Tuesday, December 18, 2012

自由を生かすも殺すもまた自由


昨今は山ブームと言われています。

でも…その山ブームの恩恵は、山岳県の山梨からは果てしなく遠く見える…そのわけは・・・・

まるで地形的に山に囲まれた盆地が証明するかのように、この地が閉じた情報の届かない土地だからです。

■ 怒涛のような情報が入ってこない

しばらく前、都会から越してきて7年の先輩格ともいえる友人が

「こっちはラクよ~。余計な情報が入ってこないから~」

と言ってくれましたが… (そう都会にいると情報過多で疲れます・・・)

余計な情報どころか、必要な情報も入ってこないかもしれない…(--;)?

ということは何を意味するか?

■ 情報怠慢

というと 情報に対する怠慢がダイレクトに反映される、ということだ。

気をつけていないと本当にウラシマ太郎です。リスクに対してはきちんとした備えをしておかなくてはなりませんね。

しかし、それは逆に言えば、古き良き伝統も残るということ。

その古き良き伝統はお宝です。

けれども、その”お宝”は、視野が狭まり、”井の中の蛙”に陥ってしまった目にはお宝であるということがそもそも評価できません。 結果として起こるのは持ち腐れです。

そこで、何が起こるか?というと、持ち腐れ状態を見かねた都会人がやってきて商売をはじめる。そして、それが軌道に乗る。

そうするとどういうことになるか? 

地元の人の目には、「あんなにも当たり前のことで金を取るなんて」 ということになる。

だから地元の人は置いてきぼりを食らったような気持も混じり、羨望混じりの損した気分で指をくわえて、地元のお宝でちゃっかり儲けてしまっているように見える。結果、都会人を嫌う…

けれども…どこに発端があるのか?というと、それは情報に対する怠慢にあるのです。

田舎でウラシマ太郎になってしまうリスクは、インターネットの普及で、限りなく小さくなりました。

望むならコントラコスタタイムス(サンフランシスコベイエリアのローカル新聞)を毎日読むこと
だってできるのが現代社会なのです。

それは場所に依存せずにどこに居ても、精鋭的といえるほどに情報通になる自由がある、ということ。

むしろ情報上の自由は都会より上なのです。なぜなら都会のように情報を一方的に浴びる必要がないからです。

その自由を生かすも殺すも、それもまた自由なのです。

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