Wednesday, May 20, 2015

岩講習のカリキュラムを見て

■岩講習

ついでなので、岩講習のお知らせも、チェックして置く。

■ 要約

まとめると・・・

基礎

トップロープ

確保理論、確保、懸垂

事故・遭難事例

スラブ・フェース

マルチピッチ

救急法

マルチピッチ

となっている。良いように思えるのはやっぱり机上。同じ知識を共有していると思うだけで安心が増える。

しかし、トップロープが最初に来るのを見て、なるほどね~と思った。もちろん、このやり方が唯一のやり方という訳ではないだろうが・・・。

どうりで懸垂下降や確保がいい加減な人が出てくるわけだ。リードも出てこない。

山岳会で教えると、弱点は、座学がないところだ。だから、会でクライミングに行っていても、シングルロープとダブルロープの違いとか、ロープを振り分けでまとめるとか、分かっていない人もいる。

万年トップロープになってしまって、岩というとトップロープのことだ、と思い込んでしまう。

・・・のは、確保理論を教える機会がないので、墜落係数2が危ないなどの基礎的知識がないので、危なくてリードさせられないためだ。

事故・遭難事例も山岳会では系統だって学ばないので、『生と死の分岐点』を各自読むくらいは最低限してほしいものだが、貸しても読んでいなかったしなぁ・・・(ため息)。ページがくっついたまま帰ってきた・・・(汗)

・・・となると、ロープがこすれると焼き切れてしまう場合があるとか、そういう細かな注意点がおろそかになる。

そうした注意点をいい加減にしないためには、読書などで、他者の経験に学ぶことをしないつもりだと、痛い目に合う必要があり、そうなると、痛い目に初めて会った時が一巻の終わり!となる可能性が出てくる。

誰もが知っている注意点を学ぶのに、何年も時間がかかるだろう。

私が不思議なのは、そういうことを教わっていないと言う人だ。自分の命を守ることは教わることではなく、自分で勝手に学ぶもの・・・。

■ こうしたほうが・・・

僭越ながら、初心者ですが、こういう風にワタシなら教えてもらいたいです。

基礎 ロープの束ね方、ギア、ラッキング

人工壁クライミング 
  ・ビレイの習得、
  ・5.5でもいいからリード
  ・クリッピングの習得
  ・中間支点についての理解
  ・回収
  ・終了点についての理解
  ・アンカーについての理解
  ・懸垂下降のセット バックアップ
  ・宙吊り脱出
  ・リードフォローの習得(役割交代で)

これをクライミンググレードが5.9以上になるまで繰り返す


マルチピッチ三つ峠  
  ・ダブルロープ購入
  ・天狗岩で 懸垂下降&易しいつるべ
  ・屏風岩で 易しいつるべ


ボルジムでクライミング力アップ

フリーの外岩でクライミング力アップ

三つ峠に戻る  (無限ループを繰り返す)

懸垂下降のセットとか、ビレイの習得は、支点があやふやなところではできないし、外の岩で落ちてください、と言う訳にもいかないので、墜落停止の練習は人工壁が良いと思います。

いい加減なビレイの人のビレイで外岩に行くなんてとんでもないです・・・落とされちゃう。

みなトップロープだけをやりすぎで、最初からリードフォローを前提にしないから、ダメ登山者を作ってしまうのかも?

・・・とこの講習カリキュラムを見て思いました。 三つ峠に行くとたくさん講習会が開かれていますが、みーんなトップロープですもんね。しかも人のロープ。自分のロープを買わないとロープの扱いには上達できません。

■ 沢との比較?

私は言うまでもないが沢はあまり知らない。もしかしたら、沢をよく知っている人にとっては、私が岩講習に不服を感じるように、沢講習にも不服を感じるのだろうか?

わたしを勉強に駆り立てたのは危機感だった。

クライミングシステム自体が分かっていない段階で、どうみても素人っぽい人に肩がらみ確保で、登らされて、次に何をしたらいいのか分からず(中間支点とは何かも知らない)、自分の安全を自分自身で管理できないことにいらだちを感じた。下の確保は私の命の安全を担保しているようには見えなかった。生命の危険に陥れられているように感じたのだ。

私の生命がピンチに陥れられる理由の大部分が、男性らの”かっこつけたい”という欲求と”勉強しないと言う怠慢”のようだった・・・。

彼らはどう見ても登ることにしか興味がなさそうで、ビレイは超いいかげん。しかも、登るほうもセカンドで登ることを好みそうだった。リスクは相手持ち、結果は自分持ち。

その程度の低級な欲望のために、死ななければいけない羽目に陥ったら、目も当てられない!と正直思った。

だから・・・というので、必死で勉強した。自分が命の危険、ピンチにさらされていると思わないと、人は頑張らないのかもしれない。

まぁ山で感じる充実感の大部分は、自分の命が危険にさらされ、その危険をなんとか潜り抜けて生還したという部分にあるのだから、あながち、それは登山とかけはなれているのではないが、死ぬ必要もないところで死ななければいけない羽目に陥れられそうにならないよう、よくよく相手を監視していないと、文字通り犬死になってしまうだろう。

そういう羽目だけは避けたいものだ。

登山では分かってみると、行為にそれぞれ意味がある

 自分のダブルロープを持っていない=つるべが前提ではない

 ロープを買わない=安全管理は他の人にお任せしたい

 ビレイいい加減 = 人の命はどうでもいい

登山者の本音は言葉ではなく、行為にしっかり現れるものだ。







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