Tuesday, September 10, 2013

感謝ということ

今日は穏やかで過ごしやすい日でした。
先週末は、予定していた山行は取りやめました。お天気が悪かった。実際、行かなくてよかったな~、という天候でした。
このところ、気圧の反動か、寝ても寝ても寝れる…今成長期?!ってくらい良く寝れます。こういうときは、おとなしくしているのが一番、と、おとなしく家にいますが、家の中を片づけたいと思いつつ、はかどらないこと!
いや~不思議なものです。朝3時に起きて、夜9時に寝るというサイクルはすっかりなくなってしまいました(汗)
■ 感謝、ということについて。
ヨガでは、感謝のことをサントーシャと言います。
人間が本質的にもつ弱さ…というのは、今ある現状に対して、感謝できなくなる、ってことではないだろうか・・・と、山で働きながら、しみじみ思いました。
山に人間が存在を許されること自体が…そう”許される”…ということで、特別で例外的なこと。その例外は山が判断するのであって、人間側ではない。 山が心を開いたときだけ、人は山に登れる。
山というのは本来は人の存在を許さない厳しさをもったものなのではないかと思います。
人が住むには適さない…それが”厳しさ”であり、自然の本来の姿…
だから人はお天気を見て、許される時間帯だけ山に向かう。
ゴアテックスの雨具を身にまとい、身を守らねば、すぐに低体温症でやられてしまう。人間は弱い。
それを実感として、感じるのが山なんだと思うんですよね。
■ バベルの塔
バベルの塔の話はバイブルの中では有名な教訓です。
人類は豊かになり、驕り、崇拝してはならない偶像を崇め始めます。そして力を誇示するためにバベルの塔を建てたのです。
すると、神が怒り、塔は破壊され、それ以後人々は別々の言語を話すようになった。
…とバイブルにあります。
人類が犯した過ち…偶像崇拝… それは経済至上主義でしょうか。
それとも、努力すれば何事もかなうという信念でしょうか。
努力すれば何でもできるというのは、実は真実ではありません。 努力は必要な要件であっても十分条件ではない・・・人は努力によっても成し遂げることができないことがある・・・それを理解するのも、やはり山ではないかと・・・
そのきめの細かな一歩の差を踏み越えぬためには、謙虚、というものが必要になる、と思うんですよね。

No comments:

Post a Comment