■ 教わっていないことは教えられない
この本の要約をを登山の本の分野に入れるべきかは、謎だが、登山では、
先輩が後輩に無償で教える、
事になっていて、その伝承が途絶えている、ということが、基本的に問題視されている。
しかし、どの分野でも見られるように、
優れたプレイヤーが、優れた指導者とは限らない
つまり、
優れたクライマーがクライミングを教えるのが上手とは限らない
どうも、山にしても、登攀にしても、教え上手であることと、自分がベテランなのとでは、違うみたいなのだ。
というわけで、教えることのフレームワークが必要だ。
・・・というのが長くなったが、この本の登場の理由だ。
■ 行動分析学
この本は行動分析学を基にしているそうだ。 こちらは著者のブログ。
■ 要約
・ (教える)とは? = (望ましい行動を引き出す) こと
・ (分かる) と (できる) には大きな隔たりがある
・ (心) ではなく、(行動) に注意を向ける
・ 教える内容を (知識)と(技術)に分ける
・(知識) = 聞かれたら答えられること
・(技術) = やろうとすればできること
・成果を上げている人の、成果につながる行動(勝因)を見つける
・何が出来て、何ができないか、チェックする
・知識のチェック & 技術のチェック
・知識 → 一問一答
・技術 → チェックポイントリストを作る
・3つのステップ
1) 分かっていること、分かっていないこと、を切り分ける
2) やらなくてもいいことの劣後順位を決める
3) 相談相手として意見を求める
・教わる人の動機を理解しておく
・理解度を知るには? (復唱)、(レポート)、(失敗例・成功例を想像する)、の3つ
・曖昧な指示を避ける
例:ギアは落とさないように渡す × → しっかり相手が掴んだことを確認して後手を離す 〇
・目標は具体的な行動に表現する (MORSの法則)
・指示を出す時は、具体的な行動で3つまで。
・確実に100点が取れる課題で成功体験を積む
・ABCモデル 正しい行動に、正の強化を与える
・行動の”直後”に結果を与える
・モチベーションを上げるには?
意義
成功した時にどんな素晴らしいことが待っているか
・成果を計測する(見える化)
・プロンプトフェイディング 手助けをしたのち、フェードアウトする(自立させる)
■ これらを山に置き換えてみると・・・
万年セカンドというのは、プロンプト(手助け)から、指導者のフェードアウトがない状態のことだと分かる。
自分に置き換えて考えてみると、これが難しい・・・ というのは、山やは誰だって自分がトップを登るのが一番楽しいのであるからだ。
指導として、トップを行くだけでなく、愉しみとして行く場合も、実はトップを行きたかったりして・・・(^^;)
■ 知識と技術
知識と技術ということでいえば、社会人山岳会で圧倒的に足りていないのは、
共通の知識基盤
かもしれない・・・。
夏山の机上講習だとか、登山用品の取り扱い説明書を読むだとか、登山体系を知っているだとか、奥秩父の地理的な基礎知識だとか・・・読めば、分かるような基礎知識が足りていないように思う。
それは教える人の責任かというと、社会人においては違うかもしれないと思う。
例えばテントのポールは引いて抜いてはいけないし、端から折りたたんでもいけない。真ん中から折る。これは単純に取説を読めば分かる知識だ。
しかし、単独テント泊をしないでいると、テント泊の経験が何回増えても、いつも誰かに設営してもらい、いつも誰かにテントを畳んでもらうので、そういう知識がつかないし、自分のテントを買わなければ、取扱説明書を読まないかもしれない。
その結果、、何年も間違ったやり方のままで、そうと知らず過ごしてしまうかもしれない。
それはテントポールのような些細な事柄だけではなく、ビレイのような重大な技術に関しても、そうかもしれない。
かくいう私も、重いザックを背負う時に、一旦膝に乗せてから、背負うことを知らず、講師に「そんなことも知らないのか」と言われた経験がある。
ザックの背負い方を知らなくても、自分が不便なだけで死ぬことはないが、最近は、”バケツを掘る”と言っても、知らない人もいるそうだ。
(バケツを掘る=雪の斜面に平坦地を作ること)
バケツを掘る、を知らないと、雪の斜面で滑落するリスクが増える。
知識でいえば、最近、「藪山の三種の神器は?」と聞かれた。 正解は、コンパス、地図、高度計。ちなみにこれは、「雪山の三種の神器」と同じである。
登山の場合、入会希望の段階で、きちんと最初に問診して置けばいいのかもしれない、と思うのだけれど、そのようなことをしていると聞いたことはない。
伝統的に、先輩は後輩の山理解の程度を察して、指導することになっているようだ。だから、少し実力以上に評価されているような気がして、いつも少し怖い。
私がありがたかったのは、例えば、雪上での足の置き方の指導。トラバースでしっかり踏みつけるように足を置く。
良い指導は目からウロコが落ちたような気がするものだ。縦にキックステップするだけではなく、横にもキックステップすれば良かったのだ。
■ 教える場と頻度
山岳会の新人育成プログラム・・・というのが、あるのかないのか分からないが・・・私には、なんとなく、あるように見えるのだが・・・
私が思うには、指導者と指導される側は、毎回・毎回同行する必要はないかもしれないと思う。
指導を目的にした教育的山行は、数回に1回で後は、間は”経験を積む”、”習熟する”ために同じレベルでバラエティのある場所に通う。
スタート 春山合宿
岩ゲレンデ
フリーや沢
夏山合宿 縦走
フリーや沢
秋山合宿
地図読み
ゴール 冬山合宿
というような、年間計画を考えると、先輩が後輩へ伝承する機会は、年に4回。途中で、足りない技術や知識を入れるために、特別な指導の機会を得る。
たとえば、クラミングが苦手ならクラミング力だけを強化する機会が必要だ。ロープワークだけが必要なら、それだけをよく学べるような山行を計画する。
そうすると、主体的に学ぶと言うことからすると、やはり、
・指導者と行動を共にする山行=合宿形式・講習形式
・同レベルの仲間と行く山行 = 習熟、経験の蓄積
の2本が必要だと思う。
今の私に必要なのは、同レベルの同行者で、つまり自分と同程度に分かっている人であり、後輩ではない。
まだ私は後輩の指導に回るには、自分自身が技術や知識を定着させる段階にいると思う・・・が、実情はそうも言っていられないところもあるし、分かることを教えないのは、正義に反する。
というわけで、未熟でありながらも、教えなければならない状況に陥った場合、上記のようなことを気を付けながら、教えようと思っている。復習になって良いと思っている。終わり☆
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