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Friday, January 10, 2020
Tuesday, February 5, 2019
ネイリングの習得 いきなりヨセミテ?!
これは大人の山岳部からのQ&Aです。この中では
実際のことろ、現在、国内では、ネイリングを駆使するルートは限られています
とあります。要するにハーケンを打つルートということです。
実際、私の先輩でアルパイン歴が10年ほどの人がいますが、ハーケンを打つことは沢ではあっても、岩ではほとんどないとのことです。私自身もハーケンは沢には持っていきますが、岩には持っていったことがありません。
私自身も、これまで行ったルートでは、ほぼほぼボルトが整備され(落ちれないボルトだとしても)、それは、基本的にフリーで登り、落ちない力をつけてから行きます。つまり…行こうとするルートの2段階上のグレードが目安です…例としては、5.7のルートに行くなら、5.9が登れる…をつけてからしか行かないです。
ので、ボルトの存在意義が限りなく低いために問題になっていません。要するに落ちる人はいないという意味です。
現代のクライマーの登り方です。
■ いただいたコメント
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ヨセミテでいきなり練習?
シングルピッチのフリークライミングを十分していない人が、例えば瑞牆のマルチピッチでフリーの練習をしますかね。
初級ルートでネイリングなんかするところがあるんですかね。クラックをトップロープで登っただけでは、カムをセットし、それが墜落に耐えられるかわからないのと同じです。
エイド経験者と同行しても、たいしたことはわからないです。
ピトンは自分で打って荷重して効きを感覚として覚えるものです。
トップロープでクラックを登っても、カムのセットや墜落したら大丈夫かは分からないのと同じです。
この回答者は自分でろくにハーケンを打ったことないでしょう。
GWの奥穂にスニーカーにアイゼンを付ければ登れますくらい、いい加減です。
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全くその通りだと思います。ネイリング=ハーケンを打つこと、は、やり始めて2~3か月かかるスキルのようです。
こちらに別のベテランの意見がありますので、ご参考にしてください。
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■ 2グレード下のルートに行く
■ セカンドなら墜落もありのルート フリーのマルチ
■ ハーケンを打っても良いゲレンデ
越沢、葛葉川、松木沢などが関東エリアではハーケン打ちの練習に使用可能なゲレンデです。
国内でピトン打ちをしないで、いきなりヨセミテのビックウォールでネイリングなんかしたら大迷惑です。
初級ルートでネイリングなんかするところがあるんですかね。クラックをトップロープで登っただけでは、カムをセットし、それが墜落に耐えられるかわからないのと同じです。
エイド経験者と同行しても、たいしたことはわからないです。
ピトンは自分で打って荷重して効きを感覚として覚えるものです。
トップロープでクラックを登っても、カムのセットや墜落したら大丈夫かは分からないのと同じです。
この回答者は自分でろくにハーケンを打ったことないでしょう。
GWの奥穂にスニーカーにアイゼンを付ければ登れますくらい、いい加減です。
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全くその通りだと思います。ネイリング=ハーケンを打つこと、は、やり始めて2~3か月かかるスキルのようです。
こちらに別のベテランの意見がありますので、ご参考にしてください。
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随時、ルートの状態でハーケン打ちやボルト打ちも適当にします。
ランニングビレイやアンカー作りは野北や日向神が一番良いと思いますよ。
毎週通えば、2〜3ヶ月で不安を払拭できると思います〜。
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2,3か月というと土日で、8回から12回。それくらいの練習が必要ということで、現代のフリークライマーだと、野北なんて、フリーで楽勝で登れてしまうので、ただ退屈してしまうかもしれません。こんなに通う気になれないかも。
■ リムーバブルプロテクション
ハーケンはエイド用です。つまり、静荷重には耐えられますが、衝撃荷重がかかる墜落に耐えれるか?は打つ人や岩の質にもより、耐えることは最初からあまり念頭にあるプロテクションではありません。
一方、現代のリムーバブルプロテクション、つまりカムは、基本的には、墜落に耐えることが前提です。
ハーケンもカムも回収が前提ですし、それならハーケンよりも、カムで行くほうがより安全ですね。
ハーケンもカムも回収が前提ですし、それならハーケンよりも、カムで行くほうがより安全ですね。
マイクロナッツという選択肢もあります。これについては、まだよく知りません。ハーケンよりもナッツのほうが高額なのではないかと思いますが。
■ 2グレード下のルートに行く
どちらにしても、現代のクライマーは、ルートに出る前に高い登攀力…5.9がオンサイト出来る…程度を人工壁と外岩ゲレンデで身につけてから、外岩デビューすることをお勧めします。
理由は、バリエーションルートの易しいルートでも、原則落ちれない、腐敗したハーケンやリングボルト、あるいは、オールアンカーと言われる現代の安全水準に満たないボルトが、易しいルートでは主体だからです。
これらのボルトは墜落には耐える設計強度はありません。
一般に現代のクライマーは5.7などでは落ちないですので、そう言ったルートの腐食したボルトを、墜落可能な強度があるボルトに打ち替えようとは、誰も思いません。
ちなみに落ちそうになったら、Aゼロしてください。
一般に現代のクライマーは5.7などでは落ちないですので、そう言ったルートの腐食したボルトを、墜落可能な強度があるボルトに打ち替えようとは、誰も思いません。
ちなみに落ちそうになったら、Aゼロしてください。
■ お勧め初級ルート
落ちない前提で、ですが、三つ峠は、一般にハーケンとリングボルトで構成された、マルチピッチの登攀ルートで、基本的に北アでのアルパインルートの練習場所とされています。
三つ峠を落ちずに登るには、ですが、まぁ背が高い一般的な運動能力の男性だと、最初から特に練習を必要とせず、登れるのではないかと思います。
が、例外もあります。例えば学生時代から運動神経はイマイチだという自覚がある人だったり、50代になてクライミングをスタートするなどだったり、慌て者の性格だったりする人は、事前にクライミングジムや人工壁に3か月程度通うほうが良いかもしれません。ジムグレードで、6級程度の登攀力という感じでした。
6級なんてものは、20代の男子であれば、ジムに来た初日に登れますが、それでも腕は張るし、ムーブはこなれてはいないというような感じです。女性であれば腕力がないので、ジムでは被りが出てくるので登れたり登れなかったりですが、三つ峠では傾斜が寝ていて、腕力が必要な個所はないと思うので、そう問題にならないと思います。
三つ峠は決して落ちれないマルチピッチですが、登山靴で開かれた岩場だけに、三つ峠で落ちる人というのは、結局のところ、よほどの人か、もしくはロープワークを理解する前に来てしまい、自分でセルフを外すような人です。
死者はガイド山行ですら出ていますので、現代の高齢化した初心者の方は、ジムで保険をかけてください。
昔の新人というのは、ほぼ20代の若者です。こうした人たちに楽勝で登れたとしても、現代の高齢化した新人は、きつい可能性があると思います。50代の男性新人で、登攀力を磨く前のスタート時の能力が42歳でスタートした私よりもはるかに低い人を2名、すでに見ています。30代の男性、20代の男性でも、人工壁で私より登れずに落ちている人というのは結構います。自分のタイプを見分けてください。
死者はガイド山行ですら出ていますので、現代の高齢化した初心者の方は、ジムで保険をかけてください。
昔の新人というのは、ほぼ20代の若者です。こうした人たちに楽勝で登れたとしても、現代の高齢化した新人は、きつい可能性があると思います。50代の男性新人で、登攀力を磨く前のスタート時の能力が42歳でスタートした私よりもはるかに低い人を2名、すでに見ています。30代の男性、20代の男性でも、人工壁で私より登れずに落ちている人というのは結構います。自分のタイプを見分けてください。
■ セカンドなら墜落もありのルート フリーのマルチ
三つ峠の後は、私は春の戻り雪3Pでデビューしましたが、こちらは、セカンドで行くなら墜落は許容できます。アンカーも、中間支点もしっかりとしています。
ところがリードとなると話は別です。核心は大ランナウト、です。この意味するところは、落ちると大怪我という意味です。ので、いくらグレードが5.7とはいえ、きちんとリードする能力を磨いてから、リードで登るべきです。
ので、5.9がショートでリードできるようになってから、行けば、リードにもゆとりがあり楽しめるでしょう。直上ではなく、右上したり、立木で懸垂したりも出てくるので、
ショートとは違う危険個所もあり、勉強になると思います。
これに取り付く前に十分な登攀力を持っていかないと、リードで落ちれば怪我になります。
■ ハーケンを打つ経験値を積めない
ハーケンを打つ経験値を現代のクライマーは、ヨセミテが視野に入る登攀能力がつくまで、積むことができません。
が、それは、どれくらいの登攀能力か?というと、5.12くらいです。
が、それは、どれくらいの登攀能力か?というと、5.12くらいです。
5.12が数本RPできる…というくらいになれば、ヨセミテのビッグウォールが視野に入ってきます。
その程度の登攀能力ができないと、ヨセミテビッグウォールは時期尚早ということですが、ビッグウォールではオールフリーは要求されていません。
あくまで、スピードが優先になり、セカンドはオールユマールも許されています。またリードであってもピッチ数が多く、とてもオールフリーでこなすのは大変すぎるので、この時になって初めて、ネイリングという技術が前進のために必要になる、ということになっています。
昔の新人が入門1年目にやったようなことを、入門して10年目でやっと必要が出てくる、ということです。
このような状況に現代のクライマーはあります。
どんな山やさんも、言ってくださることは、それぞれ真実なのですが、現代のアルパインで成長する人の困難は、言われた通りにしたら死ぬかもしれないので、自分で客観的に自分の実力を見て、最善のパスを見出すということです。
越沢、葛葉川、松木沢などが関東エリアではハーケン打ちの練習に使用可能なゲレンデです。
Friday, February 1, 2019
ジャンの奥様
■ 「危険」か「困難」か?
こんな話です。 (赤字当方)
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とある日のお話、ヨーロッパのハイソなご夫婦が日本の「ビギナーズロッククライミングルート」であると聞きつけて西穂からの縦走に挑みました。
次々と現れる「困難」というより「危険」というべき難所に段々とイヤ気がしてきたらしいその若奥様を、旦那さんはなんとか宥めすかしながら、それでもようやくジャンダルムを越えてあと少しで奥穂という所までこぎつけたのです。
ところが最後の難所”馬ノ背”を前に彼女は「こんなアブナイ所を行けるワケないでショ! ワタシハモウイヤヨッ‼︎」と動けなく(動かなく?)なってしまったのです。
困り果てた旦那さんはとうとうレスキュー要請を出すに至ったのですが、通報を受けて僕たちが駆けつけてみると先のような事情であったので特に怪我をしているわけでもなく「まぁ、ほんならロープ確保しよか…」とルート工作することになりました。
そうこうする所へやはり西穂からの縦走のおじさんたちが4、5名ほどポツリポツリと馬ノ背に差し掛かってきます。
救助活動中であるので先に行っていただくことにして「どうぞ〜」と声をかけます。
すると「えぇ…」と答えるどの方も、その足取りは重くかなりお疲れの様子。
「コレ越えればもう難所はないですヨ。奥穂もすぐソコです!」という僕の言葉に頷きはするものの、何だかもうヘロヘロでみなさん通過して行かれます。
やがてロープセットも完了し、念のためショートロープで確保しながら彼女を促して馬ノ背へ取り付くと、なんと見事なバランスと身のこなしではありませんか。
そのことを後で彼女に尋ねると、ヨーロッパのドロミテなどでロッククライミングの経験はかなりあるとのこと。
でもそれは全てプロガイドとロープをつないでのクライミングであって、馬ノ背のような岩場をプロテクションもなしにひとりで歩くなんて考えられないということでした。
「うーん… そりゃあ、彼女の感覚の方がもっともなのかもしれんなぁ… だいたいにおいて、麦わら帽子をザックにくくりつけたようなおっちゃんが、ヨタヨタと馬ノ背を歩いとることの方がオカシイよなぁ」などと思いつつ、その若奥様とロープをつないだまま小屋へと向かいました。
その道すがら、結局は馬ノ背で先行してもらった方々は全て追い抜いてしまい「こらぁレスキューせなあかん人を、オレは間違えとるんとちゃうやろか?」とつぶやく始末。
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こんな話です。 (赤字当方)
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とある日のお話、ヨーロッパのハイソなご夫婦が日本の「ビギナーズロッククライミングルート」であると聞きつけて西穂からの縦走に挑みました。
次々と現れる「困難」というより「危険」というべき難所に段々とイヤ気がしてきたらしいその若奥様を、旦那さんはなんとか宥めすかしながら、それでもようやくジャンダルムを越えてあと少しで奥穂という所までこぎつけたのです。
ところが最後の難所”馬ノ背”を前に彼女は「こんなアブナイ所を行けるワケないでショ! ワタシハモウイヤヨッ‼︎」と動けなく(動かなく?)なってしまったのです。
困り果てた旦那さんはとうとうレスキュー要請を出すに至ったのですが、通報を受けて僕たちが駆けつけてみると先のような事情であったので特に怪我をしているわけでもなく「まぁ、ほんならロープ確保しよか…」とルート工作することになりました。
そうこうする所へやはり西穂からの縦走のおじさんたちが4、5名ほどポツリポツリと馬ノ背に差し掛かってきます。
救助活動中であるので先に行っていただくことにして「どうぞ〜」と声をかけます。
すると「えぇ…」と答えるどの方も、その足取りは重くかなりお疲れの様子。
「コレ越えればもう難所はないですヨ。奥穂もすぐソコです!」という僕の言葉に頷きはするものの、何だかもうヘロヘロでみなさん通過して行かれます。
やがてロープセットも完了し、念のためショートロープで確保しながら彼女を促して馬ノ背へ取り付くと、なんと見事なバランスと身のこなしではありませんか。
そのことを後で彼女に尋ねると、ヨーロッパのドロミテなどでロッククライミングの経験はかなりあるとのこと。
でもそれは全てプロガイドとロープをつないでのクライミングであって、馬ノ背のような岩場をプロテクションもなしにひとりで歩くなんて考えられないということでした。
「うーん… そりゃあ、彼女の感覚の方がもっともなのかもしれんなぁ… だいたいにおいて、麦わら帽子をザックにくくりつけたようなおっちゃんが、ヨタヨタと馬ノ背を歩いとることの方がオカシイよなぁ」などと思いつつ、その若奥様とロープをつないだまま小屋へと向かいました。
その道すがら、結局は馬ノ背で先行してもらった方々は全て追い抜いてしまい「こらぁレスキューせなあかん人を、オレは間違えとるんとちゃうやろか?」とつぶやく始末。
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http://bochiiko8.blog14.fc2.com/?date=20150903&page=0&fbclid=IwAR1TI5XHMxr_2dExgvfYTTLD7SQwECwKaixKkbPLCUsae0Cky0sPQ9pEVRo より引用
■
この事例は、まさに今日本の夏山で起きていることを、如実に物語っていると思います。
私はロープを出す山をしていますが、
ロープを出すのはどこからか?という判断
が、世界と日本では、少し違います。一般にスポーツクライミングといわれる世界では、クライミングそのものを純粋に楽しむため、「危険」は排除することになっているため、落ちたら一巻の終わり、というような場所では、ロープを出します。
しかし、ジャンの馬の背は、スポーツクライミングのグレード(「困難さ」)からすると、非常に低いのです。ですから、そもそも、大学山岳部などの若くて体力がある人が主流だった時代に始まった日本の登山の基準では、これくらいは体力的余力があって当然なので、ロープは出さないでも、「危険」ではなかったのでしょう…
しかし、現代の登山の主力は、20代ではなく、60代、そして70代です…その方たちの体力は、20代の半分。
ということで、そのために危険が増してしまいます。
このヨーロッパの方が、ロープを出さないなら行かない、という判断をしたのであれば、ヨーロッパでは、年齢が言っていなくても、どの年齢でも、このくらいの危険度であれば、ロープを出すのでしょう…
これで日本の縦走路で起こっていることがいかにリスキーなことかわかっていただけたでしょうか?
■ 本チャン
適切な言葉がないため、本チャンという言葉を使わざるを得ませんが、日本ではロープが出るクライミングで、マルチピッチ、山岳縦走とセットで行われるものを本チャンと言っています。
日本の本チャンは、いまだに命の危険がある、非常に危険なものです。
というのは、岩が脆く、また支点類の不朽が激しく、30~40年前のものだからです。しかし、支点を構築する技術というのを磨くことが難しいです。
また歴史上の経緯として、1960年代以前は最高グレードがV級だったため、V級に5.9から現代の最高難度5.15cまで含まれる、ということになってしまっています。
本チャンルートのV級と書いてあるピッチはフリーで行くと、5.15まで出てくる可能性があるということです。もちろん、かつてはボルト連打でⅥ級で登られているのですが、ボルトを撤去する運動が盛んだったため(フリー化)、エイドルートは少々憂き目にあります。
ので、V級A1と言えども、フリー化の結果、非常に大変になる可能性があるということです。
しかも、現代のクライマーは、時間的制約のために昔のクライマーに比較して、体力で劣る傾向にあります。
私の現在の知見では、5.12は昔の人でもトップを登るクライマーは標準的に登っていたグレードであるように思います。今の人はそのグレードに達するのは、昔と比べると比較的環境(ジムや人工壁)に恵まれているのではないかと思われます。
■ 危険が増せば困難が下がり、困難が増せば危険が減る
登山というゲームの本質として、危険が増せば、困難が下がり、困難が増せば危険が下がるというトレードオフの関係にあります。
ので、ジャンダルムでロープを出さないのは、困難度が低いからですが、誰にとっての困難度か?という面で、現代の登山者はかつてのように若者でないことや、組織された登山者でないため知識的にも自分が登れる段階に成長してから来ているわけでない、という面が色濃いです。
Aさんにとって困難ではなくても、Bさんにとっては困難ということがあり得ます。
■ 40kg 5.12
しかし、それでは統一した危険度と困難度をバランスさせて登山というゲームを成立させ難くなりますから、登山者として本チャンに出て良い、一般的なレベルというものがあります。
それは暗黙知で、大体図られていたようですが…
敢えて言葉にすると、40kg 5.12 です。40kg担げて、5.12が登れる。
若い人には比較的達成が容易なレベルだと思います。60代を過ぎて、登山を始めたような方には年寄りの冷や水ですので、チャレンジするにしても徐々に頑張ってください。
ちなみにどちらか一方で達成している人は、比較的多いです。フリーだけに専念すれば、60代でも5.12は達成可能な気がしますし、歩荷だけ、つまり縦走だけに専念しても40kgというのは長時間でなければ、男性は筋肉量が多いので、60代でも大丈夫です。
しかし、両方というのは、若いころ、トップクライマーで鳴らした人でも、なかなか、それを維持するのは厳しいレベルではないでしょうか。
歩荷に必要な足の筋力は重しとなって登攀にとってはトレードオフの関係にあるからです。
Thursday, April 12, 2018
リード登りvsフォロー登り
■アルパイン登りvsフリー登り
アルパインでの、リードはザイルを伸ばしていく…という活動で、実際、登っていると、とても時間がかかります。
それは落ちると、死や怪我に関わるから。
一方、アルパインでもフリーでも、マルチではセカンドはさっさと登る、です。
トップロープばかりの期間が長いと、リスク管理がおろそかなクライミングが身に付きます。
なので、大事なことは、低いグレードを登っている時代から
リスク管理 & 登攀の実力 & スピード
の3つの力をバランスよく育てていくこと。
私が、兜岩でリードした5.8は、翌年は、1ピン目のボルトが増えていました。
セカンド専門クライマーの欠陥は、
一方、登攀力が低くても、リスク管理とセットで成長していけば、小さな山でも、少しづつ、積み上げて登ることができます。
実際、山というのは、リスク管理が楽しみの一部とでもいえるもの、なので、セカンドだけ、というのは、楽しみの一面しか知らない、というのとも、同じ意味になります。
しかし、クライミングでむしろ大事なのは、安定性、です。
安定性とは、悪い時も良い時も登れるグレードという意味です。
安定していないと、リードで取りつくときに、やはりリスクが大きくなるためです。
アルパインでの、リードはザイルを伸ばしていく…という活動で、実際、登っていると、とても時間がかかります。
それは落ちると、死や怪我に関わるから。
特にアルパインではそうで、ビレイがあっても決して落ちてはいけないと教わります。(のため、落ちない程度のところしか、逆に言えば行けません)
フリーの場合は、上手になるためには墜落も含め、できないことをできるようになる、という活動をしないといけない。
フリーの場合は、上手になるためには墜落も含め、できないことをできるようになる、という活動をしないといけない。
頻繁に墜落します。つまり、落ちます。
これは、なかなか切り替えが難しい活動です。
■ セカンドはさっさと登る
これは、なかなか切り替えが難しい活動です。
■ セカンドはさっさと登る
一方、アルパインでもフリーでも、マルチではセカンドはさっさと登る、です。
リードは危険が大きいから、時間をかけても許されますが、セカンドだったら、とにかく早く登ってきてくれないと。
セカンドなのに、フリーにこだわって登る必要はないです。
(でも、へたにエイドするより、フリーで登るほうが、どんな場合も素早く登れます。フリーにこだわるというのは、ロープに頼らない、という意味です)
■ トップロープが長いクライマー
■ トップロープが長いクライマー
トップロープばかりの期間が長いと、リスク管理がおろそかなクライミングが身に付きます。
というのはロープに守られて、今、おちたらどうなるか?という思考をしなくなるから。
つまり、クライミングが大胆だ、ということです。
■ リードは繊細な登り
リード登りは、逆に言えば、大胆ではないクライミング、になります。
つまり、実力が10の力だと仮定しましょう。
トップロープなら12の力が出せても、リードだと8の力しか出せません。
”落ちるリスク”が高いからです。
■ リード経験の積み上げ
■ リード経験の積み上げ
なので、大事なことは、低いグレードを登っている時代から
リスク管理 & 登攀の実力 & スピード
の3つの力をバランスよく育てていくこと。
5.8と登攀が易しくても、落ちたらマズイ場所にある課題は多いです。
■ 実例
■ 実例
私が、兜岩でリードした5.8は、翌年は、1ピン目のボルトが増えていました。
つまり、リスク管理力も、5.8しか登れない頃は、クライミング自体が初心者のため、比較的低い、ということ。
誰かが落ちたのでしょう。
■ セカンド専門クライマーの欠陥
■ セカンド専門クライマーの欠陥
セカンド専門クライマーの欠陥は、
リスク管理不在、
ということです。
これは、肝心の、扇のかなめ、のところが欠けていることになり、自立したクライミングには、それだけ成長しても、結びつきません。
一方、登攀力が低くても、リスク管理とセットで成長していけば、小さな山でも、少しづつ、積み上げて登ることができます。
実際、山というのは、リスク管理が楽しみの一部とでもいえるもの、なので、セカンドだけ、というのは、楽しみの一面しか知らない、というのとも、同じ意味になります。
自分のエゴのために、後輩にセカンドしかさせないクライマーもいるほどだからです。
大事なことは、
大事なことは、
リスク管理、登攀力、スピード、
全部をバランスよく育てていくことで、特定の課題の特定のムーブが、たったの1度だけこなせたら、5.12登れました、というのでは…。
クライミングは、課題により、損と得があるので、自分に合った、どこかの一課題だけでそれを実現しようとしている人は、けっこう多く、そして、それはあまり難しいことではないように、思います。特に若い間に、パワーだけで解決する、というのはありがちです。
■ 安定性
■ 安定性
しかし、クライミングでむしろ大事なのは、安定性、です。
安定性とは、悪い時も良い時も登れるグレードという意味です。
安定していないと、リードで取りつくときに、やはりリスクが大きくなるためです。
リードで取りつくときの安定性、というのは、疲れていても、一本目でも、ということです。
Thursday, May 11, 2017
一般縦走からアルパインへのステップアップ
■ 楽しい時期
登山を愛する人たちは、特にトレーニングなく、山を楽しく登っているうちに、気がつけば体力がつき、少しずつステップアップして行く。
やっているうちに知らず知らずのうちに、次々とチャレンジを求めていくようになる。フローと呼ばれる状態に入るには、CSバランスが必要だからだ。楽しくあるためには、難易度をあげなくてはいけないのだ。
この時期は本当に楽しい。私も5年ほど前がその時期で、楽しかった。夫と登って、標高差1500mある、八ヶ岳の権現岳を日帰りで登れた時には達成感があった。積雪期権現には通っていたからだ。
夫はそこで終わりで、私はアルパインへ進んだ。
■ 分かっていないことが分かっていない時期
そのような時期…、まだアルパインをよく知らず、安定していない登山者の時期に、最も死者が多い。
良く踏まれた一般道の歩きやすさと、そうでないバリエーションルートの質的差の大きさをまだ本人がよく分かっておらず、一般ルートで培った自信を、バリエーションルートにそのまま持ち込みがちだからだ。
私の友人も涸沢岳西尾根の下山で一人亡くなっている。33歳の男性だった。ジャンダルムは難なく通過したのに。
ちゃんとしたアルパインと一般ルートの境界にある山は… 例えば、ジャンダルム、北鎌尾根、積雪期黒戸尾根、積雪期赤岳、鋸岳など…。そういう山は、自分で済ませてしまう人も多い。ロープの携帯は、念のため程度だからだ。逆に言えば、こういうのが自分で、できない人は、受け身過ぎ、技術不足、研究不足、理解不足が少しあるかもしれない。
さて、そのような段階に来た人は、次のステップとしては、アルパインクライミング(マルチピッチ)の初級ルートを目指すことになる。
その時にやるべきことを書いておく。この段階は、質の差が大きいので、若く強い男性であっても、しっかり時間を掛けて、一般登山者からアルパインクライマーにステップアップした方が良い、と思えるからだ。
男性の遭難で死者が多いのは20代である。要するに、体力の不足で死ぬのではなく、チャレンジが大きすぎて死ぬのである。
■ 2点支持を身に着けることがテーマ
このような登山者は、フリークライミングの2点支持を最初に身に着けることをテーマとするべきだ。
その人の元々の資質によりけりだが、1~3年程度、習得にかかるかもしれない。
5.9では決して落ちない(=5級マスター) マスター=熟達者
を目指して、クライミングに精を出さないといけない。
一般に、クライミングを山から始めた人は、ボルジム上がりの人より、下手だ。ボルジム上がりの人は、ムーブそのものが楽しくてクライミングしている。山で始めた人は、ムーブを楽しんでいるのではなく、景色を楽しみ、その手段として、クライミングがあるのだから、最初はムーブが楽しいとは、なかなか思えない。
したがって、山から始めた人は、フリーの2点支持を身に着けるのに、結構、時間がかかることが多い。それを見越して、スタートしておくと、デビュー日が早くなる。
先輩の側からみると、クライミング力をあげておいてもらうと、最初に連れて行く初級アルパインルートの岩場(マルチピッチ)の選択肢に幅が広がる。
これは連れて行く人の都合だ。連れて行く先輩の側も楽しくないと、一緒に行きたくないわけなので。
支点が整備されたマルチピッチは、悟空スラブのように、5.5~5.6レベルから、あるが、そういうルートは、何のためにあるかと言うと、連れて行ってくれる先輩が見つからない人が、同じようなレベルの人と安全にマルチピッチを経験するためにある。そう言う人は少数派のため、この手のルートは、あまり登られていない。
この時期の人の定番の、安全な岩場(マルチピッチアルパイン)デビューの例:
定番コース :関東の例
1)トレーニング山行:
3級、4級の易しい岩場(ゲレンデと呼ばれる)に通い、岩場慣れする。
広沢寺、日和田レベル
2)プレ山行:
三ッ峠詣でを行う マルチピッチの確認、ロープワークの熟達
3)本番
本番のロケーションは、人による・・・
例)春のもどり雪 =登攀力はそこそこあるが、しっかりした支点が必要な人
易しいフリーのマルチ
乾徳山旗立岩 = 決して落ちないクライミングができ、支点の見極めができる人
前穂北尾根 =体力があり、長時間歩ける人で、誰であっても必ず最初はセカンド
北穂池 = 読図の山とルートファインディングの山の違いを教えるための山
太刀岡左岩稜 =体力はないが技術力が確かな人 アプローチほぼなし
穂高屏風岩 = 体力も、登攀力もバッチリで、
あたふたすることもない精神的安定感のある人
連れて行く相手の体力や時間のゆとり、登攀力を総合して、先輩は判断している。ので、基礎力の底上げを、後輩の側はしておいてくれると、先輩としては、見せてやれる景色の素晴らしさが格段に上がる。
ただ、地味な努力であるので、アルパインクライミングがどんなことか?を理解する前から、そんなトレーニングに励むのは、強い意志の力が必要になる。ヤル気ってことだ。そこが、新人が試される点だ。
山のために、特別にトレーニングを自ら進んでする意思があるか、ないか?が、資格試験となる。
そうでない人は、ステップアップ自体をすべきではない。
■ フリークライミングの位置づけ
フリーをやらないと高度なアルパインには行けない。フリーを飛ばして、行ってしまう人もいるが、そうすると、大きな賭けになってしまう。
フリークライミング的な2点支持の習得は、私の場合で、約3年くらいかかった。これは普通の速度のようだ。知りあいの、山岳会の会長レベルのしっかりした山ヤで、自分専属に女性パートナーを育てた人がいるが、丸三年、オールセカンドで、マルチピッチに連れて歩いたそうである。ザックすら、本人の分を担いでやって、だそうだ。このことが示すのは、下積みがゼロでのスタートの場合は、3年はセカンドオンリー、というくらいの習得期間が必要、ということだ。
大人の場合、遅く始めれば始めるほど、2点支持の習得には、時間が余計にかかる、と見て良い。
2点支持の習得は、自転車に乗れるようになる系の習得なので、誰であっても、23歳でスタートするよりは、33歳でスタートした方が習得に時間がかかり、33歳よりも、43歳のほうが時間がかかる。
が、逆に若いからと言って、3年が3か月にちぢまったりはしないようだ。実は、去年、大学生をパートナーに持ち、観察して分かった。おそらく、頻度がむしろ、重要だからだろう。1ヶ月に一回クライミングするような頻度だと、その度にムーブを忘れてしまうので、まったく習得ゼロと同じレベルに毎回リセットされてしまうようだ。
2点支持の習得は、すでに習得している人が見れば、一目で分かる。私も分かるようになった。当然だが、習得していない人が見ても、できているか、どうか分からない。
一般に、縦走上がりの人は、体力を歩荷力と踏破距離で測っているが、登攀へ進むと、体重を落とし、余分な贅肉を剥ぎ取り、体幹、肩、指などの上半身筋力をアップする必要がある。
縦走で培った物差しでは、登攀の実力は計れない、ってことだ。心を入れ替えて精進すべし。
筋力アップには時間がかかるので、のんびりスタートしていれば、チャンスが巡ってきたときに、チャンスを逃さずに済む。
目指すべきは、”歩けて登れるクライマー”で、両方の両立は非常に難しい。が、一般にアルパインクライマーは、それを実現している。
若い男性クライマーでアルパインを目指す人は、自分の目指すクライマーがたどった経歴を調べ、参考にするとよい。必要な体力がどのようなものであるか?は、今の時代だと、『Training for the New Alpinism: A Manual for the Climber As Athlete 』が参考にはなる。(いきなり、世界の最高レベルの話だが)
■ ライフスタイル
というわけで、アルパインを志向する人たちの生活スタイルは似てくる。
週1~2回は、ジムに通い、週末は、パートナーの有無次第で、岩場か山でトレーニングという生活 に収束してくる。
逆に言えば、そういうトレーニング主体の生活をしないまま、アルパインへステップアップするのは、危険が大きい。
トレーニングと言うと楽しくなさそうだが、こういう時期に山岳会に仲間がいると、楽しくトレーニング生活を送れると思う。
山岳会では、このような環境を提供していない場合もあり、その場合は、大抵の人はジム通いから、アルパインクライミングを捨て、フリークライミングに転進することになる(笑)。こうしてアルパイン人種は減るわけだが…
これが現代で起こっていることの大筋だ、と理解するのに、そう時間はかからない。
結果的に、登れても歩けない人か、歩けても登れない人しか、いなくなるんだな~なるほど、と理解が進む。
才能がある人が目指すべきは、歩けて登れるクライマー、だ。
登れて歩けるためには、2週間に一回の山歩きを端折るわけにもいかず、そうなると、
2週間に一回程度の山歩き (現状維持)
+
週1~2のクライミングジム通い
+
週1で願わくば岩
という生活になり、トレーニングで忙しくなってしまう…
アルパインでは、大体、体格的には、中肉中背&筋肉質のタイプ が適しているようだ。
フリーで強いクライマーは、長身やせ型と大体決まっているが、要するに体脂肪は敵だ。
アルパインには、思考力、知的な理解力、も必要となる。そうでないとリスクが感知できない。山野井さんは、人より1m大きく雪屁を避けると書いてあった。
登山を愛する人たちは、特にトレーニングなく、山を楽しく登っているうちに、気がつけば体力がつき、少しずつステップアップして行く。
やっているうちに知らず知らずのうちに、次々とチャレンジを求めていくようになる。フローと呼ばれる状態に入るには、CSバランスが必要だからだ。楽しくあるためには、難易度をあげなくてはいけないのだ。
この時期は本当に楽しい。私も5年ほど前がその時期で、楽しかった。夫と登って、標高差1500mある、八ヶ岳の権現岳を日帰りで登れた時には達成感があった。積雪期権現には通っていたからだ。
夫はそこで終わりで、私はアルパインへ進んだ。
■ 分かっていないことが分かっていない時期
そのような時期…、まだアルパインをよく知らず、安定していない登山者の時期に、最も死者が多い。
良く踏まれた一般道の歩きやすさと、そうでないバリエーションルートの質的差の大きさをまだ本人がよく分かっておらず、一般ルートで培った自信を、バリエーションルートにそのまま持ち込みがちだからだ。
私の友人も涸沢岳西尾根の下山で一人亡くなっている。33歳の男性だった。ジャンダルムは難なく通過したのに。
ちゃんとしたアルパインと一般ルートの境界にある山は… 例えば、ジャンダルム、北鎌尾根、積雪期黒戸尾根、積雪期赤岳、鋸岳など…。そういう山は、自分で済ませてしまう人も多い。ロープの携帯は、念のため程度だからだ。逆に言えば、こういうのが自分で、できない人は、受け身過ぎ、技術不足、研究不足、理解不足が少しあるかもしれない。
さて、そのような段階に来た人は、次のステップとしては、アルパインクライミング(マルチピッチ)の初級ルートを目指すことになる。
その時にやるべきことを書いておく。この段階は、質の差が大きいので、若く強い男性であっても、しっかり時間を掛けて、一般登山者からアルパインクライマーにステップアップした方が良い、と思えるからだ。
男性の遭難で死者が多いのは20代である。要するに、体力の不足で死ぬのではなく、チャレンジが大きすぎて死ぬのである。
■ 2点支持を身に着けることがテーマ
このような登山者は、フリークライミングの2点支持を最初に身に着けることをテーマとするべきだ。
その人の元々の資質によりけりだが、1~3年程度、習得にかかるかもしれない。
5.9では決して落ちない(=5級マスター) マスター=熟達者
を目指して、クライミングに精を出さないといけない。
一般に、クライミングを山から始めた人は、ボルジム上がりの人より、下手だ。ボルジム上がりの人は、ムーブそのものが楽しくてクライミングしている。山で始めた人は、ムーブを楽しんでいるのではなく、景色を楽しみ、その手段として、クライミングがあるのだから、最初はムーブが楽しいとは、なかなか思えない。
したがって、山から始めた人は、フリーの2点支持を身に着けるのに、結構、時間がかかることが多い。それを見越して、スタートしておくと、デビュー日が早くなる。
先輩の側からみると、クライミング力をあげておいてもらうと、最初に連れて行く初級アルパインルートの岩場(マルチピッチ)の選択肢に幅が広がる。
これは連れて行く人の都合だ。連れて行く先輩の側も楽しくないと、一緒に行きたくないわけなので。
支点が整備されたマルチピッチは、悟空スラブのように、5.5~5.6レベルから、あるが、そういうルートは、何のためにあるかと言うと、連れて行ってくれる先輩が見つからない人が、同じようなレベルの人と安全にマルチピッチを経験するためにある。そう言う人は少数派のため、この手のルートは、あまり登られていない。
この時期の人の定番の、安全な岩場(マルチピッチアルパイン)デビューの例:
定番コース :関東の例
1)トレーニング山行:
3級、4級の易しい岩場(ゲレンデと呼ばれる)に通い、岩場慣れする。
広沢寺、日和田レベル
2)プレ山行:
三ッ峠詣でを行う マルチピッチの確認、ロープワークの熟達
3)本番
本番のロケーションは、人による・・・
例)春のもどり雪 =登攀力はそこそこあるが、しっかりした支点が必要な人
易しいフリーのマルチ
乾徳山旗立岩 = 決して落ちないクライミングができ、支点の見極めができる人
前穂北尾根 =体力があり、長時間歩ける人で、誰であっても必ず最初はセカンド
北穂池 = 読図の山とルートファインディングの山の違いを教えるための山
太刀岡左岩稜 =体力はないが技術力が確かな人 アプローチほぼなし
穂高屏風岩 = 体力も、登攀力もバッチリで、
あたふたすることもない精神的安定感のある人
連れて行く相手の体力や時間のゆとり、登攀力を総合して、先輩は判断している。ので、基礎力の底上げを、後輩の側はしておいてくれると、先輩としては、見せてやれる景色の素晴らしさが格段に上がる。
ただ、地味な努力であるので、アルパインクライミングがどんなことか?を理解する前から、そんなトレーニングに励むのは、強い意志の力が必要になる。ヤル気ってことだ。そこが、新人が試される点だ。
山のために、特別にトレーニングを自ら進んでする意思があるか、ないか?が、資格試験となる。
そうでない人は、ステップアップ自体をすべきではない。
■ フリークライミングの位置づけ
フリーをやらないと高度なアルパインには行けない。フリーを飛ばして、行ってしまう人もいるが、そうすると、大きな賭けになってしまう。
フリークライミング的な2点支持の習得は、私の場合で、約3年くらいかかった。これは普通の速度のようだ。知りあいの、山岳会の会長レベルのしっかりした山ヤで、自分専属に女性パートナーを育てた人がいるが、丸三年、オールセカンドで、マルチピッチに連れて歩いたそうである。ザックすら、本人の分を担いでやって、だそうだ。このことが示すのは、下積みがゼロでのスタートの場合は、3年はセカンドオンリー、というくらいの習得期間が必要、ということだ。
大人の場合、遅く始めれば始めるほど、2点支持の習得には、時間が余計にかかる、と見て良い。
2点支持の習得は、自転車に乗れるようになる系の習得なので、誰であっても、23歳でスタートするよりは、33歳でスタートした方が習得に時間がかかり、33歳よりも、43歳のほうが時間がかかる。
が、逆に若いからと言って、3年が3か月にちぢまったりはしないようだ。実は、去年、大学生をパートナーに持ち、観察して分かった。おそらく、頻度がむしろ、重要だからだろう。1ヶ月に一回クライミングするような頻度だと、その度にムーブを忘れてしまうので、まったく習得ゼロと同じレベルに毎回リセットされてしまうようだ。
2点支持の習得は、すでに習得している人が見れば、一目で分かる。私も分かるようになった。当然だが、習得していない人が見ても、できているか、どうか分からない。
一般に、縦走上がりの人は、体力を歩荷力と踏破距離で測っているが、登攀へ進むと、体重を落とし、余分な贅肉を剥ぎ取り、体幹、肩、指などの上半身筋力をアップする必要がある。
縦走で培った物差しでは、登攀の実力は計れない、ってことだ。心を入れ替えて精進すべし。
筋力アップには時間がかかるので、のんびりスタートしていれば、チャンスが巡ってきたときに、チャンスを逃さずに済む。
目指すべきは、”歩けて登れるクライマー”で、両方の両立は非常に難しい。が、一般にアルパインクライマーは、それを実現している。
若い男性クライマーでアルパインを目指す人は、自分の目指すクライマーがたどった経歴を調べ、参考にするとよい。必要な体力がどのようなものであるか?は、今の時代だと、『Training for the New Alpinism: A Manual for the Climber As Athlete 』が参考にはなる。(いきなり、世界の最高レベルの話だが)
■ ライフスタイル
というわけで、アルパインを志向する人たちの生活スタイルは似てくる。
週1~2回は、ジムに通い、週末は、パートナーの有無次第で、岩場か山でトレーニングという生活 に収束してくる。
逆に言えば、そういうトレーニング主体の生活をしないまま、アルパインへステップアップするのは、危険が大きい。
トレーニングと言うと楽しくなさそうだが、こういう時期に山岳会に仲間がいると、楽しくトレーニング生活を送れると思う。
山岳会では、このような環境を提供していない場合もあり、その場合は、大抵の人はジム通いから、アルパインクライミングを捨て、フリークライミングに転進することになる(笑)。こうしてアルパイン人種は減るわけだが…
これが現代で起こっていることの大筋だ、と理解するのに、そう時間はかからない。
結果的に、登れても歩けない人か、歩けても登れない人しか、いなくなるんだな~なるほど、と理解が進む。
才能がある人が目指すべきは、歩けて登れるクライマー、だ。
登れて歩けるためには、2週間に一回の山歩きを端折るわけにもいかず、そうなると、
2週間に一回程度の山歩き (現状維持)
+
週1~2のクライミングジム通い
+
週1で願わくば岩
という生活になり、トレーニングで忙しくなってしまう…
アルパインでは、大体、体格的には、中肉中背&筋肉質のタイプ が適しているようだ。
フリーで強いクライマーは、長身やせ型と大体決まっているが、要するに体脂肪は敵だ。
アルパインには、思考力、知的な理解力、も必要となる。そうでないとリスクが感知できない。山野井さんは、人より1m大きく雪屁を避けると書いてあった。
Monday, March 7, 2016
行くルートの技術的要求度と比べて、経験の量が圧倒的に不足する
■ 岩2連ちゃん
週末は、私が喘息を発症中で体調が悪く、また天候が思わしくなく、谷川方面をキャンセルして、近郊の岩2連チャンとなった。
岩はとても難しい・・・ 尾根、雪、沢、アイス・・・岩が一番難しい。
久しぶりな感じで、岩場に行ったら、クライミング力は後退していた・・・(汗)。
アイスクライミングは、ホールドやスタンスの位置関係に拘束されることが少なく、そこが、リーチや保持力の面で、不利を感じる女性には、アイスの方が、全部ガバでいいなーと思ったりする点だが、ムーブという点では安きに流れているかもしれない(が、リスクという点では厳しくなっている)。
久しぶりの岩で、今日は腕の付け根部分が筋肉痛。前腕は昨日はパンプしていたが、今日は、まだマシ・・・。
■ 先輩後輩のきずな
岩場に行ったら、このブログにコメントをくださっていたClimberKさんがいらした。
関連サイト
山の世界は、技術の伝承が途絶えている・・・のは事実だ・・・が、大人が近所の子供の面倒を見ていたような、義務や負担を伴わない程度の相互扶助の世界が、まだ生きているかもしれないと思った。
岩場で遭ったのは偶然だが、その偶然を生かして、色々な経験談を聞けて、ありがたかった。
■ 経験の重要さ
基本的に、行くルートの技術的要求度と比べて、経験の量が圧倒的に不足する、ということが、山での死を招いてしまう主たる原因だ。
つまり、みな経験を積んでいる時点で、死という敗退を余儀なくされてしまう・・・
どんな”しょぼい(と思われる)山”でも、行けば、必ず学ぶことがある。その学びを若いときは軽視しそうになる・・・のが怖いところだ。
今回、岩場の出会いで聞き遂げたのは、そのメッセージ。
山で死なないためには、できるだけ多くの経験が必要だということだ。
■ 楽しい宴会
結局、夜は宴会をすることになったが、これはとても楽しかった。
山岳会でも宴会が主体の集まりがあるが、それは山の経験談を教えてもらうための時間と思っていた。(が、そうならない事が多く、そうならないとただの時間の無駄である。)
今回は、色々と山の事故の話を聞くことが出来た・・・初級ルートと言えども、山では危険が一杯だ。
■ 危険の認知力がないのが初心者
そうした危険に遭遇した時、危険を危険とまず分からないのが初心者なのかもしれない。
たしかに私もジョウゴ沢大滝をフリーソロしたとき、そのフリーソロをさして危険とも思わなかったのだったし・・・クライミングに不安がなくても、高さがあれば、万が一のホールドの崩落などはあるので、ロープを早めに出す習慣をつけた方が良い。
先週末は、アイスの初級ルートに出かけ、リードデビューしたが、ベテランの先行パーティがザイルを付けていたF1では、必要を感じず、ノーザイルで抜けた。
先行パーティも、支点を取っていなかったので、フリーソロと同じだなーと思い、あまり難しくなかったので、出さないでいいかと思った・・・のだが、良く考えれば、リードクライマーはフリーソロ状態でも、後続は確保されている状態になるので、ザイルを結んで登ってもよかったかもしれない。
2段になっていたので、1段目で、ザイルやっぱりいるかどうか後続に聞いてみたのだが、いらないという返事だったので、つけずに済ませてしまった。
が、どうせ次の氷瀑で出すので、ザイルはその時つけても、あまり手間に変わりがなかったのだった。
核心部は多くのベテランも巻いていた・・・ので、判断として登らなかった。その点は、良い判断ができたと思う。
■ 増えていた1ピン目
昨日の岩では、クライミング力がまたイマイチ化してしまった・・・また振出しかぁ・・・。
去年の春頑張った課題の出だしで、ボルトとハーケンが増えていたのには、びっくり・・・
そんなところにいりますかね~という1ピン目だったからだ。落ちる人が続出したのだそうだ。
低すぎる位置の1ピン目とはいえ、1ピン目が重要、ということは、大事な知識だ。
スタイル上の問題があるにせよ、1ピン目で落ちるようなクライミングはしてはいけないということは大事な知識だ。
そういうクライミングの危険認知の基礎のようなことは、人工壁のスポーツクライミングでも、十分に学ぶことができる。
私も山から入ったので、インドアには抵抗をしていたが、1年目は素直に抵抗を辞め、インドアの人工壁にも通った。
■ 安全のために今、何をすべきか?
結局、安全のために、今、何をすべきか?と発想すると、それぞれ習得具合に差があるにせよ、同じような段階を通るのかもしれないと思う・・・
1)一般登山で山特有の天候リスクやウエアなど基本を学ぶ
↓
2)徐々に山での滞在時間を長くし、幕営など生活技術を学ぶ
↓
3)地図読みを学ぶ
↓
4)藪山などでルートファインディングを学ぶ
↓
5)雪山を学び、体力、歩荷力、滑落停止、生活方法などを学ぶ
↓
6)ロープワークを学ぶ
↓
7)沢などでロープワークを実践する
↓
8)人工壁に通いクライミングの基礎を学ぶ
↓
9)外の岩場にデビューし、人工壁との違いを学ぶ
↓
10)支点の研究
↓
11)連れて行ってもらうルート
↓
12)同スキルの人と助け合いながら行くルート
↓
13)連れて行くルート
となるような気がする・・・もっと細かく言えば、細かく学ぶべきことがあると思うが・・・
■ ぶっつけ本番推奨?
不思議なのは、ガイドさんたちは、ルートは体力、と言い、「技術は、後からついてきます」と言うこと・・・ 山岳会なら到底ほってはおけない危なっかしい状態でも、「いってらっしゃーい」と心地良く送り出してくれるような気がするんだが・・・(^^;)。
例えば、北岳バットレス四尾根は、
ガイドさん: 「時間がかかっても行けるという意味です、いってらっしゃい」
山岳会: 「今の二人には、ちょっと無理」
どっちの方法論を取るかは、個人次第なのだろうか・・・ 間で揺れる・・・のだが、結局、自分がどこまで行って良いかは、主観的な判断で決めるしかない。
ということは、行きたいところが似ているパートナーより、判断で割れないパートナーが良いパートナー。
敗退で、同じルートに何度も行くのも悪くなく、学ぶことはたくさんある。
敗退を繰り返して、それでも行けなければ、先輩に来てもらう、というのがいいのかも?
週末は、私が喘息を発症中で体調が悪く、また天候が思わしくなく、谷川方面をキャンセルして、近郊の岩2連チャンとなった。
岩はとても難しい・・・ 尾根、雪、沢、アイス・・・岩が一番難しい。
久しぶりな感じで、岩場に行ったら、クライミング力は後退していた・・・(汗)。
アイスクライミングは、ホールドやスタンスの位置関係に拘束されることが少なく、そこが、リーチや保持力の面で、不利を感じる女性には、アイスの方が、全部ガバでいいなーと思ったりする点だが、ムーブという点では安きに流れているかもしれない(が、リスクという点では厳しくなっている)。
久しぶりの岩で、今日は腕の付け根部分が筋肉痛。前腕は昨日はパンプしていたが、今日は、まだマシ・・・。
■ 先輩後輩のきずな
岩場に行ったら、このブログにコメントをくださっていたClimberKさんがいらした。
関連サイト
山の世界は、技術の伝承が途絶えている・・・のは事実だ・・・が、大人が近所の子供の面倒を見ていたような、義務や負担を伴わない程度の相互扶助の世界が、まだ生きているかもしれないと思った。
岩場で遭ったのは偶然だが、その偶然を生かして、色々な経験談を聞けて、ありがたかった。
■ 経験の重要さ
基本的に、行くルートの技術的要求度と比べて、経験の量が圧倒的に不足する、ということが、山での死を招いてしまう主たる原因だ。
つまり、みな経験を積んでいる時点で、死という敗退を余儀なくされてしまう・・・
どんな”しょぼい(と思われる)山”でも、行けば、必ず学ぶことがある。その学びを若いときは軽視しそうになる・・・のが怖いところだ。
今回、岩場の出会いで聞き遂げたのは、そのメッセージ。
山で死なないためには、できるだけ多くの経験が必要だということだ。
■ 楽しい宴会
結局、夜は宴会をすることになったが、これはとても楽しかった。
山岳会でも宴会が主体の集まりがあるが、それは山の経験談を教えてもらうための時間と思っていた。(が、そうならない事が多く、そうならないとただの時間の無駄である。)
今回は、色々と山の事故の話を聞くことが出来た・・・初級ルートと言えども、山では危険が一杯だ。■ 危険の認知力がないのが初心者
そうした危険に遭遇した時、危険を危険とまず分からないのが初心者なのかもしれない。
たしかに私もジョウゴ沢大滝をフリーソロしたとき、そのフリーソロをさして危険とも思わなかったのだったし・・・クライミングに不安がなくても、高さがあれば、万が一のホールドの崩落などはあるので、ロープを早めに出す習慣をつけた方が良い。
先週末は、アイスの初級ルートに出かけ、リードデビューしたが、ベテランの先行パーティがザイルを付けていたF1では、必要を感じず、ノーザイルで抜けた。
先行パーティも、支点を取っていなかったので、フリーソロと同じだなーと思い、あまり難しくなかったので、出さないでいいかと思った・・・のだが、良く考えれば、リードクライマーはフリーソロ状態でも、後続は確保されている状態になるので、ザイルを結んで登ってもよかったかもしれない。
2段になっていたので、1段目で、ザイルやっぱりいるかどうか後続に聞いてみたのだが、いらないという返事だったので、つけずに済ませてしまった。
が、どうせ次の氷瀑で出すので、ザイルはその時つけても、あまり手間に変わりがなかったのだった。
核心部は多くのベテランも巻いていた・・・ので、判断として登らなかった。その点は、良い判断ができたと思う。
■ 増えていた1ピン目
昨日の岩では、クライミング力がまたイマイチ化してしまった・・・また振出しかぁ・・・。
去年の春頑張った課題の出だしで、ボルトとハーケンが増えていたのには、びっくり・・・
そんなところにいりますかね~という1ピン目だったからだ。落ちる人が続出したのだそうだ。
低すぎる位置の1ピン目とはいえ、1ピン目が重要、ということは、大事な知識だ。
スタイル上の問題があるにせよ、1ピン目で落ちるようなクライミングはしてはいけないということは大事な知識だ。
そういうクライミングの危険認知の基礎のようなことは、人工壁のスポーツクライミングでも、十分に学ぶことができる。
私も山から入ったので、インドアには抵抗をしていたが、1年目は素直に抵抗を辞め、インドアの人工壁にも通った。
■ 安全のために今、何をすべきか?
結局、安全のために、今、何をすべきか?と発想すると、それぞれ習得具合に差があるにせよ、同じような段階を通るのかもしれないと思う・・・
1)一般登山で山特有の天候リスクやウエアなど基本を学ぶ
↓
2)徐々に山での滞在時間を長くし、幕営など生活技術を学ぶ
↓
3)地図読みを学ぶ
↓
4)藪山などでルートファインディングを学ぶ
↓
5)雪山を学び、体力、歩荷力、滑落停止、生活方法などを学ぶ
↓
6)ロープワークを学ぶ
↓
7)沢などでロープワークを実践する
↓
8)人工壁に通いクライミングの基礎を学ぶ
↓
9)外の岩場にデビューし、人工壁との違いを学ぶ
↓
10)支点の研究
↓
11)連れて行ってもらうルート
↓
12)同スキルの人と助け合いながら行くルート
↓
13)連れて行くルート
となるような気がする・・・もっと細かく言えば、細かく学ぶべきことがあると思うが・・・
■ ぶっつけ本番推奨?
不思議なのは、ガイドさんたちは、ルートは体力、と言い、「技術は、後からついてきます」と言うこと・・・ 山岳会なら到底ほってはおけない危なっかしい状態でも、「いってらっしゃーい」と心地良く送り出してくれるような気がするんだが・・・(^^;)。
例えば、北岳バットレス四尾根は、
ガイドさん: 「時間がかかっても行けるという意味です、いってらっしゃい」
山岳会: 「今の二人には、ちょっと無理」
どっちの方法論を取るかは、個人次第なのだろうか・・・ 間で揺れる・・・のだが、結局、自分がどこまで行って良いかは、主観的な判断で決めるしかない。
ということは、行きたいところが似ているパートナーより、判断で割れないパートナーが良いパートナー。
敗退で、同じルートに何度も行くのも悪くなく、学ぶことはたくさんある。
敗退を繰り返して、それでも行けなければ、先輩に来てもらう、というのがいいのかも?
Thursday, January 28, 2016
作り上げていく山に必要な山
■ 作り上げていく山に必要な山
ラッセル期待で、谷川方面の山に行く予定があり、前座で八ヶ岳の御小屋尾根に行った。
御小屋尾根は作り上げていくのに必要な山
だ。
普通は、行きたい山がすでにあり、例えば
北八つに行くなら、どこをどう歩こう・・・
などとと、発想して、地図を見る。
しかし、一緒に登って行くという相手とは、発想法が異なる。異なる経験値、異なる思想、そういうものを摺合せしなくてはならないからだ。
”いきなり本番の山”ってのは、ない。
(でも、ガイド登山では、いつもいきなり本番で、それはエベレストほどの登山でも同じだそうだ。)
なので、いきなりを避けるために、前座は安全が確保されている、類似した山に行く。
先日は、甲斐駒でガイドさんに会ったが、大きな山へのトレーニング山行と位置付けてあった。小さな山から徐々に大きな山へ、ステップアップして行くという”手続き”や発想は大事なことなのだ。
■ ボトルネック
ところが問題があって、大抵の人が、”作り上げていくのに必要な山”のことは、あんまり分かってくれない、ということ。
どの山も並列なのだ。それは山に行くことが、コレクション感覚になってしまっているからかもしれない。山には大小がある、ということをあまり知らないのかもしれない。
例えば、”本気の沢”は、ロープワークが、あいまいな人とは、一緒には行けない。あいまいな状態で、いきなり本番はないからだ。
だから、易しい沢へ連れて行く。易しい沢は、ロープワークを確認したり、覚えたりするための山だ。つまり、”作り上げていくのに、必要な山”。
でも、そこで、それを理解してくれないと、何回、同じような山に行っても、一向にロープワークを覚えてくれない(汗)
・・・ということで、山は全然ステップアップできない。し、連れて行かれる本人も、ステップアップしない。
登山者の成長に関して、何がボトルネックか?というと、この”理解”の部分ではないのだろうか?
■ 楽しさの中に意味を見出す
・・・ということは、言い換えると、山行の目的は何か?というテーマの理解が足りない、ということだ。
しかし、チクセントミハイという心理学者の本によると、楽しさ、というのは、受け取るというよりも、自分が主体的に関与し、その行為に意味を与えているときに感じるものらしい。
例えば、山とは、自分にとって何か?というようなことだ。
活動の中に、何らかの学びを得たり、自分の成長(肉体だけでなく精神も)を見たり、ということが、愉しさの源泉となるそうだ。
主観的な学びは、どのような活動にもある。例え、いやいやながらする仕事でも、個人的なチャレンジ課題とみなすことができる。
そういう風に、意味を見出すことが楽しみを継続させ、飽きから人を救う。
■ 楽しいだけの山
よく山の本には、楽しいだけの山、と書かれている。
例えば 山野井泰史さんの『アルピニズムと死』の帯には、”登山ブームは「楽しむだけ」の登山者を産んだ。”とある。
山野井さんはトップクライマーなので、そういう人と自分の山は同じではない、と皆感じるだろう。
だが、山が普通に歩くだけの技術で解決できる山でも、携帯電話が届かない山域であれば、あるけなくなったら、生死がかかってしまう。
だから、登山であるからには、基本的には、同じ覚悟、精神的土台の上にある。危険回避については、自分自身の登山力、山力のUPが欠かせない。
自分自身の登山力をUPしたい、山の総合力を身につけたい。という気持ちがないと、なんでカモシカ山行なんかしなくてはならないの!という発想になってしまうだろう・・・
歩荷山行についても同じで、なんでそんなつらいことをしなくてはならないの!となってしまうだろう。
登山で大事なことは、楽しいだけの山、にしないで、なんらかの意味を見出すことなのだろう。
山を知る、山とお友達になる、ということ。山が要求してくる困難は、山に対して正直であろうと思えば、ただの必要な代償となり、避けるものとはならないはずだ。
喜びがあれば、その後ろには、代償もある。代償を払う気持ちがある人にだけ、喜びがもたらされるのが、山、と言えるのかもしれない。
Friday, December 11, 2015
クライミングの振り返り
■ 目標は11
今日は、本当に変なお天気だ。朝は温かく雨、その後晴れ、そして木枯らし一番?ものすごい風が吹き、今は、外はもう真っ暗に近い・・・
クライミングは、私は5.11までは登れるようになりたいと思っている。これはクライミングを始めた当初からそう思っていて、なぜか・・・というと、そのあたりが、山ヤと言える最低水準だから、だ。
1)日本にあるクラシックルートは、基本的に5級止まりだから。
つまり、クラシックルートへ行く限り、出てきて、5.9ということ。5.9が余裕をもって登れるということ=”5.9のエキスパート”であるためには?
フリーでは、5.11くらいを限界グレードで登っているような状態らしい。・・・というのは、ギュリッヒの『フリークライミング』によると、5.9のエキスパート=5.10の上級者=5.11の初級者であるからだ。
つまり、5.9のエキスパートになる、5.9なら決して落ちない人になる、というのが真の目的。
ただ落とし穴もあり、5.11がジムで登れたからと言って、岩で10代が登れるとは、限らないし、山で通用するか、どうかも分からない。山は総合力だから、だ。
そういう意味で、グレードという数字を与えるのは数字依存に陥って危険なため、目安、という言葉が便利に使われている。
2)山岳会の先輩たちも11以上だったから。
12を維持するのは大変なようだった。でも、山では、全く問題なし。
3)ある若手ガイドさんの講習で、5.11がロープワークへステップアップするためのクリア課題になっているから。
これは、最近の教え方がそうだという話。昔と今ではアルパインの教え方は全然違ってきており、まったく違う成長の仕方だ。最初にフリーでクライミング力をあげてから、ロープワークを教わる。
よくクライミング力と状況判断力がチグハグなクライマーについて事故が多い点が指摘される。登れると、登れるだけで山に行けちゃうと勘違いするリスクはあるが、登れても山を知らないと山のルートには登れない・・・。
山を教えてからクライミングを学んでも、クライミングを学んでから山を学んでも、どちらの教え方でも、結局は同じところにつくのだが、後でステップバックすることができず、責任あるクライマーを育てるという意味で葛藤が大きいのは、3の教え方かもしれない。
■ 成長のスピード
今、ベースキャンプだと、5.10b、cあたりが触れる。5.10Aはあまり問題がない。外岩なら、5.9がオンサイトでき、10Aは課題による。
これが適正なグレードだとすると、1年1グレードで実力アップしていることになる。去年は、5.7や5.8を外ではリードしていたので。
すると、来年は、5.10d、5.11aが触れるようになるだろう・・・という成長予測?になる。
とすると、それは、そう遠い未来ではない・・・(ちゃんと練習を積めば、だろうが)
クライミングは、とても上手な先輩が、5.9が登れるようになるまでが長かった・・・と言っていたので、私もやっとその長いトンネルを抜けるか抜けないか、という段階にあるのかもしれない。
また後戻りしないようにしたいな~と思っているが、岩シーズンが終わりに入りつつあり、間が空くと忘れそうで怖いなー。
■ 定着
それは、まだ体が覚えていなくて、クライミング力は定着はしていないからだ。
クライミング以外にも、最近は体力そのものも、ワンランク上が必要になってきた。
登山ではあちらが立てば、こちらが立たずになることが多い。クライミングが上手になれば歩きが弱くなり、歩きが強くなれば、クライミングが下手になる。
沢になれると、なぜか岩が怖くなり、岩に怖さが無くなると、沢の悪さが極度に怖くなる。
というわけで、一進一退を繰り返しながら、成長する。
結局、じゃんじゃんバリエーションに行けるという段階は、近くて遠い。同じルートでも、セカンドでいけることと、とリードで行けることの差が遠いということだ。
■ 『スポーツの急速上達を身に着ける本』
・・・という本を読んでいる。 この本を読むと、運動神経がいいっていうことは、こういうことなんだな~と分かる。
この中で興味深い事例に、一人での練習時間の長さ、がある。音楽の分野だが、コンクール受賞者と音楽の先生で終ってしまう人の技術力の差はあまり有意差がないようなのだ。練習時間も長い。何が違うかと言うと、一人で練習している時間の長さらしい。
登山もそうかもしれない。山や歩きしている先輩は一人で歩いた時間の長さを表しているのかもしれない。
私と夫では、登山歴は変わらないが、3年前に夫と足が合わなくなり、山岳会を模索し始めた時点ですら、私の方が圧倒的に一人で歩いた時間が長かった。だから、夫が置いてきぼりを食ったのかもしれない。
よくホームグランドの山を持て、と登山では言われるのは、一人で歩く時間を持つためなのかもしれない。
私の運動のベースはバレエなのだが、バレエでも、上達する人と言うのは、一人であーだこーだとやれる人だった。
・・・ということで、クライミングに関しても、一人で練習する時間が大事なのかもしれない。
■ ある日突然上手になる
クライミングに関しては、登山とは、全然違い、どちらかというと自転車に乗る練習に近いと思う。
自転車に乗れるようになる練習時間には、個人差があるが、誰でも最終的には乗れるようになる。それに似ているかもしれない・・・。それもある日、突然乗れるようになる・・・
これは、乗数効果、と言われているらしい。
この本によると、一日1時間で良いから、同じことをやり続ける、ということが良いらしい。
クライミングジムに行ったら、なぜか時間があっという間に立つので、大体4時間くらい登ったり下りたりしているのだが(たぶん、ジム代がもったいないという気持ちも働いていると思う)
それを辞めて、毎日、1時間 ジムに通うようにするのがいいのかもしれません。そうなのかどうかも良く分からないですが・・・
ただ私は夫との時間が犠牲にならない昼の時間帯にクライミングしたいので、昼間やっているジムがいいのかなぁ・・・と悩んでいるところ。
■ 今の段階
レベルという言葉を使うのは、あんまりふさわしくないと思うが、クライミングは上達に段階があり、その段階というのは、それを通ってきた人には良く見えるものではないか?と思う。
・・・というのも、私自身も、5.6で落っこちているような人を見て、自分もたったの3年前は、そうだったかもしれないなぁ~と思うからです。初めて人工壁に触るような時期です。
私はアイスがむしろ、クライミングの事始め、なのですが、腕でアックスをぐわっしと掴んで、全身最大限の緊張で登っていたので、初めての体験クライミングでは、1日3本で腕が終わっていました。
(1.7万円もかかっているのに(笑))
でも、去年はもう夜になるよ、暗くなるよ、と言われるまで、11本ガツガツ登っています。(8千円しか払っていないのに (笑))
先日行った、ベースキャンプも、7月に行った時は、先輩と二人だったので、順番がすぐ来てしまい、ガツガツと10本以上登って、クタクタになって、先輩が「悪いことしたな」と思ったくらいだったのですが、今回のベースキャンプは難しいのをしていないせいですが(それでも半年前は5.10Aが難しいの、に入る領域だった)、13~4は最低登ったのに、まるっきりゆとり。
一方、相方は腕がパンプして大変になっていたので、確かにジム慣れというものもあるのだな~と思う。ジムに慣れたところで外岩はまた違う話のように思うのではあるが・・・。
かといって、毎回外岩ばかりに出かけても、体験的クライミングが積み重なるわけで、実力が上がる体験が積みあがるわけではない。
できなかったことができるようになると充実感がある。
それには、自分をハイレベルに引き上げてくれる人、自分と一緒にチャレンジしてくれるイコールパートナーとなる人、自分の方が半歩先を行っている人、の3種類の相手が必要だと思う。
後輩と行くと自分の復習になると先輩は言っていたが、全くその通り。
・・・と言うわけなので、クライミングは上達を急がなくても、今やっておこう!と思ったことを漏らさずやっていたら、いいと思う。
私の場合は成長欲求が強いので、成長欲求を阻害しないでいる、というのが大事なことのような気がする。
■ 成長阻害要因
例えば、疲れ切ってフォールすると、落ちたというネガティブな印象が、あとあと尾を引いて、登れる感じを持つのに、時間がかかる。ので、成長と言う意味だと足を引っ張ってしまう。
たぶん、疲れだけでなく、これでは殺されちゃう!というような思いも同じだ。
山における判断が危ういと思う時も同じだと思う。
私は、親を頼れないと思った時に自立のスイッチに切り替わったので、ある意味リーダーに頼れないと思うことは、良い自立スイッチになりうると思う。
が、自立ではなく、このままでは死の行軍だ、と言う風になると、これは足を引っ張る要因になる。
■ 記録と振り返り
いつどういうグレードが登れたか、ということもだが、どんなことをやっている時に、どんなことが分かるようになったか?というようなことも、重要で、そういうことは、記録を付けていないと振り返ってみることができない。
ので、何でもいいので、記録を付けておくことは大事だ。
自分の成長を振り返ることで、他の人にもアドバイスしやすくなる。
私はクライミングのムーブが毎回違うと指摘されて、なるほどと思っているが、なかなかムーブは固定されない。
でも、自分が登れた課題をこうだよ、と登って見せるときには、やっぱりムーブは同じになっている気がする。
そういうことをしながらムーブが固まっていくのかもしれない(そうでないのかもしれないが・・・)どちらにせよ、面白くなってきたときに、ちゃんとチャンスをつかむことが大事だと思うようになった。
今日は、本当に変なお天気だ。朝は温かく雨、その後晴れ、そして木枯らし一番?ものすごい風が吹き、今は、外はもう真っ暗に近い・・・
クライミングは、私は5.11までは登れるようになりたいと思っている。これはクライミングを始めた当初からそう思っていて、なぜか・・・というと、そのあたりが、山ヤと言える最低水準だから、だ。
1)日本にあるクラシックルートは、基本的に5級止まりだから。
つまり、クラシックルートへ行く限り、出てきて、5.9ということ。5.9が余裕をもって登れるということ=”5.9のエキスパート”であるためには?
フリーでは、5.11くらいを限界グレードで登っているような状態らしい。・・・というのは、ギュリッヒの『フリークライミング』によると、5.9のエキスパート=5.10の上級者=5.11の初級者であるからだ。
つまり、5.9のエキスパートになる、5.9なら決して落ちない人になる、というのが真の目的。
ただ落とし穴もあり、5.11がジムで登れたからと言って、岩で10代が登れるとは、限らないし、山で通用するか、どうかも分からない。山は総合力だから、だ。
そういう意味で、グレードという数字を与えるのは数字依存に陥って危険なため、目安、という言葉が便利に使われている。
2)山岳会の先輩たちも11以上だったから。
12を維持するのは大変なようだった。でも、山では、全く問題なし。
3)ある若手ガイドさんの講習で、5.11がロープワークへステップアップするためのクリア課題になっているから。
これは、最近の教え方がそうだという話。昔と今ではアルパインの教え方は全然違ってきており、まったく違う成長の仕方だ。最初にフリーでクライミング力をあげてから、ロープワークを教わる。
よくクライミング力と状況判断力がチグハグなクライマーについて事故が多い点が指摘される。登れると、登れるだけで山に行けちゃうと勘違いするリスクはあるが、登れても山を知らないと山のルートには登れない・・・。
山を教えてからクライミングを学んでも、クライミングを学んでから山を学んでも、どちらの教え方でも、結局は同じところにつくのだが、後でステップバックすることができず、責任あるクライマーを育てるという意味で葛藤が大きいのは、3の教え方かもしれない。
■ 成長のスピード
今、ベースキャンプだと、5.10b、cあたりが触れる。5.10Aはあまり問題がない。外岩なら、5.9がオンサイトでき、10Aは課題による。
これが適正なグレードだとすると、1年1グレードで実力アップしていることになる。去年は、5.7や5.8を外ではリードしていたので。
すると、来年は、5.10d、5.11aが触れるようになるだろう・・・という成長予測?になる。
とすると、それは、そう遠い未来ではない・・・(ちゃんと練習を積めば、だろうが)
クライミングは、とても上手な先輩が、5.9が登れるようになるまでが長かった・・・と言っていたので、私もやっとその長いトンネルを抜けるか抜けないか、という段階にあるのかもしれない。
また後戻りしないようにしたいな~と思っているが、岩シーズンが終わりに入りつつあり、間が空くと忘れそうで怖いなー。
■ 定着
それは、まだ体が覚えていなくて、クライミング力は定着はしていないからだ。
クライミング以外にも、最近は体力そのものも、ワンランク上が必要になってきた。
登山ではあちらが立てば、こちらが立たずになることが多い。クライミングが上手になれば歩きが弱くなり、歩きが強くなれば、クライミングが下手になる。
沢になれると、なぜか岩が怖くなり、岩に怖さが無くなると、沢の悪さが極度に怖くなる。
というわけで、一進一退を繰り返しながら、成長する。
結局、じゃんじゃんバリエーションに行けるという段階は、近くて遠い。同じルートでも、セカンドでいけることと、とリードで行けることの差が遠いということだ。
■ 『スポーツの急速上達を身に着ける本』
・・・という本を読んでいる。 この本を読むと、運動神経がいいっていうことは、こういうことなんだな~と分かる。
この中で興味深い事例に、一人での練習時間の長さ、がある。音楽の分野だが、コンクール受賞者と音楽の先生で終ってしまう人の技術力の差はあまり有意差がないようなのだ。練習時間も長い。何が違うかと言うと、一人で練習している時間の長さらしい。
登山もそうかもしれない。山や歩きしている先輩は一人で歩いた時間の長さを表しているのかもしれない。
私と夫では、登山歴は変わらないが、3年前に夫と足が合わなくなり、山岳会を模索し始めた時点ですら、私の方が圧倒的に一人で歩いた時間が長かった。だから、夫が置いてきぼりを食ったのかもしれない。
よくホームグランドの山を持て、と登山では言われるのは、一人で歩く時間を持つためなのかもしれない。
私の運動のベースはバレエなのだが、バレエでも、上達する人と言うのは、一人であーだこーだとやれる人だった。
・・・ということで、クライミングに関しても、一人で練習する時間が大事なのかもしれない。
■ ある日突然上手になる
クライミングに関しては、登山とは、全然違い、どちらかというと自転車に乗る練習に近いと思う。
自転車に乗れるようになる練習時間には、個人差があるが、誰でも最終的には乗れるようになる。それに似ているかもしれない・・・。それもある日、突然乗れるようになる・・・
これは、乗数効果、と言われているらしい。
この本によると、一日1時間で良いから、同じことをやり続ける、ということが良いらしい。
クライミングジムに行ったら、なぜか時間があっという間に立つので、大体4時間くらい登ったり下りたりしているのだが(たぶん、ジム代がもったいないという気持ちも働いていると思う)
それを辞めて、毎日、1時間 ジムに通うようにするのがいいのかもしれません。そうなのかどうかも良く分からないですが・・・
ただ私は夫との時間が犠牲にならない昼の時間帯にクライミングしたいので、昼間やっているジムがいいのかなぁ・・・と悩んでいるところ。
■ 今の段階
レベルという言葉を使うのは、あんまりふさわしくないと思うが、クライミングは上達に段階があり、その段階というのは、それを通ってきた人には良く見えるものではないか?と思う。
・・・というのも、私自身も、5.6で落っこちているような人を見て、自分もたったの3年前は、そうだったかもしれないなぁ~と思うからです。初めて人工壁に触るような時期です。
私はアイスがむしろ、クライミングの事始め、なのですが、腕でアックスをぐわっしと掴んで、全身最大限の緊張で登っていたので、初めての体験クライミングでは、1日3本で腕が終わっていました。
(1.7万円もかかっているのに(笑))
でも、去年はもう夜になるよ、暗くなるよ、と言われるまで、11本ガツガツ登っています。(8千円しか払っていないのに (笑))
先日行った、ベースキャンプも、7月に行った時は、先輩と二人だったので、順番がすぐ来てしまい、ガツガツと10本以上登って、クタクタになって、先輩が「悪いことしたな」と思ったくらいだったのですが、今回のベースキャンプは難しいのをしていないせいですが(それでも半年前は5.10Aが難しいの、に入る領域だった)、13~4は最低登ったのに、まるっきりゆとり。
一方、相方は腕がパンプして大変になっていたので、確かにジム慣れというものもあるのだな~と思う。ジムに慣れたところで外岩はまた違う話のように思うのではあるが・・・。
かといって、毎回外岩ばかりに出かけても、体験的クライミングが積み重なるわけで、実力が上がる体験が積みあがるわけではない。
できなかったことができるようになると充実感がある。
それには、自分をハイレベルに引き上げてくれる人、自分と一緒にチャレンジしてくれるイコールパートナーとなる人、自分の方が半歩先を行っている人、の3種類の相手が必要だと思う。
後輩と行くと自分の復習になると先輩は言っていたが、全くその通り。
・・・と言うわけなので、クライミングは上達を急がなくても、今やっておこう!と思ったことを漏らさずやっていたら、いいと思う。
私の場合は成長欲求が強いので、成長欲求を阻害しないでいる、というのが大事なことのような気がする。
■ 成長阻害要因
例えば、疲れ切ってフォールすると、落ちたというネガティブな印象が、あとあと尾を引いて、登れる感じを持つのに、時間がかかる。ので、成長と言う意味だと足を引っ張ってしまう。
たぶん、疲れだけでなく、これでは殺されちゃう!というような思いも同じだ。
山における判断が危ういと思う時も同じだと思う。
私は、親を頼れないと思った時に自立のスイッチに切り替わったので、ある意味リーダーに頼れないと思うことは、良い自立スイッチになりうると思う。
が、自立ではなく、このままでは死の行軍だ、と言う風になると、これは足を引っ張る要因になる。
■ 記録と振り返り
いつどういうグレードが登れたか、ということもだが、どんなことをやっている時に、どんなことが分かるようになったか?というようなことも、重要で、そういうことは、記録を付けていないと振り返ってみることができない。
ので、何でもいいので、記録を付けておくことは大事だ。
自分の成長を振り返ることで、他の人にもアドバイスしやすくなる。
私はクライミングのムーブが毎回違うと指摘されて、なるほどと思っているが、なかなかムーブは固定されない。
でも、自分が登れた課題をこうだよ、と登って見せるときには、やっぱりムーブは同じになっている気がする。
そういうことをしながらムーブが固まっていくのかもしれない(そうでないのかもしれないが・・・)どちらにせよ、面白くなってきたときに、ちゃんとチャンスをつかむことが大事だと思うようになった。
Tuesday, November 10, 2015
その山に行くために、今の自分に何が必要か?
■ 嫁入り支度
山岳会に入会する前、師匠は私を、今後アルパインクライミングにつながっていくような、それでいて、一般登山に毛が生えた程度の技術と体力でいけるような、初級以前、いわば、アルパイン0.5というようなルートに連れて行ってくれた。
嫁入り支度、というわけだ。
阿弥陀中央稜、甲斐駒黒戸尾根、河原木場沢醤油樽の滝、などだ。いずれも、ロープを出すのは、一瞬であり、体力が一般登山者の上級クラスであれば、誰でも行ける。しかし、山岳会の山行記録に記載しても恥ずかしくない、れっきとしたバリエーションルートだ。
ところが、困ったのは、山岳会に入会したら、そうしたルートに連れて行こう!と思っても、連れて行ける人材がいないことだった。
■ 例えば・・・
去年は11月に、アルパインクライマーの天野和明さんの地図読み講習が、格安でICIで開催された。
たったの4000円。もうこれは地元への恩返し山行としか思えない山行だったが、山梨県の山岳会の人は、せっかく優秀な人から学べる機会なのに、誰も来ていないようだった。リーダークラスの人も皆無。
私は、こんなお得な講習、見逃したらもったいないと思って、出たので、会には、伝達講習を行った。
ところが、困ったのは、まだ地図読みが身についていないIさんのための伝達講習なのに、そのIさんの学習チャンスを、すでに身についているFさんが、これ見よがしに奪ってしまうことだった。
山行では、一番弱い人を中心に行動を立てるという、山の行動規範が身についていないのだった。
そのため、肝心のIさんには、地図読みの基本については、何も身に付かず、その山行は、Fさんが「ちゃんと分かっていてすごいね~」と言われるためにある山行になってしまった。でも、登山歴30年なのだから、分かっているのは当然で、それよりIさんに分かってもらう方を中心にすべきだった。
その数か月後、月例山行担当が私の番になった。
私はアイスクライミングの初級ルート、広河原沢左俣に行きたかった。そこは初級で、まったくアイスが初めての初年度でも、フリーソロで抜けた滝があるくらい易しい。入門ルートだ。リードは一回しかさせてもらえなかったが、2年目であれば、難しい滝は、先輩にお任せするとしても、つるべで行くか所を一か所くらいは増やせそうだった。
ところが、募集メンバーを想起してみると・・・これが実現が難しい。
過去に行った時は、一日目は、もっとカンタンなゲレンデで、マルチピッチの手順のおさらいと、ショートピッチの登攀をトップロープで繰り返して、クライミング慣れしてから、出かけた。
つまり、本番に行く前に
1)マルチピッチのシステムが完全にきちんと分かっているかおさらい
2)登攀力が十分か練習
3)冬向けのウエアリングなど基本ができているか確認
4)装備不備がないか確認
と、ゲレンデで、安全を確認しないといけないのだ。 1)~4)が出来ていることが前提でないと、外的危険が大きいため、ルート(=本番)には、連れて行けない。
想定していたメンバーは、SさんとRさんだった。
Sさんは、マルチピッチのシステムがわかっているかどうか不明。
Rさんは、全く分かっていないようだから、たぶんセカンドしか無理。
となると、お目付け役の先輩を入れて、4人となる。すると、通常のように、2パーティでのつるべにすると危険だ。
トップによく分かっている先輩に行ってもらい、しんがりは、次によく分かっている私が勤める。間に二人には入ってもらうとなると、4人のロープワークは、通常のマルチピッチよりも、うんと複雑なものとなってしまう。(3人ならカンタンなのだが・・・)
いろいろと、ベテランに相談した結果、このメンバーでは、広河原沢左俣へいくのは、まだ時期尚早、無理だろうという結論になった。
つまり、先輩と私の2人だけだったら行けたのだが、他のメンバーを入れると、行くことができないのだった。
単純な理解不足のためだ。体力なんて二人の方が男性だから私よりよほどあるのだ。まぁその時点で行くという参加表明は出ていなかったので、先輩と二人で行けば良かったのだが、それでは個人山行で会山行ではなくなってしまう。
それで、仕方なく、場所を河原木場沢の方に変更した。
ここは、アイスクライミングのスキルは、行くだけなら不必要で、2~3時間歩いた先に、見事な滝があり、それが登れる。ここなら、アイスをしたい人だけが、ちょこっとして、他の人は滝見見物でちょうど良い。
しかし、真っ先に参加表明してくれたIさん・・・ 最初に浮かんだのは、”Iさんが履いている名門靴屋の革靴は、どのくらい防水性能があるのだろうか?”という事だった・・・(--;)
Iさんは、靴がいつも無雪期と同じ革靴なのだ。いわゆる冬靴ではない。
河原木場沢は、無雪期は遊歩道が整備されている場所で、積雪期は入る人が、ほとんどおらず静かで良い場所だが、いくら遊歩道と言っても、多少のラッセルが必要で、ワカンがいる。
踏み外したら、・・・そして、踏み外すことなど冬の河原歩きでは良くあることだが・・・ 水の中に足をドボンしてしまう・・・。一般的な冬靴なら、多少ドボンしても浸透しない。
革ぐつ・・・。もしドボンしたら? 場所はいくら簡単な所とはいえ、八ヶ岳。凍傷の危険は常にある。ラッセルも沢筋だから、当然、尾根よりは深い。参加表明している女性は60代で鼻からラッセルを自分でする気はなさそうだったし・・・となるとラッセル機関車は私一人だ。
先輩は河原木場沢なら来ないというし・・・万が一になった時、彼女を背負えるか?自分より重い人は背負えないのが人間のセオリーなので、無理・・・だった。
・・・という思考回路を経て、河原木場沢は没にした。
では、何をすべきか?と考えると、山行は、一番弱いメンバーに合わせる、という大原則から考えると、一番すべきことは、やっぱり地図読みだった。
なので、雪の里山の地図読み山行をすることになった。
これには、雪山得意の先輩が、場所の提案をしてくれた。私は低山の地図読みができるような里山の雪山のネタがなかったからだ。
せっかく先輩が協力してくれることとなったので、地図をもってくるという最低限のことを身に着けてもらうために、地図を持ってこない人が一人でもいた時点で、駐車場解散にする、と最初に宣言しておいた。それはIさん以外は誰もいないのは明白だったので、必然的にIさんのことだった。
そこまでして、地図を持ってこないなら、もう救いようがない。
この山行は不安だったので、地図読み大得意で雪道運転もお願いできる夫に助っ人をお願いした。サブリーダーが私にだって必要だ。(ところが、夫は当日、体調が悪く、熱を出してしまって、むしろ戦力外だった・・・)
これはベテラン先輩が介添えしてくれたこともあり、無事、成功。
この山行は、山行する以前に、単純にIさんが地図を持ってきただけで99%成功だった。その一つさえ身に着けてくれれば、目的の99%は達成で、後のことはどうでもよかったのだ。
それほど、地図を持ってくる、ということは山の基本だ。
・・・という山が、私の月例山行だった。このとき介添えしてくれた先輩には、とても感謝している。
また、私が会にしてもらった恩の一つは、これで返せたと考えている。
なにしろ、会に3年以上いて、2万5千の地図の入手先も知らない人を一人底上げしたのだから!
■ 連れて行きたくても連れて行けないんです
地図を持ってこない人が一人参加者にいると、地図を持ってこなくてもいける山(=一般ルート)にしか、その人が参加する限り、永遠に行けない。
マルチピッチを分かっていない人が、参加者にいると、マルチピッチが分かっていなくてもいける山(=ゲレンデのトップロープクライミング)にしか、その人が参加する限り、永遠に行けない。
講習的な山行を嫌う人は多い。
しかし、地図読み山行や、岩トレ的な易しい岩場でのマルチピッチのおさらいを拒んでいると、楽しい本番の山には、いつまでたっても、連れて行きたくても連れて行けない。
いつまでたっても、その本番に必要なスキルが身に付かず、その人が考えるような、凄い山、楽しい山、には、連れて行きたくても、未来永劫、永遠に連れていけない。
それは、雪上訓練でも、岩トレでも、夜間歩行でも、歩荷負担でも、テント泊技術でも、パッキングでも、あるくだけの歩行技術でも、あるいは基本的な装備の不備でも、同じことで、マスターしてくれないと、連れて行く側が、どんなに連れて行きたくても、連れて行けないのだ。
読図ができないと、沢には行けない。
冬靴がないと、八ヶ岳には行けない。
読図ができないと、深南部には行けない。
ビレイができないと、岩には連れて行けない。
懸垂下降ができないと、ルートには行けない。
人工壁でリードフォローの練習をしてくれないと、マルチには連れて行けない。
ダブルのロープを1本はもっていないと、つるべでルートに行くことはできない。
最低12kg10時間は歩けないと山岳会が行く山には行けない。
雪の赤岳に自力登山ができないとバリエーションには初級でも連れて行けない。
だから、山に行きたいなら、観念して、マスターすべきことはマスターしなくてはいけない。
何ができたら、どこにいって良いのか?教えてくれる人が良い先輩だ。
例えば、私はこのブログを通じて、だが、北岳バットレス第四尾根に行ける自分になるには、最低三つ峠のマルチピッチが12~3ピッチは余裕でこなせるようにならなければならない、と教わった。
そうすることで、山、という活動に、目標、が与えられる。
目標不在の山は、何も楽しくない。小さくても、自分なりの目標をもって、それを到達することが、山の楽しみなのだから。
木漏れ日に囲まれて、のんびりお弁当を食べる喜びは、山がその労苦のご褒美、として与えてくれるものだ。
藪山に行きたいなら、本番の藪山に行く前に、10個は地図読み山行をしないと、その山には行けない。
マルチピッチのルートに出たいなら、本番に行く前に、10回は十二ヶ岳の岩場や三つ峠で練習用のマルチピッチをつるべでこなしておかなくてはいけない。
小川山でフリーのマルチをしたいなら、本番に行く前に、毎週2回は人工壁に通って、クライミング力をあげておかなくてはいけない。
それは、登山歴ん十年のベテランだって、久しぶりに一緒マルチにいくか、というときは、事前にジムに行ってカラダ慣らしをし、家でロープワークの手順の確認をするものなのだ。
連れて行かれる専門の人に欠けているのは、
その山に行くために、今の自分に何が必要か?
という視点ではないだろうか?
山岳会に入会する前、師匠は私を、今後アルパインクライミングにつながっていくような、それでいて、一般登山に毛が生えた程度の技術と体力でいけるような、初級以前、いわば、アルパイン0.5というようなルートに連れて行ってくれた。
嫁入り支度、というわけだ。
阿弥陀中央稜、甲斐駒黒戸尾根、河原木場沢醤油樽の滝、などだ。いずれも、ロープを出すのは、一瞬であり、体力が一般登山者の上級クラスであれば、誰でも行ける。しかし、山岳会の山行記録に記載しても恥ずかしくない、れっきとしたバリエーションルートだ。
ところが、困ったのは、山岳会に入会したら、そうしたルートに連れて行こう!と思っても、連れて行ける人材がいないことだった。
■ 例えば・・・
去年は11月に、アルパインクライマーの天野和明さんの地図読み講習が、格安でICIで開催された。
たったの4000円。もうこれは地元への恩返し山行としか思えない山行だったが、山梨県の山岳会の人は、せっかく優秀な人から学べる機会なのに、誰も来ていないようだった。リーダークラスの人も皆無。
私は、こんなお得な講習、見逃したらもったいないと思って、出たので、会には、伝達講習を行った。
ところが、困ったのは、まだ地図読みが身についていないIさんのための伝達講習なのに、そのIさんの学習チャンスを、すでに身についているFさんが、これ見よがしに奪ってしまうことだった。
山行では、一番弱い人を中心に行動を立てるという、山の行動規範が身についていないのだった。
そのため、肝心のIさんには、地図読みの基本については、何も身に付かず、その山行は、Fさんが「ちゃんと分かっていてすごいね~」と言われるためにある山行になってしまった。でも、登山歴30年なのだから、分かっているのは当然で、それよりIさんに分かってもらう方を中心にすべきだった。
その数か月後、月例山行担当が私の番になった。
私はアイスクライミングの初級ルート、広河原沢左俣に行きたかった。そこは初級で、まったくアイスが初めての初年度でも、フリーソロで抜けた滝があるくらい易しい。入門ルートだ。リードは一回しかさせてもらえなかったが、2年目であれば、難しい滝は、先輩にお任せするとしても、つるべで行くか所を一か所くらいは増やせそうだった。
ところが、募集メンバーを想起してみると・・・これが実現が難しい。
過去に行った時は、一日目は、もっとカンタンなゲレンデで、マルチピッチの手順のおさらいと、ショートピッチの登攀をトップロープで繰り返して、クライミング慣れしてから、出かけた。
つまり、本番に行く前に
1)マルチピッチのシステムが完全にきちんと分かっているかおさらい
2)登攀力が十分か練習
3)冬向けのウエアリングなど基本ができているか確認
4)装備不備がないか確認
と、ゲレンデで、安全を確認しないといけないのだ。 1)~4)が出来ていることが前提でないと、外的危険が大きいため、ルート(=本番)には、連れて行けない。
想定していたメンバーは、SさんとRさんだった。
Sさんは、マルチピッチのシステムがわかっているかどうか不明。
Rさんは、全く分かっていないようだから、たぶんセカンドしか無理。
となると、お目付け役の先輩を入れて、4人となる。すると、通常のように、2パーティでのつるべにすると危険だ。
トップによく分かっている先輩に行ってもらい、しんがりは、次によく分かっている私が勤める。間に二人には入ってもらうとなると、4人のロープワークは、通常のマルチピッチよりも、うんと複雑なものとなってしまう。(3人ならカンタンなのだが・・・)
いろいろと、ベテランに相談した結果、このメンバーでは、広河原沢左俣へいくのは、まだ時期尚早、無理だろうという結論になった。
つまり、先輩と私の2人だけだったら行けたのだが、他のメンバーを入れると、行くことができないのだった。
単純な理解不足のためだ。体力なんて二人の方が男性だから私よりよほどあるのだ。まぁその時点で行くという参加表明は出ていなかったので、先輩と二人で行けば良かったのだが、それでは個人山行で会山行ではなくなってしまう。
それで、仕方なく、場所を河原木場沢の方に変更した。
ここは、アイスクライミングのスキルは、行くだけなら不必要で、2~3時間歩いた先に、見事な滝があり、それが登れる。ここなら、アイスをしたい人だけが、ちょこっとして、他の人は滝見見物でちょうど良い。
しかし、真っ先に参加表明してくれたIさん・・・ 最初に浮かんだのは、”Iさんが履いている名門靴屋の革靴は、どのくらい防水性能があるのだろうか?”という事だった・・・(--;)
Iさんは、靴がいつも無雪期と同じ革靴なのだ。いわゆる冬靴ではない。
河原木場沢は、無雪期は遊歩道が整備されている場所で、積雪期は入る人が、ほとんどおらず静かで良い場所だが、いくら遊歩道と言っても、多少のラッセルが必要で、ワカンがいる。
踏み外したら、・・・そして、踏み外すことなど冬の河原歩きでは良くあることだが・・・ 水の中に足をドボンしてしまう・・・。一般的な冬靴なら、多少ドボンしても浸透しない。
革ぐつ・・・。もしドボンしたら? 場所はいくら簡単な所とはいえ、八ヶ岳。凍傷の危険は常にある。ラッセルも沢筋だから、当然、尾根よりは深い。参加表明している女性は60代で鼻からラッセルを自分でする気はなさそうだったし・・・となるとラッセル機関車は私一人だ。
先輩は河原木場沢なら来ないというし・・・万が一になった時、彼女を背負えるか?自分より重い人は背負えないのが人間のセオリーなので、無理・・・だった。
・・・という思考回路を経て、河原木場沢は没にした。
では、何をすべきか?と考えると、山行は、一番弱いメンバーに合わせる、という大原則から考えると、一番すべきことは、やっぱり地図読みだった。
なので、雪の里山の地図読み山行をすることになった。
これには、雪山得意の先輩が、場所の提案をしてくれた。私は低山の地図読みができるような里山の雪山のネタがなかったからだ。
せっかく先輩が協力してくれることとなったので、地図をもってくるという最低限のことを身に着けてもらうために、地図を持ってこない人が一人でもいた時点で、駐車場解散にする、と最初に宣言しておいた。それはIさん以外は誰もいないのは明白だったので、必然的にIさんのことだった。
そこまでして、地図を持ってこないなら、もう救いようがない。
この山行は不安だったので、地図読み大得意で雪道運転もお願いできる夫に助っ人をお願いした。サブリーダーが私にだって必要だ。(ところが、夫は当日、体調が悪く、熱を出してしまって、むしろ戦力外だった・・・)
これはベテラン先輩が介添えしてくれたこともあり、無事、成功。
この山行は、山行する以前に、単純にIさんが地図を持ってきただけで99%成功だった。その一つさえ身に着けてくれれば、目的の99%は達成で、後のことはどうでもよかったのだ。
それほど、地図を持ってくる、ということは山の基本だ。
・・・という山が、私の月例山行だった。このとき介添えしてくれた先輩には、とても感謝している。
また、私が会にしてもらった恩の一つは、これで返せたと考えている。
なにしろ、会に3年以上いて、2万5千の地図の入手先も知らない人を一人底上げしたのだから!
■ 連れて行きたくても連れて行けないんです
地図を持ってこない人が一人参加者にいると、地図を持ってこなくてもいける山(=一般ルート)にしか、その人が参加する限り、永遠に行けない。
マルチピッチを分かっていない人が、参加者にいると、マルチピッチが分かっていなくてもいける山(=ゲレンデのトップロープクライミング)にしか、その人が参加する限り、永遠に行けない。
講習的な山行を嫌う人は多い。
しかし、地図読み山行や、岩トレ的な易しい岩場でのマルチピッチのおさらいを拒んでいると、楽しい本番の山には、いつまでたっても、連れて行きたくても連れて行けない。
いつまでたっても、その本番に必要なスキルが身に付かず、その人が考えるような、凄い山、楽しい山、には、連れて行きたくても、未来永劫、永遠に連れていけない。
それは、雪上訓練でも、岩トレでも、夜間歩行でも、歩荷負担でも、テント泊技術でも、パッキングでも、あるくだけの歩行技術でも、あるいは基本的な装備の不備でも、同じことで、マスターしてくれないと、連れて行く側が、どんなに連れて行きたくても、連れて行けないのだ。
読図ができないと、沢には行けない。
冬靴がないと、八ヶ岳には行けない。
読図ができないと、深南部には行けない。
ビレイができないと、岩には連れて行けない。
懸垂下降ができないと、ルートには行けない。
人工壁でリードフォローの練習をしてくれないと、マルチには連れて行けない。
ダブルのロープを1本はもっていないと、つるべでルートに行くことはできない。
最低12kg10時間は歩けないと山岳会が行く山には行けない。
雪の赤岳に自力登山ができないとバリエーションには初級でも連れて行けない。
何ができたら、どこにいって良いのか?教えてくれる人が良い先輩だ。
例えば、私はこのブログを通じて、だが、北岳バットレス第四尾根に行ける自分になるには、最低三つ峠のマルチピッチが12~3ピッチは余裕でこなせるようにならなければならない、と教わった。
そうすることで、山、という活動に、目標、が与えられる。
目標不在の山は、何も楽しくない。小さくても、自分なりの目標をもって、それを到達することが、山の楽しみなのだから。
木漏れ日に囲まれて、のんびりお弁当を食べる喜びは、山がその労苦のご褒美、として与えてくれるものだ。
藪山に行きたいなら、本番の藪山に行く前に、10個は地図読み山行をしないと、その山には行けない。
マルチピッチのルートに出たいなら、本番に行く前に、10回は十二ヶ岳の岩場や三つ峠で練習用のマルチピッチをつるべでこなしておかなくてはいけない。
小川山でフリーのマルチをしたいなら、本番に行く前に、毎週2回は人工壁に通って、クライミング力をあげておかなくてはいけない。
それは、登山歴ん十年のベテランだって、久しぶりに一緒マルチにいくか、というときは、事前にジムに行ってカラダ慣らしをし、家でロープワークの手順の確認をするものなのだ。
連れて行かれる専門の人に欠けているのは、
その山に行くために、今の自分に何が必要か?
という視点ではないだろうか?
Saturday, October 24, 2015
転機となった言葉 (座右の銘)
■ 読図編
1) ピッケルより読図でしょ!
2) ピンクテープが自分を追いかけてくるようになる
3) GPSはカンニングだ
■ ロープワーク編
1) 何はなくともセルフビレイ
1) ピッケルより読図でしょ!
2) ピンクテープが自分を追いかけてくるようになる
3) GPSはカンニングだ
■ ロープワーク編
1) 何はなくともセルフビレイ
2) ビレイができないと岩には連れていけない
3) 5級マスター
3) 5級マスター
■ クライミング???
さて私はいよいよクライミング力の方をあげないといけなくなったのですが・・・
どういう座右の銘でクライミングして行けばいいのでしょう・・・(はぁ・・・)
今のところ、
手・足・足
右手を出す時は右足
という初歩的で具体的な指導が、座右の銘ですが・・・
あ、あと
指の皮で登る
ってのもありましたが・・・うーん・・・クライミングに関しては、才能という後押しは、一切無いように思えるので、これまで以上に大変な道のりとなりそうです・・・(--;)
■ 去年の今頃考えていたこと
山ガールの受け皿がない
山第三章
本チャンって何だ?
ビバークについて考える
山岳会の体力と新人の思惑
■ 去年の今頃考えていたこと
山ガールの受け皿がない
山第三章
本チャンって何だ?
ビバークについて考える
山岳会の体力と新人の思惑
ロープワークをいかにマスターしたかを振り返る
■ ロープワークは身に着けやすい
さて、
・地図読み
・ロープワーク
が、2大登山技術ですが、いかにロープワークを身に着けたか?と言う話になりますが、これがまた、イバラの道だったなぁ・・・と思う訳です(^^;)、ハイ。
しかし、ロープワークは、確実に誰もいなくても教わることができる技です。地図読みより、ある意味ラクです。
ロープワークには、やり始めてから自信がつくまでに、1年半かかりました。
リーダー講習でならってすぐの記録
まだ岩二回目のころの記録
カラビナの掛け方くらいで躓いている頃
ガチ山一年生の頃の記録
何から教え何から学ぶべきか?
■ クライマーがロープワーク上級者とは限らない
ロープワークのニーズとして、クライミングはしないと決めている人には、心ならずも、ロープワークは、クライミングをすると決めている人以上の技術力が要ります。
・クライミングする人 → ロープワークは、初級で済んでしまう
・クライミングしない人 → ロープワークは、熟練の技が必要
理由は、クライミングする人は、簡単に済ませることができるギアを持って行動しますが、しない人は同じことをギアなしで実現しないといけないからです。
特に山岳縦走などで、万が一の時に使える技・・・となると、”その程度でいい”という話ではなく、”それが一番難しい”という話になります。
結果、 クライミングが上手な人は必ずしもロープワークが安全確実な人ではない
となります。
■ 転機となった言葉
1) 何はなくともセルフビレイ
2) ビレイができないと岩には連れていけない
3) 5級マスター
これらの言葉が、成長の強い動機となりました。
私は岩登りは最初から余り乗り気ではなかったのです・・・山岳総合センターのリーダーコースには、
・アルパインコース
・縦走コース
の2つの選択肢があり、到達ラインも違いますが、そのうち、縦走コースを選んでいたくらいです。
(縦走コースは3人しか人がおらず、アルパインコースにまとまってくれると助かるなぁという後押しがあった)
最初は、夫と行く雪山の縦走で、いかに夫を確保するか?ということを目的に出ていたのでした・・・。
しかし、理解が進むにつれて、縦走でロープを出すほうが、クライミングそのものでロープを使うより、数段難しいということが分かるようになりました・・・(汗) 何しろ、縦走路には支点が整備されてはいないのです。
さて・・・話は元に戻りますが、私は、クライミングは下手くそで、なおかつ心配性で怖がりなので、
何はなくともセルフビレイ
が、最初に自分を守る言葉として、盾になってくれました。セルフビレイさえ出来ていれば、少なくとも墜落死はありません。
・雪の急斜面でも、バケツを掘ってセルフをとらないと叱られます。
・またアイゼン歩行練習でターンするとき、自己確保を取らないでやっても叱られます。
これらは、山岳会の行動を見ていると、新人さんへの遠慮や媚から、言わないで済ませられています。でも、ここは厳しく決して譲ってはいけない部分ではないかと思われます・・・命を守る習慣をつけるのが大事です。
ビレイができないと岩には連れて行けない
ということは、講習会の雪中テント泊中に聞きました。私はその時、まだ人工壁も触ったことがない丸っきりのクライミング無知でしたので、ビレイが何かもさっき習ったところ。
それでも、ビレイがクライマーの命を守ることだ、くらいは分かっていました。ビレイができないビレイヤーなんて、ビレイヤーではありません・・・。
その後、南沢小滝でのアイスクライミングが私のビレイ初体験でしたが、上から両手とも制動側のロープを持ってローワーダウンしろと叫ばれ、「すみません」と返しました。フリーのゲレンデに行くようになり、周囲を見ると、そんな丁寧なローワーダウンをしている人なんて、ほとんどいません・・・。
その後、スポーツクライミングを毎週の活動にしている会に参加して、ビレイをマスター。スポーツクライミングでは、みんな平気でじゃんじゃん落ちているからです。
5級マスター
は、クライミングを常習するようになってからの、心の支えです(笑)。 フリークライミングは、上には上がいる世界で、クライミングだけをするようになると、山に行けなくなってしまいます。
しかも、日本の山岳エリアでのクライミングは、5級までしか出てこないのです。
クライミングには、
・ムーブ解決して、一本の難しい課題を一回コッキリでもいいから決める
・いつでもスムーズにある程度のクライミングがこなせる
の二つのベクトルがあり、フリークライミングは前者です。5.12が登れる、などの世界です。平山ユージさんをクライマーだと人は思っても、登山家だとは思わないでしょう。
後者は、アルパインクライミングの世界です。アルパインでは、ハングドッグしてムーブ解決などしていたら、その間に凍てついてしまいます。アルパインに必要なのはスピード。ムーブ解決が必要な位なら、ユマールで登ります。というか、そこが登れる程度の登攀グレードでも、スピードを優先して、ユマールで登ると言う解決策を取るくらいです。
そこで、後者を目指す場合、どういう登攀力を目指せばいいのか?というと、
5級だったらどこでも、よどみなく登れる、
ということです。
■ 具体的にしたこと
1)初心者時代
行動:
1) ロープワークの本を読む
2) 文部科学省が出している、確保理論の文献を読む
3) 家で結び目の練習をする
4) リード壁に通う
5) 初級の岩場に通う
6) 取扱説明書をよく読む
7) わざと人工壁で落ちてもらって、墜落を止める
8) ロープの購入
成果:
・結び目が結べるようになる
・リードフォロー(スタカット)が分かるようになる
・流動分散が分かるようになる
・手繰り墜ちが危険だと分かるようになる
・トップロープは最初を張り気味でないとロープの伸びの分、落ちる距離が長いと分かるようになる
・クライミングスタイルによるロープの差が分かる 必要なギアが分かる
2)脱皮時代
行動:
1) 人工壁で5.10Aが登れるようになる
2) 外岩に連れて行ってもらう
3) 外岩でリードする
4) 先輩の墜落を停止する
5) アイスでリードのビレイをさせてもらう
6) アイスでルートに出る
7) アイスで中間支点を作る練習をする
8) 岩装備をいつも整頓して置く
成果:
・トポを見る習慣
・計画時に、ダブルか、シングルか、どのようなロープが必要か考える習慣
・フリーとアルパインの岩での装備の違い
・フリーの時にじゃらじゃらとギアをハーネスにぶら下げない
・登るのに必要な物だけを持ってあがる
・登り出す前に、登攀をどうするか考える
3)中級者へ
行動:
1)自分が外岩に連れて行く
2)レスキューの講習に出る
3)復習で再度、教科書を読む
4)自宅でロープワークを練習する
5)知っていることを他の人に教える
成果:
・自分で登れるルート
・知識の定着で、自信を深める
・忘れている結びを改めて思い出す
■ どれくらい時間がかかったか?
ロープワークは紹介されてから、丸2年、最初の半年は、機会がなく、素通りしていますから、1年半具体的にかかっています。
私がロープワークが必要になるような山(バリエーション)に行き始めたのが、たまたま冬なので、アイスのルートやゲレンデが主なロープの出番です。
最初の一年は、確保理論を机上で講習せずにいきなり、外で確保だったので、分かっていないことがあるような気がして怖かったです。
実際、
・ランナウト
・墜落係数2の墜落は危ない
・伸びないロープで落ちると危ない
・トップロープのプーリー現象
・ゼロピン目
・トラバースがむしろ危険
・一ピン目を取る前に落ちると危ない
・ロープギロチン
など、当然のことが分かるようになるのに、確保理論をきちんと読まないと分かりませんでした。
クライミングにも机上講習が必ず必要と思います。実際上記のことを理解させるのに、2時間程度しかかからないのではないかと思います。
その程度の知識を理解するだけに、少なくとも一年はもやもやした気持ちで過ごしました。
■ まとめ: 成功の要因となった行動
1)ロープワークの本を読む
2)スポーツクライミングに通う
3)講習会に出る
4)取扱説明書を読む
5)家でコソ錬する
6)相談相手を持つ
■ 講習費用
さて、ロープワークとの出会いは、講習会だったわけですが・・・山岳総合センターでは、リーダー講習以外にも、初級のロープワークを教える講習があります。
山梨の岳連が主催する講習会は、基本的に無料です。無料の講習会でも同じことが得れると思います。
ちなみに、例として、講習会の例を挙ますと・・・登山技術レベルアップ講習会(縦走時のレスキュー)は、机上講習と実技のセットで、15000円。机上があるというのが大事なことです。
山岳会は机上講習を嫌うので、いつまでたっても大事な知識が抜け落ちたままになりがちです。
私が知っている上手くいっている会は、例会で先輩が簡単な机上講習の代わりをしていました。
ただ、ロープワークの講習会は、
・基礎 まったく結び目の名前も知らない本当の初心者向け
・初級 自分の安全を守るためのロープワーク
・上級 相手の安全を守るためのロープワーク
と講習会を選ぶ段階でも、ある程度知識がないと、
どの講習会に出たらいいのか?
がそもそも選べませんので、そういう意味で、相談相手を持つことは必要だと思います。
■ 相談相手を持つ
相談相手ですが、もし誰も相談する相手がいない場合
山田哲哉ガイドが登山何でも相談日を月曜夜に設けています。
また岳連など上位団体の相談窓口も、有効な相談窓口と思います。
山岳会に期待すべきは、こうした独習で、初心者が判断に迷った時の相談窓口というものですが、今この機能が果たせる会や人は少ないかもしれません・・・。
したがって、次に頼るべきは、有料の先輩、つまりガイドさんということになりますが、山岳ガイドにも種類があり、山岳ガイドのガイドステージⅡくらいでは、登攀要素が出ない山しか許されていないので、相談相手とはなれないかもしれません。
登山ガイドではもちろんダメです。フリークライミングのインストラクターもダメですから、結局は、非常に数が限られている、ということになると思います。
■ リスクも自分持ち
結局は、間違ったことを教わるかもしれないというリスクも含めて、リスクは自分持ち、です。
教わったことは、色々と検索するなり、他の情報源にダブルチェックを入れるなりして、きちんと裏を取り咀嚼する、ということが大事です。
Trust But Check
と、英語圏では良く言われています。
例えば、私が信頼する先輩は、確保器使わない派でした・・・何しろダイニーマのスリングも、新しい装備は信頼できないと言って使わないくらいだったのです・・・。
しかし、新しく入ってきた人にとってATCXPガイドとダイニーマスリングは、誰でも持っている標準品です。
例を挙げると、アイスアックスもそうです。アックスはストレートではなく、現代のは、バナナシャフトです。
別にストレートシャフトで登れれば、それで構わないのですが、新しくバナナシャフトのギアを買おうとする後輩にアドバイスができるか?と言えば出来ないでしょう。
したがって、相談する先は、相談する側が良く相手の得意を知って相談する、ということ、複数のソースに相談すること、そうしたことは失礼に当たらない、行為です。
・登山スキルは、相談相手を持つことから
・登山リスクは教わったことを取り入れるか入れないかから
そこから強い自立の心が必要だと言えるでしょう。
■ この記事は三部作です
1)教え方を考える
2)地図読みを習得した経緯を考える
3)ロープワークを習得した経緯を考える (当記事)
さて、
・地図読み
・ロープワーク
が、2大登山技術ですが、いかにロープワークを身に着けたか?と言う話になりますが、これがまた、イバラの道だったなぁ・・・と思う訳です(^^;)、ハイ。
しかし、ロープワークは、確実に誰もいなくても教わることができる技です。地図読みより、ある意味ラクです。
ロープワークには、やり始めてから自信がつくまでに、1年半かかりました。
リーダー講習でならってすぐの記録
まだ岩二回目のころの記録
カラビナの掛け方くらいで躓いている頃
ガチ山一年生の頃の記録
何から教え何から学ぶべきか?
■ クライマーがロープワーク上級者とは限らない
ロープワークのニーズとして、クライミングはしないと決めている人には、心ならずも、ロープワークは、クライミングをすると決めている人以上の技術力が要ります。
・クライミングする人 → ロープワークは、初級で済んでしまう
・クライミングしない人 → ロープワークは、熟練の技が必要
理由は、クライミングする人は、簡単に済ませることができるギアを持って行動しますが、しない人は同じことをギアなしで実現しないといけないからです。
特に山岳縦走などで、万が一の時に使える技・・・となると、”その程度でいい”という話ではなく、”それが一番難しい”という話になります。
結果、 クライミングが上手な人は必ずしもロープワークが安全確実な人ではない
となります。
■ 転機となった言葉
1) 何はなくともセルフビレイ
2) ビレイができないと岩には連れていけない
3) 5級マスター
これらの言葉が、成長の強い動機となりました。
私は岩登りは最初から余り乗り気ではなかったのです・・・山岳総合センターのリーダーコースには、
・アルパインコース
・縦走コース
の2つの選択肢があり、到達ラインも違いますが、そのうち、縦走コースを選んでいたくらいです。
(縦走コースは3人しか人がおらず、アルパインコースにまとまってくれると助かるなぁという後押しがあった)
最初は、夫と行く雪山の縦走で、いかに夫を確保するか?ということを目的に出ていたのでした・・・。
しかし、理解が進むにつれて、縦走でロープを出すほうが、クライミングそのものでロープを使うより、数段難しいということが分かるようになりました・・・(汗) 何しろ、縦走路には支点が整備されてはいないのです。
さて・・・話は元に戻りますが、私は、クライミングは下手くそで、なおかつ心配性で怖がりなので、
何はなくともセルフビレイ
が、最初に自分を守る言葉として、盾になってくれました。セルフビレイさえ出来ていれば、少なくとも墜落死はありません。
・雪の急斜面でも、バケツを掘ってセルフをとらないと叱られます。
・またアイゼン歩行練習でターンするとき、自己確保を取らないでやっても叱られます。
これらは、山岳会の行動を見ていると、新人さんへの遠慮や媚から、言わないで済ませられています。でも、ここは厳しく決して譲ってはいけない部分ではないかと思われます・・・命を守る習慣をつけるのが大事です。
ビレイができないと岩には連れて行けない
ということは、講習会の雪中テント泊中に聞きました。私はその時、まだ人工壁も触ったことがない丸っきりのクライミング無知でしたので、ビレイが何かもさっき習ったところ。
それでも、ビレイがクライマーの命を守ることだ、くらいは分かっていました。ビレイができないビレイヤーなんて、ビレイヤーではありません・・・。
その後、南沢小滝でのアイスクライミングが私のビレイ初体験でしたが、上から両手とも制動側のロープを持ってローワーダウンしろと叫ばれ、「すみません」と返しました。フリーのゲレンデに行くようになり、周囲を見ると、そんな丁寧なローワーダウンをしている人なんて、ほとんどいません・・・。
その後、スポーツクライミングを毎週の活動にしている会に参加して、ビレイをマスター。スポーツクライミングでは、みんな平気でじゃんじゃん落ちているからです。
5級マスター
は、クライミングを常習するようになってからの、心の支えです(笑)。 フリークライミングは、上には上がいる世界で、クライミングだけをするようになると、山に行けなくなってしまいます。
しかも、日本の山岳エリアでのクライミングは、5級までしか出てこないのです。
クライミングには、
・ムーブ解決して、一本の難しい課題を一回コッキリでもいいから決める
・いつでもスムーズにある程度のクライミングがこなせる
の二つのベクトルがあり、フリークライミングは前者です。5.12が登れる、などの世界です。平山ユージさんをクライマーだと人は思っても、登山家だとは思わないでしょう。
後者は、アルパインクライミングの世界です。アルパインでは、ハングドッグしてムーブ解決などしていたら、その間に凍てついてしまいます。アルパインに必要なのはスピード。ムーブ解決が必要な位なら、ユマールで登ります。というか、そこが登れる程度の登攀グレードでも、スピードを優先して、ユマールで登ると言う解決策を取るくらいです。
そこで、後者を目指す場合、どういう登攀力を目指せばいいのか?というと、
5級だったらどこでも、よどみなく登れる、
ということです。
■ 具体的にしたこと
1)初心者時代
行動:
1) ロープワークの本を読む
2) 文部科学省が出している、確保理論の文献を読む
3) 家で結び目の練習をする
4) リード壁に通う
5) 初級の岩場に通う
6) 取扱説明書をよく読む
7) わざと人工壁で落ちてもらって、墜落を止める
8) ロープの購入
成果:
・結び目が結べるようになる
・リードフォロー(スタカット)が分かるようになる
・流動分散が分かるようになる
・手繰り墜ちが危険だと分かるようになる
・トップロープは最初を張り気味でないとロープの伸びの分、落ちる距離が長いと分かるようになる
・クライミングスタイルによるロープの差が分かる 必要なギアが分かる
2)脱皮時代
行動:
1) 人工壁で5.10Aが登れるようになる
2) 外岩に連れて行ってもらう
3) 外岩でリードする
4) 先輩の墜落を停止する
5) アイスでリードのビレイをさせてもらう
6) アイスでルートに出る
7) アイスで中間支点を作る練習をする
8) 岩装備をいつも整頓して置く
成果:
・トポを見る習慣
・計画時に、ダブルか、シングルか、どのようなロープが必要か考える習慣
・フリーとアルパインの岩での装備の違い
・フリーの時にじゃらじゃらとギアをハーネスにぶら下げない
・登るのに必要な物だけを持ってあがる
・登り出す前に、登攀をどうするか考える
3)中級者へ
行動:
1)自分が外岩に連れて行く
2)レスキューの講習に出る
3)復習で再度、教科書を読む
4)自宅でロープワークを練習する
5)知っていることを他の人に教える
成果:
・自分で登れるルート
・知識の定着で、自信を深める
・忘れている結びを改めて思い出す
■ どれくらい時間がかかったか?
ロープワークは紹介されてから、丸2年、最初の半年は、機会がなく、素通りしていますから、1年半具体的にかかっています。
私がロープワークが必要になるような山(バリエーション)に行き始めたのが、たまたま冬なので、アイスのルートやゲレンデが主なロープの出番です。
最初の一年は、確保理論を机上で講習せずにいきなり、外で確保だったので、分かっていないことがあるような気がして怖かったです。
実際、
・ランナウト
・墜落係数2の墜落は危ない
・伸びないロープで落ちると危ない
・トップロープのプーリー現象
・ゼロピン目
・トラバースがむしろ危険
・一ピン目を取る前に落ちると危ない
・ロープギロチン
など、当然のことが分かるようになるのに、確保理論をきちんと読まないと分かりませんでした。
クライミングにも机上講習が必ず必要と思います。実際上記のことを理解させるのに、2時間程度しかかからないのではないかと思います。
その程度の知識を理解するだけに、少なくとも一年はもやもやした気持ちで過ごしました。
■ まとめ: 成功の要因となった行動
1)ロープワークの本を読む
2)スポーツクライミングに通う
3)講習会に出る
4)取扱説明書を読む
5)家でコソ錬する
6)相談相手を持つ
■ 講習費用
さて、ロープワークとの出会いは、講習会だったわけですが・・・山岳総合センターでは、リーダー講習以外にも、初級のロープワークを教える講習があります。
山梨の岳連が主催する講習会は、基本的に無料です。無料の講習会でも同じことが得れると思います。
ちなみに、例として、講習会の例を挙ますと・・・登山技術レベルアップ講習会(縦走時のレスキュー)は、机上講習と実技のセットで、15000円。机上があるというのが大事なことです。
山岳会は机上講習を嫌うので、いつまでたっても大事な知識が抜け落ちたままになりがちです。
私が知っている上手くいっている会は、例会で先輩が簡単な机上講習の代わりをしていました。
ただ、ロープワークの講習会は、
・基礎 まったく結び目の名前も知らない本当の初心者向け
・初級 自分の安全を守るためのロープワーク
・上級 相手の安全を守るためのロープワーク
と講習会を選ぶ段階でも、ある程度知識がないと、
どの講習会に出たらいいのか?
がそもそも選べませんので、そういう意味で、相談相手を持つことは必要だと思います。
■ 相談相手を持つ
相談相手ですが、もし誰も相談する相手がいない場合
山田哲哉ガイドが登山何でも相談日を月曜夜に設けています。
また岳連など上位団体の相談窓口も、有効な相談窓口と思います。
山岳会に期待すべきは、こうした独習で、初心者が判断に迷った時の相談窓口というものですが、今この機能が果たせる会や人は少ないかもしれません・・・。
したがって、次に頼るべきは、有料の先輩、つまりガイドさんということになりますが、山岳ガイドにも種類があり、山岳ガイドのガイドステージⅡくらいでは、登攀要素が出ない山しか許されていないので、相談相手とはなれないかもしれません。
登山ガイドではもちろんダメです。フリークライミングのインストラクターもダメですから、結局は、非常に数が限られている、ということになると思います。
■ リスクも自分持ち
結局は、間違ったことを教わるかもしれないというリスクも含めて、リスクは自分持ち、です。
教わったことは、色々と検索するなり、他の情報源にダブルチェックを入れるなりして、きちんと裏を取り咀嚼する、ということが大事です。
Trust But Check
と、英語圏では良く言われています。
例えば、私が信頼する先輩は、確保器使わない派でした・・・何しろダイニーマのスリングも、新しい装備は信頼できないと言って使わないくらいだったのです・・・。
しかし、新しく入ってきた人にとってATCXPガイドとダイニーマスリングは、誰でも持っている標準品です。
例を挙げると、アイスアックスもそうです。アックスはストレートではなく、現代のは、バナナシャフトです。
別にストレートシャフトで登れれば、それで構わないのですが、新しくバナナシャフトのギアを買おうとする後輩にアドバイスができるか?と言えば出来ないでしょう。
したがって、相談する先は、相談する側が良く相手の得意を知って相談する、ということ、複数のソースに相談すること、そうしたことは失礼に当たらない、行為です。
・登山スキルは、相談相手を持つことから
・登山リスクは教わったことを取り入れるか入れないかから
そこから強い自立の心が必要だと言えるでしょう。
■ この記事は三部作です
1)教え方を考える
2)地図読みを習得した経緯を考える
3)ロープワークを習得した経緯を考える (当記事)
Friday, October 23, 2015
地図読みをいかにマスターしたかを振り返る・・・
■ 地図読みは基本だが身につけにくい
言う間でもなく、地図読みは山の基本である、ということに異論がある人は、まずいまいと思うが・・・
最近の山事情は
・一般道では地図の出番は何年山に行っても出てこない(^^;)
・たとえ、本チャンでも踏み跡を拾うことのほうが、地図を読むことより重要だったりする
・登山道の無い山でも、大抵の尾根には踏み跡がある
ので、あんまり地図を読むニーズ自体が希薄で、身につけにくい技術と言えると思う。
まったく踏み跡の無い山、というのは、血眼になって探さないとなかったりする。
■ 転機となった言葉
私も例外ではなく、地図読みはニーズが希薄で、マスターしにくい現状という障壁があったのだが・・・それらを乗り越えるためのキッカケは何だったか?と振り返ると、先輩からの適切な助言を得ていたと思う。(言った本人は、アドバイスのつもりではなかったかもしれない)
1) ピッケルより読図でしょ!
2) ピンクテープが自分を追いかけてくるようになる
3) GPSはカンニングだ
そのとき、その時で、「そうか」と単純に思い、素直に従った。
だから、アドバイスを得た通りのことが起った時は、すごく成長を感じ、喜びを感じた。
本当にピンクテープが私を追いかけてくるようになった!いや~めでたい!というわけだった(権現)。
GPSなしで行程が貫徹できたときも、祝杯モードだった(伝丈沢)。
一人で地図読みで歩いた山は、黒戸尾根より面白かった(茅ヶ岳東尾根)。
■ 具体的にしたこと
では、具体的にどういう行動をしたのか? 振り返ってみる。
1)初心者時代
行動: 1)地図読みの本を読む
2)基本通り、地形図に尾根と水線を入れる
3)概念図を書く
4)ベアリング図を書く。
(尾根とコルをつないで、標高差と距離、コンパスの角度を出しておく) 例: 中津森
5)地図の端から端までが何キロか計っておく
成果: ・一ピッチが、ピークからコルまでと分かる。
・ベテランとルート作成時の考え方が同じだと分かり、自信を深める。
・次に出てくるはずの地形(コルかピークか)を予想するようになる
・次に向かうはずの方角を意識するようになる
・どうでもよい箇所は気にしなくなる (取り付き、下りはじめ)
・迷いやすい地形が分かるようになる (のっぺりしたピークなど)
・現在地を地形で、同定できるようになる
2)脱皮時代
行動: 1) テープの薄い一般道を積雪期にトレースがない状態で歩く
(少しヒントがある状態、補助車つきの練習) 例: 厳冬期北八つ単独
2) GPSログを帰ってから、よく見る
3) 地図読みをベテランに教わる (講習会)
4) オリエンテーリングの大会に出る 例: 白川郷スノーゲイン
成果: ・テープがなくても歩けることの確認。テープが後から自分を追いかけてくる。
・ちょっとぐらいテープが見えなくても平気だと言う、恐怖心の克服(常に正解を求めない)
・次に見えるはずの道標の予想
・地図を頻繁に見る習慣
・コンパスの使いなれ
3)中級者へ
行動: 1)自分でルート作成して山に登る
2)地図読み講習会に出る
3)地図読みの教え方を学ぶ
4)1ピッチごとに先頭を交代する
5)ここがその箇所だと思ったら、地形的な証拠を3つ上げる決まり
(コル、ピーク、尾根、沢、ガレ、標高、目標物、人工物 いずれかが証拠となる)
成果: 自分自身で地図を読む自信がつく (青笹尾根)
■ どれくらい時間がかかったか?
自分でも、ホントに長い時間かけたなーと今思いました(笑)。
地図読みの重要性を指摘されたのが、登山2年目ですから、丸3年は取り組んでから、かかったということです。
もちろん、1年目でも地図読み講習に出ていますから、トータルでは5年です。しかし、1年目で出た地図読み講習では、まったく動機付けになりませんでした。
一年目で出た地図読み講習 (アルパインツアー 高川山 2011.12)
役立った地図読み講習 (三上ガイド 中津森 2013.4)
復習で出た地図読み講習 (天野ガイド 兜山 2014.10)
地図読み講習は、トータルで3つしか出ていないんですが、それで今の私があるとすれば、講習費用は安いかもしれません。各会1万円はしていないと思います。
時間的投資面を考えても、3回程度の講習は、山岳会に置き換えると3年目ってことになるかな?
私は全部講習は面白いのですが、そうでない人もいるんですかね???
講習的に地図をじっくり見ながら歩くと、とても時間がかかるので、通常の半分の距離しか歩けません。
■ まとめ: 成功の要因となる行動
1) 地図読みの本を読む
2) 地図の事前学習
3) 地図読み講習会に出る
4) それを人に伝達講習する
■ 面白かった山
やっぱり、色々思うと、自分でルートファインディングして行く山しか面白くないかもしれない・・・
間違っているかも・・・という不安が、もしかして山を面白くする重大な要素なのかもしれません。
今夏、もっとも面白かった山は・・・
なんと、ブラックアウトして、迷わなくていい場所で迷った山です・・・(^^;) よく知っている尾根で、暗くなってしまい、ホワイトアウトナビゲーションと同じことをブラックアウトでやったのです。
地図を読み込んでいたので、あらぬ方向から沢音が聞こえてきたり、トラバースするはずがないところでトラバースしていたら、間違いを検出できた。
地図を読み込んでいなかったら、間違いを検出できなかったでしょう。
この間違いを検出する能力というのは大事な能力で、”連れられ登山”では一生つきません。私は今冬の金石沢の時は自分が行ったことがある場所でも間違いに気がつけなかったくらいですから、大事な成長です。先輩なんて、自分が歩いてあっているところでも、違うのではないか?という疑いを持ちながら歩いていたようです(節刀)。
目視情報が一切得られなくなる事態には、
・ホワイトアウト (雪山で霧に巻かれる)
・ブラックアウト (暗闇で何も見えなくなる)
・グリーンアウト (背の高い密集した藪で、何も見えなくなる)
の3つがあるそうです。
目視情報以外の情報は
・聴覚情報 ・・・ 音
・触覚情報 ・・・ 感触 歩いている斜面が尾根かトラバースか
嗅覚、味覚は、使いようがないかなぁ・・・。やっぱり目視情報って、すごく大きいんですね~。
■ 地図読みにおける植生
植生というのは、地図には書いてあるけど、あんまり重視しない事前情報です。というのも植生は、コロコロ変わるから。
でも、実際山に行くと、植生というのが、快不快と美しさを決める、もっとも重要なポイントだったりします。
広葉樹の森・草原 = 快
植林・藪 =不快
大雑把ですが、こんな感じ。
山に行くとき、やっぱり、きれいな山、美しい山に行きたいと人は思うのですが、それが地図から読み取れない、というのが、山の面白さかもしれません・・・
でも、今年やった藪漕ぎはとっても大変だったので、ハイ松記号には気を付けるようになったかもしれない(笑)
■ 余談
歩きやすいように歩くと、人間はリンデワンデリングすることが知られています。リンデワンデリングは堂々巡り、ということです。
リンデワンデリングは、どうも人間の心臓が左にあり、左足が軸足で、右足がワーキングレッグだということとから来るみたいなんですよね。
これまた余談ですが、ユマールするとき、左足はアブミに乗せっぱなしです。右が上になり、主な作業をします。軸が左にある、ということと同じなのかなぁと思ったりしました。
登山の基礎は
・地図読み
・岩登り
と言われます。
”地図が読めて、ロープが使えたら、どこでも歩ける”というのが、登山家が口をそろえて言うセリフ。
地図読みは、なんとか一通りの形が付いたかも?と言える地点に近くなった私ですが、どれくらいビビりで、どれくらい慎重に慎重を期してしか、歩いていないか、ということを考えると、同じくらいの年月が初級のクライミング技術習得にもかかるかもしれません・・・(><)
何かをマスターするにはスモールステップが必要だ、と言われますが、今のところの成功体験である、地図読みの過去のプロセスを振り返ると、人がびっくりするような、小さい小さいスモールステップを積み上げているような気がします・・・
何しろ、5m登山道から逸れるだけで、最初はプチ道迷いと言って笑っていたくらいです。GPSは、クライミングに例えると、トップロープです。
地図読みにもまして、適性があまりなさそうなクライミング・・・
地図読みでも、3~5年もGPSによるトップロープ状態を維持して、時間を掛けて、自信を積み上げてきて、今の場所にいることを考えると、決して私が器用者ではない、ということがご理解いただけるでしょう。
言う間でもなく、地図読みは山の基本である、ということに異論がある人は、まずいまいと思うが・・・
最近の山事情は
・一般道では地図の出番は何年山に行っても出てこない(^^;)
・たとえ、本チャンでも踏み跡を拾うことのほうが、地図を読むことより重要だったりする
・登山道の無い山でも、大抵の尾根には踏み跡がある
ので、あんまり地図を読むニーズ自体が希薄で、身につけにくい技術と言えると思う。
まったく踏み跡の無い山、というのは、血眼になって探さないとなかったりする。
■ 転機となった言葉
私も例外ではなく、地図読みはニーズが希薄で、マスターしにくい現状という障壁があったのだが・・・それらを乗り越えるためのキッカケは何だったか?と振り返ると、先輩からの適切な助言を得ていたと思う。(言った本人は、アドバイスのつもりではなかったかもしれない)
1) ピッケルより読図でしょ!
2) ピンクテープが自分を追いかけてくるようになる
3) GPSはカンニングだ
そのとき、その時で、「そうか」と単純に思い、素直に従った。
だから、アドバイスを得た通りのことが起った時は、すごく成長を感じ、喜びを感じた。
本当にピンクテープが私を追いかけてくるようになった!いや~めでたい!というわけだった(権現)。
GPSなしで行程が貫徹できたときも、祝杯モードだった(伝丈沢)。
一人で地図読みで歩いた山は、黒戸尾根より面白かった(茅ヶ岳東尾根)。
■ 具体的にしたこと
では、具体的にどういう行動をしたのか? 振り返ってみる。
1)初心者時代
行動: 1)地図読みの本を読む
2)基本通り、地形図に尾根と水線を入れる
3)概念図を書く
4)ベアリング図を書く。
(尾根とコルをつないで、標高差と距離、コンパスの角度を出しておく) 例: 中津森
5)地図の端から端までが何キロか計っておく
成果: ・一ピッチが、ピークからコルまでと分かる。
・ベテランとルート作成時の考え方が同じだと分かり、自信を深める。
・次に出てくるはずの地形(コルかピークか)を予想するようになる
・次に向かうはずの方角を意識するようになる
・どうでもよい箇所は気にしなくなる (取り付き、下りはじめ)
・迷いやすい地形が分かるようになる (のっぺりしたピークなど)
・現在地を地形で、同定できるようになる
2)脱皮時代
行動: 1) テープの薄い一般道を積雪期にトレースがない状態で歩く
(少しヒントがある状態、補助車つきの練習) 例: 厳冬期北八つ単独
2) GPSログを帰ってから、よく見る
3) 地図読みをベテランに教わる (講習会)
4) オリエンテーリングの大会に出る 例: 白川郷スノーゲイン
成果: ・テープがなくても歩けることの確認。テープが後から自分を追いかけてくる。
・ちょっとぐらいテープが見えなくても平気だと言う、恐怖心の克服(常に正解を求めない)
・次に見えるはずの道標の予想
・地図を頻繁に見る習慣
・コンパスの使いなれ
3)中級者へ
行動: 1)自分でルート作成して山に登る
2)地図読み講習会に出る
3)地図読みの教え方を学ぶ
4)1ピッチごとに先頭を交代する
5)ここがその箇所だと思ったら、地形的な証拠を3つ上げる決まり
(コル、ピーク、尾根、沢、ガレ、標高、目標物、人工物 いずれかが証拠となる)
成果: 自分自身で地図を読む自信がつく (青笹尾根)
■ どれくらい時間がかかったか?
自分でも、ホントに長い時間かけたなーと今思いました(笑)。
地図読みの重要性を指摘されたのが、登山2年目ですから、丸3年は取り組んでから、かかったということです。
もちろん、1年目でも地図読み講習に出ていますから、トータルでは5年です。しかし、1年目で出た地図読み講習では、まったく動機付けになりませんでした。
一年目で出た地図読み講習 (アルパインツアー 高川山 2011.12)
役立った地図読み講習 (三上ガイド 中津森 2013.4)
復習で出た地図読み講習 (天野ガイド 兜山 2014.10)
地図読み講習は、トータルで3つしか出ていないんですが、それで今の私があるとすれば、講習費用は安いかもしれません。各会1万円はしていないと思います。
時間的投資面を考えても、3回程度の講習は、山岳会に置き換えると3年目ってことになるかな?
私は全部講習は面白いのですが、そうでない人もいるんですかね???
講習的に地図をじっくり見ながら歩くと、とても時間がかかるので、通常の半分の距離しか歩けません。
■ まとめ: 成功の要因となる行動
1) 地図読みの本を読む
2) 地図の事前学習
3) 地図読み講習会に出る
4) それを人に伝達講習する
■ 面白かった山
やっぱり、色々思うと、自分でルートファインディングして行く山しか面白くないかもしれない・・・
間違っているかも・・・という不安が、もしかして山を面白くする重大な要素なのかもしれません。
今夏、もっとも面白かった山は・・・
なんと、ブラックアウトして、迷わなくていい場所で迷った山です・・・(^^;) よく知っている尾根で、暗くなってしまい、ホワイトアウトナビゲーションと同じことをブラックアウトでやったのです。
地図を読み込んでいたので、あらぬ方向から沢音が聞こえてきたり、トラバースするはずがないところでトラバースしていたら、間違いを検出できた。
地図を読み込んでいなかったら、間違いを検出できなかったでしょう。
この間違いを検出する能力というのは大事な能力で、”連れられ登山”では一生つきません。私は今冬の金石沢の時は自分が行ったことがある場所でも間違いに気がつけなかったくらいですから、大事な成長です。先輩なんて、自分が歩いてあっているところでも、違うのではないか?という疑いを持ちながら歩いていたようです(節刀)。
目視情報が一切得られなくなる事態には、
・ホワイトアウト (雪山で霧に巻かれる)
・ブラックアウト (暗闇で何も見えなくなる)
・グリーンアウト (背の高い密集した藪で、何も見えなくなる)
の3つがあるそうです。
目視情報以外の情報は
・聴覚情報 ・・・ 音
・触覚情報 ・・・ 感触 歩いている斜面が尾根かトラバースか
嗅覚、味覚は、使いようがないかなぁ・・・。やっぱり目視情報って、すごく大きいんですね~。
■ 地図読みにおける植生
植生というのは、地図には書いてあるけど、あんまり重視しない事前情報です。というのも植生は、コロコロ変わるから。
でも、実際山に行くと、植生というのが、快不快と美しさを決める、もっとも重要なポイントだったりします。
広葉樹の森・草原 = 快
植林・藪 =不快
大雑把ですが、こんな感じ。
山に行くとき、やっぱり、きれいな山、美しい山に行きたいと人は思うのですが、それが地図から読み取れない、というのが、山の面白さかもしれません・・・
でも、今年やった藪漕ぎはとっても大変だったので、ハイ松記号には気を付けるようになったかもしれない(笑)
■ 余談
歩きやすいように歩くと、人間はリンデワンデリングすることが知られています。リンデワンデリングは堂々巡り、ということです。
リンデワンデリングは、どうも人間の心臓が左にあり、左足が軸足で、右足がワーキングレッグだということとから来るみたいなんですよね。
これまた余談ですが、ユマールするとき、左足はアブミに乗せっぱなしです。右が上になり、主な作業をします。軸が左にある、ということと同じなのかなぁと思ったりしました。
登山の基礎は
・地図読み
・岩登り
と言われます。
”地図が読めて、ロープが使えたら、どこでも歩ける”というのが、登山家が口をそろえて言うセリフ。
地図読みは、なんとか一通りの形が付いたかも?と言える地点に近くなった私ですが、どれくらいビビりで、どれくらい慎重に慎重を期してしか、歩いていないか、ということを考えると、同じくらいの年月が初級のクライミング技術習得にもかかるかもしれません・・・(><)
何かをマスターするにはスモールステップが必要だ、と言われますが、今のところの成功体験である、地図読みの過去のプロセスを振り返ると、人がびっくりするような、小さい小さいスモールステップを積み上げているような気がします・・・
何しろ、5m登山道から逸れるだけで、最初はプチ道迷いと言って笑っていたくらいです。GPSは、クライミングに例えると、トップロープです。
地図読みにもまして、適性があまりなさそうなクライミング・・・
地図読みでも、3~5年もGPSによるトップロープ状態を維持して、時間を掛けて、自信を積み上げてきて、今の場所にいることを考えると、決して私が器用者ではない、ということがご理解いただけるでしょう。
Thursday, October 22, 2015
経験を積むにはどうしたらよいか?
■ 幸福を考える
山の師匠について、今日は振り返ります。
実は、望外の幸運に恵まれて、今の私があります。望外の幸運というのは、私はホンモノのベテラン山ヤを見つける才能があるらしい、ということです(笑)。
私が知っている方は皆、実力者揃い!
自分でも驚いているのですが、そのような実力者になぜか導かれ、ここぞというタイミングで出合います・・・きっと目がハートマークになっているに違いありません(笑)。
そうした出会いが、何によってもたらされるのかなぁ・・・と思わないでもなく、ラッキーな人には、それなりの義務があるように感じています。どちらにしても、ともかく感謝しています。
振り返ってみると、知り合った当日から、お慕いしている方に対しては、直感のようなもので、ホンモノだ!と分かっていました。
なんで分かるのか?そこは謎ですが、これまでの出合いをまとめておきます。
■ 成長の軌跡
私は自分に山のスキルが不足していることを自覚しています。
それで、その時その時で不足している技能について、主体的に教えを乞う、ということになるわけです。
大雑把に言って、このような流れで、今まで成長してきています。だいぶ宿題が溜まっているので、宿題消化しないといけないかもしれない。
三上ガイドとの出会い
・読図が山の基本であると言うこと
・何はなくともセルフビレイ
師匠
・岩の基本
・ルートへ出る基本
・アイス基本技術
・山では創意工夫が大事であること
・登山史の尊重
保科ガイド
・アイス入門
・アイスクライミングの技術
リーダー講習
・夏山机上講習
・雪上講習
・レスキュー入門
・ツエルト泊
無名山塾
・雪テント泊
・雪中行動
後藤ガイド(沢講習)
・沢入門
・沢基本
山岳会
・スポーツクライミング
・ビレイ
・フリークライミング ちゃんと教わっていない → ちゃんとした講習会に出るべき?
オールラウンドという目で見ると、一通り各科目で、入門は終わり、フリーも岩も沢も経験を積み上げる時期に来ています。雪に関しては、経験はすでに登山年数とのバランス以上にあるようです。
経験を積み上げる時期に入り、困ることは、経験を積むための環境です。私はそれには
・自分より上の相手に、技術的に一つ上の課題に連れて行ってもらいつつ
・同レベルの相手とレベルにあった場所に行く
の2つのラインが必要だと思っています。
無雪期 → 困難度を高めた中・上級ルートで限界を伸ばす時期
雪 → 中級者向けの山で、ステップアップの時期
岩 → 入門ルートを片っ端から登って経験を積む時期
フリー → 右も左も分からない
アイス → 入門ルートを自力で登って経験を積む時期
沢 → 自力は許されず1級程度の初級ルートを登り込む時期
■ 教えることはできなくても・・・
基本のスタカットなどは、キッカケをもらって以降は、自分で独学して分かるようになりました。
教えてくれる人が、私を特別にたくさん教えたわけではない、と思います。
ラッセルも自分でしたし、読図も自分で覚えたと思います。スタカット(リード・フォロー)もそれだけを考えて、ひと夏過ごしました。
一昔前の、山岳会の新人に、一般的に与えられる教育が10とすれば、私はおそらく、3~4程度しか、受け取っていないと思います。
つまりルーキーとして入社したのではなく、最初から、中途採用です。
習熟させるために何度か同じ手順を練習させる、なんてことは、してもらったことがありません。できていないことをできていないね、と指摘されて後はお終いです。習熟するのは生徒持ちです。
他の山岳会の新人教育の濃さを聞くと、羨ましいなと思います。
新人に必要であろう経験の量的に、私の経験量は、かなり控えめあり、その控えめな中で、高いアウトプットを期待されているような気がしてプレッシャーに感じていることも否めません。
このブログがそう感じさせるのかもしれませんが、専任講師で手取り足取り教えてもらっている、ということではまったくないのです。
むしろ、その逆で、私が教えてもらっている状況は、大概の場合、他の新人さんのついで、程度の扱いです(笑)。
大抵の教える相手にとって、私自身が本命、ではないということです。他の本命新人さんのついで扱い、程度の扱いで教わってきています(笑)。
もし専任講師的な誤解があるとすれば、それは私が、一つの教えを深く掘り下げるから、でしょう。
■ 出会いのまとめ
三つ峠 地図読み
三つ峠追悼登山
楽しいクライミング三つ峠
安全管理が本チャンのキモだということをまなんだ機会
アイスでルートデビュー
本チャンへ行くために何をしたらよいかの検討
いかにして本チャンへ至ったか
御坂山塊の研究
気分が乗らないときは登らないことの重要さ
自分の山を探して研究中
自分の山を探して研究中
■ ワクワクしない活動
・自己顕示欲のための登山
・山をみない人間中心の登山
・人間的堕落を助長するための登山
・運よく死ねたらいいなという刹那的登山
・愛する人の気を引くためにわざと危険に向かう登山
・山の数コレクションのための登山
・数値を追う登山
・GPSをナビに使う登山
・ぺちゃくちゃするための登山
・連れション登山
・自己陶酔のための登山
・山の弱点を突かない登山
・人工物を頼りにする登山
・腕力さえあれば登れる岩
・最初からセンスで勝敗が分かれているようなクライミング
・登れっこない場所のクライミング
■ 今の目標
・多少空腹でも動けること
・多少ストレスがかかった状態でも、適切な判断力を失わないこと
・岩登りの基本を身に着けること
・適切にプロテクションを設置できるようになること (カム・立木など)
・ダブルで適切にロープの流れを作れること
・トップロープで登れるところとリードで登れるところの差を埋めること
山の師匠について、今日は振り返ります。
実は、望外の幸運に恵まれて、今の私があります。望外の幸運というのは、私はホンモノのベテラン山ヤを見つける才能があるらしい、ということです(笑)。
私が知っている方は皆、実力者揃い!
自分でも驚いているのですが、そのような実力者になぜか導かれ、ここぞというタイミングで出合います・・・きっと目がハートマークになっているに違いありません(笑)。
そうした出会いが、何によってもたらされるのかなぁ・・・と思わないでもなく、ラッキーな人には、それなりの義務があるように感じています。どちらにしても、ともかく感謝しています。
振り返ってみると、知り合った当日から、お慕いしている方に対しては、直感のようなもので、ホンモノだ!と分かっていました。
なんで分かるのか?そこは謎ですが、これまでの出合いをまとめておきます。
■ 成長の軌跡
私は自分に山のスキルが不足していることを自覚しています。
それで、その時その時で不足している技能について、主体的に教えを乞う、ということになるわけです。
大雑把に言って、このような流れで、今まで成長してきています。だいぶ宿題が溜まっているので、宿題消化しないといけないかもしれない。
三上ガイドとの出会い
・読図が山の基本であると言うこと
・何はなくともセルフビレイ
師匠
・岩の基本
・ルートへ出る基本
・アイス基本技術
・山では創意工夫が大事であること
・登山史の尊重
保科ガイド
・アイス入門
・アイスクライミングの技術
リーダー講習
・夏山机上講習
・雪上講習
・レスキュー入門
・ツエルト泊
無名山塾
・雪テント泊
・雪中行動
後藤ガイド(沢講習)
・沢入門
・沢基本
山岳会
・スポーツクライミング
・ビレイ
・フリークライミング ちゃんと教わっていない → ちゃんとした講習会に出るべき?
オールラウンドという目で見ると、一通り各科目で、入門は終わり、フリーも岩も沢も経験を積み上げる時期に来ています。雪に関しては、経験はすでに登山年数とのバランス以上にあるようです。
経験を積み上げる時期に入り、困ることは、経験を積むための環境です。私はそれには
・自分より上の相手に、技術的に一つ上の課題に連れて行ってもらいつつ
・同レベルの相手とレベルにあった場所に行く
の2つのラインが必要だと思っています。
無雪期 → 困難度を高めた中・上級ルートで限界を伸ばす時期
雪 → 中級者向けの山で、ステップアップの時期
岩 → 入門ルートを片っ端から登って経験を積む時期
フリー → 右も左も分からない
アイス → 入門ルートを自力で登って経験を積む時期
沢 → 自力は許されず1級程度の初級ルートを登り込む時期
■ 教えることはできなくても・・・
基本のスタカットなどは、キッカケをもらって以降は、自分で独学して分かるようになりました。
教えてくれる人が、私を特別にたくさん教えたわけではない、と思います。
ラッセルも自分でしたし、読図も自分で覚えたと思います。スタカット(リード・フォロー)もそれだけを考えて、ひと夏過ごしました。
一昔前の、山岳会の新人に、一般的に与えられる教育が10とすれば、私はおそらく、3~4程度しか、受け取っていないと思います。
つまりルーキーとして入社したのではなく、最初から、中途採用です。
習熟させるために何度か同じ手順を練習させる、なんてことは、してもらったことがありません。できていないことをできていないね、と指摘されて後はお終いです。習熟するのは生徒持ちです。
他の山岳会の新人教育の濃さを聞くと、羨ましいなと思います。
新人に必要であろう経験の量的に、私の経験量は、かなり控えめあり、その控えめな中で、高いアウトプットを期待されているような気がしてプレッシャーに感じていることも否めません。
このブログがそう感じさせるのかもしれませんが、専任講師で手取り足取り教えてもらっている、ということではまったくないのです。
むしろ、その逆で、私が教えてもらっている状況は、大概の場合、他の新人さんのついで、程度の扱いです(笑)。
大抵の教える相手にとって、私自身が本命、ではないということです。他の本命新人さんのついで扱い、程度の扱いで教わってきています(笑)。
もし専任講師的な誤解があるとすれば、それは私が、一つの教えを深く掘り下げるから、でしょう。
■ 出会いのまとめ
三つ峠 地図読み
三つ峠追悼登山
楽しいクライミング三つ峠
安全管理が本チャンのキモだということをまなんだ機会
アイスでルートデビュー
本チャンへ行くために何をしたらよいかの検討
いかにして本チャンへ至ったか
御坂山塊の研究
気分が乗らないときは登らないことの重要さ
自分の山を探して研究中
自分の山を探して研究中
■ ワクワクしない活動
・自己顕示欲のための登山
・山をみない人間中心の登山
・人間的堕落を助長するための登山
・運よく死ねたらいいなという刹那的登山
・愛する人の気を引くためにわざと危険に向かう登山
・山の数コレクションのための登山
・数値を追う登山
・GPSをナビに使う登山
・ぺちゃくちゃするための登山
・連れション登山
・自己陶酔のための登山
・山の弱点を突かない登山
・人工物を頼りにする登山
・腕力さえあれば登れる岩
・最初からセンスで勝敗が分かれているようなクライミング
・登れっこない場所のクライミング
■ 今の目標
・多少空腹でも動けること
・多少ストレスがかかった状態でも、適切な判断力を失わないこと
・岩登りの基本を身に着けること
・適切にプロテクションを設置できるようになること (カム・立木など)
・ダブルで適切にロープの流れを作れること
・トップロープで登れるところとリードで登れるところの差を埋めること
Wednesday, October 21, 2015
変化に対応するということ
■ おひとり様大好き
実は、私は、小さいころ、自閉症と診断されたことがあった。
女の子というものは大抵、連れだってトイレに行くものだ。しかし、私の場合、子供時代全体を通じて、トイレへ、誰かと一緒に行きたい、なんて思ったことは一度もない。なんで行きたいのかも分からない。
大人になっても同じで、OLさんのランチも同じ。 お願いだから解放して・・・と、むしろ、集団ストレスから逃げ出して、おひとり様ランチに行く。
おひとり様でランチをしているような人は、偏屈呼ばわりされ、周囲の人に憐れまれているのを知っているが(笑)、残念ながら、実はおひとりさまが好き!というわけで、実は積極的におひとりになりたいのである・・・。
海外、買い物、一人暮らし、山旅・・・すべてに、これは通じ・・・今でも行動は一人でしたい。
最初の職業はプログラマーだ。開発部では大食堂が嫌で、一人研究室でテトリスをしながら、おにぎりをかじっていた。
今の私を知る人には、ビックリ仰天だろうが、基本的に、人づきあいは苦手だ。
そのために、大きなチャンスを不意にすると言う、大きな挫折を味わった。
転職し、職種が変わったのだった。市場調査だった。その仕事では、時には、海外でアポなしで飛び込み取材が必要だった。
いきなりアラブの電力会社に電話を掛けたりするのだ。電話なら当たってくだけろ!で、済むのだが、会社の名を背負って、人に会うのが、どうしても苦手だった。でも、人に会わなければ、情報は取れない。飛び込み営業と同じなわけだった。
私にとっては、大きなチャンスだった。が、そのチャンスは、人見知りという欠点を克服できず、生かすことができなかった。私は単にヘタレだったのだった。
その後、この時の挫折から、人に会う恐怖を乗り越える、ということを自分に課すようにした。
今では、私が人見知りするような人間だったとは、誰も思わない。
その後、夫の転勤になり、その転勤先で、新たな仕事をしなくてはならなくなった。古巣とは全く違う、華やかな商社での新事業開発部という部署で、ほとんど人に会うだけが仕事だった。
夜の接待のほうがむしろ本番で、昼間はセミナーや会合に出ているか、その報告レポートを書いているか、アポ取りしているか、だ。名刺を配るのが仕事だった。
今はヨガを教えているが、人に自分をみせる仕事など、以前のままの私では、決してできなかっただろう・・・と思う。
人見知り・・・というのは、乗り越え終わった試練だ。
■ 変わりたい人をサポートしたい
以上は、性格のトランスフォーメーションであり、”形の無いもの”だが、形がある、大きな変化も経験している。
実は、体重が今より15kgぐらい多かったのだ。年頃の女の子にとって、平均体重より多いことは、とても切ない事態だ。
今、ヨガを教える仕事をしているが、”人は変われるものだ”という思いをベースにしている。変わりたい、と思っている人をサポートしたい。
登山も同じではないだろうか? 飼いならされた環境から、過酷な自然環境へのシフトは、単純に怖い。
岩登りだって、沢登りだって、単純におっかない。でも、恐怖を克服する経験は、誰にとっても、心の糧になるのではないかと思う。
(時々、むしろ、アディクションに陥っているのではないか?と思わないでもないけれど・・・)
■ インドア派からアウトドア派へ
変化に対応したものが生き残ると言われる。そもそも変化することは怖い。
私も例にもれず、アウトドアは、もともと苦手だ。だから、今の登山をしている私を昔の友人が見たら、きっと驚くことだろう。
私自身だって、こんなことになるとは思ってもみなかった(^^;)。
山梨に来て、思いのほか余暇ができ、では何をして過ごそうか?となった時に、山ってきれいだなって、ただ思っただけなのだったから。
それまでの仕事ONLY、日が沈んだことも気が付かないような生活は、人間らしくないと気が付いた。それに、自然に人間が勝とうとしている文明という仕組みそのものが傲慢だ、と気がついた。
もともと変だと思っていたから、想いに受け皿が与えられただけだったろう。
しかし、変わることを拒んでいたら、私は山梨で大阪時代と同じ消費生活を求めて、不幸だっただろう。
環境に自分を合わせることができなければ、前進も成長もできない。ただ自分が不幸になるだけだ。
変化を受け入れなければ、進化することはできない、ということは本当だ。
■ どんなことからでも学ぶことはあるものだ
大事なことは、どんなことからでも、”吸収する”、”学ぶ”ということだ。
素晴らしい師匠や先輩は一緒にいるだけで、その人のあり方に学ぶことができる。
師匠や先輩が言葉にしない行間を読む、ということが大事なことだ。山岳会における教育は、行間で行われる。
計画書の書き方、山行の選び方、計画の立て方・・・行く山の選び方をみれば、安全登山とはどういうことか?が分かる。パーティの力量を客観的に正確に把握していなければ、安全な山行を実施できないからだ。したがって、現在のパーティの力量も分かる。
いかに行動すべきかもわかる。
ホンモノの山ヤなら、山の概念図がスタートだ。計画書に概念図がないことは、疑念を起こさせる要素の一つだ。
また計画書に盛り込んである行動時間の見積もりが的確だ。
予測する力は、山ヤの安全管理能力の8割くらいを占める。
ダメ山ヤの計画は大雑把すぎて、行程管理も何もない。したがって何かが起こった時にどうしようもない。概念図も添付されておらず、基本的にガイドブックのコピーが張り付けられている。
”ガイドブック追従登山”をしている、ということの証だ。
ガイドブックは合ってよいのだが、補助的もので、主従の立場が交代していると、それは慢心の証だ。
■ 期待値を下げる
山の場合は、たぶん、一般社会での初対面テクニックは、むしろ逆効果に作用するようだ。
・偏見を持たず、まず好きになってみる
・相手の価値観に飛び込んでみる
これは、ポジティブバイアスというもので、下界のルールで、山のルールではない。山では、一旦信頼が揺らぐと、取り戻すのに大きな労力が必要になる。
なので、むしろ、ネガティブなバイアスを持っておくのがコツだと思われる。
・ダメで普通と思っておく
・自分の価値観を維持して、相手と重なり合うところだけ付き合う
ということが大事なのかもしれない。相手に合わせさせ、自分が寄り添うのではない。
どうもベテランの行動を見ていると、常にそういう風に行動している。ゼロからプラスを積み上げるのではなく、マイナスからゼロにしていくのだ。
新人を育てると言うのは、マイナスをゼロにする活動なのかもしれない。
■ ビジョンの不在
私は長女なので、常に集団を見て、埋めるべき穴を探してしまう。組織の穴を埋めるという観点でいうと、昨今の山岳会は、組織としての、希求力が欠如している。
つまりビジョンを示していないから、向かうべき方向性がなくなる。
すると、オールラウンドな会は、とりとめのない会に陥る。しかし、ビジョンを個人が背負うことは荷がとても重い。
こうしたビジョンの不在は、時代を背景にしているようだ。昔は、山岳会が目指すべきものが、取り立てて、明らかにされていなくても、進むべき道は明確だったのだろう。
それは高度経済成長期には、「より物質的に豊かになる」、具体的には モノ・カネで、人間のモチベーションがコントロールできたことと同じなのだろう。
時代は変わった。今は多様化の時代となった。多様な価値観の中で、”魅力”を発信していくことは難しいことだ。
したがって、組織にこだわる必要自体が希薄になっているのではないか?と思われる。
■ 価値観による選別
運とは掴むものだ、と私は思う。運は万人に訪れるものなのだろう。でも、その時それを掴むかどうかは、その人次第だ。
私が今登っている人はパートナーと一緒にいるときに出会った人だから、パートナーにも同様に運は訪れたと思う。
私の初の本チャンである、前穂北尾根は当時のパートナーも招待した。仙人集会は多くの人に声を掛けた。ヒマラヤの報告があったからだ。
私が個人の努力で得た主要な機会は、すべて組織へ還元しようとしているが、それは、それが人として正しいことだと思うからだ。
機会ロスは大きいと私自身は考えるが、何が価値があるかは、価値観による。私が価値があると感じたものが、価値があるとは限らないのだから。
しかし、私が自分に巡ってきた機会を分かち合う姿勢を持って行動している、ということは、自分自身に対して、嘘や偽りがなく、結果として自尊心に良い影響を与えていると思う。
保身のために自分の知っていることや機会を淫靡する(行動しない)ということは、しない。
■ 常に最悪を想像する
私はあんまりポジティブシンキングではないかもしれない。
藪山を歩けるようになるまでに、数年かかったのは、もし尾根の末端で降りれないような箇所が出てくれば、懸垂が必要になるからだった。
どんな状況が出てきても、対応できる力がある、とは言えないと感じていたため、見知らぬ尾根を降りる資格は自分にはないと考えていた。
それは、ベテランから見るともどかしく見えたようだ。何をぐずぐずしているのか、という訳だ。
私の藪山一号は、ふらりと出かけた茅ヶ岳で、一つ隣の尾根を降りたことで、この藪山山行は、個人的には、厳冬期甲斐駒黒戸尾根以上の達成感を伴った。
積雪期茅ヶ岳
厳冬期黒戸尾根
私が登山学校を目指したのは、厳冬期の鳳凰三山を夫と2年連続で登頂し、これ以上の山にステップアップする場合は、指導者が必要だ、と感じたからだ。
厳冬期鳳凰三山 1年目
厳冬期鳳凰三山 2年目
その後、夫とGWの仙丈ヶ岳に行き、挫折を味わった。GWは天候の急変がリスクだ。幸い一瞬で済んだのだが、小仙丈ヶ岳あたりでホワイトアウトした。そのとき、私はリスクを感じて、完全に霧に巻かれる前に走り降りることができたが、夫はそのスキルを持っていなかった。持っていなかっただけでなく、持ちたいと言う意思もなかった。だから、彼は仙丈ヶ岳には行ってはいけない人だったのだ。
彼を仙丈ヶ岳に連れて行ったのは、完全なる自分のエゴだと悟った。
その時以来、彼とは、アイゼントレが必要ない、易しい雪山レベルに一緒に行っている。小屋泊限定だ。何しろ、10kgでも、重い文句を言っているからなぁ。(ちなみに10kgのザックは軽い)
私は連れて行く人の命に責任があるから、本人が受け入れられるリスク以上の山に連れて行ってはいけないのだ。
■ まだまだ続く変化への道のり・・・
私たち夫婦は、山梨に来て、変化に直面しなくてはならなくなったのだが、主に変化に対応しているのは、妻である私だけかもしれない(笑)
変化に対応するというとき・・・どのような選択肢を取るか?
正解は一つではないはずだ。
人は、脱皮しながら生きていくものだ。迷ったら難しい方をとらなくてはならない。
■まとめ
人見知り
痩身
インドア派→アウトドア派
新しいことへ進むことの恐怖を乗り越えること
ビジョンが重要だということ
実は、私は、小さいころ、自閉症と診断されたことがあった。
女の子というものは大抵、連れだってトイレに行くものだ。しかし、私の場合、子供時代全体を通じて、トイレへ、誰かと一緒に行きたい、なんて思ったことは一度もない。なんで行きたいのかも分からない。
大人になっても同じで、OLさんのランチも同じ。 お願いだから解放して・・・と、むしろ、集団ストレスから逃げ出して、おひとり様ランチに行く。
おひとり様でランチをしているような人は、偏屈呼ばわりされ、周囲の人に憐れまれているのを知っているが(笑)、残念ながら、実はおひとりさまが好き!というわけで、実は積極的におひとりになりたいのである・・・。
海外、買い物、一人暮らし、山旅・・・すべてに、これは通じ・・・今でも行動は一人でしたい。
最初の職業はプログラマーだ。開発部では大食堂が嫌で、一人研究室でテトリスをしながら、おにぎりをかじっていた。
今の私を知る人には、ビックリ仰天だろうが、基本的に、人づきあいは苦手だ。
そのために、大きなチャンスを不意にすると言う、大きな挫折を味わった。
転職し、職種が変わったのだった。市場調査だった。その仕事では、時には、海外でアポなしで飛び込み取材が必要だった。
いきなりアラブの電力会社に電話を掛けたりするのだ。電話なら当たってくだけろ!で、済むのだが、会社の名を背負って、人に会うのが、どうしても苦手だった。でも、人に会わなければ、情報は取れない。飛び込み営業と同じなわけだった。
私にとっては、大きなチャンスだった。が、そのチャンスは、人見知りという欠点を克服できず、生かすことができなかった。私は単にヘタレだったのだった。
その後、この時の挫折から、人に会う恐怖を乗り越える、ということを自分に課すようにした。
今では、私が人見知りするような人間だったとは、誰も思わない。
その後、夫の転勤になり、その転勤先で、新たな仕事をしなくてはならなくなった。古巣とは全く違う、華やかな商社での新事業開発部という部署で、ほとんど人に会うだけが仕事だった。
夜の接待のほうがむしろ本番で、昼間はセミナーや会合に出ているか、その報告レポートを書いているか、アポ取りしているか、だ。名刺を配るのが仕事だった。
今はヨガを教えているが、人に自分をみせる仕事など、以前のままの私では、決してできなかっただろう・・・と思う。
人見知り・・・というのは、乗り越え終わった試練だ。
■ 変わりたい人をサポートしたい
以上は、性格のトランスフォーメーションであり、”形の無いもの”だが、形がある、大きな変化も経験している。
実は、体重が今より15kgぐらい多かったのだ。年頃の女の子にとって、平均体重より多いことは、とても切ない事態だ。
今、ヨガを教える仕事をしているが、”人は変われるものだ”という思いをベースにしている。変わりたい、と思っている人をサポートしたい。
登山も同じではないだろうか? 飼いならされた環境から、過酷な自然環境へのシフトは、単純に怖い。
岩登りだって、沢登りだって、単純におっかない。でも、恐怖を克服する経験は、誰にとっても、心の糧になるのではないかと思う。
(時々、むしろ、アディクションに陥っているのではないか?と思わないでもないけれど・・・)
■ インドア派からアウトドア派へ
変化に対応したものが生き残ると言われる。そもそも変化することは怖い。
私も例にもれず、アウトドアは、もともと苦手だ。だから、今の登山をしている私を昔の友人が見たら、きっと驚くことだろう。
私自身だって、こんなことになるとは思ってもみなかった(^^;)。
山梨に来て、思いのほか余暇ができ、では何をして過ごそうか?となった時に、山ってきれいだなって、ただ思っただけなのだったから。
それまでの仕事ONLY、日が沈んだことも気が付かないような生活は、人間らしくないと気が付いた。それに、自然に人間が勝とうとしている文明という仕組みそのものが傲慢だ、と気がついた。
もともと変だと思っていたから、想いに受け皿が与えられただけだったろう。
しかし、変わることを拒んでいたら、私は山梨で大阪時代と同じ消費生活を求めて、不幸だっただろう。
環境に自分を合わせることができなければ、前進も成長もできない。ただ自分が不幸になるだけだ。
変化を受け入れなければ、進化することはできない、ということは本当だ。
■ どんなことからでも学ぶことはあるものだ
大事なことは、どんなことからでも、”吸収する”、”学ぶ”ということだ。
素晴らしい師匠や先輩は一緒にいるだけで、その人のあり方に学ぶことができる。
師匠や先輩が言葉にしない行間を読む、ということが大事なことだ。山岳会における教育は、行間で行われる。
いかに行動すべきかもわかる。
ホンモノの山ヤなら、山の概念図がスタートだ。計画書に概念図がないことは、疑念を起こさせる要素の一つだ。
また計画書に盛り込んである行動時間の見積もりが的確だ。
予測する力は、山ヤの安全管理能力の8割くらいを占める。
ダメ山ヤの計画は大雑把すぎて、行程管理も何もない。したがって何かが起こった時にどうしようもない。概念図も添付されておらず、基本的にガイドブックのコピーが張り付けられている。
”ガイドブック追従登山”をしている、ということの証だ。
ガイドブックは合ってよいのだが、補助的もので、主従の立場が交代していると、それは慢心の証だ。
■ 期待値を下げる
山の場合は、たぶん、一般社会での初対面テクニックは、むしろ逆効果に作用するようだ。
・偏見を持たず、まず好きになってみる
・相手の価値観に飛び込んでみる
これは、ポジティブバイアスというもので、下界のルールで、山のルールではない。山では、一旦信頼が揺らぐと、取り戻すのに大きな労力が必要になる。
なので、むしろ、ネガティブなバイアスを持っておくのがコツだと思われる。
・ダメで普通と思っておく
・自分の価値観を維持して、相手と重なり合うところだけ付き合う
ということが大事なのかもしれない。相手に合わせさせ、自分が寄り添うのではない。
どうもベテランの行動を見ていると、常にそういう風に行動している。ゼロからプラスを積み上げるのではなく、マイナスからゼロにしていくのだ。
新人を育てると言うのは、マイナスをゼロにする活動なのかもしれない。
■ ビジョンの不在
私は長女なので、常に集団を見て、埋めるべき穴を探してしまう。組織の穴を埋めるという観点でいうと、昨今の山岳会は、組織としての、希求力が欠如している。
つまりビジョンを示していないから、向かうべき方向性がなくなる。
すると、オールラウンドな会は、とりとめのない会に陥る。しかし、ビジョンを個人が背負うことは荷がとても重い。
こうしたビジョンの不在は、時代を背景にしているようだ。昔は、山岳会が目指すべきものが、取り立てて、明らかにされていなくても、進むべき道は明確だったのだろう。
それは高度経済成長期には、「より物質的に豊かになる」、具体的には モノ・カネで、人間のモチベーションがコントロールできたことと同じなのだろう。
時代は変わった。今は多様化の時代となった。多様な価値観の中で、”魅力”を発信していくことは難しいことだ。
したがって、組織にこだわる必要自体が希薄になっているのではないか?と思われる。
■ 価値観による選別
運とは掴むものだ、と私は思う。運は万人に訪れるものなのだろう。でも、その時それを掴むかどうかは、その人次第だ。
私が今登っている人はパートナーと一緒にいるときに出会った人だから、パートナーにも同様に運は訪れたと思う。
私の初の本チャンである、前穂北尾根は当時のパートナーも招待した。仙人集会は多くの人に声を掛けた。ヒマラヤの報告があったからだ。
私が個人の努力で得た主要な機会は、すべて組織へ還元しようとしているが、それは、それが人として正しいことだと思うからだ。
機会ロスは大きいと私自身は考えるが、何が価値があるかは、価値観による。私が価値があると感じたものが、価値があるとは限らないのだから。
しかし、私が自分に巡ってきた機会を分かち合う姿勢を持って行動している、ということは、自分自身に対して、嘘や偽りがなく、結果として自尊心に良い影響を与えていると思う。
保身のために自分の知っていることや機会を淫靡する(行動しない)ということは、しない。
■ 常に最悪を想像する
私はあんまりポジティブシンキングではないかもしれない。
藪山を歩けるようになるまでに、数年かかったのは、もし尾根の末端で降りれないような箇所が出てくれば、懸垂が必要になるからだった。
どんな状況が出てきても、対応できる力がある、とは言えないと感じていたため、見知らぬ尾根を降りる資格は自分にはないと考えていた。
それは、ベテランから見るともどかしく見えたようだ。何をぐずぐずしているのか、という訳だ。
私の藪山一号は、ふらりと出かけた茅ヶ岳で、一つ隣の尾根を降りたことで、この藪山山行は、個人的には、厳冬期甲斐駒黒戸尾根以上の達成感を伴った。
積雪期茅ヶ岳
厳冬期黒戸尾根
私が登山学校を目指したのは、厳冬期の鳳凰三山を夫と2年連続で登頂し、これ以上の山にステップアップする場合は、指導者が必要だ、と感じたからだ。
厳冬期鳳凰三山 1年目
厳冬期鳳凰三山 2年目
その後、夫とGWの仙丈ヶ岳に行き、挫折を味わった。GWは天候の急変がリスクだ。幸い一瞬で済んだのだが、小仙丈ヶ岳あたりでホワイトアウトした。そのとき、私はリスクを感じて、完全に霧に巻かれる前に走り降りることができたが、夫はそのスキルを持っていなかった。持っていなかっただけでなく、持ちたいと言う意思もなかった。だから、彼は仙丈ヶ岳には行ってはいけない人だったのだ。
彼を仙丈ヶ岳に連れて行ったのは、完全なる自分のエゴだと悟った。
その時以来、彼とは、アイゼントレが必要ない、易しい雪山レベルに一緒に行っている。小屋泊限定だ。何しろ、10kgでも、重い文句を言っているからなぁ。(ちなみに10kgのザックは軽い)
私は連れて行く人の命に責任があるから、本人が受け入れられるリスク以上の山に連れて行ってはいけないのだ。
■ まだまだ続く変化への道のり・・・
私たち夫婦は、山梨に来て、変化に直面しなくてはならなくなったのだが、主に変化に対応しているのは、妻である私だけかもしれない(笑)
変化に対応するというとき・・・どのような選択肢を取るか?
正解は一つではないはずだ。
人は、脱皮しながら生きていくものだ。迷ったら難しい方をとらなくてはならない。
■まとめ
人見知り
痩身
インドア派→アウトドア派
新しいことへ進むことの恐怖を乗り越えること
ビジョンが重要だということ
Friday, October 9, 2015
自分の判断力に自信がなかったから ・・・ 山岳会を考える その11
■ 自信がなかった
私が山岳会に入会したのは、師匠の強い薦めや、魅力的な先輩の存在もありましたが、根底を正すと、
どのアルパインルートなら行っても良いのか、自分の判断力に自信がなかったから
です。
■ 依存的かどうかは、組織・未組織によらない
未組織登山者は、技術は山岳ガイドの講習会を受けて学び、困難なルートは自分で登る努力をせず、ガイド依存なのでは・・・と思われていますが、それは、先輩がガイドに置き換わった、ということです。
しかし、山岳会の新人さんも依存体質は強く、自分で登る努力をしようとしない、という点では、お金を本人が出していない分だけ、ちゃっかりしており、山岳会の方が依存については、悪質かもしれません。
突き詰めると、組織者・未組織登者に係らず、依存的かどうかは当人次第、だと思います。
依存的な人は、山岳会へ行っても、ガイド登山へ行っても、結局、どこへ行っても依存的です。依存者を必要とする人もいます。共依存の関係にある場合です。山岳会は新人確保という依存、ガイドの場合は収入という依存です。
依存的か、自立的か、関係性を決めるのは、当人であって、受け入れる側ではないです。
お金がない依存者は山岳会へ、お金がある人はガイド登山へ行くのかもしれません。ガイド登山者でも、依存的でない人もいます。
特に、クライミング系のガイド講習修了者は、依存度は、マチマチと思われます。
■ 判断する材料を未経験者はまだ十分持っていない
私が何より恐れていたのは、自分自身の登山に対する視野が狭いために、
まだ行くべきでないルートにそうと知らずに行ってしまうかもしれない、
ということです。その辺の判断は、未経験者にはつきづらいです。
自分が行くことができない実力のルートに行くことになってしまったら、目も当てられません・・・。
それを防ぐには、山岳会という山のベテランの庇護の傘が必要だと感じたのです。なぜなら、ベテランの方が、より俯瞰的に、全体像を見て、物事を判断できるからです。
自分で登り続けてきた人にとって、アルパインは、一般登山者時代の判断力が全く当てにできず、ゼロから経験を構築して行かないといけない分野になります。
一番難しい判断は、どこのルートに何ができるようになったら行っても安全か?ということです。
それは、判断する材料を未経験者はまだ十分持っていないからです。
例えば、越沢バットレスは4級しか出てきません。私は5.8はリードできますし、トップロープなら5.10bまでは登れます。(11bは間違いと思います・・・)
しかし、4級しか出てきていないハズの越沢バットレスではリードのお許しが出ないです。
それは、リードするということは、単に登れると言うだけでなく、ゆとりを持って登れる必要があるからです。
どれくらいがそのゆとりなのか?というのが難しいのです。 イレブンが登れる人でも、それが年に一回のことなら、お許しが出ないかもしれません。
ベテランは、細かいことはめんどくさいのでイチイチ言葉にしません。
でも、この人はまだアブナイな~と思うから、連れて行けないだけです。
私はハッキリ、あなたには難しいと言ってもらうほうが好きなタイプなので、いつもそう言ってもらっています。
言ってもらう方が、よし!登れるようになろう!という励みになります。
上手に導く先輩は、次は〇〇に行ってきなさい、と言います。15時間歩いたら、次は17時間ね、という具合。
が、〇〇さんにはまだ早いよ、と言われるのを嫌う人や、そう言うとすねる人がいるために、先輩たちは、ハッキリ言わず、「今日はゲレンデにしようよ」とお茶を濁しているのかもしれません。
■ 実力以上のところに行ってしまうリスクをどう避けるか?
その実力以上のところに行ってしまうリスクをいかに避けるか?についても、色々考えましたが、山岳会が会員を守る盾になっているか?というと、なっていない・・・です(^^;)。
結局、私は個人的に親しくしていただいている人たちの意見も色々と総合して、自分が行っていいか、どうか判断しています。
周囲の人の情報も参考にしています。どんなスキルの人がどんなところへ行っているか?です。
以前、丸三年ずっとセカンドでマルチピッチに行きつづけたと言う話を聞いたときは、もしかして、2度目で、もう三つ峠でリードしているのは、まずいのではないか?私も3年くらいは、セカンド専門で下積みした方がいいのではないか?と不安になりました。
しかし、3年ずっとセカンドはやりすぎで、例外のようですね。
■ 練習台
では、いかに成長するか?ですが、
普通は、大体ロープの出し方が分かるようになったくらいで、レベルを一番下の、ロープがなくても登れるくらいの難易度に下げて、ロープを出す練習をします。
もし、その時に、まだ5.6程度も満足に登れないような初心者の人が来たら、その人はロープをしょっちゅう出して欲しがるわけで、ロープを出す練習台になってくれる人なので、都合がいいのです。ですから、登れなくて怖がりだからと言って、悪いと思う必要はありません。
フリーソロしてはいけないところまで、フリーソロしてしまいがちな人が多い中で、練習台になってくれる人は貴重な存在とも言えます。
そうやってロープを出す練習をしつつ、自分自身のリード経験を積むわけです。
今私が必要としているのは、このような段階です。
・私自身が絶対に登れる自信があるところで、リード経験を積む
・登れないところを登れるようになる
の2つの方法が必要な時期に入りました。
私が山岳会に入会したのは、師匠の強い薦めや、魅力的な先輩の存在もありましたが、根底を正すと、
どのアルパインルートなら行っても良いのか、自分の判断力に自信がなかったから
です。
■ 依存的かどうかは、組織・未組織によらない
未組織登山者は、技術は山岳ガイドの講習会を受けて学び、困難なルートは自分で登る努力をせず、ガイド依存なのでは・・・と思われていますが、それは、先輩がガイドに置き換わった、ということです。
しかし、山岳会の新人さんも依存体質は強く、自分で登る努力をしようとしない、という点では、お金を本人が出していない分だけ、ちゃっかりしており、山岳会の方が依存については、悪質かもしれません。
突き詰めると、組織者・未組織登者に係らず、依存的かどうかは当人次第、だと思います。
依存的な人は、山岳会へ行っても、ガイド登山へ行っても、結局、どこへ行っても依存的です。依存者を必要とする人もいます。共依存の関係にある場合です。山岳会は新人確保という依存、ガイドの場合は収入という依存です。
依存的か、自立的か、関係性を決めるのは、当人であって、受け入れる側ではないです。
お金がない依存者は山岳会へ、お金がある人はガイド登山へ行くのかもしれません。ガイド登山者でも、依存的でない人もいます。
特に、クライミング系のガイド講習修了者は、依存度は、マチマチと思われます。
■ 判断する材料を未経験者はまだ十分持っていない
私が何より恐れていたのは、自分自身の登山に対する視野が狭いために、
まだ行くべきでないルートにそうと知らずに行ってしまうかもしれない、
ということです。その辺の判断は、未経験者にはつきづらいです。
自分が行くことができない実力のルートに行くことになってしまったら、目も当てられません・・・。
それを防ぐには、山岳会という山のベテランの庇護の傘が必要だと感じたのです。なぜなら、ベテランの方が、より俯瞰的に、全体像を見て、物事を判断できるからです。
自分で登り続けてきた人にとって、アルパインは、一般登山者時代の判断力が全く当てにできず、ゼロから経験を構築して行かないといけない分野になります。
一番難しい判断は、どこのルートに何ができるようになったら行っても安全か?ということです。
それは、判断する材料を未経験者はまだ十分持っていないからです。
例えば、越沢バットレスは4級しか出てきません。私は5.8はリードできますし、トップロープなら5.10bまでは登れます。(11bは間違いと思います・・・)
しかし、4級しか出てきていないハズの越沢バットレスではリードのお許しが出ないです。
それは、リードするということは、単に登れると言うだけでなく、ゆとりを持って登れる必要があるからです。
どれくらいがそのゆとりなのか?というのが難しいのです。 イレブンが登れる人でも、それが年に一回のことなら、お許しが出ないかもしれません。
ベテランは、細かいことはめんどくさいのでイチイチ言葉にしません。
でも、この人はまだアブナイな~と思うから、連れて行けないだけです。
私はハッキリ、あなたには難しいと言ってもらうほうが好きなタイプなので、いつもそう言ってもらっています。
言ってもらう方が、よし!登れるようになろう!という励みになります。
上手に導く先輩は、次は〇〇に行ってきなさい、と言います。15時間歩いたら、次は17時間ね、という具合。
が、〇〇さんにはまだ早いよ、と言われるのを嫌う人や、そう言うとすねる人がいるために、先輩たちは、ハッキリ言わず、「今日はゲレンデにしようよ」とお茶を濁しているのかもしれません。
■ 実力以上のところに行ってしまうリスクをどう避けるか?
その実力以上のところに行ってしまうリスクをいかに避けるか?についても、色々考えましたが、山岳会が会員を守る盾になっているか?というと、なっていない・・・です(^^;)。
結局、私は個人的に親しくしていただいている人たちの意見も色々と総合して、自分が行っていいか、どうか判断しています。
周囲の人の情報も参考にしています。どんなスキルの人がどんなところへ行っているか?です。
以前、丸三年ずっとセカンドでマルチピッチに行きつづけたと言う話を聞いたときは、もしかして、2度目で、もう三つ峠でリードしているのは、まずいのではないか?私も3年くらいは、セカンド専門で下積みした方がいいのではないか?と不安になりました。
しかし、3年ずっとセカンドはやりすぎで、例外のようですね。
■ 練習台
では、いかに成長するか?ですが、
普通は、大体ロープの出し方が分かるようになったくらいで、レベルを一番下の、ロープがなくても登れるくらいの難易度に下げて、ロープを出す練習をします。
もし、その時に、まだ5.6程度も満足に登れないような初心者の人が来たら、その人はロープをしょっちゅう出して欲しがるわけで、ロープを出す練習台になってくれる人なので、都合がいいのです。ですから、登れなくて怖がりだからと言って、悪いと思う必要はありません。
フリーソロしてはいけないところまで、フリーソロしてしまいがちな人が多い中で、練習台になってくれる人は貴重な存在とも言えます。
そうやってロープを出す練習をしつつ、自分自身のリード経験を積むわけです。
今私が必要としているのは、このような段階です。
・私自身が絶対に登れる自信があるところで、リード経験を積む
・登れないところを登れるようになる
の2つの方法が必要な時期に入りました。
Monday, October 5, 2015
山梨では山に登りましょう☆
■ 都会が苦手で田舎もキライな夫
週末都会に一時的に戻り、2泊して帰ってきた。
夫は機嫌が悪い。彼は都会的なものは苦手だ…。大阪生まれ大阪育ち、と言っても、彼は都心まで1時間以上もかかる郊外の新興住宅街に育ったのだから、都会のど真ん中には気遅れを感じるのだ。
高層ビル、ガラスの扉、高級レストラン、ビジネスホテル、摩天楼、地下鉄、地下街の迷路…そういったものには、ドギマギ。落ち着かない。ハイセンスな空間は、居心地が悪いのだ、彼には。
新大阪の駅ビルが新しくなっても知らない。いつも同じところしか通らない。お弁当は和幸のとんかつ。でも和幸だったら、甲府駅にもあるんだから、なんで、わざわざ和幸のとんかつを新幹線で食べなければならないんだろう?どうせ駅弁しか食べれないなら、新大阪でしか食べれないモノを食べたい。
何より、新大阪には空中回廊でつながっているインテリジェントビルや、食堂街があり、駅弁でお茶を濁さなくても、ちゃんとした食事ができる。
彼といると、構内で何かに立ち寄ると言うことはなく、まるで一目散に逃げるように、点と点をつないでいた・・・(^^;)。そうだったのね・・・。
だから、東京神田のホテルへ着くまでは、まるで息を止めているみたいで疲れた・・・。
どうりで出張に行くたびに、「大阪どうなってた?」と聞いても、しーん…で、京都のおいしいお漬物も、大阪の美味しい昆布もお土産にないハズだ。(今回も買えず)
きっと彼にとっては、厳冬期北岳に行くくらいの気持ちでいるに違いない。景色や変化を愉しむゆとりなし、なのだろう。
彼は都会人と言っても、梅田の地下街を地図なしで歩くことはままならない。
それなのに、山梨が田舎だと言って馬鹿にしているのは、狭量だといつも思う。
山梨には山梨にしかない良さがある。その良さを味わうのが大事だ。
■ 多様化
いつも思うことだが、2000年代に入って、価値観は多様化した。高度経済成長期のように、東京のソックリさんになることだけが良さと考えている人は、もうほとんどいない。エンドレスな成長なんか、あるわけがないのはみなが分かっている。
しかし、価値観が多様化したことは、田舎の人には、理解されていない。
基本的に情報が入ってこないために、考え方が10年~20年程度、時代遅れであるということが第一の理由だ。20年くらい遅らせるとちょうど良い。
それは建築物の様式なんかによくあらわれ、去年できた県立図書館や新市庁舎は、ちょっと前の建築ブームの様式を採用していた。つまり関空みたいだった。(関空は1994年の開港)。そう言う様式はすでに大阪ではもう古臭くなっている。他には新築マンションのチラシでも、大阪で私たち夫婦が15年くらい前に聞いたメリットが今頃、謳われている。
時代遅れに対して、時代遅れだと気が付くこと自体が遅く、指摘するのも失礼だから、誰も指摘しない・・・すると古い価値観も相まって、自分の土地の強みや良さには、全く価値が見出せなくなる、ということが起っているように思える。
つまり、今では東京になりたがるのはとっくに時代遅れなのに、いつまでも東京の相似形になりたがっているように思える。もうとっくに東京ソックリさんになりたがっているようなところはない。
5年前には九州で商社の仕事をしていたんだが、九州なんて、九州独自の経済圏を作りたがっているのですぞ?何しろ、九州だけで、オーストラリア以上の経済規模があるのだから、九州だけで国になっても別に十分通用する。実は、自立した方がお得なんである。
東京はワールドクラスの大都市だ。東京と自分を比較することは、NYと自分を比較するのと同じような滑稽さがある。
自立できないと嘆いているのは、もしかして、子供が自立できないと嘆きつつ、子供に巣立って欲しくない親子関係と同じで、共依存にあるからかもしれないなぁ、なんて思う。
15年ほど前だが、市場調査の仕事をしていたときに、大阪以西の西日本担当になり、街角でよく見かける、ある機械の調査で、西日本をくまなく旅したことがあったが、どこへ行ってもそっくりの駅前、どこへ行っても、同じコンビニにファミレスで、飽きれたことがあった。日本は田舎の果てまで均質化されている!と思った。そんな国のどこが面白いんだろう?と思う。
■ 大阪はたくましく人情味にあふれている
大阪が好きだ。東京たらん、としていないからだ。あちらはあちら、こちらはこちら。変なコンプレックスなし。
ハッキリ言って、大阪の人は、ずうずうしく、マナーが悪く、自己中で、岩場でも、山でも大阪弁が聞こえてくると、大阪に住んでいた私だって避けることにしている。
出張で東京の電車に初めて乗った時、マナーの良さには驚いた。誰も座席めがけて、ダッシュしていない!荷物を置いての場所取りもない。
けれど、大阪では浮浪者は殺されない。大阪では浮浪者のおじさんたちに役立ちそうなものは、ゴミ回収の前にわざわざ出しておく。もちろんオジサンたちはわきまえていて散らかすこともなく、持ち去っている。
というか、一般市民の私たち夫婦も、たぶんそうして出されたのだろう、パソコン用のデスクでちょうどいいのを会社帰りに見つけ、拾ってきて使っていた。大阪では夜遅くに友達に電話を掛けて、「〇〇拾いたいねん、手伝いに来て」というのがまかり通る。
いつだったか、お正月の帰省で、さあ甲府へ運転、というときに、朝の散歩中のおばさんに会った。
普通に「おはようございます」と言っただけだが、「いつも来ているお友達が今日は来いへんねん。だから、これ、あげる」と言われて、ゆで卵を2つもらった。それなら、というので、おばちゃんにもなんだったかな?もう忘れたくらい、ちょっとしたものをあげた。大阪は人情の町です。アメちゃん必携。
橋本県知事の頑張りは、甲府にいるとあまり聞こえてこないが、頑張っているのだろうか…
そう言えば、甲府を経つ前に、甲府駅に浮浪者のおばあさんがいた。山梨ではめったに見ないから、いたら、目につく。その脇で、赤い羽根共同募金の人たちが募金を募っていた。
シュールで、関東らしい景色だと思った。目の前にいる、困っている人を見捨ることができる人がどのくらいの慈悲の心を他人に依頼して良いのだろうか?
浮浪者のような境遇になることを畏れる余り、享楽に耽る人々・・を見ると、焼かれたソドムの街を思い出す。
■ 6年目に入りました
甲府へ来て5年満期。9月で6年目に入った。転勤生活はいつ終わるともしれない。
甲府の一杯飲み屋の価格を考えると、甲府の人の方がお金持ちではないかと思う。こちらの暮らしは、配偶者の愚痴と浮気で、6時半から焼き鳥屋でクダを巻いても生きていけるような、既得権に守られた幸運な人生のようだ。
都会では20時前に家に帰れる人はほとんどいないのではと思う。都会人がお金があるように見えるのは、単に使う時間がないからだ。
いつかは都会生活に戻ることを考えると、山梨にいる間に、自然に親しむ活動をすることは、すべて、とてつもない価値があると思う。
登山、アルパイン、沢登り、岩登り、アイスクライミング、農業、ワイン、単なる自然体験…分野のいかんを問わず。
太刀岡山に、瑞垣に、小川山に、東沢釜の沢に、八ヶ岳に、あるいは穂高に大阪から来ると、一体いくらかかる? もちろん、コストで価値が計れるわけではないが、コストが活動の障壁になることは確かだろう。
多くの山梨県民は知らないが、北杜市には、4人もピオレドール賞の受賞者が住んでいる。ピオレドール賞というのは、金のピッケルと言う意味で、山登りの世界のノーベル賞みたいなもの。
山梨は、北アの玄関口の長野の大町や安曇野、あるいは山岳救助隊で有名な富山よりも、山岳環境としては恵まれている。それは雪で閉ざされることがないために、オールシーズンだからだ。もちろん、スキーには有利ではないが、年中山を歩くことができるし、アイスクライミングやフリークライミングに至っては、メッカに近い趣がある。
雪がないから、雪かきの苦労がなく、山梨の好天率の高さはほとんど全国的には知られていない。南国宮崎並みなんだけど。日本のへそは、知られざる楽園になっていて、その良さを享受しているのは鹿ばかりのようだ(笑)。
元々山梨にいる人は外へ出たがらない。日本全体を見渡すという全体像を見るという姿勢がない原因は、夫が都会で何も見ずに新幹線に乗る心理と同じことなのだろう。
いつ終わるともしれない、お客さん状態ではあるが、山梨の自然を味わう岩や沢こそ、山梨で価値ある活動だと確信した今回の旅。
週末都会に一時的に戻り、2泊して帰ってきた。
夫は機嫌が悪い。彼は都会的なものは苦手だ…。大阪生まれ大阪育ち、と言っても、彼は都心まで1時間以上もかかる郊外の新興住宅街に育ったのだから、都会のど真ん中には気遅れを感じるのだ。
高層ビル、ガラスの扉、高級レストラン、ビジネスホテル、摩天楼、地下鉄、地下街の迷路…そういったものには、ドギマギ。落ち着かない。ハイセンスな空間は、居心地が悪いのだ、彼には。
新大阪の駅ビルが新しくなっても知らない。いつも同じところしか通らない。お弁当は和幸のとんかつ。でも和幸だったら、甲府駅にもあるんだから、なんで、わざわざ和幸のとんかつを新幹線で食べなければならないんだろう?どうせ駅弁しか食べれないなら、新大阪でしか食べれないモノを食べたい。
何より、新大阪には空中回廊でつながっているインテリジェントビルや、食堂街があり、駅弁でお茶を濁さなくても、ちゃんとした食事ができる。
彼といると、構内で何かに立ち寄ると言うことはなく、まるで一目散に逃げるように、点と点をつないでいた・・・(^^;)。そうだったのね・・・。
だから、東京神田のホテルへ着くまでは、まるで息を止めているみたいで疲れた・・・。
どうりで出張に行くたびに、「大阪どうなってた?」と聞いても、しーん…で、京都のおいしいお漬物も、大阪の美味しい昆布もお土産にないハズだ。(今回も買えず)
きっと彼にとっては、厳冬期北岳に行くくらいの気持ちでいるに違いない。景色や変化を愉しむゆとりなし、なのだろう。
彼は都会人と言っても、梅田の地下街を地図なしで歩くことはままならない。
それなのに、山梨が田舎だと言って馬鹿にしているのは、狭量だといつも思う。
山梨には山梨にしかない良さがある。その良さを味わうのが大事だ。
■ 多様化
いつも思うことだが、2000年代に入って、価値観は多様化した。高度経済成長期のように、東京のソックリさんになることだけが良さと考えている人は、もうほとんどいない。エンドレスな成長なんか、あるわけがないのはみなが分かっている。
しかし、価値観が多様化したことは、田舎の人には、理解されていない。
基本的に情報が入ってこないために、考え方が10年~20年程度、時代遅れであるということが第一の理由だ。20年くらい遅らせるとちょうど良い。
それは建築物の様式なんかによくあらわれ、去年できた県立図書館や新市庁舎は、ちょっと前の建築ブームの様式を採用していた。つまり関空みたいだった。(関空は1994年の開港)。そう言う様式はすでに大阪ではもう古臭くなっている。他には新築マンションのチラシでも、大阪で私たち夫婦が15年くらい前に聞いたメリットが今頃、謳われている。
時代遅れに対して、時代遅れだと気が付くこと自体が遅く、指摘するのも失礼だから、誰も指摘しない・・・すると古い価値観も相まって、自分の土地の強みや良さには、全く価値が見出せなくなる、ということが起っているように思える。
つまり、今では東京になりたがるのはとっくに時代遅れなのに、いつまでも東京の相似形になりたがっているように思える。もうとっくに東京ソックリさんになりたがっているようなところはない。
5年前には九州で商社の仕事をしていたんだが、九州なんて、九州独自の経済圏を作りたがっているのですぞ?何しろ、九州だけで、オーストラリア以上の経済規模があるのだから、九州だけで国になっても別に十分通用する。実は、自立した方がお得なんである。
東京はワールドクラスの大都市だ。東京と自分を比較することは、NYと自分を比較するのと同じような滑稽さがある。
自立できないと嘆いているのは、もしかして、子供が自立できないと嘆きつつ、子供に巣立って欲しくない親子関係と同じで、共依存にあるからかもしれないなぁ、なんて思う。
15年ほど前だが、市場調査の仕事をしていたときに、大阪以西の西日本担当になり、街角でよく見かける、ある機械の調査で、西日本をくまなく旅したことがあったが、どこへ行ってもそっくりの駅前、どこへ行っても、同じコンビニにファミレスで、飽きれたことがあった。日本は田舎の果てまで均質化されている!と思った。そんな国のどこが面白いんだろう?と思う。
■ 大阪はたくましく人情味にあふれている
大阪が好きだ。東京たらん、としていないからだ。あちらはあちら、こちらはこちら。変なコンプレックスなし。
ハッキリ言って、大阪の人は、ずうずうしく、マナーが悪く、自己中で、岩場でも、山でも大阪弁が聞こえてくると、大阪に住んでいた私だって避けることにしている。
出張で東京の電車に初めて乗った時、マナーの良さには驚いた。誰も座席めがけて、ダッシュしていない!荷物を置いての場所取りもない。
けれど、大阪では浮浪者は殺されない。大阪では浮浪者のおじさんたちに役立ちそうなものは、ゴミ回収の前にわざわざ出しておく。もちろんオジサンたちはわきまえていて散らかすこともなく、持ち去っている。
というか、一般市民の私たち夫婦も、たぶんそうして出されたのだろう、パソコン用のデスクでちょうどいいのを会社帰りに見つけ、拾ってきて使っていた。大阪では夜遅くに友達に電話を掛けて、「〇〇拾いたいねん、手伝いに来て」というのがまかり通る。
いつだったか、お正月の帰省で、さあ甲府へ運転、というときに、朝の散歩中のおばさんに会った。
普通に「おはようございます」と言っただけだが、「いつも来ているお友達が今日は来いへんねん。だから、これ、あげる」と言われて、ゆで卵を2つもらった。それなら、というので、おばちゃんにもなんだったかな?もう忘れたくらい、ちょっとしたものをあげた。大阪は人情の町です。アメちゃん必携。
橋本県知事の頑張りは、甲府にいるとあまり聞こえてこないが、頑張っているのだろうか…
そう言えば、甲府を経つ前に、甲府駅に浮浪者のおばあさんがいた。山梨ではめったに見ないから、いたら、目につく。その脇で、赤い羽根共同募金の人たちが募金を募っていた。
シュールで、関東らしい景色だと思った。目の前にいる、困っている人を見捨ることができる人がどのくらいの慈悲の心を他人に依頼して良いのだろうか?
浮浪者のような境遇になることを畏れる余り、享楽に耽る人々・・を見ると、焼かれたソドムの街を思い出す。
■ 6年目に入りました
甲府へ来て5年満期。9月で6年目に入った。転勤生活はいつ終わるともしれない。
甲府の一杯飲み屋の価格を考えると、甲府の人の方がお金持ちではないかと思う。こちらの暮らしは、配偶者の愚痴と浮気で、6時半から焼き鳥屋でクダを巻いても生きていけるような、既得権に守られた幸運な人生のようだ。
都会では20時前に家に帰れる人はほとんどいないのではと思う。都会人がお金があるように見えるのは、単に使う時間がないからだ。
いつかは都会生活に戻ることを考えると、山梨にいる間に、自然に親しむ活動をすることは、すべて、とてつもない価値があると思う。
登山、アルパイン、沢登り、岩登り、アイスクライミング、農業、ワイン、単なる自然体験…分野のいかんを問わず。
太刀岡山に、瑞垣に、小川山に、東沢釜の沢に、八ヶ岳に、あるいは穂高に大阪から来ると、一体いくらかかる? もちろん、コストで価値が計れるわけではないが、コストが活動の障壁になることは確かだろう。
多くの山梨県民は知らないが、北杜市には、4人もピオレドール賞の受賞者が住んでいる。ピオレドール賞というのは、金のピッケルと言う意味で、山登りの世界のノーベル賞みたいなもの。
山梨は、北アの玄関口の長野の大町や安曇野、あるいは山岳救助隊で有名な富山よりも、山岳環境としては恵まれている。それは雪で閉ざされることがないために、オールシーズンだからだ。もちろん、スキーには有利ではないが、年中山を歩くことができるし、アイスクライミングやフリークライミングに至っては、メッカに近い趣がある。
雪がないから、雪かきの苦労がなく、山梨の好天率の高さはほとんど全国的には知られていない。南国宮崎並みなんだけど。日本のへそは、知られざる楽園になっていて、その良さを享受しているのは鹿ばかりのようだ(笑)。
元々山梨にいる人は外へ出たがらない。日本全体を見渡すという全体像を見るという姿勢がない原因は、夫が都会で何も見ずに新幹線に乗る心理と同じことなのだろう。
いつ終わるともしれない、お客さん状態ではあるが、山梨の自然を味わう岩や沢こそ、山梨で価値ある活動だと確信した今回の旅。
Friday, September 11, 2015
色々な人と色々な山へ行く
■ NoのNo
私の記録には、
”スタートした頃は、こうだったけれど、今は〇〇山に登れる自分になった”
ということを主たる喜びとしている記録があります。それは改めて、どういう事か?と振り返ってみると、どれだけ日本社会が、
・人を見た目(先入観、常識…その他色々)で判断する社会か
・他の人の可能性を否定する社会であるか
・押し付け社会であるか
・提供側の理論優先の社会か
ということを表しているわけですね。昨日、上州屋に行って思い出しました(笑)。
ま、そのような”世間”は、無視しておけばよいです。というのも、違う”世間”もありますから。
余談ですが、世間と言うものは、ここ60年ほど、商業主義に傾いており、何もかも世間の言うとおりにしたら、ラットレースが待っているかもしれません。働いても働いても、働いた分のお金が出ていく構造になっており、何も得るものがないのが現代社会かもしれない…と思います。
例えば登山でも、世間の言うとおりにしたら?ガイドツアーで、山に行くたび何万円もかかります。
世間は”あなたのためだから”と言いますが、それって”一儲けしたいだけ”なんじゃないの~?
■ 強要に流されないのは大変
それは、さておき、ですが、日本人の場合、あまり反骨精神がないし、疑うということは良くないこととされ、素直や従順をよしとするため、「あなたにはできませんよ」と言われたら、10人中9人は、引き下がるのでは?と思います。
友人のデイビッドが最近、上腕二頭筋を断裂したのですが、”弱者の味方”であると一般には世間に認知されているハズの医者でさえ、「自然放置で治癒する」と誤診しただけでなく、その誤診を彼に強要するようでした。
友人は、体格は180cm巨漢で、ちょっと人に舐められるというタイプには見えない人です。そんなアメリカ人でさえ、お前の方が間違っている!と、圧力を掛けられるのですから、普通の日本人なら、10人中9人は、そうですか…と引き下がると思います。
そうすると、どうなるかと言うと、彼の場合だと、誤診で、腕力の40%で生涯をすごすことになる…。
大なり小なり同じようなことになっている日本人は多いのではないか?という気がします。
もし、私が登山の最初の頃に
”世間の言うことをきく良い子”
だったら、今頃、クライミングも沢もしていないで、小屋に泊まってガイド登山している、と思います。
■ 足るを知る
ただし、目標達成という充足感には、限界があります。どんなことにも成長の限界はあるものです。
大事なことは、足るを知ること。
ここからは自分の世界ではないな、という、引き際、ということが良く見えていないと、行き過ぎた目標達成は、挫折だけでなく、登山の場合は、死をももたらします。
つまり、いい気にならないってことですね。
■ 全体像を把握する必要
自分の落としどころを正確に知るには、広い視野が必要です。
例えば、今の登山の世界で、最先端を走っているのは、5.12クラスのマルチピッチをつなげたような登攀です。いわゆる”高難度アルパイン”と言う世界です。
今の時代のアルパインクライマーとして成功していている人たちは、この分野に所属しています。
で、念のため言っておきますと、そこは私の世界ではありませんので…(^^;)。
高難度アルパインは、今山岳部で山を始めたような若い男性が目指すべき到達点です。
たぶん、一般登山をする人からは、北岳バットレス四尾根に登るのと、高難度アルパインの違いは見えないでしょうし、同じようなものと感じられるかもしれませんが、それはまだ知見が広がっていないためです。
で、話を基に戻しますと、普通に趣味で登山をする人は、三級が主体のクラシックルートなどは、行って良いと思いますが、例えば、6級の奥鐘山など、行かなくていいですから!冬の黒部も趣味の登山家の領域ではないです。
■ NoのNoではなく、Yesを
否定の否定は、Yesか?というと違います。例えば、「ビールはキライですか?」と聞かれれば、多くの人は、「きらいではありません」と答えるでしょう。しかし、「ビールを好きですか?」と訪ねられれば、「好きではありません」と答えるかもしれません。
好きということと、好きでも嫌いでもない…ということはあるからです。
大事なのは、好き!を見つけることです。 Noから始まると、見つけにくくなります。
■ 肯定を見つける
では、本物の好きはどこにヒントがあるのでしょう?
それは過去にヒントがあります。何かを羨ましいと思ったことは、たぶんやるべきということです。
で、私は海外出張に出ている時に、バックパッカーがちょっと羨ましかったんです。その同じ出張で、波止場にある長いクライミングウォールに、誘われて、びっくりして断ったことがありました。
それらはニュージーランドのウェリントンでの出来事でしたが、もとの羨ましさの種は、学生の時、住んでいたサンフランシスコにあります。
また沢の原点は、生まれ故郷の菊池渓谷で子供の頃遊んだ記憶にあります。
今、私の山は、否定の否定はとっくに終了し、目標達成はお腹いっぱい。
さて、何をしましょうか、という地点にいます。
ですから、今からやっと本番の山という気分です(笑)
もう、ノルマは済ませたので、あとは好きにやるわよ~というわけです。
■ 嫉妬という問題
自分の実力を不安に思っている人には、私のような娘っこが世間から本格的といわれている登山をしていることは、自分の実力への脅威に映っている、ということは理解できます。
・・・が、それは本人が本物の山男でないという問題であって私の問題ではないかもしれません。
本物の山男からすると、私がやっていることは、ひよっこレベルなので、本物の方には、まったく何の脅威にもなっていません。
何しろ、もっと上があるし、上の実績を持つ女性登山家はいっぱいいるからです。そうした期待に応えることは、わたしにはできないような気がしますし、別の人にやってもらいたいなと思っています。
という訳で、私は私らしい登山を見つける、という段階に来ました。もう世間に自分が何者かを証明するために山に登る必要はないのです。
■ 色々な人と登る
・・・という段階なので、私は色々な山のスタイルを知りたい、と思っています。
山は十人十色。どんな人からも何かしら教わることがあります。
それで、今は、色々な人と山に登るのが楽しい、わけです。
やはりアルパインスタイルの考え方で登っている人たちとは、基本的に趣向が合うようです。
実は、生活を共にしていて性格も把握しているはずの夫と歩くより、アルパインを分かっている人と歩くほうがストレスがないです。
つまり、
軽く、スピーディに登る
ということです。軽さはスピードに、スピードは安全につながるからです。
だからと言って、トレランは、安全に必要なギアまで割愛しているので、どうなのかなぁ~と思いますが、トレランも少しくらいはやってみてからモノを言わねば、と思っています。
大体やったこともないのに悪口を言うのはズルです(笑)。
それは”山やじゃない”と日本の山ヤから否定されているバックパッキング(=ロングトレイル)も、かもしれません。
■ 山と向き合う
山と向き合うと言うのはどういうことか?
というと、やはり、自分の力を過信しない、ということだと思います。
バリエーションルートに行くには、リーダーが必要ですが、リーダーにお任せの山行ばかりの人は、なんという山域の、どういう性格のルートに行っているのか?それさえ理解してないで、ルート名の凄さだけを吹聴します。
でも良く聞いてみると、自分で計画していないし、自分で担いでいない。何処へ行くかも、何時までに登頂して、何時までに降りるかも、ルートファインディングも、リーダー任せ。頭脳ではなく、手と足なのです。
それでは、雪の奥穂に登ったとしても、一人では高尾山にも行けないのでは、その人の実力は高尾山未満、ということです。
地図読みができない人は、本当は一般道レベルのスキルです。ロープの出し方を知らない人もです。自分の前にロープが降りてきて当然ということに慣れてしまうと、自分の力を必ず過信します。それには気を付けないといけません。
地図を自分が持って行かなくても、他の人がもっているだろう…と持って行かないのは甘えです。人間は弱く、間違いを犯す生き物ですから、用意した地図を玄関に置き忘れ、それを他の人が地図を持っていたおかげで助かった、ということは助け合いです。
しかし、最初から当てにしているのは、助け合いではなくて、依存です。
私は最初は単独行で山を始めました。ですから、また単独に帰ることがあるかもしれません。
実は、ソロイストの使い方を知りたいな~と思ったりもしているので、そのきらいはすでにありますが、今のスキルで岩や沢の単独はない、と自分を戒めています。
そういう検討がなく、自分の力を誇示するために単独で沢に入るのは、とても危険です。
それで、かぎりなく単独に近い感覚で一緒に遊べる仲間ができたらいいなぁ~と思いますが、それは高望みであるいうことは、分かっているつもりです。それはクライマー誰しもの願いですね。
■ 良くないと知りながら・・・
実はよくないと知りながら、甘えていることもあります。
例えば、ある友人はまだロープワークできません。けれど沢に連れて行ってしまいました・・・。地図読みもたぶんできないだろうとは分かっていますが。
例えば、峠沢に行った人は、アコンカグアに登った実績があるけれども、地図は読めません。危険の認知もできないので、本当を言うと、その人には、まだその山に登る資格はありません。
ホントは良くないことだとは思っているのですが、連れて行ってしまいました。それは、私自身が、まだ技術が未熟な段階でも、そうした本格的な山に、ガイド登山や師匠に連れられて行った山で、開眼した経験があるからです。
そうした経験で何かを掴んでくれないとも限りません。
私なりの縦のギブアンドテイクなのです。
山って、どんな山に連れて行ってくれるか?で、その山ヤの想いが、伝わるものです。
■ 連れて行くも相手次第ギブアンドテイクにならない
いわゆる”連れて行く山”もやってみました。厳冬期の金峰山は、その山に登る資格がない人と分かっていましたが、会への貢献を意識していたため、全面的にガイド状態で”連れて行く”ことになるのは分かっていました。がやってみました。
何事もやってみないと分からないからです。
その後その方は単独も試してみるようになり、好感をもちました。でも、意図はまだよく分かりません。単純に反発の可能性もあります。というのは、行っているのは、地図なんていらない一般道の山だからです。地図読みが自分の弱点とは思いたくない、ということかもしれません。
”連れて行く”という山行は、すべて悪いわけではありませんが、相手の理解度による、ということは言えます。
なので、それ以降は、理解度を見て、あまり当人の実力とかけ離れた山へ、ということはやらないようにしています。
例えば、伸ばしてやりたいと言う思いから、大きすぎる山に連れて行くのは、本人には良くないことかもしれません。その時その時に適した山をしない場合は、どうしても過信が生まれ、それが本来のやるべきことをやらない姿勢につながるのかもしれません。
■ 垂直志向と水平志向
山のサイズを大きくしていくには、水平と垂直が必要です。
水平は距離を伸ばすこと、つまり歩きです。私は、今のところ無雪期4泊5日、積雪期2泊3日泊ままりなので、伸ばしていくべきですね。
垂直はクライミング力をあげることです。
どちらも少しずつ大きくしていくことで、山が大きくなります。
ただ、一般に日本国内の山では、登攀と言う面でいうと、5級以上の登攀は必要ではありません。つまり、5級が登れたら、日本のクラシックルートは、どこでも登れてしまうと言うことです。
ということは、私はすでに5.10aが登れるので、登攀力は、趣味で行くアルパインを考える限り十分、ということになります。
体力は、厳冬期の甲斐駒が普通に夏道コースタイムで登れるわけですから、趣味で山に行く限り、これも十分。
登攀力UPのためにクライミングジムにあしげしく通う必要があるかと言うと、たぶん違うな~とは思います。それでもやっておけば、山が広がることは確かです。
では、長期の縦走をしておくべきかというと、まぁ時間があればやったらいいということです。何かを犠牲にしてまでやらなくていいかもしれません。
それは私が求めているものが
記録の更新
とかではなく、単純に趣味としての冒険、だからです。
というわけで、後は、色々な山を知って、山そのものに対する知見を深めていく、という段階にあります。
今から、自分の山を見つけ、形作っていく、ということです。
、
私の記録には、
”スタートした頃は、こうだったけれど、今は〇〇山に登れる自分になった”
ということを主たる喜びとしている記録があります。それは改めて、どういう事か?と振り返ってみると、どれだけ日本社会が、
・人を見た目(先入観、常識…その他色々)で判断する社会か
・他の人の可能性を否定する社会であるか
・押し付け社会であるか
・提供側の理論優先の社会か
ということを表しているわけですね。昨日、上州屋に行って思い出しました(笑)。
ま、そのような”世間”は、無視しておけばよいです。というのも、違う”世間”もありますから。
余談ですが、世間と言うものは、ここ60年ほど、商業主義に傾いており、何もかも世間の言うとおりにしたら、ラットレースが待っているかもしれません。働いても働いても、働いた分のお金が出ていく構造になっており、何も得るものがないのが現代社会かもしれない…と思います。
例えば登山でも、世間の言うとおりにしたら?ガイドツアーで、山に行くたび何万円もかかります。
世間は”あなたのためだから”と言いますが、それって”一儲けしたいだけ”なんじゃないの~?
■ 強要に流されないのは大変
それは、さておき、ですが、日本人の場合、あまり反骨精神がないし、疑うということは良くないこととされ、素直や従順をよしとするため、「あなたにはできませんよ」と言われたら、10人中9人は、引き下がるのでは?と思います。
友人のデイビッドが最近、上腕二頭筋を断裂したのですが、”弱者の味方”であると一般には世間に認知されているハズの医者でさえ、「自然放置で治癒する」と誤診しただけでなく、その誤診を彼に強要するようでした。
友人は、体格は180cm巨漢で、ちょっと人に舐められるというタイプには見えない人です。そんなアメリカ人でさえ、お前の方が間違っている!と、圧力を掛けられるのですから、普通の日本人なら、10人中9人は、そうですか…と引き下がると思います。
そうすると、どうなるかと言うと、彼の場合だと、誤診で、腕力の40%で生涯をすごすことになる…。
大なり小なり同じようなことになっている日本人は多いのではないか?という気がします。
もし、私が登山の最初の頃に
”世間の言うことをきく良い子”
だったら、今頃、クライミングも沢もしていないで、小屋に泊まってガイド登山している、と思います。
■ 足るを知る
ただし、目標達成という充足感には、限界があります。どんなことにも成長の限界はあるものです。
大事なことは、足るを知ること。
ここからは自分の世界ではないな、という、引き際、ということが良く見えていないと、行き過ぎた目標達成は、挫折だけでなく、登山の場合は、死をももたらします。
つまり、いい気にならないってことですね。
■ 全体像を把握する必要
自分の落としどころを正確に知るには、広い視野が必要です。
例えば、今の登山の世界で、最先端を走っているのは、5.12クラスのマルチピッチをつなげたような登攀です。いわゆる”高難度アルパイン”と言う世界です。
今の時代のアルパインクライマーとして成功していている人たちは、この分野に所属しています。
で、念のため言っておきますと、そこは私の世界ではありませんので…(^^;)。
高難度アルパインは、今山岳部で山を始めたような若い男性が目指すべき到達点です。
たぶん、一般登山をする人からは、北岳バットレス四尾根に登るのと、高難度アルパインの違いは見えないでしょうし、同じようなものと感じられるかもしれませんが、それはまだ知見が広がっていないためです。
で、話を基に戻しますと、普通に趣味で登山をする人は、三級が主体のクラシックルートなどは、行って良いと思いますが、例えば、6級の奥鐘山など、行かなくていいですから!冬の黒部も趣味の登山家の領域ではないです。
■ NoのNoではなく、Yesを
否定の否定は、Yesか?というと違います。例えば、「ビールはキライですか?」と聞かれれば、多くの人は、「きらいではありません」と答えるでしょう。しかし、「ビールを好きですか?」と訪ねられれば、「好きではありません」と答えるかもしれません。
好きということと、好きでも嫌いでもない…ということはあるからです。
大事なのは、好き!を見つけることです。 Noから始まると、見つけにくくなります。
■ 肯定を見つける
では、本物の好きはどこにヒントがあるのでしょう?
それは過去にヒントがあります。何かを羨ましいと思ったことは、たぶんやるべきということです。
で、私は海外出張に出ている時に、バックパッカーがちょっと羨ましかったんです。その同じ出張で、波止場にある長いクライミングウォールに、誘われて、びっくりして断ったことがありました。
それらはニュージーランドのウェリントンでの出来事でしたが、もとの羨ましさの種は、学生の時、住んでいたサンフランシスコにあります。
また沢の原点は、生まれ故郷の菊池渓谷で子供の頃遊んだ記憶にあります。
今、私の山は、否定の否定はとっくに終了し、目標達成はお腹いっぱい。
さて、何をしましょうか、という地点にいます。
ですから、今からやっと本番の山という気分です(笑)
もう、ノルマは済ませたので、あとは好きにやるわよ~というわけです。
■ 嫉妬という問題
自分の実力を不安に思っている人には、私のような娘っこが世間から本格的といわれている登山をしていることは、自分の実力への脅威に映っている、ということは理解できます。
・・・が、それは本人が本物の山男でないという問題であって私の問題ではないかもしれません。
本物の山男からすると、私がやっていることは、ひよっこレベルなので、本物の方には、まったく何の脅威にもなっていません。
何しろ、もっと上があるし、上の実績を持つ女性登山家はいっぱいいるからです。そうした期待に応えることは、わたしにはできないような気がしますし、別の人にやってもらいたいなと思っています。
という訳で、私は私らしい登山を見つける、という段階に来ました。もう世間に自分が何者かを証明するために山に登る必要はないのです。
■ 色々な人と登る
・・・という段階なので、私は色々な山のスタイルを知りたい、と思っています。
山は十人十色。どんな人からも何かしら教わることがあります。
それで、今は、色々な人と山に登るのが楽しい、わけです。
やはりアルパインスタイルの考え方で登っている人たちとは、基本的に趣向が合うようです。
実は、生活を共にしていて性格も把握しているはずの夫と歩くより、アルパインを分かっている人と歩くほうがストレスがないです。
つまり、
軽く、スピーディに登る
ということです。軽さはスピードに、スピードは安全につながるからです。
だからと言って、トレランは、安全に必要なギアまで割愛しているので、どうなのかなぁ~と思いますが、トレランも少しくらいはやってみてからモノを言わねば、と思っています。
大体やったこともないのに悪口を言うのはズルです(笑)。
それは”山やじゃない”と日本の山ヤから否定されているバックパッキング(=ロングトレイル)も、かもしれません。
■ 山と向き合う
山と向き合うと言うのはどういうことか?
というと、やはり、自分の力を過信しない、ということだと思います。
バリエーションルートに行くには、リーダーが必要ですが、リーダーにお任せの山行ばかりの人は、なんという山域の、どういう性格のルートに行っているのか?それさえ理解してないで、ルート名の凄さだけを吹聴します。
でも良く聞いてみると、自分で計画していないし、自分で担いでいない。何処へ行くかも、何時までに登頂して、何時までに降りるかも、ルートファインディングも、リーダー任せ。頭脳ではなく、手と足なのです。
それでは、雪の奥穂に登ったとしても、一人では高尾山にも行けないのでは、その人の実力は高尾山未満、ということです。
地図読みができない人は、本当は一般道レベルのスキルです。ロープの出し方を知らない人もです。自分の前にロープが降りてきて当然ということに慣れてしまうと、自分の力を必ず過信します。それには気を付けないといけません。
地図を自分が持って行かなくても、他の人がもっているだろう…と持って行かないのは甘えです。人間は弱く、間違いを犯す生き物ですから、用意した地図を玄関に置き忘れ、それを他の人が地図を持っていたおかげで助かった、ということは助け合いです。
しかし、最初から当てにしているのは、助け合いではなくて、依存です。
私は最初は単独行で山を始めました。ですから、また単独に帰ることがあるかもしれません。
実は、ソロイストの使い方を知りたいな~と思ったりもしているので、そのきらいはすでにありますが、今のスキルで岩や沢の単独はない、と自分を戒めています。
そういう検討がなく、自分の力を誇示するために単独で沢に入るのは、とても危険です。
それで、かぎりなく単独に近い感覚で一緒に遊べる仲間ができたらいいなぁ~と思いますが、それは高望みであるいうことは、分かっているつもりです。それはクライマー誰しもの願いですね。
■ 良くないと知りながら・・・
実はよくないと知りながら、甘えていることもあります。
例えば、ある友人はまだロープワークできません。けれど沢に連れて行ってしまいました・・・。地図読みもたぶんできないだろうとは分かっていますが。
例えば、峠沢に行った人は、アコンカグアに登った実績があるけれども、地図は読めません。危険の認知もできないので、本当を言うと、その人には、まだその山に登る資格はありません。
ホントは良くないことだとは思っているのですが、連れて行ってしまいました。それは、私自身が、まだ技術が未熟な段階でも、そうした本格的な山に、ガイド登山や師匠に連れられて行った山で、開眼した経験があるからです。
そうした経験で何かを掴んでくれないとも限りません。
私なりの縦のギブアンドテイクなのです。
山って、どんな山に連れて行ってくれるか?で、その山ヤの想いが、伝わるものです。
■ 連れて行くも相手次第ギブアンドテイクにならない
いわゆる”連れて行く山”もやってみました。厳冬期の金峰山は、その山に登る資格がない人と分かっていましたが、会への貢献を意識していたため、全面的にガイド状態で”連れて行く”ことになるのは分かっていました。がやってみました。
何事もやってみないと分からないからです。
その後その方は単独も試してみるようになり、好感をもちました。でも、意図はまだよく分かりません。単純に反発の可能性もあります。というのは、行っているのは、地図なんていらない一般道の山だからです。地図読みが自分の弱点とは思いたくない、ということかもしれません。
”連れて行く”という山行は、すべて悪いわけではありませんが、相手の理解度による、ということは言えます。
なので、それ以降は、理解度を見て、あまり当人の実力とかけ離れた山へ、ということはやらないようにしています。
例えば、伸ばしてやりたいと言う思いから、大きすぎる山に連れて行くのは、本人には良くないことかもしれません。その時その時に適した山をしない場合は、どうしても過信が生まれ、それが本来のやるべきことをやらない姿勢につながるのかもしれません。
■ 垂直志向と水平志向
山のサイズを大きくしていくには、水平と垂直が必要です。
水平は距離を伸ばすこと、つまり歩きです。私は、今のところ無雪期4泊5日、積雪期2泊3日泊ままりなので、伸ばしていくべきですね。
垂直はクライミング力をあげることです。
どちらも少しずつ大きくしていくことで、山が大きくなります。
ただ、一般に日本国内の山では、登攀と言う面でいうと、5級以上の登攀は必要ではありません。つまり、5級が登れたら、日本のクラシックルートは、どこでも登れてしまうと言うことです。
ということは、私はすでに5.10aが登れるので、登攀力は、趣味で行くアルパインを考える限り十分、ということになります。
体力は、厳冬期の甲斐駒が普通に夏道コースタイムで登れるわけですから、趣味で山に行く限り、これも十分。
登攀力UPのためにクライミングジムにあしげしく通う必要があるかと言うと、たぶん違うな~とは思います。それでもやっておけば、山が広がることは確かです。
では、長期の縦走をしておくべきかというと、まぁ時間があればやったらいいということです。何かを犠牲にしてまでやらなくていいかもしれません。
それは私が求めているものが
記録の更新
とかではなく、単純に趣味としての冒険、だからです。
というわけで、後は、色々な山を知って、山そのものに対する知見を深めていく、という段階にあります。
今から、自分の山を見つけ、形作っていく、ということです。
、
Tuesday, June 30, 2015
ロープが出る山を教えるということ
■ ロープが出る山を教えるということ
私は、山は危険だと思うので、仲間づくりの重要性を認識している。となると、
仲間を育てる必要
が出てくる。つまり
初歩のロープワークを教えないといけない。
初心者が初心者を教えるなど、もってのほかと思う人もいるかもしれない。実は私自身もそう考えていた。しかし、山の世界には
教えてもらったら、教え返すという掟
があり、教えないというのは、つまり
もらいっぱなしで返礼無し
という、ずうずうしい話なのだ。
余談になるが、”地図を持たないでナビ替わり”、”荷物をもたないでシェルパ代わり”、”車を出さないでタクシー代わり”というような、ずうずうしい話は、山の世界では一般的で広がっており、一度それが自分の当然の権利だと思いこんでしまった人を、
助け合いとギブ&テイクの正しい関係に戻すのは、至難の業
だ。
■ 教えるには?
問題の9割は
教わる人が、教えても教わらない
点だ。これは、私だけの問題かと思いきや、見たところ、普遍的問題だ。問題なのは、きちんと教わって、きちんと理解してくれないと 教える側にも教わる側にも
死の危険が迫る
という点。
新規入会者を岩場に連れて行き、初歩のロープワークを簡単マルチで教える。それ自体は、まっとうなアルパイン入門で、まったく何も間違っていない。ところが、この後が続かない。これまでに、私が見かけた失敗事例。
≪失敗例≫
・トップロープで登るゲレンデが、岩登りのすべてだと思ってしまっている
・登れればザイルは要らないと思っている
・先輩は落ちないから、ビレイは持っているだけでいい
・スポーツクライミングがクライミングのすべてだと思ってしまっている
・岩は手で登るものだ
・スタンディングアックスビレー中に手離し
・ボルトに掛けたヌンチャクをひっぱりながら登ってリードする
・登ってから、ロープを投げる
・ビレイで制動手を離す
・リードのビレイでクライマーを引っ張り落とす
・トップロープのビレイでクライマーを引っ張り上げる
・セルフを取る前に落ちる
・1ピン目で落ちる
・先輩と行くのだから、地図はもっていかない
・フリーで登るから、アックステンションは知らなくてもいい
■ 『「教える技術」の鍛え方』 樋口裕一
何が悪かったのか? という視点で、この本を読んだ。もう1点に尽きると思う。
教わる人が教える人を舐めている
これは 先生の性別によらない。なぜなら上記の失敗事例は男性の先輩たちが作った失敗事例だからだ。そこで、
一体どういう教え方をしたらよいのか?
ということを調べた。以下は、上記の本からの抜粋と要約。
1)教える側の心構え
・過大な期待をしない
・なめられてはいけない
・モチベーションを持たせる
・相手のタイプに合わせる
・ポイントを絞る
・自分の好き嫌いを持ちこまない
・予習復習は期待しない
・自分のミスは素直に認める
・実績をきちんと自慢する
2) 舐められてはいけない
・レベルの違いを見せつける
・面倒見の良さで信頼を得る
・教えることが自分も初心者である場合は、そう口に出すほうが良い
・はじめのうちにしっかり叱る
叱るとは、相手の態度に満足していないこと
一層の向上を期待していること
3)3回目の原則
・2度目まで大目に見て
「そのうちちゃんとやってくれるだろうと思って大目に見ていたが、ちょっとひど過ぎる」
と叱る。
■ モチベーションを持続させるには?
伸びを意識させる
・発表の場を持つ
・学ぶ前の記録を残しておく
・具体的な点を褒める
■ 叱り方
「これくらいなら、君にはできるはずだ」
「慌てないで良く考えれば、分からないはずがない」
・一つの結果について叱る。
・努力不足、考えの甘さを叱る。
・大人には、逃げ道を用意する。 「忙しくて勉強する時間が取れないのは分かるが・・・」
・自分で考えるように突き放す。 「もう出来るはずだから、一人でやってごらん」
・壁になる。 「俺を乗り越えたら一人前だ」
■ 理屈人間&実践人間
・実践人間には、体系立って教える必要はない
・理屈人間は全体像を与えないと前進できない
■ 面白さを作り出すコツ
・〇〇すると得になる
・〇まるしないと損になる
・裏ワザであると言う
・思い出を離す
・目からウロコ、と思わせる
・個人的体験を語る
・誇張する
・質問して、参加型にする
・モテると言う
■分かりやすさのコツ
・絞る
・単純化
・教える順序を工夫
・具体と抽象
・大きな図を与えてから詳細へ
・グループ分け
・二項対立
・初心者には専門用語を避ける
・なぜか?を説明
・質問する
・たとえ話
■相手のモチベーションを上げるコツ
・自分で発見するよう導く
・実践させる
・手本を見せる
・短期目標を与える
・ゲーム感覚で繰り返す
・その場で暗記させる
・小テスト
・宿題
■ 振り返り
例えば、私の場合だが、クライミングシステムの理解は、きちんと文登研の確保理論を読んでからしか、納得感が出ず、実践していても、原則を理解していなかったので、これで良いのか、不安で確信が持てず、不安なまま岩に行きつづけることが嫌でした。自分のミスで相手を死なせたらと思うからです。
一気に理解が進んだ経験は、ほぼ初めての岩のぼりで、リードしたことです。ザイルを伸ばすってこういう意味か~、と分かりました。それ以来、リード練習しか興味がなくなりました。
一般に、何をできるようにならなければならないのか?ハッキリ言われたほうが、分かりやすかった。
≪良かった事例≫
1) 座右の銘: 「何はなくともセルフビレイ」 (ポイントを絞った例)
2) 「リードのビレイが確実にできるようになってくれないと、岩場に連れて行けない」と言う
3) 迷うようならザイルを出せ (ポイントを絞った例)
4) 敗退ができないとルートには行けない
5) 「Ⅴ級マスター」 (目標を与える)
6) 懸垂下降は失敗が許されない (ポイントを絞った例)
7) ビレイヤーのセルフビレイは、パーティの最後の砦
岩場では、結局は、口頭で教えることになるので、ポイントを絞ったこと、1点か2点しか身につかない。したがって、何を学んでもらうのか
ポイントを絞り切れるか?が最重要
だ。
■ 分かったこと
舐められないこととセットで大事なことは、
過大な期待をしない
ことだ。これまでの経験を踏まえると、一般的に、ほとんどの人が
経験の量に即した理解を持っていない
つまり、経験を聞くと、もっと理解があって当然のように感じる。つまり、
経験の量で相手の理解度を推し量るだけでなく
具体的に何ができて、何ができないか聞く
必要があります。 実際、聞いたら、全然分かっていないことが多い。
私は師匠がいるので、気楽に質問でき、その点で助かっているのかもしれません。男性は一般に、人に聞く、ということを嫌がる傾向があるように思う。
■ するべき質問
以前、会の人で、三つ峠マルチに行きたいと言ってきた人がいたので、私もちょうど初心者で練習相手が欲しいし、連れて行けるかもしれないと、その人が何が分かっていて、何が分かっていないのか?聞いたことがある。
私は、山は危険だと思うので、仲間づくりの重要性を認識している。となると、
仲間を育てる必要
が出てくる。つまり
初歩のロープワークを教えないといけない。
初心者が初心者を教えるなど、もってのほかと思う人もいるかもしれない。実は私自身もそう考えていた。しかし、山の世界には
教えてもらったら、教え返すという掟
があり、教えないというのは、つまり
もらいっぱなしで返礼無し
という、ずうずうしい話なのだ。
余談になるが、”地図を持たないでナビ替わり”、”荷物をもたないでシェルパ代わり”、”車を出さないでタクシー代わり”というような、ずうずうしい話は、山の世界では一般的で広がっており、一度それが自分の当然の権利だと思いこんでしまった人を、
助け合いとギブ&テイクの正しい関係に戻すのは、至難の業
だ。
■ 教えるには?
問題の9割は
教わる人が、教えても教わらない
点だ。これは、私だけの問題かと思いきや、見たところ、普遍的問題だ。問題なのは、きちんと教わって、きちんと理解してくれないと 教える側にも教わる側にも
死の危険が迫る
という点。
新規入会者を岩場に連れて行き、初歩のロープワークを簡単マルチで教える。それ自体は、まっとうなアルパイン入門で、まったく何も間違っていない。ところが、この後が続かない。これまでに、私が見かけた失敗事例。
≪失敗例≫
・トップロープで登るゲレンデが、岩登りのすべてだと思ってしまっている
・登れればザイルは要らないと思っている
・先輩は落ちないから、ビレイは持っているだけでいい
・スポーツクライミングがクライミングのすべてだと思ってしまっている
・岩は手で登るものだ
・スタンディングアックスビレー中に手離し
・ボルトに掛けたヌンチャクをひっぱりながら登ってリードする
・登ってから、ロープを投げる
・ビレイで制動手を離す
・リードのビレイでクライマーを引っ張り落とす
・トップロープのビレイでクライマーを引っ張り上げる
・セルフを取る前に落ちる
・1ピン目で落ちる
・先輩と行くのだから、地図はもっていかない
・フリーで登るから、アックステンションは知らなくてもいい
■ 『「教える技術」の鍛え方』 樋口裕一
何が悪かったのか? という視点で、この本を読んだ。もう1点に尽きると思う。
教わる人が教える人を舐めている
これは 先生の性別によらない。なぜなら上記の失敗事例は男性の先輩たちが作った失敗事例だからだ。そこで、
一体どういう教え方をしたらよいのか?
ということを調べた。以下は、上記の本からの抜粋と要約。
1)教える側の心構え
・過大な期待をしない
・なめられてはいけない
・モチベーションを持たせる
・相手のタイプに合わせる
・ポイントを絞る
・自分の好き嫌いを持ちこまない
・予習復習は期待しない
・自分のミスは素直に認める
・実績をきちんと自慢する
2) 舐められてはいけない
・レベルの違いを見せつける
・面倒見の良さで信頼を得る
・教えることが自分も初心者である場合は、そう口に出すほうが良い
・はじめのうちにしっかり叱る
叱るとは、相手の態度に満足していないこと
一層の向上を期待していること
3)3回目の原則
・2度目まで大目に見て
「そのうちちゃんとやってくれるだろうと思って大目に見ていたが、ちょっとひど過ぎる」
と叱る。
■ モチベーションを持続させるには?
伸びを意識させる
・発表の場を持つ
・学ぶ前の記録を残しておく
・具体的な点を褒める
■ 叱り方
「これくらいなら、君にはできるはずだ」
「慌てないで良く考えれば、分からないはずがない」
・一つの結果について叱る。
・努力不足、考えの甘さを叱る。
・大人には、逃げ道を用意する。 「忙しくて勉強する時間が取れないのは分かるが・・・」
・自分で考えるように突き放す。 「もう出来るはずだから、一人でやってごらん」
・壁になる。 「俺を乗り越えたら一人前だ」
■ 理屈人間&実践人間
・実践人間には、体系立って教える必要はない
・理屈人間は全体像を与えないと前進できない
■ 面白さを作り出すコツ
・〇〇すると得になる
・〇まるしないと損になる
・裏ワザであると言う
・思い出を離す
・目からウロコ、と思わせる
・個人的体験を語る
・誇張する
・質問して、参加型にする
・モテると言う
■分かりやすさのコツ
・絞る
・単純化
・教える順序を工夫
・具体と抽象
・大きな図を与えてから詳細へ
・グループ分け
・二項対立
・初心者には専門用語を避ける
・なぜか?を説明
・質問する
・たとえ話
■相手のモチベーションを上げるコツ
・自分で発見するよう導く
・実践させる
・手本を見せる
・短期目標を与える
・ゲーム感覚で繰り返す
・その場で暗記させる
・小テスト
・宿題
■ 振り返り
例えば、私の場合だが、クライミングシステムの理解は、きちんと文登研の確保理論を読んでからしか、納得感が出ず、実践していても、原則を理解していなかったので、これで良いのか、不安で確信が持てず、不安なまま岩に行きつづけることが嫌でした。自分のミスで相手を死なせたらと思うからです。
一気に理解が進んだ経験は、ほぼ初めての岩のぼりで、リードしたことです。ザイルを伸ばすってこういう意味か~、と分かりました。それ以来、リード練習しか興味がなくなりました。
一般に、何をできるようにならなければならないのか?ハッキリ言われたほうが、分かりやすかった。
≪良かった事例≫
1) 座右の銘: 「何はなくともセルフビレイ」 (ポイントを絞った例)
2) 「リードのビレイが確実にできるようになってくれないと、岩場に連れて行けない」と言う
3) 迷うようならザイルを出せ (ポイントを絞った例)
4) 敗退ができないとルートには行けない
5) 「Ⅴ級マスター」 (目標を与える)
6) 懸垂下降は失敗が許されない (ポイントを絞った例)
7) ビレイヤーのセルフビレイは、パーティの最後の砦
岩場では、結局は、口頭で教えることになるので、ポイントを絞ったこと、1点か2点しか身につかない。したがって、何を学んでもらうのか
ポイントを絞り切れるか?が最重要
だ。
■ 分かったこと
舐められないこととセットで大事なことは、
過大な期待をしない
ことだ。これまでの経験を踏まえると、一般的に、ほとんどの人が
経験の量に即した理解を持っていない
つまり、経験を聞くと、もっと理解があって当然のように感じる。つまり、
経験の量で相手の理解度を推し量るだけでなく
具体的に何ができて、何ができないか聞く
必要があります。 実際、聞いたら、全然分かっていないことが多い。
私は師匠がいるので、気楽に質問でき、その点で助かっているのかもしれません。男性は一般に、人に聞く、ということを嫌がる傾向があるように思う。
■ するべき質問
以前、会の人で、三つ峠マルチに行きたいと言ってきた人がいたので、私もちょうど初心者で練習相手が欲しいし、連れて行けるかもしれないと、その人が何が分かっていて、何が分かっていないのか?聞いたことがある。
「今の課題を教えてください」
これは良い質問だったと思う。
・自分でセットしての流動分散
・自分でセットして、トップで降りての懸垂下降
・懸垂での途中停止(バックアップつきの懸垂下降)
・ビレイヤーの自己脱出
・宙吊りからの登り返し
・自分でセットしての流動分散
・自分でセットして、トップで降りての懸垂下降
・懸垂での途中停止(バックアップつきの懸垂下降)
・ビレイヤーの自己脱出
・宙吊りからの登り返し
ができないそうだった。またダブルロープも持っていなかった。これでは外岩に行く段階ではない。
■ 分かっていない事が分かるには?
教えられる相手の理解度は重要だ。 それを知る方法だが、
■ 分かっていない事が分かるには?
教えられる相手の理解度は重要だ。 それを知る方法だが、
自分が行けると考えているルートを聞く、
という方法がある。聞いてみて、例えば
・超人的体力が必要
・山行に連続性がない
・その山行に必要な技術要素をブレークダウンした時、必要な技術が身に付く前座の山行がない
・超人的体力が必要
・山行に連続性がない
・その山行に必要な技術要素をブレークダウンした時、必要な技術が身に付く前座の山行がない
一言で言うと、”いきなりすごいルート”という特徴があると、おそらく分かっていないことが分かる。また、失敗事例を送ることも有効だ。
間違ったビレイの写真を見せて、その写真の何がいけないかを指摘させる
これで、相手の理解度を計ることができるし、命の危険はもちろんなく、しかも相手も理解が深まり、敬意を深まる。
■ 実戦で確認する方法
連れて行く場合、相手は最低ビレイはできてくれないと、セカンドでさえなく、困る。聞くべきは、
「リードのビレイが確実にできるか?」
「リードのビレイで墜落を止めた経験があるか?」
も入るかもしれない。ちなみに、先輩たちがどうやってこの最低ラインを確認しているかと言うと、いきなり、岩場に行って、墜ちても死なないような高さで、さりげなく墜ちて見せるのである。
私はこのやり方は確実ではあるが、教える側のリスクが大きすぎだと思う。少なくとも、私は制動手が上になっている人のビレイでは、1mくらいしか地面までないとしても、墜ちたくない。
このように、ほとんど命がけで後輩を育てている先輩らが、舐められている、というのは、世の中、何かがおかしくないだろうか???
≪関連記事≫
自分で自分のロープを解いて死の危険に近づいた事例
自分で自分のロープを解いて死の危険に近づいた事例
Tuesday, May 19, 2015
総括の考察
■ 一区切り
いわゆる”本格的”というカッコが付く登山については、ひと通り、必要な大局的視野を得ることができた。
これまでホントに良く死なないでいれたものだ・・・ 危険な人をたくさん見た。つき合わされそうなときもあった。
今は登山にはウンザリ中でもあるし、別のことに取り組みたい、と思っている。
しかし、まとめは必要だ。 良い総括の枠組みが思いつかないので、ブログを辞めるに辞めれないでいる。
終わりはきれいに総括したい。
それで、おおよその骨組み案。粗削りなもの。
1)リスクを認知して備える 計画立案
2)登る資格
3)ナビゲーションスキル 読図
4)敗退するスキル 懸垂下降 ギア、ロープワークと支点
5)相手を守るスキル ビレイ スポーツクライミング 確保理論の紹介 べからず集
6)自分を守るスキル クライミング フリークライミング ムーブの習得
7)レスキュー 救急救命、ビーコン
■ 遭難事例からスタート
初心者の一般登山者の頃、最初に調べたのは遭難の記録だった。
だから、雪山をスタートしようとGWの八ヶ岳から始めたが八ヶ岳に初めて行った時には、その時点で、すでに遭難する可能性がある、危険個所をすでに知っていた。つまり核心を知っていたということだ。その備え方も知っていた。
登山は何からスタートするか?と言うと、計画からスタートする。計画はリスクを中心に組み立てる。そのことが分かっていないリスクが分かっていない人は計画の良さが理解できない。
またスタートである計画立案が他人任せな人は、最初から、登山者としての資質がない。
すべては危険の認知からスタートすべきだと思う。登山は危険に自ら近づいて行く活動だからだ。
危険は具体的に何がどう危険なのかを分かっていることがもっとも大切なことだ。そうしなければ避けることができないからだ。
涸沢岳西尾根で遭難死した知人は、去年もそこで遭難があったことを知っていたのだろうか?鬼門と言われていることを知っていたのだろうか?
■ スタートはリスクの認知
あるルートに行きたい、と考えた場合、リスクをきちんと算段することが大事だ。今の時代の登山者に欠けている思考はこれだ。
リスクは色々あるが、一般的には
・天候
・季節 → 日の長さ
・滑落危険個所 → 登山道そのものの難易度
・ルートのサイズ → 体力的な難易度や時間の管理
・人の有無 → 人里離れていれば、それだけリスクが高い。
・動物の有無 → 熊が出る場合、虫が出る場合など
・本人の性格
が代表的なリスクだ。
リスクは、”あるなし”だけでなく、具体的な想定が大事だ。
例えば、後立の不帰の険は、リスクがあると言っても一瞬だ。一方、八つ峰キレットのほうは、同じようなリスクがある場所が延々と続くうえ、縦走路の後半に位置していて疲れも出ている状況だ。難易度というのはそういう意味でも全く違う。無頓着な登山者ならば、キレット小屋で十分休息を取る、ということを怠るだろうし、調べない登山者であれば、まったく初めての登山で来たりするだろう。
一方、一般道だし、小屋が近接しているので単独行のリスクは低い。登山届さえ出しておけば、ねん挫しても誰かがすぐ探しに来るだろうし、誰かが必ず通る。そんなところにつるんで行かねばならないほうが注意力散漫になりリスクが高くなる。
縦走の計画ならば、小屋泊かテント泊か?どちらから入るか?という判断が山の性質を決める。甲武信&金峰の奥秩父の縦走は、甲武信からスタートするのと、金峰山からスタートするのでは、ストーリーの成り立ちが違う。したがって難易度も違う。荷を軽くするか、しないかも作戦次第だし、ロングな縦走なら日が長い時期を選ぶという工夫も必要だ。
テント泊の計画であれば、肝はテント地の想定だ。水を担ぐのか担がないかも論点になる。定着か?ヤドカリ式か?それによって難易度は大きく違う。同じ行程であれば、ワンビバークかツービバークかは、大きな違いで、ツービバークを避けたために起った遭難もある。
時間と疲れの管理は重要で、ほとんどの滑落事故は、登りではなく下山中に起る。基本的にはLight&Fastで行くか、Long&Heavyで行くかという二つの方向性から成る。
もちろんだが、そもそも、山行の性質把握が必要だ。
偵察山行 (何につけてもほとんどの一回目はこれだ)
ご褒美山行
チャレンジ山行
ご褒美山行したいのに、体力的な無理な計画を立てるのは矛盾する。ご褒美山行とチャレンジ山行はミックスできない。
例えば、厳冬期の八ヶ岳で一升瓶を担いで宴会のご褒美山行をしようと言うのは、最初から計画自体がおかしい。二日酔いでチャレンジ山行はしない。厳冬期に山に向かう時点で気を引き締めて行くべきだ。変な人に付き合っても自分が凍傷になってしまう。下手したら救助する羽目になり、それ以上に遭難死させられてしまうかもしれない。
一方、親睦の山の時に、チャレンジ山行のつもりで来られても、「もっとリラックスしなよ」という話になる。必要もない装備をもってきたり、必要なものを省いてきたりすることからも見える。
どっちに転んでも、山を分かっていない、理解不足ということは言える。
これらのことは、一般登山者の時にマスターしてしかるべきで、そのためには一般登山では、自分で計画を立案して出かけるという経験をきちんと積んできていることが大事だ。
≪一般登山者の時代にマスターしておくべきこと≫
・山時間のマスター 早出早着
・季節によるリスク 春:日焼け 夏:熱中症 秋:蜂、日の短さ 冬:凍傷
・自分の体力の見極め
・集中力の見極め 下山に事故が多いこと
・地形図を持つこと
・山の概念図の把握
・空のコンディションの見方 嵩雲、積乱雲、雷、悪天候の予兆を把握するくらいは
・雪のコンディションの見方 雨後の雪、降雪直後の雪、締り雪など観察力
■ 登る資格
上記のような、リスクを認知して、そのリスクを避けるためにどうしたらよいか?という思考をたどらない人は、登山者としての資格が欠ける。怠慢だ。
資質にはリスクに関する認識力以外に、
体力
体重
読図力
観察力
忍耐力
などがある。体力はそもそもコースタイムで歩けないことには、計画ができないこともある。それでも、控えめな登山計画で成り立つ山もある。73歳の男性が前穂北尾根の5、6のコルまで出かけた記録を読んだことがある。体力の不足そのものが、山に行く資格がないとは言えないのだ。資格がないのは、無理な計画を立てる人だ。
体重はそれだけ山で重い荷物を自分に課していることになる、という認識が必要だ。過剰な体重はクライミング要素がある山では、相手に対してリスク要因になる。軽い人より、重い人がぶら下がった方がロープが切れやすくて当然だ。レスキューも大変だろう。
読図力も、かなりの範囲で独学できる力だ。やらないでいる人は怠慢だ。
空や雪、植生の変化、鉈目の見方、踏み跡の見方、花、石、勾配の変化、山では観察力から多くの情報を得ることができる。観察力がないことで不必要なリスクに陥ることも多い。山慣れた人なら気が付く、風の変化に気が付かず悪天候につかまったりだ。動物の足跡は誰が通ったかだけでなく、いつ通ったかも分かれば、どのくらいの大きさなのかもわかる。
そういうものを理解することに喜びを感じる人の方が、そうでない人よりも、登山者としての資質があるのは当然だろう。
こういうことの無理解を”山を分かっていない”と全体的に総称しているようだ。
憧れは登山を充実させる大事な要素だが、それだけで内実が伴わない人が多い。
体力があっても、リスクに対する理解がないとちゃんとした登山者にはなれない。
■ ナビゲーション
ナビゲーションは当然ながら、進路を発見する力。 ルート維持はルートをそれない力。
基本は尾根と沢を使うので、地形図を見て、尾根と沢を理解することは基本中の基本。
ナビゲーションまでは一般登山で培える力だ。
ただ登山道をたどるだけでも、地形図を持って歩き、現在地確認する習慣があればできることだ。
ギア
・地形図
・エアリア
・コンパス
・高度計
■ 敗退するスキル
これは、懸垂下降のこと。そのためには、最低限
ギア
・カラビナ
・ロープ
・下降器
技術
・結び
・支点構築 良い支点の見分け方
についての知識が必要だ。懸垂支点は失敗が許されない支点だ。
ちなみに懸垂下降は最後の手段と言われている。歩いて降りれる場所があれば歩いて降りる方が良い。ただ敗退のためのスキルは持たなくてはいけない。
必要があるかもしれないときは、ジャンピングの装備も一揃い必要。
■ 相手を守るスキル
ビレイするスキル。クライミングは先天的な才能の有無が関係するが、ビレイは後天的に誰でも習得できるスキルだ。
スポーツクライミングで習得する。このときに確保理論を学ぶべきだ。基本的なべからずを知っているべきだ。
スポーツクライミング
ギア
・確保器
・シングルロープ
・ハーネス
・クライミングシューズ
技術
・確保
知識
・確保理論 墜落係数
・ランナウト
■ 自分を守るスキル
登攀力は自分を守るものであって、それだけで登山が成り立つものではない。体力と同じであって損がないだけ。
ないとリスクに陥る、つまり不可欠な力である、計画立案力や山の観察力、読図力と違い、アウトソーシング可能。
フリークライミング
・ムーブの習得
■ レスキュー
レスキューは遭難にあってしまってからのことであり、遭難に遭わないスキルより、当然だが優先順位が低くあるべきだ。
避ける努力をしてもなお、避けることができなかった場合の遭難対策、救急救命であり、ビーコン探索だ。
日赤で救急救命講習を受ける
レスキュー講習を受ける
雪崩講習を受ける
こういうものは数年に一回。
≪関連記事≫
観光客を登山者に育てる仕事・・・最初のツアーで非常識登山者を育てない
いわゆる”本格的”というカッコが付く登山については、ひと通り、必要な大局的視野を得ることができた。
これまでホントに良く死なないでいれたものだ・・・ 危険な人をたくさん見た。つき合わされそうなときもあった。
今は登山にはウンザリ中でもあるし、別のことに取り組みたい、と思っている。
しかし、まとめは必要だ。 良い総括の枠組みが思いつかないので、ブログを辞めるに辞めれないでいる。
終わりはきれいに総括したい。
それで、おおよその骨組み案。粗削りなもの。
1)リスクを認知して備える 計画立案
2)登る資格
3)ナビゲーションスキル 読図
4)敗退するスキル 懸垂下降 ギア、ロープワークと支点
5)相手を守るスキル ビレイ スポーツクライミング 確保理論の紹介 べからず集
6)自分を守るスキル クライミング フリークライミング ムーブの習得
7)レスキュー 救急救命、ビーコン
■ 遭難事例からスタート
初心者の一般登山者の頃、最初に調べたのは遭難の記録だった。
だから、雪山をスタートしようとGWの八ヶ岳から始めたが八ヶ岳に初めて行った時には、その時点で、すでに遭難する可能性がある、危険個所をすでに知っていた。つまり核心を知っていたということだ。その備え方も知っていた。
登山は何からスタートするか?と言うと、計画からスタートする。計画はリスクを中心に組み立てる。そのことが分かっていないリスクが分かっていない人は計画の良さが理解できない。
またスタートである計画立案が他人任せな人は、最初から、登山者としての資質がない。
すべては危険の認知からスタートすべきだと思う。登山は危険に自ら近づいて行く活動だからだ。
危険は具体的に何がどう危険なのかを分かっていることがもっとも大切なことだ。そうしなければ避けることができないからだ。
涸沢岳西尾根で遭難死した知人は、去年もそこで遭難があったことを知っていたのだろうか?鬼門と言われていることを知っていたのだろうか?
■ スタートはリスクの認知
あるルートに行きたい、と考えた場合、リスクをきちんと算段することが大事だ。今の時代の登山者に欠けている思考はこれだ。
リスクは色々あるが、一般的には
・天候
・季節 → 日の長さ
・滑落危険個所 → 登山道そのものの難易度
・ルートのサイズ → 体力的な難易度や時間の管理
・人の有無 → 人里離れていれば、それだけリスクが高い。
・動物の有無 → 熊が出る場合、虫が出る場合など
・本人の性格
が代表的なリスクだ。
リスクは、”あるなし”だけでなく、具体的な想定が大事だ。
例えば、後立の不帰の険は、リスクがあると言っても一瞬だ。一方、八つ峰キレットのほうは、同じようなリスクがある場所が延々と続くうえ、縦走路の後半に位置していて疲れも出ている状況だ。難易度というのはそういう意味でも全く違う。無頓着な登山者ならば、キレット小屋で十分休息を取る、ということを怠るだろうし、調べない登山者であれば、まったく初めての登山で来たりするだろう。
一方、一般道だし、小屋が近接しているので単独行のリスクは低い。登山届さえ出しておけば、ねん挫しても誰かがすぐ探しに来るだろうし、誰かが必ず通る。そんなところにつるんで行かねばならないほうが注意力散漫になりリスクが高くなる。
縦走の計画ならば、小屋泊かテント泊か?どちらから入るか?という判断が山の性質を決める。甲武信&金峰の奥秩父の縦走は、甲武信からスタートするのと、金峰山からスタートするのでは、ストーリーの成り立ちが違う。したがって難易度も違う。荷を軽くするか、しないかも作戦次第だし、ロングな縦走なら日が長い時期を選ぶという工夫も必要だ。
テント泊の計画であれば、肝はテント地の想定だ。水を担ぐのか担がないかも論点になる。定着か?ヤドカリ式か?それによって難易度は大きく違う。同じ行程であれば、ワンビバークかツービバークかは、大きな違いで、ツービバークを避けたために起った遭難もある。
時間と疲れの管理は重要で、ほとんどの滑落事故は、登りではなく下山中に起る。基本的にはLight&Fastで行くか、Long&Heavyで行くかという二つの方向性から成る。
もちろんだが、そもそも、山行の性質把握が必要だ。
偵察山行 (何につけてもほとんどの一回目はこれだ)
ご褒美山行
チャレンジ山行
ご褒美山行したいのに、体力的な無理な計画を立てるのは矛盾する。ご褒美山行とチャレンジ山行はミックスできない。
例えば、厳冬期の八ヶ岳で一升瓶を担いで宴会のご褒美山行をしようと言うのは、最初から計画自体がおかしい。二日酔いでチャレンジ山行はしない。厳冬期に山に向かう時点で気を引き締めて行くべきだ。変な人に付き合っても自分が凍傷になってしまう。下手したら救助する羽目になり、それ以上に遭難死させられてしまうかもしれない。
一方、親睦の山の時に、チャレンジ山行のつもりで来られても、「もっとリラックスしなよ」という話になる。必要もない装備をもってきたり、必要なものを省いてきたりすることからも見える。
どっちに転んでも、山を分かっていない、理解不足ということは言える。
これらのことは、一般登山者の時にマスターしてしかるべきで、そのためには一般登山では、自分で計画を立案して出かけるという経験をきちんと積んできていることが大事だ。
≪一般登山者の時代にマスターしておくべきこと≫
・山時間のマスター 早出早着
・季節によるリスク 春:日焼け 夏:熱中症 秋:蜂、日の短さ 冬:凍傷
・自分の体力の見極め
・集中力の見極め 下山に事故が多いこと
・地形図を持つこと
・山の概念図の把握
・空のコンディションの見方 嵩雲、積乱雲、雷、悪天候の予兆を把握するくらいは
・雪のコンディションの見方 雨後の雪、降雪直後の雪、締り雪など観察力
■ 登る資格
上記のような、リスクを認知して、そのリスクを避けるためにどうしたらよいか?という思考をたどらない人は、登山者としての資格が欠ける。怠慢だ。
資質にはリスクに関する認識力以外に、
体力
体重
読図力
観察力
忍耐力
などがある。体力はそもそもコースタイムで歩けないことには、計画ができないこともある。それでも、控えめな登山計画で成り立つ山もある。73歳の男性が前穂北尾根の5、6のコルまで出かけた記録を読んだことがある。体力の不足そのものが、山に行く資格がないとは言えないのだ。資格がないのは、無理な計画を立てる人だ。
体重はそれだけ山で重い荷物を自分に課していることになる、という認識が必要だ。過剰な体重はクライミング要素がある山では、相手に対してリスク要因になる。軽い人より、重い人がぶら下がった方がロープが切れやすくて当然だ。レスキューも大変だろう。
読図力も、かなりの範囲で独学できる力だ。やらないでいる人は怠慢だ。
空や雪、植生の変化、鉈目の見方、踏み跡の見方、花、石、勾配の変化、山では観察力から多くの情報を得ることができる。観察力がないことで不必要なリスクに陥ることも多い。山慣れた人なら気が付く、風の変化に気が付かず悪天候につかまったりだ。動物の足跡は誰が通ったかだけでなく、いつ通ったかも分かれば、どのくらいの大きさなのかもわかる。
そういうものを理解することに喜びを感じる人の方が、そうでない人よりも、登山者としての資質があるのは当然だろう。
こういうことの無理解を”山を分かっていない”と全体的に総称しているようだ。
憧れは登山を充実させる大事な要素だが、それだけで内実が伴わない人が多い。
体力があっても、リスクに対する理解がないとちゃんとした登山者にはなれない。
■ ナビゲーション
ナビゲーションは当然ながら、進路を発見する力。 ルート維持はルートをそれない力。
基本は尾根と沢を使うので、地形図を見て、尾根と沢を理解することは基本中の基本。
ナビゲーションまでは一般登山で培える力だ。
ただ登山道をたどるだけでも、地形図を持って歩き、現在地確認する習慣があればできることだ。
ギア
・地形図
・エアリア
・コンパス
・高度計
■ 敗退するスキル
これは、懸垂下降のこと。そのためには、最低限
ギア
・カラビナ
・ロープ
・下降器
技術
・結び
・支点構築 良い支点の見分け方
についての知識が必要だ。懸垂支点は失敗が許されない支点だ。
ちなみに懸垂下降は最後の手段と言われている。歩いて降りれる場所があれば歩いて降りる方が良い。ただ敗退のためのスキルは持たなくてはいけない。
必要があるかもしれないときは、ジャンピングの装備も一揃い必要。
■ 相手を守るスキル
ビレイするスキル。クライミングは先天的な才能の有無が関係するが、ビレイは後天的に誰でも習得できるスキルだ。
スポーツクライミングで習得する。このときに確保理論を学ぶべきだ。基本的なべからずを知っているべきだ。
スポーツクライミング
ギア
・確保器
・シングルロープ
・ハーネス
・クライミングシューズ
技術
・確保
知識
・確保理論 墜落係数
・ランナウト
■ 自分を守るスキル
登攀力は自分を守るものであって、それだけで登山が成り立つものではない。体力と同じであって損がないだけ。
ないとリスクに陥る、つまり不可欠な力である、計画立案力や山の観察力、読図力と違い、アウトソーシング可能。
フリークライミング
・ムーブの習得
■ レスキュー
レスキューは遭難にあってしまってからのことであり、遭難に遭わないスキルより、当然だが優先順位が低くあるべきだ。
避ける努力をしてもなお、避けることができなかった場合の遭難対策、救急救命であり、ビーコン探索だ。
日赤で救急救命講習を受ける
レスキュー講習を受ける
雪崩講習を受ける
こういうものは数年に一回。
≪関連記事≫
観光客を登山者に育てる仕事・・・最初のツアーで非常識登山者を育てない
Thursday, May 7, 2015
どこに行くべきか?ルートの選び方の考察
■ どこに行くべきか?
新人の時期、どこに行くべきか?どこなら行っていいのか?というのは、ちょっとした難題だ。
気持ちだけいっぱしの、アルパイン1年生にとって、難しい。心はアルパインクライマーでも、実力はまだ、一般登山者と同じ程度だからだ。
分かるとできるは違う。
とはいえ、せっかく山岳会に入ったのに、行くところが個人で行っていたときと同じ所ばかりでは悲しくなるのも、理解できる。 …が、だからと言って
・しっかり技術が身についているわけでも
・超人的体力があるわけでも
・山を見る目が一般登山者よりも肥えているわけでもない
のは事実であろう。ならば、それを踏まえた安全マージンのある、ルート選びが重要だ。
■ 実感ベースで次の目標を
昔は新人と言えば、10代20代の若者が主流だ。そのような人たちは、通常の体力といざピンチになった時に発揮できる非常時の体力の差が大きい。
大きなルートに突然行っても、単純に痛い目を見るだけで帰ってこれたのだろうと思う。そして、それが経験になり、より賢い登山者になった。
しかし、現代の新人は、30代ならまだ良い方だ。体力が過去の新人とは違う。したがって、一度のピンチが即遭難につながってしまう。
例えば北岳バットレス四尾根は、同じアルパイン1年生スキルでも大学生の男子二人でヘロヘロになりながら、チャレンジするには良いのかもしれない。彼らは将来のアルピニスト候補生たちだ。
しかし、同じことを趣味で始めた大人がやるべきか?
違うだろう。
もっとじわじわと細かく、前の段階を踏んで、下積みと実績を積み上げ、ステップアップして行くべきだ。急ぐわけでもなし。昔の人の育ち方と同じに考える必要はどこにもないということだ。
≪ルート選択上の注意点≫
・山の総合力は昔の方が上
・したがって見積もりは、自分自身の体験による実感をベースにしないといけない
・体力は余裕を持って見積もれ
・必要な時間は余裕を持って見積もれ
例えば、私が前穂北尾根を考えていたときは、後立のテント泊縦走の体験を根拠となる体験にした。
■ 縁のあるルート選び
レストランのメニューを選ぶようにルートを選ぶのは、ガイドツアーのパンフレットの影響かもしれないし、ルートガイド集の影響かもしれない。
ルートコレクションに陥らないためには、どうしたらよいのだろうか?
それは、やはりアンテナを広げて、心に残ったルート、憧れを温める、と言うことだろう。
全く見も知らない山域ではなく、行けるのでは?という感触があるルート、知人などが行っていて、身近に感じられたり、参考意見が得られるなど、勘のあるルート、縁があるルートだ。
それは必然的に同じ山に頻繁に通うと出来てくるはずだ。縁もゆかりもないルートでは、行ったことがある先輩もいなかったりして、てんで想像もつかず、アドバイスも出来ないので、空を掴むような話になりかねない。
縁のあるルートなら、一般道は、すでに歩き尽くしているハズで、主稜線がどこか、沢が何と言うのか?安全圏の小屋はどこにあるのか?などの山域の概要が分かっているもの。
つまり、安全面で安心だ。地図を持っていなくても、全体像を把握しているだろう。
そういうホームグランドから、じわじわにじりあがるのが、おそらく大事だ。
例によって、逆に言うと、一般登山者時代に、ちゃんとルートを見て、地図を持って歩く登山者でないと、さらなる高みを目指す下地ができ上がっていないと言うことになります。
≪一般登山者時代にやっておくこと≫
・山域の概要の把握
・安全圏の把握
・体力的な感触を得る
・天気の傾向を知る
・季節的特徴を知る
■ 初級者-のひとつ下のルート
私が思うには、例えば
・鹿島槍鎌尾根
・真砂岳真砂尾根
は、いわゆる初級の有名ルートの一つ前段階のルートだ。それぞれ、日本のアルパインの原点である、鹿島槍や剣の紹介となるルートで、よく考えてもらっていると思った。それぞれ鹿島槍、剣の憧れを温めることができる渋いルートだ。
無雪期には、前穂北尾根に行き、それで、
・北穂東稜
・明神東稜
・奥白叉池~前穂
などのルートを知ることになり、魅力を感じた。どれも前穂北尾根で実感した体験をベースに、今の力で行けるのではないか?と感じられた場所であり、個人的な登山史において、飛躍がない。その飛躍がないと言うことは重要なことだと思う。
新人さんの計画を聞いていると
・長大で超人的体力が必要
・転滑落の危険が大きく遭難多発の山
・夏道や残置がなく、未知の要素が強すぎる山
・安全圏から遠く、保険がない山
・有名で山を知らない人でも知っているような山
を選びがちだ。しかも、自分自身がその山域の特徴すら良く知らなかったりもする。
鹿島槍は、山好きなら誰でも知っているような山で、当然、東尾根や天狗尾根、北壁など私も耳にしたことがあったが、鎌尾根なんて聞いたこともなく、後で研究して知った。先輩はさすがだなと思った。となりにダイレクト尾根があるが、鎌尾根を経験していると、ダイレクト尾根が見えてくると思う。
つまり、段階を踏むとはそのようなことだ、ということだ。だから一つの尾根を終わっただけで、別の山に行きたくなるのは、まるで百名山行脚の精神を思わせられる。
■ 初級者-のルート
上記の注意点を踏まえた上で、ネット上に、このような指南を見つけた。原文より抜粋。
念のために付け加えるが用意もせず、近所の一般登山のノリで行かないこと。これらは目指すべきルートを発見する一助とするためのもの。そこから憧れを温め、研鑽を経て、赴くべし。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
無雪期の北鎌尾根は、難易度としては、
・天候が良く
・ある程度の体力さえあれば
・付け焼き刃の知識
・おぼつかない技術
・足りない経験
でも、なんとか歩けてしまうだろう。次に目指すべき岩稜を提示しておきたい。
こんなところを経験したら、もう少し登攀要素の強い岩場へステップアップしたら良いだろう。
≪初心者向け-ルートの要件≫
・ピークへと続く明瞭なリッジ
・長すぎないアプローチ
・比較的容易なクライミング技術
・ルートファインディングが難しすぎないこと
剱岳エリア
・源次郎尾根
・八ツ峰主稜
穂高岳エリア
・北穂高岳東稜
・前穂高岳北尾根
・奥穂高岳南稜
・明神岳主稜
南アルプスエリア
・鋸岳縦走
八ヶ岳エリア
・赤岳東稜
・赤岳天狗尾根
・阿弥陀岳南稜
谷川岳エリア
・東尾根
南東北エリア
・那須朝日岳東南稜
ーーーーーーーーーーーーーhttp://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n212642 より引用
■ 初級者+のルート
ーーーーーーーーーーーーー原文から抜粋ーーーーーーーーーー
岩稜歩きにあきたらず、無雪期にもう少し難度の高いクライミングをしたい人にオススメのルートをあげておく。ここにあげたルートは、初級から中級へのステップになるものだ。だから、見よう見まねで登ることも可能だろう。しかし、本来なら経験者に教えを請いながら、技術と経験を習得した方が良いのはもちろんである。これよりレベルの高いところは、決して見よう見まねで踏み込むべきではない。
≪初心者向け+ルートの要件≫
・フェースが少なく、リッジが多い
・1本しかないライン
・主峰に突き上げる主稜線
・他ルートの偵察に都合が良い
・ルンゼは限定された範囲内でルートを見出す=リッジと似ている
・ルンゼの場合、ピークに突き上げる本谷あるいは準本谷
剱岳エリア
・本峰南壁(平蔵谷側)
・本峰北壁(長次郎谷側)
・チンネ左稜線
槍ヶ岳・穂高岳エリア
・槍ヶ岳西稜
・北穂高岳滝谷クラック尾根
・北穂高岳滝谷第二尾根
・北穂高岳滝谷第四尾根
・奥穂高岳北東稜
・ジャンダルム飛騨尾根
・明神岳東稜
南アルプスエリア
・北岳バットレス第四尾根
・尾白川黄蓮谷右俣
八ヶ岳エリア
・赤岳東壁(大門沢奥壁)
谷川岳エリア
・マチガ沢東南稜
・一ノ倉沢二ルンゼ~Aルンゼ
・一ノ倉沢四ルンゼ
・一ノ倉沢烏帽子沢奥壁南稜
・一ノ倉沢衝立岩中央稜
ーーーーーーーーーーーーーーーhttp://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n212644より引用
■ これらのルートを味わい深くするためのルートを探す
上記リストは、たまたまネットに先人がヒントとして残してくれたもの。
つまり、これらをつぶして行くような登り方をするのが目的では、もちろんない。
ルートコレクターに陥らぬよう注意してください。
なぜなら、ルート収集癖は、アルパインの原点とは、程遠く、むしろ高度経済成長期の遺産とでもいうべき態度であり、謙虚に山に向き合うという姿勢からは程遠い。
多くのベテランにとって、ルート経験の豊富さは、山への憧れの結果に過ぎないはずだ。
さて、これらの候補の中から、ピン!とくるルートを見つけたら、どうしたらよいか?
その方策はすでに示されている。
たとえば一つの憧れのルートを見出したら、そこに登るために何をしたらよいのだろうか?と考えるべきだ。難しいことは、要素に分解して、一つ一つ問題点をクリアして行けばよい。
例えば、以前の記事にもあるが、
北岳バットレス四尾根を目指す → 三つ峠6~7回、9ピッチがラクラクできるようになるまで通う
だ。
そして、ひとつ前の段階のルートに一緒に行く人と共通の認識を得るために行くべきだ。
例:
目標ルート 前座ルート1 さらに前座ルート0.1 その前座0.01
阿弥陀南陵 阿弥陀中央稜 御小屋尾根 編笠山・赤岳
ダイレクト尾根 東尾根 鎌尾根 鹿島槍~爺縦走
天狗尾根 ツルネ東稜 川俣尾根 権現岳・赤岳
そのような手続きをめんどくさいと思うなら、実はあまり山が好きではないのかもしれない。
おそらく昔の山岳会は、すべての会員が好むと好まざるとにかかわらず、前座0.1あたりから共通の体験を詰めたのだろう。なぜそこに登るのか意味は分からなくても、一体感だとか、色々な良く分からない説明で丸め込まれて、結果としては、良い流れが会として作れたのかもしれない。
今は、名も知らぬ山には一緒に行ってくれない新人も多い。
そうなると色々不味いのだが、その辺の説明能力や余力はないかもしれない。
勢いステップアップがなく、いきなり互いの実力や欠点を知らないままに本番の山に突入しないといけなくなる。
それでは、セルフレスキューの点で不安を搔きたてられるものだ。安全な登山をするには時間がかかる。
でも、そうした道中も楽しむ工夫をすれば良いのだから、時間がかかっても良いではないか。
山を歩くときと同じで、歩幅が大きいとしんどいのだ。
≪関連記事≫
独り立ちしたくなったら
登山力分解
本チャンへの道
新人の時期、どこに行くべきか?どこなら行っていいのか?というのは、ちょっとした難題だ。
気持ちだけいっぱしの、アルパイン1年生にとって、難しい。心はアルパインクライマーでも、実力はまだ、一般登山者と同じ程度だからだ。
分かるとできるは違う。
とはいえ、せっかく山岳会に入ったのに、行くところが個人で行っていたときと同じ所ばかりでは悲しくなるのも、理解できる。 …が、だからと言って
・しっかり技術が身についているわけでも
・超人的体力があるわけでも
・山を見る目が一般登山者よりも肥えているわけでもない
のは事実であろう。ならば、それを踏まえた安全マージンのある、ルート選びが重要だ。
■ 実感ベースで次の目標を
昔は新人と言えば、10代20代の若者が主流だ。そのような人たちは、通常の体力といざピンチになった時に発揮できる非常時の体力の差が大きい。
大きなルートに突然行っても、単純に痛い目を見るだけで帰ってこれたのだろうと思う。そして、それが経験になり、より賢い登山者になった。
しかし、現代の新人は、30代ならまだ良い方だ。体力が過去の新人とは違う。したがって、一度のピンチが即遭難につながってしまう。
例えば北岳バットレス四尾根は、同じアルパイン1年生スキルでも大学生の男子二人でヘロヘロになりながら、チャレンジするには良いのかもしれない。彼らは将来のアルピニスト候補生たちだ。
しかし、同じことを趣味で始めた大人がやるべきか?
違うだろう。
もっとじわじわと細かく、前の段階を踏んで、下積みと実績を積み上げ、ステップアップして行くべきだ。急ぐわけでもなし。昔の人の育ち方と同じに考える必要はどこにもないということだ。
≪ルート選択上の注意点≫
・山の総合力は昔の方が上
・したがって見積もりは、自分自身の体験による実感をベースにしないといけない
・体力は余裕を持って見積もれ
・必要な時間は余裕を持って見積もれ
例えば、私が前穂北尾根を考えていたときは、後立のテント泊縦走の体験を根拠となる体験にした。
■ 縁のあるルート選び
レストランのメニューを選ぶようにルートを選ぶのは、ガイドツアーのパンフレットの影響かもしれないし、ルートガイド集の影響かもしれない。
ルートコレクションに陥らないためには、どうしたらよいのだろうか?
それは、やはりアンテナを広げて、心に残ったルート、憧れを温める、と言うことだろう。
全く見も知らない山域ではなく、行けるのでは?という感触があるルート、知人などが行っていて、身近に感じられたり、参考意見が得られるなど、勘のあるルート、縁があるルートだ。
それは必然的に同じ山に頻繁に通うと出来てくるはずだ。縁もゆかりもないルートでは、行ったことがある先輩もいなかったりして、てんで想像もつかず、アドバイスも出来ないので、空を掴むような話になりかねない。
縁のあるルートなら、一般道は、すでに歩き尽くしているハズで、主稜線がどこか、沢が何と言うのか?安全圏の小屋はどこにあるのか?などの山域の概要が分かっているもの。
つまり、安全面で安心だ。地図を持っていなくても、全体像を把握しているだろう。
そういうホームグランドから、じわじわにじりあがるのが、おそらく大事だ。
例によって、逆に言うと、一般登山者時代に、ちゃんとルートを見て、地図を持って歩く登山者でないと、さらなる高みを目指す下地ができ上がっていないと言うことになります。
≪一般登山者時代にやっておくこと≫
・山域の概要の把握
・安全圏の把握
・体力的な感触を得る
・天気の傾向を知る
・季節的特徴を知る
■ 初級者-のひとつ下のルート
私が思うには、例えば
・鹿島槍鎌尾根
・真砂岳真砂尾根
は、いわゆる初級の有名ルートの一つ前段階のルートだ。それぞれ、日本のアルパインの原点である、鹿島槍や剣の紹介となるルートで、よく考えてもらっていると思った。それぞれ鹿島槍、剣の憧れを温めることができる渋いルートだ。
無雪期には、前穂北尾根に行き、それで、
・北穂東稜
・明神東稜
・奥白叉池~前穂
などのルートを知ることになり、魅力を感じた。どれも前穂北尾根で実感した体験をベースに、今の力で行けるのではないか?と感じられた場所であり、個人的な登山史において、飛躍がない。その飛躍がないと言うことは重要なことだと思う。
新人さんの計画を聞いていると
・長大で超人的体力が必要
・転滑落の危険が大きく遭難多発の山
・夏道や残置がなく、未知の要素が強すぎる山
・安全圏から遠く、保険がない山
・有名で山を知らない人でも知っているような山
を選びがちだ。しかも、自分自身がその山域の特徴すら良く知らなかったりもする。
鹿島槍は、山好きなら誰でも知っているような山で、当然、東尾根や天狗尾根、北壁など私も耳にしたことがあったが、鎌尾根なんて聞いたこともなく、後で研究して知った。先輩はさすがだなと思った。となりにダイレクト尾根があるが、鎌尾根を経験していると、ダイレクト尾根が見えてくると思う。
つまり、段階を踏むとはそのようなことだ、ということだ。だから一つの尾根を終わっただけで、別の山に行きたくなるのは、まるで百名山行脚の精神を思わせられる。
■ 初級者-のルート
上記の注意点を踏まえた上で、ネット上に、このような指南を見つけた。原文より抜粋。
念のために付け加えるが用意もせず、近所の一般登山のノリで行かないこと。これらは目指すべきルートを発見する一助とするためのもの。そこから憧れを温め、研鑽を経て、赴くべし。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
無雪期の北鎌尾根は、難易度としては、
・天候が良く
・ある程度の体力さえあれば
・付け焼き刃の知識
・おぼつかない技術
・足りない経験
でも、なんとか歩けてしまうだろう。次に目指すべき岩稜を提示しておきたい。
こんなところを経験したら、もう少し登攀要素の強い岩場へステップアップしたら良いだろう。
≪初心者向け-ルートの要件≫
・ピークへと続く明瞭なリッジ
・長すぎないアプローチ
・比較的容易なクライミング技術
・ルートファインディングが難しすぎないこと
剱岳エリア
・源次郎尾根
・八ツ峰主稜
穂高岳エリア
・北穂高岳東稜
・前穂高岳北尾根
・奥穂高岳南稜
・明神岳主稜
南アルプスエリア
・鋸岳縦走
八ヶ岳エリア
・赤岳東稜
・赤岳天狗尾根
・阿弥陀岳南稜
谷川岳エリア
・東尾根
南東北エリア
・那須朝日岳東南稜
ーーーーーーーーーーーーーhttp://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n212642 より引用
■ 初級者+のルート
ーーーーーーーーーーーーー原文から抜粋ーーーーーーーーーー
岩稜歩きにあきたらず、無雪期にもう少し難度の高いクライミングをしたい人にオススメのルートをあげておく。ここにあげたルートは、初級から中級へのステップになるものだ。だから、見よう見まねで登ることも可能だろう。しかし、本来なら経験者に教えを請いながら、技術と経験を習得した方が良いのはもちろんである。これよりレベルの高いところは、決して見よう見まねで踏み込むべきではない。
≪初心者向け+ルートの要件≫
・フェースが少なく、リッジが多い
・1本しかないライン
・主峰に突き上げる主稜線
・他ルートの偵察に都合が良い
・ルンゼは限定された範囲内でルートを見出す=リッジと似ている
・ルンゼの場合、ピークに突き上げる本谷あるいは準本谷
剱岳エリア
・本峰南壁(平蔵谷側)
・本峰北壁(長次郎谷側)
・チンネ左稜線
槍ヶ岳・穂高岳エリア
・槍ヶ岳西稜
・北穂高岳滝谷クラック尾根
・北穂高岳滝谷第二尾根
・北穂高岳滝谷第四尾根
・奥穂高岳北東稜
・ジャンダルム飛騨尾根
・明神岳東稜
南アルプスエリア
・北岳バットレス第四尾根
・尾白川黄蓮谷右俣
八ヶ岳エリア
・赤岳東壁(大門沢奥壁)
谷川岳エリア
・マチガ沢東南稜
・一ノ倉沢二ルンゼ~Aルンゼ
・一ノ倉沢四ルンゼ
・一ノ倉沢烏帽子沢奥壁南稜
・一ノ倉沢衝立岩中央稜
ーーーーーーーーーーーーーーーhttp://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n212644より引用
■ これらのルートを味わい深くするためのルートを探す
上記リストは、たまたまネットに先人がヒントとして残してくれたもの。
つまり、これらをつぶして行くような登り方をするのが目的では、もちろんない。
ルートコレクターに陥らぬよう注意してください。
なぜなら、ルート収集癖は、アルパインの原点とは、程遠く、むしろ高度経済成長期の遺産とでもいうべき態度であり、謙虚に山に向き合うという姿勢からは程遠い。
多くのベテランにとって、ルート経験の豊富さは、山への憧れの結果に過ぎないはずだ。
さて、これらの候補の中から、ピン!とくるルートを見つけたら、どうしたらよいか?
その方策はすでに示されている。
たとえば一つの憧れのルートを見出したら、そこに登るために何をしたらよいのだろうか?と考えるべきだ。難しいことは、要素に分解して、一つ一つ問題点をクリアして行けばよい。
例えば、以前の記事にもあるが、
北岳バットレス四尾根を目指す → 三つ峠6~7回、9ピッチがラクラクできるようになるまで通う
だ。
そして、ひとつ前の段階のルートに一緒に行く人と共通の認識を得るために行くべきだ。
例:
目標ルート 前座ルート1 さらに前座ルート0.1 その前座0.01
阿弥陀南陵 阿弥陀中央稜 御小屋尾根 編笠山・赤岳
ダイレクト尾根 東尾根 鎌尾根 鹿島槍~爺縦走
天狗尾根 ツルネ東稜 川俣尾根 権現岳・赤岳
そのような手続きをめんどくさいと思うなら、実はあまり山が好きではないのかもしれない。
おそらく昔の山岳会は、すべての会員が好むと好まざるとにかかわらず、前座0.1あたりから共通の体験を詰めたのだろう。なぜそこに登るのか意味は分からなくても、一体感だとか、色々な良く分からない説明で丸め込まれて、結果としては、良い流れが会として作れたのかもしれない。
今は、名も知らぬ山には一緒に行ってくれない新人も多い。
そうなると色々不味いのだが、その辺の説明能力や余力はないかもしれない。
勢いステップアップがなく、いきなり互いの実力や欠点を知らないままに本番の山に突入しないといけなくなる。
それでは、セルフレスキューの点で不安を搔きたてられるものだ。安全な登山をするには時間がかかる。
でも、そうした道中も楽しむ工夫をすれば良いのだから、時間がかかっても良いではないか。
山を歩くときと同じで、歩幅が大きいとしんどいのだ。
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