今日は甲府は風が強い。朝、晴れていたときは、「あちゃ~」と思った。今日はスキーの初心者講習を受けたいと思っていたからだ。
でも、風が強いので、行かなかったことがなんとなく正当化できた(ホッ)。
せっかくもらった割引券、期間が2月一杯で、割引が使える間に行っておきたいと思ったのだった…でも今週は天候が悪く、機会が限定されている・・・。残念賞だ。
■ 春の訪れ
甲府は、もう梅の花がほころび始め、春の気配だ。
このところ、野菜の傷みが早い。直売所にも大した野菜は売っていない。甲府で、野菜が豊富なのは、12月。寒さが本格的になったころ、寒気に晒されて甘みが強くなった野菜がズラリ並ぶ。
今の時期は過渡期にあたり、人参からは根っこから葉が生えてくるし、ジャガイモは古いのは芽がでて、新じゃがは小ぶりで水っぽい…。今こそ、保存しておいたカボチャでも食べるのが良いのかも?という感じ。
仕方ないので、豆をよく煮ている。キャベツはちょうど旬なので、よくお好み焼きを焼いている。春野菜の季節まで、もう一息。
春は苦みを食べろ、と良く言われる。暖かい里山では、もうフキノトウが出始めたそうだ。スプリングエフェメラルの季節も近い。
■ アイスゲレンデメイト
今年はアイスが充実していないせいで、冬を満喫した気分がしない。
自業自得か?と考えてみれば、そうも言えなくもない。
去年、与えられた機会を、”全くの登山初心者の人をゼロからアイスクライミング仕様に育てる、やりがいのあるチャンス”とでも捉えていたら、今年ゲレンデアイスくらいはできただろう。全部トップロープを私が張ってあげて・・・、だろうが。
しかし、それを私はしなかった。なぜだろう?
■ 好子・嫌子
心理学では、行動を促す要因を、好子(こうし)、行動を停止させる要因を、嫌子(けんし)というそうだ。平たく言えば、アメとムチ。
ある同じ一つの行動を起こすにも、その人によって、何がアメとなり、何がムチとなるかは違う。
(登山に行く)や(ゲレンデメイトを育てる)などという行動を起こすにも、ある人にとって、アメになることが、同様に他の人にとってアメになるとは限らない。
人はそのアメとムチを生い立ちから後天的に学ぶ。それで、状況を、子供時代の心理的パターンで認識しやすいのだそうだ。へぇ~。
■ 嫌子 = お姉ちゃんにフリーライド、親を心配する子供、足踏みさせられる優等生
私の場合は、私が陥りやすい、否定的な心理的パターンの一つ、それは、”お姉ちゃん”だ。
大体、おねえちゃんというのは、年上なので、親からは良く働くことを期待され、下の面倒を見る、中間管理職に当たる。
年齢の序列は年功序列、会社と違うのは新人が入らないので、序列が一切変わらないことだ。私も最初は、幼い弟や妹の面倒を見ることはあまり不満に思っておらず、夕食の支度も掃除も洗濯もやっていたが、私が8歳で始めた家事も、妹は8歳になってもやらないし、やる必要自体が起きない。
同じことを私は7年も続け、受験に際して、私自身の当然の権利として、学業を優先し家事をしないと宣言したら、家族から猛反発を喰らい、おかしさに気がついた。そうか、彼らにとって私から家事サービスを受けることは当然の権利となっていて、これは一生続くんだと理解した。
フリーライドだ。妹も弟も年少である限り、寄生虫のように私の労働に寄生することができる。それを理解した途端、お姉ちゃんと言う心理状況は、私には一切何も行動につながらなくなった。このケースだと家事を一切放棄した。
アイスクライミングで初心者をゼロから育てることは、この心理ケースに当てはまった。私には、どういう羽目になるか、行動しなくても予想がつく、と思われた。
他の人にとっては、この状況は、異なる働きをするかもしれない。
仮に「〇〇さんがいなきゃクライミングできません」とか「教えていただいて本当に感激です!!」とか、目下の人からの称賛に飢えている人がいたら、うまく行くのかもしれない。
教えるということは二度学ぶということだし、実際に育って自分のパートナーになってくれれば、これ以上知識のすり合わせをする必要もない、最強のパートナーだ。何しろ自分が知っていることを全部教えているわけだからだ。(そうすると立ち去られることは恐怖になるだろう。それまでに投資した労力や時間が自分には還元されないで、立ち去られることになるからだ。)
だが、私にはそうした称賛の言葉は、「ん?」という警戒として働き、相手の狙いどうり(?)には、働かない。
私は頼りにされるという賞賛では動かない。不必要な称賛=ボラれそうと警戒、という心理図式になっている(笑)。
この2年ほどで、頼りにならない親を心配する子供という心理状態も私には嫌子として働くということが分かった。
頼りにならないので、自分が何とかせねば!という気持ちは、半ば心理的パニックを呼び起こす。緊急時として認識されるのだ。
相手の責任領域まで踏み込んでも、私が何とかしなければ、他に事態を正しく認識し、なんとかする、行動力がある相手がいないと感じさせられるのは、すごく負担だ。
強く行動を起こすが、それはなんとかしなくては!という危機感からだ。危機感に動かされるのは、あまり気持ちの良いものではない。
私は私自身の危機を自分の力で乗り越えるのは得意らしいが、自分より優れているはずの相手(親、上司、ガイド、先輩)の危機を救うのは、まったく得意ではない。
■ 好子 = 良きライバル、知的探求、ユニセックス
では、一体どんな心理要因が私に行動を起こさせるアメとなるか?だが、過去を振り返ると
1)「お主、やるな」系
学生時代は、高校時代を除いて、親友のほとんどが男性だった。最大の親友は、小・中・高、同じで、中学まで互いの存在を知らず、噂だけは互いに知っていただけだった。どうもすごいヤツらしいという噂だ。会うまでは、あっそ!と思っていた。学生なので、要するに勉強が出来るだけだ。勉強ができるだけのヤツは尊敬に値しない。
が、出会ってみたら、勉強というより、相手の知性や賢さにノックアウト。二人ともが同時にノックアウトされたので、友情は長く続き、大学時代を終えるまで、互いにライバルとして、相談相手として活用し合う仲だった。
だいぶ外野には冷やかされたが、別に互いを恋人候補として見たことはない。私は特に女性らしさを表に出すタイプではない。女性だから、敢えて女性らしさを強調しなくても、それは出るが、例えば、特段にか弱さや可愛らしさが武器というタイプではない。
なので、彼に彼女ができたらその相談とか、私は結婚前に夫に会ってもらって「どう思う?」なんてこともあった。この彼のおかげで私は中学時代はサッカーグループで紅一点。大体、話をしていたのは、哲学とか、勉強の話、主に論戦だ。
そういうわけで、男女間の友情は成り立つ派。 というかそれ以外あるの?派。
2)右腕 系
私は矢面に立つより、有能な助手か参謀として役立つ。これは九州では男を立てることを強く要求されるため。
副委員長とか、副会長が適していて、トップは大事な時に時々出てきてくれる程度でいいんだがな~な感じ。正直、小学生時代から、公衆の面前でスピーチしていて、あがるということはない。が、矢面に立つのは交代交代くらいがいい。単純にめんどくさい。おだてられて登るタイプではない。難しい局面は渡すのでお願いね、って感じ。
女性は大体群れたがる習性?があるが、その群れの外側ではなく、私は群れを作らないのに、群らがられる方だ。が、中心はダメで、自ら座を降りる。持ち上げられるのは居心地が悪い。太陽ではなく、月。目立ちたがり屋では決してない。ときどき勘違いして、中心人物を求められて当惑する。
3)1対1
基本的に1対1の関係がもっとも心落ち着く。参謀タイプだからだ。複数の人といるときも、誰かの参謀であると自分を位置づけている。誠意を捧げる相手は、一人に集中したいタイプだ。
私は初孫で世話を焼かれすぎた子供だったので、心理的に相手のアテンションをひとり占めしたいというニーズはあまりない。場の中心人物でいないと不安と言うことはなく、むしろ、世話を焼かれすぎるとウザいというタイプだ。贅沢に育ちました(笑)。
1対1が好きなのは逆に、相手が私のアテンションをひとり占めしたいと考えている時に、それをかなえられるからだ。夫は私と二人きりだと満足そうに一人遊びをしています(笑)。
あとは、職場の花、とか、キレイどころ、という立場には全然向いていません。それは我が家では妹の役目だったからです。という理由で、モデルとして写真にとられるのはキライですが、サブリーダーは上手に努めます。
■ 嫌子
1)さっさと成長したい(イラッチ)
弟と妹がいた関係だろうが、自分より進捗が遅い人のために待たされるのは好きではありません。日本の学校教育は飛び級がなくて不満だった。
同じ理由で、逆にさっさと進んでいる人に対しては羨望がある。一人っ子で、中学で大学レベルの数学をマスターしている子がいましたが、非常に羨ましく思った。私にとってマイペースというのは、人より早いという意味で、マイペースで進みたい、という気持ちは強い。
まぁどうせ、私は同じ投資をされても、そこまでの才能はなかったと思うが、スカートの裾を家事や学校での公務に押さえつけられて、時間を自分のために使ってはいないという気持ちは常にあった。
2)自分を後回しにする癖
私は多忙な子供だった。常に義務に常に追われたので、義務を果たしたのち、自分の勉強をやってよい、と考える悪習が付いたのも事実で、自分の用事を後回しにする癖がある。
これは大人時代の早期に気が付き、反省中ですが、なかなか治りませんねぇ。悪い癖です。
やりたいことと義務をワンセットで考えているのです。現実は必ずしもそうとは限らない。
3)仲間意識
私は少数の強いきずなで結ばれた仲間と過ごすのを好み、広く浅くは苦手だ。というのは、大体、周辺の人間(弟と妹)は、世話を焼く対象で、助けてくれる対象ではなかったからだろう。
常に助ける側であれば、人が寄ってきたときに、仲間と言うより、あ~また何かを頼みに来た、という印象になります。私の印象はそっち側だ(笑)。スイマセンね。
■ 行動しない理由(言い訳?)
これらは生い立ちが教えた行動様式なので、容易に覆すことができないのかもしれない。
ハイキングのグループを作ろうかと考えることもあるし、そうしてほしいという声をたまにもらったりもするが、登山について、興味や関心がない相手を登山の世界に紹介しても仕方ない。
ので、あまり食指をそそられてはいない。
・人を育てるということが面倒、つまり私自身が怠惰なのが一つ、
・まだ初心者の分際で人を育てるなんておこがましいという謙虚な思いが一つ、
・自分は誰にも育てられずに自分で勝手に育ってここまで来たんだから、そっちも自立しなさいよという嫉妬が一つ、
・さらに同じ事実から派生して、私にできる程度のことは、当然他の人にも同じことができるはずだ、という期待が一つ、
と、計4つの想いが混在している。どれも私に行動を起こさせるほどの強さがない。拮抗中。
真実の話として、私ができた程度のことは誰でもできます。山岳総合センターの講習会に出るのも誰でも出来るし、ガイド主催のアイスクライミング講習会にでるのも誰でもできる。
その前後の予習復習のブログも大した内容をやっているのではないのは、このブログを見ても分かるでしょう。
というわけで、結論は、自分のエンジョイ山ライフを、自分自身を核に構築しても、見返りが少なく、前進はしないな~という気がしている。
これは実はヨガも同じことで、ヨガの方では、すでにパイロットテスト済みだ。
というわけで、行動を起こさない、行動が起らない、理由と言うのはこういう中身になっています。分析終わり。
Friday, February 27, 2015
Thursday, February 26, 2015
学習院大学の遭難 推測
■ 遭難について憶測について
今日は、2月初旬の、学習院大学山岳部の遭難について、またしても山のベテランから、コメントをいただきました。Yosemiteさん、どうもありがとうございます。
遭難の考察については、少々尻切れトンボである面は否めないと思っていましたが、ニュースで手に入る情報には限りがあり、議論を進展させても、憶測以上にはなりえないと思い、これ以上の追跡は敢えてしないでいました。
また、私の弟は24歳でなくなりました。当時色々死因を憶測されましたが、死因は不明です。死んだということ以上に原因を追究しても、元には戻らないのです。
そういう意味で、死の原因が何か?ということの追及は、遺族にとっては残酷にすらなりえます。
ご遺族の方には、山岳遭難の原因追及が好奇心本位の物ではなく、登山界全体で遭難を減らすための努力の一つとして、お許しいただけたら、と思います。
■ 概念図を書くべし
私がこの遭難で学んだことは、これまでの遭難に関する記事に書いた通り、風速から凍傷への警戒、リーダーシップ、と多岐に渡ります。さらに、付け加えるとするならば、
入門コースの阿弥陀中央稜に連れて行ってもらった時点で、この山域の概念図を理解すべし
というものです。もっと真面目に予習をして山に登っていた昔の山岳部の人であれば、
赤岳に行った時点で、この山域の概念図を書く
でしょう。
ニュースで”2ルンゼで遺体発見”と言われたとき、この山域を知っている人なら、「えっ?なんで2ルンゼ?」と思ったでしょう。(言葉も聞いたことがない人は一般登山者ですから、蚊帳の外です)
私も、2ルンゼの確実な場所は分かっていませんでしたが、知ってはいましたし、手元の山岳書で確認しました。また、初めて広河原沢左俣に行くときに、山口輝久さんの本などで、しばらく広河原沢中尾根の岩小屋に泊まって、登攀三昧で遊ぶ話を読んだりしたので、この辺に上級者も楽しめる登攀ルートがあることくらいは、良く知っていました。
それで、行者小屋側に降りる正規ルートとは、正反対の方角で発見されたことに少々驚きを禁じ得ませんでした。
今日は、2月初旬の、学習院大学山岳部の遭難について、またしても山のベテランから、コメントをいただきました。Yosemiteさん、どうもありがとうございます。
遭難の考察については、少々尻切れトンボである面は否めないと思っていましたが、ニュースで手に入る情報には限りがあり、議論を進展させても、憶測以上にはなりえないと思い、これ以上の追跡は敢えてしないでいました。
また、私の弟は24歳でなくなりました。当時色々死因を憶測されましたが、死因は不明です。死んだということ以上に原因を追究しても、元には戻らないのです。
そういう意味で、死の原因が何か?ということの追及は、遺族にとっては残酷にすらなりえます。
ご遺族の方には、山岳遭難の原因追及が好奇心本位の物ではなく、登山界全体で遭難を減らすための努力の一つとして、お許しいただけたら、と思います。
■ 概念図を書くべし
私がこの遭難で学んだことは、これまでの遭難に関する記事に書いた通り、風速から凍傷への警戒、リーダーシップ、と多岐に渡ります。さらに、付け加えるとするならば、
入門コースの阿弥陀中央稜に連れて行ってもらった時点で、この山域の概念図を理解すべし
というものです。もっと真面目に予習をして山に登っていた昔の山岳部の人であれば、
赤岳に行った時点で、この山域の概念図を書く
でしょう。
ニュースで”2ルンゼで遺体発見”と言われたとき、この山域を知っている人なら、「えっ?なんで2ルンゼ?」と思ったでしょう。(言葉も聞いたことがない人は一般登山者ですから、蚊帳の外です)
私も、2ルンゼの確実な場所は分かっていませんでしたが、知ってはいましたし、手元の山岳書で確認しました。また、初めて広河原沢左俣に行くときに、山口輝久さんの本などで、しばらく広河原沢中尾根の岩小屋に泊まって、登攀三昧で遊ぶ話を読んだりしたので、この辺に上級者も楽しめる登攀ルートがあることくらいは、良く知っていました。
それで、行者小屋側に降りる正規ルートとは、正反対の方角で発見されたことに少々驚きを禁じ得ませんでした。
そうした読書をしなくても、異常に気付くことはできます。
手を動かすのが楽しい |
オーソドックな山登りでは、山域の概念図を書いて、尾根と谷くらいは把握して登ります。
そういう王道的、オーソドックスな登り方をしていれば、阿弥陀中央稜を登るための予習で、2ルンゼの位置はおのずと知ることになるでしょう。別に北陵の予習でもいいですが。
概念図を書く、そういう時間はとても楽しい時間です。夢が膨らみます。
そのためには、いわゆる地図読みの山をしていないと、山の概念図を書いて、山域全体の尾根と谷の様子を知る必要がある、と思い至らないでしょう。隣の沢はなんて沢?っていう具合になってしまうのです。
というわけで、地図読みの山は、改めて登山の基礎だな~と思い至っています。
みんな地味だと言いますが、派手な山のどの部分がみな好きなのでしょう?どれも同じ山なのに。
みんな地味だと言いますが、派手な山のどの部分がみな好きなのでしょう?どれも同じ山なのに。
■ Yosemiteさんのコメント
このコメントは往信に返信ですので、前のやり取りのご興味がる方は、下のリンクをクリックしてください。
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匿名 さんが投稿「阿弥陀岳 遭難事故から学ぶ ベテランとの対話」にコメントを書き込みました。
返信ありがとうございます。
「2ルンゼだと、中央稜から広河原沢側に落ちた、・・・と思います」
そうですね。 ただし、中央稜の場合は摩利支天に近い最上部付近からでしょう。
中央稜を下降したことがないので詳しくは分かりませんが、地形図で見ると、御小屋尾根分岐から100mくらい降りると、左側は奥壁と1ルンゼの領域になりますので、2ルンゼには落ちないと思います。
「降ろすというのは経験がなく分かりませんが」
Kinny2010 さんのVariation Route記録を読むと、一昨年の1月に広河原沢左股でアイスクライミングしてますね。 谷のスケールと急峻さは2ルンゼに劣りますが、そこを上から降り て行くことを想像して下さい。 氷瀑を登って、谷の形状や状態を見てから折り返して降りるのではなく、上から未知の左股を降りて行く、 しかも体の不自由 なひとを連れてです。
「ルンゼ=雪崩と思っているはずで、ルンゼを降ろすというのは考えにくい」
その通りです。 雪崩のみならず、懸垂下降を必要とする氷瀑・氷崖があり、雪の吹きだまりもあります。 障害が沢山ある冬のルンゼを、弱った人間を連れて2人だけで降りるなどという愚行は絶対考えられません。
「山頂までせっかく登り返しておいて、またなんで正反対に行ってしまうのでしょう」
これが謎ですね。 そのとき一体どういう状況だったのかな?
「3人がもう少し早く救助要請していれば、と思います」
その通りです。 しかし、ここも謎です。
私は報道文を疑ってます。 記者がしかるべき事実を省略して書いているのじゃないかと。
「一晩ビバークの時点で、4年程度の経験の22歳の若きリーダーの判断できる範疇を越えた事態に陥っている」
彼 は2014年(3年生)に、日本山岳会学生部のリーダーとしてマッターホルン(4487m)やモンブラン(4810m)にガイドレスで登頂し、さらに学習 院大学のインド・ヒマラヤ登山隊では隊長として6070m峰(高難度の山ではないけれど)に初登頂したアルピニストです。 また、2012年(1年生)の 日本山岳会学生部のクライミング大会では、トップロープの部ではありますが21人中2位になり、フリークライミングの能力も人並み以上だった様子が見えま す。
冬山の山歴が分かりませんが、上記のことから現役の学生山屋としてはトップクラスであり、力量はあったと信じてます。
残念な結果との乖離が謎ですね。
事実と経過をまとめた山岳部としての事故報告が待たれます。
返信ありがとうございます。
「2ルンゼだと、中央稜から広河原沢側に落ちた、・・・と思います」
そうですね。 ただし、中央稜の場合は摩利支天に近い最上部付近からでしょう。
中央稜を下降したことがないので詳しくは分かりませんが、地形図で見ると、御小屋尾根分岐から100mくらい降りると、左側は奥壁と1ルンゼの領域になりますので、2ルンゼには落ちないと思います。
「降ろすというのは経験がなく分かりませんが」
Kinny2010 さんのVariation Route記録を読むと、一昨年の1月に広河原沢左股でアイスクライミングしてますね。 谷のスケールと急峻さは2ルンゼに劣りますが、そこを上から降り て行くことを想像して下さい。 氷瀑を登って、谷の形状や状態を見てから折り返して降りるのではなく、上から未知の左股を降りて行く、 しかも体の不自由 なひとを連れてです。
「ルンゼ=雪崩と思っているはずで、ルンゼを降ろすというのは考えにくい」
その通りです。 雪崩のみならず、懸垂下降を必要とする氷瀑・氷崖があり、雪の吹きだまりもあります。 障害が沢山ある冬のルンゼを、弱った人間を連れて2人だけで降りるなどという愚行は絶対考えられません。
「山頂までせっかく登り返しておいて、またなんで正反対に行ってしまうのでしょう」
これが謎ですね。 そのとき一体どういう状況だったのかな?
「3人がもう少し早く救助要請していれば、と思います」
その通りです。 しかし、ここも謎です。
私は報道文を疑ってます。 記者がしかるべき事実を省略して書いているのじゃないかと。
「一晩ビバークの時点で、4年程度の経験の22歳の若きリーダーの判断できる範疇を越えた事態に陥っている」
彼 は2014年(3年生)に、日本山岳会学生部のリーダーとしてマッターホルン(4487m)やモンブラン(4810m)にガイドレスで登頂し、さらに学習 院大学のインド・ヒマラヤ登山隊では隊長として6070m峰(高難度の山ではないけれど)に初登頂したアルピニストです。 また、2012年(1年生)の 日本山岳会学生部のクライミング大会では、トップロープの部ではありますが21人中2位になり、フリークライミングの能力も人並み以上だった様子が見えま す。
冬山の山歴が分かりませんが、上記のことから現役の学生山屋としてはトップクラスであり、力量はあったと信じてます。
残念な結果との乖離が謎ですね。
事実と経過をまとめた山岳部としての事故報告が待たれます。
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早速ですが、2ルンゼの場所はこちらの概念図で分かります。
2ルンゼに滑落するのは、阿弥陀山頂付近で、南西方向に歩みを進めた場合です。北陵とは反対側。
■ 何を学ぶか?
2点目は、リーダーの資質です。私は、このリーダーが一人で助かっているのではない時点で、素晴らしいリーダーだと思います。
自分さえよければ良いという風潮が全盛の現代です。弱った仲間を見捨てて自分だけが助かっても、誰も非難しない上、自己責任が叫ばれる登山という世界です。そういう事例も実際聞かされました。
ですから、この青年の資質を疑うものではありません。
が、同時に、救助要請が後手後手に回っており、一般的な山ヤの行動としては、疑問と思える行動が続いており、さらに死という結末を避ける実力がなかった、というのは死が証明する事実です。
私はこの若きリーダーの経歴については全く知りませんでした。
が、高所登山のリーダー経験があれば、日本の冬の八ヶ岳の合宿のリーダーが務められる、と無条件で考えるのはどうなのでしょうか?結果論からするとダメと証明したことになりますね。
が、山岳会の先輩に高所登山経験者がいますので、その方たちの話によれば、(高所登山をしたことがある)ということと、いわゆる (山をわかっている) というのは、どうも別次元のことのようです。
山友達にアコンカグアの最年少登頂者(当時)がいますが、リスク管理は全然ダメです。地図を読む気持ちもなく、山のリスクを予想する、という発想そのものになく、あるのは山頂に対する強い気持ちだけです。(スイマセン、悪口ではありませんよ、でも、本人もリスク管理がいけていないのは分かっているそうです)
この人も別にガイド付きで登ったわけではないですし、大学山岳部で登頂です。つまり、経歴だけでは、山の力は良く分からないってことです。
特にイレギュラーな事態、普通とは異なる事態が起こった時は、特に分からないってことです。うまく行った登山から学ぶことは、すごく少ないのです。学ぶことが多いのはヒヤリハット事件からです。
さらに、初心者を連れて行く、ということは、ガイドの立場に立つ、ということで、コレはこれで全然違う経験値です。自分がカンタンにできることも、相手はできないことがあります。逆ももちろんあり、人の能力はそれぞれなんだな、と学ぶのは、自分の登山力があがるということとは、全く別の経験値です。
≪まとめ≫
・自分勝手でないリーダーが良いリーダー
・高所登山の経験があれば、良いリーダーとなれるとは言えない
・イレギュラーな事態に対する対応力は、成功体験からは学べない
・連れて行くのと自分が行くのは、経験の中身が全く違う
私の師匠の見解については、こちらをご覧ください。非常に眼力鋭い点をついていると思います。
互いに子供同士でいれる仲
今日は山の予報は軒並み昼から大荒れ。 それでも、甲府は小雨。甲府は、山に守られている。各地が大荒れの日も、この程度の天候の崩れで済んでしまう。
■ 野遊び的登山
昨日は、とても楽しい登山だった。
そのせいで、今日はぐっすり寝て、そして、吉凶の良い夢を見た。自転車、りんご農園、夫、崇拝者、足元を見られるトラブルの上手な挽回。なんと夢の中で、銀行にさえ行き、敵から塩を送られた。夢は大抵、予言的なものだ。
昨日の大室山は、楽しかった。
どうして、その大室山がそんなに楽しかったのだろう?と考える・・・それは、
野山遊び
ではないか?と思う。
■ 登りは自由を獲得した
昨日は、登山道の無い山。地図読みの山。
気持ちが良かったのは、登りは、全く地図を見る必要がなかったこと。自分が思ったように歩いたら、自分の思ったように出た。
テープの類はぜんぜん見ようともしなかった。が、私が選んだところをテープが追いかけてきていた。テープの類はまったくあてにも参考にもしていない。ただ保証として機能しただけだ。
下りは一つ降りる尾根を間違えたが、間違えたというよりも、そもそも間違えないように注意しなかった。気ままに降りてきたのは、失敗込だからだ。ああそうか、と分かった、に近い。
下りも自由になるには、まだ少し練習が必要だが、登りはもう自由の身だ。
■ 空間認識
またぎのオジサンたちは、野山を駆け回って獲物を追いかけるときに、いちいち地図を見て現在地を分かっているだろうか?
そんなことはしていないだろう。たぶん尾根と大木や露岩、特徴のあるブッシュなどの代表的なランドマークが頭に入っているのだろう。
子供の頃、誰しも追いかけっこをして遊んだと思う。その時、道迷いを心配して遊んだだろうか?そんなことはしないと思う。
校庭のどこにブランコがあって、どこに大きな楓の木があり、どこが土俵なのか、そんなことは隅々まで知っていて、子供は現在地がどこか?なんて不安に思っていない。上級生になったら、「そろそろチャイムがなりそうだから、あまり遠くまで遊びに行かないでおこう」なんて考えることができるくらいだ。
別に校舎が見えていなくても平気だし、道なんてない。垣根や花壇もあまり境界線と思っていない。
子供のころ、何で現在地を認知していたか?というと、大木だったり、遊具だったりのランドマークであり、ランドマークとランドマーク間の位置関係であり、大まかな方角だった。
それは田んぼで遊ぶときも同じで、いちいち「この田んぼは3つめの田んぼ」なんて考えていない。青い屋根の家が前にあるから、ここだ、と分かっているだけだ。家からどれくらいの距離か?も分かっているし、途中にあるドブをどこで渡るのが一番楽かも分かっている。植木屋さんの林は見通しが悪いが、林の中でかくれんぼして遊んでも、外に出るまでの距離が分かっているから、迷子にはならない。
そういう空間の認知の仕方、それが愉しさの秘訣のような気がする。そこが裏庭になった感じだ。
人が一つの山に通う時、それは裏庭になる楽しさを味わっているのではないだろうか?自由自在に歩き回る感覚だ。
■ 空間認識の喪失と再獲得
学校の遠足で行った河原で、背丈以上の葦の草原に入り込んで遊んだことがあった。
強烈に面白かった。私の後ろに皆がムカデ競争みたいに連なって、葦をかきわけ、かき分け進んだ。縦横無尽に歩きまわり、最後はちゃんと集合の野っぱらに出たときは、達成感が快感だった。何しろ背丈より高い、密集した草の中だったから。
後になって本を読んで、そうした人間の背丈より高い葦原に、小さな子供が入ってしまい、親も見つけられず、死んでしまうという悲劇がよく知られていることを知った。
アメリカの大平原で葦原に入っていってはいけない。私は同じように自分の背丈以上あり、前後が全く見通しゼロの葦原で遊んで、楽しかった。あの時の楽しさは、探検とスリルを楽しんでいたと思う。でも迷子にならなくて良かった。先頭だったから責任は重大だ。
この葦原では空間認知の喪失と発見を繰り返すのが楽しかったのだ。
昨日の山では下山に当たる。下山では自分がどこにいるのか分からなかった。
でも、特段不安はなく、下れば町に降りれるということは分かっていた。新しい道を試したかったのだ。私と夫はよくこういうことを近所の場所でやっている。だから、自分がどこにいるかワカラナイ、ということに不安はない。
福岡にいたときも、近所の田んぼや用水路をそうやって散歩と称して探検に出かけた。現在地が分からなくなっても、知っているところに到達した地点で、ああここに来るのか、と分かる。それが楽しい。たぶん、あそこらへんにつくんじゃないか?と予想して、当たるともっと楽しい。
その楽しさは何と表現したらよいだろうか? 探検?一回わからなくなるのだ。そこが重要な気がする。 知らないところに行くのだから当然か。
■ アラートされていないこと
色々と、類似した楽しい体験を思い出してみたが、要するに昨日は、野山を探検する楽しさ、だった。それもあまり私のリスク管理能力が発動されることなく。
リスクに対して、極端にアラートされていないことは楽しさの要素の重要な部分だと思う。
アブナイから、アレしちゃダメ、コレしちゃダメ、と釘を刺されると、子供は面白くない。大体、釘を刺してくるのはお母さんだ。
自分のやりたいことを阻害する敵、は、いわゆる”ママゴン”であり、”学校の規則”とやらだ。それは、大体ホンネは、自分勝手なアブナイの大号令が多い。
私にとっては登山では
・一人で〇〇に行ってはいけない(危ない)
・登山ツアーに参加しないといけない(危ない)
・高額な〇〇という洋服を着ないといけない(危ない)
・〇〇というグレードが登れないと〇〇はいけない(危ない)
などであった。 結局、それらは ”不必要な脅し”で、正解は
・一人で行ける山もあれば、辞めた方が良い山もある
・登山ツアーへの利益誘導
・購入への利益誘導
・クライミングへの利益誘導
であった。 結局、自分に利益になるように誘導するため、損得のために”あぶない”が使われていた。 「あなたのためだから」というCMがあったがアレだ(笑)。
■ 頼りないリーダーがストレス
アラートされていないと楽しいということを裏返すと、リスク管理について登山の初心者の私が、とやかく言ってやらねばならない、ということ自体がストレスに感じている、ということだ。
私はリスク管理を人に任せたいわけではない。
が、自分で自分の心配をするだけで十分ではなく、相手の身の安全までを心配してやらなければならないような、言うなれば、”頼りない”人と山に行きたいわけでもないってことなのだろう。
■ 子供時代のトラウマ
私が、リスク管理に長けるようになったのは、トラウマの過去のせいだ(笑)。
我が家は母子家庭だったが、母はお嬢さん育ちの人だった。田舎の出だが、その地では知らぬ者がないほどの裕福な家に生まれたそうだ。後先を考えずにお金を使うことがあった。
中学に入ったころ、レーザーディスクが開発され、テープからCDに切り替わった。この時は高額なレーザーディスクプレイヤーが来た。そんな高級機器を持っているのは、近所でも我が家くらいだった。ワープロも同じで、来たのは、14歳の時。そんなものが使いこなせる人はうちにはいない。営業マンにうまいことほだされてしまったのだろう。
子供心にも、こうした高額出費は、意外だ。さらにいえば、意外を通り越して、「大丈夫なのだろうか?」につながった。まだ、経済的には無力な子供の時代に、私に危機感を抱かせた。開花した能力は、「このままではマズイのではないか?」と予測する能力だった。
後年、その予測は的中したので、私は悪い予想は的中するかもしれない、ということを学んだし、頼りとするべき人が必ずしも頼りになるわけではない、ということも学んだ。”子供は心配しないでやるべきことをやっていればよい”という大人の常套句も信用はしていない。思考停止は常に危険だ。大人を信じたところで、実際のトラブルは自分に降りかかる、ということも学んだ。
・リスク(物事がどう進むか?)は事前に予想できる
・頼りとする人が頼りになるとは限らない
・それで起きたトラブルは自分にも降りかかる
山での遭難に当てはめると、決断はリーダーの責任になるわけだが、リーダーが判断し、メンバーとしてそれに従い、実際にリーダーの判断が間違っていた場合、決断したのがリーダーだから、と言って、リーダーが責任を取れるのか?というと取れない。腹が減り、凍傷になるのは自分だ。
判断する責任はリーダーにあるが、結果責任はチーム全体が負うのだ。
判断するのはリーダーでも凍傷に成ったり、低体温症で死んだりするのは、チームの中で、弱い人であるのが常だ。
余談だが、国の政治も同じ。リーダーは判断する責任を負うが、その判断の結果起ったことの結果について責任は国民全員が負う。
不必要なダムをつくる決断をするのはリーダーだが、その結果、無駄遣いしたお金を誰が出すのか?国民全員だ。
つまり、判断は委託、結果責任は共同責任、が世の習わし、だ。
■ ストレス源
というわけで、私のリスク認知力、が優れるのは、後天的な学習の結果だ。逆に言うと、
頼りにならないリーダーについて行かなくてはならない立場に陥るのが、最もストレス
になる。これは女性だったり、若年だったりするとそういう立場に追い込まれることが多い。社会は、男性で、年齢が高いほうがより判断力に優れるという前提で動いているが、それが必ずしもそうでないことは、学校生活から明らかだろう。判断力に優れる人は子供にもいるし、女性にもいる。しかし、社会は実態と同じようには動いていない。
大人になり、会社に勤めるようになったが、上司が思うように動かなかったことがあった。
あるソフトウェア製品があり、それは日本市場を席巻できるようなポテンシャルを持っていたので、大きな業績巻き返しが計れそうだった。しかし、営業攻勢を上司が掛けない。私がいくら進言しても無駄だった。
1年たって、その製品は商売敵が、会社ごと丸ごと買収してしまった。つまり、その製品の営業権を買い取るだけでなく、製品開発の技術力丸ごとを社員を含め、買い取ってもいいくらい、将来性、見込みのある技術だったのだ。
私は業界に入って1年、会社は何年も細々としていたが、製品の目利き、ユニークさで知られていた。メジャーにのし上がるチャンスだったのに、みすみすそのチャンスに気も付かずに、棒に振ったのだった。チャンスの女神に前髪があっても後ろ髪はない。
なので、リスク、だけでなく、チャンスにも私は目ざとい。
リスクの把握がネガティブな未来の予想だとすると、チャンスの把握はポジティブな未来の予想だ。
そして、どちらにしても、リーダーと見解が一致していないことは私にとってストレスになる。
リスクの把握=ネガティブな未来予想
チャンスの把握=ポジティブな未来予想
■ 論理的判断と認知的不協和
そうなると、そのストレスを避けるにはどうしたらいいか?ということになる。
こうした未来予想は、志向性があるものではなく、論理的判断でしかない。クリティカルシンキングができていれば、大抵の人は同じ結論に陥る。
どうでもいいが、トポに書いてあることを「まさか本当に〇〇があるとは・・・」と言っていた人がいたのだが、どうしてトポに書いてある事実をゆがめて理解することができるのだろう?
それは認知的不協和と言われている心理現象だ。都合の良いように事実をゆがめて解釈する。
例えば、タバコはがんのリスクを4倍に高める、ということが事実として知られているとなると、禁煙は、嗜好性のある選択肢ではなくなる。健康を守りたい人にとっては、喫煙は不合理な選択となる。
そこで、「タバコを吸っていても長寿の人もいる」と反論したりする。感情的反発だ。これが認知的不協和。
基本的に図星のことは、怒りで反応する。逆に言えば怒りが湧いてきたときは、「図星なんだな」ということだ。
そうした感情的反発で行動を決定する人は、心が幼い人だ。憎めないが尊敬は得られないだろう。
山では感情で考えるより、合理的に考えるほうが危なくない。
■ シナリオ想定力の強さが経験値に現れる
3ピッチを登るのに2時間半かかっていたら、6ピッチなら5時間かかるだろうと予測するのは、合理的だ。そこからコースタイムが出て、日暮れまでに終れないなら、ビバークになる。
そうすると、ビバークは、forcedビバークではなく、forecastビバークになる。それを予測しない人は多い。
そうした、計画段階で最初から見えているリスクを予測しないリーダーの元では、私はストレスに晒されるだろう。
リーダーには、少なくとも自分と同等か、自分より優れていることを期待しているからだ。
言いたくない言葉だが、愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。6ピッチ登ってみて、「あれ?日が暮れちゃった。ビバークしなきゃ」と言うのは愚者であり、「このあたりで15時になっているはずだ。地図上で幕営地候補を見ておこう」と思うのは賢者だ。登山では、
シナリオ想定力
と言われている。
シナリオ想定力は登山経験の豊富さで強化される。逆に強化されていない人は、登山歴40年と言っても、素人と同じだ。
だから、登山歴の長さで説得されて、リーダーシップを受け入れてはいけない。あくまで自分の目で見て判断して、その人のリーダーシップを受け入れなくてはならない。
私は、予想できるリスクが手当されていないのは嫌だ。分かっていてドツボにわざわざハマりに行くということ。これは冒険でもなんでもない。ただの愚行だ。
登山は予想のつかなさに、自分をゆだねてみる勇気を試される場
ではあっても、わざわざ愚かさを体験しに行く必要はない。
お酒を大量に飲めば判断力が落ちる。子作りすれば子供ができる。子供を産めば育てなくてはならない。これらには経験はいらない。要るのは常識だ。物事はその通りにしか進まない。物事がそのことわり通りに進むのは、不運であるとは言えない。何と言えるのか?後先考えずに、ただ欲望のままに動いた、とは言えるかもしれない。
■ 破天荒について考えてみる
破天荒とは、「今まで人がなし得なかったことを初めて行うこと」。
そうした豪傑と言える歴史上の人物に大食漢や好色家が多かったりしたのは、事実であるかもしれない。
が、大食や好色をしたからと言って豪傑にはなれない。破天荒が行えるともいえない。だから、逆は真なり、とは言えない。
偉業を伴わない、ただの酒好きや好色を正確に表す言葉は、なんだろうか? ”放蕩”であって、”破天荒”ではない。
破天荒な大男にあこがれる場合、最も、模倣が簡単なのが、大食、飲酒、喫煙、女色だ。
これは男性がパワーを誇示したがっている、という意味なのだろうと思う。逆に言えば、平素でパワーを発揮していないということかもしれない。
もしかすると、職場での権限や家庭での威厳に、不満を感じているのかもしれない、ということがうかがえる。ま、余計なお世話だが。
■ 優れたリーダーと過ごすことが大事
私は最近、自分自身の登山者としての成長には、
どの山に行くかより、誰と行くかが大事
だと考えている。優れている、というのは、クライミング力でも、体力でもない。”頼りになる”も違う。”信頼関係”は、似ているがちょっと違う。
ピッタリ合う言葉がない。”敬意を感じる相手”は近い。が、それもピッタリではない。
何をもってして、優れたリーダーとするのか?は、人によって議論を呼ぶものであっても良いと思う。
が、優れているということは、たいてい、議論を呼ぶまでもなく誰の目にも明らかであるような気がする。
ただ優しいだけの”係りの者”をリーダーとしてありがたがる人は、便利さを求めているかもしれない。そういう人はツアー利用者に多いだろう。リーダーという名の、便利屋さんを求めているに過ぎない。日本人は特に便利に弱い人種なので気を付けたい。
相手の判断力が自分より劣るかもしれないと心配している、ということは、関係性としては、”子供と親”の関係に陥っているということだ。
登山は、”互いに子供同士”でいれるとき、すごく楽しい遊びなのではないだろうか?
■ 野遊び的登山
昨日は、とても楽しい登山だった。
そのせいで、今日はぐっすり寝て、そして、吉凶の良い夢を見た。自転車、りんご農園、夫、崇拝者、足元を見られるトラブルの上手な挽回。なんと夢の中で、銀行にさえ行き、敵から塩を送られた。夢は大抵、予言的なものだ。
昨日の大室山は、楽しかった。
どうして、その大室山がそんなに楽しかったのだろう?と考える・・・それは、
野山遊び
ではないか?と思う。
■ 登りは自由を獲得した
昨日は、登山道の無い山。地図読みの山。
気持ちが良かったのは、登りは、全く地図を見る必要がなかったこと。自分が思ったように歩いたら、自分の思ったように出た。
テープの類はぜんぜん見ようともしなかった。が、私が選んだところをテープが追いかけてきていた。テープの類はまったくあてにも参考にもしていない。ただ保証として機能しただけだ。
下りは一つ降りる尾根を間違えたが、間違えたというよりも、そもそも間違えないように注意しなかった。気ままに降りてきたのは、失敗込だからだ。ああそうか、と分かった、に近い。
下りも自由になるには、まだ少し練習が必要だが、登りはもう自由の身だ。
■ 空間認識
またぎのオジサンたちは、野山を駆け回って獲物を追いかけるときに、いちいち地図を見て現在地を分かっているだろうか?
そんなことはしていないだろう。たぶん尾根と大木や露岩、特徴のあるブッシュなどの代表的なランドマークが頭に入っているのだろう。
子供の頃、誰しも追いかけっこをして遊んだと思う。その時、道迷いを心配して遊んだだろうか?そんなことはしないと思う。
校庭のどこにブランコがあって、どこに大きな楓の木があり、どこが土俵なのか、そんなことは隅々まで知っていて、子供は現在地がどこか?なんて不安に思っていない。上級生になったら、「そろそろチャイムがなりそうだから、あまり遠くまで遊びに行かないでおこう」なんて考えることができるくらいだ。
別に校舎が見えていなくても平気だし、道なんてない。垣根や花壇もあまり境界線と思っていない。
子供のころ、何で現在地を認知していたか?というと、大木だったり、遊具だったりのランドマークであり、ランドマークとランドマーク間の位置関係であり、大まかな方角だった。
それは田んぼで遊ぶときも同じで、いちいち「この田んぼは3つめの田んぼ」なんて考えていない。青い屋根の家が前にあるから、ここだ、と分かっているだけだ。家からどれくらいの距離か?も分かっているし、途中にあるドブをどこで渡るのが一番楽かも分かっている。植木屋さんの林は見通しが悪いが、林の中でかくれんぼして遊んでも、外に出るまでの距離が分かっているから、迷子にはならない。
そういう空間の認知の仕方、それが愉しさの秘訣のような気がする。そこが裏庭になった感じだ。
人が一つの山に通う時、それは裏庭になる楽しさを味わっているのではないだろうか?自由自在に歩き回る感覚だ。
■ 空間認識の喪失と再獲得
学校の遠足で行った河原で、背丈以上の葦の草原に入り込んで遊んだことがあった。
強烈に面白かった。私の後ろに皆がムカデ競争みたいに連なって、葦をかきわけ、かき分け進んだ。縦横無尽に歩きまわり、最後はちゃんと集合の野っぱらに出たときは、達成感が快感だった。何しろ背丈より高い、密集した草の中だったから。
後になって本を読んで、そうした人間の背丈より高い葦原に、小さな子供が入ってしまい、親も見つけられず、死んでしまうという悲劇がよく知られていることを知った。
アメリカの大平原で葦原に入っていってはいけない。私は同じように自分の背丈以上あり、前後が全く見通しゼロの葦原で遊んで、楽しかった。あの時の楽しさは、探検とスリルを楽しんでいたと思う。でも迷子にならなくて良かった。先頭だったから責任は重大だ。
この葦原では空間認知の喪失と発見を繰り返すのが楽しかったのだ。
昨日の山では下山に当たる。下山では自分がどこにいるのか分からなかった。
でも、特段不安はなく、下れば町に降りれるということは分かっていた。新しい道を試したかったのだ。私と夫はよくこういうことを近所の場所でやっている。だから、自分がどこにいるかワカラナイ、ということに不安はない。
福岡にいたときも、近所の田んぼや用水路をそうやって散歩と称して探検に出かけた。現在地が分からなくなっても、知っているところに到達した地点で、ああここに来るのか、と分かる。それが楽しい。たぶん、あそこらへんにつくんじゃないか?と予想して、当たるともっと楽しい。
その楽しさは何と表現したらよいだろうか? 探検?一回わからなくなるのだ。そこが重要な気がする。 知らないところに行くのだから当然か。
■ アラートされていないこと
色々と、類似した楽しい体験を思い出してみたが、要するに昨日は、野山を探検する楽しさ、だった。それもあまり私のリスク管理能力が発動されることなく。
リスクに対して、極端にアラートされていないことは楽しさの要素の重要な部分だと思う。
アブナイから、アレしちゃダメ、コレしちゃダメ、と釘を刺されると、子供は面白くない。大体、釘を刺してくるのはお母さんだ。
自分のやりたいことを阻害する敵、は、いわゆる”ママゴン”であり、”学校の規則”とやらだ。それは、大体ホンネは、自分勝手なアブナイの大号令が多い。
私にとっては登山では
・一人で〇〇に行ってはいけない(危ない)
・登山ツアーに参加しないといけない(危ない)
・高額な〇〇という洋服を着ないといけない(危ない)
・〇〇というグレードが登れないと〇〇はいけない(危ない)
などであった。 結局、それらは ”不必要な脅し”で、正解は
・一人で行ける山もあれば、辞めた方が良い山もある
・登山ツアーへの利益誘導
・購入への利益誘導
・クライミングへの利益誘導
であった。 結局、自分に利益になるように誘導するため、損得のために”あぶない”が使われていた。 「あなたのためだから」というCMがあったがアレだ(笑)。
■ 頼りないリーダーがストレス
アラートされていないと楽しいということを裏返すと、リスク管理について登山の初心者の私が、とやかく言ってやらねばならない、ということ自体がストレスに感じている、ということだ。
私はリスク管理を人に任せたいわけではない。
が、自分で自分の心配をするだけで十分ではなく、相手の身の安全までを心配してやらなければならないような、言うなれば、”頼りない”人と山に行きたいわけでもないってことなのだろう。
■ 子供時代のトラウマ
私が、リスク管理に長けるようになったのは、トラウマの過去のせいだ(笑)。
我が家は母子家庭だったが、母はお嬢さん育ちの人だった。田舎の出だが、その地では知らぬ者がないほどの裕福な家に生まれたそうだ。後先を考えずにお金を使うことがあった。
中学に入ったころ、レーザーディスクが開発され、テープからCDに切り替わった。この時は高額なレーザーディスクプレイヤーが来た。そんな高級機器を持っているのは、近所でも我が家くらいだった。ワープロも同じで、来たのは、14歳の時。そんなものが使いこなせる人はうちにはいない。営業マンにうまいことほだされてしまったのだろう。
子供心にも、こうした高額出費は、意外だ。さらにいえば、意外を通り越して、「大丈夫なのだろうか?」につながった。まだ、経済的には無力な子供の時代に、私に危機感を抱かせた。開花した能力は、「このままではマズイのではないか?」と予測する能力だった。
後年、その予測は的中したので、私は悪い予想は的中するかもしれない、ということを学んだし、頼りとするべき人が必ずしも頼りになるわけではない、ということも学んだ。”子供は心配しないでやるべきことをやっていればよい”という大人の常套句も信用はしていない。思考停止は常に危険だ。大人を信じたところで、実際のトラブルは自分に降りかかる、ということも学んだ。
・リスク(物事がどう進むか?)は事前に予想できる
・頼りとする人が頼りになるとは限らない
・それで起きたトラブルは自分にも降りかかる
山での遭難に当てはめると、決断はリーダーの責任になるわけだが、リーダーが判断し、メンバーとしてそれに従い、実際にリーダーの判断が間違っていた場合、決断したのがリーダーだから、と言って、リーダーが責任を取れるのか?というと取れない。腹が減り、凍傷になるのは自分だ。
判断する責任はリーダーにあるが、結果責任はチーム全体が負うのだ。
判断するのはリーダーでも凍傷に成ったり、低体温症で死んだりするのは、チームの中で、弱い人であるのが常だ。
余談だが、国の政治も同じ。リーダーは判断する責任を負うが、その判断の結果起ったことの結果について責任は国民全員が負う。
不必要なダムをつくる決断をするのはリーダーだが、その結果、無駄遣いしたお金を誰が出すのか?国民全員だ。
つまり、判断は委託、結果責任は共同責任、が世の習わし、だ。
■ ストレス源
というわけで、私のリスク認知力、が優れるのは、後天的な学習の結果だ。逆に言うと、
頼りにならないリーダーについて行かなくてはならない立場に陥るのが、最もストレス
になる。これは女性だったり、若年だったりするとそういう立場に追い込まれることが多い。社会は、男性で、年齢が高いほうがより判断力に優れるという前提で動いているが、それが必ずしもそうでないことは、学校生活から明らかだろう。判断力に優れる人は子供にもいるし、女性にもいる。しかし、社会は実態と同じようには動いていない。
大人になり、会社に勤めるようになったが、上司が思うように動かなかったことがあった。
あるソフトウェア製品があり、それは日本市場を席巻できるようなポテンシャルを持っていたので、大きな業績巻き返しが計れそうだった。しかし、営業攻勢を上司が掛けない。私がいくら進言しても無駄だった。
1年たって、その製品は商売敵が、会社ごと丸ごと買収してしまった。つまり、その製品の営業権を買い取るだけでなく、製品開発の技術力丸ごとを社員を含め、買い取ってもいいくらい、将来性、見込みのある技術だったのだ。
私は業界に入って1年、会社は何年も細々としていたが、製品の目利き、ユニークさで知られていた。メジャーにのし上がるチャンスだったのに、みすみすそのチャンスに気も付かずに、棒に振ったのだった。チャンスの女神に前髪があっても後ろ髪はない。
なので、リスク、だけでなく、チャンスにも私は目ざとい。
リスクの把握がネガティブな未来の予想だとすると、チャンスの把握はポジティブな未来の予想だ。
そして、どちらにしても、リーダーと見解が一致していないことは私にとってストレスになる。
リスクの把握=ネガティブな未来予想
チャンスの把握=ポジティブな未来予想
■ 論理的判断と認知的不協和
そうなると、そのストレスを避けるにはどうしたらいいか?ということになる。
こうした未来予想は、志向性があるものではなく、論理的判断でしかない。クリティカルシンキングができていれば、大抵の人は同じ結論に陥る。
どうでもいいが、トポに書いてあることを「まさか本当に〇〇があるとは・・・」と言っていた人がいたのだが、どうしてトポに書いてある事実をゆがめて理解することができるのだろう?
それは認知的不協和と言われている心理現象だ。都合の良いように事実をゆがめて解釈する。
例えば、タバコはがんのリスクを4倍に高める、ということが事実として知られているとなると、禁煙は、嗜好性のある選択肢ではなくなる。健康を守りたい人にとっては、喫煙は不合理な選択となる。
そこで、「タバコを吸っていても長寿の人もいる」と反論したりする。感情的反発だ。これが認知的不協和。
基本的に図星のことは、怒りで反応する。逆に言えば怒りが湧いてきたときは、「図星なんだな」ということだ。
そうした感情的反発で行動を決定する人は、心が幼い人だ。憎めないが尊敬は得られないだろう。
山では感情で考えるより、合理的に考えるほうが危なくない。
■ シナリオ想定力の強さが経験値に現れる
3ピッチを登るのに2時間半かかっていたら、6ピッチなら5時間かかるだろうと予測するのは、合理的だ。そこからコースタイムが出て、日暮れまでに終れないなら、ビバークになる。
そうすると、ビバークは、forcedビバークではなく、forecastビバークになる。それを予測しない人は多い。
そうした、計画段階で最初から見えているリスクを予測しないリーダーの元では、私はストレスに晒されるだろう。
リーダーには、少なくとも自分と同等か、自分より優れていることを期待しているからだ。
言いたくない言葉だが、愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。6ピッチ登ってみて、「あれ?日が暮れちゃった。ビバークしなきゃ」と言うのは愚者であり、「このあたりで15時になっているはずだ。地図上で幕営地候補を見ておこう」と思うのは賢者だ。登山では、
シナリオ想定力
と言われている。
シナリオ想定力は登山経験の豊富さで強化される。逆に強化されていない人は、登山歴40年と言っても、素人と同じだ。
だから、登山歴の長さで説得されて、リーダーシップを受け入れてはいけない。あくまで自分の目で見て判断して、その人のリーダーシップを受け入れなくてはならない。
私は、予想できるリスクが手当されていないのは嫌だ。分かっていてドツボにわざわざハマりに行くということ。これは冒険でもなんでもない。ただの愚行だ。
登山は予想のつかなさに、自分をゆだねてみる勇気を試される場
ではあっても、わざわざ愚かさを体験しに行く必要はない。
お酒を大量に飲めば判断力が落ちる。子作りすれば子供ができる。子供を産めば育てなくてはならない。これらには経験はいらない。要るのは常識だ。物事はその通りにしか進まない。物事がそのことわり通りに進むのは、不運であるとは言えない。何と言えるのか?後先考えずに、ただ欲望のままに動いた、とは言えるかもしれない。
■ 破天荒について考えてみる
破天荒とは、「今まで人がなし得なかったことを初めて行うこと」。
そうした豪傑と言える歴史上の人物に大食漢や好色家が多かったりしたのは、事実であるかもしれない。
が、大食や好色をしたからと言って豪傑にはなれない。破天荒が行えるともいえない。だから、逆は真なり、とは言えない。
偉業を伴わない、ただの酒好きや好色を正確に表す言葉は、なんだろうか? ”放蕩”であって、”破天荒”ではない。
破天荒な大男にあこがれる場合、最も、模倣が簡単なのが、大食、飲酒、喫煙、女色だ。
これは男性がパワーを誇示したがっている、という意味なのだろうと思う。逆に言えば、平素でパワーを発揮していないということかもしれない。
もしかすると、職場での権限や家庭での威厳に、不満を感じているのかもしれない、ということがうかがえる。ま、余計なお世話だが。
■ 優れたリーダーと過ごすことが大事
私は最近、自分自身の登山者としての成長には、
どの山に行くかより、誰と行くかが大事
だと考えている。優れている、というのは、クライミング力でも、体力でもない。”頼りになる”も違う。”信頼関係”は、似ているがちょっと違う。
ピッタリ合う言葉がない。”敬意を感じる相手”は近い。が、それもピッタリではない。
何をもってして、優れたリーダーとするのか?は、人によって議論を呼ぶものであっても良いと思う。
が、優れているということは、たいてい、議論を呼ぶまでもなく誰の目にも明らかであるような気がする。
ただ優しいだけの”係りの者”をリーダーとしてありがたがる人は、便利さを求めているかもしれない。そういう人はツアー利用者に多いだろう。リーダーという名の、便利屋さんを求めているに過ぎない。日本人は特に便利に弱い人種なので気を付けたい。
相手の判断力が自分より劣るかもしれないと心配している、ということは、関係性としては、”子供と親”の関係に陥っているということだ。
登山は、”互いに子供同士”でいれるとき、すごく楽しい遊びなのではないだろうか?
Wednesday, February 25, 2015
大室山北尾根
■ 今日は大室山に行っていました。
今週はお天気が悪く、唯一お天気が回復しそうなのは、水曜日でした。そこで、水曜に登山の予定を入れました。
無雪期は、車の手配が不要なので、気が向いたら行けますが、今の時期は、スタッドレスが必要なので、予定を見て、夫に車を交換してもらいます。
5:10、家を出ると、なんだか怪しいお天気。でも、陽が上がるにつれて晴れるでしょう、と思っていました。甲府を出るあたりでも曇り。富士吉田の方へ走ると、どんどん山が霧を被っていきます。今日は晴れる予定なのに・・・と思いつつ、三つ峠の山頂辺りはうっすらガス。河口湖あたりからは、富士山は拝めず。
さらに走らせると、忍野のあたりで、解け残っている雪が樹林帯の根元に見えます。
どんどん天候は悪くなっていき、山中湖についた当たりでは、とうとう大粒の雨粒が・・・。山中湖は当然何も見えません・・・。今日は師匠は、宝永山に行っているはずなのですが、これでは宝永山はホワイトアウトで、火口付近は何も見えないだろう、と思いました。
道志道を行きながら、転進先を考える・・・。今日はどうも、太平洋寄りの山はダメで、甲府盆地から北、のほうが良いのではないか・・・?
とすると、この時間から・・・と考え、こういう曇りの日では、やはりアイスができればなぁ・・・と思ったりしたのでした。今日は上荒井沢いいかもしれません。アイスをする分には天候はそんなに影響しません。ただ暖かすぎ溶けてしまうと難しい・・・
7:00の約束で、道の駅どうしに着くころには、「今日は稜線までかもな」と思っていました。同行者は、もう待ち合わせ場についていて、ベテランですが、不安顔です。やはり天候が思わしくないのです。
とりあえず登山口へ。 登山口で相談。今日は、道なき道を行く山で、地形を読みながら行く予定なので、地図を見てルートの相談しました。
私の提案は、ちょっと広い頭がある尾根を登りに使う。広い頭というのは、下山でのルートファインディングが難しいのです。下りで広い尾根を使うのは、難しいので、広い尾根は登りに使い、狭い尾根を下りに使う提案です。それで行きましょう、ということになり、林道から適当に尾根の取り付きを拾って登ります。
もうミツマタの花が咲いていました。群生していました。
今週はお天気が悪く、唯一お天気が回復しそうなのは、水曜日でした。そこで、水曜に登山の予定を入れました。
無雪期は、車の手配が不要なので、気が向いたら行けますが、今の時期は、スタッドレスが必要なので、予定を見て、夫に車を交換してもらいます。
5:10、家を出ると、なんだか怪しいお天気。でも、陽が上がるにつれて晴れるでしょう、と思っていました。甲府を出るあたりでも曇り。富士吉田の方へ走ると、どんどん山が霧を被っていきます。今日は晴れる予定なのに・・・と思いつつ、三つ峠の山頂辺りはうっすらガス。河口湖あたりからは、富士山は拝めず。
さらに走らせると、忍野のあたりで、解け残っている雪が樹林帯の根元に見えます。
どんどん天候は悪くなっていき、山中湖についた当たりでは、とうとう大粒の雨粒が・・・。山中湖は当然何も見えません・・・。今日は師匠は、宝永山に行っているはずなのですが、これでは宝永山はホワイトアウトで、火口付近は何も見えないだろう、と思いました。
道志道を行きながら、転進先を考える・・・。今日はどうも、太平洋寄りの山はダメで、甲府盆地から北、のほうが良いのではないか・・・?
とすると、この時間から・・・と考え、こういう曇りの日では、やはりアイスができればなぁ・・・と思ったりしたのでした。今日は上荒井沢いいかもしれません。アイスをする分には天候はそんなに影響しません。ただ暖かすぎ溶けてしまうと難しい・・・
7:00の約束で、道の駅どうしに着くころには、「今日は稜線までかもな」と思っていました。同行者は、もう待ち合わせ場についていて、ベテランですが、不安顔です。やはり天候が思わしくないのです。
とりあえず登山口へ。 登山口で相談。今日は、道なき道を行く山で、地形を読みながら行く予定なので、地図を見てルートの相談しました。
私の提案は、ちょっと広い頭がある尾根を登りに使う。広い頭というのは、下山でのルートファインディングが難しいのです。下りで広い尾根を使うのは、難しいので、広い尾根は登りに使い、狭い尾根を下りに使う提案です。それで行きましょう、ということになり、林道から適当に尾根の取り付きを拾って登ります。
こうした地図読みの山は、取り付きが核心なので、尾根に乗れば安心。最初の943のピークはなんなくクリア。その後も雨乞い岩などの、ランドマークを次々制覇して、標高1000を超えたあたりから、雪が深くなり始めます。
雪で進行が遅くなり、汗が吹き出します。でも、すばらしいブナの疎林です。一瞬雲の切れ間に日が差し、ちょっとドッキリ&ウットリな素敵な景色が見れました。
稜線上に上り詰めたころには、最中雪のラッセルも終わり、縦走路はしっかり人に踏み固められていました。大室山には11:30に付きました。
一帯は、美しいブナの森で、霧が出て幻想的でした。ただお天気の方が回復傾向のはずなのに兆しもなく、まったく晴れる気配もない・・・。最初のうちは少し雨の気配さえしたくらいです。
同行者はもう帰りましょう、といつ言い出すかしら・・・と思うくらいでしたが、なんとか稜線に出ると、
あまりに美しい景色に、こんな日でもやはり山に来て良かった、と思いました。
こうした里山、景色が展開する様は、まるで日常から徐々に非日常に移行する、生と死の間を行き来するかのようです。
というのも、里山では下の方には雪など全くなく、生活感があふれたスタートです。何しろ人のための森である植林地でスタートし、踏み跡も濃い中を、徐々に高度を上げていくにつれ、人の手の跡が薄れ、徐々に自然林、天然林の割合が増えていくのです。
そして最後は幻想的な白い世界。霧氷と雪の世界は、まるでおとぎの国のようです。なんだか考えてみるとすごいコントラストなんです。
稜線を小一時間。とても美しい道でした。樹氷が発達して、霧に囲まれ、白い花が黒々として枝に咲いたようです。非現実的な感覚さえする道です。
しばらくは樹氷満喫。ただ道がアイス交じりなので気が抜けません。今日は二人とも鋲付長靴ですから、アイゼンほどの安心感は得られないので、転ばないように用心しながら進みます。
下が凍っていたので結構盛大に滑り、なんとか立木に引っかかって停止。結構強く、お尻を打ってしまったようです。
下山は明瞭な細い尾根を選んだので、油断をしてしまい、ランドマークのあるところで、ひとつ左の尾根に入ってしまい、予定より、大幅に西の方にずれて降りてしまいました。尾根の上に明瞭な踏み跡が続いていたので、この道がどこに続く道なのか、見てみたくなってしまったのです。
これは、この辺の山が、下りさえすれば、そして危険を避けさえすれば、どう降りても、ふもとの国道に通じる、ということが安心材料として持っていたためです。しかし、そうした踏み跡に踏み込むまで、予定と違った尾根に入ったとは考えず、とりあえず行って見よう!と歩いてしまった感じです。
やはり尾根の末端に来たら、コンパスをシビアに当てなくてはいけません。メリハリ登山が必要。
ただ私は気の向くままに歩く山も好きなので、安全だとわかっていたら、時には、どこへ行くのか分からない道を取ってみるのも良いと思います。
大体探検ってそんなものです。
大体探検ってそんなものです。
もうミツマタの花が咲いていました。群生していました。
Tuesday, February 24, 2015
『チャレンジ!アイスクライミング』17500円
今日は図書館に行って
『チャレンジ!アイスクライミング』
を借りてきた。
この本、今アマゾンで17500円もする・・・ ちょっとしたオークション状態だ。
定価は2000円・・・(^^;)
甲府は、去年、古くくたびれ、浮浪者以外誰も利用していないような様子だった県立図書館が、建て替えになり、きれいになり、まるで関空みたいな空間になった。
その途端に利用者が増えた。 中身は同じなのに・・・で、中身の方だが、山の本は、なぜか良書は書庫に置いてある。
日本登山大系は全巻書庫だし、『八ヶ岳研究』は登山の部ではなく、郷土資料に入っているので、登山の人の目にはつかない。
登山の方で、では、純スポーツチックな、クライミング系が充実しているか?というと、そうでもなく、置いてあるのは、当たり障りのないような、面白くないモノばかりで、面白い本、登山の世界で読むべきとされているような本はみんな書庫の方には行ってしまっているのである。
なのでブラウジングして読むような読み方はおススメではない。 おススメは検索して、必要な本を図書館に行く前に予約して、図書館側に用意してもらうこと。
このヒロケンの『チャレンジ!アイスクライミング』も同じで、わざわざ請求して書庫から出してもらわないと借りることができない・・・ でも逆に言えば、出向く前に請求して置けば、図書館側が、用意して出しておいてくれる。
というわけで、アマゾンで17500円で取引されている2000円の本が、まったく日の目を見ないような形で、仕舞い込まれ、活用されないでいるのが現状だ。
請求しないと出てこない・・・は、そのまま登山界を表現しているような気がしないでもない。
ということは、無料で17500円もの本を借りてこれる私は、目利きであって、なおかつ、超ラッキーってことなんだろうな!ってことで今日は終ろう。
しかし、上荒井沢って、カモシカルンゼのことだったんだ・・・芦安の氷瀑っていうから、沢の名前は単純に伝丈沢とか金石沢みたいに一般的な沢のイメージでした。いくつも大きな氷瀑がかかっている超有名ゲレンデだった。
とりあえず、今度温泉に入りに行くついでに見てこようっと。
ここはごひいきにしている桃の木温泉の上で、夫と堰堤で遊んだ時に、すごい氷だったのを覚えている・・・桃の木温泉の送水管だろうか?そこから漏れている水で出来た氷が太くて、それ自体も登れそうだった。
アイスはまだリードができないので、登れない滝ではあるが、滝って夏でも見るだけでもすごく感動するものだ。
滝を見る、という目的で登山する人がいないのはなんでなんだろう?
『チャレンジ!アイスクライミング』
を借りてきた。
この本、今アマゾンで17500円もする・・・ ちょっとしたオークション状態だ。
定価は2000円・・・(^^;)
甲府は、去年、古くくたびれ、浮浪者以外誰も利用していないような様子だった県立図書館が、建て替えになり、きれいになり、まるで関空みたいな空間になった。
その途端に利用者が増えた。 中身は同じなのに・・・で、中身の方だが、山の本は、なぜか良書は書庫に置いてある。
日本登山大系は全巻書庫だし、『八ヶ岳研究』は登山の部ではなく、郷土資料に入っているので、登山の人の目にはつかない。
登山の方で、では、純スポーツチックな、クライミング系が充実しているか?というと、そうでもなく、置いてあるのは、当たり障りのないような、面白くないモノばかりで、面白い本、登山の世界で読むべきとされているような本はみんな書庫の方には行ってしまっているのである。
なのでブラウジングして読むような読み方はおススメではない。 おススメは検索して、必要な本を図書館に行く前に予約して、図書館側に用意してもらうこと。
このヒロケンの『チャレンジ!アイスクライミング』も同じで、わざわざ請求して書庫から出してもらわないと借りることができない・・・ でも逆に言えば、出向く前に請求して置けば、図書館側が、用意して出しておいてくれる。
というわけで、アマゾンで17500円で取引されている2000円の本が、まったく日の目を見ないような形で、仕舞い込まれ、活用されないでいるのが現状だ。
請求しないと出てこない・・・は、そのまま登山界を表現しているような気がしないでもない。
ということは、無料で17500円もの本を借りてこれる私は、目利きであって、なおかつ、超ラッキーってことなんだろうな!ってことで今日は終ろう。
しかし、上荒井沢って、カモシカルンゼのことだったんだ・・・芦安の氷瀑っていうから、沢の名前は単純に伝丈沢とか金石沢みたいに一般的な沢のイメージでした。いくつも大きな氷瀑がかかっている超有名ゲレンデだった。
3年も前の写真 桃の木温泉 |
ここはごひいきにしている桃の木温泉の上で、夫と堰堤で遊んだ時に、すごい氷だったのを覚えている・・・桃の木温泉の送水管だろうか?そこから漏れている水で出来た氷が太くて、それ自体も登れそうだった。
アイスはまだリードができないので、登れない滝ではあるが、滝って夏でも見るだけでもすごく感動するものだ。
滝を見る、という目的で登山する人がいないのはなんでなんだろう?
Monday, February 23, 2015
曇りの日はクライミング
■ 曇りの日用
そう、なんでそもそもアイスクライミングを始めたのか、考えていたのだった…
それは、曇りの日も山を愉しむため。
私が登山をしているのは、くどいようだが、山梨に夫の転勤で来ているため。今いる場所の利点を生かして暮らす。同じことなら、都会ではできない活動をするのが良いと思うからだ。
山梨という地の利を、登山という観点で見ると、
・冬季に晴天が多く、冬季の登山に有利
・寒いが雪は多くない = 氷瀑が良く発達する
ということを理解するようになった。
これを日本海側と比較してみると全く違う。日本海側だと、私のような一般レベルの登山者は、冬は登山とは一切関係ない。山と言うよりスキーだろうし、より自然に近いバックカントリーはリスクが桁違いに高い。スキー場通いになるとお金がかかるし、自然と親しむための手軽な遊びとは言えない。
さて、岩登りやアイスクライミングで、いわゆる”ゲレンデ”というものについて知るようになってみると、山梨の周辺は
・有名な岩場のゲレンデが多い (三つ峠や小川山など)
・アイスのゲレンデも多い (岩根、南沢大滝小滝、湯川渓谷)
ということを知るようになった。
だから、地元をよく知り、地元の自然で遊ぶという意味で、ロッククライミングとアイスクライミングは、山梨の登山者なら、親しんで良いアクティビティだと思う。”地元の自然”とお近づきになるための一つの手段として。
私は、地元そのものを楽しむという、行動半径の小さい中での充実を目指しているので、やはりそうならざるを得ないというわけだ。
長野県では小学校でスキーをやるそうだが、同じことを山梨ではロッククライミングでやったらいいのに、と思うくらいだ。
これが冬はアイスクライミングになる。雪が多い地方では、アイスはめったに発達しない。山梨は雪が少なく、寒いからこそ、と言える。
というわけで、地元のアイスには、どれも見るだけでも行って見たいと思っている。
■ 夏
冬の曇りの日にアイスが良いなら、夏の曇りの日は沢が良い。
ところが、残念ながら、山梨は沢登りのメッカとは言えない。
沢については、丹沢にどうしても譲るようだ。また、きれいなナメということでいうと、どうしても雪が多い土地柄のところの方が、豊かできれいなようだ。
それはどうしてなのだろう?
ともかく、夏を愉しむアクティビティは、山梨ではイマイチ乏しい・・・高い山と言うことで言えば、北アにやはり第一人者の地位は譲るだろうし、南アルプスは森林という山が多く、さわやかさというよりは、うだるような暑さを思ってしまう・・・もちろん入ったら、山は涼しいのだろうが、イメージがうっそうとしている。遠くまでスッキリ見渡せる、という爽快さとは別だろう。
それに便が悪く、南アを愉しむとしても、玄関口は静岡であって、山梨ではないかもしれない・・・。
夏の登山と言えば、富士山だが、富士山は登山者の山ではなく、誰もが異様なお祭り騒ぎだと言っている。
高山もダメ、沢もダメ、となると、何が残るのか? 洞窟(笑)?
と言う風に、アレコレ考えてみると、やはり山梨の登山の表シーズンは、晴天が多い冬、という気がする。
あまり知られていないが、甲府は本当に晴れが多い土地柄だ。もっとも晴天率が高いのは二月で、だから、二月が充実するとうれしい。ま、今年も二月は我が懐から去りつつある・・・。
去年はたしか、2月は初旬に異様な温かさ、今頃は大雪で缶詰だった。
山梨ならではの山って、他に何があるだろう?
山梨の山ベテランに、地元の楽しみ方を伝授されてみたいものだ。
そう、なんでそもそもアイスクライミングを始めたのか、考えていたのだった…
それは、曇りの日も山を愉しむため。
私が登山をしているのは、くどいようだが、山梨に夫の転勤で来ているため。今いる場所の利点を生かして暮らす。同じことなら、都会ではできない活動をするのが良いと思うからだ。
山梨という地の利を、登山という観点で見ると、
・冬季に晴天が多く、冬季の登山に有利
・寒いが雪は多くない = 氷瀑が良く発達する
ということを理解するようになった。
これを日本海側と比較してみると全く違う。日本海側だと、私のような一般レベルの登山者は、冬は登山とは一切関係ない。山と言うよりスキーだろうし、より自然に近いバックカントリーはリスクが桁違いに高い。スキー場通いになるとお金がかかるし、自然と親しむための手軽な遊びとは言えない。
さて、岩登りやアイスクライミングで、いわゆる”ゲレンデ”というものについて知るようになってみると、山梨の周辺は
・有名な岩場のゲレンデが多い (三つ峠や小川山など)
・アイスのゲレンデも多い (岩根、南沢大滝小滝、湯川渓谷)
ということを知るようになった。
だから、地元をよく知り、地元の自然で遊ぶという意味で、ロッククライミングとアイスクライミングは、山梨の登山者なら、親しんで良いアクティビティだと思う。”地元の自然”とお近づきになるための一つの手段として。
私は、地元そのものを楽しむという、行動半径の小さい中での充実を目指しているので、やはりそうならざるを得ないというわけだ。
長野県では小学校でスキーをやるそうだが、同じことを山梨ではロッククライミングでやったらいいのに、と思うくらいだ。
これが冬はアイスクライミングになる。雪が多い地方では、アイスはめったに発達しない。山梨は雪が少なく、寒いからこそ、と言える。
というわけで、地元のアイスには、どれも見るだけでも行って見たいと思っている。
■ 夏
冬の曇りの日にアイスが良いなら、夏の曇りの日は沢が良い。
ところが、残念ながら、山梨は沢登りのメッカとは言えない。
沢については、丹沢にどうしても譲るようだ。また、きれいなナメということでいうと、どうしても雪が多い土地柄のところの方が、豊かできれいなようだ。
それはどうしてなのだろう?
ともかく、夏を愉しむアクティビティは、山梨ではイマイチ乏しい・・・高い山と言うことで言えば、北アにやはり第一人者の地位は譲るだろうし、南アルプスは森林という山が多く、さわやかさというよりは、うだるような暑さを思ってしまう・・・もちろん入ったら、山は涼しいのだろうが、イメージがうっそうとしている。遠くまでスッキリ見渡せる、という爽快さとは別だろう。
それに便が悪く、南アを愉しむとしても、玄関口は静岡であって、山梨ではないかもしれない・・・。
夏の登山と言えば、富士山だが、富士山は登山者の山ではなく、誰もが異様なお祭り騒ぎだと言っている。
高山もダメ、沢もダメ、となると、何が残るのか? 洞窟(笑)?
と言う風に、アレコレ考えてみると、やはり山梨の登山の表シーズンは、晴天が多い冬、という気がする。
あまり知られていないが、甲府は本当に晴れが多い土地柄だ。もっとも晴天率が高いのは二月で、だから、二月が充実するとうれしい。ま、今年も二月は我が懐から去りつつある・・・。
去年はたしか、2月は初旬に異様な温かさ、今頃は大雪で缶詰だった。
山梨ならではの山って、他に何があるだろう?
山梨の山ベテランに、地元の楽しみ方を伝授されてみたいものだ。
去年の大雪 |
今週は雨の日が多そうです
■ 雨の日の過ごし方
この週末は、岩の予定があったが雨で中止になった。2月の雨。雨水だ。もう春ということだ。
久しぶりの岩で張り切っていたので、ちょっと残念ではあった。
とはいえ、今回は、熟練クライマーと過ごすというのが目的だった。クライミング力は60歳になった時に今ぐらいを維持できていればいいのだ。クライミングは老後用だ(笑)。
急な山行中止の時、夫もビレイだけでいいからできたらいいのになぁと思う。というのは、曇りの日は、ゲレンデのクライミングに最適だからだ。
甲府は雨が少ないので、乾いた岩はアチコチにあり、アイスも岩根まで行けばいいだけのことだ。トップロープのビレイなんて誰でもでき、”技術”になんてものには入らないので、急遽予定が変更してしまって、浮いた時間をつぶすにはちょうど良い。
ゲレンデのクライミングなんて、その程度のもので良いのではないだろうか?だから、誰もお金を払いたくなくて、”無料の”岩場や氷瀑に人が群がるわけだけれども…。
要するに、その日は山遊びをすることにすると決めてしまっているのである。山遊びなら、何でも良いので、晴れは尾根、曇りはゲレンデクライミング。そうしておけば大抵の天候で遊べる。
今すぐ11にならなくても、別に困りはしない。40代から登山を趣味にしても、残る登山人生は、少なくとも20年はあるのだ。その半分の10年をかけて上達しても、特に何も困らない。
その上、私の狙いは初級のルートで、その到達点はすでに山頂が見えている。後はゆっくり上がって行けばいいのだ。
急いでクライミング力だけを上げたところで、一体どこへ行こうというのだろう?
自分が到底行きたいと思えないような、ベルクラアイスをこわごわ登る羽目にならないように、登れないものは、登らないで良いと世間が分かってくれるレベルにいるのがちょうどよろしい。
そうでないと、とんでもない場所でビレイさせられる羽目になるかもしれない。大抵のクライマーが求めているのは、ビレイヤーであってクライマーではないことには用心しておくべきだ。長時間のビレイが負担なのは、もっと知られて良いことかもなのかもしれない。
■ 快適な高さ
アイスについては、今のところ、登りたいと思えるのは、10mやそこらの滝だ。30mにはビビッて登れない。10mが3回続くのは、とても楽しいだろうが、30mが一回出てきたら、もうクライミングは辞めて見るだけだ。サイズに圧倒されて、とても登れるようなものとは思えない。
そういえば、南沢大滝は40mある。あれも最初一目見たときは、ビビった。正直、あんなもの、登れるんだろうかと思った。結果は、登れたし、今では大滝を見ても圧倒まではされない。
ので、まぁそうやって、見た目の印象に引きづられて、やる前からあきらめない、喰わずキライをしない、という姿勢は重要だ。最初から無理と決めてしまうのは、自分の可能性を閉ざす態度であり、その根本のところの動機は臆病さだ。
■ 見栄で引くに引けない
ただ、男性諸君は、気を付けないと「お前、階段10段跳べる?」の罠に陥ってしまう。小さな男の子たちは、誰が10段跳べるかで競争している。もちろん、正解はだれも10段跳べない。その中で引っ込みがつかなくなった子が10段を飛んで、そして怪我をする。
社会人レベルで「お前、階段何段跳べる?」をやらないようにしないといけない。秋にエベレストに登れば、次は冬に、と社会は無責任に期待する。その期待と言うプレッシャーをはねのけることができずに、無理と本人も分かっているが出かけて行って死ぬ。そのような愚はおかさないようにしなくてはいけない。
そのこと自体が弱さを表すので幼稚だ(が憎めない)。それだけなら、人間的未熟さを露呈しているだけだが、エベレストで死ぬなら、まだ恰好がつく。
が、八ヶ岳程度の入門ルートでは…。人間のスケールの小ささを露呈してしまうのがオチだ。そうなると憎めないヤツというより、滑稽になってしまう。自分が見えていないからだ。
■ ヒヨドリ
月曜日はOFFだ。週末は、妻にとってはハイライト。週末という、当てがい扶持でない時間の使い方に生き方が出る。そうした時間をいかに楽しく過ごすか?
それで、岩がキャンセルになり、家にいることになったのだけれども、何をしていたかと言うと、いつもミカンを求めてやってくるヒヨドリを隠し撮りしようと、ミカンの脇にカメラを設定して、ずっとヒヨドリの到来を待っていたのだった…(笑)。
ヒヨドリ、夫が観察しようとすると、すぐ逃げてしまう。私がいつもの席に座ってみていても、逃げない。私と夫では、出しているオーラが違うんじゃないだろうか?というわけで、夫は私が見ている面白映像が見れていない。
後はカボチャを蒸して、ニョッキを作ったり、手の込んだ料理をして遊んでいた。主婦がいる贅沢だ。
■ オリエンテーリング&焚火
夫も私も、観察することがすごく好きなので、観察系の野外活動はいいのかもしれない。
私と夫が一番燃えるのは、宝さがしゲーム(笑)。彼はオリエンテーリングにはめっぽう強い。
なにしろ、スノーゲインと言うオリエンテーリングの大会で、初参加2位だった。それも、かなり1位と僅差の。それで、スノーゲインは我が家の定番行事にしようと思い、大会を検索するが、今年は開催されていないようで、残念だ。
夫は火を使う活動にも目の色を変えている。本人は気が付いていないが、びっくりするくらい用意周到に、かまどを組み立て、新聞紙一枚で火を熾すことを自分に課し、そして必ず火をつけてくれる。頼りになるとはこのことだ、と思う。
いつだったか、出合小屋で、だるまストーブに火を付けたかったが、火熾し名人が誰もいなくて、残念ながら、温かい火を囲むことはできなかった。クライミングできなくても別に死なないが、火が熾せるのと熾せないのでは、だいぶピンチの時に違う。
サバイバル能力、がある男性はカッコ良い。
■ 身体への関心
思うに夫は、人間の肉体に対する興味が余りないのだろう。
人間のカラダ、は、自分にとって一番身近な自然だ。どうして眠くなるのだろう?どうしてお腹がすくのだろう?から始まって、人間は体に支配されている。その体を人間の側が、意図的に支配しようとすると、どうしても、身体をコントロールするニーズが出てくる。
人の関心や興味は、半ば生まれつきだ。視覚情報で学ぶのが得意な人もいるし、言語情報で学ぶのが得意な人もいる。海外ではそれぞれの特性に合った教え方、教授法の研究も盛んだ。その点は日本では教え方は固定的で、身体的に学ぶ人には学校生活は、不利に出来ている。
最近では痩せたい、というのが、もっぱらの運動にニーズだが、運動が好きな人は、自分の体に対して、研究し、瞑想している。
かすかな重心の差をうまく読み取る。どの筋肉を使って何をしているか、言い表せる。そして、うまく動かせるという自信を持っていると思う。 長年乗ったクルマみたいに、癖を知り尽くしている、という感覚だ。
歩くことは、バランスの遊びだ。バランスが良ければ良いほど、長く歩いても疲れない。疲れないから楽しい。
矛盾するようだが、急いで歩くということを手放すと、バランスが良い歩きができ、結果疲れず、長く歩ける。
それは、生き方にも通じるような気がする。もっともっと、と際限なく求めなければ、バランスが良い生活ができ、そして、充実し、結果、満足が得られるのではないだろうか?
■ 4スタンス理論
最近、4スタンス理論と言うのを知った。 人間の重心には4つのタイプがあるという理論だ。
私は、ヨガを教えているので、人のカラダをよく見ている。それにバレエを20年やっていたせいもあって、姿勢にはウルサイ。解剖学は仕事で勉強した。
人間には、前バランスの人と後ろバランスの人がいるのは、バレエをする人には当然の知識だ。 そして、重心が内側(解剖学の専門用語で、人間の中心側)寄りの人と、そうでない人がいる。片足立ちさせるとすぐわかる。
それは実際に生徒さんを見ていて、実感することだ。ただ立つだけでバランスが全然違う。これは矢状面(横)から見る。耳と肩峰が揃っているのが普通だが、かかとバランスの人はかかとに重心が逃げているため、バランスして首が大抵前に出ている。ただこれは不良姿勢と考えられている。
普通の人もオフィスワークが長いとそうなってしまう。
4スタンス理論では、一つのバランスを正解とするのではなく、それぞれのバランスに合った動作のコツがあるとする。
歩くということは、それだけ多彩なバランスで、できることなのだ。厳密でなくても歩ける。どんなバランスでも出来ることなのであれば、楽をするのに、これは役立つかもしれない。
正しい一つの歩き方があるわけでなく、自分に合った歩き方がある、というわけだ。
余談だが、外国人の歩き方は颯爽としているが、日本人はすり足気味で歩き方がかっこ悪い。友達でドイツに留学していた人はドイツ人から歩き方を直されたくらいだ。歩き方はお国柄が出る。ので、生まれつき、としてしまうのは、尚早な結論かもしれない。
歩いている間は、退屈したら、私は常にそういうことを考えている。今はバランスがこっちだな、とか試しにバランスを変えてみようとかだ。
たぶん、それが私がヨガの先生になった理由で、夫がソフトウェアのエンジニアである理由なんだろう。
歩く時も、岩の上だけを歩くことにしようとか、葉っぱの上を歩くことにしてみようとか、勝手にマイルールを作って歩いている。
山好きな人はみなそうなのではないかと思っていたら、そうでもないようだ。
ただ、内的にどういうことをしながら歩いているかを聞くのは、とても楽しい。
今週はずっと天気が悪い。山はあまり充実できないだろう。
この週末は、岩の予定があったが雨で中止になった。2月の雨。雨水だ。もう春ということだ。
久しぶりの岩で張り切っていたので、ちょっと残念ではあった。
とはいえ、今回は、熟練クライマーと過ごすというのが目的だった。クライミング力は60歳になった時に今ぐらいを維持できていればいいのだ。クライミングは老後用だ(笑)。
急な山行中止の時、夫もビレイだけでいいからできたらいいのになぁと思う。というのは、曇りの日は、ゲレンデのクライミングに最適だからだ。
甲府は雨が少ないので、乾いた岩はアチコチにあり、アイスも岩根まで行けばいいだけのことだ。トップロープのビレイなんて誰でもでき、”技術”になんてものには入らないので、急遽予定が変更してしまって、浮いた時間をつぶすにはちょうど良い。
ゲレンデのクライミングなんて、その程度のもので良いのではないだろうか?だから、誰もお金を払いたくなくて、”無料の”岩場や氷瀑に人が群がるわけだけれども…。
要するに、その日は山遊びをすることにすると決めてしまっているのである。山遊びなら、何でも良いので、晴れは尾根、曇りはゲレンデクライミング。そうしておけば大抵の天候で遊べる。
今すぐ11にならなくても、別に困りはしない。40代から登山を趣味にしても、残る登山人生は、少なくとも20年はあるのだ。その半分の10年をかけて上達しても、特に何も困らない。
その上、私の狙いは初級のルートで、その到達点はすでに山頂が見えている。後はゆっくり上がって行けばいいのだ。
急いでクライミング力だけを上げたところで、一体どこへ行こうというのだろう?
自分が到底行きたいと思えないような、ベルクラアイスをこわごわ登る羽目にならないように、登れないものは、登らないで良いと世間が分かってくれるレベルにいるのがちょうどよろしい。
そうでないと、とんでもない場所でビレイさせられる羽目になるかもしれない。大抵のクライマーが求めているのは、ビレイヤーであってクライマーではないことには用心しておくべきだ。長時間のビレイが負担なのは、もっと知られて良いことかもなのかもしれない。
■ 快適な高さ
アイスについては、今のところ、登りたいと思えるのは、10mやそこらの滝だ。30mにはビビッて登れない。10mが3回続くのは、とても楽しいだろうが、30mが一回出てきたら、もうクライミングは辞めて見るだけだ。サイズに圧倒されて、とても登れるようなものとは思えない。
そういえば、南沢大滝は40mある。あれも最初一目見たときは、ビビった。正直、あんなもの、登れるんだろうかと思った。結果は、登れたし、今では大滝を見ても圧倒まではされない。
ので、まぁそうやって、見た目の印象に引きづられて、やる前からあきらめない、喰わずキライをしない、という姿勢は重要だ。最初から無理と決めてしまうのは、自分の可能性を閉ざす態度であり、その根本のところの動機は臆病さだ。
■ 見栄で引くに引けない
ただ、男性諸君は、気を付けないと「お前、階段10段跳べる?」の罠に陥ってしまう。小さな男の子たちは、誰が10段跳べるかで競争している。もちろん、正解はだれも10段跳べない。その中で引っ込みがつかなくなった子が10段を飛んで、そして怪我をする。
社会人レベルで「お前、階段何段跳べる?」をやらないようにしないといけない。秋にエベレストに登れば、次は冬に、と社会は無責任に期待する。その期待と言うプレッシャーをはねのけることができずに、無理と本人も分かっているが出かけて行って死ぬ。そのような愚はおかさないようにしなくてはいけない。
そのこと自体が弱さを表すので幼稚だ(が憎めない)。それだけなら、人間的未熟さを露呈しているだけだが、エベレストで死ぬなら、まだ恰好がつく。
が、八ヶ岳程度の入門ルートでは…。人間のスケールの小ささを露呈してしまうのがオチだ。そうなると憎めないヤツというより、滑稽になってしまう。自分が見えていないからだ。
■ ヒヨドリ
月曜日はOFFだ。週末は、妻にとってはハイライト。週末という、当てがい扶持でない時間の使い方に生き方が出る。そうした時間をいかに楽しく過ごすか?
それで、岩がキャンセルになり、家にいることになったのだけれども、何をしていたかと言うと、いつもミカンを求めてやってくるヒヨドリを隠し撮りしようと、ミカンの脇にカメラを設定して、ずっとヒヨドリの到来を待っていたのだった…(笑)。
ヒヨドリ、夫が観察しようとすると、すぐ逃げてしまう。私がいつもの席に座ってみていても、逃げない。私と夫では、出しているオーラが違うんじゃないだろうか?というわけで、夫は私が見ている面白映像が見れていない。
後はカボチャを蒸して、ニョッキを作ったり、手の込んだ料理をして遊んでいた。主婦がいる贅沢だ。
■ オリエンテーリング&焚火
夫も私も、観察することがすごく好きなので、観察系の野外活動はいいのかもしれない。
私と夫が一番燃えるのは、宝さがしゲーム(笑)。彼はオリエンテーリングにはめっぽう強い。
なにしろ、スノーゲインと言うオリエンテーリングの大会で、初参加2位だった。それも、かなり1位と僅差の。それで、スノーゲインは我が家の定番行事にしようと思い、大会を検索するが、今年は開催されていないようで、残念だ。
夫は火を使う活動にも目の色を変えている。本人は気が付いていないが、びっくりするくらい用意周到に、かまどを組み立て、新聞紙一枚で火を熾すことを自分に課し、そして必ず火をつけてくれる。頼りになるとはこのことだ、と思う。
いつだったか、出合小屋で、だるまストーブに火を付けたかったが、火熾し名人が誰もいなくて、残念ながら、温かい火を囲むことはできなかった。クライミングできなくても別に死なないが、火が熾せるのと熾せないのでは、だいぶピンチの時に違う。
サバイバル能力、がある男性はカッコ良い。
■ 身体への関心
思うに夫は、人間の肉体に対する興味が余りないのだろう。
人間のカラダ、は、自分にとって一番身近な自然だ。どうして眠くなるのだろう?どうしてお腹がすくのだろう?から始まって、人間は体に支配されている。その体を人間の側が、意図的に支配しようとすると、どうしても、身体をコントロールするニーズが出てくる。
人の関心や興味は、半ば生まれつきだ。視覚情報で学ぶのが得意な人もいるし、言語情報で学ぶのが得意な人もいる。海外ではそれぞれの特性に合った教え方、教授法の研究も盛んだ。その点は日本では教え方は固定的で、身体的に学ぶ人には学校生活は、不利に出来ている。
最近では痩せたい、というのが、もっぱらの運動にニーズだが、運動が好きな人は、自分の体に対して、研究し、瞑想している。
かすかな重心の差をうまく読み取る。どの筋肉を使って何をしているか、言い表せる。そして、うまく動かせるという自信を持っていると思う。 長年乗ったクルマみたいに、癖を知り尽くしている、という感覚だ。
歩くことは、バランスの遊びだ。バランスが良ければ良いほど、長く歩いても疲れない。疲れないから楽しい。
矛盾するようだが、急いで歩くということを手放すと、バランスが良い歩きができ、結果疲れず、長く歩ける。
それは、生き方にも通じるような気がする。もっともっと、と際限なく求めなければ、バランスが良い生活ができ、そして、充実し、結果、満足が得られるのではないだろうか?
■ 4スタンス理論
最近、4スタンス理論と言うのを知った。 人間の重心には4つのタイプがあるという理論だ。
私は、ヨガを教えているので、人のカラダをよく見ている。それにバレエを20年やっていたせいもあって、姿勢にはウルサイ。解剖学は仕事で勉強した。
人間には、前バランスの人と後ろバランスの人がいるのは、バレエをする人には当然の知識だ。 そして、重心が内側(解剖学の専門用語で、人間の中心側)寄りの人と、そうでない人がいる。片足立ちさせるとすぐわかる。
それは実際に生徒さんを見ていて、実感することだ。ただ立つだけでバランスが全然違う。これは矢状面(横)から見る。耳と肩峰が揃っているのが普通だが、かかとバランスの人はかかとに重心が逃げているため、バランスして首が大抵前に出ている。ただこれは不良姿勢と考えられている。
普通の人もオフィスワークが長いとそうなってしまう。
4スタンス理論では、一つのバランスを正解とするのではなく、それぞれのバランスに合った動作のコツがあるとする。
歩くということは、それだけ多彩なバランスで、できることなのだ。厳密でなくても歩ける。どんなバランスでも出来ることなのであれば、楽をするのに、これは役立つかもしれない。
正しい一つの歩き方があるわけでなく、自分に合った歩き方がある、というわけだ。
余談だが、外国人の歩き方は颯爽としているが、日本人はすり足気味で歩き方がかっこ悪い。友達でドイツに留学していた人はドイツ人から歩き方を直されたくらいだ。歩き方はお国柄が出る。ので、生まれつき、としてしまうのは、尚早な結論かもしれない。
歩いている間は、退屈したら、私は常にそういうことを考えている。今はバランスがこっちだな、とか試しにバランスを変えてみようとかだ。
たぶん、それが私がヨガの先生になった理由で、夫がソフトウェアのエンジニアである理由なんだろう。
歩く時も、岩の上だけを歩くことにしようとか、葉っぱの上を歩くことにしてみようとか、勝手にマイルールを作って歩いている。
山好きな人はみなそうなのではないかと思っていたら、そうでもないようだ。
ただ、内的にどういうことをしながら歩いているかを聞くのは、とても楽しい。
今週はずっと天気が悪い。山はあまり充実できないだろう。
Sunday, February 22, 2015
読了 『感謝されない医者』
今日は、金田正樹医師の『感謝されない医者』を読んでいました。
自らの意に反して、凍傷治療の権威と呼ばれてしまった整形外科医のお医者さんの話です。凍傷の事例を見るために読みました。
さて、この本からの抜粋です。2007年の著作ですので、情報としては古いかもしれませんので、そのあたりをお含みおきください。これはあくまで、この本を読んで役立つと思われた所の抜粋です。
■ 凍傷の発生のプロセス
1)ジンジンした痛み
交感神経が優位になって血管収縮し始めたころ 末梢への流れが悪くなったシグナル
2)痛みが感じられなくなる
紫色のチアノーゼになり冷たくなる
3)時間の経過で白っぽくなる(白蝋化)
皮膚を押してみて弾力がある ⇒ 深度が深くない(表在性凍傷)
加温でかゆくなる
水泡ができる
ここまでは表皮までの深さの凍傷で皮膚の再生能力がある
水泡は自然に水分が吸収されしなびてしまう
水泡は、外部からの細菌感染と真皮の乾燥化を防ぐという役目を担っているので除去は厳禁。
2~3週間で表面が黒くなり、自然脱落する
その後は寒冷にさらさない
元の状態になるまで3か月を要する
それ以外 ⇒ 深部性凍傷 凍傷が骨にまで及んだ状態
黒に近い褐色や濃い紫
腫れず、しなびている
3週間で分界線が明確になる
・白蝋化した指は両者の中間であることが多い。治療を急ぐ必要がある。
・深部性と表皮性とにはっきり分かれるわけでなく、重症化するケースも多い。
・誤診で重症化することもある。
・水泡を除去すると例外なく悪化。
・受傷後、1週間以内に治療を開始しないと予後が悪い。
・プロスタグランジン(PGE1)の点滴が最適である
・ヘパリン療法は禁忌である
・局所はイソジン消毒し、乾いたガーゼで覆い、通気性のある保温状態にする
・凍傷患者は、表在性、深部性を問わず、再び寒冷に晒すと凍傷になりやすい。
・1年目が特にそうで、長いと4~5年続くことがある。
・温浴とともに温かい飲み物を摂取することが最も重要。
■凍傷は予防できるか?
1)冬季の登攀では、トップのルートファインディングが遅れると、セカンドは長い間ザイルを握っておかねばならず、凍傷になりやすい。(長時間ビレイしている人になりやすい)
2)冬山の行動時間を短くする努力を行う。(大人数での登攀は長い)
3)歩き始めに手足の準備運動を十分に行う。
4)脱水に気を付ける。行動中サーモスから飲む温かい飲み物は凍傷予防の特効薬。夜、朝も水分を多めに取る。酒、コーヒー、ビールはほどほどに。
5)着るものを濡らさない。濡れた状態で稜線に出ない。手袋はスペアを持つ。
6)星状神経節(首)を寒い風にさらさない。
7)手首を露出しない
8)ビバーク中の凍傷が多い
9)喫煙は禁忌
10)寒冷地で生まれ育った人は、雪の降り方、雪質、風の変化から天候の変化を体感的に予測する。予測するからこそ防御も出来る。
八ヶ岳は、登山人口の多さもあり、凍傷例が最も多い。しかも、そのほとんどが稜線上での受傷である。寒さに対する早めの対処が遅れている例が多い。寒さ、冬の天候変化はフィールドでなければ分からない。寒さになれ、気象の変化から身を守る方法を学び、効きの察知能力も現場で学ぶしかないと思われる。
山登りとは、他のスポーツ以上に自己管理能力を問われるスポーツである。
ーーーーーーーーーー以上 筆者抜粋
足の故障
■ 感想
八ヶ岳のリスクは、寒さ。私たち夫婦が小屋に泊まっている間にも、学生さんが凍傷になったと言って小屋に駆け込んできたことがありました。 すぐに温浴していました。
八ヶ岳に遊びにいって指が短くなって帰ってきたら、とっても悲しいですね。
この本によると、2007年に上梓された本ですが、凍傷患者の高齢化が指摘されています。当時から、もう8年もたっています・・・やっぱり、山は高齢化が著しいみたいですね。
先日の黒百合平も高齢者がたくさんいて、大丈夫なのかしらと不安になりました。行動のための体力と防衛の体力はなんだか違うような気がするからです。 いざという時の力はやはり若い時ほどは出ないのではないかと。
中高年のリスクは ズバリ”過信”と言われていますが、体力に過信があると行動が完結できない・・・というのは、自分がいる会でもあったことでした・・・ビックリ。
この本には、忘れられない患者さんのエピソードがありますが、中島俊弥さんと木本哲さんのエピソードが印象的でした。
この本にも書かれていますが、凍傷というのは、自分のうっかりミス、です。
まさか、凍傷になった俺にうぬぼれている人がいないといいと思っていますが・・・大丈夫ですよね?
≪参考≫
日本のエベレスト登頂者リスト
自らの意に反して、凍傷治療の権威と呼ばれてしまった整形外科医のお医者さんの話です。凍傷の事例を見るために読みました。
さて、この本からの抜粋です。2007年の著作ですので、情報としては古いかもしれませんので、そのあたりをお含みおきください。これはあくまで、この本を読んで役立つと思われた所の抜粋です。
■ 凍傷の発生のプロセス
1)ジンジンした痛み
交感神経が優位になって血管収縮し始めたころ 末梢への流れが悪くなったシグナル
2)痛みが感じられなくなる
紫色のチアノーゼになり冷たくなる
3)時間の経過で白っぽくなる(白蝋化)
皮膚を押してみて弾力がある ⇒ 深度が深くない(表在性凍傷)
加温でかゆくなる
水泡ができる
ここまでは表皮までの深さの凍傷で皮膚の再生能力がある
水泡は自然に水分が吸収されしなびてしまう
水泡は、外部からの細菌感染と真皮の乾燥化を防ぐという役目を担っているので除去は厳禁。
2~3週間で表面が黒くなり、自然脱落する
その後は寒冷にさらさない
元の状態になるまで3か月を要する
それ以外 ⇒ 深部性凍傷 凍傷が骨にまで及んだ状態
黒に近い褐色や濃い紫
腫れず、しなびている
3週間で分界線が明確になる
・白蝋化した指は両者の中間であることが多い。治療を急ぐ必要がある。
・深部性と表皮性とにはっきり分かれるわけでなく、重症化するケースも多い。
・誤診で重症化することもある。
・水泡を除去すると例外なく悪化。
・受傷後、1週間以内に治療を開始しないと予後が悪い。
・プロスタグランジン(PGE1)の点滴が最適である
・ヘパリン療法は禁忌である
・局所はイソジン消毒し、乾いたガーゼで覆い、通気性のある保温状態にする
・凍傷患者は、表在性、深部性を問わず、再び寒冷に晒すと凍傷になりやすい。
・1年目が特にそうで、長いと4~5年続くことがある。
・温浴とともに温かい飲み物を摂取することが最も重要。
■凍傷は予防できるか?
1)冬季の登攀では、トップのルートファインディングが遅れると、セカンドは長い間ザイルを握っておかねばならず、凍傷になりやすい。(長時間ビレイしている人になりやすい)
2)冬山の行動時間を短くする努力を行う。(大人数での登攀は長い)
3)歩き始めに手足の準備運動を十分に行う。
4)脱水に気を付ける。行動中サーモスから飲む温かい飲み物は凍傷予防の特効薬。夜、朝も水分を多めに取る。酒、コーヒー、ビールはほどほどに。
5)着るものを濡らさない。濡れた状態で稜線に出ない。手袋はスペアを持つ。
6)星状神経節(首)を寒い風にさらさない。
7)手首を露出しない
8)ビバーク中の凍傷が多い
9)喫煙は禁忌
10)寒冷地で生まれ育った人は、雪の降り方、雪質、風の変化から天候の変化を体感的に予測する。予測するからこそ防御も出来る。
八ヶ岳は、登山人口の多さもあり、凍傷例が最も多い。しかも、そのほとんどが稜線上での受傷である。寒さに対する早めの対処が遅れている例が多い。寒さ、冬の天候変化はフィールドでなければ分からない。寒さになれ、気象の変化から身を守る方法を学び、効きの察知能力も現場で学ぶしかないと思われる。
山登りとは、他のスポーツ以上に自己管理能力を問われるスポーツである。
ーーーーーーーーーー以上 筆者抜粋
足の故障
■ 感想
八ヶ岳のリスクは、寒さ。私たち夫婦が小屋に泊まっている間にも、学生さんが凍傷になったと言って小屋に駆け込んできたことがありました。 すぐに温浴していました。
八ヶ岳に遊びにいって指が短くなって帰ってきたら、とっても悲しいですね。
この本によると、2007年に上梓された本ですが、凍傷患者の高齢化が指摘されています。当時から、もう8年もたっています・・・やっぱり、山は高齢化が著しいみたいですね。
先日の黒百合平も高齢者がたくさんいて、大丈夫なのかしらと不安になりました。行動のための体力と防衛の体力はなんだか違うような気がするからです。 いざという時の力はやはり若い時ほどは出ないのではないかと。
中高年のリスクは ズバリ”過信”と言われていますが、体力に過信があると行動が完結できない・・・というのは、自分がいる会でもあったことでした・・・ビックリ。
この本には、忘れられない患者さんのエピソードがありますが、中島俊弥さんと木本哲さんのエピソードが印象的でした。
この本にも書かれていますが、凍傷というのは、自分のうっかりミス、です。
まさか、凍傷になった俺にうぬぼれている人がいないといいと思っていますが・・・大丈夫ですよね?
≪参考≫
日本のエベレスト登頂者リスト
Saturday, February 21, 2015
春の兆し
■ 雨水
2月19日は雨水でした。そこから先は雪が雨になる、という意味です。たしかに、今日は春を思わせる陽気でした。それどころか、陽気で、もう啓蟄(虫が這い出る)くらいな感じ。
なんだか今年は厳冬期が、イマイチ充実しなかったような・・・? 一番寒さが厳しいときに山に行けていないとなんだかな~。季節を味わった気がしませんね。厳冬期の刺すような冷たさが好きです。
■ 冬好き
私は冬が好きなのです。
冬は空気が透明。 すべての物の輪郭がくっきり浮き上がって、ラインがシャープです。コントラストが大きい。クリア。透明。光がキラキラとしています。特に夜はそう思います。
はっきりしているのが好きなのです。
山の白と青の世界も好きです。曇った日の水墨画の世界は逆に、グレーのトーンの勉強をしているような気がするときもあります。
我が家には、コタツがありません。子供の頃からコタツはあまり好きではありませんでした。コタツがあると、物事がはかどらないからです。それより寒さをちょっとだけ我慢して、自分が動き回った方が気持ちが良いな、と小さいころから思っています。寒い冬のさなかに、入る暖かい温泉は格別ですね。
そういう意味でもコントラストがはっきりしているのが好きなのです。働くとき、動かないとき。
余談ですが、同じ理由で我が家はテレビ、全然見ません。子供のころからの習慣です。皆、忙しい忙しい、というのに、テレビを見る暇はあるのが、不思議ですよね(笑)。
■ 節刀 ・・・生活から見える山に登る喜び
甲府盆地から、ぐるり360度山に囲まれていますが、御坂山塊が手前にあるおかげで、富士山はすそ野までは見渡せません。
その御坂山塊、甲府から見ると、一段と鋭くとがっているのが節刀です。御坂の盟主は黒岳ですが、黒岳の存在感はあまり感じられません。
愛宕山の山頂にある科学館の展望所には、山座同定の写真が展示してありますが、掲げてある山は、三つ峠、黒岳、釈迦が岳、節刀ヶ岳、毛無山、身延山、です。まぁそれくらいしか、目につくピークが見当たらないってことですよね。
その目立つピークに登れてうれしいです。 やっぱり人は遠くから見て、あそこに行って見たいと思った場所に行けるとうれしいのでは?
甲府から見える山だと、鳳凰三山縦走、甲斐駒、北岳、八ヶ岳、甲斐駒、金峰山、とほとんど登っています。八ヶ岳はだいぶ親しみがある場所になりました。
■ オリジナル化
昨日はチーズケーキを焼いたら、会心の出来! りくろーおじさんのチーズケーキのようにふんわりしっとり焼けました☆ おいしすぎです!
このところ、バターが高く、500gで1000円もします。チーズケーキの材料は、クリームチーズにバター、生クリーム、卵、レモン・・・、こうした食材が豊富にあるのはどういう所か?と考えると、酪農家の食卓です。 日本の食卓とは程遠い。高くつくのも仕方がないな~と思いつつ・・・材料費は1000円くらいでしょうか・・・。チーズケーキにレモンの皮は不可欠なのですが、防カビ剤を使っていない、国産レモンの旬が冬なので、チーズケーキの旬は冬です。
チーズケーキなんて買っても同じくらいの価格で買えてしまいますが、手作りすると、今度はバターをオリーブオイルに置き換えようとか、メレンゲなしでやってみよう、とか、色々考え、次回は、1つのレシピに色々と派生形が出来てきます。その中からヒット作が、オリジナルレシピ、と言うことになります。
そういう風に・・・手を動かし、脳ミソを動かすのが好きなのです。
最近、『山と渓谷』の剣岳概説を読みました。剣の初登をした慶大山岳部の人たちは、最初は地元案内人にしたがって登り、その後は、案内人なしで登っています。
私の場合も、最初は、レシピに忠実に作りますが、2度めからは考案したレシピでいつも作ります。
Friday, February 20, 2015
パラパラマンガ写真
これはツルネ東稜に行った時のです・・・
■ 南沢小滝
おもしろすぎ!パラパラマンガですね!赤のジャケットの隣を、ブルーのジャケットの人が超特急でリード!
■ 中央道から富士山
■ 勝手に雪が降っている写真
もとの写真に雪は降っていません!
どうしたらこうなるのか、分かりませんが、使えそうな技ですので、研究したいですね~
Wednesday, February 18, 2015
インタレストグレードの考察 その2
今朝は起きたら大雪で真っ白!を期待してたら、ハズレました(--;)
去年と違って今年は雪が少ないですね、去年が多すぎか。
■ 登山の幸福学
昨日考察したレーティングですが、登山家の柏瀬さんが提唱しているインタレストグレードに習って
インタレストグレードと呼んでみます。
ただ私が上げた点は、”天気”や、”本人”などに左右されていました。
展望 ⇒ 天気 に左右される
ひとけ ⇒ 人出 に左右される
冒険性 ⇒ 本人の未知、に左右される
発見性 ⇒ 本人の目利き力 による
チャレンジ ⇒ 何がチャレンジか?は本人による
≪欠点≫
・客観性に欠ける指標である
・指標の中身が主観による
去年と違って今年は雪が少ないですね、去年が多すぎか。
■ 登山の幸福学
昨日考察したレーティングですが、登山家の柏瀬さんが提唱しているインタレストグレードに習って
インタレストグレードと呼んでみます。
ただ私が上げた点は、”天気”や、”本人”などに左右されていました。
展望 ⇒ 天気 に左右される
ひとけ ⇒ 人出 に左右される
冒険性 ⇒ 本人の未知、に左右される
発見性 ⇒ 本人の目利き力 による
チャレンジ ⇒ 何がチャレンジか?は本人による
≪欠点≫
・客観性に欠ける指標である
・指標の中身が主観による
最近は、巷では、『幸福学』というものが流行っているそうです。しかるに、その中身は?と言いますと・・・・・色々と大雑把に省略すると・・・
幸福の基準を自分自身で持ちましょう
ということです。たとえば、モノの所有、つまりお金持ちになることを幸福の条件とすると、どこまで行っても幸福になることが後回しになるよ、ということです。世界一になる、などの目標も同じです。ないものがある、自分の外のこと、を幸福の条件にしてしまうと、人は幸福になれないらしいのです。
まぁ単純化して言えば、幸福の基準が自分以外にあると、人は幸せになれない
と結論されています。つまり幸福は主観的なものであり、主観的に幸福になるしかない、ということです。
そこで、インタレストグレードの内容を考えると、5つのうち、3つが主観的な基準です。
ということになると・・・ これはいいことなのではないか(笑)?
■ 経験の作用
ただ、経験がネガティブ要因に働く可能性がある項目が気になります。
冒険性 ⇒ 経験がマイナスに働く
発見性 ⇒ 経験がプラスに働く
チャレンジ⇒ 経験がマイナスに働く
冒険とは、未知の場に足を踏み込むこと、それも道案内なしなら格別、です(笑)。
国内には幾多の未知のルートがありますが、経験と言うのは、初めてではない、という意味で、やはり新鮮な驚き!を失わせるものかもしれません。
しかし、未知のことがもうないな、冒険性がないな・・・と感じるまで、天狗岳は7回も行ったのですから、まぁ卒業と言っても良いかもしれませんネ。
私は山に行くときは、何かしら新しい要素、チャレンジする要素を作るようにしています。今回は、ソロテント泊がチャレンジ!雪上のテント泊はすでに何度も経験がありましたが、積雪期のソロ、というのが初めてでした。
ソロって何でも特別心理的負担が大きいものです。初めて一人で山に行くのは、結構大変な冒険です。
このチャレンジという要素も、経験を積むとやったことがあることばかりになって、チャレンジすることがなくなってしまうのかもしれません。
ベテランの方はどうなのでしょうか・・・(ちょっと不安)
■ 目学問力を高める
最後に残るは、発見性ですが、この力は、経験や学習で確実に高まります。
発見を何に求めるか?ですが、
・山小屋の様子
・他の登山者の様子
などは、文系の視点です。 食べ歩きとかと同じです。
・山そのものの様子
・空の様子
・動物
・花、雪などの自然物
などは、理系の視点です。これは、教えてもらわないと苦手な人が多いかもしれません。
今回は風速と言う視点を持ちました。 風速についての観察がいくつもありました。
目学問で自ら学んだことと、誰かに教えてもらったことには、喜びに雲泥の差があります。
自ら学ぶと人はとっても幸福です。目学問はとても面白いものです。
私は文系で人間性への洞察力に優れるわけですが、その優れた人間観察眼は、山と言う環境では、ヤダッタとマイナスの結論を導き出すことの方が多い。
ですから、そうした観察眼を引き出さずに済む、空いている山に行きたいわけですね。
■ 会心の山
この天狗岳は会心の山でした。
何が会心の要素だったのか?
・天候のチャンスをよくとらえたこと
・リスクへの理性的判断
・チャレンジと熟達のバランス
です。チャレンジを一つか二つの項目に抑えるのが、私の計画の立て方です。頑張る項目。一人に一つは最低必要です。
今回は
・中山峠 (夫)
・ソロテント (私)
でした。
しかし、この
展望
ひとけ
冒険性
発見性
チャレンジ
ひとけ
冒険性
発見性
チャレンジ
という5つの指標によると、その会心さが表せません・・・
山そのものについての評価と、山行についての評価も混じっています。
そこで、修正&加筆を加えてみます。
展望 → 展望
ひとけ → 自然度
快適度
冒険性 → 冒険性
発見性 → 発見度
チャレンジ → チャレンジ
安全マージン度
増やした項目は、基本的に相反する項目です。自然度が高ければ、小屋がないので快適性は下がります。
チャレンジすれば、安全マージンは薄くなります。安全マージン度はご無事度ということです。安全マージンが薄すぎた山行では予想できる負傷をしています。
するとこういう形になりました。
今回の山を、会心の山にしたのは、
チャレンジと安全マージン度、
です。快適性を取ると人が多いのは予測できるので、快適度が下がるのは致し方ない面がありますが、それを分かっていて取りました。
何しろ、夫は素泊まりはだったので(笑)テント泊と素泊まりが両方一緒に入れる小屋でないといけませんから。
硫黄だけを選ばず、まだ宿泊したことのない根石岳山荘を選ばず、鉱泉も選ばず、だったのは、意識的選択です。
山行は選ぶところから、勝敗が大体見えているな、という気がします。
Tuesday, February 17, 2015
インタレストグレードの考察 その1
今日は甲府は寒い日です…
■ ヒヨ太プラスワン
どうも我が家に来るヒヨドリは2羽いるのですが、定期巡回路に入ったらしく、必ず毎日来ます。
太ったのとスマートなの。スマートな方は、巣立っていったヒヨ太だと思うのですが、もう一羽はすごく太っています。
お腹に卵が入っているのかなぁ?とするとヒヨ太のお嫁さんかなぁ?でも、全然一緒には来ないのですが… それとも中年太りになってしまったお母さんなのでしょうか?
ヒヨ太はともかく、そちらのお方は、とってもコケティッシュ。
首の傾げ方が
「おかしいな~ あるはずなんだけどな~」
「なんでないんだろう?こっちかな~?!」
と、もうすでにミカンがあるハズ、という前提になっています(笑)
■ 登山とはどういうものだろうか?という疑問は解消中
私は、そもそも探求、何かを調べる、発見する、と言うことが好きなたちで、小さいころは、理科がもっとも得意な科目でした。(数学は計算問題の単調さに、メゲてダメでした、残念。)
基本、知りたがりデス。
登山ということに関してみると、登山を始め、今までの間、初心者としての私の目は、
登山とはどういうものなのか?
山岳会とはどういう場所なのか?
に向けられていたように思います。しかし、残念なことに、今の時代の登山、ということに限定して言うと、あまり、魅力を感じる世界だとは考えなくなりそうです。
まぁ・・・登山にも色々な登山があるので、登山は登山でも中身が重要ってことですね!
私は、空いている山、を目指します(笑)
■ 冒険的登山
まぁ、私は近所でも探検するほど探検好きなので、発見がある山が好きです。
曲がり角に何があるのか分からないとか、予想外の景色が見えるとか、そういう発見性や意外性が好きなのです。ピークって基本そうです。ゴルジュや滝もそうかも?
考えてみれば、図書館と言うのは巨大な宝箱で、玉石混交の上に、良書というお宝発見!があるのが好きなのかも?
意外性、発見性が重要っと。平たくいうと、へぇ~です。
■ 自分は登山でどこまで行けるだろうか?
果てしなき探求と言う意味では、一つの世界で、
自分はどこまで行けるだろうか?
という問いも、探究するに値する問いになります。ただ私はこれ興味ないみたい・・・
世界的クライマーのアダム・オンドラ君は、岩登りで How far I can go に興味があったそうです。その結果が世界的クライミングなのですから、立派なものですよね。
自分を試したいのであって、誰かに勝ちたいとか、世界一になりたいと言っていないことに共感しますね。
この問いは、自分の能力に関する問いです。自分がどこまで通用するか?この問いの立て方は、若い人に有効ではないでしょうか?のびざかりなんだしね。
が、ワタクシはもう新人オバサンですし、登山を能力開発の世界としては見ていないので、自分の能力がどこまで開花するのか?ということにはあまり興味がありません。もちろん、体力を維持するのは必要なことですが。
余談ですが、ヨガを頑張って、腰痛になる人は多いんですよ。腰痛を直そうと思って始めたのに(笑)。
■ どこまで扉が開き続けるのか?
登山は私にとっては、全く未知の、新しい世界でした。何しろ、全然文系です。本当に前の趣味はバレエと言うくらいですから、全然違います。
しかし、登山の扉が、目まぐるしく、私の前に開け、開けても、開けても、次があるので、どこまでこの展開は続くのだろうか?という問いを持っていました。まるで面白いドラマのように展開が次々と開けて目が離せない!と言う感じです。
こういうことを、ヨガでは”祝福がある分野”と言いますが、確かに祝福という名の運、があったような気がします。
誰に感謝したらいいのでしょう?ホントに感謝感謝です。
一つの疑問を持つと、その疑問への回答が用意されるような経験が待っていました。 本格的な登山とはなんだろう?と疑問に思えば、それはこういうことだよ、というような経験が用意されていた、ということです。
■ まさか自分が〇△するとは!
というわけで、まさか自分が…という意外な展開を経験しました。
私は、あまり運動が得意なほうではありません。ですから、体育会系の元祖みたいな、部活とは無縁です。学生時代は中高とテニス部です。
まさか、自分が3Kのアウトドアの世界になじめるとは思っていませんでした。そうした世界は、もっとも遠いと思っていたのです。
図書館で本を読んでいる青白い私が、まさか私が岩をよじっているとは!です。登山には、そうした人でも、何とか登れる壁があるという良さがあります(笑)
そういうわけで、以前のワタクシを知る人はビックリ!!な感じです(笑)。 ”!”が三つくらいつく感じかもしれません(笑)。端的な例で行くと、5年前の私のワードローブと今のワードローブは全く違います。
山を始めてからと言うもの、多くの出会いがあり、その出会いは、私に知らなかったことを色々と教えてくれました。
山の同行者で最初に困ったことは、一緒に行く人が、コースタイムを把握していないことです。山頂まで行くのに4時間かかる山に一緒に行こうと話しているのに、集合を里で8時にしようと言ってくる人がいました。これでは登頂できないことは、山を登る以前に分かっています。もしこれで遭難でもしたら、救助隊に「登る前から遭難している」と言われること必至です。「それでは登頂できない」と教えると「登頂しなくていい」と言われてしまいました。そうすると、登山の前提が崩れてしまいます。
登頂しないつもりで登る登山…って何のためなのでしょう?そうなると、その人が何のために登山をしたいのか?ということになってしまいます。
次に困ったことは、一緒に行く男性登山者が「一緒に行くと妻が嫉妬する」と、しつこいくらいに何度も何度も言ってくることでした。それは私の問題ではありません。妻が嫉妬するのは、信頼関係が出来ていないことによります。
次に困ったことは、「若い、若い」と何度も言ってもらえたことです…褒め言葉なのに、スイマセン。一回二回褒められるとうれしいのですが、あんまり何度もだと、むしろ「ちゃんと山のことを見ているかしら、大丈夫かしら」と不安になります・・・。
ギアを貸して、次回も貸されっぱなしでお願いします!と元気なのも、困ることでした。体験から入って、徐々にステップアップして行くのは、当然の流れなので、一回目を借りるのは普通です。無料で貸してくれる相手がいれば単純にラッキーです。しかし、それは借りる権利ではありません。
岳人に寄稿された、山田哲哉ガイドのコラムに、「”ワカン貸して”は困る」という記事があり、このコラムは、私もいたタカマタギの登山に触れつつ、書かれているので、印象に残っています。
”ワカンを貸してもらいたい”というのは、逆に言えば、”ワカンがいるような山には、今後行かないから、今回だけ貸して”という意味なのだそうです。
ギアと言うのは不思議なもので、買えば、使うような山に行きたい、と思うようになります。
ただ最近の人は、応用力が少ないので、ワカンがいるような山がどんな山か分からないのかもしれません。
ワカン ⇒ ラッセル ⇒ ノートレースの山 ⇒ 豪雪 もしくは、ひとけの無い山
ロープ ⇒ パートナーが必要な山
アイスアックス ⇒ クライミング ⇒ 傾斜のきつい山、パートナーが必要な山
です。ギア 一つ買うにも自分の山を見極めていないと買えない。
私はワカンを買って、ロープを買って、アックスを買ったので、道なき道を歩く山⇒ロープが要る山 ⇒クライミングと、正しく成長中ですね♪
■ 何が気に入ったのか?
ふと思いました。私が気に入った登山は、あくまで西岳だったのかもしれない…。
最初に混雑した瑞牆山に行けば、登山は気に入らず趣味としていなかったかもしれません。ホントにあれはビックリ仰天の経験でしたからね。
さらに最初の頃と言うのは、見たことのない景色や初めての体験のインパクトの強さがあって、あまり良くないことがあっても鈍感になっているものかもしれません。
というのは、一年目に行ったゴールデンウィークのニュウは、とても面白かったのに、3年目に行くと、まっさらな雪でないことが、しっかり分かっている状態になっていたからです。つまり登山者としての目が肥えてしまったのです。
今回、天狗岳で感じた俗化という落胆も、そういう意味で、登山者としての成長がもたらした落胆なのかもしれません。
それでも、当初の目的が、”団体でおばちゃんが登ってこない山に登れる自分になる”でしたから、そのランクがレベルアップしたのかも・・・
■ Telling the future
最近は、すでに得た情報に自分なりの対策を与えるのが必要なことだ、という気がしています。
次はどういう方角に進んでいくのかを、ヒントから見つけ出さなくてはいけなくなります。
私の周りのテントを見渡すと、目立ったのは、大きくにぎやかなテントと、無音のソロテントに二極化されていました。
2~4人で歩いている人たちは見ませんでしたが、おそらく行く山が違うのでしょう。若者や大学生のような、大勢の大きいテント以外は、自分を含め、ソロのテントばかりでした。
つまり、初心者グループとベテラン単独行者に二極化されている、ということですね、社会学的にみると。
もちろん、グループだからと言って初心者とも限らず、単独だからと言ってベテランとも限らないわけですが、テントの種類や張り方から、伺えることがありました。
隣のツエルトが、あまりにきれいな張り具合だったのは、すでに指摘しましたが、その先にあったテントも、去り際に見ると、女性のソロでした。私以外にも女性のソロテント泊者がいたんですね~。
ソロだと、単独行のリスクから逃れるためには、山小屋の庇護が期待できる山域、ラッセルの山ではなくて、多くの人に踏みしめられた雪の道を歩く山になりますが、そうした山も、土日などの混雑の時間をずらせる、ゆとりがある人には悪い考えではないのかもしれません。平日であれば、俗化の影響も少なく、山と向き合う時間も十分持てるでしょう。
ということで、平日は山小屋がある山域で、土日は月に一回くらいは、夫とラブラブ登山で、頑張って行くのが良いかな~と思っているところです。
≪良い山の条件≫
・展望
・ひとけのなさ
・冒険性
・発見性
・チャレンジ
ということなのかなぁ・・・
レーダーチャート作ってみた。
天狗岳はさしづめ、このレイティングで行くとこうなりましたが、
どの要素を取ってみても、
万人にとって同じ条件ということがない
のが、登山のおもしろいところかなぁと思います。
■ ヒヨ太プラスワン
どうも我が家に来るヒヨドリは2羽いるのですが、定期巡回路に入ったらしく、必ず毎日来ます。
太ったのとスマートなの。スマートな方は、巣立っていったヒヨ太だと思うのですが、もう一羽はすごく太っています。
お腹に卵が入っているのかなぁ?とするとヒヨ太のお嫁さんかなぁ?でも、全然一緒には来ないのですが… それとも中年太りになってしまったお母さんなのでしょうか?
ヒヨ太はともかく、そちらのお方は、とってもコケティッシュ。
首の傾げ方が
「おかしいな~ あるはずなんだけどな~」
「なんでないんだろう?こっちかな~?!」
と、もうすでにミカンがあるハズ、という前提になっています(笑)
■ 登山とはどういうものだろうか?という疑問は解消中
私は、そもそも探求、何かを調べる、発見する、と言うことが好きなたちで、小さいころは、理科がもっとも得意な科目でした。(数学は計算問題の単調さに、メゲてダメでした、残念。)
基本、知りたがりデス。
登山ということに関してみると、登山を始め、今までの間、初心者としての私の目は、
登山とはどういうものなのか?
山岳会とはどういう場所なのか?
に向けられていたように思います。しかし、残念なことに、今の時代の登山、ということに限定して言うと、あまり、魅力を感じる世界だとは考えなくなりそうです。
まぁ・・・登山にも色々な登山があるので、登山は登山でも中身が重要ってことですね!
私は、空いている山、を目指します(笑)
■ 冒険的登山
まぁ、私は近所でも探検するほど探検好きなので、発見がある山が好きです。
曲がり角に何があるのか分からないとか、予想外の景色が見えるとか、そういう発見性や意外性が好きなのです。ピークって基本そうです。ゴルジュや滝もそうかも?
考えてみれば、図書館と言うのは巨大な宝箱で、玉石混交の上に、良書というお宝発見!があるのが好きなのかも?
意外性、発見性が重要っと。平たくいうと、へぇ~です。
■ 自分は登山でどこまで行けるだろうか?
果てしなき探求と言う意味では、一つの世界で、
自分はどこまで行けるだろうか?
という問いも、探究するに値する問いになります。ただ私はこれ興味ないみたい・・・
世界的クライマーのアダム・オンドラ君は、岩登りで How far I can go に興味があったそうです。その結果が世界的クライミングなのですから、立派なものですよね。
自分を試したいのであって、誰かに勝ちたいとか、世界一になりたいと言っていないことに共感しますね。
この問いは、自分の能力に関する問いです。自分がどこまで通用するか?この問いの立て方は、若い人に有効ではないでしょうか?のびざかりなんだしね。
が、ワタクシはもう新人オバサンですし、登山を能力開発の世界としては見ていないので、自分の能力がどこまで開花するのか?ということにはあまり興味がありません。もちろん、体力を維持するのは必要なことですが。
身体は頭より賢く肉体の限界は人間の予想をはるかに上回っているものではありますが。
この問いは、自己探求であるべきで、自己しっ責とか、自己嫌悪につなげない用心が必要ですね。
余談ですが、ヨガを頑張って、腰痛になる人は多いんですよ。腰痛を直そうと思って始めたのに(笑)。
■ どこまで扉が開き続けるのか?
登山は私にとっては、全く未知の、新しい世界でした。何しろ、全然文系です。本当に前の趣味はバレエと言うくらいですから、全然違います。
しかし、登山の扉が、目まぐるしく、私の前に開け、開けても、開けても、次があるので、どこまでこの展開は続くのだろうか?という問いを持っていました。まるで面白いドラマのように展開が次々と開けて目が離せない!と言う感じです。
こういうことを、ヨガでは”祝福がある分野”と言いますが、確かに祝福という名の運、があったような気がします。
誰に感謝したらいいのでしょう?ホントに感謝感謝です。
一つの疑問を持つと、その疑問への回答が用意されるような経験が待っていました。 本格的な登山とはなんだろう?と疑問に思えば、それはこういうことだよ、というような経験が用意されていた、ということです。
■ まさか自分が〇△するとは!
というわけで、まさか自分が…という意外な展開を経験しました。
私は、あまり運動が得意なほうではありません。ですから、体育会系の元祖みたいな、部活とは無縁です。学生時代は中高とテニス部です。
まさか、自分が3Kのアウトドアの世界になじめるとは思っていませんでした。そうした世界は、もっとも遠いと思っていたのです。
図書館で本を読んでいる青白い私が、まさか私が岩をよじっているとは!です。登山には、そうした人でも、何とか登れる壁があるという良さがあります(笑)
そういうわけで、以前のワタクシを知る人はビックリ!!な感じです(笑)。 ”!”が三つくらいつく感じかもしれません(笑)。端的な例で行くと、5年前の私のワードローブと今のワードローブは全く違います。
ある意味、チャレンジですね。
余談ですが、この人だって登れるなら、自分も!と思う人も多いようで、そうした触発のされ方というのは、あまり好ましくない結果を招くように思います。条件が色々と違うからですね。
■ こまったこと
山を始めてからと言うもの、多くの出会いがあり、その出会いは、私に知らなかったことを色々と教えてくれました。
山の同行者で最初に困ったことは、一緒に行く人が、コースタイムを把握していないことです。山頂まで行くのに4時間かかる山に一緒に行こうと話しているのに、集合を里で8時にしようと言ってくる人がいました。これでは登頂できないことは、山を登る以前に分かっています。もしこれで遭難でもしたら、救助隊に「登る前から遭難している」と言われること必至です。「それでは登頂できない」と教えると「登頂しなくていい」と言われてしまいました。そうすると、登山の前提が崩れてしまいます。
登頂しないつもりで登る登山…って何のためなのでしょう?そうなると、その人が何のために登山をしたいのか?ということになってしまいます。
次に困ったことは、一緒に行く男性登山者が「一緒に行くと妻が嫉妬する」と、しつこいくらいに何度も何度も言ってくることでした。それは私の問題ではありません。妻が嫉妬するのは、信頼関係が出来ていないことによります。
次に困ったことは、「若い、若い」と何度も言ってもらえたことです…褒め言葉なのに、スイマセン。一回二回褒められるとうれしいのですが、あんまり何度もだと、むしろ「ちゃんと山のことを見ているかしら、大丈夫かしら」と不安になります・・・。
ギアを貸して、次回も貸されっぱなしでお願いします!と元気なのも、困ることでした。体験から入って、徐々にステップアップして行くのは、当然の流れなので、一回目を借りるのは普通です。無料で貸してくれる相手がいれば単純にラッキーです。しかし、それは借りる権利ではありません。
岳人に寄稿された、山田哲哉ガイドのコラムに、「”ワカン貸して”は困る」という記事があり、このコラムは、私もいたタカマタギの登山に触れつつ、書かれているので、印象に残っています。
”ワカンを貸してもらいたい”というのは、逆に言えば、”ワカンがいるような山には、今後行かないから、今回だけ貸して”という意味なのだそうです。
ギアと言うのは不思議なもので、買えば、使うような山に行きたい、と思うようになります。
ただ最近の人は、応用力が少ないので、ワカンがいるような山がどんな山か分からないのかもしれません。
ワカン ⇒ ラッセル ⇒ ノートレースの山 ⇒ 豪雪 もしくは、ひとけの無い山
ロープ ⇒ パートナーが必要な山
アイスアックス ⇒ クライミング ⇒ 傾斜のきつい山、パートナーが必要な山
です。ギア 一つ買うにも自分の山を見極めていないと買えない。
私はワカンを買って、ロープを買って、アックスを買ったので、道なき道を歩く山⇒ロープが要る山 ⇒クライミングと、正しく成長中ですね♪
■ 何が気に入ったのか?
ふと思いました。私が気に入った登山は、あくまで西岳だったのかもしれない…。
最初に混雑した瑞牆山に行けば、登山は気に入らず趣味としていなかったかもしれません。ホントにあれはビックリ仰天の経験でしたからね。
さらに最初の頃と言うのは、見たことのない景色や初めての体験のインパクトの強さがあって、あまり良くないことがあっても鈍感になっているものかもしれません。
というのは、一年目に行ったゴールデンウィークのニュウは、とても面白かったのに、3年目に行くと、まっさらな雪でないことが、しっかり分かっている状態になっていたからです。つまり登山者としての目が肥えてしまったのです。
今回、天狗岳で感じた俗化という落胆も、そういう意味で、登山者としての成長がもたらした落胆なのかもしれません。
それでも、当初の目的が、”団体でおばちゃんが登ってこない山に登れる自分になる”でしたから、そのランクがレベルアップしたのかも・・・
■ Telling the future
最近は、すでに得た情報に自分なりの対策を与えるのが必要なことだ、という気がしています。
次はどういう方角に進んでいくのかを、ヒントから見つけ出さなくてはいけなくなります。
私の周りのテントを見渡すと、目立ったのは、大きくにぎやかなテントと、無音のソロテントに二極化されていました。
2~4人で歩いている人たちは見ませんでしたが、おそらく行く山が違うのでしょう。若者や大学生のような、大勢の大きいテント以外は、自分を含め、ソロのテントばかりでした。
つまり、初心者グループとベテラン単独行者に二極化されている、ということですね、社会学的にみると。
もちろん、グループだからと言って初心者とも限らず、単独だからと言ってベテランとも限らないわけですが、テントの種類や張り方から、伺えることがありました。
隣のツエルトが、あまりにきれいな張り具合だったのは、すでに指摘しましたが、その先にあったテントも、去り際に見ると、女性のソロでした。私以外にも女性のソロテント泊者がいたんですね~。
ソロだと、単独行のリスクから逃れるためには、山小屋の庇護が期待できる山域、ラッセルの山ではなくて、多くの人に踏みしめられた雪の道を歩く山になりますが、そうした山も、土日などの混雑の時間をずらせる、ゆとりがある人には悪い考えではないのかもしれません。平日であれば、俗化の影響も少なく、山と向き合う時間も十分持てるでしょう。
ということで、平日は山小屋がある山域で、土日は月に一回くらいは、夫とラブラブ登山で、頑張って行くのが良いかな~と思っているところです。
≪良い山の条件≫
・展望
・ひとけのなさ
・冒険性
・発見性
・チャレンジ
ということなのかなぁ・・・
レーダーチャート作ってみた。
天狗岳はさしづめ、このレイティングで行くとこうなりましたが、
どの要素を取ってみても、
万人にとって同じ条件ということがない
のが、登山のおもしろいところかなぁと思います。
Monday, February 16, 2015
天狗岳の近年の変化
■ 天狗岳の近年の変化
7回目の天狗岳へ行った時のことは、遭難の考察についてのインパクトが大きすぎて、大事なことが薄れてしまった。遭難は悲しく、大きな出来事だ。遭難があれば、個々の登山者は、他山の石として学ばなくてはならない。
が、自分の山を見極める努力をするのは、それ以上に重要だ。
7回目の天狗岳、私は実を言うと、俗化にがっかりしたのだった。
前回、厳冬期に来た時は単独だった。それから、2年。黒百合ヒュッテは、結論から言うと、様変わりしていた。
■ Easy Comes Easy Goes
渋の湯から入ると、黒百合平まで無雪期で3時間のコースタイムだが、よく踏まれた道で難所もない。私たち夫婦は、オフィスワーク主体の軟弱組だが、それでも初心者の当時から、2時間で歩いてしまう。
渋の湯Inは高速のICから近いので首都圏の人がよく使う。雪道走行になれない車がスタックしていたりと不確定要素が増える。また混雑で、駐車場が空いていなかったりもする。
渋の湯は駐車場代に1000円もかかるし、甲府は八ヶ岳には近く、あまりICから近い登山口のメリットを感じない。それで、稲子湯からの登山口に変えた。
みどり池のほとりに、しらびそ小屋がある。朝食にパンを出すことで知られている。しらびそ小屋の親爺さんについては、親しくしていたストローハットの高さんが酒を飲みすぎて、叱られた話を聞かされていた。
私がそういう話を聞かされた人だとは、小屋の人は知らない。ただ私が一方的に好意を抱いているだけだ。小さい家族経営の小屋だ。前回来た時は、いとこか何か遠い親戚だという、女性が一人で小屋を守っていた。その前に来たときは、歩荷して上がる今井さん夫婦に会った。小屋の人だと分かったのは長靴だったからだ。
私は小さい小屋が好きだ。でももっと好きなのは、本当に山好きな人しか来ない山小屋だ。
■ 観光地化
今の山小屋はミーハーな人が来すぎている。ミーハーと言うのは、みんなが行くから行きたいという意味だ。つまり観光地と同じになっているということだ。どこそこに行ってきたよ、と言うために行く場所。
私にはみんなと同じになりたいという気持ちは、子供のころから希薄で、買い物するときも「こちらのお品は人気があります」と言われると、買わないで置いて出てしまう。皆が持っているものを欲しいという気持ちになったことはあまりない。
あ・・・、話がズレた。 しらびそ小屋の話だ。
■ 登攀具の若者
しらびそ小屋には着くと、ロープを括り付けたザックがずらっと置いてあった。5~6個あっただろうか?どれも使いこまれて古びた様子がなく、むしろピカピカと、言える状態できれいだった。この辺の登攀ルートと言えば、稲子岳南壁だ。稲子に登る人たちだろうか?
小屋の中からは、青年たちの声がしていた。あまり緊張感のない、明るい声で小屋の人と会話しているようでもなかった。それで、しらびそ小屋で一服するつもりで上がってきたが、休憩は辞めてしまった。なんとなく、違う人種の人たちに思えたのだ。
この若い人たちが、一体どこへ登ったのか?気になったので、下山の時に小屋に立ち寄って聞いてみた。すると彼らは本沢温泉へ向かったのだそうだ。硫黄岳だ。一体どこを登るのだろうか?大型ザックだったので、連泊で硫黄岳からジョーゴ沢側にでも下るのだろうか?
小屋の人によると、彼らは登攀具をずっしりと腰回りに身に着けていたそうだ。それもちょっと不思議だ。
登攀を目的に山には行っても、ハーネスを履いていくことはなく、取り付きについて準備をする。だからロープとヘルメットがザックについていれば登攀だなと分かる。でも最初から着て歩くことはない。それで小屋の人たちも「おやっ?」と思い、結局、「あれは飾りなんだろう」と自分を納得させることになったのだそうだ。
このエピソードは山で今何が起きていることを物語るものなのだろうか…
■ 初心者の多い道の特徴
この稲子湯から中山峠での道では落し物が多かった。ステップの切り方は悪く、アイゼンが不要なのにもかかわらず、アイゼンの跡がずっと続いていた。
でも、これは、八ヶ岳なので仕方がない。八ヶ岳は昔から、初心者が多い。
初心者の時は、誰に聞くこともできないため、ほとんどの人が山道具屋で相談して装備を揃える。すると山道具屋は「天狗岳に行くなら10本爪以上のアイゼン」と言う。それを聞くと、登山口に付いたとたんにアイゼンを付けていないといけないのだ、と思い込んでしまうのだ。山道具屋ではアイゼンを履くタイミングまでは教えない。
私たち夫婦もそうだった。登山口からアイゼンを履いていなくて良いと分かったのは、教えてもらってからだ。私たちの初めての雪山は、ゴールデンウィークの八ヶ岳だったから6本のアイゼンがスタートだ。今ではほとんど使わない。6本のアイゼンがいるような斜面はアイゼンがなくても、大体歩けてしまうからだ。
そう遠くない昔である当時、6本のアイゼンしか持たず、ストックしか持っていない状態で、冬の天狗岳に3度登った。
実感として、登山者が多く、良く踏みしめられ、夏道よりたやすくなっている冬道の、天狗岳に登るのに、12本爪のアイゼンが必要とも思えなかったし、ピッケルでの滑落停止が必要そうな、危険がある斜面を通ったとも思えなかった。
それは自分たちで判断した。だから、山道具屋のおやじさんには、さんざん非常識登山者呼ばわりされた。それでも、何が必要かは実感ベースだったし、自己責任なんだから、自分で考えるわ、と思った。ツアー登山見込み客を失って残念がられたともいえるし、さんざん心配をかけた、ともいえる。
3度同じ天狗岳に登り、すっかり慣れ、これ以上の山に行く事も視野に入り始めたので、ピッケルを購入した。同時にいい加減ではない、しっかりしたグリベルのアイゼンを買った。
ピッケルは持つだけでは意味がないので、ピッケルの使用法を教わろうとしたガイドさんに、その時指摘されて、しぶしぶながら冬靴を買った。予定外の買い物で、しぶしぶだった。
それまでは、夫も私も無雪期の靴で厳冬期の天狗岳に登っていたのだった。特に寒かった覚えがないのは、ずっと歩いているし、宿泊が小屋泊だったからだろう。夫はわたしの軽登山靴とは違い、富士山を登る程度のハイキングシューズだったので、足が冷たかったそうだ。それでも3回登ってしまっている。
それは徐々にステップアップして行ったので、それくらいの道具でも、問題を感じなかったから、だ。
念のため言っておくと、それでも、私たち夫婦は、2万5千の地図をそれぞれがザックに入れ、磁北線を引き、上から全面に防水加工して持ち歩いていたし、ツエルトもすでに持って歩いていた。持っていないのは、ハードシェルだ。それは雨具で代用していた。
まぁそういうわけなので、八ヶ岳に初心者が多く、初心者がアイゼンの不要な道で、アイゼンを付けて歩いているのも仕方がないし、落し物を良くするのも仕方がない。夫なんて、中山峠で、アイゼンを落としたくらいなのだから。
しかし、落し物は、中山峠までで二つ。天狗岳山頂までで、帽子が二つ。計4つだった。そのうち二つは午後も遅かったので、再度探しに同じ道を通ることはあるまいと思われたので、拾って小屋に届けた。あきらかに誰かが拾って、枝に刺しておいてくれたものだ。
■ 的が外れてはいるが、気遣い
小屋に宿泊予約の電話をしたとき、電話に出てくれた小屋のお兄さんは、慣れないバイトさんだった。素泊まり一名とテント泊一名と言ったのだが、変だと思わなかったようだった。それで慣れていない人だなと分かった。
中山峠から行くと言うと、ワカンを持ってくるようにと言う。この道でワカンが必要なことはまずなく、トレースが一部消えても、全くなくなることはドカ雪の後でない限り、考えられない。中山峠がラッセルになるのは、本当に珍しいことだ。
宿泊予約した日は、すでに晴天が数日続いており、誰かがすでに通ったことが予想された。電話の後、ヤマレコを見ると、予想通り、すでに木曜にトレースが付いていた。だから、ワカンはイラナイ。イラナイとは思ったが、バイトのお兄さんに、素人め、ちっ!と舌打ちされるのも、嫌だったので、持って入った。余分な重さだ。結局、やはり予想通り、要らなかった。
このコースでは、北八つ方面のマイナーなルートでワカンが必要になる。私はまだ歩いていない道があり、それは私にとってなかなかチャレンジの道だが、知り合いが余計な事をしてくれて、私が見つけた場所を彼はいつも先に歩いてしまう。去年、私が行きたがっていたアイスのルートも、彼が先に歩き、腹ただしかった。私は未知の場所に魅かれるので、何があるのか、写真を見せられても、うれしくもなんともないし、誰も歩かないルートを発見した功績を横取りされたような、残念な気持ちだ。まぁその人には、恩もあるので、良いルートを紹介してあげた、と思っている。
そういうわけで、小屋のバイトさんが若いお兄さんだけど、きっと初めての山です!みたいな人が多くて、装備不足の人が大勢やってきて、困っているんだろうなぁと予測できた。
的が外れてはいるが、気遣いをする必要がある状況だということを意味しているからだ。
■ 混雑
黒百合平につくと、テントサイトを最初に物色した。先に張っているのは1張だけで、どこでも選び放題だったので、できるだけ雪で高く風よけが積んであるサイトにした。でもここより、樹木の下の方が良かったように今となっては思う。風の通り道をまだうまく予想できない。
とりあえず、ザックを降ろして、財布だけ持って小屋に受付に行く。
小屋につくと、気になったのは、内外にいる大勢の中高年だった。若い人はあまり見ない。今着いた人は全員が渋の湯入山組だ。渋の湯からの道はもちろん最短ルートだ。
小屋前につくと大仰そうに、どっかとザックを降ろしていた。みると、古典的山ヤルックに、石原慎太郎がしているようなサングラスのおじさんだった。パーティのリーダーのようだった。
でも、みんな小屋泊みたいで、続々と小屋に入って行っている。でも小屋泊なのに、なんでザックが50ℓも60ℓもあるんだ?
重い者はみな他の者に担がせ、写真を取られたがる人のことを思い出す。写真では山行の内容は分からない。どのルートがどんな道かも、写真を見た人は分からない。息切れして歩いても、そうでなくても分からないのだ。
小屋の中心にあるストーブを囲んだテーブルは、すでに中高年でいっぱいだった。非常ににぎやか、と言ってよい状況だったと思う。
そういうわけで、入るなり、小屋の人気にびっくりした。いや小屋泊の人気と言うべきだろうか?混んでいる小屋にはうんざりだ、というのは夏でも冬でも変わらない。
とりあえず、ラーメンを食べ、テントを張りに行ったら、先にテントを張っているのは、3張に増えていた。若い人ばかりのようだった。
■ 場所取り
登頂は楽だったので、良い気分で帰ってきた。そのままテントに行けばよかったのに、小屋でティータイムをしてしまった。夫は素泊まりなので、お茶やかりんとうはもらえるはずだけれど、私がテント泊なので、遠慮したのだ。
小屋のお茶が飲めるスペースは、大勢の中高年ですでに盛り上がっており、玄関わきの小スペースに先に入っている女性の二人組に入れてもらうことにした。が、この2人、先に入った者が、権利があるのよ、とばかり席を寄せてくれない。都会の人は、椅子の上にモノを置いて席取りするのが普通で、その感性で山の中を歩く人が増えているのだ。私も都会人だったから分かる。
でも、自然の中というのは、そういう風には決まっていない。誰だって”ひとり分”が必要なのだ。体の大きい人に小さくなれと言っても出来ないから、大きい人は大きい一人分がいる。小さい人は小さい一人分で済む。
でも、誰も一人分以上を要求することはない。人間は、一着以上の服を持っていても着れないし、一足以上の靴を持っていても履けない。だからといって、小さい靴をあてがわれても履けない。そういうことだ。
都会の人はこういう法則には不慣れで、バイキングでは、同じお金を払ったのなら、と食べれる以上のモノを食べようとして、たくさんの食べ残しを作り、同じ入場料なんだから使わなきゃ損と、入浴すればジャンジャン水道を流しっぱなしにする。
普通に一人分食べる、普通に一人分の水を使う、ということがどうしてもできない。のは、電車には背中を駅員さんに押し込んでもらわないと乗れないのが普通だからだ。都会では、きちんと自己主張できないと、当然の権利も与えられない。つまり、何台見送っても、電車に乗れなくなってしまう。後ろから来た人がどんどん我先に乗って行ってしまうからだ。
そういう都会が嫌で、自然を味わいに来たはずなのに、人間と言うのは、やっぱり習い性をしてしまうのだ。
■ キャラクター商品
また小屋はお土産物がさらに充実していた。
山で男らしい強さがありがたがられるように、小屋では女性らしい家庭的な心遣いがありがたい。
誰でも寒風吹きすさぶ屋外から帰ったら、温かい飲み物でホッとしたいし、それは女性的な、家庭的なものだ。だから、そうしたホットドリンクのメニューが増えることには好感を持っていた。
けれども、今回はなんだか違った。なにが増えていたのかというと、オリジナルキャラクター手ぬぐいというわけだった。鈴木みきさんのイラスト。
断っておくと、私は鈴木みきさんが嫌いではない。むしろ共感する。のだけれど、どういうわけか、彼女を持ち上げて、山に行くひと達には、同じ精神は共有されていないような気がする。
なぜキャラクター手ぬぐいを買いたくなるのだろうか?私なら、山に行った感動を形にするために残すなら、その小屋の伝統的なもの、長く受け継がれたものが良い。山を思い出せるように、山なみに山名が書いてある手ぬぐいは八ヶ岳の初心者なら、ピークを覚えるのに役に立つだろう。
■ 下山での擦れ違い
下山では、11名の中高年について、すれ違ったか?と小屋で聞かれた。もちろん、良く覚えていた。
というのは、登山道、前をあまり見ない登山者が多く、私は前を見るので、最初に「こんにちは」を発する側になるからだ。
すれ違った時は、すでに横殴りの雪が降りだしていた。先頭の人は、下ってきている私たちには、気が付かず、うつむいて、修業のように歩いていた。どこの会も先頭を歩く人は荷が重いのだろうと思った。
その後ろには、中高年がズラリだった。1名のリーダーに10人。一般的な冬山のガイドレシオは1:5程度だ。無論憶測に過ぎないが。
後ろの人たちのウエアは真新しく、顔色は先頭と違って、明るく、降りしきる雪を心配している様子はなかった。 「どこの会?」と聞くと、各会の寄せ集め部隊だと教えてくれた。
登りで身体は温まっているし、大丈夫だろう。でも、まぁ今日は小屋までだろうと思った。
■俗化
そういうわけで、私がこの旅で強く感じたことの一つは、俗化現象、だった。
八ヶ岳は夫と二人で、思い出を作って行った山なので、とても残念だ。
西麓ではなく、東麓でさえも、もう俗化からは逃れられないのかもしれない。おそらく硫黄岳付近も同じ状況だろう。
私は雪の山を美しいと思う。そうした美しい山を見るのが好きだ。
たとえばこの写真では、雪の斜面が、エアブラシの作品のように、なんとも滑らかな襞を作っているのが分かる。こうした自然の造形には率直に言って、感動がある。
山に出かけていく人が増えることが悪いこととは思えない。自然がどのようなものであるか?を理解するには自然に触れる機会が重要だ。
では一体、何がかけちがったのだろうか?
小屋でバイトをしていたとき、夏山のお客さんと冬山のお客さんは全く違う客だ、と教わった。その夏山のお客さんが冬山に進出し始めていた。
俗化した世界で山が蹂躙されているのを見るのは心が痛む。
山を愛している人ならだれでも知っているが、稜線に小屋があること自体が、人間の我ままにすぎず、本当に自然愛護を叫ぶのなら、稜線の小屋は全部撤去することだ。
本来は申し訳なさそうに(自然に対して)建っていた小屋は、今では大手を振って、あたかもそこにいることが権利であるかのようになってしまった。
7回目の天狗岳へ行った時のことは、遭難の考察についてのインパクトが大きすぎて、大事なことが薄れてしまった。遭難は悲しく、大きな出来事だ。遭難があれば、個々の登山者は、他山の石として学ばなくてはならない。
が、自分の山を見極める努力をするのは、それ以上に重要だ。
7回目の天狗岳、私は実を言うと、俗化にがっかりしたのだった。
前回、厳冬期に来た時は単独だった。それから、2年。黒百合ヒュッテは、結論から言うと、様変わりしていた。
■ Easy Comes Easy Goes
渋の湯から入ると、黒百合平まで無雪期で3時間のコースタイムだが、よく踏まれた道で難所もない。私たち夫婦は、オフィスワーク主体の軟弱組だが、それでも初心者の当時から、2時間で歩いてしまう。
渋の湯Inは高速のICから近いので首都圏の人がよく使う。雪道走行になれない車がスタックしていたりと不確定要素が増える。また混雑で、駐車場が空いていなかったりもする。
渋の湯は駐車場代に1000円もかかるし、甲府は八ヶ岳には近く、あまりICから近い登山口のメリットを感じない。それで、稲子湯からの登山口に変えた。
みどり池のほとりに、しらびそ小屋がある。朝食にパンを出すことで知られている。しらびそ小屋の親爺さんについては、親しくしていたストローハットの高さんが酒を飲みすぎて、叱られた話を聞かされていた。
私がそういう話を聞かされた人だとは、小屋の人は知らない。ただ私が一方的に好意を抱いているだけだ。小さい家族経営の小屋だ。前回来た時は、いとこか何か遠い親戚だという、女性が一人で小屋を守っていた。その前に来たときは、歩荷して上がる今井さん夫婦に会った。小屋の人だと分かったのは長靴だったからだ。
私は小さい小屋が好きだ。でももっと好きなのは、本当に山好きな人しか来ない山小屋だ。
■ 観光地化
今の山小屋はミーハーな人が来すぎている。ミーハーと言うのは、みんなが行くから行きたいという意味だ。つまり観光地と同じになっているということだ。どこそこに行ってきたよ、と言うために行く場所。
私にはみんなと同じになりたいという気持ちは、子供のころから希薄で、買い物するときも「こちらのお品は人気があります」と言われると、買わないで置いて出てしまう。皆が持っているものを欲しいという気持ちになったことはあまりない。
あ・・・、話がズレた。 しらびそ小屋の話だ。
■ 登攀具の若者
しらびそ小屋には着くと、ロープを括り付けたザックがずらっと置いてあった。5~6個あっただろうか?どれも使いこまれて古びた様子がなく、むしろピカピカと、言える状態できれいだった。この辺の登攀ルートと言えば、稲子岳南壁だ。稲子に登る人たちだろうか?
小屋の中からは、青年たちの声がしていた。あまり緊張感のない、明るい声で小屋の人と会話しているようでもなかった。それで、しらびそ小屋で一服するつもりで上がってきたが、休憩は辞めてしまった。なんとなく、違う人種の人たちに思えたのだ。
この若い人たちが、一体どこへ登ったのか?気になったので、下山の時に小屋に立ち寄って聞いてみた。すると彼らは本沢温泉へ向かったのだそうだ。硫黄岳だ。一体どこを登るのだろうか?大型ザックだったので、連泊で硫黄岳からジョーゴ沢側にでも下るのだろうか?
小屋の人によると、彼らは登攀具をずっしりと腰回りに身に着けていたそうだ。それもちょっと不思議だ。
登攀を目的に山には行っても、ハーネスを履いていくことはなく、取り付きについて準備をする。だからロープとヘルメットがザックについていれば登攀だなと分かる。でも最初から着て歩くことはない。それで小屋の人たちも「おやっ?」と思い、結局、「あれは飾りなんだろう」と自分を納得させることになったのだそうだ。
このエピソードは山で今何が起きていることを物語るものなのだろうか…
■ 初心者の多い道の特徴
この稲子湯から中山峠での道では落し物が多かった。ステップの切り方は悪く、アイゼンが不要なのにもかかわらず、アイゼンの跡がずっと続いていた。
でも、これは、八ヶ岳なので仕方がない。八ヶ岳は昔から、初心者が多い。
初心者の時は、誰に聞くこともできないため、ほとんどの人が山道具屋で相談して装備を揃える。すると山道具屋は「天狗岳に行くなら10本爪以上のアイゼン」と言う。それを聞くと、登山口に付いたとたんにアイゼンを付けていないといけないのだ、と思い込んでしまうのだ。山道具屋ではアイゼンを履くタイミングまでは教えない。
私たち夫婦もそうだった。登山口からアイゼンを履いていなくて良いと分かったのは、教えてもらってからだ。私たちの初めての雪山は、ゴールデンウィークの八ヶ岳だったから6本のアイゼンがスタートだ。今ではほとんど使わない。6本のアイゼンがいるような斜面はアイゼンがなくても、大体歩けてしまうからだ。
そう遠くない昔である当時、6本のアイゼンしか持たず、ストックしか持っていない状態で、冬の天狗岳に3度登った。
実感として、登山者が多く、良く踏みしめられ、夏道よりたやすくなっている冬道の、天狗岳に登るのに、12本爪のアイゼンが必要とも思えなかったし、ピッケルでの滑落停止が必要そうな、危険がある斜面を通ったとも思えなかった。
それは自分たちで判断した。だから、山道具屋のおやじさんには、さんざん非常識登山者呼ばわりされた。それでも、何が必要かは実感ベースだったし、自己責任なんだから、自分で考えるわ、と思った。ツアー登山見込み客を失って残念がられたともいえるし、さんざん心配をかけた、ともいえる。
3度同じ天狗岳に登り、すっかり慣れ、これ以上の山に行く事も視野に入り始めたので、ピッケルを購入した。同時にいい加減ではない、しっかりしたグリベルのアイゼンを買った。
ピッケルは持つだけでは意味がないので、ピッケルの使用法を教わろうとしたガイドさんに、その時指摘されて、しぶしぶながら冬靴を買った。予定外の買い物で、しぶしぶだった。
それまでは、夫も私も無雪期の靴で厳冬期の天狗岳に登っていたのだった。特に寒かった覚えがないのは、ずっと歩いているし、宿泊が小屋泊だったからだろう。夫はわたしの軽登山靴とは違い、富士山を登る程度のハイキングシューズだったので、足が冷たかったそうだ。それでも3回登ってしまっている。
それは徐々にステップアップして行ったので、それくらいの道具でも、問題を感じなかったから、だ。
念のため言っておくと、それでも、私たち夫婦は、2万5千の地図をそれぞれがザックに入れ、磁北線を引き、上から全面に防水加工して持ち歩いていたし、ツエルトもすでに持って歩いていた。持っていないのは、ハードシェルだ。それは雨具で代用していた。
まぁそういうわけなので、八ヶ岳に初心者が多く、初心者がアイゼンの不要な道で、アイゼンを付けて歩いているのも仕方がないし、落し物を良くするのも仕方がない。夫なんて、中山峠で、アイゼンを落としたくらいなのだから。
しかし、落し物は、中山峠までで二つ。天狗岳山頂までで、帽子が二つ。計4つだった。そのうち二つは午後も遅かったので、再度探しに同じ道を通ることはあるまいと思われたので、拾って小屋に届けた。あきらかに誰かが拾って、枝に刺しておいてくれたものだ。
■ 的が外れてはいるが、気遣い
小屋に宿泊予約の電話をしたとき、電話に出てくれた小屋のお兄さんは、慣れないバイトさんだった。素泊まり一名とテント泊一名と言ったのだが、変だと思わなかったようだった。それで慣れていない人だなと分かった。
中山峠から行くと言うと、ワカンを持ってくるようにと言う。この道でワカンが必要なことはまずなく、トレースが一部消えても、全くなくなることはドカ雪の後でない限り、考えられない。中山峠がラッセルになるのは、本当に珍しいことだ。
宿泊予約した日は、すでに晴天が数日続いており、誰かがすでに通ったことが予想された。電話の後、ヤマレコを見ると、予想通り、すでに木曜にトレースが付いていた。だから、ワカンはイラナイ。イラナイとは思ったが、バイトのお兄さんに、素人め、ちっ!と舌打ちされるのも、嫌だったので、持って入った。余分な重さだ。結局、やはり予想通り、要らなかった。
このコースでは、北八つ方面のマイナーなルートでワカンが必要になる。私はまだ歩いていない道があり、それは私にとってなかなかチャレンジの道だが、知り合いが余計な事をしてくれて、私が見つけた場所を彼はいつも先に歩いてしまう。去年、私が行きたがっていたアイスのルートも、彼が先に歩き、腹ただしかった。私は未知の場所に魅かれるので、何があるのか、写真を見せられても、うれしくもなんともないし、誰も歩かないルートを発見した功績を横取りされたような、残念な気持ちだ。まぁその人には、恩もあるので、良いルートを紹介してあげた、と思っている。
そういうわけで、小屋のバイトさんが若いお兄さんだけど、きっと初めての山です!みたいな人が多くて、装備不足の人が大勢やってきて、困っているんだろうなぁと予測できた。
的が外れてはいるが、気遣いをする必要がある状況だということを意味しているからだ。
■ 混雑
黒百合平につくと、テントサイトを最初に物色した。先に張っているのは1張だけで、どこでも選び放題だったので、できるだけ雪で高く風よけが積んであるサイトにした。でもここより、樹木の下の方が良かったように今となっては思う。風の通り道をまだうまく予想できない。
とりあえず、ザックを降ろして、財布だけ持って小屋に受付に行く。
小屋につくと、気になったのは、内外にいる大勢の中高年だった。若い人はあまり見ない。今着いた人は全員が渋の湯入山組だ。渋の湯からの道はもちろん最短ルートだ。
小屋前につくと大仰そうに、どっかとザックを降ろしていた。みると、古典的山ヤルックに、石原慎太郎がしているようなサングラスのおじさんだった。パーティのリーダーのようだった。
でも、みんな小屋泊みたいで、続々と小屋に入って行っている。でも小屋泊なのに、なんでザックが50ℓも60ℓもあるんだ?
重い者はみな他の者に担がせ、写真を取られたがる人のことを思い出す。写真では山行の内容は分からない。どのルートがどんな道かも、写真を見た人は分からない。息切れして歩いても、そうでなくても分からないのだ。
小屋の中心にあるストーブを囲んだテーブルは、すでに中高年でいっぱいだった。非常ににぎやか、と言ってよい状況だったと思う。
そういうわけで、入るなり、小屋の人気にびっくりした。いや小屋泊の人気と言うべきだろうか?混んでいる小屋にはうんざりだ、というのは夏でも冬でも変わらない。
とりあえず、ラーメンを食べ、テントを張りに行ったら、先にテントを張っているのは、3張に増えていた。若い人ばかりのようだった。
■ 場所取り
登頂は楽だったので、良い気分で帰ってきた。そのままテントに行けばよかったのに、小屋でティータイムをしてしまった。夫は素泊まりなので、お茶やかりんとうはもらえるはずだけれど、私がテント泊なので、遠慮したのだ。
小屋のお茶が飲めるスペースは、大勢の中高年ですでに盛り上がっており、玄関わきの小スペースに先に入っている女性の二人組に入れてもらうことにした。が、この2人、先に入った者が、権利があるのよ、とばかり席を寄せてくれない。都会の人は、椅子の上にモノを置いて席取りするのが普通で、その感性で山の中を歩く人が増えているのだ。私も都会人だったから分かる。
でも、自然の中というのは、そういう風には決まっていない。誰だって”ひとり分”が必要なのだ。体の大きい人に小さくなれと言っても出来ないから、大きい人は大きい一人分がいる。小さい人は小さい一人分で済む。
でも、誰も一人分以上を要求することはない。人間は、一着以上の服を持っていても着れないし、一足以上の靴を持っていても履けない。だからといって、小さい靴をあてがわれても履けない。そういうことだ。
都会の人はこういう法則には不慣れで、バイキングでは、同じお金を払ったのなら、と食べれる以上のモノを食べようとして、たくさんの食べ残しを作り、同じ入場料なんだから使わなきゃ損と、入浴すればジャンジャン水道を流しっぱなしにする。
普通に一人分食べる、普通に一人分の水を使う、ということがどうしてもできない。のは、電車には背中を駅員さんに押し込んでもらわないと乗れないのが普通だからだ。都会では、きちんと自己主張できないと、当然の権利も与えられない。つまり、何台見送っても、電車に乗れなくなってしまう。後ろから来た人がどんどん我先に乗って行ってしまうからだ。
そういう都会が嫌で、自然を味わいに来たはずなのに、人間と言うのは、やっぱり習い性をしてしまうのだ。
■ キャラクター商品
また小屋はお土産物がさらに充実していた。
山で男らしい強さがありがたがられるように、小屋では女性らしい家庭的な心遣いがありがたい。
誰でも寒風吹きすさぶ屋外から帰ったら、温かい飲み物でホッとしたいし、それは女性的な、家庭的なものだ。だから、そうしたホットドリンクのメニューが増えることには好感を持っていた。
けれども、今回はなんだか違った。なにが増えていたのかというと、オリジナルキャラクター手ぬぐいというわけだった。鈴木みきさんのイラスト。
断っておくと、私は鈴木みきさんが嫌いではない。むしろ共感する。のだけれど、どういうわけか、彼女を持ち上げて、山に行くひと達には、同じ精神は共有されていないような気がする。
なぜキャラクター手ぬぐいを買いたくなるのだろうか?私なら、山に行った感動を形にするために残すなら、その小屋の伝統的なもの、長く受け継がれたものが良い。山を思い出せるように、山なみに山名が書いてある手ぬぐいは八ヶ岳の初心者なら、ピークを覚えるのに役に立つだろう。
■ 下山での擦れ違い
下山では、11名の中高年について、すれ違ったか?と小屋で聞かれた。もちろん、良く覚えていた。
というのは、登山道、前をあまり見ない登山者が多く、私は前を見るので、最初に「こんにちは」を発する側になるからだ。
すれ違った時は、すでに横殴りの雪が降りだしていた。先頭の人は、下ってきている私たちには、気が付かず、うつむいて、修業のように歩いていた。どこの会も先頭を歩く人は荷が重いのだろうと思った。
その後ろには、中高年がズラリだった。1名のリーダーに10人。一般的な冬山のガイドレシオは1:5程度だ。無論憶測に過ぎないが。
後ろの人たちのウエアは真新しく、顔色は先頭と違って、明るく、降りしきる雪を心配している様子はなかった。 「どこの会?」と聞くと、各会の寄せ集め部隊だと教えてくれた。
登りで身体は温まっているし、大丈夫だろう。でも、まぁ今日は小屋までだろうと思った。
■俗化
そういうわけで、私がこの旅で強く感じたことの一つは、俗化現象、だった。
八ヶ岳は夫と二人で、思い出を作って行った山なので、とても残念だ。
西麓ではなく、東麓でさえも、もう俗化からは逃れられないのかもしれない。おそらく硫黄岳付近も同じ状況だろう。
私は雪の山を美しいと思う。そうした美しい山を見るのが好きだ。
たとえばこの写真では、雪の斜面が、エアブラシの作品のように、なんとも滑らかな襞を作っているのが分かる。こうした自然の造形には率直に言って、感動がある。
山に出かけていく人が増えることが悪いこととは思えない。自然がどのようなものであるか?を理解するには自然に触れる機会が重要だ。
では一体、何がかけちがったのだろうか?
小屋でバイトをしていたとき、夏山のお客さんと冬山のお客さんは全く違う客だ、と教わった。その夏山のお客さんが冬山に進出し始めていた。
山を愛している人ならだれでも知っているが、稜線に小屋があること自体が、人間の我ままにすぎず、本当に自然愛護を叫ぶのなら、稜線の小屋は全部撤去することだ。
本来は申し訳なさそうに(自然に対して)建っていた小屋は、今では大手を振って、あたかもそこにいることが権利であるかのようになってしまった。
Sunday, February 15, 2015
バレンタインと男らしさ
今日は一日遅れのハッピーバレンタインでした☆
私は夫と近所を散策し、ディナーに行き、のんびりして過ごしました。
昨日はバレンタインデーでしたが、日本以外の国では、バレンタインデーは、”女性が男性に告白する日”ではなく、”男性が女性にディナーを奢る日”です(笑)。
■ 男性らしさとは何か?
最近、男らしさとはなんだろうか?と良く考えるようになりました。
登山は、男性が男性らしさを発揮する活動です。何しろ、登山では、「強いね~!」が、褒め言葉ですからね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
女にとってほんものの男をいらだたせることはまず不可能だし、また男が男らしくある限り、男は女を頭から軽蔑したり、まったく拒否したりすることなどできはしない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
というセリフがあります。
真に優れた男性は、女性を脅威と感じず、むしろ、連帯を感じる存在のはずです。優れた男性が何かを成し遂げるには、優れた協力者・・・往々にして女性・・・が必要なのです。
社会に出れば男性の職を奪うと言われ、家庭に入ればただ飯食いと言われ・・・、矛盾したことを女性に要求してくるのは、考えてみれば、大抵が似たようなタイプの男性たちでした。
男性には、ほんものの男、になってほしいと思います。
大抵のことに言えますが、ほんものを見極めるのは難しくても、にせもの、はすぐ分かります。
(ということはニセモノの反対がホンモノですネ!)
■ 登山界で失われた知的探求
私は登山ではなくても、近所でも探検に行くのが大好きです。 ただ、どうなっているか、知りたいだけなのです。
今日は、近所に新しいコンビニが出来て、それを見に行きました(笑) とりあえず偵察。野生動物だってそうしているのではないでしょうか?餌場のパトロールです。
私は都市が好きでした。芸術が好きな人は都市に魅かれます。都市が面白いのは、様々な人間たちの創意工夫がみられるからです。都市にはマンネリと停滞は、あまり見られません。
甲府に来た当初は、都市としての余りの魅力の無さにがっかりしたのですが、今では、山梨では、畑が創造性とインスピレーションの発露の場だ、と分かりました。
山梨で、創意工夫のエネルギー、未知なるものへの探究と冒険の見られる場所は、ぶどう畑です。
それもワイン向けのブドウを栽培する畑です。
生食用のぶどうや桃畑はマンネリが支配しているようです。つまり、時代遅れになりつつある、その敗北を何もせず、座して待つという敗北と怠慢の精神のほうが優勢です。街も同じです。
翻って、見渡すと、登山という活動において、失われたのは、組織運営法に対する、創意工夫の精神かもしれません。
旧態依然とした日本企業の苦境と似たところがあります。新鮮さは失われ、創意工夫にも挫折し、マンネリに陥り、敗北の色が濃厚です。
手入れのされない畑のように、怠慢、自分勝手、傲慢という雑草が生えるに任せられ、もう何年もたっている、というわけです。
その結果が、ほんものの男らしさ失った男性、にせものの登山者、手抜きの計画、登山者マインドの喪失、事故、そして、ヒヤリハットに遭難、という気がします。
今、労働市場で元気があるのは、ビジョナリーカンパニー、つまり、ビジョンをもつ集団、です。
登山界も同じなのかもしれません。
Saturday, February 14, 2015
予知力 このまま〇△したらどうなるか?
■ 進退窮まった経験
以前、夫と出かけた山行後、一週間ほど鬱になったことがありました。
GWの仙丈ヶ岳。 山は晴れ&一時ホワイトアウトでした
仙丈ヶ岳の尾根はのっぺりしていて、ホワイトアウトがリスクだということは誰でも知っています。ルート旗をもって登っている人もいるくらいです。
下山中、一時ガスが広がり、ちょうど小仙丈尾根の当たりで下山路を見失うリスクを感じました。
こういうとき、私は、「〇×になったら、進退窮まる」という思考回路が、夫より早く働きます。
性差は関係ないかもしれませんが、こと、私と夫に関する限り、私の方がリスクの認知が早いです。このまま行くと、どうなるか?そういうことを登りながら考えています。
それは一般の生活でも同じで、先取り思考なのです。
これは生い立ちも関係するかもしれませんね。
私は、いわゆる心配性ではありませんが、リスクを想像する力には長けているようです。
心配性でないというのは、合理性がない心配に出会うと、イライラさせられます。
たとえば、「山は危ないから行ってはいけない」などですね。
漠然としているのは、ただの脅しです。根拠のない心配は、無知に基づきます。また不安は大抵良く考えれば根拠があります。
不安と後悔は時間の無駄、と以前外国人の上司に言われて以来、もっともだなぁと思っています。
時間の無駄をしないよう気を付けましょう。人生は短い。時間は貴重です。
その、夫と出かけた、仙丈ヶ岳では、ガスに巻かれそうになったので、後続の夫に走るよう(急ぐよう)指示しました。
春の小仙丈ヶ岳の尾根は、傾斜が緩やかで転落しても雪が腐っていて滑らず、走れます。しかし、夫は走れない。走れないのではなく、”走らない”のです。その意思がない。
それは訓練されていないから、走れなかったのもあるし、ガスに巻かれると困ったことになる!とは思っていないこともあります。(実際、夫は瑞牆の急な斜面を走って降りれるくらいの脚力なので、走れますが、雪山では不必要な心理的ビビりに入る)
しかし、ホワイトアウトのリスクからは、逃げなくてはならない。仙丈だからと馬鹿にしていると、亡くなった人は一杯います。厳冬期でなくても、天候の荒れは命取り。
この時は、運よくホワイトアウトは一時的なもので、下山したら晴れていました。一瞬見えなくなったもののルートを見失わず、樹林帯へ入れました。
しかし、この時、私は、夫とはGWの仙丈ヶ岳へ行ってはいけないのだ、と悟ったのです。
夫はリスクを乗り越える努力を払ってまで、山に登りたいとは思っていないからです。
彼は雪上訓練も、レスキューもまだ受けたことがありません。私たち夫婦は、わたしが山に行きたいから、彼がついてきている、というだけなのです。
したがって、私は夫の生命には責任を持つつもりで、力量を考えて、行き先を選んでいますし、夫を確保して登るにはどうしたらいいか?という発想で技術を身に着けています(実際、出来るかどうかはともかく)。
この時点で私は滑落停止も訓練済み、扇沢の雪渓を走って降りたこともあり、自分が何が出来て何ができないのか、分かっていました。
一方、夫は、テント泊の11kgの荷物をたった1時間背負って歩くだけでも、文句たらたらの状態だったのです…(^^;)。 もちろん、無雪期の2泊3日程度のテント泊縦走を行うくらいは、経験済みですが、それでも10kgは重いという先入観が抜けきれず、大変だと思い込んでいる、初心者の心理状態のままです。
その証拠に夫はまだ40代ですので、10kgのザックを背負って1時間歩いても、全然コースタイムを下回ります。 なので、別に余裕のはずですが、重さに対する感性は、初心者のままです。周りの同じくらいの男性が20kg担いでいるのと同じくらい、ひーひー言っています(笑)。
まぁそれだけソフトウェアエンジニアは、運動不足と言えるのかもしれませんが・・・。
というわけで、ヨガを教えることを職業にしている私とは、運動に対する感性がだいぶ違うのですが、私は夫をリスクに晒したことを自覚し、一週間ほど鬱でした…。
それは、私が、夫はここまで出来る、と考えていたラインから、著しく下のラインに、夫の危機管理能力が位置することを理解したからです。
困難に直面した時、人はそれを乗り越える人と、甘受してあきらめる人、に二分されます。夫は後者だと分かったのです。状況の把握力が欠けていましたし、その後の反応も、拗ねる、というはなはだ大人げないものだったので、山行は中止にして帰ってくる判断をしました。
その後、夫と山に行く場合は、ハイキング以上の山に行くことは、きっぱりあきらめました。
ですから天狗岳に行ったのです。天狗岳や硫黄岳が夫と一緒に行ける、一番大きな山です。
それは滑落停止の訓練や、救急搬送、気象など勉強したいと思っていない限り、行ける限界なのです。
GWの仙丈ヶ岳に行った日、翌日甲斐駒を予定していましたが、、夫のアイゼンワークに不安を感じて登頂を辞め、そのまま登らないで帰宅してきました。
しかし、そもそも、夫と一緒に山に行くのは、夫婦のきずなを深める為、なので、それでよいと思っています。
なので、もっぱらの課題は、人があまりいない山に二人で通えるようになること、です。今回天狗岳は俗化されていてゲンナリしました。 黒百合ヒュッテは将来、燕山荘みたいになりそうです。
≪関連記事≫
GWの仙丈ヶ岳
誰も教えてくれない登山の大事なこと
当時のリーダーシップの考察
■ ガンフォーラム
今日は図書館でがんフォーラムがあったので、返却する本もあるついでで、出かけてきたのですが、ヨガを教えていても、いつも思うことですが、車社会の山梨では、大阪東京に住んでいる都会人と比べ、極端に歩く機会が基本的に不足していませんか・・・?
全部、車で移動なので、ほとんど歩かない!運動のうち、歩くという基本行動が欠けているので、腹筋や脊柱起立筋などという基本的な姿勢を維持する筋力が弱っています。
しかも、車がないと、買い物さえ不便な土地柄ですので、車によって運動不足から歩けなくなり、次に歩けなくなって、自宅にこもりきりになると、即誰かに何もかもを面倒見てもらわなくてはならなくなります。
今日も、お隣のご婦人が、腰が痛いと言っていましたが・・・基本的に歩けば治ることです。でも、痛いから、歩からないと治らない。
ということで、こうした地方都市ほど、普通に野山を散策するような、ハイキング、強度の低い運動としてのハイキング、が求められているのではないか?と思いました。
ただそのつもりで、くれぐれも、冬の八ヶ岳に行ったりしないよう・・・、お願いします。
以前、夫と出かけた山行後、一週間ほど鬱になったことがありました。
GWの仙丈ヶ岳。 山は晴れ&一時ホワイトアウトでした
仙丈ヶ岳の尾根はのっぺりしていて、ホワイトアウトがリスクだということは誰でも知っています。ルート旗をもって登っている人もいるくらいです。
下山中、一時ガスが広がり、ちょうど小仙丈尾根の当たりで下山路を見失うリスクを感じました。
こういうとき、私は、「〇×になったら、進退窮まる」という思考回路が、夫より早く働きます。
性差は関係ないかもしれませんが、こと、私と夫に関する限り、私の方がリスクの認知が早いです。このまま行くと、どうなるか?そういうことを登りながら考えています。
米粒のような夫 |
それは一般の生活でも同じで、先取り思考なのです。
これは生い立ちも関係するかもしれませんね。
私は、いわゆる心配性ではありませんが、リスクを想像する力には長けているようです。
心配性でないというのは、合理性がない心配に出会うと、イライラさせられます。
たとえば、「山は危ないから行ってはいけない」などですね。
漠然としているのは、ただの脅しです。根拠のない心配は、無知に基づきます。また不安は大抵良く考えれば根拠があります。
不安と後悔は時間の無駄、と以前外国人の上司に言われて以来、もっともだなぁと思っています。
時間の無駄をしないよう気を付けましょう。人生は短い。時間は貴重です。
その、夫と出かけた、仙丈ヶ岳では、ガスに巻かれそうになったので、後続の夫に走るよう(急ぐよう)指示しました。
春の小仙丈ヶ岳の尾根は、傾斜が緩やかで転落しても雪が腐っていて滑らず、走れます。しかし、夫は走れない。走れないのではなく、”走らない”のです。その意思がない。
それは訓練されていないから、走れなかったのもあるし、ガスに巻かれると困ったことになる!とは思っていないこともあります。(実際、夫は瑞牆の急な斜面を走って降りれるくらいの脚力なので、走れますが、雪山では不必要な心理的ビビりに入る)
しかし、ホワイトアウトのリスクからは、逃げなくてはならない。仙丈だからと馬鹿にしていると、亡くなった人は一杯います。厳冬期でなくても、天候の荒れは命取り。
この時は、運よくホワイトアウトは一時的なもので、下山したら晴れていました。一瞬見えなくなったもののルートを見失わず、樹林帯へ入れました。
しかし、この時、私は、夫とはGWの仙丈ヶ岳へ行ってはいけないのだ、と悟ったのです。
夫はリスクを乗り越える努力を払ってまで、山に登りたいとは思っていないからです。
彼は雪上訓練も、レスキューもまだ受けたことがありません。私たち夫婦は、わたしが山に行きたいから、彼がついてきている、というだけなのです。
したがって、私は夫の生命には責任を持つつもりで、力量を考えて、行き先を選んでいますし、夫を確保して登るにはどうしたらいいか?という発想で技術を身に着けています(実際、出来るかどうかはともかく)。
この時点で私は滑落停止も訓練済み、扇沢の雪渓を走って降りたこともあり、自分が何が出来て何ができないのか、分かっていました。
一方、夫は、テント泊の11kgの荷物をたった1時間背負って歩くだけでも、文句たらたらの状態だったのです…(^^;)。 もちろん、無雪期の2泊3日程度のテント泊縦走を行うくらいは、経験済みですが、それでも10kgは重いという先入観が抜けきれず、大変だと思い込んでいる、初心者の心理状態のままです。
その証拠に夫はまだ40代ですので、10kgのザックを背負って1時間歩いても、全然コースタイムを下回ります。 なので、別に余裕のはずですが、重さに対する感性は、初心者のままです。周りの同じくらいの男性が20kg担いでいるのと同じくらい、ひーひー言っています(笑)。
まぁそれだけソフトウェアエンジニアは、運動不足と言えるのかもしれませんが・・・。
というわけで、ヨガを教えることを職業にしている私とは、運動に対する感性がだいぶ違うのですが、私は夫をリスクに晒したことを自覚し、一週間ほど鬱でした…。
それは、私が、夫はここまで出来る、と考えていたラインから、著しく下のラインに、夫の危機管理能力が位置することを理解したからです。
困難に直面した時、人はそれを乗り越える人と、甘受してあきらめる人、に二分されます。夫は後者だと分かったのです。状況の把握力が欠けていましたし、その後の反応も、拗ねる、というはなはだ大人げないものだったので、山行は中止にして帰ってくる判断をしました。
その後、夫と山に行く場合は、ハイキング以上の山に行くことは、きっぱりあきらめました。
ですから天狗岳に行ったのです。天狗岳や硫黄岳が夫と一緒に行ける、一番大きな山です。
それは滑落停止の訓練や、救急搬送、気象など勉強したいと思っていない限り、行ける限界なのです。
GWの仙丈ヶ岳に行った日、翌日甲斐駒を予定していましたが、、夫のアイゼンワークに不安を感じて登頂を辞め、そのまま登らないで帰宅してきました。
しかし、そもそも、夫と一緒に山に行くのは、夫婦のきずなを深める為、なので、それでよいと思っています。
なので、もっぱらの課題は、人があまりいない山に二人で通えるようになること、です。今回天狗岳は俗化されていてゲンナリしました。 黒百合ヒュッテは将来、燕山荘みたいになりそうです。
≪関連記事≫
GWの仙丈ヶ岳
誰も教えてくれない登山の大事なこと
当時のリーダーシップの考察
■ ガンフォーラム
今日は図書館でがんフォーラムがあったので、返却する本もあるついでで、出かけてきたのですが、ヨガを教えていても、いつも思うことですが、車社会の山梨では、大阪東京に住んでいる都会人と比べ、極端に歩く機会が基本的に不足していませんか・・・?
全部、車で移動なので、ほとんど歩かない!運動のうち、歩くという基本行動が欠けているので、腹筋や脊柱起立筋などという基本的な姿勢を維持する筋力が弱っています。
しかも、車がないと、買い物さえ不便な土地柄ですので、車によって運動不足から歩けなくなり、次に歩けなくなって、自宅にこもりきりになると、即誰かに何もかもを面倒見てもらわなくてはならなくなります。
今日も、お隣のご婦人が、腰が痛いと言っていましたが・・・基本的に歩けば治ることです。でも、痛いから、歩からないと治らない。
ということで、こうした地方都市ほど、普通に野山を散策するような、ハイキング、強度の低い運動としてのハイキング、が求められているのではないか?と思いました。
ただそのつもりで、くれぐれも、冬の八ヶ岳に行ったりしないよう・・・、お願いします。
阿弥陀岳 遭難事故から学ぶ ベテランとの対話
■ ベテランとの対話
今日も、山をめぐる愛の対話。 山の危険について語る時、人は人類愛に目覚めています。
ハゲオヤジさん、ありがとう!!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハゲオヤジ さんが投稿「遭難しない方法について考える」にコメントを書き込みました。
連盟でパシリとかペーペーなどとは呼ばれず、「ポイズン」と呼ばれる私がズバリお答えします。(ハロー効果)
体力がない=自分で思っているほど登れずに予想外に時間がかかり、行程がずれたり幕営地変更やビバーク、撤退を余儀なくされる ということと思ってください。
そんなにはやいぺーすでのぼれない、荷物背負ったら登れない、その場合、コースタイムに縛られずゆとりのある行程、ルート、ハイキング山域で計画をたてれば楽しめると思います。楽しんでください。自然との融和を感じてください。山はあなたをまもってくれるでしょう。
山に挑めば死ぬでしょう。山で自分自身に挑めば痛い目に遭うでしょう。
リ スク=体力がない と厳しい書き方をしましたが、平地でロングウォークをしたり室内でスクワットをしたり、山に行くなら鍛えてください、平地のトレーニン グでしっかり準備しましょう、どこらへんで諦めモードになってしまうのか自分の体力・メンタルウィークポイントを知りましょう、寝不足でも歩けるのか、心 拍数はどうなのか、とか、登山で体力が重要な要素だということはもちろんなのですが、つまり、体力を備えることが自分自身を知ることにつながりますので。 己を知らないことが、無理な計画になり得るリスクを抱えています。
力量=人間力 です。ちょうど、あなたがこちらのブログでハゲオヤジの意見をうまく引きだしておられることも力量のうちです。
引き返せない状況=ドカ雪・雪崩のことで、結局は天候判断ミスで行ってしまうことです。豪雨増水で中州に取り残されるのもそうです。
暴風雪の中、1ピッチ登って予定変更で下降してベースに引き返さず頂上に出てしまう・ホワイトアウトでルートミスというケース(推測)も心理的にそうでしょう。
経験談になります。
積 雪期の低山単独(丹沢ハイキング級)山行で数日テント・コンロ・食糧・寝袋一式背負って彷徨い自問自答を繰り返したのが私にとって良い経験になってます。 そんなにいい景色の写真が撮れたわけでもなく、寂しくて痛くて辛かったかも。靴ずれでアキレスの下が血だらけになりました。地図見ても自分の現在地がわか らず、途方にくれて野うさぎの足跡についていったり。寒くてテントから出るのが億劫で、テントの中でビニール袋に放尿して朝捨てればいいやと思って置こう としたけど、ほんのりあったかくて。「あ~カイロだー^^」と両手で大事に包んでいたあの頃が懐かしいです。
女性、中高年のかたには少し無理がかかると思うので、好きな季節でハイキング級を別々の登山口から入って幕場合流とか、頂上ランデブーとか、途中を部分的に単独で登るというのを、力量アップにおすすめしたいです。
携帯の電波が入るところがいいですね。
学習院大の遭難から
4 年1人に、1~2年4人なんですよね。コーチ、OBを付けないと大変だろうということを監督・大学当局の部長も認識してたのではないのかな。いろんな意味 で。4年が動けなくなったらどうするんだよ?って思います。晴れても気温が低い八ヶ岳では特に、ビレー中に凍傷はよくありますから。
こちらのブログをご覧になるとおわかりでしょうけど、冬の八ヶ岳は寒いです。
凍傷・低体温症になりやすいのです。ビバークするなら短時間。一晩は危機的だということを理解しておくべきです。
推測ですが、明るいうちに北稜を回れると慢心して、ヘッドランプをベースに置いてきたと思われますが。変に余裕がありすぎるんです。
南稜に出てからの様子も不可解でして。遅れる1年をロープで引っ張る、、ホールドの位置、足を置く場所が1年には出来なかった?だから4年が前だったのか?
そ して1~2年の3人を先に行者小屋に向かわせているんですが、パーティーを分けるなら3人のうちの動けるほうの2人を救助要請に出すべき。3人のうちのナ ンバー3の部員は残して。コルの風が弱いポイントでツエルトにくるまって待つ選択肢はなかったのか。交代でおんぶして5メートル刻みでも南稜を下って立場 山まで逃げる選択肢はなかったのか。
3人行かせたということは、その3人が本隊ということ?そりゃ違うでしょ。遅れてる部員がいるほうの組を本隊としなければサポートしきれないです。これは私のセオリーです。
3人は小屋に午後到着して21時に監督に連絡したそうです。ということは、真っ先に救助要請してなかったんですね。長野県警への要請が23時。
遅れている1年は自分が低体温症になってることに気づいていなかった、4年もチェックしてなかった、と思われます。
4年はあくまでも、行者小屋に連れて行くことしか助ける道はないと思ったのでしょうか。
記事では、署は、滑落した後雪崩に遭った可能性もあるとみている。 とあります。
私の推測はそうじゃない。
意識がなくなった1年、まだ絶命していない。しかし危険な状態で、痙攣、硬直して断末魔のような顔。
4年リーダーとしての判断が裏目裏目に出てしまって。もう背負って動く体力は無く。
叫んでいないと、何かして動いていないと、錯乱したかもしれません。
最後、4年は1年を助けようと一か八か、ルンゼ下降したのではないでしょうか。
ザイルを1年の両脇にくくるようにして。頭が下にならないように。
荷物をロープで降ろすように。
雪が谷を伝うように、最短距離で麓に連れて行こうとしたのではないでしょうか。
最後は必死だったと思ってます。
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連盟でパシリとかペーペーなどとは呼ばれず、「ポイズン」と呼ばれる私がズバリお答えします。(ハロー効果)
体力がない=自分で思っているほど登れずに予想外に時間がかかり、行程がずれたり幕営地変更やビバーク、撤退を余儀なくされる ということと思ってください。
そんなにはやいぺーすでのぼれない、荷物背負ったら登れない、その場合、コースタイムに縛られずゆとりのある行程、ルート、ハイキング山域で計画をたてれば楽しめると思います。楽しんでください。自然との融和を感じてください。山はあなたをまもってくれるでしょう。
山に挑めば死ぬでしょう。山で自分自身に挑めば痛い目に遭うでしょう。
リ スク=体力がない と厳しい書き方をしましたが、平地でロングウォークをしたり室内でスクワットをしたり、山に行くなら鍛えてください、平地のトレーニン グでしっかり準備しましょう、どこらへんで諦めモードになってしまうのか自分の体力・メンタルウィークポイントを知りましょう、寝不足でも歩けるのか、心 拍数はどうなのか、とか、登山で体力が重要な要素だということはもちろんなのですが、つまり、体力を備えることが自分自身を知ることにつながりますので。 己を知らないことが、無理な計画になり得るリスクを抱えています。
力量=人間力 です。ちょうど、あなたがこちらのブログでハゲオヤジの意見をうまく引きだしておられることも力量のうちです。
引き返せない状況=ドカ雪・雪崩のことで、結局は天候判断ミスで行ってしまうことです。豪雨増水で中州に取り残されるのもそうです。
暴風雪の中、1ピッチ登って予定変更で下降してベースに引き返さず頂上に出てしまう・ホワイトアウトでルートミスというケース(推測)も心理的にそうでしょう。
経験談になります。
積 雪期の低山単独(丹沢ハイキング級)山行で数日テント・コンロ・食糧・寝袋一式背負って彷徨い自問自答を繰り返したのが私にとって良い経験になってます。 そんなにいい景色の写真が撮れたわけでもなく、寂しくて痛くて辛かったかも。靴ずれでアキレスの下が血だらけになりました。地図見ても自分の現在地がわか らず、途方にくれて野うさぎの足跡についていったり。寒くてテントから出るのが億劫で、テントの中でビニール袋に放尿して朝捨てればいいやと思って置こう としたけど、ほんのりあったかくて。「あ~カイロだー^^」と両手で大事に包んでいたあの頃が懐かしいです。
女性、中高年のかたには少し無理がかかると思うので、好きな季節でハイキング級を別々の登山口から入って幕場合流とか、頂上ランデブーとか、途中を部分的に単独で登るというのを、力量アップにおすすめしたいです。
携帯の電波が入るところがいいですね。
学習院大の遭難から
4 年1人に、1~2年4人なんですよね。コーチ、OBを付けないと大変だろうということを監督・大学当局の部長も認識してたのではないのかな。いろんな意味 で。4年が動けなくなったらどうするんだよ?って思います。晴れても気温が低い八ヶ岳では特に、ビレー中に凍傷はよくありますから。
こちらのブログをご覧になるとおわかりでしょうけど、冬の八ヶ岳は寒いです。
凍傷・低体温症になりやすいのです。ビバークするなら短時間。一晩は危機的だということを理解しておくべきです。
推測ですが、明るいうちに北稜を回れると慢心して、ヘッドランプをベースに置いてきたと思われますが。変に余裕がありすぎるんです。
南稜に出てからの様子も不可解でして。遅れる1年をロープで引っ張る、、ホールドの位置、足を置く場所が1年には出来なかった?だから4年が前だったのか?
そ して1~2年の3人を先に行者小屋に向かわせているんですが、パーティーを分けるなら3人のうちの動けるほうの2人を救助要請に出すべき。3人のうちのナ ンバー3の部員は残して。コルの風が弱いポイントでツエルトにくるまって待つ選択肢はなかったのか。交代でおんぶして5メートル刻みでも南稜を下って立場 山まで逃げる選択肢はなかったのか。
3人行かせたということは、その3人が本隊ということ?そりゃ違うでしょ。遅れてる部員がいるほうの組を本隊としなければサポートしきれないです。これは私のセオリーです。
3人は小屋に午後到着して21時に監督に連絡したそうです。ということは、真っ先に救助要請してなかったんですね。長野県警への要請が23時。
遅れている1年は自分が低体温症になってることに気づいていなかった、4年もチェックしてなかった、と思われます。
4年はあくまでも、行者小屋に連れて行くことしか助ける道はないと思ったのでしょうか。
記事では、署は、滑落した後雪崩に遭った可能性もあるとみている。 とあります。
私の推測はそうじゃない。
意識がなくなった1年、まだ絶命していない。しかし危険な状態で、痙攣、硬直して断末魔のような顔。
4年リーダーとしての判断が裏目裏目に出てしまって。もう背負って動く体力は無く。
叫んでいないと、何かして動いていないと、錯乱したかもしれません。
最後、4年は1年を助けようと一か八か、ルンゼ下降したのではないでしょうか。
ザイルを1年の両脇にくくるようにして。頭が下にならないように。
荷物をロープで降ろすように。
雪が谷を伝うように、最短距離で麓に連れて行こうとしたのではないでしょうか。
最後は必死だったと思ってます。
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■ 得られる学び
1)体力がないとは? ⇒ 通常のスケジュールをこなせないこと
2)トレーニングをすること
3)力量 ⇒ 自分を見つめ、人の話を聞こう!危ない人は上の指摘も下の指摘も横の指摘も聞かない
4)引き返せない状況 ⇒ 天候の判断ミスのよる進退窮まる状況
ドカ雪、 雪崩、ホワイトアウト、中州に取り残される
状況をよく予測しよう
5)中高年者は、部分的に単独で登る
⇒ 会の中高年に薦めたいですね。脱・金魚の糞登山。
■ 八ヶ岳のリスク行動
・リーダー1人に、メンバー4人は無理がある・一晩のビバークは危機的
・慢心のある計画を立てない
・パーティーを分けるなら、3人のうちの動けるほうの2人を救助要請に出すべき。
・遅れてる部員がいるほうの組を本隊(3名)
・真っ先に救助要請する
阿弥陀北陵ですが、入門バリエーションと言うことで、舐めた計画を立てる人が多いのです・・・
自分のところの悪口を書きたくはありませんが、私の会でも、体感温度が日中12時で、-40℃と分かっている激寒の日に、7人パーティで、阿弥陀北陵をたったの2時間の行程で計画を立てていました。
『チャレンジアルパイン』には2時間30分~4時間であるルートです。 これはベテランがこれだけで行ける、という話で合って、今年マルチピッチでやっとこさデビューしたような新人の話ではありません。しかも、7人では、到底2時間で北陵を回って降りてくるのは不可能とベテランじゃなくても分かります。
計画を立てた人はベテランです。 しかも翌日も日中で体感温度ー34℃の激寒予報なのに、宴会山行の予定だったのです・・・。ワイン一升瓶の予定でした・・・山でそんなことしたら死んじゃいます。
結果は5人パーティ中3名の凍傷者を出しています。しかも、計画をした本人が、途中で座り込んでしまうという体力不足を露呈。遭難間際です。決して成功した山行とは言えません。計画再考を言い出したのが誰なのか?ちゃんと考えて欲しいと思います。
■ 昔の山岳会
昔の山岳会は、カモシカ山行や、歩荷訓練があり、安全な状況で、自分の限界を試すことができました。
そういう中で、ツラい状況に置かれたとき、仲間がどういう風に反応するのかを見ることができたし、自分自身も理解してもらうことができた、と思うのです。
ところが、今の時代はそういうプロセスを踏んで、山に行く(特にロープが出るような山)会は、ほとんどなくなってしまいました。
珍しくその必要性を認めて入会した人も、山岳会では縦のギブ&テイクが歴史的流れですが、その流れを受け取っていないのに、返礼させられる、という事態になっています。
その上行きたいところには連れて行ってもらえない上、行く相手を見つけると行ってはいけないと会に否定されるという、拘束があり、それが理不尽に感じて辞めてしまう人も多いです。先輩の側からすると、後輩が期待するほど頻繁に山に行くのはベテランと言えども難しいのです。
その上行きたいところには連れて行ってもらえない上、行く相手を見つけると行ってはいけないと会に否定されるという、拘束があり、それが理不尽に感じて辞めてしまう人も多いです。先輩の側からすると、後輩が期待するほど頻繁に山に行くのはベテランと言えども難しいのです。
60代はタダ乗り世代。50代は最後の山ヤ世代。この世代の人は、教える下の世代もいないし、無料で教わったことを有料で教えることにして、ガイドになっている人が多いです。
40代は空白世代です。30代以降は、人工壁のスポーツクライミングから入る、昔とは違う流れで育っており、まずクライミングありき、その後、山を・・・という流れで育っています。ですから、5.12登れたら、〇〇というルートに行って良い、という内容の話をします。しかし、ルートは一番難しいピッチグレードのグレードが登れたから、登れるものではないので、そこで事故を起こすことが非常に多いです。グレード思考の弊害です。
また知らない人と組むのに抵抗がないのは、グレード依存の体質だからです。たしかにゲレンデのフリークライミングではだれにビレイしてもらっても一緒ですが、本番の山は違います。
しかし、リーダーのニーズ自体を認めていないのです。グレードが大丈夫だったら、登れると思っているからです。ですので、パートナーがいなければ、フリーソロできるから、ソロで登ってしまう人が多いです。
翻って山岳会に戻ると、まともな山ヤさんは、数えるほどしかいません。なので、山行自体が成立できず、山岳会自体に入る意義自体が非常に疑問となる事態に陥っています。
■ ヒーマニティ
今日は、ハゲオヤジさんから、温かい助言をいただきました。
今、山で失われているのはこのような関係です。
幸いにも私は、アドバイスをもらう先をいくつか持っています。 しかし、それは個人的なつながりです。
山は、ちょっとしたことでピンチになります。そして、ピンチになったら、自分のことだけ考えて、他のメンバーを置き去りにしそうな人とは一緒に山にはいけません。
≪参考≫
山岳会を考える
山岳会を考える
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