昨日は、2泊3日で、山の大先輩と餓鬼岳へ。これは、会の夏山合宿として企画されたものが流れ、翌月に流れ込んだものだった。今年は夏の間ずっと前線が列島に居座り、そのせいもあって、夏山合宿は不発に終わり、山好き皆が欲求不満を抱えている。
この餓鬼岳への山行は、会の最高齢者70歳のI川さんの企画だ。私はお世話になっている先輩なので、サポートしたいと思って同行したのだが、結局ほとんどサポートにならず、残念だった。
しかし、なぜだろう?会の月例山行や合宿へのリスペクトは大変低い。
それは月例山行を企画する人に失礼なほど低い。というのは、月例山行の企画を依頼した人でさえ、その山行の日に、自分で別の企画をしてしまう…。山行部長で、さんざん悲しい目にあったあとだからなのだろうか…。
それはともかく、私はまず、月例山行への参加意欲が低いことに軽いカルチャーショックを受けてしまった。
■ 配慮のある計画
計画は、前夜泊1泊2日で、運転の負担も考慮してあり、午後発初日は寝るだけ、翌日登り6時間半、最終日は下山6時間のみ。と、よく練られた計画だった。
私も初めていく山域の時は、こういう保守的な組み方をするタイプなので、これはラクラク山行だ、と思っていたら、それは単純すぎ、山を甘く見すぎていた。
というのは、餓鬼岳への白沢登山道は、意外にストレニュアス(神経を使う)道だった。
■ ヨレヨレの梯子
なにしろ、掛けてある梯子が、あまり丈夫そうでない板を使っていたり、その板も腐りかけの木だったり、一段欠けていたり、片方の留め具がなかったり、留め具が番線だったり、梯子そのものがドアのように動いたり、とかなり、いい加減な作りだったからだ。
岩に例えると、フリーの岩場だと思って出かけたら、アルパインの岩場だった、みたいな感じ。
梯子を使う時も、真ん中に足を置かず、強度がより強そうな留め具側を使い、梯子があっても、地面があるときは地面の側を使い、さらにストックでサポート。
梯子には定員2名とあった。が、定員は念のため1名にしておいた。そんな感じの梯子だった。
甲斐駒の黒戸尾根も梯子だらけの急登で、梯子と急登という意味では、この餓鬼岳白沢登山道と似ている。
が、あちらの梯子は、これ以上ないほどしっかりした作りで、渡してあるロープには規則正しく結び目が作ってあり、いい加減な所がみじんもない。
なので、あの梯子を怖い、という人は単純に高度感が怖いだけで済む。
しかし、餓鬼岳のは…。梯子のプロとアマくらいの差があった。
■ 箱庭的風景
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そして、白沢はこれは!というような白い沢。6つある最終水場まで、登山道がほぼ並走しており、白い花崗岩に青い水がとても美しい。
ああ~沢歩きがしたいな!と思わせる、美しく明るい沢だった。この沢なら、登山道で帰ることができるので、初級者にも安心だ。滝も大きなものが二つ。
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大凪山山頂はそっけない。ピークであることはほとんど分からない。なにしろ、山頂の道標より、その先の方が勾配があったりする。
そして、ガレ場を突っ切ったりで、落石の危険がありありと見えるような場所も一部ある。が、尾根の方は大まかに言って体力の道だ。先ほどまで梯子の連続ではベテランがその強さを見せつけていたが、この尾根では一転して、若い衆の方が有利になった。
■餓鬼岳小屋
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夫は久しぶりのがっつりした山歩きでくたびれてしまったみたいで、さっそくごろんと横になってしまった。彼も仕事が忙しく、担わなくてはならない責任も年々重くなり、結構大変みたいなのだ。
薄暗い、昔ながらの小屋だったが、私たちの寝室は離れだった。離れがある小屋に泊まるのは初めてだ。布団は一人一枚。夫と私は二人で一枚に寝ることにした。普段一つのベッドで寝ているからだ。この日はかろうじて、一人一枚のふとんの大入りだったみたいだ。
小屋番の若いお兄さんはこちらに好感を持ってくれたみたいで、誰もいない居室でストーブを使う許可をくれた。それでだるまストーブにも薪を入れてもらい、あれやこれやとおやつを出してきて、オヤツタイム。というか、そもそも、ランチがまだだったので、遅いランチタイムとした。
夫と私はカップヌードルを念のため入れていたので、カップヌードル。もう一人は、いなりずしと太巻き、もう一人は吉田うどんの即席めん。そして、3時ごろまでオヤツをつまみつつ、のんびりした。
それにしても、気温が低く寒い。歩いている時は何ともなかったのに、この寒さは、どうしたことだろう。
5時の夕食はシンプルにおでんと味噌汁、ごはんだったが、残すものがないシンプルで良い晩御飯だった。
私は食品添加物のしつこい味はすぐにわかってしまう。あまり添加物が必要ない、伝統的な佃煮程度の方がご飯が進んで良い。と言っても最近の佃煮もおしんこも不自然な添加物の山だ。山で食べ物を残すのは嫌だと思うが、食品添加物満載の食べ物は食べ物ではなくて毒なのだ。
以前勤めていた小屋では、何か月保存しても腐らない業務用食材を大量に用い、ただパッケージを開け、盛り付けだけで食べれるものが出された。原産国はワールドワイド。冷凍魚などは、聞いたこともない名前の魚だった。ハッキリ言って、冷めたら食べれるような代物ではなく、温かい間でも私のようにアレルギー持ちで食事に気を使わなければ健康を維持できない人には、すごく体に悪そうだ。
ただ、結局それ以外出せないのは、あまりにたくさんの人数が宿泊しているので、その数に対応するには、そうするより他ないからなのだった。
餓鬼岳小屋のおでんはそういう意味ではとても好感が持てた。あまり手が込んでいなくても、素朴で、ただご飯が進む食事が山ではいい。そうでないと、心のデトックスに向かった山で、下山後に体をデトックスしなくてはいけないほど、毒をローディングして帰る羽目になってしまう。
食後、山頂付近へ散策に出てみたが、ガスが濃く、期待した景色はほとんど見えなかった。山頂は白い砂と岩が少し出た白いピークで、燕岳の隣であることが確認できた。山頂からテント場が見えたが、テント場はあまり広くない上、稜線の吹きさらしだった。
でもまぁ、次回はテントだなと思った。ここは夕食だけを小屋にお世話になるのが良いかもしれない。軽食はおでんがある。
■ 何を選び何を捨てたか?
翌日は、朝日が素晴らしかった。食後、日の出に間に合った。
夫に朝日がきれいだからおいで、と声を掛けたら、トイレのほうが大事と言う。それで彼は日の出の一番いい時間を逃してしまった。そこが山好きとそうでない人の差だろう。山のことを分かっている人は、自然の条件の方に自分を合わせようとするものだ。ふたりで朝日を眺めて感動を共有しなかったら、一体何をしに、山に来たと言うのだろう?
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下りながら、この梯子がなかったら、どうだろうと考えた。ロープを出すことにはなるが、そうそう、難しいとは考えられない。むしろ、ロープを出して、よいこらしょ、と登った方が、この梯子は壊れるかもしれない・・・と緊張するくらいなら、よほど楽しいかもしれない。だって、同じ緊張なら、登る緊張の方が楽しいのだろうから。
でも、歴代の登山者たちは、ロープを捨て、梯子と鎖を選んだ。それはなぜなんだろう?
ロープワークは一般に考えられているほどは難しくはない。ロープだって一般に考えられているほど、重くもない。私が持ってきている30mの縦走用のロープは1.5kgほどしかない。
今の時代は子供たちは鉛筆をナイフで削る経験がない。私の時はかろうじて鉛筆を彫刻刀で削ることが何度かあった。それでも、鉛筆削りが普及して、鉛筆はハンドルを回すだけになってしまったし、今ではそれさえマシなほうで、シャープペンシルの時代だ。
そうして、道具を使うことを人は徐々に減らしていったが、素朴な道具ほど、人の介入、スキルの介入が大きい。同じ包丁でも職人が使えば、シャープな切れ味で刺身が旨くなるが、下手が使えば、魚の身をボロボロにしてしまう。
そういう意味で、登山道が、誰でも歩ける道になってしまえばしまうほど、その人のスキル介入が少なくなる。スキル介入が少なくなれば、なるほど、それは技術不要の道になる。ただ単純に体力さえあればいい、という話になってしまう。
それは登山という多面的な活動から、体力という一つのアスペクトだけを取り出すこと。画一化、とも言える。
そうすると、体力がある者が有利に決まってしまう。しかし、体力などと言うものは、すべての人類が成長と老化の法則によって、失っていくものだ。その点では人類は全員が同じトラックの上を走っている。登山が単純に体力勝負に純化されればされるほど、当然、歳を経るほど、つまらなくなっていくのは単純すぎる道理に過ぎない。
人が幸福を感じるには、やはり何かをマスターしたり、工夫したりの、体力以外の部分のスキル介入が、幸福感や達成感の大きな割合を占める。
となると、一体時代は幸福への道をを選んだと言えるのだろうか? これは餓鬼岳に限らず、すべての登山道でと言う意味だが…。
一体どうなのだろう。
≪追記 2014.09.20≫餓鬼岳のルート定数は48.492と結構ハードです。赤岳29、前穂39.