Saturday, August 17, 2019

山のヘリコプター問題

https://kumonodaira.com/news/helicopter.html

お隣の韓国では、山小屋は統廃合が進んでいます。不必要な山小屋は自然保護の観点から、廃止の流れです。

インスボンがある白雲山荘も廃止されました。

日本の山小屋も、要不要を整理して、ごみをまき散らす稜線の小屋は、事故防止の観点からも、きちんと歩ける山やだけを受け入れる体制にした方が良いのではないかと思います。

現状の、下界と同じ生活が可能な山小屋では、

 そもそも山に来るべきでない人

が、大挙して山に押し寄せるということになってしまいます。

これは、クライミングも同じで、クライミングジムができたため、そもそもクライミングの危険を認知しない人が来てしまっています。

Wednesday, August 14, 2019

Estes Inspired: Tommy Caldwell

Saturday, July 27, 2019

手繰り落ち やってはいけないシリーズ 



今朝はこんなのが来ました。いや~ あぶない。手繰り落ちは、やってはいけないことの筆頭です。

下のビレイヤー、ずいぶんぶっ飛んでいますね。ビレイヤーとクライマーがぶつかって、ビレイヤーの首がむち打ちというのがよく聞く事例です。

Thursday, July 25, 2019

初級ルートのボルジムがつまらない件

■ セッターが作っていない課題

5級以下のボルジム課題がつまらない…のは、特にセッターに頼んで質の良い課題を作ろうという意図がないためと先日、判明。

7,8級なんて誰が作ってもいっしょだろーという訳で、面白くなかったらしいですよ~(笑)

私が思うに、ボルジムで8級とかの初心者課題で面白い!と初日で思う人、めっちゃ稀です。

これの何がおもしろいの…となるのが普通だろうなぁと。

今はボルジムはかっこいい!と思われているから、本心はツマンないと思っても、黙っている人もいるかもしれませんが(笑)

■ 才能がある人

有段者の人たちって、ホント求道者みたいですが、そう言う風になる人は、そもそも才能がある人です。

ジムはそもそも、スタートがそのような才能がある向けにスタートした、という歴史的経緯があるため、どうしても上級者目線…上級者だけが楽しければいいような感じになってしまっているときが、まま、ある…のが、日本のクライミング界の悲しさかなぁと思います。

■ 初心者が楽しくなるには?

ではどうするか?
私はほんとに初心者で5.9をリードするためにラオスまで行って良かったなぁって思います。誰も、「え?5cしかリードできないの?なら来るな!」とか言わない。

むしろ、「今、6Aリードしたところで、ロープ余ってるから、登る?登らないなら抜いちゃうよ」と抜く前に一声かけてくれる。

だって、どうせリードした後なんだから、余っているロープで初心者がトップロープしても、誰も損はしないんです。

私が6Aにリードで取りついて怖くなり、テンションしたため、下のビレイヤーに「すいません」と謝ったら、「いや、俺らも別のグレードで同じことしているだけよ」と言われた…(笑)

たしかに…。 それぞれに適したグレードで、怖がって、「て…テンション!」と叫んでいるだけだった…

6Aで落ちてチクショー!と叫ぶのと
7Bで落ちてチクショー!と叫ぶのでは、

グレード以外は何も変わらないのです…

Saturday, July 20, 2019

How to Rig an Anchor from 2 Bolts

1本目の摩擦を増やす

こちらは、エーデルリッドのオームです。

体重差のあるクライマーをビレイする際に、安全性を高める道具です。

1ピン目に使います。

欧米では、男性クライマーが体が大きく、女性クライマーが華奢というパーティを見かけることが多いです。

体重差が顕著な場合は、クライマーは、激オチ禁止です。

静的にテンションを掛けるほうがいいです。


この道具があれば、フリクションの増加によって、ビレイヤーへ伝わる衝撃が緩和されるので、激オチも可能になるかもです。

クライマーも落ちるまで登りたいですよね♪

余談ですが、フリクションはオイラーの法則により、屈曲の角度を増すことでも増やすことができますので、私は体重差が大きいクライマーを、軽い私がビレイするときは、わざと一本目のフリクションが大きい位置でローワーダウンすることがあります。

最後はフリクションがなくなるので、配慮してくださいね。

余談ですが、これはビレイヤーではなくて、重たいほうのクライマーが購入するのが筋、という商品であると思います。

Tuesday, July 16, 2019

ツインゲートでグランドフォール事故

 ツインゲートのカラビナでの事故がありましたが…。

入間クラックで、トップロープ中にグランドフォールと言う事例だそうです。

← こちらはFBより拝借したツインゲートのカラビナ事例。

ツインゲートのカラビナ自体、そうメジャーな製品でないので、見たことがない人もいると思いますが、このようなお品です。



前にベースキャンプに行ったときは、環付きビナがトップロープには設置してあったと思いますが、なんでツインゲートになったのかなぁ…。

こちらは、同じくFBで回覧されてきたものです。事後かもしれませんが、メーカーの取説には、

 ビレイループに掛ける →  ×
 タイインループに掛ける → 〇

と出ているようです。ビレイループはビレイ器を掛けるためのものです。タイインループは、自分とロープをアンザイレン(英語ではタイイン)するためのものです。

当然トップロープの場合は、タイインループに掛けるのが普通です。

エイトノットを結ぶときも、いつもビレイループじゃなくて、タイインループに掛けますよね。

ビレイループを、ビレイ以外の用途(タイイン)で、推奨してくる人もいます。すべてのハーネスの取説を確認したわけではないですが、ハーネスで、ビレイループとタイインループと言う二つのループを用意しているからには用途が違うのでしょう、と思います。

私は、ビレイループにタイインするように言われても、やっぱりタイインループにアンザイレンしてします。この事故の人もそうしていれば、起こらなかった事故かもしれません。



Monday, July 8, 2019

個人で独学がベスト

岩崎さんの無名山塾は、私が山岳総合センターと同時に考慮した登山学校でした。山岳総合センターが公立とすれば、山塾は私立、とセンターの講師の先生が言っていました。(ちなみに私は個人塾出身です…笑) 

総合センターを終わった時に、仲間は必要だし、地元の山岳会は団塊登山化していて山を教えてもらうことは不可能だし、若い会は無謀登山だし…、と言うので行くところがなく、山塾に、と思ったときに、入会を打診しました。

すると、私はもう読図で道のない山を歩けるので、入会したら破線を一人で歩いては行けないと言う会の決まりに不満を持つだろうと言われました。また確保がエイト環しか教えていないそうでした。それも、不満だろうと言われ、そうだなと思い、入会は辞めました。

そうなると、アルパインでスタートしたクライマーであっても、やることはフリーしかなくなります。

なので、当時は、”なるほど、こうして皆フリーに流れてしまうんだー”と理解。私も例に漏れず、アルパインはメンバーがいるときだけで、後はずっとフリーをしています。

要するに、合宿系の経験値が欠如するということです。冬山は合宿が基本なので。

その後、山塾の記録で、アルパインの入門岩場である、旗立岩のリードで落ちている記録があり、これは登攀力自体が足りていないで、山に挑んでしまったケースだなーと思いました。私は落ちていないからです(笑)。

岩崎元郎師匠自体が、それほど登攀型ではないというか、年齢もあると思いますが、高齢になってからは、歩きの山にシフトされていたのではないかなと思っています。大体、賢い山ヤほど、年齢を重ねてアルパインと言うのはやらない。

山に挑めば当然しっぺ返しを食うからです。山は変わらず、体力は下り坂。なので、50代以上は、すべからく、山を小さくしていくプロセスにおり、その一番小さい山は、初級のアルパインです。

岩崎さんは、ちゃんとした山ヤなのに、登攀寄りでないことは、団塊登山の旗振り役としては、最適な人材だと思ったのですが、ちがうのでしょうか…。

というのは、高齢になってもアルパインに行きたい人は、たぶん、若い人にリードしてもらいたいのです。それは、かつて自分もそうしてきたからで、若い時は登攀的にも歩荷的にも、それがそんなに負担でないと分かっているからではないかと思います。ところが、最近の若者は期待するほど強くないんです。

ワタシみたいな新中古車と言われている登山者でも、大学生でもそうみたいです。

ので、自分の若い時と比べて、同じことを若い奴にさせられないというのが、なかなか分からないみたいです。若い人のほうでも、年配のクライマーの言うことを聞いて、リードしても、怖いだけで、何も楽しくないのかもしれません。

というので、世代間の技術伝達は途切れています。結局のところ、アルパインも分かってフリーがアルパインの基礎だということも咀嚼しているクライマーと言うのは、

独学の人

です。これは馬目さんもそう言っていました。去年の今頃、馬目さんと会って、かなり意気投合しました。

独学で大事なことは複数の意見をもらい、それらを総合して自分の判断とする、ということです。

Saturday, July 6, 2019

日本にもヴィアフェラータを


■ メインロープとPASの違い


まぁ、ずっとテンションしているから、理解してしまえば、別に何も問題がないのですが、

理解していない人が理解するまでの間に事故になってしまうことが多いのがクライミングの世界の常…

伸びないスリングに落ちてはいけないということがワカラナイ…のは初心者の常です。

それが分かるにはどうしたらいいのだろうか?と考えていて、思いついたのが、ヴィアフェラータ。

ヴィアフェラータのセルフビレイは、必ずダイナミックロープでできており、2本カウテールが出ていて、冗長化されているからです。

つまり、日本にもヴィアフェラータがあれば、クライマーは、メインロープのセルフの重要性が分かるのではないか?と。




それに、初級の岩登りを一人で練習することもできるので、すごくいい考えのような?!




私はゲレンデでいきなりⅣ級登れましたけど…三つ峠の一般ルート、こないだ会に来てくれた新人のI永さんが、見晴らし岩の5.6で登れなくなっていたところを見ると、彼をいきなり三つ峠連れて行くとダメだと思いました。


50代の新人さんです…  最近の新人さんは、18歳ではなく、20代ですらなく、若くて30代、ボルダリングジム経由の人なら歩きが課題、山経由で来た人はクライミングが課題。

どちらも乗り越えるには本人の意志が…結構強固に必要です…(汗)。

先輩としては、

・歩きから入った人に、「ボルダリングジム通ってください」と言いづらい(汗)。

・ボルダリングから入った人に、「山を歩いて脚力鍛えてください」と言いづらい(汗)。

という問題があります。


どっちも一気に解消でき、セルフを出すレベルの傾斜がどのようなモノか?も理解できる。


ヴィアフェラータが普及すれば、ジャンに無謀に挑む人が減るのでは?


ザイテンでコケる人とか? 重太郎新道で渋滞とか?


提唱

http://www.unipro-net.com/smc/via%20ferrata.html



御在所にあるらしい!

http://kansai-yamanobori.com/via-ferrata/


アルテリアの技術サイト

https://www.alteria.co.jp/sport/%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%81%A7%E3%81%AE%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E6%8A%80%E8%A1%93/

段階的にステップアップしましょう

■ 境界線のあいまいな日本

登山界ではよく知られていますが、外国では、一般登山者と本格的な登山をする人は、まったく歩くトレイル自体も別です。一方、日本は混在しています。

同じことが、岩場にも言えます。

スポーツクライミングの岩場で、アルパインクライミングの論理をかざしたり、アルパインの岩場でスポーツクライミングの理論をかざしたり…と、ややこしい…。


■ 段階的にリスクを大きくしていく

アルパインへ行くにも、最初は、スポーツクライミングの人工壁でビレイを覚えないと、落ちる人をキャッチする経験値は積めません。

落ちた人を止めたことがないビレイヤーが「私はビレイできます」と言ってきたからって信頼できます?できませんね?

ちなみに、落ちた人を止めた経験がない人は、人工壁がなかった時代の年配のクライマーには、一杯いそうです。(ついでに言えば、自分が落ちたことがない人もいそうです。)

そののちに外岩に行きますが、最初から瑞牆なんていかないでしょう?

最初は、Ⅳ級のゲレンデからです。

そして、Ⅴ級、つまりフリーのグレードになってからは、最初はボルトがしっかりした城山などのスポーツクライミングの岩場に行きます。

そこで登りが上手になってから、小川山などのフリーの岩場へ。

《まとめ》
1)人工壁で、ビレイとキャッチの経験値を上げる
2)ゲレンデで、初歩的な登攀を覚える (落ちないクライミング、手作りの支点)
3)スポーツクライミングの岩場で、落ちても死なないクライミングになれる
4)フリークライミングの岩場で、危険を避けて困難に迫ることを覚える
5)マルチを覚える

そういうリスクとスキルの段階的なステップアップをしていかないと、リスクを積極的に取るアルパインクライミングはできないと思います。

安全にギリギリに迫るスポーツクライミング、困難を追求するフリークライミング、リスクを能動的に取っていくアルパインクライミング、と背後にある価値観や思想が違うのに、日本では、きちんと色分けされていません…。

結果、どのクライミングでも、肝試し大会みたいになっているし、互いが理解しあえないで、否定しあっているように見えます。

私はラオスに行ってとても楽しかったのですが、スポーツクライミングとはいえ、5.13もちゃんとあり、毎年通ってくる、強つよクライマーもいます。

そのクライマーは困難を追求しているので、安全でないと困難は追及できないです。

日本では、初級グレードが足りておらず、安全に困難を追求できるクライミングのフィールドが限定的なので、世界へ足を伸ばさないと、安全vs困難の追及のバランスが、各クライマーの成長段階によって適切に選ぶことができないです。

そこが、ボトルネックになって、クライマーにとっては、安心してクライミング力を伸ばすことができない、と言うことになっているように思えます。


これが登れないんだったら来るんじゃねぇ!という岩場で、その一番易しい課題が登れない人はどこに行ったらいいんでしょう?


その易しい岩場に行ったら、今度は大ランナウトだとすると、その人にとってはどこも難しすぎるか、危険すぎるかと言うことになってしまいます。


多くの人がそういう意味で、ボルダリングジムでだぶついてしまいます。もちろん、インドアジムでクライミングをしている目的が、痩身、とかでもいいのですが。


都会ではボーリングのようにボルダリングが受け入れられており、それはそれでいいと思います。つまり、その先に発展性がなくてもいいという意味です。


しかし、もし、さらに頑張りたいという人がいるのなら、その道は残してあげるべきかなと思います。


今すでに登れる人は自分が登れるから、それでいいということになってしまいますが、その状態になるのに梯子を外されているのが若いクライマーたちです…


それだと、若い人はどうしたらいいのか?となります。

Friday, July 5, 2019

夏山の遭難を減らすには?

夏山の遭難

を減らすのに必要なことは何か?

夏山での遭難者数が、例年過去最大を示していることは残念なことです。

遭難を減らすのに、そもそも必要なのは何なんでしょう?

・未組織登山者を組織化
・引率者
・知識 → 資格? クイズ?
・体力 → 体力テスト?
・登山道の整備
・登山ツアーの開発
・GPS発信装置
・入山口での詳細な案内とか?
・ヘリ有料化

夏山のお客さんというのは、”お客さん”、であって、文字通り。”登山者”ではない。

山ヤだと思うから、腹が立つのであり、知識がない!と文句をいうことになるのであり、前提をとっぱらって、業界外から知恵を入れたらいいのかもです。

ヘッデンを持ってこないとか、2時から登山とかいうレベルは、すでに登山者とすら言えない、お客さんレベルです。メモリの±ゼロに到達していない、マイナスレベルってことです。

マイナスの人を±ゼロにする活動と、ゼロの人をプラスにする活動は違う。

例えば、ゼロの人をプラスにする活動ならば、

危険個所を教える → そのあと滑落しても自己責任

とは言えると思います。登山前にレクチャーを受けるか、個人情報保護法のチェックみたいに、チェックいれないと先に進めないようにしておくとか。

しかし、マイナスの人をゼロにする活動だとすると

危険とは何か?

から教えないといけない。落石で死んだ人の腕がもげた画像を見せるとか??

■ 70代

現在遭難者が多いのは 70代 です。80代初心者とかもいる。

一般に70代って、20代の体力の半分です。

つまり、今までのグレード換算表とかコースタイム表が役に立たない。

大体70代が標準コースタイムで歩ける方が変でしょう。だから、山のグレード表もコースタイムも、高齢者向けとそうでない人向け2パターン要りますよね。

いっそ、年齢別コースタイムを作ったらどうでしょうか?もうヤマレコとかヤマップとかに一杯年齢別、性別のビッグデータは溜まっているハズです。特に、有名な山域では楽勝で、実際に登山者が歩いたコースタイムから、出てくるでしょうし。

とにかく、夏山のお客さんは、お客さん、であって、登山者でない、ということをしっかり考えて行く必要があると思います。

なぜなら、法律で、引率者責任は認めるが、引率される側は、子どもと同じで、無知による過失は責めを負わないからです。

無知こそ命とりであるのが山なので、無知が山では一番大きな罪なのですが、司法はそう考えてくれないならば、夏山では、引率者はどう転んでも、知らなかったを貫き通されれば、罪を着せられる羽目に陥ります。

そんな立場に立ちたい人はいないでしょうし、立たせるような行為は、それこそ、相手を陥れるようなもので、人の道に反します。

些細な無理のために代償になるものが大きいのが山ですが、本人が無知で本人が代償を払って死ぬのは勝手ですが、本人の無知で、引率者が代償を払う羽目になるのは、引率者がかわいそうです。

クイズ!この登山者はお上りさんでしょうか?ベテランさんでしょうか?





この写真を見て、分かる人は、山やとして適性があり、問題がないです。

分からない人=ハイコンテキストが必要な人(ハイコンテキスト=説明)なので、山の勉強を十分しないと、自分がほかの人のリスク因子になる可能性があります。

1)クランポンが左右反対
2)クイックドローなんていらない
3)ザックからモノが落ちそう = 後ろの人が危険
4)ヘルメットなんでザックにつけていて被っていないの?

基本的にザックにじゃらじゃらと外付けしている人は、お上りさんを自ら宣伝しているようなケースが多いです。見かけたら、かっこいい!と思うのではなく、ザックに入らなかったんだな~とか、外付けは危険だってまだ学習途中なんだなー=未熟な登山者、と思うのが、的確な見方です。

さて、この登山者、まさか、エベレストで初めてクランポンはいたのかね?

ということです。

このように、日本人だけが言葉にしない情報を読み取るわけではありません。 

世界的に、山の世界は、どうも、レベルの後退が激しいようです。

日本人も初めて登る雪山が、富士山7合目の雪上訓練と言う人は、アイゼンバンドぶらぶらで、遠足気分で来ます。

遠足じゃないんだよ、と言っても来ちゃったものは、まわりが保護してやるしかない…同じことがエベレストで起きているようです。

基本的にはローリスクのところから始めてリスクを上げて行くものなので、雪をやるならGWの八つとか、丹沢とかでスタートするのが普通ですが、そう言う情報がでていないので、初心者でも富士山に来てしまいます。来ても、何を学びに来たのか?正しく位置づけられていればいいのですが、ただ浮かれて、アイゼンバンドも切らないで来るなどというのは、リスク不感症です。バンドに躓いてコケたとき、転がり落ちれてしまう場所に行った場合、どうする予定なんですか?

ヘルメット持っているだけでは意味ないです。被っても、背負っても同じ重さ。

5月の涸沢周り・・穂高も同じことが起きています。トレランシューズにクランポンをつける人もいます。

ヘリ有料化?

昔の山やさんに押してもらったところによると、

山を歩きとおせるだけの踏破力や体力、およびヘッドライトを持ってくるという常識や、2時から登山開始しては夜になってしまうという推察力がない人たちが山に大挙してきてしまう理由は、

昔と違ってヘリが無料になってしまったから

ではないか?ということでした。

ヘリ有料化の動きはあるようです。

http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/52012179.html

沢登をするような人は、たぶん、山に来ることがそもそも疑問である、地図持ってこない、ヘッデンもってこない、2時から登山の意識の低い登山者ではないハズなので、これは、やはり、大多数な無知な登山者が、そうでない人たちの足を引っ張る、

という現象を起こすという、社会のどこでもよく見るあるあるになってしまいます。


https://blogs.yahoo.co.jp/sirakabaman/15526337.html

ヘリ有料化が時代の流れに反している、という指摘もあるようです。

こういう事例は、やはり、外国を参照するのが良いのではないかと思いますが、どうなのでしょうか?

登山ブームで、お粗末登山者が大挙して山に行くようになってしまったのは、日本だけでないハズですよね。

■ 窓口?

登山に行くときに、ヘッドライトとカッパを持って行く?とか、コースタイムを調べてから登山を開始する、とか、そういうイロハを教える窓口、入り口、というのが、日本ではどこ、と確立されているのでしょう?

それが私には謎です。私の場合は、甲府でストローハットという登山用品店がやっているツアーに参加しました。

その時、私は無知だという自覚があったからです。

普通に装備表にある装備を全部きちんと用意しましたが、だからと言って、何が良かったわけでもなく、同じ山にもう一回行きました。

山岳会に行く人もいると思いますが、山岳会に20年いても、2万5千の地形図を見たここともない人もいます。

ブームによる山登り人口を適切な知識に誘導する窓口と言うのがないのではないですかね。

そういうトンデモ登山者に好意的な見方をすると。

個人的には、2002年の雑誌と比較して、内容劣化している山の雑誌が気になりますが。

山の雑誌は初心者が最初に見るものと思うので、雑誌の劣化を食い止めるのが、もっとも効果的なトンデモ登山者を減らす善策と思いましたが、モンベル管轄になって、岳人は読むに堪えない雑誌になりましたし…

きちんとした山の情報が手に入りにくい=情報弱者がより増えたということなのだろうと思います。


Thursday, July 4, 2019

山は独学できる人向きです

■ 独学スキル

独学スキルが私にはすでにあったことで、山の世界では成功したと思います。

落石沢で顔を洗ってしまう登山者との差はこれです。学び方をすでに知っているかどうか?です。

豊後ピートさんの 落石の怖さを誰もわかってくれない

夏山のお客さんが、10年山に登っても、”お客さん”なのは、山を学ばないからというものですが、そもそも、学び方を学ばないから、です。

今日来たメマガです。長いですが、お付き合いを。

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こんにちは。
相馬一進(そうまかずゆき)です。

先日、富士山に登ったということを書きましたが、
それ以来、ポツポツとご返信を頂きます。

その内容は、
「富士山はどうでしたか? 大変でしたでしょう?」
といったものが多いです。

ですが、実は、私の今回の富士登山は、
かなり楽々でした。

しかも、高山病にしても、そこまで苦しくは
ありませんでした。

私の友人に、かなりの登山経験者がいて、

ハンガーノックにならない食事の方法、水の飲み方、
足のフォーム、靴の履き方、ストックの使い方、
心拍数をあげずに登る方法、着るウェアの選択、などなど、
本当に何から何まで教えてもらって
その通り実践したら、楽に登頂できました。

頭が痛くなった以外は、すごい楽でした。

結局、高山病もほとんど苦しみませんでしたし、
登頂した瞬間は、「え、こんなに楽勝なの?」と
拍子抜けしました。

さて。

先日、お金の心理学講座の一ヶ月目を収録したのですが、
その内容を一言で表すなら、

何かを学ぶ前に、「学び方と真似方」をマスターしよう、

です。

私の知り合いの塾の先生は、
「東大に合格するような生徒は、学び始める前に、
学び方を学び始める」と言っていました。

これは、セミナーなどでも同じです。
何か、良い話を聞いて、
「あー、いい話を聞いた」ではダメなんですね。

正しい学び方、真似の仕方。
セミナーから学ぶ前に、これらを学ぶのが鉄則です。


これは、富士登山の時も同じでした。


経験者の言っていることを100%聞いて、
自分なりのアレンジを全く入れない。

たったそれだけで、
拍子抜けするほど簡単に結果が出せるわけです。

ビジネスでも同じですね。

うまく学び、うまく真似するスキルが身につけば
それだけで結果が出せます。

ほとんど苦労しないので、そこに感動はありませんし、
拍子抜けすることが多いです。

よく、お金持ちの成功譚(せいこうたん)を聞くと、
「成功するまでの苦労話」がお涙頂戴と言わんばかりに
話されることが多いですよね。

それはまあ、

・苦しい体験をしなかったと言うと
人から妬まれるから、

あるいは、

・ドラマティックになるように、

という目的で苦労話が入れられている場合があります。

学び方と真似方を覚えれば
別に苦労しなくても結果は出せますよ。

私は、このことに気づくまで、
本当に余計な苦労をしたなあと思います。

相馬一進
ーーーーーーーーー

山では、ケースバイケースなのですが、そのケースバイケースさ、を学ばせるようには、山を組み立ててくれる指導者がいないです。

富士山で教わったのと同じことを北岳でしなくてもいいですし、別の登り方があります。北岳は北岳というケース、を学びに行く山です。

ケースバイケースを選べるようになるのに10年と言う世界。

しかし、最初の一歩の山で終わりでいいとは思います。

■ 富士山で学ぶこと

富士山は、初心者の山です。 日本で一番高い山は? 富士山です。

この時点で、高い山=すごい山と思っている人の価値観はガラガラと音を立てて崩れ、

「ということは、エベレストはすごくないのかも?」

と応用問題で、発想できるハズですが、そうはならないのであれば、

 登山に適性はなし、

です。

というので、

 山高きがゆえに尊からず、

高いほうがエライという価値観を覆すのが富士山を登る初心者のテーマですね。

Wednesday, July 3, 2019

山で傘はOKか?

こちらは豊後ピートさんのブログです。

岩崎師匠が傘の使用について述べたものを救助隊が批判したもの。

https://blog.goo.ne.jp/bongo-pete/e/6a5dde797238f17ee3f882917d32879a?fbclid=IwAR1E1uyoVQB8Pb1EzLSdKlV58gBMtG8rqTgX8hGaxEoqgYM_hI56x7Oumpo

山で傘は原則NG つまり、場合によっては便利

っていうのも、ビレイで下がってビレイしていいというのと同じで時と場合ですが、その

時と場合

がほとんどの人にとって切り分けられない…切り分けられるようになるのに、10年くらいの経験値がいる、というのが山の最大の問題のような…?

センター試験のような単純な唯一の正解があるという、画一的な教育の弊害と思いますが。

豊後ピートさんとは五龍でご一緒してすごく話が合う方でした(笑)。ブログは超辛口なんですが。いい人です。

今では中高年登山の地、白馬に(うかつにも?)私が行ってしまったのは、単に私の次のアルパインの目標が白馬岳主稜だったからです。

積雪期登山で、八ヶ岳から、北アへステップアップするのは、ものすごく大きなステップアップです。 日本海側気候への意識を変えないといけないし、雪崩地形の勉強もいるし、豪雪と寡雪の山ではラッセルも違うし、何もかも、けた違いにリスクが上がります。

ので、ビビッて、小屋でバイトして、天候情報とか、地形とか、遭難箇所とか調査(笑)。

先輩の助言なく、個人で挑むなら、それくらいしてちょうどよいです。おかげでカクネ里とか知りました。

白馬は、無雪期は、中高年登山の山です。中高年登山の山というのは、ただ中高年が多いというわけじゃなくて、そう言うジャンルの山って意味です。

”中高年登山”

というタイプの、一般登山とも、市民登山とも違う、全く別ジャンルの登山スタイルがある、と思うほうがいいです。分かりにくいので、

”団塊世代の登山”

とでも名前を付け替えたほうがいいかも…。登り方、登る目的、すべてが違うものです。

例えば、ホテル並みに環境整備された宿泊が好まれます。白馬岳山荘がそうですよね。ごみも持ち帰りたくないし、ロープウェーは大歓迎です。もちろん、前後は温泉です。つまり、至れり尽くせりの山がお好みです。

そこに有る価値観が、”冒険”と”チャレンジ”ではない、ということは確実です。

たぶん、”第二の青春”と”ゆとりの謳歌”がテーマと思う…。

中高年登山においては、恋愛が花盛り。パッケージ化も好まれます。

ので、若い人が一緒にいると、なんか違うな~と違和感を感じると思います。ので若い人はテント泊だとたぶん快適。小屋に泊まると、なんか違う感爆裂かも。ま、ちゃんとした山やは夏山の一般縦走路にはいないものですが。

しかし、まぁそういう登山があってもいいわけで、ただ遭難されるのは、他者にとって大迷惑ですので…遭難しないでもらう方法は何かないのか?って感じです。

後立の稜線って遭難多いんですよねぇ… 



Tuesday, June 25, 2019

フリークライマーの進歩の段階

ギュリッヒの著作からの引用です。『フリークライミング上達法』よりP17~


1)トップロープで取りつく(初級者)

この際、いつかリードで取りつくことを目標にする。未修得のムーブが洗練され、体に記憶される。これを繰り返してリードに至る。このスタイルは必ずしも理想的なものではない。

2)いきなりリードで取りつく(上級者)

ムーブの暗記に頼らないで登る。当然墜落をすることがある。核心部では何回か落ちることがある。その場合、最終支点から、ムーブを練習し、下へ降りて、再度次のトライを行う。 (ヨーヨー作戦)

徐々に少ないヨーヨーの回数で登れるようになることが進歩の目安。

3)墜落しないで安全にゆとりを残して登攀。フラッシュができる。(エキスパート)

■ 発達段階の断絶を作らない

大事なことは、発達段階の断絶を作らないこと。(ある5.13は登れるが、ある5.8は登れないというような事態を作らないこと)

■ ハングドッグはエイド

”ロープ、ピトン、ナッツのような人口手段を前進のために、あるいは休憩のためにも使えば、それは人工登攀になる。” P21

中間支点にぶら下がってレストすると(ハングドッグ)、フリーで登ったことにならない。

■ 懸垂下降はエイド

初級者は、

1)懸垂下降してルートの道筋、ホールドの質と条件を確認しておく
2)難しい部分はトップロープで習得
3)リード中にハングドッグする
4)たびたび墜落する
5)墜落した地点から再度登る

ヨーヨースタイル(最難のスタイル)
1)リードで登る
2)墜落したら、再度のノーハンドレストに戻り、そこから登りなおす

”ひとつのグレードをマスターすることが努力目標である” P23

■ グレードはコミュニケーションの手段

花崗岩のルートと石灰岩のルートのグレードを比較する手段はない(P24)。

■ コントロールされた墜落

どこでも落ちていいというものではないア(P41)

悪い支点や支点がない時に、上に向かって逃げるのは、危険に向かって逃げることになる(P41)

上半身をまっすぐ保つように努める(P41)

長い距離を墜落する可能性があるルート(ランナウト)では、たとえ人からの失笑を買おうとも、ヘルメットの着用を憚ってはならない。

自ら意識した、墜落が許されるのは、100%岩に激突する危険がなく、十分な良い中間支点があるときだけ(P41)

できれば墜落している時間より、登っている時間がながいルートを選ぶべき(P42)

アルプスでは、コントロールされた墜落を適用できるケースはほとんどない(P42)

勇気あるクライマーとは、無分別に数多く墜落する者のことではなく、自分や仲間を危険にさらさないよう、墜落すべき時と場所をわきまえている者のことである。

■ クライミング能力

1)技術 つまりムーブ

2)体力(筋力と柔軟性)

3)戦術 心理

4)個人的条件 (年齢、身長、エイプレシオ、モチベーション、不安、意志)

5)環境 岩の構造、確保条件、天候などの外的要件

■ あるグレードの初級者の訓練

・初級段階では60~70%を体力訓練ではなく技術訓練に割くべきである(P49)。
・課題は、すべての客観的なマイナス要因(確保条件の悪さ、高度感)を取り除いたうえで、できる限り多様なムーブを蓄積させること = ボルダリングとトップロープ(P50)

■ 魅力

自然によって与えられた運動課題を自分の力で解決することがクライミングの最大の魅力
(P50)

目標は、力を使わない運動フォームを完全にマスターすること
また極めて厳しい条件(確保条件の悪さ、脆い岩など)で最大の成果を達成すること





オンサイトの美学

■ 美学と現実 建て前と本音

オンサイトが一番いいスタイルと言うのは、クライマーだったら誰でも知っていると思う。

しかし、その哲学を主張する人の意見に感化されて、そのまま取り入れることが可能な人と不可能な人がいると思う。

ので、真に受けないようにしないといけない。

1)環境 落ちれるビレイヤーかどうか?
2)体格 165cm標準体格に合わせてピンが打たれている
3)標準体力 ガバがガバでなかったりとか、一般的に想定されている基準値から自分が離れている場合は要注意 例:握力17kg

エイプレシオも関係があるそうだし、指のパワーと言うのは体格のばらつきよりもより小さいみたいなので、指パワーvs体格では体格が大きなクライマーは不利だ。

というので、クライミングのスタイルで何を大事にするかは各人の哲学で、各自が勝手にやればいいという話だが、それをほかの人に適用する…押し付ける場合は、用心が必要だ。

押し付けには自分の主張も含まれる。オンサイト、ヨーヨースタイル、レッドポイント、ピンクポイント、マスターリード、ぬんがけリード、などなど、自分が一番楽しいスタイルで登っていればいいと思う。

押し付けられた人にとっては、ものすごく危険になることがある。

例として

1ピン目を掛けれるなら、どんなルートでもリードで取りついても良い

ということを言われたので、そのようにしていたら、1ピン目で落ちてキャッチしてもらえず、そのままグランドし、流血して背負われて救急車に乗り、7針縫うことになった。1ピン目掛けたあとのフォールだから、責任はビレイヤーにあるが、誰の責任かと問うても不毛だ。

事故があると、損をするのは、クライマー界全体であり、岩場が禁止になることもある。

ので、一番大事なことは事故を起こさないことだ。

ので、過度に自分の哲学を披露するのは、押し付けとすれすれになることが多いので、やめましょう。

昔の強つよクライマーももはやリードしていません。力量が下がると、分かるようになるようですが、力量が下がる前は分からないものです。相手の体躯、パワー、知識と経験、とすべて相手の立場に立ってモノが見れるわけでないので、基本的に相手は、その人ができるベストの行為をしているとみて間違いなしです。

つまりトップロープだから頑張っていないという指摘は当たっていません。誰がより頑張っているか、競争にならないようにしないと。

リードする力量がない人がリードで落ちて、ビレイ力量がない人がビレイヤーでキャッチできなかった場合、変にこだわらずに、トップロープにしていればよかった…、と言うことになります。

もちろん、トップロープで、ノーテンで登ったことをオンサイトと称してしまうような基本的な間違いは教えてあげたらいいのですが、トップロープしかしない人がそれで楽しいのであれば、それでいいのではないかと思います。

見ていて、もっと良いスタイルで登れるので、もったいないなとは思いますが。

それとこれは別でしょう。リードへ進むには、ビレイヤーと言う環境が要ります。ちゃんとしたビレイヤーは天からの賜りものです。


Monday, June 24, 2019

トップロープvsリード

■ トップロープからリードへ

昨日は色々と考えさせられたクライミングだった。

初心者にトップロープで登らせる期間は、どれくらいにすべきなのだろうか?

というのは、私はクライミングをしたことがない一般登山者の時点で、三つ峠に行き、2度目からリードだったし、その次の半分フリー半分アルパインみたいな西湖の岩場(いわゆるゲレンデ)へ行ったときは、人工壁に通い始めて3か月のころだったが、初回から5.8でリード。マルチはその時からリードで相方に教える側だ。

その後は、すぐに小川山の(つまりフリークライミング的でシビアさが桁違いの)5.7 3p 春の戻り雪を相方と繰り返した… 

■ 育ち方

これは、あんまりノーマルな育て方じゃないのではないかなぁと。現代では。今は人工壁を飛ばすのは無理があるように思います。私も初期のころ人工壁に通いました。

《モデルケース》
習得の目安
1)人工壁 週2半年 ビレイを習得
2)人工壁のリード壁で一通りやってはならないことを習得(手繰り落ち、逆クリップその他)
3)人工壁でリードし、落ちるときに落ちそうかどうか?察知できる
4)落ちるときに声を出す習慣が身についている
5)おおよそ、5.10aをノーテンでリードできる(最低ライン)

基本的にビレイができないと、外岩に連れて行けないという風に私は育てられました。外岩=ご褒美です。

逆に言えば、ビレイができれば、登攀力は問われない(笑)。最悪プルージックで上がる技術があれば、登攀力は後からついてくるので。

これが外岩デビューと繋がるわけですが…

習得の目安として
・外岩5.6が安定的に登れる(三つ峠レベル)はないとリードさせられない

逆にフリーのゲレンデであれば、トップロープであれば、どれだけ難しくても誰でも取り付けます。

ので、海外では

1)自分が登れる易しい課題でリードして、
2)隣の難しい課題にトップロープを掛け、ギリギリに課題に挑み、リハーサルをしてから、
3)その課題にリードに挑む、

ということが普通です。

これだと、リードする時点では、ホールドのありか、が分かっているので、安全ですが、オンサイトと言うことは、結果として軽視されていることになります。

■ アルパインでは、オンサイト力が重要

将来アルパインへつなげたい場合は、と言うことかもしれませんが、オンサイト能力の養成が重要です。

レッドポインターとして成長するか?
オンサイト主体のクライマーとして成長するか?

どちらかの選択が必要なのかもしれません。例えば、アレックス・オノルドは、エルキャピタン900mをフリーソロしたわけですが、DawnWallのトニー・コードウェルのように、地上数躍メートルのトラバースで、5.15をやるのとでは、けた違いにグレード自体は違います。

トニーが100回(実際はそれ以上落ちていたと思いますが…分かりやすいように便宜上100としました)落ちながら、やっと1回RPしたグレードは、フリーソロでは出てきません。出てきたら一回の失敗で死んでしまいます。

 100回に1回の成功を求めるクライミング(RPの世界)
 100回に100回の成功を求めるクライミング(フリーソロの世界)

では、まったくやっていることの中身が違います。アルパインは後者です。

■ スピードクライミングと万年セカンドのアルパイン

余談ですが、アルパインで万年セカンドと言う世界は、スピードクライミングの世界と似ています。

こないだYouTubeで、スピードの選手とアレックスが並んで登っていましたが、アレックス君、全然遅かったです。そりゃそうですね、確実さが身上のクライマーなんだから。
(念のため、ですが、確実さが身上のアレックス・オノルドでも、一般クライマーから比べると3,4倍のスピードです)

ちなみに、スピードクライミングでは必ずトップロープです。

これは、アルパインクライミングのセカンドと同じ状況です。アルパインでセカンドがもっともやらないといけないことは

さっさと登る

です。落ちても平気なのですからリスクを取ってさっさと登ってくれないと日が暮れてしまいます。

ちなみに5年程度はセカンドでアルパインの経験を積むように菊池さんは雑誌で案内しています。

■ 日本のオールドクライマーはフリーをしない人も多数

この辺の事情は、年配のクライマーは理解していない人もいるようです。

ある山岳会に行ったら、普段ショートで今5.10cをやっているあたりだというと、アルパインでそのグレードを登るように指示され、震撼しました(笑)。年配の人からすると、だって5.10c登れると言ったじゃん、という訳なのですが、フリーをしない年配の人の指示に従うと危険だと思いました…。

クライミングの安全は両方が同じ理解を持っている、ということになります。

一般にアルパインのクライマーは悪場に強いですが、登攀グレード自体は、そう高いグレードは登れないことが多いです。昔は11クライマーで十分とされていたためです。12登れたら会で一番ということになってしまったそうです。

(が現代では5.12は男子の中ではごく普通クラスでもはや上級者ではなく、中級者と言われています。)

クライミング力は飛躍的に進化し、現代で求められている一流は、登攀と確実さの、その両方を備えていることです。高グレードを登って、なおかつ、確実で落ちず、さらに早いということです。

しかし、それはクライマーとしての最盛期に求められるレベルであるため、非常に難しく、機会を得ること自体が困難なため、高齢化も伴って、今では一般的に山岳会の長老レベルでリードされるグレードは下がりに下がって、5.7レベル、つまり初心者と同じレベルとなっているようです。(アルパインでのグレーディングが5.7と言われてそのまま受け取れるかと言うと疑問があります、2グレード辛いとみるのが安全策です)

したがって初心者からみると、指導者がそもそも登れない、指導者がいない、ということになります。(もちろん、アドバイスは得られますが。一般に同じ理解をしていないと、コミュニケーションの誤解を生み、危険が増すことも考えられます)

■ ビレイ習得の次の課題 ナインアンダーの克服

ということで、山で死なないために大事なことは、守りの技を習得してから攻めに転じることです。

ということで、クライマーにとってはビレイの習得となりますが…それはまぁ1年も頑張れば習得可能なので、それが終わったらどうするか?となりますが。

易しいグレードでのリードでリード経験を蓄積する

になります。易しいグレード、ナインアンダーです。これには海外でのクライミングがおすすめです。特に私はラオスをお勧めします。

ナインアンダーが確実にリードできていない段階でも、5.10Aのトップロープは可能なので、同時進行で続けて行くと、バランスの良い成長ができるかもしれません。

大事なことはリードを意識したクライミングかもしれません。

■ 一般的傾向

一般的傾向として、

同じグレードなら、長い課題のほうがクライミングそのものは易しい

という傾向があります。

ボルト3個の5.9よりも、ボルトが10個の5.10Aのほうが易しい可能性があるということです。

長ーい5.9は、5.10Aとグレーディングされる傾向があるからです。

ですので、短い5.10aに取り付くよりも、長いほうがオンサイトの可能性が高いということになります。

持久力をつけることにもなりますので、長い課題を狙うというのは良き作戦かもしれません。

■ 開拓者で選ぶ

開拓者の個性と言うのもあります。

テクニカル系 vs パワー系
ストレニュアス vs ワンムーブ

現代ではコケが生えた悪い課題はあまり好まれない傾向がありますが、コケくらいは沢をやっていたら普通です。しかも、易しいグレード、寝ている個所でコケが生える傾向にあるので、アルパインの練習でいいのかもしれません(笑)。ぬれぬれで雨後ひょんぐっている5.10cクラックを登った人は偉いナ~と思いました。一般にフリーのクライマーだったら避ける状況かと思います。

開拓者自身の個性により、課題の内容、課題が伝えてくるストーリーが変わってきます。

自分の好みの開拓者を見つけたら、おそらく、その人の開拓ストーリーを再度、追体験するような気持になるかもしれません。

こう言う登り方も味わいと言う意味で渋くて、素晴らしい登り方なのではないでしょうか。



Wednesday, June 19, 2019

アルパインへのステップアップとアルパインへ進んでからのライフスタイル

■ 一般登山からアルパイン(本格的という形容詞)がつく登山へ

一般登山とアルパインの差は、二つです。

1)道がある(一般)vs 道がない(アルパイン)
2)難易度 (4級以下)vs(5級以上)

この2点の内、人から教わることなく、独学で到達できるレベルと言うのが1)ナビゲーションスキルです。

なので、一般に、本格的登山へ進もうという方は、1)については、自分のできる範囲で済ませてきている、ということが前提になります。山の中で右も左も分からない、では困ります。

成果はともかく勉強してきているかどうか?のインディケーションが、2万5千の地図を持っているか?磁北線を引いてあるか?などです。

登山の考え方の大事な部分の大きな柱は

 山岳地系と言う新しい地理システムを理解する 

ということです。

次に一般登山と本格的登山では、難易度が全く違います。一般登山で一番難しい山とされている難易度5の山は、本格的という形容詞がつく山では、一番簡単な山です。

その代表のようなものが、八ヶ岳の赤岳です。一般登山では、積雪期赤岳はもっとも難しい山ですが、本格的登山では最も簡単な山です。この山を簡単と感じるか、難しいと感じるか?そこが基本的にはアルパインへ進んでもいいのか?悪いのか?という協会ラインになります。

■ その後のライフスタイル

アルパインへ進んだ後の基本的な山やのライフスタイルの原型は

フリークライミングを基礎とする

です。なので、フリーをまずはマスター、最低限のビレイと初歩的な登攀力を身につけないといけません。

それで、大体の人は、週に2回外岩、2-3回のインドアクライミングと言う生活になります。

つまり、このライフスタイルを作って行けなければ、リスクがあるアルパインクライミングは、肉体的な素養の面で少々危険です。

例えば、少しメタボになっただけでも、フリーでは1グレード登れなくなりますし、歩きは確実に悪くなります。

ですので、一般に30代を超えてしまえば、下っていく肉体能力をいかにせき止めるか?ということになります。

それには、自制心が必要になるわけです。お酒やたばこは、若い体には可能でも、加齢した体では、リスクを高めるだけの要因になってしまいます。

ということで、フリーを基礎のためにやるとしても、だんだんとクリーン化していくのがクライマーや山やの在り方と言う気がします。

もし、そこが抑えられていない山やが要れば、それだけで山に行く資格に掛ける、ということがあるかもしれません。

もちろん、山はリスクがある山ばかりではなく、すでに道もはっきりしていて、歩くだけのリスクのない山もありますので、その時、その時で取れるリスク範囲の以内に抑えた山をすればいい、つまり、できる山をすればいい、ということになりますが、その結果、山が年々小さくなる、ということでは、山岳会の衰退が分かる、と言うことになっています。



Tuesday, June 18, 2019

日本では易しい課題が危険なことが多いです

またクライミングに行ってきました。

この写真は軽さを重視したドリルです。

私は現代のクライミングルートというのは、全部ラッペルで作られているのか?と思っていました。

違いました…驚いた。

ラッペルではなく、グランドアップで作っているルートもあるそうです。

それならば、オンサイトの重みが重くなります。


■ 歴史上 ラッペルのルートができてクライミング能力が飛躍的に伸びたこと

リン・ヒルの『クライミング・フリー』という著作にも、グランドアップの時代に、ラッペルのルートを受け入れる苦悩が描かれています。

もう40年くらい前の話ではないか?と思いますが… 

アメリカのヨセミテを開拓した人たち、初期の開拓者たちはグランドアップでルートを開いていくことに大きな意味を見出していたため、クライミングそのものの、グレードとしては、5.8止まりだったようです。それ以上になれば、エイドです。

そうでないと、重たいプロテクション用のギア…ピトンだったり、カムだったり、のちには、ボルト?だったり?が持てないからです。

フリークライマーは、何も持たないで登りますが、それは終了点やボルトがすでに整備されているから。

現代では、クリーンクライミングの流れを受けて、ピトンが外されるようになり、カムを取らないならば、ランナウトと言うことになりますが、そうなると命綱は命綱として意味をなさず、落ちたら死ぬという意味ですので、死なないためには落ちれない=易しいところしか登れない、のジレンマに陥ります。

■ ラッペルルート

それがないのが、ラッペルでのフリークライミングの世界で、落ちること前提です。なにしろ、開拓者も、オンサイトしていません。ロープにぶら下がって、ボルトを打ち、ボルト打ちの適正さを理解するために、開拓中に何度も登るので、しまいには暗記してしまうのだそうです。

そのため付与するグレードも一般的にどうしても辛くなってしまうのだとか…。ボルトを打つ頃には、もう慣れてしまって、自動化でゆとりで登れるようになるからですね。

そのようにしてできたルートであれば、トップロープリハーサルで登るのは惜しくありません。

一人で登る場合は、当会がお勧めしているトップロープソロという仕組みでリハーサルできます。

フリーソロのアレックス・オノルド君も、トップロープソロで、リハーサルを何度もしたようです。そりゃそうですよね、一度のミスが一巻の終わりになる1000mのフリーソロなので。

■ 適正ボルトになるのは、最多価格帯

一般に、開拓者は現代では、高グレードが登れる人たちと相場が決まっていますが、以前は、クライミング自体のレベルが低かったため、易しいグレードしか登れない人も開拓していたそうです。

5.9しか登れない人が5.9を開拓すれば、適正グレードと適正ボルトになると思いますが、現代ではそのようなケースは、稀で、高グレード登る人が、自分用に開拓するのが、普通ですので、既存ルートを登りつくした人として、5.13以上を登る人からすると、5.9は、ボルト自体が要らないくらい簡単、ということになってしまいます。

これで初心者には危険なルートとなってしまうわけです。

この理論で行くと、訂正なボルトの配置に収束するだろうと思われるのは最多価格帯です…多くのクライマーが落ち着く先、と言うことになると思われます。

■ 5.12当たり?

おそらく、努力して5.12みたいなところが、多くの男性クライマーがクライミングを趣味として打ち込んだ場合に、落ち着く最多価格帯なのではないかなと思います。一昔前のリーダークラスのレベルです。

逆に言えば、それくらいまでは、セーフクライミングと言うのが、なかなか得難い、というのが日本での実情です。

■ 上で落ちれる課題

その実力をボルダリングジムで換算すると、たまに2級が落とせる、と言うくらいではないかと思われます。

私はボルジムでは4級でギリギリ、6級で快適ゾーンです。これくらいの人はもっと人数的に多いですが、外岩デビューするのに最低限必要な能力かもしれません。

これくらいの人は、外岩では5.10台ですので、ランナウトがやはり危険を招く可能性があり、登る課題の選択は慎重さや見極めの目が必要です。

しかし、リン・ヒルが葛藤したように、上手になるには、ラッペルルートにトライ…つまり落ちることも内包しながら登らないと、落ちないクライミングだけを重ねていては、1950年代の往年クライマー並みにしか登れるようにならない、成長の阻害要因である、ということは否めませんので、落ちても大丈夫な課題を持っている必要があります。

外岩のいいところは、課題全体のムーブが11ってわけではないことです。初心者は確信が上部にあり、下部は易しいという課題を選ぶ必要があります。私が先日登った5.11は、核心へ行く前までは、5.9か5.8くらいのように見えました。

その課題の隣の課題は5.9ですが、ピンの配置から、クリップが核心化しそうで、クリップ前に落ちると1ピン目で落ちることになり、怖そうでした。

両方を比較すると、5.9で2ピン目以前が核心と5.11aで長いけれど上で核心、下は易しい課題では、後者のほうがより安全そうです。

このような情報が十分共有されれば、フリークライミングも、初心者同士で組んで、徐々にステップアップするということが可能かもしれませんが、そうでない場合は、やはり経験者と同行するほうが良いと思われます。

経験値が一番必要なのはルート選び、のほうです。


クライミング マインドマップ


山岳会は高齢化で、すでに高度な山はできなくなっています。
また、若い人の会も、指導者がいないため、高度な山はできなくなっています。若い人だけの会は、そのため、どちらかというと婚活的な活動拠点になっていますが、まぁ、それはそれで、価値ある活動ではないか?と思います。

中高年登山の会は、退職者の第二の青春の会として大盛況中です。若い人は育っていません。

若手で強いクライマーはスピンアウトして、1)個人で登る、2)強い人だけの会を作る、3)トレランなどへ、と展開します。

インドアジムは店舗数が年々増え、500店舗突破で、市場競争が激しくなっています。ボルダリングジムはここ数年で急増しています。人気があるのは、初心者向けのジムです。強いクライマーがやっているジムは、営業的には苦戦しているところが多そうな印象です。

人工壁は、インドアジムと公立のリード壁に分かれます。公立のリード壁は部活で若い人が育っています。初めて数日で5.12オンサイトなどのすごい子供たちです。

インドアジムは、リードへつなげるところで、ビレイ技術の習得がネックになって、外岩人口へはつながっていません。まじめに頑張っても、週2回のビレイ練習で半年かかります。より頻度が少ない場合は、もっとかかります。

コンペは海外と縁があるクライミングです。大会で各国に行くためですが、大会のスケジュールに合わせて登るため、国内岩場では登れないことが多いです。

アイスのコンペは、イコールドライツーリングのコンペですし、そもそも、ドライが、アルパインクライミング寄りの活動なので、コンペで海外に出かけても、海外で岩場に触れる人も多く、外岩クライマーが多いです。

ドライツーリングの人口は極小です。国内では昭島、岩根、東京のボルジム、誰かの個人宅、くらいしか、練習するところすら、ないです。またギアが高額なので、子どもがやることはほぼ考えにくいエリアです。

こども=インドアボルダリングジム
思春期当たりの人=選手化
青年=初心者と強つよに二極化
30~40代=少ない
リタイヤ組=中高年登山とクライマーに二極化

となっています。リードクライミングは、高齢化が激しく、若い人は指導が得られない技術伝承がされないという問題があります。今の指導者層も、ビレイについては個人差があり、現代の最新技術では決して行ってはならないというビレイを未だにしている人が多いですが、個人によります。現役を捨てなかった人は、きちんとしたビレイを時代に合わせて習得したようですが、ほとんどの人は自分は落ちないクライミングしかしないから、という理由で落ちれない技術程度のビレイヤーですが、他の部分の知識や経験を買われて会で重鎮と言うことが多いのです。なので、重鎮にはビレイしてもらわないで、日ごろ人工壁に通っているような人にしてもらうほうがむしろ安全です。

安全に関しては、都度判断で傾向と対策だけでは、困難と言うことです。

遭難が多いのは、昔山岳会で今は登らなくなった方たちですが、体力の過信が主たる理由です。20代と60代では体力は半分ですが、それでも同世代の初心者と比べると、体力も経験値も優れていることが多いので、つい頑張る羽目になってしまうのです。

そういう山やに憧れた”新人の”60代の方がもっとも危険です。体力は20代以下で、20代がやっとこさ登るようなことを経験値もなくすることになるためです。その場合は、ハイキングの会で登りこんで体重を下げておくことが大事のように思います。メタボというのは、本当に山ではマイナスです。

若い方は、技術習得を先にガイドさんや都岳連の講習などで済ましたあとは、トレランやウルトラマラソンに参加するくらいでないと、すぐに山岳会では物足りなくなると思います。海外へ早めに出るほうが、登攀も安全に伸ばせますし、山の経験値も広がり、日本の山の特殊性も理解できるようになるのではないか?と周囲を見渡して思います。









Monday, June 17, 2019

命知らず賛美と同調圧力の結婚

■ クライミングの分類

現代では、クライミングは、

・外にあるボルダーという岩を登るボルダリング
・その模倣である、インドアジムの壁を登るインドアボルダリング

・ロープを命綱にして、できるだけロープに頼らず登るフリークライミング
・ロープを全身の手段にして登るエイドクライミング

・何十回も落ちながらトライして、やっと登れるスタイルの高難度フリークライミング

・落ちないで自然物だったら、なんでも使い、落ちること=死、を意味するアルパインクライミング

・人口のプラチックホールドを用い、落ちることを前提にしたスポーツクライミング

と様々なクライミングのスタイルがあります。

■ 命知らず賛美

その中でも、日本に独特のカルチャーとして問題なのが、

 命知らずを賛美する傾向

です。これは、アルパインクライミングと言うクライミングの歴史上の経緯でそうなっています。簡単に言えば、時代遅れの考え、ということです。

当然ですが、難易度が高くなると落ちる確率は高くなってきます。現代は、難易度的に落ちないで登る、というのはありえないレベルまで、一般の人のクライミングも高度化しています。 

■ 落ちないところしか登らないだと成長できない

100%落ちないという登り方だと、登れるところが限定されてくる、という訳です。

おそらく100%落ちないという登り方で、登れるところと言うのは、業界の平均で5.7~5.9みたいです。幅があるのは、グレーディングと言ってグレードを与える行為が安定しておらず、主観にゆだねられているためです。

例えば、5.10以降は、難易度が高くなり、落ちる可能性が非常に高くなるため、落ちること=死、を意味するルートでは、それ以上にトライする人は非常に少ないです。言葉としては、高難度マルチ、と言われています。

その希少性がどれくらいか?というと、5.12が含まれるスーパー赤蜘蛛をフリーソロで登った佐藤祐介さんは、”世界的なクライマー”です。クライミング界のアカデミー賞と言われるピオレドール賞を受賞しているくらいです。

一方で、市井のクライマーでも、落ちても死なないことが前提であれば、5.12などは、現代のクライミングレベルでは、「もはや中級者に過ぎない」と言われる登攀力でしかありません。普通ということです。クライミングジムで数年修行を積めば、若い男子はすぐに到達できるレベルです。

落ちても死なないという保険あり、で登るのと、落ちたら確実に死にますね、という保険なしで登るのとがどれくらい違うか、ということです。

■ ランナウト

用語として、ランナウト、というクライミング用語がありますが、ランナウトというのは、命綱が命綱として機能しない、と言う意味です。

ランナウトしていると、たとえロープがあっても、落ちれば、地面にたたきつけられてしまいます。

■ ピアプレッシャー

この命知らずの伝統は、イギリス→アメリカ→日本へ、と伝えられた伝統ですが、日本では、日本人独特の、

 同調圧力

によって、問題化しています。

 命知らず行為をしなければ、クライマーじゃない!と言って排他する、

ということです。つまり、

 仲間外れにしたり、
 軽蔑したりする、

ということです。

これは、一般的には、”幼稚だ”、と言う言葉で表現されているようです。

私は、これが、人格的な境界線を尊重しない日本の文化の中で、

 死者が絶えない理由

ではないかと思います。しかし、ほかの分野では、越権行為をされても死にませんが、クライミングでは死んでしまいます。

■ 幼稚なクライミングとは、どのようなクライミングか?

ギリギリで5.9しか登る能力がない人というのは、5.9でも落ちるかもしれないという意味です。

なので、5.9でランナウトが当然である課題(アルパインクライミングではよくあります)に登れば、時間の問題で、いつか死にます。

古参のクライマーが教えてくれたところによると、大学山岳部で死者が絶えない理由は、5.9しか登れないときに、ランナウトが当然のルートで、5.9にチャレンジさせてきたから、だそうです。

つまり、最初からロシアンルーレット状態で、死ぬこと確実な活動だったそうです。

しかるに、現在、古老である、どの方に聞いても、

 生き残ったのは運

だったとおっしゃいます(汗)。一般にランナウトしたルートと言うのは、山岳地帯の中で多く発生しています。

■ 怖いことを怖いというと否定される日本

日本では、

 個性

ということが尊ばれていません。

  恐怖心と言うのは、本能によります。

個々人の能力、握力、体力、リーチ、体の強さ、など総合的に、自然に察知するのが人間の能力によるようです。

怖がり、というのは、クライミングにおいては、身を守るもの、危険を察知させるもの、なのです。

しかし、同調圧力で、怖いと言うことができない羽目に陥らされ、登らされる羽目になる、ということが日本ではよく起こります。

同調圧力で死んでしまったら、まぁ、犬死ですね。

■ プライドで後に引けなくなる

それと近いものが、プライドです。神風特攻隊は、自ら志願して特攻隊になったということになっていますが…本当にそうだったと思っている人はいませんね?

同じことが、現代日本でも起こります。

とくに男性。プライドをくすぐることで、相手が後に引けないようにしてしまう、ということです。

そんな、ちっぽけなプライドは早めに捨ててしまいましょう。

■ アメリカと日本

私は、命知らずを賛美する文化はアメリカにもあると思いますが、何が違うのか?というと同調圧力であると思います。

アメリカ人は個人主義が徹底しているため、他者に同じ価値観を要求しません。

日本人は全く違います。同じ価値観でなければ仲間ではないという扱いです。

そうなると、死んだ仲間がいくら、幼稚なクライミングの結果、ただの犬死をしただけだとしても、それを賛美せざるを得ません。

生死を掛けたい人は掛ければいいし、掛けたくない人は掛けなくてもいい、

そこの線引きがきちんとできていないために、日本でのクライミングが危険なものに陥ってしまっているのは、基本的に

社会的リスク

であり、クライミングそのもののリスク、ではないと思います。

Saturday, June 15, 2019

クライミングガイドの問題点

■ 初心者の行くところがない

日本では、”クライミングガイドについてクライミングのイロハを学ぶ”というルートが確立されていないですが、それは現状のクライミングガイドが、クライミングを教えるやり方が、横柄で間違っているから、と思います。

商業ベースでやっているのに、旧来の山岳会のやり方を踏襲しているのでは?と思います。

例:「こんなことも知らんのか」→ 知らないから教わりに来てるんでしょ!

「5.10aでは、あなたたちには、アップにならないわね(ムフフ)」→ 当然でしょ、初心者なんだから!

「回収してきてください」→「どうやって?」教えてあげるのが仕事でしょう

つまり、技術的なことを教えないです。教わる側が知っていることと前提にしてきます。

そして、最近の人はレベルが低いと言います。

■ ほとんどの人は白紙できます

私は、教える側は、もはや経験豊富です。

『アウトドアクライミング』などの本も世の中にはちゃんと出ていますが、基本、読んでこない人が99%です。私のように、『日本登山体系』を読んで、講習に来る人はめったにいません。

そういう前提知識がないことを当然と思って講習は組まないといけないです。しかし、そうなっていないです。

■ 新しい仕組みがない

山岳会、という仕組みは、もう機能しなくなってから20年くらいたっているようですが、新しい仕組みを誰も提案していないようです。

私が一番いいな、と思ったのは、都岳連の岩講習です。

しかし、それすら、講師が蔑まれていて、驚きました。山に行かない人がレスキューを教えるなという批判です。しかし、山に現役で行く人は、初心者相手の講習なんか、まどろっこしくて誰もやりたがらないです。

講習会講師は不足していますし、講師になること自体が名誉という扱いなので、出世の階段を上がるように、山岳会で、下働きをした人だけが、講師の名目を得れるような日本的システムになっていますので、いつまで経っても、ブーリンを自慢してしまいます。

もうブーリンは新人には教えないでいいです、って話になっているハズなのに、おれはブーリンでアンザイレンするね、がベテランの証になっています。ブーリンが国際的に採用されなくなったのは理由があります。世界は、より安全を採用するようになった。

そもそも、誰もやりたがらない講師をしてくれている人が、山に行けなくなったのは、講習を教えるので手いっぱいで、山に行く時間が無くなったのではないかと思います…。

教えるというのは大変な作業で、ちょっとしたことであっても、復習が必要です。私も新人を抱えていると、自分の登攀に向けて努力する時間が無くなり、下手くそになります…。つまり、トップクライマーでいたい人は、人に教えることに時間を使いたくありません。

講師をして、そのために山に行けなくなったことで、業界で蔑まれるなら、ただでさえ報われない新人相手の講習をやってくれるベテランは、さらにいなくなります。

お金を取っているクライミングガイドですら、ロープワークやリスク管理を、きちんと教えるのは、安全とは何か?という思想を相手に伝えることなので、大変、手がかかり、嫌がります。

というわけで、上手く行かないネガティブループに入っている日本の外岩クライミング業界。

一方、インドアボルダリングジムとスポーツクライミングの人口の爆発的増加を見れば、クライミングしたい若い人は、いっぱいいることは明らかでしょう。

ただ受け入れる側が、変化を拒んでいるだけに見えます。

昔は特権であったので、それを手放すのが怖い、ということです。

しかし、LCCでも、同じでしたが、既存の航空会社は既存客を奪われると言ってLCCを否定しましたが、結局のところ、業界全体の業績が伸びて、既存の航空会社も売り上げが上がりました。

つまり、単純に古い業界の体質というのは、

変化への恐れ

でしかないのです。

Tuesday, June 11, 2019

オーバーユースの山

■ 荒れに荒れている登山道の山=夏山

九重連山は、霧ヶ峰みたいなところだった。

基本的にえらいオーバーユースされた山だった。

登山道は、人が歩いたせいで、深くえぐられ、表土が削り取られて、その下の真土?が、出ているせいで、粘土質の黒い土…火山性なのだろう、黒ぼくのようだった…が露出しており、荒れに荒れている、と言える状態だった。

この荒れ具合は、登山道の左右の痛めつけられていない部分の状態と比べると分かる。落ち葉が積もり、平坦で段差もなく、ごく快適で、ふかふかな地面で歩きやすい。これが健康で正常な山の様子だ。

こんな快適な表土を、岩がごつごつで、木の根っこが露出した、泥だらけで、歩きにくく疲れる道に変えてしまったのは、人間なんだよなぁ…

登山道は多くの人が歩く間に、どんどんと削り取られる。

昨日は、雨後でもないのに、泥でぬかるんでいたせいで、まるで雪の路面みたいに、ラッセル痕ならぬ、トレースができていた。2本のレイルのように。

■ 踏み後から登山道へ

登山道は最初はきれいだ。うっすらとした踏み後、というのは、人に踏まれる間に少しづつ、くぼんでいく。

人間が歩いてくぼんだ所には、雨水が集まる。集まった雨水が大雨などの時に、小川のようになり、表土を削る。それが繰り返されて、だんだんとはっきりした道になる。

そして最終的に、この写真のような、ぬめぬめで通りにくい道を作る。その証拠に、このぬめぬめの1m両脇は、落ち葉が積もった、ただの普通の森の中の地面だった。

こんなひどくぬめった、泥のぬかるみ歩きは、通常、読図を要するような山をしていても出てこない。沢を歩いていても、出てくることはまずない。沢の下山でも遭遇することは稀だ。
つまり、バリエーションルートをやっているような、本格的な山をする人は、経験しないで済む。

ということで、一般の観光登山のほうが、うんと登山道の悪絶さでは、勝っている、ということなのだ。

しかし、私も雪で山を始めたので、雪を2年やってから、夏山に出てたため、初めて、こうした ”人間が作った自然”の道を経験したときに驚いた。

こんなに悪いとは!という驚きだ。

雪山で4回八ヶ岳の天狗岳に登った後で、夏山で行ったら、冬より超絶に歩きにくくて驚いたのだった…

いくら読図しなくていいとはいえ、こんな悪絶な道歩いて、何が楽しいの?とその時も思ったが、今回も同様に感じた。

こんな悪絶な道を、何度も歩かなければならないとしたら…?もし、それが仕事であったら…?私はとても、不幸になるだろう…と昨日は直感できた。

さぞかし、ガイド業は私にとって苦悩をもたらす不幸な職業だろうということだ。

それにしても、山がこんなにオーバーユースで痛めつけられているとは…。

登山道が1センチ削り取られるには、何年を要するのだろうか? 1センチ1年と仮定しても、1mも削り取れば、100年だ。左右に壁みたいに1mは盛り上がっているところは、稀ではないので、1m、削られているのは少ないほうに見えた。

坊がつる近辺が人間とかかわりあってきた歴史が長いことを意味する。

人間は存在するだけで自然環境に悪い、とはよく言ったものだ。

とはいえ、人が自然に親しむことは悪い事ではないわけだし…

どういう妥協が考えられるのだろうか?

というので、人と自然の在り方として、何か別の良い方法があればよいのに、と思ったりした。

登山道は、ところどころ木道を設置してあった。深くえぐれ過ぎて、階段や木道なしでは、急すぎて歩けないからだ…それなら、最初から木道を設置するというのも一つの案だと思った。最低限の侵襲で済むからだ。人間が怪我をするリスクも減るし…

■ 歩いている人たちの質

歩いている人たちの質…もう60代では若いほうで、70代は普通で、下手したら80代がいそうだった…を見ると、こんな、ぬめぬめで露岩しており、その岩ですら、泥で滑るために飛び石はできない道を、いくらストックがあるからって安全に転ばず歩け、と言うほうが無理そうに見えた。

ストックが登山道を削ることが良く問題視されるが、そもそも、すでに人がたくさん入りすぎて、登山道の荒廃が進んだ状態なので、ストックで3センチ穴を削ることは、小さな問題にしか見えないような状態だ。

むし、ストックなしでコケてしまうほうが、骨折の危険が多大である年齢の人たちに見えた…

ストックの先っぽは、昨日、3個は確実に落ちているのを見た。やむをえまいと思った。

こんな道で、転んでいるオジサン…昨今は女性のおばちゃんより、オジサンのほうが歩くの下手くそです…は、何回か見た。

昨日見たのは、この状態の道で、一眼レフを首から下げた上、アイフォン持ちながら、動画を取りながら歩いている、おじさん(メタボ)。

足が細くお腹が出ているという、下が脆弱で上に重量物という、物体としても不安定形状の上、注意力散漫とつるつる滑りやすい道というコンビネーションなわけで、コケないほうが不思議なくらいだろうと思った。しかも、転んだら、首から下げている一眼レフはおじゃんだろう。

どうしてこういうスタイルでの歩きが可能になるか?と言うと、両手が開いているから。

ということで、両手も歩きに集中させるために、ストックを持つルールにするのが、一番良いのではないか?と思ったりした。

■ 山ヤ冥利

山ヤ冥利とは、こんな悪絶な道を一生知らないで、楽しく山を歩ける特権を手にする、ということだ。

なので、もう絶対に夏山の一般ルートには戻るまいと心に決めた一日だった。

それにしても、普通に山に登りつづけていては、今歩いている道が、オーバーユースされた道か、どうか?など、10年歩いても分かるようにならないかもしれない…

それを思うと、私が雪で山を始め、夏山を一切知らないで、雪、沢、岩と山ヤ道を驀進したことは、本当に奇跡だと思われる… なぜなら、私はたぶん、

「これは、自然に親しむ活動にはなっていない!」

と漠然と気が付いて、すぐに山を辞めることになったのではないか?と容易に推測できるからだ…。

山の問題と言われている、あらゆる問題は、もっと正確に言えば、山の観光問題、だ。観光に山を使うと山が痛む…環境問題が起きる…が、人間は山から観光収入を得たい…そして、それは、山を愛する、という活動とベクトルが逆になる。

山の観光業は、山からの略奪行為だからだ。

そんな略奪行為に加担せずに、山と交歓できる活動、それが山ヤ道だ。

左右は1mは高い 人間が1mはゆうに削ったということです

Monday, June 10, 2019

ミヤマキリシマ

眼下に坊がつる
■夏山は山のオーバーユースが顕著

かねてより、行きたかった坊がつるへ、ミヤマキリシマの見頃という適期を捕まえて、行ってきました。

長者ヶ原でパーキング前泊。

夏山の一般道なんて歩くもんじゃないな~ということが分かった(笑)。

登山道が、あまりにもオーバーユースされすぎていて、観光業に自然環境が破壊されている実態を見に行く、ということと全く変わりがありません(笑)。

かなり急で岩は 4級です
私はどうやっても、登山ガイドには、なれないことを理解。こんな自然破壊活動に加担するなんて、ごめんだーと思ってしまいます(笑)。

■ ヨレヨレの登山者たち 

しかも、一般登山者登山者たちの足取りも、すごく危なっかしい人が多いです。

年齢的に山にいること自体がアブナイ、と言う感じがする人たちが多いです。

足元のたどたどしさを加味すると、人道支援的な関わり合いにならざるを得なくなる前にさっさと逃げよ~と思って、速足で歩く羽目になってしまいます(笑)。

■ 往復3時間の山 +4時間のアルバイト

その2点以外は、まぁ、いい時期に行きました。

一週間?3日?早ければ!
平治岳以外もミヤマキリシマはあるようでしたが、今回は平治岳へ。

とてもきれいでした。坊がつるからは往復三時間くらいなので、初日に坊がつるへ入り一泊していくと楽です。

坊がつるまでが長者ヶ原から2時間なので、今回は往復でプラス4時間です。平坦なので行きも帰りも所要時間、変わらないんですよね。

どっちもぬかるんで悪路で、今回は曇りでほんと良かったです。これ以上暑いと、蒸れて大変そうでした。この時期で暑さも限界ですね。



■ 温泉最高!

めっけもの!
 だったのが、法華院温泉でした。ライチョウ沢キャンプ場 並みかもしれない。

デート山行に最適です。

11時ごろに入浴に立ち寄りましたが、ばっちりの源泉かけ流し!いい湯でした。

お湯の温度も高くて、私の癒し、ど真ん中でした。

温泉に入る時間(無になる時間?)が、足りていなかったんだな~と実感。

テント泊で湯治、っていいかも(笑)と思った法華院温泉。

しかも、9と10の日は、温泉半額だそうで、250円しかかからなかった。

失敗は、帰りに立ち寄った筋湯温泉で、手抜きの温泉もいいとこ、でした。もう2度と行かない。

今回は、ミヤマキリシマと言う面で見ると〇。 温泉は二重丸◎。

7時間の山がこなせたということで、とりあえずリハビリも◎です。

Saturday, June 8, 2019

山やと環境問題

私が10年ほど前に福岡にいた頃...、商社のお仕事で環境問題も追いかけてはいましたが(九大水素タウン構想)、いわゆる環境問題は、結局のところ、産業廃棄物問題でした。

長らく歴史的にそうで、結局、企業は環境問題に取り組むことについては後ろ向きでした。太陽光にしてもそうで、パネル単価が下がらないと普及は難しいという合意が経産省と企業の間にありました。

のちに太陽光パネル銀座と言われる北杜市に、太陽光パネルが自然破壊している様子を見て、「問題を解決するために問題を作り出すという人間の得意技、発令だな」とシニカルな気分で見ていました(笑)

ご参考: 太陽光発電の環境破壊を見る

自然破壊の様子は非常にあからさまで、代替えエネルギーのために自然破壊していることが、全くの通りがかりの人でも分かるほどです。

■ ゴミの分別は進んだか?

企業が環境問題に積極的でなかったのは、環境問題の解決が究極的には、

 経済活動と対極にある

ためでしたが、ゴミ問題も似ています。

ゴミを最初から出さなければ、処理費用も掛からない。ごみを出さない=売れない、なので、企業はあまり、積極的ではありません。

廃棄物問題では私は武田先生の本から知識を得て10年以上が立っていますが、先生のお考えに大体賛同しています。一般に、ダイオキシンが取りざたされますが…、山小屋ではゴミは焼却するのが普通ですし、沢登りでも同じです。燃えやすいクライミングのテープなどは、わざわざ着火剤として取っておくほどなんです。

山で燃やしているときにダイオキシンがどーだこーだという話題になるか?というと??

なりません(笑)

暖をとれるだけでありがたい!のが沢登りですし、山小屋では焼却しているのは、基本的には、本来来るべきでないところに人が来てしまうがため、ですので、残念ながら、必要悪です。しかし、低温で焼却するとダイオキシンが害になると言われますが、山小屋などでの焼却は、牧歌的で、昔の日本の農家がやっていたような規模です。小規模で、低温もなにも、マッチで火をつけるだけです。

なのでダイオキシン問題は、むしろ都市部のでの大規模焼却炉の問題と分かります。

つまり、環境汚染の問題の核心は、人間が都市を作って、あまりに寄り集まって住んでいるから、という問題が大きいのです。

■ 実は分別しても、一緒に燃やしてしまう

多くの自治体では、一般家庭でゴミを分別しても、リサイクルには回されず、一緒くたに燃やされているというのは、多くの人が知っていることと思います。

今もそうなのかは分かりません。

分別しても同じように燃やすので、変だなとは思うものの、それを職業にしている人のために我慢、って感じです。が、エコでもなんでもないのに、なんで我慢しなくちゃいけないんだろう?とは思いますよね?努力を欠いた人たちの既得権を守るというだけの話なので…。

私は学生のころから勉強しているので、この辺については25年選手ですが、私はこれを知っていたので、別に分別しないで捨てようとしたら、ドイツの人に、制止されたことがありました。南アルプスに一緒に行ったクリスです。

今は分別してもしなくても、結末は同じでも、時間の経過で、分別によるリサイクルがドイツでは浸透したのだそうです。ドイツでは取り組みはあるけど、追いついていないだけだった、と言う話、をしてくれました。

だから、市民も努力しようよ、と言う話です。これは7年くらい前の話です。

■ 日本でゴミリサイクルは進んだのでしょうか?

武田先生の本は昔から、読んでいますが、リサイクルがどれくらい実現したのか、あのドイツ人クリスの発言から7年、調べてみたい気もします。

NHK等の一般のニュースで追っている限り、日本は本音ではリサイクルには取り組んでもいないし、過剰包装を辞める気もなさそうな気がします。

世界では禁止されたラウンドアップが日本ではホームセンターで売られていること、食品添加物の基準が最近緩められたこと、あるいは反原発も含め、ヨーロッパアメリカが向かっている先とは、真反対に向かっていそうな印象を日本の施策には持たざるを得ません。

グリホサートの規制緩和 厚生労働省資料
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/1225-2.pdf#page=10

■ 行政は後ろ向きでも、個人はできることがあります

それは、たぶん、消費を控えることです。最初からビニールバッグを貰わないとか、捨てるときに困るプラスチック製品を買わないということです。


Monday, June 3, 2019

On Mount Fuji (for every foreign visitors)

I have gotten this question this morning.

And since I got so many similar questions so much, I think I will write the answers here.

Question -------------------------------------------

Hello ,

I'm a climber and a musher too but in living in East Greenland. I've been on the Mt Fuji once and would like to go there at the end of October. Do you know if it is possible?

Greetings,

Mx_Greenland

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Here is my answer:


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Hi Mx, thank you for asking.

End of October is not the right season to climb the mount Fuji, it is THE boring time.

I climbed it 5 years ago in May 30,
https://stps2snwmt.blogspot.com/2014/05/blog-post_31.html

It's in Japanese but you can see what is like by photos... it is a very easy Ist grade snow climb, i.e. alpine climbing. Took me 6 hours to get up, 2.5 hours to get down.

October is too soon for snow. Snow in Mt.Fuji is earliest is 2nd week of December.

And without snow, Mt. Fuji means NOTHING at all, it's a hiker's mountain. Even old ladies can climb.

Just in case, Mt Fuji in mid December to around end of February (depending on a year, ofcouse), is an expert season. It is because the sudden wind, which you can not win no matter how heavy you are, they will brew you off.

I.E. what makes winter Mt.Fuji, difficult to climb is only wind, that means you really need in depth knowledge in the weather, in the particular place, in the particular time, like you watch the mountain everyday while the season and you grab the right moment at the right time.

To gain the knowledge you got to go to the mountain so often too, is is safe up to half the altitude.

I lost my friend there in Dec.28. He knew nothing about mountain but he was an ice climber, who just begin.

So Mt. Fuji in summer is just an easy hike, even 80 years old lady can climb, but expert mountain in the mid winter.

Best compromise is March to early June, before rainy season, with snow gear, of course.

Snow walk is highly difficult for ordinary hikers.

But it is not at all for those who has experience with crampons. When I went to Mt. Fuji in end of May in 5 years ago, it was soooo easy, I felt is is almost flat. No steep at all.

But it depends on your experience. I climb WI 5 grade on lead so that means 90 degree is what I mean difficult.

On the contrary, October is the best season for free climbing.

Ogawayama in October is superb. Ogawayama is called Yosemite in Japan.
Many climbers goes there that season, and camping is cheap like 700 yen a night.

https://allnevery.blogspot.com/2016/11/last-night-dinner-sushi-catering.html

I hope this will help

Chao

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■ conclusion

Goto Ogawayama instead of Mt.Fuji, because that is what all the climbers will do.






Wednesday, May 29, 2019

他の人の山がちっぽけでバカバカしく見えるとき

■ 人を馬鹿にする心理 Bad版

山岳会の新人さんを馬鹿にする、という心理的な習慣は、日本の山の世界に、とても根強いですが、それは、先輩後輩システム、によります。

後輩=目下の人間=馬鹿にして良い 

前回のブログでの、ガイドさんが「みんなにはアップにならないかも」というのは、

 みんなにはアップにならない ⇒ 下手くそねぇ
 自分にはアップになる ⇒ 自分の実力自慢

と言うことでした。この心理は、

5年目の社員が新入1年目の社員のポカを蔑む、と同様

https://road-to-raoh.com/20160106/ より引用)
で、人間としてどうかな?と思うレベルのものです…。

誰にでも初めての時があるから、です。

私も、初めてのころは、5年前は、5.7でもひいひい言っていました… 今では同じ水準のヒイヒイが、5.10bです。(今でも5.7でもヒイヒイ言っていますけど、ストレス具合は全く違います)

つまり、クライミングという活動は、一生、ひいひいが続く…ということが予想されるわけですね(笑)。

なので、一番、頑張っているのは、もしかして、新人さんかもしれないですね?

■ Good版の ”馬鹿に見える”

これは、こちらのサイトの考察者さんによると、自分のステージが上がったためにそう見えるものです。

・中高年登山者が「丘しか登らないから」と言ってヘッドライトも持たず、地図も持たないのを見て、バカに見える

・高川山に登っている人が「甲斐駒なんて無理」と言っているのを見て馬鹿に見える

・里山しか登らないから地図はイラナイと言っている人が馬鹿に見える

・5.7しか登らないからクラックはしなくていいと言っている人が馬鹿に見える

などなど…ステージを上がると、誤解に基づいた根拠のない思い込みについては、ゲンナリすることが多くなると思います。

■ 気を付けたいこと

山の世界は、現代は後退して、その県でトップクラスの山岳会でも、初級アルパインに行くのがやっとこさ、指導者もいない、というレベルに陥っていることが多いです。

したがって、きちんとした山ヤの若者は、個人的に師匠につくということになります。山岳会に入っていたとしても、会横断的に、自分の気に入った師匠と登るというのが、通例となっています。

選ぶのは、弟子の側で師匠の側ではないようです。

山がステップアップしていくと、陥りがちな精神的陥穽は、

ーーーーーーーーーーーーーーー

自分は違うんだ。世の人とは異なることを知ってるんだという気になる。それまで自分がいた場所をすら、言わば全否定し、可哀想な目で見るようになる。

ーーーーーーーーーーーーー
です。これは特に、コンペ参加者ではないアイスクライミングの人に強くみられるような気がしました。アイスアックスは非常に高価だからですね。

■ 差はほんの少し

さて、私が言いたいのは、このような幼稚な思想が、山の世界では、蔓延しているということです。

AがBを登れないやつ、と馬鹿にし、BがCを登れないやつと馬鹿にし…という連鎖現象が起きています。

これは、価値観を変えても同じで、初登ということが価値と考える人は、5.15が登れたとしても、しょせん初登じゃないでしょ、となる…

しかし、そうした競争の世界観で山を見ている限り、すでに山には、残された栄誉の余地はないと思います。

■ 大衆化とはインクルーシブと言うことです

海外では、多くの人…一般にクライミング弱者?である子供や女性を含む…が、すでに外岩で、クライミングを楽しむ世界が出現していました。

私はラオスと台湾の事情しか知りませんが、女性や子供が外岩に参入していることは、男性の側から見て、「ちっ」と舌打ちをするような、”由々しき事態”とは考えられておらず、ごく普通に、ボーリングを楽しむような形で、あるいは、ダイビングを楽しむような形で、クライミングを楽しむ姿が出現しています。

アルパインにおいては過渡期であるのではないかと思いますが、それでも日本におけるアルパインの姿…大げさすぎる…とは、少し違った捉え方をされているのではないか?と言うことです。

例えば、レーニア山には、昨日会っただけのスコットから一緒に登ろうと誘われました。

日本では、山の仲間として認められるだけのことに数年はかかります。

もちろん、山には山の知識が必要ですので、それが不要の、ただただ楽しいだけのレジャーが広がっているのではなく、知識と技術習得が必要だという認識のもとに、きちんとステップアップできる仕組みが確立されているのではないかと言うことです。

現代の、日本の山の世界に欠いているのは、このステップアップをどうやったら安全に行えるか?という具体的な指南であるように思われます。

そこが、すでに山を分かっている人からは、得られない。自分の時もなかったのだから、自分たちで勝手に成長してくださいとなっています。

■ 古い雑誌を活用しましょう

私は雪の山で、運よく古い岳人を得たのが、大きなラッキーでした。一冊の雑誌との出会いが、私の山を本格的なものにしたのです。

皆さんもぜひ、古い雑誌にこそ情報が出ていますから、のぞいてみてください。

そして、くれぐれもそうした情報がないだけの差で、一般登山者レベルから、脱出できない登山者を馬鹿にしないようにしてください。

岳人 2004年2月号

Monday, May 27, 2019

経験は山では意味を持たないこともあります

■ 誠意

最近、私のブログを日々更新を楽しみにしてくださっている方がいることを知り、責任を強く感じています。

誠意をもって、自分の ”山の今” を説明する必要を感じました。

■ 山ヤへの尊敬の念を喪失中です

最近、私は、山ヤという人種に対する、憧れと敬意の念を喪失しました。

 ”上級の山ヤ”だから、

という理由で、その人を見上げることは、もはやないでしょう。

ある山ヤがいました。その方は、山に恵まれた場所から、都会の近所、不遇の地に転地されていました。それは奥様の強い希望だったためです。

おお!私と同じではないですか! 山に恵まれた場所から、不遇の地へ。それも配偶者のため。配偶者のために自分の愛している活動を譲歩してもなお、山を続ける、しぶとさ…。その強さを私も持ちたい!そう思ったのでした。

ということで、親近感と尊敬を同時に感じると同時に、近所の尾根と沢をすべて歩きつくした記録を拝見し、本物の山ヤだという確信を深めました。

その方は、実は著名な岩場の開拓者の方でもありました。開拓者…と聞いて、敬意を感じない山ヤがいるでしょうか? 私財を使って、他のクライマーのためにルート整備してくれる人、というのが開拓者の意味です。

さらに互いの居住地も近く、たったの10分。岩場に一緒に行くようになり、当然のように、交通費は私が持ちました。近所であれば。

その方を尊敬した理由は
 ・山、不遇の地に来ても、山を辞めない姿勢
 ・近所の尾根と沢を歩きつくしていること
 ・数々の山の著書
 ・開拓者であること
 ・高齢でありながら、山で死んでいないこと
 ・登れなくなりながらも、登り続けていること

でした。しかし、その方は、私が、(火曜日に)肉離れを報告した時の第一声が「(金曜日に)宴会があるから困る」だったのです。いくら私がお人良しでも、これだけ明らかに存在を軽視されると、これはおかしい、と分かります。私に原因があるのではなく、相手に問題があります。

宴会とパートナーの負傷を天秤にかけたとき、宴会が勝つような人と登るわけには行きません。

しかし、私は、許す量が大きいタイプで、「歩くのも痛いんです」と2日間、言い続け、それが理解されなかったことも、年配の人だから理解力が劣るわけで、まぁ、仕方なかったかも?と思っていました。肉離れというのは初期治療が大事ではありますが、保険証を持っていなかったのは私だし、初期治療の遅れは、遠征中では、多少は仕方ないと思っていたためです。

しかし、帰宅後のメールで、
ーーーーーーーーー
〇〇では申し訳ありませんでした。
私は、自分の経験から怪我のことを軽く考えすぎていました。
せっかく〇〇に来たのならば、ついでにいくつかの観光スポットを回った方が
良いかと思ったからです。
重大な怪我であるとの認識があったならば、
〇日に二人で帰るなり××さんお一人を帰したのですが。
判断ミスをした事をお詫びします。
ーーーーーーーーーー

と言うメールを貰い、これは、

 絶対にこの判断が、今後、覆ることがない

ことを確信しました。

 ”経験から怪我のことを軽く考えていた”

の一文です。 怪我は全治2か月の深刻なものですから、この事故で、50年の経験があっても、怪我を軽視するのでは、経験が豊富なのではなく、むしろ、経験不足を意味していますが…ポイントはそこではありません。

この方の経験は、そんじょそこらの経験ではなく50年の経験値です。その経験から、そう考えて、間違ったのであれば、経験の豊富さは山では意味を持ちません。

教訓: 経験は山では意味を持たない

金科玉条のごとく、取り上げられる山の経験値。それも意味を持たない。

とすれば、山での安全に意味を持つのは何なのでしょうか?

■ 経験でも補えない、山で生き残るのに大事な価値観は何か?

それは、パートナーへの配慮、です。

 怪我は、登攀、即刻中止です。

 事情が許さなくても、少なくとも負傷者を第一に考えなくてはなりません。

どんなに経験豊かな人であっても、パートナーを大事にできない人と組んではいけません。

それが今回、この件で私が学んだことです。

■ パートナーを大事にできる人か?どうか?

では、パートナーを大事にできる判断ができる人かどうか?というのは、どうやって判断したら良いのでしょうか?

これは、非常に判断が難しいです。

一般に、日本は男尊女卑の世界です。ですので、女性は、男性本人のニーズの後回しにされ、それを当然視する傾向が男女ともにあります。

もちろん、私にもあり、例えば、好物の卵焼きを弟が先にたくさん食べたとしても、私は、仕方ない子ねぇと思って、怒るわけではありません。女性のほうが精神的に大人であるからです。

同様に、男性と登る場合、登る順番で後回しになるのは、私は構わないですが、私自身が十分に練習できないような立場に落とされることが多かった、のです。

それは、男尊女卑的な男女感覚に基づく気がします。山にもジェンダーがあるということですね。

おそらく、私が海外で楽しく登れるのは、ジェンダー役割が、海外ではほとんどないからでしょう。

女性が自分のニーズを後回しにする期待をされていない、ということです。ケア期待、というそうです。

ケア役割の期待をされたときに、女性は、それを受け入れない判断をしないといけません。なぜなら、それは、自分のニーズが優先されて当然という男性側のエゴに基づく役割期待だからです。

■ ペテランおじさんだけでなく、本物のベテランも

さて、このような理由で、私の山ヤへの敬意というものは、かなり、低い地点を現在、指しています。

以前も似たようなことがありました。

山岳会で、すでにメタボになった、ペテランのオジサン登山者にセクハラされたり、とかです。(ベテランを装ったニセモノをぺてらんと言うのだそうです)

しかし、この人は例外的にペテランだということが、かなりよく分かる、明らかな事例でしたので、私の中では特殊ケースとして処理されていました。

なにしろ、赤岳ノーマルルートで息切れするような人は、すでに山ヤとして終わっています。雪の赤岳は新人の実力を測る登竜門であり、それが登れない=一般登山レベルの山に限定すべき、だからです。つまり、肉体的なメンテ悪すぎです。

また、二人きりで泊まっているテント泊で面と向かって「浮気したい」と女性の後輩に言って、それが許されると考える人は、時代錯誤しすぎです。誰が見ても、NGケースであることは明らかです。

ところが、私が今回ご一緒していた方の場合は、違います。地元の名士と言うような方ですし、普段から、腰が低く、静かで素晴らしい方です。大学山岳部顧問でもあります。

山でいかにふるまうべきか?というのは、50年の積み上げがあるという期待ができるはずです。

■ 人間として自立していない

その方の唯一の欠点は、古風な男女観、なのかもしれません…。時々、奥様の話を聞かされましたが、奥様はお料理が苦痛で嫌がっているそうでした…分かるなぁ。

メニューは「なんでもいい」と言っているそうでした。それは当人からすれば、思いやりからでしょう…しかし、現実には、なんでもいいが一番迷惑、です。

そのメッセージが伝えているのは、結局のところ、自分の健康管理においての責任放棄、です。つまり、大きすぎる責任を妻が担うことになってしまいます。奥さんが言っているのは、自分の食べたいもの、相手の食べたいものは、肉体が違うからには当然違い、健康管理まで面倒見切れない、ということです。

一種の責任放棄、が、古風な、男女間の役割分担には存在しています。

具体的には、二人で遠征を楽しむための用意がほとんどありませんでした…。それは目下であり、女性である私の役割に指定されていたのかもしれません? 雨で沈殿した時にすることを用意する、とか、食材の仕入れ先をあらかじめ調べておく、とかです。

ただくっついてきているだけ、と言うことが明らかで困りました。まぁ別に車中泊してしまえばいいので、相手の様子を見て、自分がどうしたらよいか決めよう、と思ったとしても、それは理解できますからいいのですが…。

しかし、今回は、もし相手の様子を見て決めると考えて、用意ゼロであったのであれば、すぐに帰宅する、というのが当然の判断になったケースでしょう。

なにしろ、一本も登る前に、肉離れしたのですから(笑)。

■ 幻滅

この事件で、私は2か月ほど自宅軟禁状態でした。そのため、私は山への愛自体をすっかり失ったような気持ちになっていました。

山をするという活動のすばらしさの、約半分は、人によってもたらされるもの、だからです。

それは、登山しかしなくても、登山道を歩いてきた何千人もの人と感動を共有する喜びであったり、歴史の共有であったり、です。

たとえ単独行であったとしても、そこを歩いた先人がいる、というのは、登山道を歩く限り、明確です。

ですので、多くの人が美しい樹木を眺めながら、この道を歩いたのだなぁ… 人々はどのような思いで、ここを歩いたのだろうか?子供と歩いたのか?楽しく歩いたのか?失意に歩いたのか?苦しかったのか?楽々だったのか? そういうことを考えると、人は一人で生きているようで、決してそうではない、ということを感じることができます。

しかし、そうした先人の歩みに連なる一つの点として、自分を加えて行く活動に、自分の時間を費やすだけの意義を見出せなくなっていました。

私は男尊女卑という価値観を信奉はしないからです。控えめなのも奥ゆかしい女性も素晴らしいですが、怪我をしたパートナーを思いやらなくていい、という考えは、賛同できません。人間失格判定です。

■ 山そのものは、まだ好きみたいです

とはいえ、山が嫌いなわけではないようです。

それは、一人で、山を歩いてみて、やはり山は美しいなぁと思ったために分かりました。

ガッツリ山をしたいですが、それは、たぶん、一人でする山であり、誰かと歩く山ではないでしょう…

それは、相手の問題というよりも、私自身の対人関係構築術の問題なのかもしれません。

私は元々、単独で歩くのが好きなタイプですが、それは、山と自分と一人だけで対峙できるからです。

読図の山でもない、一般縦走路で、誰かと歩く必要なんて感じたことはありません。

逆に、人と歩くことは、山とだけ対話していたいのに、対人的な配慮を優先せざるを得ず、重荷、と言うくらいです。山と自分だけの関係だったら、本当に世界は楽で、山からの癒しを100%受け取ることができます。

■ クライミングは相互依存の世界

それが変わってしまったのがクライミングで、私はクライミングでは、指導者のニーズを強く感じていました。

私に来てくれた人のビレイのスキルがまったく当てにならないからです。

経験不足による失敗の痛手が、即、死、につながる。

クライミングにおける経験値というものは、どういうルートを登ったら安全なのか?

あるいは、これくらいの登攀力の時に、これくらいのリスクが取れる、というような判断です。

日本は、5.7を登る人が5.7に取り付くことが許されない特殊な課題設定のされ方をされており、それが海外との違いです。海外では経験者のアドバイスがなくても、普通に経験値を上げていくことが可能です。

しかし、この判断…新人が取り付くべき課題へのアドバイスも、経験値が大きい人ほど、的確さを失っています。それは、現代の新人ではなく、昔の”新人”の基準に合されているからです。現代の新人は、昔の基準では全くビビってしまい、2度と来なくなります。

そうした現実を見てもなお、「俺の時は」と経験値を手放せない指導者クラスを最近経験しつつあり、結局のところ、新人の手ほどきは、やはりより現代人に近い私たちのほうが良いような気がしていました。

しかし、私自身が必要な指導が得られない、というのが、最も大きな問題でした。

後輩を指導するには、自分がその少し上を行っていなくてはならないからです。

私が得てきた指導は、最初は、師匠の鈴木さん、クライマーの菊池さん、亡くなった吉田和正さん、師匠の青木さん、です。

とくにクライミングでは、日本では初心者が安全に登れる課題が少なく、その判断に経験者の目があるほうが安全です。

■ 自分を信じましょう

というわけで、結局のところ、私自身は後輩を育成したり、新人を指導したとしても、自分自身を指導してくれることができる人はいない、自分で自分の道を歩くしか、方法はない。

それが最近のこの出来事からもらっているメッセージである、と私は考えています。

■ 過去の記録

自分の記録を読んで、確かに、安全に山を行うための思考というものが、手探りのながらも、行われていたなぁと、もはや初級者&初心者で無くなり、思います。

例えば、この記事です。2014年の6月16日ですから、5年前です。ほとんどお上りさん当時です。

https://stps2snwmt.blogspot.com/2014/07/blog-post_50.html

縦走路でロープを出す場合に、何でプロテクションを取るか?と思案している内容ですが、登攀経験が、ほとんどない者が考える内容としては、かなり的を得ていると、もはや登攀経験が豊富になった今でも、感じます。

ということで、過去の自分を客観視して、

 原則から考えるという強い適性

を感じます。 このブログの読者の方に、お願いしたいのは、これです。原理原則から、自分の頭で考え、自分で実行してみる、と言うことです。

山では不安になることが多いと思います。

山だけでなく、山ヤ道、山をやるやり方自体が不安です。

同じように山をやっている人…特に女性、がいないということが大きいですね。

このやり方でいいのか?という不安がある。しかし、原則に照らし合わせ、自分で考え、解決していくのが、結局のところ、もっとも安全である、と思います。

自分の命、だけは、誰に対しても譲ってはいけません。

自己主張しなくてはならないときには主張しなくてはなりません。

それで、あなたを腑抜け扱いするような人は、最初から、あなたのパートナーではありません。

■ 関連記事

山をどう教えたらいいのか分からないのでは?
https://stps2snwmt.blogspot.com/2018/05/blog-post_15.html

Sunday, May 26, 2019

私がこのブログで訴えたいこと

最近、読者の方からコメントをいただき、ありがたいことだなぁとしみじみと実感しています。

このブログでは山の知識…初心者山ヤとして、私が発見し、生身で体当たりして得た知見を共有したいと思っています。

富士山で下山報告せず降りたという若者は、ネットでバッシングされそれがかわいそう、行き過ぎだ、という批判があるそうです。

■ 不寛容な社会は生きづらい

私が、常日頃、思っていることは、不寛容な社会は生きづらいということです。

人は誰でも過ちを犯しますから、過ちを犯すこと自体を否定されてしまうと生きていくのが難しくなり、それは100人人間がいたら、100人に共通です。

私事で恐縮ですが、面接に行ったら、会場が見つけられず、5分前に電話で、遅れますと連絡。その後、3分程度遅れて到着したら、「面接に遅れてくるなんて何様か?そのような人と仕事をするのかいかがなものか」と言う先方。こりゃ、この会社で働いたら、さぞかし私は不幸になるなーと思って、求職依頼を取り下げました(笑)。10分後には踵を返して、帰宅の途に就きました(笑)。やですよ、そんなゆとりのない会社。

時間感覚に厳しいのは、日本人の美徳ですが、自分に適用しても他人に適用するのは、ほどほどにしておきましょう。30分遅れる話なら、違うと思いますが、3分で怒っているのは、心のゆとりなさすぎです。

■ 情報が歪んで伝えられている?

しかし、情報源の読売新聞と言えば、老舗です。

その辺の素人が書いた記事ではなく、本職の記者が、裏取りをして書いた記事である、というのが、このロゴマークの意味です。

もし、その記事がミスリードをしているようであれば、そのロゴマークへの信頼は失墜ですね?

ですので、大手の報道の信頼度は、無名の報道機関の信頼度よりも、高いと思いますが。

しかし、このネット時代、広告収入に頼る大手メディアの報道は信頼が低下していますので、小規模メディアであるから、ダメということではないです。

とはいえ、このニュースで、大手が広告収入のために事実を歪曲する必要があるとは考えにくいケースですね。

■ 社会人の常識レベルの低下は、やはり依然、うかがわれる

”何度も県警から連絡したけれど、本人が電話に出なかった”、とあり、やはり一般常識では、捜索しているかもしれない可能性を考えて、少なくとも22時より以前には、なんとしても、他人に携帯を借りたとしても、連絡を第一にするのが社会人の平均的な常識ではないでしょうか?

ご自身に照らし合わせたらどうですか?

18歳に選挙権が下げられそうになっていますが、若者であったとしても、それくらいの判断力は、大人としては、あってほしい判断力でしょう。

■ バッシング

ネットでバッシングの嵐だそうですが、そうなんですか? 私はそういうバッシングをあまり目にしないのですが… 

発信側に立っている人より、受信側に立っている人が多いのですかね? そういう場を知らないので、何ともコメントしがたいですが。

一般に、容易にバッシングの対象になる、ということが、ネット社会のマイナス面ということなのでしょう。

そのような対象、標的にされないような仕組みが世の中に必要だということですね。

個人攻撃と、社会的問題を切り分ける、ということです。

■ 取り上げるべきか、否かの判断

山の世界では、取り上げられるべきことが取り上げられず、そうでないことが取り上げられがち、ということがあります。

例えば、山のリスクは取り上げられず、山の楽しさ、ばかりが強調されています。

物事の両面を見せないと、片側だけの情報で行くとえらい目に遭いますが、この時期の富士山に丸腰で登ってしまうというのは、まさにその典型に見えることが、このニュースのツボ、ですね。

無知な人に見える、という点と、どうも、本当に無知だったようだ、というのは、真実味がある洞察です。

■ 社会的インパクト

バッシングを受けた若者はかわいそうですが…、仮に

”レスキュー依頼して、無事下山したことを言わないで帰ってもいい”、

ということになれば、その後の山の世界にとって、ゆゆしき事態であることは自明であると思います。

それでは、こうした失敗を防ぎたいというニュースの意図につながって行かない。

ニュースの意図は、若者をバッシングすることではなく、このような無知な行為をほかの方に、再度繰り返してもらわないためにあります。

■ 検索エンジンの偏り

ネット社会特有の問題として、Google独り勝ち問題があります。

ネットに出ている情報のうち、検索エンジンにヒットした上位4~5件の情報しか広まらないという、いびつな情報伝達の形式になってしまっているということです。

それほどまでにGoogleの独り勝ちになってしまったのでしょう…

余談ですが、私は、こちらの検索エンジンを使っています。

https://www.ecosia.org/

45回の検索で、1本の木を植えることができるそうで、山やにぴったりな検索エンジンではないかな?と思っています。

今からは、検索エンジンを多様化していくのも必要なことなのかもしれませんね。

■ まとめ

・バッシングされた若者よ、お気の毒です
・無知を憎んで、人を憎まず、が正しい姿勢でしょう
・バッシングした方は自らも完ぺきな人間とは程遠いことを顧みましょう(笑)。
・若者は反省しましょう バッシングと反省は別です
・レスキューの方ご愁傷さまでした
・ニュース記事を書く方、信頼度高目でお願いします

■ 知識

富士山は、この時期、当然ですが雪山です。アイゼンとピッケルを使いこなせない方は登る時期ではありません。

しかし、行って楽しい時期でもなく、高所登山をやる人が、順応目的(具体的には昼寝)で行くような時期です。

当方の富士山の記録はこちらです。 2014年5月31日に登っています。登り6時間下り2.5時間の山でした。
https://stps2snwmt.blogspot.com/2014/05/blog-post_31.html




Saturday, May 25, 2019

観光収入増大と迷惑はセット販売です

こんな記事が回ってきました。

富士山に「登山鉄道」再浮上 何度も頓挫、新知事が意欲

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190522-00000036-asahi-soci&fbclid=IwAR0q7NH5Za-gjX-vCDFwdaxh1tpA7eQuUuP734kmstYX-Al-WL1oK-0bHxo

富士山に観光鉄道をという記事です。誰でも分かることは、このような事業計画…道路にせよ、ロープウェーにせよ、鉄道にせよ…の目的は、

観光収入の向上、

ということだ、ということです。

一方、このような記事もあります。

富士山で「動けない」救助隊捜索、連絡せず自力下山

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190521-00050232-yom-soci&fbclid=IwAR2ggE7IA3JNvLdk90_oTbzZINTTzsnRCyWGiiG3cayh5fj1TcjEIvsnnUg

■ 観光収入と迷惑はセット販売

物事には、どんなことにも2面性があります。マーケティングというのは、その2面性のうち、1面だけを強調することです。

観光収入が上がるようなことのネガティブ面は?

あきらかに、山に無知な登山者を招き入れる、ということでしょう…

要するに問題の火種は

 観光収入(富)に関する欲

にある、ということですね(笑)。

■ 知恵(ウィズダム)

このような場合、ウィズダム、知恵とは、あらかじめ予防線を張っておくことです。観光鉄道が、鉄道の観光を世間に宣伝するのと同時に、冬山の厳しさ、一人でアイゼンもなしに登り始めてはいけないこと、あるいは、入山禁止のロープを張り、警告文を設置しておくことなどと、色々な対策を同時にやれば、

観光を盛り上げつつ、山の厳しさを伝える

という両方の点を一挙に獲得することができます。

しかし、おそらく、山に詳しくない人が、ただ観光盛り上げだけをやれば、その付けは、

・人命が損なわれたり、
・救急隊に安易なレスキュー要請が増えて思わぬことになったり

するでしょう。山では、すでにそのような事例は豊富ですから、安易な開発ではなく、きちんとリスク評価して進んでもらいたいものです。

観光のマイナス面は、

 無知な登山者が増える

だけでなく、

 環境自体の破壊

もです。自然環境を愛でにいくのに、そもそも環境破壊していては、元も子もありませんから、その点も配慮しないと、こうした計画は、本末転倒のお荷物設備を作って、誰も来ない閑古鳥、と言う結末にもならないとは限りません。

Thursday, May 23, 2019

富士山で「動けない」救助隊捜索、連絡せず自力下山

このようなニュースが、おとといありました。

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富士山で「動けない」救助隊捜索、連絡せず自力下山

5/21(火) 19:50配信
読売新聞オンライン
 山梨県側の富士山を登っていた20歳代男性が20日午後、「疲れて動けない」と富士吉田署に通報した。救助隊員6人が捜索を続けているうちに、男性は自力で下山。同日夜、東京都内の自宅に戻るまで、下山したことを同署に連絡しなかった。

 発表によると、男性は同日朝、単独で麓から登り始めた。アイゼンをつけていないなど軽装で、登山届も提出していなかったという。残雪に覆われた8合目付近で動けなくなり、午後0時40分頃、救助を求めた。

 曇天でヘリによる救助ができず、県警の救助隊員が5合目から現場に向かった。途中で男性と連絡が取れなくなり、捜索は午後9時半頃まで続けられた。その間に男性は麓まで歩き、電車で帰宅。男性から連絡があったのは午後10時頃だった。

 富士山の山開きは7月1日。県警は「この時期の富士山は残雪があり、非常に危険。下山中の滑落や、救助隊員が二次被害に遭うおそれもあった」と指摘している。


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https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190521-00050232-yom-soci&fbclid=IwAR2ggE7IA3JNvLdk90_oTbzZINTTzsnRCyWGiiG3cayh5fj1TcjEIvsnnUg より引用


■ 無知 が原因


このような無知をどうやって防げばいいのでしょうか…?


このような無知による、社会的損失のインパクトが大きすぎますね。


5月の富士山に行くような登山者は、私のようなアルパイン経験者か、もしくは、この登山者のような完全無知レベルの人か、どちらかです。


私もこの時期をわざわざ選んで富士山に登っていますが、それは、無雪期の富士山なんて、山初心者が行くような山でしかありません。標高というのは、登山の実力を測るにはまったく無意味な指標です。そのことが分からない人が、一番高い山、を目指します。


この時期の富士山は、経験者には簡単ですが、アイゼンがいる山です。雪の山としては、簡単な部類です。寒さが厳しくないためと雪も腐っているためです。最大のリスクは紫外線。


さて、この方は、雪もしらず、山も知らず、ただ、時間が空いたから、登ってみようかなとでも、思って登りに素直に行ってしまった程度の無知な登山者でしょう…


しかし、引き起こした迷惑、最大…


こうしたことをしてしまった人を責めるのは簡単ですが、一つ間違えば死んでしまいますね。


遭難救助を要請したということで、そのまま連絡せずに下山したら、連絡して下山した場合よりも、なんらかのペナルティがないことには、このような判断を防げないでしょう。


救助隊に


 A)連絡しても、怒られて終わり。


 B)連絡しなくても、怒られて終わり。


であれば、どうするでしょうか?


ここのところに、Aを選択する、なんらかのインセンティブを設けない限り、これからも、


全く無知


な登山者がこのような判断をすることは、避けられないでしょう。


無知な人は無知なだけに、捜索隊がどれほど、大変な捜索をするのか?見つからない限り、帰宅もできないということなど、知らないし、想像する能力すらないだろうからです。


この世で最大の問題は、無知、ですね。





Monday, May 6, 2019

塩見小屋の訴訟問題について

今日のFBから
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「登山者にとってはどうでもいい話です。」

というコメントが入りました。

当然だと思います。
反応してくれたり、応援してくれる方は沢山いますが、割合にすれば、山に興味のある方の数%かもしれません。
殆どの人は、スルーしていると思います。

逆に登山者の一意見として、コメント入れてくれるだけ、有り難い事なのかもしれません。

ただ、内容は塩見小屋の事や管理人としての私の事ではなく反論も出来ません。
裁判や小屋についてなら理解も出来ますが、それとは関係のない個人的な感想は、酷い言い方をすれば、私にも必要ではなく「見ないで下さい。」としか言えません。

前にも書きましたが、テレビの様に嫌でも目につくという訳ではないので、スルーして欲しいです。

仮に私がこの方の投稿に、「あなたの山行日記は、殆どの人にとってどうでもいいこと。」と書き込めば、この方はどう思うでしょうか?

何を言っても一見自由だからこそ、私は投稿には、慎重になっています。
他人の事を考えなくなれば、今の伊那市と同じになってしまうからです。でも、A課長に関してはかばう気にもなれませんが。

伊那市にすれば、これも立派な管理人に対するクレームになるのでしょう。

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■ 正直者が馬鹿をみる世界を放置することは、全員にとっての悪

このコメント、「登山者にとってはどうでもいいことです」

を聞いたときに思ったことは、他者の痛みが分かる人間でありたい、ということでした…。

山に、みなさん、癒されに来ていますよね。山ですら、弱肉強食の論理を持ち込まなくていいじゃないですか…

山くらいは、ただ”母なる大自然に対する深い理解と知恵”を身に着けた人が、その努力の対価を受け取れる世界であってほしいです。

塩見小屋の訴訟は、あきらかに伊那市市長の横暴ということが見て取れます。私自身は、そのような横暴に対して、真正面からぶつかっていく塩見小屋の方が、心身を悪くされないか、心配でなりません。

私自身のことだったら、こんなことに時間をかけないと思います…なぜなら、戦うことで得るものがあまりに少ないと思うからです。

しかし、果敢にも立ち向かっている人に対して、無関心 を伝えることは。

愛の反対は無関心なのです。

社会で行われた不正義を見過ごせば、その社会はどんどんと生きづらい社会に変化していきます。まわりまわって、人を信頼できなくなっていく…。そうした時に返ってくるのは、自分に対してです。

本当に、山ですら、こんなことを言うような人が来てしまう社会になってしまったのですね…

日本の世相が残念です。






Saturday, May 4, 2019

山小屋のオヤジが怒れなくなった山の世界

■ 登山ガイドなんか、まともな山ヤは、なりたくないですよ…

だって、変な人しか山に来ないんだもん…


さて、この本は、山小屋で働く人には必携です(笑)。

何しろ、山小屋には、もうとんでもない人たちが来ます

というか、登山人口の中で、とんでもない人を選別して連れてきているとしか思えないような人がきます。

つまり、基本的にとんでもない人”だけ”がくるのが、夏山の小屋です(笑)。

というのは、ちゃんとした山やは小屋なんか泊まる必要がない、ですから。

山小屋のオヤジが怒鳴らなくなりました。

…というのは、

 第一に、トンデモ件数が多すぎる
 次に、逆切れするお客さんが多い

からです。もう、小屋には怒っていたら、キリがないくらい、怒り心頭するような、自分で、自分の安全も守れないような人…しか来ないんですよ…。

「○○大雪渓って私にも歩けるでしょうか」  知らんがな!って人が多いです。

■ 市場的に見ると…

つまり、マーケット的に成熟してしまい、レイトマジョリティー市場なんです。

市場が成熟して、トンデモな人すら来るようになった、という表現のほうが、実態をよく表していると思われます。

登山ガイドさんにしたって同じです。山岳会で新人を扱っていても、一様にみな同じことを思います。もう、みなさん、トンデモばかり…です。少しは自分で勉強してなーって。

■ 怒りは当然の反応です

そういう場合の解決案として、日本人は怒りを良くないこと、として押し込めていると思いますが、それこそがストレスの原因では?

問題の根源は、コミュニケーション力の不全にあり、怒りを感じないというのは、人間である限り、無理であると結論しています。

  1)覚悟、
  2)コミュニケーション能力、
  3)ルールの明確化

この三つが怒りを上手に表現し、解決へ持っていく基本ツールです。

最初から逃げに走るとストレス耐性次第では、引きこもる以外なくなります。

つまり、怒りを避けるという手段は、”逃げ”という選択肢という訳です。

世間とのかかわり方を子供時代に、きちんと学ばなかったという自覚が私にはありますが、私はどちらかというと、健全な魂を持っており、良くないことには、きちんと怒りを感じるタイプです。

善と悪の判断にも、自信があるタイプです。神の場所は知っている。小さいころから、心に神を持っていました。もちろん、悪いこともしていますから、聖人君子ではありません。そんな人がいたら、その人こそ、ウソつきです。

とはいえ、パオロさんの指摘は、子供のころ感じていたことと同じでした(笑)。素朴な疑問、ってやつです。

■ 具体例

先日、チベット僧のターパさんに ”怒って注意” しました。というのは、お寺に朝から座禅に行くのに、ナビで運転中に話しかけるんです、今、運転ナビ聞いてるってば!っていう奴です。それでも、彼とは変な仲になっていません。

同じようなことで、日本の74歳、世間に名の知れた往年クライマーの場合…。足が痛くて歩けないですって何度も言っているのに、私を連れまわすんです…。

何度も何度も「歩くのも痛いんです」と言って、事態を理解してもらうのに、丸2日、かかった上、彼との仲は、3か月の投資期間があったにもかかわらず、おじゃんです。ちょっと怒っただけで。

それは私が文句を言ったからです。ターパさんにしたのと同じように。

どんだけ打たれ弱いねん!

ターパさんと日本の往年クライマーの差は、”メンツを立てられるのを当然視しているかどうか”だと思います。

恐るべし日本のオジサン。チベット修道僧より、俺様化!!

つまり、日本の男性の自尊心は、俺はお前よりエライ、ということにしておいてもらわないと、はかなく散るような、自尊心ないのかもしれません。

先日、運転をしていた高齢者が、通行人をひき殺して、すぐさま保身に回り、話題になりましたが、似た部分を感じました。逃げ足と無責任さ、にです。

■ ルールを無視する相手対策

余談ですが、海外では、自分の安全は自分で守るものなので、私は小型小銃すら携帯していました…

私は体が小さくて、暴力やレイプには非常に脆弱だと誰が見ても明らかだからです。

日本では、女性に対する性的嫌がらせは、厳罰化していないので、特に都会と田舎では温度差がかなり激しく、田舎に行けば行くほど、セクハラは、”大したことないでしょ視”、されています。

この根底にある思想は、マチズモです。マチズモとは、力が正義に勝ると定義している世界観ですが、この世界観では、力が弱い=序列の最下層です。昔の父権制度と同じです。

ですので、弱い性である女性をセクハラしても、まぁ、それは大したことにカウントされません。子供に対しても同じです。

それは、強い側から見たとき、共感が得られないからです。尻を触られたくらいなんだ。とかそういうレベル。

したがって、チベット修行僧と74歳の差が出るような理由というのは、よくよく原因を求めると、

日本という国では、弱者であっても、きちんと強者に向かって怒りを表明できる社会でない

ということが根底にあると気が付きました。

要するに、多様な価値観が受容されていないからだと確信しました。

日本でも多くの価値観が認められるようになっていくのが私の願いです。

特に山は 体力1点豪華主義の人が多数です。体力だけで遭難が減るわけないでしょ。


エゴシステム・エコシステム

https://7secondcoach.com/2017/02/28/egosystem-ecosystem-one-program/より引用。

登山の良さ、本質を一言で捉えると、山は、エゴシステムではなく、エコシステムだということに自覚をもたらすことです。

山でもっとも優秀なのは、誰か? 山でのサバイバルという非常に狭い範囲で見ても、人間ではない、ということは、ちょっと考えただけで明らかです。

鹿さんや、カモシカさんなどの野生動物が、一週間道に迷って死にますかね?死にませんね? 一方人間は脆弱で弱く、数日の野外生活ですら、死んでしまう人いるほどです。

人間は傲慢になっているため、自分たちのシステムを山に持ち込むために、遭難が後を絶ちません。

私が山をスタートして以来、遭難者数は過去最高の記録を更新中ですが、理由はあきらかで、

 山の本質の捉え方

が、間違っているからです。山は町ではない、そんな言われてみれば当たり前のことを、みなきちんと自覚せず、山に行くからです。

山の本質の一つは、登山をするからには、

 新しい地理認識システム

を習得する必要がある、ということです。それは、下界のような 東西南北の碁盤の目でもなく、30m歩いたら、右手にコンビニが見えて右折、みたいなナビシステムでもなく、尾根と谷を使い、標高差と歩く時間を使うものです。

山では体力は必要ですが、どんなに低い体力の人にとっても、登れる山はあります。

山での体力一点豪華主義は、傲慢につながります。体力順のピラミッドシステムで、山の価値、序列をつけるようになるということです。

例えば、美しい尾瀬と急峻で体力がいる甲斐駒、どちらの価値が上ですか?

そんなの、比べられませんよね? 比べられないということに、序列をつけるシステムが、価値観、になってしまっています。それは、往々にして、我田引水のことが多く、体力がいる山が上だと思う人は、体力一転豪華主義を採用していることが多いです。

例えば、アルパイン・クライミングにおいては、体力だけを強調される往年のクライマーが多いですが、現在のアルパイン初級ルート(前穂北尾根を想定します)は、アプローチ6時間の涸沢側から入ったとしても、往年のクライマーはすでに体力が初心者より下になっている可能性が濃厚です。

では、というので、アプローチで消耗がないゲレンデ的なアルパインルート(例:錫杖)が人気になっています。つまり体力一転豪華主義はなくても、楽しめるルートはすでにある、ということが基本的には明らかになってきています。

(これは、もちろん、登山者としての最低限の脚力、一般登山を終わり、一日10時間程度の行動は苦にならないくらいのもの)が無いのはアルパインはそもそも教えられないという前提です)

なので、体力はあっても邪魔にならない資産ではありますが、ありさえすれば安全という資産ではありません。山において、体力や歩荷力は、下界のお金と同じことですね(笑)。

ないなら、ないなりの山をすれば良いということです。

■ どのような問いを作っていけばいいのか?

これから山をされる方は、ぜひ問いを持ってください。その問いとは

”どうすれば、山に安全に登って降りてこれるだろう?”

というものです。誰かについて行けば安全 という解を出される方が多いのが、問題ですが、誰かについて行っても安全は増えません。その人が、山を知らなければ、意味がないからです。

ガイドさんについて行けば安全も、間違った思考です。ご自身の安全はご自身で守れなければならないからです。

例えば、低体温症でなくなる人は、ザックにレインウェアやレスキューシート、ツエルトが入っていたことが多いです。ガイドさんが着れと言わなかったから着なかったのでしょうか?

その方は寒かったら服を着るという6歳時でも行えることをしなかったために山で命を落としたのです。

ですので、どんなにすごいガイドがついても、自分で考えない人には、ゲームアウトが待っています。

常に自分で考える、そのためには、

 山で死なないためにはどうしたらいいか?

と常に問うてください。そうすれば、山は常にあなたに微笑みかけてくれるでしょう。

Wednesday, May 1, 2019

雪上のルート選択


こちらは、雲ノ平ナビ 北アルプス黒部源流域/Peak2Peak写真山岳ガイド事務所からFBで回ってきた画像です。

今年は積雪が多く、特に雪崩での遭難が心配されています。

GWは雪山にデビューされる方が多い時期ですが、人のトレースを歩くことが山だと思ってしまう人も多数の時期です。初心者の傾向として、そうなります。

一方安全の中で大事なことは、地物があるところを歩く、ということです。雪庇の上かどうかの判断は、夏道を知らないと想像できないかもしれません。

あらかじめ無雪期に山の形状を頭に入れてから、GWに舞い戻ってくるような、用心深い登山者は昨今だいぶ減ったのではないでしょうか?

山でも、日本的な、みんながやっているから大丈夫、が目につきやすいですが、この画像でも示されている通り、安全な選択肢(左側)を取れば、より高度な雪上歩行技術が必要になります。

 ・安全なルート選択を知っているということと、
 ・その道を歩ける技術がある

の2点が必要です。

Sunday, April 21, 2019

デイビッド・ラマの訃報




スポーツクライミングからアルパインへ進化したクライマーの訃報が入ってきました。デイビッド・ラマ氏です。かっこいいクライマーでした。雪崩だそうです。

April 16,2019 David Lama, Hansjœrg Auer and Jess Roskelley, shining stars of the purest alpine style, were trying to repeat this difficult route in Canada, but a huge avalanche took away them from this World.

https://www.nationalgeographic.com/adventure/2019/04/climber-david-lama-dies-in-avalanche/

心よりお悔やみを申し上げます。

Tuesday, April 16, 2019

ヘルメット要る?イラナイ?

■ヘルメット要る?イラナイ?

ヘルメットはクライミングする限り、どのようなクライミングにも必要です。

例えボルダリングであっても(ボルダリングではヘルメットしないのが普通です)が、本質的には、ランディング時に後頭部をぶつける可能性があるところでは、必要です。ただ、現在、慣習上、しないことになっています。

大体、自分の子どもにクライミングさせるとしたらどうするか?を想像すると、正解が導き出せます。

■ フリー

ヘルメットは、フリークライミングで初期のころに始めた人たち、ヨセミテ派?ボトムアップで登るクライミングしかしない人たちは、しないことが多いです。

これは、墜落がそもそも、ラッペルダウンルートと違って頻繁ではないためと想像できます。しかし、ラッペルのルートでも、被らないクライマーも多いですが、これは逆に大空間があれば、そして墜落をコントロールしているならば、ラッペルのルートのほうが逆に安全だからです。空中にぶらんとなるだけなので。

という事情で、フリーでは被らない派が50%を超えていると思われます。

ヘルメットの要・不要は、一つには、ルートの傾斜によります。寝ていたり、垂直ならばロープテンションで、墜落時は、頭を含む体のどこかを必ずぶつけます。ハングしたルートならば、ビレイヤーが上手ならば、どこにもぶつけないことが多いです。

あとは、ルートのもろさ、ラクが考慮する要素です。

またどれだけ墜落を予想できるか?は、クライマーが落ちそうと感じるか感じないか?によります。

■ 落石

逆にアルパインの人は、ヘルメットを被るのは、落石が当然であるアルパインルートでは、常識です。沢も同様です。

■ あえてしない人 = ただのアピールです

逆に敢えてしない人もいます。この場合は、無理強いはしていません。

というのは、自尊心、も大きな問題で、おれは死をこわがっていないぞ、というジェスチャーをその人がしたいのであれば、してよいと思うからです。

たとえば、私の知っている山やさんで沢でもヘルメットしない人がいますが、一緒に行った初めての沢で、彼の頭の横を落石が通り過ぎていました。上を小動物が通ったためです。

それでもしない。ので、個人の選択の問題です。

■ 落とさない登り

アイスも同様で、アイスでは必ずラクがありますが、本来はアイスはラクを作らないように、氷を丁寧に扱って登ります。落氷は、コントロールできる、というわけです。

それのアピールのために被らない人もいます。

私はバイザー付きのヘルメットで目を保護しています。それでも、顔を切ることは頻繁です。小さい落はしょっちゅうだからですね。

■ 人工壁

人工壁なら、ヘルメット不要かというと、ドライでは人工壁でもヘルメットを被ります。

というのは、人工でも、アックスが自分に降ってくる可能性は否めないからです。アックスは手を離れたら、ただの凶器です。

ヘルメットいるかな?と初めて行くルートの時は思うと思いますが、そういう場合は、ルートを見るまでは、持っていくほうを選ぶとよいと思います。

■ 私の場合

私の場合は、外岩は、トップロープで、ラクがない場合は被らない。リードで、ギリギリグレードにチャレンジする場合は被る。

インスボンでは、セカンドしかしておらず、インスボンは一つの大きな岩山なんで、ラクはほぼないですが、被っていました。

セカンドでも、上のクライマーが重いと墜落時に上に引っ張り上げられたときに頭が何かに激突する、という可能性はあります。

このようにヘルメットを被るか被らないかだけでも、考慮するリスク要因はたくさんあります。

Sunday, April 14, 2019

ヨセミテのクライミング解説

エルキャップフリーソロのオノルド君とドーンウォールのフリーでのトミー・コードウェル・・・どちらも凄いですが、そのすごさが分かりにくいのが現代の事情です。

そのすごさを一般の人にも分かるように解説している解説が出ましたので、お知らせします。

http://cliff.world.coocan.jp/topics/topics.htm?fbclid=IwAR28F0l3qKZ_tPqaV75l215tPGOBPK0bXPDB83uo16hT-4ApVV8LlUDqJoY

Tuesday, April 9, 2019

Mountain - Official Trailer




この映画はDVDで家に買いたいくらいでした。山岳会に来た若い人に見せるべし。

1)登山の初期=山は神か魔物が住むところ=常人でない人が行くところ
2)なので、当時は、達成感以上に、そこへ行くということにある種の覚悟や崇高さがあった
3)ところが危険に対処していくうちに、山は冒険ではなくなった
4)山が劇場化した

5)リスクジャンキー=つららにドラツー。
6)リスクそのものに価値を見出してしまう倒錯者=フリーソロ。
7)美をまとった狂気=ベースジャンプ
8)エクストリームスキー滑降=自己愛と恍惚との引き換え=巨大ブランド宣伝&オンラインビューアップ宣伝
9)エベレスト=普通の人を一瞬だけ普通じゃなくしてくれる山=もはやクライミングでなく順番待ち…。

赤のところが 本質、です。

Monday, April 8, 2019

小松由佳さんの講演会が川口こども食堂であります


以前登っていたクライミングパートナーとのご縁で、小松由佳さんと繋がり、小松さんを川口子ども食堂をされている方にご紹介したところ、講演会の運びとなりました♪

山のシンクロニシティ、素晴らしい~♪

小松さんのご経歴を知らない山やは、モグリですね(笑)。現在は山では活動されていませんが、こちらに経歴があります。アエラ等にも記事を投稿されていらっしゃいます。



Sunday, April 7, 2019

クライミングは遊びです。命を大事にしましょう ー志賀の岩場

こんにちは。Kinnyです。

さて、登山やクライミングっていうのは、とっても楽しい遊びですが、どうも遊びという一線を越えて、なにか別のものをかけるのが、”正しい!それ以外は間違いだ!”と思ってしまう、残念な人が多い業界です。

かけているものの代表は…、ずばり   です。

俺の命なんだから勝手にさせろ~って言ったってね、人間は社会的動物です。一人で生きて一人で死んでいける世界には、そもそも住んでいないんですよ。

死んでから、「岩場が死亡事故で閉鎖になったんで、責任取ってください!」って、地元の岩場管理者に言われても、本人は死んでいるから、責任も取れないでしょう。

さて、このような回覧が回ってきました。よく読んでおいてください。

私が思うには、命知らずなクライミングをしたい人は、自分で開拓しましょう。そうすれば、開拓の苦労が分かります。大変なんですよ。

まぁ、そもそも、プリクリップが必要ないように、確保理論通りにボルトが打てればいいのですが、コスト面や労力を省く面、岩の質や形状の制限、などから、ガバ=ボルトと同等、みたいになってしまい、どうしてもランナウトが避けられないことがあります。

そういうケースでランナウトして落ちても、自己責任と言われます。その場合は

1)プリクリップする必要があると見極められる
2)絶対落ちない登攀力がある

のどちらかである必要があるでしょう。プリクリップをするクライマーを見下す習慣は改めましょう。

その程度の話で見下されまいと頑張って落ちて、怪我したくらいならまだしも、死んだって、他者の意見に左右される幼稚なクライマーだったというくらいのことにしかなりません。

おりしもフリーソロのアレックス君がもてはやされていますが、大学も辞めて通い詰めて自動化がもたらした快挙ですので。同じことができない人が安易にマネすることではないです。

ーーーーーーーーー引用ーーーーーーーーーーー

山岳地帯で行われるアルパインクライミングと違って、スポートクライミングの岩場の多くは人里からそう遠くない所に位置し、ときに地権者や集落の住民などとトラブルになることがある。駐車場問題や糞便の問題、また事故の発生による騒ぎなど。そうして立ち入り禁止になった岩場は数多くある。

そのため、岩場には得てしてローカルルールというのがある。駐車する場所のことや駐車料金の納め方、立ち入ってはいけない箇所、地元へのあいさつ等々。

佐久志賀の岩場にも当然ローカルルールがあり、かつての資料には「絶対に事故を起こさない」「守れなければ使用禁止」との記載もあるくらい事故にはシビアだった。僕らは事故の発生を恐れている。

岩場の「公開」は、ローカリズムに無理解なクライマーが来る可能性を孕んでいる。

よそから来るクライマーにとっては「A岩場が立ち入り禁止になったらB岩場へ行けばいい」くらいの感覚はもしかしたらあるかも知れない。

けれど考えて欲しい。地元のクライマーが地元の岩場を失うことの大きさを。それがどれだけ取り返しのつかない痛手であるかということを。

地元クライマーが大事に大事に守ってきた岩場が、よそから来たクライマーによって台無しにされてしまう可能性こそが「公開」のリスクである。地元クライマーの多くが心配していることくらいは心に止めて欲しい。

古い資料を見たら、プリクリップを推奨する記載がいくつもあった。ああ、こうやって岩場を守ってきたんだなという感慨を覚える。実際、佐久志賀の岩場ではプリクリ棒を多用するクライマーを多く見かける。

岩場を守ることよりも自身のクライミングスタイルを優先し、プリクリ棒をチョンボ棒と言って揶揄するようなクライマーは、佐久志賀の岩場以外に行かれたほうが良いと思う。

ともあれ、佐久志賀の岩場の正式な公開はもうすぐです。詳細はJFAや佐久平ロッククライミングセンターのフェイスブックで確認してください。リボルトは進んでいますがまだまだ追いついていません。古い支点など十分に気を付け、見極めてご判断ください。くれぐれも事故やトラブルの無いようにお願いします。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

⑤ 花もも 出だしが核心 プリクリップを忘れないでください
⑥ レイチェル プリクリップしてください。
⑧ 名前読めず プリクリップしてください。

くれぐれも事故を起こして、岩場が閉鎖にならないようにしてください。