますね。
私も自分で登る山で、夫以外の男性と二人で一つのテント泊なんてイヤです(笑) まぁ学生時代の友人程度なら大丈夫ですが、昨日今日知り合ったような人だったら、有名ガイドだって嫌ですね。女性だって相手によります。
今回は、白馬から天狗山荘までの縦走では6人で歩いたようなものでした。 同行した3人パーティの人たちもテントは2つ(テントとツエルト)でしたし、あとはみんな個人。
これを一つのパーティと想像すると、6人でテントを5張も持って歩いたのと変わりありませんよね。
でも、この6人がパーティとなって、山行の企画ができるか?というと絶対にできないでしょう。
だって、住んでいる場所もバラバラで遠方です。たまたま出会ったゆるつながりだから一緒に歩けたのです。
昔の山岳会は、入っているメンバーがみな同じような地域に住んでいたり、同じ学校だったり、同じ会社だったりと、地縁が少なからずあったのだと思います。つまり、固いつながり。
けれど現代では、地縁なんて、薄れてしまってからすでに50年くらいは経過しているのではないでしょうか?
地縁が色濃く残っている山梨でさえ、ゆるつながりでないと人間関係が持ちません・・・
余談ですが、それは悪いことではないと思うのです・・・ゆるつながり=EasyCome、EasyGoの時代では、長く付き合ってくれる友人はそれだけ友情を感じている、価値がある友人ということではないでしょうか・・・それは言い方を変えれば、地縁などの義務ではなく、心の縁で結ばれるていると言えるのでは…?
まぁ、指摘したいのは、4人パーティでテント4張りという結果になってしまった世相は、山登りを気心の知れた仲間(死語?)としない(もとい、できない)ようになってしまったせいであり、結局は、登山者個人の資質によるものではなく、社会的背景の上であるということです。
要するに、個人を責めても、どうしようもないことなのだということです。
■ それでも若い人にはテント泊を薦めます
それでも私は若い人にはぜひテント泊での旅を薦めたいのです。
のは、どうしてか?というと、私自身の経験を考えても、小屋泊で山に行っている限り、水筒が要らないのと同じで、山登りについて本質的なことが何も分からないだろう、と思うからです。
生意気ですみません。
テント泊すれば、雨の日はテントに水が浸入したりで大変だし、風の日はテントを立てるのも畳むのも大変。
火を使うのだって、風が強くて結構大変だし、何より食材持って行くのも重いですし、工夫が要ります。
これが小屋泊しか知らないと、雨が降っても、濡れたザックが廊下を濡らして困ったり、部屋の布団が濡れて困るのは小屋の人間側です。
困った事態に落とし前をつけるのは小屋…つまり自分以外の誰か・・・登山者本人は、雨の中歩いて大変だったくらいのことで、何の後始末もしないので、自然に対する対応力をつける、という発想は生まれにくいのです。
つまり、落とし前力がつかない。無責任でいられる。
トイレを汚して平気なのは、そのトイレを掃除しないから。
それと同じことが山で起こるすべてに言えてしまい、コースタイム途中でお腹が空いてバテテも、水を切らしてバテテも、それを自分のせいと思えるようには成長していかないのではないかと思います。
山は自己責任、とか言われますが、自分で責任を取らなくていいのが小屋泊ですから。
自立した登山者…というのも、言い古されたセリフですが、出来る自立をしないのは単なる甘えです。
若い人が小屋泊でのトレランにハマるより、テント泊縦走にハマるほうが、クラシックな山ヤさんの価値観にも合うし、そういう山ヤさんに可愛がってもらえる可能性も出てくる、と思います。
トレランなんて若ければ、誰でもできます。でもテント泊はそれなりに根性要ります。何しろ、途中で
テントを放棄なんてできないですし… やり始めたことは何が何でも最後までやりぬくしかない。
私が今回達成感があるのは…テント泊で縦走できたこともありますが、これはむしろご褒美なので・・・正直、何度もやめて帰ろうかと思った小屋でのバイトを曲がりなりにも途中放棄せず、やりぬいたから、というのもあります。
応援してくださったみなさま、本当に力づけられました。ありがとうございました☆
ひと夏の経験をまとめておきたいところなのですが…どう書くかな…。
縦走が素晴らしかったので、その経験の印象が一か月の山暮らしの経験を色あせたものにしてしまうのですが…それに小屋の暮らしは小屋ごとに違うようなので、局所的体験が他の方の参考になるとも思えず…
山小屋での暮らしは、行った小屋が働きやすいことで定評のある小屋だったので、そんなに下界と変わらなかったのです。食事もよく、お酒もたしなめ、お風呂も入れ、洗濯もできました。
山小屋で朝が早いのは当然ですし、拘束時間が長いのも当然。 想定内&慣れの問題でしかありませんし、そもそも私は普段も早起きなので…、
山のボトルネック、節水にしても、メルボルン暮らしを経験した身にとっては、潤沢かもしれないくらいの水の使用でした。
結局、小屋暮らしが楽しいかどうか?は、その小屋のカルチャーが自分とマッチするかどうか?ではないかと思います。
私には、お酒が飲めることより、コーヒーが飲めることのほうが重要なポイントなので(笑)、コーヒーが飲めないことが、一番つらかったです(笑)
また日ごろが野菜中心の食生活をしているので、食生活が冷凍食品中心になる=肉中心、ということになると、結局、現代の食糧事情を象徴しているような感じです。小屋の食事の産地をまとめると、きっと世界中と言うことになるのではないでしょうか…。日ごろ地産地消を推進中なのでそれもつらいんですよね。
山小屋で、もっとも大変なのは、水の確保とゴミの問題です。トイレも広義のゴミ問題に入りますよね。
要するに町にはあって当然のインフラストラクチャーがない。
水は稜線の小屋であれば天水以外をとなると沢からくみ上げるしかありませんし、そうなると燃料が
必要です。ゴミにしても小屋で出たゴミは、燃やすか、下ろすかしかありません。
結局、補給される軽油次第なわけで、ヘリでの補給に依存します。ヘリだってガソリンで飛んでいるのでしょうから・・・
突き詰めると石油依存の生活形態なわけですね。
人間一人あたりの石油依存度は集住の度合で決まりますから、ポツンと稜線に建つ小屋は結局、都会生活者よりも、石油依存度が高いかもしれません。
ということは、地球に対する負荷という意味では、もしかして普通に町に暮らすより、高負荷な生活かもしれません。
この程度で小屋生活の色々はやめておきたいと思います。こちらに大変面白いサイトがありましたのでご参考に。
http://climbing.x0.com/special/yamagoya2004/yamagoya_index.htm
■ 団体ツアー登山について
私が個人的に驚いたというか軽いカルチャーショックだったのは、団体ツアーです。
団体ツアーのお客さんたちは、一般登山客とはまったく客の質が違うと感じました。
最初の頃はそれでかなりのカルチャーショックを受け、鬱になったくらいです。
なぜ鬱になったのか?
たとえば、自分が大事にしている宝物があるとしますよね?
それを誰かがぞんざいに扱ったら、どう感じます?
それは傷つくでしょう… 私のショックはそれと同じようなショックでした。
私はお山に対して特に畏怖とも言えるような敬意を感じ、畏敬の念を感じながら山に登っているタイプなのです。 昔の人が修験していたのと根底では似ているかもしれません。
だから、お山がぞんざいに扱われていることに、悲しく、腹が立ったのです。
酔っぱらったり、高山病になっても降りなかったり・・・ 問題を起こす人は大体団体ツアーの人でした。
ただ、縦走で出会った小屋番さんの話によると、団体ツアーに参加するお客さんは、初心者だから参加するのであって、山を知らないのは当然なのだから、そうしたお客さんに対して、その人たちを率いるガイドが、もっと統率力をはっきすべきなのでは?ということでした。
確かに山に敬意を払っていないのではなく、単純に無知なのかもしれない・・・。
無知というのは・・・
・山では水道で水が供給されるわけでないことに気が付いていない (小屋でも蛇口から水がでますしね・・・)
・山ではゴミは燃やすか降ろすかしないといけないことに気が付いていない
などです。
たとえば、お茶を自分のサーモスから飲めば、洗わなくて済みますが、湯呑を使えば洗い物が増えます。
飲み水さえ不足するほど、水が足りなくなったとき、飲み水にできる水で湯呑を洗いたいと、誰が思うでしょうか?
極端な例ではなく、小屋の厨房では洗い物をいかに減らすか?は、かなり重要な問題です。水の無駄だからです。水がないともちろん、お客さんに食事はだせません。
だから、お茶を飲むときは、小屋の湯呑を使わないで済むなら、その方が良いに決まっていますよね。
でも、そんなことをちゃんと教育しているガイドさんなんていたかな・・・いなかったような?
ガイドさんの力量で、烏合の衆もちゃんとしたパーティになる。
そういう意味で私がもっともよいリーダーだなと思っているのは、地元の山道具屋さん、ストローハットの高さんです。
もう70歳近くになりますが、8人以上のガイドをすることはないし、擦れ違いで避けるときは山側に避けろとか落石を起こすなとか、大変口やかましいですし、何しろ、自分でいつも命令してくれます(笑)
山行を統率する力は抜群ではないかと思います。
これが普通のガイドさんだと、自分がリーダーであるという意識より、率いてるメンバーはお客さんだという意識が強いので、お客扱いです。
私が思うには、ご自身がすごい山ヤであるのと、ガイドとして統率力が優れているのは、全く別のことではないかと思います。
お金を取っているお客さんだと思うと、言うべきことも言えなくなる、という面もあるのかもしれません。
なにしろ、お客にはリピーターになってほしいですからね。サービス業であって教育業でない、という認識もあるかもしれません。
私が気が付いたこと・・・は、スゴイ山ヤさんは山の常識を教えてはくれません。たぶん自分がすごい山ヤだから、初心者が何を分からないか、そこのところは分からないんではないかと…
何しろすごい山ヤになればなるほど、自分が行く山では、山小屋を使いません。
となると、”非常識登山者”と揶揄されるツアーの登山客が山小屋でどうして非常識扱いされるか?なんて、知るはずがありません。
それに山ヤの価値観と言うのは、山を歩けるヤツかどうか?みたいなところで決まっているんですよね…
今回、私は本格的な山ヤさんがほぼ全行程で同行してくれたのですが、それは私がたまたま重いザックを背負って縦走する、という山ヤのクラシックな価値観にマッチする山をやっていたからではないか、と思います。
私は、山が好きですから、登山の伝統的な価値観には敬意を感じますが、山を”征服”してきた感性はどうしても好きになれません。 山と競争してどうすんの?どうやったって山には勝てないのに。
山を”征服”してきた感性は、安全と危険に対する感性を鈍らせます。 そのことに無自覚な山ヤさんは多い。
平たくいうと、すごい山ヤになればなるほど、危険を危険と認知しなくなる傾向があります…それは自分の登攀スキルがすごいので、危険も危険ではなくなるからです。ただし、あくまでその人にとって。
それは正しく、たとえば、不帰ノ嶮は、ボルジムなどでスキルを磨いた私にとっては、もはや、それほど危険な場所ではないですが、そうした努力をしていない夫にとっては危険な場所のままです。
ただこの論理を、適用してはいけないところまで適用してしまう過ちを犯すのが・・・人間というものです・・・
たとえば、今回、五竜山荘を雷雨予報の雨天の中出発した単独の中高年の女性がいました。結局、後から知りましたが、その女性は山慣れており、その日のうちに爺が岳まで行ってしまえるほどの健脚者だそうでした。それを教えてくれた人の口調では、だから当然その人が出かけて行ったことに非はない、という感じでした。
けれども、健脚者だからといって、その人の上に雷が落ちないと、どうして言えるでしょう?
良く考えてみれば誰でも分かること・・・が分からなくなるのが山の恐ろしさ、と言えそうです。
■ ある日のかみ合わない会話
お客さん:「すいませ~ん、お茶ください」
小屋:「はーい。お茶は500ミリリットル100円です」
お客さん: ただ待っている…
小屋: 「…(汗)あの~ 何か入れるもの持っていませんか?」
お客さん: 「入れ物・・・ 入れ物って?」
小屋: 「サーモスもってませんか?」
お客さん: 「サーモス?」
小屋: 「(あ、サーモスって言わない世代の人かな?) テルモスは?」
お客さん: 「もっていません」
小屋:「・・・。 じゃあ、ペットボトルでもいいですよ~」
お客さん: 「・・・。持っていないんですけど」
小屋: 「え~?!何も入れ物もっていないんですか?」
お客さん: 「はい」
そこで湯呑に入れて出すと・・・
お客さん: 「すいませんが、他の5人の分もお願いします」
・・・結局レストランで出てくる無料の水と間違っているわけですね~ トホホ・・・
これはあんまり珍しいケースではありません。で、なおかつ、お金払っているからいい、って思っているわけです。
でもそーゆー問題ではなく・・・小屋はできるだけ水などのライフラインには高い額をつけたくないから、正直無理をして安くしている価格だと思います。かかるコストを考えたら、リットル100円では出せないでしょう。
ただ・・・山小屋でバイトして分かったのですが、水筒も持たないで、標準コースタイム6時間の尾根を歩いてくるのは、問題なく歩けるからなんですよね。だって山小屋になんでも売ってるし。
小屋でペットボトルの飲料を買えば少々高いけれど良い。小屋も収入になる。
双方の利益が合致していますし・・・。
2時間歩けば小屋がある、と言うケースに水筒を持って行かなくても安全にはあんまり問題ないでしょう。
それが4時間になり、6時間になり、8時間になり…の結果が、山の観光地化、つまり俗化だと思うんです。
つまり、エスカレートする。
水筒を持たないと同様に、レインウエアもヘッドライトも持たないでも、となってくる。
問題がなかったら、危険は存在しない。 そう考えてしまうのが人間のようです。
歩けるから、歩いちゃう。歩けちゃうように、商売が成立する。 卵がないところに鶏は生まれず、にわとりがいないところに卵はない。
それが夏の山… そういうところが、人間の愚かさを象徴するようで悲しくなっちゃったんですよね。
人間の暴走(エスカレート)は止められない…。
火力発電が便利だったから、もっと電力が欲しい。そうだ、原発にしよう。原発も安全とは限らないと事故で分かったのに、やっぱり便利だから、つかってしまう。喉元過ぎれば熱さ忘れる。
人間は行き過ぎる動物です。
そのことをしみじみ実感した夏の経験でした・・・ 行きすぎないと懲りない動物、とも言えるかもしれません。
そうした中で私が出した結論は・・・
夏山は”山”ではなくて”観光地”。
&
「さわらぬ神にたたりなし(関係ない世界にいよう…)」
ってものです。
団体ツアーに参加するのは、参加するほか山にいく手段のない人たちなのですから、そうした人が来ない山域に行けるだけの山力をつけるのが山を愛する人の正しい成長の方向なのではないかと思います。
■ 団体ツアー
団体ツアーのお客さんは、基本的に中高年でした。中高年と言っても中年はほぼおらず、子育てを終えたおばちゃんや、定年退職後のおじさんがメインのようでした。
現実的に考えて、そういう年齢の人たちで、若いころに山をやらなかった人たちにとって、受け皿になるのはツアー以外ありませんよね。
なにしろ、個人で出かけたら団体ツアーで出かけるよりむしろ危険ではないかと思います。
地図読みとかってありえる雰囲気ではありませんし、私がどこにも道迷いの箇所を感じなかった一般道、キレット小屋~五竜岳の区間で、迷った人がいると別の登山者から教えられたこともありました。
白岳でiPhoneをいじっていると、登山道があるにもかかわらず、直登して高山植物帯に入っているおじさんが、一人ならず、2度も会いました。
私がいたのは休憩の短時間ですから、結構な頻度で、登山道がワカラナイ人が単純に高いところ目指して歩いているのではないか?と想像するのは難くありませんよね。
以前、地図読みツアーに参加した経験からも、下界であっても、地図が読めないような人が参加していたので、その経験を考慮しても、そういう人はやっぱりツアーに参加するほうが安全だと思いますし、自分で自分にはツアーが必要だ、と考えられる人は、それだけでも自覚があるということで、ない人よりはうんと安全ですよね。
団体ツアーに参加して、恋が芽生えたり、仲間ができたりして、2度目の青春、って感じもありますし、
たとえば、お酒に溺れたり、怪しい宗教にハマったりなどと、人生を台無しにしてしまう悪習慣にハマるよりは、うんと健康的ではないでしょうか?
私がそんな人の子どもだったら、ツアーに参加してもらいたいと思うと思いますし、面倒を見てくれる人には感謝感謝だと思います。
今は団体ツアーはどこでも嫌がられているので、みんなマナーには気を使っています。
挨拶は当然、道を譲るのは当然。
でも…問題をはき違えているのが見受けられました。
追い越させてくれるのはいいけれど、そこは危険な個所なのです。下を見て、墜ちたらマズイ場所か
どうかを見てから、追い越しを決めてもらいたいな。
追い越せる場所かどうか?というの”判断”は、立派な登山判断で、豊富な登山経験が要ります。
でも、その重要な判断をガイドさんが放棄していることが多い。
というか、追い越せる場所に判断力が必要だ、という発想が、ガイドさん自身にないんでしょうね。
自分の登攀力がすごい人は、別にどんな場所でも危険なく、追い越しも擦れ違いも出来てしまうからです。
自分にとってたやすいことって、他の人にとってもたやすいと勘違いしがち。
なのは…私自身の反省も含めです…(山ではありませんよ…私には文章書きはたやすいです)
だから、山小屋のおやじさんが言うように 団体ツアーの是非はそれを率いるガイドさん次第、というのは本当にそうだな、と思ったのです。
■ 個人テント泊の増加のこと
団体ツアーは客層からも時間が自由になる世代が多いためか、夏山最盛期を少しずらして、7月の後半や8月初旬が多く、その時期、小屋はとても混んでいました。連日、夕食3回戦、4回戦です。
ところが、最盛期のお盆に入ったら、意外なことに小屋は空き始め…、今夏に限らずですが、お盆しか休みが取れない現役世代は、テント泊に流れているようです。
お盆はテント泊の宿泊者の方が、小屋泊の人より多かったくらいなのです。テントを張る場所がなくなって大変なくらいでした。
年配世代は体力がなくお金があり、現役世代はお金がなく体力がある。
年配の世代 ⇒ 小屋泊
現役世代 ⇒ テント泊
それはいつの時代も変わらないみたいですが、変わったのは現役世代のテント泊が団体ではなく、個人志向になったことみたいです。
4人パーティで来て、テント4張り…などなのだそうです(笑)
でも、正直なところ、なんか分かりますね。
私も自分で登る山で、夫以外の男性と二人で一つのテント泊なんてイヤです(笑) まぁ学生時代の友人程度なら大丈夫ですが、昨日今日知り合ったような人だったら、有名ガイドだって嫌ですね。女性だって相手によります。
今回は、白馬から天狗山荘までの縦走では6人で歩いたようなものでした。 同行した3人パーティの人たちもテントは2つ(テントとツエルト)でしたし、あとはみんな個人。
これを一つのパーティと想像すると、6人でテントを5張も持って歩いたのと変わりありませんよね。
でも、この6人がパーティとなって、山行の企画ができるか?というと絶対にできないでしょう。
だって、住んでいる場所もバラバラで遠方です。たまたま出会ったゆるつながりだから一緒に歩けたのです。
昔の山岳会は、入っているメンバーがみな同じような地域に住んでいたり、同じ学校だったり、同じ会社だったりと、地縁が少なからずあったのだと思います。つまり、固いつながり。
けれど現代では、地縁なんて、薄れてしまってからすでに50年くらいは経過しているのではないでしょうか?
地縁が色濃く残っている山梨でさえ、ゆるつながりでないと人間関係が持ちません・・・
余談ですが、それは悪いことではないと思うのです・・・ゆるつながり=EasyCome、EasyGoの時代では、長く付き合ってくれる友人はそれだけ友情を感じている、価値がある友人ということではないでしょうか・・・それは言い方を変えれば、地縁などの義務ではなく、心の縁で結ばれるていると言えるのでは…?
まぁ、指摘したいのは、4人パーティでテント4張りという結果になってしまった世相は、山登りを気心の知れた仲間(死語?)としない(もとい、できない)ようになってしまったせいであり、結局は、登山者個人の資質によるものではなく、社会的背景の上であるということです。
要するに、個人を責めても、どうしようもないことなのだということです。
■ それでも若い人にはテント泊を薦めます
それでも私は若い人にはぜひテント泊での旅を薦めたいのです。
のは、どうしてか?というと、私自身の経験を考えても、小屋泊で山に行っている限り、水筒が要らないのと同じで、山登りについて本質的なことが何も分からないだろう、と思うからです。
生意気ですみません。
テント泊すれば、雨の日はテントに水が浸入したりで大変だし、風の日はテントを立てるのも畳むのも大変。
火を使うのだって、風が強くて結構大変だし、何より食材持って行くのも重いですし、工夫が要ります。
これが小屋泊しか知らないと、雨が降っても、濡れたザックが廊下を濡らして困ったり、部屋の布団が濡れて困るのは小屋の人間側です。
困った事態に落とし前をつけるのは小屋…つまり自分以外の誰か・・・登山者本人は、雨の中歩いて大変だったくらいのことで、何の後始末もしないので、自然に対する対応力をつける、という発想は生まれにくいのです。
つまり、落とし前力がつかない。無責任でいられる。
トイレを汚して平気なのは、そのトイレを掃除しないから。
それと同じことが山で起こるすべてに言えてしまい、コースタイム途中でお腹が空いてバテテも、水を切らしてバテテも、それを自分のせいと思えるようには成長していかないのではないかと思います。
山は自己責任、とか言われますが、自分で責任を取らなくていいのが小屋泊ですから。
自立した登山者…というのも、言い古されたセリフですが、出来る自立をしないのは単なる甘えです。
若い人が小屋泊でのトレランにハマるより、テント泊縦走にハマるほうが、クラシックな山ヤさんの価値観にも合うし、そういう山ヤさんに可愛がってもらえる可能性も出てくる、と思います。
トレランなんて若ければ、誰でもできます。でもテント泊はそれなりに根性要ります。何しろ、途中で
テントを放棄なんてできないですし… やり始めたことは何が何でも最後までやりぬくしかない。
私が今回達成感があるのは…テント泊で縦走できたこともありますが、これはむしろご褒美なので・・・正直、何度もやめて帰ろうかと思った小屋でのバイトを曲がりなりにも途中放棄せず、やりぬいたから、というのもあります。
応援してくださったみなさま、本当に力づけられました。ありがとうございました☆
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