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Saturday, November 14, 2015

一番弱い人がそのパーティの実力です

■ 一番弱い人がそのパーティの実力

一般にリーダーとなる人の思考は、

(メンバーA) + (メンバーB) + (メンバーC) + (メンバーD) = (パーティの実力)

というものだと思う。

例えば、

・メンバーAは、若くて担げるし歩ける。 メンバーB,C,Dの分を少し担がせよう。
・メンバーBは、突破力があって登れる。核心部はメンバーBにリードさせよう。
・メンバーCは、地図読みができる。よし、先頭はメンバーCに歩かせよう。
・メンバーDは、歩けず担げず、読図もできないが、このメンバーが揃えば、なんとかなるだろう。

と、このように考える。各メンバーのスキルを持ち寄れば、全体として一つの完成した岳人ができる、という発想だ。

つまり、この例だと、メンバーA+B+Cで、一人前。 メンバーDはゴマメ。

パーティの実力は? 

 (一人前) - (メンバーDの実力不足分) = (パーティの実力)

だ。分かりづらいので、暫定的に、数値を与えておくと、100の実力が必要となる山に対して、

 (メンバーA+B+Cの実力の総和)=120 (メンバーDの実力) = 80
 
 120-(100-80) = 100

となるわけだ。 100だからギリギリ行けるだろう、という判断になる。 

■ 一番弱いメンバーがパーティの実力

山の掟は、色々あるが、

 一番弱い人がそのパーティの実力

というものがある。

これは山の必然で、弱い人にはどんなに強い人が無理を強いても、無理は無理。

その無理が限界を超えると、機能停止に陥るので(一度夫はGWの仙丈ヶ岳でそうなった)、結局は無理を強いないことがパーティ全体のメリットに利することになる。

となると、上記の思考は覆されることになる。

実は パーティ全体の実力は、単純にメンバーDの実力 = 80 のほうなのだ。

これは、歩く速度にすると分かりやすい。

メンバーA、B,Cがいくら早く歩いても、メンバーDが到着しなければ、パーティが到着したとはみなされない。

■ 地図読み特例

ところが、なぜか地図読みや、突破力には特例を設けてしまうのが、人の情、だ。

地図読みはメンバーのうち一人が確実なら、あとのメンバーは後ろをついて歩くだけで歩ける。

しかし、この戦略が、ピンチに弱いことは、各種の遭難事例で明らかだ。

その地図読みできるメンバーが行動不能に陥ったら?途端にパーティ全体が行動不能に陥る。

こちらの遭難事例の反省でも出ていたが、

 各人一人一人が登山に必要なすべてのスキルを身に着けようとしていることが大事

だ。

まったく地図読みができない人を地図読みの山にいざなうのは、その人を危険に陥れる行為であるので、自粛しないといけない。

逆に地図読みできないのに行く人は、自分がどのような立場であるのか(相当なチャレンジ、あるいはゴマメ、お試し体験)を自覚していないといけない。

■ クライミング特例

この特例は、突破力にも適用されるようだ。 だれか一人、突破力のある人がいれば、その人にリードしてもらえば、他のメンバーは確保付で通過すればよい、という考えだ。

これも、地図読みと同じで、それぞれのレベルで良いから、全くできないというのではなく、少しでもできるように努力をしている、という状態であることが山の基本だ。

最低限、自分で自分のケツが拭ける、くらいはマナーとして身に着けている状態でなくてはならない。(スイマセン、汚い言い方で、でも先輩がそう教えたんです・・・^^;)

自分のケツが拭けるとは、 自分のセルフビレイが取れて

 自分の安全は自分で確保できる

ことを意味し、懸垂下降が必要な山でいきなり懸垂の仕方を習うことではない。もしそうだったら、その人はまだその山へ行く最低限の要件を満たしていない。

■ 歩荷力特例

これは、歩荷力にも適用される特例のようだ。歩荷力が無くなったら、無くなったなりの小さい山に行くか、歩荷しないで良いように軽量化するか、食べるものをドライフーズに変えるかすればよい。

無理して大きい山に行きたいのは、なんでなんだろうか?

 行きたい山ではなくて、行ける山に行く

と言うのが山の掟の一つにあるんだが・・・

■ 運転特例・美人特例

他には運転特例、がある。運転をしないと言う特例だ。私は運転特例をありがたがるタイプではない。

あとは、美人特例。 男性クライマーが女性クライマーを好きになってくれると、色々なことが免除されるようだ。例えば、ロープワークゼロで何年もずっとセカンドでバリエーションに行きつづける、など・・・。

この特例は、普通の山でも同じで、そういう立場に長くいた女性は、自分が他のメンバーの危険を察知してやる立場にあるとは、想像もつかない。かしづかれるのに慣れてしまっているのだ。

例えば、男性でロープワークの経験が浅いメンバーのノットをチェックしてやる必要があるとは、気が付かない。

登山歴30年で自分で懸垂で降りてくるのに、あとのメンバーのノットを見てやる、ということは全くできないというか、しない。しないのは、自分はその役目があるとは考えていないことを意味する。

■ 楽しいことがなぜか苦い薬になっている?

山をしているのに、

・地図読みしないで済ませよう
・クライミングしないで済ませよう
・基本のノットを知らぬ、存ぜぬで済ませよう

というのは、そのようなスキルが不要の山にしか行かないということを意味する。

ということは、山岳会に入らなくてもいける山でいい、ということを意味する。

じゃ入らなくてもいいのでは?

にもかかわらず、山岳会に入る、ということは、その人の真の動機は、なんだろうか?

■ 楽しい

でも、私が思うには、

・地図読みは楽しい
・クライミングも楽しい
・ロープワークも楽しい

全部楽しいんだけど・・・。

なんでみんな楽しいことから逃げ回って、人にさせて山に登ろうとするのか?

そこのところが謎だ。

≪山の掟≫
・一番弱い人がそのパーティの実力
・コンパスの使い方や地形図の読み方など基礎的な技術を、各人が身に着け、個人レベルで安全な登山ができる事が大事
・自分の安全は自分で確保する
・行きたい山ではなく行ける山に行く

Monday, October 19, 2015

パートナーの条件

■ 検討事項

最近、パートナーに求める条件の最たるものは、体力でも、登攀力でも、性格の一致でもなく、

 山を分かっていること

であると、結論するに至った。性別及び年齢も、核心ではない。

検討事項その①体力 ・・・ 自分の体力を過不足なく、理解していること

もちろん、最低限の体力は前提だ。最低限とは、10時間の行動が最低10kg担いで普通の速度で歩けること。これは最低限なので、10kg10時間だと、山によっては、一緒に行くメンバーが、多少肩代わりしなくては、いわゆる山岳会が行くような山・・・昨日の深南部のような、危険のない山であっても・・・は、行くことができない。

若い人であれば、15kgくらいは担げないと山ヤ失格だ。これは何の自慢にもならない体力だ。

体力自慢は山ヤの誇りであり、山ヤであれば、誰しも体力自慢するものだ。たしかに体力はあって困るものではなく、超人的な体力があれば、すごい山ヤだ。

だが、体力は、ないならないで、その体力で済ませられる山に行けばいいだけのこと。10の体力があれば、10の山に行けばよく、20の体力があれば、20の山に行けるだけのことだ。

遭難ということを考えたとき、もっともリスクが大きいのは、10の体力しかないのに、20の体力が必要な山に行くということだ。

だから、いくら20の体力があっても、30の山に行けるという過信があれば、10の体力で10の山に行っている人よりもリスクが高い。

体力について、もっとも大事なことは、
 
  自分の正確な体力を理解している、ということ

だ。

したがって、その理解のためには、安全・安心な環境で(例:山小屋のある縦走)、自分の限界を知る体験を積んでおかないといけない。つまりトップロープで登って自分のギリギリの限界値を知っておくということと同じだ。

最近15時間近くの行動を体験したが、その前までは、一日の行動時間としては、14時間の金峰・甲武信の縦走が私が自分をギリギリまで追い込んだ山だった。

一般に人は自分で自分を追い込むことは、なかなかできない。これは山岳会などの仲間が、非常に役立つシーンだ。歩荷山行、カモシカ山行などは、機会があれば、やっておくべきだ。

私の尊敬する、ある岳人に、15時間行動となった山行を話すと、彼は33時間行動の経験があるそうで、17時間行動へのチャレンジが提案された。

すこし話が逸れるが、どれくらい人は歩けるものなのだろうか?私が想像するには、15時間程度は、30代~40代の若い男性にはゆとりがあると思う。私自身、まだ限界とはいえなさそうだった。

無理して無理をする必要はないが、こうした自分の限界点を知るような行動の経験が、仮にピンチとなった時に、強みとして発揮されるのは間違いないことだろう。

検討事項その② 登攀力

登攀力も、山ヤの自慢項目に当たることが多い。 体力と同じで、確かに、登攀力もあって困らないものだ。

が、日本の山岳エリアに限れば、日本国内総5級、A1と言われた時代があるほどで、フリークライミングに転向しない限り、11以上の登攀力は、冗長になる。

もちろん、A1しないで登れれば、その方がギアの分軽いわけなので、楽ではあろう。A1を受け入れなくてはならない登攀力の人には、そのギアの重さ分の歩荷負担が来るわけだからだ。

余談になるが、登攀力は、年齢による恐怖の感じ方、経験による恐怖の感じ方も影響する。危険を体験したことがない段階では、恐怖心がないため突っ込む判断をしがちだ。

その段階の登攀力は、真の登攀力とは言えない。

プロテクションの重要さやロープワークの重要性が身に染みて分かるようになるには、怪我の経験や失敗の経験による振り返りが必要だ。

私は今この段階にいるため、必要以上に、用心をしている。私自身の観察に寄れば、初級のルートに行けるようになったくらい・・・つまり、現段階の私の段階・・・が、もっとも滑落による遭難死を起こしやすい。それは限界に行くことを良しとする、一種のヒロイズムに染まるからだ。また、なかなかルートに出れず、不満を貯める時期でもある。

危険が身に染みる経験が、ある岳人の身に起るかどうか?は運だ。

起った出来事が経験になり蓄積するかどうかは、その人の内省次第だ。色々な出来事が起ったとしても、そこから反省を引き出さなければ、経験として蓄積しない。

たまたま起った出来事を深く振り返り、出来事から意味をくみ取るかどうかは、知性と資質だ。

そうした意味で、山ヤが登攀力を正確に評価できるようになるまでには、

 ・経験
 ・運
 ・資質(知性)

の3つが揃う必要がある。このうち、山岳会が用意してやれるのは、経験だけだ。平たく言えば、1から10を知る人もいれば、10から1しか引き出せない人もいる。

経験があっても、そこから学ぶ姿勢が欠けた人であれば、「おれは強運だ」などの、合理的な関連性が見当たらない、見当違いな結び付けをしてしまう。

それは元々高い自己評価(根拠のない自信)がある人に多い。そうなると、落雷予報があるにも関わらず出かけて行くような、いわゆる”無謀”登山者を作ってしまう。

一方、死なない程度に危険な目には遭っておかなければ(言い換えれば、運がなければ)、経験を積んでいる途中で死んでしまう。

超絶登山を繰り広げ、将来を嘱望された、若い岳人の多くが、何でもない初級ルートの、核心部ではなく、ただの樹林帯等で転落死している。

例えば、今冬起った大学生の阿弥陀北陵の遭難事故も同じようなケースに入ると思われる。阿弥陀山頂でのホワイトアウトが、良く知られたリスクであることを考えると、ちょっと待つという知恵さえあれば、ワンビバークで済んだ可能性が高い。

資質はさらに得難い。高い知性が必要だ。客観的で、冷静な分析力が必要だからだ。

私が尊敬する山やは、学歴等をあらかじめ聞いて選別したわけではなく、単純にその人の山に魅かれて慕っているだけだが、しばらくして明らかになることの結果としては、高い学歴を有し、高度な職業を持っていた(持っている)人が多い。それは偶然の一致とは思えない。

検討事項その③ 経験

経験もまたあっても邪魔にならないモノとされている。しかし、”経験”がどのように作用するのかは、本人の資質次第だ。

経験があるがために、経験がない人より危険になっている場合もある。

したがって、体力、登攀力、経験のどれも、パートナーの必須条件とは言えない。

■ ヤマを分かっている人

では、山を分かっている、とは、どのようなことだろうか?

それは一度山行を共にすると分かる事が多い。それらは、装備の選び方から、計画の立て方、山行中の行動、ビレイの仕方、発言など、すべてに現れる。

例えば・・・だが、尾根の下りはじめは、大概ぼんやりしており、尾根が顕著になってから補正すればよい。そんなことは、山ヤならだれでも知っている。ある岳人は、地図読みは、「間違いを内包しながら進む」と表現していた。

つまり、すべてに正解を求める臆病な人は山ヤには向かない。

リーダーがミスをしたときに怒りだすメンバーは、単純に山ヤではない。”お客さん”だ。リーダーは神ではないのだから、すべての責任をリーダーに負いかぶせることはできないのは、たとえガイドであっても分かり切ったことだ。ミスを指摘してやれなかった自分を恥じるべきだ。

ビレイで人を引っ張る人は、ロープが出る山には行ってはいけない。まだ人工壁での下積みの経験が足りていない。(私自身も連れて行ったことがあるので反省中) ビレイ中にロープを手から離してしまう人も同じだ。

自分の寝食を担いで山に行くことは基本のキであるので、自分個人の、単体の荷物を担げない人は、端にその山には登る資格が足りていない。コッヘル程度、テントの一部程度の共同装備負担で文句をいう人は、自分が資格未満で登っていることの自覚がない。その人は自分で担いで行ける範囲の山に行くべきだ。

これは万人に通じ、山の本当の魅力は、「誰かに登らせてもらった5級より、自分で登った4級の方が面白いだろ」というメスナーの言葉にも現れている。逆に言えば、良かれと思って、連れて行ってやると、その人の本当の意味での、山の喜びを奪ってしまう。

何かの本にあったが、トンネルで、ライトを点灯しない人は山には向いていないそうだ。トンネルのライトは自分のために着けるものではない。対抗車により早く気が付いてもらうためにするものなのだ。したがって、自分さえよければ良いというような人も山には向いていない。

例えば、落ちそうなときは、「頼むよ」とか「落ちるかも」と言うことが重要だ。

また競争心が強い人も山には向かない。誰かが行ったから、私も、となるのだが、山は天候や季節によりさまざまに条件が変わり、予想以上に易しい(難しい)ケースもある。それが面白さであり、日本中どの山にも登れるのが基本的には山ヤとしては当然のことなので、山を知らない人たちの評価ですごいとされている、ある山に登れたからと言って、自慢にも何にもならない。競争心は、自分との戦いに向けるべきだ。

分かっていない自分が分かっていない人も山に向かない。ナルシストは山を背景にした写真に納まりたいだけの人だし、女性にもてたいという動機は入門者には良いが、山ヤとして成長するための推進力とはならない。山は山の良さを知ること自体が、山の面白さだからだ。

人は山と向き合っているようで、自分と向き合っている。そのことが分からない人は、すべからく山ヤではないだろうと思う。そのことは、”山は自己満足”という単純な言葉で、伝統的に教えられている。

■ ダーティ行為

最近読んでいる本に、ダーティ行為、と称される行為がリストアップされている。これらは、健全な自尊心を損なう行為として挙げられているものだ。

が、山ヤとしての資質の判断にも非常に役立ちそうだ。

≪ダーティ行為リスト≫
1)自分がされたら嫌なことを人に対して行うこと
   ・活躍している後輩に辛辣な嫌味や皮肉を言って傷つける
   ・他部署の人を困らせようと、申請書類が滞るような嫌がらせをする
   ・気に入らないことがあると、仲間外れにする
   ・人の話を聞かず、自分の愚痴ばかり
   ・たまに親切にしたと思ったら、恩着せがましく金品の見返りを要求する

   → 山に落とし込んだら
   ・一斉メールからその人だけを除外し、山行を知らせない
   ・自分の荷物を人に担がせる
   ・必要なギアを教えない
   ・ラッセルを交代しない
   ・使っていない食事代を請求する
   ・ビレイでクライマーを引っ張り落とす

2)ダメージを与えたり、悪い方向にいくことを見て見ぬふりすること (行動しないこと)
   ・目の前にお年寄りが来たのに席を譲らず、寝たふりをする
   ・いじめられている同僚を見ても、見て見ぬふりをする
   ・飲酒運転を止めない
   ・つり銭が多くても返さない
   ・隠ぺいを知っていても、見逃す
   ・けんかを止めずエスカレートさせる
   ・自分の作業が終わっても人の作業を手伝わない
   ・自分だけ知っている得な情報を独り占めし、分けようとしない
   ・スランプで悩んでいる部下を指導することなく、放置する

   → 山に落とし込んだら
   ・無謀な山行計画を指摘しない
   ・危険と分かっているダメビレイを指摘しない、教えない
   ・危険と分かっている突っ込む行為を指摘しない
     

3)意図的に行われる間違った行い
   ・雨の日に人の置き傘を持ちかえる
   ・常習的遅刻
   ・困っている人からの相談に、自分が役立つと分かっていて応じない
   ・会社の備品を家に持ち帰る
   ・人が近づいてくるのを知りながら、エレベーターのボタンを急いで押す
   ・接待費の流用
   ・割り勘のちょろまかし
   ・商品のメリットだけを説明して、デメリットを説明しない

   → 山に落とし込んだら
   ・自分が教わった登山技術を後輩に教えない
   ・山岳会の良いところだけを言って、悪いところを教えない
   ・人が苦労して調べて行った山に、便乗する
   ・行きたいと言っているルートを盗んで、断りなく抜け駆けして行く
   ・これみよがし登山を行う

4)道徳的価値観に反して社会全体へ行われる不正行為
   ・確定申告の経費割増
   ・ポイ捨て
   ・静かな場所で大声で話す
   ・公共の場所を汚す
   ・交通違反を勲章にしている

   → 山に落とし込むと
   ・役得のもらいっぱなし
   ・山でトイレットペーパーを捨てる 
   ・山でウルサイ
   ・山でゴミを捨てたり、登山道に大便をしたりする
   ・凍傷を自慢話にしている
   
例えば、道徳的価値観の違反があっても、たいていの場合は、温情主義により、許されているが、それは、ある意味では、2)行動しない、というダーティ行為に当たる。

そのあたりの線引きは、非常に難しい。

が、しかし、自尊心を損なう行為である、ということが言われているため、自分自身の自尊心を自ら傷つけていないかどうか?、が、判断に迷った場合の線引きの参考になろう。

自分で自分に恥じない自分でいることは、各人の責務であるのだ。

■ 自分自身に対して行われる不正義

 ・過剰なカロリー摂取や不健康な暴飲暴食
 ・生活水準をはるかに超えた散財
 ・不衛生な環境で生活する
 ・セクハラをされているのに我慢する
 ・自分へのご褒美を我慢する
 ・体調不良があっても、多忙を理由に病院へ行かない
 ・受け取るべき報酬やお礼を受け取らない
 ・言いたいことがあっても周囲に気を使い、自己主張しない

  → 山に落とし込むと

  ・山と向き合っていない
  ・力量以上の山に行き、それを自分で認めていない

山と向き合っていない人は、”後ろめたい気持ち”を持っている。後ろめたい気持ちは、人によっては、”過信”となり、人によっては”謙虚さ”となる。

正直さ、という美徳を身に着けていない人には、ビッグマウスとなって表現されるようだが、事の根っこは同じだ。

自分自身への背徳行為なのである。しかるに、他者がいくら当人をほめたたえたところで、一時しのぎにしかならず、本当の意味での自尊心はその人自身が、自傷行為、つまり上記に記載したような内容の行為を辞めない限り、根本のところは正されない。

そういう意味では、大言壮語癖(山ヤの自慢話癖=ヒロイズム)は、悲痛な悲鳴とも言えるわけで、気の毒であると言う見解も成り立つのかもしれない。
 
私が思うにはそういった心性、心の性質は、感染力が高く移りやすい。近寄らないことも含め、良識に属すかもしれない。

幸いなことに、私が今までパートナーを組んだ人は、素晴らしい人ばかりでそのような心性の人はいない。






Thursday, October 1, 2015

体力以前のことがおろそかになると危ないということ

さて、理性的な話に戻そう。

八甲田山の死の彷徨では、別部隊がいた。その部隊は無事に帰ってきているのである。

八甲田雪中行軍遭難事件 

210名中199名が命を落とした部隊と弘前歩兵第31連隊の差は何か?

一言でいえば

 山のなんたるかを分かっているか? 

だろう・・・。

ありきたりだが、ウィキペディアには、遭難原因がこうまとめられている。

・気象
・稚拙な装備
・指揮系統の混乱
・情報不足
・認識不足

ちなみに、成功した隊の成功の要因は次のようにまとめられている。

・天候不良→ 雪洞でビバーク
・寒冷に対するさまざまな工夫
・統率
・体力と素養
・熟知

つまり、

 気象遭難に対する反対語は、雪洞でのビバーク技術
 稚拙な装備に対する反対語は、創意工夫であり
 指揮系統の混乱の反対語は少人数制とリーダーシップ
 情報不足の反対語は、もちろん、熟知しているということ、
 認識不足への反対語は、体力と素養だ、

ということだ。

二つの部隊が直面した、気象や山の条件は同じだ。

昨今、夏山での低体温症遭難などで、体力不足に帰結させる論調が根強い。

そうだろうか?体力なんて、ないならないなりの山を組めば済むことなのである。

この八甲田山を例にとると、210人中199名が死ぬ状況で、行き伸びる体力とは、どのような体力だろうか?

全員が生還した部隊は、そのような体力の持ち主だから、生還したのだろうか?否である。

生き残った者は体力が優れていたから生き残ったのであろうか?否である。

体力は、統率やビバークという手段が充分に機能し、実行されたのち、その試練を耐える力でしかなく、そもそもの失態をカバーするものではない。

順序が違うのである。

正しい順序は何であろうか?

体力は、正しい認識(山行計画)、適切な装備、山を熟知していること、正しい危機への判断、統率、そして、その後に来るものなのだ。

体力は必要条件であって十分条件ではなく、体力だけで山に登れると思ったら、大間違いなのである。

したがって、体力はあるけれど、それだけの人は山には向かない。度胸があるだけの人が山に向かないのと同じだ。

凍傷があれば、それは認識不足で山に追い返されたという証なのである。その山は、つまり・・・その人には大きすぎた、ということだ。





Monday, May 4, 2015

滑落は防げるか?

■滑落と登山

滑落は防げることなのだろうか?

そもそも、登山は

 わざわざ滑落しそうなところに出かけて行く活動

とも言える。

少なくとも中高年の槍穂自慢の半分は、死んでもおかしくないところで、死ななかったという強運自慢に見える。いかに無謀な登高を自分が成し遂げたか?という自慢だ。それは技術がある、と言いたいのだろうか??? 残り半分は体力自慢。

登山には色々な死がついて回る。

うっかり転ぶのは、誰にでもある普通のことだ。 私は梅田(大阪の新宿みたいなところ)を歩いても、コケたし、普通の登山道でも転んだことは何度もある。

■ 平和ボケ滑落

ボールを追って車道に出てしまう子供と同じで、前後の状況についての思慮がない、という人も実際に山にたくさんいると思う。時々ニュースになっていて、例えば、山で、カメラのシャッターを切ろうとして後ずさり、後ろの崖に落ちたりしている。

そういうのは、平和ボケだ。 

ある意味、登山はそうした下界の平和ボケ、緊張感なく、たるみきった感性を野生に戻すと言うか、シャープに研ぎ澄ますために行くものだ。

■ 緊張弛緩型滑落

だが、そういう子供っぽさの為でない滑落死もある。

でも、登山で核心部、難しいところで落ちてしまうと言うのは、あんまり聞かない。

転滑落で一番言われることは、

 下山中に最も注意せよ

ということだ。しかも、難しいところを抜けた後が、緊張感が緩み、もっとも起りやすい。

私が知っている例では、下山後の温泉でつるりと滑って、救急車に乗った、という例を知っている。

■ トラバースでのバランス崩し

今回の春山合宿でも、一部ちょっとどうかなと思ったトラバースで、滑落した。

その時の状況は、雪渓の割れ目を避けての高巻き

・高巻くトラバースのところ
・5mほどの高巻き
・50度くらいの傾斜
・4mくらいのトラバース
・緩い雪
・緩傾斜から急傾斜に乗り上げ、そこをトラバース。 

それで、「落ちてもここで止まるね」とあらかじめ言った。私としては嫌だな、と思ったところだった。高さがあればロープを出してと言ったと思う。落ちても平気な高さだったから言わなかったのだ。

ザックが重いときはトラバースには特に気を付けることにしている。

というのは、一度ザックに身体を取られて滑落したからだ。

飛び石と同じで、重いザックを背負っていると、胴体が軽い女性は振られやすい。トラバースは特にちょっとしたことでバランスを崩しやすい。ただ斜面を直上するのとちょっと違う。

ピッケルも長さが短すぎて、うまく杖にならなかったり、杖にしようとして逆にバランスが悪くなったりする。トラバースの場合、ストックの方が有効だったりもするが、ストックだと滑落停止ができないので、やっぱりピッケルになる。

この時は、案の定、滑り落ちて、すぐ下の「ここで止まるね」と言ったところで、案の定止まった。予想できることだったので、斜面に正対していたので、そのまま素直に落ちて、でっかい穴が開いてしまった。

登り返して渡ったが、次は滑らず歩いた。

転ぶときは、ザックを下に転ばないようにしている。一度、何でもないトラバースで、重いザックに体が持って行かれて、2回転半して、頭を打って止まった経験からだ。それで、ちょっと怖いなというトラバースの時は、斜面に正対する形で、渡るようにしている。

■ ロープとトラバース

ここはロープを出すべきだったのだろうか?

トラバースって、ロープを出しても、フィックスでない限り、大した保険にはならない。

ふらつき防止と言う意味で、以前師匠が、八ヶ岳広河原沢のきわどいトラバース(フィックスロープがある)で、スリングを出し、腰を引っ張ってくれたとき、「え?そこまでするの?」と手厚いガイド並み対応だ、と思ったが、実際、自分が滑落してみて、普通に直上で歩くときと、バランス感覚が必要な時では、ザックの重荷の意味が違うことが分かったので、今では納得している。

前にも書いたが、クライミングの帰りは、いつも駐車場までヘルメットをかぶっていることにしている。下りは怪我が多いのはクライミングでなくても登山の常識だ。

■ 雪の状態をよく見る

雪渓の下りなど雪の状況次第で転滑落のリスクは違う。

みんなピッケルを持つのはカッコいいと思っているけれど、ピッケルを持つと言うこと自体が、滑落リスクを受け入れています、と言う意味だ。

ピッケルを持って降りるようなときは転滑落リスクがある、ということだ。

だから、次に考えるべきことは、落ちたときのことだ。

つまり、人を巻き込まない位置で歩くとか、逆に上から人が降ってくるラインには立たない、など。考えのない人は、縦走路と同じようにピッタリくっついて歩いてくるので怖い。

雪は腐っていれば、滑落しても摩擦ですぐ止まるし、逆に滑り降りると言う手もある。もちろんウエアがびしょびしょに濡れてしまうので、やりたい技でないかもしれないが・・・。

雪が締って固くアイゼンの爪が良く効く、気温の低い時間帯に上がり、緩んだときには降りている、という時間配分にするのが、雪上での滑落防止には重要だ。雪面をよく見て、アイゼンが効くか、腐った雪か、そういう目を肥やさないといけない。

■ へっぴり腰

雪であれば滑落停止できることも多い。やみくもに恐れて、へっぴり腰になると余計危ない。へっぴり腰による滑落は心理的な恐怖感を背景にしているので、技術を磨くこと、講習会の練習などで克服できることだ。講習会ではそれで、雪の急斜面を走る練習があった。

去年は西穂高沢と富士山が走って降りるような斜面だった。

■ 得意不得意を知る

私が思うには、何をして大丈夫で、何をしたらダメか?は体格にもよるし、運動能力にもよる。

自分で何がよく、何がダメかを分かっていることが大事なのではないだろうか?

私は飛び石の渡りは特に今苦手で、河原歩きはとても遅い。でもそれは、雪で始めた登山者には普通だ。岩は苦手。トラバースも同じ理由で振られるため、ザックが重いと苦手。

でも、雪の斜面で怖いと思うことは少ない。雪なら多少は知っていると自分でも思うからだ。

ザックの重さで言うと、一般縦走路と違い、歩荷道は歩きやすく作られていることが多い。転んでも致命傷にならないような道も多い。

余談だが、一般道がスリルを愉しむために作られ、歩荷道が実用の為作られていることは、フリーがクライミングそのものを愉しむために難しいルート設定をされ、アルパインが頂上への最も安全と思われる道を取る関係と似ている。スリルvs安全というトレードオフ関係があるのだ。

■ ロープクライミングは安全

ロープにつながれている、という意味で、転滑落リスクに対しては、縦に登るクライミングは安全だ。

以前ボルダリングの着地で足首をねん挫した人がいて、やっぱりロープがないクライミングは危ない、と思った。

ローププライミングは、ロープがいかにクライマーの安全を確保しているのかの理解がきちんとあれば、という条件付きで、安全だ。

特に支点が整備されているフリークライミングは、墜落のリスクについてはかなり安全で、さらに安全なのは、スポーツクライミング。

ロープに振られて壁に激突しない限り、下にストンと落ちればいいだけ。

ただそれも、きちんとした確保があってのことだ。自分が落ちるとき、何が安全で何が安全でないか?は、考えて良く理解していないといけない。

■ 弱いメンタルは余計危険

山は危険だ、と言って山自体に行かない、のは、運転は危険だから運転しない、というのに似ている。言う間でもないが、登山による死の確率は交通事故死の確率より低い。

弱いメンタルを作るのは、ただの臆病者を作るだけだ。

そう思ったので、去年は、私は滑落後だったが、多少無理して、三つ峠のクライミングに出かけた。滑落を経験した後はリードするのが大変だった。自分のクライミング能力だけでなく、歩く能力自体にも、自信を喪失していたからだ。

良く言われるがやっぱり自信は練習しか作ることができない。自分で自分に嘘はつけないものだ。

■ 登山は危険を非危険に裏返していく活動

ただ運転と違うのは

 自ら危険に近づいて行っている、

ということだ。

 登山は、自然界の危険に対処できる能力を自ら高めていく活動、

だと思う。歩行技術もそうだし、ウエアも、テント泊生活もそうだ。その近づかんとする危険が一体何なのか?ちゃんと深く理解していないと、「こんなはずでは・・・」になってしまう。

登山と運転の比較では、運転で、ウィンカーを出さなかったり、スピード超過で行く人は、命知らずなドライバーと言うことになっているが、なぜか登山だと、命知らずは逆に賛美されたりする。命知らずを賛美してはいけないと思う。命知らず=舐めている、ということだ。

■ 危険が何かを見極める

結局のところ

 大事なことは、自分の目で見て、自分で考えることだ。

誰かにとって危険でも、自分にとっては危険でないことはありうるし、自分には危険でも、誰かにとっては危険でないこともありうる。 山は下界のように平等ではない。実力主義の世界が山だ。

ただ共通に言えることもある。誰にとっても共通に危険なのは、

 危険を理解しようとしない態度

だ。だから、考える習慣を持たない人は危険だ。つまり考えることを人に任せたがる人、判断を人にゆだねたがる人は危険だ。同じことで自分の判断を強要したがる人も危険だ。


←これくらいは自信を持って歩けますが、ロープは出してもらいたいですね。

これでクラストしたアイゼンサクサク雪なら、ラクラクトラバース。でも、富士山にあるようにツルツルのアイス面なら、絶対行きたくないなーとなるかも。

どちらにしても、トラバースの方が、同じ斜度でも直上より、心理的に緊張を強いられます。

≪まとめ≫

・下山時は滑落に注意する

・何でもないところでも滑落する

・ザックが重いときはトラバースは特に注意する

・落ちるときは素直に足から落ちるようにする (ザックを下にしない)

・下山ではいつもヘルメットをかぶっている

・転滑落が起りやすい場所をよく知る

・飛ばす時は落ちても大丈夫な所かどうかを考える

今回の真砂尾根ではリーダーが要らないと判断した岩場で一部懸垂で降りる判断をした人もいました。危険は人それぞれなので、それでよいと思います。

Sunday, February 22, 2015

読了 『感謝されない医者』

今日は、金田正樹医師の『感謝されない医者』を読んでいました。

自らの意に反して、凍傷治療の権威と呼ばれてしまった整形外科医のお医者さんの話です。凍傷の事例を見るために読みました。

さて、この本からの抜粋です。2007年の著作ですので、情報としては古いかもしれませんので、そのあたりをお含みおきください。これはあくまで、この本を読んで役立つと思われた所の抜粋です。

■ 凍傷の発生のプロセス

1)ジンジンした痛み 
   交感神経が優位になって血管収縮し始めたころ 末梢への流れが悪くなったシグナル

2)痛みが感じられなくなる
  紫色のチアノーゼになり冷たくなる

3)時間の経過で白っぽくなる(白蝋化)
 
  皮膚を押してみて弾力がある ⇒ 深度が深くない(表在性凍傷)
                        加温でかゆくなる
                        水泡ができる
                       ここまでは表皮までの深さの凍傷で皮膚の再生能力がある

                  水泡は自然に水分が吸収されしなびてしまう
                  水泡は、外部からの細菌感染と真皮の乾燥化を防ぐという役目を担っているので除去は厳禁。
                  2~3週間で表面が黒くなり、自然脱落する
                  その後は寒冷にさらさない
                  元の状態になるまで3か月を要する

    それ以外          ⇒ 深部性凍傷  凍傷が骨にまで及んだ状態
                      黒に近い褐色や濃い紫 
                      腫れず、しなびている
                      3週間で分界線が明確になる
   
・白蝋化した指は両者の中間であることが多い。治療を急ぐ必要がある。
・深部性と表皮性とにはっきり分かれるわけでなく、重症化するケースも多い。
・誤診で重症化することもある。
・水泡を除去すると例外なく悪化。
・受傷後、1週間以内に治療を開始しないと予後が悪い。
・プロスタグランジン(PGE1)の点滴が最適である
・ヘパリン療法は禁忌である
・局所はイソジン消毒し、乾いたガーゼで覆い、通気性のある保温状態にする

・凍傷患者は、表在性、深部性を問わず、再び寒冷に晒すと凍傷になりやすい。
・1年目が特にそうで、長いと4~5年続くことがある。
・温浴とともに温かい飲み物を摂取することが最も重要。

■凍傷は予防できるか?

1)冬季の登攀では、トップのルートファインディングが遅れると、セカンドは長い間ザイルを握っておかねばならず、凍傷になりやすい。(長時間ビレイしている人になりやすい)

2)冬山の行動時間を短くする努力を行う。(大人数での登攀は長い)

3)歩き始めに手足の準備運動を十分に行う。

4)脱水に気を付ける。行動中サーモスから飲む温かい飲み物は凍傷予防の特効薬。夜、朝も水分を多めに取る。酒、コーヒー、ビールはほどほどに。

5)着るものを濡らさない。濡れた状態で稜線に出ない。手袋はスペアを持つ。

6)星状神経節(首)を寒い風にさらさない。

7)手首を露出しない

8)ビバーク中の凍傷が多い

9)喫煙は禁忌

10)寒冷地で生まれ育った人は、雪の降り方、雪質、風の変化から天候の変化を体感的に予測する。予測するからこそ防御も出来る。  
                  
八ヶ岳は、登山人口の多さもあり、凍傷例が最も多い。しかも、そのほとんどが稜線上での受傷である。寒さに対する早めの対処が遅れている例が多い。寒さ、冬の天候変化はフィールドでなければ分からない。寒さになれ、気象の変化から身を守る方法を学び、効きの察知能力も現場で学ぶしかないと思われる。

山登りとは、他のスポーツ以上に自己管理能力を問われるスポーツである。

ーーーーーーーーーー以上 筆者抜粋
足の故障

■ 感想

八ヶ岳のリスクは、寒さ。私たち夫婦が小屋に泊まっている間にも、学生さんが凍傷になったと言って小屋に駆け込んできたことがありました。 すぐに温浴していました。

八ヶ岳に遊びにいって指が短くなって帰ってきたら、とっても悲しいですね。

この本によると、2007年に上梓された本ですが、凍傷患者の高齢化が指摘されています。当時から、もう8年もたっています・・・やっぱり、山は高齢化が著しいみたいですね。

先日の黒百合平も高齢者がたくさんいて、大丈夫なのかしらと不安になりました。行動のための体力と防衛の体力はなんだか違うような気がするからです。 いざという時の力はやはり若い時ほどは出ないのではないかと。

中高年のリスクは ズバリ”過信”と言われていますが、体力に過信があると行動が完結できない・・・というのは、自分がいる会でもあったことでした・・・ビックリ。

この本には、忘れられない患者さんのエピソードがありますが、中島俊弥さんと木本哲さんのエピソードが印象的でした。

この本にも書かれていますが、凍傷というのは、自分のうっかりミス、です。

まさか、凍傷になった俺にうぬぼれている人がいないといいと思っていますが・・・大丈夫ですよね?

≪参考≫
日本のエベレスト登頂者リスト



Thursday, February 12, 2015

阿弥陀岳 遭難 考察

今日は貴重なコメントをいただきました。

ひとりでは持ちえない視点をもらいました。貴重だと思いますので、本文の方に転記しました。これらの観点で考えてみることが重要だと思うからです。

■ コメント原文   重要な所に赤を入れました

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ハゲオヤジ さんが投稿「阿弥陀の遭難 - 八ヶ岳は天候核心」にコメントを書き込みました。

ご冥福をお祈りします。

学習院大のルートが気になって調べていて、こちらにたどり着きました。

http://weather.yahoo.co.jp/weather/jp/past/13/4410/chart.html?c=2015&m=2&d=8
この天気図は、体力のあるさすがの大学山岳部でも登らないケースです。

体力やクライミングテクニックはおありだったでしょうけれど。

登山ではなく、困難な局面・限界に挑戦するトレーニングの感覚で登ってしまわれた、という印象です。

私も山岳部で山やってましたから、ヒマラヤ遠征とか想定すれば冬の八ヶ岳バリエーションはトレーニングってのはわかります。酸素はあるけど丁度いい突風が来るし寒いし。

でもね、生きて帰ってこなきゃ。
怖がっていいのに。逃げていいのに。恥さらしていいのに。


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bp-hiro さんが投稿「阿弥陀の遭難 - 八ヶ岳は天候核心」にコメントを書き込みました。

(´・_・`)
遭難された若人のご冥福をお祈りします。

たらればではどうしようも無いと思うけど、各方面からの情報や一般的な天気図、高層天気図等でも良いのは土曜(7日)午前中、場所によって夕方まで日曜(8日)はアウトで月曜(9日)明け方から風は強いけど天候は回復するのは予想出来たはずなんだけどね…………

経験の浅い子が予想外な現場の状況についていけなくなって主将さんがフォローしたけど、力及ばずだったんでしょうね囧rz

同じような事故が無くなる事を祈りたいです。
皆さん書かれてるように安全マージンを広く持つ事が大事な事ではありますが、その前に練習をする事はもっと大事ですね。

講習会にも参加され習得する為の努力をされてる方はまだ良いと思うんですが、ここ最近山をやり出した方の多くは流行りで始める人も多く、地図も読めない、コンパスすら持っていない。雪質チェックも出来ない。天候予想すら出来ないのに、講習会!何それ⁉︎私には関係無いと。
楽しそうだからと安易に入山する人が多いですね。

主さんが記載されてるハインリヒの法則ですが、これもわかっていない人が多いですね!
登ったんじゃなく、たまたま登れたんだと言う事。

雪山に入山するのに、地形を読む、雪質チェックが出来る、アイゼンワークは当たり前、これらが出来てないのに雪山に入るべきでは無いと思います。

快晴でも少し風が強ければ数時間でトレースなんて消えて無くなります。
夏山と違い冬山は樹木に雪が張り付き夏山のようにテープを追い掛ける登山をしてると、まず、目の錯覚もありリンデワンデしてしまいます。

こちらの主さんが何回も訴えてる、まずは地形図を見て現場の地形と照らし合わせてからコンパスで確認する位は余裕で出来ないと厳しいと思います。

売れる!からと、簡単に感じてしまうようなイメージを持たせる雑誌やメディアも悪いですが、鵜呑みにする登山者も然りですね。

山は全てがオウンリスクを勘違いされてるように感じます。
困難と危険の境界線が?の人が物凄く多い事が最近目立ちます。
多くの登山をする方々には、こちらの主さんのように何事に対しても徹底的に調べ且つ考えて実践するようになってもらいたいと思います。

聞いて、見て、アドバイスもらって、なるほど!って感心したままで終わってる方が多過ぎます。
やらないと自分のものにはならないですから(´・_・`)

長文になりすみません。
僕はこちらの主さんの考え方とよく研究し考えてちゃんと実践してるところが素晴らしいと思いますので、良い事は真似してどんどん取り入れて欲しいと思っています。

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Damien さんが投稿「阿弥陀の遭難 - 八ヶ岳は天候核心」にコメントを書き込みました。

単独行とグループ山行の差で、グループ山行のほうに特有のリスクとして
「しんどくても無理して ついていってしまう」ということがあります。

もちろん単独行のかたでも無理してしまう人は居るでしょうけど
グループだと、日本人に特有なのかどうか分かりませんが
「迷惑をかけたくない。足を引っ張りたくない。」という思いが
結局、動けなくなるギリギリまで頑張ってしまう
ということが起こるリスクが高いのではと前から考えてます。

で、雪山の場合、例えば低体温症とかになっちゃって動けなくなっちゃうと
本当にヤバいですよね。

積み上げ式で 山に向かっておられて、
地図もってこんかったらナシ とか言うぐらいのかたなら
グループ山行であっても こうゆうリスクは低いのかもしれませんが
山岳会とか山岳部とかで、特に、強いリーダーの居るところなんかは
かえって こうゆうリスクが高まりがちではないかと勝手に思ってます。

強風や降雪の中、「行かない」という判断を何故しなかったのか?という論点も もちろん大事だと思ってますが、特に心理的な面について踏み込んだ上で、今後の事故の有効な回避策を提案して欲しいと思ってます(vs 学習院大学の登山部長さま)。

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■ まとめ

  • この天気図は、体力のあるさすがの大学山岳部でも登らないケース
  • トレーニングの感覚
  • 練習をする事はもっと大事
  • 流行りで始める人も多く、地図も読めない、コンパスすら持っていない。雪質チェックも出来ない。天候予想すら出来ないのに、講習会!何それ⁉︎私には関係無い
  • 雪山に入山するのに、地形を読む、雪質チェックが出来る、アイゼンワークは当たり前
  • 雑誌やメディアも悪い
  • 鵜呑みにする登山者
  • オウンリスクを勘違い
  • 感心したままで終わってる方が多過ぎる
  • しんどくても無理して ついていってしまう
  • 強いリーダーの居るところなんかはかえって こうゆうリスクが高まりがちではないか
  • 今後の事故の有効な回避策を提案

考察します。

■ 天気図

 教訓: 遭難が起きたケースの天気図には意識的でいよう

天気図ですが、リンクを張っていただきましたが、私も同じものをDlして持っていました。


遭難が起きたケースの天気図は後学のため、良く見ておくようにしましょう。

  自分自身で判断力を付けて行く、そのようなプロセスを確立し、そのプロセスの渦中にいること

が、登山を趣味している、ということの意味です。

そうしたプロセスにいない人は、山には登っていても、登山を趣味にしている、とは言えません。ただ行って帰ってくるだけだからです。ツアー参加とおなじになってしまいます。判断力が積みあがらず、「ただ楽しいだけ」の登山だからです。

もちろん、誰だって正しい判断が最初からできるはずはないので、これをみて即座に、「さしもの大学山岳部も登らない天気図」と分からなくてもOKです。

でも、天気図を見ていると、誰かが教えてくれたときに、「そうなのか」と分かりますね(^^)。

それが大事です。 自分で学んでいない人は教えても分からないです。なので、何回教えても、何も積みあがって行かないです。登山をそのような活動にしないことが大事です。

■ トレーニング感覚

そう一般登山しか知らない人にとっては、冬山の八ヶ岳はすごい山ですが、一般的に登山の世界では、八ヶ岳は冬山登山の入門です。

阿弥陀岳はとくに「西面のバリエーションルート」と言われるエリアの代表的な山で、行者小屋から阿弥陀は北陵、北西稜があります。 北陵は入門ルート、北西稜は最終ピッチでエイドクライミングが必要になる中級ルートです。

ですから、トレーニング感覚は山屋にとっては普通ですが、山はいつでも本番です。肝に銘じないといけません。

亡くなった方は一年生と言うことで、ロープワークがある山を始めて1年目の私と同じくらいのスキルかもしれませんね。自分を顧みると、セカンドならいいけど、トップの時は多少まごついています。

≪オーダー≫

私が気になったのはオーダーです。

気になるのは、阿弥陀北陵と仮定して、5人パーティだったことです。ロープは普通は二人一組ですが、初心者がいたことを考えると、3人、2人で分けたのではと思います。

問題になるのは初心者の位置です。 前のパーティが無事行者小屋にたどり着いたことを考えると、初心者1年と、ベテランの主将が後続パーティになったのでしょう。

しかし、このオーダーだと弱い初心者に何かあったときにパーティ全体としてフォローができません。

私も初心者で前穂北尾根に連れて行ってもらった時、先輩だけが組んでいるベテランパーティに続き、先輩と二人で組んで、後続パーティとして登りました。 私だけ一人でビレイしている時の心細いこと・・・コルは風が冷たく、「ここで落石でロープが切れ、死んでも誰も気が付かないよな~」なんて考えてしまいました。 ロープアップしたら、末端が妙に軽い・・・あ、切れてた・・・なんて・・・。

ベテランが後ろが良かったな・・・ でも、初心者のビレイで登ってくれる奇特な先輩はありがたいですね。

余談ですが、一般的にオーダーは常に一番弱い人が2番というのが通説です。

■ 一般登山の初心者向けアドバイス

次は、初心者の一般登山の方々がどう考えたらいいかです。(私も登山5年目です)

 ・練習をする事はもっと大事

ですが、どう練習して良いか?が分からない人が多いのだと思います。

≪練習の仕方≫
 ・易から難へ積みあがる
 ・体験から実践へ積み上げる

大手ツアーに参加してはいけません。大手ツアーには、マネしてはならない人たちが集まっています。(例はここへ) 山小屋でも10人以上のツアーは嫌われ者です。

まず冬山をしたい時は、GWからスタートを切ります。気温が高く、遭難リスクが小さいからです。そこから、少しずつステップアップします。私たち夫婦の山行も参考になると思いますし、普通はガイドさんはベテランで、「次にどこに行ったらいいか?」の指南が的確に出来るはずです。

そのとき、プロのガイドさんに、「将来厳冬期の八ヶ岳に行きたくてステップアップしたいと思っている」ということを的確に告げることが大事です。そうでないと、ほとんどのガイドさんは、ただのツアーガイドをし始めます。バスガイドと同じです。そんなものに大枚をはたく価値はありません。それくらなら、低山に何回も自分で行った方がいいくらいです。

アイゼンが初めてなら、GWの雪山ではじめ、1年目は丹沢、大雪の後を狙っての低山の一般道、そして、ロープウェーがある山などで、それぞれテーマを持って臨みます。

≪参考≫ 雪山ステップアップのモデルケース例

■ ダメ登山者例

 ・流行りで始める
 ・地図も読めない
 ・コンパスすら持っていない
 ・雪質チェックも出来ない
 ・天候予想すら出来ない
 ・講習会!何それ⁉︎私には関係無い

⇒ お心当たりの方は、講習会に参加しましょう。 

■ 講習会

個人的経験で、大町の山岳総合センターがガチ系です。神奈川の総合センターは岩系のようです。また私は個人ガイドも薦めます。(おススメできるガイド) 

ただ、雪崩れ講習会や雪上訓練は、大手の方が質が良いです。 労山の雪崩講習会は、高額ですが、その価値はあります。山岳会でも雪上訓練をやっていないところは多いので、登山学校を薦めます。公的な機関の方が価格も安く抑えられています。

驚くなかれ、当てはまる人は、山岳会にもいます。山岳会が無料のガイド登山と誤解されてきた歴史は、数年レベルでは効かないようです。

 ・雪山に入山するのに、地形を読む、雪質チェックが出来る、アイゼンワークは当たり前

⇒ 小さい山で始め、適切に講習会に出ていれば、できるようになります。

 ・雑誌やメディアも悪い

⇒ 雑誌は、最近、硬派の岳人がモンベルに買収され、なんと2月号の特集は・・・ロープウェーで登る山・・・没落も良いところです。

とはいえ、何かからスタートしなくては、という場合、ロープウェーで、たとえ登っても、何かをつかんで帰る心意気が重要です。一気に稜線に上がれば、強風、低温、を実感することができます。山がどれくらい厳しいのか、想像力をたくましくして、ウエアリングに対しての感性を研ぎ澄まして来てくださいね。

 ・鵜呑みにする登山者

⇒ 八ヶ岳の小屋の人が話していたのですが、最近、天狗岳に登る人は、硫黄岳を見て、北アの山の名前を言ったりと、はてな~?な方が多数だそうです。 

雑誌の特集で山にきた、鵜呑みの登山者は、服装を見れば分かります。(by小屋バイト経験者)

すると何が起こるか?というと、そのような登山者が多い山には、ベテランは、寄りつかないので(変な遭難に巻き込まれると、救助しなくてはいけなくなる)、山での経験値を上げるベテランとの交流は、できなくなります。

周囲は、自分より経験があると思って見渡しても、周囲にも、鵜呑み系登山者しかいなくなります。

鵜呑みの人は鵜呑みの人としかつるめなくなり、さらに鵜呑み度アップです。そうなると、自分が損します。

小屋の人はどうせ言っても聞かないから、と放置しますので、リスクはさらにアップします。

 ・オウンリスクを勘違い

⇒ 山は自己責任ですが、遭難したら自己責任、取れません・・・

 ・感心したままで終わってる方が多過ぎる

⇒ 自分でできることでやれることをスタート。 千里の道も一歩から。

■ パーティ山行のリスク

 ・しんどくても無理して ついていってしまう

⇒ 私はこのリスクを感じます。 

特に男性に女性が一人混じっていると、体力レベルに差がありすぎますので、女性は無理をさせられます。さらに難所も体の大きい男性にとってより、身体の小さい人にとっての方がより難しいです。

女性には「私だってできるもん」という意地が求められています。褒め言葉は「コイツは女じゃない」です(^^;) が、それは私がやりたい登山ではなく、男性との競争を要求されるとゲンナリします。

男性はおおむね、瞬発力があるだけで、持久力は、女性よりありません。 瞬発力があるので、登りでペースアップし、女性をオーバーペースに陥れます。が、長いコースでは、先に男性がバテている・・・はありがちです。

男性側から見ると、女性が遅く、それに合わせている間に自分も体力を消耗して、時間が長くなったためにバテる、となり、女性と男性の組み合わせは、問題が多いと思います。

ペースが遅いメンバーにイライラしますか? それは人間性の課題ではないかもしれません。ただ登山をより深く理解するとイライラしなくなります。最近、私もイライラしなくなりました。

というのは、雑で早い一歩を何回繰りかえてしても、雑さが身に付くだけです。そうではなくて、確実に体重移動した一歩をゆっくりでいいから、正確に繰り返していると、それは、いつかは早く歩ける、確実な一歩になります。雑(リスク多)で早いより、丁寧で遅いほうがうんと良い。

その人は将来パートナーになってくれるかもしれません。雑で早い人は、何回、山に行っても身について行かないので、パートナーになってもらう見込みはゼロです。


 ・強いリーダーの居るところなんかはかえって こうゆうリスクが高まりがちではないか

⇒ そうかもしれません。強いリーダーと言うより、怖いリーダー? 

日本人特有の遠慮がオーバーペースを生み出します。

私が思うには、登りにハイペースを要求するのは、エゴイズムです。将来、高所登山の目論みがあるのかもしれません。 

一般登山なら、登りはコースタイム程度でOKです。 なにしろ、計画もコースタイムで立てていると思いますから、あまり早くても時間が余ります。

逆に下りが遅いほうが危険です。山から急いで退却したい時に退却できない・・・となるから。登りは体力、下りは技術。技術は上げていくことができますが、体力は、100%みんな下り坂です。老いない人はいないから。明日は我が身。

どちらにしても、自分たちの力量に自覚的でいるべきです。コースタイムで、その山に登れないなら、登らなくていいという意味です。

以前天狗岳で、私が2時間で上がる道を4時間かかるというオジサンがいました。でも、その方は良く分かっていて、それで計画を立ててきたのです。小さい山が大きくなって、よりじっくり味わえてよいではないですか。 

  • 今後の事故の有効な回避策を提案
⇒ 本当にそうですね。ただ有効な回避策、きっとないんですよね。


登山は、ヒューマニティを基本とする、という言葉があります。平たくすると、許しあい、です。

私は、不寛容な人間だと師匠には誤解されていますが、そうではありません。人に利用されたくないと思うのは自然なことです。ヒューマニティを口実に、真面目な人を利用する人は、世の中に多いものです。
 
余談ですが、地図を持ってこない人がいた時点で集合口敗退、は、かなり勇気がいる選択肢でした。これも日本人特有の、間違ったことを指摘することを避ける、という心理だと思います。

本当の心の優しさとは、未来永劫にわたって地図を持って行かないつもりの人を連れて行くことでしょうか?それとも、そうした登山は間違っているよ、という指摘をする勇気を持つことでしょうか?

指摘することは勇気も入り、時間もよりかかり、私には何の得もありません。一方、連れて行くだけなら、相手はいい人だと思い込んでくれるし、自分にとって、ついでの範疇で連れて行けばいいので、楽です。どちらが相手のことを思った行為か? よく考えてみて欲しいと思います。

そういう意味のヒューマニティが登山界全体で不足しています。 

今では登山者を怒鳴ってくれた名物おやじはいなくなってしまいました。




Wednesday, February 11, 2015

阿弥陀の遭難 - 八ヶ岳は天候核心

■ 阿弥陀で遭難

私たちが天狗岳に一泊二日で行ったのと同じ、2月7日~8日、阿弥陀岳で遭難がおきました。

   なんで、天気予報を見て、8日登頂の計画を変更しなかったのかなぁ・・・

と、思わずにはいられない。天気予報は6日に発表になるからです。 8日、たしかに朝7時時点では、晴れていましたが、8時はもう横殴りの風でした。 
8日 6:54 の黒百合平から南の空

8日 7:39の写真 横殴りの雪が映っているのが分かるでしょうか?トレースもない
■ 体験の質は自分で作る

その日、黒百合平で会った大学生のパーティは、当然のごとく山頂を目指したと思います。そしてニュースになっていないところを見ると、無事帰ってきたのでしょう。

   その彼らにとって登頂がどういう経験になったかだろうか?

と想像すると、おそらく、

  ”無事帰ってこれた”という成功体験

になったでしょう。 が、この学習院大学の遭難のニュースを見ると、

  悪天候が迫っていることを分かっているのに山頂に出発するという行動は同じ

だということが分かります。つまり、

  ほとんど紙一重の体験。

です。 安全マージンがありません。

■ 安全マージン 

私と夫は安全マージンがありました。登頂を避け、すぐ下山しているからです。

しかし、もっと安全マージンが分厚い人は、そもそも、この週末に山行計画を立てても、日曜登頂の計画の時点で、出発自体しません。

可能だったのは土曜登頂の計画だけです。もっとも最適だったのは、金曜出発土曜登頂です。

■ 成功体験として積み上げてはならない

つまり、悪天候が予報で分かっている日に行動したことを成功体験として積み上げてしまうと

 ヒヤリハットなのにそれを分かっていない登山者を作る

ということです。もちろん、私があった大学生の彼らは、そこを勘違いせず、学習院大学を他山の石としてくれていると思いますが・・・。 

 生きて帰れたことと、登山の成功は違います。

 ”成功体験とみなしてはならないことを、成功体験とみなさない反省力”

が登山をする人には必要です。 その反省力をつけるには、

 自らの行動を後から振り返る、という実際の行動

が重要です。

≪参考≫
ハインリヒの法則 

■ 尾根を降りるのは難しい

ニュースを見てみると、行者小屋から阿弥陀登頂なので、初心者向けバリエーションの阿弥陀北陵ではないか?と思います。

中岳のコルで、南陵方面に降りてしまったそうですが、

コンパス

があれば、反対側には降りない。

スコップ

を持っていれば、雪洞を掘って、そこに避難できます。がもっていたかどうか・・・。北陵だとすると、空荷に近い形で、スピーディにピストンする予定ですから、持っていないでしょう。しっかり風を防いでいれば、生還できますが、それでも、もう3日も経つので絶望的です。

阿弥陀北陵は中岳のコルに降りると、雪崩がアブナイということが知られていますが、それ以外はとくにリスク管理について、やかましく言われない、初心者向け楽勝ルート、という位置づけです。

しかし、未熟な登山者には、それ以外にも、

 ・悪天候なのに出発してしまうリスク、

 ・体力不足で歩けなくなってしまうリスク、

 ・ホワイトアウトした山頂で違う尾根に降りてしまうリスク

もあるのですね。 この若い人たちはもっと低い山での読図山行で、

 尾根は登るよりも、正確に降りる方がうんと難しい

ということを分かってから、チャレンジしていたのだろうか・・・ パーティの中で一人が遅れ始めたらどうするか、シミュレーションしてから登ったのだろうか・・・

八ヶ岳の遭対協の隊長をしている先生が寄稿した岳人の記事には、

 ルートファインディングも熟達してから登れ、

とありました。バリエーションルートのルートそのものを見る目も、もちろんですが、ルート自体は、残置の支点を追いかけていけばよいので難しいことはないです。要するに赤テープ追従の一般登山とほぼ一緒です。

しかし、そうした目印の無い、

 雪稜の白い尾根を風雪時に降りるのは、非常に難しい

です。

実際、私と夫は、天狗岳からの下りで、みどり池までの、ごく普通の樹林帯の登山道でも、風でトレースがかき消され、ルートを発見するのに、コンパスを出しました。ホワイトアウトはしていないですが、樹林帯なので、ホワイトアウト時と同じく、360度景色がそっくりです。

 

■ 天候核心

私の会でも、1週間前に阿弥陀北陵へ行き、2名も凍傷者を出しました。これは、決して成功体験とみなしてはならない体験です。

  八ヶ岳は天候核心 (悪天候時は登らない)

  読図山行は重要

  気温・風速はセット販売 

であることを肝に銘じたいと思います。

以下は信濃新聞からのコピーです。


阿弥陀岳遭難 発見できず 山岳部主将と1年女子02月11日(水)



ヘリポートで県警ヘリコプターに乗り込む捜索隊員ら=10日午後2時12分、茅野市金沢
 長野県警茅野署などは10日、八ケ岳連峰・阿弥陀岳(2805メートル)から下山中に行方不明となった学習院大山岳部主将で4年の男子学生(22)=東京都杉並区=と、同部員で1年の女子学生(19)=千葉県松戸市=の捜索を続けたが、発見に至らなかった。11日も地上からとヘリコプターで捜索する予定。

 同署によると、同部の部員5人は4泊5日の予定で7日に入山。8日は茅野市の行者小屋から阿弥陀岳に登り、小屋に戻る予定だったが、悪天候で視界が悪く、中岳との鞍部(あんぶ)から逆方向の南側に下った。途中で気付き、同日夜はビバーク(露営)して9日に阿弥陀岳南稜を登り返したが、女子学生が遅れ始め、主将が付き添ったという。

 同日午後3時45分ごろ、1、2年で19~20歳の男子部員3人が主将の指示で先に行者小屋へ戻った。3人は同6時ごろ小屋に到着し、2人が戻らないため同9時ごろに監督に連絡した。

 戻っていない2人はテントと緊急用の食糧を持っているという。山岳部長の荒川一郎教授(62)は10日、「早く見つかってほしい。どこかでビバークしていてくれればいいと願っている」と話した。

 行者小屋関係者によると、小屋周辺は8日朝から風が強く、雪も降って視界が悪かった。小屋利用者の中には、天候悪化を見越して7日のうちに登山日程を変更した人もいたという。




■ 追伸

11日、発見されたようです。 遭難者のご冥福を心より、お祈りいたします。とともに、このような遭難が二度と繰り返されることのないことを切に願います。残された家族の心痛は、いかばかりかと思うと、むなしさばかりが浮かぶのを禁じ得ません。若い人の死はそれだけで悲しく、虚脱感が襲います。(弟は24歳で他界)

■ 追伸

 さらに考察を深めています。 阿弥陀岳遭難の考察 亡くなられた遺族の方にも考察の必要性をご理解いただけたらと思います。決して詮索や批判ではないことを理解していただきたいと思います。




八ケ岳連峰で2人の遺体発見 遭難の学習院大生か

 長野県警は11日午後3時ごろ、同県の八ケ岳連峰の阿弥陀岳(2805メートル)で行方不明になっていた学習院大山岳部の男子学生(22)と女子学生(19)の2人とみられる遺体を見つけた。茅野署によると、阿弥陀岳の南西斜面付近に2人の持ち物があるのをヘリから確認し、付近を捜索したところ、2人を発見した。(朝日新聞デジタル)

■ 2015.4.20 続報について

http://stps2snwmt.blogspot.jp/2015/04/blog-post_24.html

■ 事故報告書入手
http://stps2snwmt.blogspot.jp/2015/10/blog-post_12.html

Wednesday, February 4, 2015

感情に振り回されない人がリスクコントロールできる人

■もうすぐ春ですね♪

今年の冬もずいぶん春めいてきました。植物は、季節の変化を人間より早く知るようです

我が家では、もう春の新じゃがの煮物が食卓に上りましたし、野菜入れのニンジンの根っこからは、ぴよよ~んと新しい芽吹きが。葉っぱがかわいくて、キレイなので取ってあります♪

豆を煮るのに、浸水するとき、うっかりすると、もやしになりそうになります(笑)。季節によっては、同じ浸水でも、腐敗が早く来てしまうこともあるのですから、季節と言うのは不思議ですね。

植物が季節を知るメカニズムには、とても興味を引かれます。

2月は恒例の味噌作りの月です。そろそろ味噌を仕込まねば!ですね。

■1月を振り返る

例年、1月には素晴らしい山日和が来ます。去年はその日、甲斐駒にいましたが、今年はその山日和を生かし切ったとはいえない1月でしたが、愛情に恵まれた月になりました。

私は、雪稜が好きで山をやっているからです。

厳冬期の山は、安全対策が厳しいので、私の今のスキルでは、万が一のために小屋がある山が良いと思っています。(とはいえ八ヶ岳までレベルを下げてしまう気にはなりませんが・・・。)

代わりに、師匠が金石沢と湯川アイスに連れ出してくれました。ありがたいことでした。

■ 守ってもらう

何しろ、私は守ってもらった側なのです…。そうでなければ、私は自分の身の丈以上の山に行ってしまったかもしれません。

山の危険は、天候だけでなく、どんな人とどう行くか?にも寄ります。しかし、それにしても

金石沢と湯川のアイスに連れて行ってくれたこと、
先輩が月例山行で助け船を出してくれたこと、
阿弥陀北陵の日に山に連れて行ってくれたこと

には、とても慰められました。思いやりとは、行動で示すもの。

■ 時機が満ちるのを待つ

阿弥陀北陵はテーブルに上がってから1年たつ山でした。なので、惜しいという感情が湧きます。

しかし、甲斐駒もテーブルに上がってから、2年待ちました。

”行ける”というのと、”時機が満ちる”のは違うことなのです。

阿弥陀北陵は、八ヶ岳の入門バリエーションルートです。易しいので、ロープを出さずとも、登ってしまえるようなルートです。つまり、リスクはロープを出さないで行ってしまうという安易さに流されやすいことです。

なので、クライミング力を誇示するようなところではありません。 しかし、ロープを出さないで登ってしまえば、入門ルートの意味がありません。

易しい場所で出せないロープが、難しいところでだせるはずがない。これから先、技術度が上がるわけだからです。

したがって、ロープワークが、”あうん”の呼吸になった相手と、ともに歩む最初の一歩として、ふさわしいルート、ということが言えます。

そういう意味で、待つことは、実力未満を示すのではありません。むしろ、賢明さを示すのかもしれません。

■ 顕在的な意識と潜在的な意識

私は厳冬期の甲斐駒山行を2年目で見送りました。そのときは、自分でリスクを避けた、という認識が、はっきりと顕在的にありました。今でも冷静な判断で間違っていたとは思いません。

しかし、山行の誘いは、悪魔の声だと思いました(笑)。 実際それを裏付ける出来事もありました。甲斐駒を断った時、残念そうに「最適なメンバーが揃う事なんて待っていたら山には行けないよ」と負け惜しみ?を言われたのです。

山をやっていて、厳冬期甲斐駒黒戸尾根という誘いに魅力を感じない登山者がいるでしょうか?しかし、死の危険を取るくらいなら、そもそも山に行かないでも良いのは自明のことです。ので、この人はダメだなと思いました。(すいませんね~) 

今回は、私は残念ながら、心待ちにしていた山行には参加できませんでしたが、一方で、(計画の甘さ)と(天候のリスク)を感じたので、先手先手で色々と対策を考えました。ので、参加できなくなったときに、一抹の安堵を感じた、ということは否定できません。

しかし、それにしても、2年前は、誰の助言を得なくても、その誘惑を跳ね返す、冷静さと緻密な判断力を私自身が持っていたのに、より登山者として成長したハズの今は、その冷静さと判断力を少々失っているようです。

それだけ、機会が限られた山については機会を取りたい、という欲、つまるところ、煩悩のほうが勝っているということですね。くわばら、くわばら。

■ 山煩悩

危険認知力を危うくさせるのは、言うなれば、(多少のリスクを引き受けてでも山に行きたい)と思う”山煩悩”です。

それは、悪天候でも頑張って歩いたり、単独の心細さを乗り越えて山に行く”覚悟”という意味のリスクテイキングとは違います。

覚悟は恐怖という感情に振り回されないという、主体性を持った行為ですが、山煩悩は、逆で、欲という感情の方に人間が振り回されています。

You should control your emotion not the emotion should control you! です。

どうしてそうなってしまうのか?

行きたいのに行けない、というストレスが、山煩悩を生みます。

人の山に付き合っているだけでも同じように山煩悩が増えます。人のために時間を使うケースでは、相手がそのことを分かっていて、感謝してくれないとストレスが増えます。

人間が持てる時間は限られている。だから、時間を分け与えてくれるということは、愛情の印です。

しかし、きちんと受け止めらえていない愛情は、ストレスを生みます。簡単に言うと、自分のために時間を使えばよかったな~、損しちゃったな~、という気分になる、ということです。

それを回避するには、

 1)自分で自分の幸福のバケツを満たしておく
 2)分かっていない人とは行かない

です。

2)は避けたくても避けられない場合もあるので、1)を充実させておくに限ります。

■ 行く山が伝えるメッセージ

山ヤのメッセージは、どんな山に連れて行ってくれるか?が伝えるもの、です。

私も同じことをしています。連れて行く山をするときは、(自分の山)を知ってもらう内容の山にしています。燕岩岩脈しかり、御神楽尾根しかり。

金峰山は、赤岳だけが凄い山じゃないということを知ってもらいたいがために選んだ山でした。自己顕示欲を満たすための山は、好きではありません。そういう中で、私が今のスキルで連れて行ける山で一番大きな山が金峰山でした。

おそらく、私が連れて行ってもらった甲斐駒や広河原沢、あるいは前穂北尾根は、私が連れて行った金峰山と同じような性格だったでしょう。

そういう意味で、山行そのものの成功とは別に、山行で伝えようとしたメッセージが届くかどうか?という成功の尺度があります。

願わくば、打てば響く相手でありたいものです。

■ アルパインファースト

師匠が同行してくれた金石沢と湯川渓谷は、どちらも今の私のスキルとニーズにマッチした山でした。

ミニアイスボルダーのリードとクライミング力だけをピックアップするためのゲレンデのセットです。

去年は同じゲレンデでも、金ヶ窪沢と広河原沢に行っています。これは、”アルパインファースト”という原則です(勝手に命名)。

最初にゲレンデでクライミングを紹介してしまうと、ゲレンデクライマー、ローワーダウンしか知らないスポーツクライマーを作ってしまいます。

岩も私はゲレンデではなく、アルパインの岩場、三つ峠でデビューしています。厳密には、私の岩デビューは、その前の十二ヶ岳の岩でのアイゼントレですが、リードフォローでデビューしているので、やはり、アルパインファーストです。

問題は位置づけで、ゲレンデを練習の場、と位置付けることができるかどうか?です。

■ 成長

しかし、改めて考えてみると、私は金峰山に人を連れて行けるようになっていた… あれ?ということで、自らの成長を今更ながらに感じます。

2年前は、私が人を連れて行ける雪山は、北横岳でした。

登山者の成長は、自分で顕在意識的に捉えられるものと、そうでないものがあるもののようです。


Monday, February 2, 2015

リスクの要素を掘り下げる必要性

今日は、なんだかちょっと複雑な気分でいます。

先週は色々なことが起りました。

■ 値踏は必要なこと

先週、アイス金石沢では、プチ・リードフォロー。私はセカンドの確保をしました。

後から「ロープ操作が遅いよ」と指摘を受けました。それはその通りでした。何がまずかったか自分でも分かっていたのです。

セルフを取ってから、セカンドの準備をし、ロープアップをしたものの、ロープアップ途中で、手袋の紐がロープに絡んだので、絡まりを取るのにロープアップを一時中断しました。

そして、セカンドの確保用にロープを入れたら、確保器の位置関係が悪く、ロープアップしたロープの背後に入りそうだったので、確保しづらく、位置を変えました。

そういうので、通常より1.3割増しくらいの時間がかかりましたので、遅いというのは、そういうことです。

でも、私は指摘されて嫌な気持ちにはなりませんでした。私もそういう目で相手を見ているからです。

ルートは、そうしたロープワークが、”あうん”の呼吸になる相手と行くべき場所です。何も言葉を交わさなくても相手が何をしているか予想できる相手ということです。

■ 1-1=0の関係

先週の今日、一緒に人工壁でリードフォローの練習をした人は、ギアがないとセカンドの確保を作れませんでした。スリングは無くても、メインロープで代用できます。ビナはないと、どうにもならないときもありますが、最低限の道具で、なんとかできるよう常日頃考えておくのが大事です。

それで、こうしたら?ああしたら?と私が提案しました。ということは、その人と私のコンビネーションだと、1-1=0ということです。

その人の方が、クライミング力が上だったので、相手がリードすることが確実となると、確保が確実でないと、1+1=2になりません。 1-1=0になってしまいます。

つまりお互いに足を引っ張り合う関係です。私はクライミング力の不足で足を引っ張り、相手はプロテクション構築能力で足を引っ張ってしまいます。

で、あーあ、一緒になれないな~と明らかでした。早くも破局。

あるいは、別の人ですが一般縦走であっても、風が強い予報の日に「防風対策してきてください」と言うと、「防寒対策していきます」と返事が来て、ちょっと分かっていないかもな~と不安がもたげたこともありました。

そういうときは、あらかじめ分かっていないだろうから、という想定でこちらも用意して行きます。

■ 冬山の最大のリスクは風

冬山の最大のリスクは、”風”です。寒いのは着こめば対策できます。

なので防寒対策と防風対策はちょっぴり違います。まぁ大体一緒ですが。

防風対策、ウィンドストッパーなどの、稜線上でも風を通さない対策が必要ですし、稜線に出るころに、進退を判断しないといけない。行けるとおもったばっかりに突風に飛ばされたら、後で後悔しても挽回はかなり難しいです。風のリスクはなかなか取りにくいリスクです。

-30℃になると命の危険を感じる、と誰かが言っていましたが、風もどうように自分の感覚で危険を察知するのが大事かもしれません。

そうした肌感覚で危険を察知する感性を磨くために、普通は小屋があるような天狗岳などで八ッ岳の寒さや強風のリスクを経験するわけです。

私はまだ、足の指しか凍傷になったことがありませんが、鼻やほおが凍傷になっている人は結構います。稜線を歩く長さも凍傷のリスクを高めます。

■ 易から難へ じっくり相互理解を深める

ちょっと話がずれましたが、相手の様子や返事の仕方から、登山者同志は色々なサインを読み取っていて、それが普通だ、という話です。 

師匠が、私の様子から、成長の度合いを読み取ってくれているのは、わたしだってそうするので、まったく意外なことではありませんし、値踏みされるということはイコール観察されているということです。

また守ってもらっているということです。私がリーダーの時は、分かっていない人には分かっていない人のための指示を出します。

分かっていない人は、分かっている人から見ると”分かっていないんだな”と分かります。しかし、その逆はありません。

ということが、だんだんわかってきました。

■ 自分を疑うことができる人が信頼できる人

昨日は、節刀ヶ岳にいたのですが、一度ルートを見失ったように感じたときがありました。

先輩が先を歩いていて、明瞭な尾根を、登りにつけたトレースを辿って下山中でした。実際は、その道で合っていたのですが、先輩はあっているとは考えずに上に確かめに行きました。

それは、信頼できる行動だったと思います。私が持っていたGPSでは軌跡は正しく、歩いている場所は正しい場所でした。

ただほんの数時間の気温上昇でトレースが薄くなっていただけのようでした。

でも私がその人の立場だった時に同じ行動ができるか?というと、自分は合っているという自信の方が勝ちそうです。

 先輩 合っていても合っていないかもと考える
 私   合っていないのに合っているだろうと考える

どちらが安全性が高いか?は一目瞭然ですね。だから、常に自分を疑っているのが大事です。

■ ルートファインディングは心理戦

一般縦走でルートファインディングをミスることは稀と思いますが、夏山のルートでは、踏み跡が濃いとはいえ、ルートファインディングのミスは起りうるリスクです。

踏み跡は、冬になれば雪で隠れます。たとえば、北八つでは一般道もトレースがないとどこが道か分からなくなります。樹林帯は、360度森林で、日も見えず、平坦で、どちらを見ても同じような森、方向が分からなくなったら、コンパスを出すしかありません。

 2013年1月9日北八つ周回の記録

ルーファイのリスクは基本的には、技術力と言うより、心理リスクです。

セオリー通り、分かっているところまで戻る、という判断をすることは予想以上に難しい。突っ込む判断をすることは容易です。何しろ、めんどくさいからです。ルーファイのマスターは、技術と同時に心理学のマスターでもあります。

ルーファイの技術自体にも、

 ・読図で何とかなるものと
 ・読図力の向上ではどうにもならないもの

があります。岩などのバリエーションでのルーファイは後者です。

その差を知りたければ、北穂池と前穂北尾根に行けば意味が分かります。アルパインのルートは、どちらかといえば、後者の技術力が占める割合が大きいようです。

ルーファイ
 ・読図 (読図でなんとかなるもの&経験しかないもの)
 ・心理学

■ 判断

結局のところ、登山は

 ・進むか、退くか、停滞か
 ・どう進むか?

の二つの判断が重要です。 

読図だけで解決できる雪の藪山などは、安全に相手の心理を学ぶことができます。パートナーシップという側面で見れば、それを互いに学びあうための、あるいはリーダーシップとメンバーシップをすり合わせるための山なのかもしれません。

とすると、藪山を何度も一緒に行って、相手の心理的な傾向をよく知っておくことが必要です。

小さい山でルートファインディングできない人が、大きな山で出来るとは思えません。小さい山での読図山行をやっていない人には、大きな山はこなせないという実例を既に見ました。単純に取り付き敗退になります。

しかし、そのことを学べるか、学べないか?ということも、個人の資質がでるのかもしれません。

■ 気象判断

去年の今頃の岳人に、知り合いの先生の寄稿で、八ヶ岳の入門バリエーションルートの解説がありました。他の寄稿と違って、単純なクライミング力だけでなく

 ・ルートファインディング
 ・気象判断

-22度の日
など、習熟をしてから、取り付くようにとのアドバイスが、さすが遭対協をやっているだけの先生だと思いました。

八ヶ岳は、とても寒い山です。

逆に言うと雪の量は多くないし、天候の晴天率が高いので、寒さの対策だけをして行けば、初心者にも取り付きやすいため、冬山の入門とされています。

それは言うなれば、リスクのひとつ、気温の低さ、が、一般に想像される以上だということです。

気温というのは、風が加わると風速1mにつき、-1度です。

つまり、-15度の日に、風速15mだと -30℃です。

八ヶ岳ではー15度なんて普通です。 春だって夜はー17度とかです。ー22度を見たこともあります。

今週末八ヶ岳は特別寒い日でした。700hPaで-18度の寒気が入り、北北西の風が稜線で強い、という予報が出ていたのです。

850hPaは高度約1,500m、700hPaは高度約3,000mの天気図だということは、よく知られています。

それで私は少し警戒していました。私が足の指の凍傷になったのは、上空に-33度の寒気が入った時でした。週末は晴れるけれども、強風で、寒く、冬山の条件としては厳しいことが予想されました。

そういう中、信頼している先輩が凍傷になったニュースが入ってきて、少し気持ちが沈んでいます。

美しい冬山も、寒気や風から自分を守る、そういう覚悟と備えがあってこそできること。

一気に体温を奪う、鞍部での冷たい風を、読図山行の低い山で味わっておくのは、高い山ですぐ手袋が出せるということの練習のため、なのかもしれません。それでも体自体が冷えてしまうリスクはゼロにはできません。

それに、お酒は寒さにはマイナスに働きます。

これらもろもろのことを考えると、結局、学ぶべきことは、

 リスクはそれぞれの要素を掘り下げて考える必要性がある

ということなのかもしれません。 




Monday, January 5, 2015

山は地頭力

■ わくわく山企画中

大阪から帰ってきたと思ったら、もう仕事はじめですね。今日はバタバタと過ぎていきました。

今年の目標を温めています。今年は再現性が高い行動計画を立てなければ!

・計画的な山行で山行回数アップ
・講習会的山行 企画&立案 で企画力&提案力アップ
・図書館通いで、知識吸収量UP

今週末は、楽しい山の企画を思いつきました☆ 今からワクワクしています♪

■ 冬山遭難に学ぶ

今年も冬山、お天気イマイチの日が多かったので、遭難があります。死亡3人、遭難26人とニュースに出ていました。

・富士山で 28日、31歳の男性が下山中に滑落
・64歳の女性は31日、長野県の北アルプスの燕岳。単独。悪天候のために動けなくなり死亡
・栃木県男体山、47歳の男性が下山の予定日を過ぎても戻っていない
・北岳、女性が5日、心肺停止の状態で発見
・スノーボーダー3人、雪洞泊して2日後救助

厳冬期の富士山、毎年人が死んでいますね。それでも行く人がいます。それだけの安全対策をしてから、取り組んで欲しいですね。

御坂山岳会には、富士山で遭難があると出動があるそうです…(汗)

私は女性だし、力もないので、そういう依頼が来ることはないと思いますが、救助経験のある先輩もいるみたいです。

こういう遭難のニュースを聞くと、やはり、ゆとりがある計画、失敗があっても挽回可能な計画という意味の”弱気”が必要だと思います。

■ 楽しさ優位の山を

印象論にすぎませんが、当たらずとも遠からずと思えるのは、富士山や穂高、剣、赤岳、北鎌尾根、などなど、登山者じゃなくても、誰でも知っている、派手な山を志向する人は、

 手っ取り早い勝ち組志向 & 単純な”すごい”を求める志向

が強いように思えます。 ドヤ顔という言葉が最近ありますが、水戸黄門の印籠のようなものを求めているのではないかと・・・。

平たく言うと ”実績” ですね。 でも、趣味の人に、そんなもの要る?要らないよなー。

もっと言えば、自己効力感、つまり自信、を高めるのは、周囲の評価、ではなく、自分自身が下す、自分への評価です。 

だから、自分で自分の力で登ったのではないと分かっていたら、自信にならない。逆に言えば、人がうらやむようなスゴイ山に登っているのに、自信になっていない人は、自分の力で登ってはいないってことが推測可能です。

■ プライドの問題にしないのが大事

私たちの冬山合宿は、遭難ではなく、単純に敗退しただけですが、心理的な構造は遭難と同じです。

山がノーと言っている時に、人間がYESと言う。

それは人間の力に対する過大な評価があると思うんですよね。でも、それはアルピニズム全体が持つ宿命なのかもしれません。アルピニズムって西洋のものなので・・・。西洋人には、日本的なアプローチはできないです。西洋人は積極的に山と係ることでしか、謙虚さを学ぶことができないみたいです。

現代日本人は中身は西洋人です。ですから、西洋的アプローチでは、自然と対峙するため、自己を高めますし、その方法論でしか、進化していけない人間に今の日本人はなってしまっているのかもしれません。

一方で、人間は賢くなります。

山には勝てない。

西洋的価値では、もしかしたら、自分の努力の量で、山の大きさを計るのかもですね。

私は、相場格言と同じに感じています。損きり万両です(笑) 意地を張ってもいいことはない。

山ヤ的成長のためには、敗退はとても有意義です。

私は、去年シャクナゲ尾根はラッセル3時間、下山30分でした(笑)。敗退した山行の方がよく勉強になって、印象にも残っています。

いわゆる”あきらめない心”というポジティブマインドは、日々のトレーニングの継続、というような意味合いで発揮するのが良いのかもしれません。

山には勝てないということを受け入れることは、自分の弱さの証とはならない、ということを山男の皆さんには肝に銘じてほしいです。

というのも、大事なのは、山を”プライドの問題”にしないことだと思うんですよね。(例:冬富士に登れる=すごい俺)

著名なアルパインクライマーが言っていたのですが、”山では心理学が重要”らしいのです。

というのは、どういうことか?というと統計的に、若い女性がパーティに交じると遭難の確立が高まるのだそうです。

つまり、かっこつけたいという動機が強まるのだそうです。

私はもう”若い女性”とは言えないのですが、同じ力学をパーティに働かせることがないように気を付けないといけません。

そういう意味でも、

 強いクライマーほど撤退が早い=かっこいいクライマー

という価値観を知ってもらいたいな~と思います。私にとってカッコいいクライマーとは、安全管理ができている人です。的確な判断、という資産を先輩から学びたいと思っています。

ちょっと思い出したのですが、山野井さんは、人より1m多く雪庇を避けるそうです。そういう弱気が重要なような気がします。

■ 歩荷負担

前回の適正歩荷負担を試算した記事は、賛否両論でした。

小柄な女性は歩荷免除で、と言っているんじゃないの~

という指摘もありましたが… 

私は小柄ですが、18kg位までなら担げます。20kgはちょっと頑張らないとダメ。22kgくらいで限界な感じです。でも歩く距離や登山道にも寄ります。

ロープが出る山をしたい人がロープを担ぐのは当然。だから、ロープも自分のを持って行くのなら、何とか平気ですよ~と言いたいデータです。

18kg担げる人はロープを入れてもテント泊装備担げます。だって私のテント泊装備、軽量化したら、8kgだもん。ロープは3kg程度しかしません。だから自分の装備なら担げます。困るのは、不必要に重い装備。

昔からやっている人が想定している装備の重さより、現代の装備は実は軽いのかもしれないです。

ある名門山岳会では、冬山合宿は40リットルザックだそうです。それって私が山岳総合センターの講習で最初に大型ザックを持って行かなかったのが正しいって言っているみたいな感じです。70リットル以上のザックが指定されていました。結局、そんなザックは売っていないので、60ℓを買っていますし、180cmの人と150cmの私が同じザックって変だと思いました。

きっとひと昔前は、重くずっしりしか歩けなかったんでしょう。でも今は、軽さはお金で買えます。先輩は60ℓ以上のザックには知性を感じないと言っていました。同感です。

それでも冬期登攀になるとギアが重いから、25kgは担げないといけないそうです・・・そうなると私には無理ですね・・・(--;) ま、私が行きたいのは冬壁ではなくて雪稜なので、別にいいんですが。

雪稜に行くための重さを背負えるようになるため、去年は歩荷散歩していました。

私は大人になって山を始めたので、自分がどれくらいの重さに耐えられるのか、最初、全然分かりませんでした。

山で出合うテント泊装備の人が「重い、重い」と嘆くし、みな「20kg」「30kg」と言うので、どれくらい重いのだろう?と自分でテント泊装備を作ってみたら、8kgくらいだった。 (アレ?ぜんぜん重くないだけど…汗)。これで一回目のソロテント泊デビューしました。

温泉で出会ったベテラン山おばちゃんが「12kg以上は私はダメ」というので、そんな大ベテランが12kgでダメなら、私はもっとダメだろう・・・と思ったら、14~15kgくらいでの縦走は平気だったし…。(あれ?おかしいなー)

でも、一方で、あまり重くない普通の重さのはずで、沢では、体が振られてみんなについていけない… 沢の歩きで重いと歩けないことを学習…。

その上、カサメリ沢では、なんでもないところで、身体が後ろに引かれて滑落…(汗)。要するに子供と同じ状態です。重さが後ろに引かれると全然耐えられない。それは、強さの問題ではなくて、物理学の法則の問題の方みたいでした。

だから、歩荷力は歩き方に無駄がなく、バランスを崩さないテクニックが重要みたいなんですよね。要するに疲れない歩き方と同じです。

最初から重たい荷物を担いでいると、バランスを崩すとくたびれるので、効率的にバランス力と必要な筋肉だけを使う体が作られるようです。

以前歩荷力70kgの人に聞いたら、山を始めたときから、重い荷物を持って歩いていて、最初はコースタイムで歩けなかったそうです。重さのせいで。

■ 相対的な問題

私がデータを出してみて、気が付いたのは、相対的な問題です。

男性でも年齢や体格ではそんなに担がせたら悪い、ということかもしれない。

相対的に見ると、

 40代の小柄な女性≒60代の平均的体格の男性

これは意外でした。男性だから、もっと担げる、という先入観があります。

もちろん、歩荷力は個人差が大きいです。体格が大きさえすればよいと言う訳でもなく、70kg歩荷力の人は結構スリムな人です。

でも、やっぱり、小柄な人が大柄な人をビレイするのと同じで、私は70kgの後輩をトップロープバーで、トップロープでビレイしてたら、どう頑張っても吸い込まれていきます。これは物理の法則。

基本的に、ポテンシャルデータ、として読んでもらうと良いのですかね?

高齢者も女性も変わりなく、一律3kg共同装備、という割り振り方は、悪平等のような気がします。

また、自分が若く健康なときには、弱さや衰えにはまったく思いが至らないのが普通なので、そういった想像がつかない点に対し、自分で想像がつく範囲から、想像力や推察力を搔きたててもらう一助になれば、と思います。

なにしろ、山では

リスクを想像する力

が重要です。

想像もつかないから、想像しないっていうのは、思考停止ですし、

経験から判断ってのは、逆に言えば、経験がなければ判断しない、となります。

経験がないから判断しないのなら、初めての山なんてできません。当たりハズレの幅が大きくても良いから、仮説を持って挑まないと。

ということは、

山は地頭力

ということも言えるのかも?



Monday, December 8, 2014

山のべからず集

■山のべからず集

以下、『ハイグレード・・・』より抜粋です。 

自分が非常識登山者にならないよう、注意したいものですね。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
1)支点を一本で使う  

2)怪しげな支点を使う

3)形だけのビレイ

 いくら確保器を使っていても強い衝撃に備えて集中していなかったり、引かれる方向を考えずに、むやみにただ突っ立ってやっていたら、失敗することも大いにありうる。

 事前に必ず、本当の人の墜落を止める経験をしておくこと、
 ビレイ中は神経を集中していること

4)セルフビレイを施さずにビレイする
 
 懸垂のセットでも同じ

5)補助ロープでのリード

6)ロープをつないだままで全員で安全地帯に入る

7)初心者を先に懸垂下降させる
 
8)落石の来る場所にいる
  
  コルは落石が多い
  落ちる場所にいる方が悪い。山の中では常に周囲に注意を払うこと。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

■ 考察

本を読むと、こういうリストを見たりして、自分の山行を振り返ることができる。

1)支点を一本で使うというのは、さすがにやったことがありませんが、

・自然物からバックアップを取るというのは、練習や経験が必要ですし、
・スポーツクライミングでは、信用ができる支点を一本で使うこともよくあるので、スポーツクライミングしかしていないと、支点については知らないで済んでしまう

ので、山での経験とは別です。

スポーツクライミングはあくまで、クライミングを、安全配慮なしに楽しむためのもの。

春のもどり雪の終了点
2)怪しげな支点

これはだいぶ研究しました。 春のもどり雪の終了点で、です。何が怪しげで、何が怪しげでないか?初心者はそこから分からない。

3)形だけのビレイ

「先輩は落ちないから、ロープを持っているだけでいい」という発言をする人のビレイでは、たとえスポーツクライミングでも落ちれませんね~

心構えがなっていない。

4)セルフ

これは分かっていない人多数。

・ビレイヤーのセルフビレイが、最後の砦だと言う事や
・メインロープでセルフを取ること
・懸垂支点とセルフを別にすること

など、分かっていない=初心者と言えるかもしれない。

5)補助ロープ

懸垂はできます。 スタティックだから。 登るのはアブない。これも分かっていなかったら、かなり勉強不足でしょう。ダイナミックロープとスタティックの違いを知らないって意味です。

6)ロープをつないだまま・・・

これは、危険回避という発想が抜け落ちて、ロープワークのためのロープワークになっているんだろうな。

GWの仙丈ヶ岳で見たような気がします。中高年の登山者が、5~6人でコンテで小仙丈尾根を歩いていました。一人で歩くよりむしろ危ないと思いました。多人数のコンテはアブナイです。

7)初心者を先に懸垂

初心者を連れている時は、先輩が2名必要です。

8)落石

一度、南沢大滝で、落氷のあるところにセルフをとってしまったことが。あぶないなぁ。メンツより安全。

■ 自分で安全管理できる範囲を検証

1)~7)を見ると、自分がしっかりしていれば、一緒に行く相手がしっかりしていなくても、予防できるのもあります。
                   自分で安全管理できるか?
1)支点を一本で使う         〇
2)怪しげな支点を使う        〇
3)形だけのビレイ           ×
4)セルフビレイを施さずにビレイする △
5)補助ロープでのリード       〇
6)ロープをつないだままで全員で安全地帯に入る 〇
7)初心者を先に懸垂下降させる   〇
8)落石の来る場所にいる       〇


やはり、セルフビレイと確保の2点が、連れて行く人が自立してもらいたいところ、つまり自立したセカンドになるにあたって最低限必要な点ですね。

初めての人を連れて行くと、2人だけだと、ビレイは監視できないので、やっぱり、リードする人は命がけですね(^^;)☆

Wednesday, September 17, 2014

遭難が怖くて水9リットル

餓鬼岳で、ちょっと変わったご夫婦に出会った。

「怖がりなんです」と、遭難が怖くて、水を二人で合計9リットルも持ってきていた。飯豊を縦走した時に、好天連続の予報だったのに外れて、雨となり、その時大急ぎで下山したのだが、他のパーティで遭難してしまった人がいたのだそうだ。

遭難が怖いと言って、一人頭4.5リットルの水って(汗)。それも、小屋泊の縦走で、だ。それって、いったいどうなのだろう?というか、考え方が完全に間違っている。

遭難は怖い。でも、遭難してしまってから飲む、生き延びるための水を9リットル担いで登るっていうのは、まったく論理的でない。まずは、遭難しないためにはどうしたらいいか?を考えるべきだろう。

登山者の中には、論理的でない人は結構多い。それが不思議だ。

登山者の遭難対策、基本は、
  • 2万5千分の1の地図
  • コンパス
  • 高度計
だ。

 ・携帯電話
 ・GPS

も、最近は入る。遭難した時、なんとかして、外の世界と連絡をつけなくてはいけない。

遭難原因のNo1は、道迷い遭難だ。

気象遭難も悪天候に煽られて、濃霧や雨で道を見失ったことで、道迷いが発生する、ということが、よくあるシナリオとなることが多い。転滑落も躓いて転んで即ヘリ、というようなもの以外は、道迷いでさまよっている間に滑落死というシナリオが多い。

登山歴が長くても、たとえ山岳会に所属していても、ついて歩くだけの、”いわゆる”金魚の糞登山の人は、「今、現在地がどこか?」を理解しようとさえしない。ひどい人は地図さえ携帯していない。地図は一人一枚必要だ。

また現在地を理解していないことが、登山者としては恥ずかしいことである、という感性が、そもそもない人も多い。人の後を歩くことが登山だという、何かの信仰のような思い込みも根強い。

それが不思議だが、本当だ。 私はそういう人を好きになれない。どんなにすごい山をした、という話を聞いても、尊敬をする気持ちには一切なれない。単なる一か八かの博打に勝った話に過ぎないからだ。むしろ、そんな話をされても、白けてしまうし、山の価値が下がったと感じてしまう。

水9リットルのご夫婦は、自分から水9リットルを話してくれた。

ということは、この水9リットルが変だ、という自覚は無い、ということになる。うーん・・・。本当は体力自慢をしたかったのだろうか?それなのに、「GPSを持った方がいいですよ~」などと、こちらが違う対応をしたので、ガッカリさせたかもしれない。なぜ水の話を持ち出したのかは謎だが、30年前に買ったザックだった。100名山登山中のご夫婦だった。

私はこうした人をまったく尊敬する気にはなれないが、事実は事実として、そこにある、と思う。

つまり、何十年山に登っていても、初歩の登山技術ゼロ、という現実だ。

山の基本は、

・不必要なものは持たない
・安全にかかわるものは削らない

だ。 水を持ったことで重くなり、歩くのが遅くなって日没、なんてことになってしまったら、本末転倒だ。

この人たちは、たぶん、GPSを持っていないだけで、地図もコンパスも持っていたと思うが、水9リットルを吹聴していることから、山の基本をあんまり的確には理解していなさそうなのが分かる。

山は自己責任。自分の安全対策のため、そういう人とは、山を歩かないようにしている。

≪参考サイト≫
登山の安全対策
長野県警の遭難統計

≪遭難回避の3原則≫
  1. 自分たちの力を小さく見積もる (10の力で8の山に登る)
  2. 危険を予想する
  3. 金で買える安全は買う
登山の安全対策というサイトのこちらのコラムは、楽しく読めます。大切なことは、こまめな現在地確認です。


Thursday, August 7, 2014

山岳ドクター 15人いても活用されず・・・

■ 山岳ドクター 15人いても活用されず・・・

おととい、TBSの報道番組NEWS23で、国際山岳医が紹介されていました。

「遭難多発“救える命” 山岳ドクターを増やせ」という特集です。

めったに見ないTVですが、録画してみました。

■ 指摘

山岳ドクターは日本で15人しかいないそうです。 で山岳ドクターを増やせ!がその主張ですが、山岳ドクターが増えるのは、もちろん、結構なことなのですが、ポイントは、現在存在している15人も、出動していない、という点です。

なぜ、たった15人しかいなくて(つまり、てんてこ舞いに忙しいはずで)、増員が急務とされる山岳ドクターが全然活用されないのか?

は、この特集を見る際のポイント、のような気がしました。

考えられる理由その①

 高山特有の健康留意点って、別にプロでなくても、1時間程度の机上講習で学ぶことができる(だだどこの岳連もやっていないけどね~、講習そのものを(^^;))。

 ≪関連記事≫ 大町の夏山机上講習   

           その内容の概要
   

考えられる理由その②

 下界での医師不足で、山岳遭難に回るより、下界での治療でより医師の存在が求められている

考えられる理由その③

 経済的問題。 山岳ドクターが高額。 医師としても収入にならない。
 季節により、出動頻度も違うので、常駐しているわけにも行かないのでは?

考えらえる理由その④
 
 医療との連携がうまく行っていない。山岳ドクターと言え、通常の医療現場にいれば、今携わっている医療を放り出して、山岳救助に向かえない。

■ 日赤の救急救命講習を受けましょう

大町の山岳総合センターの『リーダー講習』では、日赤の救急救命法を受講することが、必修です。

つまり、登山でリーダーをやるような人は、全員、これくらいは知っておきなさい、ってことですね。

逆に言えば、知らなかったらリーダー失格。

で、日赤の救急救命法は、日本の救急救命のスタンダードです。 日赤ってエライですよね。

地味で、人々にあまり顧みられない、けれども、大事な活動をコツコツと続けています。

大体、ダサくて地味なことほど、実は大切なことです。



≪関連記事≫

日赤の救急救命 受講1日目

救急救命法 ガイドライン

お母さんになるのは、誰しもが不安なものですが、日赤では子供の救急救命もやっているので、お母さんになる前に受けておくと安心かもしれません。

日赤に救急救命講習のリピーター率はとっても高く、内容はすごく良いです。 一回受けておくと次回から、継続的にお知らせが来ます。 かなりおススメ☆

■ 水を飲みましょう

最近では、夏山の一般登山者の主力の、中高年が高齢者にシフトしています。

つまり、60代だった人たちが、70代、80代に突入しつつあり、そういう人たちが、山で持病を発病する事例が増えています。

大雑把に

 若い人 ⇒ 転滑落事故
 高齢者 ⇒ 持病・疾病の発病

発病を誘発する原因NO1は、水を飲まないこと、です。

古い山ヤさんは、水を飲まないことに美学を感じていますが、それは捨てましょう。2%の脱水で、10%のパフォーマンス低下、というのが、山岳界の最新常識です。

高度による、空気の薄さは受け入れるしかないリスクですが、脱水は予防出来ます。

持病の発病は、つまり 「いつまでも若くないんだよ」

ってことなんですが、三浦雄一郎さんがもてはやされるように、高齢者の心理的ニーズとして、一番根強いニーズは、

  老いには直面したくない

というものです。 私もヨガを教えているから分かります。

ただトレーニングで、老いを遅らせることは出来ますが、停止させることはできません。当然ですよね。 老いとの戦いに必死すぎると、自分の老いを、愛すべき、肯定すべきもの、とは感じられず、トレーニングの失敗と、とらえることになってしまいます。トレーニングは、気持ち良く老いるためのもの、という位置づけの方が良いと思います。

老いは、誰にでも起こるものです。老いを敵視したり、老いをネガティブにとらえる、その視点そのものこそ、狭量というものです。

■ 皆がOnly1の時代

山が大きければ大きいほど良い、困難であれば困難なほど良い

という、画一的な価値観を捨て、「面白い山」を目指せば、山は、老いた人を追い返す存在ではなく、むしろ、寄り添ってくれる存在ではないか?と思います。

そもそも、オーソドックスなアルパインの本流だって、今、行き詰まりの時代ですしね!

何しろ、ピオレドール賞だって、NO1を決めるのを辞めました。全隊受賞、と言ったり、マルチプルアワード、と言ったりしています。 要するに、「優れた登山」をしている人には、みんな賞を上げましょう、と言う話です。

一番をつけれない、とか、一番をつけない、というのは、価値観の多様性、が、アルパインクライミングの本流においても、重視されようになったからです。

今はオイラがNo1の時代ではなく、皆がOnly1の時代です。

ちょっと話がずれましたが、古い価値観の転換はすでに起きていることだ、という話です。山岳ドクター増員の話は、たぶん古い価値観に属し、皆が日赤救命救急講習を受ける世界は、新しい価値観に属すのではないか?と思うのですが、どうでしょうか?

こんな素晴らしい講習を格安で受けれる国は、ホント日本くらいです。素晴らしい国です。

≪山岳医サイト≫
登山事故を防止するための体力科学的な研究

山岳医療情報



Monday, May 12, 2014

春山での雪崩 復習

ここしばらく雪崩のことを調べています。 なかなかチャレンジングです。

せっかく今年は雪崩講習も受けたのですが、その知識を自分の身を守ることに生かせるか?というと、なかなか難しいです・・・。

■ 春山の雪崩

春山の雪崩は、危険があるものとして、誰もが第一に思いつくのは、全層雪崩です。 全般的な気温上昇で緩くなった雪が大地を削る、雪崩です。

雪崩れには

 ・点発生 vs 面発生

 ・全層 vs 表層

 ・乾いた雪 vs 湿った雪 

の区別があります。 

春の雪は、湿った雪です。そして、怖いのは、点発生より、面発生の雪崩。さらに表層雪崩より、もちろん雪の量が多い全層が怖いです。

今年の春山では、いくつかのタイプの雪崩を見ました。鹿島槍鎌尾根では、ちょっと判断に悩む雪しわや雪割れがありました。

それらを考察します。

■ 点発生表層湿雪雪崩




この写真は、リッジを歩いた刺激で、点発生の雪崩が起った後を示しています。この日の雪はぐずぐずの湿り雪です。冬靴の中まで ぐちょぐちょ。

この日は、予報での気温が 6時で-1度、12時で5度と気温が高いです。(実際の気温って山では計りにくく、一応温度計はあるのですが、体温などを拾ってしまって相対的目安くらいにしかならない・・・)

ちなみに この日前後の予報での気温はこんな感じです。 

 5/1 0:00 0℃  6:00 -1℃ 12:00 0℃  18:00 0℃
 5/2 0:00 -1℃ 6:00 -1℃ 12:00 5℃  18:00 2℃

実際、入山した5/1の夜は、取り付きの幕営地では、夜半は雨でした。山頂付近は雪だったようです。おそらくこのくさび型にきれいにはがれているのは、前日降った雪です。

実際とっても雪が緩く、完全に濡れた雪でした。 手袋が雪で濡れ、絞ると水が絞れるくらいです。

登りでも、かなり雪が緩く、自分が歩いたところから、点発生の、雪崩の支流が起き、それが谷に向かって、本流になって雪崩れていきます。でも、速度は遅く、スローモーションな雪崩でした。

ただ結論から言うと、この雪崩は危険性は小さかったのでは?と思います。 こちらのサイトから考えました。

参考サイト: http://nadare.jp/knowledge/index2.html

≪点発生ではどうか?≫

・点発生雪崩の場合、警戒すべき場合は、乾雪の雪崩。今回は湿り雪。
・点発生雪崩でも、地形の罠が組み合わさることで雪崩リスクは増大するが、今回は地形が扇状に広がる地形で、追い込まれる地形ではない。

≪表層雪崩はどうか?≫
・表層雪崩で危険があるのは、雪の量と重さの問題。湿雪でかつ、量が多いと、大変危険。
・今回は、表層雪崩が起っているものの、量が少ないため、危険の量としてはそれほど大きくない。
・ただし、夜半に気温がゼロ度を超える場合は、要警戒。
・夜間を通して0℃以上の気温、強い日射やまとまった降雨は、湿雪雪崩に関係する典型的な気象状況。

今回はこれに当てはまるようです。強い日射と高い気温。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

●湿雪の点発生表層雪崩

 降雪や吹雪の直後に、強い日射が当たった場合に起こりやすい。 急激な温度上昇や降雨の場合にも起こりやすい。 これは新雪が水分を含むと、粒子同士の結合が日射によって選択的に溶かされて、効率良く「ざらめ雪」(=雪の粒子の球形化)が作られる理由による。 

更に新雪は多くの水分を保持できる為に、「濡れざらめ雪」に変態して、流動性が高まって崩れやすい。 ゆえに急斜面やルンゼに陽が当たり出すと、起り始めることになる。  このパターンは、寒い夜間や早朝は寒気で融雪が完全に止まっており、比較的安全と言える。 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 
http://www011.upp.so-net.ne.jp/CAC/soshiki/koushuu/nadarekiso.htm より引用。



■ 怖い!雪割れ、雪しわ…全層雪崩の予兆

私がこの雪崩より怖いなと思ったのは、雪割れです…












































全層雪崩は大規模で大きく、地表までごっそりはがれる雪崩です。

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全層雪崩

 表面まで、一度に積雪の全てが崩れ落ちるタイプである。 湿雪雪崩が大半で、通常は発生域にクラックと、下方ではコブ状の「雪しわ」と呼ばれる前兆現象が現われる場合が多い。 最初はゆっくりと動き始める為に、避難することは可能である。 その為なのか、全層雪崩による大規模な山岳遭難の事例は少ない。

=雪温は0℃、気温はプラス



特に狭い谷筋では逃げ場が得られず危険となる。 このパターンも、寒い夜間や早朝は寒気で融雪が完全に止まっており、比較的安全

全層雪崩は、気温の最も上がる12:00~15:00が最多で、次いで9:00~12:00が多いという特徴を持っている。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

総合すると、5/2の、雪崩れリスクは比較的、低かった、といえそうな気がするのですが・・・。

岳沢も、鹿島槍大冷沢も比較的、広い沢で逃げ場があるので。

■ 全層雪崩?

実は、岳沢で見ています。 西穂高沢の隣の、間ノ岳沢が今年は全層雪崩をしており・・・すっかり土色です。



































両隣の沢はどちらもしっかり雪が付いているのに・・・ 一番右は天狗沢、土が見えているのが間ノ岳沢、その隣の隣が西穂高沢。

私はこういうのを見ると、全部詰めてみたくなるのですが・・・みんなはならないかなぁ・・・。

しかし、なんで間ノ岳沢だけが全層なのか? よく分かりません。

しかし、まとまった降雨の後などは、積雪層がすべて雪崩れる面発生湿雪全層雪崩に注意。

要するに春はまとまった雨に最大に警戒しろということですね。

■ 雪崩On雪崩れ

さらにこれは雪崩の上を湿雪の重い雪崩が通った跡と思われます。




≪関連記事≫

雪崩れの勉強中


Tuesday, February 18, 2014

ひとり?ふたり?それともみんなと?

■ 冬山・・・スルーしそう

今シーズンは夫と歩いている山が少なく、夫はまだ八ヶ岳に一回も行っていない!これはちょっと!
というわけで、15,16は、赤岳展望荘に予約をいれていましたが、大雪で愛宕山の二人ラッセルになりました(笑)

こういうことがあると、少しくらい風邪気味でも、鉱泉のアイスキャンディフェスティバル行っておけばよかったな~とか考えてしまいます。

ひとりで歩くべきか、それとも二人で歩くべきか、それともみんなと歩くべきか…?それが問題だ!!っていうのは冗談です。

一人でも歩ける人が、二人以上集まったら、愉しい仲間になる。

相手の考えることが大体分かるからです。

そうでないとたぶん楽しい仲間にはならない。 まぁ結婚と同じですね。

0.5 + 0.5 = 1ではないのです。 1 + 1= 2より大きい、それがパーティ。


■ 命題 ひとりの方が山は楽しいのか?

たまにそうかもしれない…と、私なんかは思ったりしてしまうのですが、よく振り返ってみると私は一人ではそんなに歩いていません。だから山の成長に時間がかかっていますが、焦らず行くことにしています。

人は一人では生きていけない。

けれど、一方的に与え続けないといけないと言う関係はやはり違うと思う。

私はソウルメイトというような親友を持ったことが2度あり、それは一人よりは確実に素晴らしいもので、かつ、お互い我慢がほとんどいらないくらい快適だった。

クライミング山行は絶対に一人では行くことができない。

Z式とかソロイストとかありますが、そもそもクライミングシステムは二人がスタンダードな単位。そこまでして一人にこだわるのは、二人より一人が良いと言っているようなものです。それはそれでかっこいいけど、そういえるだけの技術が要ります。メスナーみたいな人ですね。

一人で行っても安全な山はいっぱいある。 

単独行がダメ!なのは、山の常識が身についていない初心者の段階の人です。

初心者の人は行ってはいけない山に行ってしまう。そもそも、そこに単独で行くことが初心者の証っていうことをしでかします。(たとえば小屋がない厳冬期の三ツ頭に単独とか)

そう、山と言う山が全部、”一人で行けない山” ではない。

たとえば高尾山に一人で行けないか?

まぁ高尾山はルートが多い山らしいので(行ったことがない)ひとけのないるーともあるのかもしれませんが、一般的には、一般ルートで人がわんさか登っているような山に一人で行ってはいけないと言うのは正直行き過ぎている。

年中人の足が絶えない山というのはある。冬の八ヶ岳というと、知らない人が聞いたら「そんな危険な!」と十派ひとからげだが、そういう人はスキー場に行くというと安心する。

が赤岳鉱泉周辺は、もはや、冬のスキー場と何ら変わりない。実際、北横岳にはスキー場があり、歩く時間なんて山頂まで、45分くらいであり、正直な所、先日登った膝上ラッセル状態の裏山より歩行時間としては短いくらいなのである。開始点と終了点に人の気配があると言う意味では、山のキワモノ度は北横岳の方が低い。

■ ひとりのメリット

≪ひとりのメリット≫ (『ひとり歩きの登山技術』より抜粋)
・自然をじかに味わえる
・楽しい
・マイペースを守れる
・いつでも好きな時に行きたい山に行ける
・好きな時に休憩して、好きな時に歩き始めることができる
・撮りたい時に写真が撮れる
・好きな場所でコーヒーを沸かして飲める
・陽だまりで昼寝できる
・静かに俳句を読むことができる
・ウグイスの声を聞いて立ち止まれる
・自然への観察力が鋭くなる
・植生の分布や刻々と変わる雲の動きが面白いように見えてくる

・山を歩いて自然と対話すると、自分を取り戻せたような気になる
・組織の中で見えなかった自分が見えてくる
・いかに自分の力がちっぽけなものか気づく
・自然を一人で歩くことによって、その向こうには自分が見えてくる
・自立心が出てくる

■ 観察力の問題

こうしてみてくると、“観察力”というのはひとつのキーワードのような気がしてくる。

仲間と歩くと、仲間に合わせることに人間は注意力の何パーセントかを向けなくてはならなくなる。そうすると、自然への注意力はもちろん、そがれることになる。

そうすると、天候の悪化の予兆を読み逃したり、悪いことの前兆に気が付かなかったりして、危険が増すことになりかねない。

自分の実力一杯一杯の山でも注意力はそがれる。 これはクライミングも同じで、ギリギリグレードだともう周囲のことは目に入らない。誰だってそうなる。

でもステップアップして実力の余裕が出てくれば、自然と注意力のキャパシティも大きくなり、この問題は解消されると思われる。

だから、観察力の問題は、実力の少し下のランクの山を選んでいれば大丈夫なはずだ。特に初めて一緒に行く人とは、実力よりだいぶ下の山に行く方が良いと思う。

■ 好きな時に…の問題

これは気の合う二人なら、たいがい問題ない。

パーティ登山で問題になる…人数はおおむね5人以上だろうか…8人とか9人とか、もうウンザリで、私は4~5人以上の登山はごめんだな~と思う。

最大許容できて6人くらいだな。それ以上になると人に合わせるにしても、合わせる幅が広すぎてどこにも合せようが無くなり、みなが勝手にし始める。グループが幼稚園化してしまうのだ。

山小屋でバイト中何組もそんな大の大人を一杯見た。そういう人たちが使った後の部屋というのは、まくら投げパーティでもして、過ごしたんじゃないか?という荒れようだ。

30人を束ねようと思ったら軍隊式以外不可能だと思う。

■ 自己との対話

単独行でのもっとも大きなメリットは、残りの部分 ”自己との対話”だと思われる。

でも人と出かけて自己と対話していたら、その人は相手を無視していることになる。

誰かと出かける山で自己と対話する、なんてありえない。そういう人はコミュニケーション不全症だ。

しかし、もし単独のメリットが自己と対話すること(山と向き合うこと)にあるのなら、その人はそういう山を選ぶべきだということになる。

つまり自分と向き合うことだけに集中できる山、だ。裏山でもいいわけだ。

■一人歩きは危険か?

不安な単独行 を 幸福の一人歩き に変えるポイントは
 
・事故があった時に助けてくれる人がいない

というリスク。

それには 行く山を選べばよい、ということになる。

たとえば私も単独で最初に行った山は大菩薩嶺。その次は北岳に行った。次は八ヶ岳。厳冬期八ヶ岳。北アのテント泊ソロ縦走。

どれも登山道で単独になりようがない。誰かがいるのである。なので厳密には単独行とは言えない。

単独で行ける雪山なら、八ヶ岳がある。小屋がある山。あるいは人足が絶えない山。それが単独を選ぶ人の山だ。

近所の山では、大菩薩嶺、瑞牆山、茅が岳などは大概誰かが入っており、平日に入らなくても、土日には誰かが通っている。

そういう山は単独のリスク=事故があっても誰にも発見してもらえない、がないので、こういう山を選べばよいと言うことになる。

それは間違っても真冬の誰も来ないようなマイナーな山ではないし、非一般道から歩く山でもありえない。

■ 事故に備える

また、事故になった場合、単独の人は

 事故の原因は転滑落が最も多い

と言われている。 が、これはリスクをカバーしようがない。

どんなベテランだって足を踏み外す時には踏み外すし、それは危険な所ではなく、普通の危険がないところでむしろよく起こるのである。

だから、転滑落は運みたいなもので、登山者自身ができることと言ったら、日ごろのクライミング練習と、よく注意して登る(下る、下りの方が事故が多いので)くらい。

後は滑落した時にどうするか?だ。

■ 慎重さ

・・・というわけで、一人で歩く資格というのは必ずある。

その1)第三者に迷惑を掛けない (所属山岳会を含めて)

その2)山を選ぶ
     ・人が多い山
     ・一般ルート
     ・小屋がある山

その3)万全の準備
     ・遭難しないために慎重に計画を立てる
     ・装備に抜かりがない
     ・岩場などの難しいところでは臆病なまで慎重に対処する
     ・起こる可能性は全部を考えて行動する

その4)気力
     ・たとえ骨折しても這ってでも自力で降りてくる気力
     ・事故を起こさない慎重さと弱気、常識

その5)事故の備え
     ・登山届を出す
     ・山で出会った人に話しかけて印象に残っておく
     ・携帯電話などの連絡手段を常に確保している
     ・山岳保険に入る
     
その6)山に対して謙虚に構える


最終的には、山に対して謙虚であること、に集約されると思います… 

私はよく一人で歩いているように見られます。が、ほとんどは夫と二人で歩いており、一人で歩いている山は、手あかがついたと先輩に悪口を言われようとメジャーな山ばかり。藪山を一人歩きするように誘惑?されても頑としてはねつけてきました。

別に今、地図も地形も読めるけど、地図が読めたところで、ひとけがない山で遭難しても誰にも見つけてもらえないという現実は変わらないので行きません。

ただ変わったのは、行けない、のではなく、行かない、ということに真実味が出てきた、ということです。

地図も読めるし、懸垂下降も出来るけど、行かないよ、そんなとこ。

一人歩きの自由さだけを見て一人歩きを始めるとけっして良い結果を生まない、と思います。

そこには、何かからの逃げ、が含まれているような気が・・・。

ちなみにこの本にはひとり歩きの心構え十か条と言うのがありました。そのまま、登山グループに当てはまると思うのですがどうでしょう?

≪一人歩きの心構え十条≫

1.第三者に迷惑を掛けない

2.自分のレベルを常に客観的に見れるようにし、レベルを超える無謀なことはしない

3.計画、装備、体力、知力、などレベルアップに努める

4.計画を簡単に変更しない

5.天候悪化や体調悪化など、無理をしないで引き返す

6.分からないことは自分だけの判断に寄らず第三者に尋ねる。遠慮しない

7.他の登山者の良いところは吸収するように常に注意深く観察する

8.計画表を作成する

9.山は場数。間を置かないで登ること。慣れが怖い。

10.万が一遭難しても、常に冷静でいられるように日ごろから訓練し、事態を正確に判断し、自分の力で切り開く能力を身に着けておく。

Monday, January 27, 2014

雪崩れ事故を防ぐための講習会 Day2

■ Day2

夜の机上講習で、みんながあんまりふらふらなので、夜の懇親会は 「10時で中締めしますので寝たい人は寝てください」と言われていましたが、結局大盛り上がりし、結局中締めはなく、全員12時就寝でした。楽しい山の仲間と話すと話題が尽きません。

朝は7時朝食。 この日は、前線の通過があり、雨の予報でした。ので、前線通過中と思われる午前の早い時間帯は、机上講習に回し、1時間ほど、講習をしてもらいました。

雪崩れ事故に遭遇して救助を求められた際、具体的にはどのような行動をとれば良いのか?

そのチェックポイント、手順がまとめられていました。

■ 雪崩れ事故が起こったら?

埋没者をどこで探すか? もちろん、デブリのあたりが埋没可能性が高いところですが、二次遭難を避けるのも重要です。

仮に 3人いれば、一人は見張り役になります。

遺留品が残っている場合は、遺留品は拾わずにそこにおいて置く。

これは知らなければ、持って歩いてしまいそうです。

デブリ以外にも、本流の流れが変わるところや、岩や木の上を流れれば、その下なども可能性があります。

・デブリ
・流れが変わるところ
・岩や木の下

そして、やっとビーコンです。 ビーコンは、きちんとサーチモードに切り替えます。他の人が発信になっていれば、埋没者以外を探索してしまいますので、全員がサーチにするか、オフにしないと行けません。

一人がビーコン探索をしたら、一人はプロービング担当をします。そして一人が掘り出します。掘り出したのちは、救急救命法に従いますが、注意点は以下。

・頸椎保護
・雪は保温材にもなっているので全部避けず、ツエルトをかぶせてから避ける
・窒息がいちばん大きなリスクなので人工呼吸と胸骨圧迫をする。(町の救急救命では人工呼吸はなしで良いというのが最新の手法ですが、山では違う。血流酸素量が分からないため。)

 土合の家の裏山斜面で行います。

「仲間が埋まってしまいました!助けてください!」

とリアルな演技で講師がケースを作ってくれます。

さっそく走ってゆき、掘り出しです。 V字の体制を組んで掘り出す。

・埋没者より1.5mほど下を掘る。上から下ではなく、斜面の横方向に掘る。
 ツエルトをかぶせ・・・安静の姿勢を取らせるために頸椎を守りながら、肩、腰をもって、仰向位にする。

あとは救急救命法に従う。

・意識の確認
・呼吸の確認
・外傷の確認
・胸骨圧迫


6人で搬送もしました。ヒューマンチェーンです。

これは私は日赤の救急救命でやっていたので、しっていました。 

まずは膝に挙げて、持ち上げる。

ヒューマンチェーンでラッセルだと大変。
 4人1チームになり、ビーコン探索実験。

一人がビーコン、二人目がプローブ、三人目がショベル、4人目が見張り役。

で、講師が埋めてくれたビーコンを何分で探せるか?実験します。

ビーコン探索はとりあえず、方角は気にせず距離が短くなる方向に最短でたどり着ける道を行く。

ラッセルになるよりは、歩かれている場所の方が早く埋没者にたどり着ける。

0.5mまで近づいたら、プロービング担当者にバトンタッチ。

スパイラル法でプロービングする。

ヒットしたプローブは抜かない。 コレ、重要!

掘り出しまで、5~7分でした。ただ0.5m下程度だったので
これがリアルなケースだとどうなるかは未知数。

ビーコンに頼りすぎて、そもそも遺留品を見つけられなかったら、本末転倒。



 さらに雪面観察です。この日はザラメの層がありました。
 再度ショベルコンプレッション。

顕著な弱層が分かるでしょうか・・・
 この通り。 大まかに3つは層があります。


ひとしきり、観察を終わり、ヒット君による探索も済ませ、終了です。

雪崩れ救助犬は、ビーコンがない場合の救助方法です。

ヒット君は必死に掘り出してくれます。

見つけてくれたら、よしよし、してあげるのが重要とのこと。

最後に反省会をして終了です。

この講習会は、

 ・机上もあるし

 ・宿題もあり・・・

 ・記入しなくてはならないことも多く・・・

 ・実技の日も講習が合って・・・、

大変勉強熱心な講習です。
 
問題意識をいかに持たせるか? とてもよく考えられている、と思いました。

問題意識というものは、問われないと湧いてこないもの・・・


■ 悪天候でした

 帰りは吹雪・・・(汗)
 と思ったら 西(山梨方面)は晴れ・・・
 同じタイミングで、車窓から東側は厚い雪雲・・・
  ホントに妖しい雲ですね~ 大気が不安定。
地上でも風が強く、埼玉の乾いた畑から土が舞い、砂嵐の中を通る場面も・・・

高速は50km規制・・・

ガンガン飛ばして帰ったのですが、4時間強かかった・・・ 行きと同じですねぇ。

とっても勉強になり、谷川岳の地に夫と一緒に出掛けられて良かった。

私にとって山は、山梨にいるからこそのアクティビティであり、山梨にいるのは夫に付き合ってのことなので・・・

来月は谷川岳で雪洞泊をしますので、さっそく学んだ知識が役に立つと思いました。

■ 来年行く人のためのアドバイス

・ビーコンを買ってから参加しなくても、買う前に参加しても良い

・装備は大げさなものはいらない。ヘルメットは埋没体験用。2人で参加なら二人で一個でもよい。

・手袋は雪堀で濡れがちなので、登山用より、腕の部分をすっぽり覆う長さがあるものや、寒冷地用ゴム手「はなな」がおススメ。

・装備のうち、ショベルは必携。 わかん、アイゼンは念のため。プローブは借りれる。

・行動食は一日目と二日目は半日分で良い

・お宿の食事は十分だが、お酒とおつまみ類はあまり充実していない。余裕があれば持参がベター

・天気の勉強は大まかで良いのでしてきた方が、よく話が理解できる

・講師陣は山のオタクぞろいなので、ここぞとばかりに色々質問すべし!

・夜の歓談用に登山ズポン以外にリラックスズボンがあると楽。ほかは山小屋泊と変わらない。

・雪山未経験者で参加するより、雪山数回くらいは経験してからの方がより実感できると思われます。
地形を地図を見て読めることなどがその理由。

・一人で参加するより、山行の仲間と参加がベター。知識共有がレスキューのミソです。

≪関連記事≫

雪崩れ講習会のススメ

雪崩れ事故を防ぐための講習会 Day1

机上講習 感想

ヤマレコ