先ほど、甲斐駒ケ岳から帰ってきました。
■ ザ・日本男児 甲斐駒
福岡から山梨に越してきたのは4年前の9月でした。
家の前には、ドブ川沿いに小道があります。車は通れないので、原チャリが飛ばして来たり、高校生が3列にならんで自転車こいでいたりする、生活感一杯の道です。それまで住んでいた福岡郊外の川原道とはうって変わって、川辺には美しい自然の代わりに、泡立った生活排水が流れ込んでいるドブ川です。
その道から甲斐駒ヶ岳がとてもよく見通せます。
買い物帰り、夕陽に染まる甲斐駒を見ながら、いつも「きれいねぇ」と思っていました。それは山登りを始め、「いつか甲斐駒に登りたいなぁ…」に自然に変わりました。
甲斐駒は、その尖った山頂の形がとても凛々しく男性的な山容です。私はいつも、男の子の節句の鯉のぼりと鎧兜のセットを思い浮かべます(笑)。いうなれば若武者、牛若丸のイメージですが、それは八ヶ岳の赤岳が、バター臭い顔をした軟派な若者のイメージなのと好対照で、不器用だけれど真面目な日本男児の感じがあります。
そして、その日本男児、甲斐駒君は、”遠い人”でした。
何しろ、私が行きたい甲斐駒は黒戸尾根だったからです。
■ 積雪期黒戸尾根、というルート
甲斐駒の登頂ルートはいくつかありますが、代表的なのは二つです。
1)北沢峠から → ラクラク&裏口入学
2)黒戸尾根から → 大変&表参道
北沢峠からの甲斐駒は、裏口入学と言われています(笑)。楽ですが、大抵の人が見ている山梨側、東面からの姿をたどる登山道ではありません。コースタイムも短く、誰でも登れます。いうなれば入門ルートです。
一方の黒戸尾根は標高差2200mという長さから、体力の必要な道として知られています。また古い信仰の道、甲斐駒講の道としても知られ、以前外国人を山に連れて行きたいがどこが良いか?と相談した時に、地元の山道具屋のおやじさん、ストローハットの高さんから「ぜひ黒戸尾根を」と言われたことがあります。
私が日々の買い物帰りに眺めているのは、もちろん山梨県側から。
なので、甲斐駒黒戸尾根が目指すルートでした。
私は雪稜が好きなので、もちろん、目指していたのは、”雪をいだいた甲斐駒”に登頂することでした。
■ 黒戸尾根にいかに登るか?
積雪期黒戸尾根にいかに登るか?というのが、次なる課題です。積雪期の黒戸尾根は本格的雪山登山の第一歩です。 ”体力の必要な道”ということですから、要素を分解すると、
1)雪稜を歩くスキル
2)雪山に対する一般的な山の総合力
3)雪稜を一日7時間歩く体力
となります。
私たち夫婦はとても”本格的雪山登山”がしょっぱなから出来るレベルの登山者ではありません。ですから、ごく普通の体力のごく普通のハイキングレベルの山からスタートです。つまり本格的山屋さんの”最初の一歩”が、私たち夫婦にとっては”目標”です(笑)
つまり、”最初の一歩”までに ”苦節4年”ってわけですね(笑)でも、四年下積みをすれば、みんなも登れるってことなのです。
1)については登山初年度から、「ゴールデンウィークの北八ヶ岳」からスタートして、厳冬期八ヶ岳、残雪期八ヶ岳、八ヶ岳の入門バリエーションとステップアップし、じっくりゆっくり雪山への耐性を高めてきました。
さらに、時間の都合で夫は参加できないものの、冬山講習会などに出かけ、歩行技術とは何か?についての知見を得ました。
同時並行で自主山行し、講習会で習ったことを実践して、体験で補強することで、歩行技術自体も上がったと思います。
現在ではアイゼン歩行はかなり自信があるレベルです。その自信は、アイゼンの装着が速かったり、歩行タイムそのものが速いこと、あまり疲れないことに裏付けされた自信です。私は安全な雪質なら、アイゼンで走ることができます。
ただ雪稜を歩くスキルについては、夫も私も若いこともあって、そう苦労しなかったのだと思います。講習を受ける間でもなく、、八ヶ岳の主要な雪道を歩けました。冬の天狗岳まで個人だけの力で歩きました。一般的な登山者も同じように出来ると思います。ガイドブック(ヤマケイ アルペンガイド6 八ヶ岳 (ヤマケイアルペンガイド))を見て難易度1の易しい道から徐々に難しい道にステップアップしていくだけです。
次なる、2)雪山に対する一般的な山の総合力ですが、これは、
・お天気の判断力
・行動計画の立て方
・装備の準備、
・地図読み力
など色々です。冬山基礎講習などと一般には題されていますが、雪山の本を数冊読むことで独学できます。
一般に初心者は山小屋に着いたら何をしていいか分からないですし、行くべきでないときに山に出かけてしまいます。冬山では着替えは必要ありませんし、夏のように16時小屋着では遅すぎ、15時着が基本です。(私たちは14時には入ってしまいます) たとえ、大荒れ情報が出ても山域の特性によっては良い結果が期待できることもあります。
これは八割方、読書で補える。主に時間にゆとりがある私が時間という資本をフルに投資して独学しました。
そのほか、”夫も私も山行前に毎日天気図とにらめっこしては雪山に毎週末行く”という生活を丸3シーズンしたのち、多少の判断力と経験がある、というところまでこぎつけました。
そうなると、課題は3)雪稜を一日7時間歩く体力、となります。
このために私たち夫婦は一旦八ヶ岳という山から離れ、冬のロングルート、鳳凰三山を目指しました。八ヶ岳のロングルートは歩くスキルだけではなく、登攀技術やビバーク技術が必要になり、少し目的から逸脱するからです。
選んだのは、鳳凰三山です。鳳凰三山も薬師小屋まで7時間のルートですが、危険個所はなく、体力だけに集中できる道です。私たちがこのルートを選んだのは、
・7時間かかる行程での、
・体力配分や前日の体調の整え方、
・どれくらいそのルートが体に堪えるか、
・七時間に及ぶ冷えからどう身を守るか?
そうしたことを安全で安心な状況で体得したかったからです。
一回目の鳳凰三山では、体力が持つことは確認できましたが、季節外れの雨にふられました。
悪天候が南アよりシビアな結果をもたらす北アでは、同じ日に4つも遭難が起き、私たちも色々と考えさせられました。
今年、2度目の鳳凰三山は夫も安心感と自信を持って行動でき、私はさらに稜線行動を延長することができました。
≪参考記事≫ 山をブレークダウンする方法 甲斐駒までステップアップする方法です。ぜひお読みください。
■ 稜線行動と樹林帯での行動
稜線での行動と樹林帯での行動では、同じ時間の長さであっても、まったく異なるタクティックス(作戦)が必要です。
樹林帯では風から逃れることができるため、比較的歩くことだけに集中できます。(反面、退屈とも言えるわけです、安全の反面退屈、という訳ですね)
一方稜線の行動は、リスクが倍増し、慎重さと大胆さの両方が必要です。装備には慎重に慎重を帰し、かつ細やかな神経づかいが必要ですし、稜線の行動中体を冷やさない、ということについてもそうです。
しかし、一旦行動すると決めたら、山の機嫌が良いうちにさっさと行動してしまわなければいけません。
樹林帯のように自然と言う名の母の懐に抱かれる、なんて気分ではダメなのです。稜線では人はいとも簡単に死ぬことができます。滑落もですし、凍傷、低体温症もです。稜線上の主なる脅威は風です。
ですから、樹林帯の2時間と稜線の2時間では同じ2時間でも意味が全く違います。
さらに悪天候で風が強い日の稜線行動の2時間と、ポカポカ小春日和の稜線行動の2時間でもまったく意味が違います。
前者はひたすら修行で風から身を守るありとあらゆる努力が必要ですが、後者はこの世の春を謳歌、と言う感じで、心配するべきことと言えば、日焼けと自分が転ぶことくらいです。
■ 山が山を準備してくれる
そして、今年の、去年に引き続き2年目の鳳凰三山は私に烈風下での稜線行動という経験を与えてくれました。
山でのリスクテイキングとは非常にさじ加減が難しいものです。
リスクが大きすぎれば、遭難してしまうし、かといってリスクを取らない行動だけしかしないならば、いつまでたっても、そのリスクに対する対応力も経験も身に付きません。
どの程度か難しいですが、これは普通に誠実に天候を見ていけると思った山に行っていれば、その当てが外れたりして自然に準備されるようです。
・キチンと天気図を見ていて、
・山域の選択も誤らず、
・傲慢に陥らず
判断していれば、当てが外れると言っても、遭難死するほど大外れはしないはずです。
たとえば、今回の忘年山行で経験した、南アルプスの稜線の烈風は、甲斐駒に行けるようにしてくれるために、神様が用意したに違いありません(笑)
地蔵岳まで歩いたとき、私は3,4度足を取られ、飛ばされたらどうしよう?!とリアルにその後を考えました…あの烈風を想えば、今回の甲斐駒山頂付近での風なんてそよ風ね、と思える風でした。
ただ風はとくに予想が難しく、現地で判断するものの一つです。だからこそ、この鳳凰三山で飛ばされそうになり、何とかなる限界点を理解する、というのは重要なことだったのです。
自分の物差し、ができる、ということですね。
■ 焦らず1年待ちました
このように甲斐駒には長く憧れを抱き、目標にしてきました。
そして、コツコツ準備もしてきました。すべての山が、この山につながるためのステップだったとも言えるわけです。
実は去年、お正月明け1週目に甲斐駒のガイド山行が持ち上がっていました。
私は憧れの山だったので、ぜひ行きたいと思っていました。ガイド氏もぜひ憧れの山の山頂を踏ませてあげたいと思っていたと思います。
しかし… 山行で一緒になる他の登山者が問題でした。
その男性は、私たちが4度目の冬天狗で雪山に慣れ、いよいよピッケルデビューしよう!という時に、ちょうど雪山をスタートした方でした。ですから雪山は私たち夫婦の方が先輩です。
しかし、全く雪の無い里山で、その方の行動を見る機会があり、私は青くなりました。
一つ目のインシデントは、パッキングの稚拙さです。ザックにつけた水筒を落としてしまったのです。サーモスをザックに外付けする登山者は多いですが、実はこれは落とす危険がとても高いので、良くないパッキングです。実際山慣れた人は同じザックに付けるでも、350mlの小さいボトルにして、すっぽりポケットに入れてしまう工夫などをしており、ボトル脱落について予防措置をしています。
(私はほとんどの場合、サーモスはザックに着けず、中に入れてしまいます。)
そして、2つめはこのことが示した、歩き方の稚拙さです。ザックに水筒をつけても、歩き方が上手であれば、もちろん、落としません。この方の歩き方が雑であることを示すのがザックのポッケに入れているモノを特に理由なく落とすということなのです。
3つ目は、里山を転がり落ちたことでした。この時の山行は忘年山行だったので山頂でお酒がふるまわれましたが、私は山では安全地帯に入るまでお酒は飲みませんし、かつ酔うほど飲みません。
山に居て安全地帯に要るわけでもないのにお酒に酔っぱらってしまうことが、リスク認識の甘さを感じさせました。
私は山行においては、最悪のケースを想像するタイプです。
この方とガイドの3人で出かけた場合、この方の登山力と私を比較すると、どうしてもこの方が未熟となりセカンドにならざるを得ません。セカンドは一番弱い人の位置と決まっているからです。
セカンドを歩く、この男性が滑落した場合(何もない場所で滑落する人なのですから、梯子や鎖場、ましては雪稜で滑落しないと言えるでしょうか?)、最後を歩くラストの私はどうなるだろうか? 滑落を止められるか?
私は小柄なので大体のケースで体格では一番小さい人です。自分の上から加速度がついた体格の勝る男性が落ちてきた場合、十中八九、私も落ちてしまいます。
ガイド登山で使用するショートローピングは、1対1でも滑落を止めるのは厳しい事で知られています。滑落以前のふらつきを止めるのがショートローピングであるのです。
1対1でもそのような状況なのに、3人がつながるということは、一人のガイドが二人の客を支えるショートローピング・・・ 一人落ちれば二人が落ちること確実なショートローピングなど、もってのほか、と思えたのでした。一人なら止めれるガイドさんも二人とも滑落したら止められません。要するに3人一緒に滑落することになる、ということです。
これを話すとガイドさんは「メンバーも機会も揃うことなど望みすぎだよ」と少し残念そうでした。
が、その直後に考えても、またその当時より雪山経験が豊富になった今考えても、やはりスキル不足の登山者とショートローピングでつながる山はリスクが高すぎると思います。
私は山で一か八かというのはやらないタイプです。そうでなくても山はリスクが大きいのですから。
そういうわけで、去年甲斐駒は泣く泣く見送った山でした。
≪未熟な登山者の見分け方≫
・パッキング ・・・外付け水筒
・頼りない足元・・・ 転倒リスク、高
・リスク認識の甘さ(他者への依存)・・・判断ミスリスク高
■ 今回の甲斐駒
今回の甲斐駒は、とても良い山行になりました。風は鳳凰と比べれば微風と言えるほどでした。
毎日甲斐駒を眺める生活をしていて、この4年と言うもの、甲斐駒に登れるようになりたいな、と思って過ごしました。
去年行かなかった(行けなかった)のは、”大いなる存在”が自分で登る山を目指す私に、「来年まで待つように」と選ばせたのに違いありません(笑)。
実はこの山行は年上の山の友人が登るのを聞いていましたが、別パーティ前提の行動でした。
また、直前まで天気図を見て判断しました。前日長距離ドライブで疲れていたし・・・
けれども、結果は大変良いほうに出ました。
この日の甲斐駒は、私たち3人以外は登る人もおらず、登山道はよく踏まれた雪道で、風も穏やか。遠方まで景色が見渡せました。また8合目あたりで小さな垂直の虹を見ました。
甲斐駒は歩けるのではないかという感触は事前の情報収集から掴んでいましたが、去年はまだ私にはロープをつけて歩かせよう、とガイド氏は考えていたルートですから、緊張して臨みました。
しかし、どの鎖場、どの梯子も特に問題を感じませんでした。落ちたらヤバいとは思いましたが…。
甲斐駒ケ岳黒戸尾根は、こけること、滑落は決して許されないルートです。
またロープと確保器は準備して出かけましたが、結局出す必要がありませんでした。
私はこのような経験から、山は焦ってガツガツと難しい山に登ろう、そのために誰かに連れて行ってもらおう、としなくても、一歩一歩自分の山を焦らずに登っていれば、その時その時にふさわしい山が自然に準備されると思っています。
それは遠いと思っていた山頂が一歩一歩登山道を歩いていれば、そのうちじきに到達する、ということに似ていると思います。
山行報告は次の記事に書きます。
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