Tuesday, March 22, 2016

山岳会による新人教育が機能しない理由

■ 時代に会った方法を

山岳会による新人教育は、結論から言うと時代に合わずダメだろうと思っている。

理由は、山岳会は、”技術の向上”や”安全”よりも、”会の存続”つまり組織維持を優先するからである。

逆に言えば、組織さえ維持できれば何でもいい、に陥ってしまう・・・。

伝統がある会には、縛りが多く、若い人には人気がない。したがって、新人が入らないため、ごくまれに入った新人に対しては、上げ膳据え膳の高待遇が待っている。特に若い男子は必要以上に大事にされており、大事にされる方向がかなり間違っている。

だらりんビレイでも叱られず、スタンディングアックスビレイでは両手ばなし、それでも、先輩たちは死の危険を冒してリードしてくれ、おごり作戦で新人確保に努める。どつくなんてとんでもない。そんなことをしたら、あと何年自分が役員をしないといけないのだ?

上位団体が押しつけてくる、面倒な役割を次の者=後輩に押し付けない限り、自分がその役目を降りることはできない。

上位団体と言えば、あまりに新人がこないので、どうせこない客を待つレストランで新鮮なメニューが出せないのと同じことに陥っている。

師匠が驚く杜撰な山行計画書は、どうせ遂行されることがないからの慢心の結果かもしれない。

かろうじて維持されているのは、補助金や助成金でタダで山に行けるうまみがあるからか、結局遭難が起きたときに出動は警察署ではできないからかもしれない。

■ 一緒に行く方が危ない

私が退会したのは、会と一緒にいると、自分でルートに行くより余計に危険だからだ。

師匠に諭されて、会内でパートナーを育成したが、全くダメだった。仕方なく、他会の人と本チャンへ行くようになった。

すると、十二ヶ岳の岩場でリード試験を受からないと本チャンに行ってはいけないというルールができた。そこは私が初年度でリード済みの課題。結論を言うと、会は足かせだった。

1)会自体が足かせ
2)会と行くと単独で行くより危険が増える
3)会にいると高齢初心者の無料ガイド役をしなくてはならない=山の世界の後退に力を貸すことになる
4)会山行が宴会で山行日程をつぶされ邪魔になる(役立つ会話もなく、愚痴とセクハラ)
5)例会が不毛。何も決まらないのに出なければならず、時間を取られる
6)会は山行計画書に的確なアドバイスができない 

でした。実は退会して、余分なことをしなくて良くなったため、逆に山行が充実してしまった。

おそらく新人の目からみると、今の山岳会はメリットは少なく、逆にデメリットが多い組織形態になっている。

男性で、なおかつ技術的に自信があれば、会には属さず、自分で仲間を募って山に行ったほうがむしろ安全という結論になるだろう・・・。

すでに中高年&女性と、決して条件の良くない、私でさえそうなのだから、まして、体力に自信が
ある若い男性にとっては、いくらでも個人でパートナーを見出すことができるだろう。

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■個人の時代

ベテランが言うには、今は個人の時代だ。〇〇会に属しているから安心とか、よく教育されている、とは言えなくなってきた。

技術(師匠)を得ようとする努力は個人的なもの。組織ではなく、やるかやらないかは、一個人の問題だ。

会に入れば、”会の存続”という理由で、その岳人に努力が一切なくても、一応大事にはしてもらえる。が、大事にされるために、新人側が慢心するので、何年いても、技術は身につかない。

これは同じように講習会仲間がぼやいていた。「みなさん、やってくださるんですよ」つまり、自分でリードしたいのにリードさせてもらえないという話。ロープワークも何もかもお客様待遇でやってくださる。ちなみに、この発言者はそんな会はごめんだ、という相談だった。

私が思うには、アルパインの基礎的な知識(スタカット)を1年たっても、独学できていないなら、有料の講習会に出るべきだ。先輩はすでに教えたのであろうし、そのままで万年セカンドでいいはずがない。熱意はなにがしかの方法で自分で示さなくてはならぬ。

現在の山岳会の新人売り手市場では、当然若さの為、体力で優位がある後輩は、会で技術を身に着けると慢心し、先輩のほうが体力が劣るという理由で、先輩をすぐに見切り、パートナーとしては短命だ。となると、教えた先輩には何も得るものがない。

教える側の先輩から見ると教え損に疲れる。私でさえまだアルパインは3年目なのに、片手には収まらない数の人にマルチピッチを教えて、疲れ気味だ。また最初からか~となる。以前3年目で辞めて来た人にアルパインに誘われたが、仕方ないだろう・・・その人は会から教わっていたから不義理だが、私は会からは教わっていない。

■ 教わろうと思ってくる人は依存的な人

山岳会に来る人は、無料で教えてもらえることを期待して入会するので、教えてもらって当然という依存的な人しかそもそも来ない。

その点については、普通のハイキングの会でも、リーダークラスは、最近入ってくる人は、山岳会を無料のガイドと間違っている・・・とぼやいている。

そういう状況下で、何がなんでも山岳会でやるのであれば、「うちの会では教えません。」と言ってから、来てもらわないと、結果的には依存的な人だけが残ってしまうことになる。

例としては、
・3年間、懸垂下降も自分では出来ず、ローワーダウンしてもらって本チャン。
・8年沢リード一回もせず、沢山行。
・8年山岳会に居て、ワカン履いたことがなく取り付け練習もしてこない。
・30年山をやっていて、地形図を持ってこない。
など。

正直に言って、現代は有料の講習のほうが、学びたい意欲がある人材が集まる。

学ぶ意欲があり、金銭と言う犠牲も払う覚悟がある人は、そもそも精神的に自立しているので、会は不要だ。入っていても、在籍しているだけで、活動は自由にやっているようだ。

パートナーも教育も、山行アドバイスも会には期待していないので、例会に出なくて良い、しがらみがない会のほうがいいと言う結論になる。

結局簡単に言うと、古い革袋には新しいワインは合わないのだろう。

とこのような理由で、新人教育をやりたくても、山岳会という組織継続を目的に行うのは、教わる側の依存性を排除できないので、無理である、と考えている。

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