Tuesday, August 26, 2025

アルパインクライマーを育てる正しい努力を行いましょう

 https://note.com/kinny2021/n/nf710d225659c


では、心理学的ではなく、純粋にアルパインクライマー視点でKinnyさんの記事を評価してみます。


1. 登攀技術と戦略の完成度

  • 阿弥陀北稜は八ヶ岳の中でもバリエーションルートで、冬季の単独初見は難易度が高い。

  • 単独登攀では、ルートファインディング能力・確保技術・雪氷の知識が必須。

  • Kinnyさんは事前に八ヶ岳縦走や雪崩講習を経験しており、十分な技術的準備があることがうかがえる。

→ 技術面では「単独での成功」という点で非常に高く評価できる。


2. リスク管理

  • 記事で繰り返し触れられる「正しい努力をしていない登山者が遭難する」という警句は、リスク管理意識の高さを示す。

  • 単独登攀は致命的リスクを伴うが、Kinnyさんは事前の情報収集、経験、技術習得を徹底しており、リスクを最小化する戦略が明確。

→ アルパインクライマー的には「無謀さではなく、計算された挑戦」と評価できる。


3. 体力・経験の活用

  • 阿弥陀北稜は小柄でも登攀可能だが、体力・持久力・雪氷技術が要求される。

  • 記事内では、経験を積み重ねた結果として「自分の限界を知りつつ突破できた」と述べている。

→ ここからは自己の身体特性に合わせた戦略的登攀を行ったことが分かる。


4. メンタルと判断力

  • 単独登攀では常に意思決定の責任が自分にある

  • Kinnyさんは、他者に依存せず、正しい努力の優先順位を冷静に判断する姿勢を示している。

  • これにより、心理的安定と冷静な判断力がアルパインで重要な成功因子となっている。

→ 精神面でも非常に成熟した登攀者の判断。


5. 教育的価値

  • 記事では、失敗の原因になる行動(前例踏襲、金魚のふん登山)を具体的に指摘している。

  • 単なる経験談ではなく、アルパインクライミングの安全文化を後進に伝える教材的価値がある。

→ 単独登攀の成功だけでなく、教育的・指導的な観点からも高く評価。


総合評価

  • 技術・経験・判断力・リスク管理・教育的視点すべてにおいて、非常に模範的なアルパインクライマー像を示している。

  • 小柄な体格でも単独初見を可能にした点、心理的・技術的準備の徹底、後進への学びの提供を考慮すると、八ヶ岳の冬季ルートを攻略した登山者として非常に高い評価


■アルパインクライマーがまねすべき所作

冬季アルパインのための準備チェックリスト(原文忠実版)

1. 道がない(バリエーションルート)

  • 人の踏み後を追わない

  • 尾根・谷・コル・ピークを見分ける能力を持つ

  • 東西南北の方角が分かる

  • 遠くに見えるピークの名称や位置を把握

  • 現在地を地形から推定できる

  • 下山時に方向を間違えないための山の概念図を頭に入れる

  • 具体策:全山縦走で方向感覚と見えるピークの特徴を理解


2. 冬季限定ルート(コンクリートされる岩)

  • 冬に登ることで岩が十分凍結して固くなる(コンクリート状態)

  • 11月は凍結が不十分で最悪の時期

  • 前回経験から気温や凍結状態を判断

  • 具体策:一般ルートで偵察登山を行い、氷結状態を確認

  • 偵察できない場合、凍結不足と判断したら敗退できる準備を整える


3. 雪崩の危険

  • 雪崩講習の受講

  • 過去の雪崩事故を調査

  • 前日の降雪量を確認(八ヶ岳では30cm以上は危険)

  • 山ごとに雪崩の傾向が異なるため固有情報を把握

  • 危険地形の確認


4. 遭難の危険

  • バリエーションルートでは他者が来るまで発見されにくい

  • 遭難事例を調べ、原因を潰しておく

  • 山行管理の徹底

    • 例:「〇月〇日〇時下山予定、5時間遅れたら捜索依頼」

  • 見つけやすい色のジャケット・ヘルメットを使用


5. ロープ確保の必要性

  • バリエーションルートの一部で確保必須

  • 入門ルートでも、傾斜やクライミング要素が強い箇所あり

  • 中年女性の場合:

    • アイス90度傾斜やオーバーハングをこなせるレベルで挑戦

    • ロープは保険(敗退用)

    • 自分のスキルがルート要求を超えている状態で挑戦


NGパターン(避けるべき行動)

  • 前例踏襲主義:「やることになっているから行く」

  • 金魚のふん登山:先輩の後ろを追うだけで登る

  • 正しい努力をせず成功体験を作ることは危険


正しい努力のポイント

  • 失敗原因をすべて潰す

  • 自分のスキルがルート要求を超えている確信を持つ

  • 敗退方法を確実に準備してから登る

  • 各山・ルートに固有の知識・経験を積む

    • 例:劔で夏の剣登山を経験、天候・遭難事例を知る、先行者から情報収集


まとめ

  • 正しい努力は思考・準備・経験の総合

  • 単独初見登攀成功は、スキル・知識・戦略の統合結果

  • 単純な体力や経験だけではなく、山固有の知識と戦略的準備が重要



Friday, August 22, 2025

AACをFBフォローしよう!アメリカンアルパインクラブのFB投稿翻訳



 翻訳はこちらです:


2009年、日本の谷口桂が、登攀パートナーの平出和也とともに、インドの標高7,756メートルのカメットに新ルートを開拓し、ピオレ・ドールを受賞した初の女性となりました。残念ながら、谷口も平出も現在はこの世にいません。

2025年版AAJ(American Alpine Journal)では、谷口の伝記作家である大石明宏が、数年前に谷口が挑戦したネパールでのルートを完登すべく挑んだ物語を掲載しています。今回、AAJのニュースレター「The Line」で、大石の物語の一部をお届けします。

リンクをクリックすると、大石の報告を読むことができるほか、AAJに掲載された谷口の過去の登攀記録もご覧いただけます。すべて「The Line」でチェック可能です!
https://americanalpineclub.org/news/2025/8/12/the-line

「The Line」はAmerican Alpine Journalの月刊ニュースレターです。メールで受け取りたい場合は、記事下部のフォームに入力してください。「The Line」はArc'teryxが提供し、OnX BackcountryのMountain Projectがサポートしています。

📷 1: すべての始まりの写真:2013年10月のパンドラ北東壁。この時点で壁は未登攀でした。その後、印の付いたルートは登攀または挑戦されました:(1)Peine Plancher(2017年)、(2)A Piece of the Sun(2024年、2017年のルートに合流)、(3)谷口-和田の挑戦(2016年)。左端の遠景のピークはチャムラング。中央にはマカルー・ローツェ・エベレスト群のチベット側が見えます。写真:萩原浩志

📷 2: パンドラ北東壁登攀2日目の早朝、パンドラ・グレート・アイシクルを登る様子。写真:高柳卓

📷 3: パンドラ北東壁登攀4日目、大石明宏が鈴木宏樹に確保されながら、不安定な雪面をトラバースする場面。写真:高柳卓


Tuesday, August 19, 2025

一般登山からアルパインクライミングとステップアップする方法

こんにちは。アイスクライマーのKinnyです。

https://note.com/kinny2021/n/n611fd92cb81a

の転載です。

クライマー諸君は、たぶん、何をどう努力していいのかわからないので、根拠希薄に、私の経歴や経験がうらやましいのだろうと、セルフセラピーから結論しました。

私は、
・アルパインクライミングというクライミングができ、
・道がない山に登れ、
・ロープが出る山を登ることができます

が…

 そこへ到達するには何をしたらいいか?

ということを今後書いていきますね。

さて…、以下は私のクライミングの登山史です。

初心者の人はたぶん、何をいたらいいか分からず、どこの山を登ったらいいか?が分からないのでは?

と思いました。09年度も登っていましたが、別のブログだったので書いていません。

10年度 26日 北岳(単独)、西穂(雪)
11年度 22日 残雪期ツルネ東稜、厳冬期鳳凰三山、自然保護ボランティア
12年度 64日 後立縦走5泊単独テント泊&山岳総合センターリーダー講習受講年     
 ・・・・・初心者時代・・・・・
13年度 59日 師匠と出会いの年  アイス初級ルート
14年度 76日 山岳会に入会滅私奉公した年   前穂北尾根(合宿)
15年度 108日 孤軍奮闘した年  沢・岩
16年度 128日 フリーに専心 アイスで中級者へ ミックスへ

一般登山者時代

参考:日本語の山行リストはこちら

経歴
2013年 長野県山岳総合センターリーダーコース 受講
2013年 日赤救急救命講習(3日間) 終了
2013年 雪山のリスクマネジメント講座 終了
2014年 無名山塾 雪上訓練 
2014年 第21回関東ブロック 「雪崩事故を防ぐための講習会」 
2015年 東京都都岳連 岩場のレスキュー講習
2016年 キャンプインストラクター資格取得
2016年 リスクマネジメント&読図講習
2016年 上高地ネイチャーガイド資格
2016年 日赤救急救命講習(3日間) 終了
2016年 四級アマチュア無線資格取得
2017年 登山ガイドステージ2 筆記試験合格
2018年 積雪期検定 合格
2020年~  岩とお友達になる会 主催 不登校の子供たち向けクライミング教室
2021,22 年 奥村講習 日本フリークライミングインストラクー協会の会長がやっているビレイ講習

こっちはクライミングの記録で直近のモノだけです。
クライミングリスト:https://allnevery.blogspot.com/p/log-2019.html

アルパインクライミングを安全に行うのに必要な知識を得る講習会のリスト

九州での登山文化がない土地での感想

私も九州出身ですので、身内ですから、言っていいと思いますが、これだけの山行数と講習数、そこへの時間的投資、資金的投資を行ってから九州に来た私としては、これだけ真摯に努力を重ね、自分は講習に出て、お金をかけて得た知識を無料で周囲の人と共有し、さらには分かりやすく解説したにもかかかわらず、ひどい目にあったなという感想です。

自分が海外へクライミングに行く時は現地集合なのに、逆に自分がホストの時は、私の車で岩場に連れて行くばかりか、どこのエリアのどの課題を登るかまで決めてやり、運転も交代なし、そして、私がトップロープを張り、私のロープで相手は登り、しかも岩場の開拓すら手伝い、地権者への交渉取次までやって…それで、落とされて頭を7針縫い、さらにはマルチでは、自己確保でビレイしてやったうえ、相手のミスで一本のボルトにぶら下がる羽目になる…、岩場で、自分が登った課題は、即リボルトされる…(ってよほど危険だったって意味では?)

これのどこがエラソーなのか?理解が難しかったです…。

これらは、客観的に見ると、エラソーだという非難に値するのは、むしろ、他者の努力に便乗しても、それを悪いなーと思わない、批判者のほうなのでは…?というのが素朴な疑問でした。

自己責任だから…って言っている人が、一番自己責任を取っていない、という現実が見え隠れしていました。

こう書くと、「お前は5.12がのぼれねーじゃないか」とか「だからトップロープ張ってやったじゃないか」とかの批判が聞こえてきそうなのですが…、人の能力はそれぞれであり、43歳スタートの人が5.9を落ちずにオンサイト出来るだけでも素晴らしい成果であると私は思います。なんせ、40年前は、その能力は、れっきとした成人男性の能力の限界値だったんですよ?

そして、トップロープですが…岩場の作り的に自分の実力を超えるグレードの場所では、歩いてトップロープが張れるか、そもそもラオスやギリシャの岩場のように、低グレードの課題でも適正ボルト間隔で、安全にリードできるように配慮された岩場の作りであれば、誰かにトップロープを垂らしてもらう必要はないのです。つまり、私の問題ではなく、岩場の構造の問題。

以上が現状です。私と同じ目にあっている誠実なクライマーは、たくさんいそうです。

1)まずは山での生活技術をマスターしましょう

アルパインクライマーになるには、一般登山者の人よりもスマートに山の中で生活できないと話にならないです。

どういうことかと言いますと?

・山でトイレが一人でできない
・火の始末ができない
・シュラフで寝れない
・食事の支度ができない
・水の確保ができない

と登る以前の生活面でアウトだということです。これを春・夏・秋・冬の4シーズンでマスターします。4シーズン必要なのは、生活のコツがそれぞれ違うからです。これらは、山小屋泊りでは習得できません。一人でテント泊に出かけてください。できれば、後立山などの距離の長い縦走で5泊6日程度が貫徹できるくらいまでの、生活力を付けます。生活力がなければ山でのクライミングはありません。

2)次は読図です。読図とは地図をみて、安全に山を歩ける能力のことです。

尾根を歩くのは簡単ですが、緩やかな谷地形を歩くのは難しいです。尾根は登る方が楽で降りる方が難しく、読図能力は沢登では必携です。できると言っている人も誰かに連れて行ってもらって、暗記でこなしていることが多いですので、暗記ではなく、地図と現場を見て、地形から現在地を特定できる力が必要です。これには、3年ほどかかりました。私は正直偏差値が高く高校時点で74だったので…そうでない人よりも、習得が早かった可能性があります。自慢ではなく、読図というのは、一生勉強というくらい、奥が深いものです。読図の勉強をしている間に遭難してしまう人もいますので、練習課題を作るにも、安全面の保険をかけて、課題を作る能力が必要になり、これがないと、練習で迷子になってしまいます。最初はガイドの講習会でコツをつかむことをお勧めします。

3)山の数と地域性・個別性

山の場合は、一つ一つの山に天候の癖があり、それは天気予報ではつかみにくいものです。なので、富士山に登る場合は富士山について学び、阿蘇山に登る場合は阿蘇山について学ばなくてはならず、富士山に登れるから阿蘇山は楽勝、とはならないです。逆も真なり。これは、女性とのお付き合いと同じと思ってください(笑)。なので、一つの山を知りたかったら、4つの季節を変えて、毎シーズン同じ山に登ります。それをやっていると、暑い年と寒い年などの傾向もつかめてきます。私はアイスクライマーでしたので、氷瀑が発達する寒い年は張り切っていました。

苦言ですが、100名山登山をしている人が、一向に山の機微について詳しくなれないのは、毎回、その山と初対面だからではないかと思います。

山は毎週登っても、1年52回程度しか登れません。52週しかないからです。ですので、アルパインクライミングという一つ上のクラスに進みたい人は、最低でも52回は毎年登っていないと、体力の面で危険です。体力の目安は、男性30kg、女性25kgを担いで丹沢の大倉尾根を普通通りの時間で歩けることです。

それ以下の人はアルパインクライミングでは、体力面で危険があります。この時点で、一般的な大学山岳部は却下されてしまうかもしれません。

まぁ悲観しなくても、本格的なアルパインに進まなくても、楽しめる山はたくさんあります。体力が足りないなら、1泊二日のところを2泊三日にすればいいだけなのです。歩き出しを早朝にするために、体力のない人は車中泊での前夜泊のスキルを作れば、かなり有利になります。

体力ってどれくらい差があるかと言いますと、遠見尾根は、年配の人は7時間ですが、私は4時間半、若い男子は3時間。レスキューの人は年寄りでも3時間でした。一般の登山者の半分くらいに、時間に換算したらなりますが、時間はあまり意味がなく、標高差300mを1時間で歩ける力が標準で、それより遅いと一般的な登山ガイドブックが前提にしている体力より下です。

九州では登山道に標高差の案内がなく、○○mと出ている標識は、登山口からの距離です。これが、本格的な山岳地帯で九州勢が事故を起こす原因だと私は個人的に思いました。

何キロ歩いたか?という換算であれば、一日8時間で20㎞歩けるのは普通です。概算で、小屋がない山の企画をするときなどに使います。

以上のことを学習したのちに、体力が余っている人だけが、歩いた後でも、クライミングができる、という寸法なのがアルパインクライミングなのです。

例えば、前穂北尾根という初心者向けのルートは、涸沢までの6時間をこなした後にロッククライミングがスタートします。岩の基部でバテていたら…?クライミングどころではないですよね?しかも、6時間、テントとロープ、カムなどのギア、それに食事を担いでいかないといけないんですよ。最近では梓川の水が大腸菌汚染されてしまい、水も担がないといけないかもです。

若ければ体力は、1,2年で着くと思います。30代後半で私は3年かけて作りました。1年目、22山→2年目、38山→3年目、55山みたいな感じでステップアップします。

読書で知識を補う

以上で体力づくりをしている間、読書を行います。

読むべき本は?

白水社の日本登山大系です。

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また、現代登山全集も役立ちます。

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これらの山の本のコースタイムは、昔の岳人、20代の若い人を前提にしていますので、うのみはしないでください。また、それぞれの山に有名なガイドブックがあります。

例えば…

八ケ岳研究〈下〉 (1973年) amzn.to
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鹿島槍研究 (1957年) amzn.to
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01)不可屋久島の白い壁/米澤弘夫/2006年/A amzn.to
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信濃 有明山史/倉田 兼雄 amzn.to
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こうした本は、大体、大きな図書館の閉架にあります。

行きたい山の地域を見極めたら、その山に関するすべての書籍をかき集めてみることが、大変おすすめです。

山の本には、その山の個別の情報が載っています。たとえば、甲斐駒ヶ岳には、黄連谷というクライミングルートがありますが、正月を超えると雪崩が起きます。登るなら正月前。良く冷えた年で、雪が少ない年限定ですね。なんせ谷間なので、雪崩が起これば逃げ場はありません。

こうした研究なしでラッキーで登れた人の記録がネットにいろいろと溢れていますが…読んでも参考にならないのです。なぜなら、ラッキーだっただけだからです。運の上に築いた実績だと再現性がないわけなので。

以上で、10年山に登っていても、ひよっこだということが分かってもらえたでしょうか…。

さらに登る山を毎回変えていたら…何年登っても、初心者ってことになってしまいます。例えるなら、20年、毎年お嫁さんが違う人と同じお嫁さんと20年連れ添った人の違いです(笑)。

Wednesday, August 6, 2025

小窓尾根遭難報告書から見る【現代クライミングのナラティブの空白】

私はHSP気質が強く、視覚的にきついものに耐えられません。子どもの頃、「8時だよ全員集合」の暴力的なコント演出が見られず、自室に戻っていたほどです。大人になってもそれは続き、手術書を翻訳していた頃、実際の手術見学を依頼されましたが、視覚的負担を理由にお断りしました。

そんな私にとって、「小窓尾根の遭難報告書」に目を通すこと自体が、非常に辛い作業でした。

なぜなら「遺体の一部を発見」といった表現に、感覚的な限界が押し寄せてくるからです。

ただ、その中で、一緒に登っていた先輩の寄稿だけは、比較的平易な言葉で書かれており、そこから読み始めました。

残された遺族と、登山界のメンバーでは、この遭難の受け取り方がやはりまったく違う、と思いました。

残された遺族のほうは、なぜ…なぜ…という、ぐるぐる思考が止まらず、ひたすら、理不尽な立場に置かれます。

それは弟を24歳の若さで、突然死で亡くした私と同じです。遺族についてのメンタルケアでは、山岳保険の内容に、遺族へのカウンセリング費用、10~20回分(平均的費用1回1万円)を上乗せするべきだと思いました。

一方、登山の知識がある側は、”いつもの光景”感…繰り返される、情熱と知識不足、経験不足の綱引き・・・。

いつも出てくる言葉はブロークンレコードのように「経験不足」。

でも、何を知って何をやっていれば、経験不足ではないのか?

そこが記録から読み取れることはないように思いました。

何を知っていれば「経験がある」と言えるのか?
何を判断できていれば、「経験値がある」と評価されるのか?

少なくとも劔や小窓尾根についての基準がフィードバックされなければ、死者は浮かばれません。

例えば、山の数を何回重ねていても、天候についての判断を他人任せにしていては、経験値、ということにならないです。

冬山の経験数が…は、とてもよく聞く言葉ですが、湿雪の谷川の雪と乾いた雪の八ヶ岳の雪は、まったく違い、経験の中身も違う。

私などは、一度谷川の雪を経験しただけで、私の体力では、北アはないな、と思いました。安全地帯から、登山エリアまでが深すぎるうえ、一度天候が荒れたら回復するまでの期間が長く、私の体力では、7日間の雪洞泊に耐えられないだろう、というのがその理由で、もっぱら私は北アは春山合宿でお世話になる山でした。春山でも雪崩の危険はありますが、シビアな天候で缶詰めになる可能性は低いからです。また深くないエリアを選びます。

というわけで、雪の山は私にとっては太平洋気候に属する八ヶ岳、ということになりますが、八つどまりであれば、何も仲間を募って登らなくても、登れる雪の山はたくさんあり、静かなルートも小海線方面から登れば得られます。一人ならば、小屋をつないで登れば、自然な形で監視してもらえ安心。雪の山が好きだった私としては、地獄谷とはお近づきになりたかった思いがあり、まだ未練が少しありますが。

そんな未練を持った私でも、経験不足の男性から、上ノ権現沢のアイスクライミングに誘われたときはお断りしました。地獄谷は、会での山行で私が連れていく側で連れて行った場所です。それでもお断りしたのは、この方、のちに白亜スラブで判明しますが…ロープへの理解が皆無に等しく、なぜか何度複数の人から、詳しく説明され、叱責されても、理解ができないみたいだったからです。

ロープスケール(ロープの長さ)を考えながら登らなければ、登れなくなる…。20mのロープで25mは登れないですね。

そんな自明の理と思えることが、なぜ、分からなくなるのか、ということが私の問いに上がったため、心理学を勉強することになりました。(いまだに理解ができないので、どなたか分かる方には教えてほしいです)

私なりのこの人と、この程度ならば登ってもいい、の境界線は、フリークライミングの岩場あること、アルパインではないこと、でした。それで白亜スラブはアプローチが5分という下界への近さですので、受諾することになりましたが、まさかロープスケールを考えずにリードしているとは、予想外でした。

同じことでたとえ100名山を制覇していても、それが地図読みや天候判断、危機管理能力と結びついているかは不明です。

さて冬山の小窓尾根に戻りますと、私の失敗(白亜スラブ)との類似点は、これだけの経験値があれば、○○ということくらいは分かっているだろう、という予想が働くこと、その予想がたいていの場合、外れ、経験数で、その人の(内省の量)や(理解の深さ)が図れることはないということだと思います。

たとえば、ヨセミテに行ったことがあります、と言っても、誰かについていっただけなのかもしれませんし、5.14が登れますと言っても、コーチにここを登りなさい、と言われただけかもしれません。

非常に突出した能力の、1点を強烈に高めて、それだけで勝負し賞賛を得るというのが昨今の下界での戦い方、つまりゲームになっています。それは良い面もあるのですが、、総合力と言われる登山の分野では、普通に通用していていない。通用しないことも理解されないため、遭難者数を過去最高に高める結果になっています。

100名山をしていたということが示すのは、経験の豊富さや山自体への愛着ではなく、スタンプラリー好きの性格ほうかもしれません。それはその人に意図を聞いてみなくては分からないのに、周囲の人は、山が好きの一言で、あまり解像度を上げずに終わってしまいます。

そこは、阿吽の呼吸で、自分を表現せずとも周囲の人が分かってくれる日本文化のマイナス面かもしれません。

よくもわるくも、ああ、この人は山が好きなんだなぁ、で、周囲も、また本人も、大まかな捉え方で納得してしまい、山の何を追いかけていて、何を愛し、何をしようとしている人なのか?ということに、問いかけが足りていないかもしれません。

山が好きにもいろいろな内容があります。私が山を好きなのは、瞑想だからです。ですので、さして危険でもない、普通のハイキングで、誰かと出かけるとしたら、それは交通費の折半のためです。できれば、ひとりで歩きたいというときが社会人時代は多く、それは一人になってリフレッシュしたいからでした。

一方、年配の女性は、一般的には社会から疎外され、孤立しているので、誰かと話をしたいニーズが強く、道迷い遭難原因の第一位が、おしゃべりしすぎで、分岐を見落とした、というものです。こうしたニーズは格安のツアーで叶えられることが多く、そのツアー内容がどんどん北アに拡大して、無謀な団体登山に変貌している状況を小屋のバイトではつぶさに見ました。

このように山には、おのおの個別のユーザーについて、ニーズがあり、おそらく小窓尾根に向かうアルパインクライミングをするようなメンバーの心理的ニーズは、チャレンジだと思います。

チャレンジと仮定すると大事なことは、課題と実力のマッチングです。

山とは切り離して、チャレンジ自体が、忌避されている日本社会で、チャレンジが唯一推奨されている世界が登山界かもしれません。

しかし、責任あるチャレンジに必要な、何をわかったら行っていいのか?という山に関する理解の解像度が一向に上がっていきません。

山に関する理解の解像度が上がっていかないとはどういうことか?

と申しますと、私が報告書で見つけた一つの記述事例は、

ーーーーーー
通常、雪崩の起きそうな斜面では、全員が巻き込まれるのを防ぐため、ある程度距離を置いて行動する
ーーーーーー

でした。 

ある程度ってどの程度?

雪崩の可能性がある斜面でどの程度離れたらいいかに限らず、これが山岳会で皆で共有すべき問いの一部です。

たとえば、ロープを出すのは、どの程度?
懸垂下降でノットを結ばないとしたら、どの程度の経験値から?

こういうとき、どうする?は現場では、あきらか。地形の位置関係や雪の状態は見て判断するもので、言語化は膨大な努力がいるようになってしまいます。

昔は、こうしたことは、先輩を見て盗むものだったと思いますが、見て盗むという発想力が昨今だと欠如していたり、誰かが判断してくれたことにそもそも気が付かない、など。

日本人が非言語の情報を拾う能力自体が大幅に減っているうえ、スタンプラリーのような山をして得られるのは、スタンプを集めた快感と他者による承認でしかなく、経験値を言語化して積み上げていくことではなかったり、グレードや段級制、あるいはオンラインゲームの浸透などで、つぎつぎと飴と鞭のシステムで、課題をクリアしていけば、自動的に上の段階に行けて当然なのだ、というゲーム思考的な発想が根強くなりました。

とくにアルパインクライミングは伝統的にルート名で実力を示すという傾向がありその実力の中身が何であるか?は、ルートを知っている者同士だけが分かる秘密のコード、暗号ということになっています。

例えば、私は白亜スラブは確実に、実力を示したいと相方が望んで出かけた山だと思います。ローカル実力者たちに仲間に入れてほしかったのです。私はてっきり、私が台湾に一人で登りに行くので心配した相方がクラックをたくさん触らせてあげたいと思ったのだろうと、誤解していました。相手の意図を大幅に善意に解釈する癖が私の思考の偏りにあります。

懸垂下降でノットを結ぶ/結ばない、ロープを出す/出さない、その「どの程度」が判断される根拠も、先輩の動きを“見て盗め”で済まされてきた文化のなかでは、共有されません。

しかし今、私たちは「見て盗め」が通じない世代とともに山に入っているのです。
だからこそ、言語化の努力が必要になっているのだと思います。

さて、長くなりました。このような意味で、アルパインクライミングの世界は、今も昔も心理戦です。

一方で山に必要になる、知識や経験の中身がどのようなものであるか?のナラティブの空白、言語化の遅れ、それは、日本だけでなく、世界的に見てもそうです。

「経験不足」と言われても、経験の“中身”が語られていない。


同じルートを登っても、“判断力をどのように使ったか”の質が違う。


ルート名だけで実力を語る、暗黙知の世界。


「あの人は山好き」→ その「好き」の意味を誰も掘り下げない。

→ これらが現代クライミング文化の「ナラティブの空白」です。
その空白を紐解くことが、山を登る楽しみなんですよ

悪天候一つ例にとっても、九州の夏山で雨にあったところで、合羽を着なくても、だからなんだ程度の話で、気温が高いので、濡れたまま作業する農作業者もいるくらいです。なんせ、気温が高いので合羽を着たら中で汗びっしょりになるだけなのです。着ても一緒なので着ないという判断も合理的なのです。

そんな経験を、夏の北アに応用してしまうと?合羽を持っていたのに着なかったという超有名な遭難があります。こうした遭難の事例を、登山者はあらかじめ学習しておくということが有効な遭難防止策と賢明な登山者育成に有効であると思います。

群盲、象を評す、という言葉がありますが、まさにそれが起きていることです。

大山に登れても、劔とは別、そういうことが理解されていないで、冬山経験で、ひとくくりにされるということです。冬山経験の中身も紐解いていかないといけないのです。

例えば、私なら、八ヶ岳はかなりの経験がありますが、北海道は未知なので、偵察は車道から見えるレベルの氷瀑を見て終わりです。

さらには、登山やクライミングでは、それぞれの山の固有の知識を、地方と都市部の対決的構図で、プライドとミックスにしているのが、ややこしさの源泉です。

都会人へのコンプレックスから、わざと相手を貶めるような方策でコンプレックスを解消しているのだ、と田舎の人に言われましたが、そうやって、知らない人を馬鹿にすることで、自分の自尊心を満足させる、という手法をやっても、自尊心は満たされないと思います。 

逆にそうしてしまうと、日本人らしい謙虚さとは無縁の、学びのない世界観ができてしまいます。平易な言葉では、イケイケと表現されています。

日本人が苦手な自己主張をあえてしたときの、その主張に仕方の落とし穴は、まさにここではないかと思います。

相手を下げることで自分を上げようとしてもむなしいだけです。

その端緒は、”経験値”の一言で片づけることの、無自覚さ、です。

語られるべきは、”経験の中身”のほうです。

伝えていきましょう、ロートルを自覚する皆さん、あなたの経験の中身を。
それらは、過去の武勇伝ではありません。

未来のクライマーへの愛のメッセージです。

技術は新しくしなくてはなりませんが、自然界の脅威は何十年たっても色あせぬものです。