Wednesday, October 1, 2014

自然の回復力に感嘆すべし!和名倉山の研究

今日はちょっと積み残し課題を解消しに図書館に出向いていました。

■ 自然の再生力を知る和名倉山

私は、和名倉山へ行ってみたいと思っていたのですが、私が読んだ、古い本に書いてある、”秘峰としての和名倉山”と、2014年の私が見た和名倉山は、まったく違う山のようです。

以前、山田哲也さんの『奥秩父…』を読んだとき、和名倉山は、印象に残っていませんでした・・・でも、行ってみたら、

  • 眼下に人工物は見えないし、
  • 大草原の笹原は開放感いっぱいだし、

もっと評価されて良い場所だと感じました。

それで読み返してみたのですが、過去に林業で大規模な皆伐があったりして、”人の手が入らない”ということの正反対、人によって蹂躙され尽くした山だったようです。

たしかに和名倉山では、かつて大規模な林業が行われていたのであろうと思わせる森林軌道の痕跡が一杯で、ワイヤーに足を引っ掛けそうです。

美山は、人に愛され、そして人に蹂躙され、山火事の憂き目にあい、そしてシカの食害を受け、植生が荒れ、そして今再生したところみたいです。

ということは、今お買い得な山です(笑)

≪和名倉山の歴史≫

戦前 米ツガなどの原生林
 ↓
1950~60年代 山火事で消失
 ↓
1970年代 大規模な荒廃 登山者の足が遠のき、ルートも消える
 ↓
1990年代半ば シカの食害で荒れる。スズタケさえも一旦消失の憂き目にあった
 ↓
現代 森林の再生が進み、登山者の足も戻る

私たちが登った三の瀬からの道は、踏み跡がかなりしっかりしていましたが、それも薄かった時代があったようです。二瀬やヒルメシ尾根は、迷路だったそうです。仙波尾根は、昔は藪が凄そうですが、最近の記録では、シカのおかげか、ヤブも薄くなり歩きやすくなっているような(笑)?

しかし、自然の再生力はすごい。

さすがに200年物の米栂が再生するのには、時間がかかるでしょうが、大規模な皆伐や山火事による、森林の消失から、50~60年で、原始の姿とは全く異なるとはいえ、自然らしい姿が戻ってきています。

やっぱり、自然が必要なのは人間の側であって、自然の側には人間なんて必要ないのです。

山田さんの本には、行った時には分からなかった地名が二つありました。

  • 千代蔵の休ン場
  • カバアの頭 (p92,93)

たぶん、千代蔵の休ン場
 右手のピークがカバアの頭。
 八百平
八百平に落ちていた林業後


















≪参考サイト≫

シャクナゲ荘のおかみさんの話

≪和名倉山関連の他の記事≫
人工物が見えない秘境の和名倉山
面白い山の見つけ方
登山当日の記録

■ カバアの頭と惣小屋谷沢

仙波尾根というのは、カバアの頭という顕著なピークを通ります。 なぜか2万五千の地図には、地名がありません。(エアリアには、カバアノ頭と全部カタカナであるようです)

でこの付近の沢で、惣小屋谷というのがあるのですが・・・私はカバアの頭を歩こうかな~と思ったので、ちょっと調べてみました。沢を上がって尾根で降りるか、尾根を上がって沢を下るか、往路とことなるほうが楽しいからです。まぁ普通は沢遡行ですが、下れる沢もあります。

で地図を見ていたら、面白いことを発見しました。 実は小屋跡があるみたいですよね。あと、古い地図には少し先に烏帽子岩という岩場があります。 もしかして烏帽子岩秘境(笑)?

地図は上空からの航空写真で作っているので、禿山の時と樹木が生い茂っている時では、岩場の情報がちがうのかもしれません。

林道がだいぶ入っている



惣小屋がある 仙波尾根ルートもある

惣小屋がある 仙波尾根ルートは明確


烏帽子岩ってのがある ルートはない

大正2年って・・・1913年・・・100年前(汗)
一番古い地図は、100年も前のでした(汗)


■ 沢?

登山大系に書いてある、美しい沢は、山田さんが登っていた時代に、土砂に埋もれ、滑はもう滑でなく、ボサがひどかったみたいです。

登山大系にあるたくさんの沢は、様子がすっかり違っているかもしれないし、自然が回復してまた良さが戻っているかもしれない、ということですね。

日本登山大系にある良き沢は3つですが、私が登れそうなのは大血川ですが、名前が怖いですね(><)


また山田哲哉さんは二つの沢を利用して山頂に行っています。


リンクは、検索で引っかかった遡行記録です。参考用。

■ 自然を回復させよう

地球環境は、過去200年の間に悪化し、とくにここ最近50年の環境劣化が著しいと言われています。

記録をざくっと見る限り、一番悪かったのは、1970~90年代のイケイケどんどんの経済成長の時代で、今の時代は、その揺り戻しですね。人、という面でも見ても、私の親の世代は、自分勝手な面がときどき目立ちます。私くらいの年齢以下の人は、環境への意識が高い。

やはり自然を痛めつけてきた時代、そしてその時代を当然と受け止めた世代、というのはあるな、と思います。

世界規模の温暖化などは、結果の結果なんですよね。身近な自然にはとっくの昔に荒廃は現れていたんでしょう。

そして、自然さんは、「人間さん、もうほっといて~」と言っていると思います。

林業の荒廃が問題視されますが、木を切らないならば、原生林が戻るだけだと思います。

鹿の食害が叫ばれますが、シカが一番多かったころは、今はふさふさしているスズタケでさえも、生えていなかったみたいです。

こんなこと、ほんの数時間図書館に滞在して、ネット検索すれば分かります。

ので、あんまり自然のことを心配せずに、人間は、自分のケツをちゃんと拭く、ってことを心配した方がいいのかもしれません。たとえば、原発の廃棄物どうしようか?とかですね・・・


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