Thursday, April 7, 2016

初の自前沢

■ズミ沢

日時: 2014年8月24日 大菩薩 大鹿川ズミ沢 


山岳会に入会した目的は岩ではない。増してフリークライミングでもない。私は何がしたいか?というと、地元の雪と沢を一緒に”探検”してくれる、楽しい山仲間が欲しい!と思って、山岳会に来たのだ。

雪は、初心者からスタートした。ロープウェイで上がれる八ヶ岳の北横岳からスタート。4年かかって1月の甲斐駒黒戸尾根まで登れるようになった。しかし、沢は…。沢というのは、初級のただ歩けるような沢であっても、単独のリスクは高すぎて、一人で行くことはできない。誰かとパーティを組まないと、沢に入渓することそのものができないのだ。夫は沢は嫌だ、と言うし、それに、沢は年に一度か二度の、”山ヤのたしなみ”程度ではなく、夏の間は毎週末沢通い、というのが私の理想なのだった。貧乏なので、近・短・安を目指しているのが、私の山なのだ。

今年は、山岳会に入った!と、張り切って、沢に行きたがっていたのに、8月の暑い盛りというのに、沢山行が一個もなかった。どうしてこうなっちゃったんだろう?もちろん、仕方のない面もある。今年はアルパインクライミング元年だったため、初級のロープワークを身につける意味で、雪が終われば、岩をする必要があったからだ。だが、岩もつるべでやらないと、ロープワークという意味では、まったく意味がない。

相模川水系笹子川大鹿川平ツ沢(ズミ沢)は、沢ルート集で見ていて、目をつけていた。この日は、不思議なことに、一人でも絶対に行く気だった。誰も来てくれなくても、単独ででも行く気だった。自分が本当に行きたい山行の時は、そういう気持ちになることが多い。夏山1年目の初心者で単独、北岳・間ノ岳に登った時もそうだったし、翌年初めてソロテント泊を八ヶ岳で決行した時もそうだった。初めての厳冬期の単独北八つ縦走も同じだった。苦手の岩稜帯、後立連峰を4泊5日で単独テント泊縦走した時もそうだった。そうした、小さな階段をそっと上がる、ささやかだけれども、重要な転機の一つ…が、このズミ沢だった。そうした転機の訪れについては、”自分の山”をやっている人にしか、決して分からないと思う。累積したスキルが、ある日突然つながって、そのルートに行けるという静かな確信をもたらすのだ。

一人でも行くつもりだったが、会の先輩にして最高齢者、古希のI川さんが予定が空いているということで、急遽同行してくれることになった。先輩が心配してついてきてくれた格好だ。先輩とは、ありがたいものだなと思う。一人でも大丈夫、という確信があった沢だから、連れて行ってもらう必要はない。でも、I川さんは、いつもいてくれてよかったなと思わせてくれる。初めてお誘いした、登山道のない山、燕岩岩脈に連れて行ったときもそうだった。

他の先輩たちは、こんな初級の沢は興味がないのかもしれない。まぁ、スキルが揃っている人とだけ、山に行くのではなく、上も下も必要だと、最近は達観し始めている。それに、沢をしたいのは、私であって他の人ではない。私は同行者を見つけるという点でも、自立しなくてはならない。ただ正直なところ、女性の沢ヤを見つけるのは大変だ。それも地元で、となると、さらに難しい。

実は、この前日、岩のルートで、すごいのをやった翌日だった。太刀岡山左岩稜だ。このルートには、もちろんいつかは行く気だったが、ここはクライミングシューズで切り開かれたルートなので、私が求めるアルパインのルートとは、少し性格が違い、登攀の難易度が高い。最初の出だし1ピッチ目が、クラック5.9で、キャメロットのカム、NO3が、複数個必要だ。フィンガージャム、ハンドジャムがよく効く。つまりジャミング必須だ。しかし、クラック経験、合計2回の私の登攀力では、セカンドでしか登れないし、それでも、結局Aゼロしなくてはならないから、そんなに楽しいとは思えないのだ。いつか自分で登れるようになれば、きっと楽しいのだろう。それは一体いつなのだろうか?正直、あまりに遠くて、全く見えない。私の登攀力は、ハッキリ言って低い。安定したリードは5.8で精一杯。5.9は怪しい。

ズミ沢には単独でも行くつもりだった。それは、敗退が容易だからだ。それは何と言っても、登山道と並走している、ということによる。滝子山への道証(みちあかし)地蔵登山口からの道だ。単独であるというリスクが低い。転んで怪我をしても、失神でもしない限り、登山道へ出ればいいだけのことなのだった。

こういう確実に安全圏に近いルートの持ち駒を、一つでも持っているのは良いことだと思う。というのは、連れて行ってもらう山行が常態化すると、常に同行者がいるため、安全圏に近い、こうしたルートはおざなりになるからだ。自分がリーダーで連れて行く、という視点や単独という視点がないと、安全圏近接のありがたみは、理解できないだろう。自分に取り切れる責任に限界がある、という認識が、こうした安全圏が近いルートの価値を上げるからだ。連れて行く相手の安全を保証しないといけないことまで考えるとそうなる。しかし、連れて行ってもらう山行が当たり前になってしまうと、自分も相手の安全を担保している一員なのだ、とは発想できず、なんだ、こんな易しいところにしか連れていけないのか、という発想になってしまう。つまり、主客が反転してしまうのだ。つまり、連れて行ってもらっている側がふんぞり返る。それは、昨今の山の世界で著しい。

私は暑い日は、岩より、やっぱり沢が快適だと思う。かんかん照りの夏の暑い日に、涼しい木陰に入って、清らかな小川のせせらぎに耳を傾けるのは、心が休まる。水の流れというのは、焚火の炎と同じで、いつまで見ていても見飽きることがない。そういうものこそ、たくさん見るべきで、現代人はテレビを見すぎだと思う。

私がしたいのは、涼を求めるための沢であり、不快な日差しと、夏の暑さと、人混みを避ける沢だ。オイルサーディンの缶詰のごとく、寝床に詰め込まれる夏山の小屋には、一抹の未練もない。それは、ひと夏、小屋で働いて思い知った。せっかく日本には、日本にしかないオリジナリティあふれた登山スタイルがあるのだもの、それを愉しみたい。夏は沢!冬は雪!というのが、私がしたい山なのだった。自然と戯れる山。

入渓してみると、沢にはちょうど良い日だった。水は冷たく、気温は蒸し暑く、木漏れ日はキラキラしており、水の冷たさは心地よい。そういえば、私の初めての沢は、7月だったというのに、寒くて凍える沢で、雨の中、ガタガタ震え、唇が紫になった。2度目の沢は、なんといきなり2級の沢に行ってしまい、沢というより、外岩デビューで、スタンス極小で、腕がプルプルするような、際どいトラバースを経験させられた。要するに、このズミ沢以前は、沢ではまったくいい思いをしていないってわけで、それなのに、しつこく沢にしがみついている私は、やっぱり”物好き”なのだろう。

というわけで、このズミ沢、私の数少ない沢体験の中では、かなり貴重な楽しい沢になった。これまでの岩登りの努力の結実を実感する沢になった。

ズミ沢はガイドブックによると、難所がないと書いてある。ただ行ってみると、難所がないというのは、沢登りベテランが遡行図を書くからだろうと思われた。いくら初級の沢とは言っても、4級のクライミング力くらいは必要な感じだった。完全なウォーター・ウォーキングレベルではない。2~3mの小滝が連続し、核心は2段12mの大滝だ。その他、6mの滝、最後の3mの滑滝も、巻くか、ロープか、すごい用心か、のどれかが必要だ。つまり、完全にロープワークゼロ、という訳にも行くまい、という感じ。小滝は3級。スメアリングの楽しい練習場になる。5級の場所はないが、作ればあるのだろう。3m滑滝は、登りたければ、登れるらしいと、後でネット検索して、ガイド山行の記録で知った。ほとんどフットフォールドがないような滑滝だったが、あんなの登れるんだろうか?まぁ、3mなので上手な人はボルダ―感覚なのかもしれない。

登山道と並走しているという利点により、入渓点も好きに取れる。嫌になったら、登山道を歩けばいい。なんという気楽な沢だろう!ただ一部では、登山道は、はるか頭上で、沢との高さが離れ、その間は険しく急で、とても登れそうには見えない泥壁だ。それでも、少し戻れば、ちゃんと登山道へ上がれる箇所が必ずある。その心理的安心感は大きい。

ただ残念なことに、今年はどの沢も大雪の影響で、倒木が多く荒れているようだ。植林された杉桧などは、根が浅いので、すぐに倒れてしまう。ズミ沢も荒れていた。「荒れてるね~!」とI川さんが声を上げる。ちょっとこれは通過困難だな、という箇所があり、そこには、富士山の形をした、特徴的な大きな岩があった。そこは、もう倒木が幾重にも折り重なって、突破は不可能と見てとれたので、さっさとあきらめ、登山道へ逃げる。適当な場所を探して、また入渓するが、歩けないわけではないが、こう荒れていて、さらに登山道も並走しているとなると、人間は弱い生き物なので、つい楽な方へと傾き、ずっと登山道を歩いてしまいそうになる。易しい沢は、克己心の必要な沢でもあるわけだ。

I川さんは、着実に後ろをついてきてくれる。「ケツを歩いてくれる先輩はいい先輩だ」と山の先輩に教わった。教えてくれた人もケツを歩いてくれたが、その時は、ラッセルが嫌なんだろう…くらいに思っていた。ちょっとした小滝で、一応、I川さんを振り返っても、お助け紐など、まったく不要そうに見える。逆に、そんな申し出が失礼になってしまうのではないか?というくらいだ。「I川さん、強いな」と思う。だって、私の母ほどの年齢だもの。私はI川さんの年齢になった時に、これができるのだろうか?と考えてみると、まったく自信がない。こういうのが、実力なるものの理解の仕方で、実力を見ることが、その岳人への敬意や尊敬ということにつながっていくのだろう。

ただ、実は、正直なところ、「お助け紐を出して」と言われても、私も出してもらって登った経験がほとんどないので、はて、どうやって出しましょうか…となってしまうかもしれない。というわけで、ちょっとしたところを難なく超えてもらって、助かった。良いセカンドは手がかからないセカンドのことだ。つまり、トップは手を抜くことができる。

反面、トップの私に技術がないために出せないロープ、ということもできる。どうしたら、こういう技術がつくのだろうか?そういう風に考えると、多少背伸びであっても、連れて行ってもらう山行も大事だと分かる。連れて行ってもらう山行では、サポートの出し方を学ぶのだ。前日の太刀岡山左岩稜では、ここで欲しい!と言うところに、良い具合でスリングが出してあって、連れて行ってくれた先輩の実力を感じさせられた。それをできるまでには、何度かセカンドとしての苦労を重ねないと、登れない人の気持ちが分からないだろうし、分からなければ、サポートも的確に出せず、サッと超えれば済むところで、不必要に難所を作ってしまう。不必要に時間がかかって、コースタイムが押せば、それはそのままリスクになるのだ。

途中、たくさんのトチの実が落ちていた。私はトチの実を見るのは初めてだった。I川さんに「これ何でしょう?」と聞いたら、すぐに「トチの実よ」という返事が来て、やっぱり山の先輩と来るといいな~と思う。山の花もそうだし、山の小技もそうだ。

2段12mの大滝は、遡行図では真ん中の乾いたところを登るようになっていたが、真ん中は悪かった。丸く膨らんで、外傾している岩が、水流を二つに分けているが、水流の少ない方は、茶色く、見るからにヌメヌメで、とても登れない。真ん中にスリングが残置してあったが、これは敗退用のようだ。結局、惑わされて登ったものの、降りて、右端から登りなおした。ロープを束ねている間に、I川さんが先行してくれた。このことで、ルートファインディングをもっと学びたい!と強く思った。この滝は「モチヶ滝」という名前がついているが、遡行図には、名前の記載はなかった。

その2段12mの「モチヶ滝」を抜けると、今度は6m滝が出てくる。この滝は登山道から丸見えなので、かっこよく登りたい。一般登山者から見れば高い滝だが、見た目ほど難しくない。どんくさい人でなければ、初心者でもノーザイルだと思う。

すぐに最後の3m滑滝が見えると、もうご褒美のフィナーレだ。上は見事な滑になっていて、ウォータースライダーなどして、遊べる。童心に戻って、二人で小一時間遊ぶ。ランチを食べ、登山道を下山して15時。近所の温泉に入って16時という具合だ。ただ下山の登山道は、道迷いはない明瞭さだが、一般登山道としては、難路の”危険個所あり”のルートとされている。沢が初級だからといって、並走する登山道も初級とは限らないということだ。道証地蔵登山口が登山口の正式名称。途中、沢の方へ、深く切れているトラバースが長く続く。

ズミ沢は、地図上は”スミ沢”となっている。この周辺の沢の中では、水量が多い沢だそうだ。沢ヤの間では、濁った発音の”ズミ沢”で通じているらしいが、スミ沢が地図名なのは、水が清く、澄んでいるからではないか?JRの笹子駅から歩いて1時間くらいで、入渓できるため、車がない首都圏の人にも使いやすいことで知られているようだ。記録は、易しすぎると文句を言っているものが多い。そういう人はフリーのルートで遊ぶべきだ。前述したが、ズミ沢はガイド登山でも使われている。

遡行時間は、マックスに楽しんで3時間、下山小1時間と、ちょうど気楽な日帰りの沢にいい。地図読みも不要だ。誰でも遡行できるので、親睦を目的とした山行にも良さそう。この沢がつきあげるのは、滝子山ではなく、となりの大谷ヶ丸だ。

ズミ沢では、私の欲しい”登山技術”とやらは、どうやら自然界の山の中を自由に闊歩するための知恵であり、どういう箇所で、どういう風にロープを出したら、より安全に通過できるのか?そういう経験則的なことだ…と、確認する山行になった。冒険的な山行をしたかったら必須の技術だ。

この易しい沢を自立した登山者として歩くには、最低限のクライミング力が必要だし、地図読み、初歩のロープワーク程度のことには、不安を持っていないことが、前提条件、精神的な安全の担保になる。そうしたものを意識し始めて1年。1年で初級の沢歩きをマスターした、ということになる。この達成は、私だけの力で成り立ったわけではない。岩場で偶然出合い、師匠となってくれたベテラン山ヤの師匠、人工壁でビレイしてくれた仲間や先輩、どれどれと先輩が連れ立って行ってくれた岩場でのクライミング…、料金を支払った講習会の受講だけでなく、たくさんの人の助力があった。そうした支えがあっての一年間の努力。総決算は、このズミ沢で黒字化だ。

If achievement had no price, it would be of no value...と言う。ズミ沢は小さな易しい沢だが、その沢をして、達成感ある、味わい深い思い出の沢にしたのは、一年の間に費やした努力だ。ズミ沢を価値ある沢にしたのは、そそがれた心の量なのだ。今回同行し、個人的な達成とその感動を分かち合ってくれた先輩だけでなく、ここへ至るまでの、長いようで短い1年間…東沢釜の沢の講習や、アイスクライミングでのルートデビュー、マルチピッチの岩デビューやゲレンデでの練習…そうした山行の積み重ねで、様々なアドバイスと貴重な時間をくれた、師匠や山の先輩たちあっての達成なのだとしみじみ思う。

想いがないと誰も手助けはしないが、手助けがなくても、想いは達成できない。二つは常にメロディとリズムのように、音楽を奏でるには絶対に必要な二つの要素なのだ。この二つが揃った奇跡が山を作る。想いと出会い。だから、山は面白い。

≪山小屋のこと≫
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4月の小山行

4月12日 兜山 地図読み


桃の花満開の甲府盆地を上から眺めよう!と、久しぶりの夫と運動不足解消の山。適当に地図読みしたら、一つ乗る尾根を間違う。夕狩沢へ降りる尾根では紫ピンクのミツバツツジじがきれいだった。夕狩沢は廃道だが気持ち良い場所だ。降りるまでは良かったが、そこから棚山南尾根に乗る取付で作戦ミス。適当に上がり、隣の尾根との間には廃道になった林道があり、それを利用した。
結果オーライだが、沢から地形を読むのは難しいことを理解。地形にはパターンがあり、それが似ているのだ。後は快適に棚山から神峰へ縦走し兜山までの尾根を地図読みして下り、13時半下山、と運動不足解消にちょうど良い。前の山行で棚山南尾根はP1104前コブから一つ降りる尾根を間違って降りたが、結果論でいうと、その間違った尾根のほうが快適だった。駐車場には入りきれないくらい車がいたのに、ほとんど人に会わず、山力が上がったことで静かな山が楽しめた。

4月16日 分水嶺を歩く夢 飯盛山

時間:8:00 野辺山集合、8:22しし岩駐車場 9:30山頂 10:30 下山12:38

飯盛山は、奥秩父分水嶺の終着駅だ。金峰・甲武信の長い縦走をしたとき気がついた。単体で行くには小さすぎるので、行かず終いになっていた。晴れた日をつかんで、友達の初心者と。初心者とは言え、聞くと冬にも来たと言う。小海町生まれの人だ。やっぱり小1時間で山頂についてしまう。そこで、ちょっといたずらっ気を出して、彼女を稜線伝いの”境界線ルート”に連れ出す。藪山の触り、とでも言ったところ。鉈目の見方、ピークとコルでの現在地の確認の方法を教える。市や町の境界線になっているところは、境界線の杭があり、赤布代わりにできる。大抵は歩かれていて、地図にある破線ルートよりは、確実に登山道化していることが多い。初心者の地図読みにおススメだ。
今回はほんのちょっとそうした冒険を味わってもらった。展望が良い山は、そうしたことを教えるには楽で、教える側にとっても初級。「あの山なあに?あそこまで行けるの?」と乗ってきてくれ、うれしい。互いの中間点である川上村付近の山を歩いてみようかな。Kさんもこのエリア研究中のことだし。金峰山や甲武信まで縦走できるようになるかなぁ?途中の上級藪山区間はどうするかなぁ。

4月18日 親睦の三つ峠

時間:河口湖駐車場7:00 木無山9:17 御巣鷹山10:00 林道出会い12:42 下山13:35

展望が良く春の気持ちの良い山行。三ッ峠は山梨百名山ではないが、アイスも出来るし、屏風岩は日本を代表する本チャン用ゲレンデだし、高山植物ではアツモリソウの自生地。他にスミレとレンゲショウマでも有名だ。岩をしていると美しい花は見過ごしてしまう。クライマーでもあり、スミレの専門家でもある人と以前歩いた道。今度はKZ子さんと歩いた。まだフキノトウが獲れ、霜柱だった。LKZ子さんが御巣鷹山に行っていないというので、時間もあるし、3つを縦走する。途中で白いメスカモシカが四季楽園から餌をもらっていた。三つ峠山荘へ挨拶によると、ご主人が個展を茅野で開催するそうだ。下りは府戸尾根で下山。ちょうど寄り道分1時間くらいオーバー。スミレは今からシーズンインで群落は数か所。まだ桜が見ごろ。のんびり足慣らしの山だった。三つ峠は四十八滝沢に沢登に行けたらいいなと思っている。雪稜では三つ峠東尾根に期待。

4月19日 某所ロッククライミング


平塚の岩愛好者の集まりに便乗クライミング。私は11月から5か月ぶりの岩で、翌日の今日は腕が筋肉痛でタイプミスが多い。”日本のクラシックルート”と言われるルートで滑落しない程度の力が欲しいと思っており、今の課題は5.9。この日は、追手門エリアFの”二度あることは三度ある”5.8でアップ。隣の”げん直し”10aをI川さんはオンサイトしてしまった!私は2トライ。さすがI川さん。さらに、隣の岩のカンテにも行ったが、課題名不明。このあたりからどこを登っているのか不明に(笑)。
下の岩場で何かが起っているようだ。勘助と言うルートで、なかなか登れないでいるのをみんなが下で見ているようだ。どうも難しいルートらしい。見ていると、難しいのを登れても登れなくても、各自のレベルで、まったく同じように苦労しているものなんだなと分かる。ムーブが分かればフェイスは楽なんだろうなぁ。でもムーブ…どうしたものか、頭が痛い。フリーはムーブ解決力でつまづき中。フリーも頑張らなきゃ!なんだがなぁ。

春の読図山行 

■兜山・棚山南南西尾根

実施日:3月30日(月)

この山行は離山(はなれやま)が作ったご縁。離山は、山梨の中高年登山の頂点に鎮座する藪山だ。鳳凰三山の前衛の山だが登山道がなく、テントサイトもテント一張分しかない。登攀力とロープワークの素早さが必要であり、したがって山の総合力が試される。私自身は興味がないが、その離山の話題が出たとき、I川さんがちょっと行きたそうにしていたのと、行ったことがある人を私が知っていたので、二人をつないでみようと考えた。I下さんだ。

I下さんとお会いしたのは3年も前のツルネ東稜。私たちが天狗岳に登った時に、たまたまI下さんもいたらしい。すでに60代だったが強い人という印象。このツルネ東稜のとき、私と夫がラッセルで苦労している中、呑気に立ち話していたのが印象にあった。膝で固めるスタイルのラッセルもあるのよ、と教えてくれたり、つららアイスがあって、あれも登れるよ、と教えてくれたりした。私にとっては3年ぶりにお会いするI下さんだった。

連絡すると、ちょっと膝を悪くしているそうで、軽い山というリクエスト。それで、桃の花の季節だし、というので甲州高尾山はどうかとI川さんに打診したら、I川さんは兜山が展望が良いという。それで兜山。二人ともベテランなので、それ以上は詳細を詰めず、付近の地図だけ持って出かけた。当日は快晴で山日和だった。

1台の車に乗り合わせ、登山口へ。登山口についてから、「どこを歩く?」と相談する。兜山山頂を目指すと、あっという間に着いてしまうので、まずは太良峠へつながるコルを沢沿いにめざし、棚山を目指すことに。棚山から流れ出る長い尾根を南下し、夕狩沢に降り、再度少々の登りを経て、兜山の尾根に乗り直し、山頂へ。後は気分次第で、ということに意見がまとまった。全長12kmで一日にはちょうど良いかなというところ。軽い山だからか、I川さんはなんとアンクルウェイトつき!

歩き始めはだらだらとした林道。濁った沢沿い。例のコルまでは、前回の兜山に来た時は途中区間が逸れていたので、林道がつながっているはずで、今回はそれを確認できた。予想どおりの道だ。なだらかなので、自己紹介しながら歩くのにちょうど良かった。でも、みんなしゃべっているのに、ペースが落ちないのがすごい。

峠で一服。今日は暑い!みな暑いと言って、衣類をぬいだ。I川さんなんて半袖だ。そこから、棚山までは、登山道だし、あっという間だった。棚山で小1時間のランチ休憩をした。棚山からは勝沼方面が見下ろせた。I川さんが「もうちょっと先だったね…」と残念そうだ。翌週は勝沼はピンクになっていたので、ちょうど1週間早かったかな。

棚山からP1104までは登山道。私が先頭を歩いたら、うっかりほったらかし温泉への尾根に入ってしまった。これは、明らかな明瞭な踏み跡だった。踏み跡が方角を変え、下る一方になった時点でおかしいなと思い、引き返す。ピークと言っても、尾根の肩だから、見落とすこともある。5分ほどかな。

戻って、改めてコンパスを当ててみる。真南だ。ただP1104にはコブが二つあり、真南に出る尾根は2つ出ていた…P1104が縦に長い肩だったからだ。降りながら、左側をみると、もう一つ尾根があって、気が付く。先頭を行くI川さんに声を掛ける。「I川さーん、違った~、もいっこ隣でした~」「あと50m下れば、もう沢に付いちゃうなー」ま、どっちの尾根を使っても、現在地は分かっているので問題なし。この尾根は、明らかに使う”人間”はいない様子で、鹿の踏み跡一杯。何しろ急で、踏み跡がないので、立木につかまりながら、各自が適当なところを下る。「前に東北の人と藪山に行ったんだけど」「うん」「あっちの人の言う藪山って、本当に藪なんだよ、こんなもんじゃないんだよ」そんな話が出たような軽い藪山。

明るい南面の広い尾根で広葉樹だから葉が落ちていて、とっても明るい。気持ちがいいな~、けど、暑いな~と汗が噴き出る。尾根の最後の方は、植林になっていて、暗い影がとても涼しく、生き返った~という感じだった。まだ4月に入っていないのに。下から「沢あるよ~」の声。沢水が伏流から、水源になっている地点についた。ちょろちょろと細い水の流れ。飲めるのかなぁと言うと、飲めるでしょの返事。ちょっと飲んでみたかったけど、まだ水筒に一杯飲み物があったので辞めた。でも今日は冷たい飲み物の日だった。

地図では沢沿いに林道がある。それは確かにあったが、次は隣の尾根に出るための、はっきりした実線の林道があるはずなんだけど、これがないんだな(笑)。地図って、いい加減だなぁ。沢と沢の出会いになっている辺りに、古いジープが捨ててあった。「昔はここまで車で入ってこれたんだね~」今はとても車で入りたいような道には見えない。

そろそろ、徒渉して、あっちの尾根に乗りたいんだけどなぁ…。みなでウロウロとあるはずの道を探す。のは、実は半分で、道を探すの、めんどくさいから、地形を見て行っちゃえ~と思っているのは、三人とも同じみたいだった(笑)。ここで渡る? いやこっちで渡ろうよ。もうちょっと行って見る?相談しながら、歩く。そうこうしている間に、一人が徒渉完了、二人も完了。3人目も上がる。適当に土手を上がったら、これ道じゃない? 言われてみると、確かに踏み跡っぽい。けれど、地図の道は実線なので、踏み跡程度のことじゃないはずなんだけどなぁ。まぁいいか。使うか。

踏み跡は、尾根の末端を巻くように、北へ向かってから南に向かいなおす。ホントは、その南の尾根が乗りたい尾根だから、最初から尾根を目指して直登してもいいのだけど、傾斜を殺している方が歩きやすいのかもしれないし…仕事道があれば利用した方が早いし…と、とりあえず、道には添うてみる。が、だんだん枯れた沢になってきた。どうせ仕事道だから深入りする前に途中で尾根に乗る。・・・と、どんどん藪が出てきた。あら~?!また藪漕ぎ~?とりあえず、踏み跡らしきところを拾って、歩きやすいところを行く。けど、藪だし、足元は悪いし、こりゃ~大冒険だなあ…と思っていたら、I下さんが先頭に踊り出し、あれ~、若さの出番なし?なんか膝が痛いと言う話はどうなったんだろう?という活躍ぶりだ。I川さんはI川さんで、別の道を試してみている。I下さん、藪が終わったら、あっさり「道あったよ」。なんとなく"先頭どうぞ"って言葉に聞こえた。後はラクラクの縦走路を行く。ちょっとした岩稜的な味わいもあるが立派な登山道だ。私が先頭で、なんかスイマセンねぇ…歩きやすいところばかり先頭で。

途中で知り合いにあったりして、和やかな雰囲気で、兜山山頂に着く。展望台へ。「だいぶ木が伸びてきちゃったね~」「ホントね~。誰に言ったら切ってくれるのかな~」「中安さんに言えばいいんじゃない?」というような、他愛ない会話を交わしながら、長い休憩をする。I下さんは、20代のころから登山をしていたそうだ。バットレスの四尾根に話が及んで、「20代で行った時は全然怖いとは思わなかったけど、次に行ったらびっくり!よ~」「それくらい感じ方が違うってことよ」と教わる。確かにな~。私も何も知らない去年の今頃、三つ峠屏風岩、何も怖くなかったけど、瑞牆のカサメリ沢で滑落した後に、中央カンテをリードするのは、エライ怖かったもんなー。経験ってそういうことだよな~。

後は岩場コースで下山。岩場コースって、なんと鎖場が出ていた(笑)。ええ~?!今日の核心部?兜山の岩場って、こんな岩なんだな~と、半ば偵察もあって下山に使ってみたのだが、なかなか急で、ホントに岩場って感じ。岩を見ると、これってマジ登れるの~な感じだったが、終了点が付いていた。

最後に夕狩沢に降りたら、道がなく、右に行くか左に行くかで、右に行けば良かったのに、左にちょっと白いものが出口に見え、失敗。右には道はなかったのだ。それまで明らかな道だったのに。左に行き、どんどん駐車場から離れちゃうな~と気が付き、徒渉してガードレールを乗り越える。二人とも早ーい!私が一番徒渉に躊躇してモタモタしている…いや~経験ですね。徒渉点を見つけるのって。I下さんが「沢の位置を一つ向こうの沢と勘違いしてた、ごめん」だって…さすがベテランは言うことが違う、謙虚だ。こういうとき、間違ったと怒っちゃう人がいるんだよね。腹を立てても解決しないのに。

最後は5分ほど林道を歩き駐車場へ。さっき間違った道って、どれだったんだろうね~と言いながら、楽しく本日の山が終了した。ベテランと歩く山は楽しかった。私はこういう風に山を歩きたいんだよな~と思った。山をウロウロと徘徊しつつ、へぇ~、ここってこうなってるんだ~、へぇ~へぇ~と言いながら歩く。また楽しい仲間が増えて良かった。兜山は良い山だった。

≪記録≫
http://stps2snwmt.blogspot.jp/2015/03/blog-post_81.html

2年目のアイス 自前ルート

■残雪期 ジョウゴ沢から硫黄岳 初めての自前アルパイン

時間:金川の森4:30 美濃戸口6:00 美濃戸6:30 北沢林道終点7:25 鉱泉8:14 鉱泉出発8:50 F1 9:05 F2 9:13 乙女の滝出合い9:53 大滝終了10:20 トップアウト11:35 硫黄岳山頂 出発11:55 鉱泉12:30 出発 12:47 美濃戸中山前鞍部 13:17 行者小屋13:43 小滝14:32 美濃戸15:36 甲府17:00解散
 
1月、飯田山岳会のK房さんから、悲鳴にも似た山行の誘いが来た。山岳総合センターリーダー講習会の同期だ。複数の山岳会の合同アイスクライミングに誘ってくれたが、あいにく私のパートナーが見つからず不参加。それで「今度、御坂のクライミングに遊びにおいで~」と言っておいたが、御坂でも機会がなく、そのままになっていた。いつもアイスに連れて行ってくれるK村さんが凍傷になってしまい、ルートどころかゲレンデも不可能だ。それで、鈴木昇己ガイドの岩根アイスツリーに出かけた。「先輩が凍傷になっちゃって…」と事情を話すと、気の毒がってくれ、「もう帰るよ~、最後の一本だよ~」と日が暮れるまで登らせてくれた。11本登った。

K房さんによると、あちらの会も地域山岳会で御坂と似ており、アルパインに行くような山をしたい人は少なく、人材難だそうだ。行きたいルートに一緒に行く相手がおらず、講習会同期でもある、諏訪山岳会の新人と一緒に行こうとしたら、会から許可が出なかったそうだ。諏訪山岳会は、一回の地方山岳会とは違い、雑誌の岳人にバリエーションルートの登攀記録を出すような硬派な会で、遭対協の副隊長が指導している。そんなガチな会の新人でしっかり教育を受けている人とでも、一緒に山へ行けないのだ。飯田で山行許可を得るのは、そうした手続き的な困難が大きいらしい。それだけ新人に対して責任を感じている会で、大事に育てているということだ。見ず知らずの人との困難なルートには許可を出さないのだ。誰とどこへ行ってもOKの御坂とは厳しさが違う。それでもなんとか、2月末に互いに多少の無理をして、南沢小滝アイスクライミングにこぎつけた。ゲレンデだ。

ただ、この時も同行者が見つからず、結局二人だけで出かけた。2年ぶりの再会。互いにストレスが溜まっていたのか、朝6時に集合したのに、集合場所へは双方、約束の時間前に到着した。そのうえ、帰りは暗くなって月が出るまで遊んだ。ヘッデン下山ギリギリで叱られちゃう。この時は、ブナの会、相模アルパインクラブと一緒になり、合同クライミング会のごとく、互いのロープを貸し合い、クライミングの指導をしてもらった(笑)。ブナの会には知り合いがいる。友達の友達は友達だ(笑)。この時は一回リードフォローを練習し、懸垂で降りた。クライミング力が上のK房さんにセカンドの確保をしてもらい、トップを務めてもらう。支点回収は私で、懸垂は、体重が軽いほう、つまり私がバックアップを回収して降りる。

2週間後、小滝アイス2回目。この時は、S間さんが同行してくれ、初心者を入れて四名で出かけた。講習会のアイドルだったキリちゃん。アイスは初めて。ひさしぶりの再会だったこともあり、すごく楽しいクライミングだった。S間さんは、今冬の初アイスクライミングだったが、余裕のある登り。私はゲレンデのアイスクライミングが三連チャンだった。夏に偵察済みだった、小川山の唐沢の滝、ふとしたことでアイスでも登れると知り、出かけたら、非常にアルパインっぽいアイスで面白すぎた。ハマって、翌日も美濃戸口の滝へ行き、その滝は寝ていて易しかったので、擬似リードまで進んでいた。そこで、この日はK房さんに擬似リードまで進んでもらった。そのために30mロープを持っていった。S間さんも出来そうだったが、急かす必要はないので、この日は足慣らし。今回は行儀よく、15:30に下山完了した。

S間さん、K房さんのクライミングは安定感があり、私もバーチカル以外ならリードでき、バーチカルも長くなく、セカンドなら問題ないことが確認できた。互いの登攀力も大体が分かったし、このメンバーで、アイスの初級ルートがこなせる見通しがついた。S間さんとは、1月に金石沢から八幡尾根に上がって、ルートファインディングを摺合せしていた。K房さんとはゲレンデしか経験がないが、沢はルートは明瞭なことが多いので大丈夫だろう。リーダーシップ等も我ままな人はいないので問題なさそうだった。

そこで、1年ほど念頭にあったアルパインアイスのジョウゴ沢から硫黄登頂をやるかどうか、帰り際に二人に聞いてみたら、S間さん即答でOK。K房さんは、それを聞いて予定をやりくりしてくれた。このルートは、初心者でも遡行可能な、希少なアルパインアイスルート。滝が怖いと思ったら、すべての滝を巻くことができる。ヒロケンの『チャレンジ!アイスクライミング』(amazonで12241円!)に詳細がある。ルートは厳しいなと思えば、支流にいくつかある滝をゲレンデ使いして、遊んで帰ることもできる。『八ヶ岳研究(上)』には、無雪期に先輩から「自分たちだけで行ってきなさい」と指示されて出かけた記録があり、初心者同士が自分たちの力だけで解決する、最初の山にぴったりのルートのようだった。

思うに、初心者同士はどのようなルートに行ったらよいのか?そこのところが一番難しい。先輩からはそうした指導が欲しい。八ヶ岳なら『八ヶ岳研究』を読まねばならず、奥秩父なら原全教『奥秩父研究』を読むべきだ。そうした事前研究と私の一般ルートでの登山経験によると、八ヶ岳は雪が来るのが遅く、2月より3月が雪が最も多い。沢筋はだいぶ雪で埋まってしまう。それは春先には山の弱点となる。登りやすいということだからだ。そうした弱点となる時期は、どの程度の登攀力があるのか、自分でも判然としない初心者にとっては、都合が良い。

雪の状況はすべての沢筋のルートに対して言えることで、たとえば、アルパインアイスの初級ルート、峰の松目沢は、年内に登らないと、2月にはラッセルの山になってしまう。広河原沢は1月中旬まで。そうしたことをルートに出るようになってから、気にするようになった。そうでないとガッカリしてしまうから。ガッカリするだけなら良いが、思わぬリスクを背負い込むことになったら目も当てられない。たとえ”初心者向き”と題されているルートであっても、実質的な難易度は、時期と条件によるわけだから、”初心者向き”の言葉にほだされて、リスクを迂闊にも見過ごしてしまうかもしれない。

K房さんは、2月、阿弥陀中央稜などが悪天候で何度も山行が流れていた。気の毒だった。裏同心ルンゼと阿弥陀北陵は経験済み。私は敗退でも登山口までは行く。行って敗退原因を明らかにして帰る。それは初心者同士で行くメリットかもしれない。飯田は先輩がしっかりしているから、敗退経験を積めないのかもしれない。日々ロープに触って練習し、体力もあり、登攀もきれいで申し分ない、意欲も情熱もある人が、この時点で人工氷壁だのの、フリーに流れてしまってはもったいないと思った。

私もS間さんも、実はジョウゴ沢は行ったことがなかった。K房さんはジョウゴ沢F2でゲレンデの経験があった。取付までの案内役を頼める点も、このルートの良さだと思った。パーティを組むとき、何かしら役割があると私自身はホッとするから。K房さんも同じかどうかは、分からないが。ただ、案内といっても、そんなに難しい取付ではない。硫黄岳へ向かう登山道で、3つめの沢だ。そうは言っても、尾根と沢を読むことを知らない人にとっては、「3つめの沢」と言った時点でお手上げ。即席パーティではあるが、そういう部分でもまったく問題がない人材が揃っているのは奇跡に近い。

時期的に、3月は厳冬期の厳しさが緩み、2月ほどシビアな天候リスクが少ない。手袋を濡らして稜線へ出たり、パッキングが遅くて出発が遅れたり、食べるべきものを食べなかったり、体力の配分が上手く行かず、立ち往生したり、ロープワークのミスなど…のリスクが致命的な失敗…遭難…へつながる可能性は低い。日中でもマイナス20℃近くなり、風速も15mを越えるような厳冬期は、一般ルートであっても、ちょっとしたことが命取りになる可能性がある。

ジョウゴ沢は「登れないな」と感じれば、巻いても、敗退しても良いルートである点が保障されていた。転進先は南沢大滝のクライミングとした。そのため、ルート自体は、30mのダブルロープ2本でこなせるが、50mを2本持って上がった。南沢大滝が50m必要だからだ。

行こう!と決めてから一週間しか日がなかったが、自分たちだけで登るんだ!という期待以上に、「だいじょうぶだろうか…」という不安がもたげ、一旦は山行が流れるかに思えた。

行くかどうかは、連日気温をチェックして、前日に決定した。雪崩を避けるためだ。2、3日ほどプラスの暖かい日が続き、そのまま暖かいと、沢筋は危険だからだ。日中、ずっとマイナスの気温でないと。雪崩を懸念して、なんと飯田山岳会は、ビーコンを貸し出してくれた。雪崩が予想できるときは入らない方針なので、そこまではいらないと思ったが、それでも、会で共同装備として持っているのがすごい。飯田山岳会は、まだヒマラヤ登山が社会人山岳会で一般的でなかった頃、先駆的にヒマラヤを手掛けた会と聞いている。古い会で御坂より有名だ。御坂は富士山の遭難救助の貢献で、もう少し世の中に知られてもいいのにな、と思う。

雪崩れは、ビーコンを携帯して事故に遭ってから、なんとかすることより、事故に遭わないために何ができるか?が重要という立場だ。気象判断して雪崩リスクに近づかないこと、雪崩れ地形を避けること、現場で雪の安定度を観察することの3つ。それで意見交換をしたうえで、携帯した。S間さんは今回ビーコンを購入するという太っ腹具合。私もそれくらいゆとりがあればいいのだが…。結果、ビーコン、プローブ、ショベルを各自それぞれが携帯。余計な重さだ。これらがあるなら、本来この時期は上越だよな、と思った。雪洞泊の山行が組める。山行の中身は、全然違うようになるが、本来私がしたいのはむしろそちらのほうだ。豪雪のタカマタギが忘れられない。そのために2万5千円もする雪崩講習会に夫と二人で揃って出たくらいなのだ。今回のビーコン携帯は、雪崩リスクは低いので飯田への義理立てだ。厳しい会だから、気心の知れていない、他会の人と山へ行くとなると、説得材料がいるのだろう…。

集合時間は、朝早ければ早いほど雪が締って有利と思われ、一番遠くから来るS間さんに決めてもらった。遠い人の都合が優先が良いと思ったからだ。美濃戸口で6時前に集合して、一台に乗り合わせ、美濃戸へ。S間さんのランドクルーザーで林道を行く。ランクルはS間さん本人のように剛健だ。道は悪く、雪解けの轍が先週とはだいぶ異なる。だいぶ溶けているなぁ。先週はアイスバーンでタイヤが滑るのが心配だったのに。

美濃戸で支度し、北沢コースから鉱泉へ。林道終点から見る横岳の稜線は、黒々としており、木々にうっすら霧氷がかかり、不安が募った。稜線に明らかに雪がない。すれ違った人に聞いても、稜線には雪がないと言う。鉱泉到着は8:14.アイスキャンディはまだ健在。テントが多い。大勢の客を連れたガイドが、ビーコンチェックしている私たちを不思議そうな目で見ていた。ヘルメット&ハーネスは当然として、スノーバーにショベル、ビーコン、チェストハーネス、ヌンチャクにアイススクリュー、これが各自に、50mロープ2本…黄連谷だって登れそうないでたちだ。ロープは私が用意したが、二人が持ってくれた。

さて、がっつりフル装備でジョウゴ沢に向かう。3つめの沢で、登山道を離れ、ロープを越える。踏み跡もあり、迷う箇所はない。途中でK房さんが「違ったかも」なんて言う。御坂隊は二人とも「大丈夫だから」と歩を進める。数分でF1到着。F1は知らないと、気が付かないと聞いていたが、なるほど。アックスはいらないな…。すっかり溶けて、黒々とした岩が見えていた。ここまでくれば取付が間違っていないことは確かだ。

3分でF2に到着。本日の核心一つ目。そこでびっくり!氷がない…。「あらー」と思わず声を上げた。2週間前に小滝で会った、相模ACが前の週にジョウゴ沢でアイスクライミングしており、情報をもらっていた。その最新情報によると、F2は雪でつながっておらず、アイスが出ていた、スクリュー2本必要、だった。今、F2の氷は、見るも無残な有様だ。氷瀑は半分以上崩壊していた。一つ目の核心は存在しなかった。どうみても危なくて、氷瀑は登れないので、誰も何も言わず、左側の雪交じりの草付を巻く。ロープが出ていた。これくらいの傾斜は、S間さんと金石沢で突破した大滝の巻きより易しい。金石沢大滝とこのF2では、ここの方がリスクが少ない。金石沢みたいな僻地の無名沢で負傷したら、お互いだけが頼りだからだ。それに厳冬期だった。滝の落ち口辺りは左からの尾根の末端でガレていた。

それにしても、たったの数日のプラスの気温で、ここまで一気に氷瀑消失とは!S間さんいわく、「山だからね~」。確かに。そう、山だから来てみないと分からないのだ。例年3月下旬~4月の第1週目は、八ヶ岳に来ている。去年はこの時期、御坂と地獄谷へ来たが、十分雪があった。昨年の同時期のジョウゴ沢は立派な氷瀑だった。

F2を超えると、まっ白な広い河原が広がっていた。明るく、気分の良い、巨大な日向の雪原だった。カール地形と言ってもいいのだろうか?そこから見る大同心がすごく立派だ。左側の尾根も登れそうに見える。横岳のバリエーションは、裏同心も今の私には行けそうにない。ハングがあるのはダメだ。白い河原の底から、硫黄岳の奥に大快晴の濃紺の青空。ザックをおろし、皆サングラスを取り出す。このままでは、まぶしくて雪目になりそうだ。大展望に感動。

横岳の稜線の雪はだいぶ消えている。例年、東面の地獄谷は今が適期なのに。うーん、日当たりの差だろうか?もともと硫黄岳は、風の山で知られるので、風で雪が余りつかないのかもしれない。雪面には雪割れも雪しわもない。雪崩れの予兆は全くと言っていいほどなく、右の側面の尾根に小さな表層雪崩の痕跡、あとは古い雪ロールが溶けて再凍結しているのが一個あるだけだった。

進んでいくと、ミニゴルジュが出てくる。日陰になり、少し冷える。今日は暑かったり、寒かったり忙しい。さっき脱いだのに。

さらに進んでいくと、奥に氷瀑が見えた。近づくとつららは下までつながっておらず、これはこれで難しい?ハングのクライミングを強いられそうな、半溶けのつらら状氷瀑だった。これを右股出会いと思っていたら、後で確認したら、これが乙女の滝だった。あまりにあっという間に、河原は通り過ぎて、かの有名なジョウゴ沢のゴルジュを抜けてしまったのだ。

目と鼻の先の、左手に小さなクラゲアイスが見えた。柔らかそう。その尾根の奥に先行パーティが小さく見えた。あの人たちも頑張ってるね、とS間さん。奥にナイアガラの滝がある沢筋だろう。

さらに上がっていくと、左へ屈曲する。ちょっと地面が危ない。アイススケートができそうな、ツルツルのアイス平坦面。しかし、ほんのちょっとで終わる。さらに行くと、どん詰まりに、これも溶けかけた悪い氷瀑があった。F2と同じく溶けているのが危ない、という感じ。だが、直登する。誰も躊躇なし。巻くなんて発想はなかった。S間さんがトップで超える。上から、「ちょっと悪いからロープ出そうか」と言ってきた。私が取り付いてみると、”すごい用心”で切り抜けられそうだった。一瞬の悪場なら、出さない方が早いし、核心部でモタモタするより安全だ。「S間さん、あたし、いけそう」と返事する。何しろこのパーティ編成では弱点は私だ。

こういうケースで、Kさんならなんと言うだろうか。セカンドが取り付く前にトップがロープを出せと言うだろうか?前回のスヤマ尾根の沢のへつりでは、せっかくみんながロープを出そうとしているのに、えいやっ!と徒渉したら怒られたっけな…そんなことを思いつつ、今回、初のアックスを振るう。ここまでの行程では、アックスは強い傾斜であっても、ダガーポジションだけだった。

S間さんが通った岩のラインは、段々にはなっているが、岩の上のブラックアイスで怖そうだった。ので、私はそのままアックスで急斜面を直上した。この雪質は大丈夫だという確信があった。慎重に、滝の落ち口の雪にアックスを効かせて登る。雪の下のアイスに刺さった感じがあり、そのアイスは崩壊までは行かないようだ。一番の核心は、アイス崩壊して滝つぼドボンだなと思った。今冬は、なぜか濡れるリスクが付きまとう。スヤマ尾根も徒渉での濡れがリスクだったし、近郊のアイスもアプローチの徒渉が核心、金石沢もそうだった。ジョウゴ沢でとどめ。

ここを超えると、あとはしっかりした雪質の雪の急斜面をアイゼンのフロントポインティングで登る。今日は雪のコンディションが良く、アイゼンが良く効く固い雪質だ。雨後の雪と同じ。S間さんと二人で平坦部へ行き、後続のK房さんを待つため、振り返ると、阿弥陀の姿がすごかった。滝の落ち口のど真ん中に阿弥陀がデーンと!K房さんのウエアがきれいな色で、クライミングしている姿が阿弥陀にものすごく映えた。彼は用心深い性格らしく、私はシングルアックスで登ったのに、ダブルアックスを出していた。上がったら皆で記念撮影。

さて、と山頂方向を見る。しかし、ここから上には大平原しかない。「えっ?今のが大滝?!」と思わずS間さんに聞いていた。みんな初見なのに(笑)。あっという間の核心部だった。本日の核心はF2と大滝だったのに。あら~っ!もう終わり?!あまりに簡単で、25mとは感じられず、もっと短かく感じた。そのため、もっと上に大滝があるのかと思ったのだった…。去年、友人がこのルートを通った時、4m滑落し、同行者がショックを受けていたが、そんな箇所はどこにも感じられなかった。一体どこだったのだろう?

今いる場所は、ジョウゴの口の底だった。仮に雪崩があったら、雪が集中して逃げ場がない。今日は固く閉まった雪で、雪崩の懸念は感じられなかった。硫黄岳の西面は、ものすごく大きな日向の開口部、という感じだった。

後は硫黄山頂まで、急な雪原を詰めるだけだ。硫黄岳の爆裂火口の反対側って、こうなっていたのか。広い雪原だな~。ここは夏はお花畑になるのだろうか?ちょうど滑落停止訓練するのに良さそうな急斜面が続く。だが、時間は10時半で、日当たりが非常に良いため、雪が緩くなってきている筋があった。雪面はしっかりしているが、アイゼンサクサクのところと、シャーベット状雪の筋が混在している。ズボっとなると、脱出に時間がかかる。最初はトップのS間さんだけが被害者だったが、トップと全く同じところを踏むような人はいないパーティなので、次に私がズボッとハマり、終にK房さんもズボっとハマって、これは、ヘトヘトにされそうだと共通理解する。なんだか稜線は遠い。概念図ではすぐなのに。

濃紺の空に白い雪原。山頂方面は、白と青のツートンカラーでシンプルだが、後方を振り返ると、赤岳から阿弥陀、それに横岳の西面の幾筋もの尾根が、技巧を凝らした絵のようで、すごく対象的な眺めだった。

一瞬、敗退して、同沢下降もいいなと思った。今回一回も出していないロープを出す練習になるからだ。せっかく持ってあがったので、もったいない。下降に懸垂下降は必要そうだし、この斜面の下りは、スタンディングアックスビレイが必要そうだ。でも、ピッケルではなくアイスアックスだから、ちょっとやりづらいな。懸垂下降は、他に手段がないときの最後の手段とされているものだし…。

アルパインの基本は、未知のルートをたどって山頂を詰める、ということ。山頂を大事にする方が、覚えたばっかりの技術を使いたいから使う、ということより大事だ。何のための技術か?というと登るためだからだ。

それぞれが、ズボっ!を何度かやって、これは雪ではなくて、土があるほうがよさそうだということに意見がまとまり、土交じりのハイ松の上を行く。途中で赤岩の頭側に、S間さんがもう一度雪渓を渡ろうと試みたが、無駄な試みに終わりそうで、K房さんが制止する。なんとなく雪面が、ズボッ!へ達すること必至のように見受けられた。それでハイ松には悪いが、雪に埋もれたハイ松と巨岩交じりの尾根を直上する。ハイ松の良い香りが漂う。地図読みと言うかルートファインディング。このルートファインディングはあまり神経質にならなくて良い。というのも、とにかく上がれば、硫黄岳の広い山頂のどこかには達する。右に行くと横岳寄りになってしまって、下山の歩く量が増えるので、どちらかというと、左寄りが後が楽だ。ただ最後は、地図ではぐるりと毛虫マークなので、一番弱い私が登れないようなハングとか、いやらしい岩壁があると、弱点を探して、岩マークを右往左往しないといけなくなる。大丈夫かなぁ…。雪でつながっていれば楽勝なのだが。

岩だけになってきたところでアイゼンを外す。私はアックスもしまって、両手を空けることにした。岩だからだ。S間さんトップ、わたしセカンド、ラストがK房さん。S間さんがゾンデ棒役を買って出てくれている形だ。大きな巨岩の陰で、真っ白い破片が一杯落ちているなと思ったら、それは岩についたエビのしっぽが剥がれ落ちたものだった。ホントについ最近まで冬だったのに違いない。今日は風もなく日向は暑いくらいだが。

さらに行くと、穂高によくあるようなザレ。後ろのK房さんに私の落石が行かないかと気にしたら、すぐ後ろにピタッとついていた。分かってますね。落石注意地帯は、離れるか、至近距離か、どちらかしかない。落としはしなかったが安心した。

最後は運良く、腰高くらいの岩をマントリングで乗り越えたら終わり。「もうちょっと足が長かったら楽だな~」とは思ったが、スリングを出してもらわないで、超えれて良かった。これがあと倍の高さあったら、S間さんに引き上げてもらうしかない。上り詰めると、そこは硫黄岳の平坦で分かりにくい山頂のど真ん中だった。どんぴしゃり!会心?のルートファインディング!直上しただけ!後でGPSで軌跡を確認したら、谷から尾根へ気持ち良いラインを描いていた。素晴らしい!今年は谷を遡行して山頂へという山が楽しめそうだ。

山頂へ出ると風が強く、天狗岳と奥の蓼科山の雪解けの黒い山頂が見えた。夏沢峠から下に本沢温泉の建物が見える。春らしく、空は、もうだいぶ霞み、早くもガスが上がっていた。予報は午後から下り坂で、明日明後日くらいには次の低気圧がもう来ている。

景色は山頂より背景の方が凄かった。S間さんが差し出した手に二人が同時に手を出す。握手が終わると赤岳や阿弥陀を背景に各々ポーズを取り合う。来年はS間さんと中央稜と北陵をしたいな。会山行は南陵がいいな。

後はサクッと降りるだけだ。一般道には頭の切り替えが必要だった。これまで地形しか見ていないで歩いてきたから、最初の出だしで、一瞬尾根通しに行こうとしてしまった(笑)。一般道に出たら、歩き方を変えて、トレースを追うこと。再びアイゼンを付けて、赤岩の頭から鉱泉へ。

鉱泉でひと息入れても、まだ12時半だった。K房さんがなぜかパッキングを解きはじめた。出てくること、出てくること!支点用のスリング類が一杯。それもナイロンだから重い。あら~!重かっただろうな~!それで帰りはロープは私が持つことにした。まだ時間が早いので、南沢へ偵察に向かう。4月に入っても、今年最後の大滝が登れるか、ジョウゴ沢の溶け具合を見て、なんだか心配になったのだ。

途中、美濃戸中山への登りで、空腹に気が付いた。今日はちょっと登りがツライんだな。そう言うと、みんな待ってくれた。栄養羹とかクッキーを分けてもらう。どうしたのかなぁ。今日は登り調子が出ないなぁ。朝からそんな調子だった。下りはいつもと同じなんだけどなぁ。美濃戸中山のところで、登攀具を担いだ人にすれ違ったので、どこへ行くのか聞いたら、大同心だった。大滝かな?「そちらは?」「もう一本やってきたの。ジョウゴ沢」「氷ありましたか?」「無かったですよ~!それで、今から南沢に行くの」「なるほど~大変ですね~」という会話を交わした。話が早くて楽だ。

行者小屋前に13:45.トナカイのぬいぐるみの帽子をかぶったお兄さんがいた。楽しそうだ。小滝には14:30到着。すでにアックスの跡で、段々になっていた。もう帰ってしまった後で誰もいなかった。もの寂しげな空気が漂っていた。K房さんは、まだアイスを登る余力がありそうで、登りたそうにしていた。私は今日はなんとなく馬力が不足した感があるので、「トップロープ張ってくれたらビレイするよ」と言う。S間さんは「俺もビレイならしてあげるよ」と言いながら、靴を脱いで足をチェックしていた。うっ血したらしい。御坂二人が”今日は満足”モードなので、K房さんも結局登らず、そのまま小滝で一服して美濃戸に下る。一週間前と違って、登山道は歩きやすく、アイゼンもいらない感じだった。下りは通常通りで問題なく、美濃戸に到着。15時半解散。ゆとりを残した良い山だった。

温泉に行こうと提案したら、なんと二人はタオルを持ってきていなかった(笑)。私も別に入らなくてもいいので、では、と即時解散。御坂では、山では反省会と称して温泉へ行くことが多い。以前、別の会でリーダーが「今日の山行で、質問は何かないかい?」と聞いてくれて、次々と新人から質問が上がっていて、それはすごく役立った。飯田山岳会は反省会はやらないのだそうで、「へぇ、参考になるね」と言っていた。S間さんと一路、甲府へ。高速であっという間に付き、金川の森17時前に解散。良い子な山。なんと夕飯の買い物をする余裕さえあった。

反省点としては、氷瀑がジョウゴ沢ではもう消えてなくなっていたので、小滝に立ち寄ったが、クライミングするなら、たとえ千円払っても、鉱泉で登れば、時間が節約できて良かったのかもしれない。南沢まで歩くのに遠回りしたのに、結局登らなかった。なんか損したかな?12時半の時点なら、まだクライミングする余力があったような気がする。でも無料で登れる滝を知っている時にお金を払う気には、なかなかなれないものだ(笑)。逆に本チャンルートの練習としては、下山も充分負荷がかかった方が良いので、別ルートで降りるのは良かったと思う。

今回は、ロープは出なかったが、それは結果論でしかない。3人とも初見のルートを、ちゃんと荷物を担いで登り、アプローチも下山もこなした。先輩に連れて行ってもらう山でも、単なるゲレンデでもない。行程はちょうど良く、重さもこのくらいは担がないと、軽すぎてトレーニングにならない。皆で、次回は沢行きたいね!とか、城山でマルチだね!とか、縦走もしたいね!とか言いあった。夢が広がる山だった。山岳会に所属して1年…、去年は川俣尾根から権現、今年はジョウゴ沢。歩みはゆっくりだが着実だ。

Monday, April 4, 2016

あればあるほど良いのが体力と登攀力

■ 経験値を積むことができない

師匠は、初めの頃、新人が、アルパインではなく、フリーに傾注するのではというので、私が人工壁に行くのを嫌がっていた・・・。その気持ちはよく分かる。

・・・のだが・・・、残念ながら、アルパインへ行きながら経験値と登攀力を同時に高めつつ、成長するという戦略は、今の社会状況では成立困難だ。

ともかく、パートナーを得るのが昨今の山岳会は高齢化しすぎていて、むずかしい。

社会から隔絶された環境という、隔絶リスクを高齢になると取ることができない。

アルパインルートは、登攀そのものの困難度としては易しくても、隔絶リスクが高いから、高齢になると行くことができない。

昨今の登山人口は増えてはいるが、その大部分は65歳以上で定年退職してから初めて山を始める登山者である・・・という社会状況がある。

年を取ったらフリークライミングをするのが、アプローチも近く、良いと思う。

若い人にとっては、まだ山に行ける体力がある先輩格の岳人と本番のアルパインクライミングに行って経験を積む、ということができづらく、経験不足を甘受してアルパインに行かなくては、アルパインクライミングそのものの経験値を積み上げることができない。

■ 努力しても謙虚でも、経験不足に陥る、その傍証

日々アルパインクライミングの山に登り、安全には深く配慮しても、無知による遭難を回避することはできない。

例えば、今年は八ヶ岳では40cm程度の新雪があった時、阿弥陀南稜で雪崩遭難が起きた。事故者はガイドパーティだ。しかも、優秀で有名なガイドさんだ。

ガイドパーティと言うのは、ガイドが一切の責任を負うため、一般の山岳会に輪を掛けた安全マージンの厚さだ。たとえば、前穂北尾根では5.6のコルからロープを出すそうだ。山岳会では、いくらなんでもそんなカンタンなところでは、ロープを出さない。ロープを出すのは、3峰から。つまり級でいうと、3級から。

そして、ガイドさんというのは、頻度から言って、一般山岳会よりも多くの数のアルパインの山行経験がある。

その経験値と安全マージンをもってしても、防げなかった雪崩遭難、死者1名。

阿弥陀南陵と言えば、山の世界では、初心者コースに毛が生えた程度のものとされており、困難なルートとは認識されていないので、まさにベテランであれば、過信してしまいそうな、その程度、のルートだ。

・・・ということは、これが山岳会での実施であれば、

 ・より少ない経験値と、
 ・より少ない安全マージンと、
 ・より高くつのったプライドと、
 ・顧客への責任というブレーキ不在、

という条件で臨まねばならず、これが安全に向けて、どう作用するか?というと、決してプラスに作用するわけではないだろうことぐらい、すぐ分かることだろう。

■ 50代の男性は二極化

私の周囲には、50代のアルパイン初心者の人もいる。男性が多い。

この人たちは、2極化している。

危ない人と本格的なアルパインへ踏み入れた人と・・・。あぶない人は本当に危ない。本人があぶないだけでなく、周囲を死のリスクに引きこんでいて、その自覚がない。

危なくない人もいるが、それでも、経験がないままに山に行っているということは否めないかもしれない。経験を積んでいる途中で死んでしまうかもしれない、ということは除外できない。

こういう方たちにこそ、ベテランの経験によるアドバイスが必要なのではないかと思うのだが、50代の初心者と60代のベテランはソリが悪いような気がするのはなぜだろう???

■ スポーツクライミングのニーズ

正直言うと、人工壁はあまり好きではないのだが、現代では、アルパインをやる人にも、人工壁でのスポーツクライミングは必要なようだ。

ともかくビレイはスポーツクライミングでしか習得できない。

ビレイが習得できていないまま、フリークライミングへ進むことはないし、フリーが分かっていないで、アルパインへ行くのも無理があるような気がする。

落ちなければいい、の価値観から転換しない限り、ロープをきちんと使えるようになろう、支点の強度を調べよう、というような気持ちになることはないだろうからだ。

前にベテランがリードした時、ハーケンがスカスカでビックリした。効いていない中間支点を取っても、取っていないのと同じだ。だから、そこは結局フリーソロしたのと同じだ。

そのようなクライミングはしてはいけないのだが、分かっていてもそうなるのであれば、分かっていないままに、アルパインスタイルへ突き進み、進退窮まって落ちる、ということになれば、事故に確実につながる。

それは予想のコースであって、予想外の不運による事故とは違う。たとえば、落石のような。

回避できる事故を回避しない遭難
回避できる事故を回避して、その結果の遭難

の二つは質に大きな違いがある。

回避できる事故を回避しない遭難に巻き込まれないためにはどうすればいいか?登攀力をあげておくしかない、ということで、フリークライミングは私の場合、自己防衛の結果である。

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安全について、初心者当時2年前の考察