今年のGWは仙丈ヶ岳と甲斐駒をダブルでというのが私の希望だったのですが、夫と出かけて大変な精神的挫折を味わいました…
今年の仙丈ヶ岳 |
登山に詳しくない人のために言うと、仙丈ヶ岳なんてたった4時間の山、雪山と言ってもGWは、季節柄寒くもなく、歩くの夏より簡単です。だから甲斐駒とダブルなんですよね。
山はその人の本性を暴く、といいます。この事件がそれに相当するかどうか…でも、そうかもしれません。
というのは、夏道より歩きやすいような残雪の仙丈ヶ岳で、唯一の危険といえるホワイトアウト…、その日、5月4日は、北アは遭難者が出たほど。実は知人も遭難していました。
仙丈ヶ岳でも、季節外れに一瞬の吹雪きがありました…まぁ30分続いたかどうかで、大した時間は続かなかなかったのでしたが、ちょうど小仙丈ヶ岳のピークでドキッとするほど、白くなった…
登山のオーソドックスな考え方としては、当然リスク回避です。つまり止まらないで樹林帯までさっさと歩く。折しも、それはサクサク降りれるラクラク雪山の下山、登りは1時間でも下りは10分の道でした。吹雪に巻かれる前に、方向が見えているうちに、安全地帯の樹林帯までまで逃げ込むべし、これがオーソドックス。
夫に「休憩しないで歩いて!」と私。ところが、彼の反応は
「僕歩けない」 = 仮病
だったのです…。
NOというメッセージを伝えるのにも色々な方法がある…
私なら「心配しないでいいから先に行って」と言っておしまいのところ。
私も大きな声を上げたのですが、それにはちゃんとした理由がありました。
この事件は、夫の精神の弱さを象徴する出来事として、私の心に大変大きな傷跡を残しました。
彼、ほんとうにヘタレだったんだ…
本当のピンチに陥った時に、この人は頑張るのではなく、むしろ頑張らない選択をする。これまで他の人が夫を、ごまめ扱いしても、私は夫のことをごまめとは思わないでいました。(ごまめとは大阪の方言です。)
でもこの事件で、夫はごまめなんだと理解しました。
本当のピンチの時にも、ヘタレになってうずくまり、逆に頑張る人のお荷物になってしまうだろう…ってことが一瞬にして分かったのでした。
■ パーティで一番弱い人にならない
登山というのは、常に一番弱い人に合わせます。それぞれのメンバーが自分の力をアップさせようと頑張っていることが前提。
こんなイメージ…
Cさん
Bさん ーーー上限ーーーー
ーーー上限ーーーー ↑
↑
Aさん Dさん
ーーー上限ーーー ーーー上限ーーーー ← --☆ 頑張ればココ
↑ ↓ ↑
ーーー下限ーーーー ↓
↓ ーーー上限ーーーー
ーーー下限ーーーー
↓
―――下限――― ← --★ 頑張らなければココ
登山では、一番弱い人に合わせますから、一番弱い人が遭難したら全員遭難です。登山中止。
一番弱い人がリスク要因なのです。けれども体力差があるのは当然なので、このリスクは頑張ることを前提で受け入れられています。
この場合だとBさんが頑張らない選択をしても、パーティ全体のレベルを押し下げることにはなりませんが、もし、AさんやCさんが頑張らない選択をすると下限はさがってしまいます。
逆にみんなが頑張る選択をすると、このパーティのレベルは☆の位置にきます。
という事情で、Aさんが頑張るということを前提にAさんの弱さと言うリスク要因は受け入れられているというのが、登山をグループで(パーティで)登る時の前提です。まぁ昨今ニュースをにぎわす生活保護と同じですね…どうしても頑張ってもダメだから…が前提。わざわざサボろうと思ってもらう人が多いのが昨今。
一番弱い人は大抵の場合、新人とか年齢が一番上の人、あるいは女性、なので自分が相当してしまったら・・・もう頑張るしかありません。それしか誠意の見せようがない。
Bさん、Cさんにとっては、ゆとりがある山であっても、Aさんにとっては実力ギリギリの山です。
本題に戻りますと、つまりAさんの下限がアップすることが、このパーティの全体のボトルネック。
パーティで登るとき一番重要なのはそのパーティで自分が一番弱い人(=ボトルネック)にならないことです。
だから、「足が揃っている」っていう言い方するんですよね。
■ 足が揃っている
足がそろっているというのは、2つのことを意味します。
1)歩ける能力が大体同じくらいの人が寄り集まってグループになっている
2)山のレベルと歩く人のレベルが同じくらいで無理がない 「山と足が揃っている」とか言います。
この仙丈ヶ岳は、登りやすく、たったの登り4時間、下り2時間、合計6時間の山。
体力が下降気味とはいえ、まだ40代の私たち夫婦にとって、2)山のレベルが歩く人のレベルと同じくらいで無理がないという条件は、当然ながら十分満たしています。
ついでに付け加えるなら、林道歩きは1時間ほどで、ザックはよそのご夫婦が夫20kg妻15kgほどを担ぐのが通常の中、軽量化していき、私たち夫婦は、2人そろって11kgほど。軽い。定着テント泊なので、山そのものは空荷に近く、4kgほどもないくらいで登っている。というわけで、山のレベルは、本来のレベルより易しく難易度を下げられているのです。
要するに、夫がヘタレとなり、歩くのを放棄するような、厳しい山ではないのです。
仙丈ヶ岳が厳しい山であるのは厳冬期だけです… その印象に彼は引っ張られたのか?それともどうしたのか私には分かりませんが・・・原因が何であれ、はっきり問題になったのは1)です。
この仙丈ヶ岳の山行が、私に突き付けたのは、1)でした。それも、厳しく。
夫とは足が揃わない…。
揃わないのではなく、意思の力でもって揃えない、という選択を彼がしたのです。もう彼とは山には行けない…
私にとって、夫と山に行くのは、日ごろ日常生活の中で不足している二人だけのクオリティタイム(質が良い時間)を補うデートの意味がありましたから、これは、彼からデートの否定、ひいては結婚生活自体を否定されているような気がしました。
それで落ち込んでいたのです…。 山がダメなら、他の手段で。
■ 新しい山友ゲット
…というわけで、山に夫と一緒に行けないのなら、平素の日常で欠如しているクオリティタイムを補う、別の手段が必要です。夫婦の時間と絆を作る活動が要ります… どうしましょうか…。
ちなみに夫が山パートナーの地位を去った仙丈ヶ岳の後、メジャーな山行といえる金峰山・甲武信岳で本当にゴキゲンで素敵なパートナーをゲットしました。心強い!
神様は本当に必要な時に必要な人を与えてくださるもの・・・という気がします。
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