Wednesday, January 13, 2016

黒戸尾根 8時間

■ 年齢区分

私はBackpakerというアメリカのバックパッキングの雑誌を購読している。そこにあった年齢別のおススメエクササイズ・・・

その年齢別の区分が良いな~と思った。

Age 18-35

Age 35-50

Age 50-65

Age 65 & Up


これはとても現実的な区分ではないだろうか。 実感として、統計に使われる、40代以降を中高年とひとくくりにするには、体力差に非常に無理がある。40代と60代は倍くらい違う。

日本の統計は、10歳ずつを区切りにしているが、あまり現実に即しておらず、数字がゆがんで表現されてしまっているのではないか?と言う気がする。

自分を振り返っても、18~35歳の間は、バレエをしても、ヨガをしても、すんなり成長できた。35歳以下の時ほど、体を酷使したいとも思わないし、無理をすれば、体は抗議してくるようになったが、かといって、衰えを感じることはあまりない。

60代の人たちを見ていても、60代前半では、とても元気だ。しかし、70の声を聴くようになると、12時間行動どころか、10時間でさえ、たぶん、まともには歩けないだろう。

長時間行動を可能にするために、睡眠薬を取ったり、道中で運転は任せて寝たりして、体力温存に勤めなくてはいけない様子だ。

■ 黒戸尾根 8時間

先日、甲斐駒の黒戸尾根に登ってきた。特にコースタイムを気にせず、自分の脚が楽なように歩いて、トータル13時間だった。

行きは、登り一方で、5時間半、帰りは2時間程度の登りと5時間程度の下りで、7時間半だった。

これは周囲の様子を見ると、特に遅くないコースタイムのようだった。登りでも、下りでも、だいぶ追い越した。それは、見るからに山岳会の人たちも含んでいたし、テント泊者にはかぎらなかったようだった。

なので、このコースタイムは一般的なコースタイムだと思う。

ところが、この時、18才~35歳のメンバーで構成される若者部隊は、9時間半で、日帰りであるいたのだそうだ。

しかも、山ヤと言われる人たちは、8時間程度で歩くのだという。

この日黒戸尾根にいた人たちで、8時間、もしくは、9時間半で歩ける脚力の人がいたのか?というと、いなかったのではないか?と思われる。

過剰な快適性は、山そのものと反するような気がするが・・・たとえば、6cm厚のスリーピングマットが夏山で出てきたときは、夏だしそんなのいらないんじゃないかな~と思ったが・・・最低限の適切な装備と言うものがあると思う。

山は、どちらかというと、不要なものをそぎ落とす系の活動で、ミニマリスト的な価値観が似合う。

シンプルに、不要なものは持たず、必要な物だけを持つ。

そういう風にするのは異論はないが、必要なものを削らないと早く歩けないのであれば、単純にその場合は、早く歩く能力がない、ということなのかもしれない。

私は空荷にしても、黒戸尾根を8時間もしくは、9時間半で登りたいとは思えない・・・

■ ピークを高くしておくと長く登れる

とこれが、なんで年齢と言う話につながるか?というと、

おそらく、18-35歳という年齢は、黒戸尾根、8時間を目指す年齢なのではないか?と思うからだ。

若いときには、自分に制限を設けず、どんどん伸びるままに能力を伸ばしていくのが良い。

どこまで行けるか、やってみるのは大事なことだ。

私はまだ、65歳UPというような時代のカラダ感覚は分からないが、おそらく、若いときに8時間で歩けた人は、65歳になっても、16時間で歩ける。このコースタイムなら、1泊二日で黒戸尾根は、何歳になっても登れる。

倍のコースタイムがかかってくるようになっても、最初のピークが高いから、倍の値も違うのだ。

最初に13時間の標準コースタイムがかかる人だと、65歳UPになれば、26時間かかるようになり、それでは1泊二日では登れない。2泊するような施設はないので、黒戸尾根は登れないということになるだろう。

山の楽しみを長く続けたければ、若いときのピークを高くしておく、というのが良い、そういう理由で、若いときには無理をさせるのではないだろうか?

現在若さが手元にない人が、若い人と同じことをしようとするのは、大きな間違いに違いない。

体に無理を強い、パンクしたら医者に駆け込む、というような姿勢は、登山以外でも、どんな運動分野でも見られるが、運動の本当の目的は、健康の増進にある。

ヨガでも、ヨガをして整骨院に通うようになる人がいる。そういう風にならないように、ということが大人にとっての最大の課題であるように思う。

そう思うと、いかに長い期間、登山を楽しめる体を維持できたか?ということ、引退の遅さ、が、登山者の能力のもっともよくあらわれる数値なのかもしれない。

Monday, January 11, 2016

冬山仕様

■ 岳人の”冬山仕様”のまとめ

またまた古い岳人の記事で恐縮だが、良い記事と思ったので、まとめてみる。 色々な人にアンケートを取って知恵をまとめているもの。

■ 雪山体力作り

・会として、荷物を背負い、アイゼンを履いての岩場の上り下り練習を複数回

・年間山行数を確保し、累積トレーニング時間を長くする

・幕営やロープワークなど、団体で共有されるべきシステムについては事前の検証機会の設定が欠かせない

・雪山での体力作りは、まず無雪期にテント山行を行うこと

・そこそこの荷物を背負って、何日も山を歩くことが基本

・雨天時のテント山行は精神的にも良いトレーニングになる

・沢登りで、体力とルートと地形図を見る目を養う

・岩登りで瞬発力と垂直方向への体力をつける

・9月の歩荷訓練界では、男性20kg女性15kgを背負って20km歩き、会として決めた制限時間以内に歩けないときは、冬のアルプスは参加不可。10月に再度行って、年末年始のアルプス行のメンバーを決定する

・夏と冬の合宿前に週1で3~4回の歩荷トレ。

・合宿のために各6回のトレーニング 岩登り、歩荷、カモシカ山行、雪上訓練、アイス

■ 雪山へ入るうえでの心構え

・9月下旬から偵察山行

・11月遭難対策訓練、12月雪上訓練、2月深雪訓練

・会として、無雪期・積雪期を問わず、非常食と非常用セット(ビバークシート、メタ、コッヘル)の持参、火器、燃料のセット、テント、ツエルトなどのビバーク可能な共同の装備や食料を分散して各自に持たせる。

・自分の実力からかけ離れた山には行かないようにするなどの注意を喚起している

・体を寒さに慣らしておく

・冬季初期に簡単な雪山に入って、装備を実際にチェックしておく

・軽量化を徹底し、荒川三山の縦走で、個人装備は靴を除いて13kg以下。ガスと食料は2倍を用意。

・ビーコンを持って行く、アイゼンの爪が尖っているか確認する

・判断を間違えると取り返しがつかないことになるので、雪崩や凍傷についての学習をシーズン初めにしておく

・最悪の状態を想定した装備を持つ。特に手袋、帽子、目出し帽、サングラス、ゴーグル、アイゼン、ピッケル

・「山屋基礎力」 = 「山行に踏み出す力」、「考え抜く力」、「チームで働く力」の3つ

・救助、雪上技術、雪崩れ、気象、食料・装備、遭難対策、ルート研究の机上ゼミを分担して行っている

■ 予想される危機とその回避

・滑落しないだけの歩行技術と体力をつける

・雪質、雪面の変化を読む力をつける

・悪ばを通過する前は一息入れるなど、緊張を途切れさせない

・弱層テストを行う

・湯気がたくさん出る調理をしない

・一般的な困難要素としては、風、ルートミス、雪崩。 

・行動中では手袋や帽子などのマッチング。

・幕営地の選定は妥協を強いられることが多い

・ルートミスリカバリーは登り返さずにリカバリーしようとすると、返って致命的な事態に陥ることが多い

・樹林帯やホワイトアウトで、GPSも持っていないというような条件では、時間をロスしても、体力を温存すると言った判断も必要

・雪庇の通過ではコンティニュアス

・継続的に活動する場合は、予想外の事態が訪れることを考えなくてはならない

・雪崩れに関しては、夏道通りと言うような安易なルート設定をしないこと

・テントの喪失に備えて、ツエルトを二人に一つ持つ

・火器の取り扱いについては、テント内では必ず声を掛ける

・目の前の雪崩れそうでも楽に通過できそうな場所は避け、時間がかかっても安全なルートを取る


■ 実際に雪山であった危険な事例

・爺ヶ岳からの下りで、重い荷物を持っていたため、30mほど滑落

・北アの稜線で猛吹雪 肺水腫となりヘリで救出

・ブナの木の周りにできる溝に落ちた

・テントシューズで出たら、アイスバーンでちょっと滑落

・稜線に出る前に、フードをしっかり被る、ボタンを締めるなどできていないために低体温症に

■ 当方まとめ

荒川三山で、13kg以下、食料は2倍を持つ、ツエルトを二人に一つ、など具体的な数値が、とても参考になります。

私は雪の山に行くときは手袋長者で、手袋いくつ替えがあるんだ?!って状態ですが、それは、昨日会った歩荷のお兄さんも同じようで、その話で盛り上がりました。

ツエルト、コッヘル、ダウン、コンロと火を熾す道具、は標準装備で日帰りでも持って出かけていますが、それでもそれほどは重くないので、20kgの重さにするには、何を入れるかと言うと、やっぱり水かなぁということになりそうです。

見直し

■ 幸せの再定義

以前は、”甲府にいる間は山にさえ行けたら幸せ”と定義していた。最近、再定義が必要なようだ。

まずもって、死んでもいいから山に行きたいということとは私の山は違う。

山は、やっぱり心の栄養にならなくては!と甲斐駒に登って確信した。

■ 楽しいことは何か?

登山は趣味であるので、趣味は個人の幸福に資さなくはならない。私個人の幸福に役立つ登山は、どのような登山か?つまり、

 やっていて楽しいことは何か?

ということになる。数ではない。山との対話がない山も、楽しくない。

■ 2本立てが必要に?!

私はどちらかというと、バランスを取るタイプではなく、一極に集中したいタイプなのだが、残念ながら、登山をしようと思うと、今の段階では、フリーと歩き、の2本立てからは逃れられそうにない。

クライミングも、とっても楽しいし・・・楽しいのだから、続けるべきなので、クライミングを削るわけにもいかない。

歩きも歩きで、分かりやすい楽しさではなく、充実感、というような感じだ。ただ山の方は、必要な充実感を得るのに、長い時間歩かないといけなくなってしまっているのが、少々忙しい現代生活にマッチしずらく、都合が悪い。

■ バレエを辞めた時を思い出しつつ・・・

以前、20年以上もハマっていたバレエをパッタリと辞めた。

その理由は、以前はレッスンにいきさえすれば、幸せだったのが、レッスンが苦痛になってきたからだった。なぜ苦痛になってきたのか?

実は教え方にあった。その時、習っていた先生は、成長期の子供たちと同じ教え方を大人にも強要する先生だったので、先生は良かれと思ってのことだが、故障を受け入れてレッスンするようにという考えだった。

足が血まみれになり、つめが何枚も剥がれて、血みどろのトウシューズになっても、我慢して踊るのが普通だということで、それがなんだ!という世界だった。

たしかに若いときはそれでよいのだろうと思えた。・・・というのも、私も若いときは、部活で体を壊しながら運動していて、手首の骨がボコッと出てしまった。ガングリオンというらしい。当時は痛かったので、それで腕立て伏せはやらなくなってしまった。(今は痛くない)

今では到底履けないようなオシャレなヒール靴で、走ったりもしていたし、足は相当に過酷な目に遭っているな~と思う。

けれど、大人になり、趣味としてバレエをしたい人が、プリマになる競争にもれなく巻き込まれている子どもたちと同じ、スパルタ式練習をするべきなのかどうか悩ましかった。

それは違うと結論し、バレエを辞めることになった。でも、バレエはとても私の人生には重要だった時期が長くあった。

■ 有益な山

しかも、大人にそれが有益か?というと、回復が遅い大人の場合は、練習ができなくなる弊害のほうが大きく、利益の方が少なさそうなことは、周囲の友人たちを見ていて、納得していた。

(頑張る) → (怪我になる) → (レッスンできなくなる) → (太る) → (足の負担が増える) → (さらに下手になる) → (怪我になる)

という悪循環がバレエでは成立していた。山でも同じなのではないだろうか?

大人の場合は、

(運動で健康になる) → (満足する) → (さらに活動を続ける) → (結果として向上) → (さらに満足する) 

という、好循環を作らないといけないのではないだろうか?

■ フィットネス

というわけで、大人は向上ではなく、

 運動でより健康になる = フィットネス

を第一目的にしないと、怪我を押しても頑張るとなると、本末転倒に陥ってしまうような気がする。

■ 回復する技術

フィットネスが向上することを一つのテーマにすると、昨日の甲斐駒は、とても良い選択をした山だった。

無理がないということを目的に歩いたせいか、全然疲れていない。山の強度的に今の体力と比べて、まったく無理がなかった。

とはいえ、それは結果論で、山では行って見たら思わぬ無理をしなくてはならないこともある。そうした場合に、無理を回復しないといけない。

私がやっている疲労回復は

 ・温冷交代浴
 ・すぐに栄養を取る(運動後30分以内)
 ・アクティブレスト

なのだが、それ以外にも、より良く回復する技術が必要かもしれない。

■ 登山カルテを作ってみる

体力アップは目的ではない。フィットネスを目的にしたい。

より快適な体を作るにはどうしたらよいか?

今のところ運動強度は合っているので、今のままの強度を継続するか、次のサイズに向かうか、というところが課題になる。

昔の岳人に、”自分用のトレーニングカルテを作る”という記事がある。その作り方で現状をとりあえず把握する。

■ カルテの作り方

まずトレーニングサイクルを作る

 1)目標の山がどんな山で、どんな体力が必要かを調べる 
  ↓
 2)現在の体力を把握する
  ↓
 3)トレーニング
  ↓
 4)調整
  ↓
 5)登山中の行動の調整 (経済速度、エネルギー補給、水分補給)
  ↓
 6)分析
  ↓
 1)へ戻る

”このようなサイクルを繰り返せば、自分の体を上手にコントロールする方法が分かってくるだろう”
と書いてある。


■ 登山中に快適に歩くための3条件

 ・歩行スピード
 ・エネルギー補給
 ・水分補給

私の歩行速度は、黒戸尾根は、平均時速は約2kmほどだった。疲れた甲武信は、2.5km、乾徳山はラクラクだったのに、2.8km、体調が悪かった大同心稜は、1.8kmだった。

道のコンディションも色々あるが、大体コースタイム(中高年向けに水増しされていないもの)で、歩いているので、スピードは普通ではないかと思う。

■ 甲斐駒の分析

甲斐駒は、カルテ的にはこうなる。(※データには多少疑問がある数値だが、gpsのログ)
        
         歩行時間  距離  標高差    行動中に必要なエネルギー
1日目     5時間半  13km  1587m    2352Kcal
2日目     7時間半  26km  1560m(-)  半分くらい? 1100Kcal?

12kgほど担いだので、体重60kgの人が12kgを担いだ場合のメッツは7メッツなので、体重が軽い私の場合は、これより強度が強い(メッツが強い)ことになるが、それはそのままで便宜上計算する。

休憩込みで5時間半で、標高差1587を歩くと、一時間当たり288mと標高差は300m程度。おそらく7メッツで問題ないと思われる。

 ・メッツ: 7メッツ
 ・ザックの重さ(12kg): 脚の負担度 
 ・高度 2955m: 低酸素による負担度

カロリー計算

 消費カロリー(kcal)=1.05 × メッツ × 時間 × 体重(kg)

で計算すると、  1.05× 7メッツ × 5時間 × 64kg = 2352kCal
 
 (体重)×(歩行時間)×5ml

ついでで水分も計算しておく。50×5×5mL = 1250ml

実際はこの半分以下しか飲んでいないのだが・・・。13時間の山だと、 3.3リットルくらいは必要と言うことになる。実際は、2リットルくらいで済ませている。

■ 登山の状況

登山の状況という項目では、3つのタイプの山に分けられている。 それぞれの、年間山行日数でトレーニング具合を見るが、

 初心者コース  (4時間以内、標高差500以内) 
 一般コース (5~6時間、標高差1000以内)
 健脚コース (7時間以上 標高差 1000以上)

時間はそれぞれなので、簡易的に山のランクを見ると良いかも。

年間山行日数が多くても、易しい山ばかりだと負荷がそれほどないということかもしれない。それでも行かないより、行った方が良いと思うが。これはトレーニング用のホームグランドの山を大きくしていくことで対応するしかないかもしれない。
       
■ 体力の要素分け
                                              現在   目標
・1ピッチ50分で、標高差何メートルまで、余裕を持って登れるか? → 450m  500m
・ザックが重くなったとき、何キロまで余裕をもって担げるか? → 18kg       20kg
・歩行時間が長くなったとき、何時間まで余裕を持って歩けるか? → 15時間   10時間

■ 良く起きるトラブル

最近、初めて上高地を歩いて、膝裏が痛くなった。普通に家の近所を歩いても痛かったので、びっくりしたのだが、不思議なことに傾斜地を歩くと痛くない・・・

ということで、今まで経験したことがあるトラブル。

・足の豆
・脚のむくみ
・筋肉痛
・下山後に頭痛
・だるさ
・ひざ裏の痛み

トラブルがあった日を見ると、生理の時が思い当たる。やはりそういう時は、有酸素運動系の急いで歩かなくてはならない山は、辞めておいた方が良いようだ。ゆっくり歩くだけの山なら問題がないようだ。

■ 対策

・ホームグランドの山も少し見直しが必要そうだ。開けられる時間によって複数選べるようにしておく必要がある。

・標高差1000mを2時間で登ることはできるのだろうか?

・22kgくらいまで担いで3時間ほど歩いているがあんまり快適とは言えなかった。先輩も10kgしかないと言っていたので、軽量化で済ませられるなら軽くした方が良い。

とはいえ、担げる力も必要そう・・・と言うので、この方面はご褒美山行とセットにし、わざと贅沢品を入れて、重い荷にしたテント泊山行が今のレベルなのかなと思う。

■ まとめ

・フリーと歩きの二本立て。

・故障を押して登る山はしない 健康とフィットネスを目的にする

・重いザックのテント泊を山行に入れる

・スピードを速くした山行も入れる


Sunday, January 10, 2016

甲斐駒 2016

今回の甲斐駒は、素晴らしい山だった。降りながら、まだ終わらないでほしいな~と思ったくらいだった。

■ 天気図萌え

お正月第一週目の甲斐駒ケ岳は、トレースもバッチリで、厳冬期としては、とても登りやすいということが知られている。

その正月明け第一週の中でも、さらに今年は、寡雪のため、コンディション的に夏道に近く、易しいだろうということが想像できた。

冬山の一番のリスクは何か?と言えば、風だ。

その風が、予報によると風速22mだった。風速22mといえば、耐風姿勢が必要になる風。風速26mだったら行くかどうか悩やむし、風速30mだったら決定的に稜線はない。

風と寒気を見極めるため、予想天気図と500hPaの天気図を見たが、予想天気図では等高線がのんびりして、登山日和。500hPAの高層天気図によると、-36度線は、はるか上。

それで、これは!というので、色めきたった。なんだか、山に行く前から、勝利が約束されているような気がする天気図だった。

 予想図
実際 ほとんど一緒
 マイナス36度線は北海道のあたり


■ 復習山行

この山行は、一般ルート&小屋泊であるし、私にとっては復習で、未知の要素がなく、ゆとりがあることが予想できたので、同行者を持っても良かった(同行者を探す時は、ベテランを除外して、常に自分にとって、無理がない山、つまり単独でも行ける程度で、同行者は保険程度、にしている)。

それで、雪山に興味があるだろう人に、声を掛けてみた。


その人は3日あるので、仙丈ヶ岳の地蔵尾根に行く計画だという。地蔵尾根は仙丈ヶ岳の中では長い尾根で、2泊3日だ。

失礼だが、その方の脚力で行けるのかどうか、心配になった。前回一緒に歩いた時に、たまたま持病が発病している時だったからだと思う。

また、地蔵尾根はテント泊となるし、バリエーションルートなので、一般ルートの甲斐駒と違って、気軽に「ちょっと、明日ご一緒に・・・」という山とは思えなかった。

それで、地蔵尾根はお断りしたが、その方は甲斐駒には興味がないという。興味は、人それぞれなので、合意に達せず、今回は、私は私のお山に向かうこととした。

意外だったのは、10日が悪いと言っていたこと。9日から先には大きな高気圧が出番を控えてまっていて、移動性高気圧の大きいのの下に入りそうだったので、予報を聞くまでもなく、10日は良いのではないか?と思っていたからだ。

冬は、冬型 → 移動性高気圧 → 低気圧 という循環を繰り返すと考えていたので、サイクルで考えると、週末は高気圧の下に入りそうだった。

■ 甲斐駒でお口直し


今年のお正月山行は、黄連谷右俣が予定されていたのに、この山行はいまひとつ、ヤル気が最初から欠けたような山行になってしまった。前の晩、お酒を飲んだのがまずかったかもしれない・・・でも大晦日だったしなぁ。

結局、代わりにクラックに行き、それはそれで、とても楽しかったので、良かったのだが・・・。神様がしばらくは、フリーに注力しろと言っているかのようだった。

フリーと歩きは、両立がとても難しい。フリーを頑張ると、歩きが弱くなり、なんとなく、がっかりした気分になる。


私はフリーを頑張ってはいるとは言えない状況なのだが、それでも、相手が必要なクライミングが、単独でも行ける山と比べると、優先度が上になってしまい、歩きが後回しになっている。

そうなると、大きな山はだんだんと出番が無くなる。でも大きな山が充実感には大事な山.



最近は偵察山行が続き、大きな山がないので、もしかして弱くなっているかもしれないと思い、ちょっと確かめたい気もした。

2年前に甲斐駒に登頂した時は、まだ山岳会に入っておらず、2年たたず辞めてしまったが、山岳会に入会して弱くなっていたら、ご愁傷様だよなぁ・・・と思ったからだった。

結果的には、今回は

前回 7:00登山口 11:40 5合目 13:00七丈小屋
6:30出発 7:30 8合目 8:50山頂 13:00笹の平 14:10竹宇神社

今回 7:30登山口 11:40 5合目 12:30 七丈小屋
7:00 出発 9:00山頂、10:30七条小屋 13:10 笹の平 14:30竹宇神社

となり、特に前と比べて、体力は落ちていない。


登りで何組か追い抜いたが、追い抜いた人たちは、おおおかた山岳会で、黄連谷のほか、バリエーションルートを登るような人たちだったのだが、そのような人たちの普通の標準装備で、5合目に4時間で着くというのはなさそうだった。

私より先行していて、私が抜いたということは、私のコースタイムよりは遅いので、それではたぶん、4時間で着く、というのは未達だと思うが、一日目を七条小屋泊とすると、そう急がねばならない理由がない。

なんで5合目に4時間でつかないといけないのだろうか?二股まで早く行きたいのだと思っていたのだが、翌日の風が強い予報があったのだろうか?早くつきたい時は早出すればいいだけなのだが、早出が犠牲になっていたので、それも敗退の要因だった。

今回は、行く前から、良い山になる気配があった。天気図が良かったこと、朝家を出るとき、温かい朝だったこと。車中から見た甲斐駒は雲を被っていたが、近づくとモルゲンロートに変わった。

ワクワクして、心配は全然しなかった。小屋には14時までに入ればよいので、朝もそう急がなくて良いのだが、支度をしながら鼻歌がでそうなくらい、愉しみだった。

2年前は甲斐駒はすこし背伸びだと思っていたが、今回は背伸びとは思われなかったからだ。

ただ、慢心があってはならないと思い、装備は、単独と言えどもハーネス、ロープは用意した。

とにかく天気が良いので、気分が軽かったし、小屋がどれほど温かい小屋かも、よく分かっていたから、チャレンジ的な要素が少なすぎて、むしろソロテント泊にした方がいいのではないか?くらいな感じだった。

■ マイペース山行

黒戸尾根は、じっくり自分の脚を気持ち良く動かすことを心がけて歩いたら、全然疲れなかった。最近疲れた山をいくつかした、その疲れは、きっとオーバーペースから来るものだろうと思われた。

疲れ方でいうと、前回の甲武信の方がくたびれた。

黒戸尾根は長いと最初から分かっていること、アップダウンがあって、意外に平坦なことがあり、疲れてきたら、トラバースに出る、という感じだった。

山は、歩きだすと、一気に汗が噴き出す時間帯が来る。そこまで、大体30分くらいと思うが、その歩き出しで、オーバーペースに陥ると、その後は、快適に歩けないのかもしれない。

最初に飛ばすとダメで、その最初の汗が背中を流れるときまで、じっくりゆっくり歩くべきだ。

そうしていると、その後はあまり苦しまずに快適に歩けるような気がする。今回は少なくとも完全マイペースなので、全然苦しんでいない。

■ 100年に一度のチャンス?

そうやって歩いていたので、黒戸尾根はゴキゲンだった。特に問題になるような個所なし。

黒戸山までは普通の山。黒戸山の北側を巻く道は半凍結で滑りやすく、こけそうで怖かったが、アイゼンは出さずに済ませた。そこを抜けると、いきなり温かい陽だまりの5合目跡地に着く。5合目に着くと、テントが一張りと、洞のなかに生活の後があった。

5合目から先、伝統を感じる黒戸尾根らしい登山道になり、ハシゴの連続となる。しかし、そのハシゴも良く整備されていて、ロープも渡してあるし、心配がなさそうだった。2年前の黒戸尾根のほうがやはり大変だったかも?

前回は、笹の平でつけたアイゼンだが、今回は7丈小屋までつけなかった。

5合目から7合目へは、ハシゴや鎖場が連続するが、そう長くはない。5合目でテント泊するか、2俣でテント泊するかが黄連谷をやるときの定番かと思っていたが、実はそうではないらしい。

7丈小屋泊がどうも定番らしいのだ・・・。行って見ると、第二小屋に泊まっている20人のうち、ピークハントに来たのは二人だけだった。

体の大きな、そして声も大きな、男性が入ってきたのを皮切りに、アイスのルートガイドで有名なガイドさんも入ったらしく、小屋は満員となり、20人のうち18人までがアイスの人だった。

となりになった山岳会の人たちは、追い抜いてきた人たちで、大型ザックだったので、テント泊だと思っていたら、小屋泊で、篠沢をやるのだそうだった。大武川のほうの研究はしていなかったので、まったく知らず、へぇ~と思った。アプローチは黒戸尾根で同じなのだった。

この辺はアイスをする人には楽しいエリアなのは知っていたが、甲斐駒自体がまだ、私にとっては金峰山や八ヶ岳と比べ、お近づきになっていないエリア。

黄連谷の混雑を考えると、篠沢にしたのは正解のようだった。

後のパーティは、みな右俣か左俣で、左股は特に大滝で渋滞が起きるとあらかじめ分かる人数だったようで、夕方それを小屋番さんが大声で知らせた。

正月前後に記録が上がったので、今年は雪が少ないことが知れ渡り、100年に一度のチャンス!ということらしい・・・惜しかったなぁ。

でも、足並みそろえがまだだったのだから、仕方ない。ルートへ行くというのは、ゲレンデに行くというのとはまた違うものだと思う。

凍結は年末は今一つの記録が諏訪山岳会から出ていて、坊主の滝は巻いていたが、一度冷えたのでよさそうだし、予報はずっとマイナスの気温だったので、今週は凍結に問題はなさそうだった。

・・・というので、黄連谷は、非常に登りやすい、当たり年らしい。のだが、こんなに大勢が入ったのでは、大渋滞かもしれない。

アイスのルートはビレイしている時間がとても寒いし、渋滞で待つのが寒い。

・・・というようなことを考えると、この日は、自分のペースで登って帰れるピークハントの復習山行にしていて良かったかもしれない。

■ 小屋で

小屋の中は相変わらず、ストーブ一つしかないのに驚異的な温かさ。小屋は食事をださないためか、到着するとおしることコーヒーのパックをくれるが、今回はそれに温かい野菜ジュースまでもがついていた!びっくり~!

小屋代は4600円と、2年前に来た時から100円アップしていた。

それにしても、とても暖かく、毛布だけでも、夜中に暑いくらいだった。お湯は有料になっていた。

山岳会が二つ三つ入っていたので、にぎやかだった。私は単独だったのだが、隣の会の仲間に入れてもらって楽しく過ごせたのがうれしいことだった。

突撃隣の晩御飯で、鍋を見せてもらった。トマト味のスープパスタだった。私は単独なので、あまり食事に凝りたいとも思えず、前に買ってあって使っていない賞味期限が切れそうな袋飯の消化デー。ずっと非常用に入れているもの。「それだけ?」と言われるが、七条小屋はおまけをくれるのを知っていたので、あまり持ってこなかったのだ。

ピークハントだとそうお腹もすかないし・・・。お腹より水が核心な感じだ。沢とか、とってもお腹が空くんですが、なんででしょうね?クライミングもあまりお腹がすきません。

小屋でビールを買っても700円だそうだった。お酒も一人だと、テント泊で寒さが予想されるのでもない限り、そんなに欲しくないかな~と思い、今回は必需品のコーヒーやナッツやシリアルバーなどを持って行った。シリアルバーは、冬は通常食べないのだが、今回はあまり寒くなさそうだ、というので、これも安く買ったものを消化デー。単独は基本、余りもの消化デーだ。

八ヶ岳で会った人たちと再会。会を辞めてしまう前に会った人たちだ。聞くと黄連谷の左俣で、雪崩に遭ってヘリで運ばれたことがあるのだと・・・そんな大変な目に遭ったのかと驚く。

それにしても、谷の中でビバークする計画は、やはり、小屋泊で空荷で谷をスピーディに抜ける計画と比べると、とても体力的な負担が大きいのではないだろうか。

谷中の一泊でツエルトに夏シュラフ、しかも食料も軽量化で絞ってあるとすると、体力を奪われそうだ。もちろん、稜線より谷の中は風はなさそうだが、底冷えしそうだ。耐寒訓練になりそうだったから、行かなくて良かったのかもしれない。

■ 登頂日

そうこうして夜が更け、就寝となり、朝は3時くらいから、早朝発メンバーが起き出す。私は日の出とともに歩きだす予定で、7時歩きだしにしていたので、早いメンバーたちの支度を聞きながら、できるだけ睡眠時間を多く取ろうとする。

7時出発でも、一人だと支度も早い。6時に起き、コーヒーを入れ、袋飯を食べる。トイレに行き、さらにお湯を飲む。お湯は持って行った分を朝に消化してしまったので、小屋から少し二日目の分をもらったが、結局ほとんど消費しないで済んでしまった。

装備を片づけ、必要なものは身に着ける。ハードシェルを着て、下はレインウェアのズボンを履く。
手袋はまだインナーのままでよいだろうと、冬手袋はカラビナでぶら下げる。カメラと携帯をすぐだせるようにし、毛糸の帽子をかぶり、ヘルメットを被り、アイゼンを装着して、ピッケルを持つ。今回は、鎖が出て怖いところでは、セルフを取れるように簡易ハーネスを付け、もし怖くて懸垂しないといけないと思ったら、お助け紐を出す予定で、ロープを持って行ったので、すぐ出せるようにしておく。

小屋出発は予定通り、明るくなった7時としたら、外にガイドパーティがいて、どうも一般客の出発を待ってくれているようだった。ガイドパーティだから、気を使っているのかもしれない。

もう一人の同宿になったピークハントの人は、6時半ごろ出発していた。薄暗いくらいでも歩けるし、小屋から8合目までは、あまり危険箇所はないので、問題ないと思った。

私はヘッドライト歩きは避けて、普通に明るくなってから出た。高山病になってしまったという方も明るくなってから下山を開始していて、「どうして暗いうちに出るのだろうね」なんて話をする。

時間にも余裕がある時に、わざわざヘッデン歩きをしなくても良いかも?と思う。選べるなら、選ばないかもしれない。

しかし、一方で、状況的に強いられた時に、できるようにしておく、ということは重要で、年に一回くらい夜間山行(カモシカ山行とも言う)が合っても良いと思う。皆で歩けばそう、怖くないものだし。

そういう夜間山行にふさわしい山というのは、登山道が明瞭な山で、黒戸尾根は、ヘッデン下山の可能性があったので、ずっとヘッデンでも歩けるかどうか気にしながら歩いたが、笹の平あたりまでは、暗くなる前に降りていたいかもしれないとおもった。鎖場や梯子をヘッデンで歩くのはあまり気が進まないものだし、中腹は、登山道のとなりに新しい登山道が出来ていたりして、歩いたことがあれば、たぶん大丈夫だろうけれど、ずいぶん久しぶりだと勘が働かないかもしれない。

■ 風

登頂に際して、もっとも気になった風だが、天気図の方が合っていたようで、びっくりするくらい風がなかった。

前回も風がない予報だったが、今回も風は全然なかった。20分ほど、のんびり山頂に滞在した。

八ヶ岳は雲を被り、黒々とした赤岳が見えた。あまり良さそうではない。北岳や地蔵は快晴で、富士山には8合目あたりから、空気の層が見え、大気は安定していそうで、富士山も登山日和だったのかもしれない(登らないが)。

8合目までの登りでは暑いくらい、手袋もインナーしかいらなかった。朝早い時間のほうが風が強かったらしく、下りてくる人は、風が冷たかったと言っていた。

大体日が高くなると、風も緩むことが多いので、すこし出発を遅らせて良かったと思った。

昨日出たときは、モルゲンロートに染まる山を見た。今日は、日が出てから、山の一番良い時間帯8~10時の快適時間帯に、山の稜線にいた。

周囲には誰も同行者がおらず、快適だった。途中、岩の段差が多いところが出てくるが、前に来た時はすっかり雪で隠れていたところだった。こうなっていたのか、という感じ。ホールドスタンスはいっぱいあるので問題ないが、鎖はありがたく使った。

山頂に着くと、仙丈ヶ岳が見える。仙丈ヶ岳のほうにいっている知人は大丈夫だろうか・・・と気にかかる。

山頂にいた人たちと写真を取り合う。若いイケメンお兄さん二人だった。

擦れ違いがシビアなところですれ違いたくないので、後続のガイドパーティを少し待った。なかなか来ないな~と思っていたのだった。

やっと登ってくるのが見えたので、山頂を出発する。すれ違った人たちは、苦しそうにしていた。

思うのだが、どんなペースであっても自分のペースで歩けないと、やっぱり苦しいのではないだろうか?

下りに八ヶ岳の広い広い、すそ野を眺める。あの長いすそ野を全部歩きたい、という人がいるだろう、と師匠は言っていたっけな。

できるだけ標高の高いところまで、人工的な手段で行って、できるだけ楽に登頂することが価値があるように、いつからなってしまったのだろう・・・

山に登っていたら、普通は山の尾根の起点ってどこだろう?という気持ちになるものだ。甲斐駒から見ると、八ヶ岳の尾根のスタート点は、今登られているよりももっと実は長いように見える。

八ヶ岳の手前には、長い七里岩があるが、七里岩も八ヶ岳の一部だなという感じが、ありありとする景色だ。夫と見たい景色。彼もジオラマのように大地を見るのは好きだと思う。

私は全体像を把握するのが好きなのかもしれないな・・・そんなことを思いながら下山する。

景色を楽しみながら、できるだけゆっくり下りたいため、山岳会のパーティには先を越してもらう。

そんな調子でゆっくり下った。小屋まで下ると知り合いに再会した。あれ~と喜び、互いに近況を報告する。彼女はヒマラヤに行くことになったらしい。

小屋番さんは、宿泊者多数で苦労した話をしていた・・・どうも昨日は稀に見る混雑日だったようだった。

■ 下山

七条小屋まで降りれば、あとは普通の山なので、ウエアを片づけ、ヘルメットを取り、ピッケルをストックに持ち替え、普通の帽子にする。

アイゼンは、黒戸山が終わるまではつけていることにした。これは正解で、下りの黒戸山は、飛ばせた。

水平なところは、平地歩きで、脚をストレッチしながら歩き、登りは小股で3点支持で、下りはなんとなく飛び石歩行になってしまう。いつも思うが、登山で使っているのは、ムーブで言えば、ほとんどオポジションなのではないだろうか?

笹の平手前は地面が凍結していて、普通の地面に見えるところも滑る。それでも、登りより下りの方が楽だし、早かった。

2パーティほど追い抜く。あまり登ってくる人はいない。印象に残ったのは、ロープとアイスギアをもった初老の人。単独だった。一人でアイスを登るのだろうか?

笹の平手前で、大きなザックの男性の登山者に追いつく。抜きつ抜かれつしながら、だったので、結局一緒に歩いた。

大倉尾根で荷揚げしているのだそうだ。大倉尾根と言えば、男性35kg女性25kgの歩荷訓練に選ばれている尾根。

色々と山の話をして、楽しかった。カメラも三脚も入れて、重そうなザックだった。テント泊は、鳳凰が目の前に見えて、とても良かったそうだ。

たしかに今回はあまり冷え込まなかったし、風も予報とは比べ物にならない静かさだったので、テント泊も良かったかも・・・だが、それだと小屋で出会った人たちと出会えなかったかもしれない。

帰りは、彼を韮崎まで送ってあげたら、下山後のソフトクリームを奢ってくれてうれしかった。

いつも山のご褒美はアイスかソフトクリームってことになっているんだな(笑)。

ビールはキライではないけれど、同じ250円だったら、ハーゲンダッツに軍配が上がるかも。

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Friday, January 8, 2016

計画書に記載する項目

■ 快晴

昨日も快晴だったが、今日も甲府は快晴で、お天気が良い。お天気が良いとそれだけで、とても前向きに気分になれる。

世の中では、”冬季鬱”などと言って、日照時間が不足することで、発症するうつ病も知られている。

ロシア、ドイツ、イギリスなど日照時間があまりない、日光に恵まれない国では、国民の気質にも影響していそうだ。

■ 概念図

最近、山行計画を立てるときに、重要なポイントは何かと考える。

 1)概念図があること

 2)予想行程が書いてあること (何時にどこに着く予定か?)

は、ある種のチェックポイントではないだろうか?

時間については、予定を大幅に遅れても、手前でビバークすれば良く、予備日があれば、ワンビバーク増えるだけだ。あるいは、敗退となる。それも、どこに何時間かかるか、が分かっていなければ、判断できない。

そういう意味では、どこからどこまでに何時間かかるのか?という点は明瞭になっていないといけない。

ともかく暗くなる前に山を下りなくてはならないのだから。

何時間かかるか?という予想が一番重要なことだが、次に重要なのは、周囲の尾根と沢を理解していることだ。右手に立場川があり、尾根の反対側には柳川がある、ということくらいは知っておかないと、遭難した時どうするんだろう?となる。

一般ルートの登山は、そうしたことを頭に入れるための登山であると言える。

以前いた会で、一番信頼している先輩の計画書には、いつも山域概念図が添えてあった。誠実さと怠惰ではないことが表現されていたので、それもあって信頼していた。

私も良き習慣に従おうと思う。

■ 計画書に書かれるべき事項

他会の人と行くと、色々と学ぶべき点が多い。

私が他会の人と行って、良い習慣だと思ったものは

 1)日の出・日没時間の明記

 2)車の色、車種の明記

 3)冬山のジャケットカラーの明記

だ。冬山のジャケットのカラーなんて・・・と思うが、実際、遭難した時の捜索では最初に聞かれることらしい。

2)3)は、遭難した時のことだが、1)は遭難しないための情報共有だ。したがって非常に重要だ。

私と夫はそんなことは考えず、雪の権現に登っていたが、権現は山頂まで5時間の山なので、8時に登り出しだと、うまく行っても、13時になってしまう・・・ので、いつも結局、三ツ頭止まりで、やっと標高差1500mある権現の、日帰り登山を実現したのは、日が長くなった春だった。

やっと登頂で来て、なぜ登れたかを振り返った時、その要因に日の長さがあった、という訳だった。

そういうわけだから、何もかも分かっている必要があるとは思わない。人は経験を積みながら、成長すれば、それが一番楽しいと思う。

人はみな発展途上なのだから・・・完璧な人しか山に登れないのでは、誰も山に登れなくなってしまう・・・

それでも、あらかじめ、日没の時間を知っていたら、最初から日没が長くなった時期を狙って登ったのかもしれない(笑) これはこれで敗退の経験を詰めず、良くないのかもしれないが。