■ 春山合宿の予習中・・・
今日はあまりに筋肉痛で、仕事にさえ支障が出るかもと思い、ついに温泉で温冷交代浴をして来てしまいました…400円。あっついのと冷たいのに交互に入るんです。あっという間に良くなりました。
春山合宿の予習をしていましたが、ホントに良い場所を選んでいただいたなぁ…と。
私の持っている現代登山全集の剣立を読んでも、そこは出てこないし、ちょっと前に図書館で登山大系を調べたときも大した収穫はなかったように思うので…さすが先輩なだけあるな~と、唸っています。
大体雑誌に載っているルートは激混みですからね~ 載っていないようなルートがいいです。
いつも取り組むときは、地図からスタートします。でも地図だと、場のイメージが全く湧きません。
とりあえず、核心になるところの標高差と距離を調べます。歩けなくっちゃ話になりませんからね!
それによると、去年の実績からすると、ゆとりを感じる行程です。が、場所そのものが深くて、愉しみ☆
■ そもそも立山
私は立山方面は今から行くところだったので、そもそも立山辺りを知らないので、話はそこから!です。
積雪量が知りたいと思って調べていたのですが、当然のように今年も真っ白な雪の世界のようです。
4月18日で積雪量19mだって。 それは例年と比べて多いのか?すくないのか?
http://www.k4.dion.ne.jp/~tshizen/20150418murodosyuhen.pdf
立山のライブカメラ
http://www.alpen-route.com/live_camera/murodou.html
自然環境保護センターというのがありました。
別山尾根の安全路
http://www.k4.dion.ne.jp/~tshizen/turugidake.pdf
立山と言えば、当然雪崩です!素人だってそれくらい分かる。雪崩れ情報はこちらです。
http://toyamaken-sotaikyo.jp/avalanche
今までのところ弱層はないらしい…
4月
15 雪崩に注意
16 危険
17 雪崩に注意
18 雪崩に注意
19 雪崩に注意
20 雪崩に注意 湿雪雪崩に警戒
混雑カレンダーまである…よほどすごいのだろう・・・
http://www.alpen-route.com/information/calendar/
立山の概要。実は噴火するかもしれない火山らしい…
http://matome.naver.jp/odai/2141186911730561101
いいな~ 立山・・・ GW後半は夫とどこか行きたいのですが、みくりが池温泉は激混みだろうなぁ~。
でも一度くらいは行って見てみたい黒部立山アルペンルートの雪壁。
Tuesday, April 21, 2015
フリーとアルパインの違い ホントにしたいのはどっち?
■フリーは大変
やっぱりフリーは楽だなぁと思って帰ってきたら、なんと!当日ではなく、翌日から筋肉痛。本当に腕と胸筋が痛い…(--;)
たまにはクライミングしないと、作った筋肉がすーぐいなくなってしまうのだろう…。久しぶりだと筋肉痛がつらい。ツラくならない程度に間を空けない、という作戦が、痛みの回避のコツですよ、という天のお達し?
ああ、腕が痛いなぁ。
フリークライミングは、一生懸命取り組んでも、そう素早くは上達しない。焦ってもあまりいいことはない。
でも、先日は、引退してからフリークライミングを始めた高齢の方が、ものすごく上手に登っていて、すっかり感動してしまった。だから、やっぱり食わず嫌いではなくて、自分の強みを発見する努力は必要だと思う。
山をやる人はクライミングはキライ、と言ってヤラナイ人が多い。年齢を理由にやらない人も多い。
それはもったいないな~と思う。私も大得意ではないけど、多少なら大丈夫なくらいだから。
■ フリーをアルパインに適用しないこと
山で死なないために、大事なことは何か?という視点で、山の世界を見たときに
レベルにあったルートを選ぶ力、
ということがある。
フリークライミングは男性はすぐ上手になってしまう。
そうすると、そのグレードを山のバリエーションルートにすぐ適用してしまいそうに見えるのは、周りが心配しすぎなだけで、本当はそうではないのかもしれないけれど、Vルートでは、ゲレンデのフリーと違うリスクがいっぱいある。
落ちれない。というか落ちたら、落ちた後の事後処理が大変だ。
日曜のフリーでは、私は3~4回はフォールしたけど、フォールしても降ろせばいいだけだし、途中からやり直しってのもある。
■ フリーとアルパインの違い
フリーとアルパインの差についてこんな対照表を作っているサイトを見つけた。
アルパインとフリークライミングの違い
http://blog.goo.ne.jp/longq/e/b45cb0e6f5b4ab9d8c6d0ceefd9c1170 より引用
フリーがいかに安全か
アルパインがいかに危険か
どちらの表現が適切なのだろう??? だって、一般登山だってアルパインと同じリスクがあるもんね。
たぶん、ある程度ムーブ解決ができるようになった時、その人が登りたい!と思った場合、したいことは、本当はアルパインではなく、フリーなのではないか?と思う。
そこら辺は、楽に登れるようになった人にはわかりづらいのではないだろうか?
そのためのチェック項目・・・
もし、素晴らしい景色を見るために、
・天気予報を毎日チェックしたり、
・地図を見て、尾根と谷を色線引いたり
・登山大系をよく読んだり
・そのルートが何キロで標高差何メートルのルートなのかを調べたり、
・落石の危険地帯を事前に調べたり、
・メンバーをそろえるために連絡係りにアタフタしたり、
・苦労して重い荷物を担ぎ上げたり、
・アプローチの電車の時間を調べたりする
・・・もろもろの苦労が割りに合わないと感じたら(そしてそのために連れて行ってもらいたいな~と思ったら)、たぶん、その人が本当にしたいことは、アルパインではなくて、おなじマルチピッチでも、フリーのマルチピッチではないか?と思う。
それが違うとアルパインに行っても、ホントはその人は楽しくないのかもしれない・・・。
したいことが何なのか?自分でしっかり分かる、というのも、一つの才能、と思う。
やっぱりフリーは楽だなぁと思って帰ってきたら、なんと!当日ではなく、翌日から筋肉痛。本当に腕と胸筋が痛い…(--;)
たまにはクライミングしないと、作った筋肉がすーぐいなくなってしまうのだろう…。久しぶりだと筋肉痛がつらい。ツラくならない程度に間を空けない、という作戦が、痛みの回避のコツですよ、という天のお達し?
ああ、腕が痛いなぁ。
フリークライミングは、一生懸命取り組んでも、そう素早くは上達しない。焦ってもあまりいいことはない。
でも、先日は、引退してからフリークライミングを始めた高齢の方が、ものすごく上手に登っていて、すっかり感動してしまった。だから、やっぱり食わず嫌いではなくて、自分の強みを発見する努力は必要だと思う。
山をやる人はクライミングはキライ、と言ってヤラナイ人が多い。年齢を理由にやらない人も多い。
それはもったいないな~と思う。私も大得意ではないけど、多少なら大丈夫なくらいだから。
■ フリーをアルパインに適用しないこと
山で死なないために、大事なことは何か?という視点で、山の世界を見たときに
レベルにあったルートを選ぶ力、
ということがある。
フリークライミングは男性はすぐ上手になってしまう。
そうすると、そのグレードを山のバリエーションルートにすぐ適用してしまいそうに見えるのは、周りが心配しすぎなだけで、本当はそうではないのかもしれないけれど、Vルートでは、ゲレンデのフリーと違うリスクがいっぱいある。
落ちれない。というか落ちたら、落ちた後の事後処理が大変だ。
日曜のフリーでは、私は3~4回はフォールしたけど、フォールしても降ろせばいいだけだし、途中からやり直しってのもある。
■ フリーとアルパインの違い
フリーとアルパインの差についてこんな対照表を作っているサイトを見つけた。
| 項目 | アルパイン | フリークライミング |
|---|---|---|
| 岩の高さ | 数百メートル | 20メートル前後 |
| 岩場までのアプローチ | 数時間 | 15分 |
| 道具以外の荷物 | 普通の登山装備 | 昼ご飯やおやつ |
| 登ってる時の持ち物 | 非常食、雨具など | 手ぶら |
| 壁自体の難しさ | 易しい | 難しい |
| 景色 | 良い | 悪い |
| 天候が急変した時 | 壁の中でビバーク | 荷物をまとめて帰る |
| 登ってる途中で落ちた時 | 大怪我か死 | 一瞬の恐怖だけ(無傷) |
| 遭難時の救助方法 | ヘリコプター | 救急車 |
| 救助が来るまでの時間 | 数日 | 数時間以内 |
http://blog.goo.ne.jp/longq/e/b45cb0e6f5b4ab9d8c6d0ceefd9c1170 より引用
フリーがいかに安全か
アルパインがいかに危険か
どちらの表現が適切なのだろう??? だって、一般登山だってアルパインと同じリスクがあるもんね。
たぶん、ある程度ムーブ解決ができるようになった時、その人が登りたい!と思った場合、したいことは、本当はアルパインではなく、フリーなのではないか?と思う。
そこら辺は、楽に登れるようになった人にはわかりづらいのではないだろうか?
そのためのチェック項目・・・
もし、素晴らしい景色を見るために、
・天気予報を毎日チェックしたり、
・地図を見て、尾根と谷を色線引いたり
・登山大系をよく読んだり
・そのルートが何キロで標高差何メートルのルートなのかを調べたり、
・落石の危険地帯を事前に調べたり、
・メンバーをそろえるために連絡係りにアタフタしたり、
・苦労して重い荷物を担ぎ上げたり、
・アプローチの電車の時間を調べたりする
・・・もろもろの苦労が割りに合わないと感じたら(そしてそのために連れて行ってもらいたいな~と思ったら)、たぶん、その人が本当にしたいことは、アルパインではなくて、おなじマルチピッチでも、フリーのマルチピッチではないか?と思う。
それが違うとアルパインに行っても、ホントはその人は楽しくないのかもしれない・・・。
したいことが何なのか?自分でしっかり分かる、というのも、一つの才能、と思う。
Monday, April 20, 2015
山における過信
■山における過信
登山の難しいところは、
過信
が いとも簡単に容易に起ることではないか?と思う。
その過信は、取り立ててて自信過剰な人ではなくても、ごく普通に謙虚な人にも、登山のベテランにも起こる。
それどころか、勉強熱心で、無理や無茶はしない、と思っている人さえ、もしかしたら無縁ではいられないものではないか?と思う。
今日はその例として、登山歴40年のベテランガイドと登山歴5年目の私の考え方の差を紹介したい。
≪当時の山行記録≫
■ 判断は前提が課題
以前、残雪期のマイナールートに行ったら、大変なラッセルで、2時間半の登りに5時間かかった。
例によって、【・・・ということはどういうことか?】という思考ツールを使おう。
問い) 2時間半に5時間かかったということは、どういうことか?
本当に行きたかったのは、下りに使う予定だった尾根だったのだが、2時間半が5時間かかりつつある時点で、もうその尾根を下るという選択肢はないな…と分かる。
そのような”先読み”思考が登山者には重要だ。
現実の状況は、そのことを分かって、焦ってラッセルしているのは、私一人だった。同行者は3人、みな、
今のままのペースで進むと、この先どうなるか?
については、考えないようだった…。この時はガイド登山で行っているので、いわゆる”ガイド登山客”としては、それが当然かもしれない。
私は、下山で使う尾根に行くことを目的としてガイド依頼していたので、そこに到達できない計画を組んだガイドはガイド失格であると思った。またラッセルの遅さにも文句を言った。
一番重い荷物を背負った80ℓザックのガイドは遅く、荷の軽い私のほうがラッセルが早かった。
・・・ということはどういうことか? つまり、背負える荷に過信があったのである。全員が全荷を背負ってのラッセルは遅くて当然で、焚火山行に備えて大きな鍋まで持ってきており、そもそも、当初の目的地に行くためには荷物が重すぎる可能性があった。荷が重くなったのは、山行への期待が目的地への到達ではなく、宴会だったからだ。だから私はお客として、当然、腹を立て、計画の合理的でない点を指摘した。
山行は、私が6~7割は先頭でラッセルした。ところが、夫は一番弱いのに、なぜかセカンドで、ラッセル負担はセカンドまで大変なので、オーダーについても、ガイドの指示には不満だった。夫よりも強い、山慣れた女性がサードに入っていたからだった。
・・・ということはどういうことか? お客の体力見積もりが大きすぎたと言うことだ。
オーダーも、いつも思うのだが、男性だからと言って強いとは限らない。私と夫では私の方が絶対強い。夫はもちろん男性だから、瞬発的な部分では強い。私が躊躇するような岩場はあまり躊躇しないで行ってしまうが、それは体力とはまた違うので、結局ラッセルだったり、長い時間を歩くことだったり、長い時間ある程度の重さを背負うことだったりすると、慣れのほうが、そもそも性差による優位さをいとも簡単に乗り越えてしまう。
そのことは、男性自身の”男の方が強い”という平素の生活での感覚を塗り替えなければならないのかもしれない。つまり平素の生活は男女差が10:6であるとすると、山ではその差は、10:8くらいになるわけだ。それは高齢者も同じだ。平素での生活での差のほうが山での生活の差より大きい。それだけ”慣れ”ということが大きく関係してくるのが山で、年に数回行くレベルの人と毎週のように山に行く人では、大違い。だから山行数や慣れを途切れさせないこと、が重要なのだ。
結局
・計画が実力に比して大きすぎた
・ザックが重すぎた
・オーダーが実力順ではなく、合理的ではない
・目的が統一されていなかった 宴会なのか?目的地到達なのか?
つまり、計画自体に、読み違い、過信があった。
この山行では、山頂に着いたら、12時だった。みな予想以上に疲労していて、特に山慣れしていない夫は座り込むほどぐったりだった。
目的の尾根は不可能だと言うことは、いわずとも理解できたが、過信について問題は、
ガイド提案がピストン下山だったこと、
だ。登り5時間かかった尾根に、下山3時間で済んでも、12時スタートなら15時になる。元いたところは前日に一日かけてアプローチした場所で、さらに前日歩いた分を歩かないといけない。なだらかな5時間分の登りは下りでは3時間としても、15時に3時間足せば、18時になってしまう。それも休憩を含んでいない。ヘッデン下山の上、アプローチも山深いところだったので、下山完了し登山口に着いたとしても、まだ電線も来ておらず、自販機すらなく、安全圏とはほど遠かった。そこから運転も待っているのだから。見積もり8~9時間。帰宅は夜9時だ。
ガイドが提案したピストン下山に対して、私の答えは、最短で降りれる一般道での下山。3時間。ポピュラーな登山口なので、駐車場が整備されており、人が多く、この時期は小屋はやっていないがバス道が通る。そこまでタクシーを呼ぶお金があるかどうか?がまず心配したことだった。
この時の判断が分かれた理由は、
ガイド = 根拠としている体力と技術が 大学山岳部レベル (山慣れした自分のレベル)
私 = 根拠としている体力と技術が 一般市民レベル
の違いである、と思った。つまり、過信 だ。
このように、登山歴40年のベテランであっても、弱気の判断ができる、とは限らない。
■ 前提が崩れてきている
さて、昨今の社会人山岳会のメンバーが持つ体力がどちらに近いか?というと、それは非常に難しく、個人差が大きい。
だから、安全を見るならば、山岳部レベルより、一般市民レベルを想定するほうがより安全と言う意味で、より良い。
このガイドさんは良い人だったが、提案のピストン下山の前提としている体力や技術が、一般市民レベルを超えているのは、当人が凄い人だからなのだろう…と思った。
つまり、言葉を変えれば過信だ。この場合は、お客の体力の読み違い、だ。優秀な人は相手も優秀だと期待しやすい。
計画が最初から無理だったことは、2時間半の道に5時間かかったことがすでに示している。
計画が無理だったということは、言葉を変えれば過信、だ。
計画そのものに対する無理が少しでも見えた時点で、前提としている根拠の方に、修正を加え、フィードバックを追加しないといけない。
それなのに、まだピストン下山が一番安全である、と考えている時点で、連れているお客の体力を自分が読み間違っているという自覚や理解がない。
その人自身の考え方がリスクだ、
と私は思った。 目の前の事象をすぐに行動にフィードバックしないといけない。
例えタクシー代で数万円かかったとしても、そんなものは山奥で にっちもさっちも行かなくなるコストより安い。
リーダーの資質とは、
・どちらが安全か?すぐに計算できること
・自分が作っている仮説(この場合ピストンで降りれる)に対して、本当にそうか?と疑えること、
・他の選択肢を考えてみる論理思考があること、
・目の前の事象をすぐに行動にフィードバックできること
だ。
この場合は、取れる選択肢を比較すると
≪選択肢の比較≫
ガイド提案 私の提案
時間 8~9時間 3時間+運転1時間強
安全圏 遠い 近い
滑落リスク 1か所あり なし
だった。 選択肢の優劣は 単純な論理比較で、できる
≪より良いルート選択≫
・どれくらい時間がかかるか? → 短いほうがより良い
・安全圏への近さ → 里に近いほうがより良い
・危険度 → リスクがないほうが良い
の3点だ。
≪まとめ≫
・”このままのペースでいくとどうなるか?”を常に問うこと
・前提となっている技術体力を白紙にすること
・選択肢をならべ、合理的により安全なほうを選択すること
・目の前の事象をすぐにフィードバックすること
■ 退路を常に意識する
山は危険な場所だ、
ということは、危険という言葉のイメージに左右されて、正しく理解されづらいのかもしれない。
山が危険な場所だ、というときの、キケンの具体的中身は
・電話がない
・水がない
・食べ物がない
・電力がない
・寒い
だ。だから、それらが、今すぐ必要となるような、緊急事態に最初からできるだけ近づかないようにしないといけない。例えば 発病したら、どこであってもすぐにも緊急事態だ。
逼迫すること自体がリスクだ。となると、逼迫した時のことを常に予想して、計画内に入れておかないといけない。
安全圏と言うのは、それらがすべて揃っている場所のことで、逼迫した場合と、安全圏にいかに早くもどれるか?が大事なことだ。
■ ここから学べること
・・・ということはどういうことか?をもう一度考えてみると、初心者が行くような、最短で易しいルートでのピークハントは、それより難しいルートでの
退路の確認
という重要な作業であることが分かる。 だから、易しいルートから順繰りにステップアップすることが、安全性につながっていくのだ。
同じことで、縦走は山域のおおよその概念把握(特に安全圏の近さの把握)のためにある、と言っても過言ではない。
≪まとめ≫
・安全圏とは、電話、水、食料、電気、シェルターがある場所のことである。
・登山のリスクとは、基本的には上記5点がないことである (滑落などはどこででも起こりうる)
・初歩的ピークハントは退路を理解するためにある
・縦走は、エリア内の安全圏を把握するためにある
登山の難しいところは、
過信
が いとも簡単に容易に起ることではないか?と思う。
その過信は、取り立ててて自信過剰な人ではなくても、ごく普通に謙虚な人にも、登山のベテランにも起こる。
それどころか、勉強熱心で、無理や無茶はしない、と思っている人さえ、もしかしたら無縁ではいられないものではないか?と思う。
今日はその例として、登山歴40年のベテランガイドと登山歴5年目の私の考え方の差を紹介したい。
≪当時の山行記録≫
■ 判断は前提が課題
以前、残雪期のマイナールートに行ったら、大変なラッセルで、2時間半の登りに5時間かかった。
例によって、【・・・ということはどういうことか?】という思考ツールを使おう。
問い) 2時間半に5時間かかったということは、どういうことか?
本当に行きたかったのは、下りに使う予定だった尾根だったのだが、2時間半が5時間かかりつつある時点で、もうその尾根を下るという選択肢はないな…と分かる。
そのような”先読み”思考が登山者には重要だ。
現実の状況は、そのことを分かって、焦ってラッセルしているのは、私一人だった。同行者は3人、みな、
今のままのペースで進むと、この先どうなるか?
については、考えないようだった…。この時はガイド登山で行っているので、いわゆる”ガイド登山客”としては、それが当然かもしれない。
私は、下山で使う尾根に行くことを目的としてガイド依頼していたので、そこに到達できない計画を組んだガイドはガイド失格であると思った。またラッセルの遅さにも文句を言った。
一番重い荷物を背負った80ℓザックのガイドは遅く、荷の軽い私のほうがラッセルが早かった。
・・・ということはどういうことか? つまり、背負える荷に過信があったのである。全員が全荷を背負ってのラッセルは遅くて当然で、焚火山行に備えて大きな鍋まで持ってきており、そもそも、当初の目的地に行くためには荷物が重すぎる可能性があった。荷が重くなったのは、山行への期待が目的地への到達ではなく、宴会だったからだ。だから私はお客として、当然、腹を立て、計画の合理的でない点を指摘した。
山行は、私が6~7割は先頭でラッセルした。ところが、夫は一番弱いのに、なぜかセカンドで、ラッセル負担はセカンドまで大変なので、オーダーについても、ガイドの指示には不満だった。夫よりも強い、山慣れた女性がサードに入っていたからだった。
・・・ということはどういうことか? お客の体力見積もりが大きすぎたと言うことだ。
オーダーも、いつも思うのだが、男性だからと言って強いとは限らない。私と夫では私の方が絶対強い。夫はもちろん男性だから、瞬発的な部分では強い。私が躊躇するような岩場はあまり躊躇しないで行ってしまうが、それは体力とはまた違うので、結局ラッセルだったり、長い時間を歩くことだったり、長い時間ある程度の重さを背負うことだったりすると、慣れのほうが、そもそも性差による優位さをいとも簡単に乗り越えてしまう。
そのことは、男性自身の”男の方が強い”という平素の生活での感覚を塗り替えなければならないのかもしれない。つまり平素の生活は男女差が10:6であるとすると、山ではその差は、10:8くらいになるわけだ。それは高齢者も同じだ。平素での生活での差のほうが山での生活の差より大きい。それだけ”慣れ”ということが大きく関係してくるのが山で、年に数回行くレベルの人と毎週のように山に行く人では、大違い。だから山行数や慣れを途切れさせないこと、が重要なのだ。
結局
・計画が実力に比して大きすぎた
・ザックが重すぎた
・オーダーが実力順ではなく、合理的ではない
・目的が統一されていなかった 宴会なのか?目的地到達なのか?
つまり、計画自体に、読み違い、過信があった。
この山行では、山頂に着いたら、12時だった。みな予想以上に疲労していて、特に山慣れしていない夫は座り込むほどぐったりだった。
目的の尾根は不可能だと言うことは、いわずとも理解できたが、過信について問題は、
ガイド提案がピストン下山だったこと、
だ。登り5時間かかった尾根に、下山3時間で済んでも、12時スタートなら15時になる。元いたところは前日に一日かけてアプローチした場所で、さらに前日歩いた分を歩かないといけない。なだらかな5時間分の登りは下りでは3時間としても、15時に3時間足せば、18時になってしまう。それも休憩を含んでいない。ヘッデン下山の上、アプローチも山深いところだったので、下山完了し登山口に着いたとしても、まだ電線も来ておらず、自販機すらなく、安全圏とはほど遠かった。そこから運転も待っているのだから。見積もり8~9時間。帰宅は夜9時だ。
ガイドが提案したピストン下山に対して、私の答えは、最短で降りれる一般道での下山。3時間。ポピュラーな登山口なので、駐車場が整備されており、人が多く、この時期は小屋はやっていないがバス道が通る。そこまでタクシーを呼ぶお金があるかどうか?がまず心配したことだった。
この時の判断が分かれた理由は、
ガイド = 根拠としている体力と技術が 大学山岳部レベル (山慣れした自分のレベル)
私 = 根拠としている体力と技術が 一般市民レベル
の違いである、と思った。つまり、過信 だ。
このように、登山歴40年のベテランであっても、弱気の判断ができる、とは限らない。
■ 前提が崩れてきている
さて、昨今の社会人山岳会のメンバーが持つ体力がどちらに近いか?というと、それは非常に難しく、個人差が大きい。
だから、安全を見るならば、山岳部レベルより、一般市民レベルを想定するほうがより安全と言う意味で、より良い。
このガイドさんは良い人だったが、提案のピストン下山の前提としている体力や技術が、一般市民レベルを超えているのは、当人が凄い人だからなのだろう…と思った。
つまり、言葉を変えれば過信だ。この場合は、お客の体力の読み違い、だ。優秀な人は相手も優秀だと期待しやすい。
計画が最初から無理だったことは、2時間半の道に5時間かかったことがすでに示している。
計画が無理だったということは、言葉を変えれば過信、だ。
計画そのものに対する無理が少しでも見えた時点で、前提としている根拠の方に、修正を加え、フィードバックを追加しないといけない。
それなのに、まだピストン下山が一番安全である、と考えている時点で、連れているお客の体力を自分が読み間違っているという自覚や理解がない。
その人自身の考え方がリスクだ、
と私は思った。 目の前の事象をすぐに行動にフィードバックしないといけない。
例えタクシー代で数万円かかったとしても、そんなものは山奥で にっちもさっちも行かなくなるコストより安い。
リーダーの資質とは、
・どちらが安全か?すぐに計算できること
・自分が作っている仮説(この場合ピストンで降りれる)に対して、本当にそうか?と疑えること、
・他の選択肢を考えてみる論理思考があること、
・目の前の事象をすぐに行動にフィードバックできること
だ。
この場合は、取れる選択肢を比較すると
≪選択肢の比較≫
ガイド提案 私の提案
時間 8~9時間 3時間+運転1時間強
安全圏 遠い 近い
滑落リスク 1か所あり なし
だった。 選択肢の優劣は 単純な論理比較で、できる
≪より良いルート選択≫
・どれくらい時間がかかるか? → 短いほうがより良い
・安全圏への近さ → 里に近いほうがより良い
・危険度 → リスクがないほうが良い
の3点だ。
≪まとめ≫
・”このままのペースでいくとどうなるか?”を常に問うこと
・前提となっている技術体力を白紙にすること
・選択肢をならべ、合理的により安全なほうを選択すること
・目の前の事象をすぐにフィードバックすること
■ 退路を常に意識する
山は危険な場所だ、
ということは、危険という言葉のイメージに左右されて、正しく理解されづらいのかもしれない。
山が危険な場所だ、というときの、キケンの具体的中身は
・電話がない
・水がない
・食べ物がない
・電力がない
・寒い
だ。だから、それらが、今すぐ必要となるような、緊急事態に最初からできるだけ近づかないようにしないといけない。例えば 発病したら、どこであってもすぐにも緊急事態だ。
逼迫すること自体がリスクだ。となると、逼迫した時のことを常に予想して、計画内に入れておかないといけない。
安全圏と言うのは、それらがすべて揃っている場所のことで、逼迫した場合と、安全圏にいかに早くもどれるか?が大事なことだ。
■ ここから学べること
・・・ということはどういうことか?をもう一度考えてみると、初心者が行くような、最短で易しいルートでのピークハントは、それより難しいルートでの
退路の確認
という重要な作業であることが分かる。 だから、易しいルートから順繰りにステップアップすることが、安全性につながっていくのだ。
同じことで、縦走は山域のおおよその概念把握(特に安全圏の近さの把握)のためにある、と言っても過言ではない。
≪まとめ≫
・安全圏とは、電話、水、食料、電気、シェルターがある場所のことである。
・登山のリスクとは、基本的には上記5点がないことである (滑落などはどこででも起こりうる)
・初歩的ピークハントは退路を理解するためにある
・縦走は、エリア内の安全圏を把握するためにある
Sunday, April 19, 2015
学習院大学の遭難 続報
■ 学習院大学の遭難 報告書
学習院大学の遭難について、突っ込んだ報告が出た。
http://www.yamakei.co.jp/yamakei-editors/2015/04/15/yama-to-keikoku201505_amidasounan.pdf
驚いたのは、立場川をだいぶ下っていて、ほとんど全ルートと言っていいくらい、阿弥陀南陵を登り返していることだった。
阿弥陀南陵は体力がいるルートとして知られている。むろん、それは、長い御小屋尾根での下山を含めてのことなのだが、ピークまでとしても阿弥陀南陵は、阿弥陀北陵の登攀よりうんと長くなる。阿弥陀北陵は日帰りルートだが、南陵は一泊二日が普通のルートだ。
したがって、ちょっとしたミスを挽回と言うよりは、二つ目のルート、もう、ほとんど継続登攀と言っても良いような長い行程になってしまう…。
なぜ安全圏にもっとも近い船山十字路に降りなかったのだろうか?が最初の感想だった。
私も以前予想以上にルートに時間がかかったことがあった。その場合は、最短で安全圏に戻れるルートを選んだ。
■ 抜粋
以下気になるところをピックアップした。(赤字、()内筆者)
”コースミスをして立場川本谷へ下ったものの、彼らはそれを道迷い遭難とはとらえていなかった。”
→ もしそうだとすると、それこそが過信を示すのでは?反対に降りてしまうことをミスと言わなかったら、ミスを失敗と認めなかったら、他に何が失敗となるのか?
”南稜から阿弥陀岳を越えてBC へ下るまでの過程は、遭難ということはできない。”
→ 一晩のフォーストビバークは立派な遭難と言えるのでは?
”土山のヘッドランプがザックの中にあったこと、道迷い遭難ではなく滑落事故でその後何らかの原因により、滑落事故が起こったと推定される。”
→ 中高年の遭難原因No1は道迷いだが、ルートミスをした結果、歩きまわって最終的には滑落して亡くなるケースが多い。成り行きとしては、滑落はとどめに過ぎない、このケースは非常に似ているのでは?
その前のルートミスはミスであり、フォーストビバークは緊急事態であり、それを過小評価したことが、
その後より短時間で、
より体力を消耗せず、
また滑落の危険を冒さず、
安全圏に降りる機会があったにもかかわらず、その機会を喪失したのは、”強気の判断”と言えるのでは?
リーダーに求められるのは”弱気の判断”だ。
■ 行程管理の甘さ
まとめたライターは
”その後何らかの原因により、滑落事故が起こったと推定される。あと1時間少々の下りを残すだけだったことを思えば、何としても悔やまれる点である。”
とまとめている。
しかし、生還した者たちも、本来7時登頂し、8時過ぎには下山完了していたはずの行程を翌日18時BC着となっている。この生還者たちの山行は成功だろうか?
元々の計画 → 朝8時過ぎBC帰着
結果 → 34時間後BC帰着
1時間少々の下りで済んだところが、+34時間になってしまっている。
もし普通の登山で、8時過ぎに下山する予定が、一日24時間+10時間遅れで下山完了したら、それは、その登山者たちにとっては失敗の感覚しかありえないと思う。
こうした本格的登山ではなく、ごく普通の一般登山であっても、冬の山小屋には、15時には到着していないとおやじさんに叱られる。
テント泊をするようになると、早々とテントに入っても寒いだけなので、16時が大体のテントに入る時間で、それ以前に幕営適地を見つけ終っていないといけない。つまり18時BC着は登山の常識と照らし合わせて、まったく登山の成功の範疇とはいえない。
ヘッデン下山は、スレスレ山行で、反省の対象であることは登山の常識だ。
しかし、そうしたスレスレを甘受したり、あるいは逆に、勇敢の証であるように、ほめたたえたりする風潮は登山の世界では根強い。中にはそういうリスキーな行動をわざととることによって、自ら一流のクライマーになった気でいたりすることもある。世間でも未成年者の行動を大目に見るように、大の大人のそうした幼稚と言える行動を、登山においては破天荒として、愛したりする人も多い。
そうすると、その風潮に甘えて錯覚を起こしたがる人も出てくる。つまり、わざと破天荒を演出するような登山をするようになる。必要もない危険に近づいていくようなことだ。例えば、気をひきしめなくてはならない山行にお酒を一升瓶で担いでいったりなどだ。ルートに取り付く前に体力消耗だ。
本来の登山家が、リスクを綿密に計算して行動するのとは逆だ。
■ 危急時対応の遅さ
帰ってこない二人を心配して連絡したのが1時間半後というのは、阿弥陀山頂からの下山がそれくらいかかることを思えば、遅くはないのかもしれない。
しかし、連絡してから、なんと2時間から、さらに約2時間もかかって、救助要請している。救助要請が出るまでに結局7時間。
厳冬期の八ヶ岳の稜線は、ー25度くらいは平気で下がり、風速も20mくらいは平気で吹いている。そこに7時間かぁ…。
私なら、すぐに救助要請してもらいたいと思う。もし第一報、16時半で救助要請していたら、どうだったのだろう?そうだったとしても、日本の救助隊は夜間捜索しないので、結局2晩目のビバークになる。
1晩のビバークでも、予定された幕営でない限り、それはもうすでに常軌を逸脱したと言える事態だ。
八ヶ岳の寒さにシュラフなしで耐えるのは、相当の根性が要ると思う。それはシュラフがあってもテント泊していれば分かっているはずだ。
そうしたことが判断できなかったということだ。だとしても大学生、若さは判断の稚拙さの正当な根拠になる。
だから、1晩目の緊急ビバークの時点で、経験のある者の助言が得られるような体制にしてはおけなかったのだろうか?と思わずにはおれない。
ベテランに尋ねるとだれでも、一晩のビバークで、もう、それは遭難と呼ぶと言うからだ。
■ 滑落か道迷いか?
この遭難は、私は、やはり道迷い遭難、道に迷ったつもりがなく、ルートファインディングを誤った遭難だと思う。
最初から、道迷いの危険がない元来たルート(北陵)を戻れば良かったのだ。
以前上越の山に行ったら、降雪が激しく、つい40分前に6人でラッセルしたトレースが消えていた。八ヶ岳はいくら雪が降ってもそんなことはない。自分たちが登ったルートなら、その直後であればトレースが消えるほどの降雪があることは少ない。消えたとしても風でかき消されたなどが多く、少し探せばその先にあったりするものだ。
気になったのは途中でルートミスを互いに分かっている点だ。このパーティは、こうしたルートを外してしまう山行を何度か共にしたことがあったのだろうか?
山に行くとルートミスに気がつくタイプの人と気が付かないタイプの人がいることに気が付く。
ついて行くタイプの人は、相手にまかせっきりで気が付かないことが多い。気が付けなかったとき、自分がリーダーのミスに気が付いてやれなかった、と考えるタイプの人も少ない。
「自分も気が付くべきだったのに、気が付いてやれなかった、ごめんなさい」という発言をする人は本物だ。
しかし、そういう風に言う人は非常に少ない。昨今では逆に、ルーファイについて怠けていた自分の落ち度を棚に上げ、どちらかというとリーダーを責め、怒りだす人の方が多い。
それはどのルートを採るべきか?の判断も同じだ。
判断には間違いがつきものだ。より間違いを内包する度合いが少ない選択肢の方が優れている時がある。今回は、雪崩の危険があり、ホワイトアウトで先の見えない中岳沢より、山頂でホワイトアウトが収まるまで待つ、という選択肢や元来た道を戻るという選択肢もあったはずだ。
ちなみに登山の世界では、ホワイトアウトの時は、動かないで、視界が戻るまで待つ、という選択肢がベストプラクティスとされている。
最近のスマホでは、自分の歩いた軌跡が取れる。
と、正規ルートにいるかいないか?はすぐにわかる。
だから立ち止まって現在地を確認することはそんなに難しいことではない。
以前、6月の富士山に登った時、下山でコースを外したが、GPS軌跡を取っていたので、コースがずれたことが確認ですぐ分かり、軌道はすぐに修正できた。富士山は放射線状に広がっているだけの斜面で尾根も谷もない。ので、雪の時はコースなどあってないものだから、地図読み力もルーファイ力もあまり役に立ったない。景色もそっくりだからだ。そういう時でもGPS軌跡を取っていれば、少なくとも往路と復路が違うことくらいは分かる。 だからホワイトアウトしても、スマホさえみれば、どこにいるかは明らかだ。
この結論のつけ方には、
判断のミスの連続 ・・・つまり防ぐことができた人災・・・
ではなく、
滑落という不可抗力
に持って行きたいという意図が透けて見える、ということは、言えると思う。
そこには、責任逃れという社会的な事情が存在しないと言える何か確証や根拠があるのだろうか・・・
≪関連記事≫
阿弥陀の遭難 八ヶ岳は天候核心
学習院大学の遭難 推測
遭難があった日の当方の山行
学習院大学の遭難について、突っ込んだ報告が出た。
http://www.yamakei.co.jp/yamakei-editors/2015/04/15/yama-to-keikoku201505_amidasounan.pdf
驚いたのは、立場川をだいぶ下っていて、ほとんど全ルートと言っていいくらい、阿弥陀南陵を登り返していることだった。
阿弥陀南陵は体力がいるルートとして知られている。むろん、それは、長い御小屋尾根での下山を含めてのことなのだが、ピークまでとしても阿弥陀南陵は、阿弥陀北陵の登攀よりうんと長くなる。阿弥陀北陵は日帰りルートだが、南陵は一泊二日が普通のルートだ。
したがって、ちょっとしたミスを挽回と言うよりは、二つ目のルート、もう、ほとんど継続登攀と言っても良いような長い行程になってしまう…。
なぜ安全圏にもっとも近い船山十字路に降りなかったのだろうか?が最初の感想だった。
私も以前予想以上にルートに時間がかかったことがあった。その場合は、最短で安全圏に戻れるルートを選んだ。
■ 抜粋
以下気になるところをピックアップした。(赤字、()内筆者)
- ホワイトアウト&降雪の中、中岳沢を下るように指示 (短いと言う以外、危険が最も大きく、最悪の選択肢では?)
- 青ナギの下付近で地図を確認したが、A 以下3人は途中からルートを間違えたらしいことに気づいていた (それはリーダーに言えなかったのだろうか?)
- 標高差270mの登りに2時間30分 (この時点で、すでに何時間かかるか推論できる)
- 主要メンバーは南稜をトレースしており、このときに、危険な状況はほぼ脱出できたと思ったのではないだろうか。(一度行ったことがあることは、危険ではないことと=安全圏に到着 とは違うことくらい誰でも知っている)
- A・C・B のオーダーで、ノーザイルでP3ルンゼに取り付いた (ノーザイルはここでは非常識だ)
- 『このまま登っていては危険すぎるから、お前たちは先に行き頂上に出たあと、中岳沢を使って行者小屋に先に降りろ』と指示
- 16時30分ごろ、阿弥陀岳頂上着。(冬の16時半は遅い)
- 迷う心配がない北稜を降りた (最初から北陵を降りるべきだったのだろう)
- 2時間後の21時40分、監督と連絡がついた (遅い。監督は天気予報を知らなかったのか)
- ビバーク2晩目になることから監督は緊急事態と判断し、23時、長野県警へ救助要請を行ない (阿弥陀山頂登頂から7時間後)
”コースミスをして立場川本谷へ下ったものの、彼らはそれを道迷い遭難とはとらえていなかった。”
→ もしそうだとすると、それこそが過信を示すのでは?反対に降りてしまうことをミスと言わなかったら、ミスを失敗と認めなかったら、他に何が失敗となるのか?
”南稜から阿弥陀岳を越えてBC へ下るまでの過程は、遭難ということはできない。”
→ 一晩のフォーストビバークは立派な遭難と言えるのでは?
”土山のヘッドランプがザックの中にあったこと、道迷い遭難ではなく滑落事故でその後何らかの原因により、滑落事故が起こったと推定される。”
→ 中高年の遭難原因No1は道迷いだが、ルートミスをした結果、歩きまわって最終的には滑落して亡くなるケースが多い。成り行きとしては、滑落はとどめに過ぎない、このケースは非常に似ているのでは?
その前のルートミスはミスであり、フォーストビバークは緊急事態であり、それを過小評価したことが、
その後より短時間で、
より体力を消耗せず、
また滑落の危険を冒さず、
安全圏に降りる機会があったにもかかわらず、その機会を喪失したのは、”強気の判断”と言えるのでは?
リーダーに求められるのは”弱気の判断”だ。
■ 行程管理の甘さ
まとめたライターは
”その後何らかの原因により、滑落事故が起こったと推定される。あと1時間少々の下りを残すだけだったことを思えば、何としても悔やまれる点である。”
とまとめている。
しかし、生還した者たちも、本来7時登頂し、8時過ぎには下山完了していたはずの行程を翌日18時BC着となっている。この生還者たちの山行は成功だろうか?
元々の計画 → 朝8時過ぎBC帰着
結果 → 34時間後BC帰着
1時間少々の下りで済んだところが、+34時間になってしまっている。
もし普通の登山で、8時過ぎに下山する予定が、一日24時間+10時間遅れで下山完了したら、それは、その登山者たちにとっては失敗の感覚しかありえないと思う。
こうした本格的登山ではなく、ごく普通の一般登山であっても、冬の山小屋には、15時には到着していないとおやじさんに叱られる。
テント泊をするようになると、早々とテントに入っても寒いだけなので、16時が大体のテントに入る時間で、それ以前に幕営適地を見つけ終っていないといけない。つまり18時BC着は登山の常識と照らし合わせて、まったく登山の成功の範疇とはいえない。
ヘッデン下山は、スレスレ山行で、反省の対象であることは登山の常識だ。
しかし、そうしたスレスレを甘受したり、あるいは逆に、勇敢の証であるように、ほめたたえたりする風潮は登山の世界では根強い。中にはそういうリスキーな行動をわざととることによって、自ら一流のクライマーになった気でいたりすることもある。世間でも未成年者の行動を大目に見るように、大の大人のそうした幼稚と言える行動を、登山においては破天荒として、愛したりする人も多い。
そうすると、その風潮に甘えて錯覚を起こしたがる人も出てくる。つまり、わざと破天荒を演出するような登山をするようになる。必要もない危険に近づいていくようなことだ。例えば、気をひきしめなくてはならない山行にお酒を一升瓶で担いでいったりなどだ。ルートに取り付く前に体力消耗だ。
本来の登山家が、リスクを綿密に計算して行動するのとは逆だ。
■ 危急時対応の遅さ
帰ってこない二人を心配して連絡したのが1時間半後というのは、阿弥陀山頂からの下山がそれくらいかかることを思えば、遅くはないのかもしれない。
しかし、連絡してから、なんと2時間から、さらに約2時間もかかって、救助要請している。救助要請が出るまでに結局7時間。
厳冬期の八ヶ岳の稜線は、ー25度くらいは平気で下がり、風速も20mくらいは平気で吹いている。そこに7時間かぁ…。
私なら、すぐに救助要請してもらいたいと思う。もし第一報、16時半で救助要請していたら、どうだったのだろう?そうだったとしても、日本の救助隊は夜間捜索しないので、結局2晩目のビバークになる。
1晩のビバークでも、予定された幕営でない限り、それはもうすでに常軌を逸脱したと言える事態だ。
八ヶ岳の寒さにシュラフなしで耐えるのは、相当の根性が要ると思う。それはシュラフがあってもテント泊していれば分かっているはずだ。
そうしたことが判断できなかったということだ。だとしても大学生、若さは判断の稚拙さの正当な根拠になる。
だから、1晩目の緊急ビバークの時点で、経験のある者の助言が得られるような体制にしてはおけなかったのだろうか?と思わずにはおれない。
ベテランに尋ねるとだれでも、一晩のビバークで、もう、それは遭難と呼ぶと言うからだ。
■ 滑落か道迷いか?
この遭難は、私は、やはり道迷い遭難、道に迷ったつもりがなく、ルートファインディングを誤った遭難だと思う。
最初から、道迷いの危険がない元来たルート(北陵)を戻れば良かったのだ。
以前上越の山に行ったら、降雪が激しく、つい40分前に6人でラッセルしたトレースが消えていた。八ヶ岳はいくら雪が降ってもそんなことはない。自分たちが登ったルートなら、その直後であればトレースが消えるほどの降雪があることは少ない。消えたとしても風でかき消されたなどが多く、少し探せばその先にあったりするものだ。
気になったのは途中でルートミスを互いに分かっている点だ。このパーティは、こうしたルートを外してしまう山行を何度か共にしたことがあったのだろうか?
山に行くとルートミスに気がつくタイプの人と気が付かないタイプの人がいることに気が付く。
ついて行くタイプの人は、相手にまかせっきりで気が付かないことが多い。気が付けなかったとき、自分がリーダーのミスに気が付いてやれなかった、と考えるタイプの人も少ない。
「自分も気が付くべきだったのに、気が付いてやれなかった、ごめんなさい」という発言をする人は本物だ。
しかし、そういう風に言う人は非常に少ない。昨今では逆に、ルーファイについて怠けていた自分の落ち度を棚に上げ、どちらかというとリーダーを責め、怒りだす人の方が多い。
それはどのルートを採るべきか?の判断も同じだ。
判断には間違いがつきものだ。より間違いを内包する度合いが少ない選択肢の方が優れている時がある。今回は、雪崩の危険があり、ホワイトアウトで先の見えない中岳沢より、山頂でホワイトアウトが収まるまで待つ、という選択肢や元来た道を戻るという選択肢もあったはずだ。
ちなみに登山の世界では、ホワイトアウトの時は、動かないで、視界が戻るまで待つ、という選択肢がベストプラクティスとされている。
最近のスマホでは、自分の歩いた軌跡が取れる。
と、正規ルートにいるかいないか?はすぐにわかる。
だから立ち止まって現在地を確認することはそんなに難しいことではない。
以前、6月の富士山に登った時、下山でコースを外したが、GPS軌跡を取っていたので、コースがずれたことが確認ですぐ分かり、軌道はすぐに修正できた。富士山は放射線状に広がっているだけの斜面で尾根も谷もない。ので、雪の時はコースなどあってないものだから、地図読み力もルーファイ力もあまり役に立ったない。景色もそっくりだからだ。そういう時でもGPS軌跡を取っていれば、少なくとも往路と復路が違うことくらいは分かる。 だからホワイトアウトしても、スマホさえみれば、どこにいるかは明らかだ。
この結論のつけ方には、
判断のミスの連続 ・・・つまり防ぐことができた人災・・・
ではなく、
滑落という不可抗力
に持って行きたいという意図が透けて見える、ということは、言えると思う。
そこには、責任逃れという社会的な事情が存在しないと言える何か確証や根拠があるのだろうか・・・
![]() |
| 遭難があった日の朝7時 |
阿弥陀の遭難 八ヶ岳は天候核心
学習院大学の遭難 推測
遭難があった日の当方の山行
![]() |
| 同日 8時 すでに横殴り |
三つ峠→総会→岩
週末は岩の予定と総会の日だった。
岩は、他会のクライミングデーに便乗した形。 私の会は、クライミングの予定が非常に少ない会なので、こうした誘いは非常に助かるのです。
山の世界はとっても不思議で、クライミングの重要性は強調されるのに、だれでも参加できる会山行にはゲレンデクライミングは予定されない…。のは、なぜなんだろう?
今日はそれで久しぶりの岩だったのが、11月以来なので、5ヶ月ぶりだ。
やっぱりアイスクライミングとロッククライミングはだいぶ違い、アイスは型を身に着ける感じだが、岩のほうは、岩の形状に合わせて、身体を倒し、ムーブを見つけなくてはならない。ムーブが楽に決まったところは楽で、そして、面白い。ムーブが面白さのカギであると思われるのであるが・・・分かりそうで分からない、ムーブの原則・・・。まぁ気長にやりましょう・・・。
土曜日の夜は総会だった。総会は夕方からで、それだけのために富士吉田に行くのは、交通費がもったいないので、ぜひ三つ峠でスミレを今年も見ようと思っていた。ルートは、府戸尾根。この尾根はスミレが多いことを承知済みだった。
母の白滝ルートも、スミレの専門家と歩いたことがあり、とてもスミレが良かったので今年も歩こうというわけだ。去年は4月は岩のほうが忙しくて、スミレはスルーだった。
しばらく山に行っていない会の先輩もお誘いして、足慣らし山行とした。
■ スミレの三つ峠
4月から、三つ峠は花のシーズンが始まる。 4月はキブシが咲き、スミレが咲く季節だ。
スミレは何も登山道を選んで咲くわけでない。林道脇にも多かったりする。
今回は母の白滝ルートの上部、西川新倉線林道から上を使って登頂し、府戸尾根を使って、下山するルートを使った。
この辺はルートの組み方によって距離や時間を上下するのは簡単なので、事情に合わせて選べばよい。
林道は、車はゲートで通行止めになっている。だから、誰が使う林道なのか?疑問な感じだし、土砂がアチコチ崩れていたりもする。
しかし、尾根伝いの登山道とずっと並行して走っているので、ある意味エスケープ自在。
こんな崩落のところに、フキノトウが生えてきていた。
生命力が素晴らしい!
母の白滝の上部の登山道は、午後に下山に使うとヒドイぬかるみになって、非常に歩きづらい。
だから登りに使った。
すごい霜柱が一杯だった。
ここは日陰なためか、今年のスミレはまだだった。
木無山山頂付近。
御巣鷹山と三つ峠山に縦走。
カモシカの豆ちゃん。
白いカモシカだ!
カモシカには黒と白がいて、西日本は黒で、東北は白だ。
このカモシカは冬に会ったおじいさんカモシカとは明らかに違う。
好奇心旺盛で、人に近づいてくる。
びっくり~!
下山中、府戸尾根のスミレ。
今日は小さなスミレばかりだった。
以前着たときは、もっと多かったので、少し時期が早かったのかもしれない。
キノコから放射性物質が検出されたと言うお達し。
この後、一風呂浴びて(無料券、ありがとうございました!)
総会へ。例会の代わりなんだが、飲食付例会と言う感じだった。
■ ひさしぶりの岩
今日は久しぶりの岩。他会に便乗中・・・スイマセンねぇ・・。
しかし、御坂では、岩はほとんど企画されないので仕方ない。
ここは、自宅近くの某所。私は家から近いので通えたらいいなくらいの岩場だが、ルートは結構難しかった。
5.8とか、5.9をいっぱいしたいと思っていたが、結局、10.Aとか、11bとか、上手な方のやったのをやれるところまでやる感じだ。
ベテランを見ていると、地面に立たない・・・
クライミングシューズに泥がつくのが嫌なんだろうな。
今日はパラパラ降ってきたが、結局退却せずに、エンジョイクライミングデー。
このくらいじゃ帰らないんだ~と分かった(笑)
年配でクライミングを初めても上手になる。けれど、結びなどはちゃんと見てあげた方が良いような感じだった。
エイトノットをアンザイレンするのが面倒な時は、ラビットでカラビナをつけっぱなしにしておけば、取り外しが楽だ。
エイトノットは解きづらいので、クライマーには好評そうでない様子が分かった。
ここは難しかったなぁ・・・
3回もフォールしてやっとこさ、のぼった。
そのルートの上から。
手のひらが、ジンジン痛いです(--)
岩って手の皮の厚みも重要な気がします・・・
こちらは、もっと難しい課題を挑戦中の方。
岩は、ホントに難しいですね。
私のは、山のための岩だから、もうちょっと上手にはなった方がいいと思いますが、目標10Aくらいだからなぁ。
今、5.8~9くらいなので、10Aは近い。
ゆっくり成長して行く方が、怪我や事故がないような気がする。
しかし疲れたなぁ・・・
ちょっと昼寝でもしよ~
この山は、地図読みでも、岩でも楽しめる、良い山です☆
先輩のブログ
岩は、他会のクライミングデーに便乗した形。 私の会は、クライミングの予定が非常に少ない会なので、こうした誘いは非常に助かるのです。
山の世界はとっても不思議で、クライミングの重要性は強調されるのに、だれでも参加できる会山行にはゲレンデクライミングは予定されない…。のは、なぜなんだろう?
今日はそれで久しぶりの岩だったのが、11月以来なので、5ヶ月ぶりだ。
やっぱりアイスクライミングとロッククライミングはだいぶ違い、アイスは型を身に着ける感じだが、岩のほうは、岩の形状に合わせて、身体を倒し、ムーブを見つけなくてはならない。ムーブが楽に決まったところは楽で、そして、面白い。ムーブが面白さのカギであると思われるのであるが・・・分かりそうで分からない、ムーブの原則・・・。まぁ気長にやりましょう・・・。
土曜日の夜は総会だった。総会は夕方からで、それだけのために富士吉田に行くのは、交通費がもったいないので、ぜひ三つ峠でスミレを今年も見ようと思っていた。ルートは、府戸尾根。この尾根はスミレが多いことを承知済みだった。
母の白滝ルートも、スミレの専門家と歩いたことがあり、とてもスミレが良かったので今年も歩こうというわけだ。去年は4月は岩のほうが忙しくて、スミレはスルーだった。
しばらく山に行っていない会の先輩もお誘いして、足慣らし山行とした。
■ スミレの三つ峠
4月から、三つ峠は花のシーズンが始まる。 4月はキブシが咲き、スミレが咲く季節だ。
スミレは何も登山道を選んで咲くわけでない。林道脇にも多かったりする。
今回は母の白滝ルートの上部、西川新倉線林道から上を使って登頂し、府戸尾根を使って、下山するルートを使った。
この辺はルートの組み方によって距離や時間を上下するのは簡単なので、事情に合わせて選べばよい。
林道は、車はゲートで通行止めになっている。だから、誰が使う林道なのか?疑問な感じだし、土砂がアチコチ崩れていたりもする。
しかし、尾根伝いの登山道とずっと並行して走っているので、ある意味エスケープ自在。
こんな崩落のところに、フキノトウが生えてきていた。
生命力が素晴らしい!
母の白滝の上部の登山道は、午後に下山に使うとヒドイぬかるみになって、非常に歩きづらい。
だから登りに使った。
すごい霜柱が一杯だった。
ここは日陰なためか、今年のスミレはまだだった。
木無山山頂付近。
御巣鷹山と三つ峠山に縦走。
カモシカの豆ちゃん。
白いカモシカだ!
カモシカには黒と白がいて、西日本は黒で、東北は白だ。
このカモシカは冬に会ったおじいさんカモシカとは明らかに違う。
好奇心旺盛で、人に近づいてくる。
びっくり~!
下山中、府戸尾根のスミレ。
今日は小さなスミレばかりだった。
以前着たときは、もっと多かったので、少し時期が早かったのかもしれない。
この後、一風呂浴びて(無料券、ありがとうございました!)
総会へ。例会の代わりなんだが、飲食付例会と言う感じだった。
■ ひさしぶりの岩
今日は久しぶりの岩。他会に便乗中・・・スイマセンねぇ・・。
しかし、御坂では、岩はほとんど企画されないので仕方ない。
ここは、自宅近くの某所。私は家から近いので通えたらいいなくらいの岩場だが、ルートは結構難しかった。
5.8とか、5.9をいっぱいしたいと思っていたが、結局、10.Aとか、11bとか、上手な方のやったのをやれるところまでやる感じだ。
ベテランを見ていると、地面に立たない・・・
クライミングシューズに泥がつくのが嫌なんだろうな。
今日はパラパラ降ってきたが、結局退却せずに、エンジョイクライミングデー。
このくらいじゃ帰らないんだ~と分かった(笑)
年配でクライミングを初めても上手になる。けれど、結びなどはちゃんと見てあげた方が良いような感じだった。
エイトノットをアンザイレンするのが面倒な時は、ラビットでカラビナをつけっぱなしにしておけば、取り外しが楽だ。
エイトノットは解きづらいので、クライマーには好評そうでない様子が分かった。
ここは難しかったなぁ・・・
3回もフォールしてやっとこさ、のぼった。
そのルートの上から。
手のひらが、ジンジン痛いです(--)
岩って手の皮の厚みも重要な気がします・・・
こちらは、もっと難しい課題を挑戦中の方。
岩は、ホントに難しいですね。
私のは、山のための岩だから、もうちょっと上手にはなった方がいいと思いますが、目標10Aくらいだからなぁ。
今、5.8~9くらいなので、10Aは近い。
ゆっくり成長して行く方が、怪我や事故がないような気がする。
しかし疲れたなぁ・・・
ちょっと昼寝でもしよ~
この山は、地図読みでも、岩でも楽しめる、良い山です☆
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