1)地上100mの上に渡された、幅50cmの板
2)地上10mの上に渡された、幅50cmの板
どちらが怖いだろうか?もちろん、1)の地上100mにある幅50センチの板だ。
アルパインの”危険”は、板が幅50cmであることではなくて、地上100mにあることだ。
一般の登山は、高いところを歩くけれども、整備された登山道は、1メートル幅くらいのゆとりがあるから、高さを感じることは少ないはずだ。
幅50cmくらいの道を、地上100mで、歩いていて緊張しなかったら、その人の危険認識力は何か間違っている。
幅50cmくらいの道は、特別な能力開発をしなくても、人は狭いけれど歩ける。
しかし、100mの高さにあれば、墜ちたら死ぬこと確実。10mでは、大けがはしても死ぬことはないだろう。
だから、ロープが必要だ。
■ フリーの困難
2)地上10mの上に渡された、幅50cmの板
”一般の人が楽しむレベルのフリークライミング”の”困難”は、板が高いところにあることではなく、幅が5cmしかないことだ。
このレベルになれば、誰でも、多少の能力開発をしないとダメだろう。
■ プロのフリーの困難性は、けた違い
そして、
”プロのレベル”のフリークライマーの争点は
3)地上10mの上に渡された、幅5ミリの板
幅を狭くしていく。つまり困難度をどんどん上げていく。
今では信じられないようなレベルになっている。例えば センチの世界ではなく、ミリの世界というようなことだ。
■ プロのアルパインクライマーは、危険も困難性もともに桁違い
しかも、現代のアルパインクライマーは
4) 地上100mの上に渡された、幅5ミリの板を通れるか
というようなことになっている。
■ まとめ
まとめると このようなマトリクスになる。
危険だが困難でない 一般アルパイン B |
危険&困難 プロレベル アルパインクライミング プロレベルフリー D |
危険でない&困難でない 一般登山 A |
危険でない&困難 一般フリークライミング C |
困るのは、一般レベルの、フリークライミングやアルパインクライミングが、プロレベルの危険性や困難性と勘違いされていることだ。
それ以外にも、危険を招く誤解は多い。
昨日、夫をクライミングに連れて行ったら、夫はクライミングよりも、アプローチに使った、トラバース道が、右下は深く渓谷の方に切れていて、怖かったと言っていた。
それを聞いて、充分危険を認知できているな~と思った。
一般に、日本人は、危険の認知力が、集団の様子に依存しているかもしれない、と思う。
山の世界で最初に驚くことの一つは、高度があり、落ちたら死ぬほどの危険な所を、それを補うためのロープやヘルメットを付けずに登降している人(主に中高年)が、ものすごく多いことだ。
たぶん、それは、”みんなが行っているから”に後押しされているような気がする。自分の判断ではなく、周囲の様子によって判断されているのではないだろうか?
一般登山からスタートした場合、ステップアップ先として、目指すところは、BやCであって、Dではない。
高さと言う危険は、ロープを出すことで、マスクされなくてはならない。
だから、最初に、危険に対して、自らを守れるように、防御できるように、ロープを出す、出し方を覚えなくてはならない。
ロープの出し方を学んでいないのに、危険な所へ行きたがる人が多すぎる気がする。
一方で、困難なだけでロープによって墜落の危険をマスクされている、フリークライミングについては、危険だという思い込みが大きく、大きな誤解のもとになっている。
フリーよりも、沢登りの方が危険であるにもかかわらず、山の世界の中でもその逆に誤解している人は多い。
ロープが出る山で、もっとも大きな危険は、人為ミスだ。人為ミスをマスクする、もっともベターな方法は、自分でロープワークをすることだ。
人にさせる、ということがもっとも危険だ。その人がどんなに優れていても、間違えないと言えるだろうか?
というわけで、山の世界でも、二つは大きく誤解されている。
・誤解その1 ロープが出る山は危険だから、できるだけロープを出さない
・誤解その2 フリークライミングは危険
困難度が上がれば、墜落の危険は増える。 しかし、落ちても2m滑り落ちるだけのところでは、ロープは出さない。
その例がボルダリングだ。ボルダリングは困難だが、ロープは出さず、みんなジャンプオフ(つまり墜落)して、上り下りを繰り返している。
こんな簡単な理屈も、分かるのに、5年10年かかる、というのが山の世界の不思議な所だ。