Sunday, May 3, 2015

真砂尾根

■ 2度目の春山合宿

2度目の春山合宿へ行ってきました。今年は素晴らしい快晴が続いた山行だった。

私にとっては、初めての立山、ということがあり、偵察山行でもあった。行くところリストに入っている場所を眺めることができたからだ。

改札に並ぶ
計画は真砂岳。今回は真砂岳は、反対側の斜面になるが、2013年11月の真砂岳の雪崩れ遭難で印象に残っていた山だった。

立山は観光地化された山であることから、混雑を恐れて行ったことがない山だったので、初めての立山がそれほど大混雑でなかったのがよかった点だ。行列3~4時間と聞かされており、ビビッていた。

 初日に3人の登山者にあった以外は、二日目の真砂尾根では人に会わなかった。混雑も少し時期をずらしたため、予想した以上に苦しまされることはなかった。並ぶのは始発前だったので当然の範囲。帰りも連絡がスムーズですし詰めにはならずに帰れた。

やはり、大事なことは

・人のいないルートを選ぶ
・混雑の時期をずらす

の2点だ。ここは思いもつかなかった場所だったので、先輩はさすがだな、と思った。

■ 雪が少ない!

ただ雪が少なく、雪稜のはずが、無雪期の山(汗)

黒部ダム湖駅から黒部川に降りる
どういうケースでロープを出すか?の勉強になった。

私は高難度のアルパインをやりたいわけではなく、縦走路程度の場所を安全に率いることができればよいと思って、講習を受けたりしていたわけだが、実は縦走路のほうがトラバースが主体になり、ロープ使いや確保としては難しい。足元のフィックスロープで落ちると、墜落係数2になる。

通常、”念のためのロープ”が必要、と書いてあるルートの場合は、大抵はロープを出さないで済むものだ。

だが、今回は5ピッチくらいは出しただろうか?

私はセカンドかサードで、タイブロックで登った。
フリクションノットの代わりだ。ロープが痛むと言って嫌う人もいるタイプロックだが、ノットの技術不要で、簡易的なユマールになる。実は私もギアは持っていたのだが、装備の指定になかったので持って行かなかった。

予想以上にロープワークにかかったため、二日目の行程が予定より、だいぶ後ろ倒しになってしまった。


黒部川は右岸を行く

そのため、3日目の行程を省略して帰ってきた。

混雑や疲労度、尾根の状態などの総合的な状況と、夕方17時には帰宅していた、という結果からすると、正解だったようだ。

選べるときに無理(頑張る)を選ばず、ゆとりを残して帰るのが大事。

今年は雪が少なくて、尾根の上部でも”雪稜をサクサク”と、というより、”岩尾根を用心しながら歩く”になった。

午後の遅い時間の雪は腐っていて、滑りやすい。

結局、予定していた雄山東尾根を使わず、雄山から山崎カールを下って室堂に降りた。

そのため、ちょっと余分に交通費がかかったが、総合的にゆとりを残していたいので、良かったと思う。

贅沢なのは、3日目で、朝一番のもっとも良い時間帯に真砂岳から雄山までの縦走路にいることができた。




≪予定≫

1日目 黒部ダム湖→内蔵助平→ハシゴ谷乗越  → 予定通り
2日目 真砂尾根                     → 予定より遅れ、内蔵助小屋前で幕営
3日目 雄山東尾根                    → 山崎カール

内蔵助谷へ

ただし、二日目の幕営予定地は、決めずに行っていたので、予定が狂ったとはいえない。

遅くなった場合は、室堂に降りれることが分かっているルートだった。

ただ計画書にその旨が書いてなかったのはなぜだろう?私は一般道で降りる気だったので、山崎カールについてはしらなかった。

エスケープについては、地図を見れば分かると言う、高度な能力がある人はなかなかいない時代なので、書いた方が良いと思う。

二日目、真砂尾根は、私の中では、午前中一杯で通過できるかなという尾根で、大汝避難所あたりで幕営かなと予想していた。

が、ロープを出したことで予想以上に時間がかかり、内蔵助小屋に出たら、14:20だった。少し早いが幕営決定。

参考にした記録によると、
ハシゴ谷乗越 04:10 → 真砂子尾根 → 15:30 真砂岳 15:35
となっていて、6月とスピードはそう変わらないようだ。


幕営地から見た剣岳

真砂尾根 雪割れがあり、確保中


こういうのをどう通るか?
ここは岩に逃げた 基本は稜線







真砂尾根終了点から登ってきた尾根を見る

山崎カールを下る

■小屋でビール!

小屋の人が小屋明けの偵察に来ていたので、声掛けしたら、ビールを持っていると言う。

それでみなで小屋に押しかけ、小屋でビールなどをいただいてしまった。ちょっとした宴会になり、楽しい出会いだった。

小屋の前で幕営したが、小屋前には雪がなく、夏山。小屋にはお手洗いまで借りてしまった。

その上地面に雪がないおかげで、前日の雪上泊より暖かく、軽量化した薄いシュラフでも快適だった。


■ 残雪期のタクティックス、どういう風に雪を登るか?

立山を混雑を回避して歩くためにはどうしたらよいか?と発想すると、バリエーションルートしかない。

(通常は、一般道で山自体のリスク・・・雪崩れの山なのか、凍傷の山なのか、過去の遭難歴など・・・について、および、その山域の概要・・一般道、ピークの位置関係、安全地帯などなど・・・を知ってから、バリエーションへ、と言うことになる。)

立山のような高い山でバリエーションとなると、夏山は大混雑の岩稜、雪稜は、厳冬期は一般的に非常に厳しく、やはり、ねらい目は気候的なリスクが低い、残雪期。

内蔵助平
それでも、例年GWは、急に冬に後戻りしたりして、厳冬期並みの冬山化することもあり、残雪期とはいえ、一応気が抜けない。

残雪期の一般的注意事項は、雪の状態をよく見て登ることだ。

雪がクラストして固い早朝にアイゼンを効かせて登り、雪が緩んできたころには、滑落死の危険がある地帯を抜けて、下山している途中であるくらいが良い。

その辺の組み合わせがルート上の配慮に必要だ。去年はこの同じタクティックスで、西穂高沢を使って西穂に登り、その後は鎌尾根に登って、となりの沢で降りてきた。登りは尾根、下りは沢地形。

下り始めは尾根通しから、傾斜の緩やかな所を利用して、沢の方に降りる。登りは沢地形の落石の危険がないところを選んで、尾根に乗り上げ、尾根通しに行く。

こういう作戦の立て方は、先輩はいちいち言葉にしないので、きちんと行動を見て、どうするのが危険回避なのか?をよく自分で咀嚼することが大事だ。そうでないと同じところに行っても、時間帯が違うだけで、遭難危険グループに属してしまうことになるかもしれない。

■ 雪が少ない事前情報

ただ今年は雪が少ないと言う情報を得ていた。その情報も錯綜し、白馬主稜などは大丈夫という声も聞かれたが、2500から上は雪がないという立山に行っているプロガイドの情報も得ていた。

シマシマは雨の証
実際は、本当に、めったにないほど雪が少なかった。

今年は一週間以上も気温の高い日が続いていた。

立山の雪崩情報サイトを見ても、ずっとプラスの気温で、日中氷点下になっていることがなかった。それで雪はどんどん溶けていたようだ。

内蔵助小屋の人によると、除雪しないで小屋に入れたのは初めて、だそうだったので、本当に稀に見る、寡雪だったのだろう。

八ヶ岳などの近所の山で雪が少ないのは分かっていたので、リーダーは、豪雪地帯の立山まで行けば雪があるだろう、と意識して選んだようだった。

しかし、その予想を上回る雪の少なさだった、ということだ。本当にびっくりだ。


この右の写真は、立山で雨が降っていたことを示すもの。




■ ルートの特長

真砂尾根は雪稜であれば、ルート的にはほとんど困難がないルートだが、目の前に剣岳をまじかに見ながら、登ることができる。幕営場所は剣の展望台だった。剣岳への登頂の前座としては、夢をかきたてるルート。

最近思うのだが、

  あるルートを登るには、そのルートをまずは別の山から眺めている経験が大事

なのではないだろうか?

内蔵助平までのルート
登山大系などの本はカラー写真がないので、読んでもイメージが湧かない。そのせいか最近の人は興味をもたない傾向があるのかもしれない。

私の場合は、八ヶ岳は権現を歩いて、川俣尾根に興味を持ったことで、バイブルと言われる『八ヶ岳研究』を夢中で読むことができた。やはり行きたいという思いが先でないとダメなのでは?

私は、立山には、後立を縦走して興味を持ったし、黒部も同じで、上から十字峡を眺めてから、へぇ~と思った。それで関連の本を読んだりして、行きたいという思いが生まれる。

ただパンフレットに並べられたルートを、レストランでメニューを選ぶようにピックアップして登る、というモチベーションの持ち方では、ルートの困難さだけがルート選択の基準になってしまう。

山は、そのようなやり方で登るべきではないのかもしれない、と思う。やはり、行ってみたい!という気持ちが大事なのではないだろうか?

そういう気持ちがない人は、「どこでもいいから連れて行って」と言う。山が好きなのではなく、単純に退屈していて、山でなくても、映画館でもいい、となるのではないか?

山が好きなのかどうか?というのは、非常に重要だが、意外にみなそうでないで山に登っている人が多いことに気が付く。

”どこでもいい”という言葉には、意思の薄弱さが見え隠れしていて、その程度の気持ちでは、どこかに連れて行きたくても、責任が重すぎて、連れて行けない。

ハシゴ段乗越まで
いかに観光地化された山であろうとも、山には死の危険があり、いざピンチということになった時に、そのような気持ちでは、馬力の出るはずがないからだ。

ビレイ中に手を離して、写真を撮っている、いまだにお客さんの気持ちが強い後輩を見ていて、そう思った。しかも悪気がない。さらに指摘をしても、聞く耳を持たない。自覚がないのだ。だから、シビアな所には連れてはいけない。それで落とされて死んでも死んだほうが悪いのだ。判断力がない、ということは、無罪放免ということだからだ。だからそのような人とは山行を共にしないか、行ける場所を限定して行くようにしないといけない。

計画を最初に見たときに気が付いたのは、行程が控えめなことだった。

あまり長大な計画ではなかったので、気軽な気がした。小屋も営業はしていないが、二か所も近くにあり、隠れているとは言え、夏道ルートで、全くの藪や全くの未踏ルートではないため、ルート取りの参考になることが何もないわけではない。

その上、装備も絞って少なくしてあり、装備表通りに持って行くと、軽かった。皆、普段持ってくる、お酒やおつまみさえも軽量化したようだ。今回は、全員が装備は軽めだったと思う。(余分なものを持ってきていなければ) 装備については別途まとめようと思う。

つまり、そういうくらいに弱気な計画がちょうど良いということだ。

今回はルートで難しいのは初日だとおもったので、電池節約で初日分のGPSと翌日は要所要所の座標、あとは最終日の山崎カールの下りをGPS軌跡を取った。

カールなど急な雪の斜面を下るときは、ピッケルがあれば安心だが、落ちたとき、他の人を巻き込まないような位置関係で歩くことにしている。先頭を行く人は時々後ろを振り返って、自分の上に誰も降ってこないことを確認すべきだ。

■ 遭難

最後になったが、帰宅したら、なんとリーダー講習会の同期が涸沢岳で遭難して亡くなっていた。驚いた。私が知っている人が亡くなったのは、これで三人目になる。

山は危険だと思う。亡くなった人のニュースが入ると、無条件にすべての山が危険だと思う。

しかし、危険が何か?を理解しないでいることが最も危険だと思う。

良く山を知っていることが一番大事なことだ、と肝に銘じたいと思った。

≪関連サイト≫

御坂山岳会のサイト

なんでクライミングは5からなのか?

必携!日本の岩場

山へメッセージを受け取りに行く

チャレンジ!ペミカン

追悼登山

剣岳 情報 試練と憧れ