Monday, April 1, 2019

現代アルパインの在り方

■ 山やとしての在り方を学ぶ

はるばる行った遠征で、岩に取り付く前に、負傷(肉離れ)してしまいました。

そのような場合、どう行動すべきでしょうか?

現代は、そうしたことを教える山の指導者が不足しています。

正解は、負傷者を優先する、です。

まぁ、誰に言われなくても、誰でも分かることだと思いますが。昨今は、分からない人が増えている時代ですので…。




パーティに負傷者が出た場合、負傷者を最優先することが、人間らしい行いです。

各自の都合で、「えー?俺の予定をどうしてくれるんだ」と言うことが、人間性の低いの行いです。

私としては、何度も「歩くのすら痛い」と言ったのですが、相手は「もっと軽症だと思っていた」そうで、良かれと思ってあちこちに連れまわされ、どんどん症状は悪化の一途をたどっていきました…。

私に足りないのは相手に人間性の低い、思いやりの足りない行為、を行わせないだけの自己主張の強さだと分かりました。一般に、上下関係がある間柄では、下からの主張は通りにくいです。

私の足、いまこんなん…。

■ 競争がある社会に後から参加した人は競争の蚊帳の外であること

私は、バレエからヨガに入りましたが、バレエの世界とヨガの世界の違いは、バレエは競争を是とする階級社会、ヨガはそうでないということです。

まぁ私は普通の人がバレエから足を洗う19歳で、バレエの世界に入ったので、バレエの競争的な面は何も味わうことなく済んだのですが。

バレエと同じことが、アルパインの世界にも言えます。

アルパインクライミングは、初登争いの世界、困難追及の競争社会です。

しかし、それは高校山岳部でスタートする人、大学山岳部でスタートする人、そのうちのエリートの世界です。

大人でのスタートですから、いかに私が特急コースで成長したと言え、そんな競争社会とは無縁に過ごしたいというか、過ごさざるを得ないわけですが、なぜかそうではない…(汗)

のは、指導者たちが基本的に、いわゆる”山や”(つまるところの選手とか戦士)を育てるのと同じ育て方をするからです。それしか知らないのですから仕方ないですね。

大学山岳部では、山を何も知らない1年からアルパインのバリエーションルートに連れて行きます。当然、1年はリードしませんが、2年からはそこをリードです。これでは、一年生も2年生も、足腰という基礎力がない状態で、ルートに出ることになります。

それと比べ、一般登山者は、一般登山で足を作る、という基礎を作ることができます。(が、三つ峠に一回行って、次からリードしているのは、1年ー2年をすっとんでやっていることになり、急すぎるかもしれません。まぁ三つ峠はゲレンデなのでいいと思いますが。)

例えば、バレエの場合は、バレエはあまりに難しいので、3歳からスタートしたプリマ候補と同じことを、大人でスタートした人に求めることはありません。最初からコースは別です。

一方、一般登山と本格的登山は、連続的なので、どうしても指導者は、一流山やである自分が通過してきた成長と同じことを、大人でスタートして、どうやっても一流には、もはやなりえない人に要求してしまいます。

中には、昔の山岳会のリーダー程度には成長する人もいます。それでも10年がかりです。4年で大学山岳部は仕上げないといけないことを考えると、倍の時間をかけてよいということで、ゆっくりですが、それでも、その人の最初の資質が大きくものを言うことは変わりありません。資質=才能、ということです。

一般に、”昔の山岳会のリーダー程度の登攀力”とは、5.12程度がリードできることで、それはその当時のトップクラスの登攀力ということです。

しかし、現代では5.12は中級者レベルです。まぁ、トップクラスということで行けば、最低ラインが5.13くらいになってしまいます。

かつての一流、現代の二流、三流、です。

■ 楽しんで登る世界

私が思うことは、大人のバレエには、プロのバレエの世界にある競争がないかわり、楽しんで踊る世界があったということです。

同じように、楽しんで登る山の世界があってもいいのではないか?と思います。

なにしろ、山の一流たちの世界は進化し続けているので、今ではかつて一流と考えられていたルートが、易しいルート、であるからです。

そうした場所が、命がけルート、ではなく、易しいルート、となり、現代の一流まで行かなくても、かつての一流が現代の二流、三流なのですから、普通の人でも楽しめるルートが増えたはずということです。

楽しさを追求できる。他者に勝つ。自分に勝つ。という勝ち負けだけではない世界が出現できる可能性があります。

それこそ、山の新しい価値の創造ではないでしょうか?

ただし、そこには、ただ楽しいだけでいい、とは思いません。

山に対する礼儀として、最低限の知識武装、トレーニング、丁寧な計画、タクティックス、山との対話というものは山の伝統として継承すべきと思います。

冒険、未知との遭遇、困難の追及、山との対話、仲間の尊重、などの山の伝統のすべてのアスペクトから、

 エリート主義
 競争
 マチズモ
 体力一点主義
 栄誉主義

を取り除いたものが、現代の一般市民が楽しむレベルのアルパインクライミング、であると思われます。



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