Monday, January 21, 2019

一般市民の山と超一流の山

私は一般市民クライマーなのですが、それでも、ロープが出る山をしないで、登攀=危ない=死、という「誤解に基づいた想念」に取り付かれている人からすると、”命知らず”と揶揄される山をしています… その変な誤解に基づき、”すごい”と言われ、”?”となることが多いです。

私がしているような山は、すごい範疇には入らず、誰でもトレーニングを受け、きちんと順序を追って習得する意思があれば、習得可能です。

アレックス・オノルド君のエルキャップ、フリーソロが最近、記録に出て、今、本を読んでいるので、ちょうどいい題材なので、解説に使おうかなと思います。

これは、37ピッチ、1000m、一部5.12を含むルートです。アレックス君は、これを3時間57分で登ったそうです。約4時間。

アディダスのチーム(おそらくアディダスにスポンサーされている意味と想像。スポンサーされるくらいだから一般クライマーよりは、角一つ突き出た集団でしょう)は、同じところを5日かかったそうです。しかも落ちながら。もちろん、フリーソロよりは、ロープを付けたほうが、誰だって時間がかかるのは当然なのですが。

日本のルートで言うと、例えば屋久島フリーウェイというルートがありますが、これは、12ピッチ、400mのルートです。これにかかる時間は、ガイドブックによると、6時間と言われています。

ガイドブックは短めに書いてあることが多いですが、それについての考慮を除外し、難しさの差の考慮を除外し、単純に約3倍とすれば、エルキャップ1000mは、18時間で登れる計算です。この計算が合っているかどうかは、アディダスチームが5日もかかったことからすると、かなり不信ですが。

一般市民クライマー18時間 → 世界記録 4時間

ざっくりとした計算でも、このかけ離れ具合が分かる(笑)。

もう、壁を走ってんのか?!ってくらいすごいスピードであることが分かります。

一方、私がやっているような山…初級の(つまりルートグレード1級の)登攀ですが、そういう山だと、3~4ピッチです。これだと2~3時間です。半日な感じです。一般の人に楽しめてゆとりがあり、日暮れにならずに帰れる。帰りにショートで遊んで帰ろうか?というくらいです。

ちょっとチャレンジで、5~7ピッチ。早起きして夕暮れ前に降りようね~という山です。サバを読んで(計算が面倒なので)一日10P登れると想定しても、37P登るには?約4日…(笑)。だいぶ、アディダスチームに親近感がわいてきました…(笑)。

ということで、想像力を働かせないと、すごい!というときのすごい!の中身が、理解できないよ、ということです。

きちんと理解するには、数値で比較する、という実際の作業が必要と思います。これはグレードなどを考慮していないザクっとした計算です。

1グレード上がるのに年を取った人がステップアップするには1年くらいかかります。若ければ、3分の1くらいのスピードになるかもしれませんが、それでもその程度のスピードです。

登るということだけでなく、スピードは安全につながると言われますが、山で行われる登攀は本当にその通りです。ヘッデン下山は失敗です。

こういう風に数値による把握をざっくりで良いので行わないと、ただ”すごい、すごい”の言葉だけが先行して、具体性を伴わないで、なんとなく”すごいのだろう”が独り歩きしてしまいます… 逆にすごくない人をすごい人評価してしまったりする元凶にもなると思います。

山の世界、特にマスメディアで報道される世界では、本当にはすごくない人のすごい人評価が独り歩きしています。ほかの世界でも同じだと思いますが、それに騙されるのは初心というもので、門外漢だけに許されるでしょう。

まさか登山を趣味としているアマチュアまでが、騙されるようでは、民度の低下も著しいということです。


Saturday, January 19, 2019

How They Filmed the First El Capitan Climb With No Ropes | Vanity Fair



このインタビュー本当にコンパクトにまとまっていていいですよね。

6個の核心部があるのですが、このインタビューで取り上げられているのが、最初の核心のスラブ、2つ目のボルダームーブ、そして、長いコーナークラック。

1)スラブ フリクションクライミングで、非常にインセキュアだから
2)ボルダームーブ コレオグラフィーを覚えている必要があるから
3)コーナー 体力を消耗するから 

1)では良いフットワーク
2)では、パニくらない必要が。というので、カメラマンの視線から恐怖が映らないように視線なし
3)体力 普通の人は1時間かかるところを5分、10分で抜けたそうです

だそうです。アレックス君は子供時代、パートナーになってもらうように人に話しかけることが怖かったため、一人で登るようになっただけで、デスウィッシャーではないそうです。

デス・ウィッシャーというのは、死をWishする人って意味です。日本でも死ぬ死ぬ!と自殺願望が強い人が本当はそうではなくて愛が不足しているだけと同じことで、海外でも、めんどくさい人の代名詞みたいな言葉ですが、クライマーへの典型的な偏見は、デス・ウィッシャーとかスリルに飢えた人ってこと。

私も何で自分がクライミングしているのかなぁと思ったりしますが、世間の偏見を覆したいというのは、ちょっとあるかも。

Thursday, January 10, 2019

出番が無くなる登山靴

■山が嵩じると出番が無くなる登山靴

登山は一般に、一般市民レベルの登山 → 縦走(テント泊)→ 雪 → 藪山 → ロープが出る山 → 本チャン と進んでいくと思うのだが、だんだんと登山靴の出番が無くなるというか…良く履いたのは縦走中くらいだった。

雪は雪で冬靴が必要になり、冬の縦走なら保温材なしでも間に合うが、間に合う程度の山ということになり、結局ダブルのブーツしか履かなくなった。

本チャンが多いとアプローチシューズのほうが、軽いため背負って登るのに楽で、結局登山靴ではなく、アプローチシューズのほうが出番が多い。沢の帰りも、結局のところ、地下足袋などの軽い靴ということになる。里山程度のちょっとの雪程度だったら、鋲つきの長靴のほうが濡れずに済み、登山靴って、ますます出番がない。

最近は、縦走路では、軽いトレランシューズ…。テント泊装備の重さのときは、重い登山靴が助かった。が、日帰りくらいでは、トレランシューズのほうが楽に動け、登山道を歩く程度であれば、そのほうが楽なのだった。

固くてごっつい登山靴は、もうとうの昔に買い替え時だが、買い替えても履くのかなぁと思うので、結局、買い替えは躊躇している。

もうアプローチシューズが買い替えで、2足ダメになっているけれど…しつこく、ボンドを張って使っている(笑)。夫のアプローチシューズはきれいなままだ。

かくなるうえは地下足袋かなぁ‥安いから。沢の下山には地下足袋が一番と思ったけど…。一般縦走路で履いていると目立つだろうなぁ・・・なんだかなぁ。

Saturday, January 5, 2019

”山を知る”とは?

多くの人は山を知る、ということについて、ピークを一度踏むだけ、という理解をしていると思うが、私はそれだけでは山を知った気持ちになれない。よく味わったという感じるために必要なことはなんだろうか?と時々感じる。

太田氏の屋久島の地域研究にそのヒントが。目次を拾う。

1)自然学的なもの
自然(植物、動物、両生類昆虫、魚)
山岳概要 (地理的位置関係)
気象

2)地理的なもの
登山道案内



3)人文学的なもの
登攀史
地名
遭難
見どころ
根拠地
名所・旧跡
交通

半分は理系で、半分は文系。登攀史を知らないと、開拓をするにもどういう開拓が必要とされるか?分からないだろうと思う。

記録を作るには歴史を知っている必要があると思う…

一般登山では、花、樹木、星空観察、程度で、しかも、小屋つなぎの山しか知らないで、山を知ったつもりでいることが多い。もちろん、私自身もそのようなプロセスをたどった。

しかし、どういう入り口であれ、深く山を知りたいと思えば、あらゆる切り口での模索を始めると思うし、そうなれば、収れんされてくるものがあると思う。

この中で欠けている項目あるとすれば、

・環境問題
・物語・口承・伝説

ではないだろうか?日本の山は、似たような伝説がとっても多い。また環境問題は、人と自然の接点で必ずみられる問題だ。