Friday, March 20, 2015

山岳会に一年所属して

■ 歩荷散歩

今日は、しばらくやっていなかった歩荷散歩を再開した。

甲府盆地は、ずっしりと重い、湿度の高い、生温かい空気に覆われ、東西南北では、西側の甲斐駒・鳳凰三山だけが、朝の陽の光を浴びて光り輝き、後の方角はすべて、重く厚い空気に、まとわりつかれるように沈んでいた。灰色の中に沈む町。

今日は、三方が灰色だったので、ひときわ甲斐駒が輝いて見えた。ラファエロの絵のようだった。

白峰三山の稜線の白さが、鳳凰三山の後ろにひときわ際立っていた。あそこを厳冬期に、たった一人で歩いた女の人がいるなんて、信じられない。昨日立ち寄ってくれた人だ。

羨ましいと思う。

■ 孤高

単独行のリスクを取って、山に行くなら、充実した気持ちになれると思う。

単独行を選ぶ人の理由は、単独のほうが安全だから、だ。

残念ながら、それは言える。

単独で行くより、大変になって、安全性が高まるとは言えない、問題児も中にはいる、というより、そういう人の方が多い。

でも、そうするわけにはいかない。

周囲に与える心配の量が大きすぎて、とても申し訳なさ過ぎて、そんなことはできない。

それは孤高へ向かう道で、私は以前はそういう生き方をしていた。学生時代は、近寄りがたい空気を出していたそうで、当時の友人に会うと、別人かと思われる。

人の力を頼るようになったのだ。頼ることを知ること、相手に頼っても良いと自分に許すこと、が、私にとっては、人間的成長で、私はなかなか人を頼ることができなかった。

だから、今、孤高への道を選ぶことは敗北になる。

結婚したことで、困ったときは夫を頼ってよいと言うことをやっと学んだところなのに。

■ 最悪を知る強み

だから、白峰三山の稜線を見ると、単独行の誘惑に勝たねばならないと思う。知り合いの知り合いくらいの人が単独で正月富士山に入り滑落死した。単独の誘惑に勝てなかったんだと思った。

夫と厳冬期に鳳凰三山へ行き、一人で地蔵岳まで足を延ばした。その後、下界から眺める稜線は、何かしみじみした感動があった。

一級品の風と寒さを味わったのだ。

それはもちろん、ちょっと味見、という程度で、それ以上ではない。でも、あそこにどんな烈風があるのか?どんな寒さがあるのか?どんな景色があるのか?どんな雪があって、どんなふうに、あそこからは、町が見えるのか?知っている。

知っている、ということが強みだ。それは本当だ。

日常の買い物で運転しながら、鳳凰三山の白く輝く稜線を見るとき、あれがいかに厳しいかということを知っている、ということがもたらす強みが、人生の困難を乗り越えさせてくれる、と思った。

逆境は人を強くするのだ。人は最悪を知っていれば、知っているほど、強くなれる。

だから、都会の人工物で守られて、軟弱になってしまった自覚がある都会人たちは、荒野を求めて山にゆき、最悪を経験したくなるのだ。そこで自分が生きられる強さがあることを知るため。

■ やり残した課題

今日、丘に登ったのは、週末の様子をうかがうためだった。標高500mそこらの山からでも、空気感は感じられる。

今年はまだ大菩薩に行けていない…小金沢連嶺の縦走ができていない。3月は雪稜で金峰山の黒平から、というのをやりたいと思っていたが、今年は無理だろう。黒富士周辺は、もうこの時期、スプリング・エフェメラルの時期だが、今年も逃しそうだ…

里山ではこぶしの白い花が咲き、梅はもう終わりかけだ。下界では、桜がぼちぼちシーズンだ。イノシシが穿り返した跡が大きく、黒々と地面に空いていて、もうそろそろ、起き出してくる熊もいる頃かもしれない。

ということは、アイスのゲレンデ偵察はもう危ないかもしれない。低山地図読みシーズンが終わりつつあり、やり残したことがある気がする。兎藪は行き損ねた。茅ヶ岳は地図読みで行こうと思っていたが、厳冬期には踏んでいない。西岳のロングラッセル山行のやらずじまいで、今年はどこもラッセルしていない。

これだけ山に努力を傾けても、すべきだと感じた、すべての山に行けるわけではない。

■ ヨーダ

歩荷散歩を辞めてしまったのは、今いる環境では、歩荷散歩が必要となるようなルートには行けないからだ。

山岳会に入ったとしても、私ができる、最高の山は、その前と変わらない。

クライミングには体力はいらない。山は、今あるスキルと体力で行けるところにしか行かない。

厳冬期の黒戸尾根をコースタイム以下で歩けて、特に山行後に健康問題が起らない人は、これ以上の体力はいらない。

それよりも、私が今学ぶべきことは、長く山の世界に生き続けてきた人たちがもつ、姿勢、というようなものだ。

山で死なないための姿勢。だから、私はベテランと過ごすことを大事にしている。

ヨーダから学ぶためだ(笑)。登山はジュダイになる修行と似ている(笑)。

■ 廃れ行くものの美

昔読んだ本に、山は社会だ、という主張があった。

その頃は、私は、人というものは、世間のしがらみから逃れたくて、山に行くものだ、と思っていたので、「はぁ?」と思った。

今では、登山活動の良さの一つは人の温かさが感じられるということだ、と思う。

ある先輩は、クライミングに打ち込み、すごく登れるが、それを鼻にかけているところを見たことがない。

きっと地道でコツコツした、たくさんの努力が必要だったのだろうと思うが、それを見せない。生来、そうした努力の仕方が好きな人がいる。きっと生き方もコツコツと努力をして積み上げた人なのだろう。

あるとき、私が初心者にマルチピッチを教えようとしたら、心配して来てくれた。それで初心者に、一体一でマルチを教えるのは、特に命の危険がある、危険行為なのだと分かった。

ある先輩は、毒がない。ただ山が楽しそうにしている。蓮は泥より出でて泥に染まらず。そうか、そういう風にしていればいいんだ、と思った。私が楽しみにしていた山が流れたとき、助っ人を買って出てくれた。その先輩がいなかったら、グレていたかもしれない(笑)。

別の先輩は私が30年後にこうありたいと思える人だ。たぶん、ほっといてもなると思う。

反面教師ばかりが目立つ中で、手本となる人をただひとりでも得れるなら、その山岳会は所属している意味がある、といえるだろう。

それだけでも、その会は素晴らしい会であると言えるのではないだろうか?

負の影響を与えるのは易しいが、正の影響を与えるのは難しい。

■ ビジョンへ渇望

廃れ行くもの…いと麗し…か、どうかは分からないが(笑)、廃れ行くものには、終焉の美があり、山岳会という組織が、社会的に見て、終焉期にいるのは間違いないだろう。

幕末みたいなものだ。

時代は移り変わりつつあり、新しいワインは新しい革袋に入れないといけない。今のところ、新しいワインは次々と出来上がってきているが、新しい革袋は用意されていない。

求められているのは、新しい革袋だが、誰もそれがどんな革袋であるか?までは見通せていない。

ガイド登山が失敗の試みだったのは明らかだ。ガイドも勝っていないし、お客も勝っていない。登山の在り方が後退することを後押しする仕組みだ。

では講習会は? これは帯に短し、たすきに長し。一時的な成功しかもたらさない。が、現在では、一抹の望みはまだある。継続性がネックだ。

山岳会は、どこも末期症状なので、その場しのぎと行き当たりばったりで、次の行動が作られる。ビジョンがないから、その場しのぎと行き当たりばったりになる。もう、ほんとに御臨終間近になると、遭難が増える。

”行き当たりばったり”は、まずいリーダーのもとでの山行と同じで、思った目的地に着くはずがないのだが、そんなことは、みなが分かっていても、ビジョンを提供する人はいないから、困ってしまうのだ。

だから、いかんせん、人はスターを求める。

スター、つまり強烈な個性は、ビジョンの一つの具現化であると言えるからだ。

こういうのは、混乱の世に独裁者が出たり、退廃の世に救世主と祭り上げられる殉教者が出たりするようなものだ。

その期待は無責任なものだ。

白峰三山の女性は、硬派な会の人だったが、会の拘束が煩わしくて会を脱退したそうだった。

会そのものが人材難で、一緒に行く人がいないのに、他会の人と出かけることに否定的だと、軟禁状態に等しくなる。ラプンツェルは危なくても塔の外に出たいのだ。

■ 分かち合いたいから一緒に行く

夫と山に行くと、小屋がある厳冬期鳳凰三山以上の山には行けない。雪上訓練が必要な赤岳は行けない。それでも、私は夫と山に行き続けたいのだ。

年に一回くらいは、夫と厳冬期の冷たい、厳しい世界を味わいに雪の中に行きたい。困難を分かち合って、美しい景色を見る体験が、夫婦のきずなを強める気がする。一つの体験を分かち合うことは大事だ。うちは子供がいないのだからして。

もし、その体験を私が別の人と分かち合うようになったら、それは夫が恋人ではなくなってしまうということなのではないか?と思う。

それでも私は山には行くことになっているから(笑)、誰かとは一緒に行かなくてはならず、そういう場合に、山世界の人口比率から、どうしても男性と行くことが多くなるのだが、わたしにとっての夫の地位を奪おうとしない人が私にとっては助かる。

だから、心の山には女性の親友と行きたい。だから女性パートナーには、気の合う人がいい。

クライミングはできても、できなくても良い。好きでもない相手とクライミングのために組む必要はないだろう。

■ 僕のバラを作る

仲間との山には、何であっても行くべきだ。たとえ途中で敗退して帰ってきても、だ。その体験から教わることは多いからだ。

ただ”知る”ということは、いつでも私にとって、とても重要なことだ。

すべてについて”知る”ということはできない。それで”予想する”ようになった。

私は仮説志向をするようになった。プランは、いつも2つ。

”What's plan B?”は、「代案はないの?」という意味の英語の常套句だが、ビジネス常套句だ。それで企画に強みができ、マーケティングをビジネスでは学んでいた。

そうした思考回路を共有することが、その人を私にとって特別な仲間にする。

世の中にバラは、いっぱいある。 でも、大事なのは、”僕のバラ”だ。

これだけで何の話が分かる人は、文学通だ。これは、サン・テグジュペリの星の王子様の話だ。

仲間というのは、”その他大勢”のうちの一人、ではなく、”この人なら知ってる”になることだ。

そうなる前に全幅の信頼を求められても困るが、信頼関係を作っていく中に、失敗と許しあいは、必要だ。

最初から、完璧な人はいない。そんな人は仲間のフォローを必要としていない。

どんなフォローをしてあげたらいいのか?分かっていること、それが仲間を作る。

逆に言えば、自分の役目を負おうとせず、人に押し付けてばかりの人は仲間としての最初の試験にパスしなかったのだ。

≪去年3月19日の記事≫ 地獄谷の準備中
http://stps2snwmt.blogspot.jp/2014/03/blog-post_19.html

考える登山

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