「怖がりなんです」と、遭難が怖くて、水を二人で合計9リットルも持ってきていた。飯豊を縦走した時に、好天連続の予報だったのに外れて、雨となり、その時大急ぎで下山したのだが、他のパーティで遭難してしまった人がいたのだそうだ。
遭難が怖いと言って、一人頭4.5リットルの水って(汗)。それも、小屋泊の縦走で、だ。それって、いったいどうなのだろう?というか、考え方が完全に間違っている。
遭難は怖い。でも、遭難してしまってから飲む、生き延びるための水を9リットル担いで登るっていうのは、まったく論理的でない。まずは、遭難しないためにはどうしたらいいか?を考えるべきだろう。
登山者の中には、論理的でない人は結構多い。それが不思議だ。
登山者の遭難対策、基本は、
- 2万5千分の1の地図
- コンパス
- 高度計
・携帯電話
・GPS
も、最近は入る。遭難した時、なんとかして、外の世界と連絡をつけなくてはいけない。
遭難原因のNo1は、道迷い遭難だ。
気象遭難も悪天候に煽られて、濃霧や雨で道を見失ったことで、道迷いが発生する、ということが、よくあるシナリオとなることが多い。転滑落も躓いて転んで即ヘリ、というようなもの以外は、道迷いでさまよっている間に滑落死というシナリオが多い。
登山歴が長くても、たとえ山岳会に所属していても、ついて歩くだけの、”いわゆる”金魚の糞登山の人は、「今、現在地がどこか?」を理解しようとさえしない。ひどい人は地図さえ携帯していない。地図は一人一枚必要だ。
また現在地を理解していないことが、登山者としては恥ずかしいことである、という感性が、そもそもない人も多い。人の後を歩くことが登山だという、何かの信仰のような思い込みも根強い。
それが不思議だが、本当だ。 私はそういう人を好きになれない。どんなにすごい山をした、という話を聞いても、尊敬をする気持ちには一切なれない。単なる一か八かの博打に勝った話に過ぎないからだ。むしろ、そんな話をされても、白けてしまうし、山の価値が下がったと感じてしまう。
水9リットルのご夫婦は、自分から水9リットルを話してくれた。
ということは、この水9リットルが変だ、という自覚は無い、ということになる。うーん・・・。本当は体力自慢をしたかったのだろうか?それなのに、「GPSを持った方がいいですよ~」などと、こちらが違う対応をしたので、ガッカリさせたかもしれない。なぜ水の話を持ち出したのかは謎だが、30年前に買ったザックだった。100名山登山中のご夫婦だった。
私はこうした人をまったく尊敬する気にはなれないが、事実は事実として、そこにある、と思う。
つまり、何十年山に登っていても、初歩の登山技術ゼロ、という現実だ。
山の基本は、
・不必要なものは持たない
・安全にかかわるものは削らない
だ。 水を持ったことで重くなり、歩くのが遅くなって日没、なんてことになってしまったら、本末転倒だ。
この人たちは、たぶん、GPSを持っていないだけで、地図もコンパスも持っていたと思うが、水9リットルを吹聴していることから、山の基本をあんまり的確には理解していなさそうなのが分かる。
山は自己責任。自分の安全対策のため、そういう人とは、山を歩かないようにしている。
≪参考サイト≫
登山の安全対策
長野県警の遭難統計
≪遭難回避の3原則≫
- 自分たちの力を小さく見積もる (10の力で8の山に登る)
- 危険を予想する
- 金で買える安全は買う
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