今日は沢の片付けで朝から洗濯しています。沢は山より後片付けがタイヘンということを学習中(^^;)。沢の水はおもったよりきれいではなかった。
沢には否定的だった夫が言うには… 「沢には達成感がない」
うーん、確かに沢ってのは、登山のように目標点がはっきりしているわけではない。
んん? 夫の発言からすると、彼にとってのご褒美は達成感だったのか?
私には、山は癒し。 2人で登っていてもかくも異なるそれぞれの山…
私が沢に行ってみたかったのは、登山道を歩いていて、キレイな沢が出てきたら
避けるのではなくて、ちょっとちゃぷちゃぷしてみたいな!といつも思うから、です。 原点、菊地渓谷だし…未だにあれほど美しい渓谷はまだ山梨でも会っていません。
昨日行った海沢。奥多摩。
山梨にはもっとキレイな沢もあるに違いない!!
沢ではカメラは課題だ…防水のが欲しくなった。
■ リスク≠避けるもの
登山では水を嫌います。雨も毛嫌いするし、濡れるの大嫌い。沢なんて危険という言葉が最初に連想されます。
「道に迷ったら沢に下ってはいけない」ということが地図読みの知識をすっ飛ばして喧伝され、前後関係を理解せずにそこの部分だけ公式的に暗記されるため、沢=危険の方程式成立。
でも、危険なのならば、何がどう危険なのか理解しているべきだ。危険への対処法を心得ているべきだ。
沢だって自然の造詣。(ちょろちょろ流れる川原)と(水流が激しく、押し流されそうな滝)と一緒くたにすべきでない。
淵だって場所や時期によっては穏やかで楽しく過ごせる場所なのだ。登れない滝は水の中を登らなきゃいい。ありのままの自分を受け入れると言うことも大事だ。足るを知るべし。
自然と言うのはむやみやたらに恐れるものではなく、知るべき対象だ。恐れず、畏れるべし。自然には敬意を払いつつ、熱意を持って自然から学ぶべきだ。
■ 地図読み?
余談だが色々考えると、等高線の入った地図というものをみんな一応知識として見れるようになったほうがいいと思う。地図を、というより地形による土地の個性を知らないせいで、水がないのが当然の稜線の山小屋で水を大量の所望したり、水が高いと愚痴ったりしてしまう。昔は、地形によってどんな制約を受けるのか、常識としてみんな知っていたんだろう…と思える事柄を見聞きするが、昔の常識は今の常識ではなくなってしまったために起こる軋轢も山では見聞きする。人々が悪いのではなく、単に知識が失われたのだ。現代生活という名の生存競争に不必要になって。
山小屋の主だってHTMLタグと言われてもはぁ…ってのと同じことだろう。(HTMLだって20年前の話だが…)
■ 好きにやるべし!!
というわけで、私は別に沢を遡及して高みを目差したいわけではないのです。
自然は好きだけど、高いところに取り憑かれているわけじゃない。
昔は高いところ、難しいところに行けば行けるほど、他の人から認められ、そして認められるために登った(らしい← そんな時代は過ぎた後に生まれたのでシラナイ…)。
記録樹立と、有名になり、人から「すごいね~!」と言われるための山。そういう登山の歴史の中で、亜流として沢があったそうです。聞けば聞くほど変なの~。
自分の好きなのに好きなように登ればいいのに。技術って好きなようにやるためにあるんじゃないのか…なんだか逆に気の毒にさえなってくる(笑)
これも時代の流れですね~豊かになり、他者褒賞から自己褒賞の時代へ。いい時代です。みんながそれぞれの幸せを目差す。
■ お気に入りの場所を見つけるべし!
やってみて沢は、お気に入りを見つけるべし!と思いました。
晴れていたらもっときれいだろうな!
近所にお気に入りの、水が冷たくて澄んだ、比較的安全と分かっている素敵な沢を一つか2つ、夏の暑い日に避暑するためにお気に入り♪として持っていればOK!ですね!
近くで露営できれば、なおよし。あるいは山頂付近に避難小屋があればもっとよし。
登山のように、この道を歩いてみたいな、と思っていくところではない感じです。
何しろ、沢は毎年様子が違うようですし、楽しみとしては、水の冷たさを味わいにいく のですから、下界が真夏日で何もする気が起こらないような暑い日に、冷たい水のさわやかさを安全に味わえる場所であれば、違うところに行く必要はないかも…。
各自のレベルにあったお気に入りの場所を発掘すべし!です。
■ 登攀要素がなければルート集にも載らない
昨日行ったところは、海沢谷(うなさわ)というところですが…実は、沢登の対象となっている海沢園地の手前の林道沿い。沢のルートとして成立以前の場所なのだそうでした。
初心者を連れて行く場所として適した、
・入渓がカンタンで安全
・出渓がカンタンで安全
・すぐに着替えなどにありつけるよう安全圏が近い
・けれど、自然の造詣が美しく、楽しくよじ登れたりする
そういう場所は見つけるのが困難なのだそうです。 そう、どこへ連れて行くか?そこがまずは一番のポイントなのです。
まぁだからツアーと言うのは存在価値があるといえますが。
地図で見るとここです。
地図を出さないほうがいいのかなと一瞬逡巡しましたが、ここは他にも数パーティ結構大きなパーティで来ていて、割りにメジャーな場所のようだったのでよいでしょう。
ちょうどこちらのサイトで紹介されているコースの 東屋&堰堤までの部分です。約半分。
■ 岩?? テレマーク???
岩のぼりが山登りでは必須の技術になる旨、力説されましたが… うーん。
私にとって山や自然って克服するために行くところではなく、親しむために行くところ。
今のところ、岩場があるところで私が親しみたいと思っている自然対象がないので、岩を学ぶ内発的な理由がありません。
岩に登らなければ見れないような、ものすごい花があるとかだったらそういう技術がいるな、と思うかもしれませんが…、わざわざ命の危険を冒してまで見なくていけない花があるのだろうか?
テレマークも…雪山の技術としては優秀らしいのですが、山にいる滞在時間を長くしたいのに、急いで登って急いで降りるための技術ってどうして必要なんだろう?そりゃ早く登れて早く降りれれば、行ける山の種類は増えるのは分かるけど…
それより、むしろ私は、自然の中で長く過ごすことに興味があります。不快な環境においていかに自然と共生しつつ快適性を維持するか?というような生活技術のほう… 雨が降ってきたらどうしたらいいか? 風が強いときは? 寒くて仕方がないときは? 暖をとるには? etc,etc …
自然とは今まであまりお親しくなかったので…(笑)お近づきになりたいわけ。
死んでしまった友人の数自慢はイラナイ… そういえば、アルパインクライマーの佐藤裕介さんが那智の滝のご神体に登って逮捕されていましたが…あれって煩悩ですよねぇ??? どこがすごいんだか… 人から認められることばかりを考えていると人間のすばらしい能力も才能も間違った方向に進むんだな。 私が勝手に弟子入りしている山の先輩の後輩じゃなかったっけな?
■ 沢備忘録
さてとやっとここまで書いて、昨日得てきた知識をメモッておくわけですが(^^;)
足元
・地下足袋&わらじ は結構使える。わらじはしっかり岩をグリップする。
・わらじは使う前にしっかり浸水させ、急激な力を一箇所にかけないよう、丁寧に扱う。すぐに切れてしまうため。昔のわらじはもっと丈夫だったらしい。
グリップは沢靴よりわらじがいいらしい。裏が○○のゴム製は登攀要素が強い沢”登り”向き。フエルトは歩き要素が強い沢向きだそう。水陸両用って点では、わらじは偉い。ただ耐久性はない。が軽くて自然に帰るという点ではわらじが勝ちではないだろうか?
着るもの
・水着
・水切れが良いもの すぐ乾く あるいは ぬらさない、のどちらか。
・海水浴と違い全身、とくにスネは何かで覆うべし!
・ネオプレン 予算が許すならウェットスーツ地がよい。ホームセンターので
充分。2千円くらいのではなく、5千円くらいののほうが持ちが良い。
こうなればずぶぬれ。まずは膝下は抵抗なくぬらせても
パンツをぬらすかどうかで一線が(笑)濡れてしまえば、もうどこまで濡れても一緒。
ザック
・長時間を前提にしないなら、小型デイバック。
・ゴミ袋防水(2重)で充分。
・沢を泳ぐときはウエストベルト&チェストベルトを外す。さもないとおしりが浮いて頭が下り息ができなくなる。
・前に抱っこして泳ぐといい。ビート板の要領で。
・高巻くときは普段どおりに。
・どうせぬらすので、ザックカバーはイラナイ。
泳いでしまえばずぶぬれ。ザックは浮力になる。
ランチ
・温かいもの。カップヌードル派多数(というかほぼ全員)
ケガ?
家に帰ったらでっかい、たんこぶを左足のすねに作っていました…(汗)
これ、実は別になんてことのない川原で軽くつまづいて作ったもの…岩場でも滝でもなく…(--;)
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