Saturday, September 27, 2014

集団登校が嫌いだったこと

■ 集団登校が嫌いだったこと

小学校1年生で初めて小学校に登校するってとき…我が家の上の階、5Fに住む大家族の4人兄弟の、6年生のお姉さんが私の同い年の妹のカナちゃんと一緒に学校に連れて行ってくれました。集団登校。

でも…連れて行かれる本人のわたしったら、仏頂面… というのは、入学式でも行ったから、道くらい知ってる、って思っていたのです。

当時の実績… 3つのとき一人で近所のパン屋さんまで行き、警察に保護されました(笑)
          5つのとき、半年しか通っていない幼稚園から勝手に一人で帰ってきていました。

それ以降、私はカナちゃんと一緒に登校する羽目になるのですが… 一緒に行くのが嫌で、わざと寝坊したことにして、「先に行っておいて~」。 で、ホントにちょっと遅刻しそうに!

学校への近道に、今では、もうちょっと見ないような巨大な材木置き場がありました。ネットを乗り越えて、そこを通ると近道で、線路も踏切を渡らずにすみ、学校に直行できる。その入り口に、大きくて、とてもきれいな・・・何の木だったでしょう…ミズナラかな…木があり、その木を眺めるのも、とても好きでした。そこからいつも材木置き場通学(笑)。

材木置き場…子供がちょこまかすると危ない。それで、後々、そこは通行禁止になったのですが…結構、無視して通っていたような…私は悪い子です。いや、すみません。

最初のころは、材木置き場通過は遅刻を避ける手として、デフォルトでした。3年生になって弟を連れていかなければならなくなるまでは…。

実は、材木置き場を通らないとすれば、長屋が並ぶ通りを通って、たくさんの交通量がある車道を恐る恐る通らなくてはならず、私はその長屋を見るのがいやでその道はキライなのでした。洗濯物がだらしなく並んでいて、みっともないんです…あまり見た目にきれいな眺めでは、ありませんでした。

それに熊本は雨が多いのに、小さな子供には配慮がなく、車がしぶきをあげて通り過ぎて、びしょ濡れにされることは、一度や二度ではなく…ホント子供って受難続きですよね。

思えば、子供のころは毎日が大変でした。野犬に追いかけられたり、ドブに落ちたり。車にずぶぬれにされるくらいは、命の危険がないので、マシなほうですね。毎日がサバイバルですよ。とはいえ、下校では毎日同じ道を通るということはないのでした…(笑)退屈なんだもん。

■ ちょっと冒険もしました

心に残っているのは、製材所のおじさん。

材木置き場を通れなくなり、仕方なく車道を行くのですが、しばらくすると小さな製材所が出てきます。

朝早くから、働くおじさんたちが見れる。その製材所は掘立小屋でした。中は暗くて、大きな機械類が一杯置いてあり、そして超うるさい!! 木を機械で挽く音は、木の悲鳴のようでした。 なのでダッシュで、通り抜けるんですが…、目の前に踏切があって、引っかかると、騒音に耐えねばならない。

製材所には、ひときわ小柄なおじさんがいて、めっちゃよく動いているんです。ほかの人より、うんと働き者風…でも、おじさんが着ている、長袖シャツの右袖は、いつもからっぽで、ブラブラしているのです。

なんだろう、あれ?

たぶん、私は子供だったので、おじさんを遠慮なく、ジロジロ見ていたんだと思います。

おじさんの腕がどうなっているのか理解したいと思い、その製材所を通る不快な車道ルートは、とりあえず、定番として許容されたのでした…(笑)。 今思えば、きっと仕事中に腕を切り落としてしまった気の毒な方なのですが、子供のころだったので、よくわかっていなかったんです。 

ずっと後になってですが、製材所の脇にあるお地蔵さんのそばに、グミの木があって、その実が食べれると、そのおじさんが教えてくれました。そのせいで、お地蔵さんの家に登ってしまうのですが…良かったんだろうか…(笑)

もう一つの思い出は、その製材所の前にある長屋のあばら家。そのあばら家は登校の時はガーブの外側にあるので、あんまり目につかないのですが、下校時にそこを通ると、かなり目につく位置にありました。

最初は人が住んでいる風だったのですが、見る間にどんどん廃れて行って…5年生のころ、なんだか、幽霊でも出そうな雰囲気になりました。

で、あるとき、何を思ったか、その家に入ることにしたんですよね。幽霊がいるかどうか?みたいな感じで。

ブロック塀に登り、二階の窓を開けたらあいちゃった。 そいで、入ってみたら…食卓にご飯があった(汗)。風化してたけど。布団まで敷いてあり…まるで、ベスビアス火山が噴火した後のポンペイ?な感じでした。

おそるおそる一階まで降りてみる… タンスの中も開けてみる…すると、子供の死亡通知が出てきました。押入れにはちゃんと布団もあった。けど、ものすごーく、幽霊が出そうな感じで、すぐに逃げ帰ったのでした。あれって、今思えば、夜逃げあと? 

■ 実はビビりです

そのあばら家は、実は通学とは関係ない道の分岐点にあったのですが…この気味のわるい家があるせいで、そこを通らなくて済むように、長らくその道を避けていました。行ったことのない道はないくらい他の周辺の道は知っているくせに…。中学校になって、通学路として、その道を使うようになるまで、私の中では、鬼門って位置づけでした、この探検のせいで(笑) 

思い返すと、通学で、誰かと一緒に歩いて楽しかったっていうのがない… そのあばら家探検は、たしか、だれかもう一人いたような気がするんですが、記憶も定かではない・・・たぶん、たまたまその辺にいた下校途中のだれか男の子だったと思います。

■ 集団が嫌いで、先がどうなっているか知りたがりで、ビビりなんです・・・

今思うと、年に一回か二回ある集団下校…最悪だといつも思っていました。大体、先頭を歩かされるんですが、何がいやって、旗持ってるとこ。 

基本、徒党を組んで、歩くこと自体が嫌いなのかも…

甲府の我が家の裏側には、車は通れない、細い小道があって、よく高校生が自転車で通ります。

きれいに、横一列にならんで通る人たちが多い。私って、あれ学生のころやったかな?って振り返ると、決してやっていない・・・(汗)。

高校のころは、例にもれず、自転車通学でしたが…たまたま登下校の時間が一緒になって、バッタリ会ってしまった中学時代のクラスメートと途中区間、競争するように走ることはありました。

でも、ドアツードアで一緒に登校なんて一切思考の範疇外でした。「最近○○で、米ちゃんによく会うなぁ」程度。

しばらくの間、毎日一緒に走っているので、米ちゃん側(男子)は、向こうの学校で「どうも○高に彼女がいるらしい」という憶測?うわさが立ったらしく、そのせいで米ちゃんは、わざわざもっと美人の中学時代のクラスメートと並走できるルートに、リルートしてしまったような・・・(笑)?

ちょっと話がそれましたが、集団登校嫌いで、探検することもあるけど怖がりです、って話でした(笑)。

こういう人は、大人になっても、街歩きとか、山歩きで、冒険心を満たさないといけないのかもしれません。

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