Tuesday, June 19, 2018

やる気のある岳人vs面倒みられたい岳人

指導者クラスの人がいるとき、やる気のある岳人だったら、自分のパートナー候補者を連れて2個一で、指導者の前に立つ。

そうしないと、自立してルートに行けないからだ。

二人セットで連れて行ってもらったら、次は、自分たちだけで行って自家薬きょう中のものとする。そうしないと、いつまでたっても連れて行ってもらう、から、脱却できない。

一方、依存的な人は、一人で指導者につこうとする。のは、親の愛情独り占めと同じで、同レベルの相手を、競合相手と見なすから。面倒を見られたい、という思いが表れているわけだ。

私は、山岳会に入るとしたら、自分のパートナーを連れて入る、というのが正しい路線と思います。基本は自立した山を続けながら、自分の力が及ばない山の時に、助っ人で先輩に入ってもらう。

そんな山をするためにあるのが山岳会の役割と思います。

Wednesday, May 16, 2018

草原の減少=減ったノウサギ

http://fireside-essay.jp/miyazaki/nousagi/199.html

自然界の観察者としては、宮崎学さんが大変優れた観察をされています。1960年代、今から50年前は、ノウサギは、今の鹿くらいな勢いだったみたいです。今の植林は、樹齢50-60年が多いのと一致していますね。

2000年代、ノウサギは、山に入っていると冬に足跡を見るもの。

で、実際に兎に遭う、っていうことは、そんなにありません。

しかも、信越など寒いところの動物かなと思っていました。調べてみると、北海道を除く日本全体が生息域らしいですが、宮崎さんの観察では、草原の減少が生息数の減少原因のと考察されています。

ということは、草原が維持されている山域などは、まだ生息密度が濃いのかも?たしかに、私たちがノウサギを見たのも、飯山の方でした。

こちらに日本の草地面積の減少についての資料があります。
http://www.kyoto-seika.ac.jp/researchlab/wp/wp-content/uploads/kiyo/pdf-data/no30/ogura.pdf

日本の森林蓄積が過去最大というのは、結構、常識ですが、その反対には、人の手が入らなくなったことによる、草原の喪失があります。

森林蓄積量

余談ですが,クロボクと呼ばれる土壌の豊かな土地は、野焼きの結果みたいですね。



Tuesday, May 15, 2018

山をどう教えたらいいかわからないのでは?

■山をどう教えたらいいか分からない?

昨今の登山者レベルの低下とそれに伴う遭難者の増大は、”結果”ですので、原因が何かあるはずです。

山を教える人も教え方が分からないんじゃないか?と思うのですが…? 

というのは、昔の人の教え方って、教えるんではなく、盗め、ということで、非言語コミュニケーション主体だからです。

■ 事例

登山のガイドブックを買ってきたら、難易度1の山に行きます。大抵は3時間くらいの山です。3時間かかるときは、山頂に12時にいるとしたら、9時に登山口を出発しないといけないというのは、誰でも分かりますよね。下りも3時間と仮定すると(そうならないことが多いですが)、往復は6時間かかります。

もし、12時までにたどり着けそうにない時は、12時で辞めて下ります。また来ればいいのです。

同じのでもいいし、別のでもいいし、また同じようなサイズの山をすればいいだけです。

繰り返している間に体力もつくでしょう。12時山頂だと、夏だと暑くてやってられないから、6時に登山口に行って9時山頂ということなども思いつくでしょう…

登れたら、4時間の山に行けばいいわけです。

日帰りでは、基本的に×2になるため、一日に使える昼間の時間帯は限られており、日の出から日の入りまでの12時間程度しか使えないので、せいぜい片道6時間が限界となり、あまり大きな山に行けないので、もっと長い時間、山にいたいなぁと残念に思うようになり、そうなると、縦走がスタートします。

個人的な意見ですが、そうなる前に縦走しなくていいと思います。縦走だと、長い時間山にいることができて、大変、満足度が高くなります。

縦走が始まると、山で自分の快適性を上げるための工夫が始まると思います。ザックの詰め方や快適なウエアなども、ほかの人はどうしているのかなぁと調べたり、読んだりするうちに自分のスタイルが身に付きます。

快適に担げる荷の重さも人それぞれなので、自分のスタイルが明らかになるでしょう。重くても、お酒は絶対な人もいれば、フルーツは外せない、という人もいるはずです。

日本では、縦走は小屋をつなぐと大変お金がかかるので、自然とテント泊という流れになります。

テント泊縦走は重いので、軽さを求める人はツエルト泊になりますし、実際、ツエルトで事足りることがほとんどです。

そうした縦走を楽しんでいる間に勝手に体力はついていきます。

もう少し大きな山に行きたいと思ったら、その山に行くには、自分にはロープワークや読図の知識が欠けていることを自然の成り行きで自覚するようになると思います。その時が勉強のしどき、です。

そこで講習会などに参加します。機が熟してから、いく。

そうすると、学んだことがしっかり身に付きます。

そのころには雪山に行くための基礎知識も、すでについており、体力も十分でしょう…

ということになっていると思います。

大事なことは、急かされず、間のステップを端折らず、途中経過、プロセスを楽しんでゆっくり成長することです。

発酵でも急いで発酵させたお酒はおいしくないです。低温でゆっくり発酵させたお酒のほうがおいしい。

山やも同じことで、自分のパートナーに、と急こしらえの山ヤを作るようなことは、あまり感心しません。

登れても下れない、後ろをついて歩けても自力下山できない、という半人前山やが出来上がってしまいます。

なので、俺の背中を見て盗め、は、もう現代には無理なのです。

説明し、
やってみせ、
連れて行って、後ろを歩いてやらねば、人は育たない。

《岳沢小屋のブログ》
http://www.yarigatake.co.jp/dakesawa/blog/2018/05/post-1190.html

Monday, May 14, 2018

これから山をスタートする人へ2

■ これから山をスタートする人へ

急がず、目の前の課題を丁寧にこなしていく(例:山に慣れる、歩き方をマスターする、長い距離を歩けるようになる、ザックを少しづつ重くしていく、テント泊に慣れる…などなど)という方法論で、各自のペースで成長していくことをお勧めします。

最初から、山岳会へ入ったり、ガイド登山を行うことは、お勧めできません。せっかくの、味わい深い山の世界を味わいそこなうと思います。

私の登山&クライミングですが、

1)一般登山 3年 
  ・歩くだけ 
  ・ハイキングの山からスタートして徐々に山を大きくしていく(一番大きな山を済ませる)


2)リーダー講習 1年 
  ・山を困難にしていくには、どのような技術が必要かを知る


3)山岳会   1年半  
  ・実践

4)海外登攀

という流れで、自立への道へ進みました。

登山でたどるべき成長の方法論は、登山史がそのまま提示してくれています。1)山を徐々に大きくしていく、2)すべて済んだら、困難にしていく です。今は登山史の中で、2)の後ろの方にいます。

■ 具体例

歩きは、3時間のハイキングの山からスタート、しました。
登攀は、5.9がオンサイトできるまで2年半、です。

今の人は急ぎすぎなのかもしれません。おそらく、周囲の人が、槍に行った、穂高に行ったと語るので、うらやましくなってしまうのでしょう。

ただ、急いでいなくても、山の世界の全体像を知るまでには、そう時間がかかるものでもないのかもしれません。

もちろん、私自身もまだ全体像が分かっているほど、全体を知っているわけでは、おそらくないでしょう… 

とはいえ、登山を始めた人の多くが、1)の段階で、「もう山は分かった」と終わってしまうのよりも、数歩レベルで先へ行っているのは真実です。

せっかく山をスタートしたのに、山の何も分かった、とは言えない1の段階で終わってしまう人が多いことは残念です。

1)の場合は、一般に、”富士山で初め、北鎌尾根を登って終わり”、だそうです。

それは、周囲に自慢できる、すごい山、を目指すから、です。自己顕示欲の山、ということですね。

残念ながら、北鎌尾根は、3)の地点からみると、まったくすごくありません…。まだ初歩の初歩です。それを分かる状態になるだけでも、視野が、文字通り一段広くなるでしょう。

2)へ進むと、山の楽しい面だけではなく、厳しい面、困難な面が出てきます。そこからが本当の山です。

山という大自然の中では、どのようなスキルや力が必要なのか?について、おおよそ理解できるまで、だいぶかかります。ロープワークやレスキュー、ビレイなどの防御の技術が中心になり、短く見積もって2年程度です。

3)実践のだん階へ進むには、仲間が必要です。その時点で、山岳会を検討するのが良いと思います。しばらく自分で歩いたことがある人でないと、山岳会でも何もしてあげることができません。

■ 山に対する理解

具体的で的を得た、山に対する理解、登山行為に対する理解がないと、登山の成果に対して、間違った評価をしてしまいます。例えば、高い山に登れるほうがすごいですか?違いますね。

そして、間違った評価をしてもそれに気が付かないで終わってしまいます。

現代社会では同様の現象が、別の分野のあちこちに出ているので、仕方がないかもしれません。

が、”登山道を山小屋を数珠つなぎにして歩くだけの山”を登山だ!と思ってしまうような、底の浅い理解のまま、それが登山だ!と信じてしまうのは、もったいないことです。

そのような登山では、登山ごっこ、補助輪付きの登山、ということが分かったにすぎません。


Thursday, May 10, 2018

Alex Honnold Japan Rock Trip

やっぱりスポーツルートがいいですよね!しかもどっかぶりで落ちても安全なオーバーハング!

Thursday, May 3, 2018

ルートの易しさと落ちたときの危険度(致命度)はマッチしない

■マルチの墜落 10m

去年インスボンで師匠がカムセット中に墜落。セットしたカムは効いて、墜落したとき、出ていたロープはほとんどゼロ。(ビレイヤーは私ではない)

でも、10m落ちたそうで、だいぶ愚痴っていました。10mって長い距離なんだ~と理解。本来、もっと短い距離で済むはずという口ぶり。

一方、墜落を止める自信があると話してくれた人も、マルチ10m墜落だったそうだ。10mで済んだという見解。

10mが大きいのか?小さいのか?は、その時、支点から出ていたロープ長さによるだろうが、10m落ちて、どこにもぶつからないアルパインルートってあったっけ?っと考えた。

インスボンは、10mくらいなら、大怪我はしないだろうと思えるが…

一枚板の大きな岩場は、比較的落ちても、滑り落ちて、テラスに激突って考えづらい。

岩の形状がクラックでも、ディエドルみたいなところでは、カムが効いている限り、空中にいそうだ。

つまり落下を許容する岩というのは、足場がないほうがいい。

むしろ、稜線チックな岩稜帯は、足場が豊富で登攀は易しいが、左右が切れていて落ちたら奈落の底。

甲斐駒黒戸尾根で落ちた人も知っているんだが、その人は一命をとりとめた系みたいだった。

ルートの易しさと落ちたときの危険度(致命度)はマッチしない。

アルパインで落ちるなの本当のところ

■ 「アルパインでは落ちるな」

結局、「アルパインでは落ちるな」、と言われるが、「アルパインでは落ちるな」という言葉では、どのような状況でなのか?が、あいまい。

アルパインらしいルートとして、前穂北尾根を例にとる。

前穂北尾根で落ちると、どうなるか?涸沢の谷底まで、すってんころりん1000mくらい落ちれてしまう。ロープがあれば、それが10mなどで済む。

が、岩場は凸凹していて落ちたら、必ずどこか体を打つ。骨折くらいで済めばいいほう。

しかし、凸凹しているからこそ、登攀できないような人はあまりいない。一般ルートで岩稜が歩けない人があまりいないのと同じだ。

アルパインではダブルで行くことが多いのは、ルートが屈曲しているためだが、テンションがかかったロープは、実質ゴム紐と同じであるため、その状態で圧迫、つまり岩角にあたっているなど・・・が加わると、当然だが、非常に切れやすい。

また支点がハーケンなど脆弱であるため、ロープの伸びで衝撃を吸収しないと、支点崩壊を招いてしまう危険のほうが大きい。

なので、伸び率の大きさは甘受しないといけない。

フリーのマルチでも落ちることがあるが、支点が整備されていて、こちらは墜落はフリーの墜落の範疇と思う。

Tuesday, May 1, 2018

適切なプロテクション間隔を考察する

■アイスでリード

やっぱり、確保理論を実感として理解するには、アイスでリードするのが一番いいのではないでしょうか?

なぜなら、自分でプロテクションを設置するから。

まずは立てるところに1本目を入れます。2mと仮定します。

次は?

2m以下なのは当然でしょう。

何しろ、2m+2m=4mでは、40cmのロープストレッチが加わるため、グランドします。

2m登ったら、そこで落ちれば、20cm伸びる。最終支点がある2mの地点から、1m登って、3mだと、30cm伸びる。

2m-(1m+30cm)であれば、70cmのところで止まるでしょう。

ので、とりあえず、1m上の3mで入れることにするとしたとします。

次は?

もう2m先でも大丈夫ですね。

3mロープが出ているので、2m先にプロテクションを入れると、ロープ全長は5m。50cmのロープストレッチ。

3m-(2m+50cm)であれば、50cmで止まるでしょう。

次は?

あとはどんどん、プロテクション間隔は離して行けます。理由は、下のロープのほうが、最終クリップから出ている長さよりうんと長いから。

もう5mロープが出ているので、5mより間隔が狭ければOK。 例えば、3mとしましょう。

5mすでに出ているので、3m足すと8m。ロープストレッチは80cm。

5m-(3m+80cm)= 120cm 120cmで止まるでしょう。

登れば登るほど安全♪ ってわけです。

もちろん、テラスが出てきたら、オールリセットですが…。

まとめると、
1ピン目 2m  1m出ているときに落ちると、70cmで止まる
2ピン目 1m  2m出ているときに落ちると、50cmで止まる
3ピン目 2m  3m出ているときに落ちると、120cmで止まる
4ピン目 3m 

先日みたグランドフォールは、ロープが3mほど出ている状態で最終ピンから3mほど出た状態でクライマーは墜落しました。

すると、3m-3mでグランドしないか?とおもいきや、6m分のロープストレッチがあるので、60cmの伸びがあり、クライマーはグランドフォールしました。

同じことがカムでも学べるとは思いますが、カムはセットが繊細で、カムが外れる事故が多いので、初心者は、かっこつけるより先に50cm置きに取らないといけないです。

Monday, April 30, 2018

『クライマー魂』を読みましょう

最初のパートナーは、自信過剰すぎて、三つ峠3Pに2時間半もかかっているのに、北岳バットレス四尾根に行くと言って、師匠や会長が、二人では無理と言っても、聞く耳持たなかったので、パートナーは解消した。

その後、大学生の後輩ができた。私はすでにアルパインをしていると思って、アイスのルートに連れて行ってしまった…ので、そのあとに先輩の務めとして、技術的なことは全部教えた。レスキューも共有していないとどこにも行けないので、それすら。

で、最初の男性パートナーで苦い経験があったので、この本を貸し出した。


この本には、山岳同志会で、どのように新人が育てられるか、こと細かく描いてあるので、自分がどのようなプロセスをたどって成長するべきか?ということが、分かるようになっている。

現代の山ヤは、登れても敗退の技ができていない、というようなアンバランスな成長をしている人が多い…のは、先輩が無責任体質だからだ。山をするうえで必要なことを教えていない。

後輩は仕方ないから、登攀だけを頑張る…

…結果、登れても、下れない山ヤが増える。レスキュー技術ゼロで、みな本チャンに行ったりもしている。つまり、何かあればアウトってことだ。

私が思うに、北岳バットレス四尾根は、ロープが出る山を今年始めた人が、3年後の目標とするには良い。

遠くの目標がないと、今何をするべきなのか?が明白にならないからだ。

・三つ峠に通って20Pくらいを楽々こなせるようになる
・岩場のルートファインディング(弱点)を突けるようになる(それに必要なのは、フリーではないのは明白でしょう、フリーは強点を登るもの)
・ハーケン打ちに慣れておく
・ピンチの際の、リングボルト打ちなどを体験しておく
・レスキュー技術を共有する(リーダーレスキューまで)
・前座で、北岳夏山登山道は終わっておく
・ついでに池山吊り尾根も終わっておく
・近郊のゲレンデ的マルチピッチ(小川山の烏帽子岩、乾徳旗立)などを終わっておく
・テント泊縦走などで互いの生活技術を摺合せしておく

これだけでも、だいぶ、お腹いっぱいでしょう。ルートファインディング力などはつけるのに時間がかかります。

こういうプロセスを得ないで、ただ先輩の後ろをついて登っただけの本ちゃんだと、退屈なこと極まりなくなります。

ついていく=冒険性ゼロです。



Monday, April 23, 2018

蛮勇vs地頭力

山の世界では、蛮勇がもてはやされる…これは山の本の影響。

勇気は大事だが、蛮勇である必要はない。

蛮勇とは、今風に言えば、イケイケってこと。

むしろ、山に必要なのは、地頭力、だ。

リスクを、とことん考えて、現実的に、どうしたらリスク回避できるか?を考えつくす力のこと。

例えば、アイスリードが課題だとしよう。

その時、自分に必要なのは何か? 

いくら易しい三級アイスでも、もろいアイスは、適さない。仮に敗退が起こった時に、アイススクリューを残置したくなければ、アバラコフを作れる技術が必要だ。アバラコフを作るには、最低20cmくらいの厚みの氷は必要だ。

などなど、お尻から考えて、今何が必要か?が分かる。

そういう、リスクを因数分解する思考能力のほうが、よく考えもせずに、勇気だけで取りつく、蛮勇よりも重要。

リスクを因数分解する能力=地頭力。

死なないために山ヤは、地頭力を鍛えましょう。

5.11がRPできないと登れない5.10b? 経験者の同行が必要とされる訳

”日本での”、岩登りは、非常に危険だ。

というのは、

”5.11がRPできないと登れない5.10b”
とか、

”5.10bのムーブが出てくる5.9”
とか(笑)。

一般的な常識からすると、

「じゃ、素直に5.11でいいのでは?」

とか、

「素直に5.10bでいいのでは?」

と思ってしまう。

平たく言えば、グレード感が統一されていない。

グレードは初登した人がつけるので、その人の意思を尊重されて、そのグレードになっているわけだ。

だが、

グレードは何のためにあるか?

という本質を考えると、

怪我を防いで、安全に楽しむため。

である。登れるスキルの目安が必要だ、というのがグレードの意味である。11しか登れない人が、12に取り付いたら落ちてしまうのは当然なので。

今のグレーディングの現状だと、真逆になっている。

そのため、そこの岩場をよく知っている人に、あらかじめベータと言われる情報を貰って、正確な情報を貰ってからでないと、トポの情報だけで行くのは、とても危険、ということになっている。

特にクライミングを始めて間がない人は、このような事情自体を知らないだろうことが多いので、特にそうだ。

そのため、

この道の先導者

が必要と言うことになっており、それが、

”経験者の同行が必要”

ということの意味になっている。

Tuesday, April 17, 2018

怖いvs怖くない 初心者経験者対決

初心者のころは、はっきり言って、ロープシステムを理解していないので、無知がゆえに怖くない(笑)

       初心者vs 理解者
ランナウト    怖くない 怖い
トラバース    怖くない 怖い
1ピン目遠い   怖くない 怖い
ハンギングビレイ 怖い   怖くない
セルフなし    怖くない 怖い
ロープをまたぐ  怖くない 怖い
スリングで伸ばす 怖い   怖くない
ロープがこすれる 怖くない 怖い
ゼロピン目なし  怖くない 怖い
被り       怖い   怖くない


自分も含めてだが、初心者のころの登攀ってホント怖いよな~と思う。ハーネスもつけずセルフもつけないで、岩の上の際から10cmのところに登山者は平気で立つ。高所恐怖症を公言する夫ですらそう…

でも、確実な支点と繋がっていないで、よくやるな~とクライマーならだれでも思う。

私は支点では必ず自分で支点にずーっと安定的にテンションしたまま、ビレイしている。あるとき、後輩に、”こんなところで、支点にぶら下がって空中に露出しているなんて、勇気ありますね!”と褒められて(?)、ガックシ… 君だって、同じ支点に守ってもらっているんだよ~。ビレイヤーのセルフは最後の砦。

リードにはリードの技術があり、ダブルのロープなどやっぱりよく考えて登らないと交差したりもして、気を遣う。

セカンドでも、よく考えてくれる人だと、ロープのたるみは最小限で、余った部分をたるませず、ビレイしてくれるので、落ちても何とかはなるだろう…が、ランナウトした岩場で落ちると、その後が厄介だ…。宙づり登り返し技術、ビレイヤーの脱出、リードクライマーの救出法くらいは知っていてほしいかも?捨て縄とか、ムンターミュール用のスリングなど、ちゃんと持ってきてほしいかも?

トラバースは、登山者のころはしょっちゅう登山道でトラバースばかりしているので、その延長の感覚があり、怖くないですが、クライミングしていると、何が安心って直上が一番安心です。トラバース、=振られる。

被りは、真逆で、初心者時代は超怖いが、フリーだったら、かぶっていないと落ちれない。かぶっていれば、落ちても空中。スラブで落ちたら、大根おろしなので、スラブこそ怖い。同じことで、テラスやバンドが出てくると、またグランドするところが出てきたということで、用心する対象が増える。その場所から1ピン目ではやっぱり落ちれない。落ちたらグランドと同じことだからだ。

とまぁ、初心者時時代にほっとするところと、ロープシステムを理解してからほっとするところでは、かなり違う。

やっぱり確実な支点というのが、心のよりどころとなってしまう、今日この頃…ハーケンなんて信頼はできない。リングボルトはもっと信じられない。

でも、この恐怖心は、成長と引き換えの恐怖心なのだ…はぁ。

何も怖くなかったころの、無垢な自分が懐かしい…

三つ峠は初心者ゼロで行って、2回目からリードしていたが、それがいかに危険行為であったかを理解して、驚愕した…(笑)登攀自体は易しいので、何も怖くなかった。

Thursday, April 12, 2018

リード登りvsフォロー登り

■アルパイン登りvsフリー登り  

アルパインでの、リードはザイルを伸ばしていく…という活動で、実際、登っていると、とても時間がかかります。

それは落ちると、死や怪我に関わるから。

特にアルパインではそうで、ビレイがあっても決して落ちてはいけないと教わります。(のため、落ちない程度のところしか、逆に言えば行けません)


フリーの場合は、上手になるためには墜落も含め、できないことをできるようになる、という活動をしないといけない。

頻繁に墜落します。つまり、落ちます。

これは、なかなか切り替えが難しい活動です。

■ セカンドはさっさと登る

一方、アルパインでもフリーでも、マルチではセカンドはさっさと登る、です。

リードは危険が大きいから、時間をかけても許されますが、セカンドだったら、とにかく早く登ってきてくれないと。

セカンドなのに、フリーにこだわって登る必要はないです。

(でも、へたにエイドするより、フリーで登るほうが、どんな場合も素早く登れます。フリーにこだわるというのは、ロープに頼らない、という意味です)

■ トップロープが長いクライマー

トップロープばかりの期間が長いと、リスク管理がおろそかなクライミングが身に付きます。

というのはロープに守られて、今、おちたらどうなるか?という思考をしなくなるから。

つまり、クライミングが大胆だ、ということです。

■ リードは繊細な登り

リード登りは、逆に言えば、大胆ではないクライミング、になります。

つまり、実力が10の力だと仮定しましょう。

トップロープなら12の力が出せても、リードだと8の力しか出せません。

”落ちるリスク”が高いからです。

■ リード経験の積み上げ

なので、大事なことは、低いグレードを登っている時代から

 リスク管理 & 登攀の実力 & スピード

の3つの力をバランスよく育てていくこと。

5.8と登攀が易しくても、落ちたらマズイ場所にある課題は多いです。

■ 実例

私が、兜岩でリードした5.8は、翌年は、1ピン目のボルトが増えていました。

つまり、リスク管理力も、5.8しか登れない頃は、クライミング自体が初心者のため、比較的低い、ということ。

誰かが落ちたのでしょう。

■ セカンド専門クライマーの欠陥

セカンド専門クライマーの欠陥は、

リスク管理不在、

ということです。

これは、肝心の、扇のかなめ、のところが欠けていることになり、自立したクライミングには、それだけ成長しても、結びつきません。

一方、登攀力が低くても、リスク管理とセットで成長していけば、小さな山でも、少しづつ、積み上げて登ることができます。

実際、山というのは、リスク管理が楽しみの一部とでもいえるもの、なので、セカンドだけ、というのは、楽しみの一面しか知らない、というのとも、同じ意味になります。

自分のエゴのために、後輩にセカンドしかさせないクライマーもいるほどだからです。

大事なことは、

リスク管理、登攀力、スピード、

全部をバランスよく育てていくことで、特定の課題の特定のムーブが、たったの1度だけこなせたら、5.12登れました、というのでは…。

クライミングは、課題により、損と得があるので、自分に合った、どこかの一課題だけでそれを実現しようとしている人は、けっこう多く、そして、それはあまり難しいことではないように、思います。特に若い間に、パワーだけで解決する、というのはありがちです。

■ 安定性

しかし、クライミングでむしろ大事なのは、安定性、です。

安定性とは、悪い時も良い時も登れるグレードという意味です。

安定していないと、リードで取りつくときに、やはりリスクが大きくなるためです。

リードで取りつくときの安定性、というのは、疲れていても、一本目でも、ということです。


Thursday, April 5, 2018

登山の恩恵 今ここ

登山というか、クライミングなのですが、クライミングは圧倒的に困難なので、

今ここ

以外考えるゆとりゼロです(笑)。

ヨガの、Be Here Now を圧倒的に実践できます(笑)。

沢登りでの滝の登攀とかも同じ。本チャンクライミングも同じ。クラックも同じかなぁ…

とにかく、今ここ、をクリアしないと、次の瞬間は命がないです(笑)。

しかし、それを考えると、佐藤さんのスーパー赤蜘蛛フリーソロとか、アレックス君のエルキャピタンフリーソロとか、信じられない集中力です。同じ人間とは思えないなー。

ちなみに、肉体的な命がけではなく、社会的な面での命がけは、外国暮らしだと思います(笑)。

自分にも、こんなにも、内なるパワーがあったことを発見するなら、両方、お勧め。

Tuesday, April 3, 2018

道しか歩いていないと、道がないと歩けなくなる

先日、バイト先で、肉に包丁を入れている姿を見て、上手だなぁ…と思い、筋肉に沿って包丁を入れるのか聞いたら、その通りで、慣れていれば、肉のほうから包丁が入る先を導いてくれるそうだった。やっぱり。

山も一緒だ。尾根と谷が読めるようになると、山のほうが、こっちですよ、と言ってくる。特に尾根はそうです。細い尾根(=険しい尾根)ほど、歩くべきところは限定されます。逆に、広い尾根(=安全な尾根)は、幅が広く、どこでも歩けてしまえるため、どこを歩くべきかというのは分かりにくいものです。

そういえば、瑞牆山で、「どこを歩いたらいいんですか?」とおばちゃん登山者に聞かれたなぁ… 岩ゴロゴロの道ですが、どこを歩いてもいいのです。

道しか歩いていないと道がないと歩けない、と思い込んでします。

山と同じで、人生のほうが、こっちだよ、という道を行けばいいんですよね。

Monday, April 2, 2018

私の提案したい山


■ リスク中心主義



私は山のスタンプラリーや、自己顕示欲の山は嫌いです。また、特にリスクが何か?を自分で考えない山、リスク補填を自分でやらないことが前提のガイド登山は嫌いです。


登山とは、”山は危険なところである”という前提から入ります。

これが、下界との最も大きな差です。下界の前提は、”安全である”、です。


ですから、登山では、危険が何か?ということさえ、押さえていれば、ほぼ99%、大丈夫です。何を中心に考えるか?リスクです。

■ リスクをマスクした後、どうするか?

しかし、リスクを中心に考えて、リスクを避け、リスクがない部分では、距離や高度差、体力的な難易度、あるいは登攀的な難易度を上げる、というやり方では、早晩、彩りに欠けることになります。

守り:リスク中心に考える
攻め:どんどんと課題を困難化する

そこで、多くの人は、山での美食に傾きます。日本の山はサイズ的に小さいので、アルパインで鍛えた、多くの山男さんに担ぎ上げられない美食はないです(笑)。黄連谷にカニを担ぎ上げていらっしゃいます(笑)。

美食に走らない人は、美女に走る? 中高年登山では、昔歩いたルート自慢が盛んです。往年の美女が寄ってきてくれるようです。第二の青春を謳歌するのも悪くはないと思います。(と言っても、四尾根程度を自慢されたってねー。ガッシャブルム2峰とかなら、なびかないでもないが)。しかし、山のすごさで競うのは、やはり自己顕示欲の山です。






■ 楽しさを自分自身で定義し、創造する楽しみがあるのが山です






さて、美食にも美女にも走らないとすれば?何に走ればいいのか?


山は自己満足。


山の価値は、自分の満足の深さで測るという意味です。藪山に心が燃える人もいれば、岩場の陰にひっそりと咲く花を追いかけることに喜びを見出す人もいます。たのしさというのは、千差万別。

ただ、やっぱり、一つのピークを登っておしまい、という山は、平板だと思います。その山の何を知ったことにもならない。






■ 例えば 乾徳山






例えば、山梨の山で、乾徳山というのがありますが…これは、縦走もできれば、奥秩父の前座で破線ルートでもあり、プチアルパインの入門ルートである旗立岩中央岩稜もあり、ボルダーもできれば、実はトレランでも有名です。


 


ふもとには有名な恵林寺があり、座禅を組んでの瞑想ができ、日本庭園を散策できますし、ワイナリーなら、山梨の良心と言われている幾山が近いです。






春、夏、秋、冬、すべて通うことができます。まぁ、あまり冬に行く人はいないですが、春は、たらのめと蕨が、取り放題。山菜取りの山としても使えます。かつては牧場、ということです。






という具合に






文化的・民俗的軸

登山の体系的軸

時間軸

用途軸






と多面的に山を味わうというのが大事なことだと思います。私自身の山はそういう山です。






スタンプラリーにしてしまうと、達成感だけが山のご褒美になってしまい、それでは、山という活動の中で、多くの”充実感”を得ることができないのではないか?と思います。





Sunday, April 1, 2018

ロイヤリティの発揮先 

山岳会など、およそ”会”と名のつくものを作った場合、日本人は、会の理念ではなく、組織の存続そのもの、を優先しがちだ。

これは逆説的だが、組織の弱体化を招く。間違った道だ。

現在の山岳会の多くでは、年功序列が根強い。どんなに間違ったことを言っていても、会歴が長い方を守る、という不文律がある。会歴が長い=年齢が高い、に、必然的に収まる。

つまり、会社と同じで、”組織へのロイヤリティ” を求められている。

が、本質的に、ロイヤリティを求められている先は、

   ”山”という自然の摂理

だ。山では、山という自然の掟に従うことを行動指針とし、山に対してロイヤリティを発揮すべきだ。

これを犯したとき、山での遭難が待っている。

年を取っていても判断力に劣る人もいるし、若くても判断力の優れた人はいる。体力もそうだ。

という当たり前のことを学ぶ場が山だ。

Monday, March 26, 2018

阿弥陀南稜で7名がロープにつながって遭難…の感想

■ 引用

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滑落に伴う雪崩に埋まり死亡か

25日、長野県の八ヶ岳連峰で7人が滑落し、3人が死亡、4人がけがをした事故で、死亡した3人は滑落した際に起きた雪崩に巻き込まれ死亡した可能性があることが警察への取材でわかりました。
警察は、けがをした人から話を聞くなどして当時の詳しい状況を調べています。

25日、長野県の八ヶ岳連峰にある標高2805メートルの阿弥陀岳で、男女7人のパーティーが滑落し、神戸市の会社員、亀石安央さん(48)と、京都市のアルバイト従業員、山下貴久子さん(39)、兵庫県伊丹市の建築士、中澤恒雄さん(63)の3人が死亡したほか、4人が重軽傷を負いました。
警察の調べによりますと、7人は阿弥陀岳の標高およそ2600メートルの「P3」と呼ばれる地点付近の急な斜面を登っていた際、斜面を300メートルほど滑落したということです。
その際、死亡した3人は滑落した際に起きた雪崩に巻き込まれて雪に埋もれ、窒息して死亡した可能性があることが警察への取材でわかりました。
また、けがをした1人は医師に対し、「滑落した際、7人はザイルでつながっていた。先頭の人が足を滑らせて落ちた」と話していて、警察によりますと、現場にはザイルが残されていてその一部は切れていたということです。
警察はけがをした人から話を聞くなどして当時の詳しい状況を調べています。
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山岳ガイド「大雪で不安定か」

長野県の八ヶ岳連峰で7人が滑落し、3人が死亡、4人がけがをした事故について地元の山岳ガイドは「現場は、先週の大雪で足場が不安定になっていていつもより危険な状態だった可能性がある」と指摘しました。

八ヶ岳のふもとの長野県原村で山岳ガイドをしている石川高明さんは、25日事故が起きた阿弥陀岳の南側にあるP3と呼ばれる地点付近のルートは何度も登ったことがあるということです。
このルートは、「とい」のような形の傾斜が60度ぐらいの氷と雪の壁になっていて、登山専門サイトで「この時期のおすすめルート」として掲載されるなど、登山者が多く訪れる場所で、石川さんは、「首都圏から近いこともあり、冬山の初心者が登山の練習をしに訪れる昔から人気のコースだ」と話しました。
そのうえで石川さんは、「本来であれば3月は雪が固まっていて登りやすい時期だが、先週大雪が降ったことで、足場が不安定になっていていつもより危険な状態だった可能性がある」と指摘しました。
また、けがをした人が医師に「滑落した際、7人はザイルでつながっていた。先頭の人が足を滑らせて落ちた」と話したことについては、「状況はわからないが、通常は安全確保する人と登る人の2人でザイルをつなぎ、ほかの人は、1人が落ちても引きずられないよう、岩場などで待機するので、そういう状況ではなかったのかなという推測しか出来ない」と述べました。
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現場付近 去年は早大生が滑落死

7人が登っていた阿弥陀岳の南側の「P3」と呼ばれる標高およそ2600メートル付近の岩場が切り立った尾根では、去年2月にも早稲田大学の登山サークルに所属する大学生4人のうち2人が滑落し、20歳の男子学生が死亡しています。
地元の山岳ガイドは、現場付近で滑落やなだれによる事故が多発しているとして、登山者に注意を呼びかけていました。
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■ 感想

昨日の遭難、阿弥陀南稜 P3らしい。

阿弥陀南稜は、本チャンルートです。ルートに7名の大所帯で行くこと自体が、登山前遭難、です。遅くなるからです。しかも、7名がロープにつながるって、ロープの出し方を分かっていない人のやり方です… 沢などでフィックスを張って、タイブロックやユマール、プルージックで登るときの方法で、阿弥陀南稜を登ろうとしたのでは?

私は、前の会で、同じく7名の大所帯で、2月厳冬期の阿弥陀北稜に登ろうという計画書が出て、そのリーダーは、阿弥陀どころか、普通の赤岳でも下山で息切れして、きちんとは登れていない人だったし、7名の大所帯だと遅くなるので、危ないと登山前に進言しました。結果的には、プロのガイドが敗退を決定した強風下の中、強行して登って、凍傷者3名。これも、行く前から遭難が見えていた山でした。なんだかデジャブー感あります。

トップはリーダーが務めていたと思いますが、20代で楽勝で登ったところは、40代、60代と年を重ねると、鍛えていない限り、困難になります。たとえ、フリーをやっていても、ゲレンデが主体で、アプローチがごくごく近いことが多いため、必然的に”歩き”が弱くなります。

クライミングジムでも、全身に疲労がたまると、ムーブの出が悪くなります。つまり、アルパインというのは、要するに肉体的に全身疲労した状態で、登攀するっていう話です。

だから、若い時が有利で、長時間の歩きが、そう疲れもしないため、登攀も、さして危険とも怖いとも思わない訳ですね。私も、初めて三つ峠の天狗岩(初心者向きゲレンデ)を登った時は、これの何が難しいの?くらいな感覚でした。前穂北尾根も同じです。登攀はあっけなく、2峰ではロープ要らないなーと思ったくらいです。

アルパインでどれくらい危険を感じないか?というと、アイスですが、ジョウゴ沢の核心部大滝は、フリーソロしちゃっています。今考えると、師匠が怒るのは分かる。もろい岩で、落ちたら大怪我してしまいます。が、登攀そのものは簡単なので、ロープ要らないなーと感じてしまいました。

アルパインの登攀は、フリーのようにロープの保険やしっかりした支点=ボルトの保険を積極的に利用して、ギリギリに迫る登攀とは全く違います。気軽に落ちることは許されません。

余談ですが、疲労した状態を作ってからクライミング練習する、というのを、世界クラスの男子選手などは、されています。あくまで疲労した状態で…というのが肝心。

フリーの作法では、体は常にフレッシュな状態で登ります。肉体を最高の状態に持っていくことも、オンサイトするための、ひとつの作戦だからです。

例えば、ラオスはクライミング合宿という趣ですが、大体のクライマーは、フリークライミングの人たちなので、2日登って1日休む、または3日登って1日休む、です。
(ちなみに私はアルパイン出身なので、5日連続登って疲れた…なので、高難易度のは登りません、登れません)

どれだけ連続で登れる力があるか…1日の中での持久力や、数日にわたる登攀など、どれだけ疲れていても、登れるかという、別の要素が、アルパイン、特に登攀ルートでは必要になります。

ついでに言うと、アルパインでは落ちたら死が待っています…この事例のように。

余談ですが、65歳だった師匠は、毎年、体力の定点観測のため、阿弥陀南稜に登っていたそうですが、60を超え、阿弥陀中央稜に替えたそうです。

若いころには何ともなくても、年齢を重ねると、長いルートは堪える。

つまり、阿弥陀南稜は、長さが核心のルートです。

Sunday, March 25, 2018

山という意思決定システム

■ カルチャーショックだった洋上研修

中学のころ、洋上研修に行きました。そこで分かったこと。

海の上で、どう行動すればよいか?は、海のコンディションとお天気と星が決めるということ。

何時に起きるべきか、いつ食事をするべきか、どう食器を洗うべきか?どう進行すべきか?

すべて、自然の掟通りで、迷うことはない。

そのことに感動しました。

私は、”命令に従うのが嫌”なのではなく、”理不尽な命令に従うのが嫌”だったのです。

■ 山に従い、人に従うのではない

同じことが山にも言えます。

山では、山の合理性があり、それに従えば、誰しも、ほぼ同じ意見になります。尾根を読めば、進路が分かります。天気を読んで、進行すべきか、すべきでないか分かります。

合理的なロープワークというものも、あります。

2級程度のところでは、コンテなど意味ないな。ロープを出すならスタカットで出しましょう。

例えば、今日遭難のニュースを聞いた、積雪期の八ヶ岳阿弥陀岳でのことです。御小屋尾根に中央稜から転進で来ていた、登山者に会ったのです…彼は伝統がある会の出身でした。

その日は、翌日がマイナス35度の寒気が入る日で、前線通過は12時頃。午後から下り坂。この予報を聞いただけで、山が「今日は11時まで登りで、あとは下ってね」と言っているなーと分かります。

彼に「今日はどういう予定ですか」と聞かれ、「11時まで頑張ってあとは降ります」と答えると、そうですよね、という答え。

一方、私が連れていた初心者の人たちは、なんで11時で引き返すべきなのか、わからないので、不満だらけでした… こういう人たちは、登山前から遭難予備軍です。

山が語ることを聞く、というのは、そういうことです。

私は、長年のリーダーがした判断と異なる判断をすることは、ほとんどありませんでした。

しかし、山の言うことではなく、

俺の言うことを聞け、

という人とは、まったく意見が合わないことが多かったです。

そういう人は山を見ていない。

みんなに、俺を見てほしい人なんだろうな。

Friday, March 16, 2018

”山”という地理システム

昨日、山を知らない人に、山のことを説明した。

■ グループ内小分けシステム & ストリート番号システム

日本では地理システムは、”グループ内小分け”システム。大阪市という大きなグループの中の、中央区の中の、河原屋町の中の、2番の中の・・・1の場所というふうに地理を把握する。

一方、アメリカをはじめとして、外国では、”ストリート番号システム” ハミングウェイ通りの130番なら左側、131番なら右側。ストリート番号が1だったら開始部。番号が上がれば上がるほど、長い道。 

ちなみに、ストリート番号システムは、かなり分かりやすい。それと比べると、日本のグループ内小分けシステムは分かりづらい。3-4-1なんてどこかってどうやって分かるんですか?と良く外国人に聞かれる。

GPSは言うまでもなく、緯度と経度のグリッドシステム。

■ それ以外???

それ以外に、空間認知システムがあるのだろうか???

あるんですね~!

それが尾根と谷です。

山をする、ということは、尾根と谷システムをマスターするということです。

尾根は登れば登るほど一つに収束します。谷(沢)は登れば登るほど、分岐が出てきます。尾根は起伏がありますが、谷(沢)は、下る一方です

というわけで、尾根と谷を見ていれば、山では、自分が大体どこにいるのか分かるわけですね♪ 

というわけで、山が分かるようになる、というのは、”尾根と谷システム”のマスターということです。

新たな思考回路、新たな地理システムの獲得ということなんです!

でも、このことを誰も言わないから、山が魅力的な活動にならない。

人の後ろを歩くのが山だって思っている人が多くて困ります。

Thursday, January 18, 2018

山のベテランからいただいた知恵のまとめ

山のベテランからいただいた知恵のまとめ
1)ラッセルはラッセルそのものよりルートファインディング
2)ルートファインディングには読図力が前提
3)良き仲間を得る最善の方法は、レスキュー訓練の共有
4)自分の目で見て、現場で地形判断することが大事
5)ビレイの要諦とは、常に今堕ちたらどうなるか、を考え続けること

Monday, January 15, 2018

山を続ける上での課題

■ 教え損を無くす

最初の師匠は会の代表者で、よく相手を試す人だった。

まず出会いからして、「流動分散を作って見せなさい」
次は三つ峠で。「人気ルートは何ですか?」
アイスで。「ここがリードできないようじゃ、見込みなし」

答えられないと次がない仕組み。これは、教え損を減らす師匠なりの工夫だったようだ。

■ 危ない人と危なくない人を見分ける方法は?

アルパインをスタートして2年ほどで、ずいぶん多くの、アルパイン1年生の死や事故を耳にした。

危険な人と危険でない人を、予見して 切り分ける方法はあるのだろうか?

同行者というリスクマネジメントをしなければ、巻き添え死を受けてしまうのが、山、のようだった。

1)いい人かいい人でないか?は、基準にできない

阿弥陀北稜凍傷3人の人も、4人の父親で世間ではいい人。

2)山小屋関係者かどうかも基準にはできない

小屋のオーナーとしばらく歩いたが、4時間登頂にかかる山なのに下界で10時出発にするなど

3)知性も基準にできない

ものすごく賢い人に、ものすごくエリート教育をほぼ無料で一年してみたが、全くダメビレイヤーにしか育たなかった

4)年齢

若くてもしっかりした人はいるし、高齢でベテランでも、自覚がなく突っ込む人はいる

5)体力

体力がある山ヤは、その辺にごまんといる。が、ほかの人の安全には貢献しない。自分が安全になるだけ

6)高度な山岳会に属している

これも老舗に属しているからと言って、優れた山ヤとは限らない

7)登山歴の長さ

これは生き延びたということで、その人が、人的リスクを避ける方法論を確立しているのではないかと思うのだが、非言語で、言語伝達されない

8)性別

男性にも危ない人はいるし、女性にもいる

9)ガイドかどうか

死んだ同期の友人は、ガイドである先輩についていった山で亡くなった

10)クライミングが上手かどうか

全く相関関係なし

11)子供がいるかどうか

関係なし

12)責任ある地位についているかどうか

多少あるのかもしれない

13)読書家かどうか

強い関連がありそうに思うが、定量的に計測できない

14)年間登山日数

関連がありそうだが、内容にもよるだろう

15)装備のよしあし

関連は多少はありそうだが、見た目では判断できないことが多い

16)教育

山教育をしても、あまり効果は上がっているように思えない。無駄とまでは言えない

というわけで、外見やその他から、その人が安全かどうかを見分ける方法はないに等しい。

■ レスキューを共有する

唯一の実効性がありそうな対策は、レスキューの共有。レスキューを共有していると、その人がどれくらいスキルがあり、あるいは考え方がどのような考え方なのか?ということが、垣間見える。

ベテランであっても、危ない人は危ない。

スキルではなく、判断力の場合もあるので、姿勢を見る、ということになると、突っ込むタイプかそうでないか、なども見れるようだ。

一生の友達ができることもあるそう。

■ 2点が課題

・教え損を無くす
・危ない人を避ける

この2点が、山ライフを続ける中での最大の難問で、この回答に、ガイド登山を選ぶ人もいます。アルパインのガイドさんというのもいますが、阿弥陀北稜5万円とかです。5万も払って、相手にリードさせてやるなんて、なんか損だなぁとか、私などは思ってしまいます。

私と夫で、適当に二人で行ったような北横岳程度の山でも、ガイド登山で行くと、3万円です(汗)。

同じお金なら、レスキュー講習に払うのがベスト!

Wednesday, January 10, 2018

メンバーシップ

■ 良きメンバーシップとは、ともにリスクを考えること

山には、いろいろなリスクがあります。そのリスクに対して、パーティのメンバーのメンバーシップの発露が、

 頑張ってついていく

以外ゼロなのが、中高年登山の特徴かもしれません。このような組織では、

 結果的に、リーダーが1人で、一方的にすべての責任を背負う

ことになってしまいます。これが分かっている人はリーダーだけという状態です。これではだめです。分かっている人=パーティ全員でなくては、なりません。

■ 実力以上の山に誘われたら

〇〇山に行く、という山行計画が出されたとき、

  その山に行けるかどうか?

自分で自分の実力相応かどうか?を判断する義務がメンバーには、そもそもあります。

日曜日の遠足の延長で、山をとらえていると、日本には、歩けない山はないため、誰だって行ける、を前提にしてしまいますが、実はそうではありません。

飛躍がある山が提案されたら、その飛躍について指摘するのはメンバーの義務です。

かつての日本の会社はキャリアプランまで、会社が考えてくれたそうで、社員はただ頑張っていればキャリアが形成され、財産が形成され、定年し、死ぬまでの滞りないプランが会社により提供されていたそうです。山との共通点は、考える必要がなかった、ということです。

しかるに、中高年登山では、

・そもそも、メンバーに参加する脚力がないのに参加した
・そもそも、各自がレインウェアを持っていたのに着なかった
・そもそも、出発しなければよかった
・そもそも、ロープを持っているのに出さなかった
・そもそ、渡渉すべきでなかった

などと、通常、山をやっている人であれば、リスク回避できて当然のことで、リスク回避ができない、という現象がおきます。

そして、結局は、リーダーシップ、のせいにされますが、ここで忘れ去られているのは、メンバーシップ、つまり、

山は自己責任

という視点です。自己責任が要らないような山をしているのが、中高年登山という登山スタイルです。

つまり、人間は、自分の能力ギリギリに行くとなると、だれだって、

 必死&正直

にならざるを得ないわけですが…、自分の限界グレードに挑むのに、いい加減なビレイで登れますか??? 

大なり小なり同じことで、山に対して自分のスキルが低すぎることに自覚がないと、無邪気について行って、「こんなはずではなかった」となってしまいます。

建て前、ええかっこしい、見栄、我慢 

など、率直さ以外の要素が、人間関係に交わるようであれば、その山は、ゆとりがあるのです。

本当にしんどいときは、しんどいと声に出さないと、自分が死ぬだけでなく、仲間を死の危険に陥れてしまいます。

ですので、ちゃんとした山をやっている人は、みんな

 見栄っ張りや建て前

は、克服しています。私の師匠は、なんど私に向かって

 怖い

と言ったことでしょう…(笑) 

見栄を張らずに、正直に気持ちを伝えあえるパーティが安全なパーティ=良いパーティです。

山はこのように、その人の人間力を暴露します。

Monday, January 8, 2018

つぼ足

■つぼ足について

雪山を学ぶにあたって、習得する要素の一つに

つぼ足

があります。一般ルートのように滑落の危険がほとんどなく、傾斜の緩い、雪上歩行では、つぼ足を基本としたほうが、後々、高度な歩行スキルが身につく、と思います。

一般ルートで学ぶべきことは、高度な歩行スキルの習得、です。

アイゼンは、基本的に氷をとらえるためのもので、雪ではないです。氷化していない通常の雪では、キックステップとフラットフッティングで、たいていのところが歩けます。

もちろん、傾斜や雪の状態にもよりますが、雪=アイゼン、という自動思考は、必要ないです。

むしろ、キックステップが必要な斜度とフラットフッティングで十分な斜度の違いを、身をもって理解したり、逆ハの字歩き以外の足の疲れを分散させる歩きを工夫するためにも、初心者は、できるだけアイゼンなしで、雪道歩行してみることをお勧めします。

■ アイゼンが絶対いる山と、念のため必要な山が明瞭に分かること

…こう書くと滑落の危険があるところでアイゼンなしの人が出るかもしれないと思うので、念のため書くと、八ヶ岳赤岳は、12本爪以上のアイゼン必携で、仮に6本しか持ってこないようだったら、行者小屋待機が適当です…念のため。装備不足はダメです。

金峰山や鳳凰三山のように、長いけれど特に危険個所がない山では、つぼ足で大体のところが歩けます。これらは、アルパインの基礎となる山なので、ほとんどつぼ足で歩けて当然の山です。もちろん、コンディションによるので、アイゼンは必要な時はすぐにつけられるよう、持っていないといけません。

どのような道やどのようなコンディションでどのような装備が適当か、どのような技術が必要なのか、そうした見極め力をつけるのが、山とお友達になる、という登山という活動の楽しみ方かと思います。

■ 分かっていない人との軋轢について

こういうことが頻繁に山では起きています。

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同意致します。オーレン小屋前で、未アイゼンで歩いていたら、年配者に見下されました。フカフカ雪で、必要無しでしたが。その人は、高価なファイントラックの上着、無意味なリュックサックに付けた、無意味なカラビナ&スリングに、アイゼンでダブルストック。必要無しだろ?そう思いました。
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このブログで私が受けた一般登山者からのバッシングも同じく分かっていない人からのバッシングです。気にしないのが一番ですね!

どういうことか?と解説しますと、こうしたことが怒るのは、ある意味仕方がないのです。

雪の山がスタートの人と、雪の山がゴールの人の違いなのです。あるいは、赤岳がスタートの人と赤岳がゴールの人。

いわゆる一般登山で、スタートした人は、カラビナの使い方を知ることがありません。ので、スリングとカラビナは、アクセサリーとなってしまっても仕方がないのです。スリングも持っている種類が全く違います。簡易ハーネスを作るためのスリングと、支点用では、用途が違います。

ウエアが高級なのは、高額なクライミング用品を買いそろえる必要がないので、余った資金がウエアに行くためと思います。

クライマーにならない限り、アルパインへのステップアップ(本格的登山へのステップアップ)は、ありません。その場合、クライミング用品は買いそろえるだけで、だいぶお金がかかります。

また、講習会費用も掛かります。揃うまで2-3年は、高額なウエアに回すゆとりはないですし、ゆとりが回せるようになったころには、海外の岩場に行くほうにお金を回したくなってしまい、またウエアに行くことはない。そのころには、多少品質の落ちるウエアでも、リスクマネジメントできるので、高級なウエアは必要なくなっている…という循環になっていると思われます。





Thursday, January 4, 2018

安全かどうかは、その人による

■ 体力一点豪華主義

若い人は誰でも、おじさん登山者に、「体力すごいですね~!」と言ってあげます。それは、若い人が礼儀正しく、おじさん登山者が言ってほしそうにしているからです。言わないと、もっとややこしいことになるのは、目に見えているし…。

本当にすごい人には誰も「すごいですね~」と言わず、もっと具体的で根拠を特化したほめ方をします。

■ 防衛体力

体力には、2種類あります。通常の体力と防衛体力。

通常の体力は、有酸素運動や筋トレでだいぶ人により変わり、そこらのへなちゃこ20代より、強つよの60代がいることも、また真実です。

これは、20代が弱いだけなのかもしれません。よくわからない。やる気の問題かもしれません。

が、防衛体力っていうのは、「年齢は嘘つけないね」ってやつです。

■ 個別事象

例えば、視力が衰えれば、夕暮れでは、こけやすくなるから、早めの下山が必要です。若い時は、少々のヘッデン下山は楽しみのうちかもしれませんが、視力が衰えると楽しみではなくなります。

コケて怪我でもすると、レスキューになり、それだけならまだしも、低体温症でピンチに陥ったり、長期の怪我の要因となったら、山に行けなくなったりと、リスクがリスクを呼ぶ循環に。

物忘れが多くなる=ロープはどっち引きだっけ?というのは、若い時より注意が要りますし、俺の手袋どこ?!さっき、ぽっけに入れてたよ、なんてのも増えます。

そういう意味で、いろいろと注意していくことが増えますが、全く覚えていない人よりマシで、新人さんは、「セルフ取りました」と言って、セルフを解除したりします。全く分かっていない人の危なさはないです。

また、経験値が高いということは、自己管理力が上がるので、たとえ末端の血管が弱くなっても、手首にカイロ張るという知恵があり、それを怠ることがないので、それがない若い人より、むしろ安全な人もいます。

というようなことを、事細かく解説するのは、めんどくさいので、一般的に、山やは

「安全かどうかは、その人による」

という言い方をして、結果

うーん、分かったような、分からないような?

と山を知らない人には感じさせてしまいます。

要するに必要なのは、

自分自身をよく知り、
山をよく知り、
予想される個別の事象を一つ一つ、つぶしていく…

ということです。

■ ついていくのが使命っておかしい

山域概念図が頭に入っておらず、右も左もわからないでバリエーションへという人は、ものすごく中高年に多いです。それは、たぶん、

リーダーについていくもの、という固定観念



山に行く前に、どういう知識がないと危ないことになるか?という山行シミュレーション

が、不足しているからなのではないか?と思います。

風が強かったら、どうするか?
雪が降っていたら、どうするか?
トレースがなかったら、どうするか?

いちいち個別に事象を予想して(仮説思考)、そのリスクに備え、

(リスクいっぱいで行けない)を(リスクはあるけど行ける)にひっくり返していく、

というのがゲームの本質だと思うのですが、違うのかな?

Wednesday, January 3, 2018

あなたはどう考えますか?

八ヶ岳で遭難がありました。

こちらがそのニュースです。
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八ヶ岳で遭難の2人 無事発見
八ヶ岳で登山をしていた60代の男女2人が1日から一時、連絡がとれなくなりましたが、警察などが捜索した結果けさ無事に発見され、2人ともけがはないということです。

1日午後10時半ごろ、八ヶ岳で登山をしていた大阪の67歳の男性と香川県の68歳の女性の2人と連絡が取れなくなったと、一緒に登っていた仲間から山小屋を通じて警察に通報がありました。
警察によりますと、2人は仲間2人とともに先月31日から八ヶ岳に入り、1日は標高2800メートル付近の切り立った岩場を登ったあと、2人ずつに分かれて下山していたということです。
しかし、2人は夜になっても山小屋に戻らず、連絡がとれなくなっていました。
警察や地元の山岳遭難防止対策協会では、2人が遭難した可能性があるとみて、2日午前6時頃から捜索を行ったところ、午前7時半すぎに対策協会の隊員が2人がビバークしているのを発見し救助しました。
2人とも自力で歩くことができ、けがはないということです。
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そして、こちらが、救助した人の弁。
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パトロールから戻り束の間の正月気分を破って遭難が起きました。‼️
未明に電話で2名パーティーが消息不明とのこと。
風雪の中、遭難者探しながら登り、担ぎ降ろす💦最悪のシナリオも考慮した装備を揃えて出動いたしました。非番の隊員にも稜線の捜索を依頼。

風裏でビバークしている二人を発見、無事救助できました。

遭難した原因はいろいろありますが、一番は、体力も技術も無く登ることに時間掛かり過ぎたこと(要するに本来はバリエーションに入ってはいけない方々)

当人も予期せぬビバークで辛い思いをしたでしょうが、当直明けで、ほとんど睡眠も取れないまま、出動。実家に向かうはずだった隊員もいます。

呼べば来てくれる…なんて思わないでほしい。
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そして、こちらが、何も知らない人がニュースを聞いた感想。
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この時期、夏と違って運だけではビバークできない
適切な判断と装備と、耐えうるだけの体力、経験があったのだと思います
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さて、この状況、あなたはどう考えますか? 

目も当てられない、トンデモ状況と私には思えます。

登山を仮説思考のゲームとして捉える視点

■ リーダーがリーダーを集める

人と人との関係は、もともとが難しいものですが、特にクライミングというのは、

 命がかかる

ので、結局のところ、どのような山をしているか?ということで、その人の本来の姿が浮き彫りになります…。

そして、クライミングのパートナーは、結局のところ、どういう種類の絆で結ばれているか?ということが、分かります。

山の切れ目が縁の切れ目、というような関係は、

とても利己的な関係

です。カネの切れ目が縁の切れ目、というような関係と同類で、そのような関係を続けていると、心がすさんだ人間になっていきます。

もちろん、基本的な、ギブ&テイクの関係は、ある程度バランスが取れていることは大事ですが。そこは基本であって、それだけではないです。

 利己心以上の結びつき

つまり、

 友情

が大事です。友情となると、共感がベースにあり、共感がベースにあると、それは自分と似ている、ということです。

■ リーダー性がある人はリーダー性がある人と友情で繋がるらしい

最近、思ったことは、私の最初の師匠をはじめ、私を教えてくださる方は、改めて考えるまでもないですが、皆さん、リーダーであるということです。

私は登山では、大体リーダーをしなくてはならないです。

熟練者のリーダーから見ると、まだ自分自身の登山者としての成長もおぼつかないのに、リーダーをしなくてはならず、気の毒に見えるのだろう…と思います。

というのは、私自身が、後輩に対しては、そのように思うからです。

連れて行くメンバーの知識レベルが自分と同等だとリーダーは楽です。

計画段階で、天候が核心と分かってくれていれば、天候と行動時間の競争になることは、何も言わずに分かるはずですし、

ガスが広がってきたら、ホワイトアウトを懸念し、

時間のわりに標高差を稼げなかったら、へっでん下山を心配し、

そこに高齢者がいれば、つまり、視野が悪くて、転滑落の危険の増えるということですし

だとするとそのような場合に備えて、動けるメンバーがいるか?ということも連想の範囲内です

リーダー任せで思考停止の人は、本当に何も思考していません。自分は歩くだけが役割だ、という認識でいたりします…。

それは、たぶん、日本の義務教育で、

言うとおりにする
何も考えないで既定路線を行く

を至高命令にしてしまったからかもしれないので、その人だけのせいではないかもしれませんが、それが結局は、パーティ全体を死に陥れる…ということもあります。

その事例が、日本山岳会広島支部の沢登での遭難と思えます。

たった一人が突っ込んで沢を渡ったおかげで、あとの2名は巻き添え死です。

■ 対策

そうなると、次なる対策は、ということですが…

私は、

リスクに対する仮説思考

が一般登山者には不足しているのではないか?と思うのです。例えば、沢登りでは、

増水していたらどうするか?

ということは、当然ありうる事態なので、その事態になるまで考えていない、という状態である必要は、全くないのです。

ロープ出して渡る、

としても、だれがどのように?とか、どの程度の増水なら行くのか?とか、そういうことはあらかじめ考えてから行くものです。

が、これらは、言語化されていません。非言語で伝統的に伝えられ、非言語で学ばれ(盗まれ)ていたことなのです。

したがって、非言語のコミュニケーション能力が低い人には、まったく何も通じないのと同じになります。

そして、そのような人は、パーティにとって遭難の火種となることが多いのです。

■ 信頼の問題

これまでは、こうした問題は、

リーダーに対する信頼の問題

と考えられてきました。というのは、メンバーの側に立つと、言語化されない知識に、信頼を預けないといけなかったからです。

リーダーは、もちろん知識で判断しているわけですが、それが言語化されない場合、ブラックボックス化してしまいます。

昔の山岳雑誌では、そのブラックボックスになっている部分が、比較的説明されていたように思えます。

が、最近の山岳雑誌では、まったく説明されず、情緒的な表現でおしまいです。

例えば、頑張れば夢はかなう、風になんか負けるもんか、などです。

■ 具体的な対策が必要

情緒よりも、もっと大事なのは、どうすればよいのか?という解決策です。

やはり、山については、座学での勉強が大事だと思います。

が、例えば、リスクマネジメントに役立たない知識を問うても仕方がないと思います。

例えば、山では標高が100m上がるごとに0.6度気温が下がる、という知識は、基本的で山ヤならみんな知っている知識ですが、

三大北壁登頂者は誰か?という知識と比べると、リスクマネジメントにおいては、後者はハッキリ言ってどうでもいいかもしれません。

今遭難している人たちに必要な知識を先に入れないと意味がない。

山の資格検定なども、見かけますが、そういう意味で、資格が出てきても、遭難者数の低下に寄与していないのは、たぶん、そういう意味なのではないかと思います。

■ 抽象的思考力を鍛える必要

登山者の思考停止は、私は依存的なマインドが問題なのだと思っていましたが、問題のねっこはそうではなく、

抽象的思考力

が不足しているのでしょう。フリン効果と言って、セクハラや人種差別する人は、抽象的思考能力の欠如…つまり共感力のなさ…自分の娘がセクハラされたらいやでしょう…が、セクハラする男性の問題点なのだそうです。

これを聞いたときに、なるほど、そうだろうな、と思いました。

登山は絶好の仮説思考のゲームです。仮説が間違うと、死に至ることもあるのですから。








Tuesday, January 2, 2018

日本山岳会支部の遭難

こちらは昨日飛び込んできた遭難事例。
もう何も言うことはないと思いますが…。
ここから導けることは何か?
それを議論の対象とするべきかと。日本の一般社会でも企業不祥事の多い2017年でした。
不祥事に蓋する体質が改まりつつある事例として、正直であることの良さを認めましょう。
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29日午前10時50分ごろ、北海道平取(びらとり)町の幌尻岳(ぽろしりだけ)(2052メートル)で、登山をしていた日本山岳会広島支部(広島市)の男女8人のグループのうち、男性3人が川に流されたと、付近の幌尻山荘から119番があった。地元消防によると、3人は道防災ヘリで救助されたが、いずれも搬送先の病院で死亡が確認された。
     死亡したのは東広島市高屋町小谷、自営業、日高孝司さん(64)▽広島市安芸区矢野西3、無職、金行卓郎さん(64)▽山口県周南市須々万本郷、会社員、荒本正之さん(73)。
     道警門別署によると、8人は29日朝に宿泊先の幌尻山荘から下山する途中、川幅約10メートルの額平(ぬかびら)川を命綱を使って渡った際、先頭から2番目にいた日高さんが足を滑らし転倒。先頭の金行さんと後ろにいた荒本さんが抱きかかえて助けようとしたが、3人とも水中に沈んだという。現場周辺は当時、雨が降っており、水深が約1メートルあった。メンバーの広島市の福川渉さん(66)は下山後、報道陣に対し「水の流れが多少強かったが、行けると思った。山小屋にとどまる選択肢もあったが、全員の総意だった」と話した。
     日本山岳会広島支部によると、8人は7泊8日の日程で24日に北海道入りし、上川地方の十勝岳などに登った後、28日に平取方面から幌尻岳に向かう「額平川ルート」で入山した。【福島英博、源馬のぞみ、三沢邦彦】

    経験も判断力も

     北海道の幌尻岳で川に流された3人が所属していた日本山岳会広島支部によると、3人は北アルプスの白馬岳などの登山経験もあり、登山ルートや行程に注意を払い、天候が悪化すれば断念するなど判断力もあった。【東久保逸夫】
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーhttps://mainichi.jp/articles/20170830/ddn/041/040/022000c

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    29日午前10時50分ごろ、北海道平取(びらとり)町の幌尻岳(ぽろしりだけ)(2052メートル)で、登山をしていた日本山岳会広島支部(広島市)の男女8人のグループのうち、男性3人が川に流されたと、付近の幌尻山荘から119番があった。地元消防によると、3人は道防災ヘリで救助されたが、いずれも搬送先の病院で死亡が確認された。
       死亡したのは東広島市高屋町小谷、自営業、日高孝司さん(64)▽広島市安芸区矢野西3、無職、金行卓郎さん(64)▽山口県周南市須々万本郷、会社員、荒本正之さん(73)。
       道警門別署によると、8人は29日朝に宿泊先の幌尻山荘から下山する途中、川幅約10メートルの額平(ぬかびら)川を命綱を使って渡った際、先頭から2番目にいた日高さんが足を滑らし転倒。先頭の金行さんと後ろにいた荒本さんが抱きかかえて助けようとしたが、3人とも水中に沈んだという。現場周辺は当時、雨が降っており、水深が約1メートルあった。メンバーの広島市の福川渉さん(66)は下山後、報道陣に対し「水の流れが多少強かったが、行けると思った。全員の総意だった」と話した。
       札幌管区気象台によると、平取町では29日未明から雨が降り続き、降水量は同日午前4時からの1時間で12ミリあった。【福島英博、源馬のぞみ、三沢邦彦】

      日高山脈最高峰、難度高いコース

       幌尻岳は北海道中南部の日高山脈の最高峰で、日本百名山の一つ。平取、新冠両町にまたがり、平取側ルートの「額平川コース」は沢渡りを十数回繰り返す難易度の高いコースとして知られる。毎年夏に山頂一面に高山植物が咲き、日高山脈の山並みが一望できると人気で、毎年約2000人が入山する。
       場所によって水流の強いところがあり、渓谷が深いため、雨になると急激に水位が上がことが多く、増水した川に流されたり、沢の途中で逃げ場がなくなったりするケースが相次いでいる。昨年8月に70代の男性が登山道から沢に転落して死亡。2010年には50~60代の女性4人が川の急流に足を取られ、1人が死亡するなど事故が起きている。【三沢邦彦】

      「経験、判断力あった」

       川に流された3人が所属していた日本山岳会広島支部によると、3人は北アルプスの白馬岳などの登山経験もあり、登山ルートや行程に注意を払い、天候が悪化すれば断念するなど判断力もあった。
       同支部では昨年11月にも、ベテラン会員と学生の計2人が富士山で滑落死する事故があり、安全管理の徹底を呼びかけてきた。八幡浩支部長(70)は報道陣の取材に「ショックを受けている。原因が分かるまで、支部で登山をやめることも検討しないといけない」と話した。【東久保逸夫】
      ーーーーーーーーーーーーーーhttps://mainichi.jp/articles/20170830/ddr/041/040/003000c

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      北海道平取(びらとり)町の幌尻岳(ぽろしりだけ)(2052メートル)で今年8月、公益社団法人「日本山岳会」広島支部の60~70代の男性3人が川に流され死亡した事故で、同支部が事故原因を「リーダーが遭難防止の判断を行っておらず、各自バラバラに行動した」などとする報告書をまとめたことが同支部への取材で分かった。山岳事故が増加する中、力量のあるリーダーの不足が課題となっており、報告書はこうした実態を同支部は昨年にも死亡事故を起こしており、同法人を監督する内閣府に求められ、12月に提出した。山岳事故の報告書は内部での情報共有を目的に作成されるため、内容が明らかになることは異例だ。
       事故は8月29日朝、男女8人のグループで宿泊先の山荘から下山する途中に発生。雨の中、幅約10メートルの川をロープを使って渡った際、1人が足を滑らせ転倒し、近くの2人が助けに入ったが、3人とも溺れて死亡した。川は増水していたという。
       報告書などによると、リーダーは同支部に入会して約10年のベテランで、研修会などで会員を指導していた。他の7人は沢登りの初心者だった。事故当日、午後から天候が回復するとの見通しを山荘管理人から聞いたが、リーダーは待機するかどうかの判断をせず、成り行きに任せて下山を開始。リーダーは事故現場で「川の流れが速いので渡れない」と発言したが、その後、リーダーが知らないうちに一部のメンバーがロープを使って渡ると決め、動き出してしまった。報告書は「リーダーシップを発揮できなかった」とし、1人が転倒した後はパニック状態に陥り、2次災害を防ぐための冷静さを全員が欠いていたと結論付けた。
       山岳事故の調査分析が専門の青山千彰・関西大名誉教授は「リーダーが暫定的な役割でしかなかった可能性があり、全員のリスク対応の甘さにも問題があった。組織としてリーダー育成に取り組むなど事故防止策を考え直すべきだ」と話す。
       同支部では昨年11月にも富士山の登山中に会員と男子学生計2人が滑落死する事故が発生。現在は活動をほぼ停止している。【東久保逸夫】

      登山リーダー育成急務

       警察庁によると、登山ブームを背景に山岳遭難事故は急増しており、昨年は全国で2495件発生。過去最多だった前年に次ぐ多さだった。遭難者は2929人で、うち60代と70代が4割強を占めた。登山者の団体は実地訓練などリーダーの養成研修に力を入れている。
       グループ登山ではリーダーが危険予知と回避義務などの責任を負うとされ、刑事処分を受けたケースもある。2009年に8人が亡くなった北海道大雪山系トムラウシ山(2141メートル)の遭難事故では、天候を顧みず強行的なスケジュールで引率したなどとして、警察がツアー会社の男性ガイドらを業務上過失致死傷容疑で書類送検した。
       友人同士のグループでの登山はリーダーの位置付けがあいまいになりがちで、リーダーシップが発揮しにくいという。幌尻岳の事故のグループも友人関係で、パーティー全体でリーダーの判断を尊重する姿勢がみられなかった。日本山岳会のある会員は「登山ブームで比較的簡単な山しか経験のない会員も増えている。登山歴が長いだけではリーダーとしての危機対応能力を備えているとはいえない」と指摘する。【東久保逸夫】
      ーーーーーーーーーーーーーーhttps://mainichi.jp/articles/20171231/k00/00m/040/124000c



      仮説思考

      ■ 必要とされているのは自立ではなく、仮説思考

      山小屋バイト中よくあった言葉。私にも登れるんでしょうか?という言葉。

      こういうことをいう人には、山は徹底的に向いていない。

      私はこういうことを言う人は、依存的な人だと思っていた。その人が登れるかどうかなんて、こちらには判断する材料が何もない。

      しかし、依存的な人なのではなく、仮説思考ができない人、なのだと気が付いた。

      ■ 仮説思考の仕方

      一般登山にも、アルパインクライミングにも、

        自分が登れるかどうか?という問い

      に対して、


        仮説思考

      が必要だ。だが、今の義務教育は、答えの暗記が得意な人ほど高得点を取る仕組みになっているため、ほとんどの人は、この山に自分が登れるかどうかについて、解決案を出す方法を知らない。つまり、仮説思考で考えられない。

      一般登山の場合、標高差と距離、つまり、山の大きさ、で、自分が登れるかどうかは、おおよそ知ることができ、そこから難易度、岩という要素があるかどうか、天候、季節、という要素を加えていくことで、おおよそ正しい予測ができる。

      例えば、最初に3時間程度のハイキングの山に行って、自分の脚力をチェックする。3時間で足がガクガクいうようなら、6時間の山なんて無理だということは自明だろう。

      岩の要素があれば、岩場が少しある山に行って、同じように試してみる。

      季節を変えれば、同じように短時間のところから試してみる。

      天候も同じだ。雨の山は悪くない。しかし、3時間の雨の山と10時間も雨にあたり続ける山では違うのは自明だろう。

      新しい条件が加わるときは、常にその経験は データ取り だ。

      ■ アルパインクライミングへのステップ

      この一般登山で培った仮説思考があまり役立たないのが、アルパインクライミングだ。

      一気に仮説の前提が崩れるからだ。

      例えば、一般登山では、私は歩き1時間標高差440mくらい登れる。が、そういうデータは、まったくアルパインでは役立たたない。岩登りは異様に時間がかかる。したがって、新しいデータが必要になる。

      ■ 経験者同行のこと、とされているルート

      登山体系や赤本を見ても、

       経験者と同行のこと

      と条件づけられるルートが多数出ており、それらは初心者向きのことが多い。

      このセリフの理由は、登る本人がもっている仮説が、おそらく間違っている、という可能性が大きいルートですよ、という意味だ。

      一般に、アルパインクライミング入門者は、一般登山者時代に培った経験値をアルパインに適用しようとしており、難しい山を楽勝だと思っていたり、楽勝の山をひときわ難しく考えていたりする。

      例えば、ロープが出る山が初年度で三つ峠3Pで2時間半かかっているのに、北岳バットレス四尾根は無謀だということが分からない。

       山には順番がある 

      と言われるのは、この仮説を正しく身に着けるためだ。

      赤本に乗っているようなルートは、いわばトップロープクライミングのようなもの、それらで培ったデータで適切な仮説をもって、本番の山、つまり未踏の場所に出かけていくためにあるのだ。

      経験者は経験があるだけに、仮説が的を得ている、というか、すでに仮説ではなくなっている、ということ。

      余談だが、もし身近に要る人が間違った仮説を立てて、山に登ろうとしていたら、教えてあげるのが、山ヤの友情というものだ。

      山ヤになりたい人は、正しく仮説思考を身につけなくてはならない。

      いわゆる、わかっていないことが分かっていないという段階というのは、仮説思考の仮説が大幅に間違っている、ずれている状態ということです。

      Monday, January 1, 2018

      謹賀新年2018…意識的な山ヤへの道を歩みたい人たちと

      ■ 謹賀新年2018

      新年あけましておめでとうございます。今年も皆様にとって充実した時間でありますように。

      ■ アルパイン入門時代に死なないで!

      私は山が嵩じて、アルパインクライミングへ進んだ者ですが、私の周辺では、入門時代に山で亡くなる人が後を絶たない(><)

      みな体力もあるし、知性も人並み以上の人たちです。ですから、死の要因は別にありますね。

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      入門レベルのアルパインクライミングにおける、安全を最も重視した成長戦略を、同様のアルパイン入門者に紹介すること、
      ーーーーーーー
      が、もしかしたら、この8年間、当ブログで私が今までやってきたことかな??と思います。

      入門時代に山で亡くなる人が後を絶たないからです(><)

      入門アルパインで死んでしまわないための方法論として、私より世代が上の人たちは

       体力を上げる

      だけしか、方法論を持っておらず、本来は、ほかにもいろいろな、リスクマネジメント法があるにもかかわらず、体力だけでも…という気持ちが、結果としては、体力一点豪華主義を結果として、助長してきたと思います。

      大事なことは

       心・技・体・知・経のバランス

      です。そのバランスのとり方は、以前は、山岳会という枠組みで、

      非言語コミュニケーション

      にて行われてきたものです。

      例えば、

      赤本を知らない(=知の技量が不足している)のに、バリエーションルート。

      本来、自分の力でいっていたら起こりえない事態ですが、実際にそういう人はいます。かつては、そこで経験から、自分の知識不足を感じ、必死で勉強したので問題がなかったのでしょうが、現代の人は、忙しくなったことやそこまで深く考える人が減ったこともあり、連れていかれて終わりで、自分がどこの何て言う名前のルートに行ったのかも、分からないままで、終わりです。勉強不足を反省するきっかけに乏しいというわけです。

      ”リードが何か知らないのに岩に行く”、というのも、”知”が不足しているのに、”経”が積み重なり、その経験が知識に転換していない事例です。

      ■ 古い革袋は機能していない

      現代は、山岳会という枠組みは、古い革袋となり、新しいワインには、非言語コミュニケーションでは通じないです。

      外国人に対するのと同じように明確に言語化したコミュニケーションで、

      リスク認知とは何か?

      心・技・体・知・経、の中身は何か?

      言語化して伝える必要があると思います。

      ■ 山で必要とされている言語化能力

      その言語化という能力は、

      ”分かりにくいことを分かるように伝える能力”

      という私のテクニカルライター時代の能力が生かせるわけで、そこに私自身は、自分の有用性、存在意義、を見出しています。

      もちろん、私自身がまだアルパイン入門者から初級者への脱皮を図ろうという段階ですので、私自身が理解不足のところもあります。

      しかし、なぜか私には、ベテランたちも熱心に教えてくださります。ありがたいことです。それはなぜか?私は女性であるため、ということもあるでしょうし、情熱が垣間見えるせいもあるでしょう。

      そして、周囲の人を見渡すと、もしかして、私以外の人には、得難い教えなのではないか?と思います。

      というようなことで、引き続き、この道は続いているようですので、続く限り歩く予定です。基本的にレッドカーペットが敷かれているのに、歩かないのはもったいないと思うのです。

      しかしながら、この道は、山岳会に属してさえいれば、自動的に先輩が行く山を選んでくれ、自分で考えなくても、数年属していれば、なんとなく成長できたという、これまでの在り方…いうなれば、漠然と育った山ヤ…とは違う道です。

      自分で開拓し、自分で成長を選び取っていく、道なき道です。いうなれば、

        より自由意思に裏付けされた意識的な山ヤへの道

      です。

      同じ道を行く同志と繋がりたい、互いに役立つ情報をシェアしていきたいと考えています。