■ 山梨の幸せ
今日も甲府は快晴!そしてやっと寒い!山梨の冬は、素晴らしい晴れが多い。冬の山梨の素晴らしい快晴。
しかし、富士山は暴風のようで、北岳は雪雲で悪く、甲斐駒は最初は良かったが、曇っていた。
我が家からは八つは見えず。甲武信方面は良さそうだった。
冬は盆地の山が良い。
■ 買い物日和
今日は、久しぶりにカルディに買い物に出かけた。
糖質制限食の実験で、アガベシロップを買いたいと思ったのだが、近所に売っていない。
アガベシロップは、血糖値を上げにくい糖として知られている。つまり山で行動食として食べるのに良いかもしれない甘味料。
あとは、豆乳、トマト缶くらいしか買う予定はなかったのだが、今日は、トマト缶が激安の日で、なんと、通常98円なのに、78円!しかも箱買いすると、3%引きだそうで、思わず箱買いしてしまった・・・。18個入り。
ついでに赤ワインと珍しくグリューワインがおいてあったので買ってみた。山梨ではワインが他の地よりおいしいのは、ワイン産地で、皆の舌が肥えていて、まずいと売れないからなのだろうか?
最近、なぜか赤が飲みたい。元々赤はタンニンが苦手だったのに・・・。ワインの勉強もしたいので、今年は、山よりワインなのかもしれない。
目的はカルディだったが、ついででイオンによると、どこのスーパーに行っても売り切れのバターがなぜか30%オフになっていて、100gで150円。思わず2つも買ってしまった。パターは助かる。
■ パンとバターとコーヒーと
最近、自分の幸福が何に因るのか?ということをよく考える。
美味しいパンとバター、それに美味しいコーヒーがあれば・・・
というところ。でも、よく考えると、人生で一番幸福だったサンフランシスコ時代、フランスで食べたような、おいしいパンはアメリカには存在せず、酸っぱいサワードゥがあるだけだったし、しかもコーヒーは、激マズすぎてあきらめ、100パックで入っているような大衆向けティーバックでカフェインを注入しながら、生きていたんだった・・・もちろん、豆を買うようになって改善したが。
カリフォルニアでは食事はさんざんで口にあうものがないので、フルーツばかり食べていた。それで、りんごしか食べない週もあったりし、栄養学についての考慮は一切しなかったが、まったくアトピーも良くなったので、バランスのとれた食に対する敬意を失ってしまった(笑)。
・・・しかし、大阪に帰ると、そこは美味しいパン屋激戦区、というわけで、コムシノワやら、ブーランジェリータケウチ、エノテカ・・・毎日食べても飽きないパン。
今は大阪にいるころのように、パン屋に恵まれているわけではないが、それでも、自分でパンを焼けばいいのであるし、少なくとも、うまいコーヒーはゲットできているので、生きていて幸せだと思う(笑)。
素晴らしいお天気も幸せだし、大阪ほどは、空気が汚れていないのも幸せだ。フライングラッツと呼ばれる鳩が大量発生していないのもいい。それに、洗濯物がよく乾く!
・・・とまぁ自分の幸福を振り返る。ないものを見ても仕方がないので、あるものを見るべし。
■ 見直し
山の方向性は見直し中である。
カンタンにまとめると
求めたもの 原動力 結果としての限界や副作用
未知 好奇心・冒険 地理的空白の登りつくし、無知による犬死
↓
困難 探究心・Mな心 登りつくし、他者との競争、勝利への執着による死
↓
限界への挑戦 M? 肉体の限界を越えたことによる死(墜死・凍死)、愛好者人口減
↓
自己の限界への挑戦 M? 山に行こうとして行けなくなる矛盾、怪我
↓
放蕩 贅沢への耽溺 山の下界化、環境問題、自然の搾取、メタボ
↓
登山はどこへ向かうのか???
もちろん、これは大幅に簡略化しています。
一つの提案は、フィットネスの向上。山と自分の限界を比べ戦うのではなく、山に自分をフィットさせられるか?自分に問いかける活動。
こういう形にしても、山で思いがけない事故に遭う可能性はゼロにはできない。落石や雪崩はどこでも起こるし、スリップも同じ。
でも、疲れていても山に入るほうがいい、という価値観ではなくなるだろう。
山から下りたとき、ゆとりがゼロで、ギリギリだったことに充足感を覚える、ということもなくなるだろうし、準備不足で入山することに対する、ヒロイズムも無くなるだろう。
山に元気をもらうのではなく、元気な時に入るのが山なのだから。
■ 前例
若いときに、山で無理をしすぎて、変形膝関節症になった人や股関節の障害を抱えることになった人、凍傷で指を失った人を見て、普通の人は、「自分はそうならないように気を付けよう」と普通思うハズだ。
つまり、良い見本では決してない。
だから、他の人がこうありたい!と思ってくれるような、幸福な登山者であることは、新人獲得には、とても重要なことで、登山と言う活動に、どういう風な幸福があるのか?を示せなければ、その後に続きたい!という人も少なくなるのが当然だろうと思う。
そういう意味では、今のアルパイン人口の減少というか、不人気は、
楽しそうでないから、ヤダ
とか、
そもそも死にそうだから、ヤダ
ということなのかもしれない。
■ What turns you off?
これは、インタビューの決まり文句。 何がヤル気にさせ、何がヤル気を喪失させるか?というモチベーションについて聞くもの。
私の場合、即時退会!と考えるのは
1) 単独で行くより、会で行った方がより死の危険に近づくとき
2) 無料のガイドを要求されるとき
鹿柵ボランティアを始め、ボランティア活動など、わざわざ出ていたくらいで、世の中に役立つ貢献したいと思っている。
しかし、無料のガイドをすることは、世の中を、とくに山の世界をより良くすることには、全く役立っていない。
それどころか、依存的な登山者や人のせいにする登山者を増やすことになり、山の世界の後退に加担する活動となってしまう。
しかも、ありがとうと言ってもらえるガイドではなく、地図も持たず、自分ではリスク管理もせず、運転さえ自分は乗る一方で、連れて行ってもらって当然と思っている、無料奉仕活動であれば、なおさら。
先日、近所で買い物帰りに、よたよたと歩いている、おじさんがいた。
「いいお天気ですね」と声を掛けたら、少しの世間話になった。てっきり、普段、MY駐車場の上の階に住んでいる、オジサンかと勘違いしたのだった。その人はいつも駐車するときに、挨拶しているので。
立ち去ろうとすると、おじさんは、「明日のパン代がない」という。
それで、スタバのカードをあげた。中にはまだ3000円くらい使えるように残っていたから。
すると、オジサンは、「これってコンビニで使えるの。お金の方がいい」という。お金はあげられない、というとしぶしぶスタバカードを持って行った。
何が起こったのか、しばらく分からなかった。
今の日本は、困っていない人を困っている人が助ける社会になっている。
今の日本は、持たざる者が持てる者を助ける社会になっているばかりか、差し出したものに不服を言われる社会になっている。
それが、中高年初心者による、山岳会の無料ガイドとしての利用だと思う。
■ 割れても惜しくない皿
一方で、お皿を割った時、惜しくないと思える金額の皿を買え、というのは、よく言われる。
借金を申し込まれたときは、返済してもらうつもりではなく、なくなっても惜しくない額を差し上げてしまいなさいとも言われる。
これと同じことで、山行に同行者と行くときは、割っても惜しくない皿を買うつもりでいる。
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Thursday, January 14, 2016
Monday, January 11, 2016
見直し
■ 幸せの再定義
以前は、”甲府にいる間は山にさえ行けたら幸せ”と定義していた。最近、再定義が必要なようだ。
まずもって、死んでもいいから山に行きたいということとは私の山は違う。
山は、やっぱり心の栄養にならなくては!と甲斐駒に登って確信した。
■ 楽しいことは何か?
登山は趣味であるので、趣味は個人の幸福に資さなくはならない。私個人の幸福に役立つ登山は、どのような登山か?つまり、
やっていて楽しいことは何か?
ということになる。数ではない。山との対話がない山も、楽しくない。
■ 2本立てが必要に?!
私はどちらかというと、バランスを取るタイプではなく、一極に集中したいタイプなのだが、残念ながら、登山をしようと思うと、今の段階では、フリーと歩き、の2本立てからは逃れられそうにない。
クライミングも、とっても楽しいし・・・楽しいのだから、続けるべきなので、クライミングを削るわけにもいかない。
歩きも歩きで、分かりやすい楽しさではなく、充実感、というような感じだ。ただ山の方は、必要な充実感を得るのに、長い時間歩かないといけなくなってしまっているのが、少々忙しい現代生活にマッチしずらく、都合が悪い。
■ バレエを辞めた時を思い出しつつ・・・
以前、20年以上もハマっていたバレエをパッタリと辞めた。
その理由は、以前はレッスンにいきさえすれば、幸せだったのが、レッスンが苦痛になってきたからだった。なぜ苦痛になってきたのか?
実は教え方にあった。その時、習っていた先生は、成長期の子供たちと同じ教え方を大人にも強要する先生だったので、先生は良かれと思ってのことだが、故障を受け入れてレッスンするようにという考えだった。
足が血まみれになり、つめが何枚も剥がれて、血みどろのトウシューズになっても、我慢して踊るのが普通だということで、それがなんだ!という世界だった。
たしかに若いときはそれでよいのだろうと思えた。・・・というのも、私も若いときは、部活で体を壊しながら運動していて、手首の骨がボコッと出てしまった。ガングリオンというらしい。当時は痛かったので、それで腕立て伏せはやらなくなってしまった。(今は痛くない)
今では到底履けないようなオシャレなヒール靴で、走ったりもしていたし、足は相当に過酷な目に遭っているな~と思う。
けれど、大人になり、趣味としてバレエをしたい人が、プリマになる競争にもれなく巻き込まれている子どもたちと同じ、スパルタ式練習をするべきなのかどうか悩ましかった。
それは違うと結論し、バレエを辞めることになった。でも、バレエはとても私の人生には重要だった時期が長くあった。
■ 有益な山
しかも、大人にそれが有益か?というと、回復が遅い大人の場合は、練習ができなくなる弊害のほうが大きく、利益の方が少なさそうなことは、周囲の友人たちを見ていて、納得していた。
(頑張る) → (怪我になる) → (レッスンできなくなる) → (太る) → (足の負担が増える) → (さらに下手になる) → (怪我になる)
という悪循環がバレエでは成立していた。山でも同じなのではないだろうか?
大人の場合は、
(運動で健康になる) → (満足する) → (さらに活動を続ける) → (結果として向上) → (さらに満足する)
という、好循環を作らないといけないのではないだろうか?
■ フィットネス
というわけで、大人は向上ではなく、
運動でより健康になる = フィットネス
を第一目的にしないと、怪我を押しても頑張るとなると、本末転倒に陥ってしまうような気がする。
■ 回復する技術
フィットネスが向上することを一つのテーマにすると、昨日の甲斐駒は、とても良い選択をした山だった。
無理がないということを目的に歩いたせいか、全然疲れていない。山の強度的に今の体力と比べて、まったく無理がなかった。
とはいえ、それは結果論で、山では行って見たら思わぬ無理をしなくてはならないこともある。そうした場合に、無理を回復しないといけない。
私がやっている疲労回復は
・温冷交代浴
・すぐに栄養を取る(運動後30分以内)
・アクティブレスト
なのだが、それ以外にも、より良く回復する技術が必要かもしれない。
■ 登山カルテを作ってみる
体力アップは目的ではない。フィットネスを目的にしたい。
より快適な体を作るにはどうしたらよいか?
今のところ運動強度は合っているので、今のままの強度を継続するか、次のサイズに向かうか、というところが課題になる。
昔の岳人に、”自分用のトレーニングカルテを作る”という記事がある。その作り方で現状をとりあえず把握する。
■ カルテの作り方
まずトレーニングサイクルを作る
1)目標の山がどんな山で、どんな体力が必要かを調べる
↓
2)現在の体力を把握する
↓
3)トレーニング
↓
4)調整
↓
5)登山中の行動の調整 (経済速度、エネルギー補給、水分補給)
↓
6)分析
↓
1)へ戻る
”このようなサイクルを繰り返せば、自分の体を上手にコントロールする方法が分かってくるだろう”
と書いてある。
■ 登山中に快適に歩くための3条件
・歩行スピード
・エネルギー補給
・水分補給
私の歩行速度は、黒戸尾根は、平均時速は約2kmほどだった。疲れた甲武信は、2.5km、乾徳山はラクラクだったのに、2.8km、体調が悪かった大同心稜は、1.8kmだった。
道のコンディションも色々あるが、大体コースタイム(中高年向けに水増しされていないもの)で、歩いているので、スピードは普通ではないかと思う。
■ 甲斐駒の分析
甲斐駒は、カルテ的にはこうなる。(※データには多少疑問がある数値だが、gpsのログ)
歩行時間 距離 標高差 行動中に必要なエネルギー
1日目 5時間半 13km 1587m 2352Kcal
2日目 7時間半 26km 1560m(-) 半分くらい? 1100Kcal?
12kgほど担いだので、体重60kgの人が12kgを担いだ場合のメッツは7メッツなので、体重が軽い私の場合は、これより強度が強い(メッツが強い)ことになるが、それはそのままで便宜上計算する。
休憩込みで5時間半で、標高差1587を歩くと、一時間当たり288mと標高差は300m程度。おそらく7メッツで問題ないと思われる。
・メッツ: 7メッツ
・ザックの重さ(12kg): 脚の負担度
・高度 2955m: 低酸素による負担度
カロリー計算
消費カロリー(kcal)=1.05 × メッツ × 時間 × 体重(kg)
で計算すると、 1.05× 7メッツ × 5時間 × 64kg = 2352kCal
以前は、”甲府にいる間は山にさえ行けたら幸せ”と定義していた。最近、再定義が必要なようだ。
まずもって、死んでもいいから山に行きたいということとは私の山は違う。
山は、やっぱり心の栄養にならなくては!と甲斐駒に登って確信した。
■ 楽しいことは何か?
登山は趣味であるので、趣味は個人の幸福に資さなくはならない。私個人の幸福に役立つ登山は、どのような登山か?つまり、
やっていて楽しいことは何か?
ということになる。数ではない。山との対話がない山も、楽しくない。
■ 2本立てが必要に?!
私はどちらかというと、バランスを取るタイプではなく、一極に集中したいタイプなのだが、残念ながら、登山をしようと思うと、今の段階では、フリーと歩き、の2本立てからは逃れられそうにない。
クライミングも、とっても楽しいし・・・楽しいのだから、続けるべきなので、クライミングを削るわけにもいかない。
歩きも歩きで、分かりやすい楽しさではなく、充実感、というような感じだ。ただ山の方は、必要な充実感を得るのに、長い時間歩かないといけなくなってしまっているのが、少々忙しい現代生活にマッチしずらく、都合が悪い。
■ バレエを辞めた時を思い出しつつ・・・
以前、20年以上もハマっていたバレエをパッタリと辞めた。
その理由は、以前はレッスンにいきさえすれば、幸せだったのが、レッスンが苦痛になってきたからだった。なぜ苦痛になってきたのか?
実は教え方にあった。その時、習っていた先生は、成長期の子供たちと同じ教え方を大人にも強要する先生だったので、先生は良かれと思ってのことだが、故障を受け入れてレッスンするようにという考えだった。
足が血まみれになり、つめが何枚も剥がれて、血みどろのトウシューズになっても、我慢して踊るのが普通だということで、それがなんだ!という世界だった。
たしかに若いときはそれでよいのだろうと思えた。・・・というのも、私も若いときは、部活で体を壊しながら運動していて、手首の骨がボコッと出てしまった。ガングリオンというらしい。当時は痛かったので、それで腕立て伏せはやらなくなってしまった。(今は痛くない)
今では到底履けないようなオシャレなヒール靴で、走ったりもしていたし、足は相当に過酷な目に遭っているな~と思う。
けれど、大人になり、趣味としてバレエをしたい人が、プリマになる競争にもれなく巻き込まれている子どもたちと同じ、スパルタ式練習をするべきなのかどうか悩ましかった。
それは違うと結論し、バレエを辞めることになった。でも、バレエはとても私の人生には重要だった時期が長くあった。
■ 有益な山
しかも、大人にそれが有益か?というと、回復が遅い大人の場合は、練習ができなくなる弊害のほうが大きく、利益の方が少なさそうなことは、周囲の友人たちを見ていて、納得していた。
(頑張る) → (怪我になる) → (レッスンできなくなる) → (太る) → (足の負担が増える) → (さらに下手になる) → (怪我になる)
という悪循環がバレエでは成立していた。山でも同じなのではないだろうか?
大人の場合は、
(運動で健康になる) → (満足する) → (さらに活動を続ける) → (結果として向上) → (さらに満足する)
という、好循環を作らないといけないのではないだろうか?
■ フィットネス
というわけで、大人は向上ではなく、
運動でより健康になる = フィットネス
を第一目的にしないと、怪我を押しても頑張るとなると、本末転倒に陥ってしまうような気がする。
■ 回復する技術
フィットネスが向上することを一つのテーマにすると、昨日の甲斐駒は、とても良い選択をした山だった。
無理がないということを目的に歩いたせいか、全然疲れていない。山の強度的に今の体力と比べて、まったく無理がなかった。
とはいえ、それは結果論で、山では行って見たら思わぬ無理をしなくてはならないこともある。そうした場合に、無理を回復しないといけない。
私がやっている疲労回復は
・温冷交代浴
・すぐに栄養を取る(運動後30分以内)
・アクティブレスト
なのだが、それ以外にも、より良く回復する技術が必要かもしれない。
■ 登山カルテを作ってみる
体力アップは目的ではない。フィットネスを目的にしたい。
より快適な体を作るにはどうしたらよいか?
今のところ運動強度は合っているので、今のままの強度を継続するか、次のサイズに向かうか、というところが課題になる。
昔の岳人に、”自分用のトレーニングカルテを作る”という記事がある。その作り方で現状をとりあえず把握する。
■ カルテの作り方
まずトレーニングサイクルを作る
1)目標の山がどんな山で、どんな体力が必要かを調べる
↓
2)現在の体力を把握する
↓
3)トレーニング
↓
4)調整
↓
5)登山中の行動の調整 (経済速度、エネルギー補給、水分補給)
↓
6)分析
↓
1)へ戻る
”このようなサイクルを繰り返せば、自分の体を上手にコントロールする方法が分かってくるだろう”
と書いてある。
■ 登山中に快適に歩くための3条件
・歩行スピード
・エネルギー補給
・水分補給
私の歩行速度は、黒戸尾根は、平均時速は約2kmほどだった。疲れた甲武信は、2.5km、乾徳山はラクラクだったのに、2.8km、体調が悪かった大同心稜は、1.8kmだった。
道のコンディションも色々あるが、大体コースタイム(中高年向けに水増しされていないもの)で、歩いているので、スピードは普通ではないかと思う。
■ 甲斐駒の分析
甲斐駒は、カルテ的にはこうなる。(※データには多少疑問がある数値だが、gpsのログ)
歩行時間 距離 標高差 行動中に必要なエネルギー
1日目 5時間半 13km 1587m 2352Kcal
2日目 7時間半 26km 1560m(-) 半分くらい? 1100Kcal?
12kgほど担いだので、体重60kgの人が12kgを担いだ場合のメッツは7メッツなので、体重が軽い私の場合は、これより強度が強い(メッツが強い)ことになるが、それはそのままで便宜上計算する。
休憩込みで5時間半で、標高差1587を歩くと、一時間当たり288mと標高差は300m程度。おそらく7メッツで問題ないと思われる。
・メッツ: 7メッツ
・ザックの重さ(12kg): 脚の負担度
・高度 2955m: 低酸素による負担度
カロリー計算
消費カロリー(kcal)=1.05 × メッツ × 時間 × 体重(kg)
で計算すると、 1.05× 7メッツ × 5時間 × 64kg = 2352kCal
(体重)×(歩行時間)×5ml
ついでで水分も計算しておく。50×5×5mL = 1250ml
実際はこの半分以下しか飲んでいないのだが・・・。13時間の山だと、 3.3リットルくらいは必要と言うことになる。実際は、2リットルくらいで済ませている。
■ 登山の状況
登山の状況という項目では、3つのタイプの山に分けられている。 それぞれの、年間山行日数でトレーニング具合を見るが、
初心者コース (4時間以内、標高差500以内)
一般コース (5~6時間、標高差1000以内)
健脚コース (7時間以上 標高差 1000以上)
時間はそれぞれなので、簡易的に山のランクを見ると良いかも。
年間山行日数が多くても、易しい山ばかりだと負荷がそれほどないということかもしれない。それでも行かないより、行った方が良いと思うが。これはトレーニング用のホームグランドの山を大きくしていくことで対応するしかないかもしれない。
■ 体力の要素分け
現在 目標
・1ピッチ50分で、標高差何メートルまで、余裕を持って登れるか? → 450m 500m
・ザックが重くなったとき、何キロまで余裕をもって担げるか? → 18kg 20kg
・歩行時間が長くなったとき、何時間まで余裕を持って歩けるか? → 15時間 10時間
■ 良く起きるトラブル
最近、初めて上高地を歩いて、膝裏が痛くなった。普通に家の近所を歩いても痛かったので、びっくりしたのだが、不思議なことに傾斜地を歩くと痛くない・・・
ということで、今まで経験したことがあるトラブル。
・足の豆
・脚のむくみ
・筋肉痛
・下山後に頭痛
・だるさ
・ひざ裏の痛み
トラブルがあった日を見ると、生理の時が思い当たる。やはりそういう時は、有酸素運動系の急いで歩かなくてはならない山は、辞めておいた方が良いようだ。ゆっくり歩くだけの山なら問題がないようだ。
■ 対策
・ホームグランドの山も少し見直しが必要そうだ。開けられる時間によって複数選べるようにしておく必要がある。
・標高差1000mを2時間で登ることはできるのだろうか?
・22kgくらいまで担いで3時間ほど歩いているがあんまり快適とは言えなかった。先輩も10kgしかないと言っていたので、軽量化で済ませられるなら軽くした方が良い。
とはいえ、担げる力も必要そう・・・と言うので、この方面はご褒美山行とセットにし、わざと贅沢品を入れて、重い荷にしたテント泊山行が今のレベルなのかなと思う。
■ まとめ
・フリーと歩きの二本立て。
・故障を押して登る山はしない 健康とフィットネスを目的にする
・重いザックのテント泊を山行に入れる
・スピードを速くした山行も入れる
・ザックが重くなったとき、何キロまで余裕をもって担げるか? → 18kg 20kg
・歩行時間が長くなったとき、何時間まで余裕を持って歩けるか? → 15時間 10時間
■ 良く起きるトラブル
最近、初めて上高地を歩いて、膝裏が痛くなった。普通に家の近所を歩いても痛かったので、びっくりしたのだが、不思議なことに傾斜地を歩くと痛くない・・・
ということで、今まで経験したことがあるトラブル。
・足の豆
・脚のむくみ
・筋肉痛
・下山後に頭痛
・だるさ
・ひざ裏の痛み
トラブルがあった日を見ると、生理の時が思い当たる。やはりそういう時は、有酸素運動系の急いで歩かなくてはならない山は、辞めておいた方が良いようだ。ゆっくり歩くだけの山なら問題がないようだ。
■ 対策
・ホームグランドの山も少し見直しが必要そうだ。開けられる時間によって複数選べるようにしておく必要がある。
・標高差1000mを2時間で登ることはできるのだろうか?
・22kgくらいまで担いで3時間ほど歩いているがあんまり快適とは言えなかった。先輩も10kgしかないと言っていたので、軽量化で済ませられるなら軽くした方が良い。
とはいえ、担げる力も必要そう・・・と言うので、この方面はご褒美山行とセットにし、わざと贅沢品を入れて、重い荷にしたテント泊山行が今のレベルなのかなと思う。
■ まとめ
・フリーと歩きの二本立て。
・故障を押して登る山はしない 健康とフィットネスを目的にする
・重いザックのテント泊を山行に入れる
・スピードを速くした山行も入れる
Friday, December 4, 2015
山、第四章
しばらく前から感じていたことですが・・・、山は第四章に入りました。
趣味で始めた登山。ハッキリ言って逆境です。が、それでも不思議なことになぜか前進して行っています。
私にとって登山という趣味は、”祝福がある分野”です。
次から次へと面白い展開が開け、別の趣味を始めようかな~と思う時も、時々あるのですが、なかなか山が私を手放してくれません。
このブログは、まったく登山歴ゼロからの初心者からの成長日記ですが・・・大まかに、振り返ると・・・。
第一章 初心者時代
第二章 リーダーコース時代 脱初心者
第三章 山岳会新人時代
第四章 脱新人時代
という流れになっています。
■ 第一章・・・初心者時代
私は山梨に来てから登山を始めたので、まったく山経験はゼロでした。
ストローハットという山道具屋が近くにあり、たまたまそこでツアー募集があり、それに参加して八ヶ岳の西岳に行って、山が気に入り、山を始めました。
この時期は、ツアー客にならなかったこと、が勝因です。
一度行って山が気に入ったら、次からは自分たちで登山するということが大事なことです。
自分たちで行くと、カンタンなところしか行けません。それで茅ヶ岳や大菩薩嶺などが単独の山、夫がいる場合は、GWの北八つからスタートして、厳冬期は霧ヶ峰でスタートして、厳冬期の権現まで修業しました。
最終的に権現日帰りを達成し、厳冬期(正月)の山は、雪上講習が不要の鳳凰三山(観音岳まで)を自分たちだけの力で行けるまで、成長するのに3年ほどかかりました。
山としては、この時期がもっとも苦悩が少なく、単純に楽しかったです。
よく山のボランティア活動に出かけていました。登山道の整備や鹿柵設置などもやりました。
その間、判断力系では、地図読み・天候判断・やや上の雪山のための雪上訓練系、セルフレスキューなどの講習、技術系ではアイスクライミングの体験などを取り入れました。
■ 第二章時代・・・
厳冬期の鳳凰三山と、厳冬期の赤岳の違いは何でしょうか?
厳冬期鳳凰三山 歩行時間 片道7時間 アイゼン歩行 イラナイ
厳冬期赤岳 歩行時間 片道4時間 アイゼン歩行 必要
です。赤岳は体力はさほどいらないが、雪上訓練でしっかりアイゼン歩行をマスターしていることが必要な山です。滑落の危険があるからです。
アイゼン歩行をマスターしていない場合は、ロープでの確保が必要になり、よく犬の散歩のようにガイドに連れられた人が赤岳を歩いていたりします。
つまり 赤岳は
・雪上訓練でアイゼン歩行と滑落停止をマスター済みであること
が条件の山です。鳳凰三山も観音岳で辞めず、地蔵岳まで行くとそうなります。初日の歩行時間が7時間と長いため、赤岳よりも体力は必要な山です。
この鳳凰三山へは2年連続で、夫と二人で行きました。これ以上の登山をしようと思うと、雪上訓練が必要だ、ということになります。
当時の私にとって、雪上訓練=講習会でした。
誰か経験者に教わる必要があると自覚したため、登山学校を模索し、それが結果としては、一年間の山岳総合センターでのリーダー講習受講につながりました。
この講習時代は、アルパインクライミングの入門というか、超ド級の初心者時代を過ごしました(笑)。アップアップで、アルパイン入門以前です。ロープも持っていないし、エイトノットも知らなかったのです。スタカットをきちんと覚える時代です。
どういう具合だったかというと、いきなり七倉で、スタンディングアックスビレーと懸垂下降で、超ビックリ仰天です(笑)。え~!?という感じ。
まぁ、メインとなる雪については、それなりに経験があったので、技術以外は、そうおったまげもしなかったのですが、何よりおったまげたのは、確保理論が分かっている前提で、進んで行ったことです。
そもそも、スタカットが何か?を知らなかった。初めて聞く言葉だったので、クライミングのシステムが理解できていなかったのです。教わる前に実践したので、びっくりしたのでした。
ただ、アイゼン歩行と滑落停止がしっかりすれば、雪の赤岳に登れていいなって思っただけだったのに(笑)。
雪の山に行くにはどうしたらいいんでしょう?
講習会は一時的な集まりであることは当然ですが、そのような一時的な仲間と、例えば雪洞泊するような、雪の山に行くということの限界も分かり、継続的に一緒に努力できる仲間を求めて、山岳会に入会しました。
この当時は、三つ峠で知り合った方が山の師匠になってくださり、その方に色々とアドバイスをもらいながら、自分がどう成長するかを選択していました。
山岳会に入会したのは、その方の強い勧めがあったのも一因です。
■ 第3章
この時代は、山岳会での新人として過ごしました。例えるなら、トップロープ時代です。1年6か月ほどでした。
山岳会は入会時点で、慎重に、現存する選択肢の中では、最良と思われる会を選んだハズでしたが、すこし失望のお別れとなりました。
第一義的には、一緒に成長して行ける人材がいない。入った時から連れて行く側です。次は一緒に行く方が、危険にさらされて危ない。
という2つの理由で退会しました。ビレイで両手を離していたり、引っ張り落とすような人とは山には行けません。結局、山岳会の人より、他所で見つけた人と行く方が信頼でき安全でした。
一方、先輩にはとても感謝しています。
どうも、今の山岳会は、連れて行ってもらいたい依存的な人が行くところになってしまっているのです。それは誰のせいでもなさそうでしたが、そういう状態なのはよくあることのようです。
私にとっては、一般登山と比べて、アルパインクライミングがいかに難しいことか、いかに適性というものが必要か?山岳会とはどのような組織か?などの知見を得た時代でした。
依存的な人は本当にアルパインには向きませんが、強く個性的なリーダーは依存的な人をどうしても引きつけてしまうものです。
■ 第四章
今はまた自分で山に登っています。
一緒に行く相手は、自分で見つけてきた人たちです。少ないですが、少数精鋭です。自分で見つけてきた人と言うのは、例えるなら、自分が面接官となり、採用した人です(笑)。それに相手の方も合わないな~と思ったら、誘っても来ないでしょう。
いつ失われてしまうとも知れない関係ですので、砂上の楼閣ですが、逆に純粋に馬が合うということが言えると思います。何しろその人と行かなくても何も困らないのですから。
山岳会の最大のデメリットは、山に行く相手を選ぶことができないことです。この人と行くと危険だ、と思っても、断ることができない、という意味なのです。仲間を選ぶことができません。
自分の身は自分で守れるようでないと、仲間のミスで死ぬこともある、ということです。たとえば、反対側の尾根を降りてしまう、などは、小さなミスですが、雪山では死に直結します。リーダーにお任せだから・・・と自分で考えず、反対側の尾根に降りてしまい、ビバークになってから文句を言っても遅いのです。それで凍死しても、間違いに気が付かなかった自分のせいなのですから。
そういうわけで、仲間は大事です。仲間と急がず、焦らず、確実にビレイで止めてもらえると感じ、イケイケではなく、ヒューマニティにあふれ、合理的な判断をしてもらえると感じられることが大事です。
そもそも、山というのはレジャーであり、愉しみでいくものなので、山頂への執着心が強すぎると、山煩悩となってしまい、合理的な判断ができなくなってしまいます。
もちろん、失敗というのはあり、失敗を含めて共有できる、互いの失敗を許し合える間柄である、ということも大事なことです。
例えば、体調が悪いとか、体力・行動時間・山の困難度の読みが間違っていた・・・とかです。間違いを犯すことが、悪いのではないのです。悪いのは、間違いを認めず、そのままつっこんで敗退しないことです。
地図やコンパスを持たずに山には人の後をついていくのが当然だと思っている人は山仲間ではなく、便乗者です。ロープも同じです。
とりあえず便乗が許されるのは、1回目だけです。誰しも最初は何をすべきか分からない。そこは許されていますが、そういうキャラだから、自分はずっとついて行く側でいい、ってのは無しです。
逆に、経験者の意見をより一層尊重すべきところがあります。初心者はどこへ行くべきか?という山の選定の判断です。
未知の場所については、行っていいのか行けるのか?判断が非常に難しいです。行ったことのない人には、判断の材料がないためです。
そのために、山岳会の先輩が経験により、判断してくれる、ということになっています。依存というより、尊重しなくてはならないのはその点です。
行きたいところではなく、行けるところに行かないと死んでしまいます。
つまり山の先導者ではなく、アルパイン道の先導者、というわけですね。
第四章に入り、スキル的には、フリーを頑張る時期に入りました。今時点で、5.10Aが課題によってはリードできます。
≪現時点の課題≫
・心肺機能のアップ
・カムの使い方をしっかり覚える
・クライミングを体で覚える
趣味で始めた登山。ハッキリ言って逆境です。が、それでも不思議なことになぜか前進して行っています。
私にとって登山という趣味は、”祝福がある分野”です。
次から次へと面白い展開が開け、別の趣味を始めようかな~と思う時も、時々あるのですが、なかなか山が私を手放してくれません。
このブログは、まったく登山歴ゼロからの初心者からの成長日記ですが・・・大まかに、振り返ると・・・。
第一章 初心者時代
第二章 リーダーコース時代 脱初心者
第三章 山岳会新人時代
第四章 脱新人時代
という流れになっています。
■ 第一章・・・初心者時代
私は山梨に来てから登山を始めたので、まったく山経験はゼロでした。
ストローハットという山道具屋が近くにあり、たまたまそこでツアー募集があり、それに参加して八ヶ岳の西岳に行って、山が気に入り、山を始めました。
この時期は、ツアー客にならなかったこと、が勝因です。
一度行って山が気に入ったら、次からは自分たちで登山するということが大事なことです。
自分たちで行くと、カンタンなところしか行けません。それで茅ヶ岳や大菩薩嶺などが単独の山、夫がいる場合は、GWの北八つからスタートして、厳冬期は霧ヶ峰でスタートして、厳冬期の権現まで修業しました。
最終的に権現日帰りを達成し、厳冬期(正月)の山は、雪上講習が不要の鳳凰三山(観音岳まで)を自分たちだけの力で行けるまで、成長するのに3年ほどかかりました。
山としては、この時期がもっとも苦悩が少なく、単純に楽しかったです。
よく山のボランティア活動に出かけていました。登山道の整備や鹿柵設置などもやりました。
その間、判断力系では、地図読み・天候判断・やや上の雪山のための雪上訓練系、セルフレスキューなどの講習、技術系ではアイスクライミングの体験などを取り入れました。
■ 第二章時代・・・
厳冬期の鳳凰三山と、厳冬期の赤岳の違いは何でしょうか?
厳冬期鳳凰三山 歩行時間 片道7時間 アイゼン歩行 イラナイ
厳冬期赤岳 歩行時間 片道4時間 アイゼン歩行 必要
です。赤岳は体力はさほどいらないが、雪上訓練でしっかりアイゼン歩行をマスターしていることが必要な山です。滑落の危険があるからです。
アイゼン歩行をマスターしていない場合は、ロープでの確保が必要になり、よく犬の散歩のようにガイドに連れられた人が赤岳を歩いていたりします。
つまり 赤岳は
・雪上訓練でアイゼン歩行と滑落停止をマスター済みであること
が条件の山です。鳳凰三山も観音岳で辞めず、地蔵岳まで行くとそうなります。初日の歩行時間が7時間と長いため、赤岳よりも体力は必要な山です。
この鳳凰三山へは2年連続で、夫と二人で行きました。これ以上の登山をしようと思うと、雪上訓練が必要だ、ということになります。
当時の私にとって、雪上訓練=講習会でした。
誰か経験者に教わる必要があると自覚したため、登山学校を模索し、それが結果としては、一年間の山岳総合センターでのリーダー講習受講につながりました。
この講習時代は、アルパインクライミングの入門というか、超ド級の初心者時代を過ごしました(笑)。アップアップで、アルパイン入門以前です。ロープも持っていないし、エイトノットも知らなかったのです。スタカットをきちんと覚える時代です。
どういう具合だったかというと、いきなり七倉で、スタンディングアックスビレーと懸垂下降で、超ビックリ仰天です(笑)。え~!?という感じ。
まぁ、メインとなる雪については、それなりに経験があったので、技術以外は、そうおったまげもしなかったのですが、何よりおったまげたのは、確保理論が分かっている前提で、進んで行ったことです。
そもそも、スタカットが何か?を知らなかった。初めて聞く言葉だったので、クライミングのシステムが理解できていなかったのです。教わる前に実践したので、びっくりしたのでした。
ただ、アイゼン歩行と滑落停止がしっかりすれば、雪の赤岳に登れていいなって思っただけだったのに(笑)。
雪の山に行くにはどうしたらいいんでしょう?
講習会は一時的な集まりであることは当然ですが、そのような一時的な仲間と、例えば雪洞泊するような、雪の山に行くということの限界も分かり、継続的に一緒に努力できる仲間を求めて、山岳会に入会しました。
この当時は、三つ峠で知り合った方が山の師匠になってくださり、その方に色々とアドバイスをもらいながら、自分がどう成長するかを選択していました。
山岳会に入会したのは、その方の強い勧めがあったのも一因です。
■ 第3章
この時代は、山岳会での新人として過ごしました。例えるなら、トップロープ時代です。1年6か月ほどでした。
山岳会は入会時点で、慎重に、現存する選択肢の中では、最良と思われる会を選んだハズでしたが、すこし失望のお別れとなりました。
第一義的には、一緒に成長して行ける人材がいない。入った時から連れて行く側です。次は一緒に行く方が、危険にさらされて危ない。
という2つの理由で退会しました。ビレイで両手を離していたり、引っ張り落とすような人とは山には行けません。結局、山岳会の人より、他所で見つけた人と行く方が信頼でき安全でした。
一方、先輩にはとても感謝しています。
どうも、今の山岳会は、連れて行ってもらいたい依存的な人が行くところになってしまっているのです。それは誰のせいでもなさそうでしたが、そういう状態なのはよくあることのようです。
私にとっては、一般登山と比べて、アルパインクライミングがいかに難しいことか、いかに適性というものが必要か?山岳会とはどのような組織か?などの知見を得た時代でした。
依存的な人は本当にアルパインには向きませんが、強く個性的なリーダーは依存的な人をどうしても引きつけてしまうものです。
■ 第四章
今はまた自分で山に登っています。
一緒に行く相手は、自分で見つけてきた人たちです。少ないですが、少数精鋭です。自分で見つけてきた人と言うのは、例えるなら、自分が面接官となり、採用した人です(笑)。それに相手の方も合わないな~と思ったら、誘っても来ないでしょう。
いつ失われてしまうとも知れない関係ですので、砂上の楼閣ですが、逆に純粋に馬が合うということが言えると思います。何しろその人と行かなくても何も困らないのですから。
山岳会の最大のデメリットは、山に行く相手を選ぶことができないことです。この人と行くと危険だ、と思っても、断ることができない、という意味なのです。仲間を選ぶことができません。
自分の身は自分で守れるようでないと、仲間のミスで死ぬこともある、ということです。たとえば、反対側の尾根を降りてしまう、などは、小さなミスですが、雪山では死に直結します。リーダーにお任せだから・・・と自分で考えず、反対側の尾根に降りてしまい、ビバークになってから文句を言っても遅いのです。それで凍死しても、間違いに気が付かなかった自分のせいなのですから。
そういうわけで、仲間は大事です。仲間と急がず、焦らず、確実にビレイで止めてもらえると感じ、イケイケではなく、ヒューマニティにあふれ、合理的な判断をしてもらえると感じられることが大事です。
そもそも、山というのはレジャーであり、愉しみでいくものなので、山頂への執着心が強すぎると、山煩悩となってしまい、合理的な判断ができなくなってしまいます。
もちろん、失敗というのはあり、失敗を含めて共有できる、互いの失敗を許し合える間柄である、ということも大事なことです。
例えば、体調が悪いとか、体力・行動時間・山の困難度の読みが間違っていた・・・とかです。間違いを犯すことが、悪いのではないのです。悪いのは、間違いを認めず、そのままつっこんで敗退しないことです。
地図やコンパスを持たずに山には人の後をついていくのが当然だと思っている人は山仲間ではなく、便乗者です。ロープも同じです。
とりあえず便乗が許されるのは、1回目だけです。誰しも最初は何をすべきか分からない。そこは許されていますが、そういうキャラだから、自分はずっとついて行く側でいい、ってのは無しです。
逆に、経験者の意見をより一層尊重すべきところがあります。初心者はどこへ行くべきか?という山の選定の判断です。
未知の場所については、行っていいのか行けるのか?判断が非常に難しいです。行ったことのない人には、判断の材料がないためです。
そのために、山岳会の先輩が経験により、判断してくれる、ということになっています。依存というより、尊重しなくてはならないのはその点です。
行きたいところではなく、行けるところに行かないと死んでしまいます。
つまり山の先導者ではなく、アルパイン道の先導者、というわけですね。
第四章に入り、スキル的には、フリーを頑張る時期に入りました。今時点で、5.10Aが課題によってはリードできます。
≪現時点の課題≫
・心肺機能のアップ
・カムの使い方をしっかり覚える
・クライミングを体で覚える
Thursday, October 22, 2015
経験を積むにはどうしたらよいか?
■ 幸福を考える
山の師匠について、今日は振り返ります。
実は、望外の幸運に恵まれて、今の私があります。望外の幸運というのは、私はホンモノのベテラン山ヤを見つける才能があるらしい、ということです(笑)。
私が知っている方は皆、実力者揃い!
自分でも驚いているのですが、そのような実力者になぜか導かれ、ここぞというタイミングで出合います・・・きっと目がハートマークになっているに違いありません(笑)。
そうした出会いが、何によってもたらされるのかなぁ・・・と思わないでもなく、ラッキーな人には、それなりの義務があるように感じています。どちらにしても、ともかく感謝しています。
振り返ってみると、知り合った当日から、お慕いしている方に対しては、直感のようなもので、ホンモノだ!と分かっていました。
なんで分かるのか?そこは謎ですが、これまでの出合いをまとめておきます。
■ 成長の軌跡
私は自分に山のスキルが不足していることを自覚しています。
それで、その時その時で不足している技能について、主体的に教えを乞う、ということになるわけです。
大雑把に言って、このような流れで、今まで成長してきています。だいぶ宿題が溜まっているので、宿題消化しないといけないかもしれない。
三上ガイドとの出会い
・読図が山の基本であると言うこと
・何はなくともセルフビレイ
師匠
・岩の基本
・ルートへ出る基本
・アイス基本技術
・山では創意工夫が大事であること
・登山史の尊重
保科ガイド
・アイス入門
・アイスクライミングの技術
リーダー講習
・夏山机上講習
・雪上講習
・レスキュー入門
・ツエルト泊
無名山塾
・雪テント泊
・雪中行動
後藤ガイド(沢講習)
・沢入門
・沢基本
山岳会
・スポーツクライミング
・ビレイ
・フリークライミング ちゃんと教わっていない → ちゃんとした講習会に出るべき?
オールラウンドという目で見ると、一通り各科目で、入門は終わり、フリーも岩も沢も経験を積み上げる時期に来ています。雪に関しては、経験はすでに登山年数とのバランス以上にあるようです。
経験を積み上げる時期に入り、困ることは、経験を積むための環境です。私はそれには
・自分より上の相手に、技術的に一つ上の課題に連れて行ってもらいつつ
・同レベルの相手とレベルにあった場所に行く
の2つのラインが必要だと思っています。
無雪期 → 困難度を高めた中・上級ルートで限界を伸ばす時期
雪 → 中級者向けの山で、ステップアップの時期
岩 → 入門ルートを片っ端から登って経験を積む時期
フリー → 右も左も分からない
アイス → 入門ルートを自力で登って経験を積む時期
沢 → 自力は許されず1級程度の初級ルートを登り込む時期
■ 教えることはできなくても・・・
基本のスタカットなどは、キッカケをもらって以降は、自分で独学して分かるようになりました。
教えてくれる人が、私を特別にたくさん教えたわけではない、と思います。
ラッセルも自分でしたし、読図も自分で覚えたと思います。スタカット(リード・フォロー)もそれだけを考えて、ひと夏過ごしました。
一昔前の、山岳会の新人に、一般的に与えられる教育が10とすれば、私はおそらく、3~4程度しか、受け取っていないと思います。
つまりルーキーとして入社したのではなく、最初から、中途採用です。
習熟させるために何度か同じ手順を練習させる、なんてことは、してもらったことがありません。できていないことをできていないね、と指摘されて後はお終いです。習熟するのは生徒持ちです。
他の山岳会の新人教育の濃さを聞くと、羨ましいなと思います。
新人に必要であろう経験の量的に、私の経験量は、かなり控えめあり、その控えめな中で、高いアウトプットを期待されているような気がしてプレッシャーに感じていることも否めません。
このブログがそう感じさせるのかもしれませんが、専任講師で手取り足取り教えてもらっている、ということではまったくないのです。
むしろ、その逆で、私が教えてもらっている状況は、大概の場合、他の新人さんのついで、程度の扱いです(笑)。
大抵の教える相手にとって、私自身が本命、ではないということです。他の本命新人さんのついで扱い、程度の扱いで教わってきています(笑)。
もし専任講師的な誤解があるとすれば、それは私が、一つの教えを深く掘り下げるから、でしょう。
■ 出会いのまとめ
三つ峠 地図読み
三つ峠追悼登山
楽しいクライミング三つ峠
安全管理が本チャンのキモだということをまなんだ機会
アイスでルートデビュー
本チャンへ行くために何をしたらよいかの検討
いかにして本チャンへ至ったか
御坂山塊の研究
気分が乗らないときは登らないことの重要さ
自分の山を探して研究中
自分の山を探して研究中
■ ワクワクしない活動
・自己顕示欲のための登山
・山をみない人間中心の登山
・人間的堕落を助長するための登山
・運よく死ねたらいいなという刹那的登山
・愛する人の気を引くためにわざと危険に向かう登山
・山の数コレクションのための登山
・数値を追う登山
・GPSをナビに使う登山
・ぺちゃくちゃするための登山
・連れション登山
・自己陶酔のための登山
・山の弱点を突かない登山
・人工物を頼りにする登山
・腕力さえあれば登れる岩
・最初からセンスで勝敗が分かれているようなクライミング
・登れっこない場所のクライミング
■ 今の目標
・多少空腹でも動けること
・多少ストレスがかかった状態でも、適切な判断力を失わないこと
・岩登りの基本を身に着けること
・適切にプロテクションを設置できるようになること (カム・立木など)
・ダブルで適切にロープの流れを作れること
・トップロープで登れるところとリードで登れるところの差を埋めること
山の師匠について、今日は振り返ります。
実は、望外の幸運に恵まれて、今の私があります。望外の幸運というのは、私はホンモノのベテラン山ヤを見つける才能があるらしい、ということです(笑)。
私が知っている方は皆、実力者揃い!
自分でも驚いているのですが、そのような実力者になぜか導かれ、ここぞというタイミングで出合います・・・きっと目がハートマークになっているに違いありません(笑)。
そうした出会いが、何によってもたらされるのかなぁ・・・と思わないでもなく、ラッキーな人には、それなりの義務があるように感じています。どちらにしても、ともかく感謝しています。
振り返ってみると、知り合った当日から、お慕いしている方に対しては、直感のようなもので、ホンモノだ!と分かっていました。
なんで分かるのか?そこは謎ですが、これまでの出合いをまとめておきます。
■ 成長の軌跡
私は自分に山のスキルが不足していることを自覚しています。
それで、その時その時で不足している技能について、主体的に教えを乞う、ということになるわけです。
大雑把に言って、このような流れで、今まで成長してきています。だいぶ宿題が溜まっているので、宿題消化しないといけないかもしれない。
三上ガイドとの出会い
・読図が山の基本であると言うこと
・何はなくともセルフビレイ
師匠
・岩の基本
・ルートへ出る基本
・アイス基本技術
・山では創意工夫が大事であること
・登山史の尊重
保科ガイド
・アイス入門
・アイスクライミングの技術
リーダー講習
・夏山机上講習
・雪上講習
・レスキュー入門
・ツエルト泊
無名山塾
・雪テント泊
・雪中行動
後藤ガイド(沢講習)
・沢入門
・沢基本
山岳会
・スポーツクライミング
・ビレイ
・フリークライミング ちゃんと教わっていない → ちゃんとした講習会に出るべき?
オールラウンドという目で見ると、一通り各科目で、入門は終わり、フリーも岩も沢も経験を積み上げる時期に来ています。雪に関しては、経験はすでに登山年数とのバランス以上にあるようです。
経験を積み上げる時期に入り、困ることは、経験を積むための環境です。私はそれには
・自分より上の相手に、技術的に一つ上の課題に連れて行ってもらいつつ
・同レベルの相手とレベルにあった場所に行く
の2つのラインが必要だと思っています。
無雪期 → 困難度を高めた中・上級ルートで限界を伸ばす時期
雪 → 中級者向けの山で、ステップアップの時期
岩 → 入門ルートを片っ端から登って経験を積む時期
フリー → 右も左も分からない
アイス → 入門ルートを自力で登って経験を積む時期
沢 → 自力は許されず1級程度の初級ルートを登り込む時期
■ 教えることはできなくても・・・
基本のスタカットなどは、キッカケをもらって以降は、自分で独学して分かるようになりました。
教えてくれる人が、私を特別にたくさん教えたわけではない、と思います。
ラッセルも自分でしたし、読図も自分で覚えたと思います。スタカット(リード・フォロー)もそれだけを考えて、ひと夏過ごしました。
一昔前の、山岳会の新人に、一般的に与えられる教育が10とすれば、私はおそらく、3~4程度しか、受け取っていないと思います。
つまりルーキーとして入社したのではなく、最初から、中途採用です。
習熟させるために何度か同じ手順を練習させる、なんてことは、してもらったことがありません。できていないことをできていないね、と指摘されて後はお終いです。習熟するのは生徒持ちです。
他の山岳会の新人教育の濃さを聞くと、羨ましいなと思います。
新人に必要であろう経験の量的に、私の経験量は、かなり控えめあり、その控えめな中で、高いアウトプットを期待されているような気がしてプレッシャーに感じていることも否めません。
このブログがそう感じさせるのかもしれませんが、専任講師で手取り足取り教えてもらっている、ということではまったくないのです。
むしろ、その逆で、私が教えてもらっている状況は、大概の場合、他の新人さんのついで、程度の扱いです(笑)。
大抵の教える相手にとって、私自身が本命、ではないということです。他の本命新人さんのついで扱い、程度の扱いで教わってきています(笑)。
もし専任講師的な誤解があるとすれば、それは私が、一つの教えを深く掘り下げるから、でしょう。
■ 出会いのまとめ
三つ峠 地図読み
三つ峠追悼登山
楽しいクライミング三つ峠
安全管理が本チャンのキモだということをまなんだ機会
アイスでルートデビュー
本チャンへ行くために何をしたらよいかの検討
いかにして本チャンへ至ったか
御坂山塊の研究
気分が乗らないときは登らないことの重要さ
自分の山を探して研究中
自分の山を探して研究中
■ ワクワクしない活動
・自己顕示欲のための登山
・山をみない人間中心の登山
・人間的堕落を助長するための登山
・運よく死ねたらいいなという刹那的登山
・愛する人の気を引くためにわざと危険に向かう登山
・山の数コレクションのための登山
・数値を追う登山
・GPSをナビに使う登山
・ぺちゃくちゃするための登山
・連れション登山
・自己陶酔のための登山
・山の弱点を突かない登山
・人工物を頼りにする登山
・腕力さえあれば登れる岩
・最初からセンスで勝敗が分かれているようなクライミング
・登れっこない場所のクライミング
■ 今の目標
・多少空腹でも動けること
・多少ストレスがかかった状態でも、適切な判断力を失わないこと
・岩登りの基本を身に着けること
・適切にプロテクションを設置できるようになること (カム・立木など)
・ダブルで適切にロープの流れを作れること
・トップロープで登れるところとリードで登れるところの差を埋めること
Saturday, July 25, 2015
あなたにはできない → できる
■ あなたにはできない!
登山を始めたそのころ・・・、アブナイ、アブナイの大合唱を受けました。 その”アブナイ”は、言い換えると、
”あなたには無理だから、お金を払ってツアーに参加しな!”
という意味でした・・・(^^;)。 でも、私は、
世の中が私にこうしてほしいと思うこと(=お金を払う&ツアー参加)ではなく、
自分の力の範囲でできる、自分らしい登山
をしたいと思ったのです。謎なのは、普通の一般登山もアブナイからダメ、無理と、皆が考えているようだったことでした。
■ (みんなが不可能と思うこと) → (可能) へ
私は、
誰が考えても無理っ!
ということを実現したことが、実は一度ならずあります。
一つ目は、
たった一人での大学進学
です。判断も自分持ち、犠牲も自分持ち。親に出してもらったのは17万円だけ。後は自分でなんとかし、今年やっと大学ローンを払い終わりました。振り返って、普通の学生生活より、面白い経験ができたと思います。
二つ目は
海外留学 & 語学力の習得
です。今は分かりませんが、当時は一人子供を留学させるのに1年300万円と言われた時代。留学と言っても、働きながら語学を習得したのですが、得れた成果(=語学力)が同じであることを考えると、むしろかなり経済的にお得なやり方だったのかも?と思います。
三つ目は、
メーカーの開発部で働いたこと
です。子供の頃、将来、コンピュータ関連に着こうと思い、14歳の当時、自分でBASIC言語を勉強しました。そのおかげか、学生時代はインターネットの使い方を人に教える仕事をしたり、ファームウェアのセットアップの仕事をしたりして、文系学部に進んだにも関わらず、メーカーの開発部で働きました。
職場では、ほぼ全員が電気工学などの関連学部卒の中、私は紅一点、文学部卒で、完全に無免許運転でしたから、多くの人ができないと思うことを、実現した、と言えると思います。
4つ目は、
商社での仕事
です。 夫の転勤で、福岡にいたときにやっていた仕事です。大阪時代に、ビジネススクール(自腹)に通っていた努力が評価され、全く畑違いの仕事でした。
最近、夫は研修で、ファイナンスを勉強したのですが、私はこの仕事で、夫より6年も前に、ファイナンスの基礎を学びました。キャッシュフロー経営やら、P/Lやらを学びました。スタートアップへの出資なども行っている業務のアシスタントだったのです。
5つ目は
ヨガを教える仕事
です。今の時代は、有資格者のインフレにありますので、資格があっても、それを生かせる機会が与えられることは、めったにありません。
ですから、やはり普通はなかなかできないことが、可能になった、ということができるかもしれません。
これは、私は長い間趣味のバレエを続けていたために可能になりました。バレエをやっていたときは、ただ楽しくバレエをしていただけで、まさかヨガのイントラとしての未来が開けるとは思ってもみませんでした。
そして・・・6つ目が
一般登山 & 雪山登山 & ”本格的”がつく登山 & クライミング
です。
7つ目は
沢登り
です。
クライミングも沢登りも、世間一般が無理=不可能と思っていることを、可能にした、
と言えると思います。特に単なる登山ではなく、クライミングや沢はそうです。
特に、沢登りは、初めての沢で「絶対ムリ!」ほどの強い語調で否定された分野です。誰もがまさか、行けるようになるとは思っていなかったと思います。
ところが、今では、登攀要素が少ないズミ沢程度ですが、自分で行くことができるようになりました。
そんなこと誰が可能と思ったでしょう?
■ 古いシナリオ
たぶん、無理無理と言ってくる人は、古いシナリオを基にしているのではないでしょうか?
女とはこういうものだ、登山とはこういうものだ、そういう、いわゆる”常識”です。
ところが、時代は移り変わるもの。
なんと先日は小川山で、72歳の高齢女性にあったくらいです。つまり、高齢でもクライミングを愉しめる時代です。そんなこと、誰も教えてくれませんよね!
だれですか、35歳以上はクライミングお断りなんて言っているの(笑)。
さらに言えば、沢も同じです。沢歴50年と言う方に年齢を聞いたら、なんと75歳の方でした。女性です。先日は、女性パーティだけの、上ノ廊下遡行記録を読みました。羨ましい~。
もちろん、
・私はまだクライミングは2年目で初級者の域を出ず、
・沢登りについては、単独ははばかられるような初心者
です。つまり、
まったく何かを達成したといえる段階にはない
です。玄人の目で見て、一人前と思え、自分自身でも一人前と思える、そういう状態になるまでは、あと1、2年は、最短でもかかりそうですが、そうはいっても、その状態が空想できる、段階まで来ました。
そんなこと、登山を始めた5年前、講習を受け始めた2年前には想像もつかなかったことです。
登山を始めて5年目、つまり、フルシーズンでは4年満期の成果としては、まずまずの出来ではないかと自分では思っています。
■ 大事なこと
こうした
誰が考えても無理 → 可能
になる時というものは、振り返ってみると、非常に強い恐怖を伴っていた、と思います。
怖いのです。
というのも、みんなが無理だ、というのですから、怖いのは当然ですね。みんなが脅してくるし、当然ですが、初めてのことをやるのに自信がある人などいません。
だから、怖いときと言うのは、やるべき時と言うことです。そして、怖いときと言うのが正しいことをしている時の感覚です。この怖さは未知へ対する怖さ、チャンスを取って賭けに出るときの怖さです。
18歳の女の子がたった一人でお金もないのに進学できると、だれが思うでしょうか?
二十歳の女の子が、たった一人で、財布に2万円しかないのに、どうやって海外留学できると、だれが思うでしょうか?
文学部卒業(それも就職氷河期に・・・)した人、それも女性・・・が、どうやってコンピューター関連職種につけると、だれが思うでしょうか?
それまで理系職種しか経験がなかった人が商社OLに採用されると、誰が思ったでしょうか?
趣味のバレエを楽しく学んでいただけで、ヨガのインストラクターになれるとだれが思ったでしょうか?
・・・・。
ですから、みなさんにも自分の可能性を閉ざさないで欲しいのです。
多くの人は、普通の登山に一人で行くだけでも
すごい!私には無理っ!
と思うみたいです。
私もまさか、初めて三つ峠に行った時から、たかだか4年程度のちに、自分が人を連れて屏風岩に本チャンの練習会に行くようになるとは、思ってもみませんでした。
「私には無理っ!」
そう・・・私も、そう思っていた、思わされていたのです。
ですから、「わたしには無理っ!」と思っている人の気持ちもよく分かります。
でも、「どーせ無理」って言わないで欲しいな~と思うのです。
無理かどうかは、やってみて決める
それが大事なことです。
■ 大事なことリスト
一つ目の経験で学んだことは、
”なんとかなる”のではなく、”なんとかする”
ということでした。
二つ目の経験で学んだことは
チャンスの女神には、前髪があっても後ろ髪はない
と言う事でした。
3つめの経験で学んだことは
情熱が道を開く & 叶う夢の形に条件を付けてはいけない
と言う事でした。
4つ目の経験で学んだことは
努力を見てくれる人は必ずいる
ということです。
5つめの経験で学んだことは
何が福と転じるか分からない = 目の前のことを頑張る
ということです。
そして、6つめの登山(クライミング)で学んだことは
変わることを恐れてはいけない
と言うことです。
私は子供のころから、スポーツは苦手の読書好きです。つまり、ぜんぜん畑違いと思うこともできます。
大阪の頃の私を知っている人が今の私を見たら、全く別人です。
■ 常人は、ベイビーステップで行きましょう!
いきなりすごい山に行って、いきなりすごいことを実現する人も世の中にはいます。
私もときどき、そういう人と間違われます(^^;)
でも、このブログを見てくれると分かる通り、いたって普通のことを丁寧に細かく噛み砕いているだけです。考える、ということを怠らなかった結果、成立した登山です。私はThinkerです。
私がここまで5年で来れた理由は、
誰でもできるような、小さい目標で、じわじわステップアップする
からです。
少年よ大志を抱けと言われますが、例えば、〇〇で日本一になる、などの大きな目標を立てると、目標へ到達する手段も分かりませんし、目標はなかなか近づいて来ないし、目標を達成できない自分に嫌気がさしてしまって、自信もつかずなかなか前に進めません。
完璧主義が頭をもたげてしまうのは、目標が大きすぎるというサインかもしれません。
■ 個人の時代
もし、クライミングや沢登りをしたいと思っていて、
アナタには無理っ!
と言われている人がいたら、ぜひ私と同じようにやってみてもらいたいなと思います。
望めば道が開けます。望まなくて、ただ運だけがあっても、ダメなのではないでしょうか。
今の時代は、
個人の時代
だそうです。
昔は〇〇山岳会に属せば自動的に先輩が山に連れて行った世の中だったのでしょうが、そうやって集団に属して、引き上げてもらう仕組みは崩れています。あるいは登山ブームだからと山に行く・・・と、大混雑でひどい目に遭い、たぶん山を嫌いになってしまいそうです。
損得や自己顕示欲より、自分自身のやりたいことだから・・・という理由で、主体性を持ってやる、そんな単純な姿勢が、今の時代の人間にとっては、心の充足、個人の幸福のカギを握っている・・・そんな時代だと思われます。
どんなことでもいいから、「あなたには無理」と言われたら、「ホントにそうかしら?」と思って、無理なのかどうか、実験するつもりで、やってみたらいいのだろう、と思います。
もしそれが登山やクライミングだったら・・・手伝えることは手伝ってあげたい!と思っていますので、ぜひご連絡くださいね!
自分自身が登山において歩んだ道が大変だったので、同じような人の役に立てることがあれば、何なりと、と思っています。
・・・ということで役目を終えたこのブログ。というわけで、当ブログはこの記事をもって終了といたします。
≪後記≫
たくさんの皆様から、コメント内外で、残念だとのお声をいただいて大変恐縮しております。
世の中には、同じように困っている人がたくさんいたんだろうな~と想像しました。
ご愛読ありがとうございました。
登山を始めたそのころ・・・、アブナイ、アブナイの大合唱を受けました。 その”アブナイ”は、言い換えると、
”あなたには無理だから、お金を払ってツアーに参加しな!”
という意味でした・・・(^^;)。 でも、私は、
世の中が私にこうしてほしいと思うこと(=お金を払う&ツアー参加)ではなく、
自分の力の範囲でできる、自分らしい登山
をしたいと思ったのです。謎なのは、普通の一般登山もアブナイからダメ、無理と、皆が考えているようだったことでした。
■ (みんなが不可能と思うこと) → (可能) へ
私は、
誰が考えても無理っ!
ということを実現したことが、実は一度ならずあります。
一つ目は、
たった一人での大学進学
です。判断も自分持ち、犠牲も自分持ち。親に出してもらったのは17万円だけ。後は自分でなんとかし、今年やっと大学ローンを払い終わりました。振り返って、普通の学生生活より、面白い経験ができたと思います。
二つ目は
海外留学 & 語学力の習得
です。今は分かりませんが、当時は一人子供を留学させるのに1年300万円と言われた時代。留学と言っても、働きながら語学を習得したのですが、得れた成果(=語学力)が同じであることを考えると、むしろかなり経済的にお得なやり方だったのかも?と思います。
三つ目は、
メーカーの開発部で働いたこと
です。子供の頃、将来、コンピュータ関連に着こうと思い、14歳の当時、自分でBASIC言語を勉強しました。そのおかげか、学生時代はインターネットの使い方を人に教える仕事をしたり、ファームウェアのセットアップの仕事をしたりして、文系学部に進んだにも関わらず、メーカーの開発部で働きました。
職場では、ほぼ全員が電気工学などの関連学部卒の中、私は紅一点、文学部卒で、完全に無免許運転でしたから、多くの人ができないと思うことを、実現した、と言えると思います。
4つ目は、
商社での仕事
です。 夫の転勤で、福岡にいたときにやっていた仕事です。大阪時代に、ビジネススクール(自腹)に通っていた努力が評価され、全く畑違いの仕事でした。
最近、夫は研修で、ファイナンスを勉強したのですが、私はこの仕事で、夫より6年も前に、ファイナンスの基礎を学びました。キャッシュフロー経営やら、P/Lやらを学びました。スタートアップへの出資なども行っている業務のアシスタントだったのです。
5つ目は
ヨガを教える仕事
です。今の時代は、有資格者のインフレにありますので、資格があっても、それを生かせる機会が与えられることは、めったにありません。
ですから、やはり普通はなかなかできないことが、可能になった、ということができるかもしれません。
これは、私は長い間趣味のバレエを続けていたために可能になりました。バレエをやっていたときは、ただ楽しくバレエをしていただけで、まさかヨガのイントラとしての未来が開けるとは思ってもみませんでした。
そして・・・6つ目が
一般登山 & 雪山登山 & ”本格的”がつく登山 & クライミング
です。
7つ目は
沢登り
です。
クライミングも沢登りも、世間一般が無理=不可能と思っていることを、可能にした、
と言えると思います。特に単なる登山ではなく、クライミングや沢はそうです。
特に、沢登りは、初めての沢で「絶対ムリ!」ほどの強い語調で否定された分野です。誰もがまさか、行けるようになるとは思っていなかったと思います。
ところが、今では、登攀要素が少ないズミ沢程度ですが、自分で行くことができるようになりました。
そんなこと誰が可能と思ったでしょう?
■ 古いシナリオ
たぶん、無理無理と言ってくる人は、古いシナリオを基にしているのではないでしょうか?
女とはこういうものだ、登山とはこういうものだ、そういう、いわゆる”常識”です。
ところが、時代は移り変わるもの。
なんと先日は小川山で、72歳の高齢女性にあったくらいです。つまり、高齢でもクライミングを愉しめる時代です。そんなこと、誰も教えてくれませんよね!
だれですか、35歳以上はクライミングお断りなんて言っているの(笑)。
さらに言えば、沢も同じです。沢歴50年と言う方に年齢を聞いたら、なんと75歳の方でした。女性です。先日は、女性パーティだけの、上ノ廊下遡行記録を読みました。羨ましい~。
もちろん、
・私はまだクライミングは2年目で初級者の域を出ず、
・沢登りについては、単独ははばかられるような初心者
です。つまり、
まったく何かを達成したといえる段階にはない
です。玄人の目で見て、一人前と思え、自分自身でも一人前と思える、そういう状態になるまでは、あと1、2年は、最短でもかかりそうですが、そうはいっても、その状態が空想できる、段階まで来ました。
そんなこと、登山を始めた5年前、講習を受け始めた2年前には想像もつかなかったことです。
登山を始めて5年目、つまり、フルシーズンでは4年満期の成果としては、まずまずの出来ではないかと自分では思っています。
■ 大事なこと
こうした
誰が考えても無理 → 可能
になる時というものは、振り返ってみると、非常に強い恐怖を伴っていた、と思います。
怖いのです。
というのも、みんなが無理だ、というのですから、怖いのは当然ですね。みんなが脅してくるし、当然ですが、初めてのことをやるのに自信がある人などいません。
だから、怖いときと言うのは、やるべき時と言うことです。そして、怖いときと言うのが正しいことをしている時の感覚です。この怖さは未知へ対する怖さ、チャンスを取って賭けに出るときの怖さです。
18歳の女の子がたった一人でお金もないのに進学できると、だれが思うでしょうか?
二十歳の女の子が、たった一人で、財布に2万円しかないのに、どうやって海外留学できると、だれが思うでしょうか?
文学部卒業(それも就職氷河期に・・・)した人、それも女性・・・が、どうやってコンピューター関連職種につけると、だれが思うでしょうか?
それまで理系職種しか経験がなかった人が商社OLに採用されると、誰が思ったでしょうか?
趣味のバレエを楽しく学んでいただけで、ヨガのインストラクターになれるとだれが思ったでしょうか?
・・・・。
ですから、みなさんにも自分の可能性を閉ざさないで欲しいのです。
多くの人は、普通の登山に一人で行くだけでも
すごい!私には無理っ!
と思うみたいです。
私もまさか、初めて三つ峠に行った時から、たかだか4年程度のちに、自分が人を連れて屏風岩に本チャンの練習会に行くようになるとは、思ってもみませんでした。
「私には無理っ!」
そう・・・私も、そう思っていた、思わされていたのです。
ですから、「わたしには無理っ!」と思っている人の気持ちもよく分かります。
でも、「どーせ無理」って言わないで欲しいな~と思うのです。
無理かどうかは、やってみて決める
それが大事なことです。
■ 大事なことリスト
一つ目の経験で学んだことは、
”なんとかなる”のではなく、”なんとかする”
ということでした。
二つ目の経験で学んだことは
チャンスの女神には、前髪があっても後ろ髪はない
と言う事でした。
3つめの経験で学んだことは
情熱が道を開く & 叶う夢の形に条件を付けてはいけない
と言う事でした。
4つ目の経験で学んだことは
努力を見てくれる人は必ずいる
ということです。
5つめの経験で学んだことは
何が福と転じるか分からない = 目の前のことを頑張る
ということです。
そして、6つめの登山(クライミング)で学んだことは
変わることを恐れてはいけない
と言うことです。
私は子供のころから、スポーツは苦手の読書好きです。つまり、ぜんぜん畑違いと思うこともできます。
大阪の頃の私を知っている人が今の私を見たら、全く別人です。
■ 常人は、ベイビーステップで行きましょう!
いきなりすごい山に行って、いきなりすごいことを実現する人も世の中にはいます。
私もときどき、そういう人と間違われます(^^;)
でも、このブログを見てくれると分かる通り、いたって普通のことを丁寧に細かく噛み砕いているだけです。考える、ということを怠らなかった結果、成立した登山です。私はThinkerです。
私がここまで5年で来れた理由は、
誰でもできるような、小さい目標で、じわじわステップアップする
からです。
少年よ大志を抱けと言われますが、例えば、〇〇で日本一になる、などの大きな目標を立てると、目標へ到達する手段も分かりませんし、目標はなかなか近づいて来ないし、目標を達成できない自分に嫌気がさしてしまって、自信もつかずなかなか前に進めません。
完璧主義が頭をもたげてしまうのは、目標が大きすぎるというサインかもしれません。
■ 個人の時代
もし、クライミングや沢登りをしたいと思っていて、
アナタには無理っ!
と言われている人がいたら、ぜひ私と同じようにやってみてもらいたいなと思います。
望めば道が開けます。望まなくて、ただ運だけがあっても、ダメなのではないでしょうか。
今の時代は、
個人の時代
だそうです。
昔は〇〇山岳会に属せば自動的に先輩が山に連れて行った世の中だったのでしょうが、そうやって集団に属して、引き上げてもらう仕組みは崩れています。あるいは登山ブームだからと山に行く・・・と、大混雑でひどい目に遭い、たぶん山を嫌いになってしまいそうです。
損得や自己顕示欲より、自分自身のやりたいことだから・・・という理由で、主体性を持ってやる、そんな単純な姿勢が、今の時代の人間にとっては、心の充足、個人の幸福のカギを握っている・・・そんな時代だと思われます。
どんなことでもいいから、「あなたには無理」と言われたら、「ホントにそうかしら?」と思って、無理なのかどうか、実験するつもりで、やってみたらいいのだろう、と思います。
もしそれが登山やクライミングだったら・・・手伝えることは手伝ってあげたい!と思っていますので、ぜひご連絡くださいね!
自分自身が登山において歩んだ道が大変だったので、同じような人の役に立てることがあれば、何なりと、と思っています。
・・・ということで役目を終えたこのブログ。というわけで、当ブログはこの記事をもって終了といたします。
≪後記≫
たくさんの皆様から、コメント内外で、残念だとのお声をいただいて大変恐縮しております。
世の中には、同じように困っている人がたくさんいたんだろうな~と想像しました。
ご愛読ありがとうございました。
Friday, July 24, 2015
主体性をはぐくむ活動をしたい
■パートナー問題
ロープが出る山は、パートナーが必要、という問題があります。
私は煩わしい問題がないので、女性と組みたいと、いつも思うのですが、女性比率は9:1ですので、やっぱり男性が多いですし、初心者のうちはよく落ちるので、”落ちれるパートナー”、つまり墜落を止めてくれると信頼できる、安心できるパートナーが必要になります。それは、必然的にベテランということになってしまいます。そうなると、さらに女性は少なくなります。
私は夫を信頼していますが、長年連れ添っているけれどクライミングは全く白紙の夫のビレイより、見知らぬベテランのビレイの方が、数万倍、信頼できます。それは仕方ない。
私としては、同レベルの人と、互いに落ちれないビレイで、切磋琢磨する、というのも、大事なことだと思うのですが、ビレイの重要性を理解してくれていない人が多いので、現実を見ると、ベテランしか頼る相手がいなくなります。
■ 問題点
で、男性のパートナーの場合、私がもっとも問題点と感じているのは、ずばり
・浮気願望
・結婚生活の愚痴
・子供がいて大変だという愚痴
・子供がいない女性に対する蔑視
です。
私は、都市部の大阪で、主たる大人時代を過ごしてから、地方都市である山梨に来たのですが、山梨って、みなさんお盛んというか・・・都会より、大人の恋愛に寛容な土地柄のようです。
なんだか、
・女性のお尻を叩いて、よぉ!元気か?というおじさんや、
・浮気したいと言ってくるおじさんや、
・酔ってもいないのに、絡んでくるおじさん
が多い・・・なんだ?なんだ?ここは50年前の日本か?!・・・という感じで、ビックリ仰天。
これは女性の友達に確認したら、やっぱり同じことを思うそうです。
というわけで、パートナーに求める資質は、まず第一に
結婚生活に不満を感じていて、それをだれか他の人で補おうと思っていない人
です(笑)。 別に未婚でも、既婚でもいいのですが、浮気したい人は勘弁です。女性は誰でもそうだと思います。
■ 子供
私は、大変忙しい子供時代を過ごしました。家事と役員などの外での役割に追われる生活でした。
子供時代に、
ワクワクすること
自分が心から楽しいと思えること
の経験を積む時間がほとんどありませんでした。ですから、私が同情するのは、大人ではなく、むしろ子供です。
子供たちには私が過ごしたような子供時代を過ごしては欲しくないと思います。
そのため、子供に、ワクワクすることや冒険を教える活動は、社会的に意義のある、重要な活動だなと思っています。
■ 女性にも冒険を
そして、もう一つ大事だと思うのは
女性にも冒険が必要だ
ということです。 私は、20代の若い女性である間、一人暮らしを長くしていたのですが、女性には冒険しようにも、性犯罪のリスクが大きい社会です。
父親でもある男性たちは、若い女性がどのような現実に晒されるのか、その実態を知らないのだろうと思いますが、若い女性に対する、軽微な性犯罪(痴漢や露出狂、ストーキング、酒に酔って絡む、上司からのセクハラ)は、はっきり言って、10人並みの容姿の人でも、10本の手に余るほどの経験が、20歳を過ぎるまでに経験できてしまうのではないでしょうか・・・。大人の男の性の対象として目に入れられてしまうのは、大体14歳ぐらいからです。個人的経験でもそうですし、家庭教師をしたりしてティーンと接してもそうです。子供は無防備に助べえの目にされされています。
それは、いいお尻しているね、程度のことでも、若い女性にとっては、脅威と感じるでしょう。美人だね、も同様です。
美人だと声を掛けられた女性は、メイクアップを控えるようになるでしょう。お尻を叩かれた女性はぴったりしたズボンを履かなくなるでしょう。
なにしろ、女性の側には自分を守る手段が限られていますから。君子危うきに近寄らず、です。
例えば、登山では、富士見平小屋で単独女性が殺害された事件が有名です。
そうした社会の現実が、基本的には、若い女性を冒険から遠ざける要素になっています。
そういうハンデはあっても、人間には、みな冒険が必要なような気がします。
実際、生きるということ自体も冒険続き。冒険とは、シビアは判断をする、という意味です。
自分で判断する、ということ、
その判断に責任を持つということ
を覚えることができるのは、冒険において、です。ですから、女性にも、冒険は必要だな~と思います。
嘘偽りのない自分の決断を生きる、ということは一つの冒険ですが、人の幸福には決定的に大事な気がします。
■ 幸不幸の条件
こうしたことを逆に言うと、子供がいて不幸だと嘆く人は、子供を持つことに対して、主体的な判断を放棄していた、ということの裏返しなのかもしれません。
子供の有無を、幸・不幸の条件にしてしまうのは、地位や名声、経済的豊かさを幸・不幸の条件にしてしまうのと、同じ考え方のようです。
幸不幸の条件は自分で決めるもので、人に決めてもらうものではない、
です。ただ、都会では受け入れられている考え方も、一般的でない地域もあります。ちょっと面白いサイトがあったので、子供を持つことの是と否を、そのサイトからまとめてみました。
Pro
・不妊治療してまでほしくない
・「産んでいれば良かった」と後悔する方が「産まなければ良かった」と後悔するよりずっといい
・自分の不良コピーはいらない
・人生は一人が基本
・大人なら一人で泣かずに生きれるようになろう
・夫婦だけの絆を深めていける
・二人だけで結婚生活を維持できているのは、絆がないとできない
・子供がいなきゃ離婚するような関係ならさっさと別れればいい
・産んで後悔している
・表面に出てこないのをいいことに「産んだら変わる」を主張するのは間違い
・「貴重な自分の人生を無駄にした」としか思えない
・毒親を持った
・代々続く旧家の娘で、跡取りや家柄の価値観を押し付けられたため、家柄の重圧が、自分の子供にも加わることを恐れた
Con
・かわいい
・配偶者に先立たれ、自分が病気になったとき天涯孤独二ならずに済む
・死ぬまで『産まなゃ良かった』と思い続ける人は稀なのでは
・子供を産まない人間は当然、育児の楽しみや苦労で経験値を増やすことはできない
・こんな素晴らしい体験が出来ないなんて
・産みの母に虐待されて育って来たので悩みましたが今は子供を持ち幸せ
Facts
・子供ができると夫との関係は大きく変わった
・「産まなくて後悔している」「産んでよかったと思う」とは声高に主張できるが、「産んで後悔している」「産まなきゃよかった」とはまず言えない
・「悩むなら産んでから言え」という無責任な意見に押し切られて産んだ
・「産まなくて後悔」と言う人は元々悩みや後悔が多い中の1つとしてあげる方が多数。留学しとけばよかったとか、親孝行しておけばよかったとかと同列
・子供を抱えて苦労している方ほど、子供のいない人間は楽をしてると嫌味を言う場合が多い
・そもそも結婚もできない
・自分の生活だけで精一杯 月15万の収入でこの先賃金が上がる見込みもない
・何十年も収入を維持していける自信がない
・人は自分と違う生き方をする者を自分と同じ境遇に引きずり込みたがる
・子供を愛せたほうがいいにきまってるけど、それは 産んでみなきゃ分からない
・子供がいるけど、子供が将来、自分の世話をすることは期待できない
・母子関係は人生の一部に過ぎない
・子供を持たない選択をして、そのリスクを被るのは女性側
・どっちを選択しても後悔しない
・借金・不倫・嫁姑が原因で別れた夫婦は何組もいるが、子供がいないのを理由に別れた人はいない
・子どもには親を選ぶ機会など与えられることなく、生まれてくる
・老後は子供や家族がいる場合の方が辛い状況になる場合が多い
・愛=家庭ではない
うーん、これを見る限りでは、子供を持つ理由は
老後の不安?
でも、周囲を見ている限り、老後は子供がいてもいなくても同じみたいですが・・・。
子供の有無より、本人が愛されるキャラでない、ということのほうが孤独に関しては問題なのかも?
どちらにしても、
決断に対する主体性
が幸不幸の分かれ目だと分かります。
主体性のない選択をすると、愚痴と他者への嫉妬に彩られることになるのでは?
となると、
主体性をはぐくむ活動が、やはり重要だ
と分かります。
毒親の特徴
「苦労して育ててやったから感謝しろ」
「子育てに要した費用全額返せ」
ひえ~。子育てが大変だ、大変だとぼやいている父親というものは、この定義によると、つまり毒親なのでは?!
でも、子供に限らず、誰だって、もらっていない恩は返したくないのでは?
■ 結局は嫉妬が問題なのでは?
主体性の無い判断をしてきた人は、そのために自分自身が満たされず、そのため、満たされている人を嫉妬する
ということなのでは・・・?と思えます。
では、根本的解決は??? 主体的決断です。
つまり、きちんと冒険と言える活動をする中で、決断に対する責任を取る経験を積む、ということです。
幸せな人への嫉妬でいっぱいの人も納得できるのではないか?と思える言葉は
人は誰でも幸せの容量は同じだ
かもしれません。トータル一緒だと思えば、嫉妬もわかないかも?
しかし、現実的になると、
誰かが幸せになったところで、自分が不幸になることはない
のですから、他者の幸せを嫉妬する必要は、こんな言葉がなくても、そもそも必要ありません。
でも、ま、人間は感情の動物ですから、溜飲を下げる必要はありますよね。
■ パートナー
・・・ということで、パートナー問題に戻りますと・・・やはり、ザイルパートナーが満たすことができる、相手への精神的ニーズは、
山ヤとしての尊敬
つまり、友情であって、愛情=妻の代わり、ではないでしょう。ということで
結論:
山ヤとして尊敬できない人と組むのは、たぶん、ちっと無理
です。
ロープが出る山は、パートナーが必要、という問題があります。
私は煩わしい問題がないので、女性と組みたいと、いつも思うのですが、女性比率は9:1ですので、やっぱり男性が多いですし、初心者のうちはよく落ちるので、”落ちれるパートナー”、つまり墜落を止めてくれると信頼できる、安心できるパートナーが必要になります。それは、必然的にベテランということになってしまいます。そうなると、さらに女性は少なくなります。
私は夫を信頼していますが、長年連れ添っているけれどクライミングは全く白紙の夫のビレイより、見知らぬベテランのビレイの方が、数万倍、信頼できます。それは仕方ない。
私としては、同レベルの人と、互いに落ちれないビレイで、切磋琢磨する、というのも、大事なことだと思うのですが、ビレイの重要性を理解してくれていない人が多いので、現実を見ると、ベテランしか頼る相手がいなくなります。
■ 問題点
で、男性のパートナーの場合、私がもっとも問題点と感じているのは、ずばり
・浮気願望
・結婚生活の愚痴
・子供がいて大変だという愚痴
・子供がいない女性に対する蔑視
です。
私は、都市部の大阪で、主たる大人時代を過ごしてから、地方都市である山梨に来たのですが、山梨って、みなさんお盛んというか・・・都会より、大人の恋愛に寛容な土地柄のようです。
なんだか、
・女性のお尻を叩いて、よぉ!元気か?というおじさんや、
・浮気したいと言ってくるおじさんや、
・酔ってもいないのに、絡んでくるおじさん
が多い・・・なんだ?なんだ?ここは50年前の日本か?!・・・という感じで、ビックリ仰天。
これは女性の友達に確認したら、やっぱり同じことを思うそうです。
というわけで、パートナーに求める資質は、まず第一に
結婚生活に不満を感じていて、それをだれか他の人で補おうと思っていない人
です(笑)。 別に未婚でも、既婚でもいいのですが、浮気したい人は勘弁です。女性は誰でもそうだと思います。
■ 子供
私は、大変忙しい子供時代を過ごしました。家事と役員などの外での役割に追われる生活でした。
子供時代に、
ワクワクすること
自分が心から楽しいと思えること
の経験を積む時間がほとんどありませんでした。ですから、私が同情するのは、大人ではなく、むしろ子供です。
子供たちには私が過ごしたような子供時代を過ごしては欲しくないと思います。
そのため、子供に、ワクワクすることや冒険を教える活動は、社会的に意義のある、重要な活動だなと思っています。
■ 女性にも冒険を
そして、もう一つ大事だと思うのは
女性にも冒険が必要だ
ということです。 私は、20代の若い女性である間、一人暮らしを長くしていたのですが、女性には冒険しようにも、性犯罪のリスクが大きい社会です。
父親でもある男性たちは、若い女性がどのような現実に晒されるのか、その実態を知らないのだろうと思いますが、若い女性に対する、軽微な性犯罪(痴漢や露出狂、ストーキング、酒に酔って絡む、上司からのセクハラ)は、はっきり言って、10人並みの容姿の人でも、10本の手に余るほどの経験が、20歳を過ぎるまでに経験できてしまうのではないでしょうか・・・。大人の男の性の対象として目に入れられてしまうのは、大体14歳ぐらいからです。個人的経験でもそうですし、家庭教師をしたりしてティーンと接してもそうです。子供は無防備に助べえの目にされされています。
それは、いいお尻しているね、程度のことでも、若い女性にとっては、脅威と感じるでしょう。美人だね、も同様です。
美人だと声を掛けられた女性は、メイクアップを控えるようになるでしょう。お尻を叩かれた女性はぴったりしたズボンを履かなくなるでしょう。
なにしろ、女性の側には自分を守る手段が限られていますから。君子危うきに近寄らず、です。
例えば、登山では、富士見平小屋で単独女性が殺害された事件が有名です。
そうした社会の現実が、基本的には、若い女性を冒険から遠ざける要素になっています。
そういうハンデはあっても、人間には、みな冒険が必要なような気がします。
実際、生きるということ自体も冒険続き。冒険とは、シビアは判断をする、という意味です。
自分で判断する、ということ、
その判断に責任を持つということ
を覚えることができるのは、冒険において、です。ですから、女性にも、冒険は必要だな~と思います。
嘘偽りのない自分の決断を生きる、ということは一つの冒険ですが、人の幸福には決定的に大事な気がします。
■ 幸不幸の条件
こうしたことを逆に言うと、子供がいて不幸だと嘆く人は、子供を持つことに対して、主体的な判断を放棄していた、ということの裏返しなのかもしれません。
子供の有無を、幸・不幸の条件にしてしまうのは、地位や名声、経済的豊かさを幸・不幸の条件にしてしまうのと、同じ考え方のようです。
幸不幸の条件は自分で決めるもので、人に決めてもらうものではない、
です。ただ、都会では受け入れられている考え方も、一般的でない地域もあります。ちょっと面白いサイトがあったので、子供を持つことの是と否を、そのサイトからまとめてみました。
Pro
・不妊治療してまでほしくない
・「産んでいれば良かった」と後悔する方が「産まなければ良かった」と後悔するよりずっといい
・自分の不良コピーはいらない
・人生は一人が基本
・大人なら一人で泣かずに生きれるようになろう
・夫婦だけの絆を深めていける
・二人だけで結婚生活を維持できているのは、絆がないとできない
・子供がいなきゃ離婚するような関係ならさっさと別れればいい
・産んで後悔している
・表面に出てこないのをいいことに「産んだら変わる」を主張するのは間違い
・「貴重な自分の人生を無駄にした」としか思えない
・毒親を持った
・代々続く旧家の娘で、跡取りや家柄の価値観を押し付けられたため、家柄の重圧が、自分の子供にも加わることを恐れた
Con
・かわいい
・配偶者に先立たれ、自分が病気になったとき天涯孤独二ならずに済む
・死ぬまで『産まなゃ良かった』と思い続ける人は稀なのでは
・子供を産まない人間は当然、育児の楽しみや苦労で経験値を増やすことはできない
・こんな素晴らしい体験が出来ないなんて
・産みの母に虐待されて育って来たので悩みましたが今は子供を持ち幸せ
Facts
・子供ができると夫との関係は大きく変わった
・「産まなくて後悔している」「産んでよかったと思う」とは声高に主張できるが、「産んで後悔している」「産まなきゃよかった」とはまず言えない
・「悩むなら産んでから言え」という無責任な意見に押し切られて産んだ
・「産まなくて後悔」と言う人は元々悩みや後悔が多い中の1つとしてあげる方が多数。留学しとけばよかったとか、親孝行しておけばよかったとかと同列
・子供を抱えて苦労している方ほど、子供のいない人間は楽をしてると嫌味を言う場合が多い
・そもそも結婚もできない
・自分の生活だけで精一杯 月15万の収入でこの先賃金が上がる見込みもない
・何十年も収入を維持していける自信がない
・人は自分と違う生き方をする者を自分と同じ境遇に引きずり込みたがる
・子供を愛せたほうがいいにきまってるけど、それは 産んでみなきゃ分からない
・子供がいるけど、子供が将来、自分の世話をすることは期待できない
・母子関係は人生の一部に過ぎない
・子供を持たない選択をして、そのリスクを被るのは女性側
・どっちを選択しても後悔しない
・借金・不倫・嫁姑が原因で別れた夫婦は何組もいるが、子供がいないのを理由に別れた人はいない
・子どもには親を選ぶ機会など与えられることなく、生まれてくる
・老後は子供や家族がいる場合の方が辛い状況になる場合が多い
・愛=家庭ではない
うーん、これを見る限りでは、子供を持つ理由は
老後の不安?
でも、周囲を見ている限り、老後は子供がいてもいなくても同じみたいですが・・・。
子供の有無より、本人が愛されるキャラでない、ということのほうが孤独に関しては問題なのかも?
どちらにしても、
決断に対する主体性
が幸不幸の分かれ目だと分かります。
主体性のない選択をすると、愚痴と他者への嫉妬に彩られることになるのでは?
となると、
主体性をはぐくむ活動が、やはり重要だ
と分かります。
■ 毒親
こんな言葉があるとは知りませんでしたが、あるのですね!
毒親の特徴
「苦労して育ててやったから感謝しろ」
「子育てに要した費用全額返せ」
ひえ~。子育てが大変だ、大変だとぼやいている父親というものは、この定義によると、つまり毒親なのでは?!
でも、子供に限らず、誰だって、もらっていない恩は返したくないのでは?
■ 結局は嫉妬が問題なのでは?
主体性の無い判断をしてきた人は、そのために自分自身が満たされず、そのため、満たされている人を嫉妬する
ということなのでは・・・?と思えます。
では、根本的解決は??? 主体的決断です。
つまり、きちんと冒険と言える活動をする中で、決断に対する責任を取る経験を積む、ということです。
幸せな人への嫉妬でいっぱいの人も納得できるのではないか?と思える言葉は
人は誰でも幸せの容量は同じだ
かもしれません。トータル一緒だと思えば、嫉妬もわかないかも?
しかし、現実的になると、
誰かが幸せになったところで、自分が不幸になることはない
のですから、他者の幸せを嫉妬する必要は、こんな言葉がなくても、そもそも必要ありません。
でも、ま、人間は感情の動物ですから、溜飲を下げる必要はありますよね。
■ パートナー
・・・ということで、パートナー問題に戻りますと・・・やはり、ザイルパートナーが満たすことができる、相手への精神的ニーズは、
山ヤとしての尊敬
つまり、友情であって、愛情=妻の代わり、ではないでしょう。ということで
結論:
山ヤとして尊敬できない人と組むのは、たぶん、ちっと無理
です。
Wednesday, July 15, 2015
アルパインクライマーの暮らし
■ クライミングと暮らし
アルパインクライミングをする人の正しい生活の仕方は、たぶん・・・
プランA
週に2回はクライミング
週末はかならず山のルートに行く
というようなものではないか・・・と思います。 週末の山は、もちろん、岩が良い時期なら岩、雨が降れば沢、雪があれば雪稜、冬で曇りならアイス、と季節に合わせて登るべきルートは、たくさんあり、その時期に合わせて毎年同じような所に行けばいいのかと。もちろん、入門、初級、中級と色々あると思いますが、基本的に週末はルート、気候のいい時期は標高の低い岩場やアイス、天候が少々問題であれば沢、全くダメだったら、人工壁、というのが基本的な流れかと。
一方、そのような理想の?クライミングライフを築けることは珍しく、
プランB
週一回のクライミング
月に一回の外岩
月に一回の山行
で、せいぜいなのが、現実かもしれません。
しかし、月に一回の外岩も現実はままならないものかもしれません・・・さらに、週一回のクライミングは、なんとか死守したいものですが、これも、経済的な面から、なかなかパートナーがいないと成立が難しいです。毎回ジムではとてもお金がかかります。
その時その時で与えられた環境で プランAを変形する必要があるかも。
プランC
週1の単独
週1の個人山行
週末の岩、沢などパートナーの必要がある山行
が、今のところ、私の目指すべき習慣かな~と思っています。山はお天気との兼ね合いがあるので、お天気が良い日にサクッと出かけられる体制を作っていることが大事ですが、昨日、今日と大快晴に恵まれたものの、どちらの日にも用事があり、山には行っていない・・・
行きたい山の山行計画を、雨の日には貯めておくことですかね。
■ 倦んでいます
ただ今までもそうでしたが、ルートコレクション的な山にはあまり食指が動きません。
それはなぜか・・・と考えると、山に行く必然というような、何か大事な、内的な衝動がないまま、山に行っても、仕方ないなと思ってしまうからです。山への情熱、枯渇中。
目標をもち、その目標に近づいて行くような山をする・・・そういう山がスタイルになってしまったのかもしれませんが、その近づいて行く中にも、ご褒美や癒しの旅を適度に織り交ぜ、山の経歴を直線的にしない、ということが私の好みでした。
ただ目標達成するだけが山ではないのですから・・・しかし、このところ、初めて行った北岳のソロや、八ヶ岳のソロテント泊、厳冬期のソロ縦走のような、どうしても行かなくちゃというニーズを感じないどころか、屏風のようにそびえる鳳凰三山を見ても、
「自己顕示欲の発露のような山はしたくないなぁ」、
八ヶ岳を見ても
「ドーダ理論の縦走なんてなぁ」
と思ってしまいます・・・。サイズの大きな山はみなそのような自己顕示欲の山に見える・・・。登攀的なルートもそうです。 なんだかウンザリ感がある・・・
さりとて、小さな山も満足感がなく、大菩薩で一番キレイで素晴らしいなと思ったのは、林道を車で上がっている時に見た栗の木の林・・・ テント泊したら気持ちよさそうでした(叱られると思いますケド)。ルート自体は歩き慣れている場所だったので、なんてことがないのでした。
今行って見たいのは瑞牆の不動沢の源流・・・なんであんなに冷たかったのか?
そんな感じで、ちょっとしたこと。 瑞牆は森がきれいでした。森の相が良かった。一方、普通の山はあんまりニーズを感じないと言うか、どうでもいいと言うか・・・ 特に一般道は、何にも魅かれる面がない感じです。
まぁ今年の夏は、岩で春のもどり雪をリードできれば、万々歳。
縦走は、そこそこでいいか~という感じです。一般縦走路は夫と歩くご褒美山行ですね。
バレエを趣味していた頃、幸せに感じるには、週に5レッスン、週末は、2レッスン連続、3レッスン連続、翌日は友人や先生たちの公演を見に行く、という生活をしていました。それが叶わぬ今、何か別に必要だな~。
まぁたまたま山梨にいたことで、それが山になったので、一つに絞るのが私の好みではあるものの、複数の手段を取りながら、なんらかの集約をしていく必要があるんだろうなぁ・・・。
■ 取りこぼし課題
阿弥陀中央稜
阿弥陀南陵
編笠山 観音平から
杣添尾根
池山吊尾根から北岳
雨乞岳
乾徳山
三つ峠 (他のルート)
小金沢連嶺
ジャクショウ尾根
雲の平
室堂
夫と行く涸沢
曲沢
峠ノ沢
雁坂峠
雲取
アルパインクライミングをする人の正しい生活の仕方は、たぶん・・・
プランA
週に2回はクライミング
週末はかならず山のルートに行く
というようなものではないか・・・と思います。 週末の山は、もちろん、岩が良い時期なら岩、雨が降れば沢、雪があれば雪稜、冬で曇りならアイス、と季節に合わせて登るべきルートは、たくさんあり、その時期に合わせて毎年同じような所に行けばいいのかと。もちろん、入門、初級、中級と色々あると思いますが、基本的に週末はルート、気候のいい時期は標高の低い岩場やアイス、天候が少々問題であれば沢、全くダメだったら、人工壁、というのが基本的な流れかと。
一方、そのような理想の?クライミングライフを築けることは珍しく、
プランB
週一回のクライミング
月に一回の外岩
月に一回の山行
で、せいぜいなのが、現実かもしれません。
しかし、月に一回の外岩も現実はままならないものかもしれません・・・さらに、週一回のクライミングは、なんとか死守したいものですが、これも、経済的な面から、なかなかパートナーがいないと成立が難しいです。毎回ジムではとてもお金がかかります。
その時その時で与えられた環境で プランAを変形する必要があるかも。
プランC
週1の単独
週1の個人山行
週末の岩、沢などパートナーの必要がある山行
が、今のところ、私の目指すべき習慣かな~と思っています。山はお天気との兼ね合いがあるので、お天気が良い日にサクッと出かけられる体制を作っていることが大事ですが、昨日、今日と大快晴に恵まれたものの、どちらの日にも用事があり、山には行っていない・・・
行きたい山の山行計画を、雨の日には貯めておくことですかね。
■ 倦んでいます
ただ今までもそうでしたが、ルートコレクション的な山にはあまり食指が動きません。
それはなぜか・・・と考えると、山に行く必然というような、何か大事な、内的な衝動がないまま、山に行っても、仕方ないなと思ってしまうからです。山への情熱、枯渇中。
目標をもち、その目標に近づいて行くような山をする・・・そういう山がスタイルになってしまったのかもしれませんが、その近づいて行く中にも、ご褒美や癒しの旅を適度に織り交ぜ、山の経歴を直線的にしない、ということが私の好みでした。
ただ目標達成するだけが山ではないのですから・・・しかし、このところ、初めて行った北岳のソロや、八ヶ岳のソロテント泊、厳冬期のソロ縦走のような、どうしても行かなくちゃというニーズを感じないどころか、屏風のようにそびえる鳳凰三山を見ても、
「自己顕示欲の発露のような山はしたくないなぁ」、
八ヶ岳を見ても
「ドーダ理論の縦走なんてなぁ」
と思ってしまいます・・・。サイズの大きな山はみなそのような自己顕示欲の山に見える・・・。登攀的なルートもそうです。 なんだかウンザリ感がある・・・
さりとて、小さな山も満足感がなく、大菩薩で一番キレイで素晴らしいなと思ったのは、林道を車で上がっている時に見た栗の木の林・・・ テント泊したら気持ちよさそうでした(叱られると思いますケド)。ルート自体は歩き慣れている場所だったので、なんてことがないのでした。
今行って見たいのは瑞牆の不動沢の源流・・・なんであんなに冷たかったのか?
そんな感じで、ちょっとしたこと。 瑞牆は森がきれいでした。森の相が良かった。一方、普通の山はあんまりニーズを感じないと言うか、どうでもいいと言うか・・・ 特に一般道は、何にも魅かれる面がない感じです。
まぁ今年の夏は、岩で春のもどり雪をリードできれば、万々歳。
縦走は、そこそこでいいか~という感じです。一般縦走路は夫と歩くご褒美山行ですね。
バレエを趣味していた頃、幸せに感じるには、週に5レッスン、週末は、2レッスン連続、3レッスン連続、翌日は友人や先生たちの公演を見に行く、という生活をしていました。それが叶わぬ今、何か別に必要だな~。
まぁたまたま山梨にいたことで、それが山になったので、一つに絞るのが私の好みではあるものの、複数の手段を取りながら、なんらかの集約をしていく必要があるんだろうなぁ・・・。
■ 取りこぼし課題
阿弥陀中央稜
阿弥陀南陵
編笠山 観音平から
杣添尾根
池山吊尾根から北岳
雨乞岳
乾徳山
三つ峠 (他のルート)
小金沢連嶺
ジャクショウ尾根
雲の平
室堂
夫と行く涸沢
曲沢
峠ノ沢
雁坂峠
雲取
Tuesday, May 26, 2015
わくわく明日の準備中♪
![]() |
| ドラゴンフルーツ |
今日は明日の沢の準備中。
すっごくワクワク♪
一体どうしてなのか分からないが、一緒に行く相手が女性になったとたんにワクワクしてきたのだ・・・
最初は男性の友人と行くことにしていたんだけど。
私の夢見る、楽しい山が実現しそうな気がする・・・
前に行った時も、行っただけで、楽しかった場所だ。
いいところだから、ホントは夫も連れて行きたいんだが・・・。旦那さん出張中。
最近、一日一つフルーツを食べることにしている。珍しいドラゴンフルーツが売ってた・・・中身は、タイで食べたフルーツのように味が薄くて、日本のフルーツはホントに芸術品だなぁと思った。 なんで海外のフルーツってあんなに味がないのだろう・・・???
■歩荷
近所で柏葉紫陽花が終わりかけだった。
実物よりキレイに撮れた写真。
せっかく裏山がある生活をしているので、裏山を味わうべきとは思うのだが、例年、4月の中ごろで、もう裏山は、暑くてやってられない(^^;)。
それでも、4月の歩荷散歩の成果か、今年の春山合宿ではザックが軽く感じだ。
4月は裏山を歩く月だが、5月はもう暑くて無理だ・・・けど、今日は少し歩いてみた。熱風の中だった(^^;)。
地下足袋で歩けるか試してみたのだ。地下足袋悪くなかったんだけど・・・。
今回も、ほぼ宿泊と飲食の装備は私が持つ予定だ。でも、一人分も二人分も実際はそう変わらない。だって一人の時も同じテント使うし。コッヘルも同じのだし。
なので、初心者を一人連れて行くのはあまり負担がない。
もう甲府は窓を閉めていなと、熱で煮えたぎった風が入ってきて、不快だ。明日は登山日和の予報で、きっと木漏れ日の下で、気持ちが良いだろう。
バラの花を摘んで来たら、素晴らしい芳香!
甲府はバラがとても多い。
たぶん、暑い気候があっているんだと思うのだが・・・
近所の誰も住んでいないようなあばら家にも、バラのブッシュがあってたくさん花が咲きすぎて、重すぎて、頭をもたげているくらい・・・。
豊かな土地柄だといつも思う。
バラは肥料喰いというが、どうみても放置されているのだけどなー。
人間がいなくなっても、自然は困らない。
単純に正常化に向かうだけだろう。
でも、自然がなくなると、人間は困る。
この関係が、なぜか逆転しているのが不思議。
コーヒー豆を持って行こう!と思っている。
美味しいコーヒーっていいよね~
最近きゃろっとという北海道の焙煎屋さんの豆を定期購入していて、昨日来たところだ。
ここは新しいやり方で商売しており、そのマーケティング努力に好感が持てる。毎月、約4000円で、自動的に、3種類のスペシャルティ(農園指定、産地直売)の豆を届けてくれる。
コーヒー豆の世界は、大手商社バイヤーの寡占が進んで、価格は買いたたかれて、味も落ちる一方だったが、その反省から、直売でのフェアトレードの動きが進んでいる。
南北の貧富の格差解消する市場システムとして、ひとつのモデルケースとなるのではないだろうか。だから、豆も「ブルマン」とかの大雑把な指定ではなく、「ニカラグア・リモンシリョ農園 パカラマピーベリー」だ。
つまり、「甲州ワイン」ではなく、「”〇△里ぶどう園甲州 樽発酵」、というわけ。
実際、道の駅で野菜を買う時も、わたしなんかは生産者の名前を見て買う。 野菜を見る目も肥えてきたので、土づくりなどをサボっている農家のはなんとなく分かるし、米も人気の米とそうでないのがあり、地元ではおいしいものは、産地ではなく、作り手次第というのは、昔からの常識のようだ。
ピンボケになったが、甲府の水。
沢では無菌のきれいな水は万が一の怪我用。
水道水でOK。もし怪我をしたら、傷口を洗うのに使う。いつもザックに入れている。
沢といっても、濡れる沢ではなく、のんびりしに行く沢なので、こんな恰好。
半袖Tシャツ、長そでシャツ、クロップ丈のパンツ。
Tシャツはウール、後は化繊。
下着はファイントラック。今回は濡れないので必要はないが、いつも山ではファイントラックのアンダーを着ている。
黒のメッシュが色っぽいという噂だ(笑)。
今回はたき火をするので、焚火の場合は、オシャレウエアだと穴が開く可能性がある・・・
ので、高い服は着ない方が良い。
かといって、九官鳥みたいに、色々な色を着る必要はないが、自然の中で人間と分かる色がいいと思う。
野生動物に人間と認識してもらいたい、そして、距離をおいてもらいたいなら。靴は地下足袋&メッシュ運動靴。
化繊のふかふかタオル。これは脱水したらすぐふかふかの優れもの。
柔らかい肌触りと言うのは自然の中で、ありがたいものの一つだ。枕にする予定。
でも、手ぬぐいも持って行く。手ぬぐいはコットンだけど、夏山ではすぐ乾く。色々応用が効くのは手ぬぐい。
必携アイテム 軍手。 焚火するには必要。
簡単な登りなら、細かいホールドを掴むことはなく、どちらかというとホールドは抑える系なので、これで充分。
今回は手を使うようなところはなく、足で歩くだけのところなので、焚火用だ。
レスキューシート。
登山を始めた頃から持ち歩いているが、出番が出たことがない。
タダでもらったものだし、あげてもいいようなものだ。
100円ショップにも売っている。ホントに温かいのかなぁ?
いぜんビビィサックは試してみて、なかなかいいなぁと思ったのだったが。
ピンボケでうまく取れなかったが、明日の準備。
寝具系: マット、寝袋、カバー
食事系: コッヘル大と小 ガス1缶、バーナー、ライターマッチ、それにろうそく。
火をつける道具は重要。
あとは、日帰りと同じ基本セット。
基本セット:ヘッドライト、雨具、コンパス、ナイフ、非常食、防寒具。
食事は好みも色々あるので、会ってから決める系。
沢だと防水に色々言うけれど、実は、濡れてはいけないモノの方が少ないんだよなぁ。
雨具は雨具だから濡れてもいいし・・・金具類は濡れたところですぐ乾く。
羽毛のシュラフとか、ガスのヘッド、マッチやライターが濡れると即ピンチ・・・お役立ちアイテム、ネオプレンソックス。ネオプレンは、寒いときの味方であり、暑いときはさして重要ではない。
が、一般に暑くて困るより、寒くて困るほうが多く、また切ない。
ので保険。沢靴にはく。どうもワークマンので十分のようだ。
道なき道のお役立ちアイテムは、防虫ネット!
虫より、蜘蛛の巣が引っかかる不快さを軽減してくれるので、非常におススメ!
ストックを振り回しながら歩く必要がなくなる(笑)。
虫除けパッチは効果のほどは不明だが、香りが気持ち良いのでおススメ。
どうも野生動物は、人間の香りで人間を避けているらしいので、なんらかの人間界の香りを漂わせている、というのは重要なことだ。
あんまり自然児になりすぎてもいけないってことかな?
あとは、スプーンと箸くらいを持てば、準備完了。
■ 私らしい山
楽しみだなぁ~。
なんというか、この楽しさを紹介してあげたいって気持ち。
私は前に行った時、すっごく楽しかったのだが、一緒に行った人は、トレーニング用にすごい重いザックを担いできていて、「易しすぎてスイマセン~」と思ったのだった。
アルパイン系の人にはツマラナイ沢であるに、違いない。
私の山は、
・お金がかからない山
・地元のマイナールート
・地元の岩
・地元の沢
・地元のアイス
だ。
登山史的に見れば、今の若い人に大志がないのは残念かもしれないが、甲府生活を楽しむためという理由でやる登山なのに、8000mや5.15を目指す競争に参加する必要があるんだろうか?ないよなー。
そりゃ登山史に敬意を表する意味で、前穂北尾根や四尾根くらいは行った方がいいって思うけど。
そう言う意味では、旗立て岩行きたいなー。乾徳山です。行きたい理由は地元の”由緒ある”岩場だから。
まぁもっと正確に言うと、”地元にも顧みられない岩場”ともいえる。忘れ去られた岩場だ。
地元の人たちは基本的には地元の資産には全然興味がないものだ。どちらかというと、ないものを数え、あるものについては無知である。
山をしているのは、甲府にいるメリットを最大限に生かしたいから。今ある資産を生かす、ということです。
ただ甲府は、登山はあまり盛んではないし、地元の沢はガイド集に乗っていないので、開拓は大変。
でも、ふと思ったんだけど、私はもう一人で、出かけても地図が読めないということで、道迷いになって帰ってこれなくなる可能性は限りなく、低いような気がする。
すでにそういったことを避ける知恵も、技術もあるような気がする。
Friday, May 22, 2015
幸福とは何か?の個人的回答
■ 駅まで送って行く
今日は夫は出張で、朝はのんびり10時半の特急あずさに乗ればよい、ということで、一緒に駅まで出かけた。
わたしに勤めがあった時は、毎朝一緒に出社していて、通勤電車も、途中までは一緒だった。都会の朝の通勤ラッシュはツライものだ。
一緒に通勤が始まったのはどうしてだっただろうか・・・・
夫の実家は大阪のほぼ最南端、光明池にあり、出社するのは門真市で、当時、2時間半くらいかかった。これは東京首都圏の人にとっては大した出勤時間ではないが、関西圏の人にとってはとんでもなく長い通勤時間で、常識的には一時間くらいの通勤時間が普通だ。
一方、私は、北部の吹田市にある豊津という下町情緒あふれる町にいて、風呂なし、トイレ共同の家賃3万円の長屋に住んでいた。
夫からすると、豊津の、この家のほうが通勤に便利だった。通勤は一時間かからないくらい。梅田経由で行くと混んでいるが、大阪万博公園で乗り換えて、モノレールで行けば、そう混まずに済んだ。
周囲には商店街があり、ベテランのおばあちゃんの美味しいたこ焼きを買って帰ることもできたし、梅田までは、ほんの20分。近くに銭湯があった。
豊津時代は、面白かった。そもそも豊津に住んだのは、アメリカから帰ってきたとき、頼りにした大学の先輩が、たまたま豊津にマンションを買っていたからで、奥さんは、嫌々そうだったが、4日間ほど先輩の家に上がり込んだのだった。だって、帰ってきたときも、5万円しかお金をもっていなかったしね(笑)。
翌日から当日払いのバイトには行ったけど、とにかくどこかに家を借りなくてはいけないというので、その先輩についてきてもらって、不動産屋へ行った。不動産屋の中でも、墨と朱で、達筆な貸し間の広告を藁半紙に書いて出しているような、昔からの不動産屋さんをわざと探した。
■ 冷蔵庫
最初に紹介された長屋が松和荘だった。その長屋は隣にある大家のおばあちゃんの年金代わりなのだそうだった。下に6部屋、上も6部屋、半分くらいは空いていた。敷金15万円、家賃3万円。女性だというので2階をあてがってもらった。玄関は共同、シンクはタイル張りだった。
引っ越し時は、ホントに何もなく、また私はお金がなかったので、近所の電気屋さんの裏口に冷蔵庫が捨ててあるのを見て、電気屋さんに赴き、「もらっていいですか?」と聞いたら、「いいよ」との話。そうしたら、「どこに住んでるの?」と聞かれ、「松和荘です」と答えると、「じゃあ運んであげる」とのことだった。いいのか?!と思ったけれど、到底女一人では運べないので、ありがたく運んでもらった。
その冷蔵庫は、しばらく家で活躍していたが、3か月ほどで動かなくなってしまった。それを電気屋さんに言いに行ったら、「もっといいのがある」ということで、交換?してくれた。 その時も運んでくれ、「ここに名前と住所を書きなさい」と電気屋さんが言うので、書いておいたら、その年の暮れに”粗品”が送られてきた(笑)。ソックスだった。何も買っていないのに。
松和荘の時代は、そんなこんなで、テーブルや椅子もみんな近くのお金持ちエリア、丸山町から拾ってきたものだ。粗大ごみの前の日に夜でかけたり、会社帰りに発見したり。そこには豪華な壺や鉄の茶瓶なんてものもあった。だから、日本は豊かな国だなと思った。
テーブルは、廃業した喫茶店のもの。綺麗に汚れを落として、ペンキで塗装、椅子も表面の張地を張り替え、塗装してから使っていたので、誰も拾ってきたものとは思わない。引っ越すときは、欲しいと言う人がいて、みな大学の後輩にもらわれて行った。
大学4,5年と、社会人になってから2年のトータル4年間を過ごしたが、その時代は、家にほとんどいることがなく、大学にいるか、会社にいるかで、寝るだけの家だったので、壁は薄く、隣の音は、筒抜けだったが、家に帰るのは夜10時近く、朝は8時には出ているので、全く何も問題なしだった。
ハーブを育てたいと思って、拾ってきたすし桶をプランター代わりにして窓辺に垂らしていたのだが、そこにヤモリが棲みついて、出てきたハーブの芽を全部食べてしまったり、びっくりするような大きなタランチュラが部屋の中をどうどうと突っ切って行ったり、窓を開けて寝ていると、蜂が巣をつくりそうになったりして、色々と面白い家だった。
数年前、大阪に帰省した時に、あの家はどうなったのだろうか…と思い、通りがかりに見てみたら、もう無くなっていた…。きっと大家のおばあちゃんが亡くなって、年金の必要がなくなったのだろう…。
まぁ、何を思い出したかと言うと、そういう時代から、夫とは一緒に出勤していた、ということで、私の基本的な幸せはそこにあった。
今は甲府では車通勤になってしまい、夫と肩を並べて歩くには、わざわざ機会を設けなくてはならない。
そのせいで、山に登っているのかもしれないと時々思う。
夫が出張に出るときは、私は新大阪まで一緒に行って送り出し、私が海外出張の時は、夫も空港まで送ってくれたり、迎えに来てくれたりした。
今までもそうして来たし、ずっとそうして行けたら、あとのことは大した問題ではないのだろう。
今日は夫は出張で、朝はのんびり10時半の特急あずさに乗ればよい、ということで、一緒に駅まで出かけた。
わたしに勤めがあった時は、毎朝一緒に出社していて、通勤電車も、途中までは一緒だった。都会の朝の通勤ラッシュはツライものだ。
一緒に通勤が始まったのはどうしてだっただろうか・・・・
夫の実家は大阪のほぼ最南端、光明池にあり、出社するのは門真市で、当時、2時間半くらいかかった。これは東京首都圏の人にとっては大した出勤時間ではないが、関西圏の人にとってはとんでもなく長い通勤時間で、常識的には一時間くらいの通勤時間が普通だ。
一方、私は、北部の吹田市にある豊津という下町情緒あふれる町にいて、風呂なし、トイレ共同の家賃3万円の長屋に住んでいた。
夫からすると、豊津の、この家のほうが通勤に便利だった。通勤は一時間かからないくらい。梅田経由で行くと混んでいるが、大阪万博公園で乗り換えて、モノレールで行けば、そう混まずに済んだ。
周囲には商店街があり、ベテランのおばあちゃんの美味しいたこ焼きを買って帰ることもできたし、梅田までは、ほんの20分。近くに銭湯があった。
豊津時代は、面白かった。そもそも豊津に住んだのは、アメリカから帰ってきたとき、頼りにした大学の先輩が、たまたま豊津にマンションを買っていたからで、奥さんは、嫌々そうだったが、4日間ほど先輩の家に上がり込んだのだった。だって、帰ってきたときも、5万円しかお金をもっていなかったしね(笑)。
翌日から当日払いのバイトには行ったけど、とにかくどこかに家を借りなくてはいけないというので、その先輩についてきてもらって、不動産屋へ行った。不動産屋の中でも、墨と朱で、達筆な貸し間の広告を藁半紙に書いて出しているような、昔からの不動産屋さんをわざと探した。
■ 冷蔵庫
最初に紹介された長屋が松和荘だった。その長屋は隣にある大家のおばあちゃんの年金代わりなのだそうだった。下に6部屋、上も6部屋、半分くらいは空いていた。敷金15万円、家賃3万円。女性だというので2階をあてがってもらった。玄関は共同、シンクはタイル張りだった。
引っ越し時は、ホントに何もなく、また私はお金がなかったので、近所の電気屋さんの裏口に冷蔵庫が捨ててあるのを見て、電気屋さんに赴き、「もらっていいですか?」と聞いたら、「いいよ」との話。そうしたら、「どこに住んでるの?」と聞かれ、「松和荘です」と答えると、「じゃあ運んであげる」とのことだった。いいのか?!と思ったけれど、到底女一人では運べないので、ありがたく運んでもらった。
その冷蔵庫は、しばらく家で活躍していたが、3か月ほどで動かなくなってしまった。それを電気屋さんに言いに行ったら、「もっといいのがある」ということで、交換?してくれた。 その時も運んでくれ、「ここに名前と住所を書きなさい」と電気屋さんが言うので、書いておいたら、その年の暮れに”粗品”が送られてきた(笑)。ソックスだった。何も買っていないのに。
松和荘の時代は、そんなこんなで、テーブルや椅子もみんな近くのお金持ちエリア、丸山町から拾ってきたものだ。粗大ごみの前の日に夜でかけたり、会社帰りに発見したり。そこには豪華な壺や鉄の茶瓶なんてものもあった。だから、日本は豊かな国だなと思った。
テーブルは、廃業した喫茶店のもの。綺麗に汚れを落として、ペンキで塗装、椅子も表面の張地を張り替え、塗装してから使っていたので、誰も拾ってきたものとは思わない。引っ越すときは、欲しいと言う人がいて、みな大学の後輩にもらわれて行った。
大学4,5年と、社会人になってから2年のトータル4年間を過ごしたが、その時代は、家にほとんどいることがなく、大学にいるか、会社にいるかで、寝るだけの家だったので、壁は薄く、隣の音は、筒抜けだったが、家に帰るのは夜10時近く、朝は8時には出ているので、全く何も問題なしだった。
ハーブを育てたいと思って、拾ってきたすし桶をプランター代わりにして窓辺に垂らしていたのだが、そこにヤモリが棲みついて、出てきたハーブの芽を全部食べてしまったり、びっくりするような大きなタランチュラが部屋の中をどうどうと突っ切って行ったり、窓を開けて寝ていると、蜂が巣をつくりそうになったりして、色々と面白い家だった。
数年前、大阪に帰省した時に、あの家はどうなったのだろうか…と思い、通りがかりに見てみたら、もう無くなっていた…。きっと大家のおばあちゃんが亡くなって、年金の必要がなくなったのだろう…。
まぁ、何を思い出したかと言うと、そういう時代から、夫とは一緒に出勤していた、ということで、私の基本的な幸せはそこにあった。
今は甲府では車通勤になってしまい、夫と肩を並べて歩くには、わざわざ機会を設けなくてはならない。
そのせいで、山に登っているのかもしれないと時々思う。
夫が出張に出るときは、私は新大阪まで一緒に行って送り出し、私が海外出張の時は、夫も空港まで送ってくれたり、迎えに来てくれたりした。
今までもそうして来たし、ずっとそうして行けたら、あとのことは大した問題ではないのだろう。
Wednesday, April 15, 2015
2014ダイジェスト
■2014年の春・夏シーズン ダイジェスト
1) 三つ峠
トポってなあに?
楽しい度 ★★★
おっかな度 ★★
勉強になりました度 ★★★
2) 西穂高沢
gwの上高地
感動度 ★★★
急登度 ★★★
3)鎌尾根
鹿島槍 かっこいい~
感動度 ★★★
雪崩れ度 ★★★
4)春のもどり雪
リード・・・なんとか・・・
(汗) 度 ★★★
クライミング度 ★★★
5) 富士山
体力チェック用の山
タイヘン度 ★★★
頭痛度 ★★
6) モロクボ沢
大増水中
増水度 ★★★
ずぶぬれ度 ★★★
7) 小川山レイバック
岩の造形に感動!
感動度 ★★★
おもしろ度 ★★
8) 太刀岡山
初夏の山がさわやか~
さわやか度 ★★★
難し度 ★★
9) 鳳凰三山レインジャー
意外な一面
意外度 ★★
また行きたい度 ★★
10)太刀岡山左岩稜
フリーの中でアルパイン的なマルチピッチ代表例
(汗)度 ★★★
なるほど度 ★★★
でしょー度★★
11)ズミ沢
初・自前沢
やったね!度 ★★★
楽しい度 ★★
12)和名倉山
爽快な山
山っていいね!度 ★★★
人里離れ度 ★★★
13)お月見山行
どんな男がいいんだ?言って見なさい!
少年少女度 ★★★
お化け見たい度 ★★★
14)北穂池
穂高の秘境
感動度 ★★★
地図読み度 ★★
ルーファイ度 ★★
15)前穂北尾根
乾燥と岩と秋の台風
アルパイン度 ★★★
クラミング度 ★★
ご苦労度 ★★★
16)伝丈沢
しっとり秋の沢
癒し度 ★★★
自立度 ★★
17)兜山
まるで先輩に教わるよう・・・
学習度 ★★★
大衆度 ★★
■ 考察
岩 6
雪 3
沢 3
地図読み 2
夏山 2
宴会 1
という結果に。 岩は、岩登り2 クライミング4. やっぱりクライミングは手軽なのかな~。
前後の負担が大きいのは、ゲレンデではない、雪や本チャン。
ロングな縦走に欠けたのが、去年の不満だったが、秋の涸沢には開眼したなぁ。
夫を連れて行ってあげたい。
1) 三つ峠
トポってなあに?
楽しい度 ★★★
おっかな度 ★★
勉強になりました度 ★★★
2) 西穂高沢
gwの上高地
感動度 ★★★
急登度 ★★★
3)鎌尾根
鹿島槍 かっこいい~
感動度 ★★★
雪崩れ度 ★★★
4)春のもどり雪
リード・・・なんとか・・・
(汗) 度 ★★★
クライミング度 ★★★
5) 富士山
体力チェック用の山
タイヘン度 ★★★
頭痛度 ★★
6) モロクボ沢
大増水中
増水度 ★★★
ずぶぬれ度 ★★★
7) 小川山レイバック
岩の造形に感動!
感動度 ★★★
おもしろ度 ★★
8) 太刀岡山
初夏の山がさわやか~
さわやか度 ★★★
難し度 ★★
9) 鳳凰三山レインジャー
意外な一面
意外度 ★★
また行きたい度 ★★
10)太刀岡山左岩稜
フリーの中でアルパイン的なマルチピッチ代表例
(汗)度 ★★★
なるほど度 ★★★
でしょー度★★
11)ズミ沢
初・自前沢
やったね!度 ★★★
楽しい度 ★★
12)和名倉山
爽快な山
山っていいね!度 ★★★
人里離れ度 ★★★
13)お月見山行
どんな男がいいんだ?言って見なさい!
少年少女度 ★★★
お化け見たい度 ★★★
14)北穂池
穂高の秘境
感動度 ★★★
地図読み度 ★★
ルーファイ度 ★★
15)前穂北尾根
乾燥と岩と秋の台風
アルパイン度 ★★★
クラミング度 ★★
ご苦労度 ★★★
16)伝丈沢
しっとり秋の沢
癒し度 ★★★
自立度 ★★
17)兜山
まるで先輩に教わるよう・・・
学習度 ★★★
大衆度 ★★
岩 6
雪 3
沢 3
地図読み 2
夏山 2
宴会 1
という結果に。 岩は、岩登り2 クライミング4. やっぱりクライミングは手軽なのかな~。
前後の負担が大きいのは、ゲレンデではない、雪や本チャン。
ロングな縦走に欠けたのが、去年の不満だったが、秋の涸沢には開眼したなぁ。
夫を連れて行ってあげたい。
Friday, April 3, 2015
引き続き、私の山の考察中・・・
■ 用語の乱れ
知らなかったが、登山の価値が多様化していると言われる現代、様々な流派(?)の登山が枝分かれして、それがむしろオーソドックスな、いわゆる”本格的な”登山を分かりにくく、難しくしているらしい。
例としては、バリエーションルート。
テクニカルな意味合いで難しいルートと、地図にないと言う意味のルートと混在中。その他にもこんな言葉が出ている。
バリエーションハイキング ⇒ マイナーなルート、廃道、
ハイグレードハイキング ⇒ 岩交じりの低山
”一般ルート”も、バリエーションをするような人の中では使うけれども、一般登山者は使わない。それしかないと思っているから。
”スタンダードルート”は、英語にはあるらしいが日本では聞かない。”ノーマルルート”は、聞いただけで、エベレストの渋滞を思い浮かべる。愉しくなさそうだ・・・
どちらも、”一般ルート”の”一般”に当たる部分だと思うが、ノーマルの反対は”アブノーマル”となり、なんだか悪いことをしているような感じ(^^;)。
そう言えば、雪が降った日に藪が隠れたのを期待して、尾根を地図読みしながら歩く山行を、御坂山岳会では、”キワモノ”と、言っている。
でも、尾根を読んで歩く山は、”キワモノ”ではなく、王道。雪は山の弱点なのだし、正しい登山のあり方だ。
登山の分野?としては、
・フリークライミング
・アルパインクライミング
・トレイルランニング
・ロングトレイル
・高所登山
・藪山
・沢登り
・山菜取り・きのこ取
・自然観察
・動物観察
・野鳥観察
・ハイキング
・アイスクライミング
・ミックスクライミング
・ドライツーリング
・キャンプ
・撮影登山
・団体登山
・学校登山
・ガイド登山
・百名山登山
などがある。全く違う登山スタイルとして認知されるべきだと思う。最近では、”婚活登山”なんてものもある。
大別すると、(一つのところにじっとしている活動)と、(旅的に通過してしまうもの)とに分けることができる。
私は旅派。
■登山における”正しさ”というのは、どう求められるか?
登山における”正しさ”とは何か?
それは意外に簡単で、山がそもそも、何もない原始の場所だったら、と想定すればよい。
何もない、ただの地面の隆起だった場合に、人間はどう山頂にアプローチするか?ということが、登山のスタート。
道路や登山道があるのは、たくさんの人たちがそこを通ったという歴史的経緯の結果であって、仕方ないな、と受け入れるもの。
その”原点”から、遠く乖離したものの例が、観光登山であり、百名山登山。百名山登山は、ピークハントに、スピードと効率を求めたもの。最も易しいルートで登るのはピークだけが目的で、早く100個登りたいからだ。
しかし、深田さんの意図とは全く別の登山スタイルになってしまった。高度経済成長期の時代的価値観が背景にあったのではないだろうか?そうだとすると、こうした登山は今後下火だろう。今世の中で受けているのは、”断・捨・離”だからだ(笑)。シンプルは貧乏を意味しなくなった。
スポーツを登山に持ち込む流れもある。登山はスポーツではない。が、どこかスポーツに対して、憧れがあったのだろうか?スポーツになることを”格上げ”と感じている節がある。クライミングをオリンピック競技にしたがっているのも一つだ。
だが、オリンピックの現代社会での位置づけを見れば、この分野が人間の可能性を広げるためのもの、というよりは、各国のエゴとコマーシャリズムに冒されている分野だということは、誰に目にも明らかに分かる。
トレランに話を戻すと、山岳耐久レースを目的にしているものなので、レース、つまり”競争”をしたいのだ。マラソンを山岳エリアに場所を移したものであって、登山とは違う。
この”競争したい、競い合いたい”という心理ニーズは、むしろフリークライミングと近い。スポーツクライミングでのコンペだ。コンペと言えば、リン・ヒルと言われるほど、リン・ヒルは、コンペの女王として君臨したそうなのだ。
なんだか私が知っているサンフランシスコのヒッピー文化の価値観とは全く180度違うなぁ。ヨセミテは岩登りの聖地だけど、なんでその帰結がコンペになっちゃったんだろう?
私が知っているヒッピー文化は、Love&Pieceだったから、全く性格が違う。求道者のようにトレーニングに明け暮れ、節制し、限界を高め…るのが嫌な、どちらかというと怠惰な人たちが、マリファナを吸ってのんびりソファで寝転んび、反戦を主張するのが正しいヒッピーのような?
話はそれたが、要するに 登山に”競争”を持ちこんだら、
コンペ
トレラン
国の威信を掛けた高所登山
等、になったようだ。コンペも動機づけとして考えるとそんなに悪いこともないのだろう。
わたしにとって、あまり良く分からない&興味がないため知らない、のは、”記録”の世界で、名誉と栄光の世界だ。今の時代は、世界最高齢とか最年少などの年齢、酸素ありからなしへ、など、記録としての”初”に手を替え品を替えしないといけないらしい。この方面も本質とはだんだんかけ離れて行っているような気がしないでもない。なんとなく行き詰まり感が見える世界である。
…と考察すると
量・数
競争
名誉と栄光(記録)
と、どの方面を向いても、旧世界の、それも戦後日本の産めや増やせや、の一時的で普遍的とは言えない特殊な価値観に毒されているように見える。
わたしにとってはあまり価値を感じない世界が広がっているようだ。でも、まぁ、それは、過去の時代の世相を単純に表現しているような気がしないでもない。
問題は 今から先、だ。
■ 質
人は生きている。 生きるという方向は、生まれてしまったら、もう変えられない。これは不変的だ。
なので、どうせ生きるなら、生きることを愉しんだ方が良い、と思う。
そう思うと、”生きること”の中身の質が重要になる。楽しく生きることもできれば、不平を言いつつ、生きることもできる。
同じ物事でも、視点を変えれば、物事の良い面を見ることもできる。難しいのは、
視点を変えることだ。
そういう意味では、人間は体験の質を自分で主体的に選ぶことができる。
良く言われるように良い面を見るか、悪い面を見るか?だ。できればハーフエンプティではなく、ハーフフルを見たいと、誰もが考えるだろう。
良き人生を生きるのに、大事なことは、いかにして視点を変えるか?だ。
≪視点の転換法≫
1)そこから何か学ぶことはないか?とする(反面教師的利用)
2)何が自分にとって不快刺激かを知る材料とする (あらかじめ避ける後学的利用)
3)大抵は自分に足りないもの、なので、それを知る材料とする (弱点の克服)
良く言われることだが、ピンチは逆にチャンスだ。逆境は学びが多いとき、でもある。過去を振り返るとそう思える。
今現在を”つらさ”として認識している時には、”止まない雨はない”と思えばよい。余談だが、そういうことは自然界から学ぶものだ。だから登山は人を作る、と言われるのだろう。
■ みそぎ、瞑想、めくるめく感
登山を始めた頃、山を登ることによって、禊的な意味合いを感じていた。しばらくは、歩く瞑想=登山だと思ていた。
山の道を上がる一歩一歩で、余計なものが剥がれ落ちて行くような感じだ。ピークに立った時にはすっかり、無垢な自分に戻れている。
ところが、それは残念なことに、百名山登山者に「何個目?」と問われることで、がっかりに転換されてしまう。汚点が付くとはこのことだ。
それで、「おばちゃんが団体で登ってこない山に登ろう」と思い、アルパインを志した。
だが、残念なことに、アルパインをスタートすると、逆に問題が増えた。羨望、嫉妬、競争、優越感、技術への無理解や軽視、その結果としての命を粗末に扱うデカダン的姿勢、そういうものだ。
山の道を上がる一歩一歩から、開ける展望が面白くてたまらず、目の前の苦を忘れる、というような山が、私の好きな山だった。
そうした山行を夫と共有して面白かった。山があまりに美しいので、急斜面だと言うことを忘れてしまうのだ。そういう山は、急いで歩くことによって失われる。
岩を始めたころ、「岩は今に生きるということだ」と思った。ところが、今は岩をそのような、現在のみに意識を向ける活動とは、感じられない。なんとなく岩には義務感が付いて回る。人工壁もノルマちっくだ。ノルマになってしまった活動が楽しいわけがない。なぜそれがノルマ化したのか?理由は分かっている。登れなきゃ人間じゃない文化に触れたからだ。
アイスは寒さを忘れる面白さ。今は、アイスは氷があると、それが登路に見えるようになった。ので、正しく成長している気がする。
というのも、尾根も以前はそれが登路とは感じられなかったが、今は山が”歩いてください”と言っているような登路に見えるからだ。
沢もこれまでの経緯から、わたしにとっては、山へ至る登路、山がこちらへどうぞと言っている道になりそうな気がする。
というのは、大体において、自分で行き先を探してこれるものは適性があるからだ。伝丈沢やズミ沢など自前だ。その活動に適正がないときは、どこへ行ったらよいのか、そこから、そもそもわからないものだ。
沢は、閉塞感が漂う山の世界の中で、今後が期待できる、自由でのびのびしている世界だ。だから沢は、今の登山界で、もっとも可能性のある分野と言えると思う。
山梨で沢登りが登攀要素が強いのは、地形的に山梨が急峻なこと、たまたまそのような沢ばかりが紹介されているからだ。登攀要素の強い沢をしなくても良い。歩く沢だって沢は沢。
≪山ヤ道のヒント≫
・余分なものがそぎ落とせる山行が良い山行 ⇔ 問題意識が積み重なる
・苦を忘れる面白さ
・急がない
・ゆっくり取り組む
・今に生きる
・それが登路に見えてくる
・連れて行ってもらわなくても、自分で次に行くべき場所が分かる
・非”ノルマ”
ビジネスの世界にはPPM分析というフレームワークがあるが、それで捉えると、こんな感じ。
人は強みを生かしている時に喜びを感じるものだ。
だから、フリーに強みがある人はフリーの愉しみを追求し、それを世に広めれば良い。チームとして見たときには、各人がそれぞれ強みを生かし、全体として山行に必要な機能が備われば、それでよい。
逆に、同じ強みを持った人とは強みの競争が激化して楽しさは失われるだろう。例えば突破力がある人が二人いれば、二人の間で競争になるだろう。あ、そっか、だから男性同士は一緒に山に行かないんだな。
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Problemchild | Star
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沢 | アイス
| 地図読み
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Dog | Cash Cow
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岩 | 縦走・雪稜
フリー |
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≪関連記事≫
気分が乗らないときは登らない
知らなかったが、登山の価値が多様化していると言われる現代、様々な流派(?)の登山が枝分かれして、それがむしろオーソドックスな、いわゆる”本格的な”登山を分かりにくく、難しくしているらしい。
例としては、バリエーションルート。
テクニカルな意味合いで難しいルートと、地図にないと言う意味のルートと混在中。その他にもこんな言葉が出ている。
バリエーションハイキング ⇒ マイナーなルート、廃道、
ハイグレードハイキング ⇒ 岩交じりの低山
”一般ルート”も、バリエーションをするような人の中では使うけれども、一般登山者は使わない。それしかないと思っているから。
”スタンダードルート”は、英語にはあるらしいが日本では聞かない。”ノーマルルート”は、聞いただけで、エベレストの渋滞を思い浮かべる。愉しくなさそうだ・・・
どちらも、”一般ルート”の”一般”に当たる部分だと思うが、ノーマルの反対は”アブノーマル”となり、なんだか悪いことをしているような感じ(^^;)。
そう言えば、雪が降った日に藪が隠れたのを期待して、尾根を地図読みしながら歩く山行を、御坂山岳会では、”キワモノ”と、言っている。
でも、尾根を読んで歩く山は、”キワモノ”ではなく、王道。雪は山の弱点なのだし、正しい登山のあり方だ。
登山の分野?としては、
・フリークライミング
・アルパインクライミング
・トレイルランニング
・ロングトレイル
・高所登山
・藪山
・沢登り
・山菜取り・きのこ取
・自然観察
・動物観察
・野鳥観察
・ハイキング
・アイスクライミング
・ミックスクライミング
・ドライツーリング
・キャンプ
・撮影登山
・団体登山
・学校登山
・ガイド登山
・百名山登山
などがある。全く違う登山スタイルとして認知されるべきだと思う。最近では、”婚活登山”なんてものもある。
大別すると、(一つのところにじっとしている活動)と、(旅的に通過してしまうもの)とに分けることができる。
私は旅派。
■登山における”正しさ”というのは、どう求められるか?
登山における”正しさ”とは何か?
それは意外に簡単で、山がそもそも、何もない原始の場所だったら、と想定すればよい。
何もない、ただの地面の隆起だった場合に、人間はどう山頂にアプローチするか?ということが、登山のスタート。
道路や登山道があるのは、たくさんの人たちがそこを通ったという歴史的経緯の結果であって、仕方ないな、と受け入れるもの。
その”原点”から、遠く乖離したものの例が、観光登山であり、百名山登山。百名山登山は、ピークハントに、スピードと効率を求めたもの。最も易しいルートで登るのはピークだけが目的で、早く100個登りたいからだ。
しかし、深田さんの意図とは全く別の登山スタイルになってしまった。高度経済成長期の時代的価値観が背景にあったのではないだろうか?そうだとすると、こうした登山は今後下火だろう。今世の中で受けているのは、”断・捨・離”だからだ(笑)。シンプルは貧乏を意味しなくなった。
スポーツを登山に持ち込む流れもある。登山はスポーツではない。が、どこかスポーツに対して、憧れがあったのだろうか?スポーツになることを”格上げ”と感じている節がある。クライミングをオリンピック競技にしたがっているのも一つだ。
だが、オリンピックの現代社会での位置づけを見れば、この分野が人間の可能性を広げるためのもの、というよりは、各国のエゴとコマーシャリズムに冒されている分野だということは、誰に目にも明らかに分かる。
トレランに話を戻すと、山岳耐久レースを目的にしているものなので、レース、つまり”競争”をしたいのだ。マラソンを山岳エリアに場所を移したものであって、登山とは違う。
この”競争したい、競い合いたい”という心理ニーズは、むしろフリークライミングと近い。スポーツクライミングでのコンペだ。コンペと言えば、リン・ヒルと言われるほど、リン・ヒルは、コンペの女王として君臨したそうなのだ。
なんだか私が知っているサンフランシスコのヒッピー文化の価値観とは全く180度違うなぁ。ヨセミテは岩登りの聖地だけど、なんでその帰結がコンペになっちゃったんだろう?
私が知っているヒッピー文化は、Love&Pieceだったから、全く性格が違う。求道者のようにトレーニングに明け暮れ、節制し、限界を高め…るのが嫌な、どちらかというと怠惰な人たちが、マリファナを吸ってのんびりソファで寝転んび、反戦を主張するのが正しいヒッピーのような?
話はそれたが、要するに 登山に”競争”を持ちこんだら、
コンペ
トレラン
国の威信を掛けた高所登山
等、になったようだ。コンペも動機づけとして考えるとそんなに悪いこともないのだろう。
わたしにとって、あまり良く分からない&興味がないため知らない、のは、”記録”の世界で、名誉と栄光の世界だ。今の時代は、世界最高齢とか最年少などの年齢、酸素ありからなしへ、など、記録としての”初”に手を替え品を替えしないといけないらしい。この方面も本質とはだんだんかけ離れて行っているような気がしないでもない。なんとなく行き詰まり感が見える世界である。
…と考察すると
量・数
競争
名誉と栄光(記録)
と、どの方面を向いても、旧世界の、それも戦後日本の産めや増やせや、の一時的で普遍的とは言えない特殊な価値観に毒されているように見える。
わたしにとってはあまり価値を感じない世界が広がっているようだ。でも、まぁ、それは、過去の時代の世相を単純に表現しているような気がしないでもない。
問題は 今から先、だ。
■ 質
人は生きている。 生きるという方向は、生まれてしまったら、もう変えられない。これは不変的だ。
なので、どうせ生きるなら、生きることを愉しんだ方が良い、と思う。
そう思うと、”生きること”の中身の質が重要になる。楽しく生きることもできれば、不平を言いつつ、生きることもできる。
同じ物事でも、視点を変えれば、物事の良い面を見ることもできる。難しいのは、
視点を変えることだ。
そういう意味では、人間は体験の質を自分で主体的に選ぶことができる。
良く言われるように良い面を見るか、悪い面を見るか?だ。できればハーフエンプティではなく、ハーフフルを見たいと、誰もが考えるだろう。
良き人生を生きるのに、大事なことは、いかにして視点を変えるか?だ。
≪視点の転換法≫
1)そこから何か学ぶことはないか?とする(反面教師的利用)
2)何が自分にとって不快刺激かを知る材料とする (あらかじめ避ける後学的利用)
3)大抵は自分に足りないもの、なので、それを知る材料とする (弱点の克服)
良く言われることだが、ピンチは逆にチャンスだ。逆境は学びが多いとき、でもある。過去を振り返るとそう思える。
今現在を”つらさ”として認識している時には、”止まない雨はない”と思えばよい。余談だが、そういうことは自然界から学ぶものだ。だから登山は人を作る、と言われるのだろう。
■ みそぎ、瞑想、めくるめく感
登山を始めた頃、山を登ることによって、禊的な意味合いを感じていた。しばらくは、歩く瞑想=登山だと思ていた。
山の道を上がる一歩一歩で、余計なものが剥がれ落ちて行くような感じだ。ピークに立った時にはすっかり、無垢な自分に戻れている。
ところが、それは残念なことに、百名山登山者に「何個目?」と問われることで、がっかりに転換されてしまう。汚点が付くとはこのことだ。
それで、「おばちゃんが団体で登ってこない山に登ろう」と思い、アルパインを志した。
だが、残念なことに、アルパインをスタートすると、逆に問題が増えた。羨望、嫉妬、競争、優越感、技術への無理解や軽視、その結果としての命を粗末に扱うデカダン的姿勢、そういうものだ。
山の道を上がる一歩一歩から、開ける展望が面白くてたまらず、目の前の苦を忘れる、というような山が、私の好きな山だった。
そうした山行を夫と共有して面白かった。山があまりに美しいので、急斜面だと言うことを忘れてしまうのだ。そういう山は、急いで歩くことによって失われる。
岩を始めたころ、「岩は今に生きるということだ」と思った。ところが、今は岩をそのような、現在のみに意識を向ける活動とは、感じられない。なんとなく岩には義務感が付いて回る。人工壁もノルマちっくだ。ノルマになってしまった活動が楽しいわけがない。なぜそれがノルマ化したのか?理由は分かっている。登れなきゃ人間じゃない文化に触れたからだ。
アイスは寒さを忘れる面白さ。今は、アイスは氷があると、それが登路に見えるようになった。ので、正しく成長している気がする。
というのも、尾根も以前はそれが登路とは感じられなかったが、今は山が”歩いてください”と言っているような登路に見えるからだ。
沢もこれまでの経緯から、わたしにとっては、山へ至る登路、山がこちらへどうぞと言っている道になりそうな気がする。
というのは、大体において、自分で行き先を探してこれるものは適性があるからだ。伝丈沢やズミ沢など自前だ。その活動に適正がないときは、どこへ行ったらよいのか、そこから、そもそもわからないものだ。
沢は、閉塞感が漂う山の世界の中で、今後が期待できる、自由でのびのびしている世界だ。だから沢は、今の登山界で、もっとも可能性のある分野と言えると思う。
山梨で沢登りが登攀要素が強いのは、地形的に山梨が急峻なこと、たまたまそのような沢ばかりが紹介されているからだ。登攀要素の強い沢をしなくても良い。歩く沢だって沢は沢。
≪山ヤ道のヒント≫
・余分なものがそぎ落とせる山行が良い山行 ⇔ 問題意識が積み重なる
・苦を忘れる面白さ
・急がない
・ゆっくり取り組む
・今に生きる
・それが登路に見えてくる
・連れて行ってもらわなくても、自分で次に行くべき場所が分かる
・非”ノルマ”
ビジネスの世界にはPPM分析というフレームワークがあるが、それで捉えると、こんな感じ。
人は強みを生かしている時に喜びを感じるものだ。
だから、フリーに強みがある人はフリーの愉しみを追求し、それを世に広めれば良い。チームとして見たときには、各人がそれぞれ強みを生かし、全体として山行に必要な機能が備われば、それでよい。
逆に、同じ強みを持った人とは強みの競争が激化して楽しさは失われるだろう。例えば突破力がある人が二人いれば、二人の間で競争になるだろう。あ、そっか、だから男性同士は一緒に山に行かないんだな。
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Problemchild | Star
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沢 | アイス
| 地図読み
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Dog | Cash Cow
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岩 | 縦走・雪稜
フリー |
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≪関連記事≫
気分が乗らないときは登らない
Monday, December 8, 2014
私の山は冬山?
■冬到来♪
12月に入ってからの寒気で、八ヶ岳はすっかり冬に様変わりしたようです♪
寒そうな様子の南アや、雪を抱いて白銀に輝く甲武信岳付近が、甲府から、お買い物帰りに見えると、なんだか心がワクワクしてきます。胸が震えるという言葉がありますが、それは、きっとこんなことを表しているんだろうな!って感じ。
どうも、北横岳も白銀化したようです。キレイだろうな~。いや~もう今すぐ行きたい!ですが、実はまだ我が家はスタッドレスに履き替えていません・・・ので、雪道走行不可で、行けません(><)。
夫が忙しくて、スタッドレスタイヤが重いので、持って行きそびれているんですよね・・・
■ 冬靴
実は、冬靴、2年連続でつま先が凍傷になったので、冬合宿の行き先次第では、ダブルのブーツを買うべきかもしれない、と考えていました。
私のはスカルパのサミットライトですが、もうワンランク上だと、ほとんど用途が同じなので、あまり買う意味がない。その上のクラスとなると、ファンタムガイドですが、これもあまり差がないので、ちゃんとしたダブルのブーツということで、スカルパのファントム6000を考えていました。(7万円以上する・・・汗)
しかし、資金が潤沢でないということ以外にも、色々、購入障壁が・・・(^^;) まず女性に適したサイズのEU37、38、39あたりはまず在庫がない。そして、東京まで行かないと置いていない。さらに東京まで行ってもなかったら、超悲しい・・・。
冬合宿ってどこに行くんだろう???
合宿の行き先で、今年はイラナイかもしれない・・・冬靴の最大の弱点は、濡れです。濡れて凍ると切ない。でも、行く山によってはそんなに濡れない。八ヶ岳は濡れない。寒くて乾いた山が八ヶ岳です。
5月のGWの雪山では、もう靴がぐちょぐちょで切なかった・・・けど、時期的に凍傷にはならない・・・ので、今の靴で問題がない。
今の靴だと12月~2月の厳冬期に、アイスクライミングのゲレンデで、じっとしている時間が長い、ビレイなどをすると、足が凍傷になります(--;) 去年一番寒かったのは12月でした。
同じ山でも、ずっと歩いている縦走なら大丈夫みたいです。(でも一回目の凍傷は、単独で北八つを歩いていてなりましたが・・・)
■ クライミング
年配の憧れの先輩と人工壁のクライミングに行ったら、先輩が意外に下手で嬉しかった☆
というのは、この先輩は山歩き歴が長く、完璧山ヤ歩きをしていて、沢ではすいすい滝を登り、それに、私がルーファイできなかった滝もルーファイしてくれたからです。
そんな風に私はなりたいのです。で、この先輩があんまりムーブが上手でないってことは・・・つまり、この先輩みたいになるのに、あんまり人工壁で、クライミング上手になる必要はないみたい???
やっぱり、人工壁を主に登るスポーツクライミングと、実際の山での機敏な動作というのは、ちょっと違うものみたいです。
その辺にいた、ベテランさんたちに聞いても、「山登りの人は最初はクライミングが下手だ」と言っていました。”最初は”っていうのは、婉曲語で言ってくれたのかもしれません・・・
そうか、だから私もへたくそなんだ!って、妙に納得・・・(笑)。
一般的傾向で、登山からクライミングに入った人は、なかなかスポーツクライミングに慣れるというか、好きになるのに、時間がかかるみたいです。
というわけで、私がクライミングに感じる、どうしてすんなり登れないのかしらねぇ・・・というより、どうして、みなはこれが楽しいのかしらねぇ・・・っていう、クライミングに対する懐疑みたいなものは、どうも登山からクライミングに入った人には、よくありがちな現象のようです。
というわけで、まぁ、基本的に、あまり気にする必要はないみたい。
それに人工壁のクライミングが嫌いってわけじゃないんです。単純に、あんまり上手でないからってだけです。
すぐ腕力と握力が尽きるので・・・。腕力貯金が少ないんです。ムーブ解決より先に腕力が尽きちゃう。
■ 霧氷を見たい
クラミングに引き換え、冬山を見たときの、ルンルン気分は、ホントに不思議なくらいです。
ああ白銀の世界に行きたいな!
甲府に来て、登山を始めたのは、霧氷が見たかったからです。実際、素晴らしい霧氷をみることができました。大感動しました。
もしかして、私が山を好きなのは、やっぱり単純に非日常だからかもしれません。
ということは、もし山が日常になってしまったらどうなるんだろう???? それはそれでちょっと不安です。
あんまり、しょっちゅう山に行くと、山が日常になってしまいます・・・すると良くないのかも?
ちょっと不安です。
12月に入ってからの寒気で、八ヶ岳はすっかり冬に様変わりしたようです♪
寒そうな様子の南アや、雪を抱いて白銀に輝く甲武信岳付近が、甲府から、お買い物帰りに見えると、なんだか心がワクワクしてきます。胸が震えるという言葉がありますが、それは、きっとこんなことを表しているんだろうな!って感じ。
どうも、北横岳も白銀化したようです。キレイだろうな~。いや~もう今すぐ行きたい!ですが、実はまだ我が家はスタッドレスに履き替えていません・・・ので、雪道走行不可で、行けません(><)。
夫が忙しくて、スタッドレスタイヤが重いので、持って行きそびれているんですよね・・・
■ 冬靴
実は、冬靴、2年連続でつま先が凍傷になったので、冬合宿の行き先次第では、ダブルのブーツを買うべきかもしれない、と考えていました。
私のはスカルパのサミットライトですが、もうワンランク上だと、ほとんど用途が同じなので、あまり買う意味がない。その上のクラスとなると、ファンタムガイドですが、これもあまり差がないので、ちゃんとしたダブルのブーツということで、スカルパのファントム6000を考えていました。(7万円以上する・・・汗)
しかし、資金が潤沢でないということ以外にも、色々、購入障壁が・・・(^^;) まず女性に適したサイズのEU37、38、39あたりはまず在庫がない。そして、東京まで行かないと置いていない。さらに東京まで行ってもなかったら、超悲しい・・・。
冬合宿ってどこに行くんだろう???
合宿の行き先で、今年はイラナイかもしれない・・・冬靴の最大の弱点は、濡れです。濡れて凍ると切ない。でも、行く山によってはそんなに濡れない。八ヶ岳は濡れない。寒くて乾いた山が八ヶ岳です。
5月のGWの雪山では、もう靴がぐちょぐちょで切なかった・・・けど、時期的に凍傷にはならない・・・ので、今の靴で問題がない。
今の靴だと12月~2月の厳冬期に、アイスクライミングのゲレンデで、じっとしている時間が長い、ビレイなどをすると、足が凍傷になります(--;) 去年一番寒かったのは12月でした。
同じ山でも、ずっと歩いている縦走なら大丈夫みたいです。(でも一回目の凍傷は、単独で北八つを歩いていてなりましたが・・・)
■ クライミング
年配の憧れの先輩と人工壁のクライミングに行ったら、先輩が意外に下手で嬉しかった☆
というのは、この先輩は山歩き歴が長く、完璧山ヤ歩きをしていて、沢ではすいすい滝を登り、それに、私がルーファイできなかった滝もルーファイしてくれたからです。
そんな風に私はなりたいのです。で、この先輩があんまりムーブが上手でないってことは・・・つまり、この先輩みたいになるのに、あんまり人工壁で、クライミング上手になる必要はないみたい???
やっぱり、人工壁を主に登るスポーツクライミングと、実際の山での機敏な動作というのは、ちょっと違うものみたいです。
その辺にいた、ベテランさんたちに聞いても、「山登りの人は最初はクライミングが下手だ」と言っていました。”最初は”っていうのは、婉曲語で言ってくれたのかもしれません・・・
そうか、だから私もへたくそなんだ!って、妙に納得・・・(笑)。
一般的傾向で、登山からクライミングに入った人は、なかなかスポーツクライミングに慣れるというか、好きになるのに、時間がかかるみたいです。
というわけで、私がクライミングに感じる、どうしてすんなり登れないのかしらねぇ・・・というより、どうして、みなはこれが楽しいのかしらねぇ・・・っていう、クライミングに対する懐疑みたいなものは、どうも登山からクライミングに入った人には、よくありがちな現象のようです。
というわけで、まぁ、基本的に、あまり気にする必要はないみたい。
それに人工壁のクライミングが嫌いってわけじゃないんです。単純に、あんまり上手でないからってだけです。
すぐ腕力と握力が尽きるので・・・。腕力貯金が少ないんです。ムーブ解決より先に腕力が尽きちゃう。
■ 霧氷を見たい
クラミングに引き換え、冬山を見たときの、ルンルン気分は、ホントに不思議なくらいです。
ああ白銀の世界に行きたいな!
甲府に来て、登山を始めたのは、霧氷が見たかったからです。実際、素晴らしい霧氷をみることができました。大感動しました。
もしかして、私が山を好きなのは、やっぱり単純に非日常だからかもしれません。
ということは、もし山が日常になってしまったらどうなるんだろう???? それはそれでちょっと不安です。
あんまり、しょっちゅう山に行くと、山が日常になってしまいます・・・すると良くないのかも?
ちょっと不安です。
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| こういうのは見飽きない |
Friday, December 5, 2014
墜落についての見知を広める
■ 山で起きている価値観の逆転
今日は、価値観の逆転ということを考えています…
1)岩です。じゃんけんで勝ちました。
A → リードする
B → セカンド
山ヤ的発想の答え A
登山客的発想の答え B
2)雪山ラッセル
A → 先頭でラッセルしたい!
B → 後についていきたい!
山ヤ的発想の答え A
登山客的発想の答え B
3)地図読み。誰が先頭を歩く?
A → 自分が先頭で
B → 自分はついて歩くだけで
山ヤ的発想の答え A
登山客的発想の答え B
4)安全管理。誰がする?
A → 自分
B → 先輩
山ヤ的発想の答え A
登山客的発想の答え B
5)歩荷。誰が担ぐ?
A → 自分
B → 子分
山ヤ的発想の答え A
登山客的発想の答え B
最後の歩荷だけは微妙かもしれません(笑)。みんなできれば担ぎたくないので(笑)。クライミングではリードクライマーは歩荷負担なしですし。
昨今の山の問題点は、山ヤ的回答Aを選ぶ人より、回答Bを選ぶ価値観が優勢なことです。山岳会でも、Bの人が増えると困ったことになります。
私の中で一番信頼でき、安全で確実な人材は、自分、です。ですから、自分の山は、自分で安全管理したい。というか、誰かと一緒に行ったとしても、しています。最初から安全だと思った人としか山行に出かけません。
■ オンサイト能力は重要
岩の場合、肉体能力が安全といえるレベルまで達していません(^^;)
・・・が、これは時間の経過、つまり経験の蓄積が必要で、より時間を掛けて、ゆっくり学んだほうがより安全といえると思います。精読、多読、乱読、積読?(笑)、の世界です。
なので、リードはしたいのですが、私は今の時点で、まだ岩を見る目が出来ていないので、登れないところに行くかもしれません。
リードの困るのは、登れないところに行った後、クライムダウンが容易でないことです。ランナウトしていて落ちたら、グランドします。
なので、わたしみたいにまだ岩を読む能力が完成していない人は、まずは岩を読めるようにならないとダメです。
それには一杯岩に触らないといけないので、11だろうが12だろうが、一杯岩に触らせてくれる先輩は、今の私に何が必要か、良く分かってくれている先輩です。 岩、歓迎。
今は岩に一杯触りまくって、どういうのに登れて、どういうのに登れないのか?理解しないといけません。
■ クライミングの常識は世間の非常識?!
去年の今頃は、自分の支点力が疑問でした。つまりクライミングやロープシステム自体をよく分かっていないかもしれないと不安でした。
だからリードしたくなかったのです。私が間違った支点を作れば、後続もリスクになるからです。でも、師匠はしきりにリードさせたがっていたので、支点を作ることへの信頼は、私には比較的早くにあったということで、意外に信頼されていたんですね。
御坂の先輩はまだ私の支点力は信頼していないと思うので、どっちが用心深いかというと、師匠ではなくて、会の先輩の方です(笑)。逆言えば、責任を感じている、とも言えますが。
去年の今頃は、ベテランたちの会話を傍で聞いていると たまに”?”と思うことがあった。
たとえば、私にとって”被った壁”は危険でした。クライマーにとって被った壁は”安全”です。
い)被った壁
A 安全
B 危険
あるいはボルダリングとリードクライミングでは? ロープをつけている分、リードの方が安全です。
ろ)どっちが安全?
A ボルダリング
B リードクライミング
あるいはランニングの知識もです。1本目のランニングで落ちてはいけない。初心者は上より下が安全だと思っています。
は)どっちが安全?
A 登り出し
B 上の高いところ
トップロープとリードでは、トップロープが安全と思っていますが、そうとも言えないときもあります。
被っていたり、ルートがトラバースしていたりすると、トップロープだと落ちたときに振られて、壁に激突することがある。
に)どっちが危険?
A 上下にまっすぐなルート
B トラバース
つまり、確保が確保になりようがないところは危険です。
これらが分かると、例えば、登山道で片側が切れ落ちているトラバースがあった場合に、鎖場の鎖やロープは、腰の位置ではなく、胸のあたりにあるほうが安全であると分かります。墜落係数1のほうが墜落係数2より、安全だからです。
裏返すと、ある鎖場を見たときに、簡易ハーネスをつけるなら、チェストハーネスが良いのか、腰のハーネスが良いのか、状況から判断できるようになります。
そうした判断力がつくことが、山力がつくこと。状況依存で正解はあります。
■ 墜落リスクについて知るためのクライミング?
登山における第一義的な危険である、墜落について、どう対策したらいいか?
これについては、逆説的ですが、クライミングをするのが一番なのです。
クライミングをすれば、墜落に際し、何が危険で何が安全なのか?を切り分けられるようになります。
そのことが分かったのが、この1年の一番の成果かも?
それが切り分けられないのが、クライミング初心者です。支点がプアな人が一番危ないです。
クライミング力は自分が登れれば、自分は安全なのですし、怖いと思ったら行かなければ良いだけですが、支点については、危険な支点でも、危険だと思っていないで信頼してしまいます。
逆に危険だ危険だと思っていること…例えばハーケンとか、ダブルのロープでのローワーダウンは、実際は噂で流布しているよりも、強度があるようで、ベテランはリスクを受け入れつつ、保険を掛けて使っています。リスクがあるところには必ず保険を掛ける。のが大事です。
クライミング力については鼻に掛ける人はいなくなります。5.9で躓いていても、5.12で躓いていても同じことだからです。5.15で躓いている人も、同じ心境でおなじ苦境です。握力、腕力、体重で、スタート地点が違うだけで、もうこれは能力差、というより単純に個性です。クライミング初心者はそれはあまり分からない。登れる=エライ、で終わりです。
■ 信頼出来る人の特徴
信頼できる人はこういうタイプの発言をします。たとえば、
「私の知っているクライミング技術が最新かというと怪しいです」
これは会のベテランの先輩の言葉です。もう学生時代から何十年も登っている人です。でも、自分の技術に胡坐をかいていませんので、信頼しています。
師匠クラスのベテランだって、「俺の言うとおりにしろ」と盲目的追従は求めてきません。言うなら、「私は〇〇する派です、理由は△△です」です。
そうすると私とは違うケースが出てきても、どっちが正しいかの小競り合いにはなりません。
例えば、違いの一例で行くと、私は懸垂下降はトップの時は、バックアップをつけて降りています。が、師匠はこれには反対の意見です。
私が懸垂をバックアップつきで降りるのは、両手を離すような状況(落石に当たるとか?)に対応したり、ロープがジャムった時に、流れを作りやすいようにです。もう何度もそのやり方で降りているので、慣れっこです。
たぶん、師匠は自分が連れて行く立場ですから、連れて行く相手の安全は自分の力量込みで考えていると思います。つまり自分がトップで降りれば、セカンドは大抵はおりやすい状況がすでにつくられています。セカンドが安全かそうでないかは師匠が判断できます。
が、経験知の無い私がトップで降りるような状況は、セカンドだって経験がない人のはずで(笑)。
私が行き詰まっても、セカンドに私の分のリスク管理まで期待できません。
ので、経験がなく、しかも、自分と対等レベルの人と、クライミングに行こう!というような人(つまり、まっとうな登山者)は、せめて、自分で途中停止ができ、宙吊りになった場合の自己脱出ができるようになっているべきと思います。ベテランと行くだけの人とは心得が違う。ベテランの安心代は高い(笑)。
実は宙吊りからの登り返しは、実は意外に上手です(笑) おと年もやったし、今年の夏も、一緒に行くことになる先輩と初めて一緒に練習した時に、人工壁で練習しているからかな?
(余談ですが初めて一緒に岩に行く人との初対面顔合わせは、ゲレンデか危急時対策が良いと思います。笑)
一個の技術だけ教えて、「この通りしろ」という人はちょっと怪しい…。
山のリスクはケースバイケースなので、一個の技術だけで、全部に対応することができないのは普通です。
「とりあえずこうしたら、とりあえずは回避できる」ということは多いです。でも”とりあえず”は、言葉を変えると、急場しのぎなので、それがベストプラクティスかどうかは、また別の問題。
なので、講師として教える、ということに躊躇する人は多いです。
つまり、最近は、教えられる側の人が、考えるのをサボっていて、「これさえ知っておけばOK」と考えてしまうからですね。
■ ケーススタディ
私は大阪にいるころはGMSというビジネススクールに通っていたのですが、登山のケースバイケースは、ビジネスのケースバイケースに似ています。
ビジネスの分野ではケーススタディと言って、ある状況下でどう判断すべきか?ということを、皆でディスカッションすることで、回答を作って行きます。
オープンなディスカッションが、正解を導き出せないまでも、より正解に近いところに議論を着地させます。それは100人いたら100人が正解、と認めるようなものではないですが、90人はこのほうがベストではないにしてもベターだろう、というところがあるのです。
そうした落としどころの発見に、必要なのは、「こういう状況も考えられるのでは?」「それにはこうしておいた方が良いのでは?」とシナリオを想定する力。
シナリオ想定力は大きいほうがより優れたビジネスマンです。それはより優れた山ヤがリスクや危険の想定力に優れているのと似ています。
違うのは、ビジネスはお金が絡み人が死ぬことはない遊びですが、山は人の命が絡み、リスク想定を間違うと死んでしまうということです。
そういう意味では、ビジネスより山の方が真剣勝負です。
■ 山の面白さ
山の面白さというのは、危険、と言われたことが、安全に変わっていくプロセス、といえると思います。
それは、攻撃力である能力面を取ってもそうだし、防御力である知識面を取ってもそうです。
例えば、防御力である地図読みができるようになる前は、一人で一般道の茅ヶ岳に登るのでさえ、周囲の人から「危険だ、危険だ」と言われていました。
今はその近くの兎藪と言うところに行こうかな~と思っているのですが、先輩に聞いたら、「行ってもいいよ」でした。私もここ、簡単な地図読みなので平気で行けると思います。
が、熊とかが怖いので寒くなるのを待っていました(笑)。こういう山が好きな同行者がいれば、欲しいですが、ベテラン好みの場所は人気がなく、あまり同行者を期待できません。
一人だと、熊や不審者のリスクには対処できません。が、能力の問題ではないので、別に私の登山ライフにおいて、兎藪に一人で行けないことは挫折にはなりません。不便なだけです。
攻撃力である体力も同じで、体力が上がれば、今まで危険だったところは、まったく危険でなくなります。厳冬期の鳳凰三山は、私にとってチャレンジ山行でしたが、去年は前年ほどのチャレンジではなく、ごく普通の山行でした。
■ リスクについて見地が広がった年
クライミングも同じで、今年の成果は言い換えると、墜落のリスクについての見地を広めた、ということなのかな・・・。
墜落の危険がある場所についてのリスク管理については、だいぶ見地が広がりました。それはクライミングをしたおかげで、見えなかった危険がよりよく見えるようになったのです。
トラバースはあぶないとか。
水平方向の移動がメインである縦走での確保が、垂直方向の移動がメインであるクライミングでの確保より、高度だと言うことも今ではわかります。
■ 素人受けより、玄人受け
一般の人は、縦走だったら大きい山に登れる体力やクライミングだったらクライミング力だけで登山者の実力を計りがちです。
そのような価値観からは一歩距離を置きましょう。
というのは、長い期間登山をしていて、生き延びている先輩たちは、皆そうしているからです。
自分の能力を誇示したい!と思ってしまうと、登山が情熱の発露ではなく、煩悩になってしまいます。百名山行脚はそのような性格のものが少なくありません。超絶登山もそうです。
登山はそんなことをしなくても命がけですので、ただでさえ命がけのところを、さらに命がけにする必要はないかも?
■ 山についてよく知る
私にとってこの1年間はクライミング元年でした。つまり墜落のリスクについて見地を広めた年でした。
来年というか、これから先のシーズンは、どうしようか?というのが、今の悩みです。
今週末、ベテランの女性先輩に会って相談してこようかな~と思っています。
私は山について良く知り、山が身近なライフスタイルと言うような生活がしたいな~と思っているので。
肉体能力を高めることは、最低ラインで必要ですが、それしかしないのは違うかな~と思いました。
つまり日ごろはスポーツクライミングしかしないで体力アップ、本番はごくたまに・・・と言うのは、私にはないな~と。
うまく山ライフスタイルを構築するのは、課題です。私は人の山ではなく、自分の山を登りたいので。
今日は、価値観の逆転ということを考えています…
1)岩です。じゃんけんで勝ちました。
A → リードする
B → セカンド
山ヤ的発想の答え A
登山客的発想の答え B
2)雪山ラッセル
A → 先頭でラッセルしたい!
B → 後についていきたい!
山ヤ的発想の答え A
登山客的発想の答え B
3)地図読み。誰が先頭を歩く?
A → 自分が先頭で
B → 自分はついて歩くだけで
山ヤ的発想の答え A
登山客的発想の答え B
4)安全管理。誰がする?
A → 自分
B → 先輩
山ヤ的発想の答え A
登山客的発想の答え B
5)歩荷。誰が担ぐ?
A → 自分
B → 子分
山ヤ的発想の答え A
登山客的発想の答え B
最後の歩荷だけは微妙かもしれません(笑)。みんなできれば担ぎたくないので(笑)。クライミングではリードクライマーは歩荷負担なしですし。
昨今の山の問題点は、山ヤ的回答Aを選ぶ人より、回答Bを選ぶ価値観が優勢なことです。山岳会でも、Bの人が増えると困ったことになります。
私の中で一番信頼でき、安全で確実な人材は、自分、です。ですから、自分の山は、自分で安全管理したい。というか、誰かと一緒に行ったとしても、しています。最初から安全だと思った人としか山行に出かけません。
■ オンサイト能力は重要
岩の場合、肉体能力が安全といえるレベルまで達していません(^^;)
・・・が、これは時間の経過、つまり経験の蓄積が必要で、より時間を掛けて、ゆっくり学んだほうがより安全といえると思います。精読、多読、乱読、積読?(笑)、の世界です。
なので、リードはしたいのですが、私は今の時点で、まだ岩を見る目が出来ていないので、登れないところに行くかもしれません。
リードの困るのは、登れないところに行った後、クライムダウンが容易でないことです。ランナウトしていて落ちたら、グランドします。
なので、わたしみたいにまだ岩を読む能力が完成していない人は、まずは岩を読めるようにならないとダメです。
それには一杯岩に触らないといけないので、11だろうが12だろうが、一杯岩に触らせてくれる先輩は、今の私に何が必要か、良く分かってくれている先輩です。 岩、歓迎。
今は岩に一杯触りまくって、どういうのに登れて、どういうのに登れないのか?理解しないといけません。
■ クライミングの常識は世間の非常識?!
去年の今頃は、自分の支点力が疑問でした。つまりクライミングやロープシステム自体をよく分かっていないかもしれないと不安でした。
だからリードしたくなかったのです。私が間違った支点を作れば、後続もリスクになるからです。でも、師匠はしきりにリードさせたがっていたので、支点を作ることへの信頼は、私には比較的早くにあったということで、意外に信頼されていたんですね。
御坂の先輩はまだ私の支点力は信頼していないと思うので、どっちが用心深いかというと、師匠ではなくて、会の先輩の方です(笑)。逆言えば、責任を感じている、とも言えますが。
去年の今頃は、ベテランたちの会話を傍で聞いていると たまに”?”と思うことがあった。
たとえば、私にとって”被った壁”は危険でした。クライマーにとって被った壁は”安全”です。
い)被った壁
A 安全
B 危険
あるいはボルダリングとリードクライミングでは? ロープをつけている分、リードの方が安全です。
ろ)どっちが安全?
A ボルダリング
B リードクライミング
あるいはランニングの知識もです。1本目のランニングで落ちてはいけない。初心者は上より下が安全だと思っています。
は)どっちが安全?
A 登り出し
B 上の高いところ
トップロープとリードでは、トップロープが安全と思っていますが、そうとも言えないときもあります。
被っていたり、ルートがトラバースしていたりすると、トップロープだと落ちたときに振られて、壁に激突することがある。
に)どっちが危険?
A 上下にまっすぐなルート
B トラバース
つまり、確保が確保になりようがないところは危険です。
これらが分かると、例えば、登山道で片側が切れ落ちているトラバースがあった場合に、鎖場の鎖やロープは、腰の位置ではなく、胸のあたりにあるほうが安全であると分かります。墜落係数1のほうが墜落係数2より、安全だからです。
裏返すと、ある鎖場を見たときに、簡易ハーネスをつけるなら、チェストハーネスが良いのか、腰のハーネスが良いのか、状況から判断できるようになります。
そうした判断力がつくことが、山力がつくこと。状況依存で正解はあります。
■ 墜落リスクについて知るためのクライミング?
登山における第一義的な危険である、墜落について、どう対策したらいいか?
これについては、逆説的ですが、クライミングをするのが一番なのです。
クライミングをすれば、墜落に際し、何が危険で何が安全なのか?を切り分けられるようになります。
そのことが分かったのが、この1年の一番の成果かも?
それが切り分けられないのが、クライミング初心者です。支点がプアな人が一番危ないです。
クライミング力は自分が登れれば、自分は安全なのですし、怖いと思ったら行かなければ良いだけですが、支点については、危険な支点でも、危険だと思っていないで信頼してしまいます。
逆に危険だ危険だと思っていること…例えばハーケンとか、ダブルのロープでのローワーダウンは、実際は噂で流布しているよりも、強度があるようで、ベテランはリスクを受け入れつつ、保険を掛けて使っています。リスクがあるところには必ず保険を掛ける。のが大事です。
クライミング力については鼻に掛ける人はいなくなります。5.9で躓いていても、5.12で躓いていても同じことだからです。5.15で躓いている人も、同じ心境でおなじ苦境です。握力、腕力、体重で、スタート地点が違うだけで、もうこれは能力差、というより単純に個性です。クライミング初心者はそれはあまり分からない。登れる=エライ、で終わりです。
■ 信頼出来る人の特徴
信頼できる人はこういうタイプの発言をします。たとえば、
「私の知っているクライミング技術が最新かというと怪しいです」
これは会のベテランの先輩の言葉です。もう学生時代から何十年も登っている人です。でも、自分の技術に胡坐をかいていませんので、信頼しています。
師匠クラスのベテランだって、「俺の言うとおりにしろ」と盲目的追従は求めてきません。言うなら、「私は〇〇する派です、理由は△△です」です。
そうすると私とは違うケースが出てきても、どっちが正しいかの小競り合いにはなりません。
例えば、違いの一例で行くと、私は懸垂下降はトップの時は、バックアップをつけて降りています。が、師匠はこれには反対の意見です。
私が懸垂をバックアップつきで降りるのは、両手を離すような状況(落石に当たるとか?)に対応したり、ロープがジャムった時に、流れを作りやすいようにです。もう何度もそのやり方で降りているので、慣れっこです。
たぶん、師匠は自分が連れて行く立場ですから、連れて行く相手の安全は自分の力量込みで考えていると思います。つまり自分がトップで降りれば、セカンドは大抵はおりやすい状況がすでにつくられています。セカンドが安全かそうでないかは師匠が判断できます。
が、経験知の無い私がトップで降りるような状況は、セカンドだって経験がない人のはずで(笑)。
私が行き詰まっても、セカンドに私の分のリスク管理まで期待できません。
ので、経験がなく、しかも、自分と対等レベルの人と、クライミングに行こう!というような人(つまり、まっとうな登山者)は、せめて、自分で途中停止ができ、宙吊りになった場合の自己脱出ができるようになっているべきと思います。ベテランと行くだけの人とは心得が違う。ベテランの安心代は高い(笑)。
実は宙吊りからの登り返しは、実は意外に上手です(笑) おと年もやったし、今年の夏も、一緒に行くことになる先輩と初めて一緒に練習した時に、人工壁で練習しているからかな?
(余談ですが初めて一緒に岩に行く人との初対面顔合わせは、ゲレンデか危急時対策が良いと思います。笑)
一個の技術だけ教えて、「この通りしろ」という人はちょっと怪しい…。
山のリスクはケースバイケースなので、一個の技術だけで、全部に対応することができないのは普通です。
「とりあえずこうしたら、とりあえずは回避できる」ということは多いです。でも”とりあえず”は、言葉を変えると、急場しのぎなので、それがベストプラクティスかどうかは、また別の問題。
なので、講師として教える、ということに躊躇する人は多いです。
つまり、最近は、教えられる側の人が、考えるのをサボっていて、「これさえ知っておけばOK」と考えてしまうからですね。
■ ケーススタディ
私は大阪にいるころはGMSというビジネススクールに通っていたのですが、登山のケースバイケースは、ビジネスのケースバイケースに似ています。
ビジネスの分野ではケーススタディと言って、ある状況下でどう判断すべきか?ということを、皆でディスカッションすることで、回答を作って行きます。
オープンなディスカッションが、正解を導き出せないまでも、より正解に近いところに議論を着地させます。それは100人いたら100人が正解、と認めるようなものではないですが、90人はこのほうがベストではないにしてもベターだろう、というところがあるのです。
そうした落としどころの発見に、必要なのは、「こういう状況も考えられるのでは?」「それにはこうしておいた方が良いのでは?」とシナリオを想定する力。
シナリオ想定力は大きいほうがより優れたビジネスマンです。それはより優れた山ヤがリスクや危険の想定力に優れているのと似ています。
違うのは、ビジネスはお金が絡み人が死ぬことはない遊びですが、山は人の命が絡み、リスク想定を間違うと死んでしまうということです。
そういう意味では、ビジネスより山の方が真剣勝負です。
■ 山の面白さ
山の面白さというのは、危険、と言われたことが、安全に変わっていくプロセス、といえると思います。
それは、攻撃力である能力面を取ってもそうだし、防御力である知識面を取ってもそうです。
例えば、防御力である地図読みができるようになる前は、一人で一般道の茅ヶ岳に登るのでさえ、周囲の人から「危険だ、危険だ」と言われていました。
今はその近くの兎藪と言うところに行こうかな~と思っているのですが、先輩に聞いたら、「行ってもいいよ」でした。私もここ、簡単な地図読みなので平気で行けると思います。
が、熊とかが怖いので寒くなるのを待っていました(笑)。こういう山が好きな同行者がいれば、欲しいですが、ベテラン好みの場所は人気がなく、あまり同行者を期待できません。
一人だと、熊や不審者のリスクには対処できません。が、能力の問題ではないので、別に私の登山ライフにおいて、兎藪に一人で行けないことは挫折にはなりません。不便なだけです。
攻撃力である体力も同じで、体力が上がれば、今まで危険だったところは、まったく危険でなくなります。厳冬期の鳳凰三山は、私にとってチャレンジ山行でしたが、去年は前年ほどのチャレンジではなく、ごく普通の山行でした。
■ リスクについて見地が広がった年
クライミングも同じで、今年の成果は言い換えると、墜落のリスクについての見地を広めた、ということなのかな・・・。
墜落の危険がある場所についてのリスク管理については、だいぶ見地が広がりました。それはクライミングをしたおかげで、見えなかった危険がよりよく見えるようになったのです。
トラバースはあぶないとか。
水平方向の移動がメインである縦走での確保が、垂直方向の移動がメインであるクライミングでの確保より、高度だと言うことも今ではわかります。
■ 素人受けより、玄人受け
一般の人は、縦走だったら大きい山に登れる体力やクライミングだったらクライミング力だけで登山者の実力を計りがちです。
そのような価値観からは一歩距離を置きましょう。
というのは、長い期間登山をしていて、生き延びている先輩たちは、皆そうしているからです。
自分の能力を誇示したい!と思ってしまうと、登山が情熱の発露ではなく、煩悩になってしまいます。百名山行脚はそのような性格のものが少なくありません。超絶登山もそうです。
登山はそんなことをしなくても命がけですので、ただでさえ命がけのところを、さらに命がけにする必要はないかも?
■ 山についてよく知る
私にとってこの1年間はクライミング元年でした。つまり墜落のリスクについて見地を広めた年でした。
来年というか、これから先のシーズンは、どうしようか?というのが、今の悩みです。
今週末、ベテランの女性先輩に会って相談してこようかな~と思っています。
私は山について良く知り、山が身近なライフスタイルと言うような生活がしたいな~と思っているので。
肉体能力を高めることは、最低ラインで必要ですが、それしかしないのは違うかな~と思いました。
つまり日ごろはスポーツクライミングしかしないで体力アップ、本番はごくたまに・・・と言うのは、私にはないな~と。
うまく山ライフスタイルを構築するのは、課題です。私は人の山ではなく、自分の山を登りたいので。
Sunday, November 23, 2014
クロッキー会
■ 地震&TOEIC&クロッキー会
昨日は地震でビックリしました。長野県の方は、大変だったのではないでしょうか。被害に遭われた方、心よりお見舞い申し上げます。
今日は、夫はTOIEC試験でした。私はクロッキー会の集まりに行ってきました。
夫は成人ですから、別に子供のように送り出して欲しい、というのは、ありませんが、彼の苦手の英語、TOEIC試験…。夫の試練(?笑)。
夫は苦手丸出しなので、彼が苦手そうにしている試練の場に立ち会わないのは、人生のコンパニオンとしていかがなものか?と思ったので、今日は家にいることにしたのです。
実は昨日も一昨日も、快晴の空で、ちょっと山に行けばよかったよな~とは、思いましたが…。
結局、地震で山からの帰宅が大変になっていた可能性もあったし、行かなくて正解でした。
11月は、北アくらい行かないと、まだ雪がない。
なので、このシーズン初めの時期は、足慣らしの場所の選択が難しいんですよね。
テント泊で、燕山荘に行こうかな~と思っていましたが、一人で一泊二日の交通費を掛けるのが、もったいなくなり・・・(笑) 以前は、小屋泊代を甘受せざるを得ないと、行っていたことを考えると、ずいぶん成長したものです。西穂独評なんて、もっとお金がかかります。 こういう時、交通費を折半してくれる、同じくらいの成長段階の人がいると助かるのですが・・・。
12月前半に入ると、八ヶ岳も雪が付きアイゼン歩行できる。・・・ので、ま、いっか。
さらに、12月後半に入ると、富士山がアイゼン歩きに、ピッタリの山になります。近くなので、あとちょっと待てば、交通費は節約になりますね(笑)
夫がとても幸せそうにしていたので、それで報われた気がしています。
■ クロッキー会
今日は、午後にクロッキー会へ行きました。緊張した~。
私はお絵かきが好きな子供でした。しかし、不思議なことに、お絵かきをしても、親は喜んでくれませんでした。
ナゼダロウ…?
ま、親がしたいことではなく、自分がしたいことをすべきです。 が、考えてみると、私は自分がしたいことが良く分からなかったんですよね。
高校生になった時、美術コースがある学校にいくこともできましたが、結局、周囲の圧力もあり、進学校へ進みました。それは圧力に勝てるほど、絵を書くことがしたいことではなかったから。
高校では、美術部は活動が少なく、美術部の顧問は、野球に熱中していて、結局、お隣の演劇部の舞台背景を作る担当?みたいになっていたので、絵を書くことについて、栄養を注いだことがありません。
しかし、最近、山の絵を描く、山おばちゃんたちと知り合い、来年こそは一緒に絵がかけたら、いいな!って思っています。
あいよ!って渡されたとき、ビビッてしまったんですよね・・・(^^;) だって、もう30年くらい、絵を書いていないんです・・・(T_T)
山、描けないよ~。
それに昔、絵が上手だったのを自分で、分かっているので、へたくそな絵しか、描けなかったら、どうしようっ!となってしまうんです・・・自分への期待値が実力以上(--;) 必要以上にショックを受ける・・・
基本的に現代人は目が肥えてしまって、それが創作意欲を萎えさせる原因になっています。これは、バレエでも、ヨガでも同じです。音楽とかも同じではないでしょうかね?
あとは花。ボタニカルアートです。
餓鬼岳でシラヒゲソウを見たときに、詳細に理解したいと思いました。
がくがどうなっているのか?おしべとめしべはどうなっているのか? 葉っぱの付き方は…
写真だと、どうしても花にフォーカスが行けば、葉は、ぼやけてしまうし、葉にフォーカスが行けば、花がぼやけてしまいます。
それで、絵に描くと良いと思ったのです。
でも…絵の描き方、忘れちゃったよう…(><)
大人になって、子供の頃に戻るって、大変ですね~!!
「ラファエロのように描くのに4年かかったが、子供のように描くのに一生かかった」
って、ピカソも言ってますけど、絵を書くとかって、どうやってやるか?を教わるようなものではないはずです。
なのに、いざ何でも描いて良いとなると、何からスタートしたらいいのやら、分からなくなっているのが、大人という病…
それはクライミングだって同じかもしれませんね~。 クライミングも子供は、全く考えないで、するする登っているので。
絵を書いていたら、登るべきラインが読めるようにならないかなぁ(笑) というのは、欲張りでしょうか?
■ 羨ましいことはやってみる
余談ですが、私は羨ましい!と思ったことは、全部やってみることにしています。
登山を始めたのは、端的には、山梨に来たからです。
・・・が、子供の頃、阿蘇山を放浪する大学生のお兄さんたちを見て、あこがれていました。
私も大学生になったら、放浪旅行をしよう!と思っていたくらいです。ところが実際、大学生になってみると、年頃の娘が放浪なんて、危なくてできません。
アメリカにいるときに、大きなバックパックを背負った、バックパッカーを羨ましいな~と思っていたので、よく家に泊めてあげていました。で、旅の話を聞いたりするのです。
海外出張で行ったニュージーランドで、長い長いクライミングウォールを眺めていたとき、「登ってみる?」と、せっかくジムのお兄さんが愛想よく言ったのに、私はびっくりしてしまって、条件反射で、”No Way!”と叫んでいました・・・。
今思えば、やっておけばよかったなー。いや、スーツで歩いているような人でしたし、当然、全然、登れなかったと思いますが・・・。 何しろ、小瀬の15mくらいのクライミングウォールだって、完登するのに1年かかったくらいの人ですから・・・(笑)
でも、その時登っていれば、今クライミングしていないかもな~(笑)。 後悔というものも、人を前に進ませるパワーになるのかも?
とはいえ、人は羨ましい、と思ったことはやってみるべき。
羨ましい、という思いは、そこに”小さな夢”が隠されている、というサインなのです。人生は短く、人はその間に、やりたいことをやるべきです。
妬ましいという思いに蓋をしている人は攻撃的になります。相手が、その資格がないのに、特別に幸運に恵まれているような気がして、許せない!という気持ちになるのです。
そういう時は、自分も同じことをやって見なさい、という意味です。
≪人が攻撃的になる時≫
逆にいうと、指摘が的を得ていないときは、攻撃されても傷つきません。
仕返しに躍起になる時・・・それはそれだけ真実が含まれている、という意味なのかも?
昨日は地震でビックリしました。長野県の方は、大変だったのではないでしょうか。被害に遭われた方、心よりお見舞い申し上げます。
今日は、夫はTOIEC試験でした。私はクロッキー会の集まりに行ってきました。
夫は成人ですから、別に子供のように送り出して欲しい、というのは、ありませんが、彼の苦手の英語、TOEIC試験…。夫の試練(?笑)。
夫は苦手丸出しなので、彼が苦手そうにしている試練の場に立ち会わないのは、人生のコンパニオンとしていかがなものか?と思ったので、今日は家にいることにしたのです。
実は昨日も一昨日も、快晴の空で、ちょっと山に行けばよかったよな~とは、思いましたが…。
結局、地震で山からの帰宅が大変になっていた可能性もあったし、行かなくて正解でした。
11月は、北アくらい行かないと、まだ雪がない。
なので、このシーズン初めの時期は、足慣らしの場所の選択が難しいんですよね。
テント泊で、燕山荘に行こうかな~と思っていましたが、一人で一泊二日の交通費を掛けるのが、もったいなくなり・・・(笑) 以前は、小屋泊代を甘受せざるを得ないと、行っていたことを考えると、ずいぶん成長したものです。西穂独評なんて、もっとお金がかかります。 こういう時、交通費を折半してくれる、同じくらいの成長段階の人がいると助かるのですが・・・。
12月前半に入ると、八ヶ岳も雪が付きアイゼン歩行できる。・・・ので、ま、いっか。
さらに、12月後半に入ると、富士山がアイゼン歩きに、ピッタリの山になります。近くなので、あとちょっと待てば、交通費は節約になりますね(笑)
夫がとても幸せそうにしていたので、それで報われた気がしています。
■ クロッキー会
今日は、午後にクロッキー会へ行きました。緊張した~。
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| 一番良くできたヤツ・・・ |
私はお絵かきが好きな子供でした。しかし、不思議なことに、お絵かきをしても、親は喜んでくれませんでした。
ナゼダロウ…?
ま、親がしたいことではなく、自分がしたいことをすべきです。 が、考えてみると、私は自分がしたいことが良く分からなかったんですよね。
高校生になった時、美術コースがある学校にいくこともできましたが、結局、周囲の圧力もあり、進学校へ進みました。それは圧力に勝てるほど、絵を書くことがしたいことではなかったから。
高校では、美術部は活動が少なく、美術部の顧問は、野球に熱中していて、結局、お隣の演劇部の舞台背景を作る担当?みたいになっていたので、絵を書くことについて、栄養を注いだことがありません。
しかし、最近、山の絵を描く、山おばちゃんたちと知り合い、来年こそは一緒に絵がかけたら、いいな!って思っています。
あいよ!って渡されたとき、ビビッてしまったんですよね・・・(^^;) だって、もう30年くらい、絵を書いていないんです・・・(T_T)
山、描けないよ~。
それに昔、絵が上手だったのを自分で、分かっているので、へたくそな絵しか、描けなかったら、どうしようっ!となってしまうんです・・・自分への期待値が実力以上(--;) 必要以上にショックを受ける・・・
基本的に現代人は目が肥えてしまって、それが創作意欲を萎えさせる原因になっています。これは、バレエでも、ヨガでも同じです。音楽とかも同じではないでしょうかね?
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| シラヒゲソウ |
餓鬼岳でシラヒゲソウを見たときに、詳細に理解したいと思いました。
がくがどうなっているのか?おしべとめしべはどうなっているのか? 葉っぱの付き方は…
写真だと、どうしても花にフォーカスが行けば、葉は、ぼやけてしまうし、葉にフォーカスが行けば、花がぼやけてしまいます。
それで、絵に描くと良いと思ったのです。
でも…絵の描き方、忘れちゃったよう…(><)
大人になって、子供の頃に戻るって、大変ですね~!!
「ラファエロのように描くのに4年かかったが、子供のように描くのに一生かかった」
って、ピカソも言ってますけど、絵を書くとかって、どうやってやるか?を教わるようなものではないはずです。
なのに、いざ何でも描いて良いとなると、何からスタートしたらいいのやら、分からなくなっているのが、大人という病…
それはクライミングだって同じかもしれませんね~。 クライミングも子供は、全く考えないで、するする登っているので。
絵を書いていたら、登るべきラインが読めるようにならないかなぁ(笑) というのは、欲張りでしょうか?
■ 羨ましいことはやってみる
余談ですが、私は羨ましい!と思ったことは、全部やってみることにしています。
登山を始めたのは、端的には、山梨に来たからです。
・・・が、子供の頃、阿蘇山を放浪する大学生のお兄さんたちを見て、あこがれていました。
私も大学生になったら、放浪旅行をしよう!と思っていたくらいです。ところが実際、大学生になってみると、年頃の娘が放浪なんて、危なくてできません。
アメリカにいるときに、大きなバックパックを背負った、バックパッカーを羨ましいな~と思っていたので、よく家に泊めてあげていました。で、旅の話を聞いたりするのです。
海外出張で行ったニュージーランドで、長い長いクライミングウォールを眺めていたとき、「登ってみる?」と、せっかくジムのお兄さんが愛想よく言ったのに、私はびっくりしてしまって、条件反射で、”No Way!”と叫んでいました・・・。
今思えば、やっておけばよかったなー。いや、スーツで歩いているような人でしたし、当然、全然、登れなかったと思いますが・・・。 何しろ、小瀬の15mくらいのクライミングウォールだって、完登するのに1年かかったくらいの人ですから・・・(笑)
でも、その時登っていれば、今クライミングしていないかもな~(笑)。 後悔というものも、人を前に進ませるパワーになるのかも?
とはいえ、人は羨ましい、と思ったことはやってみるべき。
羨ましい、という思いは、そこに”小さな夢”が隠されている、というサインなのです。人生は短く、人はその間に、やりたいことをやるべきです。
妬ましいという思いに蓋をしている人は攻撃的になります。相手が、その資格がないのに、特別に幸運に恵まれているような気がして、許せない!という気持ちになるのです。
そういう時は、自分も同じことをやって見なさい、という意味です。
≪人が攻撃的になる時≫
- 羨ましいとき
- 本当のことを指摘されたとき
逆にいうと、指摘が的を得ていないときは、攻撃されても傷つきません。
たとえば、スーパーモデルに、「ブスだ」と言っても怒る人はいないでしょう。
それと同じことなので、攻撃されたとき、自分がどう感じるか?ということも、進むべき進行方向を示してくれるサインとなります。
仕返しに躍起になる時・・・それはそれだけ真実が含まれている、という意味なのかも?
Wednesday, September 24, 2014
放浪への憧れ
子供のころから、放浪の旅にあこがれていました。
それは、放浪中の、大学生のお兄さんたちをよく阿蘇で見かけたからなのか?それとも、もともとなのか?分かりませんが、子供から、娘時代に突入して、若い女性には、そんな危険なことはできない!とすぐに自覚しました。
日本は、男性は知らないかもしれないですが、性犯罪がやたら多い国なんです。とくに10台後半の娘さんを持っている親御さんは、かなり注意した方が良いかと・・・。それに、なんというか性犯罪がお目こぼしをもらいやすい国なんですね。これはゲイの人もそう言っていました。
私は20代の最初の頃、アメリカに2年ほどいたことがあります。アメリカ滞在中も、勇敢な女性の話はよく聞きました。女性なのに、グレイハウンドなどのバスなどで単独旅行して、犯罪に遭うなどの被害に遭った事例です・・・ので、いくら地球が小さくなっても、女性には放浪の無賃旅行はないな~と、思っていました。やっぱり安全のためにはお金を払わないと。
ただ、サンフランシスコにいたので、世界を放浪中の人には、よく出会い、意気投合しては、家に泊まってもらうことにしていました(^^v)。なので、ぱっと見て、気に入った人はすぐに声を掛けます。最近は善朗さん。
甲府に来てからも、ドイツ人の男性トラベラークリスに西穂山荘で会って、一緒に南アに行ったりしました。
妹がニュージーランドにいたときは、ニュージーランドを一人旅、バッパーをつなぐ旅です。これは楽しかったです。ニュージーランドは比較的安全でした。基本的にバッパーをよく吟味して使いました。
海外出張の経験は、比較的豊富です。が、出張だから、ホテルで守られているし、屋台のご飯なんて、お腹壊したら、ことなので食べれない!ので、出張で海外に行っても、楽しいことはお預けです。知っているのは、ホテル周辺と現地のオフィスと中華料理屋だけです(笑)それでも行かないより、行ったことがあるほうがいいに決まっていますが。
が、ここ数年発見中なのは、女性がオバチャンになる → 性犯罪の心配が減る!という事実です。
私もだんだん新人おばさんな年齢になってきました。すると、これは、群れの中の一番弱そうで、おいしそうな個体ではなくなります(笑)つまり、肉食動物のターゲットにされなくなる?!
か、どうかは、ともかく、女性にとっては、年を取って注目されなくなる=自由が広がります。安全対策の上から、あきらめてできなかったことが、あきらめなくても良くなってきます。逆に強そうになってしまって、誰も助けてくれない、という可能性もありますが。
もちろん、歳を取って女性として狙われなくなるだけでなく、世間を渡り歩いて強くなって、少しくらいの攻撃はかわせるようになっている、というのもあるかもしれませんが・・・。
というわけで、がぜん輝いて見えてくる、放浪の旅・・・ああいつかロングトレイルを歩きたいな~!
私の放浪の旅への憧れ、原点は、カリフォルニアです。 最初に出会った海外がカリフォルニアだったので・・・。
スペインの巡礼の道、カミーノにも憧れています☆
この映像はPCTのものですが、いつかジョン・ミューア・トレイルを歩いてみたいと思っています。
カリフォルニアにいた頃、貧乏で、レッドウッドのメタセコイアやレイクタホには行き損ねました。
ヨセミテナショナルパークは、夫と7年前にリベンジで行きました。今は登山も始め、テントを背負って歩くことも出来るようになったので、ぜひいつかロングトレイルな旅を実現したいです☆
最近読み終わった本。ジョン・ミューアは自然保護の父と呼ばれています。
それは、放浪中の、大学生のお兄さんたちをよく阿蘇で見かけたからなのか?それとも、もともとなのか?分かりませんが、子供から、娘時代に突入して、若い女性には、そんな危険なことはできない!とすぐに自覚しました。
日本は、男性は知らないかもしれないですが、性犯罪がやたら多い国なんです。とくに10台後半の娘さんを持っている親御さんは、かなり注意した方が良いかと・・・。それに、なんというか性犯罪がお目こぼしをもらいやすい国なんですね。これはゲイの人もそう言っていました。
私は20代の最初の頃、アメリカに2年ほどいたことがあります。アメリカ滞在中も、勇敢な女性の話はよく聞きました。女性なのに、グレイハウンドなどのバスなどで単独旅行して、犯罪に遭うなどの被害に遭った事例です・・・ので、いくら地球が小さくなっても、女性には放浪の無賃旅行はないな~と、思っていました。やっぱり安全のためにはお金を払わないと。
ただ、サンフランシスコにいたので、世界を放浪中の人には、よく出会い、意気投合しては、家に泊まってもらうことにしていました(^^v)。なので、ぱっと見て、気に入った人はすぐに声を掛けます。最近は善朗さん。
甲府に来てからも、ドイツ人の男性トラベラークリスに西穂山荘で会って、一緒に南アに行ったりしました。
妹がニュージーランドにいたときは、ニュージーランドを一人旅、バッパーをつなぐ旅です。これは楽しかったです。ニュージーランドは比較的安全でした。基本的にバッパーをよく吟味して使いました。
海外出張の経験は、比較的豊富です。が、出張だから、ホテルで守られているし、屋台のご飯なんて、お腹壊したら、ことなので食べれない!ので、出張で海外に行っても、楽しいことはお預けです。知っているのは、ホテル周辺と現地のオフィスと中華料理屋だけです(笑)それでも行かないより、行ったことがあるほうがいいに決まっていますが。
が、ここ数年発見中なのは、女性がオバチャンになる → 性犯罪の心配が減る!という事実です。
私もだんだん新人おばさんな年齢になってきました。すると、これは、群れの中の一番弱そうで、おいしそうな個体ではなくなります(笑)つまり、肉食動物のターゲットにされなくなる?!
か、どうかは、ともかく、女性にとっては、年を取って注目されなくなる=自由が広がります。安全対策の上から、あきらめてできなかったことが、あきらめなくても良くなってきます。逆に強そうになってしまって、誰も助けてくれない、という可能性もありますが。
もちろん、歳を取って女性として狙われなくなるだけでなく、世間を渡り歩いて強くなって、少しくらいの攻撃はかわせるようになっている、というのもあるかもしれませんが・・・。
というわけで、がぜん輝いて見えてくる、放浪の旅・・・ああいつかロングトレイルを歩きたいな~!
私の放浪の旅への憧れ、原点は、カリフォルニアです。 最初に出会った海外がカリフォルニアだったので・・・。
スペインの巡礼の道、カミーノにも憧れています☆
この映像はPCTのものですが、いつかジョン・ミューア・トレイルを歩いてみたいと思っています。
カリフォルニアにいた頃、貧乏で、レッドウッドのメタセコイアやレイクタホには行き損ねました。
ヨセミテナショナルパークは、夫と7年前にリベンジで行きました。今は登山も始め、テントを背負って歩くことも出来るようになったので、ぜひいつかロングトレイルな旅を実現したいです☆
最近読み終わった本。ジョン・ミューアは自然保護の父と呼ばれています。
Wednesday, September 17, 2014
道草の山
■ゆっくり成長しよう?
最近、ちょっと思うのですが、もしかして、あんまり早く成長しないでいいんじゃないか?
山は、プロセスが楽しい。
なんというか、先輩たちの様子を見ていると・・・山での楽しさと登る能力は、そう深く関係がなさそうな気がします。
むしろ、初心者としての新鮮な眼差しで、長く山を愉しめるほうがいいのかも・・・。
6000mくらいのデナリとかアコンカグアとかの超高所登山やビッグウォールなんかも経験したような、ビッグな山ヤさんの手記などを読んでも、膝を痛めたりして、ハードな山に登れなくなってから、「雨の山も楽しめるようになった」などと書いていたりする。
え?それまでは雨の山を美しいと思わなかったの?とこちらが驚いてしまう・・・けれど、どうも、若いクライマーは、野心に心を奪われているので、岩の間に咲く花には、あんまり興味がないものなのかもしれない。
山のご褒美の花や空の美しい景色、立派な木の様子、それに山で出会う動物たち、なども、どちらかというと、登ったという達成感に、かき消される運命にあるようです。
しかし、考えてみると、そういう登り方は私らしくないのかもしれない。 キレイだな~とご褒美にありついていたら、苦しさを忘れて、いつの間にか山頂、っていうのが山なんだからな~。
■混雑を避ける山
一般に山岳会に来る女性っていうのは、夏山の一般ルートで、少々困難な岩稜帯などに連れて行ってほしい・・・という人が多いのかもしれません。
でも私はそんなタイプでは全くありません。 夏山の一般ルートは自分でも歩けるようになってから来た。
とりあえず、そこらへんは山ブームが落ち着いて、槍ヶ岳に登るのに行列3時間待ちなどの人気が解消されてからでいいかな~。どうも、先週末はそんな渋滞だったらしいです。そんな時代は来なかったら、もう一生登らなくてもいいってくらいかもしれません。
富士山に出かけたのも、御坂山岳会なのに富士山を知らなかったら、まずいよな~って思ったからです。
3連休は、どこも大混雑で、北岳バットレスも大渋滞だったみたいです・・・よかった、行かなくて。
私は混雑と渋滞は、大都会でさんざん経験したので。山でまで混雑は・・・。
■ 花
今回の餓鬼岳では、わたしにとっては、2つ目新しい花がありました☆
シラヒゲソウです。これ日本固有種らしい。花もかわいいが、それより、葉っぱがかわいい。
丸くて、ころんとした葉です。絵に描きたくなりました☆
はっぱが丸い。
シラヒゲソウは、湿った場所にしか咲かない。
ツリフネ、の黄色だから、キツリフネ。
これは前から知っていたけど、トリカブト。なんでこんな形になったんだろう?
この二つは両方とも食べれたけど、どちらかがおいしくて、どちらかがおいしくない。けれど、どっちがどっちか忘れてしまった(笑)
今年は紅葉はハズレみたいで、紅葉になる前に、もう草も樹木も枯れ始めていた。
夫が頑張って、星空の写真を撮ってくれたみたいです。
満天の星空。
お星さまは撮るのがとても難しい・・・
月が出る時間が遅い夜がチャンス。
だけど、そこまで時間を調べて、出ないので、いつも出たとこ勝負になる。
最近、ちょっと思うのですが、もしかして、あんまり早く成長しないでいいんじゃないか?
山は、プロセスが楽しい。
なんというか、先輩たちの様子を見ていると・・・山での楽しさと登る能力は、そう深く関係がなさそうな気がします。
むしろ、初心者としての新鮮な眼差しで、長く山を愉しめるほうがいいのかも・・・。
6000mくらいのデナリとかアコンカグアとかの超高所登山やビッグウォールなんかも経験したような、ビッグな山ヤさんの手記などを読んでも、膝を痛めたりして、ハードな山に登れなくなってから、「雨の山も楽しめるようになった」などと書いていたりする。
え?それまでは雨の山を美しいと思わなかったの?とこちらが驚いてしまう・・・けれど、どうも、若いクライマーは、野心に心を奪われているので、岩の間に咲く花には、あんまり興味がないものなのかもしれない。
山のご褒美の花や空の美しい景色、立派な木の様子、それに山で出会う動物たち、なども、どちらかというと、登ったという達成感に、かき消される運命にあるようです。
しかし、考えてみると、そういう登り方は私らしくないのかもしれない。 キレイだな~とご褒美にありついていたら、苦しさを忘れて、いつの間にか山頂、っていうのが山なんだからな~。
■混雑を避ける山
一般に山岳会に来る女性っていうのは、夏山の一般ルートで、少々困難な岩稜帯などに連れて行ってほしい・・・という人が多いのかもしれません。
でも私はそんなタイプでは全くありません。 夏山の一般ルートは自分でも歩けるようになってから来た。
とりあえず、そこらへんは山ブームが落ち着いて、槍ヶ岳に登るのに行列3時間待ちなどの人気が解消されてからでいいかな~。どうも、先週末はそんな渋滞だったらしいです。そんな時代は来なかったら、もう一生登らなくてもいいってくらいかもしれません。
富士山に出かけたのも、御坂山岳会なのに富士山を知らなかったら、まずいよな~って思ったからです。
3連休は、どこも大混雑で、北岳バットレスも大渋滞だったみたいです・・・よかった、行かなくて。
私は混雑と渋滞は、大都会でさんざん経験したので。山でまで混雑は・・・。
■ 花
今回の餓鬼岳では、わたしにとっては、2つ目新しい花がありました☆
![]() |
| シラヒゲソウ |
丸くて、ころんとした葉です。絵に描きたくなりました☆
はっぱが丸い。
シラヒゲソウは、湿った場所にしか咲かない。
![]() |
| 花のどアップ |
![]() |
| キツリフネ |
これは前から知っていたけど、トリカブト。なんでこんな形になったんだろう?
この二つは両方とも食べれたけど、どちらかがおいしくて、どちらかがおいしくない。けれど、どっちがどっちか忘れてしまった(笑)
今年は紅葉はハズレみたいで、紅葉になる前に、もう草も樹木も枯れ始めていた。
夫が頑張って、星空の写真を撮ってくれたみたいです。
満天の星空。
お星さまは撮るのがとても難しい・・・
月が出る時間が遅い夜がチャンス。
だけど、そこまで時間を調べて、出ないので、いつも出たとこ勝負になる。
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